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【死】

 *関連項目→〔安楽死〕〔仮死〕〔偽死〕〔立往生〕〔不死〕

★1.死後も意識があるので、自分が死んだことに気づかない。

『聊斎志異』巻1−31「葉生」  書生の葉(しょう)は、なかなか科挙の試験に受からなかった。とうとう病気になるが、なんとか回復し、その後ようやく合格して挙人となった。葉は故郷へ錦を飾ろうと、三〜四年ぶりに家に帰る。すると妻が「貴方はずいぶん前に亡くなった。貧しくて墓を作れないので、柩がまだ家にある」と言う。葉は驚き落胆して、柩を見る。とたんに葉の姿は消え、あとに着物や帽子や靴が落ちていた。

★2.死と同時に意識がなくなるので、自分が死んだことに気づかない。

『思い出す事など』(夏目漱石)13〜15  胃潰瘍で病臥する「余(夏目漱石)」は、胸苦しくなって右へ寝返ろうとし、次の瞬間、目をあけて、金盥の中にべっとり吐いた血を見た。「余」は寝返ってから血を見るまで明瞭な意識を継続しており、出来事は一分(いちぶ)の隙もなく連続しているもの、と信じていた。だから、一ヵ月ほどして妻(さい)から「あの時、三十分ばかりは死んでいらしったのです」と聞いた折は、まったく驚いた。 

★3.死体が自分の死に気づかず、歩き出す。

『ケンネル殺人事件』(ヴァン・ダイン)  中国陶器収集家アーチャーの不可思議な死の謎を、探偵ファイロ・ヴァンスが解き明かす。「アーチャーは自邸の一階で、火掻き棒で殴られて意識を失った。犯人は、倒れたアーチャーの背中を匕首(あいくち)で深く刺して、逃げ去った。刺し傷はすぐに閉じ、出血はすべて体内に流れた。まもなく意識を回復したアーチャーは、自分が刺されたことに気づかず、階段を上って二階の寝室へ入り、施錠し着替えをした。そのうちに疲れを感じ、安楽椅子にすわって息絶えた。あの男は、自分が死んでいることを知らなかったのだ」。

*→〔密室〕2の『三つの棺』(カー)も、類似の物語。  

★4.「お前は自分が死んだのに気づかないのだ」と言われて、「自分はもう死んでいるのかもしれない」と思う。

『粗忽長屋』(落語)  八五郎が長屋の熊公の所へ飛んで来て、「浅草の雷門の前で、お前が死んでるぞ」と教える。熊公は「昨夜は吉原をひやかして帰りに一杯やって、観音様の脇を歩いて、そこからどうやって家へ帰ったか覚えがない」と首をかしげる。八五郎は「お前はそこで倒れて死んだのを、気づかずに帰って来たんだ」と言う。熊公は「それなら俺は死んだのかもしれない」と思い、自分の死体を引き取りに出かける→〔アイデンティティ〕2

★5.一日おきに死んで無になる男。

『死んでいる時間』(エイメ)  マルタンは、一日おきにしかこの世に存在しない。真夜中から真夜中まで二十四時間、彼は現世に生活しているが、それに続く二十四時間は、肉体も魂も無に帰してしまう。その間の記憶はまったくない。マルタンの恋人は、彼が死んでいる日は、当然ながら他の男とつき合う。マルタンは世をはかなみ、深夜〇時にタクシーにひかれる。その瞬間彼は消え、その後、姿を現すことはなかった。 

*ジエキル博士からハイド氏へ移り変わる瞬間に自殺する→〔分身〕7の『シャボン玉物語』(稲垣足穂)「ジエキル博士とハイド氏」。

*生きたり死んだりするが、死んでも無になるわけではなく、冥府で仕事をする男の物語もある→〔冥府往還〕1の『江談抄』第3−39(小野篁)など、→〔冥府往還〕2の『聊斎志異』巻3−96「閻羅」。  

★6.死者の道案内。

『ピーター・パン』(バリ)1  ウェンディのお母さんは、子供の頃、ピーター・パンについて聞いたことがあった。ピーター・パンは妖精たちと一緒に暮らしている。子供たちが死ぬと、その子たちが怖(こわ)がらないように、途中までついて行ってくれる、というような話だ。お母さんは子供の頃は信じていたが、今では、「ピーター・パンなどいるはずがない」と思っている。 

*死んだ人間には指導霊がつく→〔誕生〕7の『小桜姫物語』(浅野和三郎)78。

★7.死ぬと年をとらない。

「今年も十九」(松谷みよ子『日本の伝説』)  ある晩、十九歳の娘が糸を紡いでの帰り道、日原町の八幡さまの先の岩場で殺された。それから、夜ここを通ると、「去年も十九 今年も十九 ぶうん ぶうん」と歌って、糸車を回す音が聞こえた。それで、そこを「ぶんぶん岩」というようになった。またある晩は、少し離れた野原で、「去年も十九 今年も十九」と言って、その娘が踊っていた。そこを「十九原」という(島根県)。 

*死ぬと、五十年以上たっても若い姿のまま→〔老翁と若い女〕2の『不死』(川端康成)、→〔老婆と若い男〕2の『閲微草堂筆記』「如是我聞」146「少年と老婆」。

*処女のまま死んだ娘は、年をとることなく天国で幸福に暮らせる→〔五人姉妹〕2の『五人少女天国行』(ワン・チン)。

『私は霊界を見て来た』(スウェーデンボルグ)第2章の5  二人の霊がいて、一人は二十歳過ぎの青年の顔、もう一人は六十歳を越えた老人の顔をしている。だからといって青年が若く、老人が年をとっているわけではない。青年は、老人より数千年も前に死んで、霊界に入っているのだ。霊界には時間がなく、年齢もない。霊は年をとらない。彼らは人間として死んだ時の顔つきを残しているに過ぎない。 

★8.自ら望まぬ限り死なない。

『ラーマーヤナ』第4巻「猿の王国キシュキンダーの巻」第66章  インドラ神が雷電でハヌマト(ハヌーマン)を撃ったが(*→〔太陽〕4a)、ハヌマトはその激痛に耐えた。インドラ神はこれを喜び、ハヌマトに「汝の死は、汝自身の意思で決めよ」と告げた〔*ハヌマトが自ら望まぬ限り、死なない身体にしたのである〕。

★9.生きている人間は本当は死んでいて、死んだ人間が本当は生きているのかもしれない。

『ツィゴイネルワイゼン』(鈴木清順)  陸軍士官学校ドイツ語教授・青地豊二郎(演ずるのは藤田敏八)と、元教授・中砂(なかさご)糺(原田芳雄)は、親友だった。中砂は旅に出て、麻酔薬を吸って遊んでいるうちに死んでしまった。中砂の遺児豊子は、毎夜夢の中で、死んだ中砂と話をする。豊子は青地に言う。「お父さんは元気よ。おじさんこそ『生きている』って勘違いしてるんだわ」。死者を載せる小舟の前で、豊子は青地を手招きする。「まいりましょう」。

★10.死ぬ時、自分の全人生をふりかえる。

『かいま見た死後の世界』(ムーディー)2「死の体験」  臨終を迎えた人の前には、しばしば光の生命が出現する。光の生命は一瞬のうちに、その人の全生涯をパノラマのように映し出して見せる。人生のすべての出来事が、時間的経過の順に従ってではなく、同時に現れるのだ〔*「人生の中の重要な出来事だけを見た」とか、「時間順の映像を超スピードで見た」などの報告もある〕。パノラマ映像を見ている時には、それにともなう過去の情緒や感情までが再体験される。

*死滅を前にした地球の全生命が、生命発生以来の歴史をふり返る→〔地球〕8の『午後の恐竜』(星新一)。

*死の直前に全人生を回顧し再体験するというのならば、その再体験された人生の終わりにもまたパノラマ視が起こり、その終わりにもまたパノラマ視が起こる・・・・・・というように、われわれは同じ人生を、無限回繰り返し体験することになるだろう。そもそも、今のわれわれの人生も、現在進行形ではなく、すでに終わった人生を回顧する一瞬のパノラマなのかもしれない。われわれはそれを数十年のように感じているのだ。

★11.現世から見た死と、霊界から見た死。

『小桜姫物語』(浅野和三郎)13  「私(小桜姫)」が三十四歳でこちら(霊界)へ移ってから二十年近く後に、母が亡くなった。臨終の母の枕辺には、十人余りが眼を泣き腫らして、永の別れを惜しんでいた。こちらの世界の見舞い手は、母よりも先に亡くなった父、祖父、祖母、親類縁者、親しい友達、母の守護霊、司配霊、産土(うぶすな)の御神使(おつかひ)など、現世の見舞い手よりはずっと多く、賑やかだった。自分達の仲間に親しき人を一人迎えるのだから、皆、勇んでいるような、陽気な面持ちをしていた〔*小桜姫の霊が、浅野和三郎の妻の口を借りて語った〕。

  

  

【死の起源】

★1.人間は蛇のように脱皮できず、死の運命を得た。

死と脱皮の神話  太陽が、すべての被造物を呼び寄せる。その時やって来た者たちに、太陽は不死を与えた。それゆえ、石や岩はいつまでもその形を保ち、海は常に在り、星空は永遠に万物の上にかかっている。蛇も脱皮して生き続ける。人間は、太陽の呼び出しに応じなかったので、死なねばならなくなった。もし人間が従順だったら、蛇のように脱皮して不死になったであろう(メラネシア、ニューブリテン島、バイニング族)。

『月と不死』(ネフスキー)「月と不死」(二)  お月様とお天道様が、「人間に変若水(しじみず。若返りの水)を、蛇に死水(しにみず)を浴びせよ」と、アカリヤザガマに命ずる。アカリヤザガマは変若水の桶と死水の桶をかついで、下界へ降りる。しかし、くたびれて一休みしている間に、蛇が来て変若水を浴びてしまった。アカリヤザガマは、しかたなく人間に死水を浴びせた。その結果、蛇は脱皮して生まれ変わるが、人間は死なねばならぬ運命となった(沖縄県宮古島平良町)。

*蛇が若返りの草を食べて脱皮する→〔若返り〕1aの『ギルガメシュ叙事詩』。

*蛇の脱皮殻が死を招く→〔本〕8bの『なぜ「星図」が開いていたか』(松本清張)。

★2.石は死なず、人間は死ぬ。

『なぜ神々は人間をつくったのか』(シッパー)第10章「地上に人が満ち、死がもたらされた経緯」  始まりの時、ソニは二匹の亀と、二人の人間と、二つの石を作った。それぞれが男と女だった。ソニは、亀と人間に命を与え、石には与えなかった。亀と人間は、「子供が欲しい」と望む。ソニは「生きているものが子供を得たら、死なねばならない」と教えるが、亀と人間は「それでも子供が欲しい」と言った。亀と人間は子供を産み、死んだ。石は子供を求めなかったので、死ぬこともなかった(ナイジェリア、ヌペ族)。

バナナ型神話  創造神が天から、縄に結んだ石を下ろし、人間に与える。人類の始祖の夫婦はこれを受け取らず、「ほかの物が欲しい」と望む。神は石を引き上げ、バナナを下ろす。夫婦は喜んでバナナを食べる。石を受け取れば、永遠の寿命を得られるはずだった。しかしバナナを選んだので、人間の寿命は、子供を持つとすぐ親の木が死んでしまうバナナのように、短くなった(インドネシア、セレベス島)。

*イハナガヒメを妻としなかったため、寿命が短くなった→〔姉妹〕1の『古事記』上巻。

*生き返る方法を教える使者の足が遅かったため、人間は死ぬようになった→〔仲介者〕4の『カメレオンとトカゲ』(アフリカの昔話)。

*腐った木の呼びかけに返事をしたため、短命になった→〔呼びかけ〕3の火と死の起源譚(ブラジル・アピナイエ族の神話)。

★3.月は蘇(よみがえ)るが、人間は死ぬ。

うさぎに引っかかれた月(アフリカ・ホッテントットの神話)  天の月が兎に、「地上へ下りて、『月が死んでも生き返るように、人間は死んでもまた生き返る』と伝えて来い」と命じた。ところが兎は、「月は死んでも生き返るが、人間は死んだら生き返れない」と言い間違え、人間は死の運命を得た。月は怒って棒を投げつけ、棒は兎の唇に当たったので、兎の唇は今でも二つに割れている。兎は月の顔を引っかいたので、月の顔には薄黒い傷がついた。

レ・エヨの神話(コッテル『世界神話辞典』アフリカ)  レ・エヨはマサイ人の偉大な祖先である。レ・エヨは、もし子供が死ぬことがあれば、「人間よ、死せよ、そして再び蘇(よみがえ)れ。月よ、死せよ、そして離れてとどまれ」と唱えるよう教わった。しかし実際に子供が死んだ時、レ・エヨは「人間よ、死せよ、そして離れてとどまれ。月よ、死せよ、そして再び蘇れ」と言い間違えた。このため、人間ではなく月が、再び蘇る力を持つことになった(東アフリカ。マサイ)。

★4.性交が、人間世界に死をもたらした。

『南島の神話』(後藤明)第3章「死の起源と死後の世界」  老婆が「私が死んだら埋めて、七日後に掘り起こしなさい。そうすれば私は生き返る」と、若い男女に遺言する。やがて老婆は死に、男は死体を埋める。そのあと、女は果実を採るためにタコノ木に登り、男は下から女の陰部を見てしまう。男に情欲が起こり、二人ははじめて夜を共にして、八日目まで一緒に寝ていた。九日目に気がついて、あわてて墓を掘り起こしたが、老婆は完全に死んでいた。それ以降、人間に死が訪れるようになった(ミクロネシア、ヤップ島)。

★5.死の必要性。

『この世に死があってよかった』(チェコの昔話)  鍛冶屋が死神の活動を封じたので(*→〔椅子〕1)、人間も動物も死ななくなった。当然、害虫の類も不死身になった。畑の穀物は、害虫の群れに食い尽くされた。川は、蛙や水蜘蛛や虫で満ちあふれ、水も飲めない。人間たちは、無数の蚊や蝿や毒虫に囲まれて、ふらふら歩いていた。鍛冶屋は「この世には、やはり死が必要だ」と悟り、死神に大鎌を返し、自由にしてやる。死神は鍛冶屋の首をはね、やがて世の中はもとのすがたに戻った。

『マハーバーラタ』第12巻「寂静の巻」  創造神ブラフマーが多くの生類を造ったが、皆死ななかったので、世界は生物であふれ、息もできぬほどになった。ブラフマーは苛立ち、怒りの火で一挙に全生物を焼き滅ぼそうとする。その時シヴァ神がブラフマーを説得し、生類に誕生と死の繰り返しを配分するようにした。こうして生物は、何度も死に、何度もこの世に還って来るようになった。

 

  

【死の知らせ】

★1.離れた所にいる家族や親友の死の知らせ。

『御曹子島渡』(御伽草子)  御曹子義経は、蝦夷が島のかねひら大王の娘あさひ天女と夫婦になった(*→〔父と娘〕6)。義経は島を脱出して日本に戻った後、天女に教えられたように建盞に水を入れ「阿吽」の二字を書くと、血が一滴浮かんだ。これは天女の死の知らせだった〔*『貴船の本地』(御伽草子)にも類似の場面があり、半插の水が紅になって、鬼国の大王の娘の死を、恋人さだひら中将に知らせる〕。

『昭君』(能)  王昭君が胡国の王のもとへ贈られる時、柳を植えて、「私が胡国で空しくなるならば、この柳も枯れるでしょう」と言い遺した。王昭君の老父母は娘を偲んで、柳の下を毎日掃き清めるが、ある時、柳の枯れたのを見て、娘の死を悟った。

『二人兄弟の物語』(古代エジプト)  弟バタが兄アヌプと別れて、杉(あるいは松)の谷へ行く時、「誰かが兄さんにビールの壺を渡し、それがあふれ出たら、私の身に変事があったしるしだ」と告げる。多くの日数が経過した後、兄アヌプの持つ壺からビールがあふれる。アヌプは弟バタの住む杉の谷へ行き、死体となった弟を見る→〔体外の魂〕2

*旅人の生死を教える短剣→〔生命指標〕1の『二人兄弟』(グリム)KHM60など。

*死の知らせの幻像を見る→〔幻視〕1の『抒情歌』(川端康成)など。

*死を告げる夢→〔死夢〕に記事。

★2.差し迫った死の知らせ。

『クリスマス前夜の張り番』(イギリスの昔話)  クリスマス前夜に教会の入り口で待っていると、翌年死ぬ人の顔が見られるという。牧師と老人が、オトギリ草やヒイラギなどで身を守り、夜十一時過ぎに教会へ行く。死すべき人たちの行列が近づき、何人かの村人の顔が見える。牧師は行列の中に自分の姿を見つけ、卒倒する。翌年、牧師は病死した。

*クリスマスの夜の、死の会話→〔クリスマス〕2の『フランス田園伝説集』(サンド)「田舎の夜の幻」。

『菅原伝授手習鑑』3段目「佐太村」  藤原時平の陰謀によって、菅原道真が流罪になった。そのため、菅原道真の舎人梅王丸と、藤原時平の舎人松王丸は、兄弟ながらも、いがみ合い喧嘩をする。二人が取っ組み合い、倒れかかったので、庭の桜の木が折れてしまう。梅王丸・松王丸の父白太夫は、折れた桜を見て、もう一人の息子桜丸の死を予期する。桜丸は、道真流罪の責任(*→〔濡れ衣〕5)を身に負って、切腹する。

★3.死の誤報による悲劇。

『哀愁』(ルロイ)  バレリーナのマイラ(演ずるのはヴィヴィアン・リー)は、恋人クローニン大尉(ロバート・テイラー)の戦死の報を新聞で見て絶望し、夜の女に身を落とす。しかしそれは誤報であった。やがてクローニン大尉は帰還し、マイラと結婚しようとするが、マイラは自らを汚れた身と考え、彼の前から姿を消す→〔橋の上の出会い〕4a

*夫戦死の誤報がもたらされても、悲劇になるとは限らない→〔帰還〕3の『夫が多すぎて』(モーム)。

『三国志演義』第84回  劉備の蜀軍が、陸遜ひきいる呉軍と闘って大敗した。「劉備も戦死した」との誤報が流れ、これを信じた劉備の妻孫夫人は、長江に投身して死んだ。

『ロミオとジュリエット』(シェイクスピア)第4〜5幕  ジュリエットは四十二時間仮死状態になる薬を飲んで眠り、目覚めた後にロミオとともにマンチュアへ駆け落ちしようとする。ところがこの計画をロミオに知らせる使者が伝染病騒ぎで足止めされ、ロミオのもとには、「ジュリエットが死んだ」という知らせだけが届く。ロミオはジュリエットの眠る霊廟へ駆けつけ、絶望して毒薬を飲む。

