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【のぞき見】

★1.のぞき見から情交・結婚にいたることが多い。

『源氏物語』「若紫」  十八歳の光源氏は、春三月に、北山の庵で十歳ほどの少女(紫の上)をかいま見て、心ひかれる。冬、光源氏は強引に彼女を自邸二条院に迎え取る。四年後の秋八月に光源氏の正妻葵の上が死去する。その四十九日が過ぎて後に光源氏は、十四歳になった紫の上と夫婦の契りを交わす。

『源氏物語』「若菜」上〜下  光源氏四十一歳の三月、六条院の蹴鞠の宴に参加した柏木は、まくれ上がった簾の向こうに、光源氏の妻である十五〜六歳の女三の宮の姿をかいま見て、恋心をつのらせる。柏木はいつまでも女三の宮への思いを断ち切れず、光源氏四十七歳の四月十余日、ついに彼女の寝所へしのび入って関係を持つ。

『源氏物語』「野分」「御法」  秋八月の嵐の日に、十五歳の夕霧が、父光源氏の六条院を見舞う。彼は思いがけず、父の最愛の女性、二十八歳の紫の上の姿をかいま見る〔*夕霧と紫の上とは結婚はしないが、それから十五年後に紫の上は死去し、その時、夕霧は紫の上の死顔を見る〕→〔顔〕4

『今昔物語集』巻20−7  金剛山の聖人が祈祷をして、物の怪に苦しむ染殿后の病を治す。ところが聖人は、几帳の隙間から后の姿をかいま見て愛欲の心を起こし、鬼となって后と交わる。

『太平広記』巻83所引『原化記』  小役人呉堪が川岸で白い田螺を見つけ、持ち帰って水に入れて飼う。その後は、呉堪が役所から帰宅すると食事の用意が出来ている。ある日こっそり戻って来てのぞくと、見知らぬ娘が炊事をしている。娘は天の神の命令で呉堪に嫁いで来たのだった。

『ろばの皮』(ペロー)  王子が狩りの帰りに小作地の農家で休息し、裏庭を歩いているうちに、下女が住む部屋のそばを通りかかる。王子は鍵穴に目を当てて部屋の中をのぞき、豪華なドレス姿の美女がいるので驚く(*→〔曜日〕1)。王子は彼女に恋し、妻とする。

*姥皮をぬいだ美女→〔変身(醜から美に)〕1の『姥皮』・『花世の姫』(御伽草子)。   

★2.のぞき見して異類の正体を知る。

『怪談牡丹灯籠』(三遊亭円朝)6・8  盆の十三日の夜、カランコロンと下駄の音をさせてお露と女中お米が萩原新三郎宅を訪れ、以後毎夜お露と新三郎は枕をかわす。隣家の伴蔵がのぞき見ると、骨と皮ばかりの女が新三郎と抱き合っていた。

『太平記』巻5「相模入道田楽をもてあそぶ事」  相模入道高時が、ある夜の宴で酔って舞い出すと、田楽法師たち十余人が現れ、座に連なって「天王寺のや、えうれぼし(妖霊星)を見ばや」と歌い舞う。一人の官女が障子の隙からのぞき見ると、異形の化け物どもが踊っていた→〔天狗〕1

『星の神話・伝説集成』(野尻抱影)「妖霊星」は、「えうれぼし」=「弱法師(よろぼし)」(*→〔門〕2a)で、田楽能の上演を意味する、との吉田東伍や高野辰之の解釈を紹介し、「巧みな語呂の発見に感心している」と記す。

★3.有料ののぞき見。 

『商い人』(三島由紀夫)  男子禁制の修道院の塀に梯子をかけ、梯子の登り賃百円(昭和三十年当時)、双眼鏡の貸し賃百円を取って、五分間のぞき見させる、という商売を一人の小男が始めた。大勢の男がやって来て、商売は繁盛する。一週間たったところで、小男は巡査に逮捕される。しかし小男は、自分に罪はないと主張した。「私はついぞ見たいと思ったことがないのでね」。

★4.のぞき見される側からの反応。 

『船の挨拶』(三島由紀夫)  海上保安庁の若い灯台員益田一郎は、小島の見張り小屋から毎日望遠鏡を覗き、伊良湖水道を通る船の名と通過時間を確認している。「船が、ほんのちょっと俺に感情を見せてくれたらなあ」と一郎は思う。ある日、船名のない真黒な船が望遠鏡に映り、小銃で一郎を撃った。「船の熱い挨拶が、やっと俺の中に届いたんだ」と感謝して、一郎は死んだ。

 

 

【のぞき見(僧を)】

★1.僧をのぞき見る。

『三国伝記』巻5−30  白介翁が、導師の僧を千日湯施行の湯屋に入れて、沐浴させる。浴室に異香が薫ずるので窓の間から見ると、そこには金色の阿弥陀如来がいた〔*原拠は『長谷寺験記』下−1〕。

『日本霊異記』上−4  大和国高宮寺の僧願覚は、早朝に寺を出て里に行き、夕方帰って来て坊に入る、という日常を送っていた。在俗の修行者が坊の壁に穴をあけて願覚の様子を窺うと、部屋の中は光にみち輝いていた。

