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【尾】

★1a.動物の尾を、女の髪だと思ってつかむ。 

『古今著聞集』巻6「管弦歌舞」第7・通巻265話  知足院殿(藤原忠実)は心に願い事があって、ダキニの法を行なった。満願の日、知足院殿は昼寝の夢に美女を見て、彼女の長い髪をつかむ。その髪が切れたと見て目覚めると、手に狐の尾を握っていた。翌日、知足院殿に昇進の沙汰があった。

『ささやき竹』(御伽草子)  西光坊が左衛門尉夫婦をだまし、十四歳の姫を長櫃に入れて、鞍馬山まで運ぶ。途中、関白が長櫃から姫を救い出し、代わりに牛を入れておく。夜、西光坊が長櫃を開けると牛が飛び出す。燈火の消えた闇の中で西光坊は牛の尾をつかみ、これを姫の髪と思って抱きつき、蹴倒される。

*『ささやき竹』の原拠と思われる『酉陽雑俎』巻12−476では、牛ではなく熊が櫃から出てくる→〔熊〕7

★1b.女の髪を、名馬の尾だと思って喜ぶ。

『サザエさん』朝日文庫本第44巻65ページ  少年が近所のお姉さんの長い髪を一本もらい、兄に渡す。兄は「よく手に入ったなあ」と小躍りして喜ぶ。競馬ファンの兄は、それを名馬ハイセイコーのしっぽだと思い、額に入れて飾るのだった。

★2a.動物の尾に火をつけて罰する。火をつけた側の所有物が、そのために燃えてしまう。

『イソップ寓話集』(岩波文庫版)283「火を運ぶ狐」  狐を憎む男が、苧殻を狐の尻尾に結んで、火をつける。神がその狐を、火をつけた男自身の麦畠の中へ導き入れる。男は収穫物を失い、泣きながら狐を追う。

『ラーマーヤナ』第5巻「優美の巻」第53〜54章  シーターを救出すべくランカー島に潜入した猿のハヌマト(ハヌーマン)を、魔王ラーヴァナらが捕縛し、尾に火をつける。しかしシーターの祈りによって、ハヌマトの父である風の神が涼風を送ったので、ハヌマトの身体は焼けなかった。ハヌマトは縛索を断ち切って島中を飛び回り、尾の火でランカーの都城を焼き尽くす。

★2b.多くの狐の尾に火をつけ、敵の畑を焼く。

『士師記』第14〜15章  サムソンがペリシテ人の女を妻とするが、彼の不在中に、女の父親が彼女を別の男に嫁がせてしまう。サムソンは怒り、ジャッカル(あるいは狐)三百匹の尾と尾を結び、二つの尾の間に一つのたいまつを取り付け、火をつけてペリシテ人の麦畑に放つ。火は麦を焼き、さらにぶどうやオリーブの木を焼く。

★2c.多くの牛の尾に火をつけ、敵軍を攻める。

『史記』「田単列伝」第22  斉の田単が燕の軍勢と戦った時のこと。田単は千余頭の牛を集め、それぞれに龍の絵模様を描いた衣を着せて、角に刃を縛りつけた。そして尾に葦の束を結び、油をそそぎ火をつけて、夜、外に放った。牛は尾が熱いので、怒って燕軍に突入した。五千人の兵が牛とともに攻め込み、燕軍は驚いて敗走した。 

★3.猿の尾の短いわけ。

『尻尾の釣り』(日本の昔話)  猿に魚をだまし取られたかわうそが、仕返しに、「魚は寒い夜によく釣れるから、池の中に尻尾を入れ、魚が寄って来たら上へ放り投げよ」と猿に教える。しかし猿が冷たいのを我慢しているうちに氷が張り、むりやり尻尾を引き抜くと、半分切れてしまった(香川県香川郡直島町本村)。  

『古屋の漏り』(日本の昔話)  虎狼が、自分の背に乗った馬泥棒を、「古屋の漏り」という化け物だと思って、穴に振り落とす。虎狼は、「穴の中に『古屋の漏り』が隠れている」と猿に語り、猿は尾で穴を探る。馬泥棒が尾をつかみ、猿と引き合ううちに、尾は根元から切れる(熊本県阿蘇郡)。

*猿の尾が、蟹の鋏(はさみ)にはさまれる→〔蟹〕6cの『毛蟹の由来』(中国の昔話)。

★4.窓の外を通り過ぎない尾。

『無門関』(慧開)38「牛過窓櫺」  牛が櫺子(れんじ)窓の外を通る。頭も角も胴体も脚も通り過ぎてしまった。しかし、なぜか尾だけが残っている〔*牛が歩いて行く。尾の半分が通り過ぎ、窓の中には尾の半分が残る。次いで、尾の四分の一が残り、八分の一が残り、十六分の一が残り、・・・・・・というように、ずっと尾を見つめていると、いつまでたっても尾は窓を通り過ぎることができない〕。

*→〔競走〕5bの「アキレスと亀の距離は無限に縮まるが、ゼロにはならない」(アキレスと亀の故事)という考え方と同様である。

*→〔象〕6aの「大象の体は窓を出て、尾が引っかかる」(『沙石集』巻10本−10)とも、関連があるだろう。 

★5.猫の尾と星の尾。

『一千一秒物語』(稲垣足穂)「黒猫のしっぽを切った話」  ある晩、黒猫のしっぽを鋏でパチンと切ると、黄色い煙になってしまった。頭の上でキャッ!という声がした。尾のないホーキ星が逃げて行くのが見えた。

★6.罪人の身体に尾を巻きつけて、罪の軽重を示す。

『神曲』(ダンテ)「地獄篇」第5歌  地獄の第二圏谷の入り口には、長い尾を持つミノスが仁王立ちになり、新たに地獄へやって来た亡者たちの罪業を問いただす。亡者が生前の罪を白状すると、ミノスは、亡者の魂が堕ちて行く先の圏谷の数だけ、尾を亡者の身体に巻きつける。三重に巻けば地獄の第三圏谷、四重に巻けば第四圏谷へ落とされるのだ。 

★7.大蛇の尾から太刀を取り出す。

『古事記』上巻  スサノヲはヤマタノヲロチを退治し、蛇体を剣で寸断する。尾を切る時に剣の刃が欠けたので、剣先で尾を割くと、中に鋭い太刀があった。スサノヲはこの太刀を取り出して、高天原の姉アマテラスに献上した。これが後の草薙の太刀である〔*中巻で、ヤマトタケルがクマソタケル弟の尻に剣を刺し通すのは、ヲロチの尾から剣を取り出す物語のパロディ、と見ることができる〕。

*うわばみの腮(あぎと)の下から珠を取り出す→〔玉(珠)〕7の『椿説弓張月』前篇巻之1第3回。

★8.ハブの尾。

『切られたハブのしっぽ』(沖縄の民話)  ハブは人間に噛みついた後、自分で自分の尾を噛みちぎる。その理由は、もしも神様から「どうして人間に噛みつくのだ」と問われた場合、「人間がわたしの尾を切ってしまいましたので、わたしは人間に殺されないよう、やむをえず噛みつきました」と言いわけするためである。

 

 

【尾ある人】

★1.紀伊半島の山地に住む、尾のある人たち。

『古事記』中巻  カムヤマトイハレビコ(後の神武天皇)が吉野に到った時、尾の生えた人が井から出て来た。井の中は光っていた。その人は「私は国つ神、名はヰヒカ」と名乗った。これは吉野の首(オビト)らの祖(おや)である。また、岩を押し分けて尾ある人が現れ、「私は国つ神、イハオシワクの子」と名乗った。これは吉野の国栖(くず)の祖である〔*『日本書紀』巻3神武天皇即位前紀戊午年8月の類話では、ヰヒカの身体が光っていた、と記す〕。  

『古事記』中巻  忍坂(おさか)の地(奈良県桜井市)の岩穴に、尾の生えた土雲(先住民)が大勢集まって、うなり声をあげていた。カムヤマトイハレビコが多くの膳夫(かしはで=料理人)を送って、食事を土雲たちに与える。「撃ちてしやまむ」の歌を合図に、膳夫たちは一斉に土雲たちに斬りかかり、たちまち彼らを殺してしまった〔*『日本書紀』巻3神武天皇即位前紀戊午年10月1日の類話では、尾のことは記されていない〕。  

★2.ヒマラヤの山奥に住む、尾のある人たち。

『0マン』(手塚治虫)  ヒマラヤの山奥に、リスに似た尾を持つ0マンたちの地下国家があった。0マンたちは地上への進出を開始し、彼らの所持する電子冷凍機が作動して、地球は氷河におおわれる。しかし地球自体は温暖化していたので、まもなく氷は溶け、大洪水が発生して、人間たちは右往左往する。一方、0マンたちの間にも意見対立があり、結局、彼らは地球を人間たちに譲って、ロケットで金星へ移住する(0マンは、もともと金星に住むリス族が進化したものだったので、彼らは故郷に還ったわけである)。将来、人間たちが愚かな戦争をして滅んでしまったら、0マンたちは、またやって来て地球に住むだろう。

★3.尾のある子供が生まれる家系。

『百年の孤独』(ガルシア=マルケス)  血のつながりの濃いウルスラとホセ・アルカディオ・ブエンディーアの結婚に、親戚は反対した。以前に彼らの伯母と伯父が結婚して、豚の尻尾がついた息子が生まれたからだった。彼らの子、孫、曾孫、玄孫に尻尾はなかったが、百年余を隔てて再び、玄孫のアマランタ・ウルスラが、ブエンディーア一族の最後の生き残りである甥のアウレリャーノとの間に、豚の尻尾のついた赤ん坊を産んだ。

★4.成人になってから、尻尾が生え出す。

『飢餓同盟』(安部公房)  花園町のキャラメル工場主任・花井太助は、尾てい骨のあたりに時々痛みを感じ、尻尾らしいものができかけていた。花井はそれを気にしつつ、数名の同志と飢餓同盟を結成し、町に革命を起こそうとするが、失敗する。気づくと、尻尾は親指ほどの太さで、十五センチくらいになり、花井の意志に関わりなく動くようになっていた。

※狐の尾による教え→〔狐〕9の尾曳稲荷の伝説。

 

 

【王】

★1.王を求める民。

『イソップ寓話集』(岩波文庫版)44「王様を欲しがる蛙」  蛙たちがゼウスに「王様を授けて下さい」と頼み、ゼウスは木ぎれを池に放りこむ。ドブンという水音に蛙たちは恐れるが、木ぎれが動かないのでこれを馬鹿にし、「別の王様に取り替えて欲しい」と願う。ゼウスは立腹して水蛇を遣わし、蛙たちは食われる。

『サムエル記』上・第7〜10章  サムエルは預言者としてイスラエルの人々をさばき、ペリシテ人の侵攻を防いだ。サムエルが年老いたため、民は「我々に王を与えよ」と請うた。サムエルは「王を立てれば、あなたがたはその奴隷になる」と説いたが、民はなおも王を求めたので、サムエルはサウルを王とした〔*サウルはまもなく神に見放され、後に戦死する〕。

『ペルシア人の手紙』(モンテスキュー)第11〜14信  邪悪なトログロディト族が疫病で死滅した後、徳高い二家族が生き残り、利己主義を拝し、共通の利益を目指して勤労に励んだ。時が流れ、人口が増えたので、国王を選ぼうとトログロディトの人々は考え、一人の長老に王冠をゆだねようとする。長老は「あなたがたは徳義心を守るよりも、王の法律に従う安易な道を選ぶのか」と嘆く。

★2a.神々が、治めるべき国を分配する。

『ギリシア神話』(アポロドロス)第1巻第2章  クロノスとレイアの子であるプルートン(ハデス)、ポセイドン、ゼウスの三兄弟は、めいめいの支配する場所をくじ引きで決めた。その結果、ゼウスは天空、ポセイドンは海洋、プルートンは冥府の割り当てを得た。  

『古事記』上巻  イザナキが両目と鼻を洗った時、三柱の貴い御子、アマテラス、ツクヨミ、スサノヲが生まれた。イザナキは、アマテラスに高天原、ツクヨミに夜の食国(ヲスクニ)、スサノヲに海原を治めるように命じた。しかしスサノヲだけは父イザナキの命令に従わず、根の堅州国に移り住んだ。

★2b.王が息子たちに、治めるべき国を分配する。

『王書』(フェルドウスィー)第1部第6章「フェリドゥーン王」  フェリドゥーン王は、三人の王子それぞれの性格を見きわめた後に(*→〔龍に化す〕1)、彼らの治めるべき国を決めた。長男サルムにはルーム(小アジア)とその西方を与えた。次男トゥールにはトルキスタンとシナを与えた。三男イーラジにはイランの国とその周辺を与え、さらに王剣・印璽・指輪・宝冠をも与えた〔*後にサルムとトゥールは嫉妬して、イーラジを殺した〕。 

★2c.王位を譲り合う。

『日本書紀』巻11仁徳天皇即位(AD313)前紀  応神天皇は、ウヂノワキイラツコを皇太子とした後、まもなく崩御された。しかしウヂノワキイラツコは即位せず、皇位を異母兄のオホサザキノミコトに譲ろうとした。オホサザキもこれを固辞し、二人が譲り合って、皇位が空白のまま三年が経過した。ウヂノワキイラツコは「私が生きていては天下の煩いになる」と言い、自殺した〔*『古事記』中巻に類話。ただし「三年」という年数は記されない。また、ウヂノワキイラツコは早く世を去った、とするのみで、「自殺」とは記されない〕。 

★3a.王の衣裳を着れば、王と見なされる。

『ギリシア奇談集』(アイリアノス)巻7−1  アッシリア王が、美女セミラミスの噂を聞いて召し寄せ、たちまち心を奪われる。セミラミスは、王の衣裳をたまわること、五日間アジアを支配すること、自分の命令に万民が従うことを願い、許しを得る。彼女は玉座にすわると、親衛隊に王の殺害を命じ、王権を手にした。

『文字禍』(中島敦)  アッシリアのアシュル・バニ・アパル王が重病にかかった時、侍医のアラッド・ナナは、王の衣裳を借り、それを着て王に扮した。死神エレシュキガルの眼を欺き、病気を王から自分の身に転じようとしてのことだった。  

*王子と乞食が衣服を取り替える→〔入れ替わり〕2aの『王子と乞食』(トゥエイン)。

*殿様と百姓が衣服を取り替える→〔入れ替わり〕2bの『絵姿女房』(日本の昔話)。

*王が、王衣を別の着物に着替える→〔犠牲〕5の『ゲスタ・ロマノルム』41。

★3b.閻魔の冠・衣をつけて、なり代わる。

『閻魔はハチゴロどん』(日本の昔話)  博労(ばくろ)のハチゴロどんが、死んで冥土へ行く。ハチゴロどんは「うまいもんを持ってきやした」と言って、炒った「こうしゅう」の粉をいっぱい、閻魔の口へ入れる。閻魔は目も口も開けられず、冠や衣を脱ぎ捨てて、下の川へ顔を洗いに行く。ハチゴロどんは冠と衣をつけて、閻魔になり代わった。それ以来、今村のもんが死ぬと、どんな悪いやつでも、ハチゴロどんが極楽へやって下さるそうだ〔*本物の閻魔はハチゴロどんと見なされ、鬼によって地獄の釜の中へ投げ込まれた〕(熊本県天草郡河浦町今村)。

★4.王と海賊。

『ゲスタ・ロマノルム』146  海賊ディオメデスは、たった一艘のガレー船に乗り、海上で人々を略奪した。アレキサンダー大王が彼を捕らえ、「なぜ海賊をするのか?」と尋ねた。ディオメデスは、「おれは一艘のガレー船でやるから、海賊と呼ばれる。お前は無数の船で世界を制圧するから、大王と言われる。おれは運が向けば、品行を改めるだろう。だがお前は、運が良くなればなるほど、悪行をなす」と答えた。大王は海賊を金持ちにしてやり、海賊は大王の守護者となった。

*一人殺せば殺人犯だが、戦争で百万人殺せば英雄だ→〔妻殺し〕2aの『殺人狂時代』(チャップリン)。

★5.王殺し。

『金枝篇』(初版)第1章第3節  南太平洋の珊瑚島であるニウエ島(別名サヴェッジ島)では、かつて一つの家系が歴代の王として支配していた。王は祭司長でもあり、農作物を育てる者と考えられていたので、食糧難になると、人々は怒って王を殺した。次々に王が殺されてゆくため、王となる者がいなくなり、君主制は終わってしまった。

『金枝篇』(初版)第3章第1節  人間神ともいうべき王や祭司は、常に強健な肉体と魂を持たねばならない(*→〔死因〕8)。彼が衰弱すれば世界も衰弱するので、彼は強健でいるうちに、その地位を後継者に渡すべきである。コンゴの人々は、大祭司が病気や老齢で自然死することになれば、大祭司の力で維持されていた世界も同時に滅ぶ、と信じていた。したがって大祭司に衰えが見られたら、後継者は縄か棍棒を持って大祭司の家に入り、絞め殺すか殴り殺した。ズールー族には、王の顔に皺がより、頭に白髪が生えたら、直ちに殺すという慣わしがあったらしい(*王が自死することもある→〔自傷行為〕9)。

