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『現代の英雄』(レールモントフ)第2部「運命論者」 死期は運命によってあらかじめ定められているか否か、議論が起こり、ヴーリッチ中尉とペチョーリンが賭をする。ペチョーリンはヴーリッチの顔に死相を見て、「君は今日死ぬ」と予言する。ヴーリッチは銃を額に当てて引き金を引くが、不発だった。しかしそれから三十分後、酔ったコサック兵にヴーリッチは斬り殺された。
*死の手相なので、「何も出ていない」と言う→〔手相〕2の『誰がために鐘は鳴る』(ヘミングウェイ)第2章。
*水に映る顔に死相があらわれる→〔水鏡に映る未来〕1の『平治物語』上「信西出家の由来」。
『近世畸人伝』(伴蒿蹊)巻之3「相者龍袋」 中村龍袋はすぐれた観相家で、門人たちの血色を見てその将来を言い当て、外れることがなかった。彼は五十七歳の時、「私には餓死の相がある」と言い、門戸を閉じて絶食し、数日後に死去した〔*このタイプの物語を極端な形にしたのが、→〔予言〕3の『百喩経』〕。
『修禅寺物語』(岡本綺堂) 夜叉王は面(おもて)作りの名人で、彼が打った面は「生けるがごとし」と賞賛された。しかし源頼家の似顔の面に限り、幾度打ち直しても魂のない死人の相になるので、夜叉王は自らの技のつたなさを嘆く。しかし、それからまもなく源頼家は暗殺された。夜叉王は「神ならではわからぬ人の運命が、まず我が面にあらわれたのだ」と納得し、「『技芸神に入る』とはこのことよ」と、自讃した。
『三宝絵詞』下−26 羅漢が弟子の沙弥を見ると、「七日後の朝に死ぬ」との相があった。沙弥は暇を請うて家に帰るが、途中、水に流される多くの蟻を救う。七日後、羅漢の所に戻った沙弥には死相がなかった。
『ちきり伊勢屋』(落語) 易者白井左近が、質屋ちきり伊勢屋の若主人・伝次郎の人相を見て、「来年二月十五日の九刻(ここのつ)に死ぬ運命だ」と占う。伝次郎は来世の幸福を祈り、財産を困窮した人々に施して、死を待つ。しかし時刻が来ても死なない。白井左近が見直すと、人助けをしたため死相が消え、八十歳以上の長命の相に変わっている。伝次郎は、駕籠かきをして人生の再出発をし、以前施しをして救った家の娘の婿になり、ちきり伊勢屋を再興する。
『今昔物語集』巻17−9 比叡山で修行する僧浄源は、京に飢饉が起こった時、「老いたる母を助け給え」と地蔵菩薩に祈った。比叡山での七日間の祈りが満ずる夜、京の老母は、「一人の小僧から絹三疋を与えられる」との夢を見た。目覚めると現実に絹三疋があったので、老母はそれを売って米三十石を得た。
『今昔物語集』巻17−13 水銀を採掘する三人の男が、穴の中に閉じこめられた。一人の男が、日頃信仰する地蔵菩薩に祈ると、暗黒の中に火の光が見えた。十余歳の小僧が手に紙燭(しそく)を持ち、「私の後をついて来い」と言う。男は小僧に導かれて、穴から出ることができた。あとの二人は火の光を見ず、穴の中で死んでしまった。
『今昔物語集』巻17−17 東大寺の僧蔵満は三十歳で病死し、冥府の使いたちに捕らえられた。そこへ、端厳(たんごん)美麗で光を放つ小僧が、菩薩・聖衆を連れて現れたので、冥府の使いたちは合掌礼拝し、蔵満を解放して去った。小僧は、蔵満が日頃信仰していた地蔵菩薩の化身だった。蔵満は蘇生し、その後、九十歳まで生きた。
『今昔物語集』巻17−26 近江国甲賀郡の男が病死して、冥府へ連れて行かれた。そこへ端厳(たんごん)な小僧(地蔵菩薩の化身)が現れ、男を冥府から救い出してくれる。かつて地蔵菩薩は、琵琶湖の辺で大きな亀となっていて、海人(あま)に捕らえられ、殺されそうになった。その時、近江の男が亀を買い取り、放生してくれたので、その返礼に、今度は地蔵(亀)が男を助けたのだったた。
『東海道名所記』巻1「大磯より小田原へ四里」 小磯の町のはずれに石地蔵があり、夜な夜な化けて、往来の人をたぶらかした。美女に化けたところを、紀州の某が抜きうちに斬り、見ると、石地蔵の首が打ち落とされていた。以来、「首きれ地蔵」と名づけられた。「化けもの」と思って斬ったから、石でも首を打ち落とすことができたのだ。
*虎だと思って射たから、石に矢がささった→〔石〕9cの『捜神記』巻11−1(通巻263話)。
『今昔物語集』巻17−3 検非違左衛門尉平諸道の父が、合戦中に矢を射尽くして困っていた。すると戦場に小僧が一人現れ、矢を拾い集めて渡してくれる。小僧は、敵の矢が背に突きささったまま、どこかへ消えてしまった。合戦後、平諸道の父が氏寺に詣でると、地蔵菩薩像の背に矢が一本ささっていた。
『南総里見八犬伝』第9輯巻之18第124回・巻之19第127回 嘉吉の戦いに義死した諸霊のための大法会が行われた時、老乞食坊主が来て、「悪僧徳用が法会に呼ばれなかったため怒り、大勢で攻めてくる」と教え、米・銭の施行を受けて去った。犬士は迎え撃つための準備をするが、後に辻堂の石地蔵を見ると、米の入った袋をかけ、銭がくくりつけてあったので、老乞食坊主は地蔵菩薩であったことがわかった。
『日本霊異記』下−9 藤原広足は頓死して冥府へ召されたが、「冥府で苦を受けている亡妻のために、『法華経』を書写して供養をする」と誓い、現世へ戻ることができた。冥府の門を出る時、広足は、「私を召した人の御名を知りたい」と思って問う。すると、「我は閻羅王(閻魔王)。汝の国では地蔵菩薩と呼んでいる」との答えが返って来た。
*閻魔と地蔵は別存在であるが、「ねんごろ」な関係だった、という物語もある→〔地獄〕5の『八尾地蔵』(狂言)。
帯解地蔵の伝説 文徳天皇の后・明子(染殿の后)は懐胎したものの、月満ちても出産できなかった。ある夜、后は「奈良の某寺の地蔵に帯を巻きつけ、その帯を后の身体に結んで腹帯とし、それを解けば安産する」との夢告を得る。翌日、后はそのことを天皇に話し、夢告のごとくに帯を結んで解いたところ、まもなく安らかに皇子(後の清和天皇)が誕生した。天皇も后もたいへん喜んで、地蔵に「子安地蔵」の名を賜った(奈良市東今市)。
『吾輩は猫である』(夏目漱石)10 八木独仙が女学校で行なった演説。馬や車の通る辻に大きな石地蔵があり、通行の邪魔であった。町内の人々が、力ずくで移動させる、牡丹餅や酒や贋札を見せておびき寄せる、巡査や殿下様の格好をして脅かす、などの試みをするが、石地蔵は動かない。最後に馬鹿竹という男が「地蔵様、町内の者があなたに『動いてくれ』と言うから、動いてやんなさい」と頼んだら、地蔵様は「そんなら早くそう言えばいいのに」と、のこのこ動き出した。
『今昔物語集』巻13−11 熊野参詣に出かけた持経者一叡が、山中で終夜『法華経』読誦の声を聞く。夜が明けてから声の主を捜すと、苔むした白骨死体があり、舌だけが生きた人のごとく赤かった。その夜の夢に、「法華六万部読誦の願を満たすため」と、死者の霊が告げた〔*『古今著聞集』巻15「宿執」第23・通巻484話などに類話〕。
『猿の草子』(御伽草子) 比叡山根本中堂建立の折、地ならしをすると、紅蓮の如き舌が土の底にあって、『法華経』を読誦していた。伝教大師の問いに対して、舌は「生前六万部の『法華経』を読誦した」と答えたので、中堂の心柱の礎をこの舌の上に築いた。
『撰集抄』巻2−6 奥州平泉に住む娘が、『法華経』を読みたくは思っても教えてくれる人がないことを、朝夕嘆いていた。ある時、天井から「経を前に置け。私が教えよう」との声があり、八日間で教授が完了した。娘が不思議に思い天井を見ると、苔むした髑髏で、舌だけは生きた人のごときものがあった。髑髏の舌は、「私は延暦寺の昔の住僧、慈恵大師の頭(かうべ)である」と言った。
『大智度論』巻9 『阿弥陀仏経』『般若波羅蜜経』を読誦していた比丘が死に、弟子たちが遺骸を焼く。翌日になって、灰の中を見ると、舌が焼けずに残っていた。
『太平広記』巻109所収『旌異記』 南斉の武帝の世、土の中から両唇におおわれた鮮紅色の舌が掘り出された。生前に『法華経』を誦していた人の舌だというので、その舌を囲んで何人かの人々が『法華経』を唱えると、唇と舌とが動き出した。
『日本霊異記』下−1 山中に『法華経』を読む声が絶えず聞こえるので、永興禅師が見に行く。すると、かつて永興のもとを訪れた修行者の死骸があった。三年後、なおも経読誦の声がするので永興が再び行くと、髑髏の中に、舌だけが朽ちずにあった〔*『今昔物語集』巻12−31に類話〕。
★2.獣や龍の舌を切り取って持ち、自分がその獣や龍を退治した証拠とする。
『ギリシア神話』(アポロドロス)第3巻第13章 ペレウスが狩競争で倒した動物たちを、他の仲間が「これは自分の獲物だ」と言って横取りし、「ペレウスは何も取れなかったのだ」と笑う。しかしペレウスは、動物たちの舌を切り取って袋に入れておいたので、それがペレウスの獲物である証拠となった。
『トリスタンとイゾルデ』(シュトラースブルク)第13章・15章 龍と闘いこれを殺したトリスタンは、自らも龍の毒気のため意識を失った。その間に別の男が龍の首を切り取って奪い去り、「自分が龍を退治した」と主張する。しかしトリスタンが前もって龍の舌を切り取り所持していたので、それが証拠となり、真の英雄はトリスタンであることが明らかになった。
『二人兄弟』(グリム)KHM60 双子の弟が、七つの首の龍を退治し、七枚の舌を切り取っておいてから、疲労のために眠りこむ。悪い男が双子の弟を殺し、龍退治の手柄を横取りして、王女を得ようとする。双子の弟は薬草で生き返り、七枚の舌を見せて、自分が龍退治したことを立証し、王女と結婚する。
『ペンタメローネ』(バジーレ)第1日第7話 チェンツォが七首の龍を切り殺した。百姓が龍の首を拾い集め、龍退治の功績を横取りして、王女と結婚しようとする。しかしチェンツォは龍の舌を切り取って持っていたので、百姓の嘘がばれる→〔龍退治〕1。
*日本には、虎や敵兵の耳を切り取って持ち、自分がその虎や敵兵を討った証拠とする物語がある→〔耳を切る〕4の『南総里見八犬伝』第9輯巻之29第147回〜巻之30第148回など。
*犬の舌を切り取って、それを人間の舌だといつわる→〔にせもの〕2の『ドイツ伝説集』(グリム)538「ジークフリートとゲノフェーファ」、『トリスタンとイゾルデ』(シュトラースブルク)第18章。
『タイタス・アンドロニカス』(シェイクスピア)第2幕 悪人ディミートリアスとカイロンは、皇弟バシナーエスを殺し、その妻ラヴィニアを陵辱する。そして、誰から暴行を受けたかを語ることも書くこともできないように、ディミートリアスとカイロンは、ラヴィニアの舌を切り取り、両手を切り落とした〔*第4幕でラヴィニアは杖を口にくわえ、砂地に犯人の名前を書き記す〕。
『変身物語』(オヴィディウス)巻6 トラキア王テレウスはアテナイ王の娘プロクネを妻としたが、後、その妹ピロメラに恋情を抱き、彼女を羊小屋に閉じ込めて犯した。このことをピロメラが誰にも語らないようにと、テレウスは彼女の舌を切り取った〔*ピロメラは機を織り、白地に緋色の文字を織り込んでテレウスの罪を告発し、姉プロクネに示した〕。
*魔女が人魚姫の舌を切り取り、しゃべれなくする→〔交換〕3bの『人魚姫』(アンデルセン)。
『舌切り雀』(日本の昔話) 爺と婆と雀が一緒に暮らしていた。爺は山へ柴刈りに行き、婆は雀に「糊を煮ておいてくれ」と頼んで、川へ洗濯に行く。ところが雀は、糊が美味だったので全部なめてしまった。婆は怒って、雀の舌をはさみで切る。雀は泣いて逃げ去り、山から帰った爺が、雀を捜しに出かける(兵庫県美方郡)。
『南総里見八犬伝』第8輯巻之8第90回 辻君(つじぎみ)となった船虫は、客の懐中に金があると知ると、媾合の折に唇を交え、舌を噛み切って殺した〔*媾合の折、陰茎を噛み切るヴァギナ・デンタータの物語と通ずるところがある〕→〔性器(女)〕6の『耳袋』巻之1「金精神の事」。
『黄金伝説』15「初代隠修士聖パウロス」 初期キリスト教徒は迫害され、さまざまな拷問を受けた。ある若者はベッドに縛りつけられ、恥知らずな娼婦が彼をもてあそんだ。若者は心ならずも肉欲の昂奮をおぼえたので、歯で自分の舌を噛み切って、娼婦の顔に吐きつけた。
『往生要集』(源信)巻上・大文第1「厭離穢土」 殺・盗・淫・飲酒・妄語の罪を犯した者は、死後、大叫喚地獄に堕ちる。その別処・受無辺苦(じゅむへんく)では、獄卒が熱鉄の金鋏で、罪人の舌を抜き取る。抜きおわると舌は再び生え、それをまた獄卒が抜き取るのである。
『今昔物語集』巻2−33 ある男が前世で弟との約束を破り、二枚舌を使った。まもなく男は重病になって死に、地獄へ堕ちて多くの苦を受けた。その後また、人間として生まれたが、二枚舌を使った罪により、口中に舌がなく、二つの目・二つの耳もない身で生まれた。
『法華経』「如来神力品」第21 入滅を前にした世尊(釈迦如来)が、霊鷲山で『法華経』の教えを説く。聴聞する多数の菩薩たちは、この経を世尊滅後に諸方で説くことを誓う。世尊は口から広長舌を出し、それは梵天の世界にまで達する。舌からは無数の色の光が発し、十方の世界を照らした。他の世界から来ていた諸仏も、広長舌を出して無量の光を放った。
