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【絵】

 *関連項目→〔肖像画〕

★1.本物そっくりの絵。

『イソップ寓話集』(岩波文庫版)201「喉の渇いた鳩」  喉の渇いた鳩が、画板に描かれた水甕を本物だと思い、飛んで行ってぶつかった。鳩は翼を折り、地面に落ちて、人間につかまった。

『古今著聞集』巻11「画図」第16・通巻391話  絵師成光が、閑院の障子に鶏の絵を描いた。生きた鶏がこれを見て本物と思い、蹴った(*成光は、『雨月物語』巻之2「夢応の鯉魚」の興義の弟子である→〔絵から抜け出る〕1)。

雪舟の伝説  雪舟は少年時、絵ばかり描いていたので、師僧が怒って寺の本堂の柱に縛りつけた。夕方、師僧が縄を解こうとすると足もとに鼠がおり、追っても逃げない。それは雪舟が足指を使い、自分の涙で板の間に描いた絵だった。

*蔦の葉の絵→〔身代わり(病者の)〕2の『最後の一葉』(O・ヘンリー)。

*腐乱死体の絵→〔わざくらべ〕1aの『今昔物語集』巻24−5。

★2.気まぐれに描いた絵にそっくりの人物。

『炎天』(ハーヴィー)  八月の炎暑のある日。一人の画家に気まぐれな画想が浮かぶ。画家は、裁判で判決を受けた被告の姿を、鉛筆で描いてみる。よく描けたので満足して外出すると、絵にそっくりの男に出会う。その男は石屋だった。画家は、知らずして石屋の未来の姿を描いていた→〔墓〕7

★3.迫真の絵姿。

『青銅の基督』(長与善郎)  切支丹禁制時代の長崎。南蛮鋳物師・萩原裕佐は、役人から「紙の踏み絵ではすぐボロボロになるから、鋳物の踏み絵を作ってほしい」と依頼される。裕佐は、かつて切支丹のモニカに思いを寄せたことがあり、信者たちに好意を持っていた。彼はためらいつつも、青銅のピエタを作る。それは神々しいまでに見事な出来栄えだったので、役人たちは「裕佐も切支丹であろう」と考え、彼を殺してしまった。

★4.威力ある絵姿。

『夢を食うもの』(小泉八雲『骨董』)  昔、日本の家には獏の絵をかけておく習慣があった。獏の絵は本物の獏と同じように、悪鬼を追い払う力があるのだ。

*猫の絵を恐れた鼠→〔猫と鼠〕2の『狗張子』(釈了意)巻7−5「鼠の妖怪、附・物その天を畏るること」。

★5.ある時には名画と見えたものが、別の時に見ると印象が異なる。ある人が名画と見るものを、他の人は無価値なものと見る。 

『秋山図』(芥川龍之介)  明末清初の画家・煙客翁は、かつて一度だけ、黄公望の名画「秋山図」を見て、その神品であることに驚嘆した。五十年後、煙客翁は貴族の邸宅で再び「秋山図」を見る機会を得た。しかしそれはどう見ても別の絵としか思われず、煙客翁は落胆した。五十年前の「秋山図」は幻だったのか、万事は夢だったのか、と煙客翁は自問した。

『知られざる傑作』(バルザック)  天才老画家フレンホーフェルは、美しい娼婦の画像の制作に十年間心血をそそぐ。彼はその絵に愛着し、誰にも見せない。しかし、狂った彼の眼にすばらしい絵姿と見えるものは、他の人間から見れば、カンヴァスの上に幾重にも塗られた混沌たる絵具の層にすぎなかった。

★6.絵姿が老いてゆく。

『押絵と旅する男』(江戸川乱歩)  二十五歳の青年が押絵の八百屋お七に恋し、自らも絵の中に入り込む(*→〔絵の中に入る〕3)。年月が経過すると、お七の絵姿は若いままだが、青年はしだいに年老い、ついには白髪でしわだらけの老人が、若い娘に寄り添う絵柄になってしまった。老人の絵姿には、悲痛と苦悶の表情があらわれた。

『百物語』(杉浦日向子)其ノ65  茶器商が、越後の酒問屋の旦那に、注文の茶碗を届ける。旦那は、掛け軸に描かれた美女を茶の相手として語りかけ、飲み食い興じる。二十年後、茶器商は再び酒問屋を訪れ、「絵が年を取ったようだ」と不思議がる。「はい。年を取りました」と旦那は答える。「共に老いようと、徐々に描き加えています。そうでないと、私ばかりが老いてゆく」。

★7.不動様の絵姿の両目を、線香で焼き抜く。

『里芋の芽と不動の目』(森鴎外)  増田博士の兄は、旧思想の破壊に熱心だった。明治維新前後の動乱期、母は不動様の掛物を毎日拝んで、兄の無事を祈った。後に母からそのことを聞かされた時、兄は「こんな物を拝んだのですか」と言って、線香の火を不動様の目の所に押しつけ、両目とも焼穴にしてしまった。不動様の罰か、親の罰かわからないが、まもなく兄は病気になって死んだ→〔同音異義〕1b

 

 

【絵から抜け出る】

★1.絵に描かれた動物が抜け出て、生きた動物となる。

『雨月物語』巻之2「夢応の鯉魚」  延長(923〜931)の頃、三井寺に興義(こうぎ)という僧がいて、絵の名手だった(*→〔魚〕2)。仏像・山水・花鳥の絵も描いたが、とりわけ鯉魚の絵を得意とした。彼は臨終に際し、鯉魚の絵数枚を琵琶湖に散らすと、鯉魚が紙絹から抜け出して泳いだ。そのため、興義の絵は現存しない(*興義の弟子成光も、有名な絵師だった→〔絵〕1の『古今著聞集』巻11「画図」第16・通巻391話)。

『祇園祭礼信仰記』「金閣寺」  謀叛人松永大膳は、足利将軍の母尼公を金閣寺の二階へ幽閉し、雪舟の孫娘雪姫を庭の桜の樹に縛りつける。雪姫が雪舟の故事(*→〔絵〕1)にならって、爪先で桜の花びらを集め鼠を描くと、白鼠が現れ、姫を縛った縄を食い切る。そこへ此下東吉(真柴久吉)が来て、雪姫と尼公を助ける。

『太平広記』巻212所引『盧氏雑説』  呉道玄が某寺を訪れるが、応対が無礼だったので、寺の壁に驢馬を描いて去った。夜、驢馬は壁から抜け出て、寺の家具類を踏み荒らす。僧が詫び、呉道玄は絵を消した。

*絵から抜け出る虎→〔虎〕2の『傾城反魂香』(近松門左衛門)「土佐将監閑居の場」。

*絵の虎を縛れとの難題→〔難題問答〕1の『一休と虎』(日本の昔話)。

*絵から抜け出る鳥→〔鳥〕8の『抜け雀』(落語)。

★2.絵から抜け出た動物の目をつぶして、もとの絵に戻す。

『古今著聞集』巻11「画図」第16・通巻385話  仁和寺の御室の壁に、巨勢金岡が馬の絵を描いた。その馬は夜ごとに絵から抜け出て、近辺の田の稲を食い荒らした。馬の絵の足に土がついて濡れていることが何度もあったので、人々が怪しんで馬の目をほじくり出す。その後、馬は絵から抜け出なくなった。

摩利支天さんの龍の伝説  妻波の岩崎神社造営の折、宮大工の夢に本尊摩利支天の化身が現れて、本殿正面の上り龍・下り龍の彫り方を教えた。おかげで見事な彫刻ができたが、夜になると龍が動き出し、池を泳ぐようになったので、村人は恐れる。相談の結果、龍の目玉に釘を打ち込んだところ、龍は池に出なくなった(鳥取県東伯郡大栄町)。

