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【虹】

★1.虹が、水・酒などを飲む。

『太平広記』巻396所引『独異志』  劉義慶が病気に臥し、粥を食べていた時、白い虹が部屋の中に入って来て、その粥を飲み始めた。劉は驚いて、粥の器を投げ捨てた。

『太平広記』巻396所引『文樞竟要』  薛願の家に虹が入って来て、釜の中の水を飲み始めた。水が尽きたので、薛願は酒を灌いだ。虹は酒を飲み終え、釜いっぱいに黄金を吐き出した。

★2.虹が、口中へ入る。 

『太平広記』巻138所引『鑑戒録』  侯弘実が十三〜十四歳の頃、簷(のき)の下に眠っていると、雨が降り、虹が出た。虹は頭を河にさし入れて水を飲み、やがて弘実の口の中に入っていった。母がそのありさまを見ていて、目覚めた弘実に、「何か夢を見なかったか?」と尋ねる。弘実は「河に入って飽きるほど水を飲んだ夢を見ました」と答えた。母は「この子は偉くなるだろう」と喜び、期待どおり弘実は立身した。 

★3a.虹が女に子を産ませる。

『太平広記』巻396所引『神異録』  陣濟が単身赴任中、その妻のもとを美丈夫が訪れ、二人は山中の渓間でしばしば逢い引きする。村人は、渓間に虹が出るのを見る。妻は子を産み、夫に隠して養育する。ある時、虹が庭に降り、美丈夫が子を抱いて去って行く。二つの虹が家から空へ昇るのを、村人は見る。

★3b.虹のごとき日の光が、女に子を産ませる。

『古事記』中巻(応神天皇の条)  新羅の国の阿具沼の辺で、女が昼寝をしていた。太陽の光が虹のごとく女の陰部を指し、女はやがて赤玉を産んだ〔*赤玉は美女に変じたので、国主(こにきし)の子アメノヒホコが自分の妻とする。しかし後に美女はアメノヒホコと別れ、日本へ渡って神として祀られた〕。

*白石が美女に変じたので、交わろうとする→〔石〕7の『日本書紀』巻6垂仁天皇2年是歳。

★4.虹は、神の娘の貞操帯からできた。

『女神のお守り』(アイヌの昔話)  下の天を司る神の娘が、上の天を守る神の息子に嫁入る時、貞操を守る紐ラウンクッを、禁制を破って七色の糸で編んだ(*→〔守り札〕4)。神々はその守り紐を、人間の住む大地へ投げ捨てた。すると守り紐は、バラバラにほぐれて虹になった。だから虹は、美しい七色に見えるが、その精神は良くない。もし人間が虹に追いかけられたら、「お前はラウンクッだぞ。恥ずかしくないのか」と言えば、虹は恥じて消える。 

★5a.虹の立つ所を掘ると鏡。

『日本書紀』巻14雄略天皇3年(459)  夏四月。伊勢の斎宮だった栲幡皇女(たくはたのひめみこ)が男に犯され妊娠した、との流言があった。皇女はこれを否認し、神鏡を持ち出して五十鈴河の辺に埋め、縊死した。闇夜に河上に四〜五丈の虹が見え、虹の立った所を掘ると神鏡が出てきた。皇女の腹中は水であり、水の中に石があった。

★5b.虹の立つ所へ行くと蝦蟇(がま)。

『和漢三才図会』巻第3・天象類「虹」  明(みん)代の『霏雪録』に、こういう話がある。越(えつ)の国の道士・陸国賓が舟に乗っていて、水を跨(また)いでかかる白虹を見た。近くまで行ってみると、筍の笠ぐらいの大きな蝦蟇がおり、口中から白気を吐き出していた。蝦蟇が水に躍り入ると、虹も見えなくなった。これは虹ではなく、老蝦蟇の気息だろうと思われる。

*周防の国のガマガエルが、虹のごとき気を吐く→〔蛙〕2aの『絵本百物語』第9。

★6.希望の象徴の虹。

『黒い雨』(井伏鱒二)20  閑間(しずま)重松の姪矢須子は、広島の原爆投下時には郊外におり、直接被爆はしなかった。その後数年、矢須子は健康に過ごしたが、昭和二十五年(1950)七月、ついに原爆病を発症し、やがて重態に陥る。重松は、叶わぬこととわかっていても、「今、もし山の向こうに五彩の虹が出たら、奇蹟が起こって、矢須子の病気が治るんだ」と一人占う。

『創世記』第9章  大洪水後、箱船から出たノアたちとすべての動物、及び子々孫々に対して、神は「地を滅ぼす洪水は再び起こらない」と約束する。契約のしるしに、神は雲の中に虹を置き、「虹が現れる時、神はこの永遠の契約を思い起こすであろう」と告げる。

★7.武器の象徴の白い虹。

『源氏物語』「賢木」  弘徽殿大后の甥頭の弁は、光源氏が兄朱雀帝のもとを退出するのを見て、「白虹(武器の象徴)、日(君主の象徴)を貫けり。太子畏ぢたり」と聞こえよがしに口ずさむ。それは、秦の始皇帝暗殺失敗の故事を踏まえ、「光源氏が朱雀帝に逆心を抱いても成功せぬ」と、諷したのだった。

『史記』「鄒陽列伝」第23  荊軻は燕の太子丹の義に感じ、秦の始皇帝を刺殺しようと決意した。その忠誠は天を動かし、白い虹(武器の象徴)が太陽(君主の象徴)を貫いた。しかし太子丹は、なお事の成らざるを恐れた〔*結局、暗殺は失敗に終わった〕。

★8.二・二六事件前日の白い虹。

『荻窪風土記』(井伏鱒二)「二・二六事件の頃」  昭和十一年(1936)の二・二六事件の前日、二月二十五日に、「私(井伏鱒二)」は都新聞学芸部を訪ねた。三宅坂から見ると、皇居の上に出ている太陽を、白い虹が横に突き貫いていた。細い虹で、太陽の直径の三分の二くらいの幅である。「私」は不思議に思い、学芸部長に白い虹のことを話した。学芸部長は辞書を開いて見せた。「白虹、日を貫く」と言って、兵乱の前兆だと書いてあった。

★9.虹の橋。

『ギュルヴィたぶらかし(ギュルヴィの惑わし)(スノリ)第13章  アース神たちは地上から天上へ、ビフレスト(ビヴロスト)という橋をかけた。それは虹と呼ばれることもある。ビフレストは三色で強い橋だが、やがて炎熱のムスペルハイムからの軍勢が馬に乗って攻め上る時、橋は壊れる。

『ニーベルングの指環』(ワーグナー)「ラインの黄金」  神々の王ヴォータンが、巨人ファゾルトとファフナーの兄弟と取引して、巨大な城を山上に築かせる。空が霧に閉ざされているので、雷神ドンナーが電光と雷雨で清める。空は晴れ上がり、谷を越えて城まで虹の橋がかかる。神々は、虹の橋を渡って城へ入る。

 

 

【二者択一】

 *関連項目→〔三者択一〕

★1.二つのものの中から、一つを選ぶ。

産女(うぶめ)の伝説  産女から「金(かね)が欲しいか? 力が欲しいか?」と問われた男が、力を望む。翌朝、男が顔を洗って手拭いをしぼると、手拭いは切れてしまう。以後、男は真面目に働いて、金持ちになる(山形県最上郡豊田村)〔*力ではなく金を望むと、食べる物、飲む物、触れる物がすべて金になってしまい、食べることも飲むこともできず死んでしまう、との伝えもある(山形県新庄市萩野)→〔願い事〕3の『変身物語』巻11と同型。→〔長者没落〕1の福田の森の伝説も、類似の物語〕。 

『舌切り雀』(日本の昔話)  爺が雀の宿を訪れて、もてなしを受ける。みやげとして、大小二つのつづらのどちらかを選ぶように言われた爺は、小さいつづらをもらって帰り、中から金銀・宝物が出てくる。婆が欲を出して、自分も雀の宿を訪れ、大きいつづらを選ぶ。帰り道で開けると、蛇やとかげや、さまざまな化け物が出てくる(兵庫県美方郡)。

『神統記』(ヘシオドス)  神々と人間がいさかいをしていた時のこと。プロメテウスは、「ゼウスを欺こう」と考えた。彼は、牡牛の胃袋(中には肉や臓物が隠されている)と、艶々した脂肪(しかし中身は牡牛の骨)をゼウスの前に置き、「どちらか一方をお取り下さい」と言った。ゼウスは脂肪を取ったが、その中身が骨にすぎないのを知って、怒りに燃えた〔*見た目だけで判断する点で、→〔馬〕9の『三国遺事』巻1「紀異」第1・高句麗と類似する〕。

*酒杯と毒杯の一方を選ぶ→〔決闘〕4の『吸血鬼』(江戸川乱歩)。

★2.二つの方法・二つの生き方の中から、一つを選ぶ。

『尾形了斎覚え書』(芥川龍之介)  切支丹宗門の教えを奉ずる女篠(しの)の娘が重病になるが、医師尾形了斎は「棄教せぬ限り診察できぬ」と断る。宗門の教えと娘の命のどちらを取るか、選択を迫られた篠は、ついに十字架を踏んで棄教する。しかし娘の病状は手遅れで、娘は死に、篠は発狂する。翌日、伴天連ろどりげが訪れ、篠の乱心を静めて娘を蘇生させる。

『マハーバーラタ』第5巻「挙兵の巻」  パーンダヴァ軍とカウラヴァ軍との戦争に際し、アルジュナとドゥルヨーダナが、それぞれクリシュナに、「味方になって欲しい」と請う。クリシュナは、「大軍団か、武器を持たぬクリシュナ一人か、どちらかを選べ」と言う。アルジュナはクリシュナ一人を選び、ドゥルヨーダナは大軍団を選ぶ〔*戦争は、クリシュナを得たパーンダヴァ軍が勝利する〕。

『狼疾記』(中島敦)  三造は女学校の博物の講師で、一週に二日出勤する。かつて彼は、自分に可能な二つの生き方を考えた。一つは、学問の世界で名声・地位を得るべく奮闘する(将来のために現在の生活を犠牲にする)生き方。もう一つは、一日一日の生活を、その時々に充ち足りたものにして行こうというやり方だ。喘息や胃弱に苦しむ三造は、第二の生き方を選んだ。それから二年。日々の生活の無内容さは、彼の中に洞穴を開けてしまった。

*大五郎が手毬を選ぶか、刀を選ぶか→〔無心〕3の『子連れ狼』(小池一夫/小島剛夕)其之9「刺客街道」。

*飛雄馬が近道を選ぶか、遠回りの道を選ぶか→〔道〕1aの『巨人の星』(梶原一騎/川崎のぼる)「不死鳥」など。

★3.恩師と愛人の二人から、一人を選ぶ。

『婦系図』(泉鏡花)前篇「柏家」・後篇「蛍」  ドイツ文学者酒井俊蔵は、弟子の早瀬主税が芸者蔦吉(お蔦)と所帯を持ったことを咎め、「俺を棄てるか、女を棄てるか」と迫る。早瀬は「女を棄てます」と誓う。酒井は早瀬の将来を思って、正式の夫婦となることを禁じたのだが、内緒で逢うのは大目に見るつもりだった。しかし二人は潔く別れ、やがてお蔦は肺病で死ぬ。

★4.二人の罪人の中から、釈放すべき一人を選ぶ。

『マタイによる福音書』第27章  イエスが捕らわれ、裁判にかけられる。祭りの時には罪人の一人を釈放する慣わしであり、「バラバ・イエス」という名の囚人がいたので、総督ピラトは、「囚人のバラバ・イエスと、メシアと呼ばれるイエスの、二人のうちどちらを釈放すべきか?」と人々に問う。人々は「囚人のバラバを釈放し、メシアのイエスは十字架にかけよ」と叫ぶ。やむなくピラトは、イエスを処刑する〔*他の福音書では、囚人の名は「バラバ・イエス」ではなく、「バラバ」とのみ記される。『マタイ』はバラバの罪状を具体的に記さないが、『マルコ』第15章・『ルカ』第23章は「暴動と殺人」、『ヨハネ』第18章は「強盗」と記す〕。

★5a.二人の子供のうちのどちらを助けるか。

『今昔物語集』巻9−4  兄弟二人が、母を罵った男を殺した。兄弟の一人は実子、一人は継子である。尋問に当たった国王が、「一人を死罪、一人を赦免しよう」と言う。母は、実子を殺し継子を許してくれるよう願う〔*『沙石集』(日本古典文学大系本)巻3−6などに類話。原拠は『列女伝』巻5−8「斉義継母」〕。

*子供を捨てるか否かの選択→〔子捨て〕8の『今昔物語集』巻19−27など。

★5b.二人の子供のどちらが長子か見分ける。

『歴史』(ヘロドトス)巻6−52  アルゲイアは、自分の産んだ双生児のどちらをもスパルタの王位につけたいと思い、「どちらが長子か区別がつかない」と、嘘を言う。スパルタ人たちは、アルゲイアを見張り、彼女が哺乳も入浴も必ず一方の子を先にして大切に扱っていることを確かめ、それが長子であることを知る。

★5c.二人の子供のどちらが自分の子か、わからない。

『ゲスタ・ロマノルム』116  ピピン王の妃が王子を産んで死んだ。王は後添えの妃を迎え、彼女も王子を産んだ。二人の王子は外国で教育を受けて、戻って来る。王子たちは瓜二つで、後添えの妃には、どちらが自分の子か見分けがつかない。王は「それを教えると、お前は自分の子ばかりかわいがるだろう。だから、二人の王子が大人になるまでは教えられぬ」と言う。妃はそれを聞き、二人を成人するまで立派に養育した〔*王子たちの成人後、王はどちらが妃の子か教えた〕。

*三人の子供のうち、誰が自分の子かわからない→〔三者択一〕7bの『あゝ結婚』(デ・シーカ)。

★6a.二つのうちどちらを得ようか迷ったあげく、どちらも得られなくなる。

『どちはぐれ』(狂言)  僧が、布施をくれる檀那と斎(とき)をくれる檀那の双方から招かれ、どちらへ行こうかあれこれ思案する。ともかくも布施の方へ、と思って行くとすでに遅く、あわてて斎の方へ行くとこれも遅く、結局、布施も斎も得られなかった。

★6b.二つとも得ようとして、どちらも失う。さらには身を滅ぼす。

『旧雑譬喩経』巻上−20  狐が鷹を捕らえ、くわえていたが、川の魚を取ろうとして、口から鷹を放した。狐は魚を取ることができず、鷹も失ってしまった。川辺でこれを見ていた女が、「お前は何て馬鹿なんだ」と狐に言った。すると狐は「お前の方が、俺よりももっと愚かだ」と言い返した〔*類話の『パンチャタントラ』第4巻第11話では、ジャッカルが口にくわえた肉を放し、川岸の魚を取ろうとする。禿鷲が肉を奪って飛び去り、魚は川へ逃げ込んで、ジャッカルはどちらを得ることもできなかった〕→〔駆け落ち〕5

『二兎を追う者は一兎をも得ず』(チェーホフ)  湖でボートが転覆し、少佐とその若妻が溺れる。郷役場の書記イワンが泳いで助けに行き、「二人は無理です。一人しか運べません」と言う。若妻は「私を助けてくれたら、あなたと結婚してあげるわ」と泣く。少佐は「わしを助けてくれたら、お前の妹マーリヤをわしの妻にする。そうなればお前は大金持ちだ」と叫ぶ。色と欲に目のくらんだイワンは、少佐と若妻を両方とも助けてしまう。翌日。少佐の指示によって、イワンは郷役場を首になった。若妻の意向によって、マーリヤはアパートから追い出された。

『慾のくまだか』(日本の昔話)  猪が二匹、揃って駆けて来たので、慾深の鷹が「二匹いっしょにとってやろう」と、二匹の猪の背に、同時に左右の足の爪を立てた。猪は驚いて、離れ離れに駆け出した。一匹ねらえばよかったのに、二匹ねらったため、鷹の足は折れ、爪は抜けてしまった。これが、「慾の深い鷹爪抜ける」という諺のはじまりだ(岩手県上閉伊郡。「能ある鷹は爪隠す」をもとに発想された話であろうか)。

★6c.あちらを立てれば、こちらが立たず。

黒住宗忠の逸話  黒住宗忠が七歳くらいの頃、雨上がりに外へ遊びに出ようとした時、父は「下駄をはいて行け」と言い、母は「下駄は危ないから草履にしなさい」と言った。宗忠は両方の言いつけを守ろうと、片足に下駄、片足に草履をはいて出かけたが、うまく歩けず、ころんで泣いてしまった。

★7.二つの選択肢のどちらでもない、第三の道を選ぶ。

『三宝絵詞』上−1  鷹が鳩を追い、鳩は逃げて尸毘(しび)王の懐に入る。尸毘王は鳩を保護しようとするが、それは鷹の食料を奪うことになる。鳩の命を助けるか、鷹の飢えを救うか、二つの選択肢を前にした尸毘王は、刀で自らの腿肉を切り取る。腿肉を鷹に与えることによって、鷹の飢えを救い、鳩の命も助けることができるのである。

★8.究極の二者択一。

『ドラえもん』(藤子・F・不二雄)「ユクスエカメラ」  スネ夫が、「ジャイアンにおもちゃを貸したら、壊されるんじゃないか」と悩む。貸したらどうなるか、未来を写すユクスエカメラでのび太が撮影すると、壊れたおもちゃの写真が取れる。貸さなかったらどうなるか撮影すると、ジャイアンに殴られてボロボロになったスネ夫の写真が取れる。「どっちがいいかよく考えるといいよ」と、のび太は言う。

★9.生死のかかった選択。二者ともに生きることは不可能。どちらかが死なねばならない。

『イソップ寓話集』(岩波文庫版)425「漁師と蛸」  漁師が、真冬の海に蛸を見つけた。彼は言った。「あの蛸を捕まえるために、裸になってとびこんだら、俺は凍えてしまう。蛸を獲って帰らなかったら、子供たちはひもじさで死んでしまう」。