★6.王の前世。

『酉陽雑俎』続集巻4−966  梁の武帝が、思わぬ手違いによって、高徳の法師を殺した(*→〔碁〕3b)。法師は死に臨んで言った。「私は前生に沙弥であった時、誤って鋤で蚓(みみず)を一匹殺した。その蚓の後身が武帝である。前生の行為の報いを、今、私は受けるのだ」〔*『太平記』巻2「三人の僧徒関東下向の事」や『曾我物語』巻2「奈良の勤操僧正の事」の類話では、天竺の大王(前世は蛙)が、僧(前世は農夫)を殺す。かつて農夫は田を耕す時に、鋤で蛙の首を切ってしまった。その報いである〕。

*天皇の前世→〔転生と天皇〕に記事。

★7.亡命する王。

『ニューヨークの王様』(チャップリン)  ヨーロッパの小国エストロヴィアに革命が起こり、初老のシャドフ王はアメリカへ亡命した。無一文の王は、美人アナウンサー・アンの勧めでテレビCMに出演し、金を稼いで人気者になる。しかし王はアメリカの商業主義になじめず、映画も音楽も刺激が強すぎた。共産党員と疑われ、マッカーシーの非米活動委員会に喚問されて、アメリカが必ずしも自由の国ではないこともわかった。王は「私がもう二十歳若かったら」とアンに別れの言葉を述べ、パリにいる王妃のもとへ向かった。

 

※裸なのに、衣裳を着ていると思い込む王→〔裸〕4の『はだかの王様(皇帝の新しい着物)』(アンデルセン)。

※王様になった夢→〔夢と現実〕2aの『パンセ』(ブランシュヴィック版)第6章「哲学者たち」386など。

※地獄で罰せられる法王→〔逆立ち〕2の『神曲』(ダンテ)「地獄篇」第19歌。

※地獄で罰せられる天皇→〔地獄〕1aの『太平記』巻35「北野通夜物語の事」。

 

 

【扇】

★1.扇を交換する。

『源氏物語』「花宴」  光源氏が二十歳の春。南殿での桜の宴の夜、「朧月夜に似るものぞなき」と口ずさんで歩み来る女と、源氏は一夜の契りを交わす。源氏は相手の名も知らぬまま、互いの扇を交換して別れる。ところが彼女は、源氏に敵対する右大臣家の六の君だった。そのため、数年後、源氏は自らに大きな災いを招く。

*『班女』(能)では、東国へ下る吉田の少将と遊女花子が扇を交換し(*→〔物狂い〕1)、『班女』(三島由紀夫)では、東京の青年吉雄と芸者花子が扇を交換する(*→〔人違い〕3c)。 

★2.扇を投げる。

『夜明け前』(島崎藤村)第2部第11〜12章  明治七年(1874)十一月十七日。帝の行幸を拝するために、青山半蔵は羽織袴姿で、神田橋まで出かけた(*→〔狂気〕4)。腰には、自作の歌「蟹の穴ふせぎとめずは高堤やがてくゆべき時なからめや」を書きつけた新しい扇子をさしていた。彼は帝の御馬車を見て強い衝動にかられ、扇子を御馬車の中に投進する。そして急ぎ引き下がって、額を大地につけ、ひざまづいた。半蔵は五日間入檻の後、裁判所から贖罪金三円七十五銭を言い渡された。

*皇帝の馬車に花束を投げる→〔婿選び〕4の『会議は踊る』(シャレル)。 

★3.密会の場所に、扇を置き忘れる。

『ウィンダミア卿夫人の扇』(ワイルド)  ウィンダミア卿夫人マーガレットは、ダーリントン卿の求愛に負けて彼の邸を訪れるが、思い直して夫のもとへ戻る。しかし彼女は、ダーリントン卿の部屋に扇を置き忘れてしまった。ウィンダミア卿が扇を見て、「私の妻の扇がなぜここにあるのだ」と、ダーリントン卿を問い詰める。そこへアーリン夫人が現れ、「奥様の扇を自分のと間違えて持って来てしまいましたわ」と嘘を言って、マーガレットの窮地を救う→〔母と娘〕5

『メリー・ウィドウ』(レハール)  ツェータ男爵の妻ヴァランシェンヌに、パリの伊達男カミーユが言い寄り、彼女の持つ扇に「愛しています」と書きつける。ヴァランシェンヌは扇に「私は貞淑な人妻です」と書き加えるが、カミーユの情熱に負けて、一緒に庭の東屋へ入る。しかし夫ツェータ男爵に見つかりそうになり、ヴァランシェンヌは逃げ去る。彼女が東屋に置き忘れた扇を見てツェータ男爵は怒る。だが、扇には「私は貞淑な人妻です」と書いてあったので、男爵は妻を疑ったことを詫びる。

★4.金の扇で太陽を招き返す。

音戸の瀬戸の伝説  安芸守平清盛は、厳島神社参詣のための海路を切り開こうと、一日で瀬戸を掘削する大願をたてた。時に永万元年(1165)七月十六日。多くの人夫が工事に励んだが、やがて夕方になった。清盛は丘に登り、金の扇をかざして、沈む夕日を「返せ返せ」と呼び戻した(広島県呉市周辺)。

湖山長者の伝説  湖山の里の長者は広大な田を所有し、毎年、大勢の男女を使って、一日のうちに田植えをすませるならわしだった。ある年、田植えがまだ終わらないうちに太陽が沈みそうになったので、長者は金の扇で太陽を招いた。すると太陽は後戻りし、田植えは無事完了した。しかし翌朝、長者の田は深く大きな池に変わっていた(鳥取県岩美郡岩美町)。

★5.扇の的。

『平家物語』巻11「那須与一」  八島(屋島)の合戦の時、平家の小舟が一艘、沖から磯近くへ漕ぎ寄せ、美しい女房が舟中に扇を立てて、源氏の陣に向けて手招きをした。赤い地紙に金箔の日の丸を押した扇が、小舟の上で揺れている。源義経の命令を受け、弓の名手・那須与一が矢を射て、みごとに扇に命中させる。扇は空へ上がり、春風に吹かれて海へ落ちた。 

★6.女の身の上を、秋の扇にたとえる。

班ショウ、「怨詩」(『玉台新詠集』巻1)  漢の成帝の妃・班ショウ、は、帝の寵愛を失った身の上を、秋の扇にたとえて詩を作った。「白い絹でこしらえた合歓扇(うちわの形をしている)は、丸い明月のようだ。君の懐袖に出入りして、動かせばそよ風が起こる。常に恐れるのは、秋が来て、「もう扇はいらない」と、棄てられてしまうことだ」。 

*班ショウ、の故事をふまえた作品に、能の『班女』(→〔物狂い〕1)、三島由紀夫の近代能『班女』(→〔人違い〕3c)がある。 

★7.川を流れる扇を手掛かりに、恋しい人と再会する。

『扇ながし』(御伽草子)  大臣の息子・四位少将は、故白河中納言の姫君と出会い、契りを結ぶ。しかし少将は、内裏に長期間出仕したり、右大臣家の婿に迎えられたりして、姫君のもとへの訪れが途絶える。姫君は悲観して、山里へ身を隠す。少将は姫君を捜して山へ分け入り、かつて姫君に贈った扇が、川上から流れて来るのを見る。少将は川をさかのぼって姫君を見出し、都へ連れ帰る。 

『長谷寺験記』下−15  高光少将の妻は、行方知れずの夫を捜して、長谷寺に参籠する。その帰途、夫の扇が泊瀬川のしがらみに流れかかっているのを、妻は見る。妻は川上を尋ね上り、多武峯に修行する夫と再会する〔*高光の出家と一族の嘆きを描く『多武峯少将物語』には、扇の話は見られない〕。

★8.扇と傘の共通点。

『末広がり』(狂言)  主人が太郎冠者に、「都で末広がりを買って来い。地紙も骨も要(かなめ)も良質で、戯(ざ)れ絵の描いてあるのが好みじゃ」と、言いつける。都のすっぱ(詐欺師)が、古傘(ふるからかさ)を少しずつ広げて太郎冠者に見せ、「末ひろがりだ」と言ってだます。地紙も骨も要もあり、柄を持って戯れるのが「戯れ絵」だ、との説明を真に受け、太郎冠者は古傘を買って帰る。 

 

 

【狼】

★1a.神や動物を呑みこむ狼。

『ギュルヴィたぶらかし(ギュルヴィの惑わし)(スノリ)第51章  神々の黄昏(ラグナレク)の時、狼たちが太陽と月を呑み、フェンリル狼が大きな口を開けて進んで来る。その上顎は天に、下顎は大地につく。オーディンが立ち向かうが、フェンリル狼に呑みこまれる。

『ピーターと狼』(プロコフィエフ)  森から灰色の狼が出て来て、牧場の池のアヒルを呑みこむ。ピーターが木の上から、輪にしたロープを垂らして狼の尻尾を縛り、捕らえる。狼の腹の中で、アヒルはまだ生きていて泳いでいる。

★1b.肉親に化けて、人や動物を呑みこむ狼。

『赤ずきんちゃん』(ペロー)  狼がおばあさんの家の戸をノックし、赤ずきんの声色で「お母さんのお使いで来た」と言う。おばあさんが戸の開け方を教えると、狼は家に入っておばあさんを食べる〔*その後、狼は赤ずきんも食べてペローの物語は終わるが、『赤ずきん』(グリム)KHM26では、赤ずきんもおばあさんも、狩人によって救い出される〕。

『狼と七匹の子山羊』(グリム)KHM5  狼が白墨を食べて声を変え、足に粉をぬって白くして、七匹の子山羊が留守番する家の戸をたたく。子山羊たちは、母親が帰って来たと思って戸を開け、七匹のうち六匹まで喰われてしまう→〔末子〕2

★2.狼頭人身。

『火の鳥』(手塚治虫)「太陽編」  七世紀。百済の王族の少年ハリマは敵軍の捕虜になり、顔の皮を剣で剥ぎ取られた。その上に狼の頭部の皮をかぶせられ、ハリマは狼頭人身の奇怪な姿になる。彼は日本へ渡り、壬申の乱にまきこまれて、顔面に傷を負う。狼の皮は腐ってめくれ、ハリマはもとの人間の顔に戻る→〔冥婚〕4。 

★3.狼娘。

『ブラック・ジャック』(手塚治虫)「オオカミ少女」  北ヨーロッパ某国の山奥に狼娘が住み、山越えする人を襲うという。ブラック・ジャックが山を越えようとして、狼娘に出会う。彼女は口蓋裂の状態で生まれたため、口が耳近くまで裂けていた。ブラック・ジャックは狼娘の顔を手術し、彼女は美少女に生まれ変わる。彼女は自分の美しさを皆に見てもらおうと、山を降りる。国境警備隊が、彼女を他国への亡命者と見なして、射殺する。 

★4.狼女房。

『聊斎志異』巻5−197「黎氏」  妻に死なれた男が、幼い三人の子供をかかえて困っていた。男は、山道で出会った美女黎氏を口説いて家へ連れ帰り、妻とする。夫婦仲はむつまじく、黎氏は家事も子供の世話も立派にこなした。一ヵ月余りたったある日、男が外出先から帰ると、一匹の狼が戸口から躍り出て走り去ったので、男は仰天した。寝室に血がおびただしく流れ、三人の子供の頭だけが残っていた。

*広野で出会った美女を妻にしたら狐だった、という物語もある→〔狐女房〕1の『日本霊異記』上−2。

★5.狼に育てられる子。

『ジャングル・ブック』(キプリング)  よちよち歩きの赤ん坊がジャングルに迷いこみ、狼の洞穴までやって来る。狼夫婦と仲間たちが、赤ん坊をモーグルと名づけて育てる。十年余りを経てモーグルは村へ降り、人間の養父母のもとで暮らすが、人喰い虎シーア・カーンを殺したことから、魔法使いと見なされ、村人から排斥されて、再びジャングルへ戻る。

*狼が、ロムルス・レムスに乳を飲ませる→〔動物傅育〕1の『英雄伝』(プルタルコス)「ロムルス」。

★6a.狼の恩返し。

『聊斎志異』巻12−459「毛大福」  医師・毛大福が山の狼のできものを治療し、礼に金細工の包みをもらう。ところが、そのために毛大福は、最近あった細工師殺しの犯人と疑われ、捕らわれてしまった。毛大福は役人に請うて山へ行き、狼に窮状を訴える。数日後、狼が県知事の所へ、破れ靴をくわえてやって来る。靴の主を探索すると某村の男で、彼が細工師殺しの真犯人とわかった。

★6b.狼の恩知らず。

『狼』(中国の昔話)  じいさんが、岩の割れ目に落ちた子狼を助け、家で育てる。じいさんは狼を「黒や、黒や」と呼んでかわいがる。狼は成長して牙が生え、ある日、肉を与えるじいさんの手に噛みつく。じいさんは「お前の体を育てたが、心を育ててやることはできなかった」と言って、狼を放す。二日後、じいさんは夜道で狼に出会い、「黒じゃないか」と声をかける。しかし狼はじいさんに飛びかかり、食い殺してしまった(山東省)。

★7.狼の口に腕を入れて噛み切られる、あるいは噛み砕かれる。

『ギュルヴィたぶらかし(ギュルヴィの惑わし)(スノリ)第34章  神々たちが「力試し」と称して、特殊な絹紐で怪物フェンリル狼を縛る。欺くのではない保証として、テュール神が右手を狼の口の中に入れておく。ところが、どうしても紐は切れない。だまされたと知って怒ったフェンリル狼は、テュール神の腕を噛み切った。

『遠野物語』(柳田国男)42  村人たちが狼狩りをした時、一頭の雌狼が鉄という男に飛びかかった。鉄はワッポロ(上羽織)を腕に巻き、狼の口の中へ突っ込む。狼はこれを噛む。鉄は腕をさらに奥まで突き入れ、狼の腹まで入る。狼は苦しまぎれに、鉄の腕骨を噛み砕く。狼はその場で死んだ。鉄も、家までかつがれて帰り、まもなく死んだ。

*狼と違い、犬ならば口に手を入れても平気である→〔犬〕13の『古今著聞集』巻16「興言利口」第25・通巻525話。

★8.狼の口の奥まで腕を入れ、狼を裏返す。

『ほらふき男爵の冒険』(ビュルガー)「ミュンヒハウゼン男爵自身の話」  狼が襲いかかって来て、身をかわす間もなかったので、「ワガハイ(ミュンヒハウゼン男爵)」はこぶしを突き出した。こぶしは狼の口の奥まで入り込み、「ワガハイ」の腕は、ほとんど肩まで入ってしまった。そこで「ワガハイ」は狼の内蔵をつかみ、手袋のごとく表と裏を引っ繰り返して、地面にたたきつけてやった。

★9.狼の筋。物が盗まれた時、これを焼くと、犯人が誰かわかる。

『酉陽雑俎』続集巻8−1126  節度使・段祐の屋敷で、銀器が十余点、紛失した。段祐は、胡人から銭一千で狼の筋を買い、男女の奴隷たちの前で、これを焼いた。一人の女奴隷の顔と唇がピクピク動いたので、問いただすと、案の定、銀器を盗んで逃げようとしている者だった。

*狼の筋を焼いたら、意外な犯人が明らかになった→〔泥棒〕4の『子不語』巻12−291。

 

※狼の争いをやめさせる→〔横取り〕1eの『日本書紀』巻19欽明天皇即位前紀など。

※「狼が来た」という嘘→〔嘘〕2の『イソップ寓話集』210「羊飼いの悪戯」。

※犬が狼に化す→〔犬〕11の『荒野の呼び声』(ロンドン)。

 

 

【狼男】

★1.狼に変身する男や女や子供。

『サテュリコン』(ペトロニウス)「トリマルキオンの饗宴」  宴席でニケロスが語る物語。「わしが奴隷の身分だった頃。月の輝く夜明け前に、知り合いの兵士を連れて、愛人メリサの家へ出かけたことがあった。墓地を通る時、兵士は狼に変身し、森の中へ姿を消してしまった。わしは一人でメリサの家へ行った。メリサは「狼が来て家畜を襲ったが、私の奴隷が、狼の首に槍を突き刺してやった」と言った→〔傷あと〕5

『ドラえもん』(藤子・F・不二雄)「おおかみ男クリーム」  のび太のママが、知らずに狼男クリームをぬって出かける。満月を思わせる丸いものを見るだけで狼に変身してしまうので、ドラえもんが追いかけて、茶碗やせんべいなど丸いものをママに見せないようにする。夜の帰り道、強盗が「金を出せ」と言って懐中電灯を突きつけるが、それを見たママは狼になり、強盗は悲鳴をあげて逃げる。帰宅したママは「私ってそんなに恐い顔かしら」と考えこむ。