*絵の虎に瞳を点じると抜け出し、瞳をつぶしたら絵に戻った→〔瞳〕1の『南総里見八犬伝』第9輯巻之27〜29。

*岩の絵の馬が抜け出すので、手綱を描いたら岩に戻った→〔石〕10の「ふしぎな馬」(松谷みよ子『日本の伝説』)。

★3.絵から抜け出る女。

『太平広記』巻286所引『聞奇録』  男が屏風の美女に心奪われ、絵師に教えられて、百日間美女の名を呼び続ける。美女は呼びかけに答え、酒をそそぐと、生身の人間となる。男と美女は結婚し、子供も生まれる。ある時、友人が「この女は妖怪だから切れ」と言って剣を届ける。美女は「私は南嶽の地仙だ。疑われたからには、もういられない」と告げ、子供を連れて絵に戻る。

『衝立の乙女』(小泉八雲『影』)  書生篤敬が、衝立に描かれた女に恋する。篤敬は老学者の教えに従い、女に名前をつけて毎日呼び続け、百軒の違う酒屋から買った酒を捧げると、女は衝立から出て篤敬の花嫁となる。篤敬は来世までも変わらぬ愛を誓い、女は衝立に戻ることなく添い遂げる。

『魔法のチョーク』(安部公房)  アルゴン君がチョークで壁に食べ物の絵を描くと、それは本物になる。アルゴン君は世界を創造するためイヴを描く。イヴは壁から抜け出、チョークでピストルを描き、アルゴン君を撃つ。アルゴン君が気づくとすべて壁の絵に戻っている。壁の絵を食べ続けて肉体が壁化したアルゴン君は、壁に吸いこまれてイヴの絵の上に重なる。

*テレビ画面から出て来る少女→〔井戸〕2bの『リング』(中田秀夫)。

★4.絵から出てくる大津波。

『奇妙な死』(アルフォンス・アレ)  画家が海水で絵の具を溶き、美しい海の水彩画を描いて恋人にプレゼントする。恋人の部屋に掛けられた絵は、月の引力によって、現実の海と同様に潮の満ち干を起こす。ある晩、海岸に大津波が押し寄せたので、画家は心配して恋人の所へ行く。水彩画が氾濫して、恋人は部屋の中で溺死していた。

 

 

【絵の中に入る】

★1.絵の中に入り、また出て来る。

『メリー・ポピンズ』(スティーブンソン)  大道芸人のバートが、舗道にいくつもの絵を描いている。そこへ幼い姉弟のジェーンとマイケルと、乳母のメリー・ポピンズ(演ずるのはジュリー・アンドリュース)がやって来る。メリー・ポピンズの魔法で、四人はジャンプして、田園風景が描かれた絵の中へ入り込む。彼らは歌い踊り、メリーゴーラウンドの木馬に乗って、楽しい一日を過ごす。

『聊斎志異』巻1−6「画壁」  朱孝廉が、ある寺の壁画に描かれた少女を見て心ひかれる。いつしか彼は壁画の中に入りこみ、二日ほど少女とともにすごした後、寺僧に壁の中から呼び出されて、われに返った。

★2.絵の中に入って、絵の作者と出会う。

『夢』(黒澤明)第5話「鴉」  「私」(演ずるのは寺尾聰)は展覧会場でゴッホの絵を見ていた。「私」は「アルルのはね橋」の絵の中に入り込み、ゴッホと出会う。ゴッホは顔に包帯をしており、「昨日、自画像を描いていて、耳がうまく描けなかったから切り捨てた」と言った。スケッチ場所を捜して歩み去るゴッホを、「私」は追いかける。ゴッホの絵の中の世界を歩き回るうち、やがて「私」は展覧会場へ戻り、「鴉のいる麦畑」の絵の前に立っていた。

★3.絵の中に入ったきり、出て来ない。

『押絵と旅する男』(江戸川乱歩)  青年が、遠目がねで八百屋お七の押絵を見て、この世のものとは思えぬ美しい姿に心を奪われる(*→〔眼鏡〕2)。青年は弟に、「遠目がねを逆向きにして、大きなレンズの方から私を見ておくれ」と請う。弟がレンズを目に当てると、兄の姿が二尺くらいに縮小されて見える。兄は後じさりしてさらに身体を縮小し、絵の中に入りこむ。兄は押絵となって、お七に寄り添った→〔絵〕6

★4.絵の中の舟に乗り、画中に姿を消す。

『果心居士のはなし』(小泉八雲『日本雑録』)  明智光秀が果心居士を招いて酒を飲ませる。果心居士は「お礼に芸をお目にかけましょう」と述べ、部屋の近江八景屏風絵を見るように言う。絵の中で一人の男が小舟をこいでおり、それがしだいに近づいて来て、水が部屋へあふれ出る。果心居士が画中の舟に乗り込むと、舟はだんだん遠ざかり、やがて沖合いの小さな一点となって、消えてしまった。

★5.絵の中の舟に乗らず、俗世にとどまる。

『観画談』(幸田露伴)  学問で身を立てようと刻苦する男が、原因不明の病気になって山寺にこもる。大雨の夜、男は洋燈(ランプ)を手に、部屋の掛け軸の山水風俗画を見る。画中の老船頭が舟を出そうとして、「乗らないか乗らないか」と呼ぶ。男が「今行くよ」と返辞をしようとした時、隙間風に洋燈はゆらめき、舟も船頭も遠くへ去った。男の病気は治った。男は学業を廃し、平凡人となって世に埋もれた。

 

※牡丹の絵を見て、香りのない花であることを知る→〔花〕7の『三国史記』巻5「新羅本紀」第5・第27代善徳王前紀。

 

 

【映画】

★1.映画の怪。

『影』(芥川龍之介)  横浜・日華洋行の主人陳彩は、妻房子の不貞を疑って鎌倉の自宅に戻る。そこで陳彩は、房子を絞め殺している陳彩自身の姿を目撃する。以上のような内容の、『影』というタイトルの映画を、「私」は一人の女とともに東京の活動写真館で観る。しかし女が渡してくれたプログラムに、『影』という標題はなかった。

『仮面の恐怖王』(江戸川乱歩)  少年探偵団員二人が、映画『黄金仮面』を観る。黄金仮面の顔がスクリーンに大写しになり、口を三日月形に曲げて笑うと、白黒映画なのに、口の右すみから赤い血が流れ落ちる。観客は恐怖し、映写技師は驚いて機械を止める。それは怪人二十面相が、フィルムの一コマ一コマに赤い絵の具を塗っておいたのだった〔*絵の具を血に見せかける点で→〔血〕3の『カンタヴィルの幽霊』(ワイルド)に類似〕。

『人面疽』(谷崎潤一郎)  乞食青年が花魁(おいらん)菖蒲(あやめ)を恨んで死に、やがて菖蒲の右膝に乞食青年そっくりの人面疽が生ずる、という映画がある。人面疽に苦しめられた菖蒲は発狂して自殺するが、人面疽はなお生きているかのごとく笑う。無声映画であるのに、その笑い声が微かに聞こえてくるのだった。

★2.映画のスクリーンの中に入りこむ。

『キートンの探偵学入門』(キートン)  映画館の技師がうたた寝をする間に、その分身が肉体から抜け出てスクリーンの中に入る。すると背景が市街地、崖、アフリカの平原、海、と次々に変わり、彼は自動車にひかれそうになったり、谷底へ転落しそうになったりする。しかし映画の中で彼は悪漢の手から美女を救い、やがて夢から覚めた彼も、現実世界で恋人と結ばれる。

