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【写真】

 *関連項目→〔心霊写真〕

★1.男が女を恨み、女の写真を傷つける。

『油地獄』(斎藤緑雨)  二十一歳の法学生・目賀田貞之進は、柳橋の芸妓小歌に一目惚れして通いつめるが、小歌は別の客にあっさり身請けされてしまった。貞之進は小歌を怨み、深夜、鉄鍋に油を煮えたぎらせて、小歌の写真を投げこむ。写真は焦げただれ、やがて灰になるまで、貞之進はじっと見つめていた〔*→〔藁人形〕1の『藁人形』(落語)の変形〕。

『恨みの写真』(落語)  若い男が、女に裏切られたため、女を殺して自分も死のうと思いつめる。叔父が男に説教し、「晋の予譲の故事(*→〔身代わり(人体の)〕3)にならって、その女の写真を刺せ」と言う。男が恨みを込めてナイフで写真を刺し通すと、血がタラタラと流れる。叔父「おお。一念通じて写真から血が出たか」。男「いえ、指を切りました」。

★2.旧知の人の写真を見て、その所在を知る。

『飢餓海峡』(水上勉)  青森の貧しい娼婦八重は、ただ一度だけ訪れた客の男から大金をもらい、それで借金を返し、東京へ出て働くことができた。八重はその客を恩人と思った。十年後、八重は新聞で、舞鶴の会社社長・樽見京一郎の慈善事業の記事と顔写真を見た。それはあの客の顔だったので、八重は恩人に礼を言おうと舞鶴へ出かけた。しかし彼女は殺された→〔過去〕5。  

『砂の器』(松本清張)  島根県亀嵩地方で巡査をしていた三木謙一は、退職後岡山県に住み、ある時、長年の夢だった関西旅行に出かけた。三木は伊勢の映画館で、館内に掲げられている音楽家和賀英良の写真を目にした。それは二十年以上前、三木が巡査時代に世話をした、癩病の乞食・本浦千代吉の息子秀夫が成長した姿だった。三木は東京へ和賀英良(=秀夫)に会いに行き、殺された〔*映画版では、この時点で千代吉は存命であり、三木は秀夫に「父親に会え」と説く〕→〔再会拒否〕4

*行方知れずの夫の新聞写真を、妻が見る→〔同一人物〕3の『心の旅路』(ルロイ)。

★3.愛する人の写真。

『今戸心中』(広津柳浪)  吉原の花魁(おいらん)吉里は、客の平田を心底愛していたが、平田はやむを得ぬ事情で郷里へ帰ってしまった。それから一ヵ月余り後の十二月下旬、吉里は好きでもない客と一緒に、隅田川へ身投げする。朋輩に託した遺書の中に、写真があった。平田の写真と吉里の写真を、表と表を合わせ、裏に「心」という字を大きく書いて、こよりで十文字に結んであった。 

『野菊の墓』(伊藤左千夫)  「僕(政夫)」と民子は大の仲良しだったが、二人の仲は裂かれ、民子は他家へ嫁にやられる。しかし六ヵ月で流産し、その後の肥立ちが悪くて、息を引き取った。死んだ時民子は、左手に紅絹(もみ)の切れに包んだ小さなものを握っていた。家族が開けて見ると、それは「僕」の写真と手紙だった。 

★4.恋人と並んで映っている写真を二つに切って、恋人の写真と自分の写真を別々にする。

『写真』(川端康成)  醜い詩人の「僕」は、新聞社から写真を求められ、かつて恋人と一緒に撮った写真を半分に切って渡した。ところが手元に残った恋人一人だけの写真を見ると、ずいぶんつまらない娘に見えた。恋人も、新聞で「僕」の写真を見れば、「こんな男に恋した自分が口惜しい」と思うだろう。しかし、もし二人並んだ写真が新聞に出たならば、恋人は「僕」の所に飛んで帰って来るのではないだろうか。 

★5.不倫の証拠写真。

『死刑台のエレベーター』(マル)  ジュリアン(演ずるのはモーリス・ロネ)は、勤務する会社の社長夫人と、ひそかに愛人関係になっていた。彼は社長を射殺して自殺に見せかけ、完全犯罪は成功した。しかし不良青年がジュリアンの車を盗み、旅行者を殺したために、車に置いてあったジュリアンのカメラが警察に押収される。フィルムを現像すると、抱き合うジュリアンと社長夫人の写真が何枚も現れ、二人が共謀して社長を殺したことを、警察は知った。

