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【体外の魂】

★1.生命の根源(=魂)が、身体から離れたところにあるので、身体をいくら攻撃されても無事である。しかし、体外にある魂が損傷すれば、身体は倒れる。

『変身物語』(オヴィディウス)巻8  メレアグロスが生まれた時、運命の女神が丸木を火に投げ入れて、「この丸木と同じだけの寿命を、赤児に与える」と告げた。母アルタイアは丸木に水をかけ、奥の間深くしまいこむ。後、青年となったメレアグロスは、カリュドンの猪狩りで伯父たち(アルタイアの兄弟たち)と争って、彼らを殺す。これを知ったアルタイアは怒って丸木を焼き、メレアグロスは死ぬ〔*『ギリシア神話』(アポロドロス)第1巻第8章に類話〕。

『マハーバーラタ』第3巻「森の巻」  聖仙ヴァーラディは、生まれてくる息子メーダーヴィに、山々の不滅性を授けた。メーダーヴィは成長すると、自分の不滅性を鼻にかけ、人々を馬鹿にするようになった。ある時、大聖仙ダヌシャークシャがメーダーヴィの態度に怒り、「灰になれ!」と呪った。しかしメーダーヴィは平気だった。そこで大聖仙は水牛に命じて、山々を突き崩させた。山々が崩れると、たちまちメーダーヴィは死んでしまった。

『山姥と糸車』(日本の昔話)  大木の根元に白髪の老婆が一人すわって糸車を廻し、糸を紡いでいる。猟師が鉄砲を向けても、山姥は笑っている。一発撃つと手ごたえはあったが、山姥は平気である。そこで猟師は、縒り糸を入れた箱を撃つ。すると山姥は、ふっと消える。そばへ行って見ると、年を経た狒々が倒れていた(土橋里木『甲斐昔話集』)。

*魔法使いや悪魔が、自分の魂を卵の中に隠す→〔卵〕1の『水晶の珠』(グリム)KHM197など。

*ならず者が、自分の魂を壜の中に隠す→〔瓶(びん)〕2の『子不語』巻5−125。  

*→〔鼠と魂〕3aの『聊斎志異』巻9−341「澂(ちょう)俗」も、体外の魂を攻撃する物語、と解釈することができる。

*体外にあった魂を身体に戻せば、それは、不死身の身体に一ヵ所弱点ができたことになり、→〔弱点〕2の『ギリシア神話』(アポロドロス)第3巻第13章(アキレウス)などの物語と同じになる。

*ともし火が消えると、人も死ぬ→〔ともし火〕1の『三国志演義』第103回など。

*体外の魂との対話→〔自己との対話〕6の『日本書紀』巻1・第8段一書第6。

★2.生命の根源である心臓を、肉体から取り出して木の上に置く。

『二人兄弟の物語』(古代エジプト)  アヌプとバタは兄弟だったが、弟バタは兄アヌプと別れて、一人で杉(あるいは松)の谷に住んだ。バタは自分の心臓を身体から取り出して、杉の花の上に置く。ファラオの兵隊たちがやって来て、杉を切り倒すと、バタは死ぬ。兄アヌプは何年もかけて弟バタの心臓を捜し、見つけ出した心臓を水に入れる。するとバタは生き返る。

*→〔生き肝〕2の『今昔物語集』巻5−25で、猿が「自分の生き肝は島の木にかけてある」と亀に言うのも、生命の根源を体外に置く物語の一種であろう。

★3.窓外に見える葉を、自分の生命と同一視する。

『最後の一葉』(O・ヘンリー)  病気のジョンジーは、窓の外に見える蔦の葉が風に吹かれて落ちていくのを数える。「最後の一葉が落ちる時、自分も死ぬのだ」と、彼女は思う→〔身代わり(病者の)〕2

 

 

【体外離脱】

★1.体外離脱して、霊界へ行く。

『私は霊界を見て来た』(スウェーデンボルグ)  体外離脱が始まる時(*→〔密室〕4b)、「私(スウェーデンボルグ)」は、眠りとも覚醒とも異なる特別な感覚の中にいる。体外に出てすぐの時は、自分自身の肉体をはっきり見ることができるし、ある程度肉体を動かすことも可能だ。この状態からさらに進み、自分の肉体をほとんど意識しなくなると、「私」は精霊界(現世と霊界の中間領域)を経て霊界へ入って行く。「私」は過去二十数年間、繰り返し霊界を訪れて多くの霊たちと交わり、地獄界をもかいま見て、貴重な情報を得て来た。

★2.体外離脱して、他の天体へ行く。

『火星のプリンセス』(バローズ)  一八六六年三月、南軍騎兵隊大尉の「わたし(ジョン・カーター)」は、アリゾナの洞窟で金縛り状態になった。ようやく身動きできるようになった時、「わたし」は一糸まとわぬ姿で、肉体から抜け出ていた。「わたし」は夜空に輝く火星(軍神マーズ)を見て恍惚となり、双手を差し伸べる。気がつくと「わたし」は火星に来ていた。「わたし」はさまざまな冒険を経て、火星の王女デジャー・ソリスと恋に落ち、結婚する。火星で十年を過ごした後、「わたし」はアリゾナの洞窟に横たわる肉体の中へ戻った。

★3.体外離脱して、空高く上昇する。

幽体離脱と魂の浮遊(日本の現代伝説『魔女の伝言板』)  大阪の女子大生の体験談。高校一年か二年の夏に、夜、布団に入っていたら、金縛りにかかり、身体から魂がふっと抜けて、屋根を突き抜け空の上へ昇って行った。星が見えて、さらに彼方に町のようなものがあった。魂の上昇スピードが速く、自分の身体まで降下するのが困難だった。やっと身体に戻って我に返り、怖かったけれど、すぐに眠ってしまった。

*体外離脱して、下方に自分の姿を見る→〔自己視〕4cの『現代民話考』(松谷みよ子)4「夢の知らせほか」第3章の2。

★4.離脱した魂と身体を結ぶ銀色の紐。

『アウト・オン・ア・リム』(マクレーン)24  精神世界に関心を持ち始めた「私(シャーリー・マクレーン)」は、友人デイビッドとペルーへ旅した。ある黄昏時、「私」は山の鉱泉に浴して、体外離脱を経験した。「私」の魂は身体を離れ、空高く舞い上がった。魂には細い銀色の紐がついており、鉱泉の中の身体とつながっている。紐は伸縮自在で、際限なく伸びていけるようだった。地球のカーブが見える高さまで昇って、「私」は上昇を止め、ゆっくり静かに身体の中に戻った。

*瀕死の肉体と魂をつなぐ糸→〔糸と生死〕に記事。

★5.体外離脱して、極小世界と極大世界の両方を訪れる。

『火の鳥』(手塚治虫)「未来編」  火の鳥がテレパシーで、山之辺マサトの心に「いいものを見せてあげます。さあ!目をつむって」と語りかけ、マサトは「わっ」と叫んで床に倒れる。「僕はどこにいるんだ?」と問うマサトに、火の鳥は「あなたはもう肉体から離れているのよ。あなたは今、存在(意識)だけなのよ」と教える。マサトはまず素粒子の中に入り、次に大宇宙を展望して(*→〔無限〕6)、肉体へ戻る。マサトが倒れていたのは、二〜三十秒の間だった。

★6.心も身体も、ともに浮き上がるような錯覚。

『思い出す事など』(夏目漱石)20  「余(夏目漱石)」は、修善寺での大吐血後の病臥中、時々妙な精神状態に陥った。魂が身体を抜けるといっては語弊がある。霊が、細かい神経の末端にまで行き渡って、泥でできた肉体の内部を、軽く清くするとともに、官能の実覚からはるかに遠からしめた状態だった。「余」の心は、おのれの宿る身体とともに、蒲団から浮き上がった。より適切に言えば、蒲団がどこかへ行ってしまったのに、心と身体はもとの位置に安く漂っていた。しかしそれは、単に貧血の結果であったらしい。

 

※臥している身体から頭が抜け出て、近辺を飛び廻る→〔ろくろ首〕4bの『睡眠中に霊魂抜け出づとの迷信』(南方熊楠)。 

※→〔国見〕7bの『仙境異聞』(平田篤胤)下「仙童寅吉物語」などは、体外離脱して宇宙空間から地球を見たのであろうか? 

 

 

【太鼓】

★1.打たずに鳴る太鼓。

『鯉の報恩』(日本の昔話)  殿様が「打たずに鳴る太鼓を持って来い」と、村の男に命ずる。男が困っていると、嫁が(*→〔魚女房〕3)、篩(ふるい)の網を取り外して両側に紙をはり、隅(すみ)へ小さな穴をあけて、篩の中に蜂をたくさん入れた。篩を振ると、中で蜂があばれて紙にあたり、どんどこどんどこ鳴る。男はそれを殿さまの所へ持って行った(新潟県南魚沼郡)。

★2.打っても鳴らぬ鼓。

『綾の鼓』(三島由紀夫)  法律事務所の七十歳近い老小使(こづかい)岩吉が、向かいのビルにいる貴婦人華子を恋する。華子の取り巻きたちが、劇の小道具である「綾の鼓」に結び文をつけ、岩吉に投げ与える。結び文には、「この鼓を打って音がこちらまで届いたら、思いを叶えてあげましょう」と書いてある。岩吉は鼓を打つが、皮の代わりに綾が張ってあるので、いくら打っても鳴らない。岩吉は「からかわれたのだ」と悟り、窓から身を投げて死ぬ→〔百〕8

*庭掃きの老人が女御を恋する→〔難題求婚〕8の『綾鼓』(能)。

★3.太鼓や鼓の音。

『妖怪談義』(柳田国男)「妖怪名彙(カワツヅミ)」  信州の小谷地方では、河童は人を取る二日前に祭りをするので、その鼓の音が聞こえるという。それを「河童の川鼓」といって、大いに恐れる。

『妖怪談義』(柳田国男)「妖怪名彙(コクウダイコ)」  周防(山口県)の大畠の瀬戸で旧六月の頃に、どことも知れず太鼓の音が聞こえる。これを「虚空太鼓」という。昔、宮島様のお祭りの日に、軽わざ師一行がここで難船して死んでから、という。

*狸の腹鼓→〔狸〕10の『ずいとん坊』(昔話)。

★4.恋しい人の所へ行きたいので、太鼓を打つ。

『其往昔恋江戸染(そのむかしこいのえどぞめ)  八百屋お七の恋人・寺小姓吉三(きちさ)を、今宵の内に出家させようと、寺の男たちが連れて行ってしまう。お七は吉三の後を追おうとするが、暮れ六ツ以降は、町々の境界の木戸がすべて閉められて、町内から外へ出られない。非常時には火の見櫓の太鼓を打ち、それを合図に一斉に木戸を開ける決まりなので、お七は櫓へ登って太鼓を打つ。木戸は開いたが、お七は役人に捕らわれてしまう。

★5.恋しい人を逃がすために、太鼓を打つ。

『神霊矢口渡』4段目「頓兵衛住家の場」  落武者新田義峯をつかまえようと、村々では烽火(のろし)を上げ、法螺を吹いて、捕り手を導く用意をする。ただし、渡し守頓兵衛の家の二階座敷に吊るした太鼓を打てば、「義峯を捕らえたので、囲みをといても良い」との合図になる。頓兵衛の娘お舟が瀕死の重傷を負いながらも(*→〔子殺し〕7)、最後の力をふりしぼって太鼓を打ち、捕り手の囲みをといて、義峯の逃走を助ける。

★6.はじめて見た太鼓。

『パンチャタントラ』第1巻第2話  飢えたジャッカルが、森で大きな太鼓を見つけた。彼は太鼓を叩いてみて、「この中には、肉や脂肪や血がいっぱい詰まっているに違いない」と考える。彼は苦労して太鼓の堅い皮を引き裂き、歯を折ってしまう。しかし、太鼓の中には木片しかなかったので、彼はがっかりした。

★7.初音の鼓。

『義経千本桜』「道行初音旅」  桓武天皇の御代、内裏で雨乞いをした折のこと。大和国に住む、千年の劫を経た牝牡二匹の狐を捕らえ、その生き皮で鼓をこしらえた。日(=太陽)に向かってこれを打てば、鼓はもとより波の音、狐は陰(いん)の獣ゆえ、たちまち降雨があって、民百姓は初めて悦びの声をあげた。それでこれを「初音の鼓」と名付けた→〔狐〕1

 

 

【第二の夫】

 *関連項目→〔二人夫〕

★1.貧運の夫と別れ、第二の夫と裕福に暮らす。

『神道集』巻8−46「釜神の事」  貧運の夫が女遊びに心を狂わせ、福運の妻を離縁する。妻は別の男と再婚して、裕福に暮らす。そこへ、箕(み)作りに落ちぶれた旧夫(*→〔掌〕5)が、もとの妻の住む家とは知らず、「箕を買って下さい」と言ってやって来る。妻は旧夫を憐れみ、多くの物を与える。旧夫は、目前にいるのがもとの妻と知り、恥ずかしさの余り倒れて死んだ。妻は旧夫を釜屋の後ろに葬り、釜神として祀った。

『炭焼き長者』(日本の昔話)「再婚型」  福運の妻が貧運の夫の家を出て、炭焼き五郎と再婚する。夫婦で炭竈を見て廻ると、どの竈にも黄金があり、二人は長者になった。貧運の旧夫は落ちぶれて、もとの妻の住む家とは知らず、炭焼き五郎の屋敷へ竹細工を売りに来る。妻が対面して、自分が誰であるかを知らせると、旧夫は恥じて、舌を噛んで死んだ(鹿児島県大島郡)。

★2a.最初の夫は少将や中将。第二の夫は帝。

『しぐれ』(御伽草子)  故三条中納言の姫君は、清水寺で左大臣の息子中将さねあきらと出会い、契りを交わした。しかし中将は右大臣家の婿になり、姫君を忘れてしまう。姫君は、乳母の娘の縁者・丹後の内侍のもとに身を寄せ、やがて帝に見出され、承香殿の女御となって皇子・皇女を産む。

『しのびね』  故中務宮の姫君は、四位少将(後に宰相中将、中納言)公経に見そめられて契りを結び、男児を産む。しかし公経の父親が姫君を嫌って追い出そうとしたので、姫君は知人のもとに身を寄せ、やがて宮中へ出仕する。姫君は公経を思って、しのびねに泣いていたが、帝に寵愛されて承香殿の女御となり、東宮を産む。公経は、姫君の幸せを祈って出家する。姫君の産んだ東宮は帝位につき、姫君は女院となる。

『とりかへばや物語』  権大納言家の姫君は男装していたが、宰相中将に女であることを見破られ、懐妊する。それを機に姫君は宇治に隠れて男児を産み、本来の女姿に戻って京に帰る。姫君は尚侍(ないしのかみ)となって帝に愛され、東宮を産み、中宮となる。年月を経て帝は譲位し、東宮が即位、中宮(姫君)は国母となる。

★2b.最初の夫は少将。第二の夫は関白の息子。

『岩屋の草子』(御伽草子)  対の屋の姫君は、はじめ四位少将に愛されたが、姫君水死の噂(*→〔継子殺し〕2)を聞いて、少将は出家した。姫君は海士夫婦に養われ、やがて関白の息子二位中将に見出されて、その妻となる。

★3.最初の夫も、次の夫も死に、女も自殺する。

『クレオパトラ』(マンキーウィッツ)  エジプトの女王クレオパトラ(演ずるのはエリザベス・テーラー)は、ローマの武将シーザー(レックス・ハリソン)と結婚し、男児をもうける。しかしシーザーは、皇帝になろうとしたために暗殺された。三年後、かつてシーザーの右腕であったアントニー(リチャード・バートン)が、クレオパトラと結婚する。やがてアントニーは、ローマと敵対することになる。アントニーはローマ軍との戦いに敗れ、自殺する。クレオパトラはアントニーの死を見取った後、毒蛇の牙を胸に当てる。

★4.夫の死後、夫を殺した男と恋愛関係になる。 

『乱れ雲』(成瀬巳喜男)  由美子(演ずるのは司葉子)の夫が、商事会社の青年社員・三船史郎(加山雄三)の運転する車にはねられて死んだ。事故は不可抗力で、史郎は無罪になった。由美子は史郎を憎むが、何度か顔を合わせるうち、憎しみは愛へ変わった。史郎はパキスタンのラホールへ転勤を命ぜられ、由美子は彼について行く決心をする。しかし出発の直前、二人は自動車事故を目撃する。瀕死の夫にすがって泣く妻の姿は、かつての由美子自身を思い出させた。由美子は、史郎と別れねばならないことを悟った。

*夫の死後、夫を殺した男と一緒に旅をする→〔宿〕8の『沓掛時次郎』(長谷川伸)。

*夫の死後、夫を殺した男と駆け落ちする→〔名付け〕8の『大菩薩峠』(中里介山)。

 

※殺された夫の仇を討つために、第二の夫を持つ→〔仇討ち(夫の)〕1の『ニーベルンゲンの歌』。

 

 

