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【隣の爺】

 *関連項目→〔真似〕

★1.幸運を得た爺の、隣に住む爺が真似をして失敗する。

『宇治拾遺物語』巻1−3  右頬に大きなこぶのある翁が、鬼たちの宴で上手に踊り、こぶを取ってもらう。左頬に大きなこぶのある隣の翁が、これをうらやんで、真似をして鬼に踊りを見せる。しかし下手な踊りだったので、鬼たちは「もうよい。この前あずかったこぶを返してやる」と言い、隣の翁の右頬にこぶをつける。隣の翁は、左右両頬にこぶのある翁になってしまった。

『地蔵浄土』(日本の昔話)  爺が、ころがった豆を追って行く。地蔵が立っていて、豆を食べてしまう。地蔵は豆の返礼に、「夜になると鬼たちが博打をするから、鶏の鳴きまねをして脅せ」と教える。爺が「コケコッコー」と鳴くと、鬼たちは「朝が来た」と思って金を置いて逃げ、爺はそれを得る。隣の爺が真似をするが、人間であると見破られ、鬼たちに叩かれて帰る(青森県三戸郡田子町石亀)。

『雑談集』(無住)巻2−3「災難病患等ノ有ル事」  マメ祖が畠作りに疲れ居眠りをする。猿たちが見て「仏様だ」と思い、暑預・栗など多くの供え物をする。隣家のモノクサ祖が妻にせがまれ、マメ祖の装束を借りて畠で仏様のふりをする。猿たちが仏様を川向こうへ運んで供養しようとするが、モノクサ祖は途中で笑ってしまい、猿たちは「人間だったのか」と言って川へ投げ入れる。

『花咲か爺』(日本の昔話)  愛犬シロが裏の畠でほえるので、正直爺が掘って見ると、多くの小判があった。隣の爺がシロを借りて畠を掘ると、犬の糞が出てくる。隣の爺は怒ってシロを殺し、榎樹(えのき)の下に埋める。正直爺が榎樹で臼を作って搗くと、餅がたくさん出る。隣の爺が臼を借りて搗くと、また犬の糞が出る。隣の爺は怒って臼を焼く→〔灰〕1

*鼠の家でもてなされる爺と、失敗する隣の爺→〔穴〕1の『鼠の浄土』(日本の昔話)。

*茶店の老夫婦の幸運と、髪結い床の親方の不運→〔無尽蔵〕7の『ぞろぞろ』(落語)。

★2.婆が真似をして失敗する物語もある。

『宇治拾遺物語』巻3−16  雀が、子供の投げた石に当たって腰を折り、婆が雀の手当てをする。回復した雀は、瓢(ひさご)の種一粒を落として飛び去る。瓢は美味な実をつけ、大きな瓢の中には白米が詰まっていた。隣の婆がこれをうらやみ、数羽の雀にわざと石をぶつけて、腰を折る。雀たちが落として行った種からは、苦い実がなり、瓢から虻・蜂・むかで・とかげ・蛇が出て、隣の婆を刺し殺した。

 

※隣の爺婆→〔宿を請う〕3の『大歳の客』(日本の昔話)。

 

 

【扉】

★1.扉を開く方法。

『古事記』上巻  太陽神アマテラスが天の岩屋戸にこもり、高天原も葦原中国も闇夜になった。八百万(やほよろづ)の神々は協議し、常世の長鳴鳥を鳴かせる。アメノウズメが裸で舞い、神々は大声で笑う。不思議に思ったアマテラスが岩屋の戸を少し開けると、神々はアマテラスに鏡を見せる。アマテラスがさらに身を乗り出したので、岩屋戸の脇に隠れていたタヂカラヲが、アマテラスの手を取って外へ引き出し、高天の原も葦原の中つ国も、明るい光を取り戻した〔*『日本書紀』巻1・神代上・第7段に類話〕。

*天の岩屋戸神話のもとは、卑弥呼の時代に起こった日食、という考え方もある→〔日食〕4の『火の鳥』(手塚治虫)「黎明編」。

*月の神が棺の中に入る=月食という解釈→〔月食〕4の『イシスとオシリスの伝説について』(プルタルコス)41〜44(オシリス)。

*扉を開く呪文を忘れてしまう→〔呪文〕2の『ジメリの山』(グリム)KHM142など。

★2.扉を開くことができるただ一人の人。

『うつほ物語』「蔵開」上  京極の俊蔭旧邸跡の蔵には頑丈な錠がかけられ、「俊蔭」の名で封じられていた。蔵に近づく者は皆死に、まわりに屍体が数知れずあった。俊蔭の孫・仲忠が、先祖の霊に祈り錠に手をふれると、はじめて蔵は開いた。中には、俊蔭が唐に渡ってから帰朝するまでに作った漢詩集や日記、書写した医薬書・陰陽道書・観相書など、貴重な書物が数多く納められていた。

『古今著聞集』巻1「神祇」第1・通巻16話  左衛門大夫源康季は、長年、上賀茂神社にお仕えしていた。正月十四日の夜、御戸(みと)開きの儀式を神官たちが行なうが、神殿の扉がどうしても開かない。ある神官が、神は康季の参上を待ち給う由を夢に見て、彼を迎えにやる。康季が来て、ようやく御戸は開いた。

★3a.遠くの場所へ通じる扉。どこでもドア。

『ドラえもん』(藤子・F・不二雄)「強〜いイシ」  ドラえもんの用意してくれるどこでもドアで、のび太は遠く離れた場所へ瞬時に行ける。人間の意志を強くする「強い石」に追われたのび太は、どこでもドアを通ってどんな遠くへも逃げられるのに、しずちゃんが入浴中の浴室へ飛びこみ、「習慣はおそろしい」とつぶやいた。

★3b.異郷へ通ずる扉。

『愛人ジュリエット』(カルネ)  青年ミシェル(演ずるのはジェラール・フィリップ)は、愛人ジュリエットを捜して、夢の世界「忘却の国」へ行く。そこでジュリエットとめぐり合うが、彼女を得ることはできず、ミシェルは目覚める。現実の世界でも彼は、貧しさゆえにジュリエットに見限られる。ジュリエットは、小金を持った初老の男と結婚するのである。絶望したミシェルは夜の街へ出て、工事現場の「危険・立入禁止」の扉を開け、中に歩み入る。そこには、あの懐かしい「忘却の国」があった。

『塀についた扉』(H・G・ウェルズ)  ウォレスは五〜六歳の頃ロンドンの町を歩いていて、塀についた緑色の扉を見、中へ入った。そこは魔法の庭園で、豹や猿などの動物や、美しく優しい人々がウォレスを歓迎してくれた。しかししばらくして気づくと、彼は塀の外におり、庭園は消えていた。ウォレスは成長後、有能な政治家になった。何度か緑色の扉を見たが、現実世界の仕事に追われ、扉を無視した。中年に達したウォレスは、ある夜、ついに扉を開けて中へ入る。扉の向こうは工事現場で深い穴が掘られており、彼は転落して死んだ。

★4.半開きの扉。

『半開きの戸』(イギリスの昔話)  荒野の一軒家で夫が死んだ。妻は死体の傍に一人でいるのが恐ろしく、誰か来ないかと思って戸を半開きにした。すると死体が起き上がって、にやにや妻に笑いかけた。司祭が通りかかり、戸を全開し、小指をくわえ、主の祈りを逆に唱えた。死体は静かになった。

★5a.七番目の扉を開ける〔*→『青ひげ』(ペロー)の変型〕。

『青ひげ公の城』(バラージュ)  青ひげ公が新妻ユディットの求めに応じて、城の七つの扉の鍵を渡す。ユディットは扉を次々に開ける。扉の向こうには、拷問室・武器庫・宝物蔵・花園・領地などがあった。「第七の扉の中には、青ひげ公の以前の妻たちの死体があるに違いない」とユディットは考える。しかし第七の扉からは、生きた三人の美女が出て来る。青ひげ公は「第一の女は夜明け、第二の女は真昼、第三の女は夕暮れに見つけた」と説明し、ユディットに向かって「第四の女は真夜中に見つけた」と言う。ユディットは三人の美女の後を追って、第七の扉へ入って行く。

『扉の影の秘密』(ラング)  建築家マークの屋敷には、歴史上の凄惨な殺人事件の舞台を再現した六つの部屋があった。マークは六つの部屋を新妻シリア(演ずるのはジョーン・ベネット)に見せ、「第七の部屋の扉は開けるな」と禁ずる。マークはシリアを寝室で殺そうと考えており、第七の扉の向こうにその寝室の複製を造って、記念とするつもりだった。マークの潜在意識内にある、母親への愛着と恨みの抑圧感情が、妻への殺人衝動に転化していたのだ。シリアはそのことをマークに教え、マークの殺人衝動は消えた。

★5b.十三番目の扉を開ける。

『マリアの子ども』(グリム)KHM3  処女マリアが少女を天国に連れて行き、十三の扉の鍵を渡して「十三番目の扉だけは開けてはいけない」と言いつける。十二の扉の中には、使徒が一人ずついる。禁じられた十三番目の扉を開けると、三位一体の本尊がある。少女は、罰で口をきくことができなくなる→〔無言〕2c

★6.回転扉。  

『サザエさん』(長谷川町子)朝日文庫版・第36巻45ページ  街へ出かけたカツオとワカメが回転ドアを見つけ、ぐるぐる回って遊ぶ。回転ドアを通ろうとしていた老婦人が巻き込まれ、いっしょに回転ドアの中をぐるぐる回って、外へ出られなくなってしまう。サザエが二人を叱ってやめさせると、目を回した老婦人がフラフラになって出て来る。

★7a.岩の扉を、天界から地上へ投げ落とす。

戸隠山の伝説  タヂカラヲが怪力で天の岩屋戸を開け、アマテラスの手を取って外へ連れ出した(*→〔扉〕1の『古事記』上巻)。その時、タヂカラヲがあまりに勢いよく岩戸を開けて投げたので、岩戸は遠く下界へ飛んで行き、日本の真ん中である信州信濃の地に落ちた。それが現在の戸隠山である(長野県上水内郡戸隠村)。 

★7b.岩の扉を怪力で割る。

巨人グミヤー(中国・プーラン族の神話)  太陽と月が岩屋に隠れたが(*→〔太陽を射る〕3)、地上の鳥獣たちの願いによって、外へ出ることを承知する。ところが大きな岩が出口をふさいでいて、出られない。獣たちが力を合わせて開けようとしても動かない。力持ちの猪が体当たりすると、ようやく岩は半分割れ、そこから太陽と月が出て来た。

★8.戸締りをする文明と戸締りをしない文明。

『三国史記』巻1「新羅本紀」第1・第1代始祖赫居世居西干30年  楽浪の軍隊が新羅に侵入した。新羅の人々は夜も戸締りをせず、穀物や牛馬も外へ出したままであった。これを見た楽浪の将兵は、「新羅は道義の行なわれている国だ。この国を襲うのは、盗みをするのと変わらない。恥ずべきことだ」と話し合い、そのまま引き上げた。

*扉に鍵をかけることを、はじめて知る→〔鍵〕1の『もたらされた文明』(星新一『悪魔のいる天国』)。

★9.黒い扉だと思ったら、夜の闇だった。

『煌(きらめ)ける城』(稲垣足穂)  神戸の街を歩く石野と「私」は、いつのまにか岩山の上の、サラセン風の城に来ていた。大広間の中央に黒い大きな扉がしまっていて、その向こうから、音楽や、話し声や、拍手や、足踏みの音が聞こえる。両方の手で扉を押すと、「私」の身体がフワッと宙に浮いた。それは扉ではなく黒い夜で、「私」は我が家の二階の窓から落ちたのだ。石野がそこにいるはずもなく、庭先のポプラの梢に月がかかっていた。