『カルネアデスの舟板』(松本清張)  古代ギリシアの哲学者カルネアデスは、次のように主張した。「海で遭難し、一枚の舟板に二人がつかまる。二人の重みで舟板が沈むので、一人がもう一人を突き放して溺死させ、自分だけが舟板に取りついて助かる。これは罪にはならない」。この故事を知った歴史学の玖村教授は、自己保身のためには、邪魔な恩師大鶴教授をおとしいれても構わないと考えるようになった。 

『夜行巡査』(泉鏡花)  十二月の深夜、酔った老人が足をすべらせて、皇居の堀の冷たい水に落ちる。そこへ巡回中の八田義延巡査が来かかるが、落ちた老人は八田巡査の恋人お香の伯父で、過去の恨みから、二人の仲を妨げる卑劣漢だった(*→〔仕返し〕4)。老人が死ねば、二人は結婚できる。しかし職務に忠実な八田巡査は、「憎い老人だが救わねばならぬ」と、泳げないにもかかわらず、お香の制止を振り切って堀の水に飛び込み、命を棄てた〔*老人の生死については記されていない〕。 

 

※夜の夫と昼の夫の二者択一→〔夜〕4の『ガラスの山』(イギリスの昔話)など。    

※中年男よりも老人を選ぶ→〔遊女〕5の『老人』(志賀直哉)。    

 

 

【二者同想】

★1a.愛し合う夫と妻が、ともに同じようなことを考え、行なう。

『賢者の贈り物』(O・ヘンリー)  ジムとデラは、若く貧しい夫婦だった。妻デラは、自慢の長い髪を売った金で、夫ジムの金時計につけるプラチナの鎖を買い、彼へのクリスマス・プレゼントとする。そうとは知らぬジムは、父祖伝来の金時計を売った金で、デラの髪にさす鼈甲(べっこう)の櫛を買い、彼女へのクリスマス・プレゼントとする。彼らはプレゼントのために、お互いの宝物を犠牲にしてしまった。しかし彼らこそ、東方の賢者(*→〔クリスマス〕9bの『マタイによる福音書』第2章)にも劣らぬ賢者なのだ。

★1b.『賢者の贈り物』(O・ヘンリー)のパロディ。

『愚者の贈り物』(ベイカー)  あの時、二人は大きな歓喜を味わいながら、クリスマス・プレゼントを交換したのだった。だが今、夫は思う。「妻の髪の毛はまた生えてくるが、私の時計はもう戻って来ない」。 

★2.兄弟が、ともに同じようなことを考え、行なう。

『今昔物語集』巻4−34  二人兄弟が各々千両を持ち、連れ立って旅をする。兄は「弟を殺して千両を奪い、自分の分と合わせて二千両にしたい」と考える。弟も「兄を殺して千両を奪い、自分の分と合わせて二千両にしたい」と考える。二人とも決心がつかないうちに、山を抜けて河のほとりへ出る。二人は「金がなかったら、兄弟を殺そうなどとは思わなかったろう」と反省し、ともに千両を河へ投げ捨てる。

『へらない稲たば』(朝鮮の昔話)  仲の良い兄弟がいた。兄は収穫して庭に積み上げた稲を、弟にも分けてやろうと考え、稲束をどっさり背負って、夜、弟の家の庭にこっそり置いて来る。弟も、収穫した稲を兄に分けてやろうと考え、兄の家の庭に稲束を置いて来る。翌朝、兄も弟も、庭の稲束が全然減っていないので驚く。次の夜も同じことが起こる。三日目、稲束を背負った兄と弟は夜道で出会い、互いに相手を思う気持ちを知って抱き合う。

★3.父親二人が、ともに自分の命を捨てて子供を救う。

『新薄雪物語』2幕目「幸崎邸詮議の場」〜3幕目「園部邸三人笑の場」  園部兵衛の息子・左衛門と、幸崎伊賀守の娘・薄雪姫は恋仲だったが、「謀反の心あり」との嫌疑で、左衛門は幸崎伊賀守の邸へ、薄雪姫は園部兵衛の邸へ預けられた。幸崎伊賀守は「自分の命を捨てて、左衛門を逃がそう」と考え、陰腹を切る(*→〔切腹〕7)。園部兵衛も同様に考え、薄雪姫を逃がして陰腹を切る。幸崎伊賀守と園部兵衛は対面して、互いに同じ考えであったことを知り、切腹の苦痛をこらえて笑い合った。 

★4.敵対するAとBが、ともに同じようなことを考え、行なう。

『カンタベリー物語』「赦罪状売りの話」  三人の道楽者が森で金貨を見つける。一人が町へパンと酒を買いに行っている間に、二人が「町へ行ったあいつを殺して金貨を二人で分けよう」と相談し、短刀を用意する。町へ行った一人も「森の二人を殺して金貨を独り占めしよう」と考え、酒に毒を入れる。結局、金貨のそばで三人とも死ぬ〔*『浮世物語』(浅井了意)巻3−6「ぬす人の事」の類話では、唐土の三人の盗人が宝物を分ける。一人が飯に毒を入れ、二人がその一人を谷底へ落として殺す。二人は飯を毒入りと知らずに食い、血を吐いて死ぬ〕。

*→〔財布〕3の『財布』(チェーホフ)も、同様の物語である。    

『透視図法』(安部公房)「盗み」  簡易宿泊所に寝起きする「ぼく」は、長い針金の先を鉤形にして、下段のベッドの男の靴をこっそり吊り上げようと思う。深夜になり男が眠ったようなので、行動を起こそうとすると、下から鉤形の針金が、「ぼく」の靴めがけて這い上ってくる。

『2から2を消せば2』(手塚治虫)  対立するギャング団の親分デキシイとランプが、それぞれ護身のため、自分そっくりの身代わりロボットを「博士」に命じて作らせる。デキシイもランプも、秘密を守るため「博士」を殺そうとして鉢合わせし、撃ち合って死ぬ。以後はロボットのデキシイとランプが親分になる。実は「博士」もロボットであり、「下らぬ人間は自滅させて、ロボットと入れ替えるのが世のためだ」と言う。

★5.女性を獲得したいと望むAとBが、ともに同じようなことを考え、行なう。

『ドラえもん』(藤子・F・不二雄)「虹谷ユメ子さん」  ガールフレンドが欲しいと思うのび太は、「野比のび子」という偽名を使い、「虹谷ユメ子」という女の子と文通を始める。そして「これが私よ」と書いて、しずちゃんの写真を送る。しかし「虹谷ユメ子」もまた、ガールフレンドを求める男子中学生の偽名だった。男子中学生は「野比のび子」に会いに来て、偶然しずちゃんと出会い、意気投合する。のび太はそれを見てショックを受ける。

『列子』「説符」第8  ある男が、妻の里帰りを送って行く途中で桑摘みの女を見かけ、いい女だと思って話しかける。ところが、ふりかえって見ると、自分の妻の方にも手招きして言い寄ろうとする男があった。

★6.貧しい男女が、それぞれ金持ちのふりをする。

『桃源境の短期滞在客』(O・ヘンリー)  高級ホテルに、貴婦人マダム・ボーモンが短期滞在する。彼女は、同じ滞在客の上流紳士ファリントンと知り合い、交際する。滞在の最後の夜、マダム・ボーモンは「私はデパートの店員です。一年間貯金して、一週間だけ貴婦人のように過ごしたかったのです」と打ち明け、別れを告げる。ファリントンは「僕も洋服屋の集金係です」と言う。二人は、土曜日にコニー・アイランドの遊園地でデートしようと、約束する。

★7.二者同想と思っていたら、そうではなかった。

『男はつらいよ』(山田洋次)第6作「純情篇」  夕方。「とらや」に下宿している美女(演ずるのは若尾文子)が、風呂に入る。寅次郎が落ち着かない表情で、叔父・竜造に「おいちゃん、何考えてんだ?」と聞く。竜造「お前と同じことよ」。寅次郎「いい年して何だよ。考えてることが不潔だよ」。竜造「何言ってんだ。おれはただ、ああ今日も日が暮れたなあ、と思ってただけだ」。寅次郎「隠したってだめだよ。今その口で言ったじゃないか。おれと同じ考えだって」と、そこまで言って、ようやく寅次郎は、自分と竜造の思いが同じでなかったことに気づく。

『サザエさん』(長谷川町子)朝日文庫版・第3巻116〜117ページ  家計に少々余りがあった時のこと。マスオが恐る恐る「靴がいたんでるから、買ってはどうだろうね?」と言うと、サザエは「アラッ! 今あたし、そのことを考えてたの!」と顔を輝かせる。「君はよく気がつくなァ」「あなたこそ思いやりがあるわ」と会話がはずむが、実はマスオもサザエも、それぞれ自分の靴を買おうと考えていたのだった。

 

※醜い姫が「自分は美女だ」と思い、美男の王子が「自分は醜男だ」と思う→〔鏡に映る真実〕5の『虚像の姫』(星新一)。

※拐帯カップルがうらやんだ中年夫婦もまた、拐帯犯だった→〔心中〕7aの『拐帯行』(松本清張)。

※男が嘘をついて女の心を試し、女も嘘をついてそれに対抗する→〔嘘対嘘〕1の『星野屋』(落語)など。

※虎もライオンも、中身は人間→〔にせもの〕4の『動物園』(落語)など。

※男も女も、どちらも身代わり→〔身代わり〕3の『愛と偶然とのたわむれ』(マリヴォー)など。

※身投げ屋どうしの出会い→〔身投げ〕6の『身投げ屋』(落語)。

 

 

 

【にせ金】

★1.にせ紙幣。

『ドクトル・マブゼ』(ラング)  マブゼ博士は秘密の地下室で、手下たちに贋紙幣を作らせていた。彼はいろいろな人物に変装して、株価の操作、いかさま賭博、殺人など、数々の犯罪を行なうが、フォン・ヴェンク検事に正体を見破られ、地下室に逃げ込む。そこでマブゼ博士は、かつて殺した人物たちの幻影を見て錯乱状態になる。正気を失った彼は、贋紙幣の山に埋もれて一枚一枚数えているところを、逮捕される。

*紙幣印刷機の隠し場所→〔留守〕5の『三人のガリデブ氏』(ドイル)。

*同じナンバーの多数の紙幣→〔紙幣〕1bの『ブラック・ジャック』(手塚治虫)「未知への挑戦」など。

★2.変造貨幣。

『二銭銅貨』(江戸川乱歩)  「私」が下宿の机に置いた二銭銅貨は二つに割れる変造貨幣で、中に暗号を記した紙片があることを、同居人の松村が発見する。実はこれは、「私」の悪戯だった。松村が暗号を解いて捜し出した総額五萬圓の札束の紙幣は(*→〔暗号〕3)、よく見ると、すべて「圓」の字の代わりに「團」の字が印刷してあった。「十圓」「二十圓」ではなくて、「十團」「二十團」という、おもちゃのにせ札だったのだ。

★3.にせ小判。

『冥土の飛脚』上之巻  忠兵衛は、友人八右衛門の五十両を、遊女梅川身請けの手付け金として、使ってしまう。忠兵衛は鬢水入れを小判のごとく包み、それを八右衛門に返すところを義母に見せて、義母を欺き安心させる。

*金と石のすりかえ→〔すりかえ〕1の『東海道中膝栗毛』(十返舎一九)2編上〜下「三島」など。

★4.せんべいの紙幣。

『百万円煎餅』(三島由紀夫)  昭和三十年代。健造と清子の若夫婦は、自分達の性行為の秘密ショーをして、報酬を得ていた。ある夜、二人は五千円という高額の報酬をもらった。帰り道、健造は「これをビリビリ破いたら胸がすっとするんだが」と言う。清子は「その代わりに」と言って、先ほど買った「百万円」の焼判を押した紙幣型の煎餅を渡す。しかし煎餅は湿っていて、なかなか破れなかった。  

★5.トマトの金貨。

『黄いろのトマト』(宮沢賢治)  ペムペルとネリの兄妹が作る畑に、珍しく黄色いトマトの実がなった。二人はそれを、黄金でできているのだと思う。サーカスが来て、人々が金貨を払って入場するので、ペムペルとネリは黄色のトマトを番人に渡してサーカスを見ようとする。番人は怒ってトマトを投げつけ、二人は泣きながら帰る。

 

 

【にせ狂人】

★1.自らのなすべきことをするために、狂人のふりをして人目をあざむく。

『仮名手本忠臣蔵』7段目「一力茶屋」  大星由良之助は敵討ちの本心を隠すため、祇園一力茶屋で遊女たちに戯れる日々を送る。鎌倉から様子を探りに来た鷺坂伴内は、由良之助の狂態をうかがい見て、「ありゃ、いっそ(=まったく)気違いでござる」と呆れ、「由良之助には敵討ちの意志がないことを、主人高師直に伝え、用心の門を開かせましょう」と言う。

『今昔物語集』巻12−33  比叡山で修業する増賀は、「すぐれた学生(がくしやう)だ」との評判が高くなり、「多武峰に籠居して静かに後世を祈りたい」と願っても、皆が引き止めた。増賀はこれを嘆き、ことさら狂人のようなふるまいをした。後に冷泉院が、護持僧にしようとして増賀を召したが、増賀は様々な気違いじみたことを冷泉院に申し上げ、逃げ去ってしまった。

『ハムレット』(シェイクスピア)第2〜3幕  ハムレットは、父デンマーク王が叔父クローディアスに暗殺されたことを知り、復讐を決意する。彼は本心を隠すために狂気をよそおう。恋人オフィーリアに対しても、「尼寺へ行け。なぜ男に連れそって罪深い人間を産みたがる?」と言って突き放す。ハムレットは、母ガートルードがクローディアスと結婚したことを非難し、クローディアスと誤認してオフィーリアの父ポローニアスを殺す。

★2.処罰を逃れるため、身を守るために、狂人のふりをする。

『サムエル記』上・第21章  サウル王に命をねらわれるダビデは、ガトの王アキシュの所へ身を寄せる。しかし正体を知られ、捕らわれたので、ダビデはよだれを流して狂人のふりをする。アキシュはダビデを本物の狂人と思って、追い払う。ダビデはアドラムの洞窟に難を避ける。

『史記』「殷本紀」第3  殷の紂王は、淫乱・暴虐であった。彼を諫めた鄂侯や比干は、殺されてしまった。箕子は恐れて狂気をよそおい、奴隷に身を落とす。しかし、紂王は箕子を囚(とら)えた〔*後に周の武王が紂の軍を破り、箕子を解放した〕。

『水滸伝』百二十回本第39回  罪を得て江州へ流された宋江は、ある日潯陽楼で酒を飲み、酔って壁に謀叛の詩を書きつけ、逮捕される。宋江は狂人のふりをし、糞尿にまみれ、「俺は玉皇大帝の婿殿だ」と支離滅裂なことをわめいて、役人たちをごまかそうとする。しかし、謀叛の詩の内容と筆跡が正常人のものなので、宋江の演技は見破られた。

『日本書紀』巻26斉明天皇3年9月  有間皇子は、皇位をねらう者と見なされることを恐れ、狂人をよそおった。彼は牟婁の温泉へ行って病を治す真似をし、帰って来て、「かの地を見ただけで、病気は自然に治った」と言った。これを聞いて斉明天皇は喜んだ〔*しかし翌四年十一月に、有間皇子は謀反人として捕らえられ、絞首刑になった。「或本」は、有間皇子は十九歳だった、と記す〕。

『リア王』(シェイクスピア)第3幕  エドガーは異母弟エドマンドの悪だくみによって、父グロスター伯の怒りをかい、命の危険を感じて荒野へ逃れる。エドガーは乞食姿になり、「トム」と名のって狂人のふりをする。荒野をさまようリア王は乞食のトムと言葉を交わし、彼を立派な学者だと思う〔*後にエドガーは、投身自殺しようとする父グロスター伯を助け、一騎打ちでエドマンドを倒す〕。

 

※兵役を逃れるために、狂人のふりをする→〔兵役〕4の『ギリシア奇談集』(アイリアノス)巻13−12など。

※刑務所の強制労働を逃れるために、狂人のふりをする→〔手術〕2aの『カッコーの巣の上で』(フォアマン)。

 

 

【にせ首】

★1.身代わりのにせ首。

『一谷嫩軍記』3段目「熊谷陣屋」  平敦盛は、実は平氏でなく白河院の子だった。源氏の武将熊谷直実はその秘密を知り、「おもてむきは敦盛を討ち取ったことにして、彼の命をひそかに救おう」と考える。直実は自分の息子小次郎を犠牲にし、その首を「敦盛の首」といつわって源義経に示す。義経は事情をすべて承知しており、「我が心を察し、よくぞ討った」と直実を褒める。

『近江源氏先陣館』8段目「盛綱陣屋」  佐々木盛綱・高綱兄弟は、北条時政方と源頼家方に分かれ、敵どうしになる。高綱の息子小四郎が捕らわれて、盛綱の陣屋に来る。さらに「高綱討死」の報とともに、高綱の首がもたらされて、北条時政の前で首実検が行なわれる。小四郎が首を見て、「父上、無念でござろう」と言って切腹するので、時政は「本物の高綱の首だ」と思う。しかしそれはにせ首で、小四郎が自分の命を捨てて、時政を欺いたのだった。

『菅原伝授手習鑑』4段目「寺子屋」  菅原道真が流罪になり、寺子屋を開く武部源蔵が、道真の一子菅秀才をかくまう。藤原時平の家来春藤玄蕃が、「菅秀才の首を討て」と源蔵に迫る。時平の舎人でありながら道真に心を寄せる松王丸が、我が子小太郎を源蔵の寺子屋へ送り、菅秀才の身代わりとして小太郎の首を討たせる。

