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【盗み】

 *関連項目→〔泥棒〕

★1.出来心による盗み。

『竹の木戸』(国木田独歩)  貧しい植木職人の女房お源は、隣家の軒下にある炭俵から、炭を時々盗んでいた。隣家では、炭の減り方が目立つので、お源を疑った。お源は亭主の磯吉に、「炭を買うお金もないのだから、もっと精を出して働いておくれ」と訴える。夜遅く、磯吉は上等の炭俵をかついで帰って来て、「友達に金を借りて、一俵買ったのだ」と言う。しかしそれは炭屋から盗んで来たものだった。お源は炭俵を脚継(あしつぎ)にして、土間の梁へ細引きをかけ、縊死した。

『一房の葡萄』(有島武郎)  小さい頃、「ぼく」は横浜の、西洋人ばかりが住む山の手の学校に通っていた。「ぼく」は、友だちのジムが持っている西洋絵の具が欲しくて、ある日、それを盗んでしまった。「ぼく」は皆につかまり、二階の先生の部屋へ連れて行かれた。先生は、西洋人の若い女の先生だった。泣いている「ぼく」に、先生は「明日も必ず学校へ来るんですよ」と言い、窓辺の葡萄蔓から一房の葡萄をもぎ取って、カバンの中に入れてくれた。先生のおかげで、「ぼく」とジムは仲直りすることができた。

★2.万引き。衣服やカバンなどに隠せる小物を、店から盗む。

『燈籠』(太宰治)  貧しい下駄屋の一人娘・二十四歳の「私(さき子)」は、五つ年下の商業学校の生徒水野さんを好きになった。水野さんはお友達と海へ泳ぎに行く約束をしたが、ちっとも楽しそうでなかった。水野さんは孤児で、親戚に厄介になっているのだ。「私」は大丸の店で、男の海水着を万引きして、警察へ連れて行かれた。「私」のことが新聞に出て、近所の人が「私」の様子を覗(のぞ)こうと、家のまわりをうろつく日が続いた→〔ともし火〕6

『間違ひ』(黒岩涙香)  新育府(にーようく)の服装店。客の紳士の筒袴(ズボン)の衣嚢(かくし)から、高価な絹紐の端が出ているので、店員が「万引きか?」と疑って調べる。紳士の服には、いたるところに衣嚢が仕掛けてあり、懐中時計、床の間の置物、馬の鞍など、さまざまな物が出てくる。その時、「奇芸座の座長」と名乗る男が駆け込み、「見物が待ちくたびれて、木戸銭を返せと騒いでるぞ」と、紳士を叱る。「さては出番前の手品師であったか」と、店員たちは平謝りして品物を返す。しかし手品の興行などはなく、彼らは二人組の万引き犯だった。

*万引きのふりをする→〔ゆすり〕1の『青砥稿花紅彩画(あおとぞうしはなのにしきえ)』(河竹黙阿弥)3幕目「雪の下浜松屋の場」。

*毎年、万引きに来る女→〔女神〕2の『れいの女』(星新一)。

★3.盗癖。

『マーニー』(ヒッチコック)  美女マーニー(演ずるのはティッピー・ヘドレン)には盗癖があった。彼女は会社に勤めては、金庫から大金を盗んで姿をくらました。これまでに五回盗みをはたらき、五万ドルを得た。マーニーは五歳の時に殺人を犯し、母親がその罪を引き受けた、という過去があった(*→〔恐怖症〕3)。幼いマーニーには事件の記憶が残らなかったが、彼女は何となく母親に負い目を感じていた。そのため、マーニーは大金を盗んで、母親に送金したり高価なプレゼントを贈ったりしていたのだった。

*盗癖のある男→〔語り手〕4の『私』(谷崎潤一郎)。

★4.死体を盗む。

『マタイによる福音書』第27〜28章  イエスの処刑直後、弟子たちが死体を盗み出して「イエスは復活した」などと言いふらさぬよう、墓に番兵が配置された。しかしイエスの死体は墓から消えた。死体消失の報告を受けた祭司長たちは、多額の金を番兵に与え、「イエスの弟子たちが夜中にやって来て、我々(番兵)が眠っている間に、死体を盗んで行った」と言わせた〔*他の福音書には、この話はない〕。

 

 