 

 

【妬婦】

★1a.嫉妬する妻が、夫のもう一人の妻を殺す。

『磯崎』(御伽草子)  磯崎殿という侍が、愛人を家へ住まわせて「新し殿」と名づけ置く。本妻がこれを妬み、ある夜、鬼の面をつけて新し殿を威し、打ち殺した→〔面〕1

『高野物語』(御伽草子)第4話  佐々木のせい阿弥陀仏は、在俗時、二人の妻を持っていた。彼が上京中に、本妻が新しい妻を酒宴に招き、酔わせ眠らせてから人に命じてくびり殺させ、死体を地蔵堂のある墓原に埋めた。

『沙石集』巻9−6  ある公卿の北の方が、夫の愛人である女を捕え、懐妊した腹に火熨斗(ひのし)を押し当てた。女の身体は膨れ上がり、火ぶくれが裂けて死んでしまった〔*その後、北の方も病気になり、身体が膨れて死んだ〕。

『歴史』(ヘロドトス)巻9−108〜112  クセルクセスは弟マシステスの妻に恋慕し、次いで彼女の娘アルタユンテ(クセルクセスにとっては姪にあたる)に恋着した。クセルクセスの妻アメストリスは、自分が夫に贈った上衣がアルタユンテの手に渡ったことを知って、元凶はアルタユンテの母(アメストリスにとっては義妹にあたる)だと考える。アメストリスは、アルタユンテの母の両乳房・鼻・耳・唇を切って犬に投げ与え、舌までも切り落とした。

*呂后は戚夫人を厠に置いた→〔厠〕4の『史記』「呂后本紀」第9。

★1b.妻が生霊・死霊となって、夫のもう一人の妻を取り殺す。

『源氏物語』「葵」  光源氏は葵の上を妻としつつ、六条御息所とも関係を続ける。賀茂祭の御禊の日、六条御息所の車と葵の上の車とが争い、六条御息所方が負けて屈辱を受ける。御息所は葵の上を恨んで生霊となり、産褥にある葵の上を苦しめる。車争いから四ヵ月余り後の八月下旬、夕霧を出産直後の葵の上を、ついに生霊は取り殺す。

*三島由紀夫の近代能『葵上』では、「六条御息所(みやすどころ)」ならぬ「六条康子(やすこ)」が、生霊となって現れる→〔生霊〕1b

『破約』(小泉八雲『日本雑録』)  臨終の妻に、夫は「決して再婚せぬ」と誓う。しかし家の断絶を避けるため、彼は新しい妻を娶る。夫が城中に宿直し不在の夜、死んだ妻の幽霊が現れ、若妻の首をもぎ取って殺す。

*廃院に棲む魔物、あるいは六条御息所の生霊が、夕顔を取り殺す→〔八月十五夜〕9の『源氏物語』「夕顔」。

★1c.妻が死霊となって、夫のもう一人の妻を取り殺し、ついで夫の命をも奪う。

『雨月物語』巻之3「吉備津の釜」  正太郎は貞淑な妻磯良がありながら、遊女袖を愛人にする。正太郎は磯良から金をだまし取って袖と駆け落ちし、磯良は恨み嘆きつつ病死する。正太郎と袖は親類宅に身を寄せるが、磯良の死霊のたたりで袖は病みつき、七日を経て死ぬ。磯良の死霊はさらに正太郎をも襲い、正太郎は四十二日間の物忌みをする。しかし最後の夜に殺される→〔時間〕7

『東海道四谷怪談』(鶴屋南北)「浪宅」  民谷伊右衛門は妻お岩を捨て、隣家の伊藤喜兵衛の孫娘お梅と祝言をする。お岩は死霊となり、祝言の夜にお梅と伊藤喜兵衛を殺す。お岩の死霊は、夫伊右衛門をさまざまに苦しめ、伊右衛門は錯乱状態になる。伊右衛門は、お岩の妹お袖の夫だった佐藤与茂七に討たれる。

★1d.もとの妻が、新たな妻を迎えた夫を殺す。

『水妖記(ウンディーネ)』(フーケー)  騎士フルトブラントは、水の精ウンディーネを愛して妻とする。しかし彼女の伯父の水怪キューレボルンがいろいろな悪戯をするので、フルトブラントは水の精と結婚したことを悔やむようになる。ウンディーネは嘆きつつドナウ川に姿を消し、フルトブラントは漁師の娘ベルタルダを新たな妻とする。婚礼の晩にウンディーネが来て、フルトブラントに死を宣告し、抱きしめる→〔涙〕4

★1e.嫉妬する妻が、死後多くの美女にたたる。

『酉陽雑俎』巻14−546  劉伯玉の妻段氏は嫉妬深く、夫を恨んで河へ身を投げた。彼女は水神となり、美女が船で河を渡ろうとすると嫉妬して荒波をたて、不器量な女の時には無事に通した。その船着場を妬婦津(とふしん)という。

★1f.嫉妬する妻が、夫の愛する火桶を壊す。

『火桶の草子』(御伽草子)  片田舎に爺と姥が住んでいた。爺は、夜はもっぱら火桶を友とし、暁ごとに火桶をだいにて(「題として」、あるいは「抱いて」の誤写か)歌を詠んだ。姥は嫉妬して、爺の留守中に、まさかりで火桶を割る。火桶からは、くれないの血がこぼれた。帰宅した爺は、姥と激しく口論するが、やがて姥は火桶を割ったことを詫び、爺と姥は和解する。

*嫉妬する妻が、夫の愛する人形を壊す→〔人形妻〕1の『人でなしの恋』(江戸川乱歩)。

★2.神々の妻の嫉妬。

『ギリシア神話』(アポロドロス)第2巻第1章  ゼウスの正妃ヘラは、夫が愛した女たちを迫害する。ゼウスはイオを犯した後、彼女を白い牝牛に変えてヘラを欺こうとした。ヘラは牝牛に虻を送り苦しめた。

『ギリシア神話』(アポロドロス)第3巻第8章  ゼウスはカリストと床をともにし、ヘラに気づかれぬよう彼女を熊の姿に変えておいた。ヘラはそれを知り、カリストをそのまま猛獣として射殺しようとした。

『古事記』上巻  オホナムヂ(大国主命)の后スセリビメは嫉妬深かった。稲羽のヤガミヒメは八十神(やそかみ)の求婚をしりぞけてオホナムヂと結婚したが、彼女はスセリビメの嫉妬を恐れ、産んだ子を木の股にさし挟んで、去った。

*女神(弁天様)の嫉妬→〔縁切り〕5の井の頭公園でボートに乗ると(日本の現代伝説『幸福のEメール』)。

★3.后の嫉妬。

『大鏡』「師輔伝」  村上帝の皇后安子が、壁に穴を開けて隣の局の女御芳子をのぞき見る。「この美貌ゆえに帝寵が厚いのか」と嫉妬した安子は、壁穴を通るくらいの小さな土器の破片を、女房に命じて投げつけさせた。

『古事記』下巻  仁徳帝の后石之日賣(いはのひめ)は非常に嫉妬深かった。帝は吉備の黒日売を召し寄せたが、黒日賣は后の嫉妬を恐れて本国へ逃げ帰った。また、后が紀伊国に出かけている時に、帝は八田若郎女を愛した。これを知った后は難波の宮に戻らず、山城へ行ってしまった。

★4.妹への嫉妬。

『黄金のろば』(アプレイユス)巻の4〜6  王女プシュケは、姿を見せぬ夫エロス(クピード)と立派な宮殿で幸せに暮らす。彼女の姉二人が嫉妬し、「お前の夫の正体は恐ろしい大蛇だ」と言って脅す→〔夫〕6

『ペンタメローネ』(バジーレ)第2日第9話  貧しい三人姉妹の末子ルチエッラが、立派な宮殿で謎の夫と裕福に暮らす。姉二人が妹の幸福に嫉妬し、夜、明かりをつけて夫の姿を見るようにそそのかす。夫は美しい若者だったが、自分の姿を見られたことを怒り、ルチエッラにボロを着せて追い出す。

★5.嫉妬する女の怒りの形相。

『妹背山婦女庭訓(いもせやまおんなていきん)4段目「御殿」  杉酒屋の娘お三輪は、烏帽子折の求女を恋し、そのあとを追って、逆臣・蘇我入鹿の三笠山御殿へやって来る。そこで彼女は、「今宵は入鹿の妹橘姫と求女の内祝言」と聞かされ、また御殿の官女たちにからかわれて、すさまじい怒りの形相をあらわす。それを見た猟師鱶七(実は忠臣・金輪五郎今国)は、刀でお三輪を刺し殺す。入鹿を倒すためには、疑着(=嫉妬)の相の女の生血が必要なのであった。

 

 

【ともし火】

 *関連項目→〔火〕

★1.ともし火は命の火でもある。ともし火が消えると人も死ぬ。

『三国志演義』第103回  重病の諸葛孔明が、幕中に祭壇を築き北斗を祭る。中央の主燈が七日間消えなければ、十二年の命を得ることができる。祈祷を続けると主燈は明るさを増すが、六日目の夜、魏延が敵襲を知らせに駆けこみ、主燈を踏み消す。孔明は天命の尽きたことを知る。

『性に眼覚める頃』(室生犀星)  十七歳の「私」は、七十歳近い養父と一緒に寺院で暮らしていた。夏の終わり頃、「私」と同年の、文学上の友・表棹影(おもてとうえい)が肺病で寝ついたので、「私」は養父にお経をあげてくれるよう頼む。養父は本堂で一時間ほど誦経したが、「お経中に灯明が消えてしまった。その方は難しいようだね」と言った。秋の半ば過ぎに、友は死んだ。

*ろうそくが燃え尽きると、命も尽きる→〔ろうそく〕2の『死神の谷』(ラング)など。

*ともし火に浮かぶ愛人の姿→〔口と魂〕5の『今鏡』「打聞」第10「敷島の打聞」。

*生命の根源(魂)が、身体から離れた別の所にある→〔体外の魂〕

★2a.「世人が愚かだから」と言って、白昼に火をともす。

『大智度論』巻11  バラモンの大論議師提舎が頭に火を載せ、「真っ暗闇だ」と言って、王舎城に来る。人々が「日が出て明るく照らしているのに」と不思議がると、提舎は「闇に二種類ある。日が照らさぬことと、愚かさの闇がおおっていることだ。今、日の明るさはあるが、愚かさの闇はいっそう暗い」と答える。

『法句譬喩経』巻1「多聞品」第3・第2話  自らを「無比の賢者だ」とうぬぼれた梵志が、昼間に炬火を持って城市を行く。人々の問いに、梵志は「世人が皆愚冥だから、炬火で照らすのだ」と答える。仏が、「盲人が燈火を持つごとく、汝自身が暗い」と説き、梵志は慙愧する。

★2b.白昼に火をともして、人間を探す。

『ギリシア哲学者列伝』(ラエルティオス)第6巻第2章「ディオゲネス」  ディオゲネスは、白昼、ランプに火をともして、「僕は人間を探しているのだ」と言った〔*「あちこち歩き廻っていた」と記すテキストもある〕。

★2c.白昼に火をともして、神を探す。

『悦ばしき知識』(ニーチェ)第3書125  狂人が白昼に提灯をつけ、市場へ駆けてきて「おれは神を探している」と叫ぶ。人々が「神様は迷子になったのか? 隠れん坊をしたのか?」と嘲笑すると、狂人は「おれたちが神を殺したのだ。白昼に提灯をつけねばならぬほど、深い夜が来るのだ」と言い、提灯を地面に投げつける。灯が消える。

