前頁

【雲】

★1.雲に乗って空を飛ぶ。

『西遊記』百回本第2回  孫悟空は、須菩提祖師(すぼだいそし)仙人のもとで修行に励み、雲に乗る術を学んだ。一般に仙人は、結跏趺坐したまま雲に乗って空を飛ぶ。しかし孫悟空の術はそれとは異なり、キン斗雲の上でとんぼ返りを打って、ようやく雲は飛び上がる。そして一度とんぼ返りをする間に、雲は十万八千里も遠くへ行くことができるのである。

★2.雲の上の天上世界へ行く。

『聊斎志異』巻1−13「偸桃」  手品師が、数十丈もある長い縄を空高く投げ上げる。縄の先端はするすると雲の中まで入っていく。手品師の息子が縄をよじ登って、天上世界にある西王母の桃を取りに行く。やがて桃が一つ落ちて来る。続いて、息子の首や手足や胴体がバラバラに落ちて来る。手品師は「桃の番人に斬られたのだ」と言い、見物人たちから息子の葬式代を集める。手品師はバラバラ死体を籠に入れて蓋をする。蓋を取ると、元気な息子の姿が現れる。

*天から、阿修羅の手・足・指・耳・鼻が降ってくる→〔落下する物〕8の『龍樹菩薩伝』。

★3.池に映った雲の上に乗る。

『ノンちゃん雲に乗る』(石井桃子)  小学校二年生のノンちゃん(田代信子)が木に登って、すぐ下にある池をのぞき込む。池の底には、青い空と白い雲が見える。ノンちゃんはバランスを崩して、池に落ちてしまう。おじいさんが熊手でノンちゃんを雲の上に引き上げ、「お前は地下天国に落ちて来たのだ」と教えてくれる。おじいさんに促されてノンちゃんは、自分のこと、にいちゃんのこと、おとうさん・おかあさんのことを語る→〔嘘〕7

★4.縄で雲を引き寄せる。

『子不語』巻12−290  王廷貞が雨乞いをし、綿を重ねたような厚い雲が空に現れる。王が長い縄を投げ上げると、天上でそれを受け止める者がいるかのごとく、縄は落ちて来ない。龍に属する(辰年の)八人の童子が、力いっぱい縄を引く。雲が西にあれば東に引っ張り、南にあると北に引き寄せる。まもなく大雨になり、水深が一尺ほどになったのを見届けて、王は縄を引き下ろした。

★5a.大蛇の上にある雲。

『日本書紀』巻1・第8段本文  スサノヲがヤマタノヲロチの尾を裂いて、草薙剣(くさなぎのつるぎ)を見出した。一書に言う。「この剣の本の名は、天叢雲剣(あまのむらくものつるぎ)である。ヤマタノヲロチがいる上に、常に雲気がただよっていた。それゆえ名づけられたのであろう」。

★5b.天子たるべき人の上にある雲。

『史記』「高祖本紀」第8  秦の始皇帝は「東南に天子の気がある」と言って、これを抑圧しようとした。高祖(劉邦)は「自分がねらわれているのか」と疑い、山沢巌石の間に隠れた。しかし妻(呂后)は、いつも彼を見つけた。高祖が不思議がると、妻は「あなたのいる所には、その上に常に雲気があります。それであなたを見つけることができたのです」と答えた。 

★5c.聖僧の上にある雲。

『西遊記』百回本第33回  平頂山蓮花洞に、金角・銀角兄弟が住んでいた。山を見回る銀角は、彼方に祥雲たなびき、瑞気立ちこめるのを見て、三蔵法師がやって来たことを知る。銀角は子分たちに、「三蔵は金蝉長老の化身で、十代も行を修めた人物だから(*→〔長寿〕6)、頭上に祥雲が輝くのだ」と教え、三蔵法師を捕らえてその肉を食おうとする。  

★6.紫の雲。

『現代民話考』(松谷みよ子)6「銃後ほか」第10章の6  昭和二十年(1945)八月、川越市を空襲すべく、敵機がしきりに上空を飛んだ。しかし上空は紫の雲におおわれ、敵機は川越市を見失ったため、空襲は受けなかった。紫の雲は、総鎮守・氷川神社から立ち昇ったとも、喜多院からとも言う(埼玉県)。