『満仲』(能)  満仲は、息子の美女御前が仏道を学ばず、武芸の稽古に明け暮れているのを知って怒り、家臣仲光に「美女御前を斬れ」と命ずる。仲光は主君の若君を殺すことができず、身代わりに我が子幸寿丸の首を討って満仲に差し出す〔*『満仲』(幸若舞)に類話〕。

*百姓藤三郎の首を斬って、佐々木四郎高綱の身代わりとする→〔瓜二つ〕1の『鎌倉三代記』7段目。

*山賊の手下二人の首を斬って、犬川荘介、犬田小文吾の身代わりとする→〔瓜二つ〕1の『南総里見八犬伝』第8輯巻之3第78〜79回。

*平維盛のにせ首+若葉内侍と六代君のにせ者→〔誤解による殺害〕2の『義経千本桜』3段目「すし屋」。

★2.生きた人間が、死者の首を身代わりに置いて逃げる。

『まっしろ白鳥』(グリム)KHM46  魔法使いの男が、三人姉妹の長女と次女を殺し、末娘を嫁にすると言う。末娘は、魔法使いが以前に殺した死人の首に髪飾りをほどこし花輪をのせ、屋根裏部屋の窓辺に置く。魔法使いはその首を見て花嫁と思い、家に入ったところを閉じこめられ、家に火をかけられて殺される。

 

 

【にせ入水】

★1.着物や書き置きを残して、入水したかのように見せかける。

『明石物語』(御伽草子)  明石三郎の北の方は、横恋慕する高松中将から逃れるため、侍女と二人で流浪の旅に出る。二人は渚に衣装を脱ぎ捨て、辞世の歌を書き置き、入水したかのように見せかけて去る。

『好色五人女』巻3「中段に見る暦屋物語」  京の大経師(だいきょうじ)某の妻おさんは、手代の茂右衛門と不義の関係になる。二人は「心中したように見せかけて、田舎へ身を隠そう」と相談する。彼らは書置きを残し、水際に着物や草履を捨て、水練の男二人を雇って琵琶湖へ飛び込ませる。大経師の店の召使たちは水音を聞き、おさんと茂右衛門は入水した、と思って泣き騒ぐ〔*二人は丹後に隠れるが、結局捕らえられ処刑された〕。

★2.石を沈めて、入水したかのように思わせる。

『信田(しだ)(幸若舞)  平将門の孫である信田の小太郎は、悪人小山(をやま)の太郎に捕えられ、夜、内海(霞ヶ浦)に沈められることとなった。小山の命令で千原太夫が、沈めの石を信田の首にかけ、小舟に乗せて漕ぎ出すが、千原太夫は信田の旧臣だったので、彼は石だけを水中に落とし、信田を逃がしてやった〔*千原太夫は小山に拷問されて死ぬ。後に信田は小山の首を討つ〕。

*川や海に石を投げ込んで、入水したように思わせる→〔死因〕2bの『英草紙』第8篇「白水翁が売卜直言奇を示す話」、→〔冥界にあらず〕2の『辰巳の辻占』(落語)。

★3.いつわりの入水往生。 

『宇治拾遺物語』巻11−9  三十歳余りの僧が桂川に入水往生するというので、大勢の人々が拝みに行く。僧はいったん川に身を沈めるが、苦しさにもがき、あわてて陸地に戻り、川原を走って逃げる。後に僧は、手紙の上書きに「前(さき)の入水の上人」と署名した。

 

 

【にせ心中】

★1.心中の真似事をして、世間の注目を集めようとする。

『江戸生艶気樺焼(えどうまれうわきのかばやき)(山東京伝)  仇木屋の一人息子艶二郎は、「色男だ」との評判を立てたいと願い、吉原の遊女浮名をかたらって、にせ心中を試みる。辞世の句をチラシに刷って茶屋へ配り、二人の恋物語を浄瑠璃芝居にする手筈をととのえて、道行きをする。適当なところで止め手が出て来て、心中を制止してくれるはずだったが、艶二郎の父と番頭が盗賊に扮して現れ、二人の着物を剥いでしまう。艶二郎はふんどし一本、浮名は腰巻一枚の姿で道行きをすることとなり、愚行を恥じる。

★2.自殺を望む男と女が二人一緒に死ねば、世間の人は「心中だ」と思う。

『或る阿呆の一生』(芥川龍之介)47「火あそび」〜48「死」  「彼」は彼女に好意を持っていたが恋愛は感じておらず、彼女の体には指一つ触らずにいた。彼らは一緒に死ぬ約束をした。「プラトニック・スウィサイドですね」「ダブル・プラトニック・スウィサイド」〔*「彼」は彼女とは死ななかった。ただ、いまだに彼女の体に触っていないことは、「彼」には何か満足だった〕。 

『盗賊』(三島由紀夫)  藤村明秀は原田美子に失恋し、山内清子は佐伯青年に失恋して、それぞれ自殺の決心をする。明秀と清子は互いの心のうちを知り、協力して恋仲のように世間をあざむき、結婚式の当夜、一緒に死ぬ。世人は、明秀と清子が幸福の絶頂で情死した、と解釈する。 

 

 

【にせ手紙】

★1.にせの手紙を用いて、人をおびき寄せる。

『最後の事件』(ドイル)  シャーロック・ホームズとワトソンがスイスのライヘンバハ滝を旅していた時、重態の肺結核患者の診察を請う手紙がホテルから届き、ワトソンはホテルへ戻る。それはモリアティ教授によるにせ手紙で、モリアティはホームズに一対一の勝負を挑もうとしたのだった。ホームズはにせ手紙であることを承知の上でワトソンと別れ、モリアティとの対決に臨む。

『三国志演義』第36〜37回  曹操は、劉備の軍師である徐庶を、自軍に招きたいと考える。そこで、徐庶の母親を一室に軟禁し、彼女の筆跡を模倣してにせ手紙を作り、徐庶を呼び寄せる。徐庶は、本物の母親の手紙と思って曹操のもとへ行き、母親に対面する。母親は、徐庶を「愚か者」と叱りつけ、首をくくって死んでしまう〔*その後、徐庶は曹操のもとにありながら、彼のために献策することはなかった〕。

★2.にせの手紙を用いて、味方どうし・恋人どうしの仲を裂く。

『南総里見八犬伝』第9輯巻之10第110回  里見義成は、娘浜路姫が犬江親兵衛に宛てた恋文を拾い、親兵衛に「関八州を歴覧し、七犬士を捜せ」と命じて、稲村城から追い出す。実はそれは、親兵衛と里見家を引き離すべく、妙椿尼の幻術で作られたにせ手紙だった。

『ランメルモールのルチア』(ドニゼッティ)  城主エンリーコは妹ルチアを政略結婚させようとするが、ルチアには恋人がおり、しかもそれはエンリーコにとって仇敵のエドガルドであった。エンリーコは二人の仲を裂くために、エドガルドの心変わりを伝えるにせ手紙を用いる→〔狂気〕2

★3.女好きの男に、にせの恋文を送ってからかう。

『いたずら』(志賀直哉)  東京近郊の中学の教師「私(田島)」は、女好きの教師山岡をからかおうと、同僚と相談して架空の娘を作り上げ、にせの恋文を何通も山岡に送る。逢い引きの場所に娘は来ないが、山岡は娘の実在を疑わず、恋文の文面をもとに、のろけ話を「私」たちに聞かせる。山岡がまったくへこたれないので「私」たちはあてがはずれ、「父の転勤で旭川へ引っ越します」との別れの手紙を出して、いたずらを終わりにした。

『十二夜』(シェイクスピア)第2〜3幕  執事マルヴォーリオはオリヴィア姫に思いを寄せている。マルヴォーリオと仲の悪いサー・トウビーたちが、オリヴィア姫の筆跡を真似た恋文を作り、マルヴォーリオに拾わせる。マルヴォーリオは有頂天になり、恋文の指示どおりに黄色の靴下に十文字の靴下留めをつけ、オリヴィア姫の前へ来てニヤニヤ笑う。オリヴィア姫は、マルヴォーリオを狂人だと思う。

★4.目障りな女に、にせの恋文を送って反応を見る。

『青い山脈』(石坂洋次郎)  終戦直後の田舎町の女学校でのこと。不純異性交遊の噂のある寺沢新子に、同級生が、県立一中の学生をよそおってにせの恋文を出し、公園に呼び出そうとする。級友たちは、新子が誘いに乗るかどうか試したのだった。これが学校中の大問題になり、議論の末、「健全な男女交際は必要なものである」という新しい考え方を、生徒も教員も町の人々も理解するようになった。

『吾輩は猫である』(夏目漱石)10  金田家の令嬢富子がハイカラで生意気だというので、文明中学の生徒たちがにせの艶書を送り、その際、生徒の一人古井武右衛門が名前を貸す。あとになって武右衛門は、「自分の名前が出たら退校になるかもしれぬ」と心配して、苦沙弥先生の家まで相談に来る。しかし苦沙弥先生は取り合わず、武右衛門はあきらめて帰って行く。

★5.いつわりの恋文を受け取った女が、差し出した男に好意を持つ。

『赤西蠣太』(志賀直哉)  伊達兵部の屋敷に潜入した隠密赤西蠣太が、その任務を終えた。彼は自分が醜男であることを利用し、美人の腰元小江(さざえ)に艶書を送り、恥をかいて逃げ出す形にして、怪しまれずに屋敷を去ろうとする。ところが意外にも、小江が蠣太に好意を寄せたので、やむなく蠣太は艶書を人目につく所に落とし、面目なさに出奔する、という体裁をとった。

 

 

【にせの宝】

★1.にせの美術品や宝物を偽造する。

『竹取物語』  石作の皇子は、十市郡の山寺の黒い鉢を「天竺の仏の石の鉢」といつわってかぐや姫に示すが、少しの光もないのでにせ物と見破られる。くらもちの皇子は、工匠らに命じて「蓬莱の玉の枝」を偽造するが、工匠らがかぐや姫の前でこれを暴露する。阿倍の御主人は、唐人の王けいから、にせ物の「火鼠の皮衣」をそれとは知らず高額で買うが、火にくべるとめらめらと焼ける。

*浦上玉堂の贋作を用いて、学界の権威者たちを嘲笑しようとたくらむ→〔画家〕3の『真贋の森』(松本清張)。

★2.美術品を盗み、そっくりのにせものを代わりに置いていく。

『奇巌城』(ルブラン)  ある夜ジェーブル伯爵の屋敷に泥棒が入ったが、何も取らずに逃げて行った。泥棒の正体は怪盗ルパンであり、ルーベンスの名画四点を盗み、代わりに本物そっくりの模写を壁にかけていったので、何も取られなかったように見えたのだった〔*ルパンは、『モナリザ』など世界の名画の数多くを盗み、収集していた。美術館に残す模写の裏には、「ルパン」の署名があった〕。

『半七捕物帳』(岡本綺堂)「正雪の絵馬」  絵馬屋が、大宮八幡にかかっている由井正雪自筆の奉納絵馬を盗み、絵馬蒐集狂の多左衛門に売りつける。大宮八幡には贋物を代わりにかけ、本物が盗まれたとは気づかれないようにした〔*多左衛門はこれを信ずるが、実は絵馬屋が多左衛門に売った方が贋物で、本物はそのまま大宮八幡にかかっていた〕。

★3.美術品や宝石がにせものであることが発覚しないように、それを盗んでしまう。

『おしゃれ泥棒』(ワイラー)  ニコル(演ずるのはオードリー・ヘップバーン)の父シャルル・ボネは、ゴッホやセザンヌなど多くの名画を贋作していた。祖父も贋作の名手で、高さ七十センチ余りの、チェリーニのビーナス像を偽造した。これは祖母をモデルにしたので、その表情はニコルに似ている。にせビーナス像が、パリの美術展に出されることになった。美術館は、ビーナス像に保険をかけるために、科学鑑定を行なうという。それではにせものだとバレてしまうので、二コルは探偵シモンと一緒に夜の美術館に忍び込み、ビーナス像を盗み出した。

『ボー・ジェスト』(ウェルマン)  二十世紀初めの英国。パトリシアは生活に困窮して、家宝のサファイア「青い水」を売り、手元にはにせものを置いていた。ところが外国にいる夫ヘクター卿から、「青い水」を売却して金を作れ、との電報が来た。パトリシアの甥である三人兄弟のうちの長男ボー・ジェスト(演ずるのはゲーリー・クーパー)が、にせの「青い水」を盗んでアフリカの外人部隊に身を投じ、自ら汚名を着て、パトリシアを救った〔*次男と三男は、兄ボー・ジェストを信じて後を追う。ボー・ジェストと次男は戦死し、三男だけが生き残る〕。  

★4.物語の最後で、宝物がにせものであったことが判明する。

『首飾り』(モーパッサン)  マチルドは、友人から借りたダイヤの首飾りを、舞踏会の帰りになくしてしまい、やむなく借金をして同じ首飾りを買い、友人に返す。その後十年、彼女は生活をきりつめてようやく借金を完済するが、実は、借りた首飾りは安価なイミテーションだった。

『箱根細工』(三島由紀夫)  銀座の小写真店の店員秀夫は、箱根の温泉芸者鹿の子(かのこ)と恋仲になり、彼女を身請けしたいと思う。鹿の子は借金のある身体だったので、かつて旦那からもらったダイヤの指環を売って借金を返そう、と二人は相談する。しかし秀夫が指環を東京の宝石店へ持ち込むと、それはガラス細工のにせものだった〔*「忠実に、モーパッサンの方法に拠ったもの」と、三島由紀夫は述べている〕。

『マルタの鷹』(ハメット)  十六世紀、マルタ島の騎士団が、最高級の宝石で飾った黄金の鷹の彫像を、スペイン王カルロス五世に贈った。年月を経て、彫像は多くの人の手から手へ渡り、その価値を隠すためにエナメルが塗られた。ある日、探偵サム・スペードの事務所を訪れた美女ブリジットは、彫像をねらう一人であり、彫像をめぐる争いで、スペードの同僚を含む数人が殺される。しかしそのあげくにスペードの手に入った彫像は、鉛製の贋物だった。

 

※本物そっくりのにせの指輪を二つ作る→〔三者択一〕7aの『賢人ナータン』(レッシング)第3幕など。

 

 

【にせ花婿】

★1.別人の名をかたって女と関係を結ぶ。

『落窪物語』巻2  道頼少将(後に太政大臣)は、落窪の姫君を継母のもとから救い出し、自邸に迎えて妻とする。そうとは知らぬ継母は、将来有望な道頼少将を、四の君(継母の実の娘)の婿にしたい、と望む。道頼少将は、自分の代わりに「面白の駒」のあだ名を持つ愚か者・兵部少輔を、花婿として送りこむ。新婚三日目の夜になってはじめて、にせ花婿であることが発覚し、継母たちは驚き嘆く。

『音なし草紙』(御伽草子)  人妻が夫の長期不在をよいことに、近所の男Aと密通する。若い男Bがこれを知り、Aのふりをして人妻に近づき、一夜をともに過ごす。人妻はBをAと思い込み、Bの悪口を言い出す。Bは面白く思いながらも、Aのふりをし通して、夜明け前に帰って行く。後、人妻は、Bに向かってBの悪口を言ってしまったことを知り、「音なしに(穏便に)」と請う。

『源氏物語』「総角」「浮舟」  宇治の大君は「妹・中の君を薫に与えよう」と考える。しかしあくまでも大君との結婚を望む薫は、「中の君を匂宮と結びつけよう」とたくらみ(*→〔結婚の策略〕1)、ひそかに匂宮を連れて宇治へ行く。匂宮は薫のふりをして、中の君の寝所に入る。匂宮はその後、浮舟と関係を結ぶ時も、薫の声色を使って浮舟をだます→〔声〕5の「浮舟」。

『平中物語』第28段  色好み平中の名をかたって、ある女のもとに通う男がいた。平中の家に出入りする女房が、この女に、「あの男は平中ではない。にせ者である」と告げ知らせる。にせ平中は、様子を察して走り逃げた。

『夜の寝覚』(五巻本)巻1  中納言(男主人公。後に関白)は、太政大臣家の中の君(女主人公。寝覚の上)を「但馬守の娘」と思いこんで、契りを結んだ。彼は自らも「中納言」とは名のらず、かつて但馬守の娘に恋文を送った式部卿宮中将のようによそおった。

*住吉仲皇子(すみのえのなかつみこ)が、履中天皇の名をかたって黒媛を犯す→〔装身具〕1aの『日本書紀』巻12履中天皇即位前紀。

*鰯売りの猿源氏が「大名宇都宮弾正」と身分をいつわって、遊女蛍火と契る→〔遊女〕1の『猿源氏草紙』(御伽草子)。

★2.魔法などを用いて、目ざす女の夫の姿に変身する。

『アーサーの死』(マロリー)第1巻第2章  ユーサー・ペンドラゴン王が、ティンタージェル公の美貌の妻イグレインに横恋慕して言い寄る。イグレインがユーサー王の言葉に従わないので、王はティンタージェル公に戦争をしかけ、公は戦死する。その直後に、魔法使いマーリンの力を借りて、ユーサー王はティンタージェル公の姿になり、イグレインと同衾する。イグレインはその夜、アーサーを身ごもる。

『ギリシア神話』(アポロドロス)第2巻第4章  アムピトリュオンが戦争から凱旋する前夜に、ゼウスがアムピトリュオンに変身して、彼の妻アルクメネを訪れた。翌日、本物のアムピトリュオンが帰って来て、愛情を示さぬアルクメネにその理由を問い、ゼウスが彼女と交わったことを知る→〔双子〕6

★3.愛撫のしかたが違うので、にせものと見破られる。

『セレンディッポの三人の王子』2章  ベカール国の皇帝が自分の魂を鹿に乗り移らせて丘を駆けている間に、大臣の魂が皇帝の身体に入り込む。大臣はにせ皇帝となって、妃と同衾する。しかし愛撫のしかたがいつもと違うので、妃は「にせものだ」と見破る。妃はにせ皇帝をあざむいて、彼の魂を鶏に乗り移らせる。その隙に、皇帝の魂は本来の自分の身体へ戻り、鶏の首をもいで暖炉に投げ捨てた〔*月曜日の宮殿で、バフラーム皇帝と乙女の語らいがすんだ後、語り部が皇帝に語る物語〕→〔曜日〕6。 