【太陽】

 *関連項目→〔日食〕〔妊娠(太陽による)〕

★1.太陽が人間に及ぼす力。

『イソップ寓話集』(岩波文庫版)46「北風と太陽」  北風と太陽が強さを争い、「道行く男の服を脱がせた方が勝ち」と決める。北風が勢いよく吹きつけると、男は服をしっかり押さえる。太陽がはじめ穏やかに、しだいに熱く照りつけると、男は服を脱いでゆき、ついに裸になって川で水浴する。

*太陽が照りつけて男を裸にする『イソップ寓話集』とは逆に、→〔性器(女)〕1の『古事記』上巻では、女神が裸になって太陽神を誘い出す。

『異邦人』(カミュ)  夏の浜辺の昼下がり、焼けつく太陽の下で「私(ムルソー)」は、友人レエモンに恨みを持つアラビア人に出会う。匕首(あいくち)を構えるアラビア人を「私」はピストルで撃ち、倒れた彼にさらに四発弾丸を撃ちこむ。「私」は逮捕され、裁判で動機を問われて、「太陽のせいだ」と答える。

『古事記』中巻  カムヤマトイハレビコ(後の神武天皇)と兄五瀬の命が、河内の白肩の津に船を泊め、ナガスネビコの軍と戦った。五瀬の命は手に矢傷を負い、「私は神の御子なのに日に向かって戦ったので、傷ついた。今から迂回して日を背に負って戦おう」と言って南下した。しかし五瀬の命は、紀伊の国の男の水門で没した〔*『日本書紀』巻3神武天皇即位前紀戊午年4月〜5月に類話〕。

*入り日(西日)を背中に負わない→〔極楽〕10の『宇治拾遺物語』巻5−4。

★2.太陽から、人類の最初の男女が発生する。

ラオタイとラオクー(中国・ペー族の神話)  大小二つの太陽がぶつかり合い、小さな太陽が海へ落ちた。海底の金龍が太陽を飲み込んだが、太陽は大きな肉塊となって龍のえらから飛び出し、山に当たって炸裂する。無数の肉片が飛び散り、雲や鳥や草花や獣になった。肉塊の真ん中の部分は二つに割れ、先に地面に落ちた左半分が女になり、後の右半分は男になった。こうして人類がこの世に現れた。女の名はラオタイ、男はラオクーと言った。

*太陽から男が発生する→〔人間を造る〕3の『饗宴』(プラトン)。

★3.太陽神と合一する。

黒住宗忠の逸話  黒住宗忠は労咳で重態に陥ったが、文化十一年(1814)、三十五歳の年の正月十九日、「心が陽気になれば病気は治る」と気づいた時から、身体は回復し始めた。三月十九日、入浴した後、縁側に匍(は)い出て太陽を拝み、宗忠の病は一時に全快した。そして十一月十一日、冬至の朝。日拝をして一心に祈ると、太陽の陽気が彼の身体全体に満ちわたった。身に迫る一団の温かい玉のごときものを胸におさめ、まるごと呑み込んで、たとえようもなく爽やかな良い気持ちになった。宗忠はこの時、天照大神と同魂同体になったことを実感した。

★4a.太陽を飲み込む。

『ラーマーヤナ』第4巻「猿の王国キシュキンダーの巻」第66章  猿のハヌマト(ハヌーマン)は、風の神と雌猿(もとは天女)の間の息子である。ハヌマトは子供の頃、太陽を見て「果実だ」と思い、取ろうとして空中へ飛び上がった。これを見たインドラ神が怒って、雷電を投げつける。ハヌマトは山頂の岩に落下して、左顎を負傷した。このことから、(傷ついた)顎〔ハヌ〕を持つ者〔マト」と呼ばれるようになった。

★4b.太陽を吐き出す。

『ホーキング、宇宙と人間を語る』第6章  中央アフリカのブションゴ族の神話によると、世界の始まりには、闇と水と大いなる神ブンバが存在していた。ブンバは胃の痛みから、太陽を吐き出した。太陽は水を乾かし、大地を創った。ブンバの胃痛は治まらず、さらにいくつかのものを吐き出した。それで月や星々が現れ、豹や鰐や亀が現れ、最後に人間が現れた。 

★5a.太陽が東へ沈む。

『ギリシア神話』(アポロドロス)摘要第2章  アトレウスとテュエステスが、ミュケナイの王の候補になる。テュエステスはゼウスに欺かれて、「もしも太陽が通常と逆の道を行ったなら、アトレウスを王にする」と約束する。その時、太陽は東へ沈んだので、アトレウスが王国を得た。

★5b.太陽は西へ沈み、夜は地の下を潜(くぐ)る。

『聴耳草紙』(佐々木喜善)130番「酸漿(ほおずき)」  山中の一軒家に宿を借りた旅人が、朝、畑の紅い酸漿を一つ取り、中の種を出して、口に含んで吹き鳴らした。すると家の人が、「罰が当たる」と言って顔色を変えた。「お日様は毎日、東から出て西へ沈みなさるが、夜になると地の下を潜って、酸漿の中へ一つ一つお入りになる。それでこんなに紅くなる。酸漿はお日様の赤ン坊だから」。

『幻獣辞典』(ボルヘス他)「アブトゥーとアネット」  エジプト人は皆、アブトゥーとアネットが二匹の聖なる魚で、太陽神の船の舳先の前を泳ぐことを知っていた。太陽神の船は、昼間は東から西へ天空を航行し、夜は逆方向に地下を巡るのだった。

*太陽は地下を通る時、熱で温泉をあたためる→〔温泉〕10の『出現』(星新一『どんぐり民話館』)。

★6.人間が太陽を追いかける。

『山海経(せんがいきょう)第8「海外北経」  夸父は太陽とかけくらべをして、入日を追った。しかし口が渇いて、道で死んでしまった。その時彼が棄てた杖は、化してケ林となった。 

『太陽』(落語)  信心を勧められた与太郎が、早起きして朝日を拝む。朝日はどんどん昇って行くので、与太郎は西の方へ追いかける。日が暮れてしまっても、与太郎は西へ走り続ける。夜明けになり、後ろ(東)から朝日が昇って来る。与太郎はふり返って、「ああ、行き過ぎてしまった」。

*泥棒を追いかけ、追い越してしまう→〔競走〕5cの『坐笑産(ざしょうみやげ)』「かける名人」。 

★7.円筒形の太陽。

『花笑顔』「春日(はるのひ)」  「『春の日は長い』というので、おれは気をつけて見たが、やっぱり丸い」「あれか、あれはお日様のこぐち(切り口)だ」。

★8.十個の太陽。

『山海経(せんがいきょう)第9「海外東経」  黒歯国の北に湯のわく谷があり、そこで十個の太陽が湯浴みをする。扶桑の大木があって、九個の太陽は下の枝におり、一個の太陽が今まさに出ようとして上の枝にいる〔*もとは絵があって、その説明文と考えられている〕。

『山海経(せんがいきょう)第15「大荒南経」  東南の海の外、甘水のほとりに羲和(ぎか)の国がある。羲和は帝俊の妻となって、十個の太陽を産んだ。今、彼女は太陽を甘淵に浴(ゆあみ)させている〔*もとは絵があって、その説明文と考えられている〕。

★9a.太陽と目。

『山海経(せんがいきょう)第8「海外北経」  鐘山に住む燭陰という神の目は太陽である。神が目を閉じると夜になり、開くと昼になる〔*神が息を強く吹けば冬になり、声を出して呼べば夏になる〕。

*鐘山の石首が左目を開くと昼になり、右目を開くと夜になる→〔目の左右〕2の『玄中記』。

*イザナキの左目から太陽神アマテラスが誕生する→〔目の左右〕3の『古事記』上巻。

★9b.太陽が目ならば、日食は一時的盲目。

『日食』(三島由紀夫)  妙子は、戦争で両眼を失った松永と結婚した。古風な暦にこだわって決めた挙式の日取りは、日食の前日だった。母親は「日食だなんて縁起でもない」と、苦に病む。妙子は「いいじゃないの。太陽が松永に花を持たせて、にわかめくらになってくれるんだから」と言った。

★10.太陽を見ない。

『ロケット・マン』(ブラッドベリ)  「ぼく」の父さんはロケット・マンで、いろいろな惑星へ出かけて行く。母さんは、「もし父さんが金星で亡くなったら、夜空に輝く金星を見るのがいやになるでしょう。火星で亡くなったら、火星を見るのがいやになるでしょう」と、「ぼく」に言った。父さんの宇宙船は、太陽に落ちた。その後、母さんは昼間はずっと寝ているようになった。太陽の見えない雨降りの日にだけ散歩するのが、「ぼく」たちの習慣になった。

★11.太陽は、星から光の供給を受けている。

コンヴムの神話(コッテル『世界神話辞典』アフリカ)  コンヴムは、ピグミーの信仰における至高の霊である。コンヴムの毎夜の仕事は、太陽の更新だ。彼は、壊れた星々の断片を袋の中に集め、両腕いっぱいにかかえて太陽へ投げ渡す。そのおかげで、太陽は次の朝、再び自分の本来の光輝とともに昇ることができるのである(中央アフリカ。ピグミー)。

★12.太陽の背景としての青空。

『何故私は奴さんたちを好むか』(稲垣足穂)  あのお天道が今一つ気がきかないわけも、それが持つ青空という影(背景)の薄いことにある、と「私」は考えている。青空を真っ黒に塗りつぶしてごらん、お天道はたちまちダンディになってしまう。実際のお天道は、そのようなしゃれ者だ。それをヤボに見せるのは「お昼」である。「お昼」とは、実は地球の上っ皮だけに仕組まれたペテンではないか。

★13.夜中の太陽。

『黄金のろば』(アプレイユス)巻の11  「私(ルキウス)」は、ろばから人間に戻った後、月の女神イシスの秘儀を受けることを許された。詳しく語ることはできないが、「私」は死の境界を訪れて、冥界の女王プロセルピナ(イシスの別称)の神殿の敷居をまたぎ、またこの世へ還って来た。真夜中に太陽が晃々(こうこう)と輝いているのを見た。冥界の神々にも天上の神々にも目(ま)のあたりに接し、膝元に額(ぬか)づいて来た。

『今昔物語集』巻9−32  夜の亥の刻(午後十時頃)に、冥府の使い二人が来て男を呼ぶ。男は馬に乗って二人について行く。夜のはずなのに、天も地も昼のごとく明るい。「太陽が輝いているのだ」と知って、男は恐れた。やがて、人違いだったことがわかり、男はこの世へ返される。家の中はとても明るかったが、魂が身体の中へ入ると(*→〔自己視〕2b)、たちまち闇夜になり何も見えなくなった。

*霊界の太陽→〔踊り〕6の『私は霊界を見て来た』(スウェーデンボルグ)第2章の4。

 

 

【太陽を射る】

★1.二つの太陽のうちの一つを、矢で射る。

二つの太陽の伝説  ある夏、二つの太陽が出て、人々は旱天に困り果てた。一つは魔物の仕業であろうと、行者が矢で射ると、黒雲とともに三本足の白烏が落ちてきた。烏の魔物を射たので、「入間(射る魔)」という地名ができたのだという(埼玉県狭山市入間川)。

★2.十個の太陽を矢で射る。

『淮南子』「本経訓」第8  堯の時代に、十個の太陽が並んで空に出た。穀物や草木が焦げ、民は食を失った。また、さまざまな怪物が現れて害をなした。堯の命令で、弓の名人ゲイが怪物たちを射殺し、十個の太陽(のうち九つ)を射落とした。

『今昔物語集』巻10−16  弓の名手養由は、天に十個の太陽が出た時、九つを射落とした〔*正しくは養由基。『史記』「周本紀」第4では、百歩離れて柳葉を射、百発百中の名手だった、とする〕。

★3.九つの太陽と十個の月を、矢で射る。

巨人グミヤー(中国・プーラン族の神話)  九つの太陽と十個の月が空に出たので、強烈な光の下、地は干上がり、生き物は苦しみあえいだ。巨人グミヤーが怒り、弓矢で太陽と月を次々に射落とす。最後に残った一つの太陽と一つの月は、東方の天地の果ての岩屋に身を隠す→〔日食〕8

★4.太陽神に矢を向ける。

『ギリシア神話』(アポロドロス)第2巻第5章  ヘラクレスがリビア地方を旅していた時、太陽神(ヘリオス)に照りつけられたので、彼は神に向かって弓を引きしぼった。神はヘラクレスの剛気に感嘆して黄金盃を与え、ヘラクレスはこれに乗ってオケアノスの海を渡った。

 

 

【太陽を止める】

★1.神に祈って大陽を中天にとどまらせる。

『ヨシュア記』第10章  モーセ(モーゼ)の死後、神は従者ヨシュアをモーセの後継者とした。ヨシュアはアモリ人たちと戦った時、神に呼びかけて太陽をまる一日、中天にとどまらせ、敵軍を打ち破った。

『ローランの歌』  シャルルマーニュ大帝の大軍がロンスヴォーの谷に駆けつけ(*→〔合図〕5)、異教徒の軍を撃破しようとした時、薄暮が迫った。シャルルマーニュは、「夜の来るのを遅らせ給え」と神に祈る。天使が現れ「駒を進めよ。日は暮れはせぬ」と告げ、太陽は中天に留まる。シャルルマーニュが異教徒の軍を討ち果たして、神に感謝すると、太陽はたちまち沈んだ。

★2.太陽が沈むのを遅らせようとする試み。

『金枝篇』(初版)第1章第2節  フィジー諸島の、ある小さな丘の頂に、葦の生えた区画がある。旅程の遅れを懸念する旅人たちは、ここを通る時、一握りの葦の先端を縛りつけて、太陽が沈むのを遅らせようとした。おそらく、太陽を葦に絡ませようというのであろう。 

*太陽が沈むまでになすべき仕事→〔土地〕1aの『人はどれほどの土地がいるか』(トルストイ)、→〔嫁いじめ〕2の嫁殺し田の伝説。

★3.西へ沈む太陽を招き返す。

『淮南子』「覧冥訓」第6  楚の魯陽公が韓と戦った時、激戦中に太陽が西へ傾きかけた。魯陽公は、戈(ほこ)を手にして太陽をさし招いた。すると太陽は、三星宿ほど東へ戻った〔*『太平記』巻10「長崎高重最期合戦の事」にこの故事を引く〕。

『源氏物語』「橋姫」  晩秋の宇治。中君が琵琶の撥を手まさぐりしていると、雲に隠れていた月が明るく出てきた。それを見て中君は、「撥で月を招くことができました」と言った。姉の大君は、「舞楽『陵王』では撥を上げて夕日を招き返しますが、月を招くとは変わった思いつきですね」と笑った。

『還城楽物語』(御伽草子)  天竺龍国の龍王が、敵の還城楽との合戦に破れそうになった時、虚空から呼びかける声に教えられて、入り日を三度招く。日はもとに戻り、諸天も加勢して、龍王は勝利をおさめた〔*『入鹿』(幸若舞)中の挿話では、亡骨をつないで作った龍王の身体は、日が沈むとバラバラになってしまうので、西日を巳の刻ごろまで引き戻した、と記す〕。

*金の扇で太陽を招き返す→〔扇〕4の音戸の瀬戸の伝説など。

 

※太陽神の息子パエトン→〔父と息子〕2の『変身物語』(オヴィディウス)巻2。

※太陽光線が人を殺す→〔死因〕3aの『火縄銃』(江戸川乱歩)。

※太陽光線で視力を回復する→〔盲目になる〕1の『ギリシア神話』(アポロドロス)第1巻第4章。

※太陽光線を避ける→〔弱点〕1の『吸血鬼ドラキュラ』(ストーカー)、→〔待つべき期間〕2aの『三国遺事』巻1「紀異」第1。

※太陽と烏(鴉)→〔烏(鴉)〕6の『山海経(せんがいきょう)』第14「大荒東経」。

※太陽は神ではない→〔神〕2の『コーラン』6「家畜」74〜78。  

※太陽の死→〔空間〕7の『狼疾記』(中島敦)。 

 

 

【太陽と月】

★1.太陽と月の近親婚。

太陽と月(北米、エスキモーの神話)  太陽は美しい女性で、月は彼女の兄弟だった。毎夜、太陽のもとへ、正体不明の一人の男が通って来た。ある朝、太陽は、謎の男が兄弟の月であることを知る。太陽は自分の乳房をナイフで切り取って月に投げつけ、「私の全身を美味しいと思うのなら、これを食べなさい」と言う。太陽は逃げ去り、月は後を追う。太陽も月も空へ上がり、そこにとどまった。

*太陽と月の交合→〔月食〕3のカニマン(金満)の世の始まりの伝説など。

★2.太陽が月を、泥の中へ落とした。

ウェレの神話(コッテル『世界神話辞典』アフリカ)  至高神ウェレが天を創造し、月と太陽を置いた。しかし、この光り輝く兄弟は互いに戦った。最初は月が太陽を、天空から叩き出した。次には太陽が月を泥の中へ投げ落とし、月の燦然たる輝きをなくしてしまった。ウェレは兄弟を分け、輝く太陽は昼に、青白い月は夜に属するように定めた(東アフリカ。ケニアのアバルイヤ人)。 

