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【釜】

★1.釜から食物がいくらでも出てくる。

『ケルトの神話』(井村君江)「かゆ好きの神ダグザ」  ダーナ神族の一人ダグザが持つ釜からは、食べる人の徳に応じて、いくらでも食物が出て来た。この釜は他郷(アザ・ワールド)へ通じており、そこから限りなくさまざまな食料があふれ出てくるのだった。

*海へ通じている杯→〔底なし〕5の『ギュルヴィたぶらかし(ギュルヴィの惑わし)』(スノリ)。

★2.地獄の釜で煮られる人。

『日本霊異記』下−35  肥前国の人、火君(ひのきみ)は頓死して冥界へ行くが、まだ死ぬ時期ではなかったので帰される。彼は帰路、大海の中に釜のごとき地獄があるのを見る。沸きかえる釜の中で浮き沈みする男・遠江国の物部古丸(こまろ)が、「『法華経』を書写して、我が苦を救い給え」と訴える〔*火君は蘇生後、このことを報告するが、役人たちはこれを信ぜず、二十年放置された〕→〔冥界の時間〕5

*自身を煮るための釜を背負う→〔人肉食〕5の『今昔物語集』巻1−26。

★3.地獄の釜が四つに裂ける。

『日本霊異記』下−23  大伴連忍勝(おほとものむらじおしかつ)は、居住する寺の物を私用に使ったため殺されて、地獄へ赴いた。忍勝は、煮えたぎる釜に投げ入れられたが、生前に写経の志があったので釜の中は涼しく、しかも釜は四つに裂けた。死後五日して忍勝は蘇生し、地獄での体験を語った。

★4.地獄の釜の休日。

『今昔物語集』巻7−30  閻魔王の好意で、ある男が地獄巡りをする。男が「南無仏」と唱えて歩いて行くと、湯の沸き立つ釜の傍に、二人の人が眠っていた。二人は釜の中で煮られて大変な苦を受けていたが、「南無仏」という声が聞こえたために、一日の休みを得ることができた。二人は釜から出て、ぐったりして眠っているのだった。

★5.釜ゆでの刑。

『本朝二十不孝』(井原西鶴)巻2−1「我と身を焦がす釜が淵」  盗賊石川五右衛門は七条河原に引き出され、彼の七歳になる子供とともに大釜に入れられて、油で煮られた。五右衛門は熱さに堪えかね、子供を下に敷いた。見物人たちがあざ笑うと、五右衛門は「子供がかわいそうだから、早く楽にしてやろうと思うのだ」と弁解した。

★6.釜が淵の主(ぬし)になる。

『東海道名所記』巻2「三嶋より沼津へ一里半」  沼津に「釜が淵」という所がある。昔、盗人が釜を盗んで行ったが、たいへん重かったので、この淵に投げ入れた。その釜は、淵の主(ぬし)になった。

 

 

【鎌】

★1.人の命を奪う鎌。

『入鹿』(幸若舞)  父・御食子(みけこ)の卿と母が、田の草取りをする間(*→〔観相〕7)、赤ん坊の鎌足は畦に寝かされていた。そこへ狐が鎌をくわえて来て、鎌足の枕もとに置き、かき消すように失せた。氷のごとく輝く鎌だったので、父母は「これは宝になるかもしれぬ」と思い、鎌足の身近に置いて養育した。鎌足は成人後この鎌で、逆臣・蘇我入鹿の首を討った→〔盲目の人〕3

『詩語法』(スノリ)第6章  九人の奴隷の草刈り鎌をオーディンが砥石で研ぎ、よく切れるようにしてやる。奴隷たちが砥石を欲しがるので、オーディンは砥石を空中に投げ上げる。奴隷たちは我先に砥石を掴み取ろうとして、互いに鎌で喉を切り合ってしまう。

『真景累ケ淵』(三遊亭円朝)  新吉とお久の駆け落ちの途中、草むらの鎌でお久は怪我をする。お久の顔が豊志賀に見えたので(*→〔醜女〕6)、新吉は鎌でお久を殺す。新吉はお久の親類お累と結婚するが、彼は名主の妾お賤と関係して(*→〔兄妹婚〕10)、お累を捨ててしまう。お累は、お久を殺した鎌で自殺する。数年後、墓掃除の寺男が、良く切れる草刈り鎌を新吉に見せる。新吉は、それがお久とお累の命を奪った鎌であることに気づき、「この鎌で自殺せよとの神仏の懲(こらし)めか」と悟る。彼はその場でお賤を殺し、自害する。さらにお賤の母も、旧悪を懺悔して鎌で自害する。

★2.鎌では切れぬ不死身の身体。

『鎌髭』  下男茂作(実は俵藤太秀郷の息子・守郷)が、旅の六部(実は平将門の息子・良門)の髭を、「鎌で剃ってやろう」と言う。茂作(守郷)は髭を剃るふりをしつつ、六部(良門)の咽に鎌をかけて、掻き切ろうとする。しかし六部(良門)は不死身の身体ゆえ、刃物を受けつけない。二人は本名を名乗りあい、戦場での再会を約束して別れる。

★3.大鎌で麦を刈ると、多くの人が死ぬ。

『大鎌』(ブラッドベリ)  男が妻と子供二人を車に乗せて運転中、道に迷って、人里離れた農家へたどりつく。中には農家の主の死体と、「この家へ来た者に、農場の一切を与える」との遺言状があった。一家はそこへ住みつき、男は大鎌をふるって広大な麦畑の麦を刈る。麦を刈ると、どこかで誰かが死ぬことを男は感じる。しかし仕事をやめることはできない。それが彼の運命なのだ〔*やがて火事が起こり、妻と子供二人が死ぬ。男は呪いの言葉をわめき、狂気の笑い声をあげ、麦を刈り続ける〕。

*大鎌を持って訪れる死神→〔椅子〕1の『この世に死があってよかった』(チェコの昔話)。 

*ろうそくの火が消えると、人が死ぬ→〔ろうそく〕2の『死神の谷』(ラング)など。 

★4.命をとられるか、鎌をとられるか、二つに一つ。

鎌取池の伝説  鎌取池のそばに細い坂道があり、農夫が通る時に鎌を持っていると、必ず、命をとられるか鎌をとられるか、どちらかであった。命をとられなくてほっとしたと思うと、手に持っていた鎌が、いつのまにか池の中へ落ちているのである。それゆえ、池に来る時には鎌を持って来てはならない、とかたく禁じられていた(神奈川県横浜市戸塚区)。

★5.鎌のおかげで命が助かった。

『紀伊国狐憑漆掻語(きいのくにのきつねうるしかきにつくものがたり)(谷崎潤一郎)  村の男が丸木橋を踏み外し、谷川へ片足をつっこんだ。水が足に粘りついて、ずるずると深みへ引き込まれる。「ガータロ(河童)の仕業だ」と気づいた男は、ガータロは鉄気(かなけ)を嫌うので、腰にさしていた鎌を川の中へ投げる。そうしたら難なく足が抜けて、男は命拾いした。

*鎌で胎児を助け出す→〔妊婦〕3の『和漢三才図会』巻第76・大日本国「和泉」。 

★6.鎌で風を切る。

風の三郎さま(水木しげる『図説日本妖怪大鑑』)  富山県地方には、草刈鎌の刃先を風の方へ向けて高く立て、手を叩きながら「ホー、ホー、ホー」と大声をあげる風習がある。鎌の刃によって風の神を傷つければ、風が衰えると考えられているからだ。  

★7.鎌を用いて火の難を逃れる。

『月と不死』(ネフスキー)「琉球の昔話『大鶉の話』の発音転写」  昔々、父鶉と母鶉がいた。母鶉が卵を産んで抱いているところへ、東の方から野原が燃えて来た。父鶉は、母鶉と卵を見捨てて飛び去った。母鶉は「我が羽があるかぎり、厚羽を持つかぎり、抱いて守ろう、座って守ろう」と言い、大和鎌(やまとがま)を持ち出して、ぐるりを苅り開けた。そうすると母鶉と卵は無事で、周りが燃えて行ってしまった(沖縄県宮古郡伊良部島佐良浜村)。 

★8a.鎌が自分で稲を刈って働く。

『南島の神話』(後藤明)第1章「南島の創世神話」  昔は、鎌が自分で稲を刈って働いたので、人間は、鎌が稲を刈ってくるのを、ただ待っていればよかった。ところがある時、悪童トリセが、働く鎌を見て、「何ということだ。鎌が一人で働いている。そうではなく、人間が働くべきだ」と言った。すると鎌はもう働かなくなり、人間が働かねばならないようになった(インドネシア、トラジャ族)。 

★8b.鎌が自らの居場所を知らせる。

『現代民話考』(松谷みよ子)4「夢の知らせほか」第1章の9  昼間、花畑の手入れをしていて、鎌をなくした。畑の中や灰の中をかきまわしたが、見つからなかった。その夜、夢に鎌が出てきて、「金盞花(きんせんか)の中にいるから」と言う。夜が明けるのを待ちかねて花畑へとんで行って、金盞花を分けて見ると、ちゃんと鎌があった(長野県)。 

 

※大鎌で父の性器を切り取る→〔後ろ〕3の『神統記』(ヘシオドス)。 

※鎌で切腹しようとする→〔切腹〕4の『鎌腹』(狂言)。

※かまいたち→〔三人の魔女・魔物〕3のかまいたち(水木しげる『図説日本妖怪大全』)。

 

 

【神】

 *関連項目→〔デウス・エクス・マキナ〕〔死神〕〔福の神〕〔貧乏神〕〔二人の神〕

★1.すべてが神。

『テディ』(サリンジャー)  テディは、今年十歳の天才少年である。彼は六歳の時、ある日曜日に「すべてが神だ」と知って、髪の毛が逆立った。妹はまだ赤ん坊でミルクを飲んでいたが、まったく突然に、「妹は神だ、ミルクも神だ」ということがわかった。テディは自分の前世を覚えていたし、間近に迫った死も予感していた→〔落下する人〕3

★2.唯一絶対神。

『コーラン』6「家畜」74〜78  イブラーヒーム(アブラハム)は夜空に輝く一つの星を見て、「これぞ我が主(しゅ)」と言った。しかし星はやがて沈んだので、「姿を没するようなものは、気にくわない」と考えた。月を見て「これぞ我が主」と言ったが、月も沈んだ。太陽が昇ったので、「今度こそ我が主じゃ。これが一番大きい」と言ったが、太陽も沈んでしまった。イブラーヒームは「わしは、偶像崇拝や多神教ときっぱり縁を切った。今こそわしは、天地を創造し給うた唯一絶対の神を信仰する」と断言した。 

★3.神はいつでもどこでも、人を見ている。

『イスラーム神秘主義聖者列伝』「ジュナイド・バグダーディー」  導師ジュナイドが弟子たちの心を試そうと、「各自、誰にも見られぬ所で一羽の鶏を殺し、ここへ持って来い」と命じた。皆、すぐに姿を隠し、鶏を殺して戻って来たが、導師が目をかけていた一人の弟子だけは、鶏を生きたまま持って来た。「なぜ殺さなかったのか?」と問われて、弟子は「どこへ行っても、神は私を御覧になっておられましたので」と答えた。

★4.神から出て、神に還る。

『屍鬼二十五話』(ソーマデーヴァ)第25話  修行僧が、自らの呪法を完成させるためにトリヴィクラマセーナ王を利用し、繰り返し死骸を運ばせる(*→〔背中の死体〕1)。王は、修行僧の「転輪聖王になろう」との野望を知って、彼を斬り殺す。大自在天シヴァが、王の果断な行動に満足して出現し、王に告げる。「私は自身の一部から、汝・トリヴィクラマセーナ王を創り出した。汝は全世界を征服し、天上の快楽を長く享受した後に、自らの意志でそれを捨て、終局的には私に合一するであろう」。

★5.神の存在を信じるか否か?

『コンタクト』(ゼメキス)  恒星ヴェガへ飛ぶポッド(一人乗り空間移動装置)の、乗員選考が行なわれる。候補者の一人・女性科学者エリー(演ずるのはジョディ・フォスター)に、宗教学者が「神を信じますか?」と問う。エリーは「私は実証主義者です。神の存在については、判断するデータがないので答えられません」と言う。エリーは無神論者と見なされ、「神を信じない人物を、人類の代表として宇宙へ送るわけにはいかない」との理由で、候補者から除外される〔*その後、エリーは二台目のポッドに乗り、銀河系の中心まで行く〕。

*神さまが身を隠し、「わしは存在しない」と言う→〔天国〕7の『天国に結ぶ恋』(三島由紀夫)。

★6.神界の階層構造。

『小桜姫物語』(浅野和三郎)67  一つの神界の上にはさらに一段高い神界があり、そのまた上にもいっそう奥の神界があって、どこまで行っても際限がない。現在の「私(小桜姫)」どもの境涯からいえば、最高の所は、天照大御神様のしろしめす高天原の神界で、そこまでは、一心不乱に精神統一の修行をすれば、近づくことができないでもない。しかしそこから奥は、とても「私」どもの力量(ちから)では及ばない。高天原の神界から一段降(くだ)った所が、我々の住む大地の神界で、ここに君臨あそばすのが皇孫の命(ニニギノミコト)様である〔*小桜姫の霊が、浅野和三郎の妻の口を借りて語った〕。

*宇宙は高次の神を産み、高次の神はいっそう高次の宇宙を創って、宇宙も神もどこまでも進化して行く、という『神への長い道』(小松左京)と類似する発想→〔宇宙〕2

★7.御神体。

石神様の伝説  茂草のヌカモリ山にまつられた神様は、子供好きだった。毎日、子供たちが神社へやって来て、石の御神体を縄でしばり、山の上から大谷地の水溜りに転がして遊んだ。ある日、通りかかりの女が「そんなことをすると罰が当たる」と言ったので、子供たちは遊びに来なくなった。神様はさびしがり、女を盲目にしてしまった〔*女は二十一日間、神様に詫び、開眼した〕(北海道松前郡松前町)。

*御神体の石を捨てたが、何事もなかった→〔禁忌を恐れず〕1の『福翁自伝』(福沢諭吉)。

*御神体の珠を覗いて、神秘体験をする→〔星〕4の『故郷七十年』(柳田国男)「布川(ふかわ)時代」。

★8.「死ぬ神」と「不死の神」。

『金枝篇』(初版)第3章第1節  かつてグリーンランド人たちは「風が、彼らのもっとも強力な神を殺せる」と考え、また「その神は犬に触れると死ぬ」とも考えていた。キリスト教の神の話を聞いた時、グリーンランド人たちは「その神はけっして死なないのか?」と何度も尋ねた。「死なない」と知らされて彼らは大いに驚き、「それはさぞ偉大な神に違いない」と言った。 

★9a.「不老の神」と「老いる人間」。

『ギリシア神話』(アポロドロス)第1巻第7章  青年イダスとアポロン神が、少女マルペッサの愛を得ようと争った。マルペッサは「私が年寄りになった時、アポロン神は私を見捨てるかもしれない」と恐れ、イダスを夫に選んだ。 

★9b.童女(をとめ)は八十年を経てすっかり年老いたが、神の子孫である天皇は不老だった。

『古事記』下巻  雄略天皇が、美しい童女・赤猪子(あかゐこ)を見て、「近いうちに召すゆえ、結婚せずにおれ」と告げた。赤猪子は天皇の迎えを待ち続け、八十年がたつ。赤猪子は「待ち続けた心の内を訴えよう」と、宮中に参上する(*→〔処女妻〕5b)。雄略天皇は「婚(まぐはひ)しようか」と思うが、赤猪子が老齢なので、それは不可能だった。天皇は赤猪子に多くの物を与えて、家へ帰した。

★10.流行の神。

『流行』(森鴎外)  「己」はゴチック様式の廊下を抜け、応接室へ入って主人に会った。年は三十から四十の間で、貴族的な顔をしている。「己」が主人と話しているうちに、精養軒から料理が届いたり、三越から洋服が届いたりする。主人は代金を払わず、逆に、店の側が商品に大金をそえて持って来る。主人が利用した店は必ず流行(はや)り、使用した物はよく売れるからなのだ。不意に雷が鳴って、「己」は目が醒めた。「己」は書斎の机によりかかって仮寐(うたたね)していたのだ。

*森鴎外の妹の孫にあたる星新一も、これに似た作品を書いている→〔女神〕2の『れいの女』。

★11.神への非礼。

『金毘羅』(森鴎外)  小野博士は四国の高松へ講演に出かけ、琴平の旅館へ入ったが、金毘羅様には参詣しなかった。「金毘羅は荒神ですから、ここまで来て参詣しないと祟(たた)るかもしれません」と言う人がいた。博士が東京へ帰ると、二人の子供(百合さんと赤ん坊)が病気になった。博士は奥さんに金毘羅不参のことは言わなかったが、奥さんは隣人の勧めで、虎の門の金毘羅様へ祈祷を頼みに行った。赤ん坊は死に、百合さんは助かった→〔正夢〕2

★12.人間が神を傷つける。

『イリアス』第5歌  ギリシア軍とトロイア軍が激しく戦う中、ディオメデスはアイネイアスを打ち倒し、アイネイアスを救おうとする母女神アプロディテにも、槍を向ける。女神アプロディテは掌の付け根を傷つけられ、悲鳴をあげて逃げ去る。さらにディオメデスは女神アテナの助けを得て、軍神アレスの下腹に槍を突き立てる。軍神アレスも呻き声をあげて、天へ逃げ昇る。