『バンパイヤ』(手塚治虫)  木曽の夜泣き谷に、バンパイヤ族の人々が隠れ住んでいた。彼らは五官に特定の刺激を受けて、熊や蝙蝠その他いろいろな動物に変わる。少年トッペイは、満月を見ると狼に変身する。弟のチッペイは、満月に似たものを見るだけで、狼になってしまう。チッペイは、ハゲチャビンのじいさんの頭、丸い塩せんべい、日の丸の旗、電球、丸い鏡などを見て、所かまわず小さな狼に変身した。

*満月の晩に、狼だけでなく他のいろいろなものに変身する→〔地球〕7の『オオカミそのほか』(星新一)。

★2.狼男のふりをする。

『イソップ寓話集』(岩波文庫版)419「泥棒と宿屋の主人」  泥棒が「私は三度欠伸(あくび)をすると人食い狼に変身するから、ここに脱ぎ捨てて置く服を見張っていてほしい」と、宿屋の主人に言う。泥棒は二度欠伸をして狼のように吠える。三度目に泥棒が大口を開けると、主人は恐れて奥へ逃げこむ。泥棒は主人の晴着を盗んで去る。

★3.凶暴な男が、その性格にふさわしく、狼に化身する。

『変身物語』(オヴィディウス)巻1  ユピテル(ゼウス)が人間に身をやつして、下界を見回る。凶暴なアルカディア王リュカオンは、客として訪れたユピテルを就寝中に殺そうとしたり、人肉を料理して食卓に出したりする。ユピテルは怒り、雷電を放ってリュカオンの屋敷を破壊するが、彼は逃げ出す。リュカオンは田園までやって来て、そこで狼になってしまった。

 

 

【大晦日】

★1.大晦日は、神・鬼・霊など超自然的存在と出会う時。または死と再生の時。

『今昔物語集』巻16−32  十二月晦日(つごもり)の夜ふけ、一人の生侍(なまさぶらひ)が一条堀川の橋を西へ渡る時、百鬼夜行に出会う→〔唾〕1c

『今昔物語集』巻24−13  地神(土公神)に追われた陰陽師と大納言が隠れていると、「決して逃がさぬ。来たる十二月晦の夜半に集まり、あらゆる所を探せ」と鬼神たちに命ずる声が聞こえる。大晦日の夜、陰陽師と大納言は嵯峨寺の堂の天井に上がって呪文を唱え、難を逃れる。

『日本霊異記』上−12  僧道登の従者万呂が、奈良山で人や獣に踏まれている髑髏を拾い上げ、木の上に置く。その年の大晦日の夕刻に、一人の男が万呂のもとを訪れる。男は「自分は兄に殺されたのだ」と告げ、「恩返しをする」と言って、万呂を或る家へ連れて行き、飲食を饗する。そこへ男の霊を拝するために母と兄が来て、兄の悪事が露顕する〔*同・下−27の類話では伯父が甥を殺す〕。

『マッチ売りの少女』(アンデルセン)  雪の大晦日。少女がマッチを売り歩くが、誰も買ってくれぬまま、夜になる。往来の二軒の家の間に少女はうずくまり、こごえた指先を暖めようと、マッチをする。マッチの光の中に、おいしそうなご馳走やきれいなクリスマスツリーが浮かぶ。祖母の霊が現れ、少女を腕に抱き上げ、天に昇って行く。新年の朝、街の人々は、マッチを持った少女の死体を見る。

*爺が地蔵に笠をかぶせる→〔笠(傘)〕1bの『笠地蔵』(日本の昔話)。

*貧乏神を家から追い出す→〔貧乏神〕2aの『沙石集』巻9−22。

*挽き臼を得た弟と、それを盗む兄→〔兄弟〕1の『海の水はなぜからい(塩挽き臼)』(日本の昔話)。

*一晩泊めた乞食僧が、黄金に化した→〔宿を請う〕3の『大歳の客』(日本の昔話)。

★2.大晦日にやって来る神や怪物。

『「年(ねん)」という獣』(中国の昔話)  毎年大晦日に「年」という獣がやって来るので、村人たちは山へ避難した。ある年の大晦日、乞食の老人が村はずれの一軒家の戸口に赤い紙を貼り、赤い着物を着て、「年」を待ちうける。老人は、両手に持った二本の包丁を叩きつけて絶え間なく音を立てた。「年」は赤い色と包丁の音を恐れ、逃げて行った。それ以来、大晦日には皆、戸口に赤い紙を貼り、赤い着物を着て、包丁で大きな音を立てて餃子を作るようになった(天津市)。

『妖怪談義』(柳田国男)「妖怪名彙(カネノカミノヒ)」  伊予(愛媛県)の怒和(ぬわ)島では、大晦日の夜更けに、氏神様の後ろに提灯のような火が下り、わめくような声が聞こえることがある。老人はこれを、「歳徳神が来られるのだ」と言う。肥後(熊本県)の天草島では、大晦日の真夜中に、「金ン主」という怪物が出る。これと力くらべをして勝てば大金持ちになる。武士の姿をして現れる、ともいわれる。

★3.大晦日は、祝祭の時である。

『こうもり』(J.シュトラウス二世)  裕福な銀行家アイゼンシュタインは、役人を侮辱した微罪で、明日から数日間、収監されることになった。友人のファルケ博士が訪れ、「刑務所に入る前に、夜会へ行って楽しいひと時を過ごそう」と誘う。アイゼンシュタインは、オルロフスキー公爵邸の舞踏会に出かけ、陽気に歌い、仮面の貴婦人を口説く〔*物語は、大晦日の夜から翌朝にかけての出来事として設定されるばあいがあり、そのため『こうもり』は、年末年始に上演されることが多い〕→〔仮面〕6

★4.大晦日は、経済活動の区切り目である。

『大つごもり』(樋口一葉)  下女お峰は、病気の伯父の年越しに必要な二円の金を貸してくれるよう、主家の御新造に請うが、断られる。お峰はやむなく、大晦日に、主家の懸け硯の引出しにある二十円の札束から、二円を抜き取る。その後で、主家の腹違いの道楽息子石之助が、引出しの中の金をすべて持ち出し借用書を残して去ったため、お峰の盗みは知られずにすんだ。

『世間胸算用』(井原西鶴)巻2−4「門柱も皆かりの世」  大晦日の一日、人々は、包丁を研いで自殺をほのめかしたり、離婚沙汰の夫婦喧嘩を見せたりして、押しかけてきた借金取りたちを驚かせ、追い返すのだった〔*この話をはじめ『世間胸算用』五巻全二十話は、すべて大晦日の経済活動に関わる物語である〕。

*年末に店賃(たなちん)の払えぬ浪人→〔切腹〕6の『一のもり』「切腹」。

 

 

【伯父(叔父)】

★1a.叔父と姪が関係を持つ。

『新生』(島崎藤村)  妻をなくした岸本捨吉には、四人の幼い子供たちが残された。姪の節子が、住み込みで家事や育児を手伝いに来ているうちに、岸本と節子は関係を持ち、節子は妊娠する。その時、岸本は四十二歳、節子は二十一歳だった。岸本は一人フランスへ旅立ち、節子の産んだ男児は養子に出される。三年を経て岸本は帰国するが、ふたたび節子と関係してしまう。岸本は兄義雄(節子の父)から義絶され、節子は台湾の叔父(岸本のもう一人の兄)に引き取られる。

*冷凍睡眠で若さを保つ伯父と、年頃の姪が関係を持つ→〔冷凍睡眠〕2の『ガラスの城の記録』(手塚治虫)。

★1b.叔父と姪の性関係は、二十世紀の日本では禁忌である。

『犬神家の一族』(横溝正史)  青沼静馬は、犬神佐兵衛が五十歳を過ぎて愛人に産ませた息子である。佐兵衛の恩人の縁者・珠世が犬神家の財産を受け継ぐので、静馬は「珠世と結婚しよう」とたくらむ。しかし、実は珠世は佐兵衛の孫娘であり、静馬と珠世は叔父・姪の関係になるのだった。それを知った静馬は、珠世との結婚を断念した〔*犬神松子が静馬を利用して犬神家の財産を得ようとしたが、「もはや静馬は役に立たない」と思って、松子は静馬を殺した〕。

★2a.仲の良い叔父と姪。

『めし』(成瀬巳喜男)  大阪の会社に勤める初之輔(演ずるのは上原謙)と妻三千代(原節子)は結婚して五年、子供はいない。三千代は、家事に追われる毎日に疑問を感じている。そこへ初之輔の姪・二十歳の里子が、親の勧める縁談を嫌って家出し、やって来る。初之輔は親切に里子の面倒を見、里子は「私ほんとは初之輔さんみたいな人が好きなのよ」と言う。三千代は心穏やかならず、東京の実家に帰り、このまま東京で職を捜そうと思う。しかし女一人の自立は困難であり、迎えに来た初之輔と一緒に、三千代は大阪へ帰る。

★2b.「中年男と若い女のカップル」と思ったら、ごく普通の叔父と姪だった。

『彼岸過迄』(夏目漱石)「停留所」〜「報告」  いたずら好きの田口要作は、探偵趣味を持つ青年・田川敬太郎に、「四十恰好の某紳士の、本日夕刻の行動を探ってくれ」と依頼する。敬太郎が紳士を尾行すると、紳士は若い女と連れ立って街を歩き、西洋料理店で一緒に食事をした。後日、敬太郎は尾行の結果を、「紳士と若い女は夫婦ではないだろうが、肉体関係があるかどうかはわからない」と、田口に報告する。実は、紳士は田口の義弟(松本恒三)、若い女は田口の娘(千代子)だった。敬太郎が「わけありの男女か」と思ったのは、ごく普通の叔父と姪の間柄なのだった。

★3.殺人犯の叔父が、姪を殺そうとする。

『疑惑の影』(ヒッチコック)  遠方の叔父(母の弟)チャーリー(演ずるのはジョゼフ・コットン)が訪れるというので、彼と同名の姪チャーリーは喜ぶ。姪は昔から叔父が大好きだった。しかしやがて姪は、叔父が逃走中の連続殺人犯であることに気づく。叔父は姪に「もし君がしゃべれば、母上は悲しみ、父上は職を失うだろう」と言って開き直る。叔父は、自分の正体を知った姪を、列車から突き落として殺そうとするが、逆に彼の方が落ちて死んでしまう。

★4.「叔父」と名乗る人。

『冬の華』(降旗康男)  ヤクザの加納秀次(演ずるのは高倉健)は、組織を裏切った男を殺し、男の三歳の娘洋子の世話を、舎弟の南幸吉に託す。加納は十五年服役し、その間、「ブラジルにいる叔父」といつわって、洋子に手紙を書き、学費を送り続ける。やがて加納は出所し、南は「加納を洋子に会わせたい」と思う。しかし加納は、「殺した人の娘さんに会えるものか」と断る。美しい女学生に成長した洋子(池上季実子)は、加納を見て「叔父さま?」と問いかけるが、加納は「人違いです」としか言えない。加納は再び、ヤクザ仲間を殺す仕事をせねばならなくなり、洋子に別れの電話をかける。

*殺した男の妻子の面倒を見る→〔宿〕8の『沓掛時次郎』(長谷川伸)。

★5.叔父と甥が戦う。

『アーサーの死』(マロリー)第1巻第19章  アーサーは、ユーサー・ペンドラゴン王とイグレインとの間に生まれたが、それに先立って、イグレインはティンタージェル公との間に娘マーゴースをもうけていた。アーサーは成長後、ロット王妃となったマーゴースに出会って恋し、彼女を異父姉と知らず関係を結んで、モードレッドが誕生する。モードレッドにとってアーサーは、父であると同時に、母の異父弟ゆえ叔父でもある。後年、モードレッドはアーサーに戦いを挑む→〔父と息子〕6

★6.甥が伯父を救う。 

『パルチヴァール』(エッシェンバハ)第5巻・第9巻・第16巻  聖杯城のアンフォルタス王は、かつて毒槍で睾丸を突かれ、長期間その傷に苦しんでいた。少年パルチヴァールが城を訪れるが、彼は、アンフォルタス王が母方の伯父であることを知らなかった。また、王の苦しみの理由を問いさえすれば、王の傷は癒えるはずだったが、それもせずにパルチヴァールは城を去った(*→〔禁忌(言うな)〕3)。しかし後にパルチヴァールは再び城を訪れて、アンフォルタス王に傷の具合を問い、神の慈悲により王は回復した。

*父でも伯父でもある人→〔伯母(叔母)〕6の『グレゴーリウス』(ハルトマン)第1章。

*父でも叔父でもある人→〔兄妹婚〕8の『無常』(実相寺昭雄)。

 

 

【教え子】

★1.教え子が教師を慕う。教師が教え子を愛する。

『田舎教師』(田山花袋)  林清三は「世の中に認められたい」との野心を持ちながらも、地方の小学教師の生活に甘んじている。彼は友人の妹に恋したり、貧しい娼婦のもとへ通ったりしたが、孤独であった。そんな中で、教え子の田原ひで子は清三を慕い、師範学校に進学した後も手紙を寄こし、遊びにも来た。清三は、ひで子とともに家庭を作ることを考えることもあった。しかし彼は肺を病み、二十代半ばで没した。

『春』(島崎藤村)  二十代初めの岸本捨吉は、東京・麹町の女学校の教師となり、教え子の安井勝子を恋する。しかし勝子には、親の決めた許嫁があった。失意の岸本は辞職し、放浪の旅に出て、死を思うこともあったが、家族や友人たちに支えられる。勝子は許嫁と結婚してまもなく、病死してしまう。自分の道を見出せず行き詰まっていた岸本は、仙台の学校に職を得て赴任する。汽車の中で、彼は「ああ、自分のようなものでも、どうかして生きたい」と願う。

★2.教師が教え子と関係を持つ。

『欲望という名の電車』(ウィリアムズ)  ブランチ・デュボアは、結婚相手が自殺して以来(*→〔同性愛〕2)、精神の平衡を失った。彼女は孤独と恐怖から逃れるために、何人もの行きずりの男たちに身をまかせる。ハイスクールの教師となったブランチは、十七歳の男子生徒と関係を結び、そのことが明るみに出て職を失う。彼女は町にもいられなくなり、ニューオリンズの貧民街に住む妹のもとへ、身を寄せる。

『若い人』(石坂洋次郎)  二十六歳の間崎慎太郎は、北海道の女学校の国語教師である。同僚の橋本スミ子先生と、十八歳の生徒・江波恵子が、間崎に好意を寄せ、間崎の心は二人の間を揺れ動く。ある夜、間崎は、船員たちの喧嘩の一方に加勢し、大怪我をする。間崎は江波恵子の家へ運ばれ、恵子が看病して、やがて二人は結ばれる。しかし恵子は、その後の橋本先生の様子を見て、橋本先生が間崎を深く愛していたことを悟り、間崎に別れを告げる。

★3.教師が教え子と結婚する。

『雪の日』(樋口一葉)  山里の名家の一人娘として育った「我(薄井珠)」は、小学校の桂木一郎先生にかわいがられ、「我」も桂木先生を慕っていた。「我」が十五歳、桂木先生が三十三歳の時、二人のことが村の噂になり、親代わりの伯母から、「我」はひどく叱られた。雪の日、「我」は意を決して桂木先生の下宿を訪れ、二人はそのまま東京へ出て結婚した。しかし夫となった桂木先生は思いのほか冷淡で、今では「我」は結婚を悔やんでいる。

*教師と結婚した教え子が、医学生と駆け落ちして子を産む→〔父子関係〕1の『波』(山本有三)。

★4.家庭教師と教え子の恋。

『新エロイーズ』(ルソー)  青年サン=プルーは、デタンジュ男爵家の一人娘ジュリの家庭教師となり、やがて二人は相思相愛の仲になる。しかしサン=プルーが平民なので、父男爵は二人の結婚を認めない。ジュリは父の意志に従い、五十歳近いヴォルマール男爵の妻となって、二児を産む〔*ヴォルマール男爵は人格者で、サン=プルーとジュリの仲を理解していた〕。サン=プルーとジュリはいつまでも互いを思い合っていたが、ある日ジュリは、湖に落ちた子供を救うために水に入り、それがもとで病み、死んでゆく。

『未完成交響楽』(フォルスト)  貧しい青年作曲家シューベルトは、伯爵家令嬢カロリーネの家庭教師となって、音楽を教える。二人の間に恋が芽生えるが、伯爵は結婚を許さない。カロリーネは陸軍士官と結婚式を挙げ、シューベルトは披露宴で、自作の交響楽をピアノ演奏する。しかし曲が終わり近くになった時、カロリーネは失神してしまう。シューベルトは演奏を中止し、その後の楽譜を破り捨てて、「わが恋の終わらざる如く、この曲も終わらざるべし」と書きつける。