『日本霊異記』上−14  ある夜、難波の百済寺で、僧義覚の室に光が輝くのを一人の僧が怪しみ、窓の紙に穴をあけて中をのぞく。義覚は端座して『般若心経』を唱えており、光はその口から出ていた〔*その夜、義覚は不思議な体験をした〕→〔千里眼〕6

 

 

【のぞき見(妻を)】

★1.夫が妻の姿をのぞき見る。のぞかれた妻が夫を追う・襲う。

『食わず女房』(日本の昔話)  「飯を食わぬ女房が欲しい」と言うけちな男の家へ、美女が嫁に来る。しかし不思議に米が減るので、男は仕事に行くふりをして物陰に隠れ、様子をうかがう。女房が髪を解くと、頭に神楽獅子ほどの大きな口があり、女房は多量の握り飯を口に放りこむ。正体を見られた女房は、怒って男を追う(宮城県伊具郡丸森町大山)→〔五月〕2

*頭に口のある女の物語の別伝→〔口二つ〕2の『絵本百物語』第17「二口女」。

『聊斎志異』巻1−40「画皮」  王書生が、道で会った美女を連れ帰り妾にする。ある時、王が女の正体を疑って、女のいる書斎をのぞくと、鬼が人間の皮をひろげてそれに絵を描いていた。描き終わった皮を鬼は身に着け、女になり変わる。鬼は王書生を襲い、彼の腹を引き裂いて殺すが、道士が鬼を退治して、王書生を蘇生させる。

*イザナキが、黄泉国のイザナミをのぞき見る→〔冥界行〕6の『古事記』上巻。

*ホムチワケノミコが、眠るヒナガヒメをのぞき見る→〔逃走〕2の『古事記』中巻。

★2.夫が妻をのぞき見る。正体を知られた妻が去る。

『古事記』上巻  海神の娘トヨタマビメは、夫のホヲリ(山幸彦)に「中を見るな」と禁じて産殿にこもる。ホヲリが出産のありさまをのぞき見ると、妻は大鰐の姿に化して這い廻っていた〔*『日本書紀』巻2・第10段本文では「龍に化した」と記す〕。のぞき見られたことを知ったトヨタマビメは、生まれた子を置いて海神の国に帰って行った。

『メリュジーヌ物語』(クードレット)  レイモン(レイモンダン)は妻メリュジーヌとの誓いを破り、彼女が毎週土曜日にこもる部屋の扉に穴を開けて、中をのぞき見る。メリュジーヌは風呂に入っており、上半身は白く美しい女体だったが、臍から下は太い蛇の尾になっていた。尾は白と青の横縞模様で、水を叩き、かき回していた〔*のぞき見されたことを知ったメリュジーヌは、レイモンに別れを告げて空中へ飛び上がり、蛇に変身して去った〕。

*妻の下半身が魚で、毎週一度塩湯に入るという→〔人魚〕1aの『人魚』(巌谷小波)は、メリュジーヌの物語をヒントにしているのであろう。

*台所をのぞくと、妻が魚になっていた→〔魚女房〕1の『魚女房』(日本の昔話)。

*機織場をのぞくと、妻が鶴になっていた→〔鶴女房〕1の『鶴女房』(日本の昔話)など。

*産室をのぞくと、妻が蛇になっていた→〔蛇女房〕1の『田村の草子』(御伽草子)、『蛇の玉』(日本の昔話)。

★3.夫が妻をのぞき見て、罰を受ける。

『英雄伝』(プルタルコス)「アレクサンドロス」3  アレクサンドロスの誕生に先立ち、父フィリッポスは、妻オリュンピアスに蛇体のアムモン神が添い寝するのをぬすみ見た。その折フィリッポスは、戸の隙間に近づけた片目を失明した。

*戸の節穴からのぞき見たため円形の禿げができた、という物語もある→〔禿げ頭〕2の『百物語』(杉浦日向子)其ノ77。

★4.夫が妻の様子をうかがって、妻の本心を知る。

『伊勢物語』第23段  大和の男が、河内の高安に愛人を作り通うが、妻は不愉快な顔ひとつ見せない。妻の態度を怪しんだ男は、河内へ出かけたふりをして前栽の中に隠れ、妻の様子をうかがう。妻は「風吹けば沖つ白波たつた山夜半にや君が一人越ゆらむ」と詠じて、夫の身を案じていた(*『大和物語』第149段に類話→〔熱湯〕5)。

 

 

【のぞき見(人妻を)】

★1.人妻の裸身をのぞき見る。

『黄金のろば』(アプレイユス)巻の3  「私(ルキウス)」は、テッサッリアのミロオの邸に滞在していた。「ミロオの妻パンフィレエが魔術を使って鳥に化す」と、小間使いフォーティスから聞いて、「私」はパンフィレエの部屋をのぞき見る。パンフィレエは着物をすべて脱ぎ捨て、全身に膏油を塗ってミミズクに変身し、飛び去る→〔ろば〕1