★13.人間が神を助ける。

『ギリシア神話』(アポロドロス)第1巻第6章  神々が巨人(ギガス)たちと戦った時、「巨人たちは、神々によっては滅ぼされない。人間が神々の味方になれば、巨人を退治することができる」との予言があった。そこでゼウスがヘラクレスを味方に招き、ヘラクレスは神々と力を合わせて、巨人たちを殺した。  

*人間だけが、神にも悪魔にも殺されぬ魔王ラーヴァナを滅ぼすことができる→〔転生〕3の『ラーマーヤナ』第1巻「少年の巻」。

 

 

【神に仕える女】

★1.神域の処女。

『ギリシア神話』(アポロドロス)摘要第6章  ロクリスのアイアスがトロイアのアテナを怒らせたために(*→〔暴行〕7)、ロクリス地方は疫病に襲われた。「千年間、二人の処女をトロイアへ送って、アテナを宥(なだ)めるべし」との神託があり、くじ引きによって、ペリボイアとクレオパトラがトロイアへ送られた。彼女らは神殿の外へ出ず、髪を切り、一枚の着物に履物なしでいた。彼女らが死ぬと、次の処女を送った。後には、赤児を乳母とともに送った。千年の後に、処女を送ることをやめた。

★2.斎宮(いつきのみや)。

『伊勢物語』第69段  男が伊勢の国へ狩りの使いに行き、斎宮である女と、一夜の契りを交わした。男の「われて逢はむ」との言葉に応じ、女が男の部屋を訪れたのだった。夜が明けて、女から「君や来し我や行きけむおもほえず夢かうつつか寝てかさめてか」の歌が届き、男は「かきくらす心の闇にまどひにき夢うつつとはこよひ定めよ」と返歌する。しかし再びの逢瀬は叶わず、男は尾張の国へ旅立った。

*斎宮は、男(在原業平)との一夜の契りで子をなした、との説がある→〔一夜孕み〕1bの『冷泉家流伊勢物語抄』。

『和漢三才図会』巻第77・大日本国「丹波」  当国熊野郡市場村では、もし女児が生まれれば、四〜五歳になると斎宮となって神に奉仕する。深夜に独り坐しても、けっして怖畏(おそれ)ない。ようやく成長して月水を見るようになると、たちまち大蛇が出て逐(お)うので、居られなくなる。それで自分の家へ帰り、新しい女と交代する。

★3.巫女が国を治める。

『後漢書』列伝第85「東夷伝」  桓帝・霊帝の頃(146〜189)。倭国に卑弥呼(「ひみこ」あるいは「ひめこ」)という女子がいた。成長しても結婚せず、神がかりになって託宣し(「事鬼神道」)、巫女となって人々を惑わした(「以妖惑衆」)。倭国の人々は、卑弥呼を立てて王とした。卑弥呼の姿を見た者は少ない。一人の男子が食事の世話をし、卑弥呼の言葉を伝えている。

『魏志倭人伝』(『三国志』巻30・『魏書』30「烏丸鮮卑東夷伝」)に同記事があり、そこでは「卑弥呼の弟が政治を補佐した」と記す〕。

 

 

【神になった人】

★1.人間が死後に神となって祀(まつ)られる。

『小桜姫物語』(浅野和三郎)  「私(小桜姫)」は足利時代末期に現世に生きた者で、相州荒井の城主三浦道寸の息子・荒次郎義光の妻であった。夫義光が討ち死にして一年余り後に、「私」は三十四歳で病死した。里人が時折、野良(のら)の行き帰りに「私」の墓に香華をたむけていたが、ある年、三浦の土地が大海嘯(つなみ)の災厄から逃れたことが契機で、里人は小桜神社を建立し、土地の守り神様として「私」を祀った〔*小桜姫の霊が、浅野和三郎の妻の口を借りて語った〕。

*病気に苦しんで死んだ人が、神になる→〔病気〕1のうば神様の伝説。

*恋に苦しんで死んだ人が、神になる→〔恋わずらい〕5aの『じゅりあの・吉助』(芥川龍之介)。

★2.人間の夫婦が、死後に神や仏となって祀られる。

『浦島太郎』(御伽草子)  浦島太郎は玉手箱を開け、鶴になって虚空に飛び上がった。後に彼は、丹後の国に浦島の明神としてあらわれ、衆生を済度した。龍宮城の女房の本体である亀も、同じ所に神としてあらわれ、夫婦の明神となった。

『小栗(をぐり)(説経)  小栗判官は鞍馬の毘沙門に、照手姫は下野の日光山に、親が申し子をして得た子である。二人は結婚し、長者となり長寿を得た。死後はそれぞれ、美濃の国安八郡墨俣の、正八幡の荒人神(あらひとがみ)・契り結ぶの神となった。

『熊野の御本地のさうし』(御伽草子)  天竺・摩訶陀(まかだ)国の善財王は世をはかなんで(*→〔父さがし〕1)、七歳の王子、亡き后・五衰殿のせんかう女御の首、ちけん聖などとともに、飛ぶ車に乗って都を出、日本の紀の国に到った。彼らは熊野権現の神となった。證誠殿は善財王、両所権現は五衰殿の女御、那智権現はちけん聖、若王子は七歳の王子のことである〔*類話の『神道集』巻2−6「熊野権現の事」では、「五衰殿の善法女御」「喜見上人」とするなど小異がある〕。

『梵天国』(御伽草子)  玉若は、父母が清水の観音に願って得た子である。彼は梵天国王の姫君を妻とし、中納言になり、丹後・但馬の国を領地とした。玉若は丹後に住み、八十歳の年に久世戸(切戸)の文殊となった。妻は成相寺の観音となった。 

*有宇中将夫妻が、日光の男体権現・女体権現になった→〔貴種流離〕1の『日光山縁起』。

*小男と妻が、五条天神と道祖神になった→〔小人〕1の『小男の草子』(御伽草子)

*葦を苅る男と妻が、難波の浦の葦苅明神になった→〔再会(夫婦)〕4の『神道集』巻7−43「葦苅明神の事」。

★3.帝王の父親は、神でなければならない。

『変身物語』(オヴィディウス)巻15  アウグストゥスはローマの初代皇帝となった。世界の統領ともいうべき偉大なアウグストゥスが人間の子であってはおかしいとの理由で、その父(実際には養父)カエサルは、神とならねばならなかった。カエサルが暗殺された時、女神ヴェヌスが、彼の死体から魂を救い出して天へ運んだ。魂は、炎のような尾を引く箒星となって輝いた。

★4.生きた人間が「神」と呼ばれ、共同体を支配する。 

『地獄の黙示録』(コッポラ)  ベトナム戦争の時代。米軍特殊部隊のカーツ大佐(演ずるのはマーロン・ブランド)はカンボジアの密林地帯に潜入し、現地人たちの王国の「神」となって、君臨する。米軍司令部が、カーツ暗殺をウィラード大尉に命じ、ウィラードは王国へ乗り込んで、カーツと対面する。カーツは、アジア人の思考と行動が米国人の理解を絶するものであることを語る。祭の夜、ウィラードは鈍刀で切りつけ、カーツを殺す。カーツは抵抗せず、自らの死を待っていた。現地人たちはウィラードを新たな神としてあがめる。ウィラードは振り返ることなく、王国を去る。

★5.人間が神のふりをする。

『石神』(狂言)  妻が夫に愛想をつかし、親里に帰ろうとして、神社の石神に伺いをたてる。夫は石神に扮して、妻を待つ。妻が「石神が上がれば親里に帰り、上がらねば夫のもとにとどまる」と念ずると、夫は持ち上げられないように力を入れる。妻はいったんは真の神のお告げと信ずるが、すぐに夫と見破る。

『パンチャタントラ』第1巻第5話  王女に恋した織物師が、木製のガルダ鳥や、法螺貝・円盤・棍棒・蓮華を持つ四本の腕などで身をよそおい、ヴィシュヌ神に変装して王女の寝室へしのび入る。織物師は王女に、「私(ヴィシュヌ)の妻ラーダーが、あなたに生まれ変わったのだ。だから私は来たのだ」と言い、王女はそれを信じて織物師に身をまかせる。

*寝太郎が天狗のふりをする→〔木の上〕1の『隣りの寝太郎』(日本の昔話)。

 

 

【神の訴え】

★1.神が苦を訴える。

『古事談』巻3−92  松尾明神が七月なのに寒さを嘆き、空也上人に「法華の衣は薄く、妄想顛倒の嵐、悪業煩悩の霜にせめられて寒し」と訴える。空也上人が、『法華経』を四十余年読み染めた衣を松尾明神に着せると、松尾明神は「暖かになった」と喜んだ〔*『発心集』巻7−2に同話。『三国伝記』巻6−15の類話では十月のこととする〕。

★2.神が祭りを要求する。

『大鏡』「実頼伝」  太宰府から帰京する大弍佐理の乗った船が、伊予国の手前の港で動かなくなった。「三島の翁」と名乗る男(伊予の三島明神)が佐理の夢に現れ、「我が社には額がない。書の名人である汝に、額を書いてほしい」と請う。佐理は伊予に上陸し、潔斎して三島明神の額を書き、無事に京へ帰り着いた。

『尾張国風土記』逸文・吾縵(あづら)の郷  品津別皇子(ほむつわけのみこ。垂仁天皇の子)は七歳になっても物を言うことがなかった。皇后の夢に神が現れ、「私は多具の国の神・アマノミカツヒメだ。私は祭られたことがない。私を祭れば皇子は物を言い、命も長いだろう」と告げた。垂仁天皇はアマノミカツヒメの坐(いま)す所(吾縵の郷)を探し、その地に社を建てた。

『古事記』中巻  祟神帝の世、疫病で多くの人が死んだ。帝が憂えて神床に寝た夜の夢に大物主神が現れ、「意富多多泥古を祭主として我を祭るならば、祟りは止む」と告げた〔*『日本書紀』巻5祟神天皇7年2月に類話〕。

『捜神記』巻5−1(通巻92話)  漢末の人・蒋子文は、鐘山で賊に切られて死んだ。後、呉の孫権が帝位についた頃に、蒋子文は土地神となって現れた。彼は巫女に乗り移って「祠を建てて我を祭れ」と要求し、疫病や火事を起こした。孫権は蒋子文のために廟を建て、「鐘山」を「蒋山」と改めた。

『肥前国風土記』基肆(き)の郡姫社(ひめこそ)の郷  荒ぶる神が、道行く人を多く殺した。占うと「筑前国宗像郡の人・珂是古(かぜこ)に我が社を祭らせよ。この願いが叶えば、荒ぶる心は起こさぬ」との神示が得られた。珂是古は、その神を機織りの女神と知り、社を建てて祭った。以来、道行く人は殺されなくなった。

『肥前国風土記』佐嘉の郡  荒ぶる神が、道行く人を多く殺した。「土で人形・馬形を作り、祭祀すればよい」との占いがあり、それに従って神を祭ると、神の心は和んだ。

*空から落ちて来た星(隕石)が、「私を祀れ」と要求する→〔隕石〕1の星高山の伝説(別伝)。

 

 

【神の名前】

★1.神は多くの名前を持つ。

『九○億の神の御名』(クラーク)  「文字のあらゆる可能な組み合わせのどこかに、神のまことの御名を見出すことができる」と、ラマ僧たちは考えた。御名は一つではなく、九〇億ある(九〇億の神がいるのではない。唯一の神が九〇億の名を持つのだ)。ラマ僧たちはコンピューターを駆使して、九〇億の御名をすべて書き並べることに成功する。その瞬間、神が人類を創った目的は達成され、人類は存在理由を失った。頭上の星々が、音もなく消えて行った。 

『ギュルヴィたぶらかし(ギュルヴィの惑わし)(スノリ)第20章  オーディンは、アルファズル(万物の父)、ヴァルファズル(戦死者の父)、ハンガグズ(吊るされた神)、ハプタグズ(捕らわれる神)、ファルマグズ(荷物神)、などと呼ばれる。ゲイレーズ王の所へ行った時には、もっと多くの名前(四十九の名前)で呼ばれた。世界にはたくさんの言葉があって、人々は神に呼びかけ祈願するのに、神の名を自分の言葉になおす必要があると考えた。そこから、多くの名前が生まれたのだ。

『古事記』上巻  オホクニヌシノ神は、スサノヲノミコトの六世の孫である〔*スサノヲを初代とすると七代目にあたる〕。オホクニヌシノ神は、またの名をオホナムヂノ神といい、またの名をアシハラシコヲノ神といい、またの名をヤチホコノ神といい、またの名をウツシクニタマノ神といい、あわせて五つの名前があった〔*『日本書紀』巻1・第8段本文は、スサノヲがクシイナダヒメと夫婦の交わりをして、子のオホアナムチ(=オホナムヂ)を産んだ、と記す〕。

 

 

【神を見る】

★1.神の姿を見るのは、怖れ慎むべきことである。

『遠野物語』(柳田国男)91  鳥御前という男が、山で赭い顔の男と女に出会う。彼らは鳥御前の近づくのを制止するが、鳥御前は戯れて腰の切刃(きりは)を抜き、男に蹴られて気絶する。鳥御前は友に介抱されて家に帰り、三日ほど病んで死んだ。山の神の遊んでいる所を邪魔したため、祟りを受けて死んだのだった。

『日本書紀』巻14雄略天皇7年(A.D.463)7月  雄略天皇は「三諸丘(みもろのをか)の神の姿を見たい」と思い、臣下の少子部連(ちひさこべのむらじ)スガル(*→〔同音異義〕3)に、「行って捉(とら)えて来い」と命ずる。スガルは三諸丘に登り、大蛇を捉えて天皇に見せる。大蛇は雷音をとどろかせ、目をきらきらと輝かせた。天皇は恐れ、目をおおって大蛇を見ずに殿中に退き、大蛇を丘に放たせた。

*神の姿を見た女→〔夫〕6の『変身物語』(オヴィディウス)巻3・〔箱を開ける女〕1の『日本書紀』巻5崇神天皇10年9月。

*女神の姿を見た男→〔水浴〕3の『変身物語』(オヴィディウス)巻3・〔盲目〕3aの『ギリシア神話』(アポロドロス)第3巻第6章。

*双頭の蛇を見ると、死ぬ→〔蛇〕4aの『太平広記』巻117所引『賈子』。

*雪女郎を見ると、一年以内に死ぬ→〔雪女〕5の雪女郎の話。

*毛の生えた蛙が家に現れたら、誰かが死ぬ→〔蛙〕3の『蛙』(ゲーザ)。

*龍の姿を見て、気絶する→〔龍〕2の『今昔物語集』巻24−11。

*後ろ手で、神に捧げ物をする→〔後ろ〕2の『譚海』(津村淙庵)巻の2(戸隠明神)。

★2.選ばれた人が神の姿を見て、言葉を聞く。

『大鏡』「昔物語」  宇多天皇がまだ侍従であった元慶二年(878)頃。十一月下旬に鷹狩りに出かけたが、急に霧が立ち、あたりが暗くなった。供人は薮の中に伏し、震えていた。その間一時間ほど、賀茂明神が出現して、侍従に託宣していた。

『古事談』巻3−58  長久(1040〜44)の頃。最勝講の時、道場に持国天以下の四天王が現れたが、後朱雀院以外の人はこれを見なかった。

『出エジプト記』  雷鳴と稲妻と厚い雲がシナイ山に臨み、角笛の音が鳴り響いて、神がモーセ(モーゼ)を山の頂へ呼ぶ。イスラエルの人々は山の下で待つ。神はモーセに、十戒を語った(第19〜20章)。後にモーセは、四十日四十夜、山にこもって神の言葉を聞き、神が指をもって記した二枚の石の板を授かった(第24〜32章)。

 

※神が人を助ける→〔神仏援助〕に記事。

※神の眠りと人間世界→〔眠り〕1の『モモ』(エンデ)。

※神の使いである山椒魚を見ると、疱瘡の病にかからない→〔山椒魚〕4の『山椒魚』(松本清張『彩色江戸切絵図』)。

※星を見て病気を治す→〔病院〕5の『第三半球物語』(稲垣足穂)「星の病院」。

 

 

【髪】

 *関連項目→〔白髪〕 

★1a.金髪。

『紳士は金髪がお好き』(ホークス)  ナイトクラブの踊り子・金髪のローレライ(演ずるのはマリリン・モンロー)は、富豪の息子ガスと婚約する。ガスの父が探偵マローンに、ローレライの素行調査をさせるが、マローンは、ローレライの親友ドロシー(ジェーン・ラッセル)と恋仲になってしまう。ローレライはガスの父に対面して「お金が目当ての結婚よ」と言う。怒る父に、彼女は「金持ちの男は、美人の女と同じこと。結婚するなら美人の方がいいでしょ?」と言いくるめる。かくてローレライとガス、ドロシーとマローンの二組が、めでたく挙式する。

★1b.赤毛。

『赤毛連盟』(ドイル)  質屋の主人ウィルスンは、燃えるような赤い髪の持ち主だった。彼は、店員のスポールディングに勧められて、赤毛連盟の一員となる。アメリカの赤毛の百万長者が、自分と同じ赤毛の人に同情し、この連盟を設立したのだという。連盟員は、ごく簡単な仕事をするだけで、多額の報酬が得られるのだ→〔ABC〕1