★2d.白昼に火をともすのとは逆に、闇夜に灯を消して真っ暗にする。それで悟りを開いた人がいる。

『無門関』(慧開)28「久嚮龍潭」  徳山(とくさん)が、龍潭和尚の寺を訪れて教えを請う。夜が更けて徳山は帰り支度をするが、外は真っ暗なので引き返して来る。龍潭和尚は、提灯に火を入れて徳山に渡す。徳山が提灯を受け取ろうとした時、龍潭和尚はフッと火を吹き消す。そのとたん、徳山は悟りを開いた。

★3.闇夜のともし火を守る。   

『ユング自伝』3「学生時代」  「私(ユング)」は夜の靄の中を、強風に抗して進んで行く夢を見た。「私」は今にも消えそうな小さなあかりを、手で囲んでいた。背後から、黒い大きな人影が追いかけて来る。どんな危険を冒しても、この小さな光だけは風の中で一晩中守らねばならないことを、「私」は知っていた。背後の人影は「私」自身の影、小さなあかりは「私」の意識を意味していた。

★4.ともし火を消す女。   

『化銀杏』(泉鏡花)  お貞は病中の良人(おっと)を殺したが、狂者の挙動であるとして、無罪になった。彼女は良人殺しの面(おもて)を見られることを恥じ、伯父が営む旅店の暗い一室にこもって、日光を避ける。夜半、旅客の部屋に行燈の光がある時には、お貞はこれを恐れ、部屋を訪れて火を吹き消した。髪を銀杏返しに結った幽霊が出るというので、その宿は「化銀杏の旅店」と呼ばれた。

吹き消し婆(水木しげる『図説日本妖怪大全』)  ロウソクや行灯を明々とつけて宴会をしていると、風もないのにフッと火が消えてしまう。油はまだあるし、灯心が燃え尽きたわけでもない。これは吹き消し婆が、遠く離れた所からフーッと息を吹きかけ、火を消したのだ。宴会がすんで、帰る客が手に持つ提灯の火が、急に小さくなったり、消えたりする。これも吹き消し婆のしわざだ。火を消す以外の悪さはしないが、これが出現すると町は真っ暗闇になるから、厄介なことだ。

*火を消す女→〔火〕5の食人から始まった言語(南オーストラリア、ナリニェリ族の神話)。

★5.ともし火代わりに、家に火をつける。   

『かぶ焼き甚四郎』(日本の昔話)  甚四郎が、嫁の親である朝日長者夫妻を招いて御馳走する。夜になって長者夫妻が帰る時、甚四郎は「朝日長者殿のお帰りだ。明るくしよう」と言って、家に火をつける。長者夫妻が帰りつくまで、家は明るく燃えていた。甚四郎はすぐまた、りっぱな家を建てた(*→〔同音異義〕1a)。しばらく後、朝日長者は返礼に甚四郎夫婦を招き、同様に家に火をつけて、夜道を明るくする。しかし朝日長者は家を再建できず、小屋に住んだ(岩手県上閉伊郡)。

★6.電燈。

『燈籠』(太宰治)  「私(さき子)」の万引き事件(*→〔盗み〕2)からしばらくの後、父は「電燈が暗くては、気が滅入る」と言って、六畳間の電球を五十燭の明るいものに取り替えた。父と母と「私」は、明るい電燈の下で夕食をいただいた。母は「ああ、まぶしい」とはしゃぎ、「私」は父にお酌をした。この、つつましい電燈をともした「私」たちの一家が、綺麗な走馬燈のような気がして、静かなよろこびが「私」の胸にこみあげて来た。

 

 

【虎】

★1.虎退治。

『国性爺合戦』(近松門左衛門)2段目「千里が竹」  大明国の千里が竹に迷い入った和藤内は、猛虎と出会い格闘する。力は互角であったが、付き添う母の教えで伊勢大神宮の御祓を突きつけると、ようやく虎はおとなしくなる。そこへ唐人たちが押し寄せるが、猛虎が和藤内母子に味方するので唐人たちは降参し、和藤内の家来になる。

『水滸伝』百二十回本第23回  景陽岡に人喰い虎が出るゆえ、通行の旅商人らは昼間に限り、大勢で隊を組んで通るべし、との告示が出される。酔った武松が夕暮れ時に一人で景陽岡の峠を登り、襲いかかる虎を押さえつけて拳骨で滅多打ちし、殴り殺す。

『水滸伝』百二十回本第43回  李逵は、盲目の老母を梁山泊に迎えて安楽に暮らさせたいと考え、夜、老母を背負い沂嶺の山越えをする。ところが、李逵が水を汲みに行っている間に、老母は虎に食い殺される。李逵は怒り、老母の腿をしゃぶる二匹の子虎と、その親の二頭の大虎を、朴刀をふるって殺す。

★2.絵の虎。

『傾城反魂香』(近松門左衛門)「土佐将監閑居の場」  大虎が現れて村々を荒らす。土佐将監光信が、「これは名手の描いた虎の絵に魂が入って、抜け出たものだ」と見抜き、「その証拠に足跡がないはず」と言う。百姓たちが地面を見回すと、確かに足跡がない。将監の弟子修理之助が、「絵ならば筆先で描き消そう」と言って、虎を消してしまう。

『南総里見八犬伝』第9輯巻之27第143回〜巻之30第148回  巨勢金岡(こせのかなおか)が掛け軸に描いた虎が、絵から抜け出て人を襲う(*→〔瞳〕1)。犬江親兵衛が虎の両眼を矢で射て、殴り殺す。管領細河政元が死骸を検分に行き、家来らが、虎の矢を抜き四足を合わせて縛ろうとすると、忽然として虎は姿を消す。掛け軸を開くと、虎はその中に戻っていた。

*「絵の虎を縛れ」との難題→〔難題問答〕1の『一休と虎』(日本の昔話)。

★3.心身を病んだ人間が、虎に変わる。

『淮南子』「俶真訓」第2  昔、公牛哀は変化の病にかかり、七日目に虎になった。兄が戸口から様子をのぞきに入ると、とびかかって殺してしまった。

『山月記』(中島敦)  李徴は詩人を志すが文名上がらず、やむなく地方官吏となる。鬱屈した思いを抱く彼は、ある夜旅宿で発狂し、闇の中へ駆け出して人喰い虎と化す。翌年、李徴は虎の身のまま旧友に再会し、過去を述懐する。

『太平広記』巻430所引『野人閑話』  不孝不義の男がおり、帰りの遅い彼を母親が市門に出迎えたが、男はかえって母親を罵った。男はその後市門を出て路上に坐し、一声叫んで着物を脱ぎ、赤虎に変わった。王が臣下に命じてこれを射殺させた。

『太平広記』巻432所引『原化記』  南陽山に住む男が熱病にかかり、「お前は虎になる」と告げられる。翌日、病気が治って外出すると、歩いているうちに虎に化す。不思議な老人が現れ、「王評事という人を食えば人間に戻れる」と教えるので、男は王評事を襲って食い、人間に戻る。前後数日間の出来事と思われたが、家に帰ると、すでに七〜八ヵ月が経過していた→〔過去〕2

★4.虎に変身する術。

『捜神後記』巻4−7(通巻47話)  魏の時代、尋陽県の北の山中に住む蛮族は、人を虎に化す術を持っていた。ある男がこの術を習い、虎の絵と呪文を記した紙を髻(もとどり)におさめ、虎に変じて、妻と妹に見せた。男の主人がこれを知り、男を酔わせてその秘法を聞き出した。

★5.虎に自分の身体を食わせる。

『高丘親王航海記』(澁澤龍彦)  貞観七年(865)一月。六十七歳の高丘親王は、広州から船で天竺へ向かう。途中、親王は真珠を呑み込んだために、喉が痛み声がかすれて、自らの死が間近に迫ったことを悟る。親王は、身体を羅越国の虎に食わせることによって天竺へ到達しよう、と考える。虎は親王を腹中にして、天竺までひた走る。親王の死は、貞観七年の末と推定されている。 

*薩タ王子が衣を脱いで竹にかけ、自分の身を虎に喰わせた→〔犠牲〕4bの『三宝絵詞』上−11。   

★6.虎に食われないように、いろいろな物を与えて逃れる。

『ちびくろサンボ』(バナーマン)  ちびくろサンボが、赤い上着に青いズボン、紫の靴に緑の傘、といういでたちで、ジャングルへ散歩に出かける。虎が次々に現れてサンボを食べようとするので、サンボは最初の虎に赤い上着、二番目の虎に青いズボン、三番目の虎に紫の靴、四番目の虎に緑の傘を与える。虎たちはそれぞれ、「これで俺様は、ジャングルでいちばん立派な虎になったぞ」と喜んで、どこかへ行ってしまう→〔周回〕3

★7.虎の皮。

『河東記』(唐・作者不詳)7「山林を慕う妻」  ある男が、都から漢州(四川省)へ赴任する道筋で、雪に遭って一軒家に宿を請う。その家には老夫婦と一人娘がいたが、男は娘を気に入り、妻として任地へ連れて行く。男と妻は仲むつまじく、任地で一男一女をもうけた。任期が終わり、一家は都へ帰る旅の途中、妻の実家に立ち寄る。そこにはもう父母の姿はなく、妻はさめざめと泣いた。そのうちに妻は一枚の虎の皮を見つけ出し、「これがまだここにあったのか」と笑って、その皮を着る。妻は虎に変じ、夫と子供二人を残して、どこかへ走り去った。 

*羽衣を見つけ出した天女が、夫や子供を残して天に昇った→〔水浴〕1aの『近江国風土記』逸文。

 

※虎に見えた石→〔石〕9cの『捜神記』巻11−1(通巻263話)。

※人間に化けていた虎が正体をあらわす→〔片腕〕1の『太平広記』巻432所引『広異記』。 

※虎の教え→〔鍼(はり)〕1の『日本書紀』巻24皇極天皇4年4月。

※虎の威を借る狐→〔狐〕11の『戦国策』第14「楚(1)」172。

 

 

【鳥】

★1.鳥が飛び入る。

『古事談』巻6−2  李部王(重明親王)は、その邸宅東三条殿の南面に金鳳が来て舞う夢を見、帝位につく兆と思ったが、叶わなかった。後、藤原兼家がその邸宅を伝領し、一条院が鳳輦に乗って西廊の切間より出御された。

『捜神記』巻9−4(通巻240話)  婦人張氏が一人で部屋にいた時、鳩が外から飛びこみ、懐に入った。張氏が懐を探ると、鳩の代わりに金の帯留めがあった。以来、張氏の家は金持ちになって、財産は一万倍に達する。ある時、商人に帯留めを盗まれてしまい、張家の家運は傾いた。しかし盗んだ商人も、たびたび災難に遭うようになったので、彼は帯留めを張家に返す。以後、張家は再び繁栄した。

『捜神記』巻9−7(通巻243話)  賈誼(かぎ)の屋敷に、フク鳥(みみずくの類。不吉な鳥といわれる)が飛びこみ、賈誼の傍らにしばらく止まって去った。賈誼が書物を調べ、占ってみると、「野鳥が部屋に飛びこめば、主はその家を去る」と出た。賈誼は不吉を感じるが、「禍福は意に介さず、生命は天にまかせよう」と考え直した〔*賈誼がその後どうなったかは記されていない〕。

『日本書紀』巻11仁徳天皇元年(313)正月  かつて仁徳天皇が生まれた日、木菟(つく)が産殿に飛びこんで来た。翌朝、父応神天皇が大臣武内宿禰に「どういう瑞兆か」と問うと、大臣は「吉兆です。また昨日、我が妻の産の折に、鷦鷯(さざき)が産屋に飛び入りました」と答えた→〔交換〕9