『戒言(蚕飼の草子)』(御伽草子) 天竺の金色姫は継母にいじめられ、うつほ舟で日本に渡るが、やがて病死する。棺におさめた姫の遺骸は、蚕に変わった。
『今昔物語集』巻16−29 長谷観音に参詣する男が、帰りの夜道、検非違使庁の放免たちから死人の処置をおしつけられ、死骸を家に持ち帰る。死骸の重さ堅さを不思議に思い、妻と二人で調べてみると、黄金であった。
*→〔宿を請う〕3の『大歳の客』(日本の昔話)も、乞食僧が夜のうちに死に、その死体が翌朝には黄金に変わっていた、ということであろう。
『今昔物語集』巻2−12 天竺の燈指(*→〔指〕1a)という男は、父母の死後、貧窮に苦しみ惑乱状態になって、墓場から死骸を引きずり出した。それを家に運び、嘆き悲しんでいると、死骸が黄金に変じた。これを聞いた阿闍世王が黄金を取り上げるが、黄金は死骸になってしまった。王が死骸を捨てると、それはまた黄金になった。
*三千両だと思って死体を掘り出す→〔井戸〕4の『銭形平次捕物控』(野村胡堂)「招く骸骨」。
『黄金餅』(落語) 物乞い坊主の西念が死ぬ間際に、貯めこんだ金を人に取られるのがいやで、多くの一分銀や二分金を餅の中に入れて、全部呑み込んでしまう。このありさまをのぞき見た長屋の金兵衛が、焼き場まで行き、「西念の骨を拾う」と称して、遺骸から金を取り出す。金兵衛はこの金を元手に目黒で餅屋を営み、繁盛した。
『不思議な手紙』(つげ義春) 火葬場の作業員沼田は、焼き窯にもぐって、遺体から金歯など金目のものを盗み取っていた。同僚たちは「バチがあたるぞ」と言って、沼田を批難した。ある時、沼田が窯の中にいるうちに、窯焚きが始まってしまう。同僚の東(あずま)はそれに気づきながら、かまわず石炭をくべて、沼田を遺体と一緒に焼いた。
『スタンド・バイ・ミー』(ライナー) 町から数十キロ離れた森に、行方不明の少年の死体があるらしい。ゴーディやクリス(演ずるのはリヴァー・フェニックス)など、十二歳の少年四人が、「死体を発見したら、新聞やテレビに出て英雄になれる」と考え、森へ向かう。一夜野宿して、翌日四人は死体を見つける。年長の不良グループが現れ、死体を横取りしようとするが、ゴーディがピストルで彼らを脅して追い払う。四人は英雄になることはやめ、匿名で警察に死体発見を通報し、町へ帰る。
『古事記』上巻 妻イザナミが身まかったので、夫イザナキは出雲国と伯伎(ははき)国との境の比婆の山に、イザナミの遺体を葬った。その後にイザナキは、イザナミに逢おうと黄泉国を訪れる。妻イザナミは生前と変わらぬ姿で、夫イザナキを迎えた。しかし、御殿にこもったイザナミをのぞき見ると、蛆がたかり、八体の雷神におおわれた異様な姿になっていた〔*イザナキが黄泉国で見たのは、死後のイザナミではあるが、それは死体とは異なるものであろう〕。
『イリアス』第22〜24歌 アキレウスはヘクトルの喉を槍で刺して倒し、「野犬・野鳥が、おぬしの身にたかって食いちぎるだろう」と言う。アキレウスはヘクトルの死体の踝(くるぶし)に穴をあけ、紐を通して戦車にしばりつける。そして戦車を走らせ、ヘクトルの死体をひきずりまわして傷つける。ヘクトルの父プリアモス王が莫大な金品を差し出して懇願し、ヘクトルの死体を引き取って火葬する。
『絵本百物語』第18「溝出(みぞいだし)」 人は万物(ばんもつ)の霊ゆえ、乞食・非人の死体であっても、きちんと葬らねばならない。ある武将が、家来の死骸を負櫃(おひびつ)に入れて海底へ捨てた。後に、波が負櫃を陸へ打ち上げ、中から唄声が聞こえる。開けて見ると、潮水(うしほ)にさらされた白骨があった。寺僧が白骨を丁寧に葬り、その後は何事もなかった。また、ある貧者の死骸をつづらに入れて捨てたところ、骨と皮が自然に分かれ、白骨がつづらを破って踊り狂った、ということもあった。
*山野に放置された戦死者の死体を埋葬する→〔僧〕5の『ビルマの竪琴』(竹山道雄)。
★5a.放置された死体を供養・埋葬する。後に死体がその恩を返す。
『今昔物語集』巻10−14 費長房は、白骨化した死体が往来の人に踏まれるのを見て憐れみ、これを埋葬してやった。後、死者の霊が費長房の夢に現れて礼を述べ、報恩に仙術を伝授する。費長房は飛行自在の仙人となった。
『旅の道づれ』(アンデルセン) 旅の途中ヨハンネスは、乱暴者たちが死体を教会の外へ棄てようとするのをとめ、死体の借金を代わりに払い、棺の中に死体を安置して手を組み合わせてやる。死体は、ヨハンネスの旅の道連れとなり、彼を援助する→〔難題求婚〕2。
『現代民話考』(松谷みよ子)3「偽汽車ほか」第2章の7 昔、ある漁師の網に土左衛門(溺死者)が入った。気の毒に思って懇(ねんご)ろに弔ったところ、その次の日から大漁続きであった。これは海神のお助けであろうと、以来、今でも、「土左衛門が入ると豊漁だ」と言って、漁師一同で丁重に弔うことになっている(愛知県知多郡鬼崎村)。
『今昔物語集』巻2−7 貧しい下女が少量の水を仏弟子迦旃延に布施し(*→〔売買〕7)、その夜のうちに死んで、ただちにトウ利天に生まれた。天人となった下女は、五百の天人を従者として率い、香を焚き花を散らして、自分の死骸を供養した。
*天人が自らの前世の骸骨を供養する→〔前世〕6aの『発心集』7−12。
『或る阿呆の一生』(芥川龍之介)9「死体」 「彼」は、王朝時代に取材した短編(『羅生門』)を仕上げるのに必要だったので、医科大学の解剖室を訪れて死体を実見した。死体は皆、親指に針金のついた札をつけていた。
『死者の奢り』(大江健三郎) 「僕」と女子大生は、医学部の解剖用の死体三十体余りを、古い水槽から新しい水槽に移すアルバイトをする。しかし死体は新しい水槽へ移すのでなく、焼却場に運び火葬する手続きだったことがわかり、一日がかりの作業はまったく無駄であった。
『サテュリコン』(ペトロニウス)111〜112 貞淑な未亡人が、夫の遺骸とともに地下墓室に入り死のうとする。近くの処刑台の監視兵が未亡人を誘惑し、二人は墓室で関係を持つ。その間に、処刑台の罪人の死体を、家族が盗んで埋葬する。監視兵は死体盗難の責任を負って自殺しようとするが、未亡人が「代わりに、私の夫の遺骸を処刑台の十字架にかければよい」と教える〔*エウモルポスの語る物語〕。
『エミリーにバラを』(フォークナー) 三十代のミス・エミリーは、古い大きな屋敷に住んでいた。愛人ホーマーが去ろうとするので、エミリーは彼を砒素で殺す。エミリーはホーマーの死体を一室に寝かせ、彼を愛し続ける。長い年月が過ぎ、エミリーが七十四歳で病死して埋葬された後、町の人々は秘密の一室へ入る。腐乱し乾燥したホーマーの残骸がベッドにこびりついており、枕元にはエミリーの髪が落ちていた。
*ミイラ化した青年と、白骨化した令嬢→〔入れ目〕5の『かいやぐら物語』(横溝正史)。
『サイコ』(ブロック) ノーマン・ベイツは母を殺したが、その罪の意識をやわらげるため、母をよみがえらせようと考えた。ノーマンは墓をあばいて母の死体を家に運び、剥製術をほどこし、ドレスを着せて、いっしょに暮らした。やがてノーマンの人格は、「母親」と「息子」に分裂した→〔一人二役〕3。
『白雪姫』(初版グリム童話) 毒りんごを食べて死んだ白雪姫を、小人たちがガラスの棺に納める。死体はいつまでも腐らず、白雪姫は美しいままだった。王子が小人たちから棺を買い取り、城へ運ぶ。王子は棺の傍にすわり、片時も目を離さない。出かける時も棺を持って行く。棺をかつぐ召使たちが、「死んだ娘のおかげでひどい目にあう」と怒り、棺を開けて白雪姫の背中を殴る。喉から毒りんごが飛び出し、白雪姫は生き返る。
『花妖記』(澁澤龍彦) 与次郎は、梅花の精のような絶世の美女と知り合い、交わりを重ねる。交わりの間、美女は声もあげず、身体も動かさない。彼女には官能の喜びを享受する素質が欠けており、ただ男を喜ばすことに、純粋な快を見出しているのだという。与次郎は「この女は天人の一類かもしれぬ」と疑う(*→〔性交〕12)。美女は天人ではなかった。与次郎は死体と交わっていたのだ。
*妻の死体と交わって子を得る→〔出産〕13の『幽明録』25「死後のお産」。
『古事記』上巻 スサノヲがオホゲツヒメを殺した。オホゲツヒメの死体の、頭から蚕、二つの目から稲種、二つの耳から粟、鼻から小豆、陰部から麦、肛門から大豆が生じた〔*『日本書紀』巻1・第5段一書第11では、ツクヨミが剣を抜いてウケモチノカミを殺す。ウケモチノカミの死体の、頭から牛馬、額から粟、眉から繭、眼から稗、腹から稲、陰部から麦・大豆・小豆が生じた〕。
穀物の神・矮姫(サヒメ)の伝説 穀物の神様・大食之姫(オオゲツヒメ)が斬り殺され(*→〔食物〕7)、その屍から稲が生え、麦が実り、小豆ができ、ありとあらゆる種が発生した〔*死体の頭から馬、眼から蚕が現れ、鼻に大豆、腹に稲、陰(ほと)に麦、尻に小豆が生えた、などの伝えもある。大食之姫は朝鮮にいた、ともいう〕。大食之姫の娘・矮姫が、多くの種を持って赤雁の背に乗り、日本へ渡って種をまいた(島根県那賀郡三隅町)→〔小人〕2。
陸地と動植物などの起源譚(北アメリカ・ヒューロン族の神話) 天上からこの世に落下した女神が、双子を産んで死に、埋葬された。女神の死体からは、さまざまな種類の作物が生じた。頭からカボチャの蔓が、乳房からトウモロコシが、手足から豆やその他の有用な食用植物が生え出た。
*切り刻まれた死体から、ヤム芋・稲・トウモロコシなどが生ずる→〔寸断〕5a・5bのハイヌウェレの神話など。
『士師記』第14章 サムソンが裂き殺した獅子の体に蜂が群れ、そこに蜜ができた。サムソンは獅子の死体から蜜をかき集めて食べた。サムソンはペリシテ人の娘と結婚し、宴会を催して、客たちに「食べる者から食べ物が出た。強い者から甘い物が出た」という謎を出した。その謎は、誰も解けなかった。
猫と南瓜の伝説 商人が宿の旦那と食事をしていた時、猫が旦那の膳の上を跳び越えた。商人は「それを食べるな」と禁じ、旦那の食事を飼い犬に与える。犬は倒れて死んだ。旦那は怒って猫を殺し、藪に埋める。翌年、藪の中に大きな南瓜がなったのを商人が見つけ、旦那と二人で掘り返す。南瓜の根は、死んだ猫の口から生えており、うっかり食べれば死ぬところであった(宮城県伊具郡丸森町)。
『たばこの起こり』(日本の昔話) 母が一人娘の死を悲しみ、墓前で毎日泣く。娘の腹から草が生え、大きな葉をたくさんつけたので、母が葉を竹に詰め、火をつけて吸ってみると、なんともいえぬ良い味で心が慰められた。たばこは、もとは一人娘が母を慰めるために生やしたものだ(鹿児島県大島郡)。
*医者の死体を埋めた墓から薬草が生ずる→〔墓〕11bの『ケルトの神話』(井村君江)「銀の腕のヌァザとブレス王」。
※母親の死体から誕生する→〔土葬〕2の『朝顔の露の宮』(御伽草子)など。
※死体を背負う→〔背中の死体〕1の『今昔物語集』巻16−29など。
※死体のありかを鳥が教える→〔鳥の教え〕4の『菅原伝授手習鑑』2段目「道明寺」。
※死体から世界ができる→〔巨人〕4aの『ギュルヴィたぶらかし(ギュルヴィの惑わし)』(スノリ)第7〜8章など。
※逆さまの死体→〔棺〕5の『東海道中膝栗毛』(十返舎一九)「発端」。
※逆立ちの死体→〔逆立ち〕1の『犬神家の一族』(横溝正史)。
※自分の死体を見る→〔自己視〕2aの『クリスマス・キャロル』(ディケンズ)など、→〔自己視〕2bの『今昔物語集』巻9−32。
『漢武故事』16 漢の武帝に寵愛された拳夫人(鉤弋)の死後、その墓を開くと、棺の中は空で遺体がなく、着物と靴だけが残っていた。
『日本書紀』巻22推古天皇21年12月 飢えた人が倒れていたので、皇太子(ひつぎのみこ。聖徳太子)は自分の衣服を脱いで与えた。飢えた人はまもなく死んで、墓に葬られた。数日後、太子が使者を送って墓を開かせると、死体はなくなっており、与えた衣服が畳んで棺の上に置いてあった。太子はその衣服を以前のようにまた着用した〔*『日本霊異記』上−4・『今昔物語集』巻11−1などに類話〕。
『ヨハネによる福音書』第20章 イエスの死の翌々日、週の初めの日の朝早く、マグダラのマリアが墓に行くと、墓から石が取りのけてあった。イエスの遺体はなくなっており、遺体を包んだ亜麻布が、墓の中に置いてあった〔*『マタイ』第28章・『マルコ』第16章・『ルカ』第24章に類話〕。
*『マタイによる福音書』第27〜28章では、祭司長たちが墓の番兵に、「イエスの弟子たちが死体を盗んで行ったのだ」と言わせる→〔盗み〕4。
『聊斎志異』巻5−186「西湖主」 陳弼教は、洞庭湖で矢傷を負った猪婆龍(鰐)を救ったことから、龍王の娘と結婚し裕福に暮らす。八十一歳で死んだが、棺を開くと空だった。
*達磨の棺の中に死体はなく、履の片方だけが残っていた→〔片足〕7の『今昔物語集』巻6−3。