★1c.緑色の髪。

『緑色の髪の少年』(ロージー)  田舎町に疎開したピーター少年は、両親がロンドンで空襲のため死んだことを知り、戦争への恐怖で、一夜にして髪が緑色になった。町の人々は緑色の髪を忌み、「伝染する」との噂も広がる。孤独なピーターは森へ迷い込み、戦争孤児の一群に出会う。彼らはピーターに、「緑色の髪は、戦争が子供に及ぼす不幸の象徴だ。緑色の髪ゆえ、誰もが君に注目する。君は世界の人々に、二度と戦争を起こさないよう訴えるべく、選ばれた人間だ」と教える。

★1d.辮髪(べんぱつ)。

『髪の話』(魯迅)  「私」の先輩にあたるN氏は、清朝末期に日本へ留学してすぐ、辮髪を切ってしまった。そのため、辮髪を頭のてっぺんにぐるぐる巻きにしている仲間の留学生連中から、憎まれた。数年後に上海に戻ったN氏は、辮髪のカツラを買ったが、まもなくカツラをやめ、洋服を着て街を歩いた。すると「生意気野郎!」とか「ニセ毛唐!」とか、罵られた。辛亥革命後しばらくして、ようやく悪態をつかれることがなくなった。

★2.逆立つ髪。

『毛抜』  小野春道の息女・錦の前は髪が逆立つ奇病にかかり、文屋豊秀との結婚が延引される。これは、両家の婚約を破棄させてお家乗っ取りをたくらむ悪家老の陰謀で、錦の前に鉄製の髪飾りをさせ、天井裏から大磁石で髪を吸い寄せていたのだった。

『蝉丸』(能)  延喜帝の皇女・逆髪(さかがみ)は、頭髪が空に向かって逆さまに生え、心が折々狂乱して御所をさまよい出る。逆髪は逢坂山へ来て、藁屋に住む弟宮の蝉丸と巡り合い、互いの不運を慰め合って別れる→〔子捨て〕3

『撰集抄』巻8−27  九月の明月の夜。帥大納言経信が古歌を詠じていると、それに合わせて高らかに詩を詠ずる声が、前栽の方から聞こえた。驚いて見ると、背丈が一丈五〜六尺もあり、髪が逆さまに生えた者がいた。経信は「八幡大菩薩助けさせ給え」と念じ、その者は消え失せた。朱雀門の鬼などであったのかもしれない。

★3.人に魔法をかけるために、その髪の毛を用いる。

『黄金のろば』(アプレイユス)巻の2〜3  魔女パンフィレエが美青年を呼び寄せるために、彼の毛髪を燃やして魔法をかけようとたくらむ。小間使いフォーティスが理髪店で毛髪を集めていると、床屋が「魔法使いめ」と怒り、美青年の毛髪を奪い返す。フォーティスは、パンフィレエに叱られないように、山羊の皮袋の毛を持ち帰って渡す。パンフィレエの魔法に応じ、夜、皮袋三つがやって来て、パンフィレエの家の門に突進し、中へ入ろうとする〔*「私(ルキウス)」はそれを見て「泥棒だ」と思い、剣をふるって皮袋三つを斬り伏せる〕。

*惚れ薬で美女を呼ぼうとして、米俵に追いかけられる→〔薬〕1『いもりの黒焼』(落語)。

『黒金座主(くるかにじゃーし)と髪の毛』(沖縄の民話)  怪僧・黒金座主が村の美女に目をとめ、その弟を手なづけて、「お姉さんの髪を一本もらって来て」と請う。それを聞いた姉(美女)は、髪を一本抜き、目籠(みーばあき)の目の隙間に差し入れて通す。弟はその髪を黒金座主に渡し、黒金座主は髪を前に置いて、呪文を唱える。美女が駆け込んでくるはずだったが、驚いたことに、目籠がころころ転がり込んで、黒金座主の前にとまった。

 

 

【髪(女の)】

★1.女の長い髪。

『大鏡』「師尹伝」  村上天皇の妃・宣耀殿の女御(芳子)は、髪がたいへん長く、参内する時、車に乗ると、身体は車の中にありながら、髪の端はまだ母屋の柱のもとにあった。髪の一すじを大きな陸奥紙の上に置くと、白いすきまがまったく見えなかった。

『ラプンツェル』(グリム)KHM12  魔法使いの女が、少女ラプンツェルを高い塔に閉じこめる。ラプンツェルは二十エレン(十二メートル近く)もある長い髪を垂らし、魔法使いの女はその髪にすがって、ラプンツェルの所へ行く。通りかかった王子が、同じように髪をつかんでラプンツェルの所まで登り、二人は夫婦になった。しかし魔法使いの女がそれを知り、ラプンツェルを荒野に追い払ったので、王子は絶望して塔から飛び降りる→〔再会(盲人との)〕3

★2.美しい髪を手に入れ、その主である女をさがす。

『トリスタン・イズー物語』(ベディエ編)3  騎士たちがマルク(マルケ)王に、妻をめとるよう進言する。王がそれに回答すべく約束した日、窓辺に巣を造っていた二羽の燕が、嘴(くちばし)から一すじの金髪を落として、飛び去った。マルク王は「この金髪の持ち主を妃としてむかえる」と騎士たちに言い、騎士トリスタンが、黄金の髪の美女を捜しに出かける〔*『トリスタンとイゾルデ』(シュトラースブルク)第12章は、これを妄譚として退ける〕。

『二人兄弟の物語』(古代エジプト)  バタの妻は、夫の言いつけにそむいて家の外へ出て、海神に襲われる。海神は一つかみの髪を彼女から奪い取り、それをファラオの宮殿の洗濯場へ運ぶ。ファラオは、髪の持ち主をさがし求め、バタの妻を自分の愛人とする。

『筆のまにまに』(菅江真澄)「なぐさのくあま」  白鳳の頃。宮中の御簾に、鳥が一丈八尺の黒髪一すじをくわえて来て掛けた。陰陽博士が「紀の国の処女の黒髪」と占う。天武天皇は使者をつかわし、髪の持ち主を后として迎えた。

★3.女の長い髪が蛇に変わる・蛇に見える。

『百物語』(杉浦日向子)其ノ72  町方の役人藤田某が公用で下野へ行き、旅宿に泊まった夜のこと。蛇が部屋に現れ、鎌首をもたげて藤田某をねらった。藤田某はとっさに羽織を蛇にかぶせ、上から刀で何度も突く。羽織を取り除けると、それは古びた腰帯で、裂け目から女の黒髪が溢れ出ていた。

『北条九代記』巻10  一遍上人は、在俗時二人の妻を持っていた。ある時、二人の妻が碁盤を枕に、頭を差し合わせて寝ていたところ、彼女たちの髻がたちまち小さな蛇となり、鱗を立てて喰い合った。一遍は刀を抜いて真ん中から切り分けたが、この事件がきっかけとなり、彼は発心して家を出た〔*苅萱道心の発心譚にもこのモチーフは用いられる〕。

*女の長い髪と動物の尾→〔尾〕1aの『古今著聞集』巻6「管弦歌舞」第7・通巻265話など、→〔尾〕1bの『サザエさん』朝日文庫本第44巻65ページ。

★4.神が、女の髪を蛇に変える。

『変身物語』(オヴィディウス)巻4  メドゥサはもとはすばらしい美女で、とりわけ髪の美しさが人目をひいていた。海神ネプトゥーヌス(ポセイドン)が彼女を女神ミネルヴァ(アテナ)の神殿で犯した時、女神は目をそむけ、神殿を汚した罪によって、メドゥサの髪を蛇に変えた。

★5.女の髪を売る。

『今昔物語集』巻3−26  ケイヒン国の女が髪を抜いて売り、仏弟子・迦旃延を九十日間供養して、彼の説法を聞く。その功徳で、女は身体から光を放つ美貌を得て、国王の后になった。后の勧めで王も民も皆、仏法に帰依した。

『若草物語』(オルコット)「電報」  従軍牧師として南北戦争に出征した父が重病、との電報が届く。母は父を見舞いにワシントンへ旅立つ。四人娘の次女ジョーが、栗色の長い髪を二十五ドルで売り、母の旅費の足しにする。

*美女が髪を売りに行って、生き肝を取られそうになる→〔生き肝〕1の『今昔物語集』巻4−40・

*妻が髪を売った金で、夫へのプレゼントを買う→〔二者同想〕1aの『賢者の贈り物』(O・ヘンリー)。

★6.死んだ女の髪を売ろうとする。

『好色一代男』(井原西鶴)巻4「形見の水櫛」  百姓二人が、土葬された美女の髪を抜いて、遊郭へ売りに行こうとする。それを見咎める世之介に、百姓らが説明する。遊郭の女郎は、何人もの客に「恋しい貴方のために私の髪を切る」と心中立てをする。そして他人の髪を買い取り、手紙に包んで客たちに送りつけ、だますのである。

『今昔物語集』巻29−18  羅城門の上層に若い女の死骸があり、老婆がその髪を抜き取っていた。これを見咎める盗賊に、老婆は「この女は私の主人だった人だ。長い髪なので、鬘にしようと思うのだ」と説明した〔*『羅生門』(芥川龍之介)では、老婆が下人に「この女は生前、蛇の切ったのを魚といつわって売っていた。だからこれくらいのことをされても当然だ」と言う〕。 

 

 

【髪が伸びる】

★1.切り取られ、剃り落とされた髪は、時間がたてばまたもとどおりに伸びる。

『仮名手本忠臣蔵』10段目「天河屋」  堺商人・天河屋義平は、塩冶浪士の討入りのための武具を手配し、秘密を守るために、妻お園まで「離縁だ」と言って家から出す。お園は路上で賊に襲われ、髪を切り取られる。実はこれは、大星由良之助のはからいであった。討入りの本懐を遂げ、義平とお園がふたたび夫婦になれるまでの約百日の間に、お園が親了竹の手で他家に嫁入りさせられぬよう、尼姿にしたのである。百日は、すなわちお園の髪がもとどおり伸びるまでの日数でもあった。

『三年目』(落語)  女房が病死したので、剃髪して棺に納めた。年月がたち、やがて夫は再婚して、子供もできる。ところが、三年目の法事の晩に女房の幽霊が出て、夫に恨み言をいう。「なぜもっと早く出なかった」と夫が聞くと、女房は「髪が生え揃うのを待っていました」と答える。

『無名抄』(鴨長明)  在原業平が二条后を盗み出したが、兄国経・基経たちが奪い返し、業平のもとどりを切った。業平は、髪がもとのように生えるまでの間、「歌枕を見る」と称して東国へ旅立った。

*妻の髪は切ってもまた生えてくる→〔二者同想〕1bの『愚者の贈り物』(ベイカー)。

★2.髪が伸びて力を回復する。

『士師記』第16章  サムソンは力の根源である髪を剃りおとされ、ペリシテ人に捕えられて眼をつぶされる。牢に入っている間に、サムソンの髪はふたたび伸びはじめ、彼は力を回復するが、ペリシテ人は気づかない。サムソンは、三千人のペリシテ人が集まった建物の柱を押し倒し、自らの死をもって多くのペリシテ人を殺した。

★3.髪が伸びることを利用して、秘密の通信をする。

『歴史』(ヘロドトス)巻5−35  ヒスティアイオスが、ペルシャへの謀叛をアリスタゴラスに指令しようと考える。街道が警戒厳重なので、奴隷の髪を剃りおとして頭皮に文書を入れ墨し、髪が伸びるのを待って派遣した。

*髪を剃れば通信文があらわれるのではないか、と疑う→〔髪を切る・剃る〕3の『パンタグリュエル物語』第二之書(ラブレー)第24章。

 

※髻の中に弓の絃(つる)を隠す→〔弓〕4の『古事記』中巻。

 

 

【髪を切る・剃る】

★1.生命や力の根源である髪や髭を、切り取る・剃り落とす。

『ギリシア神話』(アポロドロス)第2巻第4章  アムピトリュオンがタポス島を攻撃するものの、タポス王プテレラオスが生きている間は攻め落とせない。王の娘コマイトが敵将アムピトリュオンを見そめて恋し、父王の頭から不死の印の黄金の毛を取り去る。プテレラオスは死に、タポスは陥落した。

『ギリシア神話』(アポロドロス)第3巻第15章  クレタのミノスが、メガラを攻める。メガラ王ニソスの頭の真中には紫色の毛が一本あり、これが抜かれた時に彼は死ぬ、との神託があった。彼の娘スキュラがミノスに恋し、その毛を抜き取った。

『士師記』第13〜16章  サムソンの力の根源は、生まれてから剃刀をあてたことのない彼の髪にある。彼は素手で獅子を裂き、ろばのあご骨で千人のペリシテ人を殺した。しかし彼は眠っている間に、愛人デリラによって髪を剃られ、力を失った。

『ルスランとリュドミラ』(プーシキン)第5歌  魔法使いチェルノモールの力のもとは、長く白いあごひげにあった。ルスランが闘いを挑み、空飛ぶチェルノモールのあごひげをつかむ。チェルノモールは二日間飛び続けるが、ルスランはあごひげを放さず、三日目にチェルノモールは赦しを請う。ルスランは、チェルノモールの兄から得た剣で(*→〔頭〕8)、あごひげを切り落とし、チェルノモールを捕らえる。

*長命の相である長い眉毛→〔眉毛・睫毛〕3の『名人』(川端康成)。

★2.不義をはたらいた人の髪を切る。片側の髪だけ切ることがある。

『好色一代男』(井原西鶴)巻3「口舌の事触」  二十七歳の世之介は、奥州・塩竈神社の巫女を、夫がいるのを承知で無理に犯そうとする。しかし夫に見つかり、捕らえられて片方の鬢髪を剃り落とされた。

『デカメロン』(ボッカチオ)第7日第8話  夫が、妻のもとへ忍んで来る愛人を見つけ、追いかける。その間に妻は寝室を抜け出し、身代わりに女中を寝かせる。夫は戻って来て、女中を妻と思い殴りつけ髪を切り取って、妻の不貞をその家族に訴える。家族が確かめに来ると、妻は殴られた跡もなく、髪も長いままだった。

*片髪を切り取られた男が、自分の姿が目立たないように、仲間たちの片髪をも切り取る→〔目印を消す〕2の『デカメロン』第3日第2話。

*不義の男女の耳を切り取る→〔耳を切る〕3の『ボール箱』(ドイル)。

★3.髪を剃れば通信文があらわれるのではないか、と疑う。

『パンタグリュエル物語』第二之書(ラブレー)第24章  パンタグリュエルのもとへ、パリの一婦人からの書簡を携えた使者が来るが、その書簡紙には何も記されていなかった。パンタグリュエルの腹心パニュルジュは、「使者の頭髪を剃ろうか」と考える。彼は「婦人が使者の頭を剃って、頭皮に伝言を書きつけたのではないか」と、疑ったのである。

*髪が伸びることを利用して、秘密の通信をする→〔髪が伸びる〕3の『歴史』(ヘロドトス)巻5−35。

 

 

【神がかり】

 *関連項目→〔憑依〕〔もののけ〕

★1.神が人間の口を通して様々なことを告げる。

『日本書紀』巻5崇神天皇7年2月  崇神天皇が八十万(やそよろづ)の神々を招き、占いをして、様々な災いのわけを知ろうとした。大物主神が倭迹迹日百襲姫命(やまとととびももそひめのみこと)に神がかりして、「我を敬い祭れば、国はおのずから平らぐだろう」と告げた。

『日本書紀』巻6垂仁天皇25年3月  倭大国魂神が大水口宿禰にかかって「先帝・崇神は、神祇を祭るに不適切なところがあったために、短命だった。今、汝(垂仁天皇)は正しく祭れば、命長く天下太平であろう」と教えた。

『日本書紀』巻15顕宗天皇3年  二月一日に月神が、四月五日に日神が、それぞれ人にかかって、祖神高皇産霊の功を述べ、田地を奉るよう求めた。

『日本書紀』巻28天武天皇元年7月  高市県主許梅が神がかり状態になって、「我は高市社の事代主神である。また、身狭社の生霊神である」と告げ、「西の道から軍勢が来る。注意せよ」と教えた。村屋神も、神官に神がかりして「我が社の中道から軍勢が来る。道を塞げ」と教えた。

『日本霊異記』下−31  美濃国方県郡(かたかたのこほり)の女が、石二つを産んだ。隣の淳見郡(あつみのこほり)の大神・伊奈婆(いなば)が卜者(かみなぎ)に乗り移って、「その二つの石は、我が御子なり」と告げた。そこで、女の家の内に忌籬(いかき)を設け、二つの石を祭った→〔出産〕1

*伊奘諾(いざなき)神のお告げ→〔いれずみ〕1の『日本書紀』巻12履中天皇5年9月18日。

★2.神がかりによって、死者がでる。

『英霊の聲』(三島由紀夫)  ある夜「私」は、木村先生の帰神(かむがかり)の会に列席する。霊媒の青年川崎重男君に、二・二六事件の将校たちの荒魂(あらみたま)や、神風特別攻撃隊の勇士たちの荒魂が憑依する。彼らは、昭和天皇が終戦後「自分は神でなく人間である」と宣言したことを、激しく非難する。明け方になって、ようやく英霊たちは神界に帰るが、その時すでに川崎君は死んでいた。

