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【精液】

★1a.神や人間が精液を飲み込んで、子供を産む。

『クマルビ神話』(ヒッタイト)1「天上の覇権」  天上の覇権をめぐって、クマルビ神がアヌ神と戦う。クマルビ神はアヌ神の性器に咬みついて、アヌ神の精液を呑みこんでしまう。そのためクマルビ神の体内に、アヌ神の子供・天候神が宿った。天候神は、クマルビ神の口から生まれ出る。天候神はただちにクマルビ神との戦いを準備し、クマルビ神を打ち負かした。

『今昔物語集』巻26−2  東国へ旅する男が途中の某地で、蕪に穴をあけて淫欲を処理し、その蕪を捨てて去った。土地の娘が、精液のついた蕪を知らずに食べて妊娠し、子を産んだ。数年後、帰京する男がその地を再び通り、子が生まれたことを知らされ、その地にとどまって娘の婿となった。

★1b.精液が大地・樹・岩にかかり、そこから子供が生まれる。

『ギリシア神話』(アポロドロス)第3巻第14章  ヘパイストス神が女神アテナと交わろうとするが、女神は逃げ、ヘパイストスの精液は大地に落ちた。そこからエリクトニオスが生まれた→〔箱を開ける女〕1

『カター・サリット・サーガラ』「マダナ・マンチュカー姫の物語」6・挿話13  聖仙マンカナカが足を上にあげて苦行をしていた時、天女メーナカーが飛来した。聖仙の心は乱れ、カダリーガルヴァ樹に精液が滴った。たちまちそこから美しい娘が生まれ、聖仙は彼女をカダリーガルバーと名づけた。彼女は成長後、ドリダ・ヴァルマン王の妃になった→〔道しるべ〕2

『クマルビ神話』(ヒッタイト)2「ウルリクムミの歌」  クマルビ神は天候神に復讐するために、強大な神を生み出そうと考える。クマルビ神は泉のそばの大きな岩と寝て、岩に精液をそそぐ。そこから、母である岩と同様、全身岩でできた赤子ウルリクムミが、生まれた。ウルリクムミは成長して背丈が天上に達し、天候神と戦った。

*精液が海に放出され、そこからアフロディーテが誕生する→〔泡〕1の『神統記』(ヘシオドス)。

★2.生命を与える精液は、また生命を奪う毒にもなる。

『今昔物語集』巻29−40  眠る僧の陰茎を蛇がくわえ、僧は美女と交わる夢を見て射精する。蛇は口に精液を受けて死んだ。

★3.精液が尽きれば、生命も尽きる。

『金瓶梅』第79回  第五夫人潘金蓮が、夫西門慶と交わろうとするが、西門慶は疲労していて思うようにならない。潘金蓮が媚薬を多量に飲ませると、西門慶は性交可能になったが、おびただしい精液を噴出させ、精液が尽きると血水が出て、なかなかとまらない。西門慶は病臥し、数日後に死んだ。   

『趙飛燕外伝』  漢の成帝は趙飛燕を皇后とし、さらにその双子の妹合徳をも寵愛した。成帝の精力が衰えたので、合徳は、一粒で一回性交が可能になる丸薬を成帝に飲ませた。ある時、合徳は酔ったいきおいで、一度に七粒も成帝に与える。成帝は一晩中、合徳を抱いていたが、翌朝になると、精液が多量に流れ出して止まらなくなった。成帝はまもなく死んでしまった。 

★4.夢精。

『蟹工船』(小林多喜二)  蟹工船に乗り組んだ漁夫たちは、四ヵ月も五ヵ月も不自然に「女」から離されていたので、内からむくれ上がってくる性欲に悩まされ出した。夢精をするのが何人もいた。誰もいない時、たまらなくなって自涜をする者もいた。

『紅楼夢』第5〜6回  賈宝玉は子供の頃、昼寝をして夢で太虚幻境を訪れ、仙女から性の手ほどきを受けて夢精する。目覚めた賈宝玉の着替えを、彼より二歳年長の侍女襲人が手伝い、賈宝玉の夢精を知って、そのわけを問う。賈宝玉は夢の中の交わりを語り、その場で彼は襲人と現実の性の初体験をする。

『桜の実の熟する時』(島崎藤村)1〜3  ミッション・スクールへ入学した当座、一年半か二年ばかりの間、岸本捨吉は浮き浮きと楽しい生活を送った。幸福は到るところに彼を待っているような気がした。やがて、一切のものの色彩を変えて見せる憂鬱が、少年の身にやって来た。その頃から、捨吉の寝巻が汚れるようになった。制(おさ)えがたく若々しい青春の潮(うしお)は、身体中を馳けめぐった。 

★5.精液を地面へ放出して無駄にする。

『創世記』第38章  ユダは長男エルに嫁タマルを迎えたが、エルは主(しゅ)の意に反したため、主によって殺された。ユダは次男オナンに「兄嫁タマルと結婚し、長男エルのために子孫を残せ」と命じた。オナンは、子孫が自分のものにならないと知り、兄嫁タマルの所へ行くたびに、子種(精液)を地面に流した。これも主の意に反する行為だったので、オナンも主に殺された。 

★6.女性の手によって射精する。

『他人の足』(大江健三郎)  「僕」たちは、脊椎カリエス療養所の未成年者病棟にいる。誰も歩くことができない。ここでは、シーツや下着を汚されたくないとの理由で、看護婦が手で「僕」たちを射精させる。大学生が入院してきて、看護婦の手を拒み、「僕」たちに、政治や社会に関心を持つべきことを説く。皆、反発しながらも感化されて、彼を見習う。しかし、まもなく彼は手術に成功し、歩いて退院してしまった。「僕」は再び看護婦の手を求める。

*→〔足が弱い〕1の、生まれながらに脚が立たず、歩けない神(アメンや蛭子)の物語を連想させる。

 

※天女像に精液をそそぐ→〔神仏援助〕4bの『日本霊異記』中−13など、→〔神仏援助〕4cの『譚海』(津村淙庵)巻の5(弁才天)。

※精子の障害→〔妊娠〕1aの『トリストラム・シャンディ』(スターン)第1巻第1〜3章。

 

 

【性器(男)】

 *関連項目→〔去勢〕

★1.男性器を露出する。

『江談抄』第2−31  右大臣実資が上卿として陣の座にいて申し文を下す時、弾正弼顕定が紫宸殿の東軒下で陰茎を出した。蔵人範国はこらえきれず笑ったが、実資は事情を知らず、範国をきびしく咎めた〔*『今昔物語集』巻28−25に類話〕。

『詩語法』(スノリ)第3章  巨人族の娘スカジが、父を殺されたことの償いを要求して、アース神族のもとへのりこむ。ロキが山羊のひげと自分の性器とを紐で結び、紐の引き合いをしながら奇妙な踊りを見せる。これを見て、怒り顔のスカジも笑い出し、神々とスカジは和解した。

*睾丸を見せて娘を笑わせる→〔笑わぬ女〕3の『金玉医者』(落語)。

『太陽の季節』(石原慎太郎)  竜哉の家へ英子が来た時、竜哉は庭に立てられた離れの部屋へ彼女を案内した。竜哉は風呂から上がり、離れに上がって、障子の外から「英子さん」と声をかける。英子がふり向いた気配に、竜哉は勃起した陰茎を、外から障子に突き立てた。障子は音を立てて破れ、英子は読んでいた本を、力一杯投げつけた。

★2.男性器が見えていることに気づかない。

『蛙(かわず)茶番』(落語)  町内の素人芝居で、おっちょこちょいの半次が舞台番(舞台脇にすわって客席を静める係)を引き受ける。半次は「尻をまくって派手な緋縮緬のふんどしを見せ、客席の娘たちをわーっと言わせよう」と、張り切る。ところが、風呂へ入ってふんどしをするのを忘れたまま、半次は尻をまくる。客席がどよめくので、半次は「緋縮緬を見て感心しているな」と喜ぶ。

『人間失格』(太宰治)「第一の手記」  「自分(大庭葉蔵)」は幼い頃から道化を演じ、周囲を笑わせようと必死の努力をしていた。ある時「自分」は、下男や下女たちを洋室に集め、インデヤン踊りをして皆を大笑いさせた。兄がそれを撮影し、出来上がった写真を見ると、踊りの腰布の合わせ目から小さいおチンポが見えていたので、家中がまた大笑いした。「自分」にとって、これは意外な成功だった。

*大庭葉蔵が男性器の露出に気づかず踊り、下男下女たちを笑わせたのに対し、アメノウズメは意図的に女性器を露出して踊り、神々を笑わせた→〔性器(女)〕1の『古事記』上巻。

★3.男性器を失う、傷つける。

『イシスとオシリスの伝説について』(プルタルコス)18  テュポン(セト)は兄オシリスを殺し、その死体を十四に切り分けてばらまいた。オシリスの妻イシスはパピルスの舟に乗って、切断された各部分を捜し、見つけるとそこに葬った(このため、エジプト中にオシリスの墓がたくさんある)。しかし、生殖器だけは魚に食べられてしまったので、見つからなかった。

『今昔物語集』巻20−10  瀧口の武士道範が、信濃国の郡司の家に宿り、その妻に夜這いする。いよいよ交わろうとした時、陰茎がかゆくなったので、手でさぐると、毛ばかりで陰茎がなくなっていた。道範は退散し、郎等たちにも夜這いを勧める。郎等八人が順番に出かけ、皆、陰茎を取られて帰って来る〔*翌朝、郡司の家の者が、紙に包んだ九本の陰茎を返してくれた。それらは、もとどおり各自の身体に戻った〕。

『トリストラム・シャンディ』(スターン)第5巻第17章  女中スザンナが五歳のトリストラムを椅子によじ登らせ、窓から小便をさせようとした時、窓枠が落ちた。血はほとんど流れなかったが、スザンナは「何も残っていないわ」と叫んで、逃げ出した。

『トリストラム・シャンディ』(スターン)第9巻  トリストラムの叔父トゥビーは、かつて戦争で鼠蹊部に重傷を負った。未亡人ウォドマンがトゥビーに思いを寄せるが、彼女は、トゥビーの鼠蹊部のどの部分に傷があるのかが大いに気がかりで、結局、結婚話は立ち消えになった。

『二人兄弟の物語』(古代エジプト)  バタは「兄嫁を犯そうとした」と疑われ、兄アヌプの前で、自らの性器を葦のナイフで切り取って、河へ投げた。ナマズがそれを呑みこみ、バタは力が萎え弱々しくなった。バタは兄と別れて、杉の谷へ行った。

*父の性器を切り取って、後ろへ投げる→〔後ろ〕3の『神統記』(ヘシオドス)。

*毒槍で睾丸を突かれ、傷に苦しむ王→〔伯父(叔父)〕6の『パルチヴァール』(エッシェンバハ)第5巻・第9巻・第16巻。

*男性器をさそりに刺されて死ぬ→〔にせ花嫁〕4bの『聊斎志異』巻2−48「嬰寧」。

*性交時に男性器が脱けて死ぬ→〔蛇婿〕6の『聊斎志異』巻12−463「青城婦」。

★4.にせの男性器を切り取る。

『古今著聞集』巻16「興言利口」第25・通巻547話  嫉妬深い妻と別れようと考えた男が、亀を一匹買い、首を三〜四寸引き出して切り取っておく。妻と喧嘩になった時、男は「すべてはこれがあるため」と、男根を切るふりをして、亀の首を投げ出し、帰って行く。数ヵ月後に男が訪れると、妻は股のあたりに黒布を着けており、「故人(男根)のための喪服です」と言った。

★5.美しい男性器。

『子不語』巻19−503  少女が窓から外を見ていたら、美少年が小便をしに来た。その陰茎は紅くて新鮮で玉(ぎょく)のようだった。少女は、「男性器は皆あんなふうなのだ」と思い、あこがれる。しかし少女が嫁いだのは菜売りの周某という男で、顔もまずく、陰茎も小さく汚かった。少女は悲しんで病気になり、そのわけを口に出して言うこともできず、死んでしまった。

★6.男性器と女性器の形の違い。

『古事記』上巻  高天原からオノゴロ島へ、イザナキ・イザナミ二神が降りて来る。イザナキがイザナミに「汝の身体はどのように出来上がったか?」と問う。イザナミは「私の身体には、出来上がらずに合わさっていない所があります」と答える。イザナキは「私の身体は出来過ぎて、余った所がある」と告げ、「私の身体の余った所を、汝の身体の合わさっていない所に刺し入れて、国土を産もう」と提案する。

*イザナキ・イザナミ二神が互いの身体の凹凸を合わせて合体するのは、切り離された球状人間が互いの半身を求め合う物語を連想させる→〔人間を造る〕3の『饗宴』(プラトン)。

『なぜ神々は人間をつくったのか』(シッパー)第8章「性器の欠落」  「人作りの魔術師」は、自分そっくりの人間を二体作ったが、それだけでは人間が増えていかないことに気づいた。魔術師は一方の人間の股間を少し引っ張り、もう一方には爪で小さな割れ目を作った。それから、彼らがすべきことを確実になすように、両方に快感を与えた(アメリカ、ピマ族)。

『なぜ神々は人間をつくったのか』(シッパー)第8章「性器の欠落」  神はアダムとエバ(イヴ)を作った後、アダムの身体には土塊をくっつけ、エバの下の部分には斧を当て、二人がなすべきことをする準備をととのえた(ブルガリア)。

『南島の神話』(後藤明)第4章「日本神話と南島世界」  昔、男神アゴクラヤンと女神タリブラヤンが、台湾の東海の孤島に天降った。二人が芋を焼こうとうずくまった時、女神は、男神の下半身の長く突き出たものに気づいた。男神は、女神の下半身の窪みに気づいた。そこへ、つがいのセキレイが飛んで来て腰を振ったので、二神は交合の方法を知り、多くの子孫を産んだ(台湾、アミ族)。

★7.男も女も同じで、ほんの少しだけ差がある。

『アダム氏とマダム』(キューカー)  二十世紀半ばのニューヨーク。検事補アダム(演ずるのはスペンサー・トレイシー)と弁護士アマンダ(キャサリン・ヘップバーン)は、仲の良い夫婦だった。しかし裁判では、敵味方に分かれて争わねばならぬこともある。アマンダは男女同権の堂々たる論陣を張って、夫アダムを苦しめる。でも、裁判が終わって夜になれば仲直りだ。アマンダは「男も女も同じだわ。あっても僅かな差よ」と言う。アダムは「楽しいのはその差だ」と笑い、二人はベッドに入る〔*原題は "Adam's Rib" 〕。

★8.男性器を「悪魔」、女性器を「地獄」と言う。

『デカメロン』(ボッカチオ)第3日第10話  若い聖者が、勃起した性器を「これは悪魔だ」と言って、処女アリベックに見せる。聖者は「悪魔を、あなたの身体にある地獄の中に閉じ込めることが、神様への奉仕になる」と説いて、アリベックと交わる。何度も交わりを繰り返すうちに、アリベックは「神様への奉仕は、本当にこころよいものだ」と感じるようになった。

 

※男性器の身代わり→〔身代わり〕2の『風流志道軒伝』巻之5。

※雄猿が性器を傷つける→〔猿〕4bの『ジャータカ』第273話、→〔猿〕4cの『パンチャタントラ』第1巻第1話。

※睾丸と卵→〔卵〕5の『セレンディッポの三人の王子』1章。

※睾丸と宇宙→〔宇宙〕7の『彼方へ』(小松左京)。 

※落ちそうで落ちない睾丸→〔落下する物〕6bの『パンチャタントラ』第2巻第6話。

※男女が性器を隠す→〔裸〕3の『コーラン』7「胸壁」18〜23など。

※男性器の代用品→〔器物霊〕6の『奇談異聞辞典』(柴田宵曲)「天井の一包」。

 

 

【性器(女)】

★1.女性器を露出して神にはたらきかける。

『古事記』上巻  アマテラスが天の岩屋戸に閉じこもり、高天原も葦原中国も闇夜になった。八百万の神々は、アマテラスを岩屋戸の外へ出す方法を相談する。アメノウズメが神がかりになり、乳房を露出し、裳(も)の紐を陰部まで押し下げて、舞い踊る。神々はそれを見て、大声で笑う。アマテラスは不思議に思い、岩戸を少し開ける〔*『日本書紀』巻1・第7段では、本文・一書ともに「アメノウズメが裸になった」との記述はない〕。