『太平記』巻21「塩冶判官讒死の事」  武蔵守高師直は、塩冶判官高貞の奥方が絶世の美女だと聞いて横恋慕し、高貞の館へ忍び入って彼女の湯上がり姿をのぞき見る。美しい肌を見た高師直は、いっそう思いを募らせ、奥方を自分のものにするために、「高貞が将軍家への謀反をくわだてている」と讒言する〔*讒言の結果、高貞も奥方も討手に追われて死ぬ〕。

『歴史』(ヘロドトス)巻1−8〜10  カンダウレス王は妃の容色を誇るあまり、臣下のギュゲスを寝室の扉の後に隠して、妃の裸身をのぞき見させる。妃は肌を見られたことを察知し、ギュゲスを呼んで、「そなたが死ぬか、カンダウレスを殺すか、どちらかを選べ」と迫る。ギュゲスはカンダウレス王を殺し、国と妃の両方を得た。

*人妻の水浴をのぞき見る→〔水浴〕2の『サムエル記』下・第11章など。

*人妻の裸体をのぞき見て、失明する→〔盲目〕3aのゴダイヴァ夫人(レディー・ゴダイヴァ)の伝説。

*車の中の人妻をのぞき見て、失明する→〔車〕4の『聊斎志異』巻1−5「瞳人語」。

*皇后が女御をのぞき見る→〔妬婦〕3の『大鏡』「師輔伝」。

 

 

【のぞき見(部屋を)】

★1.他人の部屋をのぞく。

『地獄』(バルビュス)  田舎からパリへ出て来た三十歳の「ぼく」は、下宿兼旅館の一室の壁の穴を通して、隣室をのぞき見る。若い女が一人で裸体になる、少年少女が幼い愛の真似事をする、不倫の男女が性交をする、癌を病む老人が臨終を迎える。さまざまな人間模様を見た後に、「ぼく」は宿を引き払う。

『太平広記』巻286所引『河東記』  旅人趙季和が板橋店(はんきょうてん)の三娘子(さんじょうし)の家に宿をとる。夜、三娘子が自室で木彫りの牛と人形を使役して蕎麦の種子を蒔き、小畑を耕し蕎麦粉を得、焼餅を作るまでの様子を季和はのぞき見る。翌朝、三娘子は焼餅を客たちにふるまい、季和以外の客は皆それを食べてろばになってしまう。

*新婚の閨をのぞき見する→〔初夜〕4の『哀蚊(あわれが)』(太宰治)など。

*屋根裏から、他人の部屋をのぞき見る→〔屋根〕3の『屋根裏の散歩者』(江戸川乱歩)。

*マジック・ミラーでのぞき見る→〔ホテル〕4の『影男』(江戸川乱歩)など。

*厠をのぞき見る→〔厠〕7の『共同生活』(大江健三郎)。

*部屋をのぞき見ようとして、転落死する→〔死因〕3cの『落ちた偶像』(リード)。

★2.他人の部屋をのぞき見て、殺人事件を察知する。 

『裏窓』(ヒッチコック)  足の骨折で車椅子生活中のカメラマン(演ずるのはジェームズ・スチュアート)が、退屈しのぎに、向かいのアパートの一室を望遠レンズでのぞく。そこには中年男(レイモンド・バー)とその妻が住んでいたが、ある夜を境に、妻の姿が見えなくなる。男は大きなトランクを持って、何度か部屋を出入りする。「男が妻を殺し、死体を切断して運び出したのだ」と、カメラマンは確信する。のぞかれたと知った男は、身動きできぬカメラマンを襲うが、あやういところで警察が来て、男を逮捕する。

★3.のぞき見をして殺人現場を目撃する。しかしそれは、殺人の真似事をしているだけだった。 

『湖畔亭事件』(江戸川乱歩)  レンズ狂の「私」は、潜望鏡を組み合わせ、滞在する旅館の部屋から、浴場の脱衣室をのぞき見る。ある晩、裸の女が短刀で刺されて倒れるありさまが見え、「私」は驚いて脱衣室へ行ったが、そこには女の死体などなかった。旅館の客の河野青年が、後に「私」に告白した。「僕は恋人と駆け落ちするに際し、彼女(恋人)が殺されて死体も始末された、と見せかけようと考えました。君が脱衣室をのぞくことを知っていたので、恋人が短刀で刺される芝居をして、それを君に見せ、殺人事件の目撃者になってもらったのです」。

『白昼鬼語』(谷崎潤一郎)  園村は、金目当てに近づいて来た美貌の纓子に惚れ込み、彼女の思うままに翻弄されて喜ぶ。園村は「いっそ纓子に殺されたい」とまで願うが、さすがにそれは纓子が拒否する。そこで殺人の真似事をし、園村は殺される気分を味わいつつ、その光景を友人の「私」に見せよう、と考える。事情を知らぬ「私」は、深夜、明るく電灯をともした部屋で、園村が纓子に絞殺される一部始終を、雨戸の節穴からのぞき見て驚愕する。