『パノラマ島奇談』(江戸川乱歩)  人見広介は大富豪菰田になりすまし(*→〔土葬〕4)、親類や大勢の使用人を欺く。しかし、「妻の千代子に見破られるかもしれない」と警戒し、千代子を遠ざける。一年ほどたったある夜、宴会の酒に酔いつぶれた広介は、介抱する千代子と、床をともにしてしまう。千代子は、ある瞬間、ハッと広介から身を引いて、身体をかたくしたまま、身動きをしなくなった。広介は千代子をパノラマ島の楽園(*→〔島〕5)へ連れて行き、「お前を愛している」と言いつつ、絞殺する。

★4.無力な本物の花婿を助けて結婚させる。

『シラノ・ド・ベルジュラック』(ロスタン)第3幕  近衛青年隊のクリスチャンはロクサーヌに恋を訴えるが、あまりの話下手ゆえ愛想をつかされる。ロクサーヌの立つバルコニーの下に、クリスチャンの同僚シラノが隠れ、クリスチャンの声色を使って見事な口説き文句を連ねる。ロクサーヌは陶然とし、クリスチャンとの結婚を承知する。

『ニーベルンゲンの歌』第10歌章  グンテル王はプリュンヒルトと結婚したが、力の強いプリュンヒルトは、初夜の床でグンテル王を厳しく拒む。彼女は紐でグンテル王を縛り上げて壁に吊るし、寄せつけない。翌晩、ジーフリト(ジークフリート)がグンテル王のふりをしてベッドに上がり、プリュンヒルトと格闘しておさえつけ、彼女の抵抗がやんだところでグンテル王と入れ替わる。

★5.求婚者たちの中に、にせ者が一人いる。 

『露団々(つゆだんだん)(幸田露伴)  米国の大富豪「ぶんせいむ」が一人娘「るびな」の花婿を募集し、世界中から求婚者が殺到する。中国人「田亢龍」は、日本人「吟蜩子」を替え玉にして他の求婚者たちと競わせ、自らは労せずして「るびな」の花婿になろうとたくらむ。「吟蜩子」は見事に花婿の第一候補となるが、もともと結婚の意志のない彼は、姿をくらましてしまう〔*実は「ぶんせいむ」にとっては、その方が好都合だった→〔婿選び〕1〕。「ぶんせいむ」は「吟蜩子」を気に入り、彼を連れて世界漫遊の旅に出る。

★6.花婿が、見合いの時の青年と違う。 

『神曲』(ダンテ)「地獄篇」第5歌の注  フランチェスカは城主ジャンチオット・マラテスタに嫁したが、彼女が見合いの席で会ったのは、ジャンチオットではなく彼の弟パオロだった。ジャンチオットは醜男だったので、破談になることを恐れ、美男の弟パオロを身代わりに立てたのである。ジャンチオットとの結婚後、フランチェスカはパオロと相愛の仲になった。ジャンチオットは剣で二人を刺し殺した。

*花嫁が、見合いの時の娘と違う→〔にせ花嫁〕5の『男はつらいよ』(山田洋次)第23作「翔んでる寅次郎」。

★7.近代小説の中のにせ花婿。

『色好みの宮』(三島由紀夫)  地方へ映画ロケに行った一行が、美男の大部屋俳優辰二を宮様に仕立てて、滞在する旅館の娘花枝に一夜の伽(とぎ)をさせる。数ヵ月して真相がばれ、旅館の主人は怒ったが、辰二は花枝に結婚を申し込んで、二人は夫婦になった。結婚後、花枝と辰二は何度も、「あのとき私は、あなたがにせものの宮様だということを、ちゃんと知っていたんだから」「ウソを言え」と言い合った。

『禁色』(三島由紀夫)第22章「誘惑者」  穂高恭子は、醜貌の老作家檜俊輔を裏切った三人の女のうちの一人だった。俊輔は美青年南悠一を恭子に紹介し、ある夜、恭子は酩酊状態で悠一に身をまかせる。行為後、闇の中で目覚めた恭子は悠一の手を求めてさぐり、冷たい乾いた腕に触れて叫ぶ。横に寝ていたのは俊輔だった→〔同性愛〕1

 

※動物・植物が夫に化ける→〔糸と男女〕3の『袋草紙』「雑談」、→〔狸〕1の『お若伊之助』(落語)、→〔蛇婿〕1aの『肥前国風土記』松浦の郡褶振の峰。

 

 

【にせ花嫁】

★1.別人になりかわって嫁入りする。

『うつほ物語』「藤原の君」  老親王・上野(かんづけ)の宮が、源正頼の第九の姫君・美貌のあて宮を奪おうとたくらむ。それを知った源正頼は、家来の娘のうちで器量の良い一人を選んで着飾らせ、黄金(こがね)造りの車に乗せて出かける。上野の宮に雇われたならず者たちが車を襲い、偽あて宮を親王邸へ連れて行く。上野の宮は、偽あて宮を本物と思い込んで大切にした。

『おようの尼』(御伽草子)  日用品を売買・交換するおよう(御用)の尼という老尼が、独身の老法師の庵を訪れる。独身の侘しさを嘆く老法師に、おようの尼は「花嫁を世話しよう」と言う。老法師は花嫁を待ち焦がれ、数十日を経て、ようやく婚礼が行なわれる。恥ずかし気に顔を隠す花嫁と、老法師は共寝をするが、翌朝隣を見ると、七十歳ほどの老女が寝ている。それはおようの尼だった。

『終わりよければすべてよし』(シェイクスピア)  侍女ヘレナは伯爵バートラムを愛するが、バートラムは「ヘレナの身分が低い」との理由でこれをしりぞける。バートラムが某家の令嬢に求愛するので、夜、ヘレナは令嬢のふりをしてバートラムを迎え入れ、彼の子を宿した。

『がちょう番のおんな』(グリム)KHM89  王女が他国の王子の所へ嫁ぐ。その旅の途中で、腰元が姫をおどして衣装を取り替え、にせ花嫁となって王子と結婚する。本物の王女は鵞鳥の番人にされる。

『古事記』中巻  三野(美濃)国の大根王(オホネノミコ)の娘、兄比売(エヒメ)・弟比売(オトヒメ)の姉妹はともに美女だったので、景行天皇が息子の大碓命を遣わして、姉妹を宮中に召す。ところが大碓命は、姉妹を自分のものにしてしまい、別の女を「兄比売・弟比売」と偽って、父景行天皇にたてまつった。天皇は、それが兄比売・弟比売ではないことを察知し、二人と交わることなく放置した。

『木幡の時雨』  中納言は時雨が縁で、故奈良兵部卿右衛門督の中の君と契り、彼女との結婚を望む。しかし中の君の母が中納言を欺き、中の君の妹三の君を与える。中納言は花嫁が別人であると気づき、中の君を恋い続ける。式部卿宮(のちに東宮)も時雨が縁で中の君と契り、別れた後も彼女を恋い続ける。やがて中の君の身代わりに妹三の君が東宮(=式部卿宮)妃となるが、東宮はにせ花嫁と気づかない。

『史記』「五宗世家」第29  孝景帝に召された程姫は、生理中だったので、侍者の唐児を着飾らせ参上させた。酔っていた帝は、これを程姫と思って寵愛した。やがて生まれたのが長沙の定王発である。

『白い花嫁と黒い花嫁』(グリム)KHM135  母親とその実の娘は心がけが悪く、継娘は心がけが良かった。そのため、神が母親と実の娘を色黒に、継娘を色白にする。色白の継娘は王妃として迎えられることになり、母親がこれを憎んで、継娘を馬車から川へ突き落とす。代わりに色黒の娘が王妃に変装し、御殿へ行く〔*色白の継娘は鴨に変身して王の所へ行き、母親と色黒娘の悪だくみを訴える〕。

『太平記』巻22「佐々木信胤宮方に成る事」  高(かうの)土佐守は伊勢国の守護に任ぜられ、愛人お妻(さい)を輿に乗せて、一緒に連れて行く。道中、風が輿の簾を吹き上げたので、見ると、乗っていたのは八十歳ほどの老尼だった。土佐守は「古狸か古狐が化けたのだ」と思うが、実はお妻が伊勢へ行くのをいやがり、身代わりに老尼を輿に乗せたのだった。

『ドイツ伝説集』(グリム)400「アルボインとロジムント」  ロジムント妃は、父の敵である夫王アルボインを殺すため、家来のペレデオを味方に引き入れようと計る。彼女は、ペレデオの恋人である腰元の寝台に忍び入る。何も知らぬペレデオは、腰元と思ってロジムント妃を抱く。ロジムントは、自分が妃であることをペレデオに知らせ、「こうなれば、王を殺すか王に殺されるか、二つに一つ」と迫る。

『日本書紀』巻24皇極天皇3年正月  中大兄皇子と蘇我倉山田麻呂の長女との結婚が決まった夜、長女は一族の者によって盗まれた。困惑する父倉山田麻呂に、次女が「私を身代わりとせよ」と申し出、中大兄に仕えた。

『ペンタローネ』(バジーレ)第5日第9話  黒人の奴隷女が、シトロンから生まれた美女(妖精)の頭にピンを刺し、妖精になり代わって王子と結婚する。奴隷女は「私は魔法をかけられてしまったので、一年間は黒いが、次の一年は白くなります」と言って、王子を欺く〔*後に奴隷女はにせものであることがばれて、火あぶりにされる〕→〔変身〕2

*花嫁が処女を失ったので、別の女が代わりに初夜の床へ入る→〔処女〕4の『トリスタンとイゾルデ』(シュトラースブルク)第16〜18章。

*疱瘡にかかった娘が、容貌の似た妹を代わりに嫁がせる→〔ほくろ〕1の『武家義理物語』巻1−2「ほくろは昔の面影」。

★2.魔物・妖怪の類が花嫁に化ける。

『兄と妹』(グリム)KHM11  魔女が、継娘が王妃になったのを憎み、王妃を風呂場へ入れて殺す。魔女は自分の片目の娘を王妃にしたててベッドに寝かせる。王に気づかれぬよう、娘は目のない側を下にして横向きに寝る。

『白鳥の湖』(チャイコフスキー)第3〜4幕  ジーグフリード王子の花嫁選びの舞踏会に、悪魔ロットバルトの娘オディールが、オデット(*→〔夜〕1)そっくりの姿で現れる。王子はオディールをオデットと思いこみ、永遠の愛を誓ってしまう。ロットバルトとオディールは悪魔の正体を現して去り、ジーグフリード王子とオデットは、もはやこの世では結婚できぬ運命と知って、死を選ぶ。

*千年の女狐が妲妃(だっき)に化けて、紂王に嫁入りする→〔狐女房〕5の『封神演義』第4〜6回。

*あまのさぐめが瓜姫の着物を着て、守護代に嫁入りする→〔留守〕1の『瓜姫物語』(御伽草子)。

★3.男に魔法をかけ、にせ花嫁を与える。

『アーサーの死』(マロリー)第11巻第2章・第8章  騎士ラーンスロットは、アーサー王の妃グィネヴィアを熱愛していた。そのことを知るブルーセン婦人がラーンスロットに魔法をかけたため、彼はエレーン姫をグィネヴィアと思い込んで、二度にわたって床をともにする。一度目の交わりで、エレーン姫はガラハッドを身ごもる。二度目の時には、グィネヴィアが隣室にいて、ラーンスロットの寝言を聞いてしまう→〔寝言〕2b

★4a.雲から造られたにせ花嫁。

『ギリシア神話』(アポロドロス)摘要第1章  イクシオンはゼウスの妃ヘラに恋して、彼女を犯そうとした。ゼウスが雲をヘラの姿に似せて、イクシオンの横に寝かせた。イクシオンは雲をヘラと思って交わり、雲はケンタウロスを産んだ。 

『ギリシア神話』(アポロドロス)摘要第3章  トロイアの王子アレクサンドロス(=パリス)は、スパルタ王メネラオスの妃ヘレネと駆け落ちした。しかしこれには異説がある。実はヘレネは、ゼウスの命令を受けたヘルメスによって、エジプトへ運ばれ、エジプト王プロテウスの保護下に置かれていた。アレクサンドロスは、雲から造られたにせヘレネを本物と思って船に乗せ、トロイアへ連れて行ったのである。 

*雲が乙女を隠す→〔雲〕7aの『変身物語』(オヴィディウス)巻1。

★4b.枯れ木から造られたにせ花嫁。

『聊斎志異』巻2−48「嬰寧」  王子服は美女嬰寧(*→〔狐女房〕3)を妻としたが、隣家の息子が嬰寧を見て横恋慕する。夜、垣の根方で、息子が嬰寧に抱きついて犯すと、陰茎が錐で刺されたごとく痛み、息子は悲鳴を上げて倒れ、死んでしまった。息子が抱いたのは、垣根のそばに倒れていた枯れ木であり、雨だれのために凹(くぼ)んだ孔に、陰茎を入れたのだった。孔の中には大きなさそりがいた。

★5.花嫁が、見合いの時の娘と違う。

『男はつらいよ』(山田洋次)第23作「翔んでる寅次郎」  タコ社長(演ずるのは太宰久雄)は見合い結婚だった。結婚式の日、お嫁さんの顔を見たら、見合いで会った娘とは顔が違うので、タコ社長は「ひょっとしたら、別の女じゃないの?」と仲人に問う。すると仲人は、「見合いには妹を出した」と答えた。タコ社長は驚いたが、仲人に借金をしていたので、文句を言わずに結婚した。そのまま、今でも仲良く暮らしている。

*花婿が、見合いの時の青年と違う→〔にせ花婿〕6の『神曲』(ダンテ)「地獄篇」第5歌の注。

★6.五十人の花嫁を、一人だと思いこむ。

『ギリシア神話』(アポロドロス)第2巻第4章  テスピアイの王は、自分の五十人の娘が皆ヘラクレスの子を産むことを望み、十八歳のヘラクレスを五十日間歓待して、毎夜一人の娘をともに寝かせた。ヘラクレスは、それをすべて同じ一人の娘だと思って、全員と契りを交わした。

 

 

【にせもの】

★1.他人になりすます。

『イリアス』第16歌  アキレウスが戦線を離脱し、アカイア軍が劣勢になったため、パトロクロスが親友アキレウスの鎧を着て出陣する。トロイア軍は、アキレウスだと思って恐れ、逃げる。しかしトロイアの勇将ヘクトルが、パトロクロスを討ち取る。

*他人の武具を着て戦場へ出る→〔衣服〕1の『形』(菊池寛)。

『天衣紛上野初花(くもにまごううえののはつはな)(河竹黙阿弥)「河内山」  質屋上州屋の一人娘藤が、松江出雲守の屋敷へ奉公に上がるが、出雲守は藤を妾にしようと、一間に幽閉する。御数寄屋坊主の河内山宗俊が、「上野東叡山寛永寺法親王の御使僧・北谷の道海である」と名乗って屋敷に乗りこみ、出雲守と談判して藤を救い出す→〔ほくろ〕1

『太陽がいっぱい』(クレマン)  貧しい青年トム(演ずるのはアラン・ドロン)は、金持ちの友人フィリップ(モーリス・ロネ)をヨット上で殺し、死体をシートに包んで海に棄てる。トムは身分証明書を偽造し、サインを模倣し、声も真似てフィリップになりすます。そしてフィリップの筆跡で遺書を作り、彼が自殺したように見せかけて、財産を手に入れようとたくらむ。しかしヨットが売られ、岸に上げられて、死体入りのシートの紐がスクリューにからまっているのを、皆が見る〔*『太陽がいっぱい』と同じくアラン・ドロンが主演した→〔宝〕8bの『地下室のメロディー』では、海ではなくプールから、死体ではなく札束が、浮かび上がる〕。

『南総里見八犬伝』第7輯巻之4第68回〜巻之5第71回  犬塚信乃は甲斐国猿石村の村長四六城木工作(よろぎむくさく)宅に滞在し、後に彼の妻となる浜路姫に出会う。木工作が殺されて信乃はその犯人と見なされ、浜路姫も信乃との密通の嫌疑をかけられる。犬山道節が、土地の眼代甘利兵衛尭元になりすまし、信乃と浜路姫を連行すると見せかけて二人を救い出す。

*怪人二十面相が明智小五郎に変装する→〔一人二役〕6bの『怪人二十面相』(江戸川乱歩)。

★2.にせの内臓や舌。

『白雪姫』(グリム)KHM53  妃が、継娘の白雪姫の美しさに嫉妬して、「白雪姫を森へ連れて行って殺せ」と、狩人に命ずる。しかし狩人は、白雪姫をかわいそうに思って逃がし、代わりに、猪の子の肺臓と肝臓をえぐり出して、妃に届ける。妃はそれを白雪姫の内臓と思い、塩づけにして食べる〔*後、妃は白雪姫が生きていることを知り、毒りんごを用いて彼女を殺す〕。

『ドイツ伝説集』(グリム)486「ハインリヒ三世帝の伝説」  コンラート帝が、「私の娘婿になると予言された赤児を殺し、心臓を持って来い」と、二人の臣下に命ずる。二人は赤児を木の股に置き、兎の心臓を帝に届ける〔*・538「ジークフリートとゲノフェーファ」では、無実の奥方ゲノフェーファを家来が逃がし、犬の舌を切り取って奥方を殺した証拠とする〕。

『トリスタンとイゾルデ』(シュトラースブルク)第18章  イゾルデは、マルケ王との初夜の床に自らの身代わりとしてブランゲーネを送りこむ。後に、その秘密がもれるのを恐れたイゾルデは、ブランゲーネを森で殺すよう二人の小姓に命じる。小姓たちは彼女の命を助け、猟犬の舌を切り取って、ブランゲーネ殺害の証拠としてイゾルデに示す。