★3.映画の登場人物が、観客にむかって呼びかける。

『素晴らしき日曜日』(黒澤明)  雄造と昌子は『未完成交響楽』のコンサートに出かけるが、安い席が売り切れて、入場できない。夜、二人は誰もいない野外音楽堂へ行く。雄造が舞台に上がって、指揮者の真似をする。聞こえるのは木枯らしの音だけである。晶子はスクリーンの中から観客にむかって、「皆さん、拍手を送って下さい」と訴える。そして自ら拍手をして、雄造を励ます。その時、オーケストラの音合わせの音が二人に(観客にも)聞こえてくる。雄造が編み棒をタクトにして振ると、『未完成交響楽』が響きわたる。 

★4.映画の登場人物が観客に呼びかけ、スクリーンから出て来る。

『カイロの紫のバラ』(アレン)  人妻セシリア(演ずるのはミア・ファロー)は大の映画ファンで、毎晩のように映画館に通う。上映中の『カイロの紫のバラ』の登場人物トムが、客席のセシリアに語りかけ、スクリーンから出て来る。映画は進行が止まり、共演者たちは途方にくれ、客席は大騒ぎになる。トムを演じた俳優ギルが、トムをスクリーンに戻すために、駆けつける。トムもギルもセシリアに恋するが、セシリアは現実の存在であるギルを選び、トムはスクリーンの中に戻る。するとギルは安心し、セシリアを捨ててハリウッドに帰ってしまう。傷心のセシリアはまた映画館へ行き、新たな映画に見入る。

*テレビ画面から亡霊が出て来る→〔井戸〕2bの『リング』(中田秀夫)。

★5.映画をそのまま事実として体験する。

『完全映画(トータル・スコープ)』(安部公房)  東洋映画会社は諸方面から多額の資金を集め、観客が映画の内容をそのまま事実として体験できる、「完全映画」を開発する。しかし、試写会で『怪獣ゾガバの東京見物』を体験したAはゾガバ同様に狂暴化し、『ナポレオンの生涯』を体験したBは肉体が消滅してしまうなど、思わぬ事態が起こり、「完全映画」開発は失敗に終わる〔*実はこれは、破産寸前の東洋映画が金を集めるための詐欺だった〕。 

★6.サイレント映画とトーキー映画。

『雨に唄えば』(ドーネン他)  一九二〇年代、美男美女のドン(演ずるのはジーン・ケリー)とリナは、サイレント映画の大スターだった。しかしリナは、かん高い悪声だったので、新たなトーキーの時代には向かない。そこで、コーラス・ガールのキャシー(デビー・レイノルズ)がリナの声の吹き替えをし、映画は大成功を収める。リナはキャシーの存在を秘密にして、自らのスターの座を守ろうとするが、ドンはキャシーを「真のスター」として、観客たちに紹介する。

★7.結末が二種類ある映画。

『最後の人』(ムルナウ)  高級ホテルの老ドアマン(演ずるのはエミール・ヤニングス)が、金ボタン・金モールの制服姿に喜びと誇りを持って、働いていた。ある日、支配人が、たまたま休憩中だった老ドアマンを見て「職務怠慢」と誤認し、制服を取り上げて、地階の洗面所掃除夫に格下げする。老ドアマンは屈辱と絶望のうちに、人生最後の日々を送る〔*これでは結末が暗いというので、ハッピーエンドのバージョンが作られた。洗面所で倒れた富豪の世話をしたため、老ドアマンは遺産を贈られ大金持ちになって、ホテルの上客として遇される、というものである〕。

『我等の仲間』(デュヴィヴィエ)  仲の良い五人の男たちが共同で、レストラン「我等の家」を開こうと、準備を始める。しかしいろいろな事情で二人が去り、一人が事故死する(*→〔五人兄弟〕2)。残った二人、ジャンとシャルルが開店までこぎつけるが、シャルルの別れた妻ジーナが金目当てで現れ、夫と縒りを戻そうとする。シャルルはジーナの甘い言葉を信じ、ジャンと手を切ろうと考える。ジャンは怒り、シャルルを拳銃で撃つ〔*別バージョンではジャンの説得によって、シャルルは「女との腐れ縁よりも、友情が大事だ」と思い直し、ジーナを追い返す〕。

★8.映画を愛する人々。

『ニュー・シネマ・パラダイス』(トルナトーレ)  シチリア島の小さな村の映画館パラダイス座。映画好きの少年トトは映写室に入りびたり、技師アルフレード(演ずるのはフィリップ・ノワレ)の手伝いをする。トトは、アルフレードの後を継いでパラダイス座の映写技師になり、やがてローマに出て、一流の映画監督サルヴァトーレとなる。何十年もの後、サルヴァトーレは、アルフレードの死の知らせを受けて、故郷シチリアへ帰る。アルフレードは一巻のフィルムを、サルヴァトーレへの形見として遺していた→〔接吻〕11

★9.映画を作れない、という内容の映画。 

『8 2/1』(フェリーニ)  映画監督グイド(演ずるのはマルチェロ・マストロヤンニ)は、プロデューサーと新作の契約を交わし、スタッフ、キャスト、ロケ地などを決めた。しかし、肝心のシナリオが書けない。ストーリーも、主人公の人物設定も、何一つできないのだ。彼は制作を断念するが、その時、「今の自分の状態そのまま、つまり映画を作れない監督の物語を映画にしよう」とのアイデアが浮かぶ。グイドはそれまでに九本の映画を作っていた。そのうちの一本は他の監督との共同制作だったので二分の一と数え、映画のタイトルは『8 2/1』となった→〔温泉〕5

★10.物語の最後に、それが現実のことではなく、映画の撮影だったことが示される。 

『蒲田行進曲』(深作欣二)  映画スター銀ちゃん(演ずるのは風間杜夫)は、妊娠した愛人小夏(松坂慶子)を、大部屋俳優ヤス(平田満)におしつける。病院の一室。小夏は女児を産み、ヤスは「おれとお前と赤ん坊と、三人で生きていこう」と言う。「カット!OK」の声があり、セットが解体されて、そこが映画の撮影所であることが示される。大勢のキャスト、スタッフが、花束を持ち、笑顔で集まって来る。『蒲田行進曲』の主題歌が流れ、皆、観客に向けて手を振る。 

『シベリア超特急』(水野晴郎)  第二次世界大戦前夜。山下奉文陸軍大将が乗るシベリア特急の一等室車両で、連続殺人事件が起こる。山下大将が見事な推理で犯人を指摘し、事件は解決する。「カット!」の声がして、それまでの出来事は現実ではなく、映画の撮影だったことが示される。山下大将役の水野晴郎が、出演者をねぎらう。その時、主演女優が毒を飲まされて倒れる。しかしこれも、観客を驚かす芝居だった。

*現実なのに、映画の撮影と錯覚する→〔芝居〕2の『サンセット大通り』(ワイルダー)。

★11.試写会。

『朝の試写会』(志賀直哉)  「私」の住んでいる熱海の東宝映画館で、『パルムの僧院』の試写会があった。二月一日朝九時からの上映だったので身体が冷え、「私」は隣席の広津(和郎)君に「寒いから懐炉を買って来る」と言って、席をたった。広津君はそれを、「寒いから帰ろう」と聞き取った。「私」は懐炉で身体を暖めて、ふたたび席についた。映画は、「私」には好感の持てない内容だった。主人公ファブリスの行動は、与太者と変わりがないように思われた。

 

 

【映画の中の時間】

★1.映画の中の時間進行と、現実の時間進行(上映時間)を一致させる。

『終着駅』(デ・シーカ)  ローマ中央駅。人妻であるアメリカ人女性メアリーが(演ずるのはジェニファー・ジョーンズ)帰国すべく、午後七時発の列車に乗る。ローマ滞在中に知り合い恋人となった青年ジョヴァンニ(モンゴメリー・クリフト)が、発車直前に駆けつけ、メアリーは列車を降りる。メアリーが「別れねばならない」と言うので、ジョヴァンニは彼女を平手打ちして去る。しかし、すぐまた彼は駅に引き返してメアリーを捜し、二人は引き込み線の客車に入って抱擁し合う。駅員が二人を構内の警察に連行する。署長は事情を察して二人を釈放し、メアリーが八時半の特急に乗れるよう計らう〔*上映時間88分。アメリカの短縮版は72分〕。