『沙石集』巻10末−13  行仙房は端坐して入滅した(*→〔死期〕1a)。その時、紫雲がたなびいて庵の前の竹にかかり、紫の衣でおおったかのようであった。音楽が空に聞こえ、良い香りが室内に満ちた。火葬の後に見ると、灰は紫色だった。

『浜松中納言物語』巻4  吉野山に住む尼君(主人公中納言が契りを交わした河陽県の后の母)は、十月十五日の夕方、念仏を唱えつつ、脇息に寄りかかったままで息絶えた。芳香が満ち、紫雲が峰のあたりに立ち巡った。中納言は、これまで話に聞くだけだった芳香や紫雲を実際に体験し、しみじみと感慨にふけった。

*天人が降下する時にも、紫の雲がたなびく→〔天人降下〕2の『狭衣物語』巻1。

★7a.雲が乙女を隠す。

『変身物語』(オヴィディウス)巻1  ユピテル(ゼウス)が、広野を行く美女イオに目をつけ、黒雲をおこして地面を覆う。ユピテルは黒雲の中で、乙女の純潔を奪う。ユピテルの妻ユノー(ヘラ)が天上から見下ろし、白昼に黒雲が湧いてあたり一面夜のようになったのに驚く。ユノーは地上へ降り、黒雲に退去を命ずる→〔牛〕5b

*雲から造られたヘラやヘレネ→〔にせ花嫁〕4aの『ギリシア神話』(アポロドロス)摘要第1章・第3章。

★7b.雲が都市を隠す。

『首都消失』(小松左京)  ある年の十一月下旬、突如、直径六十キロ、高さ千メートルの巨大な雲が発生し、東京とその周辺をすっぽり覆ってしまう。一切の通信は途絶し、雲の中へ入ることもできない。首都を失った日本を立て直すため、地方の知事たちが中心になって臨時政府を作る。雲は、太陽系外の宇宙文明から地球へ送り込まれた観測装置らしかった。その装置が東京の上に着陸したことは、日本にとって不幸だった。翌年の四月初め、雲は、出現した時と同様に、何の前触れもなく消えた。 

★7c.人が雲を消す。

『雲を消す話』(稲垣足穂)  街角の人だかりの中で、変な男が褐色の薬液の入った小瓶を並べている。男は、空の雲を鏡に映して皆に見せ、薬液のついた布で鏡をこする。すると鏡面の雲が消え、見上げると空の雲もなくなっていた。何かの手品なのだろうが、「僕」は驚いて「星はどうなのかね?」と聞いてしまった。男は「星というのは、高い所に打ち込んだ鋲(びょう)ですから、消せません」と答えた。 

★8.雲の起源。

『マイトラーヤニー・サンヒター』  山岳は創造神プラジャーパティの最長子である。山々は翼を持ち、自由に飛びまわったので、大地は不安定だった。インドラ神が山々の翼を断ち切り、大地を安定させた。翼は雲となった。それゆえ雲は、おのれの母胎である山のほとりに漂うのである。

★9a.八色(やいろ)の雲。

『古今和歌集』「仮名序」古注  素盞烏尊(すさのをのみこと)が妻とともに住むための宮を、出雲の国に造っていた。その時、八色の雲がたったので、素盞烏尊は「八雲立つ出雲八重垣妻ごめに八重垣作るその八重垣を」の歌を詠んだ。

『宝物集』(七巻本)巻5  伊弉諾(いざなぎ)・伊弉冊(いざなみ)の尊(みこと)の娘が、出雲国の大蛇を恐れて泣いた。杵築(きづき)の宮が、酒七船(ふね)を大蛇に飲ませ、酔わせて殺した。大蛇を焼く煙が八色に立ち昇ったので、「八雲立つ」と歌にも詠むようになった。

★9b.原子雲。

『安芸のやぐも唄』(深沢七郎)  暑い夏の朝、ピカッと光った空に白い雲を見た途端、おタミの眼は真っ暗になった。「雲は紫だった」とか「赤かった」とか「ダイダイ色だ」とか、皆いろんなことを言った。おタミのめくらの眼は、七色や八色の雲を鮮やかに思い浮かべた。若い頃に聞いた、街のアメ屋の唄を、おタミは思い出す。「やぐも立つ、いずもやえがき妻ごみに やえがき作るそのやえがきを」。何の唄だか知らないが、出雲の国にも、昔あんな雲が現れたのだろう。 