*鹿から生まれた鹿娘(ろくじょう)の棺を開けると、異香があり、遺骨はなかった→〔誕生(動物から)〕1bの『述異記』(任ム)巻下−275。
*生きた身で棺に入ったが、棺を開けると空(から)だった→〔棺〕1aの『臨済録』「勘弁」25。
*堂の中にあるはずの死体が消える→〔密室〕3の『今昔物語集』巻15−20。
『変身物語』(オヴィディウス)巻3 美少年ナルキッソスが、自らの姿に恋い焦がれて死んだ。水の精たちも森の精たちも嘆き悲しみ、火葬堆(づみ)や松明(たいまつ)や棺が用意された。ところがいつのまにか、ナルキッソスの死体が消えていた。代わりに、白い花びらにまわりをとりまかれた、黄色い水仙の花が見つかった。
『日本書紀』巻7景行天皇43年(A.D.113) 日本武尊が崩じたので、父景行天皇は、群卿に詔(みことのり)し百官に命じて、伊勢国の能褒野(のぼの)の陵(みささぎ)に葬った。その時、日本武尊は白鳥となって陵から出て、倭(やまと)の国をさして飛んで行った。群臣が棺を開いて見ると、屍衣だけあって遺体は消えていた。
『宇治拾遺物語』巻6−2 一条摂政殿(藤原伊尹)が世尊寺を領有し、堂を建てるために古塚を掘り崩す。すると石の棺が出てきて、二十五〜六歳の美しい尼の死体があった。あざやかな着物を着て、唇の色も変わらず、眠るがごとくであった。人々が驚いて見るうちに、乾(いぬい。西北)から風が吹きつけ、尼の死体はいろいろの塵になって失せてしまった。摂政殿がその後まもなく亡くなったのは、このたたりかと人々は疑った。
*吸血鬼は太陽の光にあたると、塵や灰になってしまう→〔吸血鬼〕1の『吸血鬼ドラキュラ』(ストーカー)、『吸血鬼ノスフェラトゥ』(ムルナウ)。
『ほらふき男爵の冒険』(ビュルガー)「海の冒険」第10話 「ワガハイ(ミュンヒハウゼン男爵)」は、船に乗って月を訪れた(*→〔月旅行〕4)。月には、背丈が三十六フィート以上もある巨大な住民たちがいた。彼らは男女の別がない単一の性で、木の実から誕生する。高齢に達すると、死ぬのではなく、空中で解体し、雲散霧消する。
★5.死に近づいた人が姿を消す、行方知れずになるなどして、死体を残さない。
『最後の事件』(ドイル) シャーロック・ホームズがモリアティ教授の犯罪組織を壊滅させたため、モリアティ教授は復讐をくわだて、ホームズを殺そうとつけねらう。ホームズとモリアティは、スイスのライヘンバハ滝の断崖で一対一の決闘をする。格闘の末、二人とも滝壺に落ちたらしく、死体は見つからなかった。
『七王妃物語』(ニザーミー)第44章 バハラーム王は六十歳に達し、菫(黒髪)にジャスミン(白髪)が生えた。ある日、王は貴族たちと狩に出かける。皆は荒野で野生驢馬(グール)を求めたが、王は孤独の墓(グール)を捜した。王は野生驢馬を追って洞窟の中へ姿を消し、家臣たちが捜索したが、見つからなかった。
*王に白髪が生えたら殺すという慣わし→〔王〕5の『金枝篇』(初版)第3章第1節。
*バハラーム王の死の物語は、天智天皇の死の伝承を連想させる→〔靴(履・沓・鞋)〕2aの『水鏡』中巻。
『南総里見八犬伝』第9輯巻之53上第180勝回下編大団円 六十歳をこした八犬士たちは、主君に暇を請うて富山にこもる。二十年後、彼らの息子たちが訪れると、八犬士は教訓の言葉を述べ「他山に移らん」と告げて、その場で忽然と姿を消す。あとには異香が薫るのみだった。
*船出して行方知れずになる→〔女護が島〕1の『好色一代男』巻8「床の責道具」。
*神々の所へさらわれる→〔寸断〕3の『英雄伝』(プルタルコス)「ロムルス」。
*死体を残さない猫→〔猫〕5aの『古今著聞集』巻20「魚虫禽獣」第30。
★6.死体が確認できなければ、どこかで生きているかもしれない。
『豹(ジャガー)の眼』(テレビ映画版) 藤原秀衡は宝の地図を源義経に贈り、「自分亡き後の奥州藤原家を護(まも)ってほしい」と言い遺した。しかし秀衡の息子・泰衡は鎌倉方へ寝返り、義経を襲ったので、義経は中国大陸へ逃れてジンギスカンとなった。だからジンギスカンの秘宝は日本にある。フビライが日本を攻めた元寇は、この宝を得ようとしてのことだった〔*第17回「悲劇の英雄」で、このことが明かされる〕→〔三つの宝〕4。
★7.たとえ埋葬された死体があっても、それが当人のものだという証拠はない。
『アーサーの死』(マロリー)第21巻第5〜6章 瀕死のアーサー王が、貴婦人たちの乗る小船でアヴァロンの島へ運ばれて行くのを、ベディヴィア卿が見送る(*→〔島〕3)。しかし翌朝、礼拝堂の隠者から「昨夜、貴婦人たちの依頼で、ある方の遺体を埋葬しました」と聞かされて、ベディヴィア卿は「それはアーサー王の遺体だろう」と思う。ただし、それが本当にアーサー王の遺体だったかどうかは、確認できなかった。
*西郷隆盛も生きていた→〔影武者〕3の『西郷隆盛』(芥川龍之介)。
★1.一つの死体を見た複数の人間が、それぞれ自分が殺したと思いこんで、死体の処理に苦慮する。
『千一夜物語』「せむしの男および仕立屋とキリスト教徒の仲買人と御用係とユダヤ人の医者との物語」マルドリュス版第24〜25夜・32夜 仕立屋夫婦の家で食事を御馳走になったせむし男が、魚の骨を喉にひっかけて死ぬ。仕立屋夫婦は死体を病人のごとくよそおって医者の所へ運び、階段の壁に立てかける。医者はつまづいて死体を倒し、自分が殺したと思う。同様にして、王の料理所の御用係と仲買人とが、それぞれ死体を殴り殺したと思いこむ。実は、せむし男は死んではおらず、やがて息を吹き返す。
『智恵あり殿』(日本の昔話) 男が、村の旦那を「女房の所へ来た間男だ」と思って殴り殺す。智恵あり殿が死体の処理を引き受け、博奕場の雨戸に立てかける。「誰かがのぞきに来た」というので、若い衆が旦那の死体を棒で殴り倒す。智恵あり殿が処理を引き受け、死体を旦那の家の戸口へ運び「開けてくれ」と言う。旦那の妻が「夜遊びする夫は帰らんでもよい」と言うので、智恵あり殿は「身投げする」と言って死体を井戸に投げこむ。妻が泣くと、智恵あり殿は死体を蒸籠でむし、医者に見せる。熱病で死んだものと医者は診断し、ようやく旦那の葬式が出せる(新潟県南蒲原郡)。
『ハリーの災難』(ストーリイ) 中年男ハリーの死体が、草原で発見される。初老の退職船長ワイルスは、「自分が誤って猟銃で撃ち殺した」と思う。ハリーの前妻ジェニファーは牛乳瓶で、老嬢グレイヴリーは靴で、それぞれハリーの頭部を殴り、二人とも「自分がハリーに致命傷を負わせた」と考える。彼らは死体の処理に苦慮するが、医者がハリーを見て「心臓発作で死んだのだ」と診断する。
『七賢人物語』「第六の賢人の語る第六の物語」 老騎士と若妻が一晩に三人の騎士を家に引き入れて殺し、金を奪う。若妻は、死体を一つだけ兄に見せて、処理を頼む。兄は死体を河に捨てて妹の家に帰るが、部屋にまた死体があるので、「蘇生して戻って来たか」と思い、再び河に捨てる。しかし家に帰るとまたしても死体があるので、兄は今度は森で死体を焼く。そこへ旅の騎士がやって来たので、兄は「また蘇生したか」と思って、旅の騎士を火の中へ投げ込んだ。
『無関係な死』(安部公房) Aがアパートの自室に帰ると、見知らぬ死体があった。Aは関わり合いになるのを恐れ、死体を他人の部屋に移そうと考える。床に血痕があるので、Aは長時間かけて床を洗う。しかしその行為自体が、かえってAへの疑いを招くことに、あとから気づく。
★4.殺人犯が、自分が殺した人間以外の死体も処理せねばならなくなる。
『十字路』(江戸川乱歩) 伊勢省吾は妻を殺し、死体を自動車のトランクに入れて運ぶ。十字路で接触事故があり、伊勢がしばらく車から離れている間に、他所で頭を打ってフラフラになった男が伊勢の車をタクシーと思って乗り込み、そのまま死んでしまう。伊勢は死体が二つに増えたことに困惑しつつ、二死体をダム予定地の古井戸に放り込んで処理する。
※死体処理方法としての人肉食→〔人肉食〕3の『二壜のソース』(ダンセイニ)。
※死体をバラバラにして処理する→〔寸断〕3の『英雄伝』(プルタルコス)「ロムルス」。
※死体を、他の死体の入っている棺桶に押し込む→〔棺〕3aの『雁の寺』(水上勉)。
※処理すべき(=埋葬すべき)死体が盗まれたので、手間がはぶけた→〔泥棒〕3のおばあちゃんの遺体が消えた(ブルンヴァン『消えるヒッチハイカー』)など。
★1.死体が腐敗し、その相(すがた)がしだいに変わっていく。
『絵本百物語』第22「帷子辻(かたびらがつじ)」 檀林皇后(橘嘉智子。786〜850)は絶世の美女で、多くの男たちから恋慕された。皇后は死去に際しての遺言に、「私の死体を埋葬せず、辻に棄てよ。四十九日までの間、死体が朽ち果てて行くさまを、恋に迷う人々に示して、世の無常を観じさせ、仏縁に導きたい」と仰せられ、御身を野ざらしになさった〔*皇后の遺体の置かれた場所が、以後「帷子辻」と呼ばれた。現在の地名は「かたびらのつじ」〕。
『今昔物語集』巻19−10 蔵人宗正は、愛妻の死後十余日後に、恋しさのあまり棺を開けた。見ると、長かった髪は抜け落ち、身体の色は黄黒に変わり、眼・鼻は穴と化し、唇は失せて上下の歯がむき出しになっていた。腐臭のために、宗正は息がつまりそうになった。この顔が眼に焼きつき、面影となって浮かぶので、宗正は深く道心を起こして出家した。
『法句経物語』第147偈 娼婦シリマーは、一日千金に値する美しさだった。彼女が死んだ時、仏は、遺体を火葬せず屍林に置くよう、王に依頼した。三〜四日過ぎると、シリマーの全身はむくれ上り、両耳・両目・両鼻孔・口・肛門・尿道の九穴から、蛆蟲が垂れ始めた。王は「千金を出して、シリマーを我が物にする男はいないか?」とふれを出したが、誰も応じない。五百金、二百五十金・・・と値下げし、ついに無料にしても、買う人はいなかった。
『閑居の友』上−19 比叡山でつかわれている一人の中間僧(ちゅうげんそう。雑用をする法師)が、毎日、夕暮れになると姿を消し、翌朝早くに戻って来る。主が人に命じてあとをつけさせると、中間僧は蓮台野(火葬場と墓地があった)へ行き、腐乱した死人のそばで一晩中、不浄観をしていた。
*生きた人間を見て、死後の白骨を観ずる→〔観法〕2の『閑居の友』上−20など。
『ドグラ・マグラ』(夢野久作) 玄宗皇帝は楊貴妃を偏愛し、国が乱れた。青年絵師呉青秀は、玄宗皇帝が肉体のはかなさ・人生の無常を悟って、迷夢から覚醒することを願い、美女の死体変相図を献上しようと考える。呉青秀は新妻を絞殺し、丸裸の死体が腐乱し白骨になるまでの詳細を観察して、六枚の迫真の画像から成る絵巻物を作る。しかし絵巻物が完成する前に安禄山の乱が起こり、玄宗皇帝も楊貴妃も殺された〔*史実では玄宗皇帝は生きのびる〕。
『今昔物語集』巻7−25 唐代の僧・僧徹は永徽二年(651)、自らがまもなく死ぬことを弟子たちに告げ、縄床(じょうしょう)に端坐して死んだ。その時、天から花が降り、香ばしい匂いが満ちた。僧徹の死体は三年間、姿勢正しく坐していた。屍臭もなく腐乱することもなかった。ただ、目から涙が出ただけだった。
『カラマーゾフの兄弟』(ドストエフスキー)第3部第7編 修道院のゾシマ長老が、六十五歳で病死した。以前に亡くなった長老については、埋葬されるまで死体がまったく腐敗せず、顔色は明るく、芳香さえ漂っていた、との言い伝えがあった。ところがゾシマ長老の死体からは、死後一日もたたぬうちに腐臭が発した。ゾシマ長老を深く信仰していたアリョーシャは、大きな衝撃を受けた。
『国家』(プラトン)第10巻 エルは戦争で最期をとげた。十日後、数々の屍体が埋葬のために収容された時、他の屍体は腐敗していたが、エルの屍体だけは腐らずにあった。エルは家まで運ばれ、死後十二日目、火葬の薪の上に横たえられていた時に生き返った。エルは冥界の裁判官たちから、「ここで行なわれることを残らず見聞きし、人間たちに報告せよ」と命ぜられていたのである→〔冥界の穴〕1。
『遠野物語』(柳田国男)100 漁夫が夜道を遠方から帰る途中、妻と出会った。妻が一人で夜中にこんな所へ来るはずがないので、「これは化け物であろう」と思い、漁夫は魚切包丁で妻を刺し殺す。死んだ妻は、しばらくは正体を現さなかったが、やがて一匹の狐になった→〔夢〕5c。
*僧に化けた古狐が、死んで正体をあらわす→〔行方不明〕4の『半七捕物帳』(岡本綺堂)「狐と僧」。
『絵本百物語』第20「芝右衛門狸」 難波の竹田出雲の人形芝居が、淡路の国へ興行に来た時、狸が人間に化けて(*→〔狸〕3)、芝居見物に行った。その帰り道に、狸は犬に食われて死んでしまった。しかし半月以上も正体をあらわさず、二十四〜五日過ぎて、ようやく狸の姿になった。
『耳袋』巻之7「古狸をしたがへし英勇の事」 夜、妖怪退治に出かけた男の所へ、「汝の妻が産気づいたから帰れ」「汝の妻は難産で死んだから帰れ」と、次々に使いが来るが、男は退ける。妻の死骸が恨みを言いに来るので切り殺すと、しばらくは妻の姿のままだったが、朝になって大きな古狸となった。