★4.自分の家をのぞき見る。 

『捜神後記』巻5−1(通巻49話)  独身男の謝端は、毎日耕作に出ている間に食事が用意されていることを不審に思い、こっそり帰って来て垣根の外から家の中をのぞく。すると田螺(*→〔貝〕1b)の殻の中から少女が現れて炊事を始めたが、謝端に姿を見られたため、「私は天の川の白水素女である」と名乗り(*→〔天人女房〕2)、殻を残して昇天した。殻に米や雑穀を入れておくと、尽きることがなく、謝端は生活には困らなかった。

*うら若い天女ではなく、白髪の山姥が掃除をするのをのぞき見る、という物語もある→〔山姥〕3の『山姥』(『水木しげるの日本妖怪紀行』)。 

*家の中をのぞき見たつもりが、馬の尻をのぞいていた→〔穴〕8の『九郎蔵狐』(落語)。

 

※四季の部屋・十二ヵ月の部屋をのぞく→〔四季の部屋〕3の『鶯の浄土(鶯の里)』(日本の昔話)など。

※多くの死体がころがる部屋をのぞく→〔部屋〕2bの『青ひげ』(ペロー)など。

 

 

【乗っ取り】

★1a.客あるいは下宿人が、しだいに主人を圧迫し、最後には家を乗っ取る。

『銀の仮面』(ウォルポール)  五十歳のミス・ヘリズは、貧しそうな美青年に同情し、屋敷に入れて食事を与える。これがきっかけで美青年はたびたび訪れ、妻と赤ん坊を連れて来たりもする。さらに伯父・伯母と称する夫妻も出入りする。前からいた召使やコックは辞めて行き、ミス・ヘリズは孤立無援の状態に陥る。ミス・ヘリズは心臓を病み、女中部屋に寝かされる。美青年が外から鍵をかける。

『タルチュフ』(モリエール)  富裕な市民オルゴンは、偽善者タルチュフを敬虔な宗教者だと思って崇め、客人として屋敷に住まわせる。妻や子供たちはタルチュフの正体を見抜き、オルゴンをいさめるが、彼は、全財産の贈与をタルチュフに約束してしまう。タルチュフは、オルゴンの妻を口説く現場を押さえられて開き直り、「この屋敷は自分のものだ」と言って、オルゴン一家の立ち退きを要求する→〔デウス・エクス・マキナ〕2

『ひっとらぁ伯父サン』(藤子不二雄A)  中年サラリーマン小池さん一家の二階四畳半に、ヒットラーそっくりの男が下宿する。男は酒を飲まず肉を食べず、ワーグナーを大音量で聴く。近所の子供たちに制服を支給して、少年団「黒シャツ隊」を組織する。小池さんとトランプをしてギャンブルの面白さを教え、全財産を奪い取ってしまう。ひっとらぁ伯父サンは小池さんの家を乗っ取ったが、一家を追い出すことはせず、四畳半に住まわせてやる。

*客が、一家全員(男も女も)と性交する→〔性交〕8の『いいえ』(落語)など。

★1b.突然押しかけて来た訪問者が、たちまち家を乗っ取る。

『自信』(星新一『夜のかくれんぼ』)  西島正男が会社からマンションに帰って来てくつろいでいると、見知らぬ男が訪れ「僕は西島正男で、ここは僕の部屋だ」と言う。正男は管理人を呼ぶが、管理人はその男を「西島正男」と認める。いつのまにか、その男と正男とは、顔が入れ替わっている。正男は「自分が本物の西島正男だ」との自信が持てなくなり、男に部屋を譲って出て行く。

『闖入者』(安部公房)  深夜、見知らぬ九人家族が、独身のK君の住む安アパートを訪れ、部屋に上がりこんで居すわる。多数決の原理によって、食事の用意などをK君は要求される。管理人や交番に助けを求めても取り合ってもらえず、弁護士の所へ行くと、彼もまた十三人の闖入家族に苦しめられていた。K君は疲れ果てて縊死する。

★2a.魂が身体から離れたすきに、悪霊がその身体を乗っ取る。

『心学早染草(しんがくはやそめくさ)(山東京伝)  商家の息子理太郎が十八歳の年、うたた寝をする間に善魂が体外へ遊び出る。悪魂が「良い機会だ」と、善魂を縛ってしまい、代わりに理太郎の身体へ入りこむ。理太郎は悪魂にあやつられるまま、吉原で放蕩をし、勘当され、ついに盗賊となる。

『盗まれた身体』(H・G・ウェルズ)  ベッセル氏が幽体離脱して、離れた場所の友人の前に、自分の姿を投射する実験をする。その間に、悪霊がベッセル氏の身体に入り込む。悪霊に乗っ取られた身体は街で暴れまわり、工事現場の穴に落ち、やがて悪霊は出て行く。ベッセル氏は、穴に落ちた自分の身体を捜しあて、その中に戻ることができて安堵する。

★2b.死者の魂が、生者の身体から魂を追い出して、その身体を乗っ取る。

『変形の記録』(安部公房)  皇軍の少将閣下が銃撃されて死に、彼の魂は肉体から離れる。閣下の魂は、飢えて昏睡状態の浮浪児を見つけ、その魂を追い出して身体を乗っ取る。浮浪児の魂は「小父さん。困るよ」と言って後を追うが、身体にさわることができない。どうやら、死んだ閣下の肉体も、かつて乗っ取られたものであるらしかった。