『古事記』中巻  仲哀天皇が闇の中で琴を弾き(*→〔琴〕1)、后(神功皇后)が神がかりとなって、神託を告げる。しかし仲哀天皇はこれを疑ったので神は怒り、「汝は一道(ひとみち)に向かえ」と命じた。火をかかげて見ると、仲哀天皇は崩じていた〔*『日本書紀』巻8仲哀天皇条では、天皇は八年九月五日に神託を得て疑い、翌九年二月六日に急病で崩じた、五十二歳であった、と記す。巻9神功皇后摂政前紀=仲哀天皇9年12月条の「一云」では、神託の夜に発病して崩じた、とする〕。

★3.いつわりの神がかり。 

『笑賛』(明・趙南星)「端公」  北方には神おろしを行なう男子がいて、これを「端公」と呼ぶ。ある時、端公の留守中に、神おろしを依頼する客があった。やむなく弟子が、神がかりになったふりをし、でたらめを言って謝礼をもらった。弟子がこのことを師匠の端公に報告すると、端公は驚き、「どうしてお前はわかったんだ。わしはもともとそうやっていたのだ」と言った。

★4.いつわりの神がかりのつもりが、本当の神が乗り移る。

『アグニの神』(芥川龍之介)  印度人の老婆が日本の少女妙子をさらい、その身体にアグニの神を乗り移らせる。神は妙子の口を借りて予言をし、老婆はそれで金を稼ぐ。ある時、妙子は神に乗り移られたふりをして、「妙子を親元へ返さぬとお前の命を取る」と言って老婆を脅そうと考える。しかし妙子は意識を失い、本当にアグニの神が乗り移った。老婆は「妙子がアグニの神の声色を使っているのだろう」と思い、神の命令を聞かず、その場で殺された。

★5.子供に神がかりする理由。

『続古事談』巻4−3  岩清水八幡の神の使いが、十歳ほどの少女に乗り移った(*→〔けがれ〕4)。神の使いは「成人に乗り移ると、その口から出る言葉が本当に神のお告げかどうか、疑われる。また成人は、けがれている。それで、疑われず・けがれてもいない少女に、乗り移ったのだ」と述べた。

★6.神がかりになった巫女の思い。

『なまみこ物語』(円地文子)  春日明神に仕える巫女が語った。「神が私の身体にお憑(うつ)りなさる時は、意識を失って何も覚えていない。でも、人の命を絶つような重大な言葉が、私の口から出たことを後に知って、空恐ろしい思いをすることが幾度もあった。娘二人は巫女にしたくない」。しかし娘二人も母同様に巫女となり、藤原道長に命ぜられて、中宮定子のにせ生霊を演じた→〔生霊〕4

 

 

【神隠し】

★1.神・魔物などが人を連れ去る。

『古今著聞集』巻17「変化」第27・通巻605話  女官・高倉の子で七歳になるあこ法師が、夕暮れ時、築地の上から垂れ布のようなものがおおいかぶさると見る間に、姿を消した。三日後の夜半、あこ法師は家に戻されたが、全身に馬糞がついており、魂の抜けたような状態で、十四〜五歳までは生きていた。

『神道集』巻8−48「八ヵ権現の事」  上野の国司左大将家光の若君・月塞が、伊香保山の船尾寺の稚児になった。月塞は、十九歳の三月十六日、里へ下った折に神隠しにあう。天狗たちが月塞をさらったのだったが、このために、父国司と船尾寺の間に戦が起こる〔*月塞は後に天狗たちに捨てられるが、やがて神通力を得て神になった〕。

『諏訪の本地』(御伽草子)  甲賀三郎が妻・春日姫を連れて、伊吹山で巻狩をした時、辻風が、美しい草紙三帖を姫の仮屋へ吹き入れた。姫が草紙を手に取って見ると、草紙は三人の児(ちご)に変身し、姫をさらって辰巳の方へ消え去った〔*類話の『神道集』巻10−50「諏訪縁起の事」では、童子は東北へ去り、春日姫を好湛国へ連れ去る〕→〔穴〕3

『遠野物語』(柳田国男)8  松崎村寒戸(さむと)の民家で、若い娘が神隠しにあった。黄昏時に、梨の樹の下に草履を脱ぎ置いたまま、行方知れずになったのだ。それから三十余年後の強風の日、娘は老いさらばえた姿で帰って来て、「皆に会いたかった」と言い残し、またどこへともなく去った。

『南総里見八犬伝』第4輯巻之5第40回  悪人舵九郎が、四歳の犬江親兵衛を捕らえて、石で撃ち殺そうとする。その時、電光とともに雲が降り、親兵衛は雲に包まれ、中天へ昇って姿を消した。舵九郎は、身体を引き裂かれて死んだ〔*親兵衛は、伏姫の墳墓のある岩窟で伏姫神霊に養われ、五年後に里見義実(伏姫の父)の前に姿を現す〕。

『百物語』(杉浦日向子)其ノ22  旗本屋敷の六歳の息女が、表を通る門付け一座を見ようと庭に降りかけ、奥方から制止される。娘は門付けの唄、三味線の音を慕って廊下を走り、乳母に追われて一部屋の長持に隠れる。乳母が蓋を取ると、娘の姿は消えていた。それから一年後、娘は長持の中に再び姿を現した。以来別事なく、今は十五〜六歳になっている。

*姿を見えなくされ、声も出せなくされてしまう→〔隠れ身〕7の『現代民話考』(松谷みよ子)1「河童・天狗・神かくし」第3章の3。

 

 

【雷】

 *関連項目→〔落雷〕

★1.人間が雷に化す。

『大鏡』「時平伝」  右大臣菅原道真は、左大臣藤原時平の讒言(ざんげん)によって大宰府に流され、死後雷神となった。恐ろしく雷が鳴って、清涼殿に落ちかかろうとした時、時平は刀を抜き、「汝は存命中は私の次位だった。雷神となっても私に対しては遠慮すべきだ」と言って、にらみつけた。すると、一時(いっとき)雷は鎮まった。

『平治物語』下「悪源太雷となる事」  悪源太義平は難波三郎恒房に斬られる時、「雷になって、汝を蹴殺してやる」と言った。以来、雷が鳴るたびに、恒房はこのことを思い出して恐れた。摂津国昆陽野で雷に遭った時、恒房は、悪源太義平を斬った刀を抜いて立ち向かったが、乗っていた馬もろとも雷に打たれ、死んでしまった。

★2.雷と性交。雷雨は天と地の性交であり、それに促されて男女も契りを交わす。

『源氏物語』「賢木」  朧月夜尚侍が瘧病治療のため、内裏から父右大臣邸に里帰りしたので、光源氏はしのび入り密会を重ねる。光源氏二十五歳の夏、激しい雷雨の暁に、右大臣は娘朧月夜の部屋を見舞い、二人の密会の現場を見る。このために、光源氏は須磨に退去することとなった。

『好色五人女』(井原西鶴)巻4「恋草からげし八百屋物語」  師走の二十八日に火事があり、八百屋八兵衛一家は旦那寺の吉祥寺に避難した。十六歳の娘お七は、同じく十六歳の寺小姓・吉三郎と恋仲になり、正月十五日、激しく雷の鳴る深夜に、ただ一度の契りを結んだ。

『湯屋番』(落語)  銭湯に奉公した若旦那が、客の女に見初められ、家に招き入れられる。折からの雷雨に女はおびえ、やがて落雷があって女は気を失う。若旦那が口移しに気付けの水を飲ませると、女は「雷様は怖けれど、私がためには結ぶの神」とほほえむ〔*すべて、番台に座った若旦那の空想〕→〔空想〕3a

*雄略天皇と妃の媾合中、空には雷が鳴っていた→〔閨〕3の『日本霊異記』上−1。

*雷が鳴っても性交しない→〔性交せず〕3の『武家義理物語』(井原西鶴)。

*雷を恐れて、男女が一つの蚊帳の中に入る→〔蚊帳〕1の『盲長屋梅加賀鳶(めくらながやうめかがとび)』(河竹黙阿弥)。 

★3.雷の嫁になる。

『太平広記』巻395所引『稽神録』  大雨の後、娘が姿を消したので、老母が捜しまわる。一ヵ月後、娘が訪れ「自分は雷の嫁になった」と告げて去り、二度と戻らなかった。

★4.武器としての雷。 

『ギリシア神話』(アポロドロス)第1巻第2章  クロノスの子として生まれたゼウスは、成年に達すると、ティタン族との戦争に従事した。一眼の巨人族キュクロプスたちがゼウスに電光と雷霆を与え、ゼウスは以後これを武器として用いた。  

★5a.雷の真似をする。

『ギリシア神話』(アポロドロス)第1巻第9章  高慢なサルモネウスは「私はゼウスだ」と称し、ささげ物を人々に要求した。彼は、乾燥した革を青銅の釜とともに戦車で引っ張って「雷鳴だ」と言い、炬火を空に投げて「雷光だ」と言った。本物のゼウスが雷霆でサルモネウスを撃ち、彼の建てた市と住民を滅ぼした(*サルモネウスはテッサリア出身だった→〔雷〕5bの『金枝篇』(初版)第1章第2節)。

『サザエさん』(長谷川町子)朝日文庫版・第32巻131ページ  サザエが入浴中、窓の外に「ピカッピカッ」と稲光がし、「ゴロゴロ」と雷鳴が聞こえるので、こわくなって飛び出る。しかし波平もフネも「雷?」「いいえ」と言うので、外を見ると、ワカメとカツオが、懐中電灯と太鼓を使っていたずらをしていたのだった。   

★5b.雷を真似るのは、本物の雷を招く呪術だった。

『金枝篇』(初版)第1章第2節  テッサリアのクランノンの人々は、青銅の戦車を神殿に置いた。雨を欲する時には、この戦車を揺らすと雨が降った。戦車のガラガラ鳴る音はおそらく、雷鳴の模倣である。ロシアでも、鉄槌で薬缶や樽をたたいて雷鳴を真似る、二本の燃え木を打ち当て火花を飛ばして稲光を真似る、などの呪術を行なって雨乞いをした。

★6.雷雨で占う。

『日本書紀』巻28天武天皇元年6月  天智天皇の死後、大海人皇子は大友皇子と対立し、挙兵する。激しい雷雨の夜、大海人皇子は誓約(うけひ)をして、「もし天神地祇が助け給うならば、この雨は止むだろう」と言う。言い終わるとすぐ、雷雨は止んだ。 

 

 

【亀】

 *関連項目→〔鼈(すっぽん)〕

★1.釣り上げた亀を海へ返し、後にその亀と夫婦になる。

『浦島太郎』(御伽草子)  丹後の国の浦島太郎は、ゑしまが磯で釣り上げた亀に、「命を取るのはかわいそうだから助けよう。この恩を思い出せ」と言って海に返す。翌日、亀の化身である美女が舟に乗って現れ、浦島を龍宮城へ招き、夫婦となって恩を報ずる。

*原形の『丹後国風土記』逸文では、釣り上げた亀を海に返したりはしない。亀は舟の中で女に化す→〔眠る男〕1

*昔話『浦島太郎』では、子供たちから亀を買い取って放生するのが、一般的な形である→〔放生〕3の『今昔物語集』巻9−13などに、亀の放生の記事。

★2.亡き母の霊が亀と化して子を救う。

『秋月物語』(御伽草子)  愛敬(あいきゃう)の君は七歳で母を失った。継母は愛敬の君を殺そうと考え、武士(もののふ)が彼女を讃岐の蛭が小島へ連れて行き、海に沈める。冥土の母が大亀となって現れ、愛敬の君を島の上に置く〔*愛敬の君は筑紫の秋月の地に身を隠し、やがて中将(後に関白)と結婚して、男児三人女児二人を得る〕。

『ふせやの物語』(御伽草子)  にほひの姫君は七歳で母を失った。継母は姫君の死を願い、姫君は十四歳の時、近江の湖に沈められる。しかし亡母の霊が亀と化して現れ、姫君を甲羅に乗せて、無事に瀬田の橋まで運んだ〔*姫君は少将(後に関白)と結婚し、男児三人女児一人を得る。継母は手を合わせて姫君に詫びる〕。

★3a.亀の甲羅は有用なものである。

『法句譬喩経』巻1「心意品」第11  水狗(かわうそ)が、歩いている亀を食おうとしたが、亀は頭・尾・四脚を縮めて甲羅の中に隠した。水狗が遠ざかると、亀は頭足を出して再び歩き始め、無事であった。「亀が甲中に頭足を蔵して身を守るごとく、人間も六つの感覚器官を制御して心を守れ」と、世尊は説いた。

*亀の甲羅で琴を作る→〔琴〕5aの『ギリシア神話』(アポロドロス)第3巻第10章。

*亀の甲羅が並んで橋になる→〔橋を架ける〕2の『平家物語』巻5「咸陽宮」。

★3b.亀の甲羅で吉凶を占う。

『荘子』「外物篇」第26  宋の元君は、漁師余且が捕まえた白亀を殺して甲羅を剥ぎ、鑽で穴をあけ火で焼いて、亀裂の出方で吉凶を占った。占うこと七十二回に及んだが、外れたことは一度もなかった。

★4.亀の予言。

『今昔物語集』巻5−19  天竺の男が、亀を釣った人から、その亀を買い取り、水に放してやった。数年後、亀が男の所へやって来て、かつて命を救われた礼を述べ、「川が洪水になるから船を用意せよ」と教える。まもなく洪水が起こったが、男は船のおかげで、難を逃れることができた〔*男は、水に流される亀と蛇と狐と人間を、船に助け上げる〕→〔恩知らず〕4

『三宝絵詞』下−26  ある人が、市で河亀を高く買い取って放生した。その夜、亀がこの人の家を訪れて、洪水を予言する。この人は王に告げ知らせ、王は高所へ移動して洪水の難を逃れた。後に王は、この人を大臣にとりたてた。

★5a.世界を支える亀。

陸地と動植物などの起源譚(北アメリカ・ヒューロン族の神話)  原初には、世界は一面の海原だった。一匹の海亀の甲羅のまわりに、女神が置いた泥が(*→〔土地〕6)、あらゆる方向に広がって、動植物の生育する広大な土地ができ上がった。そのすべてを支えたのは亀であり、今も亀は大地を支え続けている。

*巨大な亀が島を支える→〔島〕5の『列子』「湯問」第5。

★5b.「世界を支える亀」を支えるものは何か?

『ホーキング、宇宙のすべてを語る』第1章  有名な科学者(バートランド・ラッセルだ、という説あり)が講演で、「地球は太陽の周囲を回り、太陽は銀河系内を回っている」と述べた。一人の老婦人が「それは間違いです。世界は平面で、巨大な亀の背中に支えられています」と反論する。科学者は「では、その亀は何の上に立っているのですか?」と尋ねる。老婦人は「あなたは賢いわ。でもね、亀の下にも、たくさんの亀がいるのよ」と答えた。 

★6.亀の寿命は一万年。

『再成餅(ふたたびもち)「万年」  「『亀は万年』と言うが嘘だ。この亀は最近買ったが、ゆうべ死んだ。古人の言もあてにならぬ」「いや、ゆうべが万年目だったかもしれない」。

*亀のゆったりした呼吸が、長寿の一因かもしれない→〔息〕11の『幽明録』6「墓の中の娘」。

 

※落下する亀→〔落下する物〕4の『今昔物語集』巻5−24など。

※兎と亀の駆けくらべ→〔兎〕1aの『イソップ寓話集』(岩波文庫版)226「亀と兎」。

※アキレスと亀→〔競走〕5bのアキレスと亀の故事。

※石亀。亀の石像→〔水没〕1の『述異記』(祖冲之)・『捜神記』巻20−7、〔八月十五夜〕6の『子不語』巻6−138。

※アトランティス大陸に生息していた巨大な亀→〔原水爆〕5bの『大怪獣ガメラ』(湯浅憲明)。

 

 

【仮面】

 *関連項目→〔面〕

★1.美しい顔を隠す仮面。

『教訓抄』巻1  北斉の蘭陵王は非常な美貌であったため、兵士たちは戦場にあっても、王の顔ばかり見たがり、十分な戦闘ができなかった。そこで蘭陵王は恐ろしい形相の仮面をつけ、美貌を隠して戦場に出て、敵軍を打ち破った〔*その時、戦勝を祝い、兵たちが面をかぶって舞ったのが、舞楽『蘭陵王』の起源である〕。

『鉢かづき』(御伽草子)  臨終の母が十三歳の姫君に、肩が隠れるほどの鉢をかぶせ、鉢は頭から離れない。姫君は家を追われ、山蔭三位中将邸の湯殿で働き、山蔭家の四男宰相殿と契りをかわす。四人兄弟の嫁くらべが行われる日に鉢が落ち、それまで鉢に隠されていた姫君の美貌が明らかになる〔*頭部にくっついて取れないという点で→〔頭〕4の『徒然草』第53段・〔面〕1の『磯崎』と類縁の発想〕。