*不吉なふくろう→〔凶兆〕2の『変身物語』(オヴィディウス)巻6。 

*鷹が、家の裏山へ飛んで来る→〔鷹〕3の『竹の声桃の花』(川端康成)。

★2.鳥が手紙を運ぶ。

『怪人二十面相』(江戸川乱歩)「伝書バト」〜「小林少年の勝利」  小林芳雄少年が怪人二十面相に捕らわれ、二十面相の隠れ家の地下室に監禁される。小林少年は、自分のいる場所を記した紙片を伝書鳩のピッポちゃんにつけて放し、助けを請う。まもなく警官隊が駆けつけ、二十面相を逮捕する〔*しかし、つかまったのは身代わりで、本物の二十面相は警官に変装して逃げてしまった〕。

*鷹に、手紙を書くための墨・硯まで運ばせる→〔鷹〕4の『百合若大臣』(幸若舞)。

★3.鳥が宝石を呑み込む。

『青いガーネット』(ドイル)  男が、伯爵夫人の宝石箱から青いガーネットを盗み、それを鵞鳥に呑み込ませて隠す。後で鵞鳥を料理し、ガーネットを取り出すつもりであった。ところが男は、間違えて別の鵞鳥を持ち帰り、解体してもガーネットが出てこなかったので、あわてる。男はガーネットを呑み込んだ鵞鳥を捜して、街中を走り回っているところを、ホームズに捕らえられる〔*これより先、守衛のピータースンが偶然その鵞鳥を手に入れ、宝石が出てきたので、驚いてホームズに知らせたのだった〕。

『宝物集』(七巻本)巻5  玉造りの男が玉を磨く途中で席をはずした時、鵞鳥がやって来て、玉を呑んでしまった。玉造りは、その場にいた乞食沙門が玉を盗んだのだと思い、大きな金槌で乞食沙門を打って責めた。すると金槌が抜けて鵞鳥の頭にあたり、鵞鳥は死んだ。鵞鳥の腹を開けて見ると玉があったので、玉造りは、罪のない乞食沙門を責めたことを悔い悲しんだ。

★4.鳥の大群が、不特定多数の人々を襲う。

『鳥』(デュ・モーリア)  或る日突然、大小さまざまな鳥たちが鋭い嘴で人間を襲いはじめる。人々は家の中に逃げ込むが、鳥たちは窓や煙突から侵入し、いくら殺しても、あとからあとからやって来る。田舎の農場で働くナット一家は、いちはやく家の隙間を塞いで、当座の難を逃れる。しかし近隣の人々は皆死んだらしく、ロンドンからのラジオ放送も途絶える。ナット一家もいつまで持ちこたえられるかわからない。

*蟻の大群が、不特定多数の人々を襲う→〔蟻〕6の『アリの帝国』(H・G・ウェルズ)。 

★5.一羽の鳥が、恨みのある人を襲う。

『半七捕物帳』(岡本綺堂)「大森の鶏」  女が茶店で休んでいると、茶店で飼っている鶏がいきなり女に襲いかかり、何ヵ所もの傷を負わせた。女は前年まで軍鶏(しゃも)屋を営んでおり、情夫と共謀して亭主を殺した後、軍鶏屋を廃業した。その折に売り払った鶏が、めぐりめぐって茶店で女と再会したのだった。女は「死んだ亭主の魂が鶏に乗り移ったのだろう」と言った。傷口から黴菌が入って、女は死んでしまった。

★6.聖者が鳥に説教する。

『黄金伝説』143「聖フランキスクス(フランチェスコ)」  聖フランキスクスは、しばしば小鳥たちに説教した。小鳥たちは彼の言葉に耳をかたむけ、おとなしくなでてもらい、許しがあるまで飛び立たなかった。ある時、説教中に燕がやかましく鳴いたので、聖フランキスクスは注意した。燕はたちまち静かになった。 

★7.鳥を探す。

『青い鳥』(メーテルリンク)  木こり一家の子供チルチルとミチルが、青い鳥を探す旅に出る。「思い出の国」で、死んだ祖父と祖母から青い鳥をもらうが、それはすぐに黒くなってしまう。「夜の御殿」の花園では、たくさんの青い鳥をつかまえるが、花園から出ると鳥たちは死んでいた。「未来の国」で捕らえた青い鳥は、赤く変色した。結局青い鳥を得られずに、チルチルとミチルは家に帰る。すると、家で飼っていたキジバトが青い鳥になっていたので、二人は驚く〔*しかし青い鳥は、逃げ去ってしまう〕。

★8.絵に描かれた鳥の不思議。

千駄塚の伝説  長者の家に鶏を描いた掛け軸があり、毎朝鳴いた。旅の商人が「絵の鶏が鳴くはずがない」と言って長者と賭けをし、千駄の荷をすべて失った。翌年、同じ商人が再び「絵の鶏が鳴くはずがない」と言って長者と賭けをし、今度は朝になっても鶏が鳴かなかったので、商人は前年取られた千駄の荷を取り戻した。あとで長者が見ると、鶏の喉に針が刺してあった(栃木県小山市旧間々田町)。

『抜け雀』(落語)  青年絵師が宿屋の衝立に描いた雀が、抜け出て飛び回る。絵師の父が、「これでは雀が休む所がない」と言って鳥籠を描き加える。青年絵師は「親を籠描き(駕籠舁き)にした」と不孝を詫びる。

★9.双頭の鳥。

『和漢三才図会』巻第44・山禽類「命命鳥」  『雑宝蔵経』に言う。昔、雪山に命命鳥というのがいた。一身二頭(A頭とB頭)で、A頭はいつも美果を食べていたので、B頭が「わしは一度も美果を食べたことがないのに」と嫉妬して、毒果をA頭に食べさせた。その結果、鳥は(A頭もB頭も)死んでしまった。これは釈迦と提婆とに比したものである。

★10.鳥の化身である夫。 

『雁の草子』(御伽草子)  両親に先立たれた女が、秋の夜空を飛ぶ雁を見て、「頼れるものなら、鳥のようなものにでも頼りたい」と思う。すると「越路の兵衛佐秋春」と名乗る男が訪れ、女のもとへ毎夜通うようになった。しかし翌年の春、男は「故郷へ帰らねばならない。秋になったらまた来る」と別れを告げる。女が見送ると、軒端から雁が飛び立ったので、男が雁の化身であることがわかった→〔夢で得た物〕1

 

 

【鳥に化す】

★1.人が死後に鳥に化す。

『古事記』中巻  能褒野に病み倒れたヤマトタケルは、死後、八尋白智鳥となって天を翔け、浜に向かって飛び去った。后や御子たちが、泣きながらその後を追った〔*『日本書紀』巻7景行天皇40年是歳では、能褒野に葬られたヤマトタケルが白鳥となって陵より出て、倭国をさして飛び去った、とする〕。

『古事談』巻2−73  藤原実方は、蔵人頭に補せられなかったのを怨んで死んだ。そのため執心が残って雀となり、殿上の間の小台盤にいて食物をつついた〔*『十訓抄』第8−1に類話〕。

『今昔物語集』巻9−20  周の伊尹の子伯奇が継母のために家を追われ、河中に身を投ずる。死後、伯奇は鳥となって父のところへ飛んで来る。継母が「その怪鳥を射よ」と言うので父が矢を放つと、矢は鳥の方へは飛ばず継母の胸に当たる〔*継母に殺された子が小鳥となり、帰宅した父に継母の悪行を知らせるという昔話『継子と鳥』に類似する〕。

『曾我物語』巻5「鴛鴦の剣羽の事」  しそう王が、臣下かんはくを深い淵に沈めた。かんはくの妻は夫のあとを追って、同じ淵に投身した。かんはく夫婦の精は、一つがいの鴛鴦となる。鴛鴦は思羽(剣羽)で王の首をかき落とし、淵に飛び入って姿を消した。

寺つつき(鳥山石燕『今昔画図続百鬼』)  物部守屋は仏法を嫌い、厩戸皇子(聖徳太子)によって滅ぼされた。守屋の霊は鳥となって、寺の堂塔伽藍を壊そうとした。この鳥を名づけて「寺つつき」という。 

*死後、鶯に化して歌を詠む→〔動物音声〕3の『曾我物語』巻5「鶯・蛙の歌の事」。

*死後、小鳥に化して海を埋めようとする→〔海〕6の『山海経(せんがいきょう)』第3「北山経」。

★2.人が生きたまま鳥に化す。

『浦島太郎』(御伽草子)  龍宮城の女房からもらった玉手箱を開けたため、二十四〜五歳の浦島はたちまち老衰する。やがて浦島は鶴となって、虚空に飛び上がった〔*浦島の化身の鶴は、蓬莱の山で遊んだ。龍宮城の女房の本体は亀であり、万年を経た。それゆえ鶴と亀は、めでたいことのたとえに引かれるのである〕。

『ギリシア神話』(アポロドロス)第3巻第14章  プロクネとピロメラの姉妹は、幼児イテュスを殺し、料理して、その父テレウスに食べさせた。テレウスは怒り、姉妹を追う。逃げる姉妹はそのまま夜鴬と燕に化し、追うテレウスは、やつがしらになった〔*『変身物語』(オヴィディウス)巻6に類話〕。

*娘が鶉に変身して、身を投げる→〔性交せず〕1の『ギリシア神話』(アポロドロス)第1巻第4章。  

*身投げした男が、鷹に変身する→〔鷹〕5の『変身物語』(オヴィディウス)巻11。  

*全身に鳥の毛が生える→〔鷹〕6aの『古事談』巻4−13。

★3.鳥になろうとして、なれなかった少年。 

『春の鳥』(国木田独歩)  六〜七年前、地方(大分県)で教師をしていた時、「私」は六蔵という白痴の少年を知った。彼は数も数えられず、満足に会話もできなかったが、鳥が好きで、どんな鳥を見ても「からす」と言った。三月の末に、六蔵は城址の高い石垣から落ちて死んだ。鳥のように空を翔け廻るつもりで身を躍(おど)らしたもの、と「私」には思われた。六蔵の母親と「私」が墓に詣った時、一羽のからすが森から現れて、浜の方へ飛んで行った。

 

※餅が鳥に変わる→〔餅〕1aの『豊後国風土記』速見の郡田野、→〔餅〕1bの餅が白鳥に化した伝説。

※鳥が餅に変わる→〔餅〕2の『豊後国風土記』総記。

 

 

【鳥の教え】

★1.鳥の行動に教えられる。

コーヒー発見の伝説  アラビアの回教徒シェーク・オマールが、山中で一羽の鳥が赤い木の実をついばみ、陽気にさえずるありさまを見た。オマールもその木の実を採り、煮出し汁を飲んだところ、心身に精気がよみがえった。医者でもあったオマールは、この実を用いて多くの病人を救った〔*エチオピアの山羊飼いカルディが、赤い実を食べ日夜動き回る山羊の群れを見て、コーヒーの効果を知ったという伝説もある〕。 

*鳥のふるまいを見て酒を発見する→〔酒〕13の『ジャータカ』第512話、『曽我物語』巻2「酒の事」、→〔踊り〕4の雀躍(高木敏雄『日本伝説集』第22)。

『古今著聞集』巻9「武勇」第12・通巻337話  後三年の役の時。一行(ひとつら)の鴈が田に降りようとして何かに驚き、列を乱して飛び帰った。これを見た八幡太郎源義家は、かつて大江匡房から「軍(いくさ)、野に伏す時は、飛鴈つらをやぶる」と教わったことを思い出し、野に敵兵が潜んでいると察知する。義家は敵を打ち破り、「江帥(がうそつ=大江匡房)の一言がなかったら、危ない所だった」と言った。

『平治物語』下「悪源太誅せらるる事」  悪源太義平が、平家の人々を討とうと都周辺に潜伏する。ある日義平は、逢坂山で前後不覚に眠ってしまう。鴈の列がその上を飛ぶ時、左右へパッと分かれる。難波次郎経遠が、通りかかってこれを見る。経遠は「『敵(かたき)、野にふす時は、飛鴈行(つら)を乱る』と古書にある」と言って山中を探し、悪源太義平を捕らえた。    