【濡れ衣】

★1a.盗みの濡れ衣を着せられる。

『好色五人女』巻1「姿姫路清十郎物語」  但馬屋の金戸棚の七百両が紛失した。「手代清十郎がお夏と駆け落ちする時に、七百両を取って逃げた」と見なされて、清十郎は捕らえられ、二十五歳の四月十八日に刑死した。実際は、七百両は置き場所が変わっただけのことで、六月初めの虫干しの折に、車長持の中から見つかった。

『草紙洗小町』(能)  内裏歌合で、小野小町が「まかなくに何を種とて浮草の浪のうねうね生ひ茂るらん」と詠ずる。大伴黒主が非難して、「それは『万葉集』から盗んだ歌だ」と言う。しかし証拠として黒主が示した『万葉集』の写本は、「まかなくに」の歌だけ墨の色が違う(*→〔盗作・代作〕4)。小町が濡れ衣を晴らすために写本を水で洗うと、「まかなくに」の歌は一字残らず消えてしまった。

*中老尾上が、名香蘭奢待(らんじゃたい)を盗んだ、との濡れ衣を着せられる→〔仇討ち(主君の)〕1の『鏡山旧錦絵(かがみやまこきょうのにしきえ)』。

*鼠が盗んだにもかかわらず、人間が濡れ衣を着せられる→〔動物犯行〕1の『世間胸算用』(井原西鶴)巻1−4「芸鼠の文づかひ」など。

★1b.文字どおり、「濡れた衣を盗んだ」との濡れ衣を着せられる。

ぬれぎぬ塚の伝説  筑前守佐野近世の娘春姫は、継母によって「漁師のつり衣を盗んだ」との濡れ衣を着せられる。父近世が春姫の寝所を調べると、姫の蒲団の上に、濡れたつり衣がかけてあった。近世は「卑しき者の衣を盗むとはもってのほか」と、怒って春姫を斬り殺す。後、春姫の霊が近世の夢枕に立って無実を訴え、近世は「すべて妻のたくらみだったか」と悟り、悔いて出家した(福岡市東大橋畔)。

★2a.「銀の食器を盗んだ」との濡れ衣を着せられる物語と、逆に、盗んだにもかかわらず「あげたのだ」と言われる物語。

『創世記』第42〜45章  エジプトの高官となったヨセフの所に、彼の兄弟たちがカナンの地から穀物を買いに来る。兄弟たちは高官がヨセフとは気づかない。ヨセフは自分の銀の杯を末弟ベニヤミンの袋に入れ、ベニヤミンに盗みの濡れ衣を着せる。狼狽する兄弟たちに、ヨセフは自分の正体を明かし、彼らを厚くもてなす。

『レ・ミゼラブル』(ユーゴー)第1部第2編11〜12  十九年の刑期を終えたジャン・ヴァルジャンは、前科者ゆえに、宿での宿泊を断られる。彼はミリエル司教の世話になるが、その夜、銀の食器を盗んで逃げる。しかし捕らえられたジャンに向かい、ミリエル司教は「燭台もあげたのに。なぜあれも食器といっしょに持って行かなかったのか」と言う。

*女中が銀の食器を盗んだ、との濡れ衣を着せられる→〔動物犯行〕1の『テレーズ・ラカン』(ゾラ)。

★2b.「甕を盗んだ」との濡れ衣。

『寓話』(ラ・フォンテーヌ)第1集「フリギアの人イソップの生涯」  イソップがデルフォイの人々を批判したため彼らは怒り、神聖な甕をイソップの衣類の中に隠して盗みと涜神の罪を着せ、崖から突き落としてイソップを殺した。

★3.「食べてはいけないものを食べた」との濡れ衣を着せられる。

『一寸法師』(御伽草子)  宰相殿の十三歳の姫君が眠っている間に、一寸法師が打撒(うちまき)の米を姫君の口に塗りつけ、「私の米を姫君が食べた」と宰相殿に訴える。宰相殿は、姫君の口に米がついているのを見て一寸法師の言葉を信じ、姫君を一寸法師に与え、追放する。

『餅は本尊様』(日本の昔話)  和尚が出かけて留守の間に、御仏前に供えたおはぎを小僧が食べてしまう。そのあと小僧は、おはぎの餡を仏さんの口もとにぬりつけておいたので、仏さんが盗み食いの濡れ衣を着せられた(広島県高田郡)→〔仏〕4