『柔らかい肌』(トリュフォー)  中年の文芸評論家ピエール(演ずるのはジャン・ドザイ)は講演旅行に出かける時、愛人のスチュワーデス、ニコルを同伴した。彼は手持ちのカメラでニコルの写真をとり、二人の愛の記念とした。ピエールの妻は彼の不倫を疑っていたが、カメラ店へ行き、現像された何枚もの写真、さまざまなポーズを取るニコルの写真や、ニコルとピエールが一緒に写っている写真を手にして、不倫の決定的証拠を得た。  

*密会の証拠写真をでっち上げる→〔取り合わせ〕1の『醜聞(スキャンダル)』(黒澤明)。

★6.見えぬ目で見る写真。

『二十四の瞳』(壺井栄)  昭和二十一年(1946)五月、大石久子先生を囲む会を、教え子たちが開く。十八年前、皆が小学一年生だった時、村の一本松で記念写真を撮ったことがあった(*→〔落とし穴〕1)。教え子の一人磯吉は戦争で両眼を失っていたが、「目玉がなくてもこの写真は見える」と言う。「真ん中のこれが先生。その前に、うらと竹一と仁太が並んどる。先生の右がマアちゃん・・・・」。磯吉は確信を持って、人差し指でおさえて見せる。しかしその指は、少しずつズレた所をさしていた。「そう、そう、そうだわ」と答える大石先生の頬を涙が伝わった。

★7.観光地などで、「写真を撮って下さい」と頼まれる。

『富嶽百景』(太宰治)  御坂峠の茶店に三ヵ月ほどこもって仕事をしていた「私」が、山を降りる前日。東京から来たらしい娘さん二人が、「シャッタア切って下さいな」と言って、「私」にカメラを渡した。レンズをのぞくと、真ん中に大きい富士、その下に娘さん二人が寄り添っている。「私」は二人をレンズから追放し、富士山だけをいっぱいにキャッチして、富士山、さようなら、お世話になりました。パチリ。

『夜の河』(吉村公三郎)  京染めの店の娘・きわ(演ずるのは山本富士子)は、法隆寺を訪れた時、女学生から「写真を撮って下さい」と頼まれ、カメラを渡された。女学生とその父と友人の三人並んだ姿を、きわは撮影する。女学生の父である大学教授・竹村(上原謙)は、その日、きわが染めて売りに出したネクタイをしていた。これがきっかけで、きわと竹村は、しばしば逢うようになった→〔不倫〕8

★8.「写真を見てくれ」と言われたが、それは鏡だった。

『ドウエル教授の首』(ベリャーエフ)  ドウエル教授の首が(*→〔首〕5b)、若き日の恋の思い出を語る。ドウエルは、患者のベティと親しくなり、「机上にある、私の婚約者の写真を見てほしい」と頼んだ。「彼女が承知してくれたら、私は彼女と結婚するんだ」。ベティが机の所へ行くと、それは写真ではなく、小さな鏡だった。ベティは鏡をのぞきこんで笑い、「この人なら断ったりはしないでしょう」と言った。

*鏡に映る自分の顔を見て、「誰かの写真だ」と思う→〔鏡に映る自己〕6の『農夫と女房と鏡』(イギリスの民話)。

★9.フィルムのすりかえ。

『疑惑の影』(ヒッチコック)  「米国標準家庭の生活実態調査」と称して、刑事二人が記者とカメラマンに扮し、殺人容疑者チャーリー(演ずるのはジョゼフ・コットン)の滞在する家を訪れる。カメラマンがチャーリーを撮影したので、チャーリーは「写真は嫌いだ」と言って、フィルムを取り上げ焼却する。しかし刑事たちが渡したのは別のフィルムだった。チャーリーの写ったフィルムは現像され、それを見た警察は、彼が殺人犯であることを確認した。

 

 

【写真と生死】

★1.瀕死の人の写真をとると、生命力を与えることができる。  

『夏目漱石』(小宮豊隆)「死」  夏目漱石の臨終が近づいた時、妻鏡子は「漱石の写真をとりたい」と言った。瀕死の病人の写真をとると、病人が持ち直すことがある、と一部で信じられていたからであった。写真師が呼ばれ、撮影が行なわれたが、その甲斐もなく漱石は死去した。