★10.雲見。

『蛙のゴム靴』(宮沢賢治)  夏の暮れ方、カン蛙・ブン蛙・ベン蛙の三疋が、つめくさの広場に座って、雲見ということをしていた。夏の雲の峰は、どこか蛙の頭の形に似ているし、蛙の卵にも似ている。それで、日本人ならば花見とか月見とかいうところを、蛙たちは雲見をするのだ〔*カン蛙は、人間界で流行のゴム靴をはいて雲見に行く。ベン蛙とブン蛙はうらやましがって、雲を見ずにゴム靴ばかり見ていた〕。

*日本人の花見→〔桜〕8の『かのように』(森鴎外)。

*日本人の月見→〔八月十五夜〕10の『お月見』(小林秀雄)。 

 

※雲占い→〔占い〕5の『日本書紀』巻28天武天皇元年6月。 

※雲まで届く梯子→〔梯子〕3の『蒙求』162「魯般雲梯」。

 

 

【蜘蛛】

★1.蜘蛛の糸が人の身体を引き上げる・引きずりこむ。

『蜘蛛の糸』(芥川龍之介)  血の池地獄に落ちた悪人カンダタは、生前、蜘蛛を助けたことがあった。極楽のお釈迦様が、救済の機会を与えようと、一すじの蜘蛛の糸を下ろす。カンダタは糸にすがって登るが、大勢の罪人たちも後について登って来る。カンダタは「糸はおれのものだ」と叫ぶ。糸が切れ、カンダタは血の池に落ちる〔*→〔天国〕2の『ペーテル聖者の母』(グリム)KHM221に類似する〕。

『耳袋』巻之7「河怪之事」  竹藪の茂る淵で釣りする男の足指に、蜘蛛が繰り返し糸を巻きつけ、ついに足首の半分以上に糸をかける。男が糸を杭の木に移して見ていると、水中と藪との間で「良しか?」「良し」との問答があり、杭の木が半分に折れる。

★2.蜘蛛に化す。

『変身物語』(オヴィディウス)巻6  機織り上手の娘アラクネが首をくくり(*→〔わざくらべ〕1b)、ぶらさがる彼女の身体に、女神ミネルヴァ(アテナ)が魔法の草汁をかける。アラクネの髪は抜け、鼻も両耳も落ち、身体全体が縮んで蜘蛛になった。今も彼女は腹から糸を吐き、機織りに励んでいる〔*この神話にもとづいた『荒絹』(志賀直哉)では、機織り部屋から姿を消した少女荒絹を捜して長い糸をたどり、山の洞窟の奥に、蜘蛛のごとき姿となった荒絹を見出す、とする〕。

★3.蜘蛛の教え。

『江談抄』第3−1  唐の帝王の前で、吉備大臣が難読の野馬台詩を読まされる。読む順序がわからないでいたところ、蜘蛛が一匹、文書の上に落ちて糸を引き続けるのを見て、それにしたがって読み終えた。

『神道集』巻2−6「熊野権現の事」  天竺・苑商山(をんしやうざん)の喜見上人が『法華経』を説いていた時、蜘蛛が糸を引き回して「鬼時谷という谷で、善財王の王子が十二頭の虎に養われている。王子を引き取って、父善財王に奉れ」と書きつけた。喜見上人は王子を捜し、三年間養育した後に、七歳になった王子を善財王のもとへ送り届けた〔*類話の『熊野の御本地のさうし』(御伽草子)では、蜘蛛の糸ではなく虫喰いが文字の形になる→〔文字〕3〕。

『日本永代蔵』巻4−2「心を畳込む古筆屏風」  貿易商の金屋が破産し、定めなき身の感慨にふける。蜘蛛が杉の梢に糸をかけようとして三度失敗するが四度目に成功し、糸にかかる蚊を食物として、巣を広げる。これを見た金屋は発奮し、再び商売の工夫をする。