★5.小説家と教え子の恋。

『煤煙』(森田草平)  妻帯者である二十代の小説家・小島要吉は、文学懇話会「金葉会」で、女子大学出の眞鍋朋子を知る。強い自我を持つ朋子に要吉は魅せられ、文学書を貸し、彼女の習作を批評する。朋子も要吉に恋心を抱くが、接吻はするもののそれ以上の関係を許さず、要吉も強いて求めない。朋子は自らの心を持て余し、「先生の手で殺して」と要吉に訴える。二人は心中するために那須塩原の雪山を登るが、要吉は互いの愛を確信できず、「生きよう」と考える。

『蒲団』(田山花袋)  竹中時雄は三十代半ばの小説家で、妻と三人の子供がいる。女学生芳子が「弟子になりたい」と望んで、時雄の家の二階に住み込む。時雄は若い娘との生活に心ときめき、彼女と過ちを犯しそうになるが、踏みとどまる。やがて芳子には、田中という学生の恋人ができ、二人は性関係を結ぶ。時雄は嫉妬し懊悩しつつ、芳子を田中と別れさせ、親元へ帰す→〔ふとん〕1

★6.老教師のお気に入りの女学生。

『鶯姫』(谷崎潤一郎)  大正時代。五十五〜六歳になる老教師・大伴は、京都郊外の女学校で国文を教えていた。彼は平安朝の昔を慕い、生徒たちの中でも、公卿(くげ)の血筋を引く壬生野春子を、とりわけ贔屓(ひいき)にしていた。そのため、ある春の午後、大伴は平安時代へ行って、壬生野春子の先祖・鶯姫をさらう夢を見た→〔時間旅行〕2c。  

★7.教え子の事故死。

『父ありき』(小津安二郎)  堀川(演ずるのは笠智衆)は、金沢の中学校の教師であった。東京箱根方面への修学旅行の時、生徒の一人が堀川の注意を聞かず、湖でボートに乗って溺死した。親から預かった大事な子供を死なせたことに、堀川は責任を感じ、辞職する。彼は「二度と教職にはつかない」と決心し、役場や会社に勤めつつ、男手ひとつで一人息子を育てる。息子は大学を出て教師になる→〔父と息子〕3

 

 

【教え子たち】

★1.十二人の教え子たち。

『二十四の瞳』(壺井栄)  昭和三年(1928)四月、瀬戸内海べりの村の分教場に、学校を出たばかりの大石久子先生が赴任する。受け持つ一年生は、男子五人、女子七人の、計十二人だった。いろいろな出来事の中で子供たちは成長して行く。大石先生は結婚するが、太平洋戦争で夫は戦死した。戦争が終わり、かつての一年生たちが、大石先生のために会を開く。十二人のうち、男子三人は戦死、女子一人が病死、一人が行方不明になっていた。集まった七人のうちの一人磯吉は、戦争で両眼を失っていた。

★2.教え子たちが、退職した「先生」をいつまでも慕い続ける。

『まあだだよ』(黒澤明)  「先生」(演ずるのは松村達雄)は還暦間近で学校を退職したが、教え子たちは「先生」を慕い続け、「先生」を囲む「摩阿陀(まあだ)会」を毎年催した。教え子たちが「まあだ(死なないの)かい?」と問いかけ、「先生」は元気よく「まあだだよ!」と答えて、ビールの大杯を一気に飲み干すのである。十七回目の「摩阿陀会」で、喜寿の「先生」は不整脈の発作を起こし、幹事役の四人が「先生」を家まで送る。主治医は「心配ないでしょう」と言う〔*しかし四人が、眠る「先生」の隣りの部屋に泊り込んで酒を飲むのは、要するに「お通夜」をしているのだろう〕。

★3.教え子たちが、教師を追放する。

『野分』(夏目漱石)  中学校教師・白井道也は「金力と品性」という題で演説し、大会社役員の暴慢と人々の拝金主義を戒めた。町の有力者たちは道也を批難し、中学生たちは扇動されて道也を追い出しにかかった。夜、大勢で道也の家におしかけて喊声をあげ、石を投げ込んだのである。道也は辞職した〔*その時の中学生の一人・高柳周作は、数年後に道也と再会し、「私は、先生をいじめて追い出した弟子の一人です」と打ち明け、自身に必要な百円の金を、道也のために用立てた〕。

★4.夜間中学の教え子たち。

『学校』(山田洋次)  夜間中学には、年齢も職業もさまざまな生徒たちが学んでいる。小さな町工場で働くイノさん(演ずるのは田中邦衛)は五十歳を過ぎてから、読み書きを学ぼうと入学した。イノさんが生まれて初めて書いたハガキは、美しい田島先生(竹下景子)へのラブレターだった。しかしイノさんは重い病気にかかり、死んでいった。担任の黒井先生と生徒たちは、イノさんを偲びつつ、人間の幸福とは何か、話し合う。自閉症で登校拒否だったえり子は、「私は進学して、学校の先生になる。そしてこの夜間中学へ帰って来る」と黒井先生に語る。 

 

※女性家庭教師が、七人の教え子たちの母になる→〔七人・七匹〕4の『サウンド・オブ・ミュージック』(ワイズ)。

 

 

【夫】

 *関連項目→〔二人夫〕〔妻〕

★1.働かぬ夫。

『ヴィヨンの妻』(太宰治)  「私」の夫大谷は男爵家の次男で詩人だ。「私」との間に四歳の男児がいる。夫はほとんど家に落ち着かず、放蕩無頼の生活を続けている。行きつけの小料理屋・椿屋の借金を踏み倒した上に、店から五千円を盗んだ。「私」は、夫の借金返済のために椿屋で働く。店での呼び名は「椿屋のさっちゃん」だ。夫は二日に一度くらいの割で飲みにやって来て、お勘定は「私」に払わせる。

『厩火事』(落語)  姉さん女房が髪結いをして働き、年下の夫が昼間から家で酒を飲んでブラブラ遊んでいる。ある時、女房が仕事で遅くなったのを夫が怒り、喧嘩になる。女房は「もう別れたい」と仲人に相談に行き、仲人の入れ知恵で、夫の愛情を試すことにする→〔夫〕8

『鎌腹』(狂言)  太郎は方々を遊び歩き泊まり歩いてばかりで、屋根の漏りの修繕まで妻にさせる。妻が「山で木を切って来い」と命じても太郎が行かないので、妻は怒って棒を振り上げ「お前を打ち殺して私も死のう」と言って太郎を追う→〔切腹〕4

『天才バカボン』(赤塚不二夫)「天シャイバカボン」  バカボンのパパは、しっかり者の妻に甘えて、定職につかず、いつも息子バカボンといっしょに遊んでいる。パパは妻を母親と混同し、「ねえママ、わしもおよめさんほしいのだ」と言ったことさえあった〔*妻は怒ることもなく、「ばかね。なにいってんの」と言うだけだった〕。

『夫婦(めおと)善哉』(織田作之助)  道楽者の若旦那・維康(これやす)柳吉は妻も子もある身であるが、芸者蝶子と駆け落ちして所帯を持つ。三十歳過ぎの柳吉は、二十歳の蝶子を「おばはん」と呼び、「小遣い足らんぜ」と請求する。蝶子は懸命に働いて二人の生活を支える。しかし少し金がたまると柳吉が遊興に使ってしまう。それでも二人は別れることなく、仲良く「めおとぜんざい」を食べに行ったりもする。

*働かぬ男が、妻や愛人を道連れに無理心中する→〔無理心中〕1の『死の勝利』(ダヌンツィオ)など。

★2.夫になることさえ面倒がる怠け者。

『オブローモフ』(ゴンチャロフ)  地主のオブローモフは領地からの収入に頼り、食べて寝るだけの怠惰な日々を送っていた。彼は美女オリガと知り合い、「結婚して、自分の生活を変えよう」と思うが、領地の整理や新居の用意など、結婚に際してのいろいろな手続きが面倒で、すべきことを一日延ばしにして、結局何もしない。オリガはオブローモフに見切りをつけ、彼と別れる。その後オブローモフは、親切な未亡人の世話を受け、もとの安楽な生活に戻る。彼は美食と運動不足のため、三十代の若さで脳溢血の発作を起こし、就寝中に死ぬ。

★3.まぬけな夫。

『脳味噌ちょっぴり』(イギリスの昔話)  脳味噌の足りないまぬけ男が母親に死なれ、「これからは誰がおれの面倒を見てくれるんだ?」と嘆く。近所の娘が「あたしが、あんたの面倒を見てあげよう。『まぬけは良い亭主になる』って世間でいうから」と言って、まぬけ男と結婚する。山に住む賢女が「はじめは足がなく、やがて二本足、最後は四本足は何だね?」という謎を出して、二人の知恵を試す。まぬけ男が困っていると、娘が耳元で「おたまじゃくしよ」とささやく。

*「朝は四本足、昼は二本足、夜は三本足」というのは、よく知られた謎である→〔見立て〕4aの『ギリシア神話』(アポロドロス)第3巻第5章。

★4.自慢の夫。

『ニーベルンゲンの歌』第14歌章  グンテル王の妃プリュンヒルトと、ジーフリト(ジークフリート)の妻クリエムヒルトが、互いの夫の自慢を始め、口論になる。クリエムヒルトは怒り、「プリュンヒルトの初夜の床に最初に入ったのは、グンテル王でなくジーフリトだ(*→〔にせ花婿〕4)」と、暴露する〔*プリュンヒルトは「名誉が失われた」と夫グンテル王に訴え、臣下ハゲネがジーフリト暗殺を発議する〕。

★5.夫さがし。

『天稚彦草子』(御伽草子)  長者の末娘が天稚彦(天稚御子)の妻になる。ある時、夫・天稚彦は天へ昇り、そのまま帰って来ない。妻は一夜ひさご(*→〔瓢箪〕7)を植え、つるを伝わって天に到る。妻は、「ゆふづつ(宵の明星)」「箒星」「すばる星」と出会い、「玉の輿に乗る人」に教えられて、天稚彦の御殿へたどり着き、夫と再会する→〔難題求婚〕6

『黄金のろば』(アプレイユス)巻の4〜6  プシュケが約束を破って夫エロス(クピード)の姿を見たため、エロスは怒って飛び去る。プシュケは夫を捜し求め、国々を巡歴して、エロスの母女神ヴェヌスの館に到る→〔難題求婚〕6

*婚約者の王子を捜して、娘が旅をする→〔忘却(妻を)〕5の『ほんとうのおよめさん』(グリム)KHM186。

★6.夫の真の姿。

『黄金のろば』(アプレイユス)巻の4〜6  プシュケの夫は夜にだけやって来て、けっして姿を見せない。彼女の姉たちが「お前の夫は大蛇だ」と言うので、プシュケは不安になり、暗闇に眠る夫を明かりで照らす。彼女がそこに見出したのは大蛇などではなく、美しい青年だった。それは愛の神エロス(クピード)であった→〔夫〕5

*夫は小さな蛇だった→〔箱を開ける女〕1の『日本書紀』巻5崇神天皇10年9月。

『変身物語』(オヴィディウス)巻3  セメレは、自分のもとに来る男が本当にユピテル(ゼウス)である確証を得たいと思い、「あなたが正妃ユノー(ヘラ)と抱擁し合う時と同じ神々しい姿を示して、私を抱いてほしい」と願う。しかし、電光と雷鳴をともなって現れたユピテルの姿に接して、セメレは焼け死んだ〔*『ギリシア神話』(アポロドロス)第3巻第4章では、セメレは恐怖の余り死ぬ〕。

★7.夫の生還。

『東海道四谷怪談』(鶴屋南北)「深川三角屋敷」  お袖は、父四谷左門・姉お岩・夫佐藤与茂七の仇を討つために、やむなく直助と夫婦の契りを結び、彼の助力を得ようとする。ところが、そこへ死んだはずの夫与茂七が訪れ、お袖は絶望して死を選ぶ→〔衣服〕5

*夫の帰還→〔帰還〕3の『伊勢物語』第24段など。

★8.夫の愛情を試す。

『厩火事』(落語)  髪結いをして働く女房が、昼間から酒を飲んで遊んでいる夫の愛情を試そうと、わざと転んで、夫が大事にしている瀬戸物茶碗を割る。夫が「怪我はないか?」と聞くので、女房は「瀬戸物よりも私の身体を心配してくれるんだねえ」と喜ぶ。夫は「お前に怪我されると、明日から遊んでて酒を飲むことができない」と言う〔*→〔火事〕3の『論語』巻5「郷党」第10の故事をふまえた話〕。

『番町皿屋敷』(岡本綺堂)  旗本青山播磨と腰元お菊は相愛の仲だったが、お菊は、「播磨に縁談がある」と聞いて不安になり、家宝の皿を一枚わざと割って、播磨の愛情を試す。播磨は、お菊が粗相して割ったと思い許すが、実は播磨の心を試すために故意に割ったと知り、お菊を手打ちにする→〔宝〕1

★9.夫が告白した悪事を、妻が別の人に語る。

『くもりのないお天道さまは隠れているものを明るみへ出す』(グリム)KHM115  仕立屋が、道で出会ったユダヤ人を金欲しさに殺す。時が過ぎて、仕立屋は結婚し子供も二人できるが、ある朝ふと妻に過去の殺人を語ってしまい、口止めをする。妻は名づけ親の女に内緒話としてこのことを語り、三日もたたぬうちに町中の人の知るところとなる。仕立屋は処刑される。

『証言』(松本清張)  石野課長は、愛人千恵子との生活が公けになれば出世の妨げになると考え、愛人宅近くですれ違った杉山のアリバイを否定し(*→〔アリバイ〕3)、そのため杉山は死刑を求刑される。しかし千恵子はそのことを若い恋人に語り、恋人は友人に語って、やがて石野は偽証罪で告訴される。

*夫が水たまりの泡を見て、過去の殺人を語る→〔泡〕7の『泡んぶくの仇討ち』(日本の昔話)。

★10.夫たるべき条件。

『屍鬼二十五話』(ソーマデーヴァ)第6話  マダナスンダリーは、夫の頭を兄の身体に、兄の頭を夫の身体につけてしまった(*→〔頭〕9)。この二人について、屍鬼が「どちらが彼女の夫なのか?」と、トリヴィクラマセーナ王に問う。王は「夫の頭がついている方が彼女の夫だ」と答える。「頭は身体のうちで最も重要なもので、自己の認識は頭に依存するのであるから」→〔背中の死体〕1

*夜の夫と昼の夫→〔夜〕4の『ガラスの山』(イギリスの昔話)など。

★11.天国の神を、夫とする。

『尼僧物語』(ジンネマン)  ヨーロッパの尼僧たちがアフリカのコンゴに派遣され、布教と医療活動に従事する。彼女たちの夫は人間界の男でなく、天国の神である。現地の人には、そのことがなかなか理解できない。一人の男が、赴任したばかりのシスター・ルーク(演ずるのはオードリー・ヘップバーン)に、「あなたにも夫がいるのか?」と問う。シスター・ルークは「私の夫は天国にいます」と答える。男は、夫は死んだのだと誤解し、「お気の毒に」と言う。

 

 

【夫の弱点】

★1.夫の身体の一ヵ所にある弱点を、妻(あるいは愛人)が敵に教える。敵にあたるのが、妻のもとの夫・あるいは新しい夫、というばあいもある。

『士師記』第16章  サムソンの愛人デリラは、莫大な褒美とひきかえにサムソンの力の秘密を探り出すよう、ペリシテ人から依頼される。サムソンはデリラの問いに、三度嘘を教えるが、彼女の追求に堪えきれず、四度目に、「髪を剃り落とされたら私の力は去り、弱くなる」と打ち明ける。デリラはそのことをペリシテ人に告げる。

『俵藤太物語』(御伽草子)  平将門に寵愛される女房・小宰相は、俵藤太秀郷とも関係を持つ。小宰相は秀郷に、将門の秘密を教える。将門は常に六人の影武者とともにおり、どれが本物か見分けがつかない。ただし太陽や灯火に向かう時、本物にだけ影ができ、他の六人には影がない。また、将門は全身が黄金(こがね)でできているが、耳の傍のこめかみだけが肉身である。小宰相の教えに従い、秀郷は将門のこめかみを弓で射て殺した。

『ニーベルンゲンの歌』第15〜16歌章  ジーフリト(ジークフリート)暗殺をたくらむハゲネが、ジーフリトの妃クリエムヒルトに、「戦場でジーフリト殿を守護するには、どうしたらよいか?」と問う。クリエムヒルトは「背中に一ヵ所だけ急所があります(*→〔葉〕2)。そこを守って下さい」と教える→〔目印〕8〔*『ニーベルンゲンの歌』では、妻は夫の身を守るために急所を教えるが、*→〔忘却(妻を)〕1の『ニーベルングの指環』(ワーグナー)では、妻は夫の死を望んで急所を教える〕。