★2.写真を撮影すると、被写体の人物が急死する。

『殺人カメラ』(ロッセリーニ)  悪魔が、町の写真屋に不思議な力を授ける。写真スタジオにある人物写真を、もう一度カメラで撮影しなおすと、被写体の人物が急死するのだ。写真屋は、悪徳町長・仲買人・高利貸しなど、欲深な連中六人の写真を撮影して、彼らを殺す。これで住み良い町になるはずだったが、また新たに欲深な人間たちが現れて、結局、町は変わらなかった〔*悪魔は改心して、死んだ六人を生き返らせた〕。 

★3.三人で写真をとると、真ん中の人が早死にする。  

『現代民話考』(松谷みよ子)12「写真の怪 文明開化」第2章の1  「三人で写真をとると、真ん中の人が早死にする」というのは、明治の初期から続く迷信である。昭和の初めまで、写真館には京人形やキューピッド人形が用意してあった。三人で写真をとる時には人形を中に入れ、「これで四人になったから良い」と言って、撮影した(福岡県)。 

*木を人間に見立てて、人数を調整する→〔三人目〕1の『懶惰の歌留多』(太宰治)。  

★4.写真に撮られる=魂を抜かれる。  

『金枝篇』(初版)第2章第2節  ジョーゼフ・トムソン氏が、東アフリカのワテイタ族の数人を写真に収めようとしたところ、彼らはトムソン氏を「魂を取ろうとしている呪術師」と見なした。彼らは「もしトムソン氏が自分たちの像を手に入れれば、自分たちは、まったくトムソン氏の言いなりになってしまう」と考えた。 

*肖像画についても同様の信仰がある→〔肖像画〕3cの『金枝篇』(初版)第2章第2節。  

 

※写真を撮ってもらえない子→〔兄弟〕2bの『にんじん』(ルナール)「にんじんのアルバム」1。

※人に見られては困る写真を用いて、金をゆすり取る→〔唇〕2bの『悪魔の百唇譜』(横溝正史)。

※悪人の写真に釘を打つ→〔釘〕2の『憶い出した事』(志賀直哉)。

 

 

【シャム双生児】

 *関連項目→〔双子〕

★1.胴体部分が癒着した双子。

『大智度論』巻3  摩伽陀国王の子は、頭が一つ、顔が二つ、腕が四本あった。国王はその子の身体と首を引き裂き、荒野に捨てた。すると女羅刹が来て、身体を接合し乳を与えて育てた。この子は成長後、強大な力を持ち、天下を治めた。

『日本書紀』巻11仁徳天皇65年  飛騨国の宿儺(すくな)という人は、身体は一つで顔が二つあった。顔はそむき合い、頭頂は一つだった。手足は二人分あり、左右に剣を佩いて、四つの手で弓矢を使った。皇命に従わず民を略奪したので、難波根子武振熊がこれを殺した。

『酉陽雑俎』続集巻3−947  太和六年(832)の秋、梁州の西県の百姓の妻が産んだ男児は、手が四本、足が四本、一つの身体が二つの顔に分かれていた。頭頂部の髪の一本は、長くて足までとどいた。

*原始時代の人間は、シャム双生児のごとき形態をしていた→〔人間を造る〕3の『饗宴』(プラトン)。

★2a.シャム双生児の分離手術には、危険がともなう。

『シャム双生児の秘密』(クイーン)  十六歳のフランシスとジュリアンのシャム双生児が、彼らの美しい母キャロー夫人とともに、外科医ザヴィヤー博士邸に滞在する。ザヴィヤー博士は、シャム双生児の分離手術の可能性を検討していた。ところがザヴィヤー博士は、何者かに殺されてしまう。分離手術には命の危険があるので、シャム双生児が自分たちの身を守るために博士を殺したか、と思われた。実は、博士の妻セーラが、夫(博士)とキャロー夫人の仲を疑い、嫉妬して博士を殺したのだった。

★2b.シャム双生児が切り離され、一方が死ぬ。

『半神』(萩尾望都)  「わたし(ユージー)」と妹ユーシーは、シャム双生児である。妹は「わたし」から養分を吸い取って生きており、天使のごとく美しい。「わたし」は、妹にはない知性を持っているが、醜くやせている。このまま放置すれば二人とも死ぬので、「わたし」たちは十三歳の時、手術で切り離される。妹はかつての私のようにやせて死に、「わたし」はかつての妹そっくりの美しい少女になる。