『日本書紀』巻13允恭天皇8年2月  「蜘蛛が巣をかけるのは、愛人が訪れる前兆」という俗信があった。衣通郎姫は允恭天皇を恋い慕い、ある夜、蜘蛛が巣をかけるのを見て、「我が背子が来べき夕(よひ)なりささがねの蜘蛛のおこなひ今夕(こよひ)しるしも」と詠じた。その時、允恭天皇はすでに側まで来ており、この歌を聞いて衣通郎姫を愛しく思った。

*蜘蛛のふるまいを見て、船を発明する→〔船〕5の『自然居士』(能)。

★4a.人間の髪の中に、蜘蛛が卵を産みつける。

髪の毛の中のクモ(ブルンヴァン『消えるヒッチハイカー』)  髪の毛を逆立てて、フワっと大きくしている女の子がいた。彼女は、けっして髪をくずさず、梳かず、洗わず、たっぷりスプレーをかけていた。ある日、一匹の黒蜘蛛が女の子の頭に落ち、髪の中に卵を産みつけた。卵から黒蜘蛛の子が孵(かえ)り、彼女の頭を食い破ったので、彼女は死んでしまった。

*黒蜘蛛の化身の女→〔真似〕4aの『蜘蛛』(エーベルス)。

★4b.人間の皮膚に、蜘蛛が卵を産みつける。

『蜘蛛』(遠藤周作)  雨の夜、タクシーに乗り合わせた青年が、くすね蜘蛛の話をしてくれた。くすね蜘蛛は灰色の足の長い蜘蛛で、人間の皮膚に卵を産みつける。卵から孵(かえ)った幼虫は、人間の血を養分として成長する。やがて皮膚に赤黒いブツブツの腫物がいっぱいでき、つぶすと、蜘蛛の幼虫がうごめくのが見える。「私」は話を聞いて不快になる。青年がタクシーを降りた後、座席を一匹の灰色の足の長い蜘蛛が走って行った。

 

※蜘蛛の妖怪→〔糸〕6の『土蜘(つちぐも)』(能)、→〔七人・七匹〕3の『西遊記』百回本72〜73回、→〔化け物屋敷〕1の『狗張子』巻7−2「蜘蛛塚のこと」。

 

 

【繰り返し】

★1.同じ仕事をいつまでも繰り返し、終わる時がない。

『オデュッセイア』第2巻  オデュッセウスがトロイア戦争に遠征し、イタケの島で屋敷を守る妻ペネロペに、大勢の男たちが求婚する。ペネロペは、「義父ラエルテスに将来訪れる葬礼のために、彼の死装束を織りあげるまで待ってほしい」と請う。彼女は昼間は機を織り、夜になると織った糸をほどき、これを繰り返して三年の間求婚者たちを欺く。

『ギリシア神話』(アポロドロス)第1巻第9章  タルタロス(地獄)へ送られたシシュポスは、手と頭で巨岩を押し転がして坂の上まで運び上げる罰を課せられる。しかし、岩は押しても押しても再びもとの所へ戻り、シシュポスの仕事は終わることがない。

賽の河原の俗信  幼くして死んだ子供たちが河原の小石を積み、塔を作る。ある所まで積み上がると、鬼が来て塔をくずす。子供たちは再び小石を積み始める〔*やがて地蔵菩薩が来て、子供たちを救ってくれる〕。

『酉陽雑俎』巻1−33  月中に高さ五百丈の桂の木があり、呉剛という男がこの木を切っている。木の傷口は切ったあとからすぐふさがり、呉剛の仕事は終わる時がない。彼は仙術を学んだが過失のため月世界に追われ、桂を切らされているのである〔*月には「桂男(かつらをとこ)」がいる、との伝承もある〕→〔月の光〕3の『絵本百物語』第42「桂男」。

*一冊の本をいつまでも繰り返し読み、本を閉じることができない→〔本〕7bの『処方』(星新一)。

★2.繰り返し苦を受ける。

『ギリシア神話』(アポロドロス)第1巻第7章  火を人間に与えたプロメテウスはゼウスによって罰せられ、カウカサスの山に釘づけにされる。毎日、鷲が舞い下ってプロメテウスの肝臓を喰う。夜になると肝臓はもとどおり回復し、翌日また鷲がそれを喰いに来る。これが繰り返される。