*生還を示す白帆を船に張るのを忘れ、死を示す黒帆のまま港へ入る→〔合図〕1の『ギリシア神話』(アポロドロス)摘要第1章。

★4.死の誤報による運命のいたずら。

『カサブランカ』(カーチス)  イルザ(演ずるのはイングリッド・バーグマン)は、反ナチ抵抗運動の指導者ラズロの妻となったが、ラズロはゲシュタポに捕らえられ、「射殺された」との誤報がもたらされる。絶望したイルザは、パリで出会った男リック(ハンフリー・ボガート)と恋仲になる。ドイツ軍が侵攻して来たので、二人はパリを脱出しようとする。その時ラズロ生存の知らせが届き、イルザはパリにとどまり、リックは一人で去る。それから二年ほど後、イルザとリックは、北アフリカのカサブランカで思いがけず再会する→〔二人夫〕1

★5.死の誤報を利用し、過去と縁を切って新たな生活を始める二人。

『旅愁』(ディターレ)  妻との離婚を考える技師デビッド(演ずるのはジョゼフ・コットン)は、旅客機内で独身ピアニストのマニーナ(ジョーン・フォンテーンと知り合う。機器の故障による代替機への乗り換えに二人は遅れ、しかもその飛行機が墜落して、死亡者リストにデビッドとマニーナの名前が載る。すでに恋仲になっていた二人は、自分たちの生存を社会に知らせず、同棲生活を始める。そこへデビッドの消息を求めて、妻子が訪ねて来る。妻子と会ったマニーナは、デビッドとの別れを決意する。

*飛行機事故で死んだと見なされる男→〔飛行機〕3aの『黒の斜面』(貞永方久)。

*生きているのに、事故で死んだと見なされる男→〔財布〕1の『永代橋』(落語)。

 

※同日に死ぬ、あるいは、何年か後の同日に死ぬ→〔同日の死〕に記事。

※帝王や国主の死を隠す→〔隠蔽〕4の『史記』「秦始皇本紀」第6、→〔影武者〕1の『影武者』(黒澤明)。

※人類の死、地球の死、太陽の死→〔空間〕7の『狼疾記』(中島敦)。

※「死ぬ神」と「不死の神」→〔神〕8の『金枝篇』(初版)第3章第1節。

※死の虚報→〔偽死〕に記事。

 

  

【死因】

★1.瀕死の人に手を加えて、真の死因を隠す。

『士師記』第9章  アビメレク王がテベツの町を攻め、人々の立てこもる塔を焼こうとした時、一人の女が挽き臼の上石を投げ、アビメレクの頭蓋骨を砕いた。アビメレクは従者に、「剣で私にとどめをさせ。女に殺された、と言われないために」と命じ、従者はアビメレクを刺し殺した。 

『伽羅先代萩(めいぼくせんだいはぎ)「足利家奥御殿の場」  仁木弾正の妹八汐が、「将軍より拝領の菓子」と称して、伊達家の若君鶴喜代に毒入りの菓子を勧める。乳人(めのと)政岡の子・千松が、若君を救うため走り出て、「その菓子欲しい」と言って食べる。八汐は即座に「無礼者」と言って千松を刺し殺し、毒殺計画を隠蔽する。

★2a.自殺を殺人に見せかける。 

『ソア橋の事件』(ドイル)  ギブスン夫人は、二十年連れ添った夫が若いミス・ダンバーに心を移したことに絶望し、ソア橋でピストル自殺する。夫人はピストルの柄に紐を結び、紐の他端に石をつけて欄干から水上に垂らしておいたので、ピストルは川底に沈んだ。夫人の死は他殺と見なされ、夫人の思惑どおり、ミス・ダンバーが殺人犯として収監された。

*→〔自傷行為〕2の『グリーン家殺人事件』(ヴァン・ダイン)の犯人アダは同様の方法を用いて、死なない程度の傷を負う。

『本陣殺人事件』(横溝正史)  大地主一柳家の当主賢蔵は結婚式の夜、屋敷内の離れ家で、新妻を刀で斬り殺してから自殺した。彼は、長い琴糸と近くの水車小屋を利用し、刀が凶行後に部屋の外へ引っ張られて庭に落ちるように、前もって仕掛けておいた。一柳家の人々は、「賊が侵入して賢蔵夫婦を殺したのだ」と思った。

*不治の肺病患者の自殺を、殺人に見せかける→〔足跡からわかること〕5の『一枚の切符』(江戸川乱歩)。 

*不治の癌患者の自殺を、殺人に見せかける→〔癌〕5の『レベッカ』(ヒッチコック)、→〔氷〕2の『茶の葉』(ジェプスン/ユーステス)。 

*不治の癌患者の自殺が、殺人と見なされる→〔癌〕6の『日本庭園の秘密』(クイーン)。 

★2b.殺人を投身自殺に見せかける。

『英草紙』第8篇「白水翁が売卜直言奇を示す話」  茅渟官平は真夜中にいきなり外に走り出て、川に身を投げた。「乱心ゆえの自殺」と見なされたが、実際は官平本人は、その直前に妻の情夫の手で殺されていた。情夫は官平の死体を井戸に沈めた後、官平に扮して駆け出て、橋の上から大石を落として身を隠し、官平が投身したように人々に思わせたのだった〔*犯人あるいは共犯者が、被害者に変装する点で→〔アリバイ〕1bの『偉大なる夢』(江戸川乱歩)と同様〕。

*殺人を首吊り自殺に見せかける→〔首くくり〕4の『ある小官僚の抹殺』(松本清張)。

*殺人を心中に見せかける→〔取り合わせ〕2の『点と線』(松本清張)。

★3a.「何者かに殺された」と思われる死体があったが、それは人為的に引き起こされた死ではなく、自然のいたずらによるものだった。 

『火縄銃』(江戸川乱歩)  十二月の小春日和の昼過ぎ、ホテルの密室で男が銃撃されて死に、凶器の火縄銃が机上に残されていた。明らかに殺人事件と思われたが、実は太陽光線が、水をたたえた球形のガラス花瓶を通して、火縄銃の点火孔に焦点を結び、銃弾を発射させたのだった〔*乱歩二十一歳頃の処女作〕。

『ブラック・ジャック』(手塚治虫)「通り魔」  アラスカ、マッキンリー山付近の町で、住民が鋭い刃物で切られたような傷を負う事件が頻発し、ついに死者も出る。近くの基地からミサイル発射実験が行われ、そのたびに真空の渦ができ、それに接触した人間の身体が切り裂かれるのだった。ブラック・ジャックは、自らの身体を真空の渦で傷つけ、事件の真相を示した。彼は日本のかまいたちの話(*→〔三人の魔女・魔物〕3)をヒントに、謎を解明したのである。

*『赤胴鈴之助』(武内つなよし)の真空斬りも、かまいたちの原理を応用したものである→〔風〕4。     

*地から生えた竹が人を殺す→〔竹〕4の『懐硯』(井原西鶴)巻4−2「憂目を見する竹の世の中」。

★3b.殺人事件と思われたが、実は、性の戯れのあげくの死であった。

『女の中にいる他人』(成瀬巳喜男)  田代(演ずるのは小林桂樹)は、親友杉本の妻さゆり(若林映子)と浮気をしていた。さゆりは田代に「あなたの手で私の首をしめて。どんな気持ちになるか、やってみたいの」と望む。田代がさゆりの首に手をかけ、力を入れると、さゆりは「ああ、気持ちいい。もっと」と恍惚の表情を浮かべる。しかし、さゆりはそのまま死んでしまった。田代は逃げ、警察は殺人事件として捜査を始める。 

『D坂の殺人事件』(江戸川乱歩)  D坂の古本屋の奥の六畳で、古本屋の細君が絞殺された。彼女は被虐色情者(マゾ)で、近隣の蕎麦屋の主人が残虐色情者(サド)だったため、二人は関係を結んで満足を得ていた。しかし彼らの性戯は次第にエスカレートし、ついにある夜、女の死を招いてしまったのだった。

★3c.事故死を「殺人だ」と思い込む。

『落ちた偶像』(リード)  大使館の執事ベインズ(演ずるのはラルフ・リチャードソン)に、若い愛人ができた。ベインズの妻は、夫と愛人がいる階上の部屋をのぞこうとして足をすべらせ、階段を転げ落ちて死ぬ。大使の幼い息子フィリップは、「ベインズが妻を突き落とした」と思う。フィリップはベインズを慕い、その妻を嫌っていたので、警察に対してベインズをかばう発言をする。そのため警察はベインズに殺人の嫌疑をかける。最終的に疑いは晴れたが、フィリップは「ベインズが殺した」と思い続ける。 

★4.病死と見えたものが、その裏に配偶者の殺意があった。

『鍵』(谷崎潤一郎)  四十五歳の郁子は、娘敏子の恋人木村と関係を持つ。郁子は、五十六歳で貧弱な肉体しか持たぬ夫を疎んで、死なせようとたくらむ。高血圧の夫に、休む暇なく性的刺激を与えて興奮させたため、夫は性交時に脳溢血を発症して半身麻痺となる。以後も郁子は、夫の木村への嫉妬心をあおって再度の発作を起こさせ、夫を死に追いやった。

『途上』(谷崎潤一郎)  愛人ができたため妻を邪魔に思う夫が、妻を病気か事故で死なせようとはかる。心臓の弱い妻に冷水浴を勧める、チブス(チフス)菌の多い生水や刺身を与える、流行性感冒の患者の見舞いをさせる、ガスの元栓をゆるめる、危険な乗合自動車の最前部に乗せる、などの試みをし、ついに妻はチブスに感染して死ぬ。しかし妻の父の依頼を受けた探偵が、夫の犯罪をあばく。

*愛人を心臓麻痺で死なせようとする→〔坂〕3bの『坂道の家』(松本清張)。

★5.病死をよそおった他殺と見せかけて、実は本当の病死。

『殺し屋ですのよ』(星新一『ボッコちゃん』)  若い女の殺し屋が、会社経営者エヌ氏を訪れ、「商売敵のG産業社長に様々なストレスを与えて、半年以内に死なせましょう」と持ちかける。四ヵ月後にG産業社長は死に、エヌ氏は報酬を払う。女は看護婦で、医師から余命少ない患者のデータを得て、その患者に恨みを持つ人物の所へ行き、殺しの注文を受けるのだった。

★6.事故死か自殺かわからない。

『悲しみよこんにちは』(サガン)  四十二歳のアンヌは、四十歳の鰥夫(やもお。妻を亡くした男)レエモンと結婚しようとする。しかし、レエモンがもとの愛人エルザを抱いて接吻する現場を見、アンヌは自動車を運転して走り去る。その夜、事故多発地帯でアンヌの車は五十メートル転落する。それは自殺とも事故とも考えられた。

*→〔母と娘〕1の『ロリータ』(ナボコフ)のシャーロットの死も、この類か。

『車輪の下』(ヘッセ)  小さな町の神童ハンスは、周囲の期待を背負って神学校へ入るものの、勉学意欲を失い、神経衰弱になって故郷へ帰る。彼は「森で縊死しようか」と考える。やがてハンスは、父の勧めで機械工になる。日曜日、彼は疲れていたが、仲間たちに誘われて郊外へ遊びに行き、ビールを飲む。翌朝、川でハンスの水死体が発見される。足をすべらせたのか、自ら死を選んだのか、誰にもわからなかった。

*酔って夜道を帰ると、妖怪によって川へ引きずられ、溺死させられることもある→〔犬〕10の『フランス田園伝説集』(サンド)「田舎の夜の幻」。

★7.死に方によって、死後行く場所が異なる。

『ギュルヴィたぶらかし(ギュルヴィの惑わし)(スノリ)  オーディンは「戦死者の父」と呼ばれる。戦場で倒れた者は皆、オーディンの養子となって、天上の宮殿ヴァルハラ(ワルハラ)とヴィーンゴールヴに送られる(20)。病気で死んだ者と寿命が尽きて死んだ者は、下界ニヴルヘイムにいる冥府の女主人ヘルのもとへ送られる(34)。 

★8.老齢や病気による死は、望ましいものではない。

『金枝篇』(初版)第3章第1節  未開人の考えによれば、老齢や病気で死んだ人々の魂は、弱く脆い。戦いで殺された人々の魂は、強靭で活力がある。死んだ時と同じ状態から、来世の生活が始まるので、心身が衰える前に、殺されるか自死するのが良い。自然死よりも、非業の死のほうが好まれるのだ〔*王や祭司の場合は、自然死すると世界全体に悪い影響を及ぼしてしまう〕→〔王〕5の『金枝篇』第3章第1節。

 

※他殺を事故死に見せかける→〔過去〕3bの『テレーズ・ラカン』(ゾラ)。

※殺害を病死と報告する→〔飢え〕3aの『海神丸』(野上弥生子)。

※暗殺を交通事故死として処理する→〔暗殺〕6の『Z』(コスタ=ガヴラス)。

 

  

【塩】

★1.食物の味付けに必要な塩。

『藺草(いぐさ)ずきん』(イギリスの昔話)  娘が「肉に塩がなくてはならないと同じくらい、父を大事に思う」と言ったために、追放される(*→〔追放〕1b)。娘は大きな屋敷の女中になり、やがて屋敷の若主人と結婚して、披露宴に大勢を招く。娘の父も、花嫁が誰か知らずに出かける。宴席の料理には塩が入っていなかったので、味気なく、とても食べられたものではなかった。父は塩の大切さを知り、娘がどれほど自分を思っていてくれたかを悟って泣く。

『絵本百物語』第4「塩の長司」  加賀の国・小塩の浦に住む塩の長司は家が富み、馬三百疋を所有していた。彼は悪食で、馬が死ぬと、肉を味噌漬けや塩漬けにして食べていた。ある時、生きている老馬を打ち殺して食ったところ、老馬の霊が毎日来て、長司の口から腹中へ入り込み、ひどく苦しめた。医療も祈祷も効果がなく、百日ほどを経て長司は、馬が重荷を負うような格好をして死んでしまった。

『百喩経』「愚人が塩を食べた喩」  愚人が他家を訪れ、主人から御馳走をふるまわれる。味が薄くて、おいしくなかったが、主人が塩を少し加えると美味になった。愚人は「料理がうまくなったのは、塩のおかげだ」と考え、塩だけをたくさん食べた。すると口中が不快で、具合悪くなってしまった。

★2.塩を運ぶ。

『イソップ寓話集』(岩波文庫版)180「塩を運ぶ驢馬」  驢馬が、塩を山のように背負って川を渡る。足を滑らせて転んだので、塩が溶けて流れ、驢馬は身軽になった。その後、海綿を背負って川にさしかかった時、驢馬は「水にはまったら荷が軽くなるだろう」と考え、わざと転ぶ。海綿は水を吸っていっそう重くなり、驢馬は溺れて死んだ。

★3.塩で水を清める。

『列王記』下・第2章  エリコの町の人々が「この町は水が悪く、土地は不毛です」と、神の人エリシャに訴えた。エリシャは水の源へ出かけ、塩を投げ入れて、人々に告げた。「主(しゅ)はこう言われる。『わたしはこの水を清めた。もはや死も不毛も起こらない』」。エリシャの言葉どおり、水は清くなって、今日にいたっている。

★4.「塩」という言葉を嫌う。

『日本書紀』巻25孝徳天皇大化5年3月  蘇我造媛(そがのみやつこひめ)の父・山田大臣(やまだのおほおみ)は、物部二田造塩(もののべのふつたのみやつこしほ)によって、斬首された。そのため蘇我造媛は、「塩」という言葉を聞くのを嫌った。近侍の者は、「塩」の語を口にすることを忌み、呼び名を「堅塩(きたし)」と変えた。

★5a.塩を食卓に置かない。

『イシスとオシリスの伝説について』(プルタルコス)32  エジプト人の中にも、オシリスの死の神話について(*→〔棺〕1a)、「オシリスとはナイル河であり、テュポン(セト)は海で、その海へとナイル河が注いで、散って見えなくなるのだ」と解釈する人がいる。それゆえ祭司たちは、海の穢れにふれないように気をつけ、塩を「テュポンの吹いた泡」と呼ぶ。彼らは、食卓に塩を置くことも禁じられている。

★5b.醢(ししびしお)を食膳に上さない。

『弟子』(中島敦)  孔子の弟子・子路は、衛の政変の折、二人の剣士を相手に闘い、全身膾(なます)のごとくに切り刻まれて死んだ。子路の屍は醢(ししびしお。塩づけ)の刑にされた。それを聞いた孔子は、家中の塩漬類をことごとく捨てさせ、爾後、醢はいっさい食膳に上さなかった。

★6.塩をまいて怪物を退治する。

『鉄腕アトム』(手塚治虫)「ゲルニカ」  科学者が、カタツムリを牛ほどに巨大化させて食用にしようと考え、「ゲルニカ種」と名づけて飼育する。しかし多数のゲルニカが檻を破って逃げ出し、都市を襲う。ゲルニカたちには、大砲も爆弾も歯が立たない。アトムが、あることを思いつき、空を飛んで白い粉をまく。たちまちゲルニカたちは溶けて縮んで、全滅する。アトムがまいた白い粉は、塩であった。

*酒を注いで怪物を退治する→〔酒〕1の『捜神記』巻11−8(通巻270話)。

 

※海水の塩分→〔海〕1の『海の水はなぜからい(塩引き臼)』(日本の昔話)など、→〔兎〕3の『古事記』上巻(稲葉の素兎)。

※塩の柱→〔禁忌(見るな)〕2の『創世記』第19章。

※塩を雪に見立てて歌を詠む→〔見立て〕1の『紅(べに)皿・欠(かけ)皿』(日本の昔話)。

 

  

【鹿】

★1.白鹿は神の化身。

『古事記』中巻  ヤマトタケルが東国を平定し、都へ帰還する途中のこと。彼は足柄山の坂本で、乾飯(かれいい)を食べた。そこへ坂(足柄峠)の神が、白い鹿となってやって来た。ヤマトタケルは、食べ残しの蒜(ひる)の片端を投げつける。蒜は白鹿の目に当たり、白鹿は死んだ〔*『日本書紀』巻7景行天皇40年是歳では、信濃の山中で、山の神がヤマトタケルを苦しめようと、白鹿になって現れる。『古事記』と同様に、ヤマトタケルの打ちつけた蒜が目に当たって、白鹿は死ぬ〕。 

★2.白鹿と思ったら白い石だった。

『遠野物語』(柳田国男)61  猟の名人嘉兵衛爺が、六角牛(ろっこうし)山で白い鹿に出会った。「白鹿は神なり」との言い伝えがあったが、嘉兵衛爺は、黄金の弾丸に蓬を巻きつけて撃つ。手応えはあったけれども、鹿は倒れない。近寄って見ると、鹿の形に似た白い石だった。「数十年も山に暮らす自分が、石を鹿と見誤るはずがない。魔障のしわざだ」と、嘉兵衛爺は語った。