★2c.シャム双生児の男女が二人に分かれ、結婚する。

『子易物語』(御伽草子)寛文刊本  天武天皇の代、佐伯長者が豊受明神に申し子して、背中合わせに癒着した男女の双子(玉松丸・玉若姫)を授かった。彼らは、日本を滅ぼす第六天の魔王の化身と間違われたが、神が二人を救い、背中も離れる。後、天皇の勅で結婚した二人は、人々の安産を願う子易地蔵を桜木で造り、昇天した〔*赤木文庫蔵写本は、七十歳過ぎの尼が、腋で癒着した男女を産むなど、大きく異なる〕。

★3a.兄妹婚をした男女が、シャム双生児に生まれ変わる。

『捜神記』巻14−1(通巻340話)  兄妹婚をした二人が、山へ追われて死んだ。神鳥が飛んで来て不死草を亡骸にかぶせておくと、七年後に、頭が二つ、手足が四本、胴体が一つの男女が生まれた。

★3b.人工的にシャム双生児を造る。

『孤島の鬼』(江戸川乱歩)  佝僂(せむし)として生まれた諸戸丈五郎は、世を呪い人を呪ったあげく、貧しい人々から嬰児を買い集め、箱詰めにしたり皮をはいだりして不具者を作り、見世物小屋に売る。丈五郎は、かつて彼の求愛を拒絶した未亡人の孫娘・緑を手に入れ、これを別の男児と腰部で癒合させてシャム双生児とし、育て上げて高く売ろうとする。「私(蓑浦青年)」は、紀州の孤島にある丈五郎の屋敷へ乗り込んで緑を救い出し、彼女は手術で男児から切り離される。「私」は緑と結婚する。

★4.シャム双生児のような姿になることを望む。

『パンチャタントラ』第5巻第8話  職工の男が、樹に住む精霊から「何でも望みをかなえてやろう」と言われる。職工の妻が、「前と後ろで、今までの倍の布を織れるように、もう一つの頭と、もう一対の腕を望みなさい」と勧め、職工は二つの頭と四本の腕を持つ身体にしてもらう。しかしその姿を見た人々は、「こいつは羅刹だ」と言って、職工を殺してしまった。

★5.胴体部分が癒着した三つ子。

『ギリシア神話』(アポロドロス)第2巻第5章  ゲリュオネスは、三人の男の上半身が腹で一つになっていて、わき腹と太腿から下は、また三つに分かれる、という身体を持っていた。ヘラクレスが彼の牛を盗んだので、ゲリュオネスはヘラクレスを追ったが、射られて死んだ。

 

 

【銃】

 *関連項目→〔弾丸〕〔ロシアン・ルーレット〕

★1.名銃を巡る争い。

『ウィンチェスター銃'73』(マン)  リン・マカダム(演ずるのはジェームズ・スチュアート)は、ある町で仇敵ダッチと偶然出会った。町の射撃大会に二人は参加し、リンが優勝して、一八七三年製の名銃ウィンチェスターを得る。しかしダッチが、銃を横取りして逃げる。銃はその後、商人、インディアン、町の青年、ギャングなどの手を転々とする。やがてダッチが再び銃を手に入れ、銀行強盗をはたらく。リンは彼を岩山に追い詰めて射殺し、銃を取り戻す。実はリンとダッチは兄弟だった。ダッチは無法者で、父親を殺して逃げていたのである。

★2.射撃の名手。 

『駅/STATION』(降旗康男)  三上刑事(演ずるのは高倉健)はオリンピックの射撃選手だった。親しい上司が射殺された時も、オリンピック優先で、三上は犯人捜査に加わることを許されなかった。選手生活を終えた後は、三上は狙撃班の一員として、正確無比の銃撃で何人かの凶悪犯を射殺した。三上は居酒屋の女桐子(倍賞千恵子)と知り合い、男女の関係になる。しかし桐子の昔の恋人森岡は、かつて三上の上司を殺した犯人だった。桐子の目の前で三上は森岡と撃ち合い、射殺した。