★2c.先に死んで葬られた死者Aの魂が、後に死んだ死者Bの身体に乗り移って蘇生する。その際、Bの身体を変形させて、Aの身体にしてしまう。

『リジイア』(ポオ)  「私」が愛した黒い髪・黒い瞳のリジイアは、病に侵されて死んだ。その後「私」は、明るい髪と碧い瞳を持つロウィーナと結婚したが、まもなく彼女も病死した。全身を布で巻かれたロウィーナの死体の傍で、「私」は一人通夜をする。死体から、かすかな暖かみが感じられ、わずかに身体が動く。夜明け頃に彼女は起き上がり、歩き出した。背丈が伸びたように見える。彼女は巻き布をほどき、そこから黒い髪が流れ出、黒い瞳が現れる。リジイアが生き返ったのだ。 

★3.人面瘡(人面疽)が宿主に取って代わる。

『かわいいポーリー』(星新一『悪魔のいる天国』)  「おれ」の腕にできた人面瘡ポーリーは日に日に美女になり、どんどん大きくなってゆく。ある日「おれ」が街を歩くと、男が「よお、姉ちゃん」と声をかけてくる。ポーリーは男の誘いに応じ、バンソウコウを「おれ」の顔の上に貼ってしまう→〔人面瘡(人面疽)〕1

*影が本体に取って代わる→〔影〕1aの『影法師』(アンデルセン)。

 

 

【のりなおし】

★1.悪事・凶兆と思われることがらを、善事・吉兆のように解釈しなおす。

『阿Q正伝』(魯迅)  日雇い農民の阿Qは、自尊心が強かった。何人かの男たちと喧嘩をして負け、痛い目にあった時には、「つまり俺が父親で、あいつらが息子のようなものだ。父親が息子に打たれたのだ。今の世の中は逆さまだ」と考えて満足し、勝ち誇った。これが、阿Qの精神的勝利法だった。

『義経記』巻7「如意の渡にて義経を弁慶打ち奉る事」  北陸路を行く義経一行が、岩戸の崎(新潟県直江津市)で若布(わかめ)採りのありさまを見る。義経の北の方が、「四方(よも)の海浪のよるよる(「寄る」と「夜」の掛詞)来つれども今ぞ初めてうきめ(「浮き女(海女)」と「憂き目」の掛詞)をば見る」と詠ずる。弁慶はこれを不吉と思い、すぐに「わだつみの浪のよるよる来つれども今ぞ初めてよきめ(「良き布(良いわかめ)」と「良き目」の掛詞)をば見る」と詠み直した。

『古事記』上巻  高天原にのぼったスサノヲが、姉アマテラスの田の畦を壊し溝を埋め、新嘗祭の新穀を食する神殿に糞をまり散らす。しかしアマテラスはスサノヲの悪行を咎めることなく、「糞ではなく、酔って吐いたのです。田を広くするために、畦や溝を無くしたのです」と、スサノヲに悪意がなかったかのように説明した。

『三国史記』「百済本紀第6」第31代義慈王20年6月  百済の義慈王の世。地中から掘り出された亀の背に、「百済は月輪(満月)に同じく、新羅は月新(新月)の如し」の文字があった。巫が「満月は満ちれば欠ける」と解き、王は巫を殺す。別の人が「百済は満月のごとく盛んになる」と言い、王は喜ぶ。しかし百済は亡んだ。

『曾我物語』巻7「鞠子川の事」  富士野の狩場へ向かう曽我兄弟が、鞠子川を渡る。十郎祐成が「五月雨に浅瀬も知らぬ鞠子川波にあらそふ我が涙かな」と詠んだのを聞いた五郎時致は、歌の体悪しと思ったのだろうか、「渡るより深くぞ頼む鞠子川親のかたきに逢瀬と思へば」と詠じた。

『耳袋』巻之10「清水谷実業卿狂歌奇瑞の事」  ある公卿が禁中宿直の朝、衣服を左前に着て気に病んでいたので、清水谷実業卿が「左前みぎりはあとに左右左の拝舞の稽古やがて昇進」と狂歌を詠んで与えた。翌年、その公卿は果して昇進した。

*「土でも食え」と侮辱されたのを、「封土領有の吉兆」と解釈する→〔土地〕3の『史記』「晋世家」第9。

*変事を「皇子誕生の兆し」と解釈し、実際に皇子が誕生する→〔犬〕12の『江談抄』第2−9。

*逆に、皇子誕生を願ってつけられた名前を悪い意味に解釈し、実際に凶事が起こる→〔出産〕7の『続古事談』巻1−35。  

★2.凶夢と思われるものを吉夢と解釈して、良い運命をもたらす。

『大鏡』「兼家伝」  堀河の摂政兼通が全盛で、その弟東三条兼家が逆境にあった頃のこと。「兼通邸から射られた多くの矢が皆、兼家邸へ落ちる」との夢を、ある人が見た。兼家はそれを聞き、心配して夢解きに問う。夢解きは、「たいへん良い夢です。世の権勢が、兄兼通公から弟兼家公へ移る兆しです」と述べた。やがて兼家は、摂政・太政大臣にまでなった。