*虎と思ったら石だった→〔石〕9cの『捜神記』巻11−1(通巻263話)。

*猪に似せた石→〔猪〕5の『古事記』上巻。

★3.鹿の死体を隠しておいたら、横取りされた。

『列子』「周穆王」第3  薪取りの男が、鹿を仕止めて堀に隠した。後、彼は鹿を取りに行くが、隠し場所を忘れ、「夢だったか」とつぶやきながら家へ帰る。薪取りのつぶやきを聞いた人が、その言葉を手がかりに鹿を捜して横取りする。一方、薪取りの男は「鹿を横取りした人がいる」との夢を見たので、その人を訪ね、鹿を請求した〔*薪取りの男は、初めは現実を「夢だ」と思い、次には夢を「現実だ」と考えたのである〕。

★4.銭を隠しておいたら、鹿の死体に変わっていた。

『日本霊異記』下−5  河内国に、妙見菩薩を祭る山寺があった。寺の弟子僧が、布施の銭五貫を盗んで隠す。後に隠し場所へ銭を取りに行くと、銭はなく、矢で射られた鹿の死体があった。妙見菩薩の霊力によって、銭が鹿に見えたのである。弟子僧は「鹿を運び出そう」と思って、村人たちをその場へ連れて来る。すると鹿はおらず銭五貫があった。これを見た村人たちは、弟子僧が盗みをしたことを知った。 

★5a.鹿を「馬」と言う。

『史記』「李斯列伝」第27  秦の二世皇帝(胡亥)は、趙高を重んじた。趙高は大きな権力を得たことを自覚し、二世皇帝に鹿を献じて「馬です」と言う。二世皇帝が左右の者に「これは鹿だろう?」と問うと、皆は趙高をはばかって、「馬です」と答える。二世皇帝は驚き、「自分は精神が錯乱したのだろうか」と思った。

★5b.鹿を「犬」と言う。

『鹿政談』(落語)  豆腐屋の六兵衛が鹿を殺し(*→〔禁制〕2)、奉行所へ引っ立てられる。町奉行・根岸肥前守は、正直者の六兵衛を助命しようと、鹿の死骸を見て「これは鹿ではないな。毛並みは似ておれども、犬だと思うが・・・・・・」と鑑定し、与力や町役人たちに意見を求める。皆も口々に「犬に違いありません」「最前、ワンワーンと鳴きました」などと言うので、奉行は「犬ならば罪には問わぬ」と、六兵衛を放免する。

★6.鹿の内臓には、解毒作用がある。

『仔鹿物語』(ブラウン)  フロリダの開拓民ペニー(演ずるのはグレゴリー・ペック)は野道を歩いていて、ガラガラ蛇に腕を噛まれた。毒を身体から出さねば死んでしまうので、彼は、近くにいた牝鹿を鉄砲で撃ち殺す。鹿の心臓と肝臓を用いて蛇の毒を吸い取り、ペニーは命拾いする〔*牝鹿には子供がおり、ペニーの息子ジョディは、その仔鹿を可愛がる。しかし仔鹿が作物を食い荒らすので、ジョディはやむなく射殺する〕。

★7.子鹿の成長物語。

『バンビ』(ハンド)  「森の大王」と呼ばれる大鹿の息子として、春の朝にバンビは生まれた。優しい母鹿のもとでバンビはすくすくと育つ。しかしある日、狩人たちがやって来て、バンビは母鹿を失った。翌春、バンビは立派な角の生えた青年鹿になった。人間たちの侵入や森火事などの危難を乗り越え、バンビは幼なじみのファリーンと結婚する。バンビとファリーンの間には、かわいい双子の子鹿が生まれた。やがてバンビは、父鹿の後をついで「森の大王」となるであろう。

★8.鹿が星になる。

『三頭の牝鹿―オリオン座の物語』(モンゴルの神話・伝説)  三頭の牝鹿が、三頭の子鹿を連れていた。弓の名手フフデイ王が、牝鹿の一頭を射る。射られた牝鹿は、他の鹿たちとともに空へ駆け上がる。三頭の牝鹿はオリオン座の三つ星になり、三頭の子鹿は、その下に斜めに並ぶ小さな三つ星になった。矢は、牝鹿の体を貫通して血に染まったので、赤い星ベテルギウスになった〔*フフデイ王はおおいぬ座のシリウスとなって、今でもオリオン座を追っている〕。

 

※鹿の見た夢→〔言霊〕5aの『摂津国風土記』逸文。

※鹿の毛皮を着た人間→〔誤射〕2の『二十四孝』(御伽草子)「ゼン子」、→〔誤射〕3の『日光山縁起』下、→〔誤射〕4の『宇治拾遺物語』巻1−7。

 

  

【仕返し】

★1.相手から受けた仕打ちと同様のことをやり返す。

『イソップ寓話集』(岩波文庫版)426「狐と鶴」  狐が豆スープを平皿に入れて、鶴を招待したが、鶴の細い嘴では、すくって飲むことができなかった。そのお返しに、鶴は首の細長い瓶に食物を入れて狐を招いたので、狐は食べることができなかった。

『懐硯』(井原西鶴)巻3−1「水浴は涙川」  醜男の清蔵が美人の妻をめとったので、友人五人が妬み、「奥方には持病があり、寒の候には発作を起こして暴れる」と、でたらめを教える。清蔵はこれを真に受けて妻を離縁する。後に、だまされたと知った清蔵は、「五人を殺して自分も死のう」と思いつめるが、結局、五人の妻を皆離縁させて、仕返しをした。

『デカメロン』第8日第7話  一人の学者が未亡人に恋するが、未亡人は雪の夜に学者を中庭に招き入れ、一晩中待たせ、こごえさせて、からかった。学者は復讐の機会をねらい、「魔法を教える」と言って未亡人をだまし、夏七月に未亡人を真裸で塔の上に置いて、一日中太陽に灼かれるようにした。

『平家物語』巻4「競」  源仲綱の愛馬「木(こ)のした」を、平宗盛が強引に請い取る。宗盛は、「木のした」に「仲綱」という焼き印を押して、「仲綱めに鞍を置け。仲綱めを鞭打て」などと言った。これを知った仲綱は、宗盛の秘蔵の馬「なんりょう」を得て尾とたてがみを切り、「平宗盛入道」という焼き印を押して、宗盛の館へ追い入れた。

*娘宛ての手紙を父親が開封し、父親宛ての手紙を娘が開封する→〔手紙〕1aの『ヘッドライト』(ヴェルヌイユ)。

*男が狐の子供を串刺しにし、狐が男の子供を串刺しにする→〔変化(へんげ)〕1の『日本霊異記』中−40。

*友人二人が男を坊主頭にし、男が友人二人の妻を坊主頭にする→〔坊主頭〕1の『六人僧』(狂言)。

*バビロニア王がアラブ王を宮廷の迷路へ入れ、アラブ王がバビロニア王を砂漠の真ん中へ置く→〔迷路〕8の『ふたりの王とふたつの迷宮』(ボルヘス)。

*工(たくみ)が建物に仕掛けを造って絵師をからかい、絵師が本物そっくりの死体を描いて工を脅かす→〔わざくらべ〕1aの『今昔物語集』巻24−5。

★2.相手から批判された言葉をそのまま投げ返す。

『こころ』(夏目漱石)下「先生と遺書」  大学二学年目の試験終了後の夏休み、「先生」とKは房州を旅行する。その時、Kは「精神的に向上心のないものは馬鹿だ」と言って、「先生」を批判する(30)。それから数ヵ月を経た翌年一月、Kがお嬢さんへの切ない恋心を「先生」に打ち明けた時、「先生」は、かつてKが言ったのと同じ言葉をKに投げ返す(41)。Kは「僕は馬鹿だ」と言い、二月の半ば過ぎに自殺する。

★3.通常とは異なる仕返しのやり方。

『考え方』(スタージョン)  ケリーは変わった考え方をする男だった。ある女が、扇風機をケリーに投げつけた。ケリーは扇風機を女に投げ返したりせず、女を抱き上げて扇風機に投げつけた。また、別の女がケリーの弟を憎み、ヴードゥー教の人形に針をさして呪ったので、ケリーの弟は全身が腐って死んだ。ケリーは人形に復讐するために、女をつかまえて痛めつけた。その結果、ヴードゥー教の人形は腐って溶けた。

*自画像の耳がうまく描けないので、絵を描き直さず、耳を切ってしまうというのも、変わった考え方である→〔絵の中に入る〕2の『夢』(黒澤明)第5話「鴉」。

★4.女にふられた男が恨みを抱き、その女が他の男との間にもうけた子供に、仕返しをする。

『ノーウッドの建築業者』(ドイル)  建築業者オウルデイカーは若い頃、ある女性に求婚したが、女性はそれを断り、マクファーレンという男と結婚してしまった。オウルデイカーは女性(マクファーレン夫人)を恨みつつ、ずっと独身を通し、何とか仕返しをしたいと考えていた。三十年近くたってから、オウルデイカー(この時五十二歳)は、マクファーレン夫人が産んだ息子ジョン(二十七歳)を殺人犯に仕立て上げ、牢屋に入れてやろうとたくらんだ→〔指紋〕2

『夜行巡査』(泉鏡花)  男が女を恋したが、女は男の思いを知らぬまま、男の弟と結婚した。男は失恋の苦しみで自暴自棄になり、仕返しをしたいと考える。弟夫婦は、さほど長生きすることなく死んだので、男は、二人の間の娘お香を引き取って養育する(お香にとって、男は伯父にあたる)。お香が美しい娘に成長し、恋人(八田義延巡査)ができた時、男は二人の結婚を頑として認めず、恋の叶わぬ苦しさをお香に思い知らせる。それが、男の考えた仕返しだった→〔二者択一〕9

 

  

【時間】

 *関連項目→〔異郷の時間〕〔冥界の時間〕〔空間と時間〕

★1.時間の経過が、意識内では実際よりもはるかに短く感じられる。

『法華経』「序品」第1  日月燈明仏(にちがつとうみょうぶつ)が六十小劫の間、法を説き、座を立たなかった。会衆たちも一処に座ったまま、六十小劫の間、説法を聴いていた。彼らにはその時間が、食事をするくらいのわずかな時間に思われた。

『法華経』「従地湧出品」第15  大地の割れ目から、無量千万億の菩薩が湧出し(*→〔土〕7)、多宝如来と釈迦牟尼仏を礼拝し讃嘆した。その間に五十小劫の時間が経過したが、諸大衆は、仏の神通力によって、それを半日ほどにしか感じなかった。

★2.短時間なのに、意識内では実際の十倍以上の長時間を経験する。

『男はつらいよ』(山田洋次)第24作「寅次郎春の夢」  美しい未亡人(演ずるのは香川京子)とその娘(林寛子)が今夜「とらや」に来て、皆で一緒に食事をするというので、寅次郎は「早く夜になれ」と念じつつ、真昼間から帝釈天の門前で二人を待つ。寅次郎は腕時計を見て、「さっきから一時間も待ってるのに、時計はまだ五分もたってねえんだからなぁ」とつぶやく。

*処刑執行の一瞬間に、意識内では長い時間が経過する→〔処刑〕8aの『アウル・クリーク橋の一事件』(ビアス)、→〔処刑〕8bの『隠れた奇跡』(ボルヘス)など。

*阿片の作用で、一夜のうちに百年も・あるいは一千年も、過ぎたように感じられることがある→〔麻薬〕3の『阿片常用者の告白』(ド・クインシー)。

*われわれの人生も、実は一瞬のうちに数十年を体験しているのかもしれない→〔死〕10の『かいま見た死後の世界』(ムーディー)2「死の体験」。

★3a.二重の時間。現世にありながら、ある人物が二十年ほど歳をとる間に、その人物をとりまく環境は三百年以上経過する。

『オーランドー』(ウルフ)  エリザベス一世の寵児オーランドーが十六歳から三十六歳になるまでの間に、イギリスでは十六世紀末から二十世紀初めまで、三百数十年が経過した→〔性転換〕1

★3b.二重の時間。十年後が翌日のようでもある。

『灯台へ』(ウルフ)  〔第1部〕ラムジー家(哲学教授ラムジー氏、夫人、息子アンドリュー、ジェイムズ、娘プルー、キャムたち八人の子供)の別荘に大勢の客が招かれ、にぎやかに晩餐会が開かれる。翌日は灯台へピクニックに行く予定であり、ジェイムズはそれを楽しみにしていた。しかし天候の悪化で、灯台行きは取りやめになった。〔第2部〕十年の歳月が流れ、夫人とアンドリューとプルーが死んだ。〔第3部〕ラムジー家の家族と客たちが、別荘に集まる。老ラムジー氏はジェイムズとキャムを連れて舟で灯台へ向かい、十年前のピクニックの計画を実現させた〔*第3部は、第1部の翌日のようでもある〕。

★4.時間を自由自在に操作して、長くも短くも感じさせる。

『維摩経』第6章  維摩居士は説いた。「『不可思議解脱』の悟りを得た菩薩は、時間を操作することができる。永くこの世にあることを願う衆生が、悟りを開く可能性を持つばあいには、菩薩は、七日を一劫であるごとく彼に思わせる。逆に、永くこの世にあることを願わぬ衆生には、一劫を七日であるごとく思わせるのである」。

★5.音楽を演奏し始めると、時間が変化する。

『追い求める男』(コルタサル)  ジャズ・サックス奏者ジョニー(チャーリー・パーカーがモデル)は言う。「サックスを吹き始めるのは、誰かとしゃべりながらエレベーターに乗るようなものだ。だんだん昇って行き、目の下に町が広がる。乗る時に言いかけた言葉が終わる頃には、五十三階まで昇っている。場所が、いや時間が変化するんだ。地下鉄に乗っている時とか(*→〔地下鉄〕4)、演奏している時に、そんな感じになるんだが、ああいう状態でずっと生きていけないだろうか? その方法がわかれば、今の何千倍もの人生を生きることができるはずだ」。 

★6.時間を貯蓄する。

『ドラえもん』(藤子・F・不二雄)「時間貯金箱」  のび太は、ママの小言を聞く、晩御飯を待つなど、苦手な時間・無駄な時間を、時間貯金箱に貯金しておき、しずちゃんと遊ぶ時にその時間をおろして、ゆっくり遊ぶ。しかし、時間をおろすとその分時間が逆戻りするので、会社から帰って来たパパは「また昼間になった」と驚いて、会社へ戻って行った。

『モモ』(エンデ)  灰色ずくめの男たちが来て、無駄な時間の貯蓄を人々に勧め、「利子として倍の時間を支払う」と約束する。人々は手早く仕事を片づけて、余りの時間を時間貯蓄銀行に預ける。一日一日がしだいに短くなり、皆忙しく不機嫌になってゆく。灰色の男たちは時間を返すつもりはなく、彼らは人間のすべての時間を奪い取ろうとしていた→〔眠り〕1

★7.夜なのに明るくして時間をごまかす。

『雨月物語』巻之3「吉備津の釜」  四十二日の物忌みの最後の夜がしらじらと明け、正太郎は「これでもう、磯良の恨みの死霊から逃れることができた」と思い、安堵して表へ出て、たちまち殺される。まだ外は闇で、磯良の霊が正太郎に夜が明けたと錯覚させ、外へおびき出したのであった→〔妬婦〕1c

*時計を遅らせて時間をごまかす→〔時計〕4の『化人(けにん)幻戯』(江戸川乱歩)など。

*鶏を鳴かせて時間をごまかす→〔鶏〕2の『好色一代男』巻2「旅のでき心」など。

*鶏の鳴きまねをして時間をごまかす→〔鶏〕3の男鹿のナマハゲの伝説など、→〔あまのじゃく〕1の岩の掛橋(高木敏雄『日本伝説集』第3)など。

*犯行時刻をごまかす→〔アリバイ〕1bの『偉大なる夢』(江戸川乱歩)など。

 

  

【時間が止まる】

★1.時間を止める。

『ふしぎな少年』(手塚治虫)  十三歳のサブタン(大西三郎)は、地下道の壁から四次元世界に偶然入り込み、時間を止める力を授かって三次元世界に帰る。時間を止めると世界が静止し、サブタンだけが活動できる。サブタンはこの力を用いて、事故に遭った人々を現場から救い出したり、ギャングやスパイの武器を取り上げたりする。やがて四次元の穴が修復され、サブタンは時間を止める力をなくして、ふつうの少年に戻った。

*神が眠ると時間が止まる→〔眠り〕1の『モモ』(エンデ)。

★2.超高速で思考・行動したために、時間が止まったように見える。

『新加速剤』(H・G・ウェルズ)  ジバーン教授が、通常の千倍以上の高速で思考・行動できる新薬を開発し、教授と「ぼく」はその加速剤を飲んで町に出かける。一秒ほどの間に三十分にも相当する経験をしたので、「ぼく」たちには、町の人々がほとんど静止しているように見える。あまりに速く移動したため、空気抵抗による摩擦熱で、服は焦げてしまった。

★3.時間が止まった世界。

『ほら男爵 現代の冒険』(星新一)「海へ!」  ミュンヒハウゼン(*→『ほらふき男爵の冒険』)の子孫である男爵が太平洋を航行していると、目の前へ旧日本海軍の潜水艦が浮上する。驚く男爵に、潜水艦の兵が「自分たちは、時間のずれに巻きこまれたような気がします」と言う。「毎日がすべて同じなのです。誰も年をとらず、空腹にもならない。燃料もなくならない。しかし、どこへ浮上しても同じ経度。ただ、南北に動けるだけなのであります」。男爵は、「君たちは日付変更線につかまったのだ。だからずっと同じ日なのだ」と教えた。

★4.心の中の時間が止まる。

『舞踏会の手帖』(デュヴィヴィエ)  三十六歳の未亡人クリスティーヌ(演ずるのはマリー・ベル)は、二十年前、十六歳の時の舞踏会で踊った青年ジョルジュに会いに行く(*→〔舞踏会〕1)。しかしジョルジュは舞踏会の後に、クリスティーヌが他の男と婚約したことを知って自殺していた。ジョルジュの母親は息子の死を認めず、彼女の心の中の時間は止まってしまった。母親はクリスティーヌを見て、「クリスティーヌさんのお母様ね」と言い、「クリスティーヌさんとジョルジュの結婚に反対ですか?」と問う。

★5.無意識の底は、無時間の世界である。

『ユング自伝』11「死後の生命」  無意識の研究を始めた時、「私(ユング)」はサロメとエリヤに出会った(*→〔宇宙〕5)。その後、彼らは退いていたが、二年後に再び現れた。驚いたことに、彼らは少しも変化しておらず、二年の間に何事も起こらなかったように話し、ふるまった。実際は、「私」の生活には大きな変化があったので、「私」はいろいろなことを彼らに説明せねばならなかった。サロメとエリヤの人格像は、無意識=無時間の中に沈み込んでいたため、自我との接触を持たず、意識の世界に生じたことについて、まったく無知だったのである。 

*時間のない世界→〔棺〕2aの『野いちご』(ベルイマン)。

 

※時間が逆行する→〔逆さまの世界〕2の『逆まわりの世界』(ディック)。

※記憶が時間を逆行する→〔記憶〕5の『鏡の国のアリス』(キャロル)など。

 