*アメノウズメが意図的に女性器を露出して踊り、神々を笑わせたのに対し、『人間失格』(太宰治)の大庭葉蔵は男性器の露出に気づかず踊り、下男下女たちを笑わせた→〔性器(男)〕2

*女神が裸になって太陽神を誘い出す『古事記』とは逆に、→〔太陽〕1の『イソップ寓話集』「北風と太陽」では、太陽が照りつけて男を裸にする。

*美女を裸にして雨乞いをする、という物語もある→〔雨乞い〕2の『夜叉ケ池』(泉鏡花)。

『沙石集』巻10末−12  和泉式部は藤原保昌に捨てられ、貴布禰神社で夫婦和合の修法を行なう。老巫女が赤い幣を立て巡らせ、鼓を打ち性器を露出し、たたいて三度回る。「同じようにし給え」と言われた和泉式部は、顔を赤らめてこれを断り、「ちはやぶる神の見る目も恥づかしや身を思ふとて身をや捨つべき」と詠歌する。藤原保昌は彼女のふるまいに感心し、愛情が復活する。

★2.女であることを示すために性器をあらわす。

『古事談』巻2−58  源頼光が四天王らを遣わして清監を打たせた時、清監の妹清少納言が同宿していた。男法師のように見えたので殺そうとしたところ、清少納言は、尼であることを示そうと、自ら性器をあらわした。

★3.女性器を露出して敵や魔物に対抗する、あるいは退治する。

『史記』「周本紀」第4  周の氏iれい)王の代、神龍の吐いた沫(あわ。龍の精気)を納めた匱が開かれ、沫が宮庭に流れ出た。王の命令で、全裸の女たちが沫にむかって大騒ぎすると、沫はトカゲと化して後宮に入りこみ、七歳ほどの少女と出会った。少女は十五歳頃になって、夫なしで身ごもり、女児を産んだ〔*沫は精液、トカゲは男性器を意味するのであろうか〕→〔子捨て〕1

『日本書紀』巻2・第9段一書第1  ニニギノミコトが高天原から葦原中国へ降臨しようとした時、その道すじに、一人の怪しい神が立ちふさがった。アメノウズメが乳房をあらわし、裳の紐を臍の下まで押し下げて、その神に向き合い、名を問うた→〔笑いの力〕1

*女性器を見せて「鬼を噛み殺す口だ」と言う→〔口二つ〕1の『鬼餅』(沖縄の民話)。

*乳房を露出して敵を追い払う→〔乳房〕2の『赤毛のエイリークのサガ』。

*→〔傷あと〕11の『カター・サリット・サーガラ』や『パンタグリュエル物語』は、女性器を見せて魔物を追い払う物語が笑話化したもの。

*女性器をあらわして鬼を笑わせる→〔笑いの力〕3の『鬼が笑う』(日本の昔話)。

*女性器をあらわして女や女神を笑わせる→〔笑わぬ女〕2の『デメテルへの讃歌』など。

★4.女性器の絵を刺青にするのは、魔よけ・弾丸よけの意味があるのかもしれない。

『黒地の絵』(松本清張)  朝鮮戦争で戦死した黒人兵の腹に、赤色で女性器を描いた刺青があった。死体処理作業に従事する歯科医香坂は、「こんな刺青を彫ってしまったら、軍務を終えて帰郷した後で人前に出られず、後悔するだろう。そこまで考えが及ばない無知な男だったのか」と思う。しかしすぐ「いや、そうではない」と香坂は考え直す。この兵士は、戦場から生きて帰れないことを覚悟して、女性器の刺青を彫ったのだ→〔暴行(人妻を)〕3

*→〔千〕11の『現代民話考』(松谷みよ子)6「銃後ほか」第2章の2の、千人針に女性の陰毛を用いるという話も、女性器が魔よけ・弾丸よけになる、ということなのであろう。

★5.貞操を守る紐も、女性器同様に、化け物を退治する力を持つ。

『物知り老人』(アイヌの昔話)  檻の中のミントゥチ(河童の化け物)が暴れ出し、その家の二人の女(*→〔口と魂〕4)を取り殺そうとする。物知り老人の教えで、二人の女はラウンクッ(女の貞操を守る紐。夫以外の者は絶対に手を触れることができない)をほどき、二本の紐をつないで檻をしばる。物知り老人が呪文を唱えると、ミントゥチは、見えない紐で首をしめられるごとく苦しみ、死んでしまった。ラウンクッには化け物を殺す力が備わっているから、常に身につけているべきだ、と言われる。

★6.歯牙のある女性器。ヴァギナ・デンタータ。

『耳袋』(根岸鎮衛)巻之1「金精神(こんせいじん)の事」  津軽での出来事。娘の陰部に鬼牙があって、交合の折に男根を傷つけたり喰い切ったりするので、何人もの婿が、逃げ帰ったり死んだりした。一人の男が黒銅製の男根を用いると、陰部の牙はことごとく砕けて抜け、以後は普通の女になった。その地方では、黒銅で男根の形をこしらえて「カナマラ大明神」と呼び、今でも神体として尊崇している。

『夢日記』(スウェーデンボルグ)  「私」は、あまりきれいでない女と寝ていた。「私」はその女を好いていたので、彼女に触れたが、その入口には歯が並んでいた(一七四四年四月十三〜十四日)。石炭の火が赤々と燃えている所で、「私」は女たちと一緒になった。女たちは、「私」が入って行きたいと思う箇所に歯をはやしていて、「私」が入ろうとするのを妨げた(同年十月九〜十日)。

*入れ子構造の女性器→〔入れ子構造〕4の『女体消滅』(澁澤龍彦)。

★7.女性器を傷つける。

『古事記』上巻  アマテラスが忌服屋(いみはたや)にいて、神に奉る衣を織らせていた時、スサノヲが服屋(はたや)の屋根に穴をあけ、天の斑馬を逆剥ぎにして落とし入れた。天の機織女(はたおりめ)は驚き、梭で陰部を突いて死んだ〔*『日本書紀』巻1・第7段本文ではアマテラスが梭で身を傷つけた、一書第1ではアマテラスの子とも妹ともいわれる稚日女(ワカヒルメ)が、梭で身を傷つけて死んだと記す〕。

*箸が女性器に突き刺さる→〔箸〕3の『日本書紀』巻5祟神天皇10年(B.C.88)9月(倭迹迹日百襲姫命)など。

『播磨国風土記』揖保の郡萩原(はりはら)の里  神功皇后の従者たちが、米をつく女たちの性器を交接して断ち切った(裂傷を負わせた)。それゆえ、その地を陰絶田(ホトタチダ)と言う。

*火の神を産んで女性器を火傷する→〔火〕1aの『古事記』上巻(イザナミの死)。

★8.女性器をみるための計略。

『ヰタ・セクスアリス』(森鴎外)  「僕(哲学者金井湛)」が十歳の時のこと。それまで、女の身体のある部分を見たことがなかったので、「僕」は一計を案じ、同年くらいの勝(かつ)という娘に、「縁の上から飛んで遊ぼう」と言った。「僕」が着物の尻をまくって庭へ飛び降ると、無邪気な勝は同じように尻をまくって飛んだ。「僕」は目を円(まる)くして覗いたが、白い脚が二本、白い腹に続いていて、何も無かった。「僕」は大いに失望した。

*下から女性器を見る→〔死の起源〕4の『南島の神話』(後藤明)第3章「死の起源と死後の世界」。

 

※女性器を「地獄」と言う→〔性器(男)〕8の『デカメロン』(ボッカチオ)第3日第10話。

※手で女性器の形状をあらわす→〔手〕6aの『東西不思議物語』(澁澤龍彦)27「迷信家と邪視のこと」、→〔手〕6bの『神曲』「地獄篇」第25歌。 

※女性器と口→〔口二つ〕1の『聴耳草紙』(佐々木喜善)89番「狸の話(狸の女)」。

※女性器と貝→〔蛸〕1bの『赤貝猫』(落語)。

※男女の性器の形の違い→〔性器(男)〕6の『古事記』上巻など。

※男女が性器を隠す→〔裸〕3の『コーラン』7「胸壁」18〜23など。

 

 

【性交】

★1.初めての性体験。

『青い麦』(コレット)  十六歳の少年フィリップと十五歳の少女ヴァンカは恋人どうしだった。八月末のある日、三十歳過ぎのマダム・ダルレーに誘惑されて、フィリップは初めての性体験をする。それを知ったヴァンカは怒り「あなたは、それを私に求めるべきだったのよ」と言う。その夜二人は結ばれる。

*性夢がきっかけで初体験をする→〔精液〕4の『紅楼夢』第5〜6回。

*童貞男の初体験→〔童貞〕2の『聊斎志異』巻11−415「書癡」、→〔童貞〕3の『明烏』(落語)など。

★2.性交の方法を知らない男女。

『善さんと悪さん』(古代ヒッタイト)  神々がアップに、「妻と寝れば子が出来る」と教える。アップは、着物を着たまま妻に背を向けて眠るが、子供はできない。太陽神が「妻を抱いて楽しめ」と教え、アップは妻と交わり子を得た。

『ダフニスとクロエー』(ロンゴス)巻3〜4  恋し合う少年ダフニスと少女クロエーは横になり抱き合うが、正しい性交のしかたを知らない。二人のありさまを見た人妻リュカイニオンが、ダフニスを誘い導いて性交を体験させる。後にダフニスとクロエーは結婚し、ダフニスは人妻リュカイニオンに教わったことを、初めて試みる。クロエーは、かつて抱き合ったのは子供の遊びにすぎなかったことを知る。

*動物の動きを見て、男女が性交のしかたを知る→〔動物教導〕3aのバッタに教わった交道(沖縄の民話)、→〔動物教導〕3bの『なぜ神々は人間をつくったのか』(シッパー)第8章「交合」など。

*無邪気な男女に、性交を促す酒→〔酒〕3cの酒と生殖の起源の神話。

★3a.性交によってAからBに病気をうつす。その結果Aの病気が治る。

『サン・ヌーヴェル・ヌーヴェル』第55話  ペストに罹患した娘が、男との交わりを経験せぬまま死ぬのを残念に思い、また、交わりが病気の薬になるような気がして、何も知らぬ四人の男と交わる。その結果、娘はすっかり快癒するが、男は四人のうち三人までがペストをうつされて死んだ。 

『南京の基督』(芥川龍之介)  梅毒を病む少女売笑婦金花は、朋輩から「人にうつせば治る」と聞かされる。ある夜、訪れた外国人客をイエス・キリストの化身と思い、金花は彼に身をまかせる。翌朝、彼女は「神の力で病気が癒された」と感じる〔*しかし客はただの不良外人で、彼は梅毒に感染して発狂した〕。

*芥川は南部修太郎宛ての書簡に、「金花の梅毒が治る事は今日の科学では可能だ。ただ根治ではない。外面的徴候は第一期から第二期へ第二期から第三期へ進む間に消滅する。つまり間歇的に平人同様となるのだ」と記している(岩波文庫『芥川竜之介書簡集』104)。金花の梅毒は治癒したのではなく、むしろ進行しているのだ。

*妻が情夫と性交することによって、夫にとりついた「死」を情夫に乗り移らせる、という嘘→〔密通〕4の『パンチャタントラ』第4巻第7話。

★3b.病気治療と称して性交する医者。

『医者間男』(落語)  医者と間男している女が、「亭主の目の前でかわいがられてみたい」と言う。医者は亭主に「あんたの嫁はんのだいじな所に腫れ物ができた。私の一物に薬を塗って治療するしか方法がない」と告げ、亭主の前で女と交わる。女がしだいに取り乱すのを見て、亭主は「ええ、もう! 先生が医者やなかったら疑うとこや」と言う。

★4.性交による若返り。

『列仙伝』(劉向)「女几(じょき)」  酒屋の女几は、仙人から酒代の代わりに房中術の書物を得た。彼女はその方法を、大勢の若者を相手に試みた。三十年これを続けたところ、すっかり若返り、二十歳の頃のような容貌になった。

★5.性交の喜び。

『変身物語』(オヴィディウス)巻3  ユピテル(ゼウス)が「女の喜びは、男のそれよりも大きい」と言い、后ユノー(ヘラ)は「とんでもない」と否定する。男女両性の喜びを知るテイレシアス(*→〔性転換〕4)が、「ユピテルが正しい」と裁定したので、ユノーは怒ってテイレシアスを罰し、彼を盲目にする。ユピテルは代償に、テイレシアスに未来を予言する力を与える〔*『ギリシア神話』(アポロドロス)第3巻第6章では、テイレシアスは「男と女の快楽の比率は一対九」と言う〕。

★6.女が性交中に目を閉じて、別の男のことを思う。

『雁』(森鴎外)20  お玉は、末造と向き合って話をしていても、「これが岡田さんだったら」と思う。最初はそう思うたびに、自分で自分の横着を責めていたが、しだいに平気で岡田のことばかり思いつつ、話の調子を合わせるようになった。それから末造の自由になっていて、目を瞑(つぶ)って岡田のことを思うようになった〔*折々は夢の中で岡田と一しょになる。「ああ、嬉しい」と思うとたんに、相手が末造になり、ハッと驚いて目を醒まして泣くこともある〕。

*夫も妻も、それぞれ別の女、別の男を思いつつ性交する→〔性交〕9の『親和力』(ゲーテ)。

★7a.子供が、父母の性交現場を目撃する。

『光る海』(石坂洋次郎)  久美子たち高校三年生の男女が皆で話し合ったところによると、彼らの七十パーセントくらいは、子供の頃、パパとママが一緒に寝ているのを見たことがあった。それを見た時、「ママがこわい夢を見たのでパパの寝床に入って行った」とか、「パパがママをいじめている」などと思った者もいたが、「何かわからないが、口に出してはいけない行為をしている」と考えた早熟な者もいた。

★7b.子供が、父と芸者の性交現場を目撃する。

『哀蚊(あわれが)(太宰治)  姉様が婿養子をとった祝言の晩、幼かった「私」は、父様が離座敷(はなれ)の真っ暗な廊下で、背の高い芸者衆と相撲を取っているのを見た。父様は、弱い人をいじめるようなことは決してしなかったから、きっと芸者衆が何かひどくいけないことをしたので、父様はそれを懲らしめていたのだろう。

★7c.子供が、母と愛人の性交現場を目撃する。

『雨の訪問者』(クレマン)  メリーは小学生の時、帰宅して、母が裸で、知らない男とベッドに寝ているのを見た。父がメリーを問い詰め、メリーは耐え切れずに、母の行為を話してしまう。父は家を出て行く。メリーは大人になり、パイロットの夫と結婚する。ある日メリーは、暴漢に襲われ犯される。しかし彼女はそのことを警察に言わず、夫にも知られないようにした→〔暴行(人妻を)〕4

*他人の性交をのぞき見る→〔初夜〕4の『哀蚊(あわれが)』(太宰治)など、→〔外国語〕3の『現代民話考』(松谷みよ子)2「軍隊ほか」第12章。

*遠方から、他人の性交を見る→〔閨〕5の『ある崖上の感情』(梶井基次郎)、→〔屋根〕2aの『屋根を歩む』(三島由紀夫)、→〔屋根〕2bの『寝敷き』(松本清張)、→〔木登り〕3cの『武道伝来記』巻4−3「無分別は見越の木登」。

*死後もなお、現世の男女の性交に関心を持ったりすると、なかなか成仏できない→〔転生〕7の『チベットの死者の書』第2巻。

★8.一人の男がある家を訪れ、一家全員(男も女も)と性関係を持つ。

『いいえ』(落語)  女形の役者が、女姿のまま旅に出て百姓家に宿を請う。その家は親父・女房・娘の三人家族だったが、夜のうちに役者は本性を現し、女房と娘を犯す。一方、親父は役者を「いい女だ」と思い、翌朝その辺まで送るついでに口説く。ところが、あべこべに役者が親父の尻を犯してしまう。役者が去った後、落ち着かぬ三人は、互いに「変わったことはなかったか?」「いいえ」と言い合う〔*『嵐民弥』『尾上多見江』など、登場する役者の名前をタイトルにする場合もある〕。