『今昔物語集』巻19−19  東大寺の僧が山道に迷い、僧房のような所へたどり着く。そこでは、生前怠惰であった僧たち十人ほどが、毎日一度、熱銅の湯を飲まされていた。口から入った熱銅は、しばらくすると尻から流れ出る。目・耳・鼻から炎がゆらめき、身体の節々からは煙が出た〔*彼らは生前に特に罪を犯したわけではないので、地獄堕ちは免れた〕。

『デカメロン』第5日第8話  騎士が高慢な女に恋し、悩んで自殺する。女もその後しばらくして死ぬ。二人は地獄に落ちる。騎士は女を追いまわし、金曜日ごとに追いついては女を刺し殺し、内臓を犬に食わせる。しかし、まもなくまた女は走り出し、騎士は後を追う。

*地獄で繰り返し責め苦を受ける→〔地獄〕1aの『往生要集』(源信)巻上など、→〔地獄〕1bの『神曲』(ダンテ)「地獄篇」第7歌など。

*繰り返し殺される女→〔円環構造〕6bの『火の鳥』(手塚治虫)「異形編」。

★3.繰り返しの生と死。

『不死鳥(フェニックス)(アンデルセン)  フェニックスは、いつの世も世界に一羽しかいない。伝説によると、フェニックスはアラビアに巣を作り、百年ごとにその巣の中で焼け死ぬが、すぐにまた、真っ赤な卵の中から生まれ出る。炎の中で生まれ、炎の中で死ぬことを繰り返すのだ。

*同じ体験が、数限りなく何度も繰り返される→〔謎〕5の『ドグラ・マグラ』(夢野久作)。

*すべてのことがらが、無限回繰り返される→〔無限〕4の『この人を見よ』(ニーチェ)「ツァラトゥストラ」。

★4.繰り返し同一事を主張する。

『韓非子』「和氏」第13  楚人の和氏が、粗玉をレイ王に献上する。鑑定師が「ただの石だ」と言うので、和氏は罰として左足を切られる。レイ王が死に武王が即位すると、和氏は再び粗玉を献上し、今度は右足を切られる。次いで文王が即位し、山の麓で泣く和氏のことを聞き、そのわけを問う。「玉を石と言われたことが悲しい」と和氏は言い、文王が粗玉を磨かせてみると、それは立派な玉であった。

『十八史略』巻6「宋」  宋の名相趙普が、ある時、某人をある官職に就任させようと奏上したが、帝(趙匡胤)はこれを却下した。普は翌日も同じ奏上を繰り返した。帝は奏上文を引き裂き、捨てた。普は破れた紙を拾って帰り、つなぎ合わせて翌日またそれを奏上した。帝は悟るところがあり、その人物を用いることとした。

『春秋左氏伝』襄公25年  斉の崔杼が、その主君を殺した。史官が「崔杼、その君を弑す」と記録した。崔杼は史官を殺す。すると史官の弟が兄のあとをつぎ、同様のことを記録した。崔杼は彼も殺す。しかし次の弟がまた同様に記録した。崔杼はあきらめ、これを許した。

 

※繰り返し若返る女→〔若返り〕5の八百比丘尼の伝説。

 

 

【クリスマス】

★1a.クリスマスの前夜に、霊的な存在が訪れる。

『青い鳥』(メーテルリンク)  クリスマス・イヴの夜更け、貧しい木こりの子供チルチルとミチル兄妹のところへ、魔法使いの老婆がやって来る。老婆は「青い鳥を探して来ておくれ。私の娘が病気で、青い鳥が必要なんだ」と言い、ダイヤモンドの徽章がついた青い帽子を与える。帽子をかぶり、ダイヤモンドを回すと、さまざまな「物の精」が見えるようになる。チルチルとミチルは青い鳥を求めて一年間の旅をするが、目覚めると、翌日のクリスマスの朝だった。