  

【時間旅行】

★1a.未来へ旅行する。

『タイム・マシン』(H・G・ウェルズ)  十九世紀末のある木曜日、時間飛行家がタイム・マシンに乗って、紀元八十万二千七百一年の未来へ行く。そこは、地上に住む脆弱なエロイ族を、地下に住む野蛮なモーロック族が襲って食う、という世界だった。時間飛行家はさらに三千万年後に飛び、人類死滅後の地球を見て、十九世紀へ戻る。翌日、彼は再び時間飛行を試み、二度と還らなかった。

★1b.近未来へのタイム・リープ。

『時をかける少女』(大林宣彦)  高校二年生の芳山和子(演ずるのは原田知世)は、未来世界から来た少年薬学博士と出会ったために、タイム・リープの能力を得る。彼女は二十四時間を跳び越えて、翌日起こることをその前日に経験する。翌日の授業の内容も、夜の地震や火事の騒ぎも、和子はすべて前もって知ってしまった。和子は少年薬学博士への恋心を告白するが、二人は別れねばならなかった→〔記憶〕11

★2a.タイム・スリップして、過去の世界へ行く。

『アーサー王宮廷のヤンキー』(トウェイン)  十九世紀アメリカの兵器工場で働く「わたし(ハンク・モーガン)」は、喧嘩相手にバールで頭を殴られ、気がつくと六世紀のキャメロットに来ていた。「わたし」は、アーサー王の騎士社会に十九世紀の科学技術と思想を持ちこんで、改革を試みる。しかしマーリンの魔法で十三世紀間眠らされ、目覚めるとまた十九世紀に戻っていた。

『火星のタイム・スリップ』(ディック)  一九九四年の火星植民地。未来予知・過去改変の能力を持つ自閉症児マンフレッドを利用して、アーニイ・コットは三週間前に戻り、商売上の損失を取り戻そうとする。しかし時間感覚が崩壊するなど、分裂病特有の症状が現れるので、アーニイは、「自分はマンフレッドの心の中の世界に入り込んだのだ」と考える。アーニイは敵に銃撃され、「これは現実ではない」と思ったまま死んで行く。

『戦国自衛隊』(斎藤光正)  伊庭三尉(演ずるのは千葉真一)率(ひき)いる二十一名の自衛隊員が、演習地へ向かう途中、四百年前の戦国時代にタイム・スリップする。彼らは「歴史を変えれば時間の歪みが生じ、昭和時代へ戻れるかもしれない」と考え、ヘリコプター・戦車・手榴弾・機関銃など二十世紀の装備・武器を用いて、武田信玄の軍と戦う。伊庭三尉は武田信玄に一騎打ちを挑み、刀を折られたため、拳銃を取り出して信玄を射殺する。しかし、結局自衛隊員たちは皆戦死する。根本隊員(かまやつひろし)だけが、この時代の農夫となって生き残る。

『ファラオの娘』(プーニ)  阿片を吸ったウィルソン卿は古代エジプトにタイムスリップし、青年タオールとなった(*→〔麻薬〕3)。タオール(ウィルソン卿)は、ファラオの娘アスピチアと出会い、二人は恋に落ちる。隣国のヌビア王がアスピチアを妻にしようと迫ったので、彼女はナイル川に身を投げ、水底のナイルの神に救われる。父ファラオが、二人の愛の深さを知って結婚を認める→〔墓〕12

『ポンペイ夜話』(ゴーチェ)  十九世紀半ば、ポンペイの遺跡を訪れた青年オクタヴィアンは、夜眠れぬまま宿を出て街を歩く。そこは紀元七十九年、ヴェスヴィオ山噴火直前のポンペイであり、彼は美女アッリアと出会い、抱き合う。しかしキリスト教徒である彼女の父ディオメデスが現れ、アッリアの真の姿を示すべく、除魔の呪文を唱える。アッリアの身体はくずれ落ち、灰と骨片に化した。

*二度と行けない十九世紀の世界→〔異郷再訪〕1の『レベル3』(フィニィ)。

★2b.自ら願って、過去の世界へ移り住む。

『火の鳥』(手塚治虫)「羽衣編」  二十五世紀に皆殺し戦争があり、世を恨む女が火の鳥に願って、「過去の歴史を絶対変えない」との約束で、千五百年前、十世紀の日本に移り住む。女は三保の松原の漁師ズクと結婚するが、この時代でもまた戦争が始まって、ズクは兵隊に取られてしまう。女は歴史の変改を防ぐため、ズクとの間に生まれた娘を殺そうとするが思いとどまり、娘を抱いて未来世界へ帰って行く。

*タイムマシンに乗って過去へ行く→〔冷凍睡眠〕3の『夏への扉』(ハインライン)。

★2c.過去の世界へ時間旅行する夢。

『鶯姫』(谷崎潤一郎)  大正時代、京都の南郊外にある女学校。国文の老教師・大伴が居眠りをしていると、羅生門の青鬼が現れ、大伴を平安時代へ連れて行く。青鬼の神通力によって大伴は赤鬼に化身し、壬生左大臣の娘である美しい鶯姫(女学校の生徒・壬生野春子の先祖)をさらう(*→〔教え子〕6)。しかし雷神が鶯姫を救いに来て、東寺の塔の頂上から、大伴を真っ倒(さかさ)まに突き落とす。大伴は椅子から転げ落ちて目を覚ます。

★2d.現在から過去の世界へ行くのではなく、過去の世界が現在へ引き寄せられる。

『白昼の襲撃』(星新一『ボンボンと悪夢』)  二十世紀のアリゾナ。エフ博士はタイムマシンの研究に取り組み、とうとう完成させた。しかし、助手がタイムマシンを鎖で地面につないでおいたために、過去へ行くべく起動しても、タイムマシンは現在に固定されたままで、逆に、付近の過去世界が現在に引き寄せられた。十九世紀のガンマンとアパッチ族が現れ、銃弾と矢が飛び交う。やがてタイムマシンの起動装置が焼け切れ、過去世界は現在から切り離されて、消えて行った。

★3a.過去を変えるために、未来からやって来る。

『キャプテンKEN』(手塚治虫)  水上ケンは少女時代に火星で、太陽爆弾に被爆した。その時は何ともなかったが、やがて結婚し、息子ケンジを産み育てた後に、発病して不治を宣告される。ケンジ(キャプテンKENと名乗る)はタイムマシンで二十年前に戻り、ロボット馬に乗って空を駆け、電磁力で太陽爆弾のコースを変える。ケンジは自らの命を捨てて、少女時代の母・水上ケンを太陽爆弾から守る。

『ターミネーター』(キャメロン)  機械軍団が、未来世界の二〇二九年から一九八四年に向けて、サイボーグ「ターミネーター」(演ずるのはアーノルド・シュワルツェネッガー)を送りこむ。それは、機械軍団に立ち向かう人類のリーダーを産むはずの女性サラを、その前に殺すためだった。同時に戦士カイルも未来からやって来て、サラを守る。ターミネーターとの死闘の末、カイルは死に、工場内に追いつめられたサラは、圧延機でターミネーターを押しつぶす。その時すでにサラは、カイルの子供を身ごもっていた。

『ドラえもん』(藤子・F・不二雄)「未来の国からはるばると」  ある年の正月、野比のび太の部屋の机の引出しから、ネコ型ロボットのドラえもんと、のび太の孫の孫セワシが現れる。彼らは、のび太の大学入試失敗、ジャイ子との結婚、会社丸焼け、倒産、多額の借金、という不幸な運命を変えるために、未来からやって来たのだった。

*地球を逆回転させて、過去を変える→〔地球〕2の『スーパーマン』(ドナー)。

★3b.変わりそうな過去を、変わらないように元に戻す。

『バック・トゥ・ザ・フューチャー』(ゼメキス)  高校生マーティ(マイケル・J・フォックス)が自動車型タイムマシンに乗り、一九八五年から三十年前の世界に行く。女子高生ロレインがマーティに出会って一目ぼれするが、彼女は将来マーティの母親となる女性だった。ロレインがマーティの父ジョージと結婚しなければ未来が変わり、マーティは生まれない。実際、家族写真からはマーティの姿が消えていた。マーティは力を尽くして、母ロレインと父ジョージが結ばれるように仕組む。

★3c.一匹の蝶の死という些細な出来事が、その後の歴史を大きく変える。

『サウンド・オブ・サンダー(雷のような音)(ブラッドベリ)  二十一世紀半ば過ぎのアメリカ。狩猟タイムトラベル株式会社が、六千万年前の恐竜時代へのツアーを行なう。現地での行動、撃つべき恐竜は、未来へ影響を及ぼさぬよう、厳格に定められていた。ところがツアー客の一人が、一匹の蝶を靴で踏み殺してしまう。これはまったく想定外の事故だった。ツアー一行は二十一世紀へ戻る。そこは出発前のアメリカとは違う、別のアメリカだった。

★3d.過去に干渉しても、歴史が変わらない場合がある。

『王様のご用命』(シェクリイ)  紀元前二千年に存在したアレリアン国の王様に仕える悪魔が、二十世紀へやって来て、ある家の冷蔵庫やエアコンなどの電気器具を、盗んで行く。家の主は、「電気器具を古代に持ち込んだら、歴史の全コースが変わってしまう」と心配する。悪魔は「何も変わりません」と保証する。「三年後にアレリアン国は、あとかたもなく消えてしまいます。一人も生き残りません。アレリアンは、アトランティスの国なのです」。

*星新一は『短篇をどう書くか』で、『王様のご用命』(シェクリイ)は、「時間旅行」「電気器具」「アトランティス」という三つの知識を組み合わせて創った作品だ、と解説する。

★4.組織的に過去を改造する。

『果しなき流れの果に』(小松左京)  三十七世紀になって、ようやく人類は時間旅行を達成する。その時、一群の人々は、二十五世紀の、あるいは三十世紀の科学と知識を全面的に一万年前の世界に移し植えて、人類の進歩を促進させようという過去改造計画を考える。しかし「超越者」の僕(しもべ)である超未来人たちが厳しく時間を管理し、過去に干渉する人々を追い、捕らえる〔*二十世紀の科学者野々村は、未来人たちの争いに巻き込まれる。野々村の意識は肉体から離れ、他の未来人たちの意識と融合し、宇宙そのものを認識しようとする。しかし力尽き、彼の意識は崩壊する〕。

★5.痙攣(けいれん)的時間旅行者。

『スローターハウス5』(ヴォネガット)  第二次世界大戦末期の一九九四年、米兵ビリーは、突如、時間の中に解き放たれた。彼は捕虜としてドレスデンの食肉処理場(スローターハウス)5に収容され、大空襲に遭い(*→〔空襲〕5)、やがて終戦を迎えるのだが、その間、不随意筋の痙攣のように、中年や老年や子供時代へジャンプし、また戦時中へ戻ることを繰り返す。UFOに誘拐されたりもする(*→〔空飛ぶ円盤〕2)。一九二二年に生まれ一九八六年に殺されるビリーは、自分の誕生と死を何回経験したかわからない。死ねば、また人生のある時期へ逆行するだけなのだ。

 

※上へ登ると未来へ行き、下へ降りると過去へ行く→〔空間と時間〕2の『時間に挟まれた男』(シェクリイ)。

※洞窟(トンネル)のこちら側は昭和時代、向こう側は江戸時代→〔トンネル〕1cの『御先祖様万歳』(小松左京)。

 

  

【死期】

★1a.自分の死期を前もって知り、予告する。

『今昔物語集』巻15−24  筑前国の極楽寺の聖人が『法華経』の千日講を行ない、「千日講終了の日に私は死ぬ」と予告する。講が終わる三日前に聖人はにわかに発病したが、人々は「仮病だろう」と言う。しかし予告どおり、千日講の最終日に聖人は死去した。

『今昔物語集』巻15−28  旅の修行僧が、山中の草庵に宿を請う。そこには牛馬の肉を食う法師浄尊が住んでおり、「私は今から×年後の某年某月某日に極楽往生する。その日に来て結縁し給え」と言う。何年かの後、予告された日に修行僧が訪れると、その夜、浄尊は西を向き、合掌して死んだ。

『沙石集』巻10末−13  上野国の行仙房は、弘安元年(1278)に入滅した。その前年から彼は、明年死ぬだろうこと、病気になる日、入滅の日までを、日記に書いて箱に入れておいた。弟子はこれを知らなかったが、行仙房の没後に日記を開くと、すべて実際のとおりだった。

『発心集』巻2−6  楽西聖人の草庵の前の池に、毎年多くの蓮の花が咲いた。ある年の夏、少しも咲かなかったのを、聖人は「今年は我が死すべき年。私の行く極楽に咲こうとして、ここには咲かぬのだ」と言い、言葉どおりその年に死去した。

★1b.自分の死期を予言するが、その一日前に死ぬ。

『西京雑記』巻4  嵩真は算術にひいでており、「自分の寿命は七十三歳で、綏和元年(B.C.8)正月二十五日の申の刻に死ぬ」と計算し、そのことを壁に書きつけておいた。ところが彼は、予言した日より一日早く、二十四日に死んだ。彼の妻は、「計算の時に夫が誤って算木を一本多く加えたのを、私は見ました。それで一日のずれが生じたのでしょう」と言った。

★2a.釈迦如来入滅の日である二月十五日に死にたい、と願う。

『古今著聞集』巻13「哀傷」第21・通巻465話  西行法師は生前、釈迦如来御入滅の日に死にたいと願い、「願はくは花の下にて春死なんその如月の望月の頃」という歌を詠んだ。その願いどおり、彼は建久三年(1198)二月十五日に往生した〔*実際には、一日遅れの二月十六日に死去した、と言われる〕。

★2b.聖徳太子薨去の日である二月五日に死ぬだろう、と予言する。

『日本書紀』巻22〔第33代〕推古天皇29年(A.D.621)2月  二月五日、厩戸豊聡耳皇子命(うまやとのとよとみみのみこのみこと。聖徳太子)が斑鳩宮に薨去した。かつて聖徳太子に仏法を教えた高麗僧慧慈は悲しみ、「私は来年の二月五日に必ず死ぬだろう」と予言して、まさしくその日に死去した。

★3a.死ぬ日を予告し、人々を集めて別れの挨拶をする。

『現代民話考』(松谷みよ子)5「死の知らせほか」第2章の3  禅源寺の住職の総崎さんは、自分の死ぬ日を予告し(*→〔寿命〕3b)、一週間前に、全国にいる弟子たちに「キトク・・・」という電報を打った。弟子たちが寺へ来てみると、総崎さんは水を汲んだり薪を割ったり、元気に仕事をしていた。死ぬ当日には、寺総代や村の役員を集めて膳についてもらい、別れの挨拶をした。仏前でお経をあげ、最後のカネをチーンと叩いて、総崎さんはすわったまま大往生した(高知県土佐清水市上の加江村)。 

『今昔物語集』巻17−30  下野国の僧蔵縁は、長年にわたって地蔵菩薩を信仰し、「私は、地蔵の縁日である、月の二十四日に極楽往生するだろう」と常々言っていた。蔵縁は九十歳になっても壮健であったが、延喜二年(902)八月二十四日、多くの饗膳を調えて遠近の男女を招き、「皆さんに対面するのは今日限りだ」と告げた。宴が果て、人々が半信半疑で帰って行った後、蔵縁は地蔵堂に入り、掌を合わせて額に当て、すわったまま死んだ。 

★3b.死の当日、師僧のもとを訪れ、挨拶して死ぬ。

『酉陽雑俎』巻5−226  ある日、僧・一行(673〜727)が、師僧普寂のもとを訪れ、耳に口を寄せて密談する。普寂はうなずいて、「さしつかえありません」と言う。話が終わって礼をし、礼が終わってさらに話をし、それが三回繰り返される。普寂は「さよう、さよう、さしつかえありません」とだけ言う。一行は階(きざはし)を降り、南の室に入って自ら扉を閉ざす。普寂は弟子に、「鐘をつかせなさい。一行和尚が滅度された」と告げる。左右の者がいそいで見に行くと、その言葉どおりだった。 

★4a.自分の死期を、死神や神霊などから知らされる。

『百年の孤独』(ガルシア=マルケス)  女の死神が老処女アマランタを訪れ、「お前は、経帷子を織り上げる日の暮れ方に、苦痛なく息絶えるだろう」と告げる。アマランタは四年かけて丁寧に経帷子を織り、完成の日の朝に家族および町中の人々に自分の死を予告して、夕刻に死んだ。

『保元物語』上「法皇熊野御参詣並びに御託宣の事」〜「法皇崩御の事」  久寿二年(1155)冬、鳥羽法皇は熊野権現へ参詣し、現世および来世安穏の祈請をした。すると権現の神霊が巫女(かんなぎ)に降り、「法皇は明年秋に崩御、と定まっている。その後、世は乱れるであろう」と託宣した。翌保元元年(1156)、春夏の頃から鳥羽法皇は病気になり、七月二日に五十四歳で亡くなった。

★4b.自分の往生の時期を、仏菩薩から知らされる。

『中将姫の本地』(御伽草子)  天平勝宝年中(749〜757)のある年、六月二十三日の夜のこと。化尼(阿弥陀如来の化身)と天女(観音菩薩の化身)が、当麻寺の中将姫に浄土の荘厳を説き示し、「これから十三年を経た今月今日、必ず汝を迎えに来よう」と告げた。十三年後の神護景雲元年(767)六月二十三日、酉の刻(午後八時頃)に、異香が薫じ音楽が響く中で、阿弥陀如来と二十五菩薩が来迎し、中将姫を極楽浄土へ迎え取った〔*『中将姫の本地』の記述から計算すると、この時、姫は二十八歳。往生の年月日については異説がある〕。

★5.他人の死期を知り、それにあわせて行動する。

『人はなんで生きるか』(トルストイ)  旦那が上等の革を持って靴屋の親方の家を訪れ、「この革で、長持ちする長靴を作れ」と注文する。職人のミハイルが引き受けるが、旦那が帰った後、ミハイルは革を切ってスリッパを作ったので、親方は驚く。それからまもなく、下男が来て、「旦那が急死した。長靴は取りやめ、遺体にはかせるスリッパを作ってくれ」と言った〔*ミハイルは、長靴を注文する旦那の後ろに、死の天使の姿を見たのだった〕。

★6.死期を知らせる石塔。

『譚海』(津村淙庵)巻の10(無縫塔)  越後蒲原郡の某寺では、住持の死期が到来すると、近くの川辺に、誰が持って来るわけでもないのに、石の墓じるしが一つできる。これを「無縫塔」と言い慣わし、この石塔が出現すれば、近いうちに必ず住持は死ぬ。この運命を逃れようと思う僧は、寺を逐電すれば、死を免れることができる。

 

※死期の予言→〔予言〕3の『百喩経』「婆羅門が子を殺した喩」、→〔予言〕4aの『捜神記』巻18−25(通巻437話)、→〔予言〕4bの『生まれ子の運』(日本の昔話)。