『保元物語』(古活字本)巻下「為朝鬼が島に渡る事並びに最後の事」  源為朝は、伊豆の大嶋へ流罪になった。ある時為朝は、大嶋からさらに沖へ飛んで行く白鷺・青鷺、二羽を見る。彼は沖に島があることを察し、舟を出して未知の島に到った。島の住民は「我々は鬼の子孫で、ここは鬼が嶋です」と言う。為朝は、島の名を「蘆嶋」と改めて領有した。

『マハーバーラタ』第10巻「夜襲の巻」  アシュヴァッターマンは、父ドローナを謀殺したパーンドゥ軍への復讐の念を抱き、森で夜を過ごす。一羽の大フクロウが現れ、菩提樹に眠る何千もの烏を襲い次々と殺す。これを見てアシュヴァッターマンは夜襲を思いつき、パーンドゥ軍の陣に侵入して、眠る戦士たちのほとんどを殺す。

*雀の真似をして草を食べ、腹の中の針を体外へ出す→〔草〕2の雀の宮の伝説。

*船から鳩を放ち、鳩が降りる地面があるかどうか探る→〔鳩〕1の『創世記』第8章(ノアの箱船)。

*遠望すると水に見えたが、小鳥がそれをついばんだので、白米だとわかった→〔食物〕2aの白米城の伝説。

*鶺鴒(にはくなぶり)の体の動きを見て、イザナキ・イザナミは性交の方法を知る→〔動物教導〕3bの『日本書紀』巻1・第4段一書第5。

★2.鳥の行動から、人生や男女関係についての教訓を得る。

『閑居の友』上−13  鳥籠に入れた二羽の山がらのうち、一羽は多く餌を食い肥えて活発だった。もう一羽は物も食わず痩せほそり、やがて籠の目からぬけ出て飛び去った。これを見た男は、「憂き世を出でんとする人も、この痩せ鳥のごとくあるべきだ」と悟り、剃髪した。

『今昔物語集』巻19−6  京の生侍が、産後の妻に食べさせるため、美々度呂池の雄鴨を射殺す。ところが雌鴨が夫鴨の後を慕い来て、棹に懸けた夫鴨の遺体に寄り添う。これに感じた生侍は、愛宕護山へ登り法師となる。

『日本霊異記』中−2  雌烏が、夫烏の留守の間に他の雄烏と姦通し、雛鳥を捨てて顧みなかった。これを見た泉郡の大領血沼県主倭麻呂は世をいとい、妻子と別れて出家した。

★3.鳥に導かれて移動する。

『太平記』巻9「高氏願書を篠村の八幡宮に籠めらるる事」  足利高氏が、丹波篠村の新八幡に北条幕府討伐を祈り、願書と矢を奉る。山鳩一つがいが飛来し、その後を追って行軍すると、山鳩は都の大内裏の旧跡に到り、神祇官の前の樗の木に止まった。

*烏に導かれる→〔烏(鴉)の教え〕5の『古事記』中巻など。

★4.鳥が、死体のありかを教える。

『菅原伝授手習鑑』2段目「道明寺」  淵川へ沈んで行方のわからぬ死体がある時は、鶏を船に乗せて捜せば、死体のある所で鶏は鳴く。この習性を利用して、悪人土師兵衛・直禰太郎父子が箱の蓋に鶏を乗せ、死体を沈めた池に浮かべて、夜のうちに鶏を鳴かせる→〔鶏〕2

*烏(鴉)が、死体のありかを教える→〔烏(鴉)の教え〕3aの『渦巻ける烏の群』(黒島伝治)。

★5.鳥が、盗難を教える。

『トプカピ』(ダッシン)  盗賊団(リーダーを演ずるのはメリナ・メルクーリ)が、イスタンブールのトプカピ(トプカプ)宮殿にあるスルタンの宝剣を盗もうと計画する。どんな軽い物が床に触れても警報が鳴るので、彼らは天窓から侵入し、ロープで身体を吊り下げて宝剣を取り、にせものとすりかえておく。これで、国外に逃亡するまで、盗みは発覚しないはずだった。ところが、一羽の小鳥が天窓から入り込んだことに、盗賊団は気づかなかった。小鳥は床に降り、警報が鳴り響いた。

★6.千鳥の香炉が、身の危険を教える。

『絵本太閤記』  石川五右衛門は、関白秀次の家臣木村常陸介から、太閤秀吉暗殺を依頼される。五右衛門は伏見城の奥深くに忍び入り、高いびきで眠る太閤を討とうと、刀に手をかける。その時、太閤の枕元に置かれた千鳥の香炉が、数声鳴く。思いがけぬことに五右衛門がたじろぐ間に、太閤は起き上がって家来を呼ぶ。五右衛門は捕らえられて、釜茹でになる→〔釜〕5の『本朝二十不孝』(井原西鶴)巻2−1「我と身を焦がす釜が淵」。

★7.鳥の言葉に教えられる。

『瓜姫物語』(御伽草子)  あまのさぐめが瓜姫をつかまえて木の上に縛りつけ、自分が瓜姫の代わりに守護代の嫁になろうとする。夜、嫁迎えの輿に乗せられて木の下道を通る時、鳥が「ふるちご(瓜姫)を迎へとるべき手車にあまのさく(さぐめ)こそ乗りて行きけれ」と囀る。人々は松明(たいまつ)を掲げ、木の上に瓜姫を見出す。あまのさぐめは輿から引き出され、罰せられる。

『灰かぶり』(グリム)KHM21  灰かぶり(シンデレラ)の異母姉二人は、足を切って靴に合わせ、王子と結婚しようとする。王子がにせ花嫁とともに馬に乗って行くと、二羽の鳩が「靴の中は血だらけ。本当の嫁はまだ家にいる」と教える。

『ペンタメローネ』(バジーレ)第4日第9話  弟が兄のために花嫁を見つけ、鷹と馬とを土産に帰国する。途中、鳩の夫婦が「兄は鷹に目をくり抜かれ、馬に首を折られ、新婚初夜に龍に喰われる。このことを知らせる者は大理石に化す」と語るのを弟は聞く→〔石に化す〕2

★8.何らかのきっかけで、鳥の言葉が理解できるようになる。

『聴耳頭巾』(日本の昔話)  氏神様から授かった赤い頭巾を爺がかぶると、烏たちの言葉が聞こえ、村の長者・町の長者の屋敷に病人がでた原因とその治療法がわかる。爺は病人を治して、褒美の金をたくさんもらう(岩手県上閉伊郡土淵村)→〔立ち聞き(盗み聞き)〕6a

『ギリシア神話』(アポロドロス)第1巻第9章  メラムプスは、蛇の子供を養ったことがあった。蛇は成長後、眠るメラムプスの両耳を、舌で清めた。以来、メラムプスは頭上を飛ぶ鳥の言葉がわかるようになり、鳥から教わって人々に未来を予言した。

*指をくわえると、鳥の言葉がわかるようになった→〔指〕4の『ニーベルングの指環』(ワーグナー)「ジークフリート」。

 

※鳥の鳴き声が、人間の言葉に聞こえる→〔動物音声〕3の『郭公』(日本の昔話)など。

※鶏が夜明け前に泣く→〔鶏〕2の『好色一代男』巻2「旅のでき心」など。

 

 

【取り合わせ】

★1.本来無関係の男女が、隣り合って並んでいるために、夫婦・恋人と見なされる。

『伊勢物語』第25段  男が、なかなか逢ってくれない女に「秋の野に笹分けし朝の袖よりも逢はで寝る夜ぞひちまさりける」と訴え、女は「みるめなき我が身を浦と知らねばや離れなであまの足たゆく来る」と応ずる。しかしこれは、『古今和歌集』巻13に連続して配列される在原業平の「秋の野に」の歌と小野小町の「みるめなき」の歌を取り合わせ、恋の贈答に仕立てたものである。

『サザエさん』(長谷川町子)朝日文庫版・第7巻62〜63ページ  昭和二十年代のある日、マスオが勤務先の落成祝いのため、モーニング姿で徒歩で出かける。同じ道を、結婚式場へ向かう花嫁が文金高島田で介添えとともに歩く。踏み切りの所でマスオと花嫁は並んでしまい、周囲の人々は二人を新郎新婦と見なす。

『醜聞(スキャンダル)』(黒澤明)  新進画家青江一郎(演ずるのは三船敏郎)は、人気歌手西條美也子(山口淑子)と同じ旅館に泊まり合わせた。二人は初対面だったが、バスに乗り遅れた美也子を、青江がオートバイに乗せて旅館まで連れて行った、ということがあったので、青江は美也子の部屋を訪れて世間話をし、窓辺に並んで外を見ていた。そこをスキャンダル雑誌の記者が写真に撮り、「恋はオートバイに乗って」という見出しで、青江と美也子が密会していた、との記事をでっち上げた〔*青江は怒って訴訟を起こす。青江の側の弁護士が雑誌社に買収されたりしたが、最後には青江は勝訴した〕。

*逆に、恋人が並んで映っている写真を切り離すと、印象が変わってくる→〔写真〕4の『写真』(川端康成)。

★2.男女二人の死体が同じ所に並んでいれば、心中と見なされやすい。

『点と線』(松本清張)13の2〜3  三原警部補は、たまたま若い女性と同時に喫茶店に入ったため、店員が二人をカップルと誤認する。しかしこれがきっかけで、三原は九州・香椎の海岸での情死事件の真相を察知する。犯人が、まったく無関係な男女を別々の場所で毒殺し、死体を海岸に運んで並べて寝かせ、心中に見せかけたのだった〔*無関係な男女の死体を並べるのとは逆に、心中した男女の身体を引き離す物語も、松本清張は書いている→〔心中〕8の『二階』〕。

『南総里見八犬伝』第3輯巻之4第27〜巻之5弟29回  網乾左母二郎は浜路を恋慕してさらうが、彼女が意に従わないので斬り殺す。しかし左母二郎もまた、犬山道節に殺される。そこへやって来た額蔵(犬川荘助)は、若い男女の死体が二つ並んでいれば心中と見なされるゆえ、傍らの木に「悪党左母二郎が浜路を殺し、その結果天罰を受けた」と記し、情死ではないことを明らかにした。

*男女二人を殺して、無理心中に見せかける→〔無理心中〕3の『ロシアより愛をこめて』(ヤング)。

*男女の死骸を戸板に打ちつけ、不義密通の二人に仕立てる→〔板〕7の『東海道四谷怪談』(鶴屋南北)「浪宅」〜「砂村隠亡堀」。

*自殺者二人が、初夜の床に並んで横たわる→〔にせ心中〕2の『盗賊』(三島由紀夫)。

*男女二人が行方不明になれば、駆け落ちと見なされやすい→〔隠蔽〕6の『大いなる眠り』(チャンドラー)。

*生前関わりのなかった男女を合葬し、冥界での夫婦とする→〔冥婚〕8の『三国志』魏書・武文世王公伝第20「ケ哀王沖伝」。 

★3.A地点の住所と、それとは無関係なB地点の電話番号を、隣り合わせに並べて記す。

『虚無への供物』(中井英夫)  氷沼蒼司が作ったにせの名詞には、千代田区九段の事務所の住所と、豊島区目白の茶室の電話番号が並べて記されていた。目白の氷沼邸で殺人事件が起こった時、その知らせを茶室の電話で受けた蒼司は、目白から数キロ離れた九段の事務所にいたと見なされて、アリバイが成立した。