『月と不死』(ネフスキー)「月と不死」  太古、月(妻)の光は、日(夫)の光よりも、はるかに強く明るかった。日は月を羨望し憎んで地上へ突き落とし、月は泥濘の中に落ちて全身が汚れてしまった。そこへ、水桶を運ぶ農夫が通りかかり、月を泥から救い出して、水で洗ってやる。月は再び空へ昇って世界を照らそうとするが、かつての明るい輝きは失われていた(沖縄県宮古群島、多良間島)。 

★3.月は、もとは太陽だった。

太陽と月の誕生(アフリカ、コンゴ地方・ボミタバ族の神話)  大昔は太陽が二つあり、人々は暑さに苦しんだ。それを知った一方の太陽(A)が、もう一方の太陽(B)を水浴に誘い、川へ飛び込むふりをする。太陽(B)は真に受けて、本当に川へ飛び込んだので、水の中で炎が消えた。以来、空の太陽は一つだけ(A)になった。川から上がってきた太陽(B)は、すっかり冷えていた。それが現在の月である。

太陽を射る話(台湾、高山族=旧高砂族の神話)  昔、天には月がなく、太陽だけだった。太陽が昇ると眩しい光ばかり、沈むと真っ暗闇だった。太陽を矢で射て二つに割ろうと、三人の若者が、それぞれの赤ん坊を背負って村を出発する。太陽の出る山までは遠く、三人とも年老いて死に、赤ん坊が成長して旅を続ける。彼ら(息子たち)はついに太陽を二つに割ることに成功するが、一人は火傷して死に、二人が白髪の老人となって村へ帰った。彼らのおかげで、昼は太陽が、夜は月が出るようになったのだ。

雷公を捕らえる(中国・トン族の神話)  大洪水の後(*→〔洪水〕2)、十二の太陽が出て、地上を乾かした。太陽は昼も夜も照らし続け、あまりの暑さに、姜良(チャンリャン)が弓で太陽を次々に射落とす。妹の姜妹(チャンメイ)が「一つは残しましょう」と言うので、姜良は射るのをやめ、太陽を一つだけ残した。しかし実はもう一つ、小さな太陽が葉の下に隠れていた。それは月になった。 

★4.月と太陽が入れ替わる。

月と太陽の伝説  太陽は、本来は夜の月になるはずで、月は、本来は昼の太陽になるはずだった。夜、太陽と月が寝ていて、「どちらかの腹の上にシヤカナローの花が咲いたら、その者が昼の太陽になり、咲かなかった者は夜の月になろう」と約束した。花は月の腹の上に咲いたので、太陽はこっそり自分の腹に植え替えた。それで太陽は昼に、月は夜に出るようになった。太陽は悪いことをしたので、これをまともに見ることはできない。月はいくらでも見ることができる(鹿児島県大島郡喜界町)。

*姉姫の胸の上の霊華を、末姫が自分の胸に載せる→〔夢の売買〕2の『遠野物語』(柳田国男)2。

*昔は、兄の月が昼に、妹の太陽が夜に出ていた→〔光〕6bの太陽の光が目を刺すわけ(アルメニアの民話)。

★5.太陽も月も、イエス・キリストが作った。

天体で遊ぶイエス(ブルガリアの民話)  この世のはじめ、イエス・キリストはまだ幼く、神さまの服のはじっこを持って、ついて歩いていた。神さまが「一人で遊びなさい」と言ったので、イエスは大地の粘土をこねて、たくさんのボールを作り、空へ投げ上げる。神さまがボールに祝福を与えると、ボールは太陽や月や星になった。次にイエスは両手に土をつかんで投げ、それらは小さな小さな星になった。これが天の川だ。

★6.太陽も月も、恐ろしい存在。

『七羽のからす』(グリム)KHM25  七人の兄を捜して、末娘が世界の果てまで歩いて行く。お日さまのお膝もとへたどり着いたが、お日さまはとても熱く、しかも、小さな子供たちをむしゃむしゃ食べていた。娘はそこから逃げて、お月さまの所へ行く。お月さまはとても冷たく、娘に気づくと、「くさいぞ、人間の肉くさいぞ」と言った〔*娘は逃げて、お星さまたちの所へ行く〕→〔指を切る〕1

★7.太陽神と月神と海神の引越し。

『エシュ神の悪戯』(アフリカの昔話)  太陽の神オールン、月の神オシュ、海の神オロクンは、それぞれの住まいを持っていた。ある日、エシュ神が、太陽の神オールンを海の神の家に、海の神オロクンを月の神の家に、月の神オシュを太陽の神の家に、引越しさせる。その結果、太陽の神が夜に現れ、月の神が昼間に出歩き、海の神が陸へ上がるなど、混乱が起こった。ショポナ神がほうきでエシュ神を打ち、罰した(ナイジェリア、ヨルバ人)→〔傷あと〕9

★8.太陽神と月神の性別。

『影さす牢格子(ろごうし)(ヴァン・デル・ポスト)  「わたし」の旧友ジョン・ロレンスは、東京の大使館に勤務していた頃から、「日本人は生よりも死を愛する民族だ」と感じていた。多くの民族は、太陽を光輝ある男性神と考えたが、日本人にとっては、太陽は偉大な母(アマテラス)だった。一方、日本人以外の人類にとっては永遠の母である月を、日本人は男性と見なした。このような、他の民族とは逆の倒錯した思いが、彼らに死への愛を与えたのではあるまいか〔*映画『戦場のメリー・クリスマス』の原作小説〕。

 

※月と太陽が戦争をする→〔月旅行〕4の『ほらふき男爵の冒険』(ビュルガー)「海の冒険」第10話など。

 

 

【太陽と月の夢】

★1.太陽と月を、左右の袂に入れる夢。

『曾我物語』巻2「時政が女の事」  北条時政に三人の娘がいた。ある夜、次女である十九歳の娘が、「高い峰に登って月と日を左右の袂におさめ、橘の三つなった枝をかざす」との夢を見た。これはたいへんな吉夢であったが、次女はそれと悟らず、二十一歳の長女(政子)に夢の内容を語って、その意味を尋ねた→〔夢の売買〕1

『曾我物語』巻2「盛長が夢見の事」   源頼朝に仕える藤九郎盛長が、宿直(とのゐ)の夜に夢を見た。「頼朝が箱根に参詣し、左足で外の浜(青森県・津軽半島の浜辺)を踏み、右足で鬼界が島(鹿児島県・硫黄島)を踏む。左右の袂には月と日を宿し、小松三本を頭にいただいて南へ歩む」という夢だった。藤九郎盛長は「これは神仏のお知らせの吉夢」と考え、頼朝に報告した〔*延慶本『平家物語』巻4−38「兵衛佐伊豆山に籠る事」に類話〕。

*「左右の袂に月と日を入れる」というのは、→〔十字架〕3の『黄金伝説』143「聖フランキスクス(フランチェスコ)」の、「十字架の左右の腕が全世界を抱きかかえる」との夢を連想させる。

★2.太陽を胸に、月を足の下にする夢。

『かげろふ日記』下巻・天禄3年2月  私(藤原道綱母)のもとへ、石山寺の法師から「『貴女様が御袖に月と日とを受け、月を足下に踏み、日を胸に当て抱き給う』との夢を見ました。夢解きに御尋ね下さい」と言って寄こした。これは、「帝を思いのままにし、望みどおりの政治をする」という吉夢だった。

『ヨハネの黙示録』第12章  「わたし(ヨハネ)」は神に導かれて、世界の終末に起こる出来事を天に幻視する。一人の女が身に太陽をまとい、月を足の下にし、頭に十二の星の冠をかぶっている。女は、鉄の杖ですべての国民を治めるべき運命の男児を産む。七頭の龍が男児を食おうとねらうが、男児は神の玉座へ引き上げられ、女は荒れ野へ避難する。

★3.太陽と月が輝くが、自分はその光にあたらない、との夢。

『源氏物語』「若菜」上  明石の入道は、娘明石の君が生まれる少し前の二月某日、霊夢を見た。それは「自分が右手で須弥山(しゅみせん)を捧げ、山の左と右から、月と日の光がさし出ている。自分自身は山の下の蔭にいて、光にあたらない。山を海に浮かべ、自分は小舟を漕いで西へ行く」というものだった。入道はこの夢に期待をかけ、明石の君を養育した〔*明石の君は光源氏と結婚して姫君を産む。姫君は東宮妃となって皇子を産む。明石の入道の曾孫が、次代の帝になるのである〕。

★4.太陽と月の夢を見て、子を産む。

『捜神記』巻10−2(通巻252話)  孫堅の夫人呉氏は、月が懐に入った夢を見て策を産み、日が懐に入った夢を見て権を産んだ。

 

 

【太陽と月の別れ】

★1.太陽と月の離婚。

太陽と月の話(ペルーの神話)  最初の頃、太陽は夫、月は妻で、一緒に輝いて地上を照らしていた。そのうち月は、人間たちを眺めて怒り出した。「人間は智恵を与えられていながら、それを悪用して、悪いことばかりしている。一人残らず殺し、滅ぼしてしまおう」。太陽は月を叱りつけた。「お前のような情なしは、夜の世界へ追放だ。暗ければ人間の姿もよく見えないから、腹も立つまい」。こうして月は、夜の世界でだけ光るようになった。

月と太陽の離別(中国の民話)  太陽が父、月が母で、星々が彼らの子供だった。太陽は残忍な性格で、朝早く家を出た子や、夕方遅く帰って来た子を食べた。子供たちの流した血が、朝焼け・夕焼けである。月は悲しんで泣き、涙が朝露・夜露になった。月は子供たちを連れて、太陽と別れた。それ以来、月はいつも星々と一緒にいるが、太陽はひとりぼっちだ(浙江省)。

★2.太陽と月は姉弟であるが、昼と夜に別れて住むことにした。

『日本書紀』巻1・第5段一書第11  日神であるアマテラスは姉、月神であるツクヨミは弟だった。ある時、ツクヨミがウケモチノカミを殺した(*→〔口から出る〕3)。アマテラスはそのことで激しく怒り、「ツクヨミとは会いたくない」と言った。アマテラスはツクヨミと、一日一夜を隔てて住んだ。

★3.思わぬ事故のために、太陽と月が離れ離れになった。

『天びん棒でかついだ日と月』(沖縄の民話)  昔、天の神様は、日と月を天びん棒にぶら下げて出歩いていた。ある日、何かのはずみで、天びん棒が二つに折れ、その力で、日と月が別々の方向へ飛んで行ってしまった。神様は、別れ別れになった日と月のことを悲しんで泣く。その涙が流れて川になった。これが、北部の本部(もとぶ)町にある涙川だ。

 

 

【鷹】

★1.鷹を逃がしてしまう。

『俊頼髄脳』  天智天皇が野で鷹狩りをしていたところ、鷹が風に流れて姿を消した。天皇が野守りの翁に「鷹を探せ」と命ずると、翁は野中のたまり水を鏡として、鷹が彼方の岡の松の梢にいることを告げる→〔水鏡〕2

『半七捕物帳』(岡本綺堂)「鷹のゆくえ」  将軍家の鷹を預かる鷹匠が、郊外へ鷹馴らしに出かけ、品川の宿に泊まって鷹を逃がしてしまった。鷹は目黒方面へ飛び、それを捕らえた男が、地主に百五十両で売った。これが公けになれば、鷹を逃がした者、売った者、買った者、皆死罪になる。事件を詮議した半七は、すべてを無かったことにして、鷹を鷹匠の手に戻した。

『万葉集』巻17 4035〜4039歌  大伴家持が射水郡で得た秀逸な鷹を、養吏山田史君麻呂が誤って逃がしてしまう。家持が、網を張り神に祈るなどして鷹の帰還を願っていると、ある夜の夢に少女があらわれ、「まもなく鷹を獲えることができよう」と告げる。

『大和物語』第152段  奈良の帝が、磐手の郡より奉った鷹を愛し、「いはて」と名づけたが、これを預かった大納言が逃がしてしまった。大納言がこのことを奏すると、帝はしばしの沈黙の後、「言はで(いはて)思ふぞ言ふにまされる」とつぶやいた。

★2.男が鷹を追って、女と出会う。

『今昔物語集』巻22−7  高藤は鷹狩りに出て雨に遭い、一軒の家に雨宿りして、美しい娘を見る→〔雨宿り〕1。

『天守物語』(泉鏡花)  姫路城主である播磨守が、鷹狩りを催す。鷹が逃げたので、鷹匠の姫川図書之助が後を追って城の天守へ登る。天守の二重、三重まではともかく、最上層の五重までは、百年以来、生ある者の参ったためしはない。そこには、天守夫人富姫(*二代前の姫路城主に辱められそうになり自害した貴婦人の化身)が、侍女たちを従えて住んでいる。図書之助と富姫は天守で出会い、互いを恋する→〔デウス・エクス・マキナ〕2

『東海道四谷怪談』(鶴屋南北)「夢の場」  七夕祭りの宵、逃げた鷹を捜して、民谷伊右衛門は一軒の百姓家に到り、糸車の糸を引く美女と出会う。契りを交わして帰ろうとする伊右衛門を、美女が引き止め、「恨めしいぞえ伊右衛門殿」と言って、お岩の死霊の姿に変わる。伊右衛門は刀を抜き、死霊に斬りかかる〔*すべて伊右衛門の夢。この後に伊右衛門は、お岩の義弟佐藤与茂七に討たれる〕。

★3.鷹が来るのは、瑞祥である。

『竹の声桃の花』(川端康成)  七十代後半の宮川久雄は、いつの頃からか、「竹の声・桃の花が、自分の中にある」と思うようになった。一昨年の春、家の裏山の枯松に、鷹がとまったのを見た。鷹の出現は瑞祥・吉兆、との思いが胸にひろがった。鷹は宮川に何かを告げに来たようにも感じられた。鷹は二度とは来なかったが、宮川は「あの鷹は自分の中にある」と思うようになった。

*外界と見えるものも、「私」の中の景色→〔心〕12の『マグノリアの木』(宮沢賢治)。

*鳥が家へ飛んで来るのは、吉兆とされることもあり、凶兆とされることもある→〔鳥〕1の『古事談』巻6−2など。

★4.主人に忠義を尽くす鷹。

『阿部一族』(森鴎外)  寛永十八年(1641)三月、肥後の藩主細川忠利が五十六歳で病没し、岫雲院(しゅううんいん)において荼毘(だび)に付された。その最中、忠利の愛鷹(あいよう)「有明」と「明石」が輪をかいて飛んでいたが、皆が見るうちに二羽はさっと降下して、境内の井戸に入って死んだ。「お鷹も殉死したのか」と、人々は囁き合った。

『百合若大臣』(幸若舞)  百合若大臣は蒙古軍との戦いの後、玄界が島に一人取り残される。百合若の愛鷹緑丸が主人の居場所を察知して、豊後国の留守宅から玄界が島まで飛ぶ。百合若は落葉に歌を血書し、緑丸はそれを豊後へ運ぶ。百合若の妻は夫の生存を知って喜び、紙・筆・墨・硯などを緑丸の体に結びつけて、空に放つ。緑丸は重さに耐えられず海に落ち、死骸となって百合若のもとへ流れつく。

★5.人間が鷹に変わる。

『変身物語』(オヴィディウス)巻11  ダイダリオンは荒い気性の男で、激しい戦争を好んだ。しかし彼は、最愛の娘を失って悲嘆の余り、高い崖から身を投げた。その瞬間、アポロン神がダイダリオンを鷹に変え、彼は空中に浮かぶ。鷹となったダイダリオンは、何物にも情けを寄せず、あらゆる鳥たちに猛威をふるっている。 

★6a.鷹を飼育した人の晩年。

『古事談』巻4−13  源斉頼は若い頃から老年にいたるまで、鷹の飼育を業としていた。彼は七十歳をすぎて、目に雉(鷹狩りの獲物)の嘴(くちばし)が生え出て、両眼を失明した(*→〔手ざわり〕1)。最後には、全身に鳥の毛が生えて死んだ。

★6b.鷹狩りをした人の末路。

『沙石集』巻9−13  下野国に、一生を鷹狩りに費やした男がいた。男は病気になり、「雉が私の股(もも)を食う」と訴える。看病する人が見ても、雉などどこにもいない。しかし男があまりに痛がるので、股を調べると、肉が刀で切り取られたようになっていた。

★6c.鷹狩りをした人の子供。

『今昔物語集』巻9−26  震旦の李寛は鷹狩りを好み、数十羽の鷹を飼っていた。妻が懐妊して男児を産んだが、男児の口は鷹の口ばしそっくりだった。李寛は「片輪者だ」と言って、取り上げずに棄ててしまった。これは、長年の殺生の報いである。

★7a.人が鷹を食べる。

『デカメロン』第5日第9話  青年フェデリゴは、愛する貴婦人モンナの訪問をうけ、自慢の鷹を料理してもてなす。食後モンナは、「病気の息子の願いで、貴方の鷹をいただきに参りました」と、用向きを打ち明ける。驚いたフェデリゴは「今お食べになったのが、その鷹です」と言って泣く。モンナは落胆して帰宅する。