※死が迫った男の前に、昔死んだ娘の霊が現れる→〔成長〕3の『鉄道員(ぽっぽや)』(降旗康男)。

 

  

【四季の部屋】

 *関連項目→〔部屋〕

★1a.東に春、南に夏、西に秋、北に冬の景色。

『浦島太郎』(御伽草子)  浦島太郎は、放生した亀の化身である女に連れられて、龍宮城を訪れる。女は浦島と夫婦になり、四方に四季の草木を表す御殿を見せる。東の戸を開ければ春、南面には夏、西には秋、北には冬の景色があった。浦島は三年間、龍宮城で暮らした。

『神道集』巻4−17「信濃国鎮守諏訪大明神の秋山祭の事」  奥州の悪事の高丸の城郭内には四季の姿が現されており、浄土のごとくであった。

『神道集』巻10−50「諏訪縁起の事」  地底の維縵国には四季の門があり、東の門を開くと春の景色、南の門を開くと夏の景色、西の門を開くと秋の景色、北の門を開くと冬の景色が、それぞれ美しく見えるのだった。

*東に春の山、南に夏の陰、西に秋の林、北に冬の松→〔長者〕3の『うつほ物語』「吹上」上。

★1b.東南が春、東北が夏、西南が秋、西北が冬の町。

『源氏物語』「少女」  光源氏が三十五歳の八月に完成させた六条院は、四区画からなっていた。東南は春の町で光源氏と紫の上が住み、東北は夏の町で花散里、西南は秋の町で秋好中宮、西北は冬の町で明石の君が、それぞれ住んだ。

★1c.四季のカンヅメ。

『ドラえもん』(藤子・F・不二雄)「季節カンヅメ」  ドラえもんとのび太が、季節カンヅメの詰め合わせをあけ、面白がって春のカンと秋のカンを隣家の庭に投げこむ。パパは夏が好き、ママは冬が好きなので、それぞれカンをあけ、互いに相手のあけたカンを隣家の庭に捨てる。おかげで隣家の庭では一時に桜が咲き蝉が鳴き、柿がなって木枯らしが吹く。 

*四季を現出する琴の音→〔琴〕2の『列子』「湯問」第5。

★2.一年十二ヵ月の部屋。

『風流志道軒伝』(平賀源内)巻之2  浅之進(後の志道軒)は若い頃、風来仙人から、仙術の奥義をこめた羽扇をもらった。彼は神田駿河台に仮住まいし、江戸の一年十二ヵ月の風俗を、鏡のごとく羽扇に映し出して見た。見終わって羽扇を投げると、先ほど炊きかけた飯が、まだ熟する前だった。

★3.見ることを禁じられた、四季の部屋・十二ヵ月の部屋。

『鶯の浄土(鶯の里)』(日本の昔話)  若者が、山中の立派な屋敷に宿を請う。屋敷の娘が、「十二ある座敷のうち十一までは自由に見てよいが、十二番目の座敷だけは見るな」と禁ずる。若者は順々に座敷の戸を開けて、一月から十一月までの景色を見る。十二月の部屋も見たくなって戸を開けると、梅の木に止まっていた鶯が飛び立ち、たちまち屋敷は消えて、若者は谷底に一人残される(新潟県長岡市成願寺町)。

『今昔物語集』巻19−33  僧が、神の化身の男に案内されて、神木の上の宮殿に行く。男はのぞき見を禁じたが、僧がひそかに見ると、東・南・西に、春・夏・秋の景色があった〔*ここまでで物語は中断している〕。

 

  

【識別力】

★1a.嗅覚。人体や事物から発する微かなにおい。

『イスラーム神秘主義聖者列伝』「ラービア・アダヴィーヤ」  聖女ラービアが山に入り、野生の山羊や羚羊が彼女の周囲に集まった。そこへ聖者ハサンが姿を現すと、動物たちは皆、彼を恐れて逃げ出した。その日ハサンは、油の煮汁を食べていたのだ。ラービアはハサンに言った。「あなたは彼らの油を食べたのです。あなたを怖がらぬはずがありません」。

『屍鬼二十五話』(ソーマデーヴァ)第8話  バラモンの三兄弟が、プラセーナジット王に拝謁する。王はバラモンの長兄に白米の飯を勧めるが、長兄は「飯の中に死体を焼く煙の悪臭があるので、食べられない」と言う。王が調べさせると、その飯は火葬場近くの畑に生じた米を炊いたものだった。次に王はバラモンの次兄に美しい遊女を送るが、次兄は「女の身体から山羊の臭いがする」と言う。王が調べさせると、彼女は幼少の頃に山羊の乳で育てられたことがわかった。

『龍樹菩薩伝』  ナーガールジュナ(龍樹菩薩)と親友三人が、隠身術を身につけたいと願う。師が四人に青薬を一丸ずつ与え、「これを砕いて水に溶かし、瞼に塗れば、汝らの身体は隠れる」と教える。ナーガールジュナは薬を砕きつつその香気をかぎ、原料の種類と分量を識(し)る。彼は師のもとへ戻り、「いただいた薬は、七十種のものがまじっています」と指摘し、その分量の多少も正しく言い当てた。

★1b.嗅覚。遠方の火事のにおい。

『遠国(おんごく)の火事』(日本の昔話)  仁右衛門が大阪の天満橋で鼻をうごめかして、「火事だ。出雲の俺の家が、焼けるにおいがする」と叫ぶ。大阪の人が「そんな遠方のことがわかるはずがない」と言って、五百両の大金を賭け、仁右衛門とともに出雲へ確かめに行く。すると、天満橋で騒いだ日の同時刻に仁右衛門の家は焼けていたので、大阪の人は仁右衛門に五百両を支払った。これは、仁右衛門が前もって日時を指定し、妻に家を焼かせたのだった(島根県簸川郡)。

★2.触覚。

『春琴抄』(谷崎潤一郎)  冷え性の春琴のために、彼女の両足を、佐助は自分の懐に抱いて温(ぬく)めた。ある夜、佐助は齲歯(むしば)を病んで右頬が脹れ上がり、歯痛が堪え難かったので、火(ほ)照った頬を、春琴の冷たい蹠(あしのうら)へ当てた。すると、忽(たちま)ち春琴は佐助の頬を蹴り、「胸で温めよとは云うたが、顔で温めよとは云わなんだ。忠義らしく装いながら、主人の体をもって歯を冷やすとは、大それた横着者かな」と怒った。

*愛撫のしかたが違うので、夫ではないと気づく→〔にせ花婿〕3の『セレンディッポの三人の王子』2章など。

*何枚も重ねた布団の下の物を感知する→〔ふとん〕3の『えんどう豆の上に寝たお姫様』(アンデルセン)など。

*→〔手ざわり〕に記事。

★3.聴覚。

『大菩薩峠』(中里介山)第27巻「鈴慕の巻」  盲目のおしゃべり坊主弁信は、異常に発達した聴官を有していた。冬の夜、甲府の有野村の田舎家にいる弁信は、耳をすまして、「誰やら尺八を吹いておりますね。あれは鈴慕の曲でございます」と、ひとりごとを言う。それが、百里離れた信濃の白骨温泉から聞こえる音色であることも、彼にはわかった〔*その時刻、白骨では、盲目の机龍之助が尺八を吹いていた〕。

*足音を聞いて、人数・性別・風体を聞き分ける盲人→〔足音〕1の『西鶴諸国ばなし』(井原西鶴)巻1−5「不思議のあし音」。

*人の言葉を聞いて、その意中を察知する盲人→〔心〕5bの盤珪禅師の故事。 

『英草紙』第3篇「豊原兼秋音を聴きて国の盛衰を知る話」  元弘三年(1333)夏、豊原兼秋が隠岐の後醍醐帝の身の上を思いつつ笙を吹くと、いつにない妙音が出た。その音色から、「これは近々帝の御運が開けるのであろう」と兼秋は悟った。

『ピグマリオン』(ショー)  夏の夜、教会の柱廊玄関に、大勢が雨宿りする。花売り娘イライザの下品な発音を、言語学者ヒギンズが音声記号で手帳に書き込む。彼は、人々の発する言葉から、各人の出身地を言い当てて皆を驚かせる。居合わせた一人の紳士(ピッカリング大佐)については、「チェルトナム出身、中学はハロウ、大学はケンブリッジ、インドにいた」と、すべて適中させた〔*ヒギンズとピッカリングは協力して、イライザの言葉遣いを矯正し、彼女を上流社会のパーティに出す。『マイ・フェア・レディ』の原作〕。

『法華経』「法師功徳品」第19  『法華経』を読誦、書写、解説する善男子・善女人は、千二百の耳の功徳を得る。三千大千世界の、下は阿鼻地獄から上は有頂に至るまで、その内外に響きわたる象・馬・車・鐘・人・天・龍・火・水・風・仏など、あらゆるものの声を、清浄な耳で聞き、識別するであろう。

*大勢の声を聞き分ける→〔声〕11aの『声』(松本清張)、→〔声〕11bの『上宮聖徳法王帝説(じょうぐうしょうとくほうおうていせつ)』。

*→〔泣き声〕に記事。

★4a.味覚。

『大鏡』「昔物語」  源公忠(きんただ)は鷹狩りに熱中し、多くの雉をとらえて料理した。彼は、久世の雉と交野の雉の味わいの違いを、区別できるようになった。ある人が両方の雉を混ぜて料理し、公忠の味覚を試したところ、少しも間違えずに「これは久世の雉、これは交野の雉」と味わい分けた。

『千一夜物語』「女ぺてん師ダリラの物語」マルドリュス版第456夜  「水銀のアリ」が、「女ぺてん師ダリラ」の所から四十羽の鳩を奪った。抗議に来たダリラに、アリは焼いた鳩を食べさせる。ダリラは肉の味を見て「うちの鳩にはジャコウ入りの穀類を食わせていたから、肉にもその味と香りが残っているはず。これは、私の鳩ではない」と見破る。

★4b.聞き酒。

『味』(ダール)  主人が出すワインの産地と年代を、客が言い当てるかどうか、賭けが行なわれる。主人は、取って置きのワインを書斎から持って来て、レッテルを見せないようにして客のグラスにワインをそそぐ。客はワインを味わった後に、産地と年代をピタリと言い当てる。その時メイドが来て客に眼鏡を渡し、「お忘れ物です。ご主人様の書斎にありました」と言う。客は前もって主人の書斎へ行き、レッテルを見ていたのだった。

★5a.視覚。わずかな差異を見分ける。

『七賢人物語』「七賢人の物語が始まる」  七人の賢人が、ディオクレティアーヌス王子に七年間ほどこした教育の成果を試そうと、王子の眠るベッドの脚下に、木蔦の葉を一枚ずつ置く。王子は目覚めると驚いて天井を見上げ、「部屋の天井が下がったか、床が高くなったか、どちらかだ」と言う。

*唇の動きを見て、言葉を読み取る→〔唇〕1aの『Xの悲劇』(クイーン)第1幕第1場「ハムレット荘」など、→〔唇〕1bの『2001年宇宙の旅』(キューブリック)。

*若い娘を見て、処女か否かを見抜く→〔処女〕2の『ギリシア哲学者列伝』(ラエルティオス)第9巻第7章「デモクリトス」。

★5b.一目見るだけで、多くの物の数がわかる。

『絵本百物語』第36「小豆洗」  越後の国の某寺に、たいそう利発な小僧がおり、特に物の数をよく知ることができた。和尚が一合の小豆を計って豆粒の数を尋ねると、小僧はその数を答えた。一升の小豆を計って尋ねても、すぐまた数を答えた。実際に数えてみると、一粒も間違っていなかった→〔うちまき〕6b

『マハーバーラタ』第3巻「森の巻」  リトゥパルナ王は、森の中でシクンシの樹を一目見て、「この樹の幹を二本合わせて葉が五千万枚、木の実は二千九十五ある」と言った。御者ヴァーフカ(実はナラ王)が樹を伐り倒して数えると、リトゥパルナ王の言うとおりだった。

*無花果(いちじく)の木の実の数が、一万と一メディムノス→〔わざくらべ〕1cの『ギリシア神話』(アポロドロス)摘要第6章。

*計算によって、多くの物の数を知る物語もある→〔さいころ〕4の『賽の目』(狂言)。

★5c.分子を見分ける。

『手紙 三』(宮沢賢治)  あらゆるものの分割の終局たる分子の大きさは、水素が〇、〇〇〇〇〇〇一六粍(ミリ)、砂糖の一種が〇、〇〇〇〇〇〇五五粍なので、私共は分子の形や構造はもちろん、その存在さえも見得ない。しかるに。このような、あるいはさらに小さな物を、誤らず明らかに見た人は、昔から少なくない。この人たちは、自分の心を修めたのだ。

★6.五官によらぬ識別。

『荘子』「養生主篇」第3  料理の名手庖丁(ほうてい)は、眼でなく精神で牛に相対した。牛本来の体のしくみにしたがい、皮と肉、肉と骨との間の大きな隙間を識別して、そこに牛刀を入れた。広い空洞に薄い刃を入れるのだから、刃先を動かすにもゆとりがあった。彼の牛刀は十九年使っていても、まったく刃こぼれがなかった。

『半七捕物帳』(岡本綺堂)「春の雪解」  花魁(おいらん)の誰袖(たがそで)が、出養生で入谷の寮に来ており、盲目の按摩徳寿をひいきにする。しかし徳寿は、誰袖の所へ行くと、何かが傍に黙って坐っているような気がして身体がぞっとするので、行くのをいやがる。半七がこのことを小耳にはさんで、誰袖の身辺を調べる。誰袖は恋敵の娘を殺し、死体を寮の床下に埋めていた。

★7.一切を識別しない。達人の一つの姿。

『ボルヘス怪奇譚集』「取り乱して」  猟師が獲物を追い出すため、森に火をつける。突然、一人の道教徒が岩から出現して、火の中を歩く。猟師は「どうやって岩の中へ入ったのか? どうして火の中を歩けるのか?」と不思議がる。道教徒は「岩とは何か? 火とは何か?」と、反問する。道教徒は完璧な無為に到達しており、ものごとに何の違いも認めなかった(アンリ・ミショー『アジアの一野蛮人』)。

『名人伝』(中島敦)  弓術の奥義をきわめた名人紀昌は弓を捨て、名声のただ中に、しだいに年老いて行った。晩年の彼は、「すでに、我と彼との別、是と非との分を知らぬ。眼は耳のごとく、耳は鼻のごとく、鼻は口のごとく思われる」と述懐した→〔弓〕1b

 

  

【地獄】

★1a.地獄で繰り返し責め苦を受ける。

『往生要集』(源信)巻上・大文第1「厭離穢土」  地獄は、等活・黒縄・衆合・叫喚・大叫喚・焦熱・大焦熱・無間の八つに分けられる。最初の等活地獄では獄卒が、鉄杖・鉄棒で罪人の身体を打ち砕いて粉々にし、鋭い刀で切り刻む。しかし涼風が吹き来ると、罪人たちは生き返り、再び苦を受ける。そしてまた蘇生するのである〔*黒縄地獄以下の地獄では、この何千倍・何万倍もの苦を受ける〕。

『太平記』巻35「北野通夜物語の事」  醍醐天皇は生前の罪により、等活地獄の別処鉄崛地獄に落ちた。獄卒が鉾で天皇を貫き焔の中へ投げこみ、熱鉄の地に打ちつけて散々に砕く。「活々」と獄卒が言うと、天皇の身体はもとにもどる。しかし、まもなくまた獄卒が天皇を鉾で突き刺し焔の底へ投げ入れる。

★1b.西欧世界の地獄でも同様に、繰り返しの責め苦がある。

『神曲』(ダンテ)「地獄篇」第7歌  地獄の第四圏谷では、欲張りの群れと浪費家の群れが重荷を転がしつつ、円環状の道を互いに逆方向に走って、ある地点で衝突し、「なぜ貯める」「なぜ遣う」と罵り合う。彼らはもと来た道を引き返し、半周先で再びぶつかってまた争う。永遠にこれが繰り返される。

『神曲』(ダンテ)「地獄篇」第24〜25歌  地獄の第八圏谷第七濠では、盗賊ヴァンニ・フッチが蛇に噛まれ、火を発して燃え上がり、全身灰と化して崩れ落ちた。しかし灰はおのずから集まって、またもとの姿に復した。すると再び蛇が彼の身体にからみついた。

『神曲』「地獄篇」第28歌  地獄の第八圏谷第九濠の円環状の道を、生前に不和の種をまいた人々が走る。鬼が罰として彼らの身体を刀で切り裂く。人々は顔を割られ、内臓を露出させて、苦痛の道を一周する。鬼の前に来るまでに傷口は閉じ、そこで再び鬼が刃をふるう。

『変身物語』(オヴィディウス)巻4  女神ユノー(ヘラ)が冥府を訪れ、「罪びとの家」と呼ばれる所へ行った。そこでは巨人ティテュオスが横たわって、臓物を禿鷹に喰われている。タンタロスは、すぐそばの果物も水も口に入れることができず、飢え渇いている。シシュポスは、絶えず転がり落ちる岩を押し上げている。イクシオンは車輪にくくりつけられて、回転している。ダナオスの娘たちは水を汲み続けるが、水はいつもこぼれ落ちる。

★2.地獄の責め苦から救われる。

『今昔物語集』巻17−19  浄照は少年時にたわむれに地蔵菩薩像を刻み、拝んでいたことがあった。彼は三十歳で病死し、閻魔の庁に連れて行かれた(*→〔冥界の穴〕1)。そこでは多くの罪人が責め苦を受け、泣き叫んでいた。しかし一人の小僧が現れ、「我は、汝が少年時に造った地蔵だ」と言って、浄照を地獄から救い出し蘇生させた。

★3.地獄はどこにあるのか。

『和漢三才図会』巻第56・山類「地獄」  思うに、地獄はどこにあるのか、その所在はわからない。日本にある地獄というのは、みな高山の頂きが噴煙をあげている所で、温泉が湧いている。肥前〔温前(うんぜん)〕、豊後〔鶴見〕、肥後〔阿蘇〕、駿河〔富士〕、信濃〔浅間〕、出羽〔羽黒〕、越中〔立山〕、越〔白山〕、伊豆〔箱根〕、陸奥〔焼山〕などで、山頂は燃え立ち、熱湯は湧き出て、焦熱地獄のありさまのようである。

*立山の地獄→〔山と死〕1の『今昔物語集』巻14−7、→〔衣服〕9bの『善知鳥(うとう)』(能)、『片袖』(落語)。

★4a.現世の境界がそのまま地獄。

『孤独地獄』(芥川龍之介)  さまざまな地獄のうち、孤独地獄はどこへでも忽然と現れ、目前の境界がそのまま地獄の苦艱となる。幕末頃、「自分」の大叔父・細木香以が吉原で知り合った禅僧は、「孤独地獄へ落ちた」と言っていたそうである。一切に興味を覚えず、日々苦しいのだという。思えば「自分」もまた、ある意味で孤独地獄に苦しむ一人である。