★3.自分を射撃の名手だと思いこむ男。 

『腰抜け二挺拳銃』(マクロード)  幌馬車隊の一行が、インディアンに襲われる。気弱な歯医者ピーター(演ずるのはボブ・ホープ)は樽に隠れ、でたらめに拳銃を撃つ。するとインディアンたちはバタバタ倒れ、あっというまに十人ほどの死体が転がった。ピーターは自分の拳銃の腕前に驚き、幌馬車隊の人々も感嘆する。実際はピーターの背後から、射撃の名手カラミティ・ジェーン(ジェーン・ラッセル)が、ライフルでインディアンたちを撃ったのだった〔*後、ピーターとジェーンはインディアンに捕らわれ、処刑されそうになる〕→〔半身〕2。 

*→〔狐〕11の「虎の威を借る狐」に似た物語である。

★4.遠方からの狙撃。

『狼の挽歌』(ソリーマ)  殺し屋ジェフ(演ずるのはチャールズ・ブロンソン)は、自分を裏切った愛人ヴァネッサ(ジル・アイアランド)を殺そうと決意する。ヴァネッサと仲間の男が、ガラス張りの展望エレベーターで高層ビルを昇って行く。ジェフは隣りのビルの屋上からライフルで狙撃し、男に数発の銃弾を浴びせる。ヴァネッサは逃れられぬと覚悟し、ジェフの方へ身体を向け、「苦しませないで殺して」と訴える。ジェフはヴァネッサの唇の動きから言葉を読み取り、彼女の頭部を撃って即死させる。

*狙撃の失敗→〔暗殺〕2bの『ジャッカルの日』(フォーサイス)など。

★5.銃の暴発。

『運命の力』(ヴェルディ)  セビリアのカラトラーヴァ侯爵の娘レオノーラは、インカ帝国の血を引くアルヴァーロと駆け落ちしようとする。二人の駆け落ちを阻止すべく、カラトラーヴァ侯爵が剣を抜いて立ちはだかる。アルヴァーロは恭順の意をあらわすために、持っていたピストルを床に投げ捨てようとする。ところがピストルが暴発し、銃弾がカラトラーヴァ侯爵に当たって、侯爵は死んでしまう→〔駆け落ち〕2。 

*火縄銃の暴発→〔死因〕3aの『火縄銃』(江戸川乱歩)。

★6.盗まれた銃。

『野良犬』(黒澤明)  村上刑事(演ずるのは三船敏郎)は、バスの中で実弾七発入りのピストルをすられた。そのピストルを使って、傷害事件一件、殺人事件一件が起こった。あと五発、弾丸が残っている。ベテラン佐藤刑事(志村喬)が、若い村上刑事を助けて、犯人を追う。犯人の遊佐(木村功)は、佐藤刑事に向けて二発撃ち、重傷を負わせた。村上刑事が、遊佐を追いつめる。遊佐の発射した弾丸は、一発が村上刑事の左腕に当たり、残り二発は外れた。これで弾丸はなくなった。村上刑事は遊佐と格闘し、逮捕した。 

★7.銃を持つふりをする。

『リスボン特急』(メルヴィル)  犯罪者シモンはナイトクラブを経営し、警視コールマン(演ずるのはアラン・ドロン)は常連客だった。シモンの情婦キャシィはコールマンと関係を持っており、シモンもそれに気づいていた。シモンとその仲間が銀行を襲ったので、コールマンはシモンを逮捕すべく拳銃を突きつける。シモンはコートの胸元に手を入れ、拳銃を抜くかのごとき身振りをする。コールマンはただちにシモンを射殺するが、倒れたシモンの手に武器はなかった。シモンは死ぬつもりだったのだ。

★8.汗をかく銃。

汗かき鉄砲の伝説  猟師の営造が危ない目にあいながらも、「隠し弾丸(だま)」をこめた鉄砲で化け猫をしとめたのは(*→〔弾丸〕5)、十二月二十日のことだった。鉄砲は村の守りとして、代々の庄屋が保管している。毎年十二月二十日に、これを取り出して手入れする慣わしであるが、かつての恐ろしい戦いを思い出すがごとく、その日、鉄砲はべったり汗ばんでいるということだ(奈良県吉野郡川上村柏木)。

 