★3.にせの剣。竹光あるいは木刀。

『切腹』(小林正樹)  若侍(演ずるのは石浜朗)が井伊藩邸を訪れ「貧窮で将来の見込みもないゆえ、庭先を借りて切腹したい」と請う。近頃、浪人たちが同様のことを言って大名屋敷から金をせびり取ることが流行っていたので、井伊家では本当に若侍を切腹させてしまう。若侍の刀は竹光だったため、若侍は竹光を腹に刺し、苦しんで死ぬ〔*後日、若侍の舅が復讐しに来る〕。

『平家物語』巻1「殿上闇討」  豊明(とよのあかり)の節会の夜、平忠盛は、殿上人たちに闇討ちされるとの情報を得て、これを未然に防ぐために、木刀に銀箔をおしたにせの短剣を持って昇殿する。わざと短剣を抜き、光る刃を見せて威嚇したので、殿上人たちは闇討ちの計画をとりやめた→〔禁制〕4

*木刀を用意して、太刀合わせの相手に持たせる→〔剣〕5の『古事記』中巻(イヅモタケル)、『日本書紀』巻5崇神天皇60年7月(出雲振根)。

*名刀の刀身を、凡刀とすりかえる→〔すりかえ〕3の『伊勢音頭恋寝刃(いせおんどこいのねたば)』三幕目「古市油屋の場」など。

★4.にせもの対にせもの。

『動物園』(落語)  動物園の虎が死んだので、代わりにその毛皮を着て、虎のふりをして一日中檻の中でブラブラする、という仕事を、男が引き受ける。ところが、突然「本日は虎とライオンの一騎打ちをご覧にいれます」とのアナウンスがあり、隣の檻からライオンが入って来るので、男はあわてる。するとライオンが近寄って「心配するな。おれも人間だ」。

『銀色のサーカス』(コッパード)  五十歳のハンスはサーカスに雇われ、虎の皮をかぶって、ライオンと戦うショーに出る。ライオンも本物ではなく、中にハンスと同年輩の男が入っていた。しかもその男は、一年前にハンスの若妻を奪って逃げたユリウスだった。虎とライオンは、死闘を繰りひろげる。ハンスは小指を噛みちぎられたが、彼は小指の欠けた手でユリウスの首を締めて殺した。

*熊の毛皮を着た女と、本物の猛獣との格闘→〔熊〕6bの『人間豹』(江戸川乱歩)。

 

 

【にせものと本物】

★1.にせものと思ったら本物だった。

『サザエさん』(長谷川町子)朝日文庫版第26巻130ページ  カツオとマスオが「スリラーショー」という見世物小屋へ入る。首吊り死体がぶらさがっているのを見て、二人は「ボク平気だ」「当たり前さ」と笑うが、係員が警官に「営業不振のため自殺です」と説明するのを聞いて、腰を抜かす。

『二人一役』(ゴーチェ)  俳優ハインリヒが、『ファウスト』の悪魔メフィストフェレスを演ずる。芝居を見た本物の悪魔が、「ハインリヒの下手な演技は悪魔の評判を落としめるものだ」と怒り、第二幕からは、ハインリヒに代わって舞台に上がる。本物の悪魔の迫真の演技に、観客は熱狂する。

『宝石』(モーパッサン)  妻が、イミテーションの宝石を次々買って来ては、身を飾る。妻が肺炎で死んだ後に、夫はそれらが皆本物の宝石であったことを知る。それらはすべて、多くの男たちから妻への贈り物だった。

『星野屋』(落語)  囲い者のお花は、旦那である星野屋に対して不実であった。星野屋の使いの重吉が来て「前に旦那がお前にやった小判は皆にせ金だ」と言うので、お花は怒って小判を投げ返す。それを拾った重吉が「馬鹿め。これは本物だ」と笑い、お花は悔しがる→〔嘘対嘘〕1

*神がかりのふりをしていると思ったら、本当に神が乗り移ったのだった→〔神がかり〕4の『アグニの神』(芥川龍之介)。

*芝居用の模造刀と思ったら、本物の刀だった→〔芝居〕5bの『半七捕物帳』(岡本綺堂)「勘平の死」。

*クラインの壺のにせものを用いるはずが、本物を用いてしまった→〔壺〕5の『最後の魔術師』(ブルース・エリオット)。

*狐が化けたと思ったら、本物の人間だった→〔狐〕4の『東海道中膝栗毛』(十返舎一九)4編上「御油〜赤坂」など。

*空砲で撃つはずが、実弾が発射された→〔横恋慕〕6の『トスカ』(プッチーニ)。

*声色だと思ったら本人だった→〔声〕5の『干物箱』(落語)。

*遊園地の世界一周だと思ったら、本当の世界一周だった→〔身分〕5の『釣りそこねた恋人』(O・ヘンリー)。

★2.にせものと本物の鉢合わせ。

『仮面の男(鉄仮面)』(デュマ)33〜34  アラミスのたくらみで、ルイ十四世がバスティーユ監獄に送られ、ルイの双子の兄弟フィリップが彼になり代わって王になる。フィリップが母妃や臣下たちとともにいる所へ、ルイが救い出されて現れ、人々は二人の王を見て驚く。ルイがダルタニャンに「二人のどちらが青い顔をしているか、見よ」と言うので、ダルタニャンはフィリップを逮捕する。

『水滸伝』百二十回本第43回  悪名高いお尋ね者黒旋風李逵が山道を行くと、李逵の名をかたって旅人を脅し金品を奪うにせ者に出くわす。李逵はにせ者をこらしめるが、にせ者が「九十歳の老母を養っている」と言うので憐れみ、十両を与えて放免する。しかしそれが嘘だとわかり、李逵はにせ者を殺す。

『鼠小僧次郎吉』(芥川龍之介)  和泉屋の次郎吉が旅の宿で、道づれの男に胴巻きを狙われ、これを取り押さえる。縛られた男は「俺は、ただのこそ泥ではない。大悪党だ。有名な鼠小僧とは俺のことだ」と虚勢を張るが、すぐ嘘だと見破られる。実は和泉屋の次郎吉こそ、本物の鼠小僧なのだった。

『義経千本桜』2段目「鳥居前」・4段目「河連館」  源義経は静御前に初音の鼓を与えて別れ、佐藤忠信に彼女を預ける。義経は都落ちして吉野の河連館に身を隠す。後に忠信が尋ねて来るので静のことを聞くが、忠信は何も知らない。そこへもう一人の忠信が静を連れて来る。静を預かった忠信は、初音の鼓の皮になった狐の子が化けたものであった。

*弥次郎兵衛が「私は十返舎一九だ」と名乗って歓待されるが、そこへ本物の十返舎一九がやって来る→〔偽名〕2の『東海道中膝栗毛』5編下。

*白狐が安倍保名の妻葛の葉に化けて数年たった時、本物の葛の葉が訪れる→〔母さがし〕2の『芦屋道満大内鑑』4段目。

*にせの宝と本物の宝を組み合わせて売る→〔二つの宝〕2の『新可笑記』(井原西鶴)巻1−2「ひとつの巻物両家有」。

*にせものが去った後に、本物がやって来る→〔人違い〕1の『検察官』(ゴーゴリ)。

 

 

【にせ幽霊】

 *関連項目→〔霊〕

★1.生きた人間が幽霊のふりをして、人を脅す。

『甲子夜話』続篇・巻41−9  八丈島へ遠島になる罪人たちの中に、五十五歳の女がいた。女は、築地の大火の後、にせ幽霊となって盗みをはたらいた。夜、白衣をまとい、衣の腰から下を黒く染めて、ちらりちらりと人前に出る。背中に幅広の黒い板を負って逃げ去るので、人目には、消え失せたように見える。こうして多くの人々を欺き、皆が恐れて逃げたあと、家財を奪ったのである。

『品川心中』(落語)  金に困った品川の女郎お染が、貸本屋の金蔵を道連れに心中する。金蔵が海に飛びこんだ直後に、「金ができた」との知らせがあったので、お染は心中を取りやめて帰る。海から這い上がった金蔵は、幽霊のふりをしてお染をこわがらせ仕返しする。

『武悪』(狂言)  主が太郎冠者に命じて、職務怠慢の召使武悪を成敗させる。しかし太郎冠者は武悪を逃がし、主には「武悪を討ちました」と報告する。武悪は、命が助かったお礼参りに清水の観音へ詣でる。思いがけずそこで主と出くわしたので、武悪は幽霊のふりをする。武悪は「いっしょに冥途へ連れて行く」と言って主を脅し、主は「許いてくれい」と悲鳴を上げて逃げる。

『幽霊』(江戸川乱歩)  辻堂老人は自らの葬式をして、死んだかのごとく見せかけ、その後に、恨み重なる会社重役平田氏の前に姿を現す。平田氏は「幽霊にとりつかれた」と思って、恐れる。明智小五郎が、幽霊の出現場所が屋外に限られ、平田氏の屋敷内には現れないことに気づき、「生きている辻堂老人が平田氏を脅かしているのだ」と察知する。

★2.幽霊のふりをして、家から人を追い出す。

『エプタメロン』(ナヴァール)第4日第9話  グリュノー侯が二年ぶりに家に帰ると、「幽霊が出るから」といって奥方が近在の領地に移っていた。グリュノー侯は、夜、幽霊を待ちうけてこれを捕らえる。幽霊のふりをしていたのは小間使いで、グリュノー侯夫妻を脅して追い出し、恋仲の下僕とともに家を乗っ取ろうとしたのだった。

『盟三五大切(かみかけてさんごたいせつ)(鶴屋南北)「四谷鬼横町の場」  四谷鬼横町の長屋の家主弥助は、新しい店子(たなこ)が家へ入ると、その晩に幽霊の格好をして現れ、店子を脅す。店子はこわがって、翌日には他所へ引っ越して行く。それでも弥助は「長屋の決まりだから」と言って、一ヵ月分の店賃(たなちん)を取り上げる。笹野屋三五郎と小万が越して来た晩も、弥助は幽霊となって脅す。しかし三五郎も小万もまったく恐れず、つかみ合いの喧嘩のあげくに、幽霊の正体を暴いた。

★3.「幽霊を見た」と誤解する。

『東海道中膝栗毛』(十返舎一九)3編下「浜松」  弥次郎兵衛・喜多八は、「宿の女将の幽霊が毎晩出る」と聞いて恐れ、厠へも行けない。雨戸を開けて用を足そうとすると、庭に白いものが浮かぶので、幽霊と思い悲鳴をあげる。それは襦袢が干してあるのだった。

『開いた窓』(サキ)  フラムトンは神経衰弱の療養のため、田舎の親戚の屋敷を訪れる。姪が「三年前の今日、伯父とその二人の義弟があの開いた窓から猟に出かけ、沼に呑み込まれた」と作り話をする。夕方、伯父たちの帰って来るのが窓の向こうに見える。フラムトンは、「幽霊だ」と思いこんで逃げ去る。

★4.本物の幽霊を見ても、「これは幻覚だ」と考える。

『殉職』(星新一『悪魔のいる天国』)  幽霊が一人の男の前に出現するが、男は「何だ、またか。アルコールが切れると朝から幻覚と幻聴だ」と、平然としている。幽霊が「おれは本物だ」と教えても、男は「アル中が進行したらしい。これを消すには、もう少し飲まねばならん」と言う。

 

 

【日食】

 *関連項目→〔月食〕〔太陽〕

★1a.日食を知っている人が、知らない人たちを脅す。

『アーサー王宮廷のヤンキー』(トウェイン)  「わたし(ハンク・モーガン)」は、西暦一八七九年のアメリカから五二八年のキャメロットへ、タイム・スリップした。「わたし」は捕らえられ、火あぶりの刑を宣告される。まさに刑が執行されようとした時、日食が始まった。「わたし」は、自分が魔術師で、世界を暗闇にすることも、太陽の光を回復させることもできるのだ、と述べ立てた。アーサー王は恐れて、「わたし」を解放した。

★1b.「日食を知らない原住民たちを脅そう」と考えるが、彼らは日食を知っていた。

『日食』(モンテロッソ)  スペインの宣教師が、グアテマラのジャングルで原住民たちに捕らえられ、いけにえ用の祭壇へ運ばれる。宣教師は、その日が皆既日食の日であることを思い出し、「もしもお前たちが私を殺すなら、太陽の光をなくして世界を真っ暗闇にしてしまうぞ」と脅す。しかし原住民たちは宣教師を殺した。古代マヤの天文学書のおかげで、原住民たちも、この日の日食を知っていたのだ。

★2.合戦中に起こった日食。

『源平盛衰記』巻33「源平水島軍の事」  寿永二年(1183)閏十月一日。備中国の水島で、源氏と平家の海戦があった。源氏は舟軍(ふないくさ)に慣れず、劣勢だった。突然、天が闇夜のようになり、太陽が光を失った。源氏は、日食というものを知らなかったので、うろたえて退却した。平家は日食を知っており、いっそう勢いづいて源氏に攻めかかった。

★3.イエス=キリストが処刑された時に起こった日食。

『黄金伝説』147「聖ディオニュシウス」  主(イエス=キリスト)のご受難の日。昼間にもかかわらず、暗闇が全地上をおおった。これは自然の日蝕ではなかった。この日は満月で、月は太陽からいちばん遠い所にあったからである。「不意に月が太陽の前に出たのを見て驚いた」という証言もある。そして暗闇は、三時間も続いたのだ。

★4.卑弥呼の時代に皆既日食があり、それが変化してアマテラスの岩戸隠れ神話(*→〔扉〕1の『古事記』上巻)になった、という考え方もある。

『火の鳥』(手塚治虫)「黎明編」  ヤマタイ国の女王ヒミコが六十歳近くになった頃、日食が起こった。人々は「この世の終りじゃ。ヒミコさま、お力で日の神のお怒りを鎮めて下さい。お助け下さい」と訴える。しかしヒミコは一人で岩屋に逃げ込んでしまい、「日が消えたのは私のせいじゃない。私はなんにも知らない!」と言うだけだった。 

★5.悪神が、日の女神を幽閉する。

『日の神救出』(アイヌの昔話)  大悪神が、日の女神を呑み込んで誘拐した。大悪神は山城に幾重もの柵を作って、幾重もの箱の中に日の神を幽閉する。人間の国は常闇(とこやみ)になってしまった。アイヌラックル(アイヌの始祖神)が山城へ攻め入り、日の神を救い出して天空へ投げ上げる。地上の国は再び明るく照り輝いた。アイヌラックルと大悪神は夏六年・冬六年戦い、さらに夏六年・冬六年の後、アイヌラックルは大悪神の切断された骸(むくろ)を、湿潤の国へ蹴落とした。

★6.悪魔が、お日さまとお月さまを飲みこもうとする。

『日の神と烏と鼠』(アイヌの昔話)  お日さまがはじめてアイヌの世を照らした時、悪魔がお日さまを飲みこもうとした。国造り神コタンコロカムイが、烏四千羽と鼠四千匹を悪魔の口に放りこんだので、悪魔は半分飲みこんだお日さまを吐き出した。悪魔は次いでお月さまを飲もうとしたので、また烏四千羽と鼠四千匹を放りこみ、お月さまを救った。

★7.太陽と月を、山に閉じ込める。

『カレワラ』(リョンロット編)第47〜49章  ポホヨラの女主人が、太陽と月をつかまえて鋼(はがね)の山の中へ幽閉する。カレワラは永遠の闇におおわれる。鍛冶師が、代わりの太陽と月を造って木の上に乗せるが、それらは輝かなかった。ワイナミョイネンが、山をこじ開けて太陽と月を連れ戻そうと、そのための道具の鍛造を、鍛冶師に依頼する。それを知ったポホヨラの女主人は恐れて、太陽と月を解放する。太陽と月は再び天空に輝いた。

★8.太陽と月が、岩屋に隠れる。

巨人グミヤー(中国・プーラン族の神話)  太陽と月が岩屋に隠れ(*→〔太陽を射る〕3)、世界はにわかに暗く寒くなった。地上のあらゆる鳥獣が岩屋の前に集まって、外へ出て来てくれるように請う。鳥獣たちは太陽と月に、「昼と夜と別れて出てほしい」と頼む。太陽が「夜はこわい」というので、月が夜に出ることを引き受けた。 

★9.太陽の精・月の精が、他国へ去る。

『三国遺事』巻1「紀異」第1・延烏郎細烏女  新羅の阿達羅王四年(157)。東海のほとりに、延烏郎・細烏女という夫婦がいた。彼ら夫婦の足元の岩が動き出し、二人は相次いで、岩に乗ったまま日本へ運ばれる。その時、新羅では太陽と月の光が消えた。延烏郎は太陽の精、細烏女は月の精だったのだ。延烏郎・細烏女夫婦は、そのまま日本にとどまった。延烏郎の教えにしたがい、新羅では、細烏女の織った綾絹を天に祭る。すると太陽と月の光がもとにもどった。

★10.日食と月食の起源。

『マハーバーラタ』第1巻「序章の巻」  乳海攪拌の時(*→〔海〕8)、魔神ラーフが不死の飲料アムリタ(甘露)を盗み飲みしようとした。太陽と月がこれを見つけて、ヴィシュヌに知らせた。ヴィシュヌは円盤を投げて、ラーフの首を切り落とした。以来ラーフの首は太陽と月を恨んで追いかけ、しばしば呑みこんで、日食・月食を起こすようになった。