*ある人物の住所を書いた下に、芸者の電話番号をメモする→〔電話〕1の『プラトニック・ラヴ』(志賀直哉)。

★4.大きなものと小さなものの取り合わせ。

『日本書紀』巻1・第8段一書第6  オホアナムチ(大国主命)が出雲の五十狭狭(いささ)の小汀(おはま)にいた時、スクナビコナが舟に乗ってやって来た。オホアナムチが掌にスクナビコナを置き、もてあそぶと、スクナビコナは跳ねてオホアナムチの頬をつついた。オホアナムチとスクナビコナは、力を合わせ心を一つにして天下を造った〔*『古事記』上巻に類話〕。

『二十日鼠と人間』(スタインベック)  自分の農場を持つことを夢見る小男ジョージと、力は強いが知能の未発達な大男レニーは幼なじみで、組になって農場を渡り歩き、働く。新たに雇われた農場で、レニーは怪力ゆえに誤って若主人の妻の首の骨を折り、死なせてしまう。レニーが私刑されそうになるので、ジョージは彼に苦痛を与えぬよう、話しかけながら後頭部を銃撃し、即死させる。

『富嶽百景』(太宰治)  河口村からバスにゆられて御坂峠へ向かう途中、女車掌が「皆さん、今日は富士がよく見えますね」と言った。乗客たちはいっせいに車窓から首を出し、富士山を眺めて嘆声を発するが、「私」の隣席の老婆は富士には一瞥も与えず、「おや、月見草」と言って路傍を指さす。三千七百七十八メートルの富士山と立派に相対峙してみじんもゆるがず、月見草の花一つが、すっくと立っていた。富士には月見草がよく似合う。

*大男の兄と小男の弟→〔頭〕8の『ルスランとリュドミラ』(プーシキン)第3歌。

★5.奇妙な取り合わせ。

『雁風呂』(落語)  旅の水戸黄門が、茶屋の屏風絵の「松」と「雁」を見て、「『松』に『鶴』、『月』に『雁』ならわかるが、『松』に『雁』とは、でたらめな取り合わせだ」と、立腹する。そこへ来合わせた大商人淀屋辰五郎が、「函館の一木松」と「雁」に深い関わりがあることを、水戸黄門に語り聞かせる→〔人数〕9

★6.食べ合わせ。

『お染久松色読販(おそめひさまつうきなのよみうり)(鶴屋南北)序幕「柳島妙見境内の場」  強飯(こわめし)を腹いっぱい食べた丁稚久太は、番頭から金一分(いちぶ)を貰い、「これで、ふぐを食おう」と、出かける。番頭が「お前は今、強飯を食ったではないか」とたしなめると、久太は「ふぐと餅は、さし合い(食べ合わせ)だが、ふぐと強飯なら心配あるまい」と言う。しかし久太は、ふぐの毒で死んでしまった〔*2幕目「瓦町油屋の場」で、久太は息を吹き返す〕→〔ゆすり〕1。 

*薬Aと薬Bは、それぞれ単独で服用するなら問題ないが、両方を一緒に飲むと猛毒に変化する→〔薬と毒〕5の『あやしやな』(幸田露伴)。

 

※本物と贋物の取り合わせ→〔二つの宝〕2の『新可笑記』(井原西鶴)巻1−2「ひとつの巻物両家有」。

※三つの題材を取り合わせて、物語を創作する→〔三題噺〕に記事。

 

 

【取り替え子】

★1a.生まれたばかりの赤ん坊を、他人の子と取り替える。

『雨やどり』(御伽草子)  按察大納言の姫君は、雨宿りが縁で中納言と契りを結び、男児が誕生する。折しも内裏では女御が鬼子を産んだので、姫君の産んだ男児と取り替える。男児は東宮になり、やがて帝位につく。

『源平盛衰記』巻43「宗盛取替子の事」  平清盛は、妻の二位殿(時子)が懐妊した時、「弓矢取る身は男子こそ宝よ」と言って、男児誕生を強く望んだ。しかし生まれたのは女児だったので、二位殿は、唐傘売りの僧の所に生まれた男児と取り替えた。これが平宗盛である。だから、平家の総大将宗盛は、清盛の子でもなく二位殿の子でもない。二位殿は、壇の浦で入水する時、初めてこのことを語った。

『バーガヴァタ・プラーナ』  ヴィシュヌ神の化身クリシュナは、ヴァスデーヴァと妻デーヴァキーの間に生まれた。悪王カンサがクリシュナの命をねらっていたので、クリシュナは誕生するとすぐ、同日に生まれた牛飼いの娘(ヨーガ・マーヤー女神の化身)と取り替えられた〔*クリシュナは無事に成長し、後にカンサを殺した〕。

『本朝二十四孝』4段目「十種香」  武田勝頼は生まれた時に家老の子と取り替えられていた。足利将軍暗殺の犯人が詮議できぬため、責任を負ってにせ勝頼は切腹し、本物の勝頼は花造り蓑作として、家宝諏訪法性の兜を取り戻すべく、長尾(=上杉)家に入りこむ。

『魔術師』(江戸川乱歩)  宝石商玉村善太郎一家の皆殺しをたくらむ奥村源造は、玉村家に誕生した女児(文代)と、同じ頃生まれた自分の娘(妙子)を、病院で取り替えた。玉村家で成長した妙子は、やがて実の父親源造から自分の出自を知らされ、父親と協力して、玉村一家殺害計画を実行にうつす。しかし明智小五郎が妙子の正体をあばき、文代こそが玉村家の娘であることが明らかになって、明智と文代は結婚する〔*後に書かれた『暗黒星』でも、同様の赤ん坊取り替えのトリックが使われる〕。

『歴史』(ヘロドトス)巻1−108〜113  アステュアゲス王は王位を奪われることを恐れ、生まれたばかりの孫(キュロス)を殺すよう命ずる。同じ時に牛飼の妻が死産したので、牛飼は死産した赤子とキュロスを取り替えて育てる。

★1b.生まれたばかりの赤ん坊を、猪の子とすりかえる。

『今昔物語集』巻4−3  阿育王には八万四千人の后がいたが、王子がなかった。しかしようやく、寵愛する第二の后が王子を出産した。それを妬む第一の后は乳母を味方につけ、第二の后の産んだ子を猪の子とすりかえて、王子を殺した。阿育王は「猪を産んだ」と聞き、第二の后を他国へ流した〔*数ヵ月後、阿育王は他行して第二の后と再会し、第一の后の悪事を知る。王は第二の后を王宮へ連れ帰り、再び后にする〕。

★2.生まれる前に取り替える。

『長谷寺験記』上−7  美福門院が懐妊したが、博士が「姫宮だろう」と占った。美福門院は嘆いて長谷寺に参籠し、「滝蔵山の尼が産む男児と取り替えよう」との夢告を得る。その結果生まれたのが、後の近衛天皇である〔*『三国伝記』巻2−15に同話〕。

★3.幼い子を取り替える・取り違える。

『春色辰巳園』4編巻之12  唐琴屋の丹次郎はお長(蝶)を本妻に、芸者米八と仇吉を妾にする。仇吉は身ごもるが、子のない米八に遠慮して姿を隠し、女児お米を産む。同じ頃、お長は男児八十八(やそはち)を産む。八十八が三歳の時、お長・米八たちは池上本門寺に参詣し、喧嘩騒ぎの雑踏の中で八十八を見失う。お長と米八は、お米を見て八十八と間違え、家へ連れ帰る。これが縁で、仇吉母子は再び丹次郎の世話を受け、皆で仲良く暮らすこととなった。

『当世書生気質』(坪内逍遙)  上野が彰義隊と官軍の戦場になり、士族守山友定の妻は、三歳の娘お袖を抱いて逃げる途中、同じく三歳の娘お新を背負って逃げるお秀とぶつかり、互いの娘を取り違える。守山友定の妻は流れ弾に当たって死に、お秀は取り違えに気づいてお袖を捨てる。お新もお袖も、他人に養われて育ち、やがてお新は娼妓「顔鳥」、お袖は芸妓「田の次」となる〔*十数年後、お新は自ら「お袖」と名乗って守山友定の子になろうとするが、失敗する〕→〔出生〕1b

『ひらかな盛衰記』3段目「大津の宿」  木曽義仲の討ち死に後、妾の山吹御前と若君駒若丸は、落ちのびて大津に一宿する。その夜、源氏の追手が襲い、闇の中で、宿に泊まり合わせた船頭権四郎の孫槌松が、駒若丸と間違えられて首を討たれる。権四郎は駒若丸を家へ連れ帰り、槌松として育てる。

★4.子を取り替えて育てる。

『木幡の時雨』  故奈良兵部卿右衛門督の中の君は、式部卿宮(のち東宮)と契りを結び、双子の男児を産む。中の君の妹三の君は、中納言との間に双子の女児をもうける。やがて三の君は東宮(=式部卿宮)妃となり、中の君が産んだ双子の男児を自分の子として育てる。中の君は中納言と結婚し、三の君が産んだ双子の女児を自分の子として育てる。二組の双子は成長後、それぞれ皇位継承者とその配偶者となって結婚する。

★5.若君と乳人子(めのとご)を取り替えたように見なされる(*実際は、取り替え子ではなかった)。

『伽羅先代萩(めいぼくせんだいはぎ)「足利家奥御殿の場」  仁木弾正一味が、伊達家の若君鶴喜代の毒殺をはかる。乳人(めのと)政岡の子千松が、身代わりになって殺される(*→〔死因〕1)。ところが政岡は、我が子千松の死を見ても顔色一つ変えない。仁木弾正一味は、「若君暗殺に備えて政岡は、若君と千松を取り替えておいたのだ。死んだのは実は若君鶴喜代で、暗殺は成功したのだ」と考える。

★6.悪魔や魔法使いなどが人間の赤ん坊をさらい、代わりに自分の子を置いておく。

『ドイツ伝説集』(グリム)82「取り替えっ子」  悪魔はしばしば人間の子を揺籃からさらって、代わりに自分の子を入れておく〔*83「川の中の取り替えっ子」に類話〕→〔成長せず〕2

『夏の夜の夢』(シェイクスピア)第1幕  妖精王オベロンの妃タイターニアは、お産で死んだインド王妃の子を盗み出して、自分の小姓にした〔*この時も、代わりの子を揺籃に入れて置いたと考えられる〕。

『魔法を使う一寸法師』(グリム)KHM39「3番目の話」  魔法使いの一寸法師たちが、ある母親の揺籠から赤ん坊を盗み、代わりに、頭でっかちの鬼子を入れておく。鬼子はやたらに飲み食いをしたがるので、母親は困り、鬼子を追い払おうとする→〔笑いの力〕3。  

*悪魔が人間の赤ん坊を殺し、代わりに自分の子を育てさせる→〔同日の誕生〕3の『オーメン』(ドナー)。

★7.悪魔が人間の赤ん坊をさらった後、悪魔自身が赤ん坊に変身して、人間の父母のもとにとどまる。

『ゲスタ・ロマノルム』201  スペイン王夫妻が、キリスト教の洗礼を受けたおかげで、跡継ぎの王子を授かった。悪魔がこれを怒り、生まれたばかりの王子をさらってローマの森へ運び、籠に入れて月桂樹に吊るした。悪魔は王子に変身して、スペイン王のもとで育てられ、成長するとともにさまざまな悪事をはたらく。スペイン王は当惑し、落胆して、キリスト教を棄てた。一方、王子は教皇シクストゥスに拾われ、ラウレンティウスという洗礼名を与えられる。ラウレンティウスは成長後スペインへ戻り、父母と対面し、悪魔を追い払った。 