『テオレマ』(パゾリーニ)  ブルジョアの工場主とその妻・息子・娘・女中が住む邸宅に、見知らぬ青年(演ずるのはテレンス・スタンプ)が客として訪れ滞在する。何日かの滞在中に青年は、女中・息子・妻・娘・工場主の順に、全員と性関係を持つ。青年が去った後、女中は瞑想生活に入り空中浮揚する。息子は狂気のごとく絵画制作に没頭する。妻は街の青年たちと性交する。娘は全身が硬直して病院に運ばれる。工場主は全裸で荒野をさすらう。

★9.性交によらぬ遺伝・妊娠。

『押絵の奇蹟』(夢野久作)  歌舞伎役者中村半太夫が博多へ興行に来た折に、土地の人妻と出会った。美男美女である二人は、一目で互いに恋に落ちるが、何事もなく別れる。やがて人妻は、夫との間に女児をもうける。生れた女児の顔は、半太夫そっくりだった。同じ頃、半太夫の妻は、博多の人妻に生き写しの男児を産んだ。

『親和力』(ゲーテ)  エドゥアルトと妻シャーロッテの屋敷に、エドゥアルトの親友オットー大尉とシャーロッテの姪オッティリエが同居する。四人で暮らすうち、エドゥアルトとオッティリエ、シャーロッテと大尉が、それぞれ相愛の仲になる。ある夜、エドゥアルトとシャーロッテは久しぶりに同衾するが、抱き合いながらも、エドゥアルトはオッティリエを、シャーロッテは大尉を思っていた。夫妻の間に生まれた男児は、大尉そっくりの顔だち・身体つきで、オッティリエそっくりの眼をしていた。

『南総里見八犬伝』第2輯巻之1第12回〜巻之2第13回  八房と伏姫は相交わることはなかったが、八房は心に伏姫を妻と思い、伏姫は、経を聴聞する八房を憐れむゆえに、物類相感の理によって懐妊する。懐胎六ヵ月の伏姫が自ら腹をかき切ると、傷口から白気が閃き出て、襟にかけた水晶の数珠を包んで虚空に昇る。

★10.さまざまな性体験。

『エマニエル夫人』(ジャカン)  外交官夫人エマニエル(演ずるのはシルヴィア・クリステル)は、夫の赴任先であるタイのバンコクへ旅立つ。バンコクには、有閑フランス人の社交グループがあった。オナニー好きの少女やレズビアンの女たちに、エマニエルは出会う。夫はエマニエルに、いろいろな性体験をするよう勧める。初老の男マリオがエマニエルの教育係になって、乱交の哲学を説く。マリオはエマニエルを何人もの男たちと交わらせる。それに応えて、エマニエルの心も身体も変わって行く。

★11.一年に一度の交わり。

『椿説弓張月』後篇巻之1第17回  三宅島沖の「女護の嶋」には女だけが住み、その近くの「男(を)の嶋」には男だけが住んでいる。「男女が一緒に住めば、海神のたたりがある」との言い伝えがあるからだ。一年にただ一度、南風の吹く日があると、「海神の許しがあった」と言って、男たちは「女護の嶋」へ渡り、女たちと夫婦の交わりをする。男児が生まれたら「男の嶋」へ送り、女児が生まれたら「女護の嶋」に残すのである。

*一年に一度、七月七日だけの逢瀬→〔天の川〕1の『天稚彦草子』(御伽草子)など。

★12.天人の交わり。

『花妖記』(澁澤龍彦)  天人の交わりには五品ある。地上に住む地居天(ぢごてん)は人間のように相交わって情をとげるが、それより上の空中に住む夜摩天(やまてん)は相擁するだけで、兜率天(とそつてん)は手を執り合うだけで、化楽天(けらくてん)は笑みを交わすだけで、他化自在天(たけじざいてん)は見つめ合うだけで、情をとげるという。与次郎は、梅花の精のごとき美女と交わり、「この女は天人ではなかろうか?」と疑った→〔死体〕10。 

★13.いもりの交尾。

『いもりの黒焼』(落語)  交尾最中のいもりのオスとメスを引き離し、別々に黒焼にすると、いもりの思いのこもった惚れ薬ができる。その一方を男が自分の肌身につけ、もう一方を女に振りかければ、女は男を慕って寄って来る。喜ィ公が、米屋の美人娘に黒焼を振りかけるが、風が吹いたために、米俵にかかってしまった→〔薬〕1。 

★14.交接の証拠。

『和漢三才図会』巻第45・龍蛇部「避役(おおいもり)」  守宮(いもり)を朱で飼い、三斤(一斤は約六百グラム)に及ぶと殺し、乾して粉末にして女の身体に塗る。これは交接すれば剥(は)げるが、そうでなければ赤痣のように身体についているという。諸書にこの法が載っているが、大抵は本当でない。多分、別に術があるのだろう。 

 

 

【性交せず】

★1.性交を拒否する女。

『女の平和』(アリストパネス)  アテナイとスパルタの抗争が続き、男たちが家を留守にして戦争に明け暮れるので、妻たちは団結し、戦争が終わるまで夫との性交渉を拒否する。男たちは禁欲生活に耐えられず、アテナイとスパルタは和睦する。

『ギリシア神話』(アポロドロス)第1巻第4章  アステリアーは、ティターン族のコイオスの娘だった。彼女はゼウスと交わることを厭(いと)い、鶉に変身して海へ身を投げた。

『日本書紀』巻7景行天皇4年(A.D.74)2月  景行天皇は美濃国に行幸し、八坂入彦の女(むすめ)弟媛が美人だと聞いて、妃にしようと召した。弟媛は、「私は交接の道を好まない性質ゆえ、召されても嬉しくない。代わりに姉を後宮に入れ給え」と請い、天皇は聞き入れて姉の八坂入媛を妃とした。

★2.性交を嫌悪し、男を殺す女。

『反撥』(ポランスキー)  キャロル(演ずるのはカトリーヌ・ドヌーヴ)は姉と二人でアパートに暮している。姉は恋人をアパートに泊め、情事の折の姉の声が隣室から聞こえて、キャロルは眠れない。彼女は男性全般に嫌悪感を抱く。夜、キャロルは見知らぬ男に犯される夢を見る。キャロルが一人でいる時に、男友達が訪れる。キャロルは彼を燭台で殴り殺し、死体を浴槽に沈める。家主が家賃を取りにやって来て、ネグリジェ姿のキャロルに抱きつく。キャロルは彼を剃刀で切り殺す。

★3.女と一夜をともに過ごしながらも、性交をせぬ男。

『朝』(太宰治)  小説家の「私」は、銀行勤めの若い女性キクちゃんの部屋を、昼間だけ仕事場として借りる。ある夜、私は大酔してキクちゃんの部屋に泊まり、停電ゆえ、蝋燭をつけてもらう。「蝋燭が燃え尽きたらキクちゃんの身が危ない」と、「私」は覚悟しかけ、やがて蝋燭が消えるが、その時すでに夜明けだった。

『源氏物語』「総角」  宇治の大君に求愛し続ける薫は、ある夜彼女の部屋に忍び入るが、大君は身を隠し、あとに妹中の君が残される。大君は妹を薫に与え、自らは妹の後見をしようと考えていた。薫は中の君に魅力を感じながらも、大君思慕の純粋さを示すため、中の君に触れぬまま朝を迎える〔*この時より五十年余り前、「空蝉」の巻にも、類似の状況が描かれる。光源氏は空蝉に逃げられ、あとに軒端の荻が残される。しかし源氏は薫と異なり、人違いと知りつつも軒端の荻と関係を持つ〕→〔人違い〕7

『行人』(夏目漱石)「兄」37〜38  暴風雨のため、「自分(長野二郎)」は嫂(あによめ)の直(なお)と、和歌山の旅館の一室で一夜を過ごす(*→〔妻〕6a)。直が「これから和歌の浦へ行って、一所に飛びこんでお目にかけましょうか」と言うので、「自分」は「あなた今夜は昂奮している」となだめる。直は「たいていの男は意気地なしね。いざとなると」と床の中で答え、やがて「早くお休みなさいよ」と言う〔*→〔蚊帳〕1の『三四郎』も類似の状況〕。

『武家義理物語』(井原西鶴)巻6−2「表むきは夫婦の中垣」  老武士が、身寄りを失った主家の姫君と一つ屋根の下に同居し、世話をする。雷雨の夜、姫君がおびえて老武士にしがみつき、老武士も心乱れるが、身を慎む。世人はこの二人を夫婦と見なすが、そのようなことはなく、後に姫君は、身分高い人から寵愛される身の上となった。

★4.男が性交に及ぼうとするのではないか、と女が警戒するが、男は空腹で、食べ物が欲しいだけだった。

『寒い朝』(石坂洋次郎)  三輪重夫と岩淵とみ子は、大学受験を間近にひかえた高校三年生で、仲の良い友達どうしである。とみ子が「二〜三日家出する」と言い、重夫も家出につきあう。二人は旅館の一室で机に向かって受験勉強をし、部屋の両端に別れて眠る。夜中に重夫が蒲団から這い出して来るので、とみ子はハンガーで撃退しようと身構える。重夫は、机の上に残っていた夜食の握り飯を取り、自分の寝床へ戻って行った。 

★5.性病の男が、自ら性交を禁ずる。

『静かなる決闘』(黒澤明)  軍医の藤崎(演ずるのは三船敏郎)は、手術の際に指先を傷つけたため、患者の梅毒菌に感染する。戦争中で十分な治療ができず、終戦後、内地に戻って来た頃には、根治までに相当の長年月を要する状態になっていた。藤崎は恋人美佐緒との婚約を、理由を言わずに破棄する。理由を告げれば、彼女は「五年でも十年でも待ちます」と言って、青春を犠牲にするに決まっているからである。美佐緒は藤崎を恨みつつ、他の男に嫁ぐ。

★6.医者が、肺病の男に性交を禁ずる。

『満願』(太宰治)  小学校の先生が肺を悪くしたが、この頃ずんずん回復してきた。しかし医者は当分の間、妻との性交を禁ずる。夫の薬を取りに来る若妻に、医者は心を鬼にして「奥様、もう少しのご辛抱ですよ」と、繰り返し叱咤する。三年過ぎた夏の朝、とうとう医者から、お許しが出た。若妻は嬉しそうな表情で、足早に帰って行った。

★7.性関係のない夫婦。

『心の旅路』(ルロイ)  大実業家チャールズ(演ずるのはロナルド・コールマン)は記憶喪失のため、現在の秘書マーガレット(グリア・ガースン)が、かつての妻ポーラであることに気づかない(*→〔同一人物〕3)。彼は議員に選出され、政治家の活動には妻が必要だ、との理由でマーガレットと結婚する。しかし性関係は持たない〔*人々が「素敵なご夫婦だけど、お子様がいないのよ」とささやき合う場面が、夫婦に性関係のないことを暗示する〕。後チャールズは、ポーラと暮らした家を訪れて記憶を回復し、マーガレット(ポーラ)を抱きしめる〔*その夜から二人は本当の夫婦になったのであろう〕。

*妻が処女のまま→〔処女妻〕に記事。

 

 

【性交と死】

★1.異類との性交が死をもたらす。

『怪談牡丹燈籠』(三遊亭円朝)8  お露の死霊が萩原新三郎と抱き合うさまを、隣家の伴蔵がのぞき見て、人相見の白翁堂に知らせる。白翁堂は「死者は陰気盛んで邪に穢れている。たとえ百歳の長寿を保つ命も、幽霊と契れば精血を減らし、必ず死ぬ」と説き、新三郎の相を見て「二十日以内の命」と告げる。新三郎は死霊退散の御札を貼るが、伴蔵がそれをはがしたため、新三郎はお露の死霊に取り殺される。

『西鶴諸国ばなし』(井原西鶴)巻3−4「紫女」  伊織の閑居を美女が訪れ、二人は夜な夜な契りを交わすが、二十日もせぬうち伊織は痩せ衰えていく。友人の医師が「このままでは命も長からず」と診断し、わけを聞いて「それは紫女という狐の化身だ」と教える。伊織は女を追い払い、供養をして危うい命を助かる。

*雄狐が、人間の姫君の命を損なわないよう遠慮して、性交を断念する→〔狐〕2の『玉水物語』(御伽草子)。

『忠五郎のはなし』(小泉八雲『骨董』)  足軽の忠五郎は、異類の女と交わりを重ねて死病におかされる。医者が診察して「この人には血がない。血管の中は水ばかりだ」と驚く。女の正体は蝦蟇で、若い男の血を好み、これまでにも何人かが殺されていた→〔蛙女房〕2

『南総里見八犬伝』(滝沢馬琴)第6輯巻之5下冊第60回  庚申山の妖猫が、赤岩一角の妻・二十二歳の窓井が美貌ゆえ、これを犯そうと、一角を殺して彼に化ける。窓井は妖猫を夫と思って枕を重ね、男児を産むが、次第に精気が衰え、三十歳足らずで死ぬ。その後に偽一角が置いた妾たちも精気を吸い取られ、一年以内に死ぬ者が何人もあった。

*女性器が男性器を傷つける→〔性器(女)〕6の『耳袋』(根岸鎮衛)巻之1「金精神(こんせいじん)の事」、→〔蛇婿〕6の『聊斎志異』巻12−463「青城婦」。

★2.禁じられた、あるいは呪われた性交が、死をもたらす。

『ギリシア神話』(アポロドロス)第3巻第5章  イオカステ(あるいはエピカステ)と結婚したライオス王に、神が「男子をもうけてはならない。生まれた男子は父殺しになるであろうから」と託宣する。しかしライオス王は酔って妻と交わり、オイディプスが生まれる。王は後年オイディプスに殺される。

『マハーバーラタ』第1巻「序章の巻」  パーンドゥ王が、森で交尾する鹿を弓で射る。しかしそれは聖仙キンダマが、鹿の姿となって妻の牝鹿と交わっていたのであった。キンダマは「お前も、愛する者と交わる時死ぬのだ」と、パーンドゥ王を呪う。王は禁欲生活を送るが、ある春の日、森へ遊びに出かけ、情欲に負けて妃マードリーを抱き、妃の身体の上に乗ったまま死んだ。

*仏罰を受けて、性交中に死ぬ→〔雨宿り〕3の『日本霊異記』下−18。

*性の戯れのあげくの死→〔死因〕3bの『女の中にいる他人』(成瀬巳喜男)など。

*性交中に殺される→〔物語(小説)〕2の『氷の微笑』(ヴァーホーヴェン)。

★3.禁欲期間後の性交が死をもたらす。

『ヒョウ風』(谷崎潤一郎)  日本画家の直彦は二十四歳の暮れに初めて吉原へ行き、相方の女に溺れて衰弱する。彼は、しばらく女から遠ざかって心身の健康を回復させようと、六ヵ月の禁欲を自らに課して、東北地方を放浪する。直彦は禁欲を守り通し、半年ぶりに吉原の女のもとへ戻るが、性交の後、極度の興奮から脳卒中で死んでしまった。

*媚薬を用いての性交が死をもたらす→〔精液〕3の『金瓶梅』第79回など。

★4.性交の過多が死をもたらす。

『短命』(落語)  伊勢屋の一人娘に婿を取っても、相次いで若死にし、三人目もまた死んでしまった。不思議がる八五郎に、隠居が「あの娘はとびきりの美女だから、房事過多で婿は衰弱死するんだ」と教える。納得して家に帰った八五郎は、女房の顔をつくづくと見て「ああ。おれは長命だ」。

*性交の当事者だけでなく、人間全般が死の運命を持つようになる→〔死の起源〕4の『南島の神話』(後藤明)第3章「死の起源と死後の世界」。

★5.性交過多による死を回避する。

『世説新語』「豪爽」第13  王処仲は高潔な人だったが、かつて女色に溺れ、荒淫の末に身体をこわしてしまったことがあった。左右の者に諌められた彼は非を悟り、奥の間の扉を開いて、小間使いや妾たち数十人を解放し、各自の行きたい所へ行かせた。

★6.死者の霊が、生者の身体を借りて性交する。

『昔の女』(小松左京)  昭和初年、小田切勢以子と山村新吉は、結ばれぬまま清滝川で死んだ(*→〔後追い心中〕1)。それから四十数年後の、二人の祥月命日。その日、たまたま清滝川を訪れた男と女(彼らはまったくの赤の他人どうしだった)に、小田切勢以子と山村新吉の霊が憑依し、愛の交わりをした。勢以子の妹である尼僧は、「これで二人は浮かばれた(成仏した)ことと思います」と言った。