『真昼の決闘』(ジンネマン)  西部の町。保安官ケイン(演ずるのはゲーリー・クーパー)は任期を終え、エミィ(グレース・ケリー)と結婚式を挙げた。午前十時四十分。「凶悪犯ミラーが釈放され、ケインに復讐すべく汽車でやって来る」との電報が届く。駅にはミラーの仲間三人が、彼の到着を待っている。ケインは、ミラー一味を迎え撃つため町の人々に協力を請うが、皆に断られる。正午。汽車が着き、町へ乗り込んでくるミラー一味四人に、ケインは単身で立ち向かう。エミィが敵の一人を撃って助け、ケインは銃撃戦に勝利する〔*上映時間84分〕。

『ロープ』(ヒッチコック)  夕方、二人の青年が、アパートの一室で友人デイヴィッドをロープで絞殺する。二人は死体を衣裳箱に入れ、その上にテーブルクロスを敷いて料理を並べ、数人を招いてパーティを開く。一時間ほどでパーティは終わる。客の一人ルパート教授(演ずるのはジェームズ・スチュアート)が、帰り際に自分の帽子と間違えてデイヴィッドの帽子を手にし、デイヴィッドがこの部屋を訪れたまま、帰っていないことを知る。ルパートは二人の青年を問い詰め、殺人を自白させる。窓の外はすっかり暗くなっている〔*上映時間80分〕。

*→〔癌〕4の『5時から7時までのクレオ』(ヴァルダ)は、上映時間90分で、夏至の日の午後五時から六時半までの90分を描く。

★2.数十年の人生を、数十年かけて上映する映画。

『SR(ショート落語)(桂枝雀)  「ああ、こんな映画、前あったなあ。『ハイヌーン(真昼の決闘)』やったか、『ロープ』やったか。映画の中の時間進行と、現実の生活の時間経過との、同時性をねらった映画や。それにしても長いやないか。わしゃ、この主人公が三歳の時に、映画館に入ったんや。この映画が終わるまで、生きてられるかいなぁ?」。

 

※映画の終わりに、「終」でなく「始」というエンドマークが出る→〔長者没落〕3の『小原庄助さん』(清水宏)。

 

 

【エイプリル・フール】

★1.エイプリル・フールの日のいたずら。

『恐ろしき四月馬鹿(エイプリル・フール)(横溝正史)  四月一日、M中学校(旧制)の寄宿舎で殺人事件が起こった。何者かが「小崎」を惨殺し、死体をどこかに隠したのだ。犯人として、血ぞめのシャツと短刀の所持者「栗岡」が逮捕された。実はこれは、「小崎」と「栗岡」が共謀したエイプリル・フールのいたずらであり、まもなく「小崎」が元気な姿で皆の前に現れるはずだった。ところが「速水」が、「古井戸から『小崎』の死体が発見された」と報告したので、「栗岡」は愕然とする。それは、いたずらを見破った「速水」が、嘘の報告で「栗岡」を驚かせたのだった。

★2.嘘を聞いて本心があらわれる。

『サザエさん』(長谷川町子)朝日文庫版第32巻83ページ  四月一日、カツオが「おとうさんが車にはねられて死んだ!」と叫んで、とびこんでくる。サザエもマスオも「ばかばかしい」と言って、とりあわない。しかしカツオが、「いまわの際におっしゃるには、『一億円の生命保険に入っていたので、それであとはやってくれ』・・・」と続けると、サザエとマスオは「一億円かァ。いいわねえ」「悪くないよなあ」と喜ぶ。帰宅した波平は、「親不孝もの!」と三人を叱る。

★3.「エイプリル・フール」も「四月馬鹿」も通じない。

『サザエさん』(長谷川町子)朝日文庫版第30巻39ページ  四月一日、マスオが近所の老翁に、「良い後妻のお話がありますよ」と持ちかける。老翁が本気にしたので、マスオは「エイプリル・フールですよ」と笑う。老翁は「なに、エイプリルさん! 外人ですか。気心さえわかれば、それも良いでしょう」と乗り気になる。マスオが困って「弱ったな。四月バカですよ」と言うと、老翁は「バカじゃと! けしからん」と怒り出す。

 

※四月一日の怪事件→〔自己との対話〕3の『哲学者の小径(フィロソファーズ・レーン)』(小松左京)。 

 

 

【ABC】

★1.ABC順の書写。

『赤毛連盟』(ドイル)  質屋の主人ウィルスンは、その燃えるような赤い髪のおかげで、赤毛連盟の一員となった。彼は毎日午前十時から午後二時まで、連盟事務所に出かけ、『エンサイクロペディア・ブリタニカ』を「A」から順に書き写すという簡単な仕事をして、週給四ポンドを得る。ところが、八週間が過ぎて、そろそろ「B」の項目に入ろうとする時、突如、赤毛連盟は解散し、ウィルスンは仕事を失ってしまった→〔トンネル〕3a

★2.ABC順の読書。

『嘔吐』(サルトル)  「私(ロカンタン)」は図書館へ通ううちに、一人の男と顔見知りになり、彼を「独学者」と名づけた。「独学者」は、著者名のABC順に次々と本を読んでいた。彼は「七年前から勉強している」と言い、今「L」まで来ていた〔*「独学者」は「N」の著者にさしかかる頃、少年に淫らなふるまいをしたため、図書館を追われた〕。

★3.ABC順の殺人。

『ABC殺人事件』(クリスティ)  ABCの署名のある殺人予告状がエルキュール・ポアロのもとへ届き、Aで始まる名前の町に住む、Aで始まる名前の老婦人が殺され、次いでB地でB嬢が、C地でC卿が殺される。犯人の真の目的はC卿を殺して遺産を得ることであり、その目的を隠蔽し、不可解な連続殺人事件と見せかけるために、A老婦人とB嬢は殺されたのだった。

★4.ABC順の学び。

『灯台へ』(ウルフ)第1部  六十歳過ぎの哲学教授ラムジー氏(*→〔時間〕3b)は考える。「思想がアルファベットのようなものだとすれば、一瞬で二十六文字すべてを理解してしまう天才肌タイプと、Aから順番に学んで行く努力家タイプがある。わしは努力家タイプで、たとえていえばQまで到達している。イギリスの学者で、Qまで達する人間は少ないだろう。次はRだが、そこまで進めるだろうか。わしの名前は、どのくらい後世に残るのだろう?」。

 

 

【エレベーター】

★1.エレベーター内に閉じ込められる。

『死刑台のエレベーター』(マル)  ジュリアン(演ずるのはモーリス・ロネ)は、勤務する会社の社長夫人と、愛人関係になっていた。土曜日の午後、彼は会社に居残り、ビルの高層階の社長室へ乗り込んで、社長を射殺する。彼はエレベーターで一階へ降り、社長夫人に逢いに行こうと車に乗るが、殺人現場に忘れ物をしてきたことに気づく。彼は急いで再びエレベーターに乗り、高層階へ昇って行く。しかしその時、管理人がビルの諸電源を切り、施錠して帰ってしまった。エレベーターは停止し、ジュリアンは一晩中閉じ込められることになった→〔アリバイ〕4

『ブラック・ジャック』(手塚治虫)「閉ざされた三人」  地下水のくみ上げによってデパートが傾き、倒壊する。大怪我をした男、その息子、ブラック・ジャックの三人が、エレベーター内に閉じ込められる。換気孔がふさがれ、エレベーター内は酸欠状態になる。このままでは三人とも窒息死するので、ブラック・ジャックは、大怪我の男にインシュリンを大量注射して仮死状態にする。男の呼吸量は激減し、救助されるまでの間の酸素を、なんとか確保することができた。