★2.醜い顔を隠す仮面。

『オペラ座の怪人』(ルルー)  エリックは生来の醜貌ゆえ両親からも恐れられ、家出をして諸国を放浪した後に、オペラ座の地下に住んで、醜い顔を仮面で隠す。彼は歌姫クリスチーヌ・ダーエを愛し、彼女を誘拐する。クリスチーヌはエリックを憐れみ、額への接吻を受け入れる。エリックはクリスチーヌへの愛ゆえに病み、死んで行く〔*ロン・チャニー主演の映画『オペラ座の怪人』では、群集がエリックを殴殺する〕。

『仮面ライダー』(石ノ森章太郎)  悪の組織ショッカーが、本郷猛の肉体に人工の筋肉・骨・心臓を組み込んで、サイボーグにしてしまう(*→〔ロボット〕7)。本郷の心に強い怒りや悲しみが湧き上がると、改造手術の傷あとが全身に浮き出てくる。顔にも醜い傷あとがあらわれるので、彼は昆虫の頭部を思わせる仮面をつけて顔を隠し、オートバイを走らせて、ショッカー一味と戦う。

『他人の顔』(安部公房)  実験中に液体空気が爆発し、「ぼく」の顔はケロイド瘢痕におおわれる。以来、妻との夫婦関係も絶える。「ぼく」は合成樹脂の仮面を作り、他人の顔を手に入れ、妻を誘惑する→〔妻〕7c

★3.醜い顔を面で隠していることを利用して、別人とすりかわる。

『犬神家の一族』(横溝正史)  青沼静馬は、戦地で顔に無残な傷を負った。彼は醜い顔を仮面で隠し、犬神佐清(すけきよ)になりすまして、犬神家の財産を得ようとたくらむ。静馬は指紋を押す時だけ、本物の佐清とすりかわった。本物の佐清が静馬の仮面をつけ、犬神家の人々の前で指紋を押したのである〔*佐清は、母松子が殺人を犯す現場を静馬に見られたため弱みを握られ、静馬の指示に従わざるをえなかった〕。

★4.国王と同じ顔を隠す仮面。

『仮面の男(鉄仮面)』(デュマ)34  ルイ十四世の双子の兄弟フィリップは、ルイになり代わり王となろうとして、捕らえられる。ルイは、自分と同じ顔を持つ男が二度とこの世に戻って来ないように、フィリップに鉄仮面をかぶせて、サント・マルグリット島に幽閉する。

★5.白色人種の容貌を隠す黄金の仮面。

『黄金仮面』(江戸川乱歩)「ルパン対明智小五郎」  フランスの怪盗アルセーヌ・ルパンが、『紫式部日記絵巻』や玉虫厨子をねらって、日本に潜入する。彼は、一目で異国人とわかる容貌を隠すため、黄金の仮面をかぶって人前に現れた〔*部下を影武者にする場合も、仮面をかぶらせるだけでよいのだから、便利であった〕。

*黒人の子であることを隠す黄色い仮面→〔皮膚〕3の『黄色い顔』(ドイル)。 

★6.仮面の女が自分の妻であると気づかずに、口説いてしまう。

『こうもり』(J.シュトラウス二世)  銀行家アイゼンシュタインは舞踏会へ行き、そこに現れた仮面の貴婦人を妻ロザリンデと気づかず口説いて、時計を取り上げられる。翌日ロザリンデはアイゼンシュタインに、「あなたの浮気の証拠だ」と言って、時計を見せる〔*実はこれは、友人ファルケ博士がアイゼンシュタインに仕掛けた悪戯だった(*→〔舞踏会〕4)。ファルケ博士がロザリンデに、仮面をつけて舞踏会に行くよう頼んだのである〕。

*仮面の女が自分の恋人であると気づかずに、口説いてしまう→〔裸〕2の『裸で御免なさい』(アレグレ)。 

★7.仮面の男の正体について、読者はおおよそ見当をつけている。作中人物が、仮面の男の正体を察知する場合もある。

『月光仮面』(川内康範/桑田次郎)「バラダイ王国の秘法の巻」  「サタンの爪」の手下メリケン・ジョンは改心し、月光仮面や名探偵祝十郎の味方になる。そのため彼は裏切り者として、「サタンの爪」に射殺される。駆けつけた月光仮面に、ジョンは「あなたの正体を一目・・・・・・」と請う。月光仮面が仮面をとると、ジョンは「おお、やっぱり思ったとおりの・・・・・・」と言って息絶える〔*漫画の画面には、月光仮面の後ろ姿が描かれているので、読者は月光仮面の素顔を見ることができない。テレビ映画版も同様〕。

★8.覆面を捨てることによって、自分の正体を隠す。

『タイガーマスク』(梶原一騎/辻なおき)  覆面レスラー・タイガーマスクが、素顔の伊達直人に戻って、大阪の町の裏通りを歩いていた。トラックにひかれそうな男の子を助けようとして、伊達直人はトラックにはねられ、路面にたたきつけられる。彼は、自分がタイガーマスクであることを知られないように、上着のポケットから覆面を取り出し、川へ投げ棄てて息絶える。

*『タイガーマスク』は、伊達直人が少年の命を救い、トラックにはねられるところで物語が終わるが、同じ梶原一騎原作の『愛と誠』では、太賀誠が早乙女愛の命を救い、額に傷を負うところから物語が始まる→〔額の傷〕3

 

 

【蚊帳】

★1.蚊帳の中の男女。

『三四郎』(夏目漱石)  三四郎は大学へ入学するため、夏の終り頃に熊本から汽車で上京する。乗り合わせた人妻から「女一人では不安なので、宿屋へ案内してほしい」と頼まれ、名古屋の旅館に同宿する。宿では二人を夫婦扱いして、狭い蚊帳の中に蒲団を一枚だけ敷く。三四郎は、蒲団の真中に敷布を巻いて長い仕切りを作り、女との間を隔てる。翌朝別れ際に女は、「あなたはよっぽど度胸のない方ですね」と言って笑う。

*男女の間を、剣・毛布・帯などで隔てる→〔閨〕4aの『ヴォルスンガ・サガ』29など、→〔閨〕4bの『或る夜の出来事』(キャプラ)など。

『盲長屋梅加賀鳶(めくらながやうめかがとび)(河竹黙阿弥)2幕目返し「天神前梅吉内の場」  鳶の頭(かしら)梅吉の妻おすがは、大の雷嫌いだった。初雷の日、おすがは恐れて蚊帳に入り、たまたま訪れていた子分の巳之助も雷嫌いゆえ、一緒に蚊帳へ入れてやる。雷雨がやんだところへ、夫梅吉が帰って来る。蚊帳の中の二人は「不義をした」と見なされ、巳之助は追放、おすがは離縁となる〔*後に誤解はとける〕。

★2.蚊帳つり狸。 

『百物語』(杉浦日向子)其ノ20  阿波には「蚊帳つり狸」がいる。夜、道の真ん中に蚊帳がつってある。まくって通ると、また別の蚊帳がある。いくらまくっても蚊帳がある。戻ろうとすれば、背後も無数の蚊帳である。夜が明けるまで、蚊帳の中をうろうろするだけだ。心を落ち着け、ひたすら蚊帳をまくって前進すれば、三十六枚目に向こうへ出られる。

★3.蚊帳を知らない人。

『飛びこみ袋』(日本の昔話)  五人の田舎者が宿に泊まり、はじめて蚊帳を見た。蚊帳は折りたたんであったので、五人がかりで広げると、持つ所が四つある。「四人でこれを持ち、中へ一人が飛びこんで寝るのだろう。四方持ちの飛びこみ袋だ」と五人は考える。そこで、代わりばんこに一人ずつ蚊帳へ飛びこんで寝て、あとの四人が四隅を持つ、ということを一晩中やっていた(鳥取県東伯郡東伯町上法万)。

『二人の娘』(インドの昔話)  貧しい父親が二人の娘を持っていたが、そのうち一人が金持ちと結婚し、父親はその家へ招かれて一泊する。寝室に大きな寝台があり、その上に蚊帳がつってあった。蚊帳は寝台全体をおおって、寝台の脚までとどいていた。父親は「てっぺんに登って寝るのだろう」と考え、蚊帳の上へ寝ころがると、蚊帳もろともドスンと寝台へ落ちてしまった。父親は「頸の骨を折ってはたまらない」と、逃げ帰った(ケララ地方)。

★4.魔を追い払う蚊帳。

『絵本百物語』第27「手負蛇(ておひへび)」  蛇を半殺しにして棄てたところ、その夜、蛇は傷ついた身で「仕返しをしよう」とやって来る。しかし蚊帳を吊っておいたので、入ることができなかった。翌日、蚊帳のまわりに血がしたたり落ちており、「あたむくひてん(仇を報いよう)」という文字になっていた。 

★5.小さな箱の中から大きな蚊帳。

龍宮へ行った海女の伝説  昔、瓦屋の海女の婆が、海底の石の鳥居をくぐってイソコ大明神(磯部伊雑宮)へ行き、小さな桐の箱をもらった。「中を開けずにおけば家は繁盛するが、もしも開けたら、七代の間盲目が生まれる」と戒められて、婆は帰って来る。村の庄屋が「中を見たい」と言って、箱の蓋を取ると、八畳の間いっぱいに広がる大きな蚊帳が出て来た。皆が驚いて箱の中に畳み込もうとしたが、もとどおりにはならなかった。以来、瓦屋は代々盲目が生まれ、今の七代目は当主も妻も片目だそうだ(三重県志摩郡阿児町安乗)。 

★6.蚊帳を質に入れる。

『東海道四谷怪談』(鶴屋南北)「浪宅」  民谷伊右衛門が、吊ってある蚊帳を取り外し、質屋へ持って行こうとする。妻お岩が「蚊帳がないと、あの子(赤ん坊)が夜、ひどい蚊にせめられて」と言って、蚊帳に取りすがる。伊右衛門は「蚊が刺せば、親の役だ、追うてやれ。エエ、放しやがれ」と、手荒く引ったくる。お岩は指の爪がはがれ、手先を血に染めて倒れる。伊右衛門は「それ見たか(ざまあみろ)」と言い捨て、蚊帳を持って出て行く。

博奕を打った神様の伝説  九月七日は今御門町にある道祖神の例祭だが、この時、「蚊帳のやぶれ」という儀式をする。やぶれた蚊帳を神前で広げる儀式で、道祖神が御霊(ごりょう)神社との博奕に負け(*→〔賭け事〕3)、やぶれ蚊帳を質に入れるところをかたどったものだという(奈良市・今御門町)。

 

 

【烏(鴉)】

★1.烏(鴉)の色が黒くなったわけ。

『ギリシア神話』(アポロドロス)第3巻第10章  アポロンはコロニスという娘を愛し、彼女と交わったが、コロニスはひそかに別の男とも関係を結んだ。鴉がこのことを告げたので、アポロンは怒り、コロニスを殺した。さらにアポロンは鴉をも呪い、白かった鴉を、黒色の鳥にしてしまった。

『ふくろう染め屋(ふくろう紺屋)(日本の昔話)  いつも真っ白な着物姿のおしゃれな烏が、ふくろうの染め屋に、「私の衣裳を、またとないような色に染めてほしい」と注文する。ふくろうは烏を真っ黒に染め、「これが世界にまたとない色だ」と言う。烏は怒ってふくろうを追い回し、以来、ふくろうは昼間は森の奥に隠れ、夜だけ出てくるようになった(岩手県岩手郡平館村。*どんな色にしても烏が満足しないので、ふくろうは怒り、烏を真っ黒に染めた、という形もある)。

★2.白い烏。

『十訓抄』第1−41  右大臣源顕房は、身近に召し使う盛重の心を試そうと、ある朝、「屋根に烏が二羽とまっているが、一つの烏の頭は白く見える。見間違いだろうか?」と問うた。盛重はじっと烏を見た後に、「間違いありません」と答えた。右大臣は盛重を「出世しそうな男だ」と認め、白川院に仕えさせた。

*白い烏の夢→〔死夢〕1の『酉陽雑俎』巻1−14。

*烏の頭が白くなったら、との仮定→〔あり得ぬこと〕1cの『平家物語』巻5「咸陽宮」。

*三本足の白烏→〔太陽を射る〕1の二つの太陽の伝説。

★3.三本足の烏(鴉)。

『洞冥記』巻4  東北の地に地日草、西南の地に春生草という不老の薬草が生えている。太陽の中に住む三本足の鴉が、しばしば天から飛び降りて、この草を食べる。太陽が乗る龍車の御者・羲和(ぎか)が、それを妨げようとするが、鴉は制止を聞かず降下してしまう。この草を食べれば年をとらないことを、知っているからである。

『酉陽雑俎』続集巻4−981  天后(則天武后)の時、三足の烏が献上された。側近の者が、「一足は偽造だ」と言った。天后は笑いながら、「ただ記録に書いておきなさい。どうしてその真偽を見分ける必要がありましょう」と言った。

★4.烏の戦争。

『烏の北斗七星』(宮沢賢治)  烏の大尉が、強い山烏との戦闘を命ぜられ、「おれはあした戦死するのだ」と覚悟して、許嫁に別れを告げる。大尉は北斗七星を仰ぎ、「わたくしが勝つことがいいのか、山烏が勝つのがいいのか、わかりません。ただ、あなたのお考えどおりです」と訴える。翌日、大尉は部下を率いて山烏と戦い、これを殺す。大尉は少佐に昇進し、「憎むことのできない敵を殺さずにすむ世界が、早く訪れますように」と祈る。

★5.人間が烏になる。

『聊斎志異』巻11−433「竹青」  魚客(あるいは魚容)という男が呉王廟で眠り、夢で呉王から黒衣を授けられ、それを着るとたちまち烏に化した。烏となった彼は、「竹青」という雌烏と結婚して楽しく暮らすが、人の投げた石つぶてに当たって死んだ。目覚めると、魚客は呉王廟で寝ていた〔*後、魚客は人間の姿をした竹青に再会する。魚客は黒衣を着て烏となり、遠方の竹青の所まで飛ぶ、などのことをする〕。

*父親の言葉によって、息子たちが烏になってしまう→〔呪い〕1の『七羽のからす』(グリム)KHM25。

★6.烏と太陽。

『山海経(せんがいきょう)第14「大荒東経」  温源の谷があり、その上に扶桑の木が生えている。一個の太陽がやって来ると、一個の太陽が出て行く。太陽はみな、烏を載せている。

*太陽の中に住む三本足の鴉→〔烏(鴉)〕3の『洞冥記』巻4。

*太陽に化けた三本足の白烏→〔太陽を射る〕1の二つの太陽の伝説。

 

※烏の鳴き声→〔動物音声〕3の『駒長』(落語)。

※「鴉が鳴くと悶着が起こる」との俗信→〔木〕9の『水滸伝』第7回。

※烏の羽に書かれた文字→〔知恵比べ〕1の『日本書紀』巻20敏達天皇元年5月。

 

 

【烏(鴉)の教え】

★1.鴉が世界の情報をもたらす。 

『ギュルヴィたぶらかし(ギュルヴィの惑わし)(スノリ)第38章  オーディンは天上の宮殿ヴァルハラ(ワルハラ)の玉座に坐し、彼の肩には二羽の鴉、フギンとムニンがとまっている。オーディンは早朝に彼らを放って、世界中を飛び回らせる。鴉たちは朝食時に戻って来て、見聞きしたすべてを、オーディンの耳に告げ知らせる。

*自身は動かず、一ヵ所にいながら世界のことを知るというのは、日本神話のクエビコと同様である→〔片足〕1の『古事記』上巻。

*烏の会話を聞く→〔立ち聞き(盗み聞き)〕6aの『聴耳頭巾』(日本の昔話)、→〔針〕2bの『聴耳草紙』(佐々木喜善)1番「聴耳草紙」。

★2.烏が人の死を知らせる。

『遠野物語拾遺』146  先年、佐々木(喜善)君の上隣りにある某家で起こったこと。親類の家の方角から、一羽の烏がけたたましく鳴いて飛び来たり、翼をバサリと障子に打ちつけて去った。皆驚いて、「何事もなければ良いが・・・」と話し合っているところへ、親類の家の老婆が谷川の橋から落ちて死んだ、との知らせが来た。

★3a.烏(鴉)が死体のありかを教える。

『渦巻ける烏の群』(黒島伝治)  雪のシベリアを一個中隊が行軍し、道に迷って行方不明になる。春が来て、無数の烏が空から舞い降り、雪の中をつつく。「日本兵が死んでいる」との報告があり、捜索隊は烏たちの群がる所々に、むさぼり傷つけられた兵たちの死体を見出す。

『鴉(からす)(松本清張)  道路公団が、新道路建設のために、浜島庄作所有の土地を買い取ろうとする。しかし浜島は、いくら高額を提示されても売らない。彼は会社の同僚柳田修二を殺して、死体を敷地内に埋めていた。その場所の上に、やがて多くの鴉が群がり、舞うようになる。近所の人が不審に思い、警察に通報する。

*蝿が、死体のありかを教える→〔蝿〕8aの『魚玄機』(森鴎外)。

★3b.逆に、鴉が死体の匿(かく)し方を教える。

『コーラン』5「食卓」30〜34  兄カインが弟アベルを殺した時、アッラーに遣わされて一羽の鴉がやって来た。鴉はさかんに地を引っ掻き、アベルの穢れ身(死体)を匿す方法を教えた。それを見てカインは言った。「ああ何たる情けないことだ。俺はもうこの鴉にもかなわないのか。弟の穢れ身を匿す力すらないのか」。 