『耳袋』巻之2「猫の人に化けし事」 老母が妖猫の正体をあらわしたので、息子が切り殺すと、猫の死体は老母の姿になった。息子は「母を殺した」と思い、切腹しようとするが、友人が「しばし待て」と止める。夜になると、死体は古猫と化した〔*同巻「猫人に付し事」では、猫に取りつかれた母を息子が殺すが、死体は母のままなので、息子は自殺する〕。
『透明人間』第28章(H・G・ウェルズ) 町を支配しようとたくらみ、殺人さえ犯した透明人間を、人々が追い詰める。姿の見えない透明人間を逃がさないように、大勢が道路いっぱいに拡がり、透明人間を袋の鼠にして、殴り、蹴る。透明人間は倒れて息絶え、しばらくしてから徐々に、三十歳前後の男の傷だらけの死体が見えてくる。
*『南総里見八犬伝』第9輯巻之27第143回〜巻之30第148回で、人喰い虎の死骸が消え、掛け軸の絵に変ずるのも、死体となってから正体を現す物語の一種→〔虎〕2。
『荒野の七人』(スタージェス) 四十人ほどの山賊一味がメキシコの山村をねらい、収穫期になるとやって来ては略奪を繰り返す。農民たちは七人の拳銃使いを、一人二十ドルで雇う。七人の男は銃撃戦の末に山賊を全滅させるが、男たちも七人のうち四人が死んだ。生き残った三人のうち、一人は村娘と恋仲になっていたので、村に残る。二人は「勝ったのは農民だ。おれたちはいつも負けだ」と言いつつ去って行く。
『七人の侍』(黒澤明) 米や麦が実る頃になると、野伏り(のぶせり)たちが村を襲い、略奪を繰り返す。村人たちは、七人の貧乏侍を「腹いっぱい飯を食べさせる」との条件で雇い、野伏りたちと戦う。激しい戦闘の末、四十騎の野伏りは全滅するが、侍も四人が鉄砲に撃たれて死に、三人が生き残った。三人の侍は「勝ったのは自分たちではない。百姓だ」と言って、村を去る。
『白雪姫』(グリム)KHM53 森の一軒家に七人の小人が住み、金銀鉄鉱を掘る仕事をしていた。継母(妃)のもとを逃れた白雪姫が、小人たちの家へ迷い込む。白雪姫は小人たちのために炊事や洗濯をし、一緒に暮らすことになる〔*継母の手で白雪姫は殺されるが、森に迷った王子が小人たちの家に泊まって、柩の中の白雪姫と出会う〕。
『西遊記』百回本第72〜73回 盤糸嶺の洞穴に棲む七匹の蜘蛛の精が、七人の美女の姿となり、臍の穴から糸縄を繰り出して三蔵法師を捕らえ、食おうとする。孫悟空も捕らえられるが、七十本の毛から七十人の小悟空を作り、さすまたで蜘蛛の糸を絡め取ってから、金箍棒(如意棒)で七匹の蜘蛛をたたきつぶす。
七人みさきの伝説 (1)日暮れに七人の黒衣の「みさき(僧)」が現れ、鐘を鳴らして徳山の町を歩く。「見た者は死ぬ」と言われ、「女子供はさらわれる」とも言われる。親指を掌で握りしめていれば、出会っても無事である(山口県徳山市の伝説)。 (2)通津の漁師たちが、漁場荒らしの二艘の船を見つけ、乗っていた七人を殺して岬に埋めた。その日から魚が取れなくなり、祠を立てて七人の霊を弔うと、もとのように魚が取れるようになった(山口県岩国市の伝説)。
『ヨハネの黙示録』第16章 世界の終末の時、七人の天使が七つの鉢に盛られた神の怒りを、次々に地上に注ぐ。海と川は血となり、太陽は人間を焼き、病苦が世をおおうなど、さまざまな災いが起こる→〔地震〕1。
『サウンド・オブ・ミュージック』(ワイズ) トラップ大佐(演ずるのはクリストファー・プラマー)には、十六歳の長女を頭に七人の子供(男児二人・女児五人)がいた。子供たちの家庭教師として、修道女マリア(ジュリー・アンドリュース)が雇われる。「歌を知らない」と言う子供たちに、マリアは『ドレミの歌』をはじめ、さまざまな歌を教える。トラップ大佐は妻を亡くして以来、孤独な心を抱いて暮らしていたが、子供たちの楽しそうな歌声を聞き、歌うことの喜びを思い出す。大佐はマリアと結婚し、トラップ一家の合唱団は音楽祭で優勝する。
『六羽の白鳥』(グリム)KHM49 六人の兄と一人の妹がいた。継母が彼らを嫌い、魔術を使って六人の兄を白鳥に変える。末の妹が、六年間まったく口をきかずに、えぞ菊の花を縫い合わせて六枚のじゅばんを作り、兄たちに着せてもとの人間にもどす〔*類話である『野の白鳥』(アンデルセン)では、十一人の兄と一人の妹〕。
※黄金の鼎が七人の賢者を巡る→〔円環構造〕1aのギリシアの七賢人の伝説。
※七人の聖者の、何百年にも及ぶ眠り→〔長い眠り〕1の『黄金伝説』96「眠れる七聖人」、『ドイツ伝説集』(グリム)392「洞窟に眠る七人」。
※八騎で行くのは不吉ゆえ、一騎を去らせる→〔人数(不吉な)〕2の『七騎落』(能)。
※七人の落武者を祀った塚→〔墓〕3の七人塚の伝説。
※七匹の子山羊のうち六匹が、狼に喰われる→〔末子〕2の『狼と七匹の子山羊』(グリム)KHM5。
*関連項目→〔頭痛〕
『虫歯の物語』(古代アッカド) 天地万物の創造の後、虫がやって来て神の前で泣き、「あなたは、私の食物・飲物として何を与えて下さるのですか?」と問うた。神が「熟したイチジクと杏(あんず)をやろう」と言うと、虫は「私にとって、イチジクと杏が何になるでしょうか」と断り、「(人間の)歯と歯ぐきの間に私を住まわせて下さい。歯の血をむさぼり、歯の根を食い尽くすようにさせて下さい」と願った。
★2.歯の痛みを、黒くて固い石や、白くてやわらかい豆腐に移して、身体から離す。
『金枝篇』(初版)第3章第13節 オーストラリアの黒人は歯痛を治すために、熱した槍投げ器を頬にあてる。その後に槍投げ器を捨てれば、それとともに歯痛は、黒い石となって身体から離れる。黒い石は、古い土塁や砂山で見つかるので、彼らはそれを拾い集め、敵めがけて投げる。敵に歯痛を与えるためだ。
『へたも絵のうち』(熊谷守一)「絵を志す」 「私(熊谷守一)」は偏食のため、子供の頃から歯が悪く、歯痛で苦しんだ(*→〔兵役〕5)。当時は、歯痛くらいでは、いちいち医者などには行かなかった。家のものが豆腐を川に投げたりしてくれるが、なかなか歯痛はおさまらない。豆腐を川に落とすとか、歯痛を止めるまじないが、いろいろあったのだ。
顎なし地蔵の伝説 昔ある人が、下顎の歯がひどく痛んだので、痛む下顎をもぎとって放り捨て、死んでしまった。その人の姿を像にしたのが顎なし地蔵さまで、本尊は隠岐にある。出雲の人たちは、歯痛を病むと顎なし地蔵さまにお祈りをし、治ったら梨を川や海へ流す。梨は、汐の流れで隠岐まで運ばれて行く(島根県松江市)。
『譚海』(津村淙庵)巻の2(戸隠明神) 信州戸隠明神の奥の院は、大蛇である。歯を煩う者は、三年間、梨を食うことを断(た)って立願すれば、歯の痛みはたちどころに治る。三年の後、梨の実を折敷にのせ、川中へ流して賽礼をなす慣わしである→〔後ろ〕2。
『佃祭』(落語) 歯が痛い時には、自分の名前、生まれ月日、どの歯が痛いのかを、梨の実に書き込み、橋の上から戸隠様を拝んで、この梨を川へ流す。そのあと、梨を断(た)って食べないようにしていれば、虫歯は治るという。ある夜、若い女が袂に石のようなものを入れ、橋の上で手を合わせていた。それを見た男が「待ちな! 早まっちゃいけない」。女は「身投げじゃない。歯が痛いんで、戸隠様に願をかけてるんだ。袂にあるのは梨だよ」。
※堪え難い歯痛と頬の脹れ→〔識別力〕2の『春琴抄』(谷崎潤一郎)。
※激しい歯痛に襲われて、弾丸を噛む→〔弾丸〕1の『弾丸を噛め』(ブルックス)。
『自転車泥棒』(デ・シーカ) 失業者アントニオは、ポスター貼りの仕事を得た。彼は質屋から請け出した自転車に乗ってローマ市街を走り、ポスターを貼ってまわる。ところが作業中に、大事な自転車を盗まれてしまう。警察に訴えるが、「自分で捜せ」と言われる。アントニオと六歳の息子ブルーノは、終日歩き回って自転車を捜す。犯人らしい男を見つけたものの、証拠がなく、追い返される。いらだったアントニオは、とうとう街角の自転車を盗み、それに乗って逃げる。しかし大勢に追いかけられ、捕らえられる。
『美しき自転車乗り』(ドイル) 独身中年男カラザースの娘の家庭教師として、スミス嬢は雇われた。彼女は、駅からカラザース邸までの田舎道を、自転車で往復する。怪しい顎鬚の男が、自転車に乗って追いかけて来る。スミス嬢が止まれば男も止まり、一定の距離を置いてつけてくるのだ。彼女は気味悪く思い、ホームズに相談する〔*顎鬚の男は、変装したカラザースだった。カラザースはスミス嬢を恋し、彼女を誘拐者から守ろうと、監視していたのだ。しかしスミス嬢には、相思相愛の若い婚約者がいた〕。
『二十四の瞳』(壺井栄) 昭和三年(1928)四月、瀬戸内海べりの寒村の分教場に、女学校の師範科を卒業した大石久子先生が赴任する。大石先生の家から分教場までは片道八キロもあるので、大石先生は洋服を着て、自転車をこいで通う。自転車は五ヵ月の月賦で買い、母親の着物を黒く染めて洋服に仕立てたのだったが、村の人たちはそうとは知らず、「おてんばで自転車に乗り、ハイカラぶって洋服を着ている」と思った。
『自転車日記』(夏目漱石) 一九〇二年秋、「余(夏目漱石)」は神経衰弱にかかり、部屋に閉じこもっていたので、下宿の婆さんから「自転車乗りの稽古をして、神経病を退治しなさい」と勧められた。しかし自転車の操縦はたいへんな難事業で、「余」は幾度も転倒した。大落五度、小落その数を知らず、ある時は石垣にぶつかって向こう脛を擦りむき、ある時は立ち木に突き当たって生爪を剥がし、ついに物にならなかった。
『自転車』(志賀直哉) 「私」の少年時代、日本ではまだ自転車製造ができず、米国製の「デイトン」という自転車を、祖父にせがんで買ってもらった。百六十円だった(十円あれば、一人一ヵ月の生活費になった時代である)。三〜四年乗ってから、「私」は神田の萩原という店で新車を買うつもりで、デイトンを五十円で下取りしてもらった。しかしその帰り道、「私」は他の店で見た新車を気に入って買ってしまった。「私」は祖母から十円もらい、違約を詫びに萩原の店へ行った。萩原は五円だけ受け取った。
『現代民話考』(松谷みよ子)3「偽汽車ほか」第3章の1 雨上がりの深夜、男の人が市内の或る坂を自転車で登って行くと、急にペダルが重くなる。「あれ」と思ってふり返ったが、別に変わったことはない。また少し登り出すと、再びペダルが重くなる。もう一度ふり返ったら、ザンバラ髪の女が、自転車の荷台を引っぱっていた(福島県郡山市)。
*後ろから袖を引く→〔衣服〕9aの『妖怪談義』(柳田国男)「妖怪名彙(ソデヒキコゾウ)」。
*泳ぐ人の足を引っぱる→〔泳ぎ〕5aの『現代民話考』(松谷みよ子)5「死の知らせほか」第2章の10。
『或る精神異常者』(ルヴェル) 自転車に乗って旋回し、大跳躍し、逆立ちをする曲芸師は、毎夜同じ座席で見物する一人の客を見つめることによって、精神集中を行なっていた。それを聞いた客の男は、翌晩、曲乗りがまさに始まろうとする瞬間、ごく自然な動作で席を立ち、出口へ歩いて行った。曲芸師はバランスをくずし、真っ逆さまに墜落した。
『E.T.』(スピルバーグ) E.T.を宇宙へ還すために、エリオット少年が自転車にE.T.を乗せて走る。その後をNASAや警察が追う。E.T.の力で自転車は空を飛び、宇宙船が待つ森へ到る。
★1a.現世の人間のもとを訪れ、冥府まで連れて行く。日本固有の死神の物語はなかなか確認できない。
『アルケスティス』(エウリピデス) 病気の夫アドメトスの身代わりになって、妻アルケスティスが死ぬ(*→〔身代わり(病者の)〕1)。葬儀の最中に、旅の途次の旧友ヘラクレスがアドメトスの館を訪れ、事情を知って一人墓場へ行き、死神を待ち伏せして格闘する。ヘラクレスはアルケスティスを取り返し、アドメトスに引き渡す。
『悲しいワルツ』(シベリウス) 重病の女が死の床についている。夢うつつにワルツの調べを聞き、怪しい客と一緒に女は踊り出す。女は客の顔を見ようとするが、客は女を避ける。やがて扉を叩く音がして、ワルツは止み、客は消える。「死」が敷居に立っている。
『死神のおつかいたち』(グリム)KHM177 死神が大男を連れて行こうとして格闘になり、負けて倒れる。若者が死神を介抱し、死神は返礼に「やがてお前を迎えに来る時は不意打ちをせず、前もって使いを何人か送ろう」と約束する。熱・目眩・痛風・耳鳴り・歯痛などが送られるが、若者はそれを使いとは気づかずに過ごし、死神に捕らえられる。
『死神の名づけ親』(グリム)KHM44 死神が貧乏人の息子の名付け親になる。死神は、成長したその子を医者にして薬草を与え、「病人の頭の方にわしが立っていたら、この薬草を飲ませれば必ず治る。病人の足の方にわしが立っていたら、病人は死ぬ定めだ」と教える→〔生命指標〕4。
『マハーバーラタ』第3巻「森の巻」 死神ヤマがサティヤヴァットのもとを訪れ、その身体から親指ほどの魂を掴み出し、綱を巻きつけて運び去ろうとした。サティヤヴァットの妻サーヴィトリーは、ヤマに懇願し議論をして、夫の命を取り戻した。