 

※男女の性交年齢の上限→〔高齢出産〕3の『椿説弓張月』続篇巻之2第33回。

※闇の中の性交→〔闇〕3の『デカメロン』第9日第6話など、→〔闇〕4の『懺悔話』(谷崎潤一郎)など、→〔闇〕5の『今昔物語集』巻3−15、→〔闇〕6の『パルムの僧院』(スタンダール)。

※男の力を奪う性交→〔誘惑〕4の『ギルガメシュ叙事詩』など。

※眠る女との性交→〔眠る女〕4の『断崖』(松本清張)など。

※男が性交によって、死んだ女を生き返らせる→〔蘇生〕4aの『聊斎志異』巻3−97「連瑣」、巻5−194「伍秋月」。

※夫が死んだので、夫の像を作って交わる→〔像〕2 の『ギリシア神話』(アポロドロス)摘要第3章など。

※星々の性交→〔惑星〕6の『妖魔伝』(バルザック)。

 

 

【生死不明】

★1.物語の最後で主人公が生死不明の状態になる。

『あしたのジョー』(高森朝雄/ちばてつや)  矢吹丈は、バンタム級世界チャンピオンのホセ・メンドーサと15ラウンドを闘い、ホセに大きなダメージを与えるが、惜しくも判定負けとなる。丈は真っ白に燃え尽き、コーナーの椅子に座って静かに眼を閉じる〔*ちばてつやは、「丈があの場面で死んでしまったかどうかは読者が解釈してくれればよい」と述べている〕。

『暗夜行路』(志賀直哉)  時任謙作は重症の大腸加多児(カタル)にかかり、高熱を発して大山(だいせん)山麓の寺に臥す。京都から駆けつけた妻直子は「この人はこのまま助からないのではないか」と思う。そして「助かるにしろ、助からぬにしろ、自分は何処までもこの人について行くのだ」と思い続ける→〔山〕1

『大菩薩峠』(中里介山)第38巻「農奴の巻」〜第41巻「椰子林の巻」  机龍之助とお雪ちゃんは琵琶湖上に舟を浮かべ、心中をはかるが二人とも蘇生する。しかし、その後京都周辺をさまよう龍之助は、田中親兵衛から「君も僕も、いい死にようはできなかった」と言われ、また、捕方の源松に「あなた様は幽霊のように姿があって影がない」と言われる。宇津木兵馬は長浜で、龍之助の卒塔婆を見る。龍之助は大原で、自分の肉を煮て食う老婆(*→〔人肉食〕5)に出会う。龍之助は生身の人間なのか、すでに遊魂となって現世と霊界を往還しているのか判然とせぬまま、物語は途切れる。  

★2.重病で死を目前にした主人公が、あるいは持ち直すかもしれない、というところで物語が終わる。

『君の名は』(菊田一夫)  氏家真知子は、再会を誓い合った後宮春樹と巡り会うことができず、浜口勝則との結婚を決める。しかし彼女の結婚生活は、幸福なものではなかった。真知子は流産し、春樹との不倫を疑われ、姑にいじめられる。ようやく離婚するものの、心身の疲労から真知子は病に倒れ、危篤に陥る。その時欧州にいた春樹が急を聞いて病床に駆けつけ、真知子が生きる気力を取り戻そうとするところで、物語は終わる。

★3.物語の最後で生死不明だった主人公が、その続編で、健在であることが示される。

『ハレンチ学園』(永井豪)第1部「ああハレンチ学園の巻」〜第2部「運命のめぐりあいの巻」  大日本教育センターの大軍がハレンチ学園を攻撃し、学園の先生・生徒たちが次々に戦死する。山岸と十兵衛は死を覚悟して敵陣に突撃する。ヒゲゴジラは重傷を負い、血を流しつつ「死なないわ」とうめいて這う。こうしてハレンチ学園は地上から消滅する〔*しかし山岸も十兵衛もヒゲゴジラも奇跡的に生き残り、三年後に再会する〕。

『氷点』『続氷点』(三浦綾子)  十七歳の辻口陽子は、自分がもらい子であることは知っていたが、実は辻口家の娘を殺した犯人の子だ、と聞かされて睡眠薬自殺をはかる。手当てをしても陽子は昏睡から覚めず、父辻口啓造は「今夜が峠か」と思いつつも、「助かるかもしれない」と希望をつなぐ〔*命をとりとめた陽子は、殺人犯の子ではなく、母の不義の子であることを知り、そのことでまた悩む〕。

*シャーロック・ホームズは、『最後の事件』(→〔死体消失〕5)で、滝に落ちて死んだと見なされたが、続編『空き家の冒険』(→〔足跡からわかること〕4)で、健在であることが示される。

★4.今の自分が、生きているのか死んでいるのか、判断できない。

『ある会話についての会話』(ボルヘス)  「わたし」は作家のマセドニオ・フェルナンデスと、不死について熱心に議論し、夜になっても灯をつけることを忘れていた。近所から、耳障りな「ラ・クンパルシータ」が聞こえていた。「わたし」はマセドニオに「いっそ自殺でもするか。議論に邪魔が入らなくていい」と持ちかけた。しかし、あの晩、実際に自殺したのかどうか、「わたし」は覚えていないのだ。

『部屋』(星新一『つねならぬ話』)  ある小屋の部屋の中で、二人の囚人が語り合う。「ここに入れられて何年になるかな」「かなりになるな。忘れるぐらい古いことさ」「たまに思うんだが、もしかしたら、おれたちの死刑、ずっと前にすんでしまっているんじゃないかな」「そうかもしれない。誰かがのぞいても、おれたちを見ることはないのかも」「あるいは、この小屋そのものもね」。

*死者が、自分の死に気づかない→〔死〕1の『聊斎志異』巻1−31「葉生」。

*生者が、「自分は死んでいるかもしれない」と思う→〔死〕4の『粗忽長屋』(落語)。  

★5.殺したはずの男に似た人物が、追いかけて来る。男は生きていたのか、それとも良く似た別人なのか、わからない。

『生きている小平次』(鈴木泉三郎)  太九郎は、自分の女房を寝取った小平次を、船板で打ちすえて、あさかの沼へ沈める。しかし小平次は死ななかった。小平次は傷を負った身体で、江戸の太九郎の家へやって来る。太九郎は、今度は刀で小平次を突き殺し、女房を連れて旅に出る。すると小平次に似た男が、見え隠れについて来る。小平次は生きているのか、良く似た別人なのか、わからない。太九郎夫婦は、恐怖にふるえながら旅を続ける。 

 

 

【成長】

★1a.生まれて三日で一人前に成長する娘。

ハイヌウェレの神話  アメタが土に埋めた椰子の実は、三日後に高い木となり、その三日後には花が咲いた。そこから生まれ出た女児ハイヌウェレは、三日後にはもう、一人前の女性に成長していた(インドネシア、ウェマーレ族の神話)→〔誕生(植物から)〕2

★1b.背丈三寸から、三ヵ月で一人前に成長する娘。

『竹取物語』  かぐや姫は、竹中から見出された時には、身長が三寸ばかりだった。彼女は、翁・嫗に養われてすくすくと育ち、三ヵ月ほどで一人前の背丈に成長した。

★1c.通常の倍、あるいはそれ以上のスピードで成長する子供。

『金星旅行記』(アダムスキー)  「私(ジョージ・アダムスキー)」の妻メリーは一九五四年に他界した。それから七年目の一九六〇年に、「私」は妻の生まれ変わりである金星人の美少女に出会った。彼女は十二歳ないし十四歳ほどに見えた〔*金星では子供の成長が地球よりも速く、出生して数年後には地球人の十歳くらいの体格になる〕。

『義経記』巻3「弁慶生まるる事」  弁慶は誕生時すでに、世間の二〜三歳児のごとくであった。髪は肩が隠れるほど長く伸び、大きな歯が口いっぱいに生え揃っていた。彼は「鬼若」と名づけられて成長し、五歳の頃には、普通の子の十二〜三歳ほどに見えた。

『南総里見八犬伝』第9輯巻之7第104回  文明十年(1478)七月、四歳の犬江親兵衛は神隠しに遭い、以後、富山の洞窟で伏姫神霊に育てられた。伏姫神霊から毎日与えられた仙漿奇果のゆえか、成長が速く、五年後の文明十五年(1483)二月に里見義実の前に姿を現した時には、親兵衛は九歳で身長三尺四〜五寸だったが、筋骨たくましく、十六〜七歳の者も及ばぬ武勇を発揮した。

『封神演義』第12回  母の胎内に三年六ヵ月いて誕生したナタ(ナタク)は、七歳になった時には、すでに身の丈六尺を超えていた。五月の蒸し暑い日、ナタは川遊びに出かけ、東海の龍王敖光(ごうこう)の第三太子及び臣下巡海夜叉と争って、殺してしまった→〔龍王〕2

★2.子供が速く成長したと錯覚する愚者。

『百喩経』「王女に薬を与えてにわかに成長させた医師の喩」  国王が「誕生した王女に薬を与えて、速く成長させよ」と医師に依頼する。医師は「薬を捜して来るまで、王女に会ってはなりません」と国王に告げ、十二年後に遠国から薬を持ち帰り、王女に飲ませて国王に会わせる。国王は「よくぞ急成長させてくれた」と医師を誉め、宝物を与える。

★3.会うたびに成長した姿を見せる少女は、実はこの世の人間ではなかった。

『ジェニーの肖像』(ディターレ)  画家アダムス(演ずるのはジョゼフ・コットン)は、冬の日、セントラル・パークで少女ジェニー(ジェニファー・ジョーンズ)に出会った。二度三度と会うたびに、不思議なことに彼女は目ざましく成長しており、あどけない少女が、いつのまにか大学を卒業するまでになっていた。アダムスはジェニーの肖像画を描き、彼は画壇から高い評価を受ける。二人は愛し合うが、なぜかジェニーは姿を消し、行方知れずになる。実はジェニーは何年も前に、津波に遭って溺死していた。アダムスが愛し、肖像を描いたジェニーは、生きた人間ではなかったのだ。

『鉄道員(ぽっぽや)(降旗康男)  正月の北海道。幌舞線は三月で廃線になり、駅長佐藤乙松(演ずるのは高倉健)も、まもなく定年を迎える身の上である。その乙松の前に、次々に三人の少女が ―― 六歳の女児が昼間、十二歳の少女が夜、十七歳の女子高校生が翌日 ―― 現れる。それらはすべて、十七年前に生まれてすぐ死んでしまった娘雪子(広末涼子)の霊だった。雪子は自分が成長する姿を、父乙松に見てもらいたくて姿をあらわしたのだ。翌朝、乙松は駅のホームで雪に埋もれて息絶えていた。

★4.成長の速い動物。

『常陸国風土記』那賀の郡茨城の里哺時臥(くれふし)山  ヌカビメの産んだ小蛇は、杯に入れて祭壇に置くと、一晩のうちに杯の中いっぱいに成長した。瓶に入れなおすと、また瓶いっぱいに大きくなる。瓶を大きくすること三〜四度に及び、ついに容器がまにあわなくなった。ヌカビメは小蛇に、「お前は神の子だから、父のもとへ行け」と告げた→〔蛇息子〕1

『酉陽雑俎』続集巻1−875  継母にいじめられる娘葉限(しょうげん)が、川で、赤い鰭・金の目を持つ二寸余りの魚を得た。魚の成長は早く、器を何度か取り替えても入らないほどになったので、池に放した。やがて魚は継母に殺されるが、その時には一丈余りの大きさになっていた→〔靴(履・沓・鞋)〕3

★5.一夜のうちに生じ、成長する植物。

『大鏡』「時平伝」  菅原道真は大宰府へ左遷され、筑紫で死去した。死去の夜、(道真の霊は)一夜のうちに、京都・北野の地に多くの松を生やして、筑紫から北野へ移り住んだ。これが、現在の北野天満宮である。

『播磨国風土記』揖保の郡萩原の里  息長帯日売命(神功皇后)の船が村に停泊した時、一夜のうちに萩が一本生じた。その高さは一丈ばかりであった。

『播磨国風土記』讃容の郡  玉津日女命が鹿の腹を割き、その血に稲をひたして蒔いた。すると一夜の間に苗が生じたので、その苗を取って人々に田植えをさせた。

『二人兄弟の物語』(古代エジプト)  バタの生まれ変わりの牡牛を、ファラオが殺す。切られた牡牛の喉から二滴の血が飛び出て、王宮の大門の両側に落ちる。一夜のうちに、そこから二本の大きなペルセア樹が生じる。

*豆のつるが、一夜のうちに天まで伸びる→〔交換〕6の『ジャックと豆の木(豆のつる)』(イギリスの昔話)。

 

 

【成長せず】

★1.成長しない子供。後に立派な仕事をなしとげるばあいがある。

『出雲国風土記』仁多の郡三沢の郷  大穴持の神の子アヂスキタカヒコノミコトは、髭が長く生えるようになるまで昼夜泣いて、言葉をしゃべらなかった。親神が御子を船に乗せて心を楽しませたが、それでも泣きやまなかった。

『古事記』上巻  スサノヲは、父イザナキから海原を治めるように命ぜられたがそれに従わず、成長して八束髭(やつかひげ)が胸先に垂れるほどになっても、「亡き母のいる根の堅州国へ行きたい」と泣きわめいていた。父イザナキは怒って、スサノヲを追放した〔*『日本書紀』巻1に類話〕。

『古事記』中巻  垂仁天皇の子ホムツワケは、八束髭が胸先にいたるほどになっても、言葉をしゃべらなかった〔*『日本書紀』巻6垂仁天皇23年9月では生年すでに三十歳、長い髭が伸びるまでになったにもかかわらず、なお赤子のように泣いており、声を出してものを言わなかった、とする〕。

『南総里見八犬伝』肇輯巻之4第8回  伏姫の美しさは襁褓(むつき)のうちから類なく、かぐや姫のごとくだった。しかし、かぐや姫が三ヵ月で一人前に成長した(*→〔成長〕1bの『竹取物語』)のとは異なり、伏姫は三歳になっても物を言うことができず、笑みもせず、ただ泣くだけであった。

『力(りき)ばか』(小泉八雲『怪談』)  「わたし」の近所、牛込の某所に住んでいた「りき」という名の若者は、十六歳ほどだったが、知能は二歳ぐらいの幼い子供のままだったので、「力ばか」と呼ばれた。ある年の秋、彼は脳の病で死に、翌年、麹町のお屋敷の子に転生した。

*一寸法師は十二〜三歳まで育てても、人並みの背丈にならなかった→〔小人〕8aの『一寸法師』(御伽草子)。

*バカボンのパパは成長が遅かった→〔赤ん坊がしゃべる〕1の『天才バカボン』(赤塚不二夫)。

*特別な素質・運命を持つ人物が、幼い頃に夜泣きをする→〔夜泣き〕1の『かるかや』(説経)「高野の巻」など。

★2.成長せず、母親を苦しめる子。

『ドイツ伝説集』(グリム)82「取り替えっ子」  生まれた子が、一向に背丈も目方も伸びず増えず、昼も夜も大声で泣いて食物を要求する。「これはお前の子ではない。悪魔だから川へ捨ててしまえ」と教えられた母親が、泣きながら子を投げ捨てると、橋の下から獣の咆哮のような声が聞こえた→〔取り替え子〕6

*類話である→〔貸し借り〕1の『日本霊異記』中−30は、悪魔ではなく、前世からの因縁の物語。

★3.ロボットは成長しない。

『鉄腕アトム』(手塚治虫)  天馬博士は、一人息子飛雄を交通事故で亡くしたため、飛雄そっくりのロボット(アトム)を作る。しかしロボットは人間と違って成長せず、いつまでも子供のままだった。天馬博士は腹を立て、ロボットをサーカスに売りとばす。お茶の水博士がロボットを引き取り、親代わりになる。

★4.永遠の少年。

『ピーター・パン』(バリ)17  ウェンディは毎年一週間だけ、ピーター・パンの住むネバーランドへ行って、春のお掃除をするという約束をする。ピーターはウェンディを迎えに来る年もあり、迎えに来ない年もあった。彼は昔の冒険をすっかり忘れ、海賊フックのことさえ思い出せなかった。年月がたち、ウェンディは大人になって結婚する。しかしピーターは少年のままだった。ピーターは、ウェンディの娘ジェインをネバーランドに連れて行く。やがてジェインも大人になり、ピーターはジェインの娘マーガレットをネバーランドに連れて行く・・・・・・。 