『江談抄』第1−31  兼家が大納言時代に、「逢坂関に雪が降り、道が真っ白になる」との夢を見た。雪は凶夢と思い夢解きに語ると、夢解きは「斑牛(まだらうし)が献上されよう」と解き、まもなくそれが実現する。その後、大江匡衡が「逢坂の関に雪の白は、関白を意味する」と解きなおす。翌年、兼家は関白の宣旨をたまわる。

『古事談』巻2−49  業房の亀王が、御前を退けられ門外へ追い出された夢を見る。康頼が「靱負の尉に任ぜられるべき吉夢だ。靱負の陣は門外にあるから」と解く。まもなく業房は左衛門の尉(靱負の尉)となった。

『春秋左氏伝』僖公28年  楚軍との戦いに臨んだ時、夜の夢に重耳は、「楚の成王と組み打ちし、成王が自分の上にのしかかり脳みそを吸う」と見た。気に病んでいると、子犯が「殿は上を向き天を得、楚は下を向き罪に伏した形で吉兆。また、脳を吸い楚は柔弱になった」と言う。

『雑宝蔵経』「迦旃延が悪生王の八つの夢を解く縁(はなし)」  悪生王が「頭上に火が燃える」「二蛇が腰に巻きつく」などの八つの夢を見て、不吉に思い憂える。波羅門たちが、「王の愛する人や動物を殺して厄払いをせよ」と勧める。王夫人の訴えにより、迦旃延(かせんねん)尊者が「第一の夢は、冠を献上されること」「第二の夢は、剣二ふりを献上されること」など、「すべて吉夢である」と解きなおす。

『袂の白しぼり』(紀海音)  油屋の娘お染と丁稚久松は恋仲であった。彼らは生玉神社の前で「お染・久松の恋は情死に終わる」との不吉な歌祭文を聞くが、それは二人が同時に見た夢だった。お染の母が「夢は逆夢。どんな悲しい夢でも判じなおして、めでたく解いてやろう」と励ます〔*しかし結局、久松は油屋の蔵の中で首をくくり、お染は外で剃刀自殺する〕。

『蒙求』213  王濬は、ある夜の夢に、寝室の梁上に懸かる三ふりの刀が一ふり増したのを見た。不吉に思っていると、主簿の李毅が「三ふりの刀は州の字に通じ、一ふり増したのは益州の長官になるとの吉夢」と解く。後、王濬は二度、益州の刺史となった。

*凶夢を転じて、貧乏神を追い出すめでたい歌にする→〔貧乏神〕2bの『鹿の巻筆』第3「夢想の読み損ひ」。

★3.凶兆と知りつつ「吉夢」といつわり述べる話もある。

『洛陽伽藍記』巻2「景寧寺」  広陽王元淵が、槐(えんじゅ)の木に倚りかかって立つ夢を見た。元慎が「三公を得る瑞兆です」と解くと、王は喜んだ。元淵は退出して、人に「王は死ぬ。『槐』は木へんに鬼、死後に三公となるのだ」と語る。果たして広陽王は殺され、司徒公を追贈された。

★4.吉夢であったのに、悪く解釈したために運を取り逃がす。

『今鏡』「村上の源氏」第7「夢の通ひ路」  春宮大夫師頼は、なるべきはずの大臣になれなかった。若い頃「採桑老(サイソウロウ)」という舞いをする、との夢を見たが、ある人が「長く宰相であろう(サイショウノママ老イル)」と悪く合わせたためである。実際、師頼は長期間宰相の職にあり、大納言どまりであった。

『大鏡』「師輔伝」  九条殿師輔公は若い頃、「朱雀門の前で、左右の足を西と東の大宮大路に踏んばり、北向きになって内裏を抱いて立つ」との夢を見た。彼がその夢をまわりの人たちに語ると、小ざかしい女房が、「どれほど御股が痛かったことでしょうね」と言った。そのため、せっかくの夢がはずれてしまい、師輔は摂政・関白になれずに終わった。

『江談抄』第3−7  伴大納言はもと佐渡の百姓だった。「西の大寺と東の大寺とを跨いで立った」と夢に見たが、妻が「貴方の股が裂かれるでしょう」と合わせた。そのため、彼は大納言になったものの伊豆国に配流された〔*『古事談』巻2−50・『宇治拾遺物語』巻1−4に類話〕。

★5.自殺を事故死だったように言い直す。

『紅楼夢』第30〜32回  王夫人から厳しく叱られ暇を出された侍女の金釧児(きんせんじ)が、井戸に身を投げて死んだ。王夫人は、「二〜三日たったら、呼び戻すつもりだったのに」と嘆く。そこへ薛宝釵が来て、「わたくし思いますには、あの人は身投げをしたのではなく、たぶん井戸のそばで遊んでいて、足をすべらせ落ち込んだのでしょう」と言い、事故死だったことにしてしまった。