★4.烏が鬼の有無を教える。

『和漢三才図会』巻第65・大日本国「出羽」  陸奥と出羽の交(あわい)に、牟夜牟夜(むやむや)の関がある。俗に有也無也(うやむや)の関というのは、訛りである。昔この山に鬼神が住み、不意に出ては人をとらえた。烏が「有也有也」「無也無也」と鳴き分けて鬼神の有無を告げ、人はその声によって往来したという。これはでたらめの説である。 

★5.烏が軍勢や猟師を導く。

『古事記』中巻  カムヤマトイハレビコは九州から東征の旅に出て、熊野へ到る。高木の大神が「天から八咫烏(やたがらす)を遣わして導くから、その後を行け」と告げる。カムヤマトイハレビコは、八咫烏にしたがって大和方面へ向かい、土地の荒ぶる神を平定し、服従せぬ人たちを追い払う。彼は橿原宮(かしはらのみや)で即位し、神武天皇となる。

『神道集』巻2−6「熊野権現の事」  孝霊天皇の代。紀伊国牟婁郡の猟師千代包(ちよかね)が猪に手を負わせたが、見失った。八咫烏が現れ、前方を悠々と歩いて行くので、千代包は後を追う。途中で、八咫烏の体色が金色に変ずる。やがて千代包は倒れ臥した猪を見つけ、気がつくと八咫烏は姿を消していた。千代包は八咫烏を捜して天を仰ぎ、光る物を見た→〔飛行〕14a

★6.鴉が人を化かす。

『鴉(からす)(三島由紀夫)  パン屋の弟子・定(さだ)ちゃんが、馴染みの鴉にパン屑を与えてつかまえ、いろいろ話しかけて放してやる。定ちゃんは散歩に出かけ、旧友の留と出会う。留は貨物船の水夫長をしており、「一緒に船で働こう。定ちゃんはボオイ長になれ」と誘う。定ちゃんはパン屋を辞め、留との待ち合わせ場所へ行ってから、「留は三年前に船の難破で死んだはずだ」と気づく。「鴉は人を化かすのだろうか?」と、定ちゃんは思う。 

 

 

【ガラス】

 *関連項目→〔瓶(びん)〕

★1.ガラスの靴。

『サンドリヨン』(ペロー)  名付け親の仙女がサンドリヨン(シンデレラ)に、美しいガラスの靴を与える。サンドリヨンは舞踏会から帰る時に、靴の片方を落とす。王子が「ガラスの靴にぴったり足の合う女性を妻に迎える」と宣言し、大勢の娘が試みるが、誰も靴をはけない。サンドリヨンの足が靴にぴったり合ったので、彼女の姉二人はびっくりする。しかしサンドリヨンがポケットからもう片方の靴を取り出してはいた時は、もっと驚いた。

*ガラスのマントにガラスの靴→〔風の神〕2の『風の又三郎』(宮沢賢治)。

★2.ガラスの山。

『ガラスの山』(イギリスの昔話)  魔法にかかった夫が、妻を捨てて、ガラスの山をいくつも越えた向こう側へ行き、別の女と結婚する。妻はガラスの靴をはき、ガラス山の山なみを越えて、夫が住む城にたどり着く。妻が「あなたの子供を三人産んで、たらいに三杯涙を流し、七年がかりでガラスの山を登りました」と言うと、魔法がとけて、夫は妻のことを思い出した。

『ガラス山の姫』(スウェーデンの昔話)  十五歳の姫が、「高いガラス山の頂上まで、武具をつけ、馬に乗って登った人を、私の花婿にします」と言う。姫は頭に金の冠をのせ、手に金のりんごを持って、ガラス山の頂上にすわる。大勢の求婚者が山に登ろうとするが、皆すべり落ちてしまう。他国の王子が、小人からもらった黄金の甲冑を着て、黄金の馬具をつけた馬にまたがり、頂上まで駆け上る。姫と王子は結婚し、幸福に暮らした。

『太鼓たたき』(グリム)KHM193  魔法つかいの妖婆が、王女をガラス山の上に封じ込める。太鼓たたきの青年が、魔法の鞍にまたがってガラス山へ飛び、妖婆から「池の魚を一匹残らず種類分けして、大きい順に並べよ」「森の木を一本残らず伐り倒して、薪にせよ」などの難題を課せられる。太鼓たたきは王女の助けで難題をやりとげ、妖婆を焔の中へ放り込む。二人は山を降りて結婚する。太鼓たたきがガラス山で過ごした三日の間に、人間界では三年が経過していた。

*兄たちが烏になって、ガラス山へ行ってしまった→〔末子〕3の『七羽のからす』(グリム)KHM25。

*「ガラスの山」は「死の国」の象徴、という説がある。 

★3.ガラスでできた棺。

『ガラスのひつぎ』(グリム)KHM163  魔法使いが「伯爵の姫君を妻にしたい」と思うが、姫は魔法使いの言うことを聞かない。魔法使いは姫を地底の穴倉へ運び、ガラスの棺に閉じ込めて、去って行く。姫は棺の中で眠る。長い時間の後、旅の仕立て屋がやって来る。姫は目を開き、「ガラスの棺のかんぬきを抜いて、私を救い出して」と言う。仕立て屋は姫を棺から出し、二人は結婚する。

*白雪姫の死体が外から見えるように、ガラスの柩(ひつぎ)に納める→〔仮死〕5の『白雪姫』(グリム)KHM53。

★4.ガラスの指。

『ガラス指の李二』(北京の伝説)  峠の向こうに美しい山や川や町があり、そこへ行くためには、目の前にある汚い泥を食べなければならない。この世のつらい暮らしを嘆く鐘つき男・李二が、右手の人差し指を泥に突っ込むが、泥があまりに臭いので食べられず、美しい世界へ行くことはできなかった。李二が人差し指を泥から引き抜くと、透き通ったガラスの指になっており、そこに峠の向こうの縮小された景色が見えた。

★5.ガラス障子に気づかず、ぶつかる。

『西洋道中膝栗毛』(仮名垣魯文)2編上  ロンドンまで船旅をする弥次と北八(*→〔旅〕12)が、途中、上海の旅籠屋で、同行の日本人十数名とともに飲めや歌えの大騒ぎをする。ガラス障子の向こうに支那人が集まり、酒宴のありさまを見て笑う。弥次が「無礼者め」と怒ったので、支那人たちは「ワハハハハ、じゃつぱん、ばんかん、どろんけん、ざんまんみんろう、ウワアイ」とはやしたてて逃げる。弥次は追いかけようとしてガラスにぶつかり、仰向けにひっくり返る。 

★6.すべてガラス製の建物。

『われら』(ザミャーチン)  単一国では(*→〔戦争〕4)、道路も建物もすべてガラス製だ。したがって、「個人の秘密」というものは存在しない。ただし性交の時には、ブラインドを下ろすことが許可される。性規制局で算定された各人別の「セックス・デー予定表」にもとづき、日時と対象者を記入した申請書を提出すれば、それで手続きは完了である。 

★7.謎のガラス工場。

『ココァ山の話』(稲垣足穂)  月夜村の丘々は、まるでココァ製だった。どこでも一匙すくってお湯を注げば、チョコレットができそうなのだ。丘蔭の小屋に、怪しい者たちが出入りして、青のような紫のような色合いの、綺麗なガラスを製造して出荷していた。夜、お巡りさんが小屋を調べに行くと、何と! 開いた窓の四角い枠の中から、数秒間ごとに月夜が薄くはがし取られている。月光を盗んで、ガラスにしていたのだ。

★8.ガラスの兇器のまわりに、窓ガラスの多くの破片を配置する。

『兇器』(江戸川乱歩)  人妻の美禰子が自宅で賊に教われ、左腕の肩に近いところを刃物で刺された。賊は逃げる時、窓にぶつかり、ガラスが落ちて庭に破片が散らばった。現場周辺に兇器は見当たらなかった。これらはすべて、美禰子の自作自演である。彼女は長細い三角形のガラスで自分の腕を刺し、血を拭き取ってから庭へ投げ捨て、その上へ窓ガラスを落とした。割れた窓ガラスの多くの破片が、兇器のガラスをカムフラージュしたのである。 

*一つの殺人死体のまわりに大勢の戦死者を配置して、殺人行為を隠蔽する→〔隠蔽〕5aの『折れた剣』(チェスタトン)。

*逆向きのカラーのまわりを、さまざまな逆向きの物で囲む→〔逆さまの世界〕8の『チャイナ・オレンジの秘密』(クイーン)。

 

※ガラス窓をへだてての接吻→〔接吻〕7の『また逢う日まで』(今井正)。 

※ガラスは氷からできた→〔氷〕6の『酉陽雑俎』巻11−440。

 

 

【川】

 *関連項目→〔天の川〕〔冥界の川〕

★1.川の両岸の男女。

『妹背山婦女庭訓(いもせやまおんなていきん)3段目「山の段」  妹山と背山の間を、吉野川が流れる。妹山側の岸に太宰少弍後室定高の館があり、娘雛鳥が出養生に来ている。背山側の岸に大判事清澄の館があり、息子久我之助が隠れ住んでいる。雛鳥と久我之助は恋仲であるが、二人の親が不和であるため、逢うこともままならない。川をはさんで互いの姿を見、言葉をかわすのが精一杯であった→〔和解〕2

『古事記』上巻  スサノヲが地上から高天原へ昇り、アマテラスが武装して待ち迎える。スサノヲとアマテラスは、天の安の河を間にして向かいあう。二神は互いの持つ剣〔*十拳剣(とつかのつるぎ)〕と、珠〔*八尺(やさか)の勾玉の五百津(いほつ)の御統之珠(みすまるのたま)〕を交換して、天の真名井の水でそそぎ、それを噛んで吹き出す(*→〔息が生命を与える〕4)。そこから合計八柱の神が生まれる〔*『日本書紀』巻1に同記事〕。

*「天の安の河」=「天の川」とすれば、「御統之珠」は「すばる星」に化したかもしれない→〔すばる〕5の『星の神話・伝説集成』(野尻抱影)。

『舟橋』(能)  川むこうの恋人に逢うために、暗夜、舟をならべ板を渡して作った橋の上を男が行く。女の親が橋板をとりはずし、男は川に落ちて死ぬ。

★2.川の向こうの死者。

『ムーンライト・シャドウ』(吉本ばなな)  百年に一回くらいの割合で、川の向こうに死者の姿が見えることがある。死者の残留思念と、残された者の悲しみがうまく反応し合った時、それは起こり、「七夕現象」と呼ばれている。早春の夜明け前、女子大生の「私(さつき)」は、二ヵ月前に事故死した恋人等(ひとし)を、川の向こうに見た。声を出したり、橋を渡ったりしてはいけない。やがて夜が明け、等は笑って手を振りながら、青い闇の中へ消えて行った。

*死者の姿が見える島→〔島〕3の『かげろふ日記』上巻・康保元年(964)7月。

★3.忘却の川。

『団子婿』(日本の昔話)  愚かな婿が嫁の里ではじめて団子を食べ、美味だったので、忘れないよう「団子、団子、団子、・・・・・・」と言いながら帰って来る。ところが、村の近くの川を「ふいっ」と飛び越した拍子に団子を忘れ、「ふいっ、ふいっ、・・・・・・」と唱えつつ家に着き、「ふいっを作ってくれ」と嫁に注文する(兵庫県城崎郡香住町御崎。*川を「どっこいしょ」と飛び越し、「どっこいしょ」を作ってくれ、と言う形もある)。

*川を渡る時に足を踏み外して、自分の名前を忘れる→〔名前〕2の『名取川』(狂言)。 

*渡し舟で川を渡る時に、只乗りするための言葉を忘れる→〔乗客〕9aの『薩摩守』(狂言)。

*霊界にある忘却の川→〔冥界の川〕6の『国家』(プラトン)第10巻など。

★4.川の水を飲んだために、妻に逢えなくなる。

『日光山縁起』上  有宇中将は妻・朝日の君を下野国に残し、都への旅に出る。朝日の君が、「途中にある『つまさか川』の水を飲むと、二度と妻に逢えなくなるので、飲まないように」と教えるが、有宇中将は我慢できずに川の水を飲んでしまう。そのため中将は病気になり、野辺に倒れ死ぬ。朝日の君も中将の後を追って旅に出、道中で死ぬ〔*しかし炎魔王が二人を蘇生させる〕。

★5.天界の河が地上に降下する。

『マハーバーラタ』第3巻「森の巻」  サガラ王の息子である六万人の王子が、カピラ仙に睨まれ、一瞬にして灰と化した。ヤマ(死神)の国をさまよう彼らの霊を天界へ送るには、ガンガー(ガンジス河)の聖水で清めなければならない。ガンガーの女神は、その頃は天界に住んでいた。王子たちの子孫にあたるバギーラタ王が、千年間苦行をして、ガンガーに地上への降下を請う。ガンガーは大瀑布のごとく渦巻いて落下し、六万の王子の霊は天界へ上ることができた。 

 

 

【川の流れ】

★1.神が矢となって川を流れ下り、女と結婚する。

『山城国風土記』逸文  タマヨリヒメが石川の瀬見の小川で川遊びをしていた時、丹塗り矢が流れて来た。それを床の辺にさして置くと、タマヨリヒメは身ごもって男児を産んだ。その子は成人の祝宴の折、屋根を突き破って天に昇った〔*→〔矢〕1の『賀茂』(能)では、丹塗り矢ではなく白羽の矢が流れて来る。女がそれを取って庵の軒に挿し、男児を産む〕。

*神の化身の矢が、川屋(厠)の女の陰部を突く→〔厠〕1の『古事記』中巻(セヤダタラヒメ)。

*仙人が川辺の女を見て落下し、その女と結婚する→〔飛行〕3の『今昔物語集』巻11−24(久米の仙人)。

★2.川を流れ下る木の枝が女に変じ、漁夫の男と結婚する。

『万葉集』巻3には、「この夕べ柘(つみ)のさ枝の流れ来ば梁(やな)は打たずて取らずかもあらむ」〔389歌〕など、柘枝(つみのえ)伝説にもとづく歌が三首ある。ただし、この伝説を記した『柘枝伝(しゃしでん)』は、現存しない。「吉野の谷川を流れて来た柘(山桑)の小枝が、漁夫味稲(うましね)の梁にかかって美女と化す。美女は味稲の妻になるが、後に昇天した」という内容であろうと考えられている。

*釣り上げた亀が美女に変じ、男と結婚する→〔釣り〕2aの『丹後国風土記』逸文(浦島説話)。

★3.川を流れ下るさまざまなもの。

『出雲国風土記』嶋根の郡加賀の神埼  「失せた弓箭出よ」と枳佐加比売命(キサカヒメノミコト)が願うと、水のまにまに角の弓箭が流れ来た。「これではない」と投げ棄てると、金の弓箭が流れ来た。

『更級日記』  十三歳の私(菅原孝標女)が、父とともに上総国から上京する途中、富士河の辺で、土地の人が来て語った。「ある暑い日、富士河を流れ下る黄色い反故紙を見つけて拾うと、翌年の除目の内容が朱文字で記してあり、一つも違わずそのとおりになった。富士山に多くの神が集まり、翌年の人事を決めるということが、これによってわかった」。

『東海道名所記』巻4「ごゆより赤坂まで十六町」  昔、大和国添上(そふのかみ)の郡・布留の川で、女が布を洗っていた。すると川上から一ふりの鉾が流れ下り、布にかかった。女は鉾を取り上げて、沙(すな)の上に立てる。鉾はそのまま根づいて杉の木となり、二(ふた)もとに別れた。これが石上(いそのかみ)布留の明神の御神木である。

*鉾ではなく剣が布留川を流れ下り、布にまとわりつく→〔洗濯〕1aの布留の明神の伝説。

『遠野物語』(柳田国男)63  川上から流れて来た赤い碗を女が拾い、ケセネギツの中の米や麦を計る容器として、その碗を使う。ケセネギツの中の米や麦は、いつまでたってもなくならなかった。かつて女はマヨイガを訪れながら、何も取って来なかったので、碗が、女に与えるべく自分から流れて来たのだった→〔異郷訪問〕2

『ハックルベリー・フィンの冒険』(トウェイン)  「僕(ハックルベリー・フィン)」は、親父から逃れてミシシッピー川のジャクソン島に隠れる。そこには、雇い主ミス・ワトソンのもとから逃亡した黒人奴隷ジムがいた。「僕」とジムは自由な暮らしを求めて、筏でミシシッピー川を南下する〔*物語の最後で、ミス・ワトソンが死に、彼女の遺言で、ジムはもはや奴隷ではなく自由の身になったことがわかる〕。

★4.川を流れ下る物を見て、その上流を尋ねる。

『草迷宮』(泉鏡花)  葉越明は、幼い頃に母が歌った手毬唄の歌詞を知る人を捜し、故郷小倉を出て、諸国を旅する。三浦半島秋谷の川に手毬の流れるのを見た彼は、上流にある鶴谷邸の空き屋敷へ泊まりこむ。彼はそこで、畳が動き、行燈が天井へ上がるなど、さまざまな怪異に遭う。