『六羽の白鳥』(グリム)KHM49  白鳥にされた兄たちを救うため、六年間の沈黙を守る姫が、ある国の王の妃になる。姑が妃を嫌って、妃の産んだ赤ん坊を奪い、眠る妃の口に血を塗って「妃は人を食う」と王に告げる。三度これが繰り返され、ついに妃は処刑場に引かれる。しかしその日が六年の最後の日で、兄たちは人間の姿にもどり、妃は無実を王に訴える〔*口に血がついたため、濡れ衣を着せられる→〔誤解による殺害〕1の『パンチャタントラ』第5巻第2話・〔見間違い〕3の『サセックスの吸血鬼』(ドイル)〕。

★4.妻殺しの濡れ衣を着せられる。

『逃亡者』(デイヴィス)  医師キンブル(演ずるのはハリソン・フォード)が帰宅すると、妻が殺されており、片腕の男が逃げて行った。キンブルは妻殺しの濡れ衣を着せられ、死刑を宣告される。彼は護送車から脱出し、病院にある義手の記録を調べて、片腕の男の居所をつきとめる。事件の黒幕は、親友の医師ニコルズだった。ニコルズは製薬会社と手を組んでいた。キンブルが新薬の副作用を指摘したので、ニコルズは片腕の男を雇い、キンブルを殺人犯に仕立てて葬り去ろうとしたのである〔*→〔アリバイ〕2の『幻の女』(アイリッシュ)と類似の設定〕。

★5.謀反の濡れ衣を着せられる。

『北野天神縁起』  左大臣藤原時平の陰謀により、右大臣菅原道真は「帝の廃立をたくらんでいる」との濡れ衣を着せられて、太宰府に移された。その折、道真は「あめの下隠るる人もなければや着てし濡れ衣ひるよしもなき」と詠じた。

『菅原伝授手習鑑』初段「加茂堤」〜「筆法伝授」  菅原道真の養女刈屋姫と、醍醐帝弟宮の斎世親王とが恋仲になり、親王の舎人である桜丸が、二人の逢引きの世話をする。しかしこのために道真は、「斎世親王を帝位につけ、自分の娘を皇后にしようとたくらんでいる」との濡れ衣を藤原時平によって着せられ、筑紫へ流罪となる。

『封神演義』第7回  千年の女狐の化身である妲妃が、殷の紂王の後宮に入る。妲妃の意を受けた刺客が紂王を襲って捕らえられ、「姜皇后の命令で紂王暗殺を企てた。皇后の父姜楚桓が紂王に代わって玉座につくためだ」と、偽りの白状をする。濡れ衣を着せられた姜皇后は、拷問されて死ぬ。

『モンテ・クリスト伯』(デュマ)4〜8  若くして船長に任ぜられ、美しいメルセデスと結婚間近のエドモン・ダンテスは、「エルバ島にいるナポレオンと連絡を取り合っている」との濡れ衣を、悪人たちによって着せられた(*→〔宴席〕4)。ダンテスは逮捕され、マルセイユ沖のシャトー・ディフ(悪魔島)の牢獄に幽閉されて、十四年間をそこで過ごさねばならなかった。

★6.冤罪事件。

『真昼の暗黒』(今井正)  土工の小島(演ずるのは松山照夫)が、遊ぶ金欲しさに盗みに入り、老夫婦を惨殺する。警察は「複数犯だ」と思い込み、小島とともに仲間の青年四人を逮捕する。警察の誘導によって、小島は「仲間たちと一緒の犯行で、自分は主犯ではない」と、嘘の陳述をする。裁判の結果、「主犯」と名指しされた植村(草薙幸二郎)は死刑、小島は無期、他の三人には長期の懲役刑が宣告される。植村は、面会に来た老母に「まだ最高裁がある」と叫ぶ。

★7.濡れ衣を晴らす歌。濡れ衣を着せられて死んだ北野天神に訴える。

『十訓抄』第4−6  顕密両教に通じた阿闍梨仁俊が、鳥羽院の女房から「好色な偽聖だ」とそしられた。口惜しく思った仁俊は北野天満宮に参籠し、「哀れとも神々ならば思ふらん人こそ人の道を絶つとも」と詠む。すると女房は半裸の赤袴姿になり、「嘘を申した報いよ」と言って、鳥羽院の御前で舞い狂った〔*『北野天神縁起』に同話〕。

『十訓抄』第10−16  鳥羽法皇の女房小大進が、「御衣を盗んだ」との濡れ衣を着せられた。彼女は、「思ひいづやなき名たつ身は憂かりきとあら人神になりし昔を」の歌を紅の薄様に書いて、北野天満宮の宝殿に貼った。すると、真犯人の法師と雑仕女が御衣をかぶり、獅子舞をして鳥羽殿の南殿に現れた〔*『北野天神縁起』に同話〕。