★6.転んだのを、「一休みしているのだ」と言う。

「山犬の話」(松谷みよ子『日本の伝説』)  夜道を歩いていると、「送り犬」といって、山犬たちが後になり先になりして、ついて来ることがある。転んだら山犬はとびかかってくるから、もしも転んでしまったら、その時には「おおやれ、休んどう」と言って、一休みしているように見せかけねばならない(山梨県)。

*山犬が人のちょんまげに爪をかけ、引き倒そうとする→〔犬〕10の送り犬の伝説。

 

 

【呪い】

★1.言葉で呪う。

『古事記』上巻  ホヲリ(山幸彦)は、失った鉤(つりばり)を兄ホデリ(海幸彦)に返す時、海神から教えられたとおり、「この鉤は、オボ鉤(ち)、スス鉤、貧(まぢ)鉤、ウル鉤」と言って、後ろ手に渡した。その後、ホデリはしだいに貧しくなった〔*呪いの言葉は、『日本書紀』巻2・第10段本文では「貧鉤」、一書第1「貧窮(まぢ)の本、飢饉(うゑ)の始、困苦(くるしび)の根」、一書第2「貧鉤、滅(ほろび)鉤、落薄(おとろへ)鉤」、一書第3「オホ鉤、ススノミ鉤、貧鉤、ウルケ鉤」、一書第4「貧鉤、狭狭(ささ)貧鉤」〕。

『七羽のからす』(グリム)KHM25  男児ばかり七人の子供を持つ夫婦に、待望の女児が誕生した。父親の言いつけで、七人の息子が女児の洗礼用の水を汲みに行く。しかし、いつまでも帰って来ないので、父親が腹を立てて、「ぼうずども、みんな烏になっちまえ」と怒鳴る。たちまち七人の息子は七羽の烏に変じ、飛び去ってしまった→〔太陽と月〕6

『人魚コーラ』(イタリアの昔話)  一人の母親が、コーラという名前の息子と住んでいた。コーラは朝から晩まで、海に入って泳いでいた。母親が「陸へ上りなさい」と言っても、コーラはますます遠くへ泳いで行くばかりだった。ある日、母親は「お前なんか魚になってしまえ」と叫ぶ。するとコーラは半人半漁の身体となり、二度と陸へ帰らなかった。

*「紡錐による姫の死」が宣告され、その言葉を取り消すことは不可能→〔言霊〕4の『眠れる森の美女』(ペロー)。

*「愛する者と交わる時死ぬのだ」と呪われたとおり、性交中に死ぬ→〔性交と死〕2の『マハーバーラタ』第1巻「序章の巻」。

★2.人形を刃物で切って呪う。

『異苑』巻9−15  水田作りの監督者沐堅は、人々をこき使い、苦しめた。人々は恨み、沐堅の姿をした人形をこしらえ、刀や矛で切り刻んで呪った。沐堅はたちまち病気にかかり、ひどく苦しんで死んだ。

*呪いの藁人形→〔藁人形〕1の『現代民話考』(松谷みよ子)9「木霊・蛇ほか」第1章「木霊」など。

★3.釘を打って呪う。

『しんとく丸』(説経)  信吉(のぶよし)長者の後妻は、「自分が産んだ子を嫡子にしたい」と望み、継子しんとく丸を呪って、清水寺の生木や諸神社の格子などに、合計百三十六本の釘を打つ。しんとく丸は両眼がつぶれ、癩病者となる。後妻は夫信吉長者に「しんとく丸を追い出すか、私を離縁するか」と迫り、信吉長者はしんとく丸を天王寺に棄てる〔*清水観音のおかげで、しんとく丸の病気は治る〕。

*杉の木に釘を打って呪う→〔釘〕1の『黒壁』(泉鏡花)。

★4.土器や石などの呪物を、ある特定の場所に置く。 

『宇治拾遺物語』巻14−10  法成寺の門の下、土を五尺ほど掘ったところに、御堂関白道長を呪う物が埋めてあった。土器を二つ合わせ、黄のこよりで十文字にからげたもので、土器の底には朱砂で一文字が書かれていた。しかし飼い犬が知らせたので、道長は呪物の上を通らずにすみ、無事だった。

『古事記』中巻  兄・秋山の下氷壯夫(したひをとこ)は、弟・春山の霞壯夫(かすみをとこ)に、約束した賭物を与えなかった。母は怒り、出石川(いづし)河の石を取って塩をまぶし、竹の葉に包んで竈の上に置いた。そして霞壯夫に呪いの言葉を教え、下氷壯夫を呪わせた。そのため下氷壯夫は八年間、竹の葉のごとく萎れ、塩のごとく乾き、石のごとく病み臥した。

★5.呪いのビデオ。

『リング』(中田秀夫)  山村貞子は、念じるだけで人を殺す超能力を持つ少女だった。彼女は、伊熊博士によって井戸に突き落とされて、死んだ。それから四十年。貞子の霊は今なお鎮まることなく、彼女の呪いは一本のビデオテープに念写された。そのテープを見た者は、一週間後に死ぬ。助かる方法はただ一つ。テープをダビングして、一週間以内に誰か別の人に見せることである。そうすれば、その人が代わりに死んでくれる。