★7b.鷹が人を襲う。

『禿鷹』(カフカ)  禿鷹が、繰り返し「私」の足を抉(えぐ)りに来る。通りかかりの紳士が「鉄砲を取って来て、禿鷹を撃ってあげましょう」と言い、「私」は「お願いします」と言う。禿鷹は、紳士と「私」の話がわかったらしく、さっと舞い上がり、「私」の喉にくちばしを突き立てた。「私」は仰向けに倒れ、喉から血が噴き出す。あたりにあふれた血の中に、禿鷹は溺れていく。「私」はほっと安堵する。 

★8.鷹が、雀や鳩を追う。

『ギリシア哲学者列伝』(ラエルティオス)第4巻第2章「クセノクラテス」  クセノクラテスはプラトンの弟子だった。ある時、一羽の小雀が鷹に追われて、クセノクラテスの懐へ飛び込んで来た。彼は「保護を求めるものを、引き渡してはならないからね」と言い、その小雀をやさしくなでて、放してやった。 

『三宝絵詞』上−1  帝釈天と毘首羯磨天がそれぞれ鷹と鳩に化して、尸毘(しび)王の慈悲心を試す。鳩は鷹に追われて、尸毘王の懐へ逃げ入る。尸毘王は鳩を救うために、自分の全身の肉を切り取って、鷹に与える(*→〔二者択一〕7)。その時、帝釈天は天の薬を注ぎ、尸毘王の身体はもとどおりに回復した〔*原拠は『大智度論』〕。

 

※欲深い鷹→〔二者択一〕6bの『慾のくまだか』(日本の昔話)。

 

 

【宝】

 *関連項目→〔二つの宝〕〔三つの宝〕〔にせの宝〕

★1.家宝などを割る。

『沙石集』(日本古典文学大系本)巻8−11  稚児が「和尚様御秘蔵の水瓶を誤って割ったので、死んでお詫びしようと毒を食べたが死ねなかった」と言う。毒というのは実は飴で、稚児はまず飴をなめて、言い訳のためにその後にわざと水瓶を割ったのだった。

『番町皿屋敷』(講談)第10〜12席  江戸番町の旗本青山主膳は、女中お菊を口説いて拒絶されたため、彼女を憎むようになった。正月二日、肴をくわえて逃げる猫を追おうとして、お菊は主膳秘蔵の皿十枚のうち一枚を取り落とし、割ってしまう。主膳は罰として、お菊の十指のうち右中指一本を切り捨てる。その後お菊は一室に押し込められ、正月十五日を過ぎたら嬲(なぶ)り殺し、と決まる〔*『番町皿屋敷』(岡本綺堂)では、お菊が相愛の主人青山播磨の心を試すため、わざと皿を一枚割る〕。

*家宝の硯を割る→〔子殺し〕1の『撰集抄』巻6−10、→〔追放〕1aの『今昔物語集』巻19−9。

★2.家宝を盗んだとの濡れ衣。

『あいごの若』(説経)  二条蔵人清平の後妻雲居の前が、継子愛護の若に恋着する。愛護の若は「父清平に訴える」と言って、拒絶する。雲居の前の侍女月小夜が、家宝の太刀・唐鞍を盗み、その夫がこれを町中で売って、罪を愛護の若に着せる。清平は怒って愛護の若を縄で縛り、桜の古木に吊り下げる。

『うつほ物語』「忠こそ」  一条北の方が、愛人橘千蔭の息子、すなわち継子にあたる忠こそに恋着するが、拒絶される。怒った北の方は、橘千蔭の持つ先祖伝来の石帯を盗み、博徒にそれを売らせて罪を忠こそに着せる。しかし橘千蔭は息子忠こそを咎めず、北の方のたくらみは不発に終わる〔*後、北の方のさらなる讒言(ざんげん)によって橘千蔭は忠こそを疑い、忠こそは悲嘆して家を出、剃髪する〕。

★3.宝くらべ。

『あいごの若』(説経)初段  嵯峨天皇が紫宸殿で宝くらべを催し、二条蔵人清平の「やいばの太刀」と「唐鞍」が、もっとも優れた宝と認められる。清平は勢いに乗じて六条判官行重を侮辱するが、後日、行重の奏聞によって子くらべが催され、子のない清平は無念の涙をのむ〔*清平夫婦は長谷寺の観音に子を請い、一子愛護の若を授かる〕→〔申し子〕3a

★4.宝を守る龍や蛇。

『ニーベルングの指環』(ワーグナー)「ジークフリート」  巨人ファゾルトとファフナーの兄弟が、指環(世界を支配する魔力を持つ)と財宝の所有を巡って、争う。ファフナーはファゾルトを殺し、指環と財宝を独り占めする。ファフナーは大蛇に変身して森の奥の洞窟に住み、指環と財宝を守る。しかし恐れを知らぬ英雄ジークフリートが来て、自ら鍛えた名剣ノートゥングで、大蛇を刺し殺す。

『ベーオウルフ』  人里離れた地の古塚に、多くの宝が納められ、龍が三百年に渡ってその宝を守っていた。英雄ベーオウルフがイェーアト族(スウェーデン南部を支配)の王となって五十年に及んだ時、ある男が塚に入りこんで黄金の杯を盗んだ。龍は怒り、火を吐いてイェーアトの国土を焼き払った→〔龍退治〕3

*聖なる森の樫の木に懸かる金羊皮を、大蛇(あるいは龍)が守っている→〔眠る怪物〕2の『アルゴナウティカ』(アポロニオス)第4歌。

*金銭を守る蛇→〔僧〕3aの『今昔物語集』巻14−1、→〔僧〕3bの『夜窓鬼談』(石川鴻斎)上巻「蛇妖」。

★5.宝石のように美しい蛇。

『蛇』(川端康成)  四十四歳の稲子は、知らない家を訪れる夢を見た。座敷に、黒・赤・縞模様など、それぞれ色の違う五匹のきれいな蛇がいた。旧知の女性が、いろんな宝石でできた髪飾りをはずして、「買って頂戴よ」と言う。それは小さい蛇だった。庭にも蛇が二十匹くらいいた。稲子は夢を判じようとはしなかったが、心に残った。

*蛇の夢を見る女→〔腹〕6の『かげろふ日記』中巻・天禄2年4月。 

★6.傷ついた動物が、治療してくれた人間に宝をもたらす。

『ブラック・ジャック』(手塚治虫)「シャチの詩」  漁場を荒らすシャチが傷ついて海辺にいたので、ブラック・ジャックが手当てをする。二〜三日後、シャチは真珠一粒をくわえて来る。以後シャチは何度も怪我をし、ブラック・ジャックの治療を受けては、返礼に真珠や珊瑚や金貨をもたらす。漁民たちがシャチ狩りをして、瀕死の重傷を負わせる。シャチは毎日真珠をくわえて来て、ブラック・ジャックに治療を請う。しかし、もはや手の施しようがなく、幾粒もの真珠に囲まれて、シャチは死ぬ。

*傷ついた動物が、治療してくれた人間に珠をもたらす→〔玉(珠)〕4の『十訓抄』第1−4など。

*象が、ささった杭を抜いてもらった返礼に、宝のある場所を教える→〔象〕3の『今昔物語集』巻5−27。

*犬が宝のありかを教える→〔隣の爺〕1の『花咲か爺』(日本の昔話)。

*雀が宝を与える→〔二者択一〕1の『舌切り雀』(日本の昔話)。

★7.身体から出る宝。

ハイヌウェレの神話  アメタが椰子の木から見出して育てた娘ハイヌウェレは、高価な陶器や鐘などの宝物を大便として出したので、アメタはたちまち富裕になった(インドネシア・ウェマーレ族の神話)→〔寸断〕5a

『ペンタメローネ』(バジーレ)第1日第1話  アントゥォーノが鬼からもらったロバは、「くそったれ」と叫ぶと、真珠、ルビー、エメラルド、サファイァ、ダイヤモンドなどを排泄した。

*口から、良いもの悪いもの、いろいろなものが出てくる→〔口から出る〕1の『仙女たち』(ペロー)。

*黄金や金貨を産む、排泄する→〔金(きん)〕〔金貨〕に記事。

★8a.水に沈む宝。

『四つの署名』(ドイル)  四人の悪人が殺人を犯して、インドの王族(ラジャ)の財宝を得る。財宝は別人に横取りされたが、四人のうちの一人ジョナサン・スモールがそれを取り戻して、テームズ河を船で逃げる。しかしホームズらに追われたため、ジョナサン・スモールは財宝をすべてテームズ河に捨てる。箱ごと河に放りこんだのでは簡単に見つけられるので、彼は多くの宝石をバラバラに捨てた。

*→〔海に沈む宝〕に記事。

*大切な鏡を海に投ずる→〔鏡〕5の『土佐日記』2月5日の条。

★8b.水に沈めた大金が浮かび上がる。

『地下室のメロディー』(ヴェルヌイユ)  老ギャングのシャルル(演ずるのはジャン・ギャバン)と不良青年フランシス(アラン・ドロン)が、カジノから十億フランを強奪した。翌日フランシスはホテルのプールサイドにすわり、シャルルに渡すための札束入りのバッグ二つを、足元に置く。カジノの男が警察に「犯人のバッグを覚えている。見ればわかる」と話す声が聞こえるので、フランシスはあわててバッグをプールに沈める。プールの底でバッグが開き、札束が次々と水面に浮かび上がる〔*『地下室のメロディー』と同じくアラン・ドロンが主演した→〔にせもの〕1の『太陽がいっぱい』では、プールではなく海から、札束ではなく死体が、引き上げられる〕。

 

※夢が宝のありかを知らせる→〔眠りと魂〕1の『ドイツ伝説集』(グリム)433「眠る王」、→〔橋の上の出会い〕3の『味噌買橋』(日本の昔話)。

※鳥が呑み込んだ玉や宝石→〔鳥〕3の『青いガーネット』(ドイル)など。 

 

 

【宝が人手を巡る】

 *関連項目→〔金が人手を巡る〕

★1.宝が人の手から手へ巡る。

『青砥稿花紅彩画(あおとぞうしはなのにしきえ)(河竹黙阿弥)  信田家より小山家へ縁組のしるしとして贈られた胡蝶の香合を、悪人どもが奪う相談をしているので、小山家の千寿姫が身につけてこれを守る。しかし千寿姫は、信田の小太郎に扮した弁天小僧にだまされ、胡蝶の香合を弁天に預ける。暗闇の中、弁天小僧・忠信利平・南郷力丸・赤星十三郎らが出会い、絡み合ううちに、香合は赤星十三郎の手に入る。赤星はこれを道具屋に売り、道具屋の手を転々としたあと、道具屋市郎兵衛から与九郎がこれを奪うが、南郷と取り合いになる。落ちた香合を悪次郎が持ち逃げし、弁天が悪次郎を殺して香合を取り戻すものの、捕手らに囲まれて立ち回りのうち、香合が落ち、捕手はそれを滑川に投げ入れる。青砥藤綱の命を受けた人夫が川から拾い上げ、浜松屋の宗之助が香合を持つ。宗之助の育ての親幸兵衛は、もと小山の家臣であり、胡蝶の香合は小山家へもどることになった。

『月長石』(コリンズ)  十一世紀。ヴィシュヌ神が三人のバラモンの夢枕に立ち、「月神像の額のダイヤモンド月長石を、人類の世代の続く限り守れ」と命じた。三人のバラモン及びその後継者たちは、世代から世代へと月長石を守り続ける〔*一時、月長石は蒙古兵に奪われたり、回教徒の手に渡ったりした〕。一七九九年、イギリス人ハーンカスル大佐が、バラモンたちを殺して月長石を手に入れる。大佐は姪レイチェルに月長石を贈り、それを恋人フランクリンが盗み出して、従弟ゴドフリーに渡す(*→〔夢遊病〕2)。ゴドフリーは三人のバラモンに殺され、月長石は月神像の額にもどった。

『三人吉三廓初買(さんにんきちさくるわのはつがい)(河竹黙阿弥)  源頼朝から安森家に預けられた短刀庚申丸を、伝吉が盗み出す。犬に吠えられて、伝吉は庚申丸を川へ落とす。人足が庚申丸を拾い上げて研屋与九兵衛に売り、与九兵衛はこれを木屋文里に売る。海老名軍蔵が金貸し太郎兵衛から百両を借りて、文里から庚申丸を買い取る。しかし軍蔵は殺され、太郎兵衛が百両の代償に庚申丸を取る。お嬢吉三が太郎兵衛から庚申丸を奪って所持する。やがて庚申丸にまつわる因縁を知った三人吉三は、庚申丸を八百屋久兵衛の手に託す。庚申丸は、安森家の若党弥次兵衛に届けられ、ふたたびもとの安森家にもどる。

『ニーベルングの指環』(ワーグナー)  ラインの河底の黄金を三人の乙女が守っており、その黄金から指環を作ると、世界を支配する力が得られる。小人アルベリヒが黄金を奪って指環を作る。主神ヴォータンが指環を取り上げるが、すぐ巨人ファフナーに指環を与えざるをえなくなる。ファフナーは後に大蛇に変身し、ジークフリートに退治されて、ジークフリートが指環を得る。彼はブリュンヒルデに愛を誓い、指環を彼女の指にはめる。しかしジークフリートは薬を飲まされてブリュンヒルデを忘れ、彼女から指環を奪い返す。ハーゲンがジークフリートを殺して指環を抜き取ろうとするが果たさず、ブリュンヒルデが指環を自分の指にはめてラインの河底に沈み、結局指環は三人の乙女の手にもどる。

★2.宝が夫・妻・および第三者の間を巡る。

『史記』「孟嘗君列伝」第15  秦に赴いて捕らわれた孟嘗君が、秦の昭王の寵姫に助けを請い、寵姫は、天下一品の狐白裘を代償に要求する。狐白裘はすでに昭王に献上済みなので、孟嘗君の家来が宝物殿から狐白裘を盗み出して、寵姫に贈る。寵姫は昭王に進言し、おかげで孟嘗君は釈放される。

 

 

【宝を失う】

★1.宝の持ち主が、それを失うことを恐れる。 

玉屋の椿の伝説  長者の玉屋徳兵衛は、四十八の蔵に納めた金銀が泥棒に盗まれるのではないかと恐れ、裏の竹薮にある椿の木の下に、金銀をすべて埋めた。すると徳兵衛の目には、椿の枝が白銀(しろがね)、葉が黄金(こがね)に見えた。徳兵衛は「椿が金銀の精を吸い取った」と思い、病臥する。臨終の時、「椿の下に金銀を埋めた」と妻に打ち明けたが、掘ってみると何もなかった(新潟県)。

★2.宝の持ち主が、宝を失うのではないかと心配し続け、失ってかえって安堵する。

『水屋の富』(落語)  水屋が、富札で当てた千両を床下に隠す。「泥棒に盗まれはしないか」と水屋は心配して、朝晩かかさず点検する。近所の遊び人がこれを見て、水屋の留守に千両を盗む。金がなくなったのを知った水屋は「これで苦労がなくなった」と安堵する。

★3.宝の持ち主が、宝を失うのではないかと心配し続け、失って嘆き悲しむ。

『イソップ寓話集』(岩波文庫版)225「守銭奴」  守銭奴が金塊を城壁の前に埋め、しょっちゅう出かけて行って点検する。近所の職人がこれに気づき、金塊を盗む。金塊がなくなったのを知った守銭奴は、嘆き悲しむ。ある人が慰めて言うには、「同じ場所に石を埋め、それを金塊だと思えばよい。金塊があった時でも、それを使わなかったのだから」。 

★4.宝のごとく大切な若妻を失うのではないかと心配し続け、失ってかえって安堵する。

『新月』(木々高太郎)  五十代の細田圭之助氏は、二十代の若妻斐子(あやこ)を熱愛するが、斐子には若い恋人がいた。ある夜、斐子は箱根の湖で泳いでいて、細田氏の目の前で溺れる。細田氏の心の奥底には、「ここで斐子が死ねば、斐子を若い男に奪われるのではないかという心配はなくなる」との思いがあり、救いを求める斐子を、無意識のうちに見殺しにする。

*→〔二人夫(殺人で終る)〕2の『白痴』(ドストエフスキー)で、ロゴージンがナスターシャを得た直後に刺殺したのも、同様の心理であろうか。

*夫の愛を失うことを恐れ、幸福なうちに自殺してしまう→〔理髪師〕6の『髪結いの亭主』(ルコント)。

★5.宝石のごとき女性を失う。

『黒蜥蜴』(三島由紀夫)  女賊黒蜥蜴は、宝石商岩瀬氏の娘早苗を誘拐し、百十三カラットのダイヤ「エヂプトの星」を奪う。しかし名探偵明智小五郎に捕らえられ、黒蜥蜴は毒を仰ぐ。黒蜥蜴は明智への恋心を告白し、「でも、あなたの心は冷たい石ころ」と言って死んで行く。明智は岩瀬氏に「これからも贋物の宝石を売買して繁栄なさい」と言う。岩瀬氏「贋物だと?」。明智「本物の宝石は、もう死んでしまったからです」。