★2.落下するエレベーター。

『物理学はいかに創られたか』(アインシュタイン/インフェルト)  実在するものより遥かに高い摩天楼の頂上に、大きな昇降機(エレベーター)があって、これが地面へ落下すると仮定する。中の人がポケットからハンカチと時計を取り出して、下へ落とす。人もハンカチも時計も昇降機も、同じ加速度で落下するから、中の人にとっては、二つの物は手放した時と同じ所にとどまっている。それらの物を、どんな方向にでも押してみると、天井や壁や床にぶつからない限りは、いつまでもその方向に動いて行くだろう。

『もう一人分の空き』(イギリスの民話)  若い女性が、荘園領主の邸宅に宿泊した。夜中に、霊柩馬車が寝室の窓辺に止まり、馭者が「もう一人乗れるぜ」と言う。女性はカーテンを閉め、ベッドに駆け戻った。翌日、彼女はロンドンの大型店で買い物をし、最上階からエレベーターで降りようとする。エレベーターは混んでいたが、係りの男は「もう一人乗れますよ」と言う。それは昨夜の馭者の顔だった。彼女は乗らなかった。エレベーターは落下し、中の全員が死んだ。

★3.エレベーターの中の男女。

『サザエさん』(長谷川町子)朝日文庫版・第42巻100ページ  夜のエレベーター。ノリスケと若い女が乗っている。ノリスケは「こっちを怪しんでるんじゃねえかな」と気にする。女は「あたしが怪しんでると思ってんじゃないかしら」と考える。ノリスケも女も無言のまま、相手の心理を掘り下げて分析し続ける。やがてエレベーターは高層階に着き、二人は「アー、気疲れした」と言って降りて行く。

*展望エレベーター内の男女を狙撃する→〔銃〕4の『狼の挽歌』(ソリーマ)。   

★4.エレベーターで地獄まで降りる。

『地獄へ下るエレベーター』(ラーゲルクヴィスト)  女が不倫相手の男と一緒に、ホテルのエレベーターで階下へ降りる。エレベーターはどこまでも降りて行き、着いた所は地獄だった。女はそこで夫の姿を見て、夫が自殺したことを知る。女は「恐ろしいことだわ!」と叫んで、男とともにエレベーターに戻る。エレベーターは上へあがって行く。「もう、過ぎ去ったことよ」「もう、過ぎ去ったことだ」と二人は話し合う。

*地球の中心へ墜落する列車→〔トンネル〕7の『トンネル』(デュレンマット)。 

★5.部屋全体がエレベーター。 

『黄金仮面』(江戸川乱歩)「人体熔解術」〜「驚天動地」  正体をあばかれたアルセーヌ・ルパン(黄金仮面)と、明智小五郎や浪越警部たちが密室内に対峙し、廊下には刑事たちが見張りをしている。ルパンは「おれは逮捕されない」と明智に言って、ドアを開ける。刑事たちがいるはずの廊下は無人で、ルパンは逃げ去ってしまう。一方、廊下の刑事たちが、ルパンのいる密室へ踏み込むと、中は無人だった。密室全体がエレベーターで、ルパンが秘密のスイッチを押して、彼らのいる部屋は二階へ上がり、そのあとへ地下から、同じ造りの無人の密室が上がって来たのだ。ルパンは二階の廊下を逃げ、刑事たちは地下から上がって来た部屋へ踏み込んだのである。

『夜光人間』(江戸川乱歩)「警官隊」〜「エレベーター」  西洋館の鍵のかかった一室で、明智小五郎と四十面相が(*→〔顔〕9)にらみ合う。警官隊が四十面相を捕らえようと、ドアをやぶって部屋へ踏み込む。ところが驚いたことに、部屋の中には明智も四十面相もいなかった。部屋全体がエレベーターで、警官隊が踏み込む直前に、明智と四十面相のいる部屋は地下へ降りてしまい、そのあとへ二階から、同じ造りの無人の部屋が下がって来たのだった。

★6.エスカレーターであの世まで運ばれる、という話もある。 

『現代民話考』(松谷みよ子)5「死の知らせほか」第1章の1  昭和三十八年(1963)、担任していた生徒が加古川で溺れ、仮死状態になった時の話。蘇生した本人から聞いた。本人は、あの世へ行く自動エスカレーターのようなものに乗り(大勢の人が乗っていた由)、針の穴のような灯火めがけて進んでいた。乳白色の花が咲き乱れ、色のない世界を通っていた時、後ろから「オーイ」と自分を呼ぶ声がする。振り向いたら、「オッ、気がついた」と言われた(兵庫県)。

 

※エレベーターに乗っている時の不思議な感覚→〔時間〕5の『追い求める男』(コルタサル)。 

 

 

【円環構造】

 *関連項目→〔ウロボロス〕〔もとにもどる〕

★1a.最上のものを求め、巡り巡ってまたもとの出発点にもどる。

『大鏡』「藤氏物語」  河内国の某聖人は、ながらく庵から出ることがなかったが、法成寺金堂供養の折に上京し、関白頼通の有様を見て「これこそ一の人」と思う。ところが関白は入道道長を仰ぎ敬い、その二人はまた、行幸された帝の前でかしこまる。「帝こそ日本一」と思っていると、帝は阿弥陀仏を拝礼する。「やはり仏がもっとも尊いのだ」と聖人は悟る。

『漁夫とその妻の話』(グリム)KHM19  漁夫がカレイを釣るが、カレイが「私は魔法をかけられた王子だ」と言うので、海に放す。漁夫の妻が、小さな家をカレイに願うよう夫に命じ、叶えられる。次いで妻は大きな御殿を望み、王様になり、天使様になり、ローマ法王様になる。最後に妻が「神様になりたい」と望むと、夫婦はもとのあばら屋暮らしにもどる。

ギリシアの七賢人の伝説  網に黄金の鼎がかかり、「もっとも賢い人のもの」との神託がある。人々は鼎をミレトスのタレスに贈ったが、タレスは「自分は賢者ではない」と言って、これをプリエネのビアスに贈る。ビアスはまたそれを他の人に贈り、鼎は巡り巡って、ふたたびタレスの所へもどって来た。タレスは鼎をアポロンの神殿に納めた。鼎が巡った人々を「ギリシアの七賢人」という〔*異伝が多くある〕。

*猫に最も強い名前をつけようと、いろいろな案を出す→〔猫〕12の『浮世床』初編・巻之中。

★1b.理想の夫を遠くに求め、巡り巡ってもっとも身近な所から夫を選ぶ。

『カター・サリット・サーガラ』「愚者物語」第16話  賤民の娘が「世界で最も優れた男を夫にしたい」と望み、まず王の後を追う。王は聖仙の両足に礼拝し、聖仙はシヴァ神の像に礼拝する。そこへ犬が来て神像に小便をかけるので、「神より犬のほうが偉い」と娘は思うが、その犬は賤民の若者の足をなめる。娘は結局、賤民の若者と結婚する。

『パンチャタントラ』第4巻第8話  隠者が、自分の娘とした鼠の嫁ぎ先に、まず太陽神を選ぶ。次いで、太陽を隠す雲、雲を吹き飛ばす風、風をさえぎる山と、よりすぐれた婿を捜したあげく、「山に穴を開ける鼠こそ、もっともふさわしい」と言って、娘を鼠と結婚させる〔*『沙石集』(日本古典文学大系本)拾遺69、ラ・フォンテーヌ『寓話』巻9−7「娘に変わったハツカネズミ」に類話〕。