*惑星ラーフが太陽と月を覆い隠す→〔日食〕12の『マハーバーラタ』第6巻「ビーシュマの合戦と死の巻」。

*猿のハヌマーンも、太陽を飲み込もうとしたことがあった→〔太陽〕4aの『ラーマーヤナ』第4巻「キシュキンダーの巻」。

*日食・月食は太陽と月の交合→〔月食〕3のカニマン(金満)の世の始まりの伝説など。

★11.月ではなく、暗黒星雲が太陽を隠す。

『暗黒星雲』(ホイル)  二十世紀半ば過ぎ、暗黒星雲が太陽系内へ侵入し、太陽をすっぽり包み込んで停止した。暗黒星雲の内部には、何らかの高度な生命体がいるようであった。アメリカとソ連が数多くの水爆ミサイルを暗黒星雲に撃ち込むが、それらは撥ね返された。暗黒星雲は、いつまでも太陽系に居すわるのではないかと心配された。しかし二光年余り離れた所に新たな知性体が確認されたので、暗黒星雲はそちらへ向けて移動して行った。 

★12.惑星が太陽を隠すのが日食、という考え方。

『マハーバーラタ』第6巻「ビーシュマの合戦と死の巻」  忠臣サンジャヤが、ドリタラーシュトラ王に教える。「スヴァルバーヌ(ラーフ)という惑星があって、直径は一万二千由旬、円周は四万二千由旬である。月は直径一万一千由旬で、円周は三万八千九百由旬。太陽は直径一万由旬で、円周は三万五千八百由旬。惑星スヴァルバーヌは大きいので、定期的に月と太陽を覆い隠す。これが『食』と呼ばれる」〔*上村勝彦訳による。山際素男編訳は、サルバヌゥ(スヴァルバーヌ)を地球とし、食については記述がない〕。 

★13.黒い星が、日蝕・月蝕を起こす。

『宝物集』(七巻本)巻6  羅・計の二星は、色黒き星である。この二星が日・月とすれ違う時、黒い色が日・月にうつって日蝕・月蝕となるのだと、暦道・宿曜道には記されている。

 

※日食は凶兆である→〔凶兆〕4の『イーゴリ遠征物語』。

※日食は、太陽がにわかめくらになること→〔太陽〕9bの『日食』(三島由紀夫)。 

 

 

【尿】

★1.巨人の尿。

『ガリヴァー旅行記』(スウィフト)第1編第5章  「私(ガリヴァー)」がリリパット(小人国)に滞在中、皇妃の居間から火事が出て、宮殿全体が焼失しそうになった。小人たちの手では消火不能だったので、「私」は多量の尿を放出して、三分間で大火を消した。

『ガルガンチュア物語』第一之書(ラブレー)第17章  パリ見物に出かけた巨人ガルガンチュアは、ノートルダム大聖堂の塔の上へ腰をおろして休憩した後、大勢のパリ市民めがけて放尿する。そのために溺れ死んだ者の数は、女子供を除いて二十六万四百十八人だった。

『詩語法』(スノリ)第27章  トールが巨人ゲイルレズの館を訪れる途中、大きな川を渡っていると、水かさが増して肩まで没する。それは、ゲイルレズの娘ギャールプが川の両岸をまたいで、放尿したためだった。トールは「水源で塞き止めねばならぬ」と言って、大きな石を彼女に投げつけた。

『日本書紀』巻1・第5段一書第6  一云(あるにいはく=一説に言う)。ヨモツヒサメに追われて逃げるイザナキが、大樹に向かって尿をすると大きな川になった。ヨモツヒサメが川を渡ろうとする間にイザナキはヨモツヒラサカに到り、黄泉国から脱出できた。

『パンタグリュエル物語』第二之書(ラブレー)第28章  巨人パンタグリュエルは、ディプソード人たちと戦った時、敵陣に向けて尿をし、敵兵をことごとく溺死させた。そして十里四方が局地洪水となった。

★2.女が尿をする夢は、王を産むことを意味する。

『歴史』(ヘロドトス)巻1−197  メディアのアステュアゲス王は、ある時、自分の娘マンダネが放尿して町中に溢れ、さらにアジア全土に氾濫する、との夢を見た。これはマンダネの産む子が、アステュアゲスに代わって王となることを意味していた。

*山頂で尿をし、流れて国内に行きわたる→〔夢の売買〕1の『三国史記』巻6「新羅本紀」第6・第30代文武王前紀。

★3a.花嫁が尿をして、石に化す。

石になった花嫁の伝説  平久保村の娘が、いやいやながら川平(かびら)村へ嫁に行く。馬に乗って何キロか来た所で、娘は小用を催し、馬から下りて藪に入る。いつまでも戻って来ないので、皆が探しに行くと、娘はしゃがんだまま、石になっていた(沖縄県石垣市)。

★3b.花嫁が尿をして、島に化す。

嫁ケ島(高木敏雄『日本伝説集』第23)  出雲国宍道湖に氷が張り詰めた時分に、氷の上を嫁入りの行列が通った。花嫁が小用に行きたくなり、氷の上で用をたすと、氷が溶けて花嫁は湖に沈んでしまった。その花嫁が一つの島になったのが、今の嫁ケ島である。

★3c.乙女が尿をして、美青年(正体は蛇)に魅入られる。

『岩かげのアカマター』(沖縄の民話)  畑仕事をする乙女が小用をもよおし、岩かげで用をすませて戻ろうとすると、岩の後ろの方から、赤い鉢巻をした美青年がちらっと顔を出した。乙女はこの美青年に魅せられてしまい、そこから動こうとしない。百姓たちは「アカマターの仕業だ」と知って、いそいで乙女を畑へ連れ戻し、アカマターと情を通じないうちに助けることができた〔*アカマターの正体は蛇〕。

*女が尿をして蛇に魅入られ、動けなくなる→〔目〕2の『今昔物語集』巻29−39。

*女が尿をして妊娠する→〔妊娠(太陽による)〕1のうつぼ舟の伝説(天道童子の伝説)。

★4.修行者の尿をなめて、鹿が子を産む。

光明皇后の誕生と女鹿の伝説  和泉国の智海上人が山で修行中、女鹿が来て上人の尿をなめ、懐胎して少女を産んだ。少女は近隣の媼に預けられ村里で育ったが、七歳の時、この地を通りかかった藤原不比等に見出されて、都へ上った。この少女こそ、後に聖武天皇の妃となった光明皇后である(大阪府和泉市室堂町)。

*鹿から生まれた女児が、王妃になる→〔誕生(動物から)〕1bの大宮姫の伝説など。

★5.寝小便。

『にんじん』(ルナール)「失礼ながら」  「にんじん」は、時々寝小便をした。母親はその跡始末をする時に、ベッドに残った寝小便を木のへらですくって、スープに溶け込ませた。母親はスープを「にんじん」に飲ませ、「ああ、汚い。お前は食べたんだよ。自分のやつをね。昨夜のやつをさ」と言った。  

★6.尿検査。他人の尿を提出する。

尿検査(ブレードニヒ『ヨーロッパの現代伝説 悪魔のほくろ』)  徴兵検査の時、ある青年が、ガールフレンドが糖尿病であることを利用して、彼女の尿サンプルを提出した。「糖尿病ゆえ兵役不適格」と判定されることをねらったのである。後日、青年のもとに通知が来た。「あなたは糖尿病であるばかりでなく、妊娠もしているので、記載された日時に営舎に出頭して下さい」。

 

※尿の呪力で開眼する→〔開眼〕2の『歴史』(ヘロドトス)巻2−111。

 

 

【女護が島】

★1.女人だけが住む島。

『好色一代男』巻8「床の責道具」  世之介は世間の遊女町を残らず巡り、ついに六十歳に達した。彼は財産を整理し、仲の良い友人とともに総勢七人で、新造の船・好色丸(よしいろまる)に乗り組んだ。強精剤・春画・性具などを多量に積み込んで、天和二年(1682)神無月の末に、伊豆国から女護の島めざして船出し、行方知れずになった。

★2.女護が島の女たちは、風を口や性器に受けて身ごもる。

『御曹子島渡』(御伽草子)  御曹子義経は蝦夷が島を目指して船出し、途中さまざまな島を過ぎて女護が島に到る。そこでは、南州国から吹く南風を女たちが呑みこんで、子を産む。産まれるのは女ばかりである。義経は女たちに捕らわれるが、「多くの男を連れて来る」と偽って、島を後にする。

『風流志道軒伝』(平賀源内)巻之5  浅之進(志道軒)と百余人の乗った船が女護が島に漂着する。島の女たちは日本の方に向かって帯を解き、風を受ければ懐胎して女子を産むので、男がいない。そのため浅之進たちは女郎ならぬ男郎にされる→〔身代わり〕2

*女人国の女たちが、臀部を突き出して風にさらす→〔妊娠(風による)〕1の『なぜ神々は人間をつくったのか』(シッパー)。

★3a.西洋の女護が島。

『アルゴナウティカ』(アポロニオス)第1歌  金羊皮を求めてコルキス国へ向かうアルゴ船が、女ばかりの住むレムノス島に寄港する。イアソン以下の勇士らは、島の女たちに歓待されて何日も逗留し続ける。見かねたヘラクレスが非難の言葉を発し、ようやくイアソンらは島を後にする。

『ケルトの神話』(井村君江)「ダーナ神族と妖精と常若の国」  アイルランドの男ブランの前に乙女が現れ、「海の彼方の楽しい国へ行きましょう」と誘う。ブランは二十七人の仲間とともに船に乗って、女性だけが住む島に到り、美食と美女に囲まれて日々を送る。やがて故郷が恋しくなり、ブランたちは帰国の途につくが、その間にアイルランドでは数百年が経過していた。仲間たちは岸辺に足をつけたとたん、灰となってしまった。ブランは船から降りず、いずくともなく去って行った。

★3b.南島の女護が島。

『南島の神話』(後藤明)第2章「愛と豊饒の神話」  カイタルギ島には、女だけが住んでいる。浜辺に着いた水夫たちを見つけると、女たちが寄って来て、性交を強要する。一人の男に、次々と女たちが挑んでくる。男が性交不能になれば、女は、男の鼻・耳・手足の指を使って、性交をする。こうして男たちは死んでしまう。性交の結果、男子が生まれても、女たちに酷使され、少年のうちに死んでしまう(メラネシア、トロブリアンド諸島)。

『南島の神話』(後藤明)第2章「愛と豊饒の神話」  ある男が、海に流され魚に呑まれて、女だけの島にたどり着いた。そこでは娘が、タコノ木を夫として欲求を満たしていた。男は、ヒナ・イ・ヴァイノイという娘と結婚した。島では、腹を切り裂く出産法しか知らなかった。島の女は年老いても、波乗りをすればまた若返った(ポリネシア、マルケサス諸島)。

*中国の女人国→〔妊娠(男の)〕3の『西遊記』百回本第53回。

★4.女護が島の起源。

『椿説弓張月』後篇巻之1第17回  鎮西八郎為朝は三宅島沖の「女護の嶋」を訪れ、嶋の娘長女(にょこ)から、嶋の起源を聞いた。昔、徐福が不老不死の薬を求め(*→〔不死〕3の『史記』、『太平広記』)、童男・童女五百人ずつを引き連れて、日本の紀州熊野へやって来た。時に孝霊天皇の御代(BC290〜215)であった。しかし不死の薬を得ることができぬまま、徐福は熊野で没した。それに先立って徐福は、童男たちを「男(を)の嶋」、童女たちを「女(め)の嶋」に住まわせた(*→〔性交〕11)。これが「女護の嶋」の起源である。

★5.女護が島の廃止。

『椿説弓張月』後篇巻之1第17回〜巻之2第18回  「女護の嶋」の風習(*→〔性交〕11)を聞いた鎮西八郎為朝は、嶋の娘長女(にょこ)と夫婦になって双子(太郎丸・次郎丸)をもうけ、男女同居しても海神のたたりはないことを、嶋人たちに示した。嶋人たちは喜び、「男(を)の嶋」の男の三分の二が「女護の嶋」へ、「女護の嶋」の女の三分の一が「男の嶋」へ移住して、男女が一緒に暮らすようになった。

★6.女護が島と思ったら、鬼が島だった。

『今昔物語集』巻5−1  天竺の人・僧伽羅と五百人の商人たちが南海へ船出し、逆風に吹かれて大きな島へ漂着する。そこは男がおらず、美女ばかりの住む島だったので、僧伽羅たちは皆、美女を妻として楽しく暮らす。しかし美女たちの正体は羅刹鬼であり(*→〔部屋〕2a)、それを知った僧伽羅たちは、あわてて逃げ出す→〔馬〕6a

『仙境異聞』(平田篤胤)上−2  天狗界で修行した寅吉少年は、日本の東方海上約四百里にある女嶋を訪れ、十日ほど隠れて様子を見たことがあった。女ばかりの国なので、男が漂着すると、皆で食ってしまう。懐妊するには、束ねた笹葉を各々手に持って西方を拝み、女どうし互いに夫婦のごとく抱き合って、はらむのである。 

『本当の話』(ルキアノス)  「私」と仲間たちの乗る船がたどり着いた島には、大勢の美女がいた。女たちは、「私」たちを家へ招いてもてなそうとするが、よく見れば、あたりにたくさんの人間の骨や頭蓋が散らばっている。女の足もとをのぞくと、驢馬の蹄(ひづめ)だった。かれらは「驢馬の脛」と称する海の女どもで、島を訪れた旅人を餌食として暮らしているのだ。「私」たちは急いで船まで駆けつけ、帆を上げて島を離れた。

 

 

【女人禁制】

 *関連項目→〔禁制〕

★1.女人禁制の山。

『かるかや』(説経)「高野の巻」  苅萱道心の妻が、夫に対面するため高野山へ登ろうとする。麓の学文路(かふろ・かむろ)の宿の玉屋与次が、「高野山は女人禁制である」と説き、空海の老母の故事を語る。「かつて八十三歳の老母(あこう御前)が、息子空海に会おうと高野山に向かった。その時、山は震動雷電した。空海は『女人禁制』と告げて、袈裟を岩上に敷いた。老母がそれを越すと、四十一歳で止まったはずの月の障りが芥子粒ほど落ち、袈裟は燃え上がった」。 

『南総里見八犬伝』第9輯巻之53上第180勝回下編大団円  六十歳を超えた八犬士たちは、致仕して富山の峯上の観音堂の側に庵を結び、同居した。富山は伏姫の死以来女人禁制のため、八犬士の妻たち〔*犬江親兵衛の妻静峯姫は早世したので、七人〕は、従うことを許されなかった。それから二十年を経て、七人の妻たちは皆老死したが、八犬士はなお壮健だった。

*女人禁制の山に登ろうとして、石になる→〔石に化す〕1の『遠野物語拾遺』12。  

★2.女人禁制の寺。

『柏崎』(能)  越後柏崎の女が、在鎌倉の夫の死と息子花若の遁世を知り、物狂いとなって信州善光寺まで旅をする。寺僧が「御堂の内陣は女人禁制」と告げて押しとどめるが、女は「禁制とは、阿弥陀如来が仰せられたのか」と反論し、本尊を拝む。寺には出家した花若がおり、母子は再会を喜ぶ。

『道成寺』(能)  かつて女が大蛇となって、道成寺の鐘に巻きつき、中に隠れた山伏もろとも焼き尽くした。多年の後、鐘が再鋳されたが、女人禁制の鐘供養の場に白拍子が来て舞い、「思えばこの鐘恨めしや」と言って、鐘の中に入る。白拍子は、蛇体の女の化身であった→〔鐘〕2

★3.女人禁制の島。

『竹生島』(能)  醍醐天皇に仕える朝臣が、老人と若い女の乗る釣り船に便船して、竹生島の弁才天に参詣する。女も神前に来るので、朝臣は「この島は女人禁制のはずだが」と不思議がる。老人と女は「弁才天は女体ゆえ、女人を差別しない」と教え、「我々は人間にあらず」と言って姿を消す。やがて社殿から、女の本体である弁才天が現れ、湖水から、老人の本体である龍神が現れて、舞を見せる。

 

 

【にらみ合い】

★1.人間と蛇のにらみ合い。

『人間と蛇』(ビアス)  爬虫類好きの学者の屋敷に、ブレイトンは滞在していた。彼は、蛇の目の呪力を論じた本を読んでいて、ベッドの下から蛇が目を光らせているのに気づく。ブレイトンは「逃げては男らしくない」と考え、蛇とにらみ合う。恐怖がつのり、身体の自由がきかなくなって、ついに彼は床に倒れ、死んでしまう。その蛇は剥製で、光る両目は靴のボタンだった。

★2.英雄と怪物のにらみ合い。

『平家物語』巻5「物怪之沙汰」  入道清盛の寝室を巨大な顔がのぞきこむ。清盛がにらみつけると、顔は消え失せる。また、壺庭に多数のしゃれこうべが出現し、一つにかたまり合って山ほどの大きさとなる。その大骸骨に千万の眼が出きて、清盛をにらむ。清盛がにらみかえすと、大骸骨は消える。

★3.「にらめっこをしよう」と言って、相手に催眠術をかける。

『妖怪博士』(江戸川乱歩)「妖術」〜「B・Dバッジ」  怪人二十面相が老婆に変装し、「睨みっこをしましょう。先に笑った方が負けだよ」と、少年探偵団員・相川泰二に挑む。泰二は老婆とにらみ合っているうちに、催眠術をかけられて眠り込む。やがて目覚めた泰二は、催眠中に受けた指示にしたがって、軍需工場の技師である父親の書斎から、機密書類を盗み出して二十面相に届ける。

 

※まばたきをしたために、にらみ合いに負ける→〔まばたき〕3の百合若大臣の伝説。

 

 

【鶏】

★1.鶏が鳴いて、岩屋戸や地底にこもった太陽を招く。

『古事記』上巻  太陽神アマテラスが天の岩屋戸にこもったため、高天の原も葦原の中つ国も暗闇となり、いつまでも夜が続いた。八百万(やほよろづ)の神々は、天の安の河原で会議を開いて、アマテラスを岩屋戸から出す方法を相談し、常世の国の長鳴鳥を集めて鳴かせた→〔扉〕1