 

 

【宝を知らず】

★1.宝の持ち主がその存在・その価値を知らない。

『今昔物語集』巻26−13  上緒の主が夕立を避けて、一軒の小家に入る。腰かけた平石を見ると、銀であった。小家の嫗はこれを知らないので、上緒の主は着ていた衣と引き換えに、巨大な銀塊を手に入れた〔*『宇治拾遺物語』巻13−1では、銀ではなくて金〕。

『炭焼き長者』(日本の昔話)「初婚型」  貧しい炭焼き五郎の所へ来た嫁が、「米を買って来てほしい」と頼んで、五郎に小判を渡す。五郎は小判の価値を知らないので、池の鴨を取ろうと小判を投げる。小判は鴨に当たらず、池に沈む。嫁が「大事なお金を捨ててはいけない」と言うと、五郎は「こんなものは炭窯のわきにいくらでもある」と言う(鹿児島県薩摩郡下甑村手打)→〔長者〕1

『日本永代蔵』巻4−2「心を畳込む古筆屏風」  財を失った貿易商の金屋が、一生の遊びおさめに、長崎・丸山の花鳥太夫を揚げる。部屋に、定家などの古筆を貼った枕屏風があったが、花鳥はその値打ちを知らない。金屋は花鳥から枕屏風を譲り受け、大名家に献上して多額の金を得た〔*再び大商人となった彼は、花鳥を請け出して、恋人と結婚させてやる〕。

*思いがけず高値で売れる物→〔売買〕1の『ウィッティントンと猫』(イギリスの昔話)など、→〔売買〕2の『清兵衛と瓢箪』(志賀直哉)など、→〔売買〕3の『はてなの茶碗』(落語)。  

★2.賊が、人の宝を奪い取るが、その価値を知らず捨ててしまう。

『黄金』(ヒューストン)  三人の男が、金鉱を探してメキシコの山奥へ入る。彼らは多量の砂金を手にするが、仲間割れが起こり、砂金を独り占めした男は山賊に殺される。しかし山賊は、袋に詰まった砂金の値打ちを知らず、その場に捨てる。砂金は塵と化し、強風に吹かれて再び山に還る〔*→〔二者同想〕4の『カンタベリー物語』「赦罪状売りの話」あたりが、発想源かもしれない〕。

★3.宝の持ち主がその価値を知らないように見えたが、実は知っていた。 

『猫の茶碗』(落語)  茶店の親父が、時価三百円もする絵高麗の梅鉢茶碗で、飼い猫に餌をやる。骨董商の男が、「親父は茶碗の値打ちを知らぬのだ」と思い、茶碗をだまし取ろうとたくらむ。男はまず猫を三円で買い、「猫の餌用にその茶碗をくれ」と言う。すると親父は「三百円もする茶碗だから、だめだ」と断る。男が「なぜそんな高いものを猫の茶碗にするのだ」と問うと、親父は「こうすると、時々猫が三円で売れます」。

★4.ある人にとっては貴重な宝も、別の人の手に渡れば、無価値なものとして扱われる。

『勲章』(渋谷実)  戦後十年近くたった頃、元陸軍中将岡部(演ずるのは小沢栄太郎)は、再軍備促進団体の会長に祭り上げられ、はりきって活動を始める。息子の憲治はこれに反発し、父が戦前・戦中に得た数多くの勲章を家から持出して、愛人に与える。愛人は勲章を、飼い犬の首にぶら下げ、カーテンの飾りにし、洗濯ばさみで吊り下げる〔*再軍備運動は頓挫して、岡部は財産を失う。岡部は憲治を射殺し、その後に自殺する〕。

 

 

【宝くじ】

 *関連項目→〔くじ〕

★1.宝くじが当たる。

『ル・ミリオン』(クレール)  貧乏画家ミシェルが友人と一緒に買った宝くじが、百万フランに当たる。その宝くじを、ミシェルは古い上着のポケットに入れておいた。そうとは知らず、恋人ベアトリスが、上着を泥棒の親分に与える。親分は、上着をオペラ座の歌手に売る。ミシェルたちはオペラ座へ駆けつけ、大騒動の後、上着を取り戻す。しかし上着の中に宝くじはなかった。ミシェルは落胆する。わけを聞いた親分は、自分のポケットから宝くじを取り出す。宝くじは、親分がずっと持っていたのだ。

*五人の仲間が買った宝くじが、十万フランに当たる→〔五人兄弟〕2の『我等の仲間』(デュヴィヴィエ)。

★2.宝くじが当たって、性格が変わった女。

『グリード』(シュトロハイム)  トリナが結婚直前に一ドルで買った宝くじが、五千ドルに当たった。彼女は「大金を得たことによって、浪費癖がついてはいけない」と考え、逆に極端な吝嗇になる。トリナは五千ドル分の金貨を一枚も使わず、夫の目からも隠し、一人で金貨を並べ、磨いて楽しむ。その一方で夫の小遣いを減らし、実家の母からの五十ドルの借金申し込みを断る。夫が失職しても、彼女は五千ドルを出さない。夫は怒り、トリナを撲殺して五千ドルを奪う〔*夫は追われて砂漠地帯に逃げ込み、金を持ったまま死ぬ〕。

★3.当たりくじを見せびらかす。

くじ引き券(ブルンヴァン『メキシコから来たペット』)  宝くじで数千ドルの大金を当てた男がいた。彼は、当たりくじ券を皆に見せびらかしたくて、酒場の客たちに回す。一巡して彼の手に戻って来た券は、当たりくじ券ではなかった。 

★4.富札(とみふだ)。

『東海道中膝栗毛』(十返舎一九)8編上〜下「大坂」  大坂(=大阪)まで来た弥次郎兵衛と喜多八は、道で拾った富札が百両当たったというので、新町で豪遊する。ところが当たり札は子の八十八番、拾ったのは亥の八十八番で組違いだった。

『富久』(落語)  男が「松の百十六番」の富札を買って神棚にしまう。ところが火事で男の家が焼け、「松の百十六番」は千両当たったのだが、「札がなくてはだめだ」と言われる。しかし近所の人が火事の折、神棚を持ち出してくれたので、富札は無事だった。

『宿屋の富』(落語)  宿屋の客が大金持ちのふりをし、主人におだてられて、なけなしの金で富札を買う。その富札で千両が当たったので、客は動転して、宿へ戻ると寝こんでしまう。主人が客の蒲団をはぐと、客は下駄(あるいは草履)を履いたまま寝ていた。

*富札で当てた千両を、「泥棒に盗まれはしないか」と心配する→〔宝を失う〕2の『水屋の富』(落語)。

*富札で千両当たり、「御慶、御慶」と年始まわりをする→〔梯子〕5の『御慶(ぎょけい)』(落語)。

★5.福(さいわい)を得る富札(とみふだ)。

『和漢三才図会』巻第74・大日本国「摂津」  箕面山瀧安寺(箕面寺)の開基は役小角(えんのおづぬ)である。毎年正月七日、弁才天堂で、数万の小木札に各々姓名を書いて櫃に納め、修法読経した後、櫃の孔から錐(きり)を突き入れる。錐に当たって取り出された小木札の主(ぬし)は、必ず福を得る。第二、第三の者も同様である。これを富札という。

 

 

【宝さがし】

★1.海賊や貴族が隠した宝をさがす。

『黄金虫』(ポオ)  ルグランはサリヴァン島の浜辺で、胡桃の実ほどの大きさの、黄金色の甲虫に咬まれた。彼は甲虫をつかまえるために、木の葉でもないかと捜して、砂に埋もれた羊皮紙を見つける。羊皮紙に書かれた暗号を解き、死んだ甲虫を用いて、ルグランは海賊キッドの財宝を発見する。

『宝島』(スティーブンソン)  海賊フリントが財宝を埋めた、そのありかを記す地図を手に、「わたし(少年ジム・ホーキンズ)」はスモレット船長やリヴジー医師たちとともに、宝島へ向かう。一本足のジョン・シルバーが船員たちと反乱を起こし、恐ろしい戦いの末に、「わたし」たちは莫大な財宝を見つける。反乱に失敗したジョン・シルバーは、金袋一つだけを盗んで姿をくらます。

『トム・ソーヤーの冒険』(トウェイン)第33章  トムとハックは、インディアン・ジョーが隠した宝を探して洞窟の迷路に入り、岩壁に油煙で描かれた十字架の下から、一万二千ドルの金貨を発見する。

『モンテ・クリスト伯』(デュマ)  無実の罪でシャトー・ディフ(悪魔島)の牢獄に送られたエドモン・ダンテスは、そこで出会ったファリア神父から、モンテ・クリスト島に旧貴族の隠した莫大な財宝があることを教えられる。神父の死後、ダンテスは脱獄して財宝を手に入れ、モンテ・クリスト伯と名乗って、自分を陥れた悪人たちに復讐する。

★2.金鉱をさがす。

『黄金狂時代』(チャップリン)  大勢の男たちが、金鉱を探しに雪のアラスカを目指す。山高帽にフロックコートを着、ステッキを持った浮浪者チャーリーも、一攫千金をねらうが、猛吹雪にあって山小屋へ避難する。彼はそこで凶悪犯と鉢合わせしたり、飢えて靴を食べたりの苦労をする。嵐で山小屋が断崖まで吹き飛ばされ、チャーリーと仲間のジムは、山小屋が崖下へ落ちる寸前に脱出する。二人は崖の近くに金鉱を発見して、大金持ちになる。

『荒野の呼び声』(ロンドン)  一八九七年、アラスカ地方で金鉱が発見され、世界中の人々が、凍った北国へ殺到した。橇(そり)を引く強い犬たちがたくさん必要になり、高値で取り引きされる。大型犬バックは、カリフォルニアのミラー判事の屋敷に飼われていた。屋敷の使用人がバックを盗み出し、アラスカへ売り飛ばす。バックは、はじめて見る雪に驚きつつも、まもなく優秀な橇犬になる。

『月世界の女』(ラング)  マンフェルト博士は「月には莫大な金鉱がある」との学説を発表し、嘲笑された。博士は、男三人、女一人、少年一人とともに宇宙船で月へ行き、金鉱を発見する。博士は自説の正しさが証明されたので狂喜するが、深い穴に落ちて死んでしまう。男三人のうち一人が金(きん)を独り占めしようとして、他の二人と争い、殺される。結局、男二人と女と少年が生き残り、地球へ帰ることになる→〔人数〕2。 

*金鉱さがしの三人が、仲間割れする→〔宝を知らず〕2の『黄金』(ヒューストン)。

★3.失った・あるいは奪われた宝を、取り戻す・さがす。

『江談抄』第3−52  一条院の時に、名笛小蚶絵(こきさきゑ)がなくなった。祈請したところ、三十五日ほどたって、御湯殿の下にあるのが見つかった。残念なことに朽ちていたので、笛を少々切った。その後もなお、笛の音は美しかった。

『江談抄』第3−58  玄上の琵琶は、昔なくなったまま所在不明だった。朝廷で二七日(十四日間)の修法をしたところ、朱雀門の楼上から、鬼が琵琶の頸に縄をつけて降ろした〔*『今昔物語集』巻24−24の類話では、村上帝の代に玄象の琵琶が失せたが、ある夜、源博雅が玄象を弾く音をたどって清涼殿から羅城門まで到り、楼上の鬼に玄象を返してもらった、と記す〕。

『古事記』上巻  ホヲリ(山幸彦)は、兄ホデリ(海幸彦)に借りた鉤(つりばり)を海に失う。兄に責められたホヲリは海神の宮に到り、海神の娘トヨタマビメと結婚して三年過ごした後に、鉤をなくしたことを打ち明ける。海神は大小の魚を呼び集めて問い、鯛の喉から鉤を見つけ出して、ホヲリに渡す〔*『日本書紀』巻2神代下・第10段に類話〕。

『指輪物語(ロード・オブ・ザ・リング)(トールキン)第1部「旅の仲間」2  遠い昔、冥王サウロンは、強大な魔力を有する指輪を造った。しかしエルフや人間たちとの戦争でサウロンは敗れ、指輪は川底に沈んだ。やがてサウロンは力を回復し、世界を支配するために、失われた指輪の探索を始める。その時、指輪はホビット族のフロドの手中にあった→〔旅〕7b

*海底の宝を引き上げる→〔海に沈む宝〕2の『海士(あま)』(能)など。 

★4.身体さがし。失った器官を取り戻す。

『どろろ』(手塚治虫)  百鬼丸は、目・耳・口・手・足など身体の四十八の部分が失われた状態で生まれた。彼は義眼・義手・義足をつけ、四十八匹の魔物と戦う。魔物を一匹倒すたびに、百鬼丸の器官が一つずつ身体にもどる。彼は、男装の女児「どろろ」とともに諸国を旅し、魔物たちとの戦いを続ける〔*二十匹あまりの魔物を倒したところで、百鬼丸は「また会おう」と言って「どろろ」と別れ、物語は終わる〕。 

 

 

【竹】

★1a.竹林に生えた竹の中から、小さな女児が現れる。

『竹取物語』  竹取の翁は野山に入って竹を取り、さまざまなことに使った。ある時、根もとの光る竹が一すじあったので、近寄って見ると、筒の中が光り、三寸ほどの女児がいた〔*『神道集』巻8−47「冨士浅間大菩薩の事」では、管竹の翁・加竹の嫗の家の後庭の竹林から、五〜六歳の幼女が現れた、とする。『海道記』では、鶯の卵から生まれる〕。

*『竹取物語』では、「竹を切った」と明記されているわけではない。『桃太郎』でも、包丁で切ったのではなく、桃が自然に割れた、という伝承がある→〔桃〕3bの『燕石雑志』(曲亭馬琴)巻之4・(5)桃太郎。

『東海道名所記』巻2「吉原より神原へ三里」  大綱の里に翁と婆(うば)の夫婦があり、翁は鷹を愛し、婆は犬を養った。翁は竹の節(よ)の中に一寸六分の女児を見つけ、家で育てる。身から光を放つので、かぐや姫と名づけた〔*延暦年中、桓武天皇が姫を召す。姫は「我、久しくここに住むべき身にあらず」と翁・婆に告げ、山の岩穴へ入った。翁も山の頂に登った。延暦二十四年(805)、姫は「我は、あさまの大明神なり。翁は愛鷹(あしたか)の明神、婆は犬飼の明神なり」と託宣した〕。

★1b.竹林に生えた竹の中から、小さな男児が現れる。

『竹の子童子』(日本の昔話)  桶屋の小僧三吉が、樋に使う竹を伐(き)りに、裏の竹山へ行く。竹の中から「出しておくれ」と声がするので、鋸で伐ると、五寸くらいの小さな子供が出て来た。子供は、「おれは竹の子童子。年は一千二百三十四歳」と名乗り、「悪い筍につかまり、竹の中に入れられて、天へ帰れなかった」と言う。竹の子童子は、天へ帰れるようになったお礼に、三吉に、願いが叶うまじないを教える。三吉はまじないを唱えて、かねて念願の侍になった(熊本県球磨郡)。

*川を流れる竹の中から、小さな子が現れる→〔洗濯〕1aの『異苑』巻5−4。

★2a.野に棄てた一本の竹から、竹林が生じる。 

『異苑』巻5−4  竹王が生まれ出て来た竹(*→〔洗濯〕1a)は、野原に棄てられた。その竹から、たちまち竹林が生じた。その竹林は今もある。

*枯竹が根づき、竹林になる→〔あり得ぬこと〕1aの親鸞の伝説。

★2b.地に投げた櫛から、竹林が生じる。

『日本書紀』巻2・第10段一書第1  塩土老翁(しほつつのをぢ)が嚢(ふくろ)から玄櫛(くろくし)を出して地面に投げると、たくさんの竹林になった。老翁はその竹を取って目の粗い籠を造り、ヒコホホデミ(山幸彦)を籠に入れて、海へはいらせた。

★3.竹の葉が病を治す。 

才蔵竹の伝説  福島正則臣下の豪傑・可児才蔵は(*→〔首〕3)、晩年、仏門に入り、庶民の悩みを救おうとこころざして、「私の墓から三日以内に竹が生えるから、その葉に祈願すれば、首から上の病を治すべし」と遺言した。彼の言葉どおりに竹が生え、竹の葉によって、脳を病む者が不思議に治るので、「才蔵竹」として知られた。今は受験生などまでが、この竹を守護神視し、才蔵地蔵も建てられた(広島県広島市周辺)。

★4.地から生えた竹が人を殺す。 

『懐硯』(井原西鶴)巻4−2「憂目を見する竹の世の中」  石見の国の男が、五月半ば、商売に出かけ一晩留守にした間に、老母が寝間で朱にそまって死んでいた。男は「隣人が金目当てにしたことだ」と思って、隣人を殺した。しかし代官が調べると、家の後ろの竹藪から根が延び、寝間の下から生え上がった勢いで、老母の胸元を刺し通したことがわかった。