『今昔物語集』巻10−8  帝からの召しがなく後宮で空しく日を送る女が、柿の葉に詩を書き、宮中の川に流す。葉は宮中から流れ出て、川下にいた呉の招孝がそれを拾う。招孝は別の葉に返詩を書き、川上まで行って流す。葉は宮中へ流れ入り、女の手に入る。後、不思議な巡り合わせで、二人は夫婦になる〔*『俊頼髄脳』に類話〕。

『発心集』巻6−13  ある聖が北丹波の谷川で、切り花の捨てがらが流れるのを見る。上流を尋ねると庵が二つあり、かつて上東門院に仕えた女房が二人、世を逃れ四十余年隠れ住んでいるのだった。

*扇が川を流れるのを見て、上流を尋ねる→〔扇〕7の『長谷寺験記』下−15。

*箸が川を流れるのを見て、上流を尋ねる→〔箸〕2の『古事記』上巻。

*瓢(ひさご)が川を流れるのを見て、上流を尋ねる→〔異郷訪問〕2の『剪燈新話』巻2「天台訪隠録」。

★5.川に合図の物を流す。

『トリスタンとイゾルデ』(シュトラースブルク)第22章  トリスタンは、果樹園の泉から王妃イゾルデの部屋の方へ流れる川に、片面に「T」、もう一方に「I」と書いた板切れを流す。それが密会の合図で、二人は泉のほとりのオリーブの木陰で逢瀬を重ねる→〔影〕6

*合図の物を流し、吉報か凶報かを示す→〔合図〕1の『妹背山婦女庭訓』3段目「吉野川」・『国性爺合戦』3段目「甘輝館」。

*椿の赤と白で合図の意味が異なる、という嘘→〔合図〕2の『椿三十郎』(黒澤明)。

★6.川をさかのぼるもの。

『一寸法師』(御伽草子)  津の国難波の里の翁・媼の子として生まれた一寸法師は、十二〜三歳になっても背丈が伸びず、翁・媼からうとまれたため、家を出た。彼は、針の刀を麦藁の鞘におさめ、御器の舟と箸の櫂で川をさかのぼり、京の都に到った。

『地獄の黙示録』(コッポラ)  ウィラード大尉(演ずるのはマーティン・シーン)と四人の部下が、メコンデルタ地帯から哨戒艇で川をさかのぼり、ベトナム戦争のさまざまな局面を見る。ヘリコプター部隊が、大音量でワーグナーの『ワルキューレ』の音楽を流しつつ、地上を爆撃・銃撃する。アメリカ本土から派遣された踊り子三人が腰をくねらせて、基地の兵士たちを慰問する。上流に到ると、岸からロケット弾や槍などで攻撃され、二人が死ぬ。ウィラード大尉と二人の部下が生き残り、川の行き止まりの王国へたどり着く。

*死体が川の上流へのぼって行く→〔あり得ぬこと〕1dの『へたも絵のうち』(熊谷守一) 「生いたち」。

 

※川の上流の異郷へ行く→〔異郷訪問〕2の『剪燈新話』巻2「天台訪隠録」など。

 

 

【厠】

★1.厠へ流れ入る矢。

『古事記』中巻  美女セヤダタラヒメが厠にいた時、美和の大物主(オホモノヌシ)の神が丹塗り矢となって溝を流れ下り、彼女の陰部を突いた。セヤダタラヒメは驚いたが、その矢を床の辺に置くと、美しい男に変じた。男とセヤダタラヒメは結婚して、女児が生まれた〔*女児=イスケヨリヒメは、成長後、神武天皇の皇后になった〕。

★2.厠にかけた弓矢。

『古事記』中巻  春山の霞壯夫(かすみをとこ)が、藤の蔓(つる)で作った衣服と弓矢を身につけて、伊豆志袁登賣(いづしをとめ)の家へ行くと、彼の衣服も弓矢も、藤の花になった。霞壯夫は弓矢を、伊豆志袁登賣の厠に掛けておく。伊豆志袁登賣は花(弓矢)を見て不思議に思い、自分の部屋へ持ち帰る。霞壯夫はその後について部屋に入り、伊豆志袁登賣と交わって子供ができた。

★3.厠の神。

紫姑神(しこしん)の伝説  紫姑(しこ)はたいへん美しい娘だったので、県知事の妾(しょう)になり、寵愛された。知事の妻は嫉妬の鬼と化し、正月十五日に厠の中で紫姑を殺した。これを見た天の神が紫姑を憐れみ、彼女を厠の神とする。以来、人々は紫姑の姿を絵に描き、厠や豚小屋に貼って祀(まつ)るようになった。 

『和漢三才図会』巻第81・家宅類「厠」  厠の精を「倚(い)」という。青衣を着て、白杖を持っている。その名を知っていて、名前で呼びかければ、「倚」は姿を消す。名前を知らずに呼びかければ、呼んだ人は死ぬ。新築した室には、三年間「倚」が居ない。人を見ると、「倚」は自分の面(おもて)を掩(おお)い隠す。もし人が「倚」の面を見ることができれば、福がある。 

★4.厠の中に置かれた人。

『史記』「呂后本紀」第9  漢の高祖(劉邦)が微賤であった頃からの妻・呂后は、高祖の寵をうけた戚夫人を怨んだ。高祖が没した後、呂后は戚夫人の手足を断ち切り、眼球をくり抜き、薬を飲ませて唖(おし)にし、便所の中に置いて「人豚」と名づけた。

★5a.厠にいる人が、ほととぎすの声を聞く。

『酉陽雑俎』巻16−603  厠にいる人が、杜鵑(ほととぎす)の声を聞くのは不吉である。これを調伏する方法は、大声で応答することだ〔*『太平広記』巻463所引の『酉陽雑俎』では、「大声」ではなく「犬声」。犬の鳴き真似をして応答せよ、というのである〕。 

夏目漱石の俳句に、「ほととぎす厠なかばに出かねたり」がある。

★5b.父子二代、厠でほととぎすの声を聞き、災いを受けた。

『閑窓自語』(柳原紀光)中−28  先人(亡父柳原光綱)は宝暦十年(1760)の夏に、「厠でほととぎすを聞いた」とお語りになったが、その年の九月に薨ぜられた。予(柳原紀光)は寛政七年と八年(1795〜96)に、続けてこれを聞いた。「いかなることか」と思っていると、寛政八年秋、勅勘によって蟄居を命ぜられ、不本意ながら岡崎の庄に閉じこもった。翌九年の秋には、落飾すべしとの勅命を受け、これに従った〔*その後、紀光は、寛政十二年(1800)正月三日に蟄居を免ぜられ、同四日に数え年五十五歳で没した〕。 

★6.厠にいる人を襲って殺す。

『古事記』中巻  「朝夕の食事の席に出て来ない大碓命を教えさとせ」と、父景行天皇が小碓命(後のヤマトタケル)に言う。小碓命は、兄大碓命が厠に入った所を捕え、手足をもぎ取り、薦に包んで投げ棄てた〔*『日本書紀』には、ヤマトタケルが兄を殺す物語はない〕。

『古事記』下巻  隼人(はやひと)の曾婆訶理(そばかり)は、墨江中王(すみのえのなかつみこ)の寵臣だった。しかし曾婆訶理は、主君・墨江中王が厠に入るのをうかがって、矛で刺し殺した〔*『日本書紀』巻12履中天皇即位前紀(A.D.399)では、隼人・刺領巾(さしひれ)が、厠にいる住吉仲皇子を、矛で刺し殺す〕。 

★7.厠の中の人を見る。

『共同生活』(大江健三郎)  勤務先の職員トイレで自涜する青年がいた。ある日、隣の女子用個室の下から、誰かが手鏡を使って、青年の自涜を覗き見た。同じ職場の三十歳過ぎの女事務員らしかった。ところが、人員整理で退職者を選出せねばならなくなった時、女事務員は青年を指さして、「この男はトイレを覗きながら厭らしいことをしていたわ。クビになるべきよ」と言った。青年は抗議するが、馘首(かくしゅ)されてしまった。

『天狗』(大坪砂男)  (僕が)温泉宿の厠の戸を開けた時、喬子(たかこ)は洋褌を着了して立ち上がる所だった。ちらりと目に入ったのは、純白のブルーマースを穿(うが)った二本のすらりと肥えた下肢だ。(僕が)失礼を詫びても、喬子は許そうとしない。それならば喬子は死なねばならず、彼女の下肢は白日に曝(さら)されねばならない。竹藪の仕掛けによって、喬子の身体は宙を飛んだ。頭部は沼に没入し、白い二本の脚が青空に向けて開いた。

★8.厠へ流し捨てる。

下水溝のワニ(ブルンヴァン『消えるヒッチハイカー』)  フロリダへ旅行した人たちが、ワニの赤ん坊をペットとしてニューヨークへ持ち帰る。ワニが大きくなると、飼い主は持て余してトイレに流してしまう。真っ暗な下水溝の中で、ワニたちは生きのび繁殖する。陽の当たらぬ場所で生まれ育った盲目の白いワニたちが、今、ニューヨークの下水溝を泳ぎまわっている。

★9.貸し雪隠。

『雪隠成仏』(川端康成)  嵐山の花見の女客を当て込んで、百姓・八兵衛が一回三文(もん)の貸し雪隠を造り、大もうけした。これをうらやむ男が、新たに茶席風の高級雪隠を建て、「一度八文」の看板を出す。妻は「こんなに高くては、借り手はいない」と言うが、案に相違して次々に女たちが借りに来る。その日、男は三文を払って八兵衛の雪隠に居座り、誰も使えないようにしていたのだ。しかし一日中狭い所でしゃがんでいたため、男は雪隠の中で死んでしまった。

 

 

【厠の怪】

★1.厠に出る妖怪。

トイレの花子さん(水木しげる『図説日本妖怪大鑑』)  花子さんは、学校の女子トイレに出没する。誰もいないトイレの戸を叩きながら「花子さん、いますか?」と尋ねると、中から「は〜い」と返事をする。おかっぱ頭の少女が姿を現すこともある。便器の中から青い手が出るともいう。問いかけに対して、コックリさんのように、イエスなら一回、ノーなら二回と、ノックの回数で答えてくれる、という話もある。

★2.厠に出る幽霊。

『現代民話考』(松谷みよ子)7「学校ほか」第1章「怪談」の6  昭和二十年(1945)頃。女学校の体育館の裏手に木造の便所があった。女学生が電球を使って自慰をしていたところ、誤って怪我をしてしまった。女学生は「痛いよう、痛いよう」と言いながら死んでいった。その後、時々、便所の方から痛みを訴える声が聞こえ、しばらくの間、その便所は使用禁止になった(大分県)。 

*薯蕷(やまのいも)を用い、死んでしまったという物語もある→〔手〕2の『古事談』巻1−1。

★3.厠の幽霊にとりつかれた人。

『李赤伝』(唐代伝奇)  士人の李赤が、厠の幽霊にとりつかれた。彼は肥甕に抱きついてゲラゲラ笑い、「蘭のような香気が立ち昇る部屋で、わしの妻になる美女と会っていたのだ」と友人に説明する。そして、「ここは天帝の住む清都と変わらない。きさまの住む浮世をふりかえれば、肥甕みたいに見える」と言った。方々へ転地し祈祷をしても、李赤の病は治らず、とうとう肥甕の中に身を沈めて死んでしまった。

★4.厠から手が出て、尻をなでる。

『諸国百物語』第42話  某家の雪隠に化け物がおり、風の吹く時は、毛の生えた手で尻をなでるという。ある人が「化け物の正体を見届けてやろう」と雪隠に入り、化け物の手を捕らえてみると、それは薄(すすき)の穂であった。雪隠の下に生えた薄が、風になびいて尻にさわるのを、毛の生えた手がなでる、と皆が思い込んだのである。

*厠から手が出て、陰部をさわる→〔河童〕5の『夜窓鬼談』(石川鴻斎)上巻「河童」。

★5.厠から手が出て、人を引きずりこむ。

トイレ・手が出る(日本の現代伝説『幸福のEメール』)  ある田舎の学校では、昔、右から三番目のトイレの便器から青い手が出てきて、入っている人の足をつかみ、便器の中に引きずりこんだそうだ。その学校が建っていた土地は、もとは墓地だった。

*トイレからナイフを持った手が出て、人を刺す→〔言挙げ〕5bの赤いはんてん(松谷みよ子『現代民話考』7「学校ほか」第1章「怪談」の6)。

★6.厠にいる人が、天狗にさらわれる。

『現代民話考』(松谷みよ子)1「河童・天狗・神かくし」第3章の1  明治初期の新潟。「万之助」という屋号の家に、オモという若嫁がいた。ある吹雪の夜遅く、風呂から上がって腰巻をつけただけで、玄関近くの便所へ小用を足しに行き、忽然と姿を消してしまった。天狗が、湯上りで半裸体のオモを見て欲情し、さらって行ったと思われた。以来、猛吹雪を「オモ荒れ」と呼んだり、「腰巻一つで便所に行くと天狗にさらわれる」と言われるようになった(新潟県東頸城郡松代町池尻)。 

★7.厠に住む鬼。

『今昔物語集』巻7−21  宋の時代。恵果和尚が厠の前で一人の鬼に出会った。鬼は「前世で私は寺の事務僧だったが、過ちがあったので、現世は、厠で糞を食う鬼になってしまった」と言い、「この苦を救い給え」と請う。恵果和尚は、鬼のために『法華経』を書写し、供養する。後、恵果和尚の夢に鬼が現れ、「おかげで鬼の境涯を脱することができました」と、礼を述べた。 

 

 

【癌】

 *関連項目→〔病気〕

★1.癌に直面した男が、公園作りを考える。

『生きる』(黒澤明)  初老の渡邊勘治(演ずるのは志村喬)は妻を早くに亡くし、息子夫婦と暮らしている。彼は市役所の市民課長で、毎日ただ機械的に事務をとっていた。ある日渡邊は、自分が胃癌で余命半年ほどであることを知る。これまで死んだような生活をしていた彼は、癌に直面して、かえって生きることに目覚める。彼は、以前に退けた住民の陳情(*→〔円環構造〕4)を思い出し、下水溜まりを埋め立てて児童公園を作ろうと奔走する。雪の夜、完成した公園で渡邊はブランコに乗り、「いのち短し、恋せよ乙女・・・・・・」と歌いつつ、やがて息絶えた。

『化石』(井上靖)  建設会社社長の一鬼(いっき)太治平は、自分が手術不能の癌で余命一年であることを知る(*→〔電話〕2)。彼はそれを誰にも打ち明けず、同伴者となった「死」と対話を重ねながら、働き続ける。七ヵ月を過ぎた頃、一鬼は貧血で倒れ、病院に運ばれる。精密検査の結果、癌は手術可能とわかり、一鬼は命拾いする。死を覚悟して生きた日々は、苦しくはあったが充実していた。その頃に考えた計画――老人と子供のための大きな公園造り――を、今こそ実行に移そうと一鬼は思う。

★2.癌の手術によって「性」を失う。

『ブラック・ジャック』(手塚治虫)「めぐり会い」  医局員時代のブラック・ジャックは、後輩の如月恵(めぐみ)と、互いに口には出さないが愛し合う仲だった。ところが彼女は子宮癌に侵される。ブラック・ジャックが手術を担当し、彼女は一命を取り留めるが、子宮も卵巣も切除して、女でなくなってしまう。以後、彼女は如月恵(ケイ)と名乗り、ネクタイをしめスーツを着て、船医となって働く。

★3.癌患者の入院生活。

『ガン病棟』(ソルジェニーツィン)  一九五五年。ラーゲリ(矯正労働収容所)帰りの男コストグロートフが腹部の腫瘍治療のため、タシケントの総合病院癌病棟に入院する。病室には大勢の重症患者たちがいて、互いの病状を語り合い、ソビエト社会主義の問題点について議論する。コストグロートフはX線照射とホルモン注射を受け、腫瘍は縮小する。二ヵ月の入院生活の後コストグロートフは、彼に好意を寄せる女医ガンガルトや看護婦ゾーヤと別れ、腫瘍再発の可能性をはらんだまま退院する。

★4.癌への恐れ。

『5時から7時までのクレオ』(ヴァルダ)  夏至の日の午後五時。若い女性歌手クレオは癌検診の結果を、二時間後の午後七時に電話で聞くことになっている。占いで死のカードが出たり、友人の手鏡が割れたりしたので、クレオは暗い心を抱いてパリの街を歩く。アルジェリア戦線から一時帰休中の兵士アントワーヌが、クレオに話しかけてくる。クレオは病気による死の不安を語り、アントワーヌは戦争による死の不安を語る。アントワーヌは「七時まで待たずに、今から病院へ行こう」と言う。午後六時半。医師はクレオに「放射線治療をすれば必ず治る」と告げる。

★5.「不治の癌」との診断を受けて、自殺を決意する。

『レベッカ』(ヒッチコック)  マキシム(演ずるのはローレンス・オリヴィエ)は美女レベッカと結婚するが、彼女は邪悪な心の持ち主だった。二人は憎み合い、うわべだけの夫婦生活を送る。ある時レベッカは医師から、「不治の癌で余命わずか」と診断される。彼女は自殺を決意し、「どうせ死ぬなら、夫を殺人犯にしてやろう」と考える。レベッカはマキシムを挑発して怒らせる。二人が激しく言い争ううち、レベッカは転倒し、頭を打って死ぬ。マキシムは「自分がレベッカを殺したのだ」と思う。