★5.不幸な事故のために、成長が止まる。

『赤い風車』(ヒューストン)  ロートレック(演ずるのはホセ・フェラー)は子供の頃に自邸の階段を転げ落ちて両脚を骨折し、下半身の成長が止まった。異様な姿となった彼は、キャバレー「ムーラン・ルージュ」で多くの時間を過ごす。彼は画才を発揮し、踊り子や客たちを描いて、高い評価を得た。彼を愛する知性豊かな美女もあったが、その恋は実らなかった。ロートレックは過度の飲酒で健康を損ね、三十代半ば過ぎに下宿の階段から転落して、死の床についた。

★6.成長を自らの意志で止め、また再開する。

『ブリキの太鼓』(グラス)第1部「ガラス、ガラス、小さなガラス」・第2部「消毒剤」  オスカルは大人になることを拒否し、自発的に成長を止める。彼は成長しない理由を大人たちに納得させるため、三歳の誕生日に地下倉庫への階段をころがり落ちて、頭部に重傷を負う。オスカルは二十一歳まで身長九十四センチのままだったが、父が兵隊に射殺され、その遺体を埋葬中に、成長の再開を意志する。その時、オスカルの義弟(実は彼の息子)・四歳半のクルトが、小石をオスカルの後頭部に投げつける。以後、オスカルの身長は伸び始める。

 

※山も成長する→〔山の背比べ〕3の言語の分裂(メラネシア、アドミラリティ諸島の神話)。

 

 

【性転換】

 *関連項目→〔転生と性転換〕〔両性具有〕

★1.男から女へ性転換する人。

『オーランドー』(ウルフ)  十六世紀、エリザベス一世の寵愛を受ける美少年オーランドーは、サーシャ姫との恋愛経験などを経て、三十歳の時七日間の昏睡に陥り、目覚めると女になっていた。その後オーランドーは、ほとんど年をとらぬまま二十世紀まで生き、文学者となり、子供を産んで、一九二八年には三十六歳になっていた。

『捜神記』巻6−44(通巻145話)  哀帝の建平年間(B.C.6〜B.C.3)、江西省で男が女に変わり、嫁入りして一子をもうけた。

『捜神記』巻6−66(通巻167話)  献帝の建安七年(202)、四川省で男が女に変わった。

★2.女から男へ性転換する人。

『ギリシア神話』(アポロドロス)摘要第1章  カイネウスは以前は女だった。ポセイドンが彼女と交わった時、彼女は不死身の男となることを願った。男となったカイネウスは、ケンタウロスたちと闘って奮戦したが、取り囲まれ樅の木で打たれて地中に埋められた。 

『捜神記』巻6−14(通巻115話)  魏の襄王十三年、女が男に変わって、妻との間に一子をもうけた。

『捜神記』巻7−18(通巻196話)  恵帝の元康年間、河南省のある娘が八歳頃から男に変わり始め、十七〜八歳頃には性格はすっかり男性化した。しかし肉体は男になりきらず、妻を娶ったものの子供はできなかった。

『変身物語』(オヴィディウス)巻9  夫リグドスは男子誕生を願い、「女子なら育てない」と、妻に言う。しかし妻は女児を産み、「男子が生まれた」と嘘を言って養育する。リグドスが子供につけた名前「イピス」は、幸い、男女のいずれにも用いられるものだった。イピスは男装で成長し、近隣の美貌の娘と婚約する。結婚式の前日、女神イシスが、イピスを男に変える。

『聊斎志異』巻8−308「化男」  康熙四十六年(1707)丁亥の年、星が落ちて某家の娘の頭に当り、娘は倒れた。両親が介抱すると娘は蘇生し、「今、男になった」と言った。調べてみると本当だった。

*十八歳で女から男に変わった人→〔ウロボロス〕6の『輪廻の蛇』(ハインライン)。

★3a.女が悟りを開いて男へ性転換する。変生男子。

『法華経』「提婆達多品」第12  海中の宮殿に住む娑竭羅(しゃから)龍王の娘は、まだ八歳であるが、たいそう利発だった。文殊師利が龍王の宮殿へ行って『法華経』を説き、それを聞いて彼女は悟りを開いた。彼女は霊鷲山上に現れて世尊に宝珠を献上し、世尊の大勢の弟子たちが見る中で、たちまち男子に変じた。彼女は菩薩となり、南方無垢世界に赴いて法を説いた。

『宇治拾遺物語』第2−1  清徳聖(ひじり)は、死んだ母の棺のまわりを巡りつつ、千手陀羅尼を三年間唱えた。すると、夢ともなく現(うつつ)ともなく、母の声が清徳聖に告げた。「陀羅尼読誦のおかげで私は、早くに男子となって天に生まれました。しかし私はそこにとどまることなく、さらなる境地を求めて、今では仏になっております」〔*天は無常の世界で、天人もいつかは寿命が尽きる。仏になれば、永遠の世界に住することができる〕。

★3b.母親の胎内にいるうちに性転換し、女子を男子に変えて誕生させる。

『雷神不動北山桜(なるかみふどうきたやまざくら)  帝の寵妃が懐妊したが、陰陽師安部清行が「胎内の子は女子である」と占った。帝の命令で、鳴神上人が「変生男子」の法を行ない、女子を男子に祈り替えた。こうして誕生したのが、陽成天皇である。

*母親の胎内にいるうちに他人の胎児と取り替え、女子を男子にして誕生させる→〔取り替え子〕2の『長谷寺験記』上−7。

*生まれてから他人の子と取り替え、女子誕生を男子誕生といつわる→〔取り替え子〕1aの『源平盛衰記』巻43「宗盛取替子の事」。

★4.男から女に変わり、また男にもどる人。

『屍鬼二十五話』(ソーマデーヴァ)第15話  青年マナハスヴァーミンと、花を摘む王女シャシプラバーが、互いに一目で恋に落ちた。青年は魔法の丸薬を口に含んで少女に変身し、王女の後宮に入りこむ。そして夜は丸薬を口から出して男にもどり、王女と愛を交わし、昼は丸薬を含んで女になって暮らした〔*後にマナハスヴァーミンは人妻と駆け落ちしたので、父王はシャシプラバーを別の男に与えた〕。

『変身物語』(オヴィディウス)巻3  交尾する二匹の蛇をテイレシアスが杖で打つと、男であったテイレシアスは女に変わった。テイレシアスは七年間、女として過ごし、八年目に同じ蛇に出会って再び杖で打ち、男にもどる。それゆえ彼は男女両性の喜びを経験し、「女の方が喜びが大きい」と断言した→〔性交〕5

★5.性転換する動物。

『イソップ寓話集』(岩波文庫版)243「ハイエナ」  ハイエナは年ごとに性転換し、雄になったり雌になったりする、と言われる。ある時、雄のハイエナが雌を強引に犯そうとした。雌は「どうぞおやりなさい。まもなく、あなたが同じことをされる立場になるでしょう」と言った。

『ギュルヴィたぶらかし(ギュルヴィの惑わし)(スノリ)第42章  ロキは巨人族の息子であるが、性転換して牝馬に変身した。アースガルズの城壁を造る牡馬を誘惑して、その仕事を妨害するためである。牡馬と交わったロキは、八本足の馬スレイプニルを産んだ。

『日本書紀』巻29天武天皇5年4月  倭国の飽波郡から「雌鶏が雄に化した」との報告があった。

★6.性転換手術。

『いじわるばあさん』(長谷川町子)朝日文庫版第2巻22ページ  いじわるばあさんの友達の老婦人を、横丁のご隠居が「後添いに欲しい」と望む。それを知ったいじわるばあさんは、ご隠居の家へ駆けつけ、「女性の方が絶対長生きできる。ちゃんと統計に出てます」と説く。ご隠居は性転換手術を受けて女になってしまい、結婚話は立ち消えになる。  

★7.放射能の影響による性転換。

『大変だァ』(遠藤周作)  水爆実験の放射能に含まれたプラターズ線によって、マッカラン島の動物たちが性転換を起こした。雌から雄に変わった鶏が研究のために日本へ運ばれ、塙剛太と娘巴(ともえ)は、知らずにその鶏を食べてしまう。たちまち剛太は女性化、巴は男性化するが、幸いホルモン治療でもとの性に戻った。しかし水爆の放射能は、気流に乗って日本へ流れて来る。男のような女、女のような男がふえたのは、そのせいなのだ。

 

 

【生命】

★1.宇宙=生命。

『火の鳥』(手塚治虫)「未来編」  火の鳥は語る。「この世界のいたるところに、宇宙生命(コスモゾーン)の群れが飛びまわっています。宇宙生命は、形も大きさも色も重さも何もありません。この宇宙生命たちは物質に飛びこみます。するとその物質ははじめて生きてくるんです。銀河系宇宙のような大きなものから、太陽、惑星たち、地球、動物や植物、その細胞、分子、原子、素粒子 ・・・・・・、みんな宇宙生命が入りこんで生きているのですよ」→〔地球〕6

『ブッダ』(手塚治虫)第3部第9章「スジャータ」  シッダルタの心が、死に行くスジャータの魂を追いかける(*→〔糸と生死〕3)。虚空に無数の魂が飛びまわり、網の目のようにつながりあって、スジャータの魂をからめ取る。網の目は、はるか彼方でかたまって巨大な球体となり、脈動していた。ブラフマンが現れ、「あの大きなかたまりは宇宙だ。宇宙という大生命から、無数の命のかけらが生まれ、この世界のあらゆるものに生命を吹きこんでいる。だから、虫も象も人間も花も、みんな同じ仲間だ」と、シッダルタに教えた→〔蘇生〕5

★2.宇宙生命(コスモゾーン)と同様、「道」もあらゆるところにある。

『荘子』「知北遊篇」第22  東郭子(とうかくし)が荘子に尋ねた。「『道』というものはどこにあるのか?」。荘子は答えた。「どこにでもある」。東郭子「具体的に言ってほしい」。荘子「螻(おけら)や蟻のなかにある。稗(ひえ)のなかにある。瓦のなかにもある。屎尿(しにょう)のなかにもある」。

★3.魚にも葉にも、人間同様の生命がある。

『三尺角』(泉鏡花)  病気の老父が、「煮魚も刺身も死骸の肉だと思うと、気味が悪くて食べられない」と言うので、与吉は豆腐を買いに行く。豆腐屋のお品が、柳の葉先を歯で噛み切って、「それなら、この葉も痛むんだろうねえ」と言う。二人の言葉を思いつつ、材木の樟(くすのき)を大鋸で挽く与吉は、そこに枝葉が生ずるさまを幻視し(*→〔あり得ぬこと〕3)、彼の叫び声は、恋の病で死に瀕するお柳(お品の妹)への福音となった→〔恋わずらい〕6

★4.樹木に宿る生命。

『金枝篇』(初版)第1章第4節  一般に蛮人は、「樹木は動物同様に生きており、人間同様に霊魂を持つ」とか、「死者の霊魂が、樹木に生命を吹き込んでいる」とか考える。いずれの場合も、樹木を切り倒せば、樹木は苦しみ(悲鳴をあげる、血を流す、などの信仰もある)、死ぬのである。だが、別の見方(明らかに後世の考え方)によれば、樹木は身体ではなく、霊魂の住まいとなる。人間が廃屋を手放すように、霊魂は、損傷を受けた樹木を手放すことができる。たとえばパラオ諸島の住民は、木を切る際、木の霊に向かって、その木を離れ、別の木に移るよう祈願する。

★5.生命体である海。

『惑星ソラリス』(タルコフスキー)  地球人類は、惑星ソラリスの広大な海の上空にステーションを浮かべ、調査研究を続けてきた。海は、思考活動をする生命体であったが、コミュニケーションは不可能だった。心理学者クリスがステーションに派遣され、彼の前に、自殺した愛妻ハリーそっくりの女が現れる(*→〔記憶〕10)。クリスは女を愛し、「彼女とともにステーションで暮らそう」と思う。しかし女は姿を消してしまった→〔空間移動〕7

★6.個人の生命を、河(あるいは海)の水の一滴にたとえることがある。

『ナイルの水の一滴』(志賀直哉)  人間が出来て、何千万年になるか知らないが、その間に数えきれない人間が生まれ、生き、死んで行った。「私」もその一人として生まれ、今生きているのだが、例えて云えば悠々流れるナイルの水の一滴のようなもので、その一滴は後(あと)にも前(さき)にもこの「私」だけで、何万年遡(さかのぼ)っても「私」はいず、何万年経(た)っても再び生まれては来ないのだ。

*人間は何度も何度も生まれ変わる、という見解もある→〔転生〕8の『秘蔵宝鑰』(空海)「序」。

★7.個体発生は系統発生を繰り返す。

『影さす牢格子(ろごうし)(ヴァン・デル・ポスト)  「わたし」の旧友ジョン・ロレンスは、「日本人は過去との臍の緒が切れていない民族だ」と言った。日本人は誕生すると、その人の年齢に九か月を加算する。これは母の胎内にいた日数だ。人間は母の胎内で、アミーバーから直立猿人にいたるまでの生命の全進化の過程を、もう一度生き直す。日本人の生は、そこから始まっているのだ〔*映画『戦場のメリー・クリスマス』の原作小説〕。

★8a.一つの生命を、二人で分ける。

『ウルトラマン』(円谷一)第1話「ウルトラ作戦第一号」  M78星雲・光の国のウルトラマンが、宇宙怪獣ベムラーを追って地球へやって来る。科学特捜隊員ハヤタの小型宇宙艇が、ウルトラマンを乗せて飛ぶ赤い球体に衝突し、ハヤタは死んでしまう。ウルトラマンは責任を感じ、自分の命をハヤタに分け与えて、二人は一心同体になる。彼は普段はハヤタ隊員として活動するが、地球の平和が脅かされた時には、巨大なウルトラマンに変身して、宇宙怪獣と闘う。

★8b.二つの生命のうち、一つを与える。

『ウルトラマン』(円谷一)第39話「さらばウルトラマン」  宇宙恐竜ゼットンとの闘いに敗れて、ウルトラマンが倒れた。M78星雲のゾフィーが、ウルトラマンを光の国へ連れ帰るべく、迎えに来る。しかしウルトラマンが地球を去れば、彼の命を分け与えられた科学特捜隊員ハヤタは死んでしまう。ウルトラマンは「命をすべてハヤタに与えて、自分は死のう」と決意する。ゾフィーが「私は命を二つ持っているので、一つをハヤタにやろう」と言う。

 

 

【生命指標】

★1.旅人が生きているか死んでしまったかを教える短剣。

『二人兄弟』(グリム)KHM60  旅に出た二人兄弟が別れる時、別れ道の木の幹に、一本の短刀を突きさしておく。そこへ戻って来れば、もう一人の安否がわかる。短刀の片面が兄、もう片面が弟をあらわしていて、それがぴかぴかしていれば生きており、錆びていれば死んでいるのだ〔*後に兄が見ると、弟をあらわす片面の、半分が錆び、半分がぴかぴかしていた。兄は「弟は危険な目にあったに違いないが、半分は光っているから、命だけは助かるかもしれない」と考える〕。

『ペンタメローネ』(バジーレ)第1日第9話  旅に出るカンネローロが、国に残る王子フォンツォへの形見として、短刀を地面に刺すと泉が湧く。水がこんこんと出ている間はカンネローロは無事であり、泉が濁れば災難がふりかかったしるし、干上がれば命が燃え尽きたしるしである。また剣を地面に刺すと木が生え、枝が緑ならば無事、枯れたら死を意味する。

★2.生命指標の合理的解釈。

『和漢三才図会』巻第97・苔類「玉柏(まんねんぐさ)」  紀州の吉野や高野の深谷の石上に、万年松(しょう)という草が多く生ずる。長さは二寸ぐらいで、松の苗に似ている。旅人の消息を知りたい時は、これを椀の水に入れて卜(うらな)う。葉が開けばその人はつつがなく、葉が凋(しぼ)めば死亡しているという。これは馬鹿馬鹿しいことだ。この草は水をそそぐと活(い)きかえる性質があるのを、知らないのである。