『盲長屋梅加賀鳶(めくらながやうめかがとび)』(河竹黙阿弥)5幕目「小石川水道橋の場」 夜、小悪党の五郎次が川端を歩いていると、死神がついて来て、五郎次の頬をなでる。死神は首をくくって死ぬ動作をし、五郎次は「首を吊ろう」と思うが、「木からぶら下がった死骸はぶざまだ。他に良い死に方はないだろうか」と考え直す。死神は石を拾って袂に入れ、身投げの動作をする。五郎次は念仏を唱えて川へ飛び込む〔*しかし五郎次は泳ぎが得意なので、死ねなかった〕。
★1c.死神が、人に死期を告知するとともに、その人の本性を教える。
『ラーマーヤナ』第7巻「後続の巻」第104〜110章 一切の破壊者(死神)カーラが、ラーマを訪れて告げる。「昔あなた(ラーマ)は三界を破壊し、また新たに世界を創造した。私(カーラ)もあなたによって生み出された。それから、あなたは無敵で永遠なる状態を離れてヴィシュヌ神となり、人間界にラーマたち四王子として降誕したのだ(*→〔転生〕3)。あなたの人間界における寿量は、今は満了した」。ラーマは天国へ旅立ち、弟たちとともに、ヴィシュヌ神の身体に入った。
*女の死神→〔死期〕4aの『百年の孤独』(ガルシア=マルケス)。
*死の女神→〔女神〕3のマウイの冒険譚(ニュージーランド・マオリ族の神話)。
★2.冥府の使いの鬼なども死神の一種であろうが、人間から饗応を受けたために、その人間を放免してしまうことが多い。
『広異記』17「冥土への身代わり」 県知事の楊チョウは、易者から「あと二日の命」と宣告される。楊チョウは何とかして助かろうと、易者の教えにしたがって、冥府からの使者を饗応する(*→〔紙銭〕1)。使者は返礼に、楊チョウの名前を一部分書きかえて、「楊錫」という別人を冥府に連れて行く。
『日本霊異記』中−24 楢磐嶋を冥府へ連れにやって来た三人の鬼たちは、空腹のため磐嶋から饗応を受ける。その返礼に鬼たちは磐嶋を放免し、同年齢の別人を身代わりに冥府へ連れて行く。おかげで磐嶋は、九十余歳まで生きることができた。
『日本霊異記』中−25 讃岐国山田郡の布敷臣衣女が病気になり、疫神に食物を供える。閻羅王の使いの鬼が衣女を召しに来るが、彼女を捜して走り回り疲れていたため、この食物を食べてしまう。鬼はその返礼として、鵜垂郡の同姓(かばね)の衣女を身代わりに冥府へ連れて行く。
『百物語』(杉浦日向子)其ノ28 路傍の占者が、旗本中井半之丞に「今夜、子の刻に汝は死ぬ」と告げる。その夜、三十年前に死んだ父が半之丞宅を訪れ、半之丞は亡父に水漬けを二杯ふるまう。亡父は半之丞を連れに来たのだったが、馳走の礼に半之丞の髪を髷ごと引き抜いただけで帰る。髪を失った半之丞は、その後も僧形のまま、天寿を全うした。
*冥府の役人を買収して生き返る→〔動く死体〕1の『捜神後記』巻4−4(通巻44話)。
*嘘や色仕掛けで、黄泉の使いから逃れる→〔同名の人〕7aの『二人小町』(芥川龍之介)。
『ボルヘス怪奇譚集』「死神の顔」 ある朝、ペルシアの若い庭師が死神に出会った。死神は、まじまじと庭師を見た。庭師は皇子から馬を借り、遠方のイスパハンへ逃げる。午後、皇子が死神に「なぜ庭師を見つめたのか?」と問う。死神は「イスパハンから遠く離れた所で庭師に会ったから、驚いたのです。わしは今夜、イスパハンで庭師の命をもらうことになっているので」と説明した(ジャン・コクトー『グラン・テカール』)。
『アマデウス』(フォアマン) モーツァルトは父の死以来、酒浸りになった。素行の悪さから、仕事もなくなった。宮廷のお抱え作曲家サリエリはモーツァルトの才能に嫉妬し、彼を死の間際まで追いつめようとたくらむ。サリエリは黒装束に仮面をつけて訪れ、モーツァルトにレクイエムの作曲を依頼する。この謎の男は、モーツァルトには父の亡霊のように見え、死神のようにも思えた。作曲ははかどらず、謎の男の度々の催促にモーツァルトは心身をすりへらし、レクイエムを完成させることなく息絶えた。
『黒いオルフェ』(カミュ) 髑髏の面に骸骨模様の服の男がしばしば姿を見せ、ユリディスはおびえる。リオのカーニバルの日。ユリディスがオルフェと踊っていると、オルフェの婚約者ミラが怒って、ユリディスにつかみかかる。逃げるユリディスを、ミラに代わって髑髏の面の男が追う。ユリディスは市電の車庫に逃げ込み、オルフェが彼女を捜そうと、電気のスイッチを入れる。ユリディスがつかまっていた電線に高圧電流が流れ、彼女は死ぬ。
『祖母の為に』(志賀直哉) かつて祖父が死んだ時、葬儀社に勤める六十歳ほどの「白っ児」の男が即座にやって来て、「私」を驚かせた。祖母が病身になり、それは「白っ児」が呪っているせいのように思われ、「私」は「白っ児」をどうにかせねばならぬ、と考えた。幸い祖母は全快し、ある朝「私」は祖母と外出して、葬儀社の前を通った。その時「私」は「白っ児」が死んだらしいことを察知し、嬉しくなった。
『夕なぎ』(ロージー) 孤島で召使たちに囲まれて暮らすゴーフォース夫人(演ずるのはエリザベス・テーラー)は、原因不明の難病に苦しんでいた。ある日、謎の男クリス・フランダース(リチャード・バートン)が、島へやって来る。彼は常に、死を間近にした人物のもとを訪れるので、「死の天使」と呼ばれていた。ゴーフォース夫人はクリスを恐れつつ、心ひかれる。病気が重くなったゴーフォース夫人はクリスを寝室へ誘うが、クリスは応じない。その夜のうちに、ゴーフォース夫人はクリスに看取られて死んでいった。
*「死神の化身」とあだ名されるドクター・キリコ→〔安楽死〕3の『ブラック・ジャック』(手塚治虫)「ふたりの黒い医者」。
『気がかりな旗手』(イギリスの民話) 連隊長が若い旗手を連れて、某家のパーティに行く。食事の間中、旗手は家の女主人を凝視し続ける。黒い影のような恐ろしい姿が、女主人の椅子の後ろに立ってささやきかけ、女主人もその声に聞き入っているように見えたのである。旗手は気味悪く思い、連隊長とともに辞去する。その直後に、女主人は自分の喉をかき切った。
『金の輪』(小川未明) 長い間病気で寝ていた太郎が、ようやく外へ出られるようになった。見知らぬ少年が金の輪を二つ回して走って来て、太郎に微笑みかける。太郎は二日続けてその少年を見る。夜の夢で太郎は、少年から金の輪を一つ分けてもらい、二人で往来を走る。翌日から太郎は発熱し、二〜三日後に七歳で死んだ。
『生死半半』(淀川長治)「延命治療について」 昭和四十四年(1969)十二月。夜、激しく咳き込む母の背中をさすっていた時、「私(淀川長治)」の目に、はっきりと死神の姿が見えた。信じてもらえないかもしれないが、部屋の四隅に、鼻先のとがった悪魔みたいな奴らが座っていた。「私」は思わず、「まだ連れて行ったらいけません。もう半年待って」と言った。それからちょうど半年後に、母は死んだ。あの時、「あと五年待って」と頼んでおけば、母はもっと長生きしたかもしれない。
『ナクソス島のアリアドネ』(R・シュトラウス) 夫テーゼウス(テセウス)によって、ナクソス島に一人置き去りにされたアリアドネは、自らの運命を嘆き、死を望む。その時、島に船が着き、バッカス(ディオニュソス)が上陸して来る。アリアドネはバッカスを死の神だと思い、進んで彼の腕に抱かれる。ところがバッカスは、酒の神であり愛の神であった。バッカスの接吻を受けてアリアドネは生きる喜びを取り戻し、二人は結ばれる。
★7.「死神」といっても、特定の魔物が存在するわけではない。
『絵本百物語』第6「死神」 俗に「死神」というのは、悪念を抱いて死んだ者の気が、同様の悪念を持つ生者に通じて、死の場所へ引き入れるのである。刃傷(にんじょう)のあった場所を清めなければ、同じような事件が再発し、首くくりのあった樹を切り捨てなければ、また次の首くくりが起こる。心中などが同じ場所で発生するのも、皆、死ぬ時の悪念によるものだ。
*首くくりが、同じ場所で繰り返し起こる→〔首くくり〕1の『吾輩は猫である』(夏目漱石)2、→〔首くくり〕2の『閲微草堂筆記』「ラン陽消夏録」47「身代わりを待つ幽霊」など。
『ジョー・ブラックをよろしく』(ブレスト) 六十五歳の誕生日間近な会社社長ビル(演ずるのはアンソニー・ホプキンス)を、「死」(ブラッド・ピット)が迎えに訪れる。「死」は人類社会に興味を持ち、ビルをすぐには死なせず、しばらくの間、彼と一緒に暮らして、人間たちの生活を観察する。「死」は、交通事故死した青年の身体を借り、「ジョー・ブラック」と名乗って、ビルの娘スーザンと恋仲になる。「死」は「スーザンを死の世界へ連れて行きたい」と思うが、彼女への恋は断念し、ビルの魂だけを持って去って行く。交通事故死した青年は生き返り、スーザンと愛を誓い合う。
『担当員』(星新一) 人生ですべき仕事を、ほぼすませた「おれ」は、寝そべってテレビを見ていた。小柄な童顔の男が現れ、「お迎えの係りです」と自己紹介する。「お迎えといっても、日時は決まっていません。その気になってからでいいのです。出発までは、あなたの身は安全です。わたしがあなたの担当ですから、ほかのやつには手を出させない」。「おれ」に当分出発の意志がなさそうなのを見て、男は言う。「いい休養です。ずっとくっついてお待ちしますよ。時々、わたしが何のためにいるのか、思い出して下さいよ」〔*星新一最後のショートショート。この時、六十六歳〕。
※死を間近にした人の後ろに、死の天使が立つ→〔死期〕5の『人はなんで生きるか』(トルストイ)。
※木の上に、冥府の使いが現れる→〔木の上〕2の『述異記』12「樹上の人」。
※死神の大鎌→〔鎌〕3の『大鎌』(ブラッドベリ)。
※死神とトランプのゲームをする→〔賭け事〕2aの『午後の出来事』(星新一)。
※死神とチェスの勝負をする→〔賭け事〕2bの『第七の封印』(ベルイマン)。
※半人前の死神→〔半死半生〕1の『半人前』(星新一)。
※死神をつかまえたので、人間も動物もすべて不死身になってしまった→〔死の起源〕5の『この世に死があってよかった』(チェコの昔話) 。
『胴乱幸助』(落語) 明治の初め。腰にいつも胴乱を下げて歩く幸助という男がおり、喧嘩の仲裁を趣味としていた。ある日幸助は、浄瑠璃の稽古場で「お半長右衛門(*→〔心中〕2の『桂川連理柵(かつらがわれんりのしがらみ)』)・帯屋の段」を立ち聞きする。彼はその話を現実のことと思い、帯屋のもめごとを解決してやろうと、大阪から三十石船で京都へ向かい、帯屋を捜す。人々が「お半長右衛門はとっくの昔に心中してます」と教えると、幸助は「遅かったか。汽車で来れば良かった」と悔やむ。
『ドン・キホーテ』(セルバンテス)後編第26章 騎士ドン・ガイフェロスが妻メリセンドラをモーロ人の手から救出する物語が、人形芝居で上演される。モーロの騎馬隊が騎士夫妻を追う場面になると、観客の一人であるドン・キホーテは、逃げる二人を助けるのが義務だと考え、剣を抜いて舞台まで跳んで行き、モーロ兵の人形や大道具・小道具を破壊し尽くす。
『パリアッチ(道化師)』(レオンカヴァルロ) 旅芝居の座長カニオは、妻である女優ネッダの浮気を知り、妻を責めていると、劇の開幕時間になる。カニオは道化師に扮し、妻役のネッダとともに舞台に立つ。劇の内容も妻の浮気をテーマとしたものであり、カニオは芝居と現実の区別がつかなくなって、舞台の上でネッダを刺し殺す。
*作中人物と俳優を同一視して、芝居を見る→〔作中人物〕2の『日曜はダメよ』(ダッシン)。
『サンセット大通り』(ワイルダー) 往年の大女優・五十歳のノーマ(演ずるのはグロリア・スワンソン)は、銀幕復帰をねらって、主演映画『サロメ』を作ろうと夢想する。ノーマは青年脚本家(ウィリアム・ホールデン)を雇い、大邸宅で同棲するが、脚本家が彼女を捨てて去ろうとしたので、ノーマは脚本家を射殺する。死体が発見され、警察、新聞記者、やじ馬がノーマの邸宅に集まり、ニュース映画の撮影班もやって来る。すでに正気を失ったノーマは、カメラやライトを見てスタジオでの本番と錯覚し、サロメを演じ始める。
『絞死刑』(大島渚) 在日朝鮮人の青年Rは、自分が行なった強姦殺人の記憶を失った(*→〔処刑〕2)。そこで数人の死刑執行官が、Rとその父・母・兄たち、および被害者である娘を演じ、彼の犯行を芝居の形で再現してRに見せる。Rの心の中に、彼が空想の世界で愛した「姉さん」が現われ、「Rの犯罪は、しいたげられた朝鮮人の、日本国家への抗議の現われだ」と教える。Rは「日本国家が自分を殺すのだ」と理解し、絞首刑されることに同意する。
『ハムレット』(シェイクスピア)第3幕 父王の亡霊が「自分は弟クローディアスに殺された」と、ハムレットに告げる。ハムレットはそれが事実かどうか確かめるために、役者たちを使って「ゴンザーゴ殺し」という芝居を上演し、クローディアスに見せる。芝居の内容は、暗殺者がゴンザーゴ王の耳に毒液をそそいで殺す、というものである。クローディアスは、自分が行なった悪事がそのまま再現されているのを見て蒼白になり、席を立つ。
★4.戯曲の筋書きを現実化し、その後に、戯曲を舞台で上演する。