『補江総白猿伝』(唐代伝奇)  身の丈六尺ほどの白猿が大勢の美女を山奥へさらい、自らの妻妾としていた。将軍欧陽コツが、さらわれた妻を捜し求めて、白猿の住処(すみか)にたどり着く。女たちが「白猿は、麻を中に隠して強くした絹で縛れば、動けません。全身が鉄のように堅いけれども、臍下数寸の所は刃物を通します」と教える。欧陽コツは白猿を殺し、多くの宝物と美女たちを携えて帰還する。

*妻が、第二の夫の秘密の寝所を、第一の夫に教える→〔仇討ち(父の)〕1の『あきみち』(御伽草子)。

★2.夫の身体の外に心臓があることを、妻が敵に教える。

『二人兄弟の物語』(古代エジプト)  バタの妻は、彼女の髪が機縁となってファラオの愛人になった。彼女は、夫バタの心臓が杉(あるいは松)の谷の、杉の花の上に置いてあることを、ファラオに告げる。ファラオは杉の谷に兵士を送りこみ、杉を切り倒す。バタは死ぬ→〔体外の魂〕2

 

 

【夫の秘密】

★1.夫は重婚していた。

『ジェーン・エア』(C.ブロンテ)  ジェーンは、ロチェスターの養女の家庭教師として彼の屋敷に住みこみ、やがてロチェスターから求婚される。屋敷内には謎の女が出没し、笑ったり徘徊したり火を放ったりするので、ジェーンはおびえる。ジェーンとロチェスターの結婚式の当日に、謎の女はロチェスターの妻で、精神病のために、屋敷内の一室に十五年間幽閉されていたことが明らかになる。

『ゼロの焦点』(松本清張)  禎子は、東京の広告代理店勤務の鵜原憲一と、見合い結婚した。しかし鵜原は結婚後一ヵ月もたたないうちに、金沢へ出張して消息を絶った。禎子は夫を捜して金沢へ行き、鵜原には金沢に内縁の妻田沼久子がいたことを知った〔*鵜原は禎子との結婚を機に、田沼久子との関係を清算するつもりだったが、彼は室田佐知子によって殺された〕→〔一人二役〕1

★2.夫には、妻以外に愛する女がいた。 

『明暗』(夏目漱石)  津田由雄は、清子と相思相愛のつもりでいた。ところが清子は突然津田と別れ、関という男に嫁いでしまう。津田はその後お延と結婚するが、「なぜ清子は自分のもとを去ったのか?」と、こだわり続ける。津田が痔の手術で入院中、彼の旧友小林がお延のもとを訪れて、「津田には秘密がある」と、ほのめかす。お延は「夫には女がいるのだろうか?」と考え、夫の秘密を知ろうとする〔*作者漱石死去のため、『明暗』は未完である〕。

★3.夫は仕事に出かけるふりをして、実際は物乞いをしていた。

『唇のねじれた男』(ドイル)  郊外に住むセントクレアは、毎朝ロンドンに出勤し、変装して乞食となっていた。まともに働くよりも乞食になって物乞いする方が、はるかに多くの収入になるのだった。セントクレアの妻は、夫がいくつかの会社に関係する仕事をしているものと信じていた。

『婚姻』(黒岩涙香)  英国西部ウエルスに住む秋場園子は、美青年・年川松雄と駆け落ちして倫敦(ロンドン)に住む。松雄は「代言(弁護士)を開業する」と言いつつ、実は毎朝家を出ては、跛足眇目(びっこめっかち)の醜い姿になって乞食をしていた。それを知った園子は、気絶して死んでしまった。

『孟子』巻8「離婁章句」下  妻妾を持つ男が、外出するといつも酒や肉をたらふく食べて帰り、「富貴の人と会食して来た」と言っていた。不審に思った妻が、ある日夫の跡をつけると、夫は墓場へ行き、墓参の人々に供え物の残りをねだって食べていた。

★4.夫は毎日、街の事務所へ出勤し、方々に放火していた。

『九時から五時までの男』(エリン)  五十歳のキースラー氏は、妻から見ると、穏やかだが少し頼りない夫だった。彼は毎朝九時に事務所へ出勤し、秘密の仕事にとりかかる。街へ出て、高額の保険が掛けられた建物に放火し、依頼主から報酬を受け取る。これが日々の仕事なのだ。夕方五時になれば、キースラー氏は退社して、妻の待つ家へ帰るのである。  

※夫が死んだ妻をたずねる→〔冥界行〕6の『古事記』上巻(黄泉国のイザナミ)など。

 

 

【夫殺し】

★1.女が愛人と共謀して、自分の夫を殺す。

『アガメムノン』(アイスキュロス)  アガメムノン王は十年に及ぶトロイア遠征を終え、故郷アルゴスへ凱旋する。王の遠征中に妃クリュタイメストラ(クリュタイムネストラ)は、王の従兄弟アイギストスと姦通していた。クリュタイメストラは、帰館したアガメムノン王を浴室へ導き、両刃の斧で三度打って殺す。彼女は斧を持ってアルゴスの長老たち(コロス)の前に現れ、夫殺しの正当性を主張する〔*→〔暗殺〕1の『ギリシア神話』(アポロドロス)摘要第6章に、暗殺方法についての別説〕。

『水滸伝』百二十回本第24〜26回  蒸し団子売り武大の妻・潘金蓮は、薬屋の西門慶と情を通じ、彼と共謀して、邪魔な夫を毒殺する。武大の弟武松がこのことを知り(*→〔骨〕7b)、潘金蓮と西門慶を斬り殺し、二人の首を兄の霊前に供えて、仇を討つ〔*『金瓶梅』第1〜9回は、『水滸伝』のこの物語に肉付けしたもの。ただし『金瓶梅』では、武松は西門慶と間違えて別人を殴り殺し逮捕される。潘金蓮も西門慶も無事で、二人は夫婦になる〕。

『テレーズ・ラカン』(ゾラ)  ラカン夫人の一人息子カミーユと姪テレーズは幼い頃から一緒に育ち、やがて結婚した。しかしテレーズは、病弱なカミーユに飽き足りず、カミーユの友人である逞しいローランを愛人とする。テレーズとローランは共謀してカミーユをボート遊びに誘い、川に突き落として溺死させる〔*テレーズとローランはその後カミーユの幻影に苦しめられ、最後には二人とも毒を飲んで死ぬ〕。

『郵便配達は二度ベルを鳴らす』(ヴィスコンティ)  中年男ブラガーナの経営する安食堂に、旅の男ジーノ(演ずるのはマッシモ・ジロッティ)が立ち寄る。彼は何日か滞在するうちに、ブラガーナの若妻ジョヴァンナと愛人関係になる。ある夜、彼ら三人は車に乗り、泥酔状態のブラガーナを残して、ジーノとジョヴァンナは走る車から飛び降りる。車は斜面へ転落し、ブラガーナは死ぬ。しかし警察は、ブラガーナの自損事故ではなく殺人だ、と見破る〔*ジーノとジョヴァンナは車で逃げるが、前方を走るトラックと接触し、川へ転落する。ジョヴァンナは死に、ジーノは逮捕される〕。

*夫を殺した妻の嘘泣き→〔泣き声〕2の『今昔物語集』巻29−14など。

*夫の脳天に釘を打って殺す→〔過去〕4bの『輟耕録』(陶宗儀)「女の知恵」。

*夫を氷風呂に入れて殺す→〔氷〕2の『坂道の家』(松本清張)。

*夫に脳溢血を起こさせて殺す→〔死因〕4の『鍵』(谷崎潤一郎)。

*夫の死体を井戸に隠す→〔幽霊の訴え〕3の『英草紙』第8篇「白水翁が売卜直言奇を示す話」。

★2.女が、夫の喉を喰い破って殺す。

『琵琶伝』(泉鏡花)  お通は、親の決めた許嫁(いいなづけ)である陸軍尉官・近藤重隆と結婚した。お通と相愛の謙三郎は(*→〔動物音声〕4)、日清戦争で戦地へ行く前に一目お通に逢おうと、脱営して捕らえられる。近藤は、お通の目の前で謙三郎を銃殺刑に処した。近藤は謙三郎の墓を蹴り、唾を吐きかけるので、お通はすさまじい形相(ぎょうそう)で近藤にとびかかり、銃弾を受けながらも、近藤の喉を喰い破った。

★3.女が、急病の夫を見殺しにする。

『哀しみのトリスターナ』(ブニュエル)  若いトリスターナ(演ずるのはカトリーヌ・ドヌーヴ)は、年齢の離れた夫ドン・ロペ(フェルナンド・レイ)との暮らしに堪えられなくなっていた(*→〔父娘婚〕8)。雪の夜、寝室のドン・ロペが、「苦しいから医者を呼んでくれ」と、トリスターナに訴える。トリスターナは隣室へ行って、いったん受話器を取るが、相手が出ないうちに静かに受話器を下ろして電話を切ってしまい、医者に往診を依頼する声だけを、夫に聞かせる。トリスターナが寝室へ戻って来た時、すでにドン・ロペの意識はなかった。

★4.女が、三人の夫を死にいたらしめる。

『地霊』(ヴェデキント)  初老のシェーン博士は、愛人ルルの魔性から逃れるために、彼女をゴル博士と結婚させる。ゴル博士は、ルルが画家シュヴァルツと一室にいるところへ乗りこみ、怒りの発作で倒れて死ぬ。ルルの新しい夫となった画家シュヴァルツは、シェーン博士からルルの過去を聞かされて衝撃を受け、剃刀で頸動脈を切って自殺する。ルルはシェーン博士と正式に結婚するが、シェーン博士の息子アルヴァもルルに求愛するのでシェーン博士は激昂し、ピストルをルルに渡して「自殺せよ」と言う。ルルはシェーン博士を撃ち殺す〔*『ルル』(ベルク)の原作〕。

★5.女が、夫のみならず、夫との間に生まれた子供までも殺す。

『桜姫東文章』  吉田家の息女桜姫は、ある夜、盗みに入った釣鐘権助に犯されて、身ごもった。後に桜姫は権助と再会して夫婦になり、市井の安女郎に身を落とす。しかし、吉田家の重宝「都鳥の一巻」を奪った犯人が権助で、桜姫にとっては父・弟の仇であることを知り、桜姫は夫権助を殺し、吉田家を再興する〔*桜姫は、権助との間に生まれた赤子をも殺す〕。

★6.夫殺しの未遂。失敗。

『今昔物語集』巻29−13  民部大夫則助の妻が、密夫と共謀して則助を殺そうとする。天井に男をしのばせ、則助が寝入ったら鉾で突く手筈だった。しかしこの計画を、事前に則助に知らせた人がいたので、則助は男を捕らえて検非違使に引き渡した〔*不思議なことに則助は、その後も妻と暮らした〕。

『テレーズ・デスケイルゥ』(モーリヤック)  夫ベルナールは病気治療のため、砒素剤を常用していた。ある日、火事の知らせに気を取られた夫は、砒素剤を倍量飲んでしまい、苦しむ。これに暗示を受けた妻テレーズは、以後、夫に飲ませる砒素剤の量を増やす〔*夫は死なず、二人は別れる〕。

『ナイアガラ』(ハサウェイ)  ジョージとローズ(演ずるのはマリリン・モンロー)夫妻が、ナイアガラ瀑布観光に訪れる。ローズには秘密の愛人テッドがおり、ローズはテッドに夫殺しを依頼する。テッドは観光トンネル内でジョージを襲うが、格闘の末、殺されたのはテッドの方だった。ジョージはローズを追い、彼女を絞殺した後、小型船に乗って逃走する。しかしエンジンのトラブルで、船は滝壺へ落ちて行く。

 

 

【落とし穴】

 *関連項目→〔穴〕

★1.子供がいたずらで作った落とし穴。

『二十四の瞳』(壺井栄)  子供たちがいたずらで掘った落とし穴に、大石久子先生が落ちる。子供たちは手をたたいて笑うが、大石先生はアキレス腱を切って、動けなくなってしまった。大石先生は入院し、退院後は自宅で療養して、なかなか学校へ出て来ない。大石先生の受け持ちの小学一年生十二人は、八キロ離れた大石先生の家まで、歩いて見舞いに行く。皆は大石先生の家でキツネうどんをご馳走になり、一本松の所で記念写真を撮って、帰って来た→〔写真〕6

★2.落とし穴を掘って、敵対する人物を落とし入れる。

『王書』(フェルドウスィー)第2部第7章「ロスタムの最期」  シャガードは異母兄ロスタムを殺すために、いくつもの落とし穴を作り、鋭い槍や剣を底に立てておく。ロスタムの乗る名馬ラクシュが、掘りおこされたばかりの土のにおいを怪しんで、歩みを止める。ロスタムはラクシュを前進させようと鞭打ち、穴に落ちて死ぬ。

★3.落とし穴計画の失敗。

『太平記』巻13「北山殿謀反の事」  西園寺公宗は北山の邸宅に湯殿を造り、板の間を踏めば落ちるように仕掛けて、その下に刃を鉄菱のごとく植え並べた。「北山の紅葉を御覧においで下さい」と言って後醍醐天皇を招き、浴室での酒宴を勧めて暗殺しようとたくらんだのである。しかし後醍醐天皇の夢に、神泉苑の龍神の化身の女が現れて危険を告げ、さらに「公宗に謀反の企てあり」との注進もあったので、天皇は行幸を取りやめた。

*つり天井を仕掛けて、将軍暗殺を企てる→〔天井〕2の『伊賀の影丸』(横山光輝)「若葉城の巻」など。

★4.落とし穴の上を歩いても落ちない。

『今昔物語集』巻1−12  勝蜜外道が仏を殺そうとたくらみ、屋敷の門内に深く広い穴を掘る。穴の底に火を置き、剣を立て並べ、上に薄板をしいて砂をかけ、仏を招待する。仏が門内に入ると、穴の中から大きな蓮華が咲き、仏はその上を歩いて無事であった。

★5.自分が掘った落とし穴に、自分が落ちる。

『隅田川続俤(すみだがわごにちのおもかげ)「三囲(みめぐり)土手の場」  色と欲の破戒僧法界坊は、吉田家の重宝「鯉魚の一軸」を手に入れ、三囲土手で永楽屋の娘お組を口説こうとする。邪魔者が現れたら落とし入れるべく、法界坊は穴を掘る。そこへ吉田家の旧臣甚三(じんざ)が来たので、法界坊は「鯉魚の一軸」を見せびらかして逃げるうち、自分が掘った落とし穴に落ち、甚三に斬られて死ぬ〔*自業自得の物語。*→〔自縄自縛〕3に関連記事〕。

 

※落とし穴へ落とされ、人柱になる→〔人柱〕4の乙女ヶ池の伝説。

 

 

【踊り】

 *関連項目→〔舞踏会〕

★1.やめられない踊り。

『赤いくつ』(アンデルセン)  カレンは赤いくつが気に入って、黒いくつをはいて行くべき教会の堅信礼にも聖餐式にも、赤いくつをはいて出かける。教会の入口にいた年寄りの兵隊が、「なんときれいなダンスぐつじゃ。ダンスをする時は、しっかりくっついているんだぞ」と言って、手でくつの底をたたく。赤いくつはカレンの足にくっつき、カレンは永遠に踊り続けなければならなくなる。

『ジゼル』(アダン)  結婚前に恋人に裏切られ、心がはりさけて死んだ娘たちは、妖精のウィリになり、夜の墓地で一晩中踊る。通りかかった男は踊りの中に引き入れられ、疲れて死ぬまで踊らされる〔*アルブレヒト伯爵が村娘ジゼルを裏切って死なせ、夜の墓地で踊らされるが、ジゼルはアルブレヒトを恨むことなく、彼を力づけ、アルブレヒトは生きたまま朝を迎えることができる〕。

*十二人の王女が、十二人の王子と一晩中踊る→〔不眠〕2の『おどりぬいてぼろぼろになる靴』(グリム)KHM133。

『火の鳥』(ストラヴィンスキー)  悪魔コスチェイとその子分たちが火の鳥を捕らえようとすると、火の鳥が羽を一振りし、悪魔たちは一斉に踊り始める。踊りは、しだいに激しくなって止めることができない。火の鳥がもう一度羽を振ると、疲れ果てた悪魔たちは倒れ、眠りこむ。

★2.踊りの褒美。

『イソップ寓話集』(岩波文庫版)83「踊る猿と駱駝」  動物たちの集まりで猿が踊り、満座の喝采を浴びる。駱駝が妬み、自分も喝采されたいと思って、座から立って踊る。しかし下手な踊りだったので、動物たちが怒り、棍棒で殴って追い払う。