『クリスマス・キャロル』(ディケンズ)  スクルージは小さな事務所を持つ、強欲で冷酷な老人だった。ある年のクリスマス・イヴの深夜、三人の精霊が現れて、過去の幻像(金のために恋人を捨てた青年時代のスクルージ)、現在の幻像(スクルージの事務所の書記や甥の家の一家団欒)、未来の幻像(孤独な中で死んでゆくスクルージ)を見せる。スクルージは過去を悔い未来を恐れて、一夜のうちに心を入れ替え、皆から愛される良き老人となる。

『くるみ割り人形』(チャイコフスキー)  スタールバウム家のクリスマス・イヴのパーティで、発明家ドロッセルマイヤーが、少女クララにくるみ割り人形をプレゼントする。その夜更け、くるみ割り人形と、鉛の兵隊人形たちが動き出し、鼠の大軍と戦う。クララがスリッパを鼠の王様に投げつけ、くるみ割り人形は勝利を収める。くるみ割り人形は美しい王子に変身し、クララを雪の国とお菓子の国へ連れて行く。

*クリスマスの前夜に、奇蹟が起こる→〔嘘〕8bの『ヴィヨンの妻』(太宰治)。

★1b.クリスマスの前夜に、宇宙人が訪れる。

『危機』(星新一『宇宙のあいさつ』)  宇宙人たちが、地球人の悪評判を聞いて攻撃しようとするが、たまたまその夜はクリスマス・イヴだったので、地球上の人々は、いつになく穏やかに平和に暮らしていた。それを見た宇宙人たちは、攻撃を中止して去った。救世主キリストは、人々の気づかないところで、世界を救ったのである。

★2.クリスマスの夜の、死の会話。

『フランス田園伝説集』(サンド)「田舎の夜の幻」  クリスマス深夜のミサの間に動物たちが話をする。それを聞いてはならない。ある時、好奇心の強いカスリオ爺さんが、牛と驢馬の会話を聞いてしまった。牛「どうして元気がないのかね?」。驢馬「ご主人が、もうすぐいなくなってしまうんだ」。牛「そりゃ残念だ」。驢馬「あと三日で、この世におさらばなのさ」。びっくりしたカスリオ爺さんは、家へ逃げ帰って床にもぐりこみ、高熱を発して三日後に死んだ。

*クリスマスの前夜に、翌年死ぬ人の顔が見られる→〔死の知らせ〕2の『クリスマス前夜の張り番』(イギリスの昔話)。

★3.クリスマス・イヴの死。

『鉄道員』(ジェルミ)  五十歳を越えた鉄道運転士アンドレア(演ずるのはピエトロ・ジェルミ)は、職場や家庭の悩みから酒に慰めを求め、健康を害する。アンドレアと妻と末っ子サンドロだけの、寂しいクリスマス・イヴ。そこへ大勢の友人・知人が彼を励ましに訪れ、パーティが始まる。家を出ていた長男も帰って来て、長女からは「メリー・クリスマス」の電話がある。アンドレアは久しぶりの幸福感を味わう。皆が帰った後、アンドレアはベッドで愛用のギターを爪弾きつつ、静かに息を引き取る。

『フランダースの犬』(ウィーダ)  十五歳の少年ネロと老犬パトラッシュは、クリスマス・イヴの真夜中過ぎに、アントワープの教会にかけられたルーベンス作のキリスト聖画の下で凍死した。クリスマスの朝、町の人々は、抱き合って死んでいる少年と犬を見いだした。

*十歳の少年の、クリスマス・ツリーの下での死→〔白血病〕2の『クリスマス・ツリー』(ヤング)。

*マッチ売りの少女は、クリスマス・イヴに死んだ、と語られることが多いが、アンデルセンの原作では、大晦日に死ぬ→〔大晦日〕1

★4.クリスマスの日の出来事。

『水晶』(シュティフター)  ボヘミアの山村の靴屋が山向こうの町の娘を妻として迎え、兄妹二人の子をもうけるが、妻と子は、村では余所者扱いされた。クリスマス前日、二人の子は山向こうの祖母の家へ行き、その帰り道で雪に降りこめられて、山中の岩穴で一夜を過ごす。クリスマスの朝、二人の子は村人たちに救い出され、この事件以後、二人の子もその母も本当に村の一員と見なされるようになる。