『太陽とオンドリ』(インドの昔話)  「太陽の光がまぶしい」と人間たちが文句を言うので、太陽は怒って地底の国にこもってしまった。オンドリが地底の国へ行き、太陽に「地上に出てほしい」と頼むが、断られる。オンドリはあきらめて地上へ帰ろうとして、「途中で猫に襲われるのが心配だ」と言う。太陽は、「呼んだら助けに行ってやる」と約束する。オンドリは帰り道で、猫もいないのに大声で鳴く。その声を聞いて、太陽は地上へ出て来る。その時以来、オンドリはずっと同じやり方を守っている。今でも、オンドリが鳴くと、太陽は姿を現すのだ(少数民族ナガ族)。 

*鶏が鳴いて朝になったので、鬼が逃げ去る→〔笛〕5の『神道集』巻4−18「諏訪大明神の五月会の事」。

★2.鶏を夜明け前に鳴かせ、朝だと思わせる。

刀鍛冶海部氏吉と山のおんばの伝説  刀鍛冶の海部氏吉が、山のおんば(山父)に「百本(あるいは千本)の刀を一晩で作ったら、娘の婿にしてやる」と約束する。山のおんばは次々と刀を作るが、あと一本というところで、海部氏吉は、止まり木に湯を通す、湯をかけるなどして鶏を鳴かせ、山のおんばを退散させた(徳島県海部郡)。

『好色一代男』巻2「旅のでき心」  十八歳の世之介は、駿河国江尻の宿で、若狭・若松という姉妹の遊女になじみ、二人を身請けした。姉妹は世之介に、「遊女の客あしらいとして、鶏のとまり竹に湯をしかけて夜明け前に鳴かせ、客を早く起こして追い出すことをした」などの話を聞かせた。

『菅原伝授手習鑑』2段目「道明寺」  藤原時平に味方する土師兵衛・直禰太郎父子が、鶏のとまり竹の中に熱湯を流しこみ、暖気で夜明け前に鶏を鳴かせようとする。夜のうちに菅原道真をおびき出し、暗殺しようとたくらんだのである。しかし立田(=直禰太郎の妻)に計略を立ち聞きされたので、土師父子は立田を殺して池に沈め、別の方法で鶏を鳴かせることにする→〔鳥の教え〕4

*朝鳴くべき鶏が、夜に鳴く→〔夜泣き〕4の『鶏と踊子』(川端康成)。 

★3.人間が鶏の鳴きまねをする。

男鹿のナマハゲの伝説  昔、漢の武帝が五匹の鬼を連れて、男鹿の本山(ほんざん)に渡って来た。村人は「一夜のうちに、本山まで千段の石段を作ったら、村娘を毎年人身御供にささげよう。できなければ村里へ降りて来るな」と、鬼に言う。鬼の仕事は速く、夜明けまでに石段が完成しそうなので、村人の一人が鶏の鳴き声をまねて、鬼をだます。鬼は約束を守って、本山から降りて来なくなった。この鬼たちが、ナマハゲの先祖だという(秋田県男鹿半島)。

『史記』「孟嘗君列伝」第15  孟嘗君一行が秦国から脱出すべく、函谷関まで来たが、まだ夜中であった。関の規則では、鶏が鳴いてから旅客を通すことになっていた。そこで孟嘗君の食客の一人が鶏の鳴き真似をすると、あたりの鶏もつられて鳴き出した。孟嘗君は偽手形を見せて、函谷関を通った。

*爺が鶏の鳴き真似をして、鬼を脅す→〔隣の爺〕1の『地蔵浄土』(日本の昔話)。

*あまのじゃくが鶏の鳴き真似をする→〔あまのじゃく〕1の岩の掛橋(高木敏雄『日本伝説集』第3)など。

★4.黄金製の鶏。

『奇談異聞辞典』(柴田宵曲)「黄金の鶏」  仙台の御城下遠からぬ村里に、庭鳥坂がある。夜更けに往来する人が、折々鶏の声を聞くので、この名がついた。用水工事のために、この坂を掘ったところ、石棺が出てきて、中に黄金製の大きな鶏が二羽あった。その腹に、一つは「山」という文字が楷書で、一つは「神」という文字が草書で、彫ってあった(『我衣』19巻本・巻13)。

★5.金鶏の声。

金鶏山の伝説  中蓮寺の峯に金の鶏が住んでおり、「鳴き声を聞いた者は、その年は幸福が巡って来る」と言われた。里人は、金の鶏の鳴き声を聞こうと競って早起きをするようになり、自然と早起きの習慣が生まれた(香川県三豊郡財田町)。

金鶏の伝説  福山の頂上の柊の根もとに金の鶏が埋まっており、正月元日の未明に三声鳴く。それを聞くと幸福になるので、太郎と次郎が聞きに行く。太郎は一声、次郎は二声聞くが、ともに死んでしまう。結局三声聞かなければ幸福になれないというので、皆恐ろしがって聞きに行かなくなった(岡山県都窪郡山手村福山)。

★6.鶏石の声。

鶏石(高木敏雄『日本伝説集』第5)  紀伊国那賀郡粉河町、丹生大明神の社殿の石階の下近くに、鶏石がある(*→〔風〕1)。毎年正月元日には、この鶏が一声高く啼いて石階を登る。その声を聞く人は、長生きするという。 

 

※軍鶏(しゃも)が人を襲う→〔鳥〕5の『半七捕物帳』(岡本綺堂)「大森の鶏」。

 

 

【人魚】

★1a.男が人魚と結婚するが、後に人魚は夫と別れて海へ帰る。 

『ウェイストネス島の男』(イギリスの昔話)  ウェイストネス島の男が、引き潮の時に沖へ行き、人魚たちが遊んでいるのを見る。彼女たちが脱いだアザラシの皮を一枚、男は奪い取る。海の世界へ戻れなくなった人魚一人が陸へ上がり、男の妻となる。人魚は、男児四人・女児三人を産んだ後、天井裏に隠されていたアザラシの皮を見つけ出す。彼女は皮を身にまとい、夫と七人の子供を捨て、歓喜の声をあげて海へ飛び込む。

『人魚』(巌谷小波)  男が海辺で人魚を釣り上げるが、かわいそうに思って放してやる。その日の夕方、美しい女が男の家を訪れて一夜の宿を請い、そのまま男の妻となる。女の作る魚料理はたいへん美味で、男は驚く。女は「私は一週間に一度、塩湯に入ります。けっして湯殿を見ないで下さい」と言う。男がのぞき見ると、人魚が塩湯の中を泳ぎまわっていた。女は別れを告げて去って行く。男はその後ずっと独身だったが、いつまでも年をとらず、何百歳も長生きをした〔*妻の下半身が蛇で、毎週土曜日に入浴するという→〔のぞき見(妻を)〕2の『メリュジーヌ物語』(クードレット)が、ヒントになっているのであろう〕。

★1b.男が人魚と結婚し、一緒に人魚の世界へ行く。

『ジョニー・クロイと人魚』(イギリスの昔話)  ジョニーが海辺へ行って人魚を見つける。彼は人魚に口づけし、彼女の櫛を奪い取って、「女房になれ」と要求する。人魚は「七年間、わたしはここであなたと暮らします。その代わり、七年たったら、わたしの一族に会いに行く、と誓って下さい」と言う。二人の間に、七人の子供が生まれる。七年が過ぎ、人魚とジョニーと六人の子供(*→〔十字架〕2a)は、小舟に乗って、誰にも行き先の知れぬ遠くへ去った。

『スプラッシュ』(ハワード)  青年アレン(演ずるのはトム・ハンクス)は海に落ち、美しい人魚に助けられた。アレンと人魚は恋仲になり、ニューヨークで一緒に暮らす。人魚の尾は地上では二本の脚に変じたが、海洋学者コーンブルースに水をかけられたため、脚は尾に戻ってしまう。人魚はアレンに別れを告げ、海へ飛び込む。アレンも後を追って海に入り、気を失う。人魚の接吻によりアレンは意識を取り戻し、水中で自由に活動できるようになる。彼は地上の生活を捨て、人魚の世界で暮らすことを選択する。

★1c.男と人魚が結婚するが、二人とも死んでしまう。 

『漁師とその魂』(ワイルド)  若い漁師が美しい人魚を愛し、結婚したいと願う。人魚には魂がないので、漁師も自分の影(=魂)をナイフで切り離し、海へ入って人魚と一緒に暮らす。三年後、漁師は魂の呼びかけに応じて陸へ上がり、また魂を身につける。しかし再び身につけた魂は、二度と切り離すことができず、漁師は人魚に逢えなくなる。ある夜、人魚の死体が海辺に打ち寄せられる。漁師は人魚を抱きしめ、そのまま波にのまれて溺死する。

★2.人魚の娘が、人間の王子を恋する。 

『人魚姫』(アンデルセン)  海の人魚の王様には六人の美しい娘がいた。末娘(=人魚姫)がいちばんきれいで、彼女は人間の王子に恋をした(*→〔十五歳〕2)。その恋は報われぬまま人魚姫は死ぬが、彼女は不死の魂を授かるべく、天へ昇っていった(*→〔泡〕5)。

★3.貴公子が人魚を買う。 

『人魚の嘆き』(谷崎潤一郎)  清の時代。南京の貴公子が、阿蘭陀人から美しい人魚を買う。しかし人魚は人間を愛してはならない定めなので、貴公子は人魚に抱かれて凍死しそうになる。人魚は「私を海に放して下さい」と請い、小さな海蛇に変身する。貴公子は、香港からイギリス行きの船に乗り、海蛇を放す。海蛇は最後にもう一度人魚の姿を見せ、水中に沈む。

★4.人間の夫婦が、人魚の娘を育てる。

『赤いろうそくと人魚』(小川未明)  北の青い海に棲む人魚が、話し相手もなく、さびしく暮らしていた。「人間の住む町は美しく、人間は魚よりも獣物よりも人情があって優しい」と聞いていたので、人魚は「自分の産む子供が人間たちの町で育つならば、きっと幸福になるだろう」と考え、海岸近くに女児を産み落とす。ろうそく店の老夫婦が女児を拾い、大切に育てる〔*しかし女児は成長後、大金で香具師(やし)に売られてしまう〕。

★5a.人間が、人魚の肉を食べる。

『古今著聞集』巻20「魚虫禽獣」第30・通巻712話  伊勢の国・別保(べっぽ)という所で、浦人の網に人魚三匹がかかった。頭は人のようであるが、歯は細かくて魚のごとく、口は突き出て猿に似ていた。わめく声や、流す涙は、人間同様だった。浦人たちは人魚を切って食べたが、その後、変事などはなかった。味はたいへん良かったという。 

八百比丘尼の伝説  別所谷の岩窟に狢(むじな)が住んでおり、ある時、村人たちが狢の家でもてなしを受けた。谷左衛門という男が料理の残りを家に持ち帰り、十八歳の娘が「どのようなご馳走か」と思って食べた。それは人魚の肉だったので、娘は八百年以上も生きることになった(石川県輪島市縄又町)。

★5b.人魚が、人間を食べる。

『人魚伝』(安部公房)  「ぼく」は海底で見つけた美しい人魚を、アパートの浴槽で飼う。人魚は魔力を持っており、夜眠る「ぼく」の身体を食べ、翌朝には再生させる。やがて「ぼく」は、知らないうちに自分が何度も食われていたことに気づき、人魚を殺す。「ぼく」は食肉用家畜として人魚に飼育されていたのであり、飼い主を失った家畜の悲しみを「ぼく」は味わう。 

★6a.人間の女が、変身して人魚となる。

『子不語(続)』巻9「人変魚」  「私」の甥が公用で重慶を通りかかると、町中が大騒ぎをしていた。某村の人妻が朝起きたら、下半身が魚になっていたのだという。乳房から下は鱗におおわれていたが、顔は普通であり、口はまだ話すことができた。甥はすぐ出発せねばならなかったので、その女を川に放したのか、夫が家で養ったのか、わからずじまいだった。

★6b.人間の男が、変身して人魚となる。

『人魚コーラ』(イタリアの昔話)  母親が、海で泳いでばかりいる息子コーラを呪い(*→〔呪い〕1)、コーラは半人半魚の身体になった。王さまから「どこの海がいちばん深いか、海の底に何が見えるか、探って来い」と命じられ、コーラは方々の海へ潜る。最後に彼は危険をおかして、メッシーナの燈台岬下の底なし海へ潜った。そのまま、いつまで待っても浮かび上がって来なかった。

 

※人魚を殺す→〔たたり〕3の『諸国里人談』(菊岡沾凉)巻之1・1「神祇部」人魚。

 

 

【人形】

 *関連項目→〔像〕〔藁人形〕

★1.人形が人間になる。

『くるみ割り人形』(チャイコフスキー)  クリスマス・イヴの夜更け、くるみ割り人形は少女クララの援助を得て、鼠の王を打ち倒す。その瞬間、大きな口で変な顔だったくるみ割り人形は、美しい王子に変身する。王子は「助けてくれたお礼に」と言って、クララを雪の国とお菓子の国へ連れて行く〔*翌朝クララが目覚めると、くるみ割り人形が昨夜と同じ大きな口で、横に寝ていた〕。

『ピノキオ』(コローディ)  怠け者の人形ピノキオは学校の勉強を嫌い、金貨が木になるという「ふしぎな原っぱ」や、遊んで暮らせる「のらくらの国」へ行く。遊んでいるうちピノキオはロバになり、サーカスに売られるが、海に沈められて再び人形に戻る。やがてピノキオはジェペット爺さんと再会し(*→〔魚の腹〕5)、以後は働き者になって、最後には人間になることができた。

★2.最初、人形を人間と思って身構える。後に、人間を人形と思って油断する。

『瓜盗人』(狂言)  夜、瓜盗人が畑へ侵入し、案山子を番人と見間違えて、許しを請う。やがて、それが案山子であると気づき、盗人は瓜をたくさん取って去る。翌晩、畑主が案山子の恰好をして畑に立つ。盗人は、案山子だと思って油断し、平気で瓜を取る。畑主は「がっきめ、やるまいぞ」と杖で盗人を打ち、驚いた盗人は、「ゆるいてくれい」と悲鳴をあげて逃げる。

『マザリンの宝石』(ドイル)  ホームズは彼にそっくりの人形を、自室の肘掛椅子に置く。悪人が来て、ステッキで人形を打とうとするが、本物のホームズから「壊しちゃいけません」と声をかけられ、それが人形であったことを知る。後に、ホームズは人形のふりをして、肘掛椅子にすわる。悪人は、ホームズを人形と思い込み、油断して、盗んだ宝石を仲間に見せる。ホームズは椅子から跳び上がって、宝石をつかみ取る。

★3.人形を横たえて、人間が寝ているように見せかける。

『カリガリ博士』(ウイーネ)  カリガリ博士は夢遊病者ツェザーレをあやつって連続殺人を犯させる。その間、博士は、ツェザーレそっくりの人形を箱に入れ部屋に置いて、犯行時間にはツェザーレは眠っていたように見せかけ、アリバイ作りをする。

『日本書紀』巻9神功皇后摂政5年(205)3月  新羅の使者が、日本に人質になっているミシコチを船で脱出させた。そして茅で人形を作り、ミシコチの床に置いて、彼が病気で臥しているように見せかけた。

『ペンタメローネ』(バジーレ)第3日第4話  王子が、娘から何度も冷たくあしらわれて怒り、ベッドの中の娘を短剣で刺す。短剣についた血を王子がなめると、甘い味がする。ベッドに寝ていたのは娘ではなく、砂糖を固めた人形だった。娘は王子に許しを請い、二人は結婚する。

★4.敵の攻撃を引き受ける身代わり人形。

『あきみち』(御伽草子)  盗賊金山八郎左衛門は、隠れ家の岩穴に入る前に、用心のため身代わりの人形を先にさし入れる。あきみちは、父の仇である金山八郎左衛門を討つべく待ち伏せしており、人形に斬りかかろうとする。その時、虚空から三百人余の声が「待て」と叫ぶので(*→〔口封じ〕1)、あきみちは思いとどまる〔*金山八郎左衛門は安心して岩穴に入り、あきみちに討たれる〕。

『空き家の冒険』(ドイル)  ライヘンバハの滝でホームズとモリアティ教授が格闘し、教授は滝壺に落ちてホームズは生還する。ホームズはベーカー街の自室に戻り、自分そっくりの蝋人形を窓辺に置く。ハドソン夫人が十五分に一回、蝋人形を動かす。道を隔てた空き家から、モリアティ教授の仲間が蝋人形を狙撃するところを、ホームズとワトソンが捕らえる。

★5.殉死者の身代わりの人形。

『江談抄』第3−6  菅原家の本姓は土師氏である。昔、帝王を陵墓に葬る時必ず人を一緒に埋めたが、土師氏は土の人形をその代わりにした。これは国家のためには不忠であるので、菅原家の人々は官位が低い。

『日本書紀』巻6垂仁天皇32年(A.D.3)7月  日葉酢媛命が薨じた時、陵墓に生きた人を埋めることを止め、代わりに埴輪を立てた。

★6a.人形に魂が入って動き出す。

『京人形』(歌舞伎舞踊)  左甚五郎が遊女梅ケ枝を恋する余り、彼女そっくりの等身大の木彫り人形を作る。魂を込めて彫った人形なので、たちまち動き出すが、それは甚五郎同様の、男の身動きだった。「これではならじ」と、梅ケ枝が所持していた鏡を人形の懐に入れると、人形は女らしい柔らかな身振りになった〔*甚五郎は、主君の娘・井筒姫の命を救うために、人形の首を切って身代わりとする〕。

『好色一代女』巻3「わざわひの寛濶女」  奥方が、殿寵愛の美女そっくりの人形を作り、女中たちと「悋気講(りんきこう)」を催す。皆でさまざまな恨みごと言って人形を突きころばし、責めさいなんだのである。すると人形は眼を開き、座中を見回し立ち上がって、奥方の着物の褄に取りついた。奥方はその後病気になったので、この人形の怨念だとして、人形を焼き捨てた。

『列子』「湯問」第5  工人(技術者)の偃師(えんし)が造った役者の人形は、見た目も動きも人間そっくりだった。人形は穆王の前で歌舞をしたが、女たちに色目を使ったので穆王は怒った。偃師は人形をバラバラに分解し、筋肉・内臓・骨格がすべて革や木でできていることを示した。

★6b.人形から魂が抜け出て幽霊となる。

『ペトルーシュカ』(ストラヴィンスキー)  あやつり人形の道化師ペトルーシュカには、魂が宿っていた。ペトルーシュカはバレリーナの人形に恋するが、ムーア人の人形の三日月刀で突き殺される。壊れて動かなくなった人形のペトルーシュカを、人形遣いの親方が見世物小屋へ運ぶ。その時、小屋の屋根の上にペトルーシュカの幽霊が現れて、踊る。親方は、魂の抜け殻である人形と、屋根の上の幽霊を見比べて、震え上がる。

★7.旧時代の人形芝居。

『野呂松(のろま)人形』(芥川龍之介)  「僕」は招待されて、野呂松人形の会に出かけた。江戸時代の簡素な人形芝居である。人形の古風な動きを見ながら、「僕」は「時代と場所との制限を離れた美はどこにもない」という、アナトオル・フランスの言葉を思い出した。「僕」たちの書いている小説も、いつかこの野呂松人形のようになる時が来はしないだろうか?