『宇治拾遺物語』巻1−3  右頬に大きなこぶのある翁が山で雨風に遭い、木の洞穴(ほらあな)に入る。夜になり、百人ほどの鬼が集まって来る。赤い体、黒い体、一つ目の者、口のない者など、皆、異様な姿をしていた。鬼たちは洞穴の前で酒宴を始めたので、翁も洞穴から出て踊る。鬼たちは翁の踊りの面白さに感心し、「次回も必ず参れ。その時まで預かっておく」と言って、翁の右頬のこぶを取る。

『小人のおつかいもの』(グリム)KHM182   飾り屋と仕立屋が、夜の山で小人たちといっしょに踊って、黄金をもらう。欲ばりの飾り屋は「もっと黄金をもらおう」と、翌晩は一人で山へ行く。しかし、飾り屋は黄金ではなく石炭をもらい、彼の背中に前からあった駱駝のような瘤が、胸にも、もう一つ新たにくっついた。

『サロメ』(ワイルド)  エロド(ヘロデ)王が、妃の連れ子である王女サロメに「踊りを見せてくれ」と望み、「踊りの褒美に、欲しいものは何でも、この国の半分でも与えよう」と約束する。サロメは七つのヴェールの踊りを見せた後に、「捕らわれの預言者ヨカナーンの首が欲しい」と言う。エロド王は驚き、翻意させようとするが、サロメはあくまでも首を要求し、エロド王はやむなくヨカナーンを斬首する。

★3a.猫の踊り。

猫の踊りの伝説  戸塚の某家で、手拭が毎晩一本ずつなくなった。主人が気をつけていると、飼い猫が手拭をくわえて逃げたので、主人は不思議に思った。近くの「踊り場」という所で、近所の猫たちが毎夜集まって踊っており、踊る時に頭にかぶる手拭を、猫は持ち出したのだった(神奈川県横浜市戸塚区)。

『半七捕物帳』(岡本綺堂)「三河万歳」  香具師の富蔵が白猫に、三味線に合わせて踊る芸を仕込む。或る日の夕方、富蔵の留守宅に入り込んだ漫才師市丸太夫が、何気なく三味線を引くと、いきなり白猫が立って踊り出したので、市丸太夫は「これは化け猫だ」と思って、三味線で撲り殺してしまった。

『吾輩は猫である』(夏目漱石)2  正月の或る日。猫の「吾輩」は、主人(苦沙弥先生)の食べ残しの雑煮を試しに食ってみる。ところが餅が噛み切れず、歯にくっついてしまう。「吾輩」は後足で立ち、左右の前足で餅を払い落とそうと、もがく。子供が「あら。猫がお雑煮を食べて踊りを踊っている」と大声を出す。主人は「このばかやろう」と、「吾輩」を叱る。

★3b.踊る猫が魔力を用いて、主人に福をもたらす。

『猫檀家』(日本の昔話)  貧乏寺の老猫が衣を着て踊る所を和尚に見られたため、「もうおられんようになりました」と言って寺を去る。村の大分限者(おおぶげんしゃ)が死ぬが、老猫が雷雨を起こし風を吹かせるので、偉い坊さんが大勢集まっても葬儀ができない。老猫の勧めで和尚が拝みに行くと、天気が良くなってりっぱに葬儀ができる。これを見た村人は皆、貧乏寺の檀家になり、寺は栄えた(広島県比婆郡)。  

★4.雀の踊り。

雀躍(高木敏雄『日本伝説集』第22)  酒を作り出したのは、雀である。昔、雀が墓のお供えの米をくわえて竹薮へ帰り、青竹の切り株の、水がたまっている中へ落としておいた。それが、いつのまにか酒になった。雀たちは群がり集まり、酒宴を始めて躍り出した。「雀百まで躍りは止まぬ」というのは、このことを云ったのである(出雲国松江)。 

★5.死体の踊り。

『狗張子』(釈了意)巻4−4「死骸、音楽を聞きて舞い躍ること」  文禄二年(1593)春。山崎の庄屋宗五郎の妻が病死した。通夜の席に音楽が聞こえ、妻の死骸が動き出して、楽の拍子に合わせて舞い踊り、外へ出て行った。半里ほど離れた野原の墓所まで夫が追い、杖で打つと死骸は倒れ、音楽も止んだ。

『らくだ』(落語)  「らくだ」とあだ名される乱暴者が河豚の毒で死んだので、長屋中が大喜びする。「らくだ」の兄弟分の男が、家主に「通夜をするから、上等の酒と肴を届けてくれ」と要求するが、断られる。兄弟分の男は、屑屋に「らくだ」の死体を背負わせて家主の家に乗り込み、死体の手足を動かして「かんかんのう」を踊らせる。家主は腰を抜かし、酒と肴を届けることを約束する。

*骸骨踊りを見せて、金をもうける→〔橋〕3の『踊る骸骨』(日本の昔話)。

★6.天人の舞い。

『私は霊界を見て来た』(スウェーデンボルグ)第2章の4  霊界の太陽は、ふだんは霊たちの胸の高さにあって、動かない。ごくまれに、太陽が中天の高い位置に現れ、その周囲を、純白の衣を着た数十人の霊が、舞うことがある。上・中・下、三階層から成る霊界の、上世界の霊たちが高い悟りに達し、「天人」の境地に到ると、それを祝って「天人の舞い」が許されるのだ。「天人の舞い」が見られるのは、おおよそ千年に一度である。 

★7.カーニバルの踊り。

『黒いオルフェ』(カミュ)  リオ・デ・ジャネイロのカーニバルの前日。市電の運転手オルフェはユリディスと出会う。オルフェには婚約者ミラがいたが、オルフェとユリディスは恋におち、一夜をともにする。カーニバル当日。オルフェはミラを相手にせず、ユリディスと踊り続ける。ミラは怒り、ユリディスにつかみかかる。ユリディスは逃げ、高圧線に触れて感電死する。オルフェはユリディスの死体を抱いて、断崖に立つ。狂乱したミラが、大きな石を投げつける。石はオルフェの額に当たり、オルフェはユリディスとともに崖下へ落ちる。

★8.踊り子との恋。

『舞姫』(森鴎外)  某省からベルリンに派遣された「余(太田豊太郎)」は、ある夕方、古寺の門によりかかって泣く十六〜七歳の美少女を見る。彼女の名はエリス。ヰクトリア座の踊り子で、家が貧しく、病死した父親の葬儀の費用もなくて、途方に暮れていたのだった。「余」はエリスに必要な金を与え、それがきっかけで二人は親しくなり、やがてエリスは「余」の子供を身ごもる。しかし「余」は将来の立身出世のため、エリスを捨てて日本に帰る〔*「豊太郎(TOYO TARO)」の名前には、「東洋の男子」という意味が込められているのかもしれない〕。

『ライムライト』(チャップリン)  バレリーナのテリー(演ずるのはクレア・ブルーム)は、関節炎で脚が動かなくなったことを悲観して、ガス自殺をはかる。老芸人カルヴェロが彼女を救い、励ましたおかげで、テリーは元気を回復し、舞台で成功を収める。テリーはカルヴェロを慕い、求婚するが、カルヴェロは年齢差を理由に断る。彼女は青年作曲家ネヴィルからの求愛も退け、ひたすらカルヴェロとの結婚を望む。しかしカルヴェロは心臓発作を起こし、テリーの踊りを舞台の脇で見守りつつ、息絶える。

*大尉とバレリーナとの恋→〔橋の上の出会い〕4aの『哀愁』(ルロイ)。

*高等学校の学生と旅芸人の踊り子との恋→〔道連れ〕2の『伊豆の踊子』(川端康成)。

 

※裸踊り→〔裸〕1の『坊っちゃん』(夏目漱石)、→〔裸〕2の『カルメン故郷に帰る』(木下恵介)など。

※蓑踊り→〔俵〕4の『キリシタン伝説百話』(谷真介)32「占い師の予言」。

 

 

【鬼】

★1.人を喰う鬼。

『出雲国風土記』大原郡阿用の郷  目一つの鬼がやって来て、山田を耕作する人の息子を喰った。息子の父母は、竹原の中に隠れていた。

★2.女を喰う鬼。

『伊勢物語』第6段  男が女を盗み出す。雷雨の夜で、男は、あばらな蔵の奥に、鬼のいる所とも知らず女をおし入れる。男が戸口にいる間に、鬼は女を一口に喰う〔*『今昔物語集』巻27−7に類話〕。

『今昔物語集』巻27−8  八月十七日の夜、武徳殿の松原を歩く三人の女のうちの一人を、男が引き止める。男は鬼で、女は喰われ、松の木陰に女の手と足がばらばらに落ちていた〔*『三代実録』によれば仁和三年(887)の出来事〕。

『日本霊異記』中−33  富家の美女万子は、多くの品を贈り求婚してきた男と結婚する。しかし男は鬼で、初夜の床で万子は喰われる→〔初夜〕1

★3.鬼と戦う。鬼を退治する。

『大鏡』「忠平伝」  貞信公忠平が南殿の御帳の後ろを通る時、何者かが太刀の石突をつかんだ。忠平が探ってみると、毛むくじゃらの手で、刀の刃(は)のような長い爪がついていた。これは鬼である、と察した忠平は、「勅命で参上する者をとらえるとは不届き」と叱咤し、片手で太刀を抜き、片手で鬼の手をつかんだ。鬼はうろたえて、丑寅の隅の方へ逃げ去った。

『太平記』巻16「日本朝敵の事」  天智天皇の代、藤原千方が金鬼・風鬼・水鬼・隠形鬼の四鬼を使って、伊賀・伊勢両国を侵した。紀朝雄が「草も木も我が大君の国なればいづくか鬼のすみかなるべき」の歌を詠むと、四鬼は非を悟って失せ、千方は朝雄に討たれた。

『田村』(能)  坂上田村丸が勅命を受けて、鈴鹿山の鬼神を退治に行く。鬼神は黒雲・鉄火を降らせ、数千騎に身を変じて襲いかかる。その時、虚空に千手観音が飛来し、千の手で千本の矢を雨あられと放って、鬼神を残らず討ち取る。

*桃を用いて鬼を追い払う→〔桃〕3aの『日本書紀』巻1・第5段一書第9。

*鏡が鬼を退治する→〔鏡〕2の『皇帝』(能)など。

*鬼と賭け事をして勝つ→〔賭け事〕1の『長谷雄草子』(御伽草子)。

★4.鬼退治の供。

『神道集』巻4−18「諏訪大明神の五月会の事」  満清将軍は光孝天皇の命令を受け、従者十二人を連れて、戸隠山の鬼王退治に出かける。途中で行き逢った二人の男が供をするが、二人は熱田大明神・諏訪大明神の化身であり、彼らの援助によって、将軍は鬼王を捕らえ、首を討つことができた。

『桃太郎』(日本の昔話)  鬼退治に出かけた桃太郎は、途中で出会った犬、雉、猿に日本一の黍団子を与えて、供とする。桃太郎たちは黍団子を食べて何千人力にも強くなっており、鬼が島の鬼たちを降参させ、多くの宝物を得て帰る(青森県三戸郡)。

★5.海の彼方の島に住む鬼たち。

『法華経』「観世音菩薩普門品」第25  百千万億の衆生が宝を求めて大海に船出し、黒風に吹かれて、羅刹鬼の国(サンスクリット語原典では「羅刹女の島」)へ漂着したとしよう。その時、衆生の中の誰か一人が、観世音菩薩の名を称(とな)えるならば、皆、羅刹鬼の難から逃れることができるだろう。

*蓬莱ケ島から、鬼がやって来る→〔うちまき〕2の『節分』(狂言)。

*桃太郎が、鬼が島へ攻め込む→〔鬼〕4の『桃太郎』(日本の昔話)。

*女護が島と思ったら、鬼が島だった→〔女護が島〕6の『今昔物語集』巻5−1など。

★6.鬼が美女に化ける。

『太平記』巻23「大森彦七が事」  大森彦七が、若い女から夜道の案内を頼まれる。露深い道ゆえ、彦七は彼女を背負う。半町ほど歩いた時、女は背丈八尺の鬼と変じて、熊のごとき手で彦七の髻をつかみ、虚空に飛び上がろうとする。彦七は鬼と取り組んで、ともに田の中に転がり落ちるが、鬼は消え失せてしまった。

*背負った女が鬼に変ずる→〔桜〕6の『桜の森の満開の下』(坂口安吾)。  

『紅葉狩』(能)  平維茂が従者とともに信濃国戸隠山へ鹿狩りに行き、紅葉狩りに来た美女たちに出会って、酒宴となる。実は美女たちは、戸隠山の鬼神の化身だった。酔って眠りこんだ維茂は、「鬼神を退治せよ」との八幡神の夢告を得て目覚め、正体を現した鬼神と闘って斬り伏せる。

*人間の皮に絵を描き、鬼がそれを身に着けて美女になる→〔のぞき見(妻を)〕1の『聊斎志異』巻1−40「画皮」。

*鬼が母に化ける→〔変化(へんげ)〕1の『羅生門』(御伽草子)。

*鬼が弟に化ける→〔変化(へんげ)〕4の『今昔物語集』巻27−13。

★7.鬼を笑わせる。

『地獄八景亡者戯(じごくばっけいもうじゃのたわむれ)(落語)  落語家が死んで、閻魔の庁へ行く。閻魔大王から、「ふだん笑うたことのない鬼どもを、笑わせてみよ」と言われ、落語家は鬼の耳もとに何事かささやく。鬼「うっふふ、うふはあ、うわっはッはッはッ」。閻魔「鬼が笑うとるぞ。こりゃ青鬼、何がおかしい」。鬼「笑わんといられん。こいつ来年の話ばっかりしよりますのや」〔*この後、四人の亡者が熱湯の釜に入れられ、針の山へ送られ、鬼に呑まれて、『閻魔の失敗』(昔話)と同様の展開になる〕。

★8.鬼が泣く。

『泣いた赤おに』(浜田広介)  赤おにが人間と仲良くしたいと思い、「おいしいお茶やお菓子がございます」と書いた立て札を家の前に立てる。しかし皆恐れて近よらない。友達の青おにがわざと村で暴れ、赤おにが青おにを殴って追い払う、という芝居をすると、人間たちは赤おにを信用し、遊びに来るようになる。青おには赤おにに、「君と僕が友達だとわかると、人間は君を疑うかもしれない」との書置きを残して、遠くへ去る。赤おには、しくしく泣く。

 

 

【鬼に化す】

★1.女が、生きながら鬼と化す。

『鉄輪(かなわ)』(能)  夫の心変わりを恨む女が、頭に鉄輪(五徳)を載せ三本の脚に火をともし、赤い丹を顔に塗り赤い着物を着て鬼と化し、夫とその愛人を襲う→〔藁人形〕2

『閑居の友』下−3  男を恨む女が、髪を五つに分け、飴を塗って角のようにし、失踪した。三十年後、「野中の堂に鬼が棲む」との噂が広がり、里人が堂を焼くと、五つの角があるものが現れて、男をとり殺したことを語り、『法華経』供養を願って火中にとび入った。

『今昔物語集』巻27−22  猟師兄弟の母が年老いて鬼と化し、息子を喰おうとする→〔片腕〕1

『徒然草』第50段  応長(1311〜1312)の頃。「鬼になった女を連れた一行が、伊勢国から上京した」との風聞があり、二十日間ほど、京・白河の人々が大騒ぎで鬼を見に出かけた。しかし実際に鬼を見た人は誰もいなかった。

★2a.僧が、死後に鬼と化す。

『古今著聞集』巻15「宿執」第23・通巻495話  「うへすぎの僧都」は仏法の教義に執心が深く、教義を秘して、弟子に教えることを惜しんだ。その罪により、僧都は死後、手のない鬼に化して苦しんだ。

『今昔物語集』巻20−7  金剛山の聖人が染殿の后に愛欲の心をおこし、現世では思いを遂げられぬので絶食して死に、鬼と化した。鬼は内裏に現れ、帝や大臣・公卿の見る前で、后と交合した。

★2b.奴が、死後に鬼と化す。

『日本霊異記』上−3  元興寺の童子(後の道場法師)が、鐘堂に毎夜あらわれる鬼と闘って(*→〔力くらべ〕1)、鬼の頭髪を引き剥いだ。鬼は逃げ、したたる血は、悪(あ)しき奴(罪を犯した奴婢)を埋めた辻まで続いていた。それで、鬼というのは、その悪しき奴の霊鬼であるとわかった。

★3.鬼の面をかぶって人を脅す。

『伯母が酒』(狂言)  酒屋を営む伯母の家を甥が訪れ、酒をただ飲みしようとするが、飲ませてもらえない。甥は鬼の面をつけて夕刻に行き、伯母を脅して酒蔵に入り、思う存分に飲む。しかし面をはずして眠りこんだため、伯母に正体を知られ、追い出される。

『清水』(狂言)  茶の湯の会のため、太郎冠者が野中の清水に水を汲みに行かされる。太郎冠者はいやがり、「清水に鬼が出た」と言って戻って来る。主が確かめに行くので、太郎冠者は鬼の面をつけて主を脅す。主は、鬼の声と太郎冠者の声の類似に気づき、面をはがして正体をあばく。