★3.病人が治るか死ぬかを教える虱。

『酉陽雑俎』続集巻2−898  人が死にかかった時、その身体から虱が離れる。一説では、病人の虱を取って、寝台の前で病気を占うことができる。虱が病人へ向かって進めば、快方に向かう。病人から遠ざかれば、その人は死ぬ。

★4.生命指標(死神)と病人の位置関係を変える。

『死神の名づけ親』(グリム)KHM44  病人の頭の方に死神が立っていれば病人は治り、足の方に死神が立っていれば助からない。病臥する王の足もとに死神がいるので、医者が王の身体を半回転させ、頭の方に死神が立つようにして、王の病気を治す。同様にして王女の病気も治す〔*死神は怒って、医者の命を取る〕。

 

 

【切腹】

★1a.武士・軍人の切腹。

『堺事件』(森鴎外)  明治元年(1868)二月十五日、フランス水兵が官許なく堺へ上陸したので、土佐藩兵が銃撃し、十三人が死んだ。フランス公使が藩兵二十人の死刑を要求し、二十三日、妙国寺で藩兵は一人ずつ切腹する。立ち合ったフランス公使は、その凄惨さに堪えられず、十一人目が切腹したところで退席し、残る九人は死罪を免ぜられた。

『憂国』(三島由紀夫)  二・二六事件に決起した青年将校たちは、新婚半年足らずの武山信二中尉の身をいたわり、彼を誘わなかった。翌日になれば武山中尉は、親友たちを叛乱軍として討たねばならぬ。しかし彼にはそんなことはできない。夜、武山中尉は妻麗子と最後の交わりをした後に、風呂場で身を清め、二階の床の間で軍刀を用いて切腹する。麗子は夫の死を見届けてから、懐剣で喉を突く。

*大名の切腹→〔遺言〕1の『仮名手本忠臣蔵』4段目「判官切腹」。

★1b.多人数の切腹。

『太平記』巻10「高時ならびに一門以下東勝寺において自害の事」  新田義貞の軍が鎌倉へ攻め入り、北条幕府の滅亡が目前に迫った。東勝寺にたてこもる北条一門は、相模入道高時以下二百八十三人が、われ先にと腹を切り、屋形に火をかけた。燃え上がる炎を見て、中庭や門前に並み居る兵(つわもの)たちは、腹掻き切って炎の中へ飛び入る者、父子・兄弟刺し違える者など、八百七十余人がこの一所(いっしょ)で死んだ。

★2.女性の切腹。

『長町女腹切』(近松門左衛門)  刀屋の半七は、大名の若殿に献上する刀の細工を、大阪長町の叔母から依頼された。半七はその刀を売って安物の刀と買い換え、差額の二十両を得る。彼は二十両を、愛人の女郎お花のために使ってしまい、大名屋敷へは安物の刀を届ける。それを知った叔母は、罪を自分の身に引き受けて、大名屋敷から戻された刀で腹を切る。

『南総里見八犬伝』第6輯巻之5下冊第61回〜第7輯巻之2第65回  犬村角太郎(大角)の妻雛衣は、腹痛を治そうと、角太郎の持つ「礼」の珠を浸した水を飲む。その時、誤って珠も呑みこんだため、彼女は懐胎したかのごとく腹がふくれる。角太郎の父赤岩一角(実は庚申山の妖猫)が雛衣に、「汝の腹中の胎児は、我が眼瘡治療の妙薬となるゆえ、与えよ」と命ずる。雛衣が短刀で腹を掻き切ると、中から珠が飛び出して一角を撃ち倒す。

*伏姫も自ら腹を切る→〔性交〕9の『南総里見八犬伝』第2輯巻之1第12回〜巻之2第13回。

『播磨国風土記』賀毛の郡川合の里腹辟の沼  花浪の神の妻である淡海の神が、夫を追って沼まで来て、恨み怒って自ら刀で腹を辟(さ)き、身を投げて死んだ。それゆえ腹辟の沼と言う。この沼の鮒は今もはらわたがない。

★3.立ち腹。立ったままの姿勢で切腹する。

『青砥稿花紅彩画(あおとぞうしはなのにしきえ)(河竹黙阿弥)5幕目大詰「極楽寺山門の場」  弁天小僧菊之助は、大盗賊日本駄右衛門の手下となって悪事をはたらく。しかし捕手に囲まれて、極楽寺山門の屋根の上で立ち回りの末、立ったまま切腹する。

『切腹』(小林正樹)  浪人津雲半四郎(演ずるのは仲代達矢)は、娘婿が井伊藩の侍たちによって竹光で切腹させられた(*→〔にせもの〕3)ことに憤り、藩屋敷に乗り込んで、彼らのとなえる武士道を罵倒する。半四郎は井伊藩士たちと斬り合い、鉄砲隊に追い詰められる。半四郎は障子によりかかり、立ったまま腹を切る。

★4.切腹できない臆病者。

『鎌腹』(狂言)  遊び歩いて家に寄りつかぬ太郎が、妻にきつく叱られ、山へ木こりにやられる。太郎は将来を悲観して、鎌で腹を切ろうとするが、恐ろしくてためらう。妻が来てとめるので、太郎は「それなら汝が代わりに鎌で腹を切れ」と言って、いよいよ妻の怒りをかう。

★5.理想的な死に方としての切腹。

『豊饒の海』(三島由紀夫)第2巻『奔馬』  昭和七年(1932)、十九歳の学生飯沼勲は、堀中尉から「お前のもっとも望むことは何か?」と問われ、「断崖の上で、昇る日輪を拝しながら自刃することです」と答えた(11)。昭和八年十二月二十九日深夜、勲は、財界の大物蔵原武介を熱海の別荘に襲い、刺殺した。勲は海の方へ逃げ、断崖で正座する。日の出を待つ余裕はない。彼が刀を腹へ突き立てた瞬間、日輪は瞼の裏に赫奕と昇った(40)。

★6.腹に墨で線を引き、「切腹するぞ」と言って脅す。

『一のもり』「切腹」  年末、浪人が大家を訪れ、「店賃(たなちん)が払えぬゆえ、ここで腹を切る」と言う。着物を脱ぐと、腹に十文字に墨打ちしてある。大家は驚き、「春まで待ちましょう」と言う。浪人は礼を述べ、墨の縦すじを消す。大家「まだ横すじが残っています」。浪人「これは米屋で消す」。

*「子を授けてくれぬなら、この場で切腹する」と言って、神仏を脅す→〔申し子〕3bの『浄瑠璃十二段草紙』初段など。

★7.陰腹(かげばら)。ひそかに切腹し、さらし布をきつく巻いて血を止め、切腹したことを他人にさとられないようにする。

『十一人の侍』(工藤栄一)  忍(おし)藩主阿部正由が、将軍の弟にあたる館林藩主松平斉厚(なりあつ)と争い、殺された。忍藩の家老榊原帯刀は斉厚暗殺を計画するが、老中水野の「何事もなければ忍藩安泰」との嘘に欺かれ、暗殺を中止する。しかし忍藩は断絶となった。榊原帯刀は陰腹を切って乗馬し、暗殺の実行部隊である仙石隼人(演ずるのは夏八木勲)ら十一人の侍の所へ駆けつけ、自分の判断の誤りを詫びて絶命する〔*その後、十一人の侍は斉厚暗殺に成功するが、十一人のうち生き残ったのは一人だけだった〕。

*『十一人の侍』は、→〔待ち合わせ〕5の『十三人の刺客』の続編ともいうべき作品。

『新薄雪物語』3幕目「園部邸三人笑の場」  六波羅探題が幸崎伊賀守に、「園部兵衛の息子・左衛門の首を討て」と命ずる(*→〔二者同想〕3)。幸崎伊賀守は左衛門を逃がし、陰腹を切ってから、園部兵衛の邸へ行く。出迎える園部兵衛も、「幸崎伊賀守の娘・薄雪姫の首を討て」との命令に背き、薄雪姫を逃がして、陰腹を切っていた。幸崎伊賀守と園部兵衛がそれぞれ持つ首桶の中には、左衛門の首も薄雪姫の首もなく、「代わりに親の命を召されよ」との願い書が入っていた。

★8.西洋人から見た「ハラキリ」。

『日本庭園の秘密』(クイーン)  カレンは、父親が東京帝大の教師をしていたため、日本で子供時代を送り、後にアメリカへ渡って著名な作家となった(*→〔盗作・代作〕5)。彼女はワシントンの自邸に日本庭園を造り、日本のキモノを着て執筆する。自殺する時も(*→〔癌〕6)、カレンは日本古来の「ハラキリ」の儀式にならい、はさみの片方を短刀代わりにして、喉を突いて死んだ〔*探偵エラリーが、父のクイーン警視に説明する。「わたしは、ちゃんと調べました。男のハラキリは腹を切り開きますが、女のハラキリは喉を切るのです」〕。

*夫が腹を切った後に、妻が喉を突く→〔切腹〕1aの『憂国』(三島由紀夫)。

 

※誤解による切腹→〔誤解による自死〕1の『仮名手本忠臣蔵』5〜6段目。

※子供の切腹→〔にせ首〕1の『近江源氏先陣館』8段目「盛綱陣屋」。

※切腹の前兆の夢→〔夢解き〕3の『遠野物語拾遺』150。  

※腹を切り裂き、体内に貴重な品を入れて守る→〔腹〕4の『茶の本』(岡倉天心)第5章「芸術鑑賞」。

 

 

【接吻】

★1.接吻は、超自然的な力を持つ。

『黄金伝説』160「司教聖マルティヌス」  聖マルティヌスが癩病の人に接吻して祝福を与えると、たちまちその人の病気は治った。

『パルジファル』(ワーグナー)第2幕  パルジファルは自分の名前さえ知らぬ愚かな若者だった。彼は聖杯城でアンフォルタス王に会っても、何事も理解できず、城から追い払われる。しかし魔女クンドリの接吻を受けて、パルジファルは、アンフォルタス王の脇腹の傷の苦痛と、王を救済する方法を、一瞬のうちに悟る。パルジファルが聖槍をアンフォルタス王の脇腹にあてると、傷は治癒した。

『ほんとうのおよめさん』(グリム)KHM186  王子が娘との結婚の許可を得るため、父王の所へ出かける。別れ際に娘は王子の左頬に接吻する。ところが王子は娘のことを忘れてしまい、娘は王子を捜す旅に出る。娘は王子と対面し、彼の左頬に接吻して自分を思い出させる→〔忘却(妻を)〕5

『雪の女王』(アンデルセン)  雪の女王が少年カイを連れ去り額に接吻すると、カイは寒さの感覚を失う。二度目に接吻すると、カイは仲良しの少女ゲルダを忘れ、家族も忘れる。「今度接吻するとお前は死ぬから、もう接吻しない」と雪の女王は言う。後、ゲルダがカイを捜し、冷たくなったカイに三度接吻すると、カイは元気を回復する。

*男の接吻によって、眠る女が目覚める→〔眠る女〕1の『いばら姫』(グリム)KHM50、『ニーベルングの指環』(ワーグナー)、→〔仮死〕5の『白雪姫』(ディズニー)、→〔像〕1aの『変身物語』(オヴィディウス)巻10。

*魔女の接吻で、額に危難よけの目印がつく→〔額の印〕3の『オズの魔法使い』(ボーム)。

★2.接吻で人の命を救う。

『戦場のメリークリスマス』(大島渚)  第二次大戦下、ジャワ山中の日本軍捕虜収容所。ヨノイ大尉(演ずるのは坂本龍一)は、イギリス兵捕虜長ヒックスリが命令に従わないので、日本刀で処刑しようとする。その時、捕虜の一人セリアズ少佐(デヴィッド・ボウイ)が歩み寄り、ヨノイ大尉の両頬に接吻する。ヨノイ大尉は動揺し、セリアズを斬ろうと刀を振り上げるが、そのまま失神して倒れる。ヒックスリの命を救ったセリアズは、首から下を生き埋めにされて死んだ。

*『戦場のメリークリスマス』の原作→『影さす牢格子(ろごうし)』(ヴァン・デル・ポスト)

★3.問いかけに対する答えとしての接吻。

『カラマーゾフの兄弟』(ドストエフスキー)第2部第5編  十六世紀セヴィリアの街に、キリストが現れる。異端審問官がキリストを投獄し、「お前は自由を得るためにパンを退けたが、大多数の凡庸な人間には、自由よりもパンこそが必要なのだ」と非難し詰問して、「お前を火刑に処す」と宣告する。キリストは無言のまま、審問官の唇に接吻する。審問官は「出て行け」と言って、キリストを釈放する〔*イワンが語る「大審問官」の物語〕。

★4.合図としての接吻。

『マタイによる福音書』第26章  イエスが弟子たちとともにいるところへ、イスカリオテのユダが、剣と棒を持つ群衆を連れて来る。ユダは「接吻」を合図と決め、群衆に「私が接吻する者がその人(イエス)だ」と、前もって教えておいた。ユダは「先生、こんばんは」と挨拶してイエスに接吻する。イエスは「友よ。しようとしていることをするがよい」と言い、その場で捕らえられた〔*『マルコ』第14章に類話。『ルカ』第22章に小異ある記事〕。

★5.大地への接吻。

『罪と罰』(ドストエフスキー)第4〜6部  金貸し老婆を殺したラスコーリニコフは、家族を養うため娼婦になったソーニャと知り合う。殺人者と売春婦、ともに人の道を踏み外した二人は、いっしょに『聖書』を読む。ソーニャはラスコーリニコフに、「あなたの汚した大地に接吻し、『私は人殺しです』と大声で皆に言いなさい」と勧める。ラスコーリニコフは広場の地面にひざまづいて接吻し、罪を告白する〔*ラスコーリニコフは流刑地に送られ、ソーニャは彼に付き添う〕。

母なる大地の伝説  古代のローマ。ユニウス・ブルートゥスをはじめとする三人の候補者のうち、誰が執政官(コンスル)になるか、デルポイに神託が請われた。神託は「自分の母親に最初に接吻する者がなる」と告げた。ユニウスはただちに地面に身を投げ出し、「このように私はあなたに接吻する。母なる大地に」と叫んだ。こうしてユニウスは執政官に選ばれた。

*→〔母なるもの〕1の『変身物語』(オヴィディウス)巻1も、神託の「母」を「大地」と解釈する物語。

★6.生まれて初めての接吻。

『バス停留所』(ローガン)  田舎の牧場で育ったカウボーイのボウは、ロデオ大会出場のために町へ出かけ、酒場の歌手チェリー(演ずるのはマリリン・モンロー)に一目惚れをする。ボウは二十一歳で、生まれて初めてのキスを経験し、「結婚しよう」と言ってチェリーを追い回す。ボウは「俺はまったく女を知らない。お前は多くの男とつき合って来た。二人を足して二で割れば、ちょうどいい。俺はお前の過去を含めて、お前を愛している」と言って、チェリーを口説き落とす。

★7.窓ガラスをへだてての接吻。

『また逢う日まで』(今井正)  太平洋戦争末期、いつ召集令状が来るかも知れぬ状況下で、大学生田島三郎(演ずるのは岡田英次)は、女性画家小野蛍子(久我美子)と知り合う。或る雪の日。蛍子はアトリエで三郎の肖像を描く。夕方、帰って行く三郎を蛍子は窓辺で見送る。三郎はふりかえり、戻って来て窓際にたたずむ。二人は見つめ合い、窓ガラス越しに接吻を交わす〔*まもなく三郎は召集されて戦死し、蛍子は空襲で爆死する〕。

★8.間接キッス。

『月長石』(コリンズ)第2期「ジェニングズの日記」  阿片の作用でフランクリンが夢遊状態になった(*→〔夢遊病〕2)ことを確かめるべく、再現実験が行なわれる。「私(医師の助手ジェニングズ)」が阿片チンキをグラスに注ぐと、フランクリンの恋人レイチェルはグラスのふちにこっそり接吻し、「グラスのこちら側を、あのかたに上げてください」と言った。

『接吻』(三島由紀夫)  詩人Aはインスピレーションが得られず、鵞ペンの羽根を唇にあてた。彼はふと思い立って、画家のお嬢さんの家へ出かける。Aはお嬢さんとのキスを空想しながら、「おみやげを持って来たんだよ」と言って、鵞ペンを渡す。お返しに、お嬢さんが噛んだ絵筆をもらって、Aは帰って来た。