『フォースタス博士』(マーロー)第3場  フォースタス博士が書斎に、地獄の悪魔メフィストフィリスを呼び出す(*→〔天使〕3)。フォースタスが「どうして地獄を抜け出して来た?」と問うと、メフィストフィリスは「ここが地獄だぜ。神によって天国を追われ、祝福を奪われたおれが、無限地獄の苦しみから脱(のが)れられるとでも思うのか?」と言い返す→〔悪魔との契約〕1

★4b.現世に地獄を造る。

『今昔物語集』巻4−5  天竺の阿育王が地獄を造り、国内の罪人たちを入れた。ある時、僧が地獄を見にやって来たので、獄卒が僧を捕らえて地獄の釜の中へ投げ入れた。とたんに地獄は清浄な蓮の池と変わったので、阿育王は驚いて僧を拝んだ〔*後に阿育王は、地獄を無益なものと考えて、壊した〕。 

★5.亡者が地獄へ来てくれない。

『朝比奈』(狂言)  近頃は人間が利口になって皆極楽へ行ってしまい、地獄がさびれてきた。やむなく閻魔大王自身が六道の辻に出て、娑婆から来る亡者を地獄へ責め落とそう、と考える。そこへやって来たのが豪傑の朝比奈三郎義秀で、閻魔は朝比奈を地獄へ落とそうとするが、力くらべに負けてしまう。朝比奈は自分の武器の七つ道具を閻魔に背負わせ、極楽浄土への道案内を命じる。

『八尾地蔵』(狂言)  人間が利根になり、ぞろぞろと弥陀の浄土へ行ってしまうので、閻魔王が六道の辻に出て、「罪人が来たら地獄へ責め落とそう」と待ち構える。一人の男がやって来るが、彼は八尾地蔵からの手紙を持っていた(昔、閻魔は地蔵と「ねんごろ」な関係だった)。手紙には「閻もじさま参る 地より」として、「この男は我(地蔵)を信じ、月詣でをしていたゆえ、浄土へ送り給え。ならずば、地獄の釜を蹴破(わ)るべし」と書いてあった。閻魔は男の手を取って、浄土まで案内する。

*閻魔と地蔵は同一存在、という物語もある→〔地蔵〕5の『日本霊異記』下−9。 

『お血脈(けちみゃく)(落語)  善光寺でお血脈の御印を額にいただくと、誰でも極楽往生できる。おかげで地獄へ堕ちる者がなくなり、地獄は不景気である。「お血脈の御印などがあるからいけない」ということになり、閻魔大王の命令で、石川五右衛門が御印を盗み出す。ところが五右衛門は、手に入れた御印を「ありがてえ。かたじけねえ」と、芝居がかりで額におしいただいたので、彼もまた極楽へ行ってしまった。

★6.地獄絵を描いた後に死ぬ。

『古今著聞集』巻11「画図」第16・通巻387話  巨勢弘高が地獄変の屏風絵を描いた。楼の上から鬼が鉾で人を刺している場面が、まさに入魂のできばえだった。巨勢弘高は「おそらく私の死が近いのだろう」と言ったが、その言葉どおり、まもなく彼は死去した。

『地獄変』(芥川龍之介)  絵師良秀は自分の娘を犠牲にして、炎熱地獄の屏風絵を描いた(*→〔子殺し〕8)。その画面の凄まじさ・恐ろしさは、見る人の耳の底に、ものすごい叫喚の声が伝わって来るか、と思われるほどであった。屏風絵の出来上がった次の夜に、良秀は自分の部屋の梁へ縄をかけて、縊れ死んだ。 

★7.殺人者は当然、死後に地獄へ堕ちる。

『旧雑譬喩経』巻上−11  鬼が僧をとらえて喰おうとするので、僧は「お前と私とは遠く離れることになる」と言い、そのわけを説く。「お前が私を害すれば、私は帝釈天のいるトウ利天に生まれ変わるが、お前は地獄に堕ちる。トウ利天と地獄と、遠く離れるのだ」。それを聞いた鬼は僧を放し、一礼して立ち去った。

*殺人の加害者は地獄へ堕ち、被害者は成仏する→〔発心〕3の盤神岩(ばんず)の伝説。 

『ベルサイユのばら』(池田理代子)第6章  アンドレはオスカルと無理心中しようと考え(*→〔無理心中〕2)、ワインにひそかに毒を入れる。アンドレは「主(しゅ)よ。われを地獄へ! そして、わが愛する女(ひと)を天の園へ!」と祈る〔*この世で結ばれぬアンドレとオスカルは、死後も、地獄と天国へ分かれてしまうことになる〕。

*死後、地獄へ堕ちるのは、一万人のうち数十人である→〔天〕4の『今昔物語集』巻9−36。

★8.地獄で魂が受けている罰が、現世の肉体に病気としてあらわれる。

『聊斎志異』巻1−23「僧ゲツ」  張という男が手違いで冥府へ召され、地獄を見た。そこでは張の兄が、僧でありながら酒色と博打にふけった罰で、逆さ吊りにされて泣き叫んでいた。張は現世へ戻り、兄を訪れると、兄は股間の瘡に苦しみ、足を壁にのせている。その格好は、地獄の逆さ吊りそっくりだった。兄は張から地獄の話を聞いて驚き、生活を改め、身を謹んで経を誦した。すると半月で病気は治った。

*身体は現世にありつつも、夜、眠っている間、魂は冥府を訪れている→〔冥府往還〕3の『続夷堅志』「腋の下の腫れもの」。

*身体は現世にありながら、心は天界へ昇る→〔天〕3の『今昔物語集』巻6−6。

★9.人間が地獄の鬼に責められるのではなく、人間自身が怪奇で醜悪な凶霊と化して互いに傷つけ合う、という物語もある。

『私は霊界を見て来た』(スウェーデンボルグ)第2章の8  現世にあった時、もっぱら物欲・色欲・支配欲の満足を求めていた人間は、死後、いったん精霊界に入った後(*→〔忘却〕9)、自らの意志で暗い地獄界へ向かい、凶霊となる。肉体を失ったことによって悪の心はむき出しになり、姿もそれにふさわしく、顔が半分そげ落ちたり、眼球がなく眼窩が暗い穴を開けていたり、怪奇で醜悪なものになって行く。凶霊たちは互いを憎悪し、暴力で傷つけ合う。

 

※女性器を「地獄」と呼ぶ→〔性器(男)〕8の『デカメロン』(ボッカチオ)第3日第10日。

※エレベーターで地獄へ降りる→〔エレベーター〕4の『地獄へ下るエレベーター』(ラーゲルクヴィスト)。

※地獄はなくなってしまった→〔自殺願望〕5の『火山の休暇』(三島由紀夫)。

 

  

【自己視】

 *関連項目→〔自己との対話〕〔分身〕

★1a.自己像を見る。

『古事記』上巻  天児屋命らが鏡を差し出して、天照大御神に示す。そこに映る自分の姿を見た天照大御神は不思議に思い、天岩屋戸から身を乗り出す〔*『日本書紀』巻1神代上・第7段・一書第2は、日神尊が岩屋をあけた時、鏡を岩屋に差し入れたので、戸に触れて小さな傷がついた、と記す〕。

『古事記』下巻  雄略天皇が、紅の紐・青摺の衣服の百官を従えて、葛城山に登る。向かいの山を、天皇の行列と同じ装束、同じ人数の一行が登る。天皇が「何者か?」と問うと、向こうも同様の言を発する。天皇と百官が矢をつがえると、向こうの一行も皆、矢をつがえる〔*『日本書紀』巻14雄略天皇4年(A.D.460)2月の類話では、帝が葛城山で長身の人に出会い、その顔や姿が帝によく似ていた、と記す〕。

『眉かくしの霊』(泉鏡花)  木曽奈良井の宿の料理人伊作が提灯を手に、柳橋から来た芸妓お艶(蓑吉)を案内して夜道を行く。美貌のお艶を、土地の猟師が魔性のものと見誤って鉄砲で撃ち殺す。一年後のある夜、その出来事を宿の客に語る伊作は、提灯を持った自分自身の姿が、お艶とともに湯殿の橋からやって来るのを見る。

*「わたし」の目の前にいる人物は、「わたし」自身かもしれない→〔アイデンティティ〕1の『ドグラ・マグラ』(夢野久作)。

*妻の不貞を疑う夫が、妻を殺す自身の姿を目撃する→〔映画〕1の『影』(芥川龍之介)。

*結跏趺坐するヨガ行者は、「わたし」の顔をしていた→〔夢〕4の『ユング自伝』11「死後の生命」。

★1b.老いた自己の姿を見る。

『2001年宇宙の旅』(キューブリック)  宇宙船ディスカバリー号が木星圏内に到った時、乗員ボーマンは不可思議な時空間に入りこむ。いつのまにかボーマンはどこかのホテルルームにおり、老いた自分自身が食事をする後ろ姿を見る。老いたボーマンは、壁際のベッドに、さらに老いた瀕死の自分が横たわるのを見る。瀕死のボーマンが手を伸ばす先には、黒石板(モノリス)が立っている。それは、かつて人類の黎明期に出現した、あの黒石板だった→〔骨〕6

★1c.若かった頃の自己の姿を見る。

『孔雀』(三島由紀夫)  遊園地の孔雀たちが、二度にわたって殺された。四十代半ばの中年男富岡が、「犯人ではないか?」と疑われるが、警察は「野犬のしわざであろう」と、結論づける。富岡は「人間が犬を使って孔雀を殺したのだ」と主張し、刑事とともに深夜の遊園地で張り込みをする。やがて刑事と富岡が見たのは、数頭の犬を連れて歩いて来る十代の頃の富岡の姿であった。

★1d.未来の自分の姿を夢で見る。

『現代民話考』(松谷みよ子)4「夢の知らせほか」第1章の1  「僕」が中国にいた頃に見た夢。野原を歩いていると、向こうから、「僕」に瓜二つの男がやって来る。男は右腕がなく、腰に電気工事の道具を下げ、男児と女児が二人ずつ男にしがみついていた。「僕」は男から逃れて川へ飛び込み、目が覚めた。その後、中国から引き揚げ、北海道に住んで、「僕」は男女二人ずつの子をもうけ、電気屋になり、事故で右腕を切断したのだ。

*ゲーテは八年後の自分と出会った→〔自己との対話〕1bの『詩と真実』(ゲーテ)第3部第11章。 

★2a.自分の死体を見る。

『クリスマス・キャロル』(ディケンズ)  強欲で冷酷な老人スクルージは、クリスマス・イヴの深夜に、精霊によって未来の幻像を見せられる。暗い部屋のベッドに死体が横たわり、見取る人も、泣いてくれる人も、世話をする人もなかった。精霊はスクルージを教会の墓地に連れて行き、スクルージの名前が刻まれた墓石を指さす。スクルージは「ベッドに横たわっていたあの男が私なのですか」と叫ぶ→〔クリスマス〕1a

『小桜姫物語』(浅野和三郎)7  霊界で目覚めた「私(小桜姫)」は、「私」を指導する役の神さまに、「自分の遺骸を見たい」と願った。一度この眼で遺骸を見なければ、現世への諦めがつかなかったのだ。神さまは「私」の願いを容(い)れて、隠宅の一間に横たわる遺骸を見せて下さった。痩せた・蒼白い・醜い自分の姿に「私」はぞっとして、思わず「もう結構でございます」と言った。このことは、「私」の心を落ち着かせるのに、たいへん効能(ききめ)があった〔*小桜姫の霊が、浅野和三郎の妻の口を借りて語った〕。

『日本霊異記』下−38  延暦七年(788)三月十七日夜、景戒(『日本霊異記』の著者)は夢で霊魂となり、死んで焼かれる自らの身体をそばで見ていた。うまく焼けないので、景戒の霊魂は小枝を取り、焼かれている身体を突き刺し裏返して「我がごとくよく焼け」と、先に焼いている人に教えた。

『夢を食うもの』(小泉八雲『骨董』)  「私」は夢で、寝台に横たわる自分の死骸と、通夜に来た六〜七人の女客を見る。やがて客が去り、一人残った「私」は死骸に近よる。死骸が「私」に飛びかかってくるので、「私」は斧で死骸を切り裂く。この夢を獏に語ると、獏は「それは、妙法の斧で自我の怪物を退治する吉夢だ」と言った〔*→〔葬儀〕3の『狗張子』巻2−2「死して二人となること」と類似する〕。

*棺の中にある自分の死体を見る→〔棺〕2aの『野いちご』(ベルイマン)など、→〔棺〕2bの『豊饒の海』(三島由紀夫)第1巻『春の雪』。

*前世の自分の死体・骸骨を見る→〔死体〕6の『今昔物語集』巻2−7、→〔前世〕6aの『えんの行者』など。

*自分の死体を抱く→〔アイデンティティ〕2の『粗忽長屋』(落語)。

★2b.自分の死体を見て、その中に入ろうとするが、なかなか入れない。

『今昔物語集』巻9−32  ある夜、男が冥府へ連れて行かれたが、人違いだったので、すぐ、この世へ返された。男は自宅に戻り、自分の身体が妻と寝ているのを見る。しかし身体の中に入ることができない。男は「自分は死んだのだ」と悟り、恐怖する。男はあきらめて壁際に移動し、そこで眠ってしまう。目覚めると、自分の身体の中に戻っていた。

★3.成長し変身した魂が、ぬけがらとなった自分の身体を見る。

『西遊記』百回本第98回  釈迦如来のいる霊山をめざし、三蔵法師と孫悟空たち一行は、底無しの渡し船に乗って大河を横切る。上流から死体が一つ流れて来るのを見て三蔵が驚くと、悟空は「あれはお師匠様ですよ」と笑う。死体は、三蔵が凡俗の肉身を捨て解脱したことをあらわしているのだった。

『ピノキオ』(コローディ)  怠け者のあやつり人形ピノキオは、造り主ジェペット爺さんとともにフカの腹中から脱出して以来、心を入れ替えて働くようになり、病気のジェペット爺さんの世話をする。ある朝目覚めるとピノキオは人間の子供になっており、椅子の上に、前身のあやつり人形がかかっていた。それを見たピノキオは、「あやつり人形だった時の僕は、なんて滑稽だったんだろう」と思う。  

★4a.死に近づいた人が、屋根の上から自分の姿を見下ろす。

『勝五郎再生記聞』(平田篤胤)所引『北窓瑣談』  刑場に引き出された人が、既に精神も昏然とした状態だったが、気づくと屋根の上に座しており、下に、縛られた自身の身体と、傍らに妻子・親戚が集まっている有様を見た。しばらくして赦免の報が届き、その人は屋根から降りた。  

*臨死体験をして、ベッド上の自分の肉体を見下ろす→〔糸と生死〕1の『現代民話考』(松谷みよ子)5「死の知らせほか」第1章の1。

*死の近い人が、自分の後ろ姿を見る→〔後ろ〕4の『カンガルー・ノート』(安部公房)など。

*→〔瓶(びん)〕3の『凶』の芥川龍之介は、「自らの死が近い」と感じたのであろう。

★4b.死んだ人が、屋根の上から市中の人々を見下ろす。

『聊斎志異』巻12−487「李象先」  李象先の前世は、ある寺の炊事係の僧だった。死んだ後、魂は僧坊の上に出て、市を行き交う人々を見下ろしていた。どの人も頭頂から、火の光が射し出ている。おそらく生者の身体の陽気なのだろう→〔乳房〕3

★4c.上から自分の姿を見下ろしても、まったく無事であったということもある。

『現代民話考』(松谷みよ子)4「夢の知らせほか」第3章の2  現在高校の先生をしている或る人が、小学校三年生の時のこと。皆でキャンプに行って、川の側でお米をといでいた。ふっと気がついたら、自分がお米をといでいる姿を、上から見ていた。自分は上の方にいて、まわりが全部見える。「変だなー、変だなー」と思っているうちに、するするーっと元に戻ってしまった(東京都国分寺市)。 

★5.「自分の姿を見た」と思い込み、死が近いことを覚悟する。

『ヴィルヘルム・マイスターの修業時代』(ゲーテ)第3巻第10〜12章  青年ヴィルヘルムは劇団の一員となり、伯爵の屋敷に滞在する。伯爵の留守中、ヴィルヘルムは伯爵に変装し、伯爵夫人をからかうために部屋で待つ。そこへ思いがけず伯爵が帰館する。伯爵は、暗い部屋の中にヴィルヘルムを見てその場に立ちつくし、扉を閉めて去る。伯爵は「自己の姿を見た」と思い、これは死の前兆だから運命を平静に受け入れよう、と覚悟する。

 

  

【自己との対話】

 *関連項目→〔自己視〕〔分身〕

★1a.現在の自分と未来の自分の対話。

『第四間氷期』(安部公房)  現在の「私(勝見博士)」の諸データを電子計算機に入力し、そこから「未来の私」の人格が構成された。水棲人に人類の未来を託す秘密計画(*→〔人間を造る〕7)に対し、「私」が古い陸棲人の立場から反対することが、「未来の私」には既定のこととしてわかっていた。「未来の私」は「私」に警告の電話をかけ、「私」の考えが変わるのを期待するが、結局「私」の存在が水棲人養成計画の障害になるので、「未来の私」は殺し屋を雇って「私」を抹殺する。

★1b.現在の自分と未来の自分の対面。

『詩と真実』(ゲーテ)第3部第11章  恋人フリーデリーケと別れた「私」が、ドゥルーゼンハイムに向けて馬を進めていた時、同じ道を、もう一人の私が、これまで着たことのない金色をおびた灰青色の服装で、馬に乗ってやって来た。「私」は肉眼でなく心の眼でそれを見た〔*八年後、「私」はその時見たのと同じ服装で、同じ道を、もう一度フリーデリーケに会うために通った〕。

*夢の中で、未来の自分と対面する→〔自己視〕1dの『現代民話考』(松谷みよ子)4「夢の知らせほか」第1章の1。

*少女が、将来自分の産む息子と対面・対話する→〔時間旅行〕3aの『キャプテンKEN』(手塚治虫)、→〔竹〕7の『百物語』(杉浦日向子)其ノ71。

★2.現在の自分と過去の自分の対話。

『他者』(ボルヘス)  一九六九年、ほとんど視力を失った七十歳の「わたし(ボルヘス)」は、ある朝ボストン郊外でベンチに座っていて、一人の若者に出会った。彼は若き日の「わたし」で、彼はジュネーブに住み、時は一九一八年だった。「わたし」は彼と会話をし、彼の将来に起こる出来事のいくつかを教えた。彼は夢の中で「わたし」と会話し、「わたし」は目覚めた状態で彼と会話したのだった。