*鬼の面が顔から離れない→〔面〕1の『磯崎』(御伽草子)など。

 

 

【斧】

★1.斧を水中へ落とす。

『万葉集』巻16 3900歌  愚かな人が斧を海底に落とした。「鉄は沈んで、水には浮かばない」という道理を、彼は悟らなかった。そこである人が、「はしたての 熊来(くまき。能登湾西岸)のやら(海底)に 新羅(しらき)斧 落とし入れ わし(囃し言葉) かけてかけて な泣かしそね 浮き出づるやと見む わし」という歌を作り、口ずさんで教えてやった。

★2.水中へ落とした斧を探して、死者と出会う。

『遠野物語』(柳田国男)54  川井村の長者の奉公人が、淵の上の山で樹を伐る時に、斧を水中へ落とした。彼は斧を探して淵へ入り、水底に到る。岩陰に家があって、二〜三年前に死んだ長者の娘が機(はた)を織っていた。娘は「私がここにいることを他言するな。その礼に、お前の身上(しんしょう)を良くしてやろう」と言い、斧を返してくれた。娘の言葉どおり、奉公人は裕福になったが、後に、娘に会ったことを人に話したため、また貧しくなった。 

★3.水中へ落とした斧を、神様が拾ってくれる。

『イソップ寓話集』(岩波文庫版)173「木樵とヘルメス」  木こりが川の側で木を伐る時に、斧を落としてしまった。木こりが嘆いているところへ、ヘルメス神がやって来る。ヘルメス神は木こりを憐れみ、自ら川へもぐって、一度目に金の斧を、二度目に銀の斧を、三度目に木こりの落とした鉄の斧を持って、上がって来た→〔三度目〕1

★4.水中へ斧を落として、大蟹を退治する。

『蟹淵と安長姫』(日本の昔話)  年老いた木こりが、安長川の滝壺の淵に斧を落とした。美女が現れて木こりに斧を返し、「私は淵に住む安長姫だ。長年、大蟹に苦しめられていたが、そなたの落としてくれた斧が、蟹の片腕を切り落とした。もう一度、斧を落として、蟹の残りの腕も切り落としておくれ」と請う。頼みを聞いて木こりが斧を淵に落とすと、安長姫は喜び、「富貴長命、そなたの願うまま」と言った。幾日か後、大爪を両方とも失った大蟹の死骸が、海へ流れ出た(隠岐周吉郡)。

★5.水中へ落とした斧が浮かび上がる。

『列王紀』下・第6章  預言者の仲間たちが、住居の梁にする木を伐りにヨルダンまで出かけ、神の人エリシャも一緒に行った。一人が鉄の斧を水の中へ落とし、「あれは借り物なのです」と叫んだ。エリシャは枝を切り取って、斧が落ちた場所へ投げた。すると、鉄の斧が浮き上がった。 

★6.斧男。

斧を持った男(日本の現代伝説『走るお婆さん』)  一人暮らしの女性が夜中アパートに帰って着替えの最中、ふと思いついたように友人に電話をかける。「今から私の部屋で一緒に飲もう。飲み物は私がコンビニで買うから、○○の前で待ってて」。女性は部屋を出て、すぐ警察へ行った。着替えの時、斧を持った男がベッドの下に隠れているのが、鏡に映って見えたのだった。

★7.銀世界に落ちた銀の手斧。

『ほらふき男爵の冒険』(ビュルガー)「ミュンヒハウゼン男爵自身の話」  「ワガハイ(ミュンヒハウゼン男爵)」の投げた銀の手斧が、月まで飛んで行ったので(*→〔月旅行〕3)、「ワガハイ」は取りに行く。手斧が落ちている場所をつきとめるのは、結構骨の折れる仕事だった。何しろ月世界では、すべての物が一様に銀のごとく輝いているのだから。

*金色光に隠された金の簪(かんざし)→〔隠蔽〕3の『今昔物語集』巻4−7。

 

※斧で木を切る→〔切れぬ木〕1の『積恋雪関扉(つもるこいゆきのせきのと)』、→〔切れぬ木〕2の『捜神記』巻18−3(通巻415話)など、→〔切れぬ木〕3の『三国志演義』第78回(曹操と梨の木)など。

※真っ赤に焼いた斧を掌に置く→〔盟神探湯(くかたち)〕1の『日本書紀』巻13允恭天皇4年9月。

※斧の柯(え)が爛(くさ)る。爛柯の故事→〔碁〕1の『述異記』(任ム)巻上。

 

 

【伯母(叔母)】

★1.叔母と甥が結婚する。

『古事記』上巻  ウガヤフキアヘズは、天つ神の子孫ホヲリ(山幸彦)と海神の娘トヨタマビメとの間に生まれた。トヨタマビメは正体を見られたために(*→〔のぞき見(妻を)〕2)海へ帰り、代わりに妹タマヨリビメが海の世界からやって来て、ウガヤフキアヘズを養育した。ウガヤフキアヘズは成長後、叔母にあたるタマヨリビメと結婚する。ウガヤフキアヘズと叔母タマヨリビメの間には四人の皇子が生まれ、その末子が神武天皇である〔*『日本書紀』巻2・第10〜11段に類話〕。

*後代の『神道集』巻2−6「熊野権現の事」は、「ウガヤフキアヘズは八十三万六千四百十二年、世を治めた」と記す。『和漢三才図会』巻第19・神祭付仏供器「釈迦如来」によれば、ウガヤフキアヘズの八十三万五千六百七十六年に釈迦が誕生した〔*周の昭王二十六年に当たる〕。ウガヤフキアヘズの八十三万五千七百五十四年〔*神武天皇元年(B.C.660)の二百八十九年前〕に、釈迦は七十九歳で入滅した〔*周の穆王五十三年に当たる〕。

『源氏物語』「賢木」  朱雀帝の母は弘徽殿大后である。弘徽殿大后は自分の妹・六の君(朧月夜)を尚侍として、朱雀帝に入内させる。朱雀帝は、母の妹すなわち叔母にあたる朧月夜を、寵愛する〔*しかし朧月夜は光源氏とも関係を持ち、光源氏失脚の一因を作る〕→〔雷〕2

★2.(血のつながらぬ)叔母と甥が関係を持つ。

『源氏物語』「葵」「賢木」  光源氏は、故前坊(皇太子)の未亡人、七歳年上の六条御息所を愛人とする〔*二人の間に子供は生まれない〕。前坊は、桐壺帝の同母弟であり、桐壺帝の次男光源氏から見れば叔父にあたる。その妻だった六条御息所と光源氏とは、(直接の血のつながりはないが)叔母・甥の関係である。

★3.叔母への慕情。

『マルテの手記』(リルケ)  パリに住む「ぼく(マルテ)」は、デンマークの貴族の末裔で、二十八歳の貧しく孤独な詩人である。「ぼく」の母は、「ぼく」が幼い頃に病死した。母の末の妹、「ぼく」にとっては叔母にあたる独身のアベローネが、母の娘時代の話を聞かせてくれ、それをきっかけに「ぼく」とアベローネのつながりができた。「ぼく」は彼女に、多くの手紙を書き送った。今思えば、それはラブレターだった。しかしアベローネは、「ぼく」の思いを受け入れることはなかった。

★4.おば(伯母・叔母)の身代わりの姪。

『源氏物語』  光源氏は継母にあたる藤壺女御を恋い慕い、秘密の子(後の冷泉帝)をもうける。しかしその後、藤壺女御は光源氏の求愛を厳しく退けた。光源氏は藤壺女御の面影を求め、藤壺女御の兄の娘、すなわち藤壺女御の姪にあたる紫の上と結婚するが、子供は授からなかった。後に光源氏は、藤壺女御の妹の娘で、やはり藤壺女御の姪にあたる、女三の宮を妻として迎える。ところが女三の宮は光源氏との間ではなく、柏木との間に子供(薫)をもうけた。しかも光源氏は、それを自分の子として育てねばならなかった。

★5a.甥がおば(伯母・叔母)を捨てる。

『大和物語』第156段  信濃の国更級の男が妻に責められて、若い時から親同然に一緒に暮らしていたおばを、背負って山へ捨てに行く。しかし家へ帰った男は、山に照る月を見て後悔し、「我が心なぐさめかねつさらしなやおば捨て山に照る月を見て」と詠歌する。男は再び山に登り、おばを連れ帰る。

*八月十五夜に、姨母(おば)を山奥へ捨てる→〔八月十五夜〕5の『今昔物語集』巻30−9。

★5b.姪がおば(伯母・叔母)を捨てる。

『俊頼髄脳』(源俊頼)  昔、ある女が姪を養女として、長年育てた。ところが、おばがしだいに年老いて来ると、姪はおばの世話を厄介に思うようになった。八月十五日の夜、姪はおばをだまして山に登らせ、頂上に置き去りにしたまま、家へ逃げ帰った。以来、その山を「おば捨て山」と呼ぶようになった。

★6.叔母が母親である。

『グレゴーリウス』(ハルトマン)第1章  双子の兄妹の間に生まれた男児(グレゴーリウス)は、その素性を記した象牙の板とともに、小舟に乗せて海へ捨てられた。板には、次のように書かれていた。「この幼な児の母はこの子の叔母にして、父もまた伯父にあたり候」。グレゴーリウスにとって、母は父の妹だから叔母、父は母の兄だから伯父なのである。

 

 

【親孝行】

★1.老父・老母に孝行を尽くす。

『今昔物語集』巻19−26  右近の馬場の騎射で舎人下野公助が、三つの的をすべて射外した。老父敦行が怒り、何度も公助を殴打する。公助は逃げずにおとなしく打たれる。後にその理由を人に聞かれて、公助は「父は八十余歳なので、逃げる私を追って倒れでもしたら大変だから」と答えた。

『サザエさん』(長谷川町子)朝日文庫版第40巻101ページ  中年男が「庭の紫陽花(あじさい)が盛りですよ」と言って老母を背負い、庭に出る。これを見た近所の主婦たちが、「心理的に乳離れできてないのね」「マザーコンプレックスなのよ」と噂する。中年男は「昔は親孝行と言ったもんだ」と怒る。

『二十四孝』(御伽草子)  孟宗は老母のために雪中の竹林に筍を求めた。天に祈ると、大地が裂けて筍が多く生え出た(「孟宗」)。七十歳の老莱子は、両親が老いを意識して悲しまぬよう、若々しい衣を着て舞い戯れ、ことさらに子供じみた振る舞いをした(「老莱子」)。姜詩夫妻は母のために、六〜七里離れた江の水を汲み、魚の膾を調理した。天が感じて、家の傍に水が湧き、鯉が得られるようになった(「姜詩」)。九歳で母を失った黄香は以後父によく仕え、夏は父の枕や敷物をあおいで涼しくし、冬は自分の身体で父の夜具を温めた(「黄香」)。蔡順は桑の実を拾いに行き、熟したものと熟さぬものとを分けた。熟したものは母に与え、熟さぬものは自分で食べるためだった(「蔡順」)。八歳の呉猛は、夏の夜は裸で寝て自分の身を蚊に食わせ、親の方へ蚊が行かぬようにした(「呉猛」)。黄山谷は妻も使用人もいるのに、自分で母の大小便の器を扱い、汚れていれば手づから洗った(「山谷」)。

*老父に酒を飲ませる→〔酒と水〕1の強清水(こわしみず)の伝説・『十訓抄』第6−18。

*老母に魚を食べさせる→〔禁制〕1の『十訓抄』第6−19。

★2.親の罪を訴える孝行息子。親の罪を隠す孝行息子。

『鶏猫』(狂言)  大名の飼い猫が行方不明になり、「猫の行方を知らせた者に、望みどおりの恩賞」との高札が立つ。少年が来て、「我が父藤三郎が猫を殺した」と訴える。鶏を猫に取られたため、藤三郎は猫を殺したのだった。大名が藤三郎を捕らえて斬ろうとすると、少年は「訴え出た勲功に、父の命を助けよ」と請う。大名は、少年の孝心に免じて藤三郎を許す。

『論語』巻7「子路」第13  葉公(しょうこう)が言った。「私の村に正直者がいる。父親が羊を盗んだ時、正直者の息子がそれを知らせた」。孔子が言った。「私の村の正直者はそれとは異なる。父は子のために隠し、子は父のために隠す。正直さは、そこに自然に備わるのだ」。

★3.罪を得た親を、子供が命を捨てても救おうとする。

『最後の一句』(森鴎外)  船乗業・桂屋太郎兵衛が捕らわれ、斬首の刑に決まる。十六歳の娘いちが、弟妹を連れて奉行所へ乗り込み、「自分たちの命と引き替えに、父を助けてほしい」との嘆願書を差し出す。奉行が「お前たちは父親と対面せぬまま殺されるぞ。それでもよいか?」と問うと、いちは「はい。お上のことに間違いはございますまいから」と答える〔*奉行所が協議している間に、大嘗会による特赦があり、桂屋太郎兵衛は助命される〕。

★4.究極の親孝行。

『好色敗毒散』巻1−1「長崎船」  五十三歳の角左衛門は、色里の十九歳の大夫に入れあげ、大金を積んで身請けする。ところがその祝いの酒宴で、二人が父と娘の関係だったことがわかる(*→〔父娘婚〕1)。大夫は、「知らぬこととはいいながら、実の父を抱いて寝ていたのが情けない」と嘆く。すると口達者な姉女郎が、「お父様をよろこばせたのだから、二十四孝もできなかった親孝行ですよ」と言って、その場をおさめた。 

★5.五人の息子に孝行を期待する。

『史記』「陸賈列伝」第37  漢の高祖(劉邦)に仕えた陸賈は、高祖没後に引退し、財産を五人の息子に平等に分け与えた。彼は四頭立ての馬車に乗り、侍者十人を従え、宝剣を帯びて、息子たちに告げた。「お前らの家に行ったら、私と侍者たちに酒食を出しなさい。存分に暮らして十日たったら、次の子の所へ行こう。お前らの誰かの家で私が死んだら、その子が宝剣・車騎・侍者を自分のものにしてよい」〔*後、陸賈は政務に復帰し、天寿を全うして死んだ〕。 

*『史記』の陸賈の物語は、子供たちの家を順番にまわるといっても、→〔親捨て〕2aの『リア王』(シェイクスピア)とはずいぶん異なる。 

★6.亡友の孝心。

『父』(芥川龍之介)  「自分」の中学校時代の級友・能勢五十雄は、卒業後まもなく肺結核で死んだ。その追悼式を中学の図書室であげた時、悼辞を読んだのは「自分」である。「自分」は悼辞の中に「君、父母に孝に」という句を入れた〔*能勢は親不孝に見える言動をしたことがあった(*→〔父子関係〕4)。しかし「自分」は、その中に屈折した孝心を認めたのである〕。 

★7.継母に孝行を尽くす息子。

『捜神記』巻11−16(通巻278話)  継母が真冬に「魚が食べたい」と言うので、王祥は着物を脱ぎ、川の氷を割って魚を探そうとした。すると突然氷が溶け、鯉二匹が飛び出したので、それを持って帰った。

『捜神記』巻11−17(通巻279話)  継母が真冬に鮮魚を要求し、王延を杖で打つ。王延は汾水まで探しに行き、氷を叩いて泣くと、長さ五尺の魚が一匹飛び出す。継母がそれを食べると何日たっても食べきれぬほどあり、以来継母は心を入れ替えて、王延を愛するようになる。

『捜神記』巻11−18(通巻280話)  継母の病気を治すのに鯉が必要だというので、楚僚は十二月に川の氷の上に寝る。すると不思議な子供の助けで氷が溶け、鯉二匹が飛び出す。それを食べた継母は、病気が治り百三十三歳まで生きた。

 

 

【親捨て】

★1a.老親を山へ捨てる。

『姨捨』(能)  旅人が中秋の名月を眺めようと信濃の姨捨山へ来る。里の女が旅人に話しかけ、「自分は昔この山に捨てられた者だ」と告げて、姿を消す。夜になり、満月の光が澄み渡ると、白衣の老女が現れて舞う。

『楢山節考』(深沢七郎)  信州の貧しい山村には、七十歳まで生きた老人を楢山へ捨てる掟があり、それを「楢山まいり」といった。来年の正月で七十歳になるおりんは、「早く楢山へ行きたい」と思っていた。十二月の末、おりんは「明日、楢山まいりに行く」と息子の辰平に告げ、背負われて山へ入る。おりんの予言どおり、彼女の山入りの日には雪が降った。山の頂上で念仏を唱えるおりんの身体に、雪が降り積もった。