★5.竹の釘。

『しわい屋』(落語)  けちな男から、「雨戸を修繕するので、金槌を借りて来い」と命ぜられ、小僧が近所へ借りに行く。近所の男「鉄の釘を打つのか? 竹の釘を打つのか?」。小僧「鉄の釘です」。近所の男「鉄の釘を打つと金槌が減るから、貸せない」。小僧が「断られました」と言って帰って来ると、けちな男は、「しかたがない。うちの金槌を使おう」。

『椿説弓張月』前篇巻之5第12回  鎮西八郎為朝は、武藤太の裏切りによって、伊豆大嶋へ配流された。為朝の妻白縫は、夫の恨みを晴らすべく、武藤太を捕らえて拷問する。女使(こしもと)たちが、懐剣で武藤太の十本の指を切り落とし、五寸余りの竹釘数十本を、彼の身体中に打ち込む。急所をよけて肩・太腿・臀などに打つので、武藤太は死ぬこともできず泣き叫ぶ。さんざんに苦しめて後、白縫は武藤太の首を刎ねる。

*竹の鋸(のこぎり)→〔首〕4の『さんせう太夫』(説経)。

★6.竹に雀。

『矢橋船(やばせぶね)(落語)  二人の武士が、紛失したお家の重宝・名刀「小烏丸」を探して諸国を巡る。怪しい浪人がそれらしい刀をさしていたので、身体をおさえつけて腰の物を奪い取る。「小烏丸を抜く時はカラス群がる」と伝え聞いていたが、刀を抜き放つと、カラスではなく雀が群がって来る。それもそのはず、刀は竹光だった。 

*竹光で腹を切る→〔にせもの〕3の『切腹』(小林正樹)。

★7.竹林の怪。

『百物語』(杉浦日向子)其ノ71  娘が竹林で筍を掘る。向こうの竹の間を、前かがみの爺が歩いて行く。爺は、二度、三度、同じ所を通る。「狐にばかされたのか」と思って、娘が声をかけると、爺は「おッ母さん」と言って娘に抱きつく。そして、見る間にしぼんで溶けてしまった。娘はやがて結婚し母となって、この体験を年若い息子に語る。息子は「俺が爺になると、竹薮で娘姿のおッ母さんと会うのだろうか」と思う。 

 

 

【多元宇宙】

 *関連項目→〔仮想世界〕

★1.無限に分岐する宇宙。 

『シュレーデインガーの子猫』(エフィンジャー)  イスラムの少女ジハーンは、見知らぬ少年に犯されたり、犯されなかったりする幻を見た。彼女は短刀で少年を殺したり、殺さなかったりした。彼女は殺人罪で処刑されたり、釈放されたりした。ジハーンが見たさまざまな幻は、別の世界、無数のパラレルワールドに住む自分の現実だった。彼女はヨーロッパへ渡って量子力学を研究し、自分の前に、無限に分岐する未来があることを理解する。彼女が一歩を踏み出せば、無数の宇宙で無数のジハーンがそれぞれに異なる一歩を踏み出し、同様に無数のジハーンが一歩を踏み出さずにいるのだ。 

★2.無数の可能な未来のうち、一つだけが現実になる。

『航時軍団』(ウィリアムスン)  何らかの現象が起こると、そこを分岐点として、世界は未来へ向けて無限に枝分かれして行く。したがって実現可能な世界は無数にある。しかし、そのうちの一つしか実在できない。今、人類の繁栄に通ずる「可能未来世界ジョンバール」と、滅亡をもたらす「可能未来世界ギロンチ」が、互いの存亡をかけて激しく戦っている。二十世紀のさまざまな時間帯から選び出された男たちが、航時軍団を構成して、ジョンバールを勝利へ導く。人類の未来は確定し、ギロンチは消滅した〔*多元宇宙をテーマにした最初のSF、といわれる〕。

★3.考え得る宇宙が、すべて実在する。

『発狂した宇宙』(ブラウン)  SF雑誌の編集者キースは事故のために、別の宇宙のニューヨークへ飛ばされた。そこは、いかにもSF愛好家が空想しそうな、奇妙な世界だった(*→〔空間移動〕6)。しかしそれは空想の産物ではなく、実在する宇宙なのだ。宇宙は無限数ある。無限だから、ありとあらゆる種類の宇宙が存在するのだ。それゆえ、架空の物語を創作することは不可能である。どんな奇想天外な物語でも、どこかの宇宙ではそのとおりのことが起こっているのだから。

★4.他の宇宙の自分たちを抹殺する。 

『ザ・ワン』(ウォン)  百二十五の宇宙が存在し、それぞれの宇宙に「自分」がいる。一人の男(演ずるのはジェット・リー)が、ワームホールを通って他の宇宙へ侵入し、各宇宙の「自分」を次々に殺してゆく。殺された「自分」のエネルギーは男に流れ込み、男は強大なパワーを持つようになる。男は、彼以外の「自分」百二十四人をすべて殺し、全能の存在「ザ・ワン」になろうとする。しかし多元宇宙捜査局が男を捕らえ、重罪人たちを収容する黄泉宇宙へ送る〔*男は黄泉宇宙で大勢の囚人たちを打ち倒して、黄泉宇宙の「ザ・ワン」になる〕。

★5.他の宇宙の自分たちに会う。 

『パラレル同窓会』(藤子・F・不二雄)  極東物産社長高根望彦が、パラレル同窓会に出席する。五十三年前、彼が生まれた時は世界は一つだった。その後、彼が人生上の選択をするたびに、選択された世界と、されなかった世界が枝分かれして、今では何百もの宇宙に、何百人もの高根望彦が存在している。それらすべての高根望彦が、一生に一度、一堂に会するのだ。同じ極東物産に勤めながら窓際族である高根望彦、テロリストになった高根望彦、死刑囚の高根望彦、貧乏作家の高根望彦など、さまざまな「自分」がそこにはいた。

★6.多くの宇宙に多くの神。

『人間万歳』(武者小路実篤)  宇宙の神様のもとへ、隣りの宇宙の神様がやって来る(*→〔坂〕4b)というので、天使たちはびっくりする。女の天使「宇宙はそんなにたくさんありますの?」。神様「いくらでもある」。女の天使「あなたはその全部の神様ではないの?」。神様「俺は、ただここだけの神だ」。二つの宇宙の神様は会ってすぐ意気投合し、「お互いに名前をつけないと不便だ。いつか、集まれるだけ宇宙の神が集まって、相談してもよろしいね」「宇宙が違うと、どんな法則が支配しているかわからないと思っていたが、やはり僕たちは兄弟であり、同じ神の子なのだ」と話し合う→〔二人の神〕1

★7.「実宇宙」と「虚宇宙」。

『虚無回廊』(小松左京)  長さ二光年、直径一・二光年の巨大円筒形物体SS(スーパーストラクチャー)が、宇宙空間に突如現れた。この宇宙のさまざまな知的生命体が集まってSSを調査し検討した結果、次のようなことが明らかになった。私たちの属するこの宇宙=「実宇宙」の他に「虚宇宙」がある(両者を含むのが「複素宇宙」である)。これまで「実宇宙」と「虚宇宙」は、別々に進化してきた。今、その両者をつなぐ通路が形成されようとしており、それがSSなのだ〔*作者の死によって『虚無回廊』は未完に終わった〕。

 

※十九世紀の思想家ブランキの『天体による永遠』は、多元宇宙と同様の考えを述べている→〔無限〕5

 

 

【蛸】

★1a.婆が蛸の足を七本食べ、その後、海へ引きずりこまれる。

婆の岩の伝説  浜辺の岩に大蛸が眠っていたので、婆が包丁で足を一本切って食べる。翌日も同じ大蛸がいたので、婆はまた足を切り取る。七日間に七本の足を切り、八日目に婆が残りの一本を切ろうと岩まで来ると、大蛸は最後の一本の足で婆の身体をまき、海へ引きずりこむ。後、その岩は婆の岩と呼ばれる(広島県豊田郡大崎町)。

★1b.猫が蛸の足を七本食べ、八本目は食べない。

『赤貝猫』(落語)  昼寝する蛸の足七本を、猫が食べてしまう。目覚めた蛸は怒り、海へ引きずりこんでやろうと、残った一本で猫を差し招く。猫は「その手は食わぬ」と言う〔*その後、猫が前足を赤貝にはさまれるので、『赤貝猫』というタイトルになった。オチは「猫が女性器を見て赤貝と思い、怒る」という形〕。

★1c.蛸が自分自身の足を食べ、身体を食べる。

『死なない蛸』(萩原朔太郎)  水族館の水槽に、皆から忘れられた蛸がいた。蛸は飢えて、自分の足を一本ずつ食べ始める。足を食べ尽くすと、胴を裏がえして内臓を食べる。蛸は、自分の身体を全部食べてしまい、消滅した。けれども蛸は死ななかった。ものすごい欠乏と不満を持った、人の目に見えない動物が、水槽の中で幾世紀も生きていた。

★2a.蛸の八本の足を二本切って、六本足にする。

『世間胸算用』(井原西鶴)巻4−2「奈良の庭竃」  蛸売りの八助は、奈良へ蛸を売りに行く時、足を一本ずつ切り七本にして売ったが、皆気づかずに買った。しかし或る年、足を二本切って六本足にした蛸を、歳末の忙しさにつけこんで売って見破られた。以後は「足切り八助」と言われて、商売ができなくなった。

★2b.蛸の八本の足を六本切って、二本足にする。

大蛸の足(水木しげる『図説日本妖怪大全』)  大蛸が「漁村の娘・十七歳のお浜を嫁に欲しい」と要求し、「承知せねば暴風を起こして、村を滅ぼす」と脅す。お浜は蛸に「八本足はいやなので、毎日私が一本ずつあなたの足を切る。あなたが二本足になった時、私は喜んであなたの嫁になる」と言う。六日たち、蛸は二本足になった。お浜は父とともに船に乗り、沖へ漕ぎ出す。大蛸が現れ、お浜を抱いて海へ沈んだ。 

★2c.蛸の十本の足を二本切って、八本足にする。

ナアレアウの世界創造の神話  昔、蛸は十本足だった。創造神ナアレアウが、くっついている空と大地を分離させるために、あなごのリイキの力を借りようとした。ナアレアウは、リイキをおびき寄せて捕らえるべく、蛸の足を二本切って餌とした。それで蛸は現在にいたるまで八本足なのである(ミクロネシア、ギルバート諸島)。

★3.精進すべき日に蛸を食べる。

『仮名手本忠臣蔵』7段目「一力茶屋」  切腹した主君塩冶判官の命日の前夜、大星由良之助はいつものように色里で遊んでいた。斧九太夫が、「精進すべき今宵、これが食えるか?」と、蛸の足を突きつける。由良之助は、「私には精進する気などない」と言って平然と蛸を食べ、仇討ちの意志がまったくないふりをする。

*由良之助は「塩冶判官殿が蛸に生まれ変わったという、冥土からの知らせでもあったか?」と、九太夫に問う。もしも主君塩冶判官の生まれ変わりの蛸であるならば、それを食べたら、→〔命乞い〕1bの『今昔物語集』巻20−34のようなことになったであろう。  

★4.蛸を食べて死ぬ。

『ギリシア哲学者列伝』(ラエルティオス)第6巻第2章「ディオゲネス」  ディオゲネスは生の蛸を食べてコレラにかかり、それがもとで死んだ(*別説もある→〔息〕5)。

★5.蛸が経に変わる。

蛸薬師の伝説  禅弘という僧と老母が、京の町の小さな寺を守っていた。老母が重病になって、「蛸を食べたい」と言う。禅弘は「病気の母のためだから、仏様も許して下さるだろう」と思い、蛸を買いに行く。帰り道に意地の悪い人がいてこれを見咎め、禅弘の持つ包みを取り上げる。開いて見ると、蛸はお経に変わっていた。老母は蛸をたくさん食べて、病気が治った。それから、その寺を「蛸薬師」というようになった(京都府京都市)。 

*魚が『法華経』に変わる→〔経〕9の『日本霊異記』下−6。

★6.蛇が蛸に変わる。

『笈埃随筆』(百井塘雨)巻之5「変態」  越前へ通う商人が語った。春三月の頃、かの国の人々は、「蛇が蛸になるさまを見よう」と、誘い合って弁当持参で浜辺へ行く。山から蛇が出て、真一文字に浜を下り、海を泳ぎつつ、尾を上げて水面を数回打つ。すると尾の先が裂けて分かれ、八本の足になる。はじめのうち上半身は蛇だが、やがて全体が蛸に変わって、沖の方へ泳ぎ去るのである。

*蛇の尾とともに、頭も八つに裂けて分かれれば、ヤマタノヲロチになる→〔八人・八体〕4の『古事記』上巻。

★7.毛の生えた蛸。

『海』(星新一『つねならぬ話』)  漁師の一家があり、ある日、主人がタコをつかまえた。野菜や麦飯を与えると、タコは喜んで食べる。酒も飲む。タコは一家のペットになった。タコに薄茶色の毛が生えてきて、なでると、いい手ざわりだ。面白がって見物に来る人もいる。漁は順調で、主人は百歳近くまで元気に生きた。風邪をこじらせて主人が死んだ日、タコは悲しそうに海へ帰って行った。あれは本当にタコだったのか?

*毛の生えた蛙が死をもたらす→〔蛙〕3の『蛙』(ゲーザ)。

 

 

【堕胎】

★1.堕胎手術の結果、女が死ぬ。

『太陽の季節』(石原慎太郎)  竜哉は、高校三年生の春に英子と出会った。竜哉も英子も、それ以前にすでに複数の異性との性体験があった。二人の関係は遊びのようでもあり、戦いのようでもあった。英子は妊娠し、「産んでみたい」と言う。竜哉は曖昧な返事をしつつ、妊娠四ヵ月を過ぎた時、堕胎を命ずる。英子は手術を受け、腹膜炎を併発して死ぬ。

『ヘッドライト』(ヴェルヌイユ)  初老のトラック運転手ジャン(演ずるのはジャン・ギャバン)は、国道わきの食堂兼宿屋の女中クロチルドと知り合い、彼女は妊娠する。それを知らせる手紙はジャンに届かず、彼からの返事は来ない(*→〔手紙〕1a)。クロチルドは、妊娠三ヵ月で堕胎手術を受ける。やがて手紙を読んだジャンは、家族を捨ててクロチルドと暮らす決心をし、トラックで迎えに来る。クロチルドは手術直後の身体で助手席に乗る。長距離を揺られて行くうちにクロチルドの容態は悪くなり、救急車を呼ぶが、彼女はまもなく息を引き取った。

*自らの手で堕胎し、破傷風になって死ぬ→〔破傷風〕1の『土』(長塚節)。

★2.堕胎手術後、女が出家する。

『豊饒の海』(三島由紀夫)第1巻『春の雪』  綾倉伯爵家の長女聡子は、松枝侯爵家の嫡子清顕よりも二歳年上で、二人は幼なじみだった。洞院宮治典王殿下と聡子との婚約が決まった時から、清顕は聡子を恋するようになった。二人は逢引を重ね、聡子は妊娠する〔*それを知った清顕の祖母は、「宮様の許婚を孕ませたとは天晴れだね。今時の腰抜け男にはできないことだ」と言う〕。綾倉伯爵と松枝侯爵は相談して、聡子を極秘に堕胎させ、その上で治典王に嫁がせようとする。しかし聡子は、奈良の月修寺で自ら髪を切り、出家する。

★3.間引き。堕胎手術ができなかった時代は、出産するまで待って子供を殺した。

『故郷七十年』(柳田国男)「布川(ふかわ)時代」  「私(柳田国男)」が茨城県布川にいた十三〜四歳の頃、利根川べりの地蔵堂で絵馬を見た。図柄は、産褥の女が、生まれたばかりの嬰児を押さえつけている悲惨なものだった。障子に映る女の影絵には、角が生えていた。その傍らに、地蔵様が立って泣いている。「私」は子供心に絵の意味を理解し、寒いような心になった。

『みちのくの人形たち』(深沢七郎)  産婆が方々の家から間引きを頼まれ、多くの子を消した(*→〔逆立ち〕4)。老年に達した産婆は、罪を重ねてきた両腕を、肩の付け根から切り落とした。産婆の死後、両腕のない仏像が造られ、祀られた。その産婆の何代目かの子孫の家に、「私」は泊めてもらった。帰途、駅の土産物売場に、両腕のない人形が立ち並んでいるのを「私」は見た。この人形は、間引きされた、消された子どもたちに違いなかった。

『蕨野行』(村田喜代子)  弥十郎夫婦は四人の娘を育てたが、その後に生まれた三人の女児は死なせた。産湯に入れて洗ったのち、濡らした紙を顔に当てたのだという。やがて待望の男児が生まれ、「熊吉」と名づけられたが、熊吉は生後すぐに風邪を患い、回復もせず死にもせず、虫の息で苦しみ続けた。「三人の死児の障(さわ)りだ」と考えた弥十郎は、山根のババに祈祷を頼んで、熊吉を安らかに死なせた。