★5.戦場にもクリスマスは訪れる。

『影さす牢格子(ろごうし)(ヴァン・デル・ポスト)  第二次大戦下、ジャワ山中の日本軍捕虜収容所。イギリス人将校ジョン・ロレンスは、獄中にあった。クリスマスの日、鬼軍曹ハラが来て、「ろーれんす! めりい・くりーすますぅ」と呼びかけ、彼を釈放する。後で知ったことだが、十二月二十七日にロレンスの処刑が予定されており、ハラ軍曹はクリスマス特赦で、ロレンスの命を救ってくれたのだった。ハラはイギリス人捕虜に対して常に過酷であり、捕虜を拷問し、時には殺しさえしたが、ハラもロレンスも互いを嫌いではなかった。戦争が終わり、二人の立場は逆転する。ハラは満面に笑みをたたえ、「めりー・くりーすますぅ、ろーれんすさん」と叫んで、刑場へ向かった〔*映画『戦場のメリー・クリスマス』の原作小説〕。

 *殺し殺される関係であるが、互いを嫌いではない→〔熊〕8aの『なめとこ山の熊』(宮沢賢治)。

『キリシタン伝説百話』(谷真介)15「戦場の降誕祭(クリスマス)」  永禄九年(1566)の降誕祭が近づいた頃、堺の町では、松永久秀と三好三人衆の軍勢が敵対し、一触即発の情況だった。双方の軍勢には多くのキリシタンがおり、「降誕祭は休戦しよう」との話になった。双方から七十名ほどのキリシタン兵が、町の会合所に集まり、降誕祭の夜、司祭を迎えてミサをした。翌日の正午には皆で食事をし、聖歌をうたって歓談した。夕方になると、キリシタン兵たちはそれぞれの陣営に戻って、また戦さの準備にとりかかった(大阪・堺)。

★6.クリスマス前後の物語。

『人形の家』(イプセン)  クリスマス前日。ノラのもとを旧知のクログスタトが訪れ、過去にノラが借金証書に偽署名したことを彼女の夫ヘルメルに知らせる、と告げる(第1幕)。クリスマス当日。クログスタトが郵便箱に手紙を入れたので、ノラは「明晩の舞踏会の練習をしましょう」と言って、ヘルメルが手紙を読むのを妨げる(第2幕)。クリスマス翌日。舞踏会終了後の深夜、ヘルメルは手紙を読み、ノラを罵る(第3幕)→〔離縁・離婚〕1

★7.まだクリスマスが来ていないのに、「メリー・クリスマス」と挨拶する。

『メリイクリスマス』(太宰治)  昭和二十一年(1946)、十二月はじめの東京。「私(笠井)」はシズエ子ちゃんと一緒に、屋台のうなぎ屋へ行った。屋台の奥の紳士がセンスのない冗談をしゃべり続け、「私」は日本の酔客のユウモア感覚の欠如にうんざりする。ところが紳士は、外を通るアメリカ兵を見て、大声で「ハロー、メリイ、クリスマアス」と叫んだので、「私」は紳士のその諧謔にだけは噴き出した。アメリカ兵は、とんでもないという顔をして首を振り、歩み去った。

★8.ある年のクリスマスから翌年のクリスマスまで、一年間の物語。

『若草物語』(オルコット)  ある年のクリスマスの直前から物語が始まり、一年間の出来事を記して、翌年のクリスマスの翌日で終わる→〔四人姉妹〕1

★9a.クリスマス・プレゼント。

『サザエさん』(長谷川町子)朝日文庫版・第3巻30ページ  クリスマスの朝、ワカメが「サンタ・クロースに靴を頼んだのに、お菓子を入れてるの」と言う。友だちが「あたし、お菓子を頼んだのに靴が入ってたわ」と言う。二人は「あなたとわたしを間違えたのね」と話し合い、プレゼントを交換する。ワカメは靴を持って帰宅し、「サンタ・クロースが間違えた」と言うが、サザエは「いけません。返しておいで」と叱る。

★9b.クリスマス・プレゼントの起源。

『マタイによる福音書』第2章  東方の学者たちがメシア(救世主)誕生を知って、ベツレヘムまでやって来る。学者たちは、幼な子イエス=キリストと母マリアのいる家に入り、ひれ伏して幼子を拝む。彼らは宝の箱を開け、黄金・乳香・没薬を贈り物として捧げる〔*他の福音書には、この物語は見られない〕。