『呪われた戯曲』(谷崎潤一郎) 作家が「妻を事故死に見せかけて殺す」という戯曲の原稿を書き、その筋書きどおりに、実際に妻を殺す(*→〔入れ子構造〕5)。それから半年後に作家は、舞台監督となってこの戯曲を演出し、劇場で上演して好評を博す。その二ヵ月後に、作家は自殺する。
『学生歌舞伎気質』(三島由紀夫) 津崎照男たち歌舞伎好きの学生が、新聞社のホールを借りて『仮名手本忠臣蔵』を上演する。背景の書割を搬入しようとすると、階段が狭くて通らないので、皆は途方にくれる。照男の婚約者遊佐子が「切ればいいじゃないの」と提案し、学生たちは書割をのこぎりで切って運ぶ。舞台上で書割をつなぎ合わせ、無事に『忠臣蔵』を上演することができた。
『半七捕物帳』(岡本綺堂)「勘平の死」 商家の若旦那角太郎が、素人芝居で『仮名手本忠臣蔵』の早野勘平(*→〔誤解による自死〕1)を演ずる。角太郎に恋の恨みを抱く番頭和吉が、芝居用の刀を本物の刀とすりかえる。そうとは知らぬ角太郎は、六段目で本当に腹を切って死んでしまう。
*仇討ちの茶番を利用して、人を殺す→〔共謀〕5bの『銭形平次捕物控』(野村胡堂)「花見の仇討」。
★6.芝居の作中人物のみならず、作者や観客たちも登場する芝居。
『長靴をはいた牡猫』(ティーク) 童話劇『長靴をはいた牡猫』が上演され、観客たちが、あれこれ勝手な感想を言い合う。劇の内容に不満な観客は、足踏みをし、口笛をふいて騒ぐ。俳優たちは動揺して、役を忘れる。作者が舞台に出てきて、「もうすぐ終りですから、御同情をもって御覧下さい」と懇願する。舞台では、王の前で学者と道化師が「『長靴をはいた牡猫』は優れた作品だ」「愚作だ」という討論をする。観客はますます騒ぎ、混乱のうちに幕が下りる。
★1a.紙幣のナンバーが記録されており、盗んだ金だとわかってしまう。
『蘇える金狼』(村川透) 朝倉哲也(演ずるのは松田優作)は、銀行の現金運搬人を襲って一億円を奪う。しかし紙幣のナンバーは、すべて銀行に記録が取ってあったので、そのままでは使えない。朝倉は闇の組織に接触し、一億円でヘロインを買う。後に彼はそのヘロインを売って、安全な紙幣を手に入れる。
*小判に刻印が打ってあり、盗んだ金だとわかってしまう→〔金貨〕7の『梅若礼三郎』(落語)。
『ブラック・ジャック』(手塚治虫)「未知への挑戦」 UFOで地球を訪れた宇宙人の一人が負傷した。ブラック・ジャックが手術を引き受け、報酬二十万ドルを要求する。宇宙人は地球の通貨を知らないので、ブラック・ジャックは見本として百ドル札一枚を渡す。やがてブラック・ジャックが受け取ったのは、同じナンバーの百ドル札二千枚だった。
『魔法の大金』(星新一『妄想銀行』) エヌ氏が悪魔を呼び出して「大金が欲しい」と願い、高額紙幣を一枚、見本として渡す。悪魔がそれに息を吹きかけると、一万枚もの紙幣の山ができあがる。エヌ氏は紙幣をカバンに詰め込んで、銀行へ預けに行く。窓口の行員が驚いて尋ねる。「どこで手にお入れになったのですか。どれもこれも同じ番号です・・・」。
『エーミールと探偵たち』(ケストナー) ベルリン行きの汽車の中で、少年エーミールが持つ高額紙幣を、山高帽の男が盗んだ。エーミールはベルリンで知り合った大勢の少年たちと一緒に、山高帽の男を追いかける。男は「これは自分の金だ」と言って、銀行に預金しようとする。その時、エーミールは思い出す。汽車の中では用心のため、紙幣にピンを刺して上着の裏にとめていたのだ。紙幣にはピンの穴があいており、山高帽の男はその場で逮捕された。
『三角館の恐怖』(江戸川乱歩) 蛭峰康造老人の手提げ金庫から、小額の紙幣が盗まれることが時々あった。そこで康造老人は、紙幣の隅にペンで小さなしるしをつけた。後に篠刑事が猿田執事に、五百円札を百円札に両替してくれるよう頼む。猿田執事から受け取った百円札を調べると、すべてしるしがついていた。
『西郷札(さつ)』(松本清張) 明治十年(1877)の西南戦争の折、薩軍が戦費調達のために、独自に紙幣(十円、五円、一円、五十銭、二十銭、十銭の六種)を印刷・発行し、これを「西郷札」と称した。薩軍敗北後、西郷札は紙くず同然になり、所有者は多大な損害をこうむった。明治十二年、政府が西郷札を額面の七〜八割で買い上げる、との情報があり、それを信じて西郷札を買い占めた人物がいた。しかし政府買い上げの話は、まったくのデタラメだった。
『白痴』(ドストエフスキー)第1編 地主トーツキーは、囲い女(もの)だったナスターシャに持参金をつけ、貧しい青年ガーニャに押しつけようとたくらむ。ガーニャは金目当てで結婚を承知するが、ナスターシャは拒否する。大金持ちのロゴージンが十万ルーブルの札束を持って現れ、ナスターシャに求婚する。彼女は求婚を受け入れると、十万ルーブルの包みを暖炉の火に投げ込み、「ガーニャ、暖炉に手を突っ込んで包みを取りだしたら、十万ルーブルはあなたのものよ」と言う。ガーニャはその場を動くことができず、卒倒する。ナスターシャはロゴージンとともに立ち去る。
『若者たち』(森川時久) 早くに両親を失った佐藤家の五人兄妹(男四人と女一人)は、互いに励まし合い、時には大喧嘩をしながら、懸命に生きていた。中卒で、建設現場で働く長兄の太郎(演ずるのは田中邦衛)は、「世の中、金だ」と、いつも弟や妹たちに言い聞かせていた。大学生である三男の三郎(山本圭)は、金より大切なものがあることを訴え、千円札十枚が入った封筒をストーブの火で焼く。それを見て太郎は卒倒する〔*実は、十枚のうち一枚だけが紙幣で、あとの九枚は領収書などの紙切れだった〕。
『求職』(チェーホフ) 就職活動中の青年である「僕」は、鉄道会社を訪れ、応対してくれたオデコローノフという男の拳の中へ、紙幣を押し込んだ。彼は顔をほころばせ、「尽力しましょう」と約束する。しかしその現場を何人かに見られたので、彼は「職の方はお約束しましょう。だが、お礼は遠慮しますよ」と言って、拳を開き、「僕」に金を返した。しかしそれは、「僕」が押し込んだ二十五ルーブル札ではなくて、三ルーブル札だった。
※紙幣型の煎餅→〔にせ金〕4の『百万円煎餅』(三島由紀夫)。
※絵で描いた一万円札→〔画家〕3の『帰ッテキタせぇるすまん』(藤子不二雄A)「贋作屋」。
*関連項目→〔女護が島〕
『ロビンソン・クルーソー』(デフォー) 一六三二年、イギリスのヨーク市に生まれた「私(ロビンソン・クルーソー)」は、一六五九年、船の難破で孤島にただ一人漂着した。二十五年後、人食い人種に追われる男を助け、「フライデー」と名づけて部下にした(*→〔曜日〕3)。一六八六年、「私」はイギリス船の船長を水夫らの反乱から救い、島を後にして故国へ帰った。
*孤島の兄妹→〔兄妹婚〕4の『今昔物語集』巻26−10など。
『十五少年漂流記』(ヴェルヌ) 一八六〇年二月、八歳から十四歳までの少年十五人がニュージーランド一周の船旅に出、あらしにあって孤島に漂着した。彼らは一時、二つのグループに別れて対立するが、島に上陸した悪人たちと闘うために、再び団結する。彼らは悪人たちをやっつけ、やがて汽船に救われる。
『蠅の王』(ゴールディング) 世界大戦(第二次大戦とも第三次大戦とも解釈できる)のさなか。飛行機が南海の孤島に墜落して、少年たちだけが生き残る。少年たちは共同生活を始めるが、野豚狩りなどに興じて、しだいに野性に目覚め、秩序が保てなくなる。彼らは対立し、争い、二人が死ぬ。蛮族化したグループが、良識派の少年一人を追いつめようと、森に火をつける。その火を見た英国海軍が、少年たちを救助に来る。
『芽むしり 仔撃ち』(大江健三郎) 第二次世界大戦末期、感化院の少年十五人が僻村に疎開する。疫病が発生して村人は皆逃げ出し、村は陸の孤島と化す。取り残された少女・朝鮮人の少年・脱走兵とともに共同生活が始まるが、何人かが死に、村人も帰村して、少年たちの共同体は五日間で崩壊した。
『アーサーの死』(マロリー)第21巻第5章 戦場で致命傷を負ったアーサー王は、ベディヴィア卿に背負われて水辺まで行き、迎えに来ていた小船に乗る。船には、黒い頭巾の貴婦人たちが乗っており、皆泣き叫んでいた。船が岸を離れる時、アーサー王は「傷を治すため、アヴァロンの島に行くのだ」とベディヴィア卿に言い残した。
『かげろふ日記』上巻・康保元年7月 私(藤原道綱母)の母が病死し、親族が山寺にこもった。ある時、僧たちが念仏の合間に、「死者の姿が明らかに見える所がある。しかし近く寄ればその姿は消え失せ、遠くからのみ見えるらしい」「それはどこの国か?」「『みみらくの島』というそうだ」と語り合っていた〔*長崎県・五島列島の三井楽町を、古代は「美弥良久」と呼んだ〕。
『長恨伝』(陳鴻) 玄宗皇帝の命令で、方士が楊貴妃の亡魂をこの世へ招こうとしたが、亡魂は現れなかった。そこで方士は、自分の魂を体外へ飛ばした。魂は天界へ昇り冥府にもぐって、楊貴妃を捜す。天地の上下四方を巡り、ついに東海の彼方、蓬壺(蓬莱)の島に到った。仙山がそびえ、宮殿が並んでいる。「玉妃太真院」と書かれた門があり、そこで方士(の魂)は、楊貴妃(の亡魂)と会うことができた。
*川の向こうに死者の姿が見える→〔川〕2の『ムーンライト・シャドウ』(吉本ばなな)。
『ガリヴァー旅行記』(スウィフト)第3篇第3章 「私(ガリヴァー)」が小人国、巨人国の次に訪れた空飛ぶ島ラピュータは、直径四マイル半、広さ一万エーカー、厚さ三百ヤードで、巨大な天然磁石を動かすことによって、上昇・下降・移動を行なった。住民は数学と音楽を偏愛し、抽象的な思考に沈潜していて、いろいろと妙な研究が行なわれていた。
『パノラマ島奇談』(江戸川乱歩) 貧書生の人見広介は、大富豪菰田源三郎になり代わり(*→〔土葬〕4)、巨費を投じて、M県I湾の直径二里たらずの小島に、深い森、巨大な花園、湯の池、歌い踊る裸女の群れを配する人工楽園を、造り上げた〔*人見は菰田の妻千代子を殺したため(*→〔にせ花婿〕3)、探偵北見小五郎に追及される。人見は自らの身体を花火とともに打ち上げ、粉微塵になって死ぬ〕。
『ユートピア』(モア) 南半球に新月(三日月)形のユートピア島がある。住民は一日に六時間働き、八時間眠る。自由時間には学問を楽しむ者が多い。物資は豊富で、公正に分配されるので、貧乏人も乞食も存在し得ない。全島が単一家族同様で、プライヴァシーはないに等しい。十年ごとにくじ引きで家を交換したりもする。
『列子』「湯問」第5 渤海の東方洋上に五つの島がある。黄金と宝玉の高殿があり、不老不死の果実がなる。住民は皆聖仙で、空を飛ぶ。始め浮島だったが、後には巨亀が下で支えた。
『キングコング』(クーパー他) スマトラ島西の海域に、海図に載っていない島がある。そこにはコングという怪物がおり、島の住民たちは恐れていた。住民の娘一人をコングの花嫁として捧げる儀式の最中に、アメリカの映画撮影隊が上陸して来る。住民たちは金髪の白人女優アンを見て、彼女を捕らえ、コングの花嫁として差し出してしまう。
『ラーマーナヤ』 魔王ラーヴァナは十の頭と二十本の腕を持つ怪物で、ランカー島(スリランカ)の宮殿に、一族を従えて住んでいた。ラーヴァナが、コーサラ国(ガンジス川中流域に位置する)王子ラーマの妃であるシーターをさらったので、ラーマは猿の大軍を率いてランカー島へ攻め入る。ラーマは矢でラーヴァナの頭を射落とすが、瞬時に新たな頭が生え出て、百の頭を射落としても、なおラーヴァナは死ななかった。ラーマは、ブラフマー神から授かった特製の矢を、ラーヴァナの心臓に射込んで殺した。
*鬼たちが住む島を攻める→〔鬼〕4の『桃太郎』(昔話)。
『ジュラシック・パーク』(スピルバーグ) ハモンド氏の財団が、コスタリカ沖の島に新しいテーマ・パークを計画する。遺伝子工学を用いてジュラ紀の恐竜をよみがえらせ、広大なフェンスの中に放し飼いするのである。ところが、恐竜の胚を島外へ盗み出そうとする男がいて、フェンスの高圧電流を切ってしまう。恐竜たちはフェンスを破り、園内視察中の科学者や弁護士一行に襲いかかかる。科学者の一人が「これでは開園は承認できない」と告げ、ハモンド氏は「当然だ」と言って、皆は島を脱出する。
『ドクター・ノオ』(ヤング) 国際犯罪組織スペクターの一員である中国人ノオ博士が、カリブ海に浮かぶ島に原子力施設を築く。施設から発信される電波は、アメリカのケープカナベラル基地の実験ミサイルやロケットの弾道を狂わせた。イギリス情報部のジェイムズ・ボンド(演ずるのはショーン・コネリー)が島に潜入し、いったんは捕らえられるが脱出して、ノオ博士と格闘の末、彼をプール型の原子炉に突き落とす。ボンドは島の施設を破壊して去った。
『モロー博士の島』(H・G・ウェルズ) 「私(プレンディック)」は、乗っていた船が太平洋上の赤道付近で沈没して、無名の島にたどり着いた。その島では、生物学者モロー博士が助手とともに、猿・牛・馬・豚・犬など、さまざまな動物を人間に改造する実験を行なっていた。動物たちは、手術によって人間に近い形態になったが、知能は低く、まもなく退化して獣性が戻り、モロー博士と助手を殺してしまった。「私」は、近くへ漂流してきた小舟をつかまえ、島を脱出した。