★8.濡れ衣を着せられても、否定しない。

『黄金伝説』79「聖女マリナ」  マリナは男装して、修道士マリノスと呼ばれた。ある家の娘が、騎士との間に子をもうけ、それを「マリノスに犯されたため」と偽る。マリナは自らを罪人と認め、生まれた子を育てる。長年を経てマリナが死んだ後に、マリナが実は女であったことが明らかになる。

『奉教人の死』(芥川龍之介)  長崎の「さんた・るちあ」寺院の美少年「ろおれんぞ」は、「傘張の娘に子を身ごもらせた」との濡れ衣を着せられ、破門された〔*実際は、傘張の娘は異教徒の男と密通して、子をもうけたのだった〕。「ろおれんぞ」は抗弁せず、乞食となって非人小屋に起き伏しする。それから一年余りの後、長崎の町に大火事が起こった夜、「ろおれんぞ」は自らの命を捨てて、傘張の娘が産んだ子を救った→〔火事〕6a

『妙好人』(鈴木大拙)「付録」3  石見国の妙好人・善太郎が、或る家に一宿した後、袷(あわせ)一枚の紛失に家人が気づいた。下女が盗んだのだったが、下女は善太郎に濡れ衣を着せた。家の主人が善太郎宅へ行って詰問すると、善太郎は弁償金を払い、仏前の団子まで差し出した。家へ帰った主人は、「団子に罪はないから、皆でいただこう」と家人たちに配るが、下女は受け取らず、「自分のような罪業深き者が、その団子を手にしたら、如何なる恐ろしい報いをうけるかもしれぬ」と言って、盗みを自白した。

★9.進んで他人の罪を引き受ける。

『犬神家の一族』(横溝正史)  犬神松子は、犬神家の財産を息子佐清(すけきよ)に相続させるため、邪魔になる人間を次々に殺す。それを知った佐清は、「母松子の罪をすべて我が身に引き受けて自殺しよう」と考え、殺人現場にいろいろと手を加えて捜査を撹乱する。しかし金田一耕助が、「真犯人は犬神松子だ」と指摘する。

『現代人』(渋谷実)  建設省の課長荻野は、病妻の療養費の必要から業者の岩光と癒着し、賄賂をもらうようになった。荻野の一人娘泉は、それを知らない。荻野の部下小田切(演ずるのは池部良)は泉を愛し、「自分が罪を引き受け、荻野をかつての『良き父』に戻してやろう」と思う。小田切は酔って岩光を欧殺した後、庁舎に火を放って荻野の汚職の証拠書類を焼く。小田切は、収賄・殺人・放火の罪を一人で背負い、死刑を求刑される。

『長いお別れ』(チャンドラー)  レノックスの妻シルヴィアが、彼の前妻アイリーンによって惨殺された。レノックスはアイリーンの罪を我が身に引き受け、「自分がシルヴィアを殺した」と探偵フィリップ・マーロウに告げて、姿を消す。やがてレノックス自殺の報と、別れの手紙とが、マーロウのもとに届く→〔偽死〕1

*身分低い侍のおかした過ちを、若君が我が身に引き受ける→〔子殺し〕1の『撰集抄』巻6−10、→〔追放〕1aの『今昔物語集』巻19−9。

★10.殺人犯が、他人にその罪を着せようかと考えるが、思いなおして自首する。

『恐喝(ゆすり)(ヒッチコック)  画家が自室にアリス(演ずるのはアニー・オンドラ)を誘い性交を迫るので、アリスは画家をナイフで刺し殺して逃げる。その時アリスは、現場に手袋を忘れた。手袋の片方は、アリスの恋人の刑事フランクが拾う。しかし別の男がもう片方を手に入れ、アリスをゆすりに来る。ところが男は前科者だったため、警察はその男を、画家殺しの犯人と見なす。アリスは思い悩んだあげく、「私が殺人者です」と警察に告げる。

 

※兄嫁・継母などから、暴行に及ぼうとした、家宝を盗んだ、との濡れ衣を着せられる→〔兄嫁〕1の『水滸伝』(120回本)第24回など、→〔継子への恋〕

※妻が不義密通の濡れ衣を着せられ、夫に殺される→〔仲介者〕2の『オセロー』(シェイクスピア)。

※男女が不義密通の濡れ衣を着せられたために、本当に不義密通の関係になってしまう→〔密通〕8の『好色五人女』巻2「情を入れし樽屋物語」、『鑓の権三重帷子』上之巻。

 

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