*『賢者の贈り物』(O・ヘンリー)は、『マタイによる福音書』のこの物語に言及し、「彼ら東方の賢者たちが、クリスマスにプレゼントをするということを考え出したのだ」と記す→〔二者同想〕1a

 

 

【車】

★1a.地獄の迎えの火車(かしゃ)。

『宇治拾遺物語』巻4−3  薬師寺の別当僧都が病気になり、念仏して息を引き取ろうとした時、意外なことに、地獄の迎えである火の車がやって来た。車についている鬼どもは、「寺の米を五斗借りて返さないので、迎えに来たのだ」と言った。別当僧都はただちに弟子たちに命じて、米一石(*五斗の倍)を寺へ寄進させる。火の車は帰って行き、入れ替わりに極楽の迎えがやって来た。

『平家物語』巻6「入道死去」  平清盛が重病になり、妻二位殿が恐ろしい夢を見た。清盛を閻魔庁へ迎えるために、猛火(みょうか)の燃える車が門内に入って来る。前後には、牛頭人身の牛頭(ごず)や馬頭人身の馬頭(めず)が立っている。車の前に立つ鉄(くろがね)の札には、「無」という文字だけが書かれていた。それは、清盛の堕ち行く先である無間地獄の「無」の字であった〔*「間」の字は、まだ書かれていなかった〕。

★1b.葬送の時、風雨が起こって棺を吹き飛ばす現象も、「火車(かしゃ)」と呼ぶ。

火車(水木しげる『図説日本妖怪大全』)  葬式の時、にわかに大風雨が起こり、葬列の人々を倒すほど激しくなって、かついでいる棺桶を吹き飛ばし、桶の蓋まで取ってしまうことがある。これを「火車に憑(つ)かれた」といって、大いに恐れ、また恥とした。その亡者が生前に悪事を多くしたゆえに、地獄から「火車」が迎えに来た、と見なされたからである。

★2.人力車。

『反対車』(落語)  客が、神田から上野の停車場へ行こうと人力車に乗り、「万世橋を渡って北へまっすぐ行ってくれ」と言う。すると、やたらに速い人力車で、上野を通り越して、埼玉県川口まで行ってしまった。客が「引き返せ」と命ずると、また上野を通り過ぎて、今度は神奈川県川崎まで行ってしまう。もう一度引き返して、ようやく上野に着いたが、すでに午前三時だった。客「終電車は出ちまった」。車夫「心配いりません。一番列車には間に合います」。

『やみ夜』(樋口一葉)  陰暦五月二十八日の闇夜、身寄りのない青年高木直次郎(十九歳)が、疾駆する人力車にはねられて怪我をする。人力車は、そのまま走り去ってしまった。そこは、美女松川蘭(二十五歳)が召使い夫婦と住む屋敷の門前だったので、直次郎は蘭の屋敷に運び込まれる。直次郎をはねたのは、衆議院議員・波崎漂(ただよう)の人力車。その波崎は、松川家から受けた恩を忘れ、蘭を捨てた男だった→〔暗殺〕2a

★3.車を造り、それをバラバラに分解する。

『無門関』(慧開)8「奚仲造車」  夏(か)の時代の人・奚仲は、百台もの車を造ったが、車の両輪や車軸を取り外してバラバラにした、ともいう。それによって彼は、いかなる真理を明らかにしたのだろうか?

*琴の音色がどこにあるのか捜して、琴をバラバラに壊してしまう物語を連想させる→〔琴〕7aの『大般涅槃経』。

★4.車の中の美女をのぞき見る。

『聊斎志異』巻1−5「瞳人語」  長安の士人・方棟は、女好きだった。郊外を行く幌車の幔(とばり)が少し開いていたので、方棟は近寄って、車中の十六歳ほどの美女をのぞき見る。お供の腰元が、「こちらは芙蓉城の七郎様の若奥様(*神女の類であろう)ですよ」と怒り、土くれを方棟に投げつける。土くれが目に入って、方棟は失明してしまった。方棟は反省して『光明経』を読誦し、一年ほどがたった→〔瞳〕2c

 

次頁