★2.最強のものを求めて転々とするが、もとの出発点にはもどらない。

『きりしとほろ上人伝』(芥川龍之介)  山男「れぷろぼす」が天下無双の大将に奉公しようと、「あんちおきや」の帝のもとへ行って戦功をたてる。しかし帝が悪魔を恐れるのを知って、「れぷろぼす」は悪魔の手下となる。ところが悪魔は、隠者の十字架に打たれて逃げる。「れぷろぼす」はそれを見て、「えす・きりしと」に仕えることを望む。隠者の勧めで、「れぷろぼす」は「きりしとほろ」と改名し、流沙河の渡し守となる〔*原拠は『黄金伝説』95「聖クリストポルス」〕。

『猫が家の中に住むようになったわけ』(アフリカの昔話)  昔、猫は野生で、兎と仲良しだった。ところが兎はカモシカと喧嘩して殺されてしまった。猫はカモシカについて行くが、カモシカは豹に殺され、豹はライオンに殺され、ライオンは象に殺され、象は猟師の毒矢で殺された。猫が猟師の家へついて行くと、猟師は、大きなしゃもじを持った妻にぶたれた。「世の中で一番強いのは、人間の女だ」と知った猫は、家の中を取りしきる女たちと一緒に暮らすようになった(スワヒリの人びとの話)。

★3.しりとりを続けて、もとの出発点にもどる。

『輪舞』(シュニッツラー)  十名の人物が登場する。娼婦と兵隊の情事から始まり、次に兵隊と小間使いの情事、小間使いと若主人の情事、若主人と若奥様の情事、というようにしりとり式に男女の性的交情が描かれ、夫、可愛い少女、詩人、女優、伯爵を経て、伯爵と最初に出た娼婦との情事で、物語が終わる。

★4.役所のたらい回し。

『生きる』(黒澤明)  住民たちが市役所の市民課へ、下水溜まり埋め立ての陳情に来る。しかし彼らは、土木課、保健所、衛生課、環境衛生係、予防課、防疫係、虫疫係、下水課、道路課、都市計画部、区画整理課、消防署、教育課、市会議員、助役と、次々にたらい回しされる。最後に彼らは、ふたたび市民課へもどされる。

★5.夢から現実にまたがる円環構造。

『天狗裁き』(落語)  男がうたた寝をして悲鳴をあげる。女房が男を起こして「何をうなされてるの? どんな夢を見たの?」と聞く。男は「夢など見ない」と否定するが、女房は信用せず問い詰める。友人、家主、さらに奉行までが、夢を問う。ついには天狗が男をさらい、「夢を言わぬと八つ裂きじゃ」と脅すので、男は悲鳴をあげる。女房が男を起こして「何をうなされてるの? どんな夢を見たの?」と聞く。

★6a.過去の世界へ送り込んだ自分自身と、年月を経てふたたび対面する男。

『ネオ・ファウスト』(手塚治虫)  昭和四十五年(1970)、七十歳の一ノ関教授は助手坂根第一とともに、悪魔を呼び出す実験をする。女悪魔・牝フィストフェレスが出現し、彼女の力で、一ノ関教授は十二年前、昭和三十三年(1958)の世界に送り込まれ二十歳の青年に若返るが、同時に一切の記憶を失う。彼は坂根第一という名前を得て、十年ほどの間に巨額の財を成した後、昭和四十五年には一ノ関教授の助手となり、悪魔を呼び出す実験をする。このまま放置すると、一ノ関教授は何度も坂根第一になり、坂根は教授に無限に会い続ける事になるので、牝フィストフェレスは一ノ関教授をこの世から消す。

★6b.三十年後の自分自身を殺し、それから三十年を経て、かつての自分自身に殺される女。

『火の鳥』(手塚治虫)「異形編」  戦国時代。男装の女侍左近介は、琵琶湖北岸の蓬莱寺の主・八百比丘尼を殺す。そこは閉ざされた空間で、左近介は寺から離れることができず、やがて彼女自身剃髪して八百比丘尼の姿となり、寺を訪れる人間や妖怪の病気怪我の治療をするようになる。火の鳥が八百比丘尼の夢に現れ、「三十年間隔で時間が円環し、あなたは過去の自分である左近介に、繰り返し殺される」と教える。八百比丘尼が無限の生類を救い続け、過去の罪を許されれば、円環から脱することができるのである。

★7.円環状に曲がった空間。

『長い部屋』(小松左京)  天才的物理学者宮原博士が、空間を曲げることに成功した。細長い実験室内の空間が円環状に曲げられて、一方の入口が、他方の入口につながった。宮原博士は殺され、「おれ(大杉探偵)」は実験室へ飛び込んで、怪しい男の後ろ姿に向けて拳銃を発射する。その瞬間、「おれ」は何者かに背後から銃撃されて倒れる。「おれ」が見たのは「おれ」自身の後ろ姿で、「おれ」は「おれ」に向けて拳銃を発射したのだった。

*時空間を廻り、戻ってくるゴミ→〔底なし〕1の『おーい でてこーい』(星新一)。

 

※円環状の道を回る→〔地獄〕1bの『神曲』(ダンテ)「地獄篇」第7歌・第28歌。

※円環状の道へ入ることによって、問題の解決をはかる→〔乗客〕5の『スピード』(デ・ボン)。 

 

 

【演技】

 *関連項目→〔共謀〕

★1.道化を演じる。

『人間失格』(太宰治)「第一の手記」〜「第二の手記」  人間の営みがわからない、空腹感すら理解できない「自分(大庭葉蔵)」は、自らの異質性を隠蔽するために幼い頃から道化を演じ、家族や級友を笑わせていた。ところが中学校の体操の授業で、「自分」が鉄棒につかまりそこねて砂地に落ち、皆を笑わせた時、竹一という低能の級友が「ワザ、ワザ」と囁いて、それが演技であることを見抜いた。

★2.臆病者のふりをする。

『十訓抄』第10−77  白河院の代。九重塔の金物に牛の皮を使ったとの噂が立ち、修理担当の定綱朝臣が問責されそうになった。院が、噂の実否を確かめるため仏師を塔に登らせると、仏師はおびえ、塔の半ばから返り降りてしまった。院は笑い、定綱問責の件も沙汰止みになったが、実はこれは、仏師がわざと臆病なふりをして定綱を懲罰から救ったのだった。

★3.破戒僧のふりをする。

『黄金伝説』55「聖アンブロシウス」  裁判官アンブロシウスは、町の人々から司教になるよう請われる。彼は人々の考えを変えさせるため、大勢を拷問にかけたり異教徒のふりをしたり、果ては、娼婦を公然と家に入れるなどのことをする。

『閑居の友』上−12  近江国石塔の中年僧が、ある後家の宅を常に訪れ、女犯の噂がたって、寺房を追い出された。実は、人との交わりを避けて念仏・観想に専心するため、ことさら破戒僧のごとくふるまったのだった。

『撰集抄』巻2−4  師大納言経信のもとを六十歳ほどの僧が訪れて物を乞い、「女と関係して寺を追われた」と述べて去る。この僧は花林院の永玄僧正で、遁世の志深く、官主にされそうになったのを嫌い、寺を出て流浪していたのだった。

『発心集』巻1−11  老年の聖が四十歳ほどの後家を妻に迎え、六年後に死んだ。その間夫婦の交わりはなく、法門を談じ念仏を唱えて、臨終時には仏像の手に五色の糸をかけ、眠るごとき最期であった。

『発心集』巻1−12  美作守顕能のもとを僧が訪れ、「愛人が懐妊して産み月にあたるので」と訴え、食物を得る。僧は深谷の庵に帰り、「仏のお助けで、安居の間の食料を得た」と独り言して、夜もすがら『法華経』を読む〔*『古事談』巻3−104に同話〕。