★8.ジプシーが美しい女児をさらい、代わりに化け物のような醜い男児を置いておく。

『ノートル=ダム・ド・パリ』(ユーゴー)第4編1・第6編3  パケットは娼婦をしていたが、二十歳の時、美しい女児(エスメラルダ)を産んだ。しかしジプシーが女児をさらい、代わりに、化け物のような醜い男児(カジモド)を置いておく。パケットは悲しみと怒りで狂乱状態になり、ジプシーを呪う。男児はノートル=ダム大聖堂の前に棄てられ、若い司祭フロロが養父となって男児を育てる。 

 

 

【取り違え】

★1.白粉(おしろい)と眉墨を取り違える。

『堤中納言物語』「はいずみ」  せっかちな男が、昼間に愛人の家を訪れる。あわてた女は、櫛箱の白粉をつけるつもりで、取り違えて掃墨(眉墨)の入った畳紙を手にし、顔中に掃墨を塗りつける。真っ黒になった女の顔を見て、男は驚き、恐れて逃げ帰る。

★2.主人の着物と間男の着物を取り違える。

『今昔物語集』巻28−12  殿上人の妻が、夫の留守に密夫の僧を引き入れる。侍女が、殿上人の装束をかけるべき棹に、僧の衣をかける。そのため、夫(殿上人)に狩衣を届ける時、妻は間違えて僧の衣を使者に渡す。夫は妻の不貞を知り、離別する。

★3.手拭いと越中ふんどしを取り違える。

『東海道中膝栗毛』(十返舎一九)2編上「箱根」  大名の国元から江戸入りする女中数人が来るので、役者上がりの喜多八は、「白い手拭いをかぶると顔色が白くなって、いきな男に見える」と言い、さらしの手拭いで頬かぶりする。女たちは笑って通り過ぎるが、実は喜多八は間違えて越中ふんどしを頭にかぶっていたのだった。  

★4.出来の良い作品と悪い作品を取り違える。

『サザエさんうちあけ話』(長谷川町子)  翌日の朝刊に載せる「サザエさん」を描き終えたが、できあがった四コマを見ると、カツオの顔の表情が気に入らない。そこで新聞社の人に一時間ほど待ってもらい、あらためてもう一枚描き直した。ところが、「これで良し」と思って、気に入らない方を四つに引き裂いたつもりが、描き直した方を破ってしまった。さんざん待ってもらったあげく、不出来な方を渡したのだ。

★5.蝸牛と山伏を取り違える。

『蝸牛』(狂言)  「長寿の薬である蝸牛を取って来い」と、主が太郎冠者に命ずる。蝸牛を知らぬ太郎冠者に、主は「蝸牛とは、土から生じて藪に住み、頭が黒くて腰に貝をつけ、折々は角を出し、年功を経たものは人ほどの大きさになる」と教える。太郎冠者は、藪中に寝ている山伏を見て、「人ほどの大きさになった蝸牛だ」と思い、連れ帰ろうとする。

★6.見知らぬ人どうしが、買った本の包みを取り違える。

『恋におちて』(グロスバード)  クリスマス・イヴ。建築技師のフランク(演ずるのはロバート・デ・ニーロ)は、妻や子供たちのためにたくさんのプレゼントを買った後、書店へ行った。イラストレーターのモリー(メリル・ストリープ)も、夫や老父に贈るたくさんのプレゼントをかかえて、書店に寄った。二人とも手に持った荷物が多く、レジ付近が混雑していたこともあって、買った本の包みを互いに取り違えてしまう。二人は帰宅した後に、間違いに気づく。これがきっかけで、彼らはデートするようになった。

★7.あわて者が、あらゆるものを取り違える。

『堀の内』(落語)  男が粗忽な性格を治してもらおうと、堀の内のお祖師様に参詣する。弁当を風呂敷に包んで来たつもりが、枕を女房の腰巻きに包んであったので、帰って女房を叱ると、そこは隣の家だった。男は息子を湯屋に連れて行き、他人の子の着物を脱がせ、よその人の背中を流し、ついには湯屋の羽目板を息子の背中と間違えて洗う。

 

※荷物と赤ん坊を取り違え、荷物を捨てずに赤ん坊を捨てる→〔子捨て〕5の『現代民話考』(松谷みよ子)6「銃後ほか」第5章の1。

 

 

【取り違え花婿】

★1.男が、女の居所近くにいたため、その愛人と間違えられる。

『浅茅が露』  中納言が、一条大宮に荒れはてた屋敷を見出し、物語する女たちをかいま見していた。そのため彼は、その家の中君の恋人と間違えられ、あやうく中へ引き入れられそうになった。

『狭衣物語』巻3  狭衣が故飛鳥井女君との間にもうけた遺児は、一品宮(後一条帝の姉)の養女となった。狭衣は遺児見たさに、夜更けに一品宮里邸の戸口に立つ。それを権大納言が見咎め、「狭衣が一品宮のもとに通っている」と人々に言いふらす。狭衣は、十歳ほども年上の一品宮と結婚せざるを得なくなる。

『増鏡』第9「草枕」  前斎宮(ト子内親王)が、愛人である大納言実兼の訪れを待っていた。夕闇の頃、大臣師忠が忍び歩きの途中、前斎宮邸の近くで実兼の車に行き会う。師忠は実兼の車を避けるため、たまたま開いていた前斎宮邸の門内に入る。すると前斎宮邸では、師忠を実兼と間違えて屋内に招き入れた。門外の実兼は、「師忠も前斎宮と関係を持っていたのか」と思い、帰ってしまった。

『雪たたき』(幸田露伴)  夫が海外貿易で留守の間に、妻が密夫を引き入れていた。雪の夜、通りかかりの男が、下駄の歯につまった雪をたたき落とす。その音を、いつもの合図と間違えて、侍女がその男を屋敷内へ入れてしまった。

*闇の中で間違えて、女が夫とは別の男と関係を持つ→〔身代わり〕3の『大経師昔暦』「大経師内」、→〔闇〕3の『デカメロン』第9日第6話。

 

 

【取り違え花嫁】

★1.男が、目当ての女性とは別の人を誤って連れ出す。

『苔の衣』  大納言には東院の上・西院の上の二人の妻がいた。東院の上は子供にめぐまれず、式部卿宮の姫君を養女とした。西院の上は、若君二人・姫君一人をもうけて死去した。後、美貌の西院の姫君は、関白家の中納言との結婚が決まる。これを不快に思う東院の上は、弟源中納言をそそのかして、西院の姫君を盗ませようとする。しかし源中納言は誤って、式部卿宮の姫君を連れ出した。

『十二人姫』(御伽草子)  関白が衛門督の十一番姫を盗み出したつもりが、それは実は衛門督北の方の姪だった。

『堤中納言物語』「花桜折る少将」  桜咲く邸でかいま見た姫君を、ある夜、中将が盗み出す。しかし、車に乗せて来た女性を見ると、それは姫君を守るため添い寝をしていた祖母の尼だった。

『夜の寝覚』(中間欠巻部分)  太政大臣家の中の君(女主人公。寝覚の上)は、親子ほども年齢の違う左大将に望まれて、その後妻になる。左大将は関白にまで昇進し、やがて病没する。未亡人となった寝覚の上は、宮の宰相中将から恋慕される。ある夜、宮の宰相中将は関白邸に忍び入り、寝覚の上と誤って関白の次女(先妻の子)を盗み出してしまう。寝覚の上は二人の居所を捜し、宮の宰相中将を次女の婿として、関白家に迎え入れる。

*闇の中で間違えて、男が目指す女とは別の人物と関係を持つ→〔身代わり〕3の『大経師昔暦』「大経師内」、→〔闇〕3の『東海道中膝栗毛』3編上「日坂(にっさか)」。

★2.妻だと思って抱き寄せたら、犬だった。

『夫婦喧嘩』(チェーホフ)  夫婦喧嘩の後、夫は書斎に引っ込んでソファに寝転がり、クッションに顔を埋めた。十五分ほどして、誰かがおずおずと入って来て、ソファに近づく。夫は背中に暖かい体を感じ、「しょうがないやつだ。赦してやろう」と、後ろに手を伸ばして暖かな体を抱き寄せ、「ちぇっ!」と舌打ちする。隣りに寝ていたのは、大きな愛犬ジアンカだった。

 

 

【取り違え夫婦】

★1.手違いによって、夫婦交換をしてしまう。

『堤中納言物語』「思はぬ方にとまりする少将」  故大納言に二人の娘があり、姉は右大将家の少将を恋人とし、妹は右大臣家の権少将を恋人としていた。権少将も「少将」と呼ばれることから間違いがおこり、ある夜、権少将からの迎えの車に姉君が乗り、少将からの迎えの車に妹君が乗ってしまった。姉妹は驚き、ひたすら嘆いたが、一方、少将と権少将には、思いがけぬ手違いを喜ぶ気持ちもあった。

*「思はぬ方にとまりする少将」の落語版ともいうべき物語→〔入れ替わり〕5の『嫁ちがい』(落語)。

『覆面の舞踏者』(江戸川乱歩)  秘密クラブの会長が十七組の男女を仮面舞踏会に招き、番号札を割り当てて、それぞれ未知の相手と一夜を過ごす、という企画を立てる。実際は、各夫婦ごとがカップルになるように仕組んであり、仮面を取って、お互いが妻であり夫であることに驚く、という趣向だった。ところが、番号札の11番と17番の読み違いから、「私」は友人井上の妻春子と一夜を過ごし、「私」の妻は井上と関係を持ってしまった。

 

 

【泥棒】

 *関連項目→〔盗み〕

★1.宝石泥棒。

『泥棒成金』(ヒッチコック)  ロビー(演ずるのはケーリー・グラント)は第二次大戦前は「猫」と呼ばれた宝石泥棒で、屋根の上を身軽に跳び回って盗みを重ねたが、戦後は堅気になった。ところが、何者かが「猫」の名をかたって宝石泥棒を繰り返し、ロビーは身に覚えがないのに警察に追われる。美女フランシー(グレース・ケリー)の母親の宝石が「猫」に盗まれ、フランシーはロビーを疑う。ロビーは真犯人が旧友ベルタニであることを明らかにして濡れ衣を晴らし、フランシーと結婚する。彼女の母親も、ロビーをたいへん気に入った。

『ピンクの豹』(エドワーズ)  怪盗ファントムが、ダーラ王女の持つ世界一のダイヤモンド「ピンクの豹」をねらっていた。クルーゾー警部(演ずるのはピーター・セラーズ)が、怪盗ファントムの正体がチャールズ卿(デイヴィッド・ニーヴン)であることをつきとめ、彼とその甥を逮捕する。実はクルーゾー警部の妻はチャールズ卿の愛人であり、ダーラ王女もチャールズ卿に好意を抱いていたので、二人は相談して、「ピンクの豹」をクルーゾー警部のポケットに入れる。クルーゾー警部は、怪盗ファントムと見なされ逮捕される。ところが市民たちは皆、怪盗ファントムの大ファンであり、クルーゾー警部も悪い気はしなかった。

★2.金塊泥棒。

『黄金の七人』(ヴィカリオ)  リーダーの「教授」以下七人の男と「教授」の情婦ジョルジア、合計八人が巧みに役割分担をして、スイス銀行の大金庫から七トンの金塊を盗み出し、イタリアへ運んだ。彼らは金塊の分配について話し合い、その間、金塊を積んだトラックを坂の上に停めておく。ブレーキがゆるんでトラックは坂を降下し、大通りの屋台店に突っ込む。散乱した金塊に、大人も子供も群がって奪い合う。七人の男と一人の女は、金塊を諦めて逃げ去った。

★3.泥棒が、「金目(かねめ)のものだろう」と思って、死体を盗んで行く。

おばあちゃんの遺体が消えた(ブルンヴァン『消えるヒッチハイカー』)  ワシントン州のある一家が休暇旅行中、メキシコの国境を越えたあたりで祖母が死んだ。一家は、祖母の遺体を寝袋に入れ、車の屋根に縛りつけて、最寄りの町の警察署へ届け出る。ところが、中で手続きをしている間に、一家の車は遺体ごと盗まれてしまった。遺体も車もいまだに行方不明のままである。