*過去へ送った自分自身と対面する→〔円環構造〕6aの『ネオ・ファウスト』(手塚治虫)。

★3.現在の自分と過去の自分の殴り合い。

『哲学者の小径(フィロソファーズ・レーン)(小松左京)  ある年の四月一日。三十代半ばの「私」は、学生時代からの友人、遠藤、高木(高橋和巳がモデル)と一緒に、哲学者の小径を歩いた。疎水べりで三人連れの大学生と出会い、何となく不快を感じた。夜、「私」たちは飲み屋で再び彼らと出くわす。彼らは「私」たちを「理想を失い堕落した中年男」と批判して、殴り合いになった。深夜、帰宅した「私」は、学生時代の日記を押入れから捜し出す。日記には、「堕落した中年男三人と殴り合った」と記されていた。

*一九七〇年の「わたし(男)」と一九六三年の「わたし(女)」の性交→〔ウロボロス〕6の『輪廻の蛇』(ハインライン)。

★4.死を前にした自分自身との対話。

『広異記』28「自分を占う」  「寿命を知りたい」と言って訪れた客のために、柳少遊が卦を立てると、「今日の暮れまでの命」と出る。客は悲しんで辞去し、門を出て数歩で姿が消える。見送った童が「今の客は御主人様と瓜二つでした」と告げるので、柳少遊は「あれは自分の魂だったのだ」と悟る。占いどおり、日暮れに柳少遊は死んだ。

*葬儀の場に、死者と瓜二つの人がやって来る→〔葬儀〕3の『狗張子』(釈了意)巻2−2「死して二人となること」など。

★5.自分の心が生み出した幻覚との対話。

『黒衣の僧』(チェーホフ)  神経を病んだ青年学者コヴリンのもとを、黒衣の僧が訪れる。それはコヴリンの心が生み出した幻覚で、コヴリンもそのことを知っている。黒衣の僧はコヴリンに「お前は天才だ」と告げ、「思想と健康は両立し難い」と説く。コヴリンは次第に健康を損ね、喀血して倒れる。黒衣の僧が「お前の身体は、天才を包む外皮の役割をもはや果たせない」とささやくのを聞きながら、コヴリンは息絶える。

★6.体外の魂との対話。

『日本書紀』巻1・第8段一書第6  オホアナムチ(大国主命)は葦原中国を平定し、出雲国まで来て、「私と一緒に天下を治める者がいるだろうか?」と自問した。その時、海に発光体が浮かび、「私がいたからこそ、国を平定できたのだ。私はお前の幸魂(さきみたま)・奇魂(くしみたま)だ」と告げた。オホアナムチは自らの幸魂・奇魂を、大和国の三諸山の宮殿に住まわせた。これが大三輪の神である。

 

  

【自殺願望】

★1a.自殺を手伝ってくれる人を捜す。

『桜桃の味』(キアロスタミ)  中年男バディが、自殺を手伝ってくれる人物を捜す。「私は今夜、薬を飲んで穴の中で寝る。明朝、私の名前を呼び、返事があったら穴から出してくれ。返事がなかったら土をかけてくれ」。しかし皆に断られる。老人バゲリが、若い頃に首を吊ろうとした経験を語る。「ロープを桑の木にかける時、桑の実が手に触れた。食べたら甘かった。日々の生活の尊さを悟った」。バディは少し考えを変える。「私が返事をしなかったら、石を二つ投げて下さい。眠っているだけかもしれないから」。

★1b.他人の手を借りて自殺する。

『動物園物語』(オールビー)  セントラル・パークのベンチで、ピーター(四十代の初め)が本を読んでいる。見知らぬ男ジェリー(三十代の終わり)が来て、「動物園へ行ったんです」と話しかけ、喧嘩を売って、ピーターを怒らせる。ジェリーはピーターの手にナイフを握らせておいて、ナイフめがけて突進し、致命傷を負う。「心からお礼を言います。ありがとう」とジェリーは感謝し、「もう行きなさい。急いだ方がいい」と言ってピーターを去らせ、眼を閉じる。

★2.毎日自殺しようとしては、思いとどまる。

『リーサル・ウェポン』(ドナー)  マーティン刑事(演ずるのはメル・ギブソン)は、妻を交通事故で亡くした。それ以来、彼は毎朝目覚めると拳銃を顔に向け、引き金を引く寸前に、かろうじて思いとどまるという日々を繰り返していた。マーティンは黒人刑事ロジャーとコンビを組んで、凶悪な麻薬密売組織と戦う。拳銃や機関銃で多数の敵を射殺し、麻薬密売組織を壊滅させた時、マーティン刑事の自殺願望は消えていた。

★3.繰り返し自殺を試みる男が、悟りの境地に達する。

『今昔物語集』巻2−25  トウリ天の天人が下界へ転生し、富裕な大臣の家に男子として誕生する。男(天人)は道心が深く、出家を望むが、父大臣は許さない。男は「早く死んで道心ある家に生まれ、出家しよう」と考え、谷や河へ身を投げるが死ねなかった。毒を飲んでも無事だった。盗みをして処刑されようとしても、その身はまったく傷つかない(*→〔矢が戻る〕1)。阿闍世王が男の出家を許し、男は阿羅漢果の悟りを得た。

『法句経物語』第112偈  一人の比丘が「自殺したい」と考え、蛇を乱暴に扱って、彼に噛みつくようにしむけたが、蛇は噛まなかった。指を蛇の口に突っ込んでも、蛇は噛まなかった。そこで比丘は、理髪師の剃刀を使って自殺しようと、刃を喉に当てる。その時、彼は出家して以来の自分の持戒ぶりを省み、汚れのない徳を見た。比丘は全身に悦びが満ち、たちまち阿羅漢果の悟りに達してしまった。

★4.自殺願望の少年が、重病の少女に出会う。

『ブラック・ジャック』(手塚治虫)「小うるさい自殺者」  「こんなバカらしい世の中に生きるのは無意味だ」と考える少年が、投身自殺を試みるが、ブラック・ジャックの手術で命をとりとめる。少年は病室でも首を吊ろうとするので、ドクター・キリコ(*→〔安楽死〕3)の所へ送られ、そこで重い腎炎に苦しむ少女と出会う。少年は自分の腎臓を提供して少女の命を助けたい、と申し出る。ブラック・ジャックは「九十九パーセント無理だ。もしお前さんが二度と自殺しないと誓ったら、残り一パーセントに賭けてやる」と言う。 

★5.自殺志願者と間違えられる。

『火山の休暇』(三島由紀夫)  二十五歳の作家・菊田次郎が、火山島(モデルは伊豆の大島)のホテルに滞在する。ホテルでは、一人旅の彼を自殺志願者と見なして警戒した。「月に四〜五人は、火山へ飛び込もうとします」とボオイは言った。噴火口から煙は出ておらず、火山は休業中だ。地獄へ行っても「休業中」の札が貼ってあるかもしれない。結局、地獄はなくなったのだろう。現代の地獄は、地獄が存在しないことではあるまいか。 

『宿の螢(あか)り』(村野守美)  青年が海辺の民宿に泊まり、『遺書』という題の映画台本を書く。宿の若女将が原稿を見て、「この人は自殺しに来たのだ」と早合点する。「夫は漁に出て留守だし、どうしたらいいだろう」と思いあぐねた若女将は、夜、青年の前で裸になる。「あたしを抱いて下さい。死ぬことなんかバカバカしくさせてみせます」。ホタルが一匹、若女将の裸体にとまって光るのを見て、二人は笑う。青年は「死にません」と言って、宿を後にする。 

★6.自殺者の霊。

『人間個性を超えて』(カミンズ)第1部第3章  自殺者は通常、自分が死んだことに気づかない。彼の心はねじ曲がり、全意識が内側を向いて、外界に対する防壁を作る。真っ暗闇の中に、自分の主観だけがほしいままに働く状態である。彼は自らが犯した罪ゆえに、自分で自分を罰するのだが、ほとんどの場合そのことを悟らず、彼を取り巻く悪意ある力が、彼を苦しめているのだと思う。高級霊が彼を救済しようとしても、なかなかうまくいかない〔*マイヤーズの霊からの通信を、カミンズが自動書記した〕。

 

  

【自傷行為】

★1.兵役を逃れるために、自らの身体を傷つける。

『新豊折臂翁』(白居易『新楽府』)  天宝十年(751)に大規模な徴兵があった時、二十四歳の青年が兵役を逃れるため、深夜、ひそかに自らの腕を大石でたたき折った。以来六十余年、片腕はだめになったが彼は長寿をまっとうし、痛みで眠れぬ夜はあるが後悔はしていない。

『何者』(江戸川乱歩)  結城弘一は徴兵検査に合格し、入営間近だった。軍隊恐怖病の彼は、書斎で自らの足首を銃撃して骨を砕き、ピストルを庭の池に投げ入れる。何者かに命をねらわれて不具者になった、と見せかけ、兵役を逃れようとたくらんだのだった→〔一人三役〕2

『ペール・ギュント』(イプセン)第5幕第3場  村役場で徴兵検査が行なわれる。真っ青な顔色の若者が、右手を布にくるんでやって来る。彼は「山で鎌がすべり落ち、指を一本、切り落としてしまった」と言う。徴兵係官の大尉は「出て行け!」と怒鳴る。四本指になった若者は、その後結婚し、子供も三人できて、天寿を全うした〔*この男の葬式の場に、ペール・ギュントが通りかかる〕。

★2.殺人犯が、自分も被害者であるように見せかけるため、死なない程度に自らの身体を傷つけたり、毒を飲んだりする。

『グリーン家殺人事件』(ヴァン・ダイン)  グリーン家で連続殺人事件が起こり、一家の人間は一人また一人と殺されていく。犯人のアダ・グリーンは二階の居室で、自身の背中の左肩甲骨に拳銃を斜めに当てがって撃ち、傷を負って倒れる。拳銃には紐を結び、紐の先には重りをつけて窓の外に垂らしてあったので、アダが拳銃を手放すと同時に、拳銃は窓外へ落ちて、雪の中に埋もれた。探偵ファイロ・ヴァンスも警察も、「アダは犯人に命を狙われた被害者だ」と思った。

*→〔死因〕2aの『ソア橋の事件』(ドイル)のギブスン夫人は、自殺する時に同様の方法を用いる。

『Yの悲劇』(クイーン)  伯母ルイザの毎日飲む卵酒に、少年ジャッキーが或る日、ひそかに毒を入れる。そしてルイザが飲む直前に、いたずらをよそおって、致死量に達しないだけの分量を盗み飲みして倒れる。ジャッキーは、ルイザの身代わりになって毒殺されかかった、と見なされる。

★3.死なない程度に自らの身体を傷つけるつもりが、手元が狂って死んでしまう。

『銭形平次捕物控』(野村胡堂)「小唄お政」  小唄の師匠お政は、同業のお寿を憎み、罪に陥れようとたくらむ。夜道でお政は、自分の左喉を剃刀で少し掻き切って傷を負い、「お寿に襲われたが、あやうく助かった」と世間に見せかけようとする。ところが、小唄の師匠ゆえ喉笛を避けたのがあだとなり、手が滑って頸動脈を深く切ってしまう。お政は力をふりしぼって剃刀を遠くへ投げ、そのまま絶命した。 

★4.死なない程度の毒を飲むつもりが、飲みすぎて死んでしまう。 

『熊座の淡き星影』(ヴィスコンティ)  ジャンニは少年時代、睡眠薬を飲んで自殺の真似事をし、自分の要求を母に認めさせたことがあった。彼は姉サンドラ(演ずるのはクラウディア・カルディナーレ)を愛し、性的結合を願って強引にサンドラと関係を結ぼうとするが、拒まれる。「姉さんに捨てられたら、死んでやる」とジャンニは言い、姉の気を引くために、ふたたび狂言自殺を試みる。しかし薬物の量を間違えて、本当に死んでしまう。

★5.当たり屋。走っている自動車にわざと接触して、軽い怪我をする。「示談にしよう」と持ちかけ、自動車の運転者から金を得る。

『狩猟で暮したわれらの先祖』(大江健三郎)  リヤカーを引いて流浪する一家六人(老女、男、男の妻、男の愛人、息子、幼女)が、「僕」の住む町で居酒屋を営み、定住をこころざす。しかしトラブルを起こして町を追われ、その時のいざこざで息子が死ぬ。残りの五人は、幼女に当たり屋をさせて、東北・北海道地方をさすらう。幼女は数ヵ月で五度、自動車にはねられ、数々の打撲傷を負った。股関節は、早急に手術しないと、とりかえしのつかないことになると診断された。 

『少年』(大島渚)  父、母、十歳の少年、三歳の幼児の一家四人が、四国から北海道まで旅をする。父は持病があるので働かず、母と少年が当たり屋をして金を稼ぐ。冬の北海道で、路上にいる一家四人を避けようとして乗用車が電柱に衝突し、乗っていた少女が死ぬ。その後、一家は大阪で警察に逮捕される。少年は「車に当たったことなどない」と言い張るが、死んだ少女を思い出して、「北海道には行ったよ」と言う。

『ブラック・ジャック』(手塚治虫)「ピノコ還る!」  ピノコが、こそ泥の源(げん)さんと知り合いになる。源さんは夜逃げする時、ピノコを連れて行く。金がなくなったので、源さんは当たり屋をする。しかし車がすばやくブレーキをかけたため、源さんは車に当たらず、路傍の立ち木にぶつかって重傷を負う。車を運転していたのはブラック・ジャックであり、彼はピノコの頼みを聞き入れて、源さんの怪我を治療し、いくらかの金を与えて追い払う。

★6.貴族社会から逃れて法師になるために、身体を醜く傷つけようと思う。

『明惠上人伝記』  明惠上人は、幼い頃から「法師になりたい」と願っていた。四歳の時、父が「この子は美しいから、元服後は御所へ勤めさせよう」と言った。明惠上人は「醜い片輪者になれば、元服などせずに、法師になることができるだろう」と考え、縁先から落ちた。しかしそれを見た人が抱きかかえてくれたので、目的を果たせなかった。

★7.悪人が乱心し、自分の身体を刀で切り刻む。

『聊斎志異』巻12−477「果報」  ある男が「私が貴方の跡継ぎになるから」と言って伯父をだまし、財産だけ自分のものにして跡を継がず、伯父の家を絶やしてしまった。同様の手口で、男は三軒の家の財産を得た。突如、男は乱心して、自分で自分に「お前は人の財産を奪って、それでも生きるつもりか?」と言い、刀で身体の肉を切り取って地面に投げつけた。また「お前は人の家を絶やしたのに、自分の後は絶やすまいと思うのか?」と言い、腹を切り腸を引き出して、死んでしまった。

★8.悪霊にとりつかれた人が、自分の身体を歯で噛みちぎる。

『黄金伝説』104「聖ペテロ鎖の記念」  ある代官が悪霊にさいなまれ、自分の歯で、われとわが身の肉をずたずたに噛みちぎった。教皇ヨハネスが、聖ペテロの鎖(*かつて聖ペテロを牢につないだ鎖)を、暴れ回る代官の首にかける。鎖の持つ聖なる力により、悪霊は悲鳴をあげて代官の身体から退散した。 

★9.治世の期間を終えた王が、自分の鼻・耳・唇などをナイフで切り落とす。

『金枝篇』(初版)第3章第1節  インド南部のクウィラケア地方では、十二年ごとに祝祭が行なわれ、王の治世は、祝祭と祝祭の間の十二年間と定められている。十二年が終わると、王は万民が見守る中、ナイフを取り出し、まず自分の鼻、次に耳、次に唇・・・・というように、身体のあらゆる部位を、自分の手でできる限度まで切り落とす。そして最後に、自らの喉を掻き切るのである→〔王〕5

 

※詫びのしるしに、自分の小指の先を切り落とす→〔指を切る〕5の『ザ・ヤクザ』(コッポラ)など。

※針で自分の両眼を突いて、盲目になる→〔瞳〕3の『春琴抄』(谷崎潤一郎)。

※美女が、自分の顔を焼いて醜くする→〔火傷(やけど)〕2の『夏祭浪花鑑』「釣舟三ぶ内の場」など。

 

  

【自縄自縛】

★1.自分の作った縄で自分が縛られる。

『ギュルヴィたぶらかし(ギュルヴィの惑わし)(スノリ)第50章  バルドルの死(*→〔契約〕1)の原因を作ったロキを、激怒した神々が追う。ロキは隠れ家にひそみ、神々が自分を捕えるためどんな方法をとるか考えつつ、亜麻糸で網を作る。神々が近づいたので、ロキは網を火に投げこみ、鮭に変身して川にとびこむ。神々は灰をもとに網を作り上げ、それでロキを縛る。

★2a.知らずして、自分自身に死の宣告をする。

『ギリシア神話』(アポロドロス)第2巻第5章  エジプトに九年間不作が続いた時、キュプロスから来た予言者プラシオスが、「異邦人を殺して毎年ゼウスに捧げれば、不作はやむだろう」と言った。ところが、予言者プラシオス自身が「異邦人」という条件に該当したので、エジプト王ブシリスはまず最初に彼を殺した。

*人柱を提案した人自身が、人柱にされてしまう→〔人柱〕1aの『雉も鳴かずば』(日本の昔話)など。

★2b.自分の受けるべき罰を自分で決める。

『三国志演義』第17回  農民が軍隊の通るのを恐れ、麦を刈らないので、曹操は「行軍中に麦を踏んだ者は、兵でも将でも斬首する」との布令を出す。ところが、曹操の乗った馬が鳩に驚いて、麦畑に踏みこんでしまう。曹操は自らの首を刎ねようとするが、皆に止められ、代わりに髪を切り落とす。

『ペンタメローネ』(バジーレ)第1日第2話  七人の女が、王子の愛する妖精を殺した(のちに蘇生する)。王子が「妖精を傷つけた者を、どう処罰すべきか?」と問うと、七人の女は、酒を飲んだためか「泥沼に生埋めの刑がよい」と口走る。七人の女は、そのとおりの罰を受けた。

*自ら、樽に入れられる刑罰を提案する→〔樽〕5の『がちょう番のおんな』(グリム)KHM89など。

★2c.自分の作った法律で自分自身や家族が裁かれる。

『ギリシア奇談集』(アイリアノス)巻6−10  「両親ともにアテナイ市民でなければ、生まれた子は市民権を得られない」とする法律を、ペリクレスが制定した。ところが疫病のため、当のペリクレスの二人の嫡子は死んでしまい、市民権のない庶子だけが生き残った。

『ギリシア奇談集』(アイリアノス)巻13−24  アテナイ人クレイステネスは陶片追放の制度を創設した。ところが最初にその該当者と判定されたのは、当のクレイステネス本人であった。

『ギリシア奇談集』(アイリアノス)巻13−24  エレウシスの秘儀に詣でる際、「女子は車駕を用いてはならぬ」との法案を、リュクルゴスが起草した。この法令に背いた最初の女はリュクルゴスの妻で、彼女は有罪とされ罰金を支払った。ザレウコスもまた、自らの作った法律で息子を裁いた→〔片目〕8