『列子』「湯問」第5  南方の越の東の某国では、祖父が死ぬと、子供が祖母を背負って山などへ捨ててしまう。鬼妻(死者の妻)とはいっしょに住めないからだという。

*捨てられる老母が、木の枝を折って道しるべを作る→〔道しるべ〕3の『うばすて山』(日本の昔話)など。

*老人が自ら深山に入って死を待つ→〔山と死〕2の『源氏物語』「若菜」上。

★1b.老親を野へ追い遣る。

『遠野物語』(柳田国男)111  遠野郷の処々に、蓮台野という地名の所がある。昔は、六十歳以上の老人をすべて蓮台野へ追い遣る習わしがあった。老人たちはそのまま死んでしまうわけにもいかず、日中は里へ降り農作をして食物を得ていた。

『蕨野行』(村田喜代子)  押伏村では、六十歳の春を迎えた老人たちは、半里ほど離れた蕨野へ移り住む。日中は里へ降りて農作業を手伝い、わずかな食を得る。しかし一年もたたぬううちに、ほとんどが病み衰えて死んでしまう。今年は九人の男女が蕨野入りした。そのうちの一人・レンは、雪の日、死んで身体から抜け出し、里への道を下って行った。家の若嫁・ヌイの腹へ入り、女児として転生するために。

★1c.老親を老人ホームへ入れる。

『いじわるばあさん』(長谷川町子)朝日文庫版第4巻33ページ  息子夫婦が「おかあさん、たまにゃ一緒にのみましょう」と、いじわるばあさんを誘う。いじわるばあさんは気持ち良く酔って歌い踊る。眠りこんだいじわるばあさんは、行李に入れられ、老人ホームの門前に捨てられる。

★2a.老親が子供たちに冷たくされ、自ら家を出る。

『リア王』(シェイクスピア)  退位した老リア王は、長女ゴネリル夫妻の館と次女リーガン夫妻の館に、交互に一ヵ月ずつ滞在して余生を送ろうと考える。しかし二週間もたたぬうちに、ゴネリルは「供の騎士百人は多すぎるから五十人にせよ」と要求する。リア王は怒ってリーガンの館へ行くが、リーガンは「騎士など二十五人で充分」と言う。リア王は二人の娘の忘恩を嘆き、道化一人だけを供として、嵐の荒野へさまよい出て行く。

*『リア王』のごとく、父親が子供たちに頼る物語としては、→〔親孝行〕5の『史記』「陸賈列伝」第37のようなものもある。

★2b.『リア王』の日本版。

『乱』(黒澤明)  戦国武将・一文字秀虎(演ずるのは仲代達矢)は引退して、長男太郎夫婦の住む一の城に身を寄せる。ところが太郎夫婦は、秀虎の郎党たちの振る舞いを無礼であると非難し、家督すべてを譲るよう、秀虎に迫る。秀虎は怒り、次男次郎の住む二の城へ行くが、そこでも冷たくあしらわれたため、主のいない三の城へ向かう。しかし太郎、次郎の兵に攻められて、郎党たちは討ち死にし、三の城は焼け落ちる。秀虎は従者・狂阿彌とともに野をさすらう。

★2c.『リア王』の二十世紀庶民版。

『東京物語』(小津安二郎)  昭和二十八年(1953)頃。尾道に住む老夫婦、周吉(演ずるのは笠智衆)・とみ(東山千栄子)が、東京見物をかねて子供たちの家へやって来る。長男夫婦も長女夫婦もはじめは歓迎していたが、十日もたたぬうちに、二人を持て余すようになる。そんな中で、戦死した次男の嫁・紀子(原節子)が、心をこめて二人の世話をする。二人は子供たちに礼を述べ、尾道へ帰るが、その直後に、とみは急死する。葬儀を終えた周吉は、「一人になると一日が長い」と言う。

*二十世紀のアメリカ。七十二歳のハリーは、住んでいたアパートを追われ、長男を訪れて、「リアのことを考えていた」と言う→〔猫〕8の『ハリーとトント』(マザースキー)。

★3.棄老国で孝行息子が老親をかくまう。

『今昔物語集』巻5−32  昔、天竺に、七十歳以上の老人を他国へ流し遣る定めの国があった。親孝行な大臣がいて、家の隅に土の室を掘り、七十歳を越えた老母を隠して世話をした。何年か経て、隣国から三つの難題をつきつけられた時、この老母の知恵によって難題が解決できた(*→〔象〕8)。国王は、老人を尊ぶべきことを悟り、他国へ追いやった老人たちを召し返した。また、それまでの「老ヲ捨ツト云フ国(棄老国)ノ名」を改めて、「老ヲ養フ国」とした。

『枕草子』「蟻通し明神」の段  昔、帝が若い人ばかりを寵愛し、四十歳以上の人を殺した。四十歳をこえた人たちは皆、遠い他国へ逃れ、都のうちに老人はいなくなった。一人の中将がいて、その父母は七十歳近かった。中将は老親を他国へ追いやるにしのびず、一日に一度は顔を見たいと思って、家の中にひそかに土を掘り、両親を隠す。朝廷には、「父母は行方知れずになった」と届け出た→〔知恵比べ〕1

★4.近未来の棄老国。

『定年退食』(藤子・F・不二雄)  食糧事情の悪化により日本は、国民の生活と生命を守ることが困難になった。七十三歳以上の高齢者については、年金・食糧・医療その他、一切の国家による保障を打ち切る、と政府が発表する。老人二人が公園のベンチに座っていると、孫がガールフレンドと一緒にやって来て、「席を譲ってくれ」と言う。老人二人は「わしらの席は、もうどこにもないのさ」と言って、公園から出て行く。

★5.親を売る。

『淮南子』「説山訓」第16  楚の都に、自分の母親を売りに出した者がいた。彼は、「母親は年老いています。大切に養って、苦しめないで下さい」と、買う人に頼んでいた。これは、大きな不義を行なっていながら、小さな義をしようというものだ。

『親売り』(落語)  明治の頃。養育院で育った男女が夫婦になり、つつましく暮らしていた。二人は親を知らない。ある時、新聞に「親を百円で売る」との広告が出る。夫婦は「引き取って孝行したい」と思うが、百円は大金ゆえ用意できない。実は広告を出したのは、地位も名誉もある金持ちの老人であった。老人には実子がないので、この夫婦を見込んで養子にした。

★6.親不孝の三兄弟。

三つ星の話(中国の民話)  母親が三つ子の男児(星太・星二・星三)を産み、彼らは成長後、「三星兄弟」と呼ばれた。三星兄弟は親不孝で、母親は誰にも看取られずに病死した。母親の死後、三星兄弟は反省して、「天国で母さんに孝行しよう」と、山で身を投げて死ぬ。しかし西天聖母は三星兄弟を天国へ入れず、親不孝の報いを人々に示すべく、彼らを冬の夜空の星にした。これがオリオン座の三つ星だ。昔から三つ星を「寒星」と呼ぶのは、見る人をぞっとさせるからなのだ。

 

※甥がおばを捨てる→〔伯母(叔母)〕5aの『大和物語』第156段。

※姪がおばを捨てる→〔伯母(叔母)〕5bの『俊頼髄脳』(源俊頼)。

※老親が息子に捨てられ、息子は孫に捨てられる→〔順送り〕1の 親捨ての伝説など。

※女手一つで苦労して育てた子供二人が、成人後、母親の世話をせずに去って行く→〔未亡人〕9の『日本の悲劇』(木下恵介)。

 

 

【泳ぎ】

★1.風呂で泳ぐ人。

『坊っちゃん』(夏目漱石)  四国の中学校の教師になった「おれ(坊っちゃん)」は、住田の温泉(モデルは道後温泉)へ毎日出かける。十五畳敷きぐらいの広い湯壺を泳ぎ回って、「おれ」は喜んでいた。ある日、「湯の中で泳ぐべからず」という札が貼ってあったので、それから「おれ」は泳ぐのを断念した。学校へ行くと、教室の黒板に「湯の中で泳ぐべからず」と書いてある。生徒全体が、「おれ」一人を探偵しているみたいだ。

★2.プールで泳ぐ老人。

『コクーン』(ハワード)  空き家となった大邸宅の屋内プールで、三人の老人が泳ぐ。プールの底には、巨大な繭(まゆ)のようなものが、いくつもあった(*→〔宇宙人〕4)。三人は、泳いでいるうちに活力がよみがえり、心身ともに少し若返ったようだった。プールの水には、繭に供給するための生命エネルギーが満ちており、それが老人たちの身体に作用したのだ。

★3.いくつものプールを泳いで家へ帰る。

『泳ぐひと』(ペリー)  中年男ネッド(演ずるのはバート・ランカスター)は、高級住宅地に住む友人・知人たちの庭のプールを順々に泳いで、家まで帰ろうと考える。愛想良く彼を迎える家もあり、冷たくあしらう家もある。友人・知人たちとネッドの会話は、かみ合わない。ネッドは、大邸宅で家族と幸福に暮らす紳士のはずである。しかし友人・知人たちはネッドを、破産して家庭も崩壊した男のように扱う。ネッドは方々でトラブルを起こしつつ、家へ帰り着く。そこは無人の廃墟だった。 

★4.泳ぎの名手。

『平家物語』巻11「能登殿最期」  壇の浦の合戦で平家は敗北し、武将や女官たちが次々に入水する。総大将の平宗盛と息子清宗も海に入るが、重い鎧を着ておらず、また、二人とも泳ぎの名手だったので、なかなか沈まない。二人は「相手が沈んだら自分も沈もう。相手が助かるなら自分も助かろう」と考え、互いに目を見交わして泳いでいるところを、源氏の軍の熊手に引っかかって、船上に引き上げられてしまった。

*平宗盛は、平清盛夫婦の子供ではなかった→〔取り替え子〕1aの『源平盛衰記』巻43「宗盛取替子の事」。

★5a.泳ぐ人の足を引っぱる。

『現代民話考』(松谷みよ子)5「死の知らせほか」第2章の10  私の友達(男)が、下田の海かなんかで泳いでいた。何かおかしいなと思って、ひょっと見たら、防空頭巾をかぶった女の子が、彼の足を引っぱっていた(静岡県下田市)。

*空襲で死んだ人々の亡霊が、泳ぐ女生徒たちの足を引っぱって海に沈める→〔空襲〕7の『異界からのサイン』(松谷みよ子)9「防空頭巾の亡霊」。

*自転車を後ろから引っぱる→〔自転車〕5の『現代民話考』(松谷みよ子)3「偽汽車ほか」第3章の1。

★5b.泳ぐ人の肛門から内臓を抜き取る。

『現代民話考』(松谷みよ子)1「河童・天狗・神かくし」第1章の4  明治の頃の話。家の前に大きな池があったが、そこで泳ぐのはたいへん危険だった。たびたび水死体があがり、皆、肛門が大きく全開していた。池に棲む河童が、泳ぐ人の肛門から手をつっこんで、内臓を抜き取ってしまうのである(長崎県諫早市。*「尻子玉を抜く」「尻を抜く」などともいう)。 

★6a.水がなければ泳げない。

『奇妙な乗客』(ノーマン)  列車の食堂車に乗り合わせた男が語った。「私は金持ちで、自邸には広く深いプールがある。妻マリリンと不倫相手チャールズは、ともに水泳選手で、深夜、明かりを消した真っ暗なプールで彼らはよく泳いでいた。高飛び込みの板から飛び込む水音が、聞こえることもあった。ある夜、私は、プールの水を全部抜いておいた。彼らは知らずに飛び込んだ」。 

*列車に乗り合わせた男が、妻殺しを告白するという点で、→〔乗客〕1の『クロイツェル・ソナタ』(トルストイ)と同様の設定。

★6b.水があっても、すぐその下が岩場であれば、飛び込んではいけない。

『赤い部屋』(江戸川乱歩)  「私」は断崖からの飛び込み泳ぎに、親友を誘った。水面から一間(いっけん)くらいの所に大きな岩があることを、「私」は前もって調べておいた。水泳の得意な「私」は、高所から飛び込んでも、水中に僅か二〜三尺もぐるだけで、水面に浮かび上がることができた。何も知らぬ親友は、「私」に続いて勢いよく飛び込み、頭を岩にぶつけて死んでしまった〔*「私」は退屈しのぎのため、法律に触れぬ殺人法をいくつも考案し、何の恨みもない大勢の人間を殺した→〔あまのじゃく〕5〕。

★7.水泳と医術。

『泳ぎの医者』(落語)  藪医者の養仙が薬を間違え、患者を死なせてしまった。患者の家族が怒って養仙を川へたたきこみ、泳ぎを知らない養仙は、あやうく死にそうになる。ようやく家へ帰ると、息子が医書を読んで勉強していた。養仙は言う。「医者になるなら、医書よりも、泳ぎを先に習え」。

 

※海を泳いで恋人の所へ行く→〔百夜(ももよ)通い〕5の海を通う女の伝説。

※泳げないのに、水に飛び込む→〔二者択一〕9の『夜行巡査』(泉鏡花)。

 

 

【恩返し】

★1.人間に救われた動物が後に恩返しする。

『ギリシア奇談集』(アイリアノス)巻13−46  少年が小蛇を買い、丹精こめて育て、ともに遊び一緒に寝たりもした。やがて巨大な大蛇に成長したので、町の人がそれを荒野に放した。少年は成長後、ある時山賊に教われたが、大蛇が現れて山賊たちを殺し、追い散らして、彼を救った。

『今昔物語集』巻16−15  男が、捕らわれた小蛇を買い取って池に放す。小蛇は十二〜三歳の美女に変じて礼を述べ、男を池へ導き龍宮へ連れて行く。六十歳ほどの父龍王が男をもてなし、厚さ三寸ばかりの金の餅を半分に割って土産に与える→〔無尽蔵〕1

『西遊記』百回本第9回  江州長官として赴任途中の陳光蕋(ちんこうずい)が、病母に食べさせるため金色の鯉を買う。しかし鯉がまばたきをするので、「ただものではない」と思い洪江に放生する。その後、陳光蕋は悪人に殺されて水中に投げ込まれるが、金色の鯉は実は龍宮の王であり、かつて救われた恩返しに、陳光蕋を蘇生させる〔*陳光蕋の息子が玄奘三蔵である〕。

『十訓抄』第1−6  戦に敗れ岩屋に隠れた余五太夫が、蜘蛛の巣にかかった蜂を助けた。その返礼に二〜三百の蜂が余五太夫に味方して、敵軍の兵にとりついて刺し苦しめた。

『捜神記』巻20−1(通巻449話)  背中にできもののある龍が老人に姿を変え、隠者孫登に治療を請い、治ったら礼をすると言う。孫登が治療してやると、折からの日照りに大雨が降り、大石が割れて、水をいっぱいにたたえた井戸が現れた。

『日本霊異記』中−12  八匹の蟹を焼き食おうとしていた童に女が着物を与え、蟹を買い取って放生する。蛙を呑もうとする蛇には、汝の妻になろうと約束して蛙を解放させる。七日後、蛇がやって来るが、八匹の蟹が蛇を殺し女に恩返しする〔*・中−8に類話〕。

『日本霊異記』中−16  讃岐の富者綾君の召使いが、釣人から牡蠣十個を米五斗で買い取って、放生する。後、召使いは松から落ちて死ぬが、冥界で法師五人・優婆塞五人(牡蠣十個の化身)に救われ、蘇生した〔*『今昔物語集』巻20−17に類話〕。

*蟻の恩返し→〔蟻〕2の『イソップ寓話集』(岩波文庫版)235「蟻と鳩」など。

*狼の恩返し→〔狼〕6aの『聊斎志異』巻12−459「毛大福」。

*亀の恩返し→〔亀〕1の『浦島太郎』(御伽草子)。

*狸の恩返し→〔狸〕7の『狸賽』(落語)。

*鶴の恩返し→〔鶴女房〕1の『鶴女房』(日本の昔話)など。

*猫の恩返し→〔身売り〕5の佐渡おけさの伝説。

*鼠の恩返し→〔鼠〕2の『イソップ寓話集』(岩波文庫版)150「ライオンと鼠の恩返し」など。

*鷲の恩返し→〔鷲〕4の『イソップ寓話集』(岩波文庫版)296「農夫と助けられた鷲」など。

*死者の恩返し→〔死体〕5aの『今昔物語集』巻10−14など。

*髑髏の恩返し→〔髑髏〕2bの『太平広記』巻276所引『述異記』など。

★2.命の恩人への償い。

『愛と誠』(梶原一騎/ながやす巧)  太賀(たいが)誠は、幼い日の早乙女愛の命を救ってくれた恩人だった。しかし、その折に誠は額に深い傷を負い、それが彼の運命を大きく狂わせた(*→〔破傷風〕3)。八年後に愛が誠と再会した時、誠は名うての不良番長になっていた。愛は一生をかけて、誠に償いをしようと決心する。愛は、政財界に顔がきく父親に頼み込んで、誠の少年刑務所送りを阻止し、自らが通う名門青葉台学園の高等部に誠を迎え入れる→〔転校生〕3

*恩返しを期待する養父→〔父と息子〕9の『道草』(夏目漱石)。

 

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