★4.悪人のふりをしてわざと殺される。

『仮名手本忠臣蔵』9段目「山科閑居」  加古川本蔵は、塩冶判官が殿中で高師直を斬ろうとするところを、抱きとめた。そのことで塩冶の家来たちは本蔵を恨み、大星由良之助の息子力弥と、本蔵の娘小浪との婚約が破棄された。雪の日、本蔵は山科の由良之助を訪れて、ことさらな悪口雑言を吐き、怒った力弥の槍にわざと刺される。本蔵は、「私が死ぬことで、これまでの恨みを捨て、娘小浪を力弥の嫁として受け入れてほしい」と請う。

『源平布引滝』3段目「九郎助住家の場」  源氏の白旗を守る小万は、琵琶湖で、白旗を握る片腕を斬り落とされて死んだ(*→〔片腕〕3a)。引き上げられた小万の遺体を、平家方の瀬尾(せのお)十郎兼氏が足蹴にし、小万の子・七歳の太郎吉が怒って刀で瀬尾を刺すように仕向ける。実は、瀬尾は小万の父であり、彼は、孫にあたる太郎吉に初手柄を立てさせようとしたのであった。

『南総里見八犬伝』第4輯巻之3第36回〜巻之4第37回  指名手配中の犬塚信乃を、犬田小文吾がかくまう。小文吾の義弟にあたる山林房八が「役所へ訴え出る」と言い、小文吾に斬りかかる。しかし房八は、逆に小文吾に斬られて倒れる。それは房八が望んだことであり、彼は命を捨てて信乃を救うつもりだった。房八は小文吾に、「こうでもせねば、お前はおれを斬るまい。おれの顔は信乃に似ているから、おれの首を信乃だといつわって差し出せ」と言い残し、死ぬ。

*不義の女のふりをして父親を怒らせる→〔子殺し〕3の『摂州合邦辻』「合邦内」。

★5.いつわりの恋。

『戯れに恋はすまじ』(ミュッセ)  男爵の一人息子ペルディカンは、従妹カミーユの気をひくために、カミーユの乳姉妹である村娘ロゼットに恋をしかける。ロゼットはペルディカンとの結婚を夢見るが、ペルディカンの求婚が一時的な気まぐれに過ぎなかったことを知って自殺する。

『藤十郎の恋』(菊池寛)  傾城買狂言の名手坂田藤十郎は、新たな芸境を拓くべく、人妻と命がけの不義をする茂右衛門役に挑む。演技の工夫のつかめぬ藤十郎は、茶屋の一室で人妻お梶にいつわりの恋をしかける。しかし、お梶が覚悟を決めて行燈の灯を消すと、藤十郎は逃げ去った。興行が始まって藤十郎の芸は大評判をとり、お梶は縊死する。

 

 

【縁切り】

★1.親子の縁を切る理由。

『今昔物語集』巻29−11  七〜八歳の男児が、父が厨子にしまっておいた瓜を一つ食べた。父は、すぐさま男児を勘当する旨の書類を作り、近隣の人々を証人として、判(書き判)を取った。男児は成人後に、盗みをして捕らえられる。検非違使が、父をも処罰しようとするが、父は「親子ではない。他人である」と言って、勘当の書類を見せ、近隣の人々に証言させた。父は、我が子が将来、犯罪者になるであろうことを見こして、子供のうちに勘当したのである。 

★2.夫婦の縁を切る理由。

『夏祭浪花鑑』「団七住居の場」  団七九郎兵衛は、舅(妻お梶の父親)義平次を殺してしまった。親殺しは、通常の殺人とは異なる大罪である。そこで団七の義兄弟一寸徳兵衛は、団七の妻お梶を口説き、お梶もそれに応ずるふりをして団七を怒らせ、離縁状を書かせる。団七とお梶の夫婦関係が解消されれば、義平次は団七の舅ではなくなり、赤の他人である。これで団七は、たとえ捕らえられても、竹鋸(のこぎり)で首を引かれる刑(*→〔首〕4)は免れるのだ。 

★3.縁切り寺。

『百姓女たよ』(木下順二)  百姓女の「たよ」は、早朝から深夜までの重労働、乱暴な夫、意地悪な舅、姑、小姑たちから逃れ、南へ二十里の道を走って、鎌倉松ヶ丘の東慶寺に駆け込む。東慶寺は縁切り寺で、ここで三年過ごせば、離縁が認められるのだった。三年後、「たよ」は実家へ帰るが、家の者は「たよ」を邪魔者扱いし、適当な百姓の後妻にしてしまう。以前の嫁ぎ先同様の辛い毎日で、妊娠した「たよ」は田植え中に倒れ、そのまま死んでいった。

★4a.縁切り石。

縁切り石(高木敏雄『日本伝説集』第5)  信濃国東筑摩郡島内村に、縁切り石がある。嫁入りの時、この石の傍を通ると必ず離縁になる、と昔から言われている。 

★4b.縁切り榎。

『幕末百話』77  文久元年(1861)十月。和宮(かずのみや)様御降嫁の御道順の板橋に、ヌッと往来へ出張(でば)っている榎があり、それが「縁切り榎」だという。縁起でもないので切ろうとしたが、大きな樹であり、住民から「勿体ない」との苦情もあるので、板囲いをすることになった。しかしそれも間に合わず、結局、御道順変更となった。 

『耳袋』巻之5「板橋辺縁きり榎の事」  医師が下女を愛人としたので、妻が「二人を別れさせよう」と、板橋の「縁切り榎」の皮を粉にして羹(あつもの)に入れ、医師と下女に勧める。医師は「毒が入っているかもしれぬ」と、用心して食べない。妻は怒り、「疑われては心外です。それなら私が食べます」と言って、羹を食べる。この結果、医師と妻の縁が切れて、離縁になった。 

★5.別れのスポット。

井の頭公園でボートに乗ると(日本の現代伝説『幸福のEメール』)  井の頭公園にある弁天池のボートに乗ったカップルは別れる。なぜかというと、女の神様である弁天様は非常に焼きもち焼きで、恋人どうしでボートに乗っていると別れさせるからである〔*○○池や○○湖でボートに乗ったカップルは別れる、という話は全国に数多くある〕。 

★6.大勢の愛人たちと縁を切って別れる。

『グッド・バイ』(太宰治)  終戦直後。三十四歳の田島周二はヤミ商売で儲け、妻子がありながら、十人近くの愛人を養っていた。ある時、田島は「愛人たちと別れよう」と一念発起する。彼は絶世の美女・永井キヌ子を雇い、「疎開先から呼び寄せた女房です」と言って、愛人たちに紹介する。愛人たちはキヌ子の美貌に圧倒され、自らの敗北を悟って身を引くだろう、と田島はもくろんだのである〔*太宰治の死によって、この作品は未完に終わった。田島は最後に、自分の女房にグッド・バイされてしまう、との構想だったという〕。 

 

 

【宴席】

★1.夜、怪物や死者などが宴会を開く。

『雨月物語』巻之3「仏法僧」  伊勢の人・夢然と彼の息子が高野山へ参詣し、奥の院の霊廟前で一夜を過ごす。夜がふけ、先払いの声とともに、高野山で自刃した関白秀次と家臣たちの霊が現れて、歌物語をし酒宴を開く。秀次は夢然父子を修羅道へ連れて行こうとするが、家臣たちがそれを制したので、夢然父子はあやうい命を助かった。

『伽婢子』巻5−2「幽霊諸将を評す」  永禄七年(1564)七月十五日の夕刻、鶴瀬安左衛門は恵林寺に赴き、すでに死没したはずの山本勘助らの武将を見る。死霊たちは軍法の問答や諸将の批評をし、酒を酌み詩を吟ずる〔*『剪燈新話』巻4「龍堂霊会録」が原話〕。