★9a.天女の接吻。

『百物語』(杉浦日向子)其ノ24  番味孫右衛門という侍が、ある日、自宅の座敷でうたた寝していると、一人の美しい天女が舞い降りて、彼の口を吸った。孫右衛門の口中には芳香が残り、一生消えなかった。

*氷姫の接吻→〔氷〕4の『氷姫』(アンデルセン)。

★9b.悪魔の接吻。

『悪魔』(レールモントフ)  孤独な悪魔が乙女タマーラを恋し、タマーラも悪魔の愛を受け入れる。しかし接吻の瞬間、悪魔の持つ毒のために、タマーラは死んでしまった。

★10.接吻の人違い。

『第二の接吻』(菊池寛)  村川は夜の闇の中で、恋人倭文子(しずこ)と間違えて、京子に接吻する。プライドの高い京子は、人違いされたことを怒り、村川と倭文子の仲を裂こうと画策する。村川と倭文子は湖で心中をはかるが、倭文子だけが死んで、村川は生き残る。意識の朦朧とした村川は、駆けつけた京子を倭文子だと思い込んで、またしても接吻してしまう。

★11.映画の接吻シーンの検閲。

『ニュー・シネマ・パラダイス』(トルナトーレ)  シチリア島の小さな村の映画館パラダイス座。神父の事前検閲によって、キス・シーンはすべてカットされていた。観客が「おれは、もう二十年もキス・シーンを見てないぞ」と叫ぶようなこともあった。映写技師アルフレード(演ずるのはフィリップ・ノワレ)は、カットされたフィルムを捨てることなく、数々の名画のキスシーンをつなぎ合わせて、一巻のフィルムにまとめる。何十年もの後、死を目前にしたアルフレードは、このフィルムを自分の形見として、かつての映画好きの少年トト(今では一流の映画監督となったサルヴァトーレ)に贈った。

 

※接吻の邪魔になる鼻→〔鼻〕4の『誰が為に鐘は鳴る』(ウッド)など。

 

 

【背中】

★1.男が背負った子供や僧が、次第にあるいは急に、重くなる。

『黄金伝説』95「聖クリストポルス」  川守りのクリストポルスに、子供が「川を渡して下さい」と頼む。クリストポルスが子供を肩に乗せ、杖をとって川に入ると、水嵩が増し、子供は鉛のように重くなる。ようやく川を渡りきったクリストポルスは「世界をまるごと肩に乗せても、こうまで重くはなかったろう」と言う。子供は「あなたは、世界はもとより、この世界を創造した者をも肩に乗せたのです。私はキリストです」と告げる。

『きりしとほろ上人伝』(芥川龍之介)   嵐の夜、渡し守「きりしとほろ」が、白衣の「わらんべ」を肩に乗せて流沙河を渡る。「わらんべ」はしだいに重くなり、「きりしとほろ」は圧(お)し伏されそうになりながらも、柳の太杖をついて対岸へたどり着く。「きりしとほろ」は言う。「おぬしというわらんべの重さは、海山量(はか)り知れまじいぞ」。「わらんべ」が答える。「おぬしは、世界の苦しみを身に荷(にの)うた『えす・きりしと』を負いないたのじゃ」。

*「世界の苦しみ」=「わらんべの重さ」と類似の発想で、「出産の苦しみ」=「赤ん坊の重さ」という物語もある→〔赤ん坊〕3の『梅津忠兵衛のはなし』(小泉八雲『日本雑録』)。

『南総里見八犬伝』第9輯巻之20第128回  丶大(ちゅだい)法師の法莚に来会した法師十人を、徳用配下の悪僧十人が捕らえ、肩に負って寺まで運び閉じこめようとする。途中、法師の身体が急に重くなり、悪僧たちはおし伏せられる。里人らが見ると、悪僧たちはそれぞれ石地蔵を背中に乗せて道に倒れていた。

『夢十夜』(夏目漱石)第3夜  六つになる「自分」の子を背負って雨の夜道を歩く。子供は目がつぶれており、「自分」に様々なことを話しかける。「お前がおれを殺したのは今からちょうど百年前だね」と言われ、百年前の闇の晩に一人の盲目を殺したことを自覚したとたん、背中の子が石地蔵のように重くなった→〔記憶〕3

★2.男が背負った僧や老人が、強い力で男を苦しめる。

『今昔物語集』巻23−19  ある夜更け、実因僧都は男から「背負ってさしあげよう」と言葉をかけられる。男は追剥(おいはぎ)で、僧都の衣を奪うつもりであった。強力(ごうりき)の実因は、背負われたまま追剥の腰をはさみつけ、一夜中諸方を歩かせてこらしめた。

『千一夜物語』「船乗りシンドバードの冒険・第5の航海」マルドリュス版第307夜  難破してある島に泳ぎついたシンドバードは、出会った老人(「海の老人」と呼ばれる怪物)から「わしを肩に背負って流れを渡してくれ」と頼まれる。シンドバードが老人を肩車すると、老人は両脚でシンドバードを締めつけて、思いのままに操る。

★3.背中に飛び乗ってくる化け物。

『フランス田園伝説集』(サンド)「田舎の夜の幻」  畑で働く人間の背中に飛び乗る化け物がいる。さまざまな形に変身するが、場合によっては、飛び乗られた人間とそっくり同じ姿になることもある。そうやって、自分の分身と顔をつきあわせるのは恐ろしい。何も見えず聞こえないのに、猛烈な重さを感じることもある。この手の幽霊の中で一番始末に困るのは、白い猟犬だ→〔犬〕10

★4.重い荷物を背負う。

『イソップ寓話集』(岩波文庫版)266「振分け袋」  プロメテウスが人間の首に二つの袋をぶら下げた。一つは他人の欠点の入った袋で前におき、もう一つは自分の悪の入った袋で背中に懸けた。それゆえ人間は、他人の欠点はすぐ目につくのに、自分の悪は身近にあっても見えない。

『古事記』上巻  オホナムヂ(大国主命)は、兄弟の八十神(やそかみ)たちが因幡のヤガミヒメに求婚しに出かけた時、背中に袋を負い、従者としてついて行った。ヤガミヒメは八十神たちを退け、オホナムヂと結婚した。

『神曲』(ダンテ)「煉獄篇」第10〜11歌  生前傲慢だった者たちは、死後は償いのため、煉獄の山道を重い石を背負って歩き続けなければならない。

*背中に重荷(原罪)を負い、救いを求めて巡礼の旅に出る→〔額の印〕3の『天路歴程』(バニヤン)第1部。

★5.背中合わせ。

『翼』(三島由紀夫)  昭和十年代。中学生の杉男と女学生の葉子は従兄妹どうしだった。ある朝、二人は知らずに同じ満員電車に乗り、背中合わせに立った。彼らは互いに相手の肩に溌剌たる力を感じ、それぞれ「この人は翼を持っているのではないか」と思う。杉男は「葉子の翼を見たい」と望むが、それは叶わぬまま、空襲によって葉子は死んだ〔*戦後、杉男は大学を卒業し、重い翼を肩に感じつつ商社で働いた〕。

★6.背中の筋。

『酉陽雑俎』巻14−556  書吏の王庚が、夜、身分の高そうな人の行列に出会う。「車のくびきの策(つな)が切れた」「某里の張某の妻の背の筋を取ろう」と、彼らは相談し、まもなく一人が、長さ数尺ある二本の白い物を持って来た。「張某の妻」というのは、王庚の姨(おば。母の姉妹)であった。王庚が訪れると、姨はまだ無事だったが、一晩たって背が疼(いた)み出し、死んでしまった。

 

 

【背中の女】

★1.男が女を背負って、遠方へ連れて行く。

『伊勢物語』第6段注記  二条の后高子が入内前、まだたいそう若かった頃、従姉の女御(染殿の后)のもとに宮仕えするような形で寄寓していた。非常に美しい容姿であったので、男が彼女を盗み出し、背負って逃げた。しかし、高子の兄たちがつかまえて、取り返した。

『古事記』上巻  オホナムヂ(大国主命)は根の堅州国を訪れ、スサノヲからさまざまな試練を課せられる。オホナムヂは試練を乗り越え、スサノヲが眠る隙に生大刀・生弓矢・天詔琴(*→〔三つの宝〕2)を奪い取り、スサノヲの娘スセリビメを背負って逃げる。黄泉比良坂を越え、出雲の地に到ったオホナムヂは、スセリビメを嫡妻として、国造りを始める。

*男が帝の娘を背負って、京から武蔵国まで連れて行く→〔駆け落ち〕1の『更級日記』。

*背負った女が鬼に変ずる→〔鬼〕6の『太平記』巻23「大森彦七が事」、→〔桜〕6の『桜の森の満開の下』(坂口安吾)。 

★2.背中に負った女の触感。

『盲目物語』(谷崎潤一郎)  越前北ノ庄が落城した時、盲目の法師である「わたくし(弥市)」は(*→〔手ざわり〕2)、奥方(お市の方)の姫君お茶々どのを背負って、城を脱出した。お茶々どのの御臀(いしき)へ両手をまわしてしっかりとお抱き申し上げた刹那、そのお身体のなまめかしいぐあいが、若い頃の奥方にあまりにも似ていらっしゃるので、何とも不思議な懐かしい心地がした。

★3.背負われることを拒む女。

『ラーマーヤナ』第5巻「優美の巻」第37章  ラーマの妻シーターを魔王ラーヴァナが誘拐し、ランカー島に幽閉する。猿のハヌマト(ハヌーマン)が空を飛んでランカー島に到り、シーターを背負ってラーマのもとへ連れ帰ろうとする。しかしシーターは夫ラーマへの貞節心ゆえ、ハヌマトの背に触れることを拒み、「ラーマ自身がランカー島へ来て、私を救出すべきです」と言う。

★4.男が老女を背負って、山を登る。

『大和物語』第156段  信濃の国更級に住む男が、「寺で尊い法会があります」といつわって、年老いたおば(伯母あるいは祖母)を(*→〔伯母(叔母)〕5a)誘い出す。おばは喜んで男に背負われ、山に入って行く。男は高い山の峰におばを置き、逃げて帰って来る〔*『今昔物語集』巻30−9をはじめ、類話が多い〕。

*「山で『法華経』の法会がある」と言って老母を連れ出し、殺そうとする→〔土〕5bの『日本霊異記』中−3。

*男が山姫を背負って、山を下る→〔盲目〕3bの巻機山の伝説。

★5.男が女を背負うのとは逆に、女(鬼女)が男(僧)を背負う。

『今昔物語集』巻7−15  僧が鬼女(羅刹女)に誘惑されて交わり、正気をなくしてしまう。鬼女は、自分の住処へ僧を連れて行って喰おうと、背中に負って空を飛ぶ。僧は正気にもどり、心の中で『法華経』を唱える。たちまち僧の身体が重くなり、鬼女は背負いきれずに、僧を捨てて去って行った。

 

 

【背中の死体】

★1.死体を背負う。

『今昔物語集』巻16−29  長谷の観音に三年の間月詣でをして日暮れの道を帰る男が、放免たちにつかまり、「死体を川原へ棄てて来い」と命ぜられる。しかし重くて川原までは持っていけないので、家へ運ぶ。家で妻とともに死人をよく見ると、それは黄金のかたまりであった。

『屍鬼二十五話』(ソーマデーヴァ)  夜、トリヴィクラマセーナ王が、墓地の南方のシンシャパー樹にかかる男の死骸を下ろし、肩にかついで運ぶ。死骸には屍鬼(ヴェーターラ)がとりついており、いろいろな物語を王に聞かせ、問いをかける。王がその問いに答えると、死骸はたちまちもとの樹に戻ってしまう。王はふたたび樹の所まで行き、死骸をかついで歩く。屍鬼が物語を語り、王に問いをかけ、王の答えを聞くや、死骸は樹にもどる。これが二十四回繰り返され、二十五回目に、屍鬼は王を祝福して去る。

『ツァラトゥストラはこう言った』(ニーチェ)第1部「序説」  山から下界へ下りたツァラトゥストラは、町の広場で綱渡りをする芸人に託して、超人思想を民衆に語る。綱渡り師が道化師に妨害され、綱から落ちて死んだので、ツァラトゥストラはその死体を背負って町を出、深い森の中の木の空洞に死体を安置する。

*死体を背負って「かんかんのう」を踊る→〔踊り〕5の『らくだ』(落語)。

*死体のふりをして背負われ、背負う男に噛みつく→〔肝だめし〕2の『今昔物語集』巻27−44。

★2.逆に、死体の背中に生きた人間が乗る。

『今昔物語集』巻24−20  女が夫を恨んで死に、悪霊となった。たたりを恐れる夫は、陰陽師の教えにしたがって、女の死体の背中にまたがり、その髪をつかむ。夜になると死体は動き出し、夫を捜して走りまわる。夫が髪を放さずにいると、死体はまたもとの所に戻って来て、臥す。やがて朝になり、死体は動かなくなって、夫はたたりから逃れることができた。

 

 

【背中の仏】

★1.仏像を背負う。

『今昔物語集』巻6−5  天竺に、赤栴檀(しゃくせんだん)の釈迦牟尼仏像があった。鳩摩羅焔(くまらえん)という聖人が、「震旦国には未だ仏法が伝わらず、衆生は無明の闇に迷っている。この仏像を盗んで震旦へ渡し、衆生を救おう」と思い、仏像を背負って逃げた。昼は鳩摩羅焔が仏像を背負ったが、夜になると仏像が鳩摩羅焔を背負った。仏が、老齢の鳩摩羅焔を哀れんだからである〔*鳩摩羅焔は途中の亀茲国で没し、彼の息子鳩摩羅什(くまらじふ)が仏像を震旦へ渡した〕。

『和漢三才図会』巻第77・大日本国「丹波」  普済寺(船井郡若森)の千手観音像は、行基の作である。観音は美童に化して殿谷村に現れ、「私は普済寺に詣でる。汝は私を背負うて行け」と、田を耕す農夫に命じた。農夫は童を背負い、寺まで三町ほどの所に到ると、童は「ここで下ろせ。我が行く方を見るなかれ」と言う。農夫は童を下ろし、橋を渡って行く童を振り返り振り返り見て家へ帰り、このことを語ったが、日ならずして病死した。

 

※背中についた目印→〔月の模様〕4の太陽と月(北米、エスキモーの神話)、→〔目印〕5の『西鶴諸国ばなし』巻5−4「闇(くら)がりの手形」、→〔犯人さがし〕2の『聊斎志異』巻10−401「臙脂」。

※釈迦如来の背中の痛み→〔因果応報〕2の『今昔物語集』巻3−28。

 

 

【蝉】

★1.人間が蝉になった。

『この世にセミの生まれたわけ』(アイヌの昔話)  六代生きてるばあさんが夜も昼も、のどをふりしぼって「津波に気をつけよ」と歌っていた。皆は笑ったが、本当に津波が来て、ばあさんは村人と一緒に屋根に乗って、海原を流れて行った。ばあさんは海の上でも大声で歌い続けたので、海の神が、ばあさんを六層下の地下の国へ落とした。後に国造り神の妹が、糸掛け棒を地面にさし込んだ時、先端が六層下の地下の国まで突き抜けた。その穴を通って、六代生きてるばあさんは、また地上へ顔を出した。こうしてこの世に生まれたのが、セミというものだ。 

『蝉と大師様』(日本の昔話)  乞食坊主が百姓の家に一夜の宿を請うが、断られて立ち去る。後になって百姓は、それが弘法大師だったことに気づき、欅(けやき)の樹に登って「弘法様よーい、弘法様よーい」と、大声で呼ぶ。いつまでも呼んでいるうちに、百姓は「ちばひめ」という蝉になった。今でも七月二十三日になると、欅の樹にこの蝉が集まって鳴くのは、この日が、弘法様が宿を請いに来られた日だからだという(茨城県)。 

*ティトノスは老衰の果てに蝉になった→〔不死〕2aの『アプロディーテへの讃歌』。

★2.大昔の人間の一部から、蝉の種族が発生した。

『イソップ寓話集』(岩波文庫版)470「蝉」  大昔、ムーサイ(詩歌の女神ムーサの複数形)が生まれ、この世に歌が現れた時、当時の人間たちの一部は恍惚となるあまり、飲食も忘れて歌い続け、死んでいった。この連中から、蝉の種族が生まれたのである。蝉たちは生まれるとすぐ、飲まず食わずで歌い始め、死に至る。死後はムーサイのもとへ赴き、地上の誰がどのムーサを崇めているかを報告するのだ。 