★4a.母体に衝撃を与えて、子供を堕そうと試みる。

『叩く子』(川端康成)  貧乏な土工・五郎の妻が二人目の子を身ごもった。乗合自動車で揺られていれば堕りるそうだが、金がない。五郎は、拾った回数券の表紙裏の運転系統図を見て、停留所名を読み上げる。そのたびに妻は窓敷居から畳の上へ、どしんと尻餅を着く。子供の頃の遊戯を思い出して、妻は笑いころげる。去年生まれた赤ん坊が、むずかって五郎を叩く。五郎は「子供なんか、いくらでも生まれろ」と思う。

★4b.腹の中の子を叩きつぶす、という乱暴な堕胎もある。

『ペンタメローネ』(バジーレ)「序話」  異国の奴隷女がタッデオ大公(=王子)をだまして妃になり、身ごもった。奴隷女は魔法をかけられ(*→〔物語〕5)、昔話が聞きたくてたまらなくなる。彼女は大公を呼びつけ、「もし昔話しない、わたし腹打って子供つぶす」と脅す(奴隷女はこれまでに何度も「子供をつぶす」と夫を脅し、わがままな要求を通してきた)。大公は宮廷に十人の女を集め、五日間の昔話の会を催した。

★5.夜叉の毒気を身体から下ろす。

『酉陽雑俎』巻14−555  「わたしは天人だ」と称する美男子が、一人の娘をさらって妻としたが、男の正体は野叉(夜叉)だった。野叉は空を飛び、火のような髪、藍の膚で、耳は驢馬に似ていた。何年かたち、野叉は涙をこぼして「縁が尽きた」と語り、鶏卵大の青石を一つ、娘に授ける。「家に帰ったら、これを粉にひいて服用しなさい。毒気を下ろすことができる」。娘が石の粉を飲むと、青泥のようなものが一斗あまり下りた。

*蛇の子を身体から下ろす→〔立ち聞き(盗み聞き)〕1の『蛇婿入り』(日本の昔話)「苧環型」。

 

※堕胎手術で多くの収入を得る→〔ゆすり〕2の『黒革の手帖』(松本清張)。

 

 

【畳】

★1.「畳が欲しい」と訴える。

『今物語』第3話  雪の朧月夜に、殿上人が板敷にすわって、寝殿の中の女房と話していた。殿上人は、「このおぼろ月は、いかがし候べき」と言った。女房は「おぼろ月」の語から、「照りもせず曇りもはてぬ春の夜のおぼろ月夜にしく物ぞなき(朧月夜の素晴らしさに優るものはない)」の古歌を想起し、「『しく物ぞなき=寒いのに下に敷く物がない』のだわ」と察して、即座に御簾の内から畳を一枚差し出した。

★2.多くの畳を敷いて、客をもてなす。

『古事記』上巻  ホヲリ(山幸彦)が海神(わたつみ)の宮を訪れた時、海神はホヲリを宮殿内に招き入れ、海驢(みち=あしか)の皮の畳八重(やへ)を敷き、その上に絹畳八重を敷き、その上にホヲリをすわらせて饗応した。そして娘トヨタマビメをホヲリに与えた。

★3.海に沈む時にも、多くの畳を敷く。

『古事記』中巻  倭建命の船が走水の海を渡る時、その渡(わたり)の神が浪を起こして、船が進まなくなった。后弟橘比売が、倭建命の身代わりとして海に沈むことを申し出て、菅(すが)畳八重(やへ)、皮畳八重、絹畳八重を波の上に敷き、その上に下りた。すると荒い浪はおさまって、船は進行可能になった→〔歌〕4

★4.八畳敷きの座敷に化けた狸。

『絵本百物語』第10「豆狸」  豆狸は、子犬ほどの大きさにすぎない。しかし自分の陰嚢に息を吹きかけて引き伸ばすと、八畳敷き以上の広さになる。元禄(1688〜1704)の頃、俳諧師の魯山が八畳敷きの座敷に招かれ、歓待されたが、過って煙草の吸い殻を畳に落としてしまった。すると座敷の畳が一度にまくれ上がり、魯山は大地へ投げ出された。あたりは野原で、家らしいものはどこにも見えなかった。

★5.畳を叩くような音。

『妖怪談義』(柳田国男)「妖怪名彙(タタミタタキ)」  夜中に、畳を叩くような音をたてる怪物。土佐では、これを狸の所為としている。和歌山付近では「バタバタ」と称し、冬の夜に限られるという。広島では、触れると瘧(おこり)になるという石があって、この石の精のしわざとも伝えられ、「バタバタ石」と呼んでいた。

★6.畳替え。

『赤穂浪士』(大仏次郎)「歩一歩」  京からの勅使院使を饗応する役目を、浅野内匠守と伊達左京亮が仰せつかった。勅使院使御休息の宿坊の畳について、吉良上野介は、浅野には「畳が破れていなければ表替えに及ばぬ」と言いつつ、伊達には「畳替えをせよ」と命じた。宿坊準備の下検分前日にそのことを知った浅野家では、急遽、大勢の畳職人を狩り集め、一晩のうちに畳二百枚余りの表を張り替えた。

 

 

【たたり】

★1.人を殺したため、たたりを受ける。

原の仏御前の伝説  平清盛に寵愛された仏御前は、後に故郷加賀国の原村に帰り、茶屋を開いた。村の男たちが仏御前に心奪われ茶屋に通ったので、女たちが嫉妬し、仏御前を殺した。その時仏御前は妊娠中で、そのたたりであろう、以後、村の女が昼間にお産をすると必ず大風が吹いた(石川県小松市原町)。

*落武者八人を殺し、そのたたりを恐れる→〔八人・八体〕1の『八つ墓村』(横溝正史)。

★2.蛇を殺したり傷つけたりしたため、たたりを受ける。

『大鏡』「道兼伝」  粟田殿道兼の長男は、福足君(ふくたりぎみ)と言った。まだ子供のうちに、蛇をいじめたたたりで、頭に腫れ物ができて死んだ。

『古今著聞集』巻20「魚虫禽獣」第30・通巻699話  三尺ばかりの蛇が、釜の前にある鼠穴に入り込んだので、炊事ができず、女が困っていた。隣家の女が、「熱湯を穴に入れれば、蛇は這い出て来る」と教える。女が煮えかえる湯を注ぐと、蛇は穴から出て来て、のたうちまわって死んだ。翌日の同時刻、隣家の女は、にわかに「あら熱や」と苦しみ出し、全身が焼けただれて死んだ。

『沙石集』巻9−5  沼で魚を獲る男が、一尺ほどの小蛇を見つけ、串に刺して道端に立てておいた。帰宅すると、その蛇が串に刺された姿でやって来る。すぐに殺すが、蛇は次々に現れる。何匹とも数えきれないほどである。男は身の毛がよだち、狂い死にしてしまった。

『ブラック・ジャック』(手塚治虫)「白葉さま」  女祈祷師白葉さまが、魚鱗癬の少年を診て、「この子は蛇を殺したことがあろう。そのたたりじゃ」と言う。ブラック・ジャックが皮膚の移植手術で少年を治療し、それを知った白葉さまは、自らの治療をブラック・ジャックに請う。白葉さまも魚鱗癬に苦しみ、どの医者も治せないので、医学を呪っていたのだった。

*癩病と思ったら、魚鱗癬だった→〔病気〕5の『蒼白の兵士』(ドイル)。

*猿を殺したため、たたりを受ける→〔猿〕3の『捜神記』巻20−12(通巻460話)。

*犬や猫を医学の実験台にしたため、たたりを受ける→〔生霊〕3の『華岡青洲の妻』(有吉佐和子)。

★3.人魚を殺したたたり。

『諸国里人談』(菊岡沾凉)巻之1・1「神祇部」人魚  若狭国・御浅明神の仕者(=使い)は人魚である。宝永年中(1704〜11)に、乙見村の漁師が、岩の上に臥す人魚を見た。頭は人間で、襟に鶏冠のごとくひらひらと赤いものをまとい、そこから下は魚であった。漁師が櫂で打つと死んだので、死骸を海へ捨てた。すると、その日から大風が吹いて七日間止まなかった。三十日ほどして大地震が起こり、御浅嶽の麓から海辺まで地面が裂けて、乙見村一帯が堕(お)ち入った。これは御浅明神のたたりだと言われた。

★4.刀剣のたたり。

『長町女腹切』(近松門左衛門)  猪瀬文平は身分不相応の高価な刀を買い、それを笑った友人高木を斬り殺して、自らは切腹した。その後、文平の三回忌に息子が病死し、その妻もあとを追うように死ぬなど、不吉なことが続く。鑑定家は、「この刀は猪瀬家に三代までたたる」と言った。年月を経て、文平の孫・半七が刀を安物とすりかえ(*→〔切腹〕2)、大名家から咎められる。叔母(文平の娘)が、「文平が悪心を起こしたのも、刀のたたり。私が責任を負って死に、刀のたたりを終わらせよう」と言って、切腹する。

*家代々の呪いを終わらせるため、女性が命を棄てる→〔呪い〕11の『経帷子の秘密』(岡本綺堂)。

『日本書紀』巻29天武天皇・朱鳥元年5〜6月  五月二十四日、天武天皇が発病した。六月十日、病気について占卜すると、草薙剣のたたりであることがわかった〔*この当時、草薙剣は宮中に置かれていた〕。そこで、その日のうちに草薙剣を尾張の熱田社に送り、安置した。

『播磨国風土記』讃容の郡中川の里  天智天皇の時、河内の村人が持って来た剣を、中川(仲川)の里の人・丸部具(わにべのそなふ)が買い取った。ところが剣を得て後、丸部の一家は死に絶えてしまった。剣は地中に埋もれていたが、苫編部犬猪(とまあみべのいぬゐ)が、耕作をしていてこの剣を見出した。鍛冶師が刃を焼くと、剣は蛇のごとく伸び縮みする。犬猪はこの剣を朝廷に献じた。しかし天武天皇の時、剣は中川の里に戻された。

★5.たたりを防ぐために供養をする。

火呑山(ひのみやま)七ッ池の大蛇の伝説  青目寺(しょうもくじ)の和尚が、火呑山の七ッ池に棲む大蛇を火薬で爆殺した(*→〔藁人形〕4)。村人たちが、大蛇の死体から首を切り取って青目寺へ持ち帰り、仏前に供えて、「後のたたりのないように」と供養を行なった。大蛇の頭骨は、青目寺の寺宝として今も残されている(広島県府中市)。

★6.たたりのある場所。

『おばけ煙突』(つげ義春)  昭和三十年代前半、東京郊外の某火力発電所の第四煙突は、立てる時二度もくずれおち、九人の作業員が死んだ。煙突が立った後も、煙突掃除夫が三人、落ちて死んだ。第四煙突には、たたりがあるというので、注連縄が巻かれた。発電所の塀には「四番目の煙突掃除した者に一万円さしあげます」との紙が貼られた→〔落下する人〕1

 

※神像を写したたたり→〔肖像画〕3dの『奇談異聞辞典』(柴田宵曲)「画像の祟り」。

※持ち主にたたる笛→〔笛〕4の『笛塚』(岡本綺堂)。

※殺人を、死霊のたたりのように見せかける→〔蛇〕4cの『半七捕物帳』(岡本綺堂)「お化け師匠」。

 

 

【立往生】

★1.弁慶の立往生。

『義経記』巻8「衣川合戦の事」  藤原泰衡の軍兵数百騎が、義経の居館に押し寄せる。義経は『法華経』を読み終えてから自害しようと、静かに読経を続ける。弁慶は「私は、たとえ死んでも、殿が経を読み終えなさいますまでの間、お守りいたします」と言い、長刀(なぎなた)を逆さまにして杖に突き、敵をにらんで、仁王立ちに立ったまま死んだ。敵軍は、弁慶が生きていると思い、しばらくの間、義経の館へ近づかなかった。

『高館』(幸若舞)  義経追討軍と戦う弁慶は、衣川の真砂に長刀を突いて立往生する。弁慶が動かなくなったので、追討軍の一人、沼楯(ぬまだて)の庄司が、恐る恐る近寄って弓筈で突く。枯れ木のごとく弁慶が倒れる時、手に持った長刀がひらめく。沼楯の庄司は「弁慶が切りかかる」と驚き恐れ、落馬して衣川に落ち、死んでしまった。

★2.英雄ク・ホリンの立往生。

『ケルトの神話』(井村君江)「光の神ルーフの子ク・ホリン」  英雄ク・ホリンは戦場において、敵将レウィが投げた槍で脇腹を貫かれ、致命傷を負った。彼は「立ったまま死にたい」と思い、自分の身体を野原の石柱にしばりつける。ク・ホリンの首はしだいに下がり、やがて彼が息絶えた時、背後の石柱にひびが入った。レウィがク・ホリンの髪をつかみ首をはねると、ク・ホリンの持っていた剣が落ちて、レウィの右腕を切り落とした。 

★3.聖者スライマーンの立往生。

『コーラン』34「サバア」11〜13  スライマーン(ソロモン)は、精霊たちを使役して神殿を建築している最中に死んだ。彼の死体は杖に寄りかかって、生きているかのようだったので、精霊たちはまったく気づかなかった。一匹の土蛆が一年かかってスライマーンの杖を喰い尽くし、彼はばたりと倒れた。ようやく精霊たちはスライマーンの死を知ったが、その時、神殿は完成していた。 

 

 

【立ち聞き(盗み聞き)】

★1.神々など超自然的存在が問答するのを聞く。

『今昔物語集』巻11−22  槻の古木を切ろうとする人々が、次々に死んだ。わけを知ろうと、僧が雨夜に蓑笠をつけて、雨宿りのふりをして木の下に立つ。上方で「木こりは皆蹴殺す」「しかし、注連(しめ)を巡らせ祝詞を読み墨縄をかけて切られたら、防げない」と語り合う声がするので、木の切り方がわかる。

『男色大鑑』(井原西鶴)巻7−3「袖も通さぬ形見の衣」  丹波へ通い商いする男が、子安の地蔵堂に一夜を明し、地蔵と丹後切戸の文殊の問答を聞く。文殊が言うには、その夜五畿内に一万二千百十六人が誕生し、中でも道頓堀の楊枝屋に生まれた男児は、美形の役者となって十八歳で命を捨てる運命だった。

『南総里見八犬伝』第9輯巻之4第99回  蟇田素藤は、上総の諏訪神社に仮寝して、疫鬼と木精が「まもなく村人の半分が病気で死ぬ」「楠のうろに神水があり、黄金を一昼夜浸してその水を病人に飲ませれば、たちまち治る」と問答するのを聞く。素藤は病者を治して村人たちから人望を得る。

『蛇婿入り』(日本の昔話)「苧環型」  山の岩穴で、針を刺されて瀕死の蛇が「女に蛇の子を孕ませたから、悔いはない。女もそのうち死ぬだろう」と言い、母親の蛇が「しかし人間は賢いものだから、蓬と菖蒲の湯に入れば、蛇の子が下りて女は助かるだろう」と言う。女はこれを立ち聞きし、身体から蛇の子を下ろす(福島県南会津郡桧枝岐村。*『平家物語』巻8「緒環」の類話では、針を喉笛に刺された大蛇が、岩屋へ尋ね来た女と直接語り合う→〔蛇婿〕1a)。

*妖怪と木の精の問答を聞く→〔切れぬ木〕2の『捜神記』巻18−3。

*化け物が歌うのを聞く→〔猿神退治〕1bの『猿神退治』(日本の昔話)。

*木を枕に寝て、神々の問答を聞く→〔枕〕1aの『神道集』巻8−46「釜神の事」など。

*絞首台の死体が話し合うのを聞く→〔首くくり〕5の『旅あるきの二人の職人』(グリムKHM107)。

★2.重要な情報を偶然に耳にする。

『古事記』下巻  安康天皇が神牀で昼寝をした時、皇后に「汝の子目弱の王が成長した後、私がその父大日下の王を殺したことを知ったら、悪心をおこすだろう」と語る。七歳の目弱の王は、御殿の下で遊んでいてこれを聞く→〔眠る怪物〕3

『今昔物語集』巻29−12  夜の大路で、盗賊たちが「明後日、源忠理の屋敷に押し入ろう」との打ち合わせをする。たまたま方違えで、大路に面した小家にいた忠理はこれを聞き、その日までに家財道具をすべて他所へ運び出しておく。夜、盗賊たちがやって来るが、屋敷内に何もないので、仕方なく帰って行った。

『忠直卿行状記』(菊池寛)  越前六十七万石の青年城主忠直は、家臣たちとの槍術試合の後、「殿はたいそう上達され、勝ちをお譲りするのに以前ほど骨が折れなくなった」と語り合う声を立ち聞きし、自分の今までの生活が偽りの上に成り立っていたことを知る。忠直は、家臣に真槍の勝負を挑んで傷を負わせたり、家臣の妻を無理矢理召し寄せたりして、いつ彼らが偽りの恭順を捨て、本気で立ち向かって来るかを試す。

『トリスタンとイゾルデ』(シュトラースブルク)終章  処女妻である白い手のイゾルデは、兄カーエディーンと夫トリスタンの会話を立ち聞きする。彼女は「夫トリスタンが愛しているのは自分ではなく、自分と同名の王妃イゾルデだった」と知り、夫への復讐を考える→〔合図〕1