包みの中に死んだ猫(ブルンヴァン『消えるヒッチハイカー』)  ある女性が、死んだ飼い猫を靴の箱に入れて埋めに行く途中、デパートに立ち寄った。買い物をする間、靴の箱をカウンターに載せておいたところ、それを盗まれてしまった。しばらく後に警備員が、トイレで気絶している女を発見した。女の膝の上には、蓋の開いた靴の箱があった。 

*手提げ金庫を盗んだが、中にあったのは仮死状態の赤ん坊だった→〔仮死〕6の『モンテ・クリスト伯』(デュマ)。

*三千両を得ようとして、死体を掘り出してしまう→〔井戸〕4の『銭形平次捕物控』(野村胡堂)「招く骸骨」。

★4.泥棒が盗んだと思ったら、そうではなかった。

『子不語』巻12−291  藍家には一本の狼筋(狼の大腿筋)があり、物がなくなった時は、これを焼けば、盗んだ犯人は手足が震えるという。藍家のお嬢さんが金の簪(かんざし)をなくしたので、召使い数十人を集めて、狼筋を焼いた。召使いたちは平然としていたが、部屋の入り口の布簾(すだれ)が震え出した。見ると、上の方に簪が引っ掛かっている。お嬢さんが通る時に、簪が簾に引っ掛かったのだ。

*人間が盗んだ、と思われたものが、実は動物の仕業だった→〔動物犯行〕1の『世間胸算用』(井原西鶴)巻1−4「芸鼠の文づかひ」など。

*狼筋を焼いたら、犯人の顔と唇がピクピクした→〔狼〕9の『酉陽雑俎』続集巻8−1126。

★5.泥棒に入られる。

『春の盗賊』(太宰治)  「私」は「金に困って泥棒をした」という小説を構想したが、世間の人は、「私」が実際に泥棒をしたように思うだろう。それで「私」は、泥棒をした小説ではなく、泥棒に入られた小説を書く。昨夜遅く泥棒が、雨戸を開けて侵入しようとした。起きていた「私」は泥棒を室へ招き入れ、電灯を消して「君の顔は見えないから」と恩を着せ、いろいろと説教してやった。しかし結局、泥棒はお金を取って逃げて行った。家内が起きて来て、「泥棒なんかに文学を説いたりなさること、およしになったらいかがでしょうか」と言った。

『吾輩は猫である』(夏目漱石)5  春三月の深夜、苦沙弥先生の家に泥棒が入った。主人夫婦も子供たちも熟睡しており、「吾輩(猫)」だけが柳行李の後ろに隠れて、泥棒の一挙一動を見ていた。泥棒は二十六〜七歳、寒月君に瓜二つの好男子である。泥棒は、山芋の入った箱を、金目のものだと思って背負い、主人夫婦の羽織や襦袢や帯なども取って、去って行った→〔人違い〕1

★6.逃げ道がわからない泥棒。

『発心集』巻1−9  仏種房上人の庵室に盗人が入って僅かな物を盗み、遠くまで逃げたつもりで振り返ると、もとの場所である。「おかしい」と思い、もっと遠くへ逃げようとしたが、二時(ふたとき)ばかり、庵室の湯屋の周りをぐるぐる巡るだけで、その場を去ることができなかった〔*そこへ上人が帰って来て、盗まれた物を「私はいらないから」と言って、そのまま盗人に与えた〕。

*惑わし神や狐などのために、道に迷う→〔迷路〕4の『今昔物語集』巻27−42など。

 

 

【トンネル】

★1a.トンネルを抜けて異郷へ行く。

『ギルガメシュ叙事詩』  不死を求めて旅をするギルガメシュは、山の地下を通る何十里もの長いトンネルを抜けて、宝石の実をつけた木々のある、美しい楽園に到る。彼はそこからさらに遠くへ踏み込み、不死を得た人ウトナピシュティム(*『旧約聖書』のノアに相当する人物→〔箱船(方舟)〕1)のもとに、たどり着く。

『今昔物語集』巻5−31  天竺の人が、不思議な牛のあとを追って岩穴に入る。四〜五里ほど進むと広い野原があって、美しい花々が咲き、果実が実っていた→〔石に化す〕2

『捜神後記』巻1−5  漁夫が桃林の奥をきわめようとして、谷川をさかのぼる。林の尽きたところに峰があり、山腹に狭い洞穴があって、中はぼんやり光っている。漁夫は洞穴に入り、数十歩進むと突然視界が開け、村里があった→〔異郷訪問〕2

『雪国』(川端康成)  東京で無為徒食の生活を送る西洋舞踊研究家島村は、ある年の十二月初旬の午後、汽車に乗って北へ向かう。夜になって、汽車は国境(くにざかい)の長いトンネルに入る。トンネルを抜けると、雪国であった→〔異郷再訪〕2

*トンネルに「長さ」がなければ、「輪」になる。輪をくぐって異郷へ行く→〔輪〕3の『スターゲイト』(エメリッヒ)。

*異郷へ通ずる穴→〔穴〕1の『鼠の浄土』(日本の昔話)など。

*異郷へ通ずる井戸→〔井戸〕5の『ホレのおばさん』(グリム)KHM24など。

★1b.トンネルを抜けて死者の国へ行く。

『かいま見た死後の世界』(ムーディ)2「死の体験」  瀕死の「私」に、医者が臨終を宣告する。耳障りな大きな音が聞こえはじめ、長くて暗いトンネルの中を高速度で通り抜けていく感じがする。突然、自分の物理的肉体から抜け出たのがわかる。すでに死去している親戚や友人の霊がそばにおり、「私」は光の生命に出会う。

『地獄穴訪問』(アイヌの昔話)  二人の老人が山へ狩りに行き、獲物を追って洞穴へ入る。洞穴を進むと、向こうにはコタン(村里)があった。犬が吠えついてきたが、コタンの人々には、二人の姿が見えないようであった。二人が引き返そうとすると、いつのまにか、着物の裾に人がたくさんぶらさがっている。二人はそれらをむしり取り、洞穴から外へ出た。家へ帰ってから、一人は「いいコタンだった」と懐かしがり、まもなく死んだ。もう一人は「いやな村だった」と言って、長生きした。

★1c.トンネルを抜けて過去の世界へ行く。

『御先祖様万歳』(小松左京)  昭和三十八年(1963)。S県T郡蹴尻村の小さな山の洞窟が、突如として百年前、文久三年(1863)の世界とつながった。昭和の調査団が洞窟を抜けて江戸時代へ行き、侍たちが洞窟を抜けて二十世紀を見物にやって来る。政府の要人が江戸城内で老中酒井忠績と会談するとか、諸外国から「洞窟を国連の管理にせよ」と圧力がかかるなど、たいへんな騒ぎになった。しかし一年ほどして、洞窟はふさがってしまった。

*『御先祖様万歳』は「別冊サンデー毎日」一九六三年十月号に掲載されたが、雑誌発売直後から、「あれはどこであった話なのか?」という問い合わせの手紙が何通も来たという。

★2.通行の難所にトンネルを掘る。

『恩讐の彼方に』(菊池寛)  主殺しの大罪を犯し、盗賊に成り下がった市九郎は、やがて半生を懺悔し、出家して名を「了海」と改め、諸国を行脚する。豊前国山国川の鎖渡しの難所で、毎年何人もの犠牲者の出ることを知り、了海は岩を掘り抜き人馬の通れる道を造ろうとする。村人から嘲られながらも、二十一年かけてついに洞門は貫通する。

『春雨物語』「捨石丸」  陸奥の長者の雇人捨石丸は、主殺しの汚名を着せられて江戸へ逃げ、さらに豊前まで赴いて暮らすうち、疔を病んで腰が抜ける。腕力は人一倍あるので、捨石丸は罪滅ぼしに岩山に隧道を掘り抜き、在地の人の行路の難を除こうと志す。長者の子小伝次が仇討ちに来るが、彼も捨石丸に協力する。何年か後に隧道は完成し、まもなく捨石丸は病没して、捨石明神として祀られる。

★3a.銀行の地下金庫までトンネルを掘る。

『赤毛連盟』(ドイル)  著名な犯罪者ジョン・クレーは、スポールディングという偽名を使って、質屋の店員となる。彼は主人ウィルスンを、赤毛連盟事務所に毎日通わせ(*→〔髪〕1b)、主人が留守の間に仲間を引き入れて、質屋から銀行の地下金庫までトンネルを掘る。ねらいは、金庫の中のナポレオン金貨三万枚だった。ホームズはスポールディングに会った時、ズボンの膝に注目する。何日もの穴掘りの結果、膝頭は、すり切れ、しわだらけで、汚れていた。

★3b.愛人の住む城までトンネルを掘る。

『七賢人物語』「妃の語る第七の物語」  騎士が王妃に恋し、王妃の住む城のすぐ隣に家を建てる。騎士は石工に命じて城壁に秘密の穴を掘らせ、そこを通って王妃のもとへ行き、関係を結ぶ→〔瓜二つ〕4〔指輪〕6

★4.トンネルを掘って脱獄をはかるが、失敗する。

『モンテ・クリスト伯』(デュマ)16  シャトー・ディフ(悪魔島)の暗牢に入れられたファリァ神父は、ベッドの金具でのみを作り、壁を掘り抜いて脱獄をはかる。海に面した城壁に出るはずが計算を間違え、十五メートルも堀った穴は、エドモン・ダンテスのいる牢の方へ向いていた〔*その後、ダンテスとファリア神父は力を合わせてトンネルを掘るが、神父は死に、ダンテスはトンネルとは別の方法で脱獄した〕→〔脱走〕2

★5.壁のトンネルを、ポスターで隠す。

『ショーシャンクの空に』(ダラボン)  銀行の副頭取アンディ(演ずるのはティム・ロビンス)は、妻と間男殺しという無実の罪で、終身刑になる。収監されたショーシャンク刑務所では、所長が不正蓄財に励んでいた。経理に詳しいアンディは所長のために、不正をごまかす書類を作成してやる。そのおかげで、アンディが独房の壁に映画女優の大きなポスターを貼っても、所長は咎めなかった。二十年近くたったある朝、アンディは独房内から忽然と消えた。ポスターをはがすと、壁にトンネルが掘られていた。

★6.トンネルに出る幽霊。

『現代民話考』(松谷みよ子)3「偽汽車ほか」第3章の1  鎌倉市の名越トンネルには、夜十二時頃におばあさんの幽霊が出る。車で走りぬけようとすると、おばあさんの幽霊も車と一緒に走り、窓に顔がへばりついたり、トンネルの上から血の雨が降ったりする。トンネルを抜けると、おばあさんは消えてしまう。今から五年ほど前にも、「私」の息子の友達の友達が助手席に乗っていた時、おばあさんの顔だけが車と一緒に走った、と聞いた(東京都)。

*トンネルを走るタクシーに、幽霊が乗り込む→〔鏡に映らない〕1の『無言』(川端康成)。

★7.抜けられないトンネル。

『トンネル』(デュレンマット)  二十四歳の太った男がいた。彼は、何か恐ろしいものが肉体の穴から体内へ入り込むことを恐れ、口に葉巻をくわえ、眼鏡の上にサングラスをかけ、耳に綿栓を詰めていた。日曜の午後、彼はいつもの列車に乗る。列車はトンネル(=山に開けた穴)に入ったが、トンネルはどこまでも続き、列車はどんどん速度を上げ、地球の中心に向かって墜落して行った。 

*地獄まで降りるエレベーター→〔エレベーター〕4の『地獄へ下るエレベーター』(ラーゲルクヴィスト)。 

 

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