『椿説弓張月』後篇巻之4第25回  鎮西八郎為朝が讃岐の祟徳院の御陵に詣でる。夜の夢に為朝は、天狗道に堕ちた祟徳院と、左大臣頼長、父六条判官為義たちの霊が、世を乱し平家を亡ぼす企てなどを語り、酒宴をするさまを見る。

『春雨物語』「目ひとつの神」  東国の若者が都で歌道を学ぼうと志し、上京する。彼は近江国まで来て、老曾(おいそ)の森で野宿し、目一つの神や、天狗・狐・猿など妖怪たちの宴を見る。目一つの神は若者に酒を勧め、「今の乱れた世には、都に師とするに足る人物はおらぬ。故郷に帰り、隠れ住む良き師を探して学べ」と諭す。若者は納得し、故郷へ戻る。

*鬼たちの酒宴で、こぶのある翁が踊る→〔踊り〕2の『宇治拾遺物語』巻1−3。

★2.敵味方入り交じっての酒宴。闘いの場となる。

『三国志演義』第61回  劉備玄徳と劉璋の酒宴の席で、魏延が劉璋を斬ろうとして剣舞を始めると、張任が同じく剣を抜いて相対し、ともに舞う。それを見た玄徳・劉璋双方の部下たちが次々に立ちあがり剣舞に加わるので、玄徳は「鴻門の会でもあるまいに」と叱る。

『史記』「項羽本紀」第7  鴻門での項王(項羽)と沛公(劉邦)の酒宴の席上、項荘が剣舞をよそおって沛公を斬ろうとする。それを察知した項伯は、剣を抜いて立ちあがり、舞いながら身を挺して沛公をかばった。

『千一夜物語』「アリ・ババと四十人の盗賊」マルドリュス版第859夜   アリ・ババの屋敷に潜入した盗賊団は、皆、煮えた油をかけられ、殺されてしまった。盗賊の首領は復讐を誓い、商人に変装してアリ・ババに近づく。そうとは知らぬアリ・ババは、商人を夕食に招く。侍女マルジャーナが商人の正体を見抜き、舞姫の衣装を着て剣の舞いを披露しつつ、すきをうかがって商人の心臓に短剣を突きたてる。

『歴史』(ヘロドトス)巻5−17〜20  ペルシアの使節団七人が、マケドニアへ臣従の証拠を要求しに赴き、宴席で女たちとたわむれる。アレクサンドロスがひそかに女装した青年たちを送りこみ、ペルシアの使節団はみな刺殺される。

*酒宴の席で敵を倒す→〔酒〕2の『源氏物語』「若菜」下など。

★3a.宴席に招かれざる客が現れる、または凶事が起こる。

『今昔物語集』巻28−3  円融院(在位969〜984)が子(ね)の日の野遊びに船岳へ御幸され、上達部や殿上人に加えて、大中臣能宣・源兼盛ら五人の歌人も召された。変わり者の老歌人・曾禰好忠が、招待されていないのにやって来て座に着いたが、押し問答の末、彼はその場からひきずり出されてしまった。

『赤死病の仮面』(ポオ)  蔓延する赤死病を避けてプロスペロ公が大伽藍にこもり、千人の騎士貴婦人を招いて仮装舞踏会を催す。宴たけなわの真夜中に、死顔の仮面に血まみれの装束の人物がいるのに人々は気づく。それこそは赤死病の化身であった。

『ダニエル書』第5章  ベルシャツァル(ベルシャザル)王と貴族一千人の酒宴の最中に、人の手の指が現れて壁に文字を記した。ダニエルが「メネ、メネ、テケル、パルシン」と読み解き、王の世の終わりを告げる。王はその夜のうちに殺された。

『眠れる森の美女』(ペロー)  王女が誕生し、洗礼式後の宴会に、名付け親として七人の仙女が招かれる。そこへ、五十年以上も塔にこもっていたため招待されなかった老仙女が現れて、王女が紡錐で手を刺して死ぬ、との運命を予告する〔*『いばら姫』(グリム)KHM50では、黄金の皿が十二枚しかないので、十三人目の仙女が招待されなかった、とする〕。

『マクベス』(シェイクスピア)第3幕  スコットランド王となったマクベスは、将来、僚友バンクォーの子孫に王位を奪われることのないように、刺客を放ってバンクォーを殺す(バンクォーの息子は逃げて無事だった)。その夜、マクベスは宮殿で晩餐会を開く。彼が挨拶を始めるとバンクォーの亡霊が現れ、マクベスの席につく。その姿はマクベス一人にしか見えない。マクベスは驚き恐れ、あらぬことを口走るので、マクベス夫人が宴会の中止を宣言し、客たちを帰らせる。

★3b.宴席にもたらされる訃報。

『園遊会』(マンスフィールド)  少女ローラの家でガーデン・パーティが開かれる直前、「近所に住む荷馬車屋が、妻と五人の小児を残して事故死した」との知らせがもたらされた。ローラは「パーティを中止しよう」と言うが、姉も母も取り合わない。客たちの満足のうちにパーティは終わり、その後、残りのサンドウィッチや菓子を持って、ローラは荷馬車屋を弔問する。

★4.婚礼の妨害。

『ジェーン・エア』(C.ブロンテ)  ジェーンとロチェスターの結婚式の最中、弁護士が現れて結婚の無効を訴える。実はロチェスターにはすでに精神病の妻がおり、彼は妻を屋敷内に隠していたのだった→〔夫の秘密〕1

『卒業』(ニコルズ)  ベン(演ずるのはダスティン・ホフマン)とエレイン(キャサリン・ロス)とは恋人どうしだが、ベンはエレインの母ロビンソン夫人に誘惑されて関係を持っていた。それを知ったエレインはベンと別れ、両親の勧める青年と結婚式をあげる。ベンは結婚式の行なわれている教会に駆けつけ、ガラスをたたいて「エレイン。エレイン」と叫ぶ。エレインもそれに答え、二人は手に手を取って式場から走り去る。

『日本の夜と霧』(大島渚)  一九六〇年、安保闘争の数ヵ月後。新聞記者野沢(演ずるのは渡辺文雄)と女子大生玲子の結婚披露宴。玲子の同志だった学生・太田が会場へ入って来て、闘争から身を引き結婚生活へ逃げ込む玲子を咎める。野沢の旧友も現れ、かつて学生運動の活動家だった野沢の思想と行動を批判する。野沢は反論し、他の列席者たちもまきこんで、果てしない論争が続く。警察が来て太田を逮捕し、披露宴は大混乱になる。

『モンテ・クリスト伯』(デュマ)1〜5  一等航海士エドモン・ダンテスは、乗り組んでいた船の船長が急死したため、十九歳の若さで後任の船長に任命された。船の会計係ダングラールは、このことをこころよく思わなかった。ダンテスには美しい許婚メルセデスがいたが、従兄にあたるフェルナンは、彼女に横恋慕していた。ダングラールとフェルナンは、ダンテスに無実の罪を負わせ、告発する。ダンテスとメルセデスとの婚約披露の宴席に兵士らが踏み込み、ダンテスは逮捕される→〔濡れ衣〕5

★5.秘密の仮装パーティ。

『アイズ ワイド シャット』(キューブリック)  医師ビル(演ずるのはトム・クルーズ)は変装して、ある館の仮装パーティに潜入する。そこでは、仮面をつけた大勢の裸体の男女による乱交が行なわれていた。ビルは部外者であることを見破られ、制裁を受けそうになる。その時、仮面に裸体の一人の女が「私が身代わりになるから、彼を解放してほしい」と訴える。ビルは無事に館から出ることができた。翌日、高級娼婦マンディーが薬物中毒死する。彼女は、昨夜の仮面の女だった。マンディーの死が不慮の中毒死なのか、それともビルの身代わりに殺されたのかは、わからなかった→〔麻薬〕4

 

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