*樽の中にいて、海賊の密談を聞く→〔樽〕1の『宝島』(スティーブンソン)第2部第10〜11章。

★3.たまたま出会った人などのささいな一言から、難問解決のヒントを得ることがある。

『石山寺縁起』巻2  源順が、『万葉集』の「左右」の訓み方がわからず、苦慮して石山寺に参詣する。帰途、馬方たちが馬の荷物を載せ直す時、片手でなく左右両手を使えというので「真手」と言っているのを耳にし、「左右」は「まで」と訓むことを源順は悟る。

『点と線』(松本清張)12の3  三原警部補は、容疑者のアリバイトリックについて喫茶店で考えていた。その時、たまたま隣席の男女が「バスが時間どおり来なかった」と言っているのを耳にして、アリバイを打ち破るためのヒントが、三原の頭に閃いた。

*父親の子供を気づかう一言から、子供が難問解決のヒントを得る→〔宇宙人〕1の『インデペンデンス・デイ』(エメリッヒ)。

★4a.必要な情報を得るために盗み聞きをする。

『江談抄』第3−1  唐土の人々が、難読の『文選』を吉備大臣に読ませ、その誤りを笑おうと相談する。吉備大臣は、飛行自在の鬼の助けを得て帝王の宮殿に到り、三十人の儒者たちが『文選』を一晩中講義するのを盗み聞く。

*大伴黒主が小野小町の歌を盗み聞きする→〔盗作・代作〕4の『草紙洗小町』(能)。

*小坊主が太鞁に隠れ、容疑者の会話を盗み聞きする→〔犯人さがし〕1aの『本朝桜陰比事』巻1−4「太鞁の中はしらぬが因果」。

★4b.盗聴器。

シャンデリア(ブレードニヒ『ヨーロッパの現代伝説 ジャンボジェットのねずみ』)  アメリカの実業家一行がビジネス協定締結のためにモスクワを訪れ、高級ホテルの部屋を与えられた。アメリカ人たちは「盗聴器が仕掛けてあるに違いない」と考え、部屋中をくまなく探す。床の絨毯をはがすと、ボルトのはまった金属板があったので、「ついに見つけたぞ」と、彼らはボルトを取り外す。その瞬間、下のレストランのシャンデリアが落ちた。 

★5.不十分な情報しか得られぬ立ち聞き。

『嵐が丘』(E・ブロンテ)9  エドガー・リントンとの結婚を決めたキャサリンは、「今ヒースクリフと結婚すれば落ちぶれる。しかしヒースクリフと私の魂は同じだ。エドガーへの愛は一時的なものだが、ヒースクリフへの愛は永遠だ」と女中に語る。ヒースクリフはキャサリンの言葉の前半だけを立ち聞きし、蔑まれたと誤解してそのまま家を出る。

★6a.鳥の話を人間が立ち聞きする。

『聴耳頭巾』(日本の昔話)  爺が聴耳頭巾をかぶり、木の枝に止まった二羽の烏の言葉を聞く。ある所では烏たちは、「村の長者の土蔵の屋根板に、蛇が釘を打ちつけられて半死半生だ。そのため長者の娘が長患いをしている。蛇を放してやれば娘も助かる」と話し合っていた。また別の所では烏たちは、「町の長者の庭の楠木が伐られ、切り株が死にきれずにおり、そのため長者が大病だ。木を根から掘ってしまえばよい」と話し合っていた(岩手県上閉伊郡土淵村)→〔鳥の教え〕8

★6b.逆に、人間の話を鳥が立ち聞きする。

『鳩の立ち聞き』(日本の昔話)  川向こうの畑で働く爺に「何をまいているか?」と問うと、返事をせずに手招きをする。そばまで行くと、耳に口を寄せて「大豆をまいている」と教える。「なぜ内緒にする?」「鳩に聞かれると大変だから」。

*文字を解する兎や狐→〔文字〕7の『甲子夜話』巻11−30。

★7.わざと立ち聞きさせる。

『空騒ぎ』(シェイクスピア)  ベネディックとベアトリスは仲が悪く、会えば口喧嘩ばかりする。二人の友人・知人たちが策をめぐらし、「ベアトリスはベネディックを恋している」という話をしてベネディックに立ち聞きさせ、また、「ベネディックはベアトリスに夢中だ」という話をしてベアトリスに立ち聞きさせる。二人は互いに相手から愛されていると思い、結婚する。  

 

 

【脱走】

★1.捕虜収容所からの脱走。

『大いなる幻影』(ルノワール)  第一次大戦下のスイス国境近く、ドイツの古城跡の捕虜収容所に、ボワルデュ大尉をはじめとするフランス将校たちが収容される。所長ラウフェンシュタインは貴族であり、同じ貴族出身のボワルデュを丁重に扱う。ある夜、二人の将校が脱走をはかる。二人を逃がすために、ボワルデュはわざと城壁に登って監視兵の注意を引きつける。ラウフェンシュタインはボワルデュの脚をねらって銃撃するが、腹部に命中してしまい、ボワルデュは死ぬ。脱走した二人は、国境を越えてスイスに入る。

『第十七捕虜収容所』(ワイルダー)  ドイツの第十七捕虜収容所。アメリカ兵たちの脱走計画がドイツ側に筒抜けなので、捕虜の中にスパイがいる、と皆は考える。セフトン軍曹(演ずるのはウィリアム・ホールデン)が疑われるが、実はプライスという男がスパイだった。捕虜の一人ダンバー中尉が、ドイツの軍用列車爆破犯として、ベルリンへ送られることに決まる。捕虜たちはダンバーを救うために、セフトンと一緒に脱走させる。夜、スパイのプライスを屋外へ放り出し、ドイツの監視兵が彼を銃撃している間に、セフトンとダンバーは鉄条網を破って脱出する。

『大脱走』(スタージェス)  連合軍の将校たち二百五十人が、ドイツの捕虜収容所からの脱走を計画し、長いトンネルを掘る。しかし計算違いにより、トンネルの出口が森の中でなく、ドイツ兵歩哨が立つ場所の近くになってしまい、脱走は発覚する。それでも七十六人が逃げ出したが、検問などで次々に捕らえられ、ゲシュタポの手で五十人が射殺された。残りはまた収容所に戻され、無事に国外へ逃れ出たのは三人だけだった。

★2.刑務所・牢獄からの脱走。脱獄。

『網走番外地』(石井輝男)  網走刑務所の受刑者三十人が二人一組で手錠をかけられ、トラックの荷台に乗って、森林伐採作業に向かう。途中、彼らは荷台から飛び降り、脱走する。仮釈放間近の橘真一(演ずるのは高倉健)も、手錠でつながれている権田に引っ張られて、いやおうなく逃げる。二人は手錠の鎖を切るために、橘が鉄道線路の真ん中に、権田が線路の外側に伏して、鎖をレール上に置く。汽車が通り過ぎ、鎖は切断される。権田は怪我をして動けなくなり、橘は、追って来た保護司の妻木に「権田を病院へ運んでくれ」と頼む。

『パピヨン』(シャフナー)  胸に蝶の刺青があるのでパピヨンと呼ばれる男(演ずるのはスティーヴ・マックイーン)が、南米ギアナの監獄に送られる。そこでは、脱獄に失敗すると、一度目は独房へ二年、二度目は五年入れられる。三度目に失敗すると、ギロチンで処刑される決まりである。パピヨンは脱獄に二度失敗し、七年間を独房で過ごす。彼はムカデやゴキブリを食べて生き延びるが、独房から出た時にはすっかり白髪になっていた。その後パピヨンは、荒波が打ち寄せる断崖絶壁の悪魔島へ送られる。しかし彼は、なおもあきらめず、ココナツをつめた袋を船代わりとし、海に飛び込むのだった。

『モンテ・クリスト伯』(デュマ)19〜20  エドモン・ダンテスは、マルセイユ沖のシャトー・ディフ(悪魔島)の暗牢に幽閉された。彼は獄中でファリア神父と知り合い、協力して脱獄をはかるが、老齢の神父は病気になって死んだ。ダンテスは、神父の死体を入れた袋の中に、死体と入れ替わって入る。二人の獄吏が、袋に重(おも)りをつけて海へ投げ込む。ダンテスはナイフで袋を切り裂き、重りの綱を断ち切って、海上へ浮かび上がる。

★3.脱獄に成功した男と、失敗した男との友情。

『自由を我等に』(クレール)  ルイとエミールは刑務所内の親友だった。ルイは脱獄に成功して娑婆に出る。エミールは失敗して刑務所に戻される。ルイは商売を始め、大会社の社長になる。エミールは刑期を終え、偶然ルイの会社の工場に就職する。二人は再会を喜び合う。しかし警察が、ルイを脱獄者と知って逮捕しに来たので、ルイとエミールは会社を捨てて逃げる。二人は自由を求めて、放浪の旅に出る。

★4.脱獄した夫の代わりに、妻を牢に入れる。

『籠太鼓(ろうだいこ)(能)  殺人を犯した男を捕らえるが、男は脱獄した。領主が男の妻を牢に入れ、男の行方を問う。妻はそれには答えず、狂気となって太鼓を打ち、「この牢こそ夫の形見。なつかしや」と言って牢にこもる。領主が「牢から出してやろう」と言っても、妻は出ようとしない。領主が「夫婦ともに許す」と約束すると、妻は夫の居所を明かし、夫を連れ戻して仲むつまじく暮らした。

 

 

【狸】

★1.狸婿。

『お若伊之助』(落語)  生薬(きぐすり)屋の娘お若が、一中節の師匠伊之助と恋仲になる。親が二人を別れさせた後、狸が伊之助に化けてお若のもとへ通い、お若は身ごもる。狸は銃で撃たれて死ぬが、お若は月満ちて狸の双子を産む。しかし双子は生まれてすぐに絶命した。これを葬ったのが、根岸・御行(おぎょう)の松のほとりの因果塚である。

★2.狸女房。

『南総里見八犬伝』第9輯巻之5第100回〜巻之16第121回  八百比丘尼妙椿は蟇田素藤と夫婦になり、妖術をもって彼を助け、里見家に仇をなす。妙椿の正体は、昔、八房の犬を育てた安房の富山の牝狸であった。玉梓の恨みがその身に残っているので、妙椿(牝狸)は素藤をそそのかし、里見家に対して二度の反乱を起こさせたのだった。

★3.狸が人に化ける。

『絵本百物語』第20「芝右衛門狸」  淡路の国の芝右衛門という農民が、家に出入りして食を請う狸に、「人に化けてみよ」と言う。狸は五十歳余りの人に化け、毎日やって来て、いろいろなことを芝右衛門に話す。古代のことを詳しく語ったので、それを聞く芝右衛門は、いつのまにか物知りになって、人々にもてはやされた。

『捜神記』巻18−8(通巻420話)  董仲舒が弟子に講義をしている時、一人の客が訪れる。普通の人間とは思えず、しかも「雨になりそうだ」などと言う。董仲舒が「『巣居は風を予知し、穴居は雨を予知する』というから、君は狐狸の類だろう」とからかうと、客は古狸に変じた。

*狸が肉親に化ける→〔死体変相〕4bの『耳袋』巻之7「古狸をしたがへし英勇の事」、→〔変化(へんげ)〕1の『本朝二十不孝』巻4−4、→〔変化(へんげ)〕2の『狸腹鼓』(狂言)。

*二匹の狸が一人の女に化ける→〔口二つ〕1の『聴耳草紙』(佐々木喜善)89番「狸の話(狸の女)」。

★4.狸が死んだのを、「仏になった」と表現する。

『新花つみ』(与謝蕪村)  「余(蕪村)」が結城の丈羽の別荘に滞在していた時のこと。夜、寝ようとすると、雨戸をどしどしどしどしと、二〜三十も叩く音がする。戸を開けると誰もいない。ふとんに入ると、またどしどしと叩く。狸が、背中を戸に打ちつけて、音を立てているらしかった。こうしたことが五夜ほど続いた後、里人が藪下という所で、老いた狸を撃ち殺した。以来、雨戸を叩く音はなくなった。「余」は狸を哀れに思い、「秋の暮れ仏に化ける狸かな」の句を詠んだ。

★5a.狸が茶釜に化ける。

『文福茶釜』(日本の昔話)  上野国館林・茂林寺の和尚が茶釜で湯を沸かすと、茶釜に尾・足が生え、狸の頭が出て、「熱い」と悲鳴を上げる。和尚は茶釜を屑屋に売り、茶釜狸は、「見世物小屋に出て芸当をします」と志願する。茶釜に四足の生えた不思議な化け物が、綱渡りなどをするので評判になり、屑屋は大儲けする。

*狸が杭に化ける→〔返答〕3aの『湊(みなと)の杭』(昔話)。

*狸が八畳敷きの座敷に化ける→〔畳〕4の『絵本百物語』第10「豆狸」。

★5b.狸が汽車に化ける。

『現代民話考』(松谷みよ子)3「偽汽車ほか」第1章  大正時代(1912〜26)の話。夜、汽車が走っていると、同じ線路の前方からも、汽車がこちらへ走って来る。機関士がブレーキをかけると、向こうの汽車はパッと消えてしまった。こんなことがたび重なるので、「狸のしわざだろう」と機関士は考え、次に汽車が現れた時、思い切って正面衝突する。しかし何事もなくこちらの汽車は走り続け、次の駅に着いた。翌朝、一匹の大狸がレールを枕に死んでいるのが見つかった(東京都品川区)〔*狐が汽車に化ける、という形もある〕。 

★6.父親を、狸が化けたものと誤解して殺す。

『捜神記』巻18−10(通巻422話)  古狸が父親に化け、畑仕事をする息子二人を殴る。息子たちは帰宅して、それが化け物の仕業だったことを知る。後、本物の父親が息子を心配して畑へ様子を見に行く。息子たちは父親を化け物だと思い、殺した〔*その後何年もの間、古狸は父親に化けて暮らす〕。

★7.狸の恩返し。

『狸賽』(落語)  悪童たちにいじめられている狸を男が助ける。狸は返礼にさいころに化け、博打の時、男の望む目を出す→〔さいころ〕2

★8.狸のいたずら。

『まめだ』(落語)  膏薬屋の息子が歌舞伎の役者をしていた。雨の夜、傘の上に豆狸(まめだ)が乗って悪戯をするので、息子はトンボを切り、豆狸は地面に落ちて怪我をする。豆狸は怪我を治そうと、小僧に化けて膏薬を買いに来る。膏薬屋では、毎日売り上げの中に銀杏(いちょう)の葉が一枚入っているので不思議がる。豆狸は膏薬の塗り方を知らず、寺の境内で死ぬ。銀杏の落ち葉が風に吹かれて死骸の回りに集まるのを見て、膏薬屋の母と息子は、「狸の仲間から、たくさん香典が届いた」と言って哀れむ。

★9a.狸囃子(たぬきばやし)。

狸囃子(馬鹿囃子)の伝説  本所の人々が夜半に目覚めると、遠くからあるいは近くから、お囃子の音が聞こえてくる。どこでお囃子を奏しているのか、その出所はわからない(東京都墨田区・本所七不思議の一つ)。

★9b.盗賊一味が狸囃子を奏して、人々を惑わせる。

『銭形平次捕物控』(野村胡堂)「たぬき囃子」  盗賊一味が盗みを行なう夜、人々の注意をそらせるため、寺の経蔵の中から笛と太鼓で狸囃子を奏する。音量を大きくしたり小さくしたりすると、狸囃子は近くにも遠くにも聞こえる。経蔵には入口が一つ、窓が二つあって、それぞれを開けたり閉めたりすると、狸囃子は東から聞こえたり西から聞こえたりするので、皆は不思議がった。

★10.狸の腹鼓。

『ずいとん坊』(日本の昔話)  夜、山寺のずいとん坊が寝ようとすると、雨戸の外から、狸が大きな声で「ずいとん、いるか」と呼ぶ。ずいとん坊はご馳走を食べ酒を飲んで元気をつけて、狸に負けない大声で「うん、いるぞ」と返事をする。狸とずいとん坊は「ずいとん、いるか」「うん、いるぞ」と叫び合うが、だんだん狸は元気をなくし、声が小さくなって、しまいには糸の切れるような声になった。翌朝、ずいとん坊が戸を開けると、狸は腹の皮が破れて死んでいた(長野県上伊那郡)。

★11.狸や狐が、いろいろなものに化ける能力を有する理由。

『悟浄歎異』(中島敦)  孫悟空が悟浄に教えた。「『或るものになりたい』という気持ちが、この上なく純粋・強烈ならば、ついにはそのものになれる。変化の術が、人間にできずして狐狸にできるのは、人間には関心すべき種々の事柄が余りに多く、精神統一が至難であるのに対し、野獣は心を労すべき多くの瑣事を持たず、此の統一が容易だからなのだ」。

*霊たちの精神統一→〔玉(珠)〕9の『小桜姫物語』(浅野和三郎)10。  

 

※蚊帳つり狸→〔蚊帳〕2の『百物語』(杉浦日向子)其ノ20。  

 

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