※見間違えて人間を銃撃する→〔誤射〕1の『寝園』(横光利一)など。

※ねらいがそれて別人を銃撃する→〔誤射〕5の『追いつめる』(生島治郎)など、→〔誤射〕6の『7月4日に生まれて』(ストーン)。

※銃による決闘→〔決闘〕1の『悪霊』(ドストエフスキー)第2部第3章「決闘」。

 

 

【周回】 

★1.男と女が、木や柱の周りをまわって結婚する。

『古事記』上巻  イザナキ・イザナミの二神はオノゴロ島に降り立ち、天の御柱を見立てた〔*実際に柱を立てたとも、島にある木を柱と見なしたとも、両様に解釈できる〕。イザナキは天の御柱を左からまわり、イザナミは右からまわって、出会った所でイザナミが先に「あなにやし、ゑをとこを」と言葉をかけ、結婚した(*→〔子捨て〕4)。しかし、良くない子が生まれたため、もう一度、御柱をまわり直し、今度はイザナキが先に「あなにやし、ゑをとめを」と言葉をかけて、国産みをした。

『なぜ神々は人間をつくったのか』(シッパー)第8章「禁断のパートナー」  大洪水の後、兄妹二人だけが生き残った。兄は「妹と寝たい」と思ったが、妹は木のまわりをグルグル走って逃げた。兄は追いつけないので、向きを変えて逆方向に進んだ。妹は兄とぶつかり、二人は夫婦になった(中国南西部)。

★2.一人の人間が、木の周りを一周して男と女になる。

『なぜ神々は人間をつくったのか』(シッパー)第7章「両性具有」  始まりの時、男でも女でもない人間が一人、美しい庭園に住んでいた。庭園の中央に一本のヤシの木が立っており、「その周りを一周してはならない」と神は禁じた。ある日、人間は禁を破り、木の周りを歩き始める。一周して出発点に戻った時、人間は真っ二つに割れ、片方は男に、もう片方は女になった。それ以来、男と女は、失った半身を恋い焦がれるようになった(コンゴ民主共和国、ルバ族)。

★3.虎たちが、木の周りをグルグルまわる。

『ちびくろサンボ』(バナーマン)  ちびくろサンボから服や靴をもらった四頭の虎が(*→〔虎〕6)、「俺様こそが、ジャングルでいちばん立派な虎だ」と言い合って争い、互いのしっぽにかみついて、ヤシの木の周りをグルグル駆けまわる。あまりに速く走るので、虎たちの足は見えなくなる。それでも虎たちは走り続け、とうとう溶けてバターになってしまった〔*ちびくろサンボのお父さんが壺にバターを入れて家に帰り、お母さんがそのバターでホットケーキをたくさん焼く。サンボはホットケーキを百六十九枚も食べた〕。

★4.杭につながれた状態で、グルグルまわる。

繋驢桔(けろけつ)の故事(森田正馬『神経質の本態と療法』第1部第2編の2)  強迫観念患者は、その症状から逃れようと努力すればするほど、ますます症状にとらわれて苦悩する。これは、禅でいう「繋驢桔」と同じことだ。桔(くい)に繋がれた驢馬が、そこから逃れようと、桔の周囲をグルグルまわるならば、ついには自分から桔に巻きついて動けなくなる。そのままにしていれば、驢馬は桔にからみつくことなく、そのあたりを遊んでいることができるのである。

*影から逃れようと走り続け、死んでしまう→〔影〕2の『荘子』「漁父篇」第31。

『平家物語』巻5「富士川」  多くの水鳥が飛び立つ音を聞いた平家の人々は(*→〔逃走〕5)、「源氏の夜襲だ」と誤解し、陣を捨てて逃げ去った。あまりにあわて騒いで、杭につないだ馬に乗って駆ける者もおり、杭のまわりをいつまでもグルグルと巡っていた。

★5.町のまわりを回る。

『ヨシュア記』第6章  エリコの町は、イスラエルの人々の攻撃に備えて、城門を堅く閉ざした。ヨシュアは主(しゅ)の教えに従い、祭司たちに神の箱を担がせて、兵士たちとともにエリコの町のまわりを一日に一度まわった。彼らは六日間これを繰り返し、七日目には夜明けとともに起きて、町を七度まわった(七度まわったのは、この日だけだった)。七度目に祭司が角笛を吹き鳴らすと、ヨシュアは「鬨(とき)の声