『史記』「商君列伝」第8  秦の商君(商鞅)は厳しい法律を作って民を治めたが、後には、自分の作った法律のために捕えられる。彼は「謀叛の企てあり」と密告されて都から逃げ出し、旅館に一夜の宿を請う。旅館の主人は客が商君とは知らず、「商君の法律により、旅券を持たぬ人を泊めることは禁じられている」と断った。

★3.自らの用意した殺人具にかかって死ぬ。

『明石物語』(御伽草子)  舅多田刑部が、婿明石三郎を毒殺しようと謀り、多田の家臣入江が毒酒を用意して、明石三郎に飲ませる。しかし熊野権現の守護で明石三郎は無事であった。毒酒の効かぬことを不審に思った入江は、自分でその酒を飲んでみて、たちまち死んだ。

『英雄伝』(プルタルコス)「テセウス」  プロクルステス(ダマステス)は、旅人の身の丈を無理に寝床に一致させて殺していた。テセウスが、彼を同じ目にあわせて殺した〔*『ギリシア神話』(アポロドロス)摘要1では、大小二つのベッドを用意し、短身の客は大きいベッドに寝かせてベッドと等しくなるまで槌で打ちのばし、長身の客は小さいベッドからはみ出た部分を鋸で切った、と詳しく記す〕。

『エステル記』第2章〜第7章  ペルシアのクセルクセス(アハシュエロス)王の寵臣ハマンは、ユダヤ人モルデカイを殺すために、高さ五十アンマ(キュビト)の処刑用の柱を立てる。ところが、モルデカイの養女であった王妃エステルが、ハマンの陰謀を王に訴えたので、王は「ハマンが立てた柱に、ハマン自身をかけよ」と命じた。

『ギリシア神話』(アポロドロス)第3巻第16章  シニスは、通行人に松を曲げさせてそれを持たせ、松のはね上がる力で人々を殺していた。そこへテセウスがやって来て、シニスを同じ目にあわせて殺した〔*『英雄伝』(プルタルコス)「テセウス」に類話〕。

『古事記』中巻  兄ウカシは、御殿の内に押機(おし)をしかけ、カムヤマトイハレビコ(後の神武天皇)をおびきよせて、圧殺しようとする。しかし弟ウカシが、そのたくらみをカムヤマトイハレビコに告げたため、兄ウカシ自身が御殿の内に追い入れられ、押機に打たれて死んだ〔*『日本書紀』巻3神武天皇即位前紀戊午年8月に類話〕。

『ヘンゼルとグレーテル』(グリム)KHM15  魔女が、グレーテルをパンがまの中へ入れて丸焼きにし、食べようとする。グレーテルは、「どうやってかまの中に入るのかわからない」と言う。魔女が「見本を示そう」とかまに頭をつっこんだ時、グレーテルは後ろから魔女を突きとばし、鉄の戸をしめた。

*自分が掘った落とし穴に落ちる→〔落とし穴〕5の『隅田川続俤(すみだがわごにちのおもかげ)』。

*自分が用意した毒剣で傷を負う→〔剣〕6の『ハムレット』(シェイクスピア)第5幕。

*自分が発明した処刑具で処刑される→〔処刑〕5aのギロチンの伝説。

*自分が用意した毒酒を飲む→〔すりかえ〕6の『僧正殺人事件』(ヴァン・ダイン)。

*自分が用意した毒薬を口に入れる→〔毒〕1bの『本朝二十不孝』巻1−1「今の都も世は借物」。

*自分が作った毒入り弁当を食べる→〔毒〕4の『まま母の悪計(わるだくみ)』(沖縄の民話)。

*自分が放った毒蛇に噛まれる→〔毒蛇〕2の『半七捕物帳』(岡本綺堂)「かむろ蛇」など。

*自分が放った呪いの式神が戻って来る→〔呪い〕9aの『宇治拾遺物語』巻2−8。

*自分が用意した龍の細工物に殺される→〔龍〕8の『本朝二十不孝』巻3−3「心をのまるる蛇の形」。

 

※自分が作った迷路に迷う→〔迷路〕3の『幽霊塔』(江戸川乱歩)。

 

  

【地震】

★1.大地震。

『カンディード』(ヴォルテール)第5〜6章  哲学者パングロスと弟子カンディードが、リスボン市中に足を踏み入れた途端、大地震が起こる。三万の住民が圧死し、リスボンの四分の三が破壊された。何が起こっても、パングロスは「すべては最善の状態にある」と言う。しかしパングロスは絞首刑になり、カンディードは笞刑を受ける〔*物語の最後で、パングロスは生きていたことが明かされる〕。

『桑港(サンフランシスコ)(ヴァン・ダイク)  一九〇六年四月十八日の夕刻、サンフランシスコを大地震が襲った。煉瓦造りの建物が、次々と崩れる。ダンスホールの経営者ブラッキー(演ずるのはクラーク・ゲーブル)は瓦礫をかきわけて、恋人の歌手メリーを捜す。方々で火の手が上がり、市街は炎に包まれる。ブラッキーは、丘に避難した市民たちの中に、無事なメリーを見出して安堵する。その時、「火事が消えた」「街を再建しよう」との声があがる。人々はリパブリック賛歌を合唱しつつ、市街へ行進する。

『平家物語』巻12「大地震」  元暦二年(1185)三月二十四日、平家一門は壇の浦に沈んだ。その年七月九日に京を大地震が襲い、無数の人が死んだ。七〜八十歳、九十歳の老人も、「世界の滅亡が今日・明日とは思わなかった」と驚いた。「平家の怨霊のたたりではないか」と、人々は恐れた。  

『文字禍』(中島敦)  紀元前七世紀の某日、ニネヴェの町を大地震が襲い、自家の書庫にいたエリバ老博士は、おびただしい書籍、すなわち数百枚の重い粘土板の下敷きになって、圧死した。これは文字の霊の、博士への復讐であった→〔文字〕1a

『ヨハネの黙示録』第16章  世界の終末の時、七人の天使が七つの鉢に盛られた神の怒りを地上に注ぎ、大災害が起こる。第七の天使が、鉢の中身を空中に注ぐと、天の神殿の玉座から「事は成就した」との声が聞こえ、人間の歴史始まって以来の大地震が発生する。大きな都が三つに引き裂かれ、諸国の民の方々の町が倒れ、島々は逃げ去り、山々は消え失せる。

*大地震のために家の下敷きになる→〔妻殺し〕5の『疑惑』(芥川龍之介)。

*巨大地震で日本列島が水没する→〔水没〕2bの『日本沈没』(小松左京)。

★2a.吉事・奇瑞としての地震。

『三宝絵詞』上−11  薩タ王子が、自分の肉体を飢えた虎に喰わせ、その功徳によって清浄な仏身を得ようと願い、竹林の中を歩いて行く。その時、大地が震動し、太陽は光を失い、天から花が降った。宮殿にいる王子の母后は悪夢を見ていたが、地震に驚いて目覚めた。

『神曲』(ダンテ)「煉獄篇」第20〜21歌  ヴェルギリウスと「私(ダンテ)」が煉獄の岩山の第五環道を登っていると、突然、山が激しく揺れ動き、「高き所には栄光、神にあれ」との歌声が聞こえる。一人の死者が「煉獄では、誰かが魂の浄化を自覚した時に地震が起こる」と教える。

『法華経』「序品」第1  霊鷲山上の世尊は、数多くの比丘、菩薩、天子、龍王たちに向け、いよいよ『法華経』の教えを説こうとして、結跏趺坐し三昧境に入った。すると天は、曼陀羅華(まんだらけ)、曼殊沙華(まんじゅしゃけ)などを雨のごとく降らせ、世界は東西南北上下の六種に震動した。

*王の利他行を賛嘆して、大地が六種に振動する→〔花〕8の『三宝絵詞』上−1。

★2b.次の例も、吉事・奇瑞の地震と見て良いであろう。

『古今著聞集』巻11「画図」第16・通巻386話  花山法皇が書写山の性空上人のもとを訪れた時、絵師を連れて行って、ひそかに上人の姿を描かせた。その時、山が響き地が動いたので、法皇は驚いた。上人は「私の姿を写したので、地震が起こったのです」と言った→〔痣(あざ)〕4。 

★3.誕生・臨終時の地震。

『多情仏心』(里見ク)  資産家の弁護士藤代信之は、その信条である「まごころ」をもって多くの友人に接し、芸者たちを愛する。彼は胃癌を患い、妻子、愛人、友人たちに見取られて、紀尾井町の自宅で三十六歳の生涯を終える。それは大正十二年(1923)九月一日午前四時十五分のことで、大地震が東京を襲う八時間足らず前であった。

『封神演義』第1回  商(殷)王朝第三十代の王帝乙の第三王子・季子(後の紂王)が生まれた日、都・朝歌は未明から大地震に襲われた。宮殿は揺れ、中庭は裂けたが、季子の産声と同時に地震はおさまり、地割れも消えた。

『マタイによる福音書』第27章  十字架上のイエスが「エリ、エリ、レマ、サバクタニ」と叫んで息を引き取ると、直後に地震が起こり、岩が裂けた。人々は「まことにこの人は神の子であった」と言った〔*他の福音書には地震の記事はない〕。

*臨終時の落雷→〔落雷〕6の『ヘルメティック・サークル』(セラノ)「ユングの帰宅」。

★4.地震の原因。

『ギュルヴィたぶらかし(ギュルヴィの惑わし)(スノリ)50  バルドルの死の原因を作ったロキを、神々が岩に縛りつけ、蛇の毒がロキの顔の上にしたたる。ロキの妻が桶で毒を受け、いっぱいになると捨てに行く。その間はロキの顔に毒がかかり、ロキは激しくもがくので、大地が震える。これが地震である。

巨人グミヤー(中国・プーラン族の神話)  巨人グミヤーが天地を創造したが、地面の下側は空洞で不安定だった。グミヤーは大海亀を捕らえ、地面の下を支える。海亀は逃げようとするので、金鶏が見張る。しかし金鶏が疲れて目を閉じると、海亀は動き出し、地上は大地震になるのだ。

『ラーマーヤナ』第1巻「少年の巻」第40章  大象ヴィルーパークシャがその巨大な頭で、全大地を(山も森も含めて)支えている。時節の変わり目になって、この大象が疲れ、疲労を休めるために頭を振ると、その時、地震が起こるのだ。

★5.地震の恐怖。

『病蓐の幻想』(谷崎潤一郎)  「彼」は歯痛に苦しみ、夢うつつで病臥している。妻が「九月なのに妙に暑いのは、地震でも来るのじゃないか」と女中に言う。「彼」は大地震による死の可能性を思い、恐れる。老婆が枕元で「安政の大地震の日も、こんな天気だった」と言う。やがて地鳴りが始まるが、それは夢だった。「彼」は地震の際の避難経路をあれこれ考える。その時、ついに大地震が襲って来る。しかしそれも夢だった。

★6a.さしせまった地震の予知。

『今鏡』「昔語」第9「賢き道々」  陰陽師有行と医師雅忠が酒を飲んでいた時、有行が「すぐお飲みなさい。まもなく大きな地震がありますから、こぼれてしまいますよ」と言う。雅忠は「まさかそんなことはあるまい」と思ってゆっくり飲んでいると、たちまち地震が来て、杯いっぱいの酒をこぼしてしまった(*『古今著聞集』巻7「術道」第9・通巻296話の類話では、地震を予知したのは陰陽師吉平)。

★6b.翌日の地震の夢告。

『続古事談』巻1−8  冷泉院が「池の中嶋に幄(あく=仮屋)を建てよ」と人々に命じ、午時(正午頃)にそこへお入りになった。すると未時(午後二時頃)に大地震があり、逃げ遅れた人は建物の下敷きになった。冷泉院は「昨夜の夢に九条大臣(藤原師輔。冷泉院の母方の祖父)が現れて、地震のこと、中嶋へ避難すべきことを告げた」と仰せられた。

★6c.三日後の地震の予言。

『ギリシア哲学者列伝』(ラエルティオス)第1巻第11章「ペレキュデス」  ペレキュデスは古代ギリシアの人である。彼は井戸から汲み上げられた水を飲んでいて、「三日目に地震が起こるだろう」と予言した。そして実際、そのとおりになった。

★7.地震を防ぐ重石(おもし)。

要石(かなめいし)の伝説  鹿島神宮に要石がある。鹿島の神が天から降臨した時に、この石に座し給うた。周囲六十センチほどの小さな石だが、その根は地中深くへ入り込み、極まるところを知らない。要石が地中の大ナマズを押さえているので、この地方には大きな地震がない(茨城県鹿島郡鹿島町宮中)〔*鹿島明神が、釘で地中の大魚を貫いた。その釘が要石だ、との伝説もある→〔ウロボロス〕1の『新編常陸国誌』〕。

『南島の神話』(後藤明)第4章「日本神話と南島世界」  とても長い魚「ナエ」が口から尾を離すと、地震が起こる(*→〔ウロボロス〕1)。ナエの頭部は京都の下にあって、その中心に経塚がある。ふだんは、重い経塚がナエを押さえており、ナエはいったん尾を離しても、経塚の重みによって、すぐまた尾をくわえる。だから地震の時には、人々は「きょうづか、きょうづか」と唱えるのだ(種子島の伝承)。

★8a.「地震だ」と思ったら、動物の背中に上陸していたのだった。

赤えい(水木しげる『図説日本妖怪大鑑』)  体長三里(約十二キロメートル)の巨大な赤えいがおり、時折、海面に浮かび上がってくる。船人たちが陸地だと思って上陸したところ、地面がぐらぐら揺れ出した。「地震だ!」と、あわてて逃げようとしたが、赤えいは海の下へ沈み、船人たちは渦に呑み込まれてしまった。

『千一夜物語』「船乗りシンドバードの冒険・第1の航海」マルドリュス版第292夜  シンドバード一行が大洋の中に島を見つけ、船の錨を下ろして上陸する。火をおこして食事の用意をしていると、突然大地震が起こる。島と見えたのは大鯨であり、その背中で火をおこしたので、大鯨は眠りから覚め、動き出したのだった。 

★8b.「地震だ」と思ったら、動物の上に寝ていたのだった。

(高木敏雄『日本伝説集』第11)  比叡山に登った男が、景色に見惚れて岩の上に寝転び、煙草を吹かしていると、大地震が起こった。岩と思ったのは大きな蛙で、煙草の火で背を焼かれて、動き出したのだ。男は病気になって、二〜三日後に死んだ。昔から「比叡山の主は大蛙だ」と言われているから、その蛙に遇ったのだろう。 

 

  

【紙銭】

★1.紙銭(しせん。紙を銭の形に切って金銀の箔を貼ったもの)を火で焼くと、冥府の役人や亡者たちが受け取って使うことができる。

『広異記』17「冥土への身代わり」  冥府の使者が、県知事の楊チョウをあの世へ連れて行こうとする。楊チョウは三十枚の紙で紙銭を作り、それを焼いて、使者に路用としてさし出す。さらに山海の珍味をそろえ、使者とその仲間たちをもてなしたので、使者は楊チョウの命を助け、代わりに別の人物を連れて行った。

『子不語』巻17−438  「私(『子不語』の著者・袁枚)」の家の門番が、死んだ後すぐ生き返り、目を見張り手を伸ばして、紙銭を欲しがった。「挨拶まわりの費用にするのだ」と言う。彼の求めに応じて紙銭を焼いてやったら、ようやく瞑目した。

『酉陽雑俎』続集巻1−880  二人の鬼が李和子を冥府へ連れて行こうとするが、李和子から酒を御馳走になったので、その返礼に、「銭を四十万用意しなさい。寿命を三年貸しましょう」と、冥府行きを猶予してくれる。李和子は衣類を売って紙銭を用意し、酒を地にそそいで紙銭を焼く。二人の鬼は、その銭を持って帰って行った→〔冥界の時間〕2。 

*紙銭を騙し取る→〔賭け事〕8の『子不語』巻3−75。

*紙銭ではなく、小判を冥土へ持って行く話もある→〔極楽〕4の『死ぬなら今』(落語)。

★2.紙の質が悪いと、銭として使えない。

『今昔物語集』巻9−34  冥府の役人から銭を要求された男が、紙を百枚買い、紙銭を造って贈った。ところが男は病気になってしまい、役人から「あの紙銭は質が悪くて使えない」と言われた。男は上質の白い紙百余枚を買って紙銭を造りなおし、酒食を供えて水辺で紙銭を焼く。すると男の病気は治り、身体がすこやかになった。

★3a.紙を着物の形に切って焼き、冥界の着物とする。

『閲微草堂筆記』「如是我聞」92「裸の幽霊」  村娘が悪坊主に殺されて、裸のまま埋められた。霊となっても、一糸まとわぬ姿では恥ずかしくて神様の前へ出られない。娘は死後百年間、埋められた場所に隠れていた。旅人が通りかかったので、娘は「色紙を着物の形に切り、焼いて下さい。そうすれば、私は着物を着て冥府の役所へ行き、もう一度輪廻に入って生まれ変わることができます」と請う。しかし旅人は、娘の願いを叶えてやることができなかった。

*着物はただの物質で、霊界へ持って行けないので、幽霊は全裸が当たり前→〔裸〕7の『海岸のさわぎ』(星新一『たくさんのタブー』)。

★3b.紙の旗や木刀を焼く。

『閲微草堂筆記』「ラン陽消夏録」55「疫病神との戦争」  疫病が大流行した時、某村の廖という人の夢に、百人余りの人が現れてこう告げた。「紙の旗を十本余と、銀箔を貼った木刀を百本余、焼いて下さい。私たちが疫病神と戦いましょう」。言われたとおりにすると、数日後の夜、野原で戦いの音が聞こえた。その後、全村、疫病にかかる者は一人もなかった。 

*帯を焼いて冥界へ送る→〔火〕9の『述異記』(祖冲之)「宝玉の帯」。

★4.亡父からもらった銭が、後に紙銭に変じた。

『広異記』18「紙銭の買物」  二十年前に死んだ父の霊が現れ、三百貫の銭を息子たちに手渡して、「数日以内に使い果たしてしまえ」と言う。息子たちは数日の間にいろいろな品物を買って、三百貫を全部使った。それから三日後、町の商人たちは皆、売り上げの中に紙銭があるのを発見した。 

*もらった銭が葉に変わった→〔葉と金銭〕1の『子育て幽霊』(日本の昔話)など。

★5.紙銭でなく、本物の硬貨を持って冥府へ行く場合もある。

『黄金のろば』(アプレイユス)巻の6  プシュケは、生きた身のままで冥府へ降りるに際し、口に銅貨を二枚くわえて行く。三途の河の渡し賃として、渡し守カロンに、行きに一枚、帰りに一枚与えるのだ。その時、カロンが自分の手で、直にプシュケの口から銅貨を取るようにしなければならない〔*口に銅貨をくわえるとともに、両手に、蜜酒でこね固めた大麦粉の餅を持って行く。これは、三つ首の番犬ケルベロス(*→〔犬〕9の『神統記』)に食べさせるのだ〕。 

 

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