★6.「不治の癌」との偽りの診断を受けて、自殺する。

『日本庭園の秘密』(クイーン)  癌研究の世界的権威であるマクルーア博士が、女性作家カレンを死に追いやるべく、「不治の癌である」との偽りの診断を下す。カレンは前途に希望を失い、日本製のはさみの片方を短刀代わりにして、喉を突いて自殺する(*→〔切腹〕8)。その直後に、鳥がはさみをくわえて屋根の上へ持って行ってしまったので、何者かがカレンを刺殺して凶器を持ち去った、と見なされた。

★7.癌の疑い。

『サザエさん』(長谷川町子)朝日文庫版・第41巻73ページ  結婚式の披露宴で、来賓の中年紳士が「いやァ、めでたいめでたい。あたくしゃ、こんな喜ばしいこたァない」と、心の底からの喜びに満ちたスピーチをする。マスオと友人が「名スピーチだったネ」「実感があふれてた」と感心する。そのわけを、出席者の一人が教えてくれる。「(あの紳士は)今朝、精密検査の結果、癌の疑いが晴れたんだってサ」。

 

※手術不能の胃癌→〔手術〕6の『白い巨塔』(山崎豊子)。

 

 

【漢字】

 *関連項目→〔文字〕

★1.漢字を分解する。

『南総里見八犬伝』肇輯巻之5第9回  伏姫は夏の伏日(夏の末の最も暑い頃)に誕生したので、父里見義実が伏姫と名づけた。「伏」の字は人にして犬に従うのであり、伏姫は生まれながらに、犬の八房と夫婦となる運命に定まっていたのだった〔*また、子犬の八房を育てた狸は別名「玉面」と言い、これを訓読みすれば「たまつら」で、里見家を呪う玉梓(たまづさ)と似通い、不吉なことであった〕。

『南総里見八犬伝』第2輯巻之2第14回  八房が銃弾に倒れ(*→〔洞穴(ほらあな)〕3)、伏姫が自害して、数珠の八つの玉が八方に飛び去った。「八房」の二文字は分解して配列すれば、一尸八方「ひとりのしかばねはっぽう(にいたる)」となり、伏姫の死が、やがて関東の諸地方からの八犬士の出現をもたらすことを、暗示していた。

『和漢三才図会』巻第69・大日本国「参河」  松平清康公(徳川家康公の祖父)が妙大寺村の龍海院(岡崎市)に宿った夜、夢に「是」の字が掌に書かれているのを見た。これを判じさせると、「是=『日の下の人』である。徳化を天下に及ぼすことになるでしょう」と言われた。清康公は日に日に威を増し、家康公に至って天下一統の主将となった。これによって、俗にこの寺を「是(ぜ)の字寺」と称する。

★2.二つの漢字を合わせて、一文字の人名と見る。

『太平記』巻3「主上御夢の事」  後醍醐帝は、鎌倉幕府を倒すべく挙兵したが、十分な軍勢が集まらなかった。思い悩みつつまどろんだ帝は、「常磐木の南枝のもとに臣下が列座し、そこに自らが坐すべき玉座が設けられている」との霊夢を見る。帝は「木に南と書けば、楠という字である」と夢解きをし、「このあたりに、『楠』と言う武士がいるか?」と尋ねる。召しに応じて楠正成が参上し、帝への忠誠を誓う。

*二つの漢字を、一文字に見間違える→〔読み間違い〕3の棒の手紙(日本の現代伝説『幸福のEメール』)。

*「八」と「人」を合わせると、「火」になる→〔火〕11の『酉陽雑俎』巻2−82。

★3.漢字の意味を説き聞かせる。

『白楽天』(能)  白楽天が日本へやって来て、「唐土では詩を作って遊ぶ。日本で翫(もてあそ)ぶ『歌』とは、いかなるものか?」と、漁翁(住吉明神の化身)に問う。漁翁は、「天竺の霊文(経典の陀羅尼)を唐土の詩賦とし、唐土の詩賦を日本の歌とする。天竺・唐土・日本と、三国を和(やわ)らげ来たるゆえ、大いにやわらぐる歌と書いて『大和歌(やまとうた)』というのである」と説く→〔知恵比べ〕1

『義経千本桜』2段目「渡海屋」  北条の家来・相模五郎主従が船問屋へ来て「船を貸せ」と命じ、さらに「義経の縁者などを、かくまっているのではないか?」と、刀に手をかけて踏み込もうとする。主の渡海屋銀平が押しとどめ、「刀脇差は人を斬るものではなく、身を守る道具。武士の『武』の字は、『戈(ほこ)を止(とどむ)る』と書くそうにござります」と説く。相模五郎主従は銀平に斬りかかるが、逆に投げ飛ばされて逃げて行く→〔共謀〕1

★4.形が類似した漢字。

『今昔物語集』巻28−29  博士の紀長谷雄は、陰陽師から「某月某日に物忌みせよ」と注意されたが、それを忘れた。その日、長谷雄邸では怪事が起こった(*→〔見間違い〕2)。人々は、「博士なのに『忌』と『忘』を間違え、『(物)忌ノ日』が『忘ル日』になった」と言った。

*「太」と「犬」→〔書き間違い〕1aの『ドラえもん』(藤子・F・不二雄)「ライター芝居」。

*「雷」と「電」→〔書き間違い〕2の『剪燈新話』巻3「富貴発跡司志」。

*「圓」と「團」→〔にせ金〕2の『二銭銅貨』(江戸川乱歩)。

 

 

【観相】

★1.人相を見て、将来、地位と権力を得るであろうことを見抜く。

『大鏡』「道長伝」  飯室の権僧正の伴僧に観相者がいた。彼は「道隆には天下を取る相があり、道兼には大臣の相があり、伊周には一時的に権勢を得る相がある」と占ったが、結局、「道長こそ、『虎の子が奥山の峰を渡る』という最高の相があり、誰よりもすぐれ、際限なく栄える」と結論した。

『江談抄』第2−25  一条左大臣源雅信がまだ年少の頃。平時望が彼を占って、「必ず従一位左大臣に至るでしょう。その時もし縁あらば、我が子孫を挙げ用いて下さい」と言った。雅信は大臣になってからもその言葉を忘れず、時望の孫・惟仲に特別の好意を示した。

『江談抄』第2−26  平珍材は、息子惟仲の相を見て「大納言になる相だが、貪りの心のため妨げられるだろうから、慎むべし」と占った。後、惟仲は中納言に至り、太宰帥となったが、職務上の失敗により解任された。

『江談抄』第3−23  藤原道明(後に大納言)が妻と同車して市に行った。一人の老女が妻を見て、「貴女は必ず大納言の妻になる」と予言し、次に道明を見て「それはこの人の力によるものだろうか」と言った。

*自らの出世の相を見る→〔水鏡に映る未来〕1の『古今著聞集』巻7「術道」第9・通巻297話。

★2.身分をいつわっても、それを見抜く。 

『源氏物語』「桐壺」  光源氏が七歳を過ぎた頃、高麗からすぐれた相人が来朝した。父桐壺帝は、光源氏が帝の子であることを隠し、右大弁の子のように仕立てて相人の所へ連れて行く。相人は光源氏を見て驚き、「帝王の相があるが、そうなると国が乱れるかもしれぬ。だからといって、摂政関白のような臣下の相とも異なる」と、不思議がった〔*光源氏は、帝王とも臣下とも異なる、准太政天皇という位についた〕。

『古今著聞集』巻7「術道」第9・通巻299話  野宮の左大臣藤原公継が幼少の頃、その身分を隠して、母が播磨の相人の所へ連れて行った。相人は「この子は一の上(左大臣)にいたる人です」と占った。母が「これは、侍程度の身分の者の子です」と言ってあざむくと、相人は「大臣の相おわしますものを」と、不思議がった〔*占いどおり、公継は左大臣従一位になった〕。

★3.寿命を占い、才能を評価し、身分を見抜く。

『大鏡』「昔物語」  高麗の相人が、若き日の夏山繁樹夫妻を見て、「二人長命」と占う。また、藤原時平・仲平を「日本国には過ぎた人」、忠平を「日本国のかため。末長く子孫が繁栄するのは、この殿」と判ずる。さらに、若き日の小野宮実頼が、わざと卑しい恰好をして身分低い者たちの中にいるのを、相人は遠くから見て指さし、「貴臣である」と看破した。

★4.少年を見て、聖者であることを知る。

『三宝絵詞』中−1  百済から日羅が来朝した。少年聖徳太子が身をやつして童たちにまじって見ていると、日羅は太子を指さして怪しみ、ひざまづき合掌して「敬礼救世観世音」と唱えた〔*『今昔物語集』巻11−1などに類話〕。

『マホメット伝』(イブン・イスハーク)  おじに連れられて来た少年マホメットを見て、占い師が「その子だ」と叫ぶ。おじがマホメットを隠すと、占い師は「あの子にはたしかに何かがある」と言った。

★5.青年の将来を予言する。

『思い出す事など』(夏目漱石)28  「余(夏目漱石)」は学校を出た当時、小石川の寺に下宿しており、和尚に人相を見てもらったことがあった。和尚は「余」の顔をじっとながめて、「貴方は親の死にめにはあえませんね」と言い、「西へ西へと行く相がある」とも言った。一年もせぬうちに、「余」は松山へ行った。それから熊本に移り、ロンドンへ向かった。西へ西へと赴いたのである。母は「余」の少年時に死に、父は「余」の熊本時代に死んだが、どちらも死にめにあえなかった。 

★6.出家者・往生者の相を見る。

『大鏡』「道長伝」  藤原道長の息子・顕信は、寛弘九年(1012)正月十九日、十九歳で出家した。右衛門督実成は、早くから「顕信には出家の相がある」と言い、顕信が実成の娘に求婚した時も、これを許さなかった(*顕信の母も、彼の出家を予知する夢を見た→〔夢解き〕2)。

『今昔物語集』巻15−22  相人が、足切りの刑に処せられる盗人を見て、「往生すべき相のある者だ」と言い、検非違使は盗人を放免する。盗人は出家し、日夜念仏を唱えて極楽往生した。

★7.非凡の相ゆえ、特別に取り立てられる。

『入鹿』(幸若舞)  天津児屋根の命の三十六代の御末・御食子(みけこ)の卿は常陸国へ流され、農夫となった。常陸で誕生した息子・鎌足は、十六歳の時、庭の夫(にはのぶ。内裏の庭の掃除をする役)に指名されて京へ上る。行事の弁が彼を見て、「この童(わっぱ)は、やつれ果てているが、大臣の相がある。宮中で帝を守護し申せ」と言う。鎌足は右京の大夫になり、帝から、悪臣入鹿誅殺を命ぜられる。

『信田(しだ)(幸若舞)  信田の小太郎は、奥陸奥(おくむつ)外の浜の塩商人にその身を買われて、浜で塩を焼いていた。浦の領主・塩路の庄司が、信田の高貴な姿を見て驚き、「身分ある人が拐(かど)わかされて来たのだろう」と思い、養子にする。都から国司が下って来た時、信田は自らの系図(葛原親王六代の後胤、将門の孫、信田の小太郎何某)を見せ、やがて上洛して、帝から坂東八ヶ国をたまわった。

★8.女難の相。

『男はつらいよ』(山田洋次)第22作「噂の寅次郎」  橋の上ですれ違った雲水(演ずるのは大滝秀治)が寅次郎を呼び止めて、「あなたのお顔に女難の相が出ております。お気をつけなさるように」と忠告する。寅次郎は神妙な顔をして、「わかっております。物心ついてこのかた、そのことで苦しみぬいております」と言う。二人は礼を交わして、右と左へ別れて行く。

★9.貧賤の相。

『広異記』44「象牙の中の龍」  則天武后が、貴重な象牙を献上した男(*→〔象〕3)を引見して、「その方は貧賤の相をしている。多くの財物を受けることはできまい」と言い、毎年、銭五十貫ずつを支給することにした。男は、もらった銭がなくなると、また支給してもらい、死ぬまでこれを繰り返した。

 

 

【観法】

★1.水想観。心の中に水を観じ、自身とその周囲をすべて水にしてしまう。

『弘法大師御本地』(御伽草子)  空海は、たびたび水想観を修し、家の内が池となることがよくあった。

『撰集抄』巻7−6  恵心僧都は常に水想観を修し、我が身と一室を、ことごとく水になしていた。ある日、保胤入道が訪れると、室内は水ばかりで恵心の姿がなかったので、保胤は枕を水中に投げ入れた。翌日、恵心は「胸苦しいので枕を取ってくれ」と言って再び水想観をし、保胤は水に入って枕を取り出した。保胤の身体は少しもぬれなかった。

『ねむり姫』(澁澤龍彦)  中納言家の十四歳の姫君が突如昏睡におちいり、いつまでも目覚めない。数十年以上が経過し、姫は十四歳の姿のまま、小舟に乗せられて宇治川へ流される。姫には異母兄がおり、八十歳近くの老僧になっていた。老僧は自らの死期を悟り、宇治川の水を部屋にまいて、最後の水想観をする。老僧の身体も外界も、すべて水になる。水の彼方に小さな点が見え、だんだん近づいて来る。それは、眠る姫君を乗せた小舟である。

★2.不浄観。生きた人間を見ても、髑髏や白骨に見えてしまう。

『閑居の友』上−20  ある男が野原で死人の頭骸骨を見て、「死ねば皆こうなるのだ」と悟る。男は家へ帰り、妻の顔のあちらこちらを手さぐりして、野原で見た髑髏と同じであることを知る。以後、男はしだいに妻と疎遠になり、やがて出家遁世してしまった。

『大般涅槃経』(40巻本「師子吼菩薩品」)  長者の息子・宝称は五欲に溺れて、世間の無常を悟らなかった。ある時、彼は仏陀の説法を聞いて、生き物はみな最後は白骨になることを知る。彼は「宮殿も民家も、貴人も庶民も美女も、みな白骨化する」と観察するようになり、心に恐怖を抱いた。仏陀が、「仏陀や教えや修行者の集まり(「仏」と「法」と「僧」)に頼れば安心だ。恐れることはない」と教え、宝称は出家した。  

『無妙記』(深沢七郎)  六十歳過ぎの露天商の男が、用事で京都市街へ出かける。繁華街の大勢の男女は、何年か何十年かたてば、皆、白骨になるのだ。市電には、これから映画を見に行く白骨たちや、買い物に行く白骨たちが乗っている。食堂で天丼を食べると、客の白骨がいろんなことをしゃべっている。露天商の男は金の貸し借りのトラブルで、まもなくナイフで刺され、死んで火葬されて白骨になるのだ。そんなことは知らずに、男は歩いている。修学旅行の白骨集団がいる。土産屋で白骨の女店員が騒いでいる。

*生きた人間を見て髑髏や白骨を思うのとは逆に、髑髏から生前の顔を幻視する→〔髑髏〕10の『誰?』(ルヴェル)。

★3.食物も、その本体は不浄のものである。

『閑居の友』上−19  中間僧(ちゅうげんそう。雑用をする法師)が毎夜、不浄観を修していた。それを知った主人が、「粥を観じて見せ給え」と望む。中間僧が、粥の入った椀を折敷(おしき。角盆)でおおい、しばらく観念してあけて見ると、粥はすべて白い虫に化していた。

★4.柏の木を観想すれば、柏の木が現れる。

アゴの杢之助の話  江戸時代。アゴが長いので「アゴの杢之助」と呼ばれた泥棒が、夜、愚堂国師の部屋へ盗みに入る。ところが部屋には誰もおらず、柏の木が一本そびえていた。愚堂は坐禅をして「庭前の柏樹子」の公案に取り組んでおり、我を忘れて公案になりきっていたため、愚堂の姿は消え、室内に柏の木が生じたのである。坐禅を終えると、愚堂の姿が現れた。杢之助は驚き、愚堂に弟子入りした。

★5.次の例は、禅師が「無」を観じていたために、その姿が見えなかったのであろう。

『雨月物語』巻之5「青頭巾」  旅の快庵禅師が、山寺に宿を請う。山寺の僧は鬼畜の境涯に陥っており、快庵禅師を喰おうとして、月明の夜、寺中を捜し回る。しかし、どこにも快庵禅師の姿は見えない。快庵禅師は終夜眠らず一所に坐しており、朝になって僧はようやく快庵禅師の姿を見出す。僧は「鬼畜の目で活仏を見ることができないのは当然だ」と言って、恥じ入る。

*→〔変身(人から動物に)〕3の、『変身』(カフカ)の主人公グレゴール・ザムザは、自身を「毒虫のようなものだ」と観じていたゆえに、家族の目からも彼が毒虫に見えたのかもしれない。

 

※幽界に行った人が精神統一に入ると、人間の姿は消えて、白い球になる→〔玉(珠)〕9の『小桜姫物語』(浅野和三郎)10。

※狸や狐がいろいろなものに化けるのも、「観法」と同様の原理である→〔狸〕11の『悟浄歎異』(中島敦)。

※「水」「木」「虫」など、心の中に観じたイメージが他人の目にも見える「観法」の物語とは異なり、心の中の思いが言葉として他人に知られてしまうのが→〔悟り〕6の『サトラレ』(本広克行)である。

 

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