*死の運命を他人に移す物語→〔運命〕3bの『愚管抄』巻6、→〔性交〕3aの『サン・ヌーヴェル・ヌーヴェル』第55話など。

★6.いちじくの木を呪って枯らす。

『マタイによる福音書』第21章  イエスが空腹を感じ、いちじくの木のところへ行ったが、その木には実がなかった。イエスが「今後いつまでも、お前には実がならないように」と言うと、いちじくの木はたちまち枯れたので、弟子たちは驚いた〔*『マルコ』第11章では、翌朝早く、木が枯れているのを弟子たちが見る〕。

★7.子供たちを呪って死なせる。

『列王記』下・第2章  神の人エリシャが道を上って行くと、町から小さい子供たちが出て来て、「はげ頭、上って行け」と嘲った。エリシャは振り向いてにらみつけ、主(しゅ)の名によって彼らを呪う。森から二頭の熊が現れ、子供たちのうちの四十二人を引き裂いた。

★8.家にこもって物忌みされると呪いが効かないので、相手を外へ出すことが必要である。

『宇治拾遺物語』巻10−9  ある男が陰陽師を使って、算博士小槻茂助を殺そうとする。茂助は危険を察知し、物忌みをして家にこもる。男は「大事な用だ」と言って、茂助の家の門を叩く。茂助は、遣戸から顔だけ差し出す。その時、陰陽師がしっかりと茂助の顔を見、声を聞いて、力の限り呪う。三日後に茂助は死んだ〔*『今昔物語集』巻24−18に類話〕。

★9a.呪いが自分の身に返る。

『宇治拾遺物語』巻2−8  蔵人の五位が、相婿である蔵人の少将を妬み、「少将を呪い殺してくれ」と陰陽師に依頼する。陰陽師は鳥(式神)を放ち、鳥は飛んで少将に糞をかける。安倍晴明が「あの鳥は式神だ」と見破り、加持祈祷をして少将の身を守る。式神は陰陽師のもとへ戻り、陰陽師自身が式神に打たれて死んだ。五位は追放された。

*義父が毒蛇を放って娘を殺そうとするが、毒蛇は戻って来て義父を噛んだ→〔毒蛇〕2の『まだらの紐』(ドイル)。

★9b.呪いが自分の身に返ることを承知の上で、人を呪い殺す。

『発心集』巻8−9  受領の愛人である女が、受領の北の方を恨み、貴布禰への百夜(ももよ)参りを始める。女は「どうか、北の方を亡き者にして下さい。そのためには、私は命もいらない。もし私が生き続ける運命なら、現世で乞食になり、死後は無間地獄へ堕ちてもよい」と祈願する。女の呪いによって、満願の百日にならないうちに北の方は死ぬ。その後、女は、自らの言葉どおり、落魄して物乞いの尼となり、年老いていった。

★10.期限つきの呪い。

『カター・サリット・サーガラ』「ムリガーンカダッタ王子の物語」2  父バラモンの分の果実を、息子シュルタ・ディが食べてしまったので、父バラモンがシュルタ・ディを呪い、「お前は枯れ木になれ。月夜にはお前に花が咲き実がなる。お前が果実で客人たちを満足させる時、お前は呪詛から解放されるだろう」と言う。時を経て、旅のムリガーンカダッタ王子の一行が通りかかり、果実を食べる。枯れ木のシュルタ・ディは人間の姿に戻り、王子の旅の供をする。

『シャクンタラー』(カーリダーサ)第4幕  ドゥルヴァーサス仙人がシャクンタラーの庵を訪れるが、その時シャクンタラーの心はドゥフシャンタ王への思慕でいっぱいだったため、彼女は仙人の接待を怠る。仙人は怒り、「王はお前を忘れるだろう」とシャクンタラーを呪う。「ただし、王がシャクンタラーに与えた記念の指輪を見る時、呪いは消える」と付け加えて仙人は去る→〔魚の腹〕1

『美女と野獣』(ボーモン夫人)  意地悪な仙女が、美しい王子を醜い野獣に変える。それは、誰か美しい娘が彼と結婚するのを承諾する時まで、という期限つきだった。父の命を救うため野獣の宮殿に来たベルが、醜い姿の奥の善良な心を知って求婚に応じ、野獣は王子に戻ることができた。

★11.家にまつわる呪いを消すため、嫁が命を捨てる。

『経帷子の秘密』(岡本綺堂)  老婆から「この家は二代とは続かせない」と呪われて以来、子が育たず、代々養子を取らねばならぬ家があった。ある娘がそれを承知でその家に嫁ぎ、一年余の後に男児を産んで、直後に自害した。生まれた男児は無事成長して子も孫もでき、一家は繁盛した。娘が命を棄てて、家にまつわる呪いを消滅させたのだと、子孫は感謝した。

*家代々のたたりを終わらせるため、女性が命を棄てる→〔たたり〕4の『長町女腹切』(近松門左衛門)。

 

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