為朝の蛇退治の伝説 昔、八丈島がまだ名もない島だった頃、大蛇が島人を困らせていたので、源為朝がこれを退治した。その死骸を八つに切り刻んだところ、一切れが各一丈ずつあったため、それにちなんで島を八丈島と名づけた(東京都八丈島)。
『椿説弓張月』後篇巻之2第19回 鎮西八郎為朝は、三宅島沖の「女護の嶋」を男女同居する島とした後(*→〔女護が島〕5)、伊豆の大嶋へ帰ることになった。嶋人たちは為朝を慕い、別れを惜しんで、嶋の名を「八郎嶋」と改めた。嶋では「八郎」は「はっちょう」と発音し、「はっちょうじま」が訛(なま)って、やがて八丈島となった。
※浅井の丘の頂上が、竹生島になった→〔山の背比べ〕1の『近江国風土記』逸文。
※富士山の頂上から、伊豆の大島ができた→〔山〕5の二子山(高木敏雄『日本伝説集』第2)。
※島を釣る→〔釣り〕7の島釣りの神話(メラネシア)など。
※島だと思って上陸したら、鯨だった→〔地震〕8aの『千一夜物語』「船乗りシンドバードの冒険・第1の航海」マルドリュス版第292夜。
『古事記』上巻 コノハナノサクヤビメは美女だったが、その姉イハナガヒメは醜貌であった。姉妹はともにニニギノミコトの妻となるはずのところ、ニニギノミコトはコノハナノサクヤビメだけを娶(めと)り、イハナガヒメを実家に帰した。イハナガヒメは岩のような永遠の命を与え、コノハナノサクヤビメは花のような繁栄を与える存在だった。イハナガヒメを娶らなかったために、ニニギノミコトと彼の子孫の寿命は、短くなってしまった〔*『日本書紀』巻2にも同様の記事〕。
下田富士と駿河富士の伝説 下田富士と駿河富士は、仲の良い姉妹山だった。姉の下田富士は妹の駿河富士をかわいがっていたが、年頃になると、姉の下田富士がひどく醜いのにひきかえ、妹の駿河富士はとても美しく育った(静岡県下田市本郷)→〔山の背比べ〕2。
『大般涅槃経』(40巻本)「聖行品」 美女が或る男の家を訪れ、「私は功徳天です。金銀財宝を差し上げるためにやって来ました」と言う。男は喜んで美女を招き入れる。次に醜女が来て「私は黒闇天です。私の訪ねる家の財産はなくなってしまいます」と言う。男が怒って醜女を追い出そうとすると、醜女は「先ほどの美女は私の姉です。私たち姉妹はいつも一緒に旅をしています。私を追い返すなら、姉も一緒に出て行きます」と教える。男は姉妹の両方を追い払う〔*『沙石集』巻9−25などにも引かれる〕。
『悪徳の栄え』(サド) 「あたし(姉ジュリエット)」は莫大な富を得て、仲間たちとともに、おびただしい淫行と殺人の毎日を楽しむ。「あたし」は実の父と交わってから銃殺し、実の娘を拷問して火中に投げ込むことさえする。これに対して「あたし」の妹ジュスティーヌは、信仰心の厚い貞淑な乙女である。しかし妹は、悲惨な一生を送ったあげく、雷に撃たれて死んだ。
『祇園の姉妹』(溝口健二) 姉妹芸者の姉・梅吉は義理人情にあつく、妹・おもちゃは勘定高かった。姉は、破産した旦那古沢を家に置いてやり、面倒を見る。妹はそれが気に入らず、古沢を追い出す。妹は、呉服屋の木村をだまして怒りを買い、円タクから突き落とされて大怪我をする。姉は古沢の後を追い生活をともにするが、古沢は新たな職と地位を得るや、別れも告げずに姿を消した。姉妹はそれぞれに、芸者の身の上を嘆く。
『じゃじゃ馬ならし』(シェイクスピア) 姉娘キャサリンは、きかん気で怒りっぽく、妹娘ビアンカは、しとやかな性格だった。ビアンカには複数の求婚者があったが、父バプティスタは「妹を、姉より先に結婚させることはできない」と言っていた。しかしペトルーキオが強引にキャサリンの婿になったので、ビアンカも相愛のルーセンシオと結婚することができた〔*結婚後、キャサリンは性格が一変し、従順な妻になった〕。
『沈黙』(ベルイマン) 姉エステル(演ずるのはイングリッド・チューリン)はインテリの翻訳家で、妹アンナに対して優越感を持ち、何かと妹を批判する。妹は姉に反発し、嫌っている。姉と妹と、妹の十歳ほどの息子が、列車に乗って旅に出る。姉が病気になり、三人は途中下車してホテルに泊まる。姉は一人で自慰をし、妹は町の男と性交する。妹の行為を知った姉は、屈辱と嫉妬を感じる。やがて姉は病気が重くなり、妹と息子は姉をホテルに残して、列車に乗る。
*冥界の女王エレシュキガルと、天上界に住む豊穣の女神イナンナとは、姉妹である→〔冥界行〕1の『イナンナの冥界下り』。
『伊勢物語』初段 初冠(元服)した男が、奈良の京・春日の里に狩りに出かけた。そこで男は思いがけず美しい姉妹をかいま見て、心乱れた。男は、乱れ模様の狩衣の裾を切り、「春日野の若紫のすりごろもしのぶの乱れ限り知られず」の歌を書いて贈った。
『風につれなき』 帝(後に吉野の院)は、中宮の妹姫が内裏を訪れたところをかいま見て心ひかれ、近づこうとする。妹姫は驚き恐れ、病気を口実に退出する。中宮は若宮を産んで死去し、帝は中宮を追慕する一方、妹姫への恋心を募らせる。しかし妹姫はそれに応ぜず、姉中宮の忘れ形見の若宮を養育する。
『史記』「五帝本紀」第1 堯は自分の二人の娘を舜の妻にし、舜の徳が彼女たちをどのように感化するか、観察した。舜は義理に則って二人の心を正し、二人は婦道をつくした〔*『列女伝』巻1−1「有虞二妃」の類話では、姉の名を娥皇、妹の名を女英と記す〕。
『史記』「晋世家」第9 献公は驪戎を討ち、驪姫とその妹を得て二人とも寵愛した。
『砂の上の植物群』(吉行淳之介) 中年の妻帯者伊木一郎は、高校生の処女津上明子と関係を持つ。明子は、「何人もの男関係がある異父姉・京子を誘惑して、ひどい目にあわせてほしい」と伊木に依頼する。京子は被虐嗜好だったので、伊木は京子の裸体を紐で縛ってころがし、そこへ明子を連れて来て姉妹を対面させる→〔兄妹婚〕10。
『創世記』第29章 ラバンに二人の娘があり、姉をレア、妹をラケルといった。ヤコブはラバンに七年仕え、ラケルを妻として与えられるが、朝になって見るとそれはレアであった。ヤコブはレアを妻として、ラバンのもとでさらに七年働き、ようやくラケルをも得る。彼はレアよりもラケルをより愛した。
『日本書紀』巻13允恭天皇7年12月 允恭天皇は、皇后の妹衣通郎姫に恋着し、皇后に無理じいして、宮中に入れようとした。衣通郎姫はこれを固辞するが、烏賊津使主の計略により、衣通郎姫は宮中に入った。皇后が出産する夜、允恭天皇は衣通郎姫のもとへ出かけようとする。皇后は怒り、産殿を焼いて死のうとした。
『松風』(能) 須磨を訪れた旅僧が、短冊の掛かった一木の松を見て、「松風・村雨という姉妹の海女の旧跡」と教えられる。夜になって松風・村雨の霊が現れ、かつてこの地に流された在原行平に二人とも召され愛された思い出を語り、舞う。
『夜の寝覚』(五巻本)巻1〜2 中納言(男主人公。後に関白)は太政大臣家の大君と婚約していたが、一方で、大君の妹・中の君(女主人公。寝覚の上)とも関係を持ってしまった〔*中の君=婚約者の妹とは知らず、「但馬守の娘」と思ったのである〕。やがて、中納言、大君、中の君それぞれに事情を知って驚き、苦悩することとなった。
*世之介は、姉妹の遊女(若狭・若松)を身請けする→〔鶏〕2の『好色一代男』巻2「旅のでき心」。
*テレウスはプロクネを妻とし、その妹ピロメラを犯した→〔舌〕3の『変身物語』(オヴィディウス)巻6。
*姉と妹が同じ一人の男と関係を持つ物語を、近代小説の枠組みに取り入れると、「夫の浮気相手は、意外にも妻の妹だった」という展開になる→〔チフス〕3の『熱い空気』(松本清張)。
『秋』(芥川龍之介) 作家志望の信子は、同じく作家志望の従兄俊吉と親しく交際していた。しかし、妹照子が俊吉を慕っていることを知り、信子は、妹の幸福のために自らを犠牲にしようと考える。信子は、文学に関心を持たぬ商事会社勤務の青年と結婚し、その後に妹照子は、作家としてデビューした俊吉と結婚する。ある秋の日、信子は、俊吉・照子夫婦の新居を訪れ、静かな諦めと寂しさを感じた。
『蘆刈』(谷崎潤一郎) 芹橋慎之助は未亡人お遊様を慕いつつ、その妹お静と結婚する。お静は、姉お遊様と夫慎之助が心を通わせ合っていることを悟り、初夜の床で夫に「貴方に身をまかせては、姉に申し訳がたたない」と告げて、自分は処女妻のまま、姉と夫の仲を取り持とうとする〔*何年かしてお遊様は他家へ再縁し、その後に、慎之助とお静は本当の夫婦になった〕。
『源氏物語』「橋姫」「椎本」「総角」 宇治を訪れた薫は、晩秋の月光のもと、大君・中の君姉妹をかいま見る。薫は大君に心ひかれ胸中を訴えるが、彼女は薫との結婚を拒否し、自分の代わりに中の君を薫に添わせようとする。しかし薫は、中の君と契ろうとはしなかった→〔性交せず〕3。
『狭き門』(ジッド) ジェロームと従姉のアリサとは互いに恋心を抱くが、アリサは、妹ジュリエットもジェロームを愛していることを知って、自分は身を引いた。しかし妹ジュリエットは、ジェロームではなく他の男と結婚した。アリサもまた、ジェロームと結ばれることなく、独身のまま病死した。
『ジャン・クリストフ』(ロラン)第9巻「燃ゆる荊」 二人の姉妹が一人の男を愛したあげく、「くじ引きをして負けた方が恋を諦め、ライン河に投身する」と取り決めた。ところが実際にくじを引くと、負けた側は約束を実行せず、姉妹は激しく争う。しかし結局仲直りし、とはいえ一人の男を共有するのもいやなので、姉妹は協力して男を刺し殺した〔*クリストフとブラウンとその妻アンナが、この事件について論じ合う〕。
*兄弟が、不和の原因である女を殺す→〔兄弟と一人の女〕2の『じゃま者』(ボルヘス)。
『エヴゲーニイ・オネーギン』(プーシキン)第2〜6章 オネーギンとレンスキイは親友だった。ラーリン家にタチヤーナとオリガの姉妹がいて、妹オリガはレンスキイを恋人とし、姉タチヤーナはオネーギンに思いを寄せる。しかし、ふさぎの虫にとりつかれたオネーギンは、「家庭の幸福など自分には無縁だ」と考え、タチヤーナの求愛を拒絶する〔*この後オネーギンは、オリガの気を引くそぶりをし、怒ったレンスキイと決闘して、彼を殺してしまう〕→〔決闘〕1。
『コジ・ファン・トゥッテ』(モーツァルト) 親友であるグリエルモとフェランドは、フィオルディリージとドラベルラ姉妹を恋人としていた。男二人は姉妹の貞節を試すため、ターバンをかぶり髭をつけ、アルバニアの貴族に変装して、彼女たちに求愛する。最初は拒絶していた姉妹も心変わりし、グリエルモとドラベルラ、フェランドとフィオルディリージのカップルが出来上がって、結婚式が行なわれる。その時、男二人は変装を取って、もとの姿に戻る〔*男二人が変装して騙したこと、姉妹が心変わりしたことを、彼らは互いに許し合う〕。
『木幡の時雨』 故奈良兵部卿右衛門督の中の君はある秋、時雨が縁で中納言と契りを交わす。二年後、彼女は再び時雨が縁で、今度は式部卿宮(後に東宮)と契り、双子の男児を産んだ。中の君の妹三の君は、はじめ中納言と結婚して双子の女児を産み、次いで東宮(式部卿宮)妃となった〔*二組の双子が登場する物語。中の君の産んだ双子の男児は、東宮のもとで育ち、皇位継承者となってゆく〕。
『しぐれ』・『隅田川』(川端康成) 行平と友人の須山とは、双生児姉妹の娼婦を買いなじんでいた。双生児とはいえ、両方と交わりを重ねてみれば、どこかに微妙な違いがあったはずだ、と後に行平は思った。須山が死んだ時、双生児の一方が涙を落としたが、それは須山がよけいに遊んだ方の女かも知れなかった。
*手違いにより、姉妹が互いに夫を取り替えて交わる→〔取り違え夫婦〕1の『堤中納言物語』「思はぬ方にとまりする少将」。
※姉妹が三人のばあいは→〔三人姉妹〕に記事。
『出雲国風土記』出雲の郡宇賀の里 脳(ナヅキ)の磯の西方に岩戸があり、岩屋の内に穴がある。夢の中でこの磯の岩屋近くまで行った者は、必ず死ぬ。
『ギュルヴィたぶらかし(ギュルヴィの惑わし)』(スノリ)第49章 バルドルが、自分の命にかかわる不吉な夢を見た。バルドルがその夢をアース神たちに告げると、神々はあらゆるものに、バルドルに危害を加えないことを誓わせた。しかしバルドルは死んだ→〔契約〕1。
『ギルガメシュ叙事詩』 エンキドゥは、ギルガメシュと協力して怪物フンババを殺した。その後まもなくエンキドゥは、「神々の会議で死を宣告される夢」「冥界の女王イルカルラ(エレシュキガル)の家へ連れて行かれる夢」を見る。エンキドゥは恐れと悲嘆のうちに病気になり、十二日目に死ぬ。
『三国史記』巻10「新羅本紀」第10神武王元年 神武王が病み、背中に矢を射られる夢を見た。目覚めると腫れ物が背中にできており、王はまもなく薨去した。
『酉陽雑俎』巻1−14 帝(唐の中宗。656〜710)が、「白烏が飛び、数十の蝙蝠が追いかけて地に落ちる」との夢を見た。目覚めて僧万回(ばんゑ)を召すと、万回は「聖上が天に昇られる時でございます」と言上する。翌日、帝は崩御された。