★3.夏の間、歌って暮らした蝉。

『イソップ寓話集』(岩波文庫版)373「蝉と蟻」  蟻は夏の間に穀物を穴蔵に溜めこんだ。冬になり、腹をすかせた蝉が来て食物を請うた。蟻が「夏の間、何をしていたのか?」と聞くと、蝉は「忙しく歌っていた」と答えた。蟻は笑って、「夏に笛を吹いていたのなら、冬には踊るがいい」と言った。

★4.蝉の鳴き声。

『かげろふ日記』下巻・天禄3年6月  朝、私(藤原道綱母)は南の廂(ひさし)に出ていた。耳の遠い翁が、庭を掃こうと箒を持って木の下に立っていたところへ、蝉がはげしく鳴き出した。翁は驚いて見上げ、「『良いぞ良いぞ』と鳴く蝉が出て来た。虫でさえ時節を知っているのだなあ」と独り言をいった。それに合わせて、多くの蝉が「しかしか(そうだそうだ)」と鳴いたのは、「をかし」とも「あはれ」とも感じられた。

 

 

【千】

 *関連項目→〔九百九十九〕

★1.千人。

『今昔物語集』巻1−16  鴦堀魔羅は、千人の指を切って天神に祭り、王位を得ようとする。彼が剣を持って出かけると、最初に会ったのは太子時代の釈迦だった。太子は鴦堀魔羅に要求されるまま、自分の指を与えたので、鴦堀魔羅はにわかに慈悲心を起こし、仏道を奉ずるようになった〔*→〔九百九十九〕2の『賢愚経』では、指を九百九十九本とったところで仏に教化される〕。

『平治物語』下「常葉六波羅に参る事」  九条女院立后の儀式の時、京中の美女千人をそろえ、その中から百人を選び、さらに百人の中から十人を選んだ。その十人の中でも、「常葉(常盤)御前が第一の美女」との評判だった。平清盛は、美しい常葉御前を見て愛欲の心を起こし、殺すはずだった彼女の三人の子供(今若・乙若・牛若)を、助命してしまった。

『まつら長者』(説経)5段目  さよ姫は大蛇の千人目の生贄になるが、姫の読経で大蛇は改心して成仏する→〔経〕6b

『水鏡』下巻  廃帝(はいたい。大炊王。後に贈謚されて淳仁天皇)の時代。鑑真和尚が恵美押勝大臣(藤原仲麻呂)の娘を見て、「この人には千人の男に逢い給う相がある」と述べた。天平宝字八年(764)九月十八日、大臣が討たれた日に、千人の兵士がことごとく、この娘を犯した。

*千人の后→〔一夫多妻〕3の『熊野の御本地のそうし』(御伽草子)。

*一度に千人を殺す→〔骨〕6の『士師記』第15章。

*一日に千人を殺す→〔人数〕6の『古事記』上巻。

*千人のはずが千一人いる→〔人数が合わない〕1の『三宝絵詞』下−30。

★2.千日。

『神道集』巻10−50「諏訪縁起の事」  地底の維縵国から日本へ帰る甲賀三郎は、国王好美翁の教えどおり、千頭の鹿の生き肝を集めた千枚の餅を、一日に一つずつ食べて千日の旅をする。九百九十九枚まで餅を食べて、最後の一つを半分食べ、五重の岩段を登って残りを食べ終わると、信濃国の浅間の嶽へ出た〔*『諏訪の本地』(御伽草子)では、一千一百日の旅〕。

*千日眠る酒→〔酒〕11の『捜神記』巻19−8(通巻447話)。

*千日待つ→〔待つべき期間〕3の『三国伝記』巻7−27。

★3a.千年を経た古狐と古木。

『捜神記』巻18−9(通巻421話)  千年を経た狐が若い書生に化け、司空の張華を訪れて議論を挑む。張華は書生を狐と悟るが、犬をけしかけても書生は平然としている。そこで張華は、千年を経た古木を切り、それに火をつけて書生を照らすと、ようやく古狐の正体を表した。

★3b.千年が一つの区切り目。

『黒衣の僧』(チェーホフ)  今から千年前、シリアかアラビアの砂漠を、黒衣の僧が歩いていた。ところが、数マイル離れた湖の上を、もう一人の黒衣の僧が渡って行く。それは蜃気楼だった。蜃気楼からまた一つの蜃気楼が生まれ、黒衣の僧の姿はアフリカでも、スペインでも、インドでも、北極圏でも見られた。ついに蜃気楼は大気圏を出て、今では宇宙空間をさまよっている。黒衣の僧が砂漠を歩いた時からちょうど千年後に、蜃気楼は再び大気圏に入って、人々の目にふれる。今日か明日にでも、われわれは黒衣の僧に出会うかもしれない〔*青年コヴリンの心をとらえた伝説〕→〔自己との対話〕5

『ヨハネの黙示録』第20章  かつて神と悪魔との決戦が行なわれ、世界が破滅した後、天使が悪魔を深淵に封じ込めた。神に殉じて死んだ人々が生き返り、以後千年の間、キリストとともに地上を統治する。千年が終わると悪魔は牢から解放され、再び神に挑む。しかし悪魔は敗れて、火と硫黄の池に投げ込まれるのだ。

*千年間、処女を派遣する→〔神に仕える女〕1の『ギリシア神話』(アポロドロス)摘要第6章。

★4.千本の手。

『大悲千禄本(だいひのせんろくほん)(芝全交)  千手観音も不景気には勝てず、千本の手を切り離し、薩摩守忠度、茨木童子、女郎、無筆の人など大勢に、有料で貸し出す。坂上田村麻呂が、鈴鹿山の鬼神退治(*→〔鬼〕3の『田村』)に必要な多くの手を借りに来たので、大勢に貸し出した手を返却してもらい、それを田村麻呂に貸してまた儲ける。しかし、女郎に貸した手は小指がなくなり、喧嘩した手は握りこぶしに傷を負って、返って来た。

★5.千本の卒塔婆。

『平家物語』巻2「卒塔婆流」  康頼入道は平家討伐を企てたため、丹波少将、俊寛僧都とともに鬼界が島へ流された。康頼は千本の卒塔婆に「ア」字の梵字、年月日、名前、歌を記し、海に浮かべる。千本のうちの一本が厳島明神の渚に打ち上げられ、平清盛もこれを見て哀れに思った〔*後、康頼と少将は赦免される〕。

★6.千の性器。

『カター・サリット・サーガラ』「ウダヤナ王行状記」9・挿話15  天帝インドラが、ガウタマ仙の妻アハリヤーと姦通する。ガウタマ仙は怒って呪詛し、妻アハリヤーを岩石にした。ガウタマ仙はまたインドラに対して「汝の望んだ女陰が千個、身体につくだろう」と呪詛し、インドラは全身を女陰でおおわれた〔*後、インドラが天女ティロッタマーを見る時、それらは千の眼に変わる〕。

★7.千枚田。

『笠の下の田』(日本の昔話)  昔、百姓がセンメエボッコで田植えをしたが、千枚あるはずの田が、いくら数えても九百九十九枚しかない。どうしても一枚足りん。あきらめて、置いてあった蓑を取り上げたら、その下に一枚あった(福島県石川郡平田村中倉筒地)。

★8.宝は千揃えて持つのがよい。

『義経記』巻3「弁慶洛中にて人の太刀を奪ひ取る事」  弁慶は、「人の重宝は千揃えて持つものだ」と考えた。奥州の秀衡は名馬千疋、筑紫の菊池は鎧千領、松浦の大夫はやなぐい千腰・弓千張。このように重宝を揃えて持っている。弁慶は、「人の持つ太刀を千振(ふり)取って重宝にしよう」と思い、夜、京の町中に立って、通行する人の太刀を奪って歩いた→〔九百九十九〕3

★9.千の仏。

『今昔物語集』巻6−28  唐の時代、含照という僧が、千仏(拘留孫仏から釈迦牟尼仏、弥勒仏等を経て楼至仏まで、順次出現する千の仏)の絵像を描こうと志す。しかし僅か七仏の絵像が描けただけで、残り九百九十三仏の御姿や手印がわからなかった。含照は罪を懺悔し、誠の心を起こして祈誓する。その夜、含照は九百九十三仏が木の葉の上に現れる夢を見て、やがて千仏の絵像を完成させることができた。

★10.千羽鶴。

『サダコと千羽鶴』(エレノア・コア)  赤ん坊の時に広島で被爆した佐々木禎子(1943〜55)は、元気で活発な子に成長したが、小学校六年生になって白血病の症状が現れた。禎子は回復を願って、千年の寿命を持つ鶴を千羽折ろうと思う。しかし六百四十四羽折ったところで力尽き、十二歳の短い生涯を終えた。彼女のクラスメイトたちが三百五十六羽の鶴を折り、千羽にして棺に納めた〔*実際には、佐々木禎子は千羽以上の鶴を折ったという。その数は、千三百羽・千五百羽・二千羽以上など、いろいろな説がある〕。

★11.千人針。千人の女性が一針ずつ、縫い玉を縫いつけた晒し布。出征兵士がこれを腹にまけば、弾丸よけになると言われた。

千人針(松谷みよ子『現代民話考』6「銃後ほか」第2章の2)  太平洋戦争中の千人針は、はじめは女なら誰でもよかった。しかし戦死者が多くなると、いろいろな条件がつくようになった。「処女に縫ってもらうのがよい」「五黄の寅の女がよい(虎は千里行って千里帰るから)」「千人目の針は、糸でなく髪の毛で結べ」「処女の髪がよい」「性毛がよい」「五銭硬貨をくくりつけるのがよい(四銭=死線を越えるから)」など、さまざまなことが言われた(兵庫県神戸市)。

『築地河岸』(宮本百合子)  昭和十二年(1937)頃の夏、収監中の夫啓三(宮本顕治がモデル)に面会した帰り、道子は駅前で、赤ん坊を背負ったおかみさんから、千人針を一針縫ってくれるよう頼まれた。道子が「御主人ですか?」と訊くと、おかみさんは「ええ、そうなんですよ、あなた。子供が三人いるんですよ」と言った。七月このかた、市中の人出の多いところは、到るところで千人針がされていた。

 

 

【前世】

 *関連項目→〔転生〕

★1.人間には前世が必要である。

『ゲンセンカン主人』(つげ義春)  田舎町の古宿に男が泊まり、給仕する老婆と、前世について話をする。老婆は「前世は鏡です。前世がなかったら、私たちは生きていけません」と言う。男が「なぜ生きていけないのです?」と聞くと、老婆は「だって前世がなかったら、私たちはまるで、幽霊ではありませんか」と答える。

★2.イエス=キリストには前世がない。

『人間個性を超えて』(カミンズ)第1部第4章  「私(マイヤーズ)」の考えでは、キリストはエリシャ(*→〔パン〕5の『列王記』下・第4章などに記事)とか他の誰かの生まれ変わりではない。キリストは神の限定表現であり、物質世界にたった一度だけ、肉身を持って生まれたのだ。彼は地上へ降りて来たが、再び天に昇るや、意識の七つの段階(*→〔魂の数〕4の『不滅への道』)を遅滞なく通過して、神に合一したのである〔*マイヤーズの霊からの通信を、カミンズが自動書記した〕。

★3.前世を映す皿。

『カター・サリット・サーガラ』「ナラヴァーハナダッタ王子の誕生」3・挿話3  シンハ・パラークラマの妻は容姿も心も醜悪で、つねに夫と争っていた。シンハ・パラークラマは樹下から緑柱石製の大皿を得、それを覗いて、自身の前生が獅子であり、妻の前生が牝熊だと知る。前世以来の敵対関係が、夫婦間の憎悪のもとになっていることがわかったので、彼は皿に多くの娘を映し、前生が牝獅子だった娘を見つけて第二の妻とし、先妻には食物のみを与えた。

★4a.自らの前世を、動物だと考える。

『ジャン・クリストフ』(ロラン)第9巻「燃ゆる荊」  ジャン・クリストフと人妻アンナは、不思議な力で互いに引かれ合う。ある晴れた冬の日、二人は郊外へ遠出をする。アンナは「動物には魂がない、と牧師は言うが、私はあると思う。あなたはどう考えるか?」と、クリストフに問いかける。彼女は「私は前世で動物だったと思っている」と言う〔*二人はやがて関係を結ぶようになる〕→〔灰〕7b

*自らの前世を、植物だと考える→〔墓〕11aの『野菊の墓』(伊藤左千夫)。

★4b.自らの前世を、犬かもしれないと空想する。

『犬』(正岡子規)  犬(*→〔犬に転生〕6)が、姨捨山(うばすてやま)の姨を八十八人喰った後に懺悔し、四国の霊場八十八個所巡りを志す。しかし八十七個所巡ったところで死んでしまった。すると姨たちの怨霊が八十八羽の鴉となって、犬の腹ともいわず顔ともいわず、喰いに喰った。こんな犬が生まれ変わって、「僕(正岡子規)」になったのではあるまいか。その証拠には、足がまったく立たんので、僅かに犬のように這い廻っているのである。

★5.前世で殺生したために、現世で殺される。

『今昔物語集』巻2−30  三十二人の人が他人の牛一頭を盗み、一人の老女とともに、この牛を殺して食べた。彼らは皆転生し、牛は波斯匿王、老女はその后毘舎離、三十二人は毘舎離の子となった。牛を殺した三十二人は、牛の後身である波斯匿王(三十二人の父親である)に殺された。

★6a.前世の骸骨を見る。

『えんの行者』(御伽草子)  役の行者が大峯山の釈迦ヶ岳に分け入り、背丈九尺ほどの骸骨が木の枝に刺さっているのを見出した。骸骨は左手に鈴(れい)、右手に独鈷(とっこ)を握っていた。その夜、弥勒菩薩が「汝は前生七生、この山で修行した。これは汝の前生の骸骨だ」と、役の行者に夢告をした。

『古今著聞集』巻2「釈教」第2・通巻46話  浄蔵法師が金剛山の谷で、死者の骸骨を見た。石を枕にして臥し、手に独鈷(とっこ)を握っていた。「これは汝の前生の骸骨である。すみやかに加持して独鈷を得よ」との夢告があったので、陀羅尼を唱えて加持すると、骸骨は起き上がり、独鈷を浄蔵法師に与えた。

『発心集』巻7−12  餓鬼が、前生の自分の身体であった白い骸を槌で打ち、「前世で罪を作ったため餓鬼の身を受けた。この骸が恨めしく、常に打つ」と言った。また、天人が、前生の自分の骸に花を降らし、「この身に功徳を作り、天上に生まれることを得た。その報いのため供養する」と言った。

『和漢三才図会』巻第65・大日本国「陸奥」  建長二年(1250)七月、下総の性信上人(1187〜1275)は夢に、「汝の前世の遺骨が、奥州信夫郡土湯山の松の下にある」とのお告げを得た。上人は土湯山へ旅して松の下から枯骨を見出し、その地に法得寺を建立して本願寺派の道場とした〔*法得寺は後に臨済派の寺となり、名も光徳寺と改まった〕。

*前世のミイラを見る→〔ミイラ〕2の『木乃伊(ミイラ)』(中島敦)。

*天人が前世の死骸を供養する→〔死体〕6の『今昔物語集』巻2−7。

*前世の身体を埋めた墓→〔文字が消える〕4の『力(りき)ばか』(小泉八雲)。

★6b.前世の骸骨の山に登る。

『今昔物語集』巻1−26  百二十歳の男が道心を起こし、仏弟子となった。阿難尊者が男を連れて高い山の頂(いただき)に登り、教える。「汝は前生において、一劫の間に、犬や狐や鵄(とび)や烏や蚊や虻に生まれた。その骸骨が積もったのが、この山だ。無量劫の間、四悪趣(地獄道・餓鬼道・畜生道・修羅道)に堕ちて苦を受けるならば、どれほどの量の骸骨になるか、考えてみよ」。これを聞いて、男は阿羅漢果の悟りを得た。

*前世の髑髏の山に登る→〔髑髏〕4の『破片』(小泉八雲)。

 

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