 

※人形の中に麻薬を隠す→〔麻薬〕6aの『暗くなるまで待って』(ヤング)。

※呪いの人形→〔呪い〕2の『異苑』巻9−15。

※こけし人形→〔堕胎〕3の『みちのくの人形たち』(深沢七郎)。

 

 

【人形妻】

★1.男が、美女の人形と夜をともにする。

『広異記』「花嫁人形」  盧(ろ)という男が、陶製の花嫁人形を愛蔵していた。妻が冗談に「お妾さんになさるといいわ」と言う。以来、盧は魂が抜けたようになり、「毎晩、女が寝床へ入ってくる」と言う。盧夫婦は人形を寺に預け、供養してもらう。すると寺に怪しい女が現れ、「私は盧様の妾です。奥様に追い出されました」と言う。盧は花嫁人形を叩き壊す。人形の心臓部分には、鶏卵大の血塊があった。

『人でなしの恋』(江戸川乱歩)  十九歳の「私(京子)」は、門野(かどの)という美青年のもとへ嫁ぐ。夫は新婚当初は「私」をかわいがってくれたが、まもなく、夜ごと一人で土蔵にこもるようになった。夫は土蔵の二階で、身のたけ三尺余りの美少女の京人形と、恋を語っていたのだ。「私」は嫉妬して、人形を引きちぎり叩き壊す。それを知った夫は、人形を抱いて刀で自殺する。

*嫉妬する妻(姥)が、夫(爺)の愛する火桶を壊す→〔妬婦〕1fの『火桶の草子』(御伽草子)。

『帰ッテキタせぇるすまん』(藤子不二雄A)「ホノルルで夢を見た!?」  コイケ・シンイチは、新婚旅行でホノルルへ来た。妻のショッピングのお供でうんざりの彼は、喪黒福造に案内されて、特別メンバー制のホテルへ行く。そこには素晴らしいハワイ美人が待っていた。夜、シンイチが戻らないので心配する妻を、喪黒福造がホテルの一室へ連れて行く。シンイチは夢心地で、ダッチワイフを抱きしめていた。

★2.一人の映画女優をモデルにした三十体の袋人形。

『青塚氏の話』(谷崎潤一郎)  五十代で禿頭の変態性慾者青塚氏は、映画女優由良子そっくりの、ゴム製の袋人形を三十体も造り、一緒に暮らしていた。人形たちには髪や睫毛が植えられ、湯を入れてふくらませるので、人間と同じ体温があり、体臭もある。人形は、青塚氏が膝の上へ載せる時のポーズ、立って接吻する時のポーズなど、さまざまな姿勢をしていた。青塚氏は仰臥して、顔の上に、しゃがんだ姿勢の人形をまたがらせる。人形の下腹をおさえると臀の孔から瓦斯(ガス)が洩れ、さらに・・・・。

*美女の足で顔を踏んでもらう→〔足〕1の『富美子の足』(谷崎潤一郎)。

★3.美女に恋をしたら、それは人形だった。

『コッペリア』(ドリーブ)  青年フランツは、二階家の窓辺で読書する少女に心ひかれるが、それは人間ではなく、老コッペリウスが作った人形コッペリアだった。老コッペリウスがフランツの生命を抜き取ってコッペリアに吹きこもうとするので、フランツの恋人スワニルダが、コッペリアの服を着て踊る。それを見た老コッペリウスは、「人形のコッペリアに生命が宿った」と思って喜ぶ。

『砂男』(ホフマン)  スパランツァーニ教授が二十年苦心して、ぜんまい仕掛けの自動人形オリンピアを作る。砂男コッポラの奸計で、ナタニエルはオリンピアを人間と思い結婚を申しこむが、オリンピアが木の人形であると知って乱心する。後にナタニエルは、恋人クララを人形と思いこんで高塔から彼女を突き落とそうとし、遂には自ら身を投げて死ぬ。

『ホフマン物語』(オッフェンバック)第1幕  スパランツァーニ博士の依頼で、コッペリウスが人形オリンピアを造る。詩人ホフマンが美しいオリンピアを見て恋に落ち、彼女とワルツを踊る。コッペリウスは、人形製作の代金として博士から小切手を受け取るが、それが不渡りだったことに怒り、オリンピアを壊す。ホフマンは、オリンピアが人形だったと知って、呆然となる。

 

 

【人間】

★1.人間にとってもっとも良いこと。

『悲劇の誕生』(ニーチェ)3「アポロ的文化の基底」  古い伝説によれば、ミダス王は、ディオニュソスの従者である賢者シレノスを捕らえ、「人間にとってもっとも良いこと、もっともすぐれたことは何か?」と問うた。シレノスは、からからと笑いながら言った。「いちばん良いことは、お前にはとうてい叶わぬこと。生まれなかったこと・存在しないこと・無であることだ。しかし、お前にとって次善のことは――すぐ死ぬことだ」。

★2.人間の中に潜む獣性。

『モロー博士の島』(H・G・ウェルズ)  モロー博士の島からイギリスに帰った「私(プレンディック)」は(*→〔島〕6c)、日々出会う男女たちが退化して獣性をあらわすのではないか、との不安を覚えた。町へ出ると、女たちが猫のようにすり寄ってくる。疲れた労働者は傷ついた鹿のようだ。牧師の説教は、猿のたわ言に聞こえる。図書館で熱心に読書する人々は、獲物を待ち受ける獣に見えるのだった。

*外見は人間だが、その本性は動物→〔眉毛・睫毛〕1の『狼の眉毛』(昔話)など。

★3.「人間」という概念は不要。

『無題』(中島敦)  吉川は女学校で数学を教えて、「男と女。それは何という違った存在であろう!」と思った。国語教師の中山に言わせると、「男」と「女」とを統括する「人間」という言葉があるから、いろいろな誤解や不満が起こる。「哺乳類」の名の下に「男類」と「女類」とを直属させれば、相互の誤解や不満はなくなるだろう。ちょうど、「猫」に「馬」の性質がないからといって、「猫」を非難する人がないように。

★4.「人類」「猿類」という区別は間違い。「男類」「女類」「猿類」とすべき。

『女類』(太宰治)  作家の笠井健一郎氏は、「僕(雑誌編集者の伊藤)」がおでん屋のおかみと恋愛関係にあることを知って、「僕」を罵倒した。「女類は、男類とはまるっきり違う生き物だ。女類と男類が理解し合うなんて無理だ。女類は金(かね)が好きだからなあ。君は、あの女に必ず裏切られる」。「僕」は笠井氏の言葉に乗せられて、おかみと別れる。すると、おかみは自殺してしまった。「僕」は笠井氏を蹴倒し、笠井氏は香典を置いて帰って行った。 

*魂には、「男」「女」の区別はない→〔無性の人〕5の『人間個性を超えて』(カミンズ)第1部第6章。

 

 

【人間を造る】

★1.神が人間を造る。

『イソップ寓話集』(岩波文庫版)240「プロメテウスと人間」  ゼウスの命令でプロメテウスが人間と獣を造るが、獣が多すぎたので、いくらかをつぶして人間に造りかえた。その結果、姿は人間でありながら、獣の心を持つものができた。

『イソップ寓話集』(岩波文庫版)430「人類の創造」  プロメテウスが粘土から人間を造った時、粘土を水ではなく涙と混ぜた。だから、人間から涙を切り離すことはできない。

『エヌマ・エリシュ』(古代アッカド)  マルドゥーク神は原母神ティアマトと闘い、これを倒す。ティアマトをそそのかし戦争をひき起こした悪神としてキングが召還される。マルドゥークをはじめとする神々たちはキングの血管を切り、流れる血から人間を造り出す。人間は神々の下働きをするよう定められる。

『封神演義』第14回  太乙真人が、蓮花二つ・蓮葉三枚を三才(天地人・上中下・頭身脚)にかたどって机上に配置し、数百年かけて煉った金丹を用いて、ナタ(ナタク)の魂魄を蓮葉に導入する。ナタは人間の形となって机上に起き上がり、床に跳び下りた。

*神が土から人間を造る→〔息が生命を与える〕1の『創世記』第2章、→〔土〕1の『コタンカラカムイの人創り』(アイヌの昔話)など。

*神が木から人間を造る→〔木〕1aの『ギュルヴィたぶらかし(ギュルヴィの惑わし)』(スノリ)第9章。

*神が人間を祝福する→〔二人の神〕1の『人間万歳』(武者小路実篤)。

★2.神が美女を造る。

『仕事と日』(ヘシオドス)  ゼウスが人類に禍いを与えようと考え、ヘパイストスに命じ、土を水でこねて人形を造らせる。人形には、美しい乙女の姿・冠や首飾り・甘い言葉に不実な心など、さまざまなものが神々から贈られ、パンドラ(パンドレ)と名づけられる。パンドラはエピメテウスの妻になる。

『二人兄弟の物語』(古代エジプト)  弟バタは兄アヌプ夫婦と別れ、杉(あるいは松)の谷で一人暮らす。神々がバタを憐れみ、陶工神クヌムが、すべての神々の種子を入れた絶世の美女を造り、バタに妻として与える。しかし、妻は後にバタを裏切った→〔夫の弱点〕2

*神がエバ(イヴ)を造る→〔骨〕1aの『創世記』第2章。

★3.神が人間の形態を変える。

『饗宴』(プラトン)  原始時代の人間には、男・女・両性具有の、三種の性があった。男は太陽から、女は地球から、両性具有者は月から発生したため、身体は球状だった。彼らは一つの身体に、二つの顔・四本の手・四本の足を有していた。ある時、ゼウスが球状人間たちの身体を、縦に真二つに切り離し、それ以来、彼らは互いにもとの半身を求め合うようになった。これが、男性同士の愛、女性同士の愛、男女の愛の起源である〔*アリストファネスが語る物語〕。

*切り離された球状人間が互いの半身を求め合うというのは、イザナキ・イザナミ二神が互いの身体の凹凸を合わせて合体する神話を連想させる→〔性器(男)〕6の『古事記』上巻。

*アートマンが自己を二等分して、夫と妻が生じた→〔無性の人〕1の『ブリハド・アーラニヤカ・ウパニシャッド』。

★4.神が人間を必要とした理由。

『ユング自伝』12「晩年の思想」  もし、造物主(神)が自分自身を意識し得るならば、彼は、意識を持つ被造物(人間)を必要としなかったであろう。また、無数の種や生物の発展のために何百万年も浪費するような、まったくまわりくどい創造の方法が、目的を持った意図の結果として生じたもの、とは考えられそうにない。

★5.鬼が人を造る。

『長谷雄草子』(御伽草子)  朱雀門の鬼が、いろいろの死人の良い部分を集めて女を作った。百日過ぎれば、魂が定着して本当の人間になるはずだった→〔待つべき期間〕2b

★6.宇宙旅行用に人間を改造する。

『ガス人間第一号』(本多猪四郎)  宇宙旅行のために、強い衝撃や高熱に耐える人間を造ろうと、佐野博士が水野青年を人体改造の実験台にする。ところが実験の失敗で、水野はガス人間になってしまった。水野は自由に身体をガス化し、どこへでも入り込む能力を得て、銀行の金庫室から大金を盗み出す。彼は舞踊家藤千代(演ずるのは八千草薫)を愛し、彼女の舞台公演に必要な金を与える。しかし警察に追い詰められ、藤千代は水野と抱き合ったままライターに点火して、二人は爆死した。

★7.未来の新人類を造る。

『第四間氷期』(安部公房)  地球は今、五千万年に一度の変動期を迎えつつあり、今後、海底火山のいっせい噴火により、海面が毎年三十メートル以上も上昇し、四十年後には千メートルを越えて、人類の生存が困難になる、との予測がなされる。極秘のうちに対策が検討され、海底植民地開発協会が、妊娠中絶された胎児を買い取り、水棲人に育て上げて、彼らに人類の未来を託そうとする→〔自己との対話〕1a

*旧人類=ホモ・サピエンスの死滅が目前になり、新人類誕生の時が来た→〔記憶〕5の『幼年期の終わり』(クラーク)。

 

 

【妊娠】

★1a.妊娠時のアクシデント。

『トリストラム・シャンディ』(スターン)第1巻第1〜3章  夫婦が合体して、いよいよこれからという時、妻が「あなた、時計のネジをまくのをお忘れになったのじゃなくて?」と聞いた。そのため夫の精子の勢いがくじかれ、息子トリストラムは、さいさきの悪い人生のスタートを切ることとなった。

『マハーバーラタ』第1巻「序章の巻」  ヴィチトラヴィーリヤ王が世継ぎを残さず死去したので、二人の妃アンビカーとアンバーリカーは、王の異母兄である聖仙ヴィヤーサから子を得ようとする。しかしヴィヤーサは苦行ゆえに異様な姿形をしており、彼に抱かれた時、アンビカーは恐ろしさのあまり目を閉じた。そのため盲目の息子ドリタラーシュトラを産んだ。アンバーリカーは真っ青になったので、青白い息子パーンドゥを産んだ。

★1b.妊娠期間中のアクシデント。

『エレファント・マン』(リンチ)  妊娠四ヵ月の女性が、アフリカ象に襲われた。その時の恐怖のために、女性は異形の男児を産んだ。「ジョン」と名づけられた男児は、頭蓋骨が巨大化し、顔がゆがみ、背骨は湾曲して、象のような皮膚が身体の大部分をおおっていた。彼はエレファント・マン(象人間)と呼ばれ、見世物小屋に出された→〔象〕5

*妊娠中に火を見たため、子供の身体に赤痣が現れる→〔痣(あざ)〕3の『悪魔の手毬唄』(横溝正史)。

★2.妊娠期間中に胎児に施した教育。

『鴛鴦』(三島由紀夫)  久一と五百子は、多くの類似点を持っていた。とりわけ二人とも小説が嫌いで、一度も読んだことがなかった。二人の恋愛は理想的に進行し、「私」は二人の結婚式に参列した。その折、皮肉家のAが「私」に教えた。「久一も五百子も、母親が小説家に騙されて産んだ子なんだ。それで母親たちは、芸術家を呪って胎教を施した。その結果、あんな見事な子供が生まれたのさ。幸福なことに、二人は出生の秘密を知らない」。

★3.一人の女が、常に妊娠し続ける。

『昨日・今日・明日』(デ・シーカ)第1話  失業中の夫(演ずるのはマルチェロ・マストロヤンニ)を養うため、妻アデリーナ(ソフィア・ローレン)は闇市で外国煙草を売り、逮捕されそうになる。しかし、「妊娠中および産後半年以内の女性は逮捕できない」との法律があるので、彼女は「ずっと妊娠中なら刑務所へ行かずにすむ」と考え、元気に七人の子供を産む。一方、夫は体力を消耗して、アデリーナを妊娠させることができなくなる。その結果、彼女は刑務所へ送られるが、仲間たちやマスコミの支援で特赦になる。

★4.大勢の女たちを、同時に妊娠させる。

『なぜ神々は人間をつくったのか』(シッパー)第8章「強さ、弱さ、盗まれた秘密」  時代の黎明期には、女たちが鉄拳で男たちを支配し、狩りも耕作も料理も子供の世話も、何もかも男たちにやらせていた。男たちは、「あまりに不公平だ」と考え、策略をめぐらせて、女たちを同時に妊娠させた。妊娠・出産の期間、女たちの力が弱まるのに乗じて、男たちは新しい世界秩序を作り、以来、社会は公正で平和になった(ケニア、キクーユ族)。

★5.病気だと思ったら、妊娠だった。

『カズイスチカ』(森鴎外)  花房医学士は、開業医である父の代診をすることがあった。若い女が、腸満(腹腔内に水がたまる病気)か、あるいは癌かもしれないというので、医者を二〜三軒まわった後に、花房の医院へ来た。花房は「生理的腫瘍だ」と診断した。女は妊娠していたのである。子がなくて夫と別れ、裁縫をして一人で暮らしている女なので、他の医者は妊娠に気づかなかった。相手は、出入りの小学教員だった。

*これとは逆の設定で、若返ったと思ったら病気だった、という物語がある→〔若返り〕7の『だまされた女』(マン)。

*ふとった女だと思ったら、妊婦だった→〔妊婦〕5の『クリスマスの夜』(モーパッサン)。

★6.避妊。

『さようならコロンバス』(ロス)  図書館員の「ぼく(ニール)」は、名門女子大の学生で高級住宅街に住むブレンダと知り合い、性関係を持つようになった。互いの家柄の違いなどから、「ぼく」は結婚を申し込む自信がなく、彼女に「避妊具のペッサリーをつけてほしい」と要求する。しかしブレンダが部屋の引き出しに隠しておいたペッサリーを、母親が見つけてしまう。母親はブレンダを激しく非難し、「ぼく」は彼女と別れることになる。 

 

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