*棺の中に自分がいる夢→〔棺〕2aの『野いちご』(ベルイマン)など、→〔棺〕2bの『豊饒の海』(三島由紀夫)第1巻『春の雪』。
*自分の墓の夢→〔墓〕7の『夢』(カフカ)。
『ユング自伝』11「死後の生命」 「私(ユング)」は園遊会に行く夢を見たが、そこで数年前に死んだ妹と会ってたいへん驚いた。妹は「私」のよく知っている女性と一緒にいたので、「彼女は死ぬのだ」と「私」は思った。目覚めると、夢全体は生き生きと心に残っているのに、彼女が誰だったか、どうしても思い出せない。二週間ほどして「私」は、「Aが事故死した」との知らせを受け取った。たちまち「私」は、夢の中の女性がAだったことを思い出した。
『ラーマーヤナ』第5巻「優美の巻」第27章 ラーマが魔王ラーヴァナのランカー島へ攻め入る前、羅刹女トリジャターが夢を見た。それはラーヴァナが頭を剃られ、油をガブ飲みしつつロバに乗って南へ疾駆し、またラーヴァナの弟クンバカルナ・息子インドラジトその他の勇士たちも、頭を剃られ油びたしで南へ行く、という内容だった。これらはすべて死と滅亡の予兆だった〔*第3巻「森林の巻」第16章に「太陽が死神の住む南の方位に転ずると」とあるように、南は死の領域である〕。
*ロバではなく馬に乗り、南ではなく北へ行くのが、死を予示する夢、という物語もある→〔凶兆〕3の『小栗(をぐり)』(説経)。
*息子が殺される夢→〔運命〕1aの『イソップ寓話集』(岩波文庫版)363「子供と絵のライオン」など。
『今鏡』「すべらぎの中」第2「手向」 後三条院崩御の折、ある人が「院は外国の乱れを正すため、この国をお去りになる」との夢を見た。また、嵯峨に籠居する人が、「音楽が空に聞こえ、紫雲がたなびき、『院が仏の御国にお生まれになる』とお告げがあった」との夢を見た。
『発心集』巻2−9 前滝口武士助重が死んだ夜(*→〔最期の言葉〕5)、知人である入道寂因は、夢で助重の死を知らされた。寂因が広い野を行くと死体があり、僧が多く集まって、「ここに極楽往生した者がいる。汝、これを見るべし」と言う。見るとそれは助重であった、というところで寂因は目が覚めた。不思議に思っていると、助重に仕える童が訪れて、主人の死を告げた。
『生死半半』(淀川長治)「友人の亡霊たち」 「私(淀川長治)」は映画会社の大阪支社に勤めていた頃、いつも清水光先生から外国文学のことを教わった。東京支社へ移った後、ある夜、しばらくお会いしていない清水先生の夢を見た。先生は「旅行に出かけるから、カバンを貸してほしい」と言い、「私」のカバンを持って駅へ向かった。駅には先生と見送りの「私」以外に人はなく、白いツツジの花がいっぱい咲いている。汽車に乗り込んだ先生は、「遠い所に行くんだよ」と微笑んだ。翌日、大阪支社から、清水先生の死を知らせる電話があった。
『聊斎志異』巻3−116「夢別」 男が、ある夜、親友の夢を見た。親友はうちしおれた様子で、「遠くへ行くのでお別れに来た」と告げ、岩壁の裂け目に入った。男は目覚めて、親友の死を確信し、喪服を着て出かけると、親友の家には忌中の旛がかかっていた。
『別れの夢』(星新一『未来いそっぷ』) 男の夢に、悲しげな表情の親友が現れ、「さよなら」と言って消えた。男は親友の死を確信し、電話をかけてみると、親友は無事だった。男は首をかしげるが、不意に「あれはやはり別れを告げる夢だった」と悟る。しかし気づいた時はすでに遅く、男は車にはね飛ばされてしまった。
★5.親友どうしが生前に、「先に死んだ者が、死後の世界のありさまを相手に知らせよう」と約束しておく。
『源平盛衰記』巻25「大仏造営奉行勧進の事」 笠置寺の解脱上人貞慶と東大寺の俊乗和尚重源は、互いに「先に臨終する者が、死後自分の生まれ変わった世界を知らせ、まだ存命の相手の死後の行く先を予告しよう」と約束した。建久元年(1190)六月五日の夜、解脱上人は「俊乗和尚が現世の縁尽きて、ただ今霊鷲山(りょうじゅせん)へ帰った」との夢を見た。その夜、俊乗和尚は東大寺の浄土堂で死去したのだった。
『捜神後記』巻6−19(通巻76話) 竺法師と王坦之は、死と生や善悪の報いについて論じたが、明らかにすることができなかったので、「先に死んだ者が語って知らせよう」と約束した。何年か後に、王坦之は霊廟の中で、竺法師がやって来るのを見た。竺法師は「私は某月某日に死んだ。善悪の報いは虚言(そらごと)ではなかった。君は道徳を謹しみ修めて、神明なる存在に昇るべきだ」と告げて消えた。まもなく王坦之も死んだ。
★6.死後またこの世に転生する運命の人が、転生後の人生で体験することを、前もって夢に見る。
『豊饒の海』(三島由紀夫) 大正二年(1913)夏、松枝清顕は「白衣を着、猟銃で空の鳥を撃ち落す」との夢を見た(『春の雪』34)。それは彼の生まれ変わりである飯沼勲が、昭和七年(1932)の秋に経験する出来事であった(『奔馬』23)。昭和八年初め、飯沼勲は「毒蛇に噛まれる夢」「女に変身する夢」を見た(『奔馬』33)。飯沼の生まれ変わりはタイの王女ジン・ジャンで、彼女は昭和二十九年(1954)春に、コブラに噛まれて死んだ(『暁の寺』45)〔*ジン・ジャンが見た夢については記述がない。また、彼女の生まれ変わりと思われたが、結局そうではなかったらしい安永透は、「僕は夢を見たことがなかった」と言う(『天人五衰』28)〕。
『死後』(芥川龍之介) 深夜三時過ぎに寝た「僕」は、夢の中でSと一緒に町を歩いていた。Sは「君が死ぬとは思わなかった。三十四か? 三十四くらいで死んだんじゃ・・・・・・」と言った。Sと別れて家へ帰ると、門には「櫛部寓」という新しい標札がかかっている(「寓」は寓居=住居)。妻は櫛部という男と再婚したのだ。「僕」は家へ上がり込み、「櫛部という人はちゃんとした人か?」と妻を詰問する・・・・・・。目が覚めると、隣には妻と赤子が静かに寝入っている。「僕」はアダリン錠を嚥(の)み、再び眠りに沈んで行った。
『まぬけのウィルソン』(トウェイン) 一八三〇年、ミシシッピ川流域の町ドーソンズ・ランディングに、デーヴィッド・ウィルソンという若い弁護士がやって来た。彼は、細長いガラス板をたくさん用意して、町の人たちに指の跡をつけてもらい、いろいろな指紋の模様を眺めて楽しんでいた。当時は、「地球上の人間の数がどれだけ多くても、同じ指紋を持つ人間はいない」という事実が、一般にはあまり認識されていなかった。二十年余りの後、ウィルソンは指紋のコレクションをもとに、殺人事件の犯人を指摘して、町の人たちを驚かせた。
『幻燈』(快楽亭ブラック) 十九世紀半ば、倫敦(ロンドン)の私立銀行主人・岩出義雄が執務室で刺殺され、犯人の血染めの手形が、机上の白紙に残っていた。岩出義雄の弟竹次郎が、銀行に勤務する男たちを二階の広間に集め、朱肉で全員の手形を取る。二台の幻燈機の一台で血染めの手形を、もう一台で朱肉の手形を投影して、指紋や掌の筋を比較する。その結果、小使(こづかい)の加藤寅吉が犯人とわかり、逮捕され処刑された。
『ノーウッドの建築業者』(ドイル) 建築業者オウルデイカーは弁護士ジョン・マクファーレンに、「君はりっぱな青年だから、私の財産を譲りたい」と言って、それに必要な書類を封蝋で閉じる時に、ジョンの右親指の指紋を採取した。その後、オウルデイカーは自分が殺されたかのようによそおって姿を消し、自宅の壁に、ジョンの血染めの指紋を押し付ける。オウルデイカーのもくろみどおり(*→〔仕返し〕4)、ジョンは殺人犯として、警察に逮捕される〔*ホームズが「指紋は偽造だ」と見抜いて、ジョンを救った〕。
『悪魔の紋章』(江戸川乱歩) 北園竜子の拇(おや)指の指紋には、渦巻きが三つあった。二つの渦巻きが上部に並び、その下に横長の渦巻きがあって、怪物の両目とニヤニヤ笑いの口のように見えた。この「三重渦状紋」とでもいうべき指紋を悪人が採取し、写真製版技術でゼラチン版を作って、連続殺人事件の現場に、いくつも押した。それを知った北園竜子は、このままでは殺人犯と見なされてしまうので、自ら拇(おや)指を切り落として川へ棄てた。しかし彼女は悪人に捕らわれ、刺殺された。
『ペルゴレーズ街の殺人事件』(ルヴェル) 列車の車室に、老紳士・若い男・その細君・「私」の四人がいた。ペルゴレーズ街の殺人事件が話題になり、警察の嘱託医である「私」は、「犯人は現場に血染めの手形を残しました。右手の指紋と、掌の特徴ある傷跡が、はっきりわかります」と言って、手形の写真を見せる。その時、列車はトンネルに入り、若い男は右手をトンネルの柱にぶつけて、手首を失った。殺人事件の犯人は、わからずじまいだった。
*殺人犯の証拠を隠すために、自分の指を切り落とす→〔爪〕4の『爪』(アイリッシュ)。
『番号をどうぞ』(星新一『ひとにぎりの未来』) エヌ氏は旅先で財布を落とした。現金もクレジットカードも失い、カードの番号も覚えていないので、買い物ができない。家へ帰る交通費もない。預金通帳・保険証・身分証明書・市民カード・納税カードなど、どれも番号がわからないので、警察でも相手にしてくれない。エヌ氏はやけを起こし、通行人をなぐり、犬を蹴とばすなどして、逮捕される。今度は警察は、番号に頼らなかった。エヌ氏の指紋をとり、ただちに身元を明らかにした。
※手術によって、他人の指紋を手に入れる→〔同一人物〕4の『ブラック・ジャック』(手塚治虫)「刻印」。
※仮面の男の正体を、指紋で判定する→〔仮面〕3の『犬神家の一族』(横溝正史)。
『吸血鬼ドラキュラ』(ストーカー) 吸血鬼は、十字架・聖餅・ニンニク(*→〔首〕5a)・太陽光線が苦手である。ドラキュラ伯爵が現れた時、彼と闘うジョナサン・ハーカーたちは、手に手に十字架と聖餅をかかげて身を守り、ドラキュラを追い払った。ドラキュラ伯爵は最後には、身を隠している木箱を開けられ、夕日に照らされたため、粉々の塵となり、サラサラとくずれて消え去った。
『スーパーマン』(ドナー) 万能のスーパーマン(演ずるのはクリストファー・リーヴ)も、鉛だけは透視できないし、生まれ故郷クリプトン星の隕石から出る放射能には弱い。悪人ルーサー(ジーン・ハックマン)のたくらみで、スーパーマンは鉛の箱の中身が隕石であると知らずに開け、力を奪われ捕らわれてしまう。しかしルーサーの部下の女がスーパーマンに同情し、解放してくれた。
『たのきゅう』(日本の昔話) 爺に化けたうわばみが、山道で「たのきゅう」という名の旅役者に出会う。うわばみは「たのきゅう」を「狸」と聞き違えて気を許し、「自分は煙草のやにと柿の渋が大嫌いで、それを体につけられたら動けなくなる」と語る。「たのきゅう」は村人たちにそれを教え、村人たちはうわばみを退治しようと、煙草のやにや柿の渋を集める。うわばみは山から逃げて行く。
『ドラえもん』(藤子・F・不二雄)「○□恐怖症」 ジャイアンは蛇もお化けもこわがらないので、ドラえもんが恐怖症スタンプに「○」を書いて、ジャイアンの背中に押す。とたんにジャイアンは丸いものすべてが恐ろしくなり、ボールを見ても風船を見ても悲鳴をあげる。ドラえもんのしわざと知ってジャイアンは怒るが、ドラえもんの丸顔を見ると、こわくなって逃げて行く。
*宿り木だけが恐ろしい→〔契約〕1の『ギュルヴィたぶらかし(ギュルヴィの惑わし)』(スノリ)第49章。
『ギリシア神話』(アポロドロス)第3巻第13章・摘要第5章 母女神テティスが、嬰児アキレウスを火にさらして全身を不死にしようとしたが、夫ペレウスに見つかったため、テティスは目的をはたせなかった。後、アキレウスは唯一の弱点である踵を、アレクサンドロス(パリス)とアポロンに射られて死んだ。
『還城楽物語』(御伽草子) 龍国の龍王は、生まれて以来毎日黄金を食したため、全身黄金であるが、乳母が黄金を少し盗んだので、左わきの下四寸の穴が人間の膚であった。
*足だけが弱点→〔足が弱い〕5の『ギリシア神話』(アポロドロス)摘要第5章(アキレウス)など、→〔足が弱い〕6の『アルゴナウティカ』(アポロニオス)第4歌など。
*耳だけ、隠すことができなかった→〔耳を切る〕5の『鬼婆に耳から食われた話』(日本の昔話)など。
*全身堅い鉄だが、一ヵ所だけ弱い部分がある→〔鉄〕2の『日田の鬼(き)太夫』(日本の昔話)など。
*夫のただ一ヵ所の弱点を、妻が敵に教える→〔夫の弱点〕。
*身体にあるただ一ヵ所の弱点を、身体の外のどこか安全な場所に移しておくことができるならば、もはや身体には弱点がないのだから、どこを攻撃されても無事である。これが→〔体外の魂〕1の『変身物語』(オヴィディウス)巻8などの物語である。
★3.身体の一ヵ所にある、触れてはならない部分(これも、ただ一ヵ所の弱点・急所の一種であろう)。
『韓非子』「説難」第12 龍はおとなしい動物ではあるが、喉の下に一枚だけ、逆さに生えた径一尺ほどの鱗(逆鱗)がある。人がそれに触れようものなら、怒った龍にたちどころに殺されるという。
*龍王の鱗→〔龍王〕2の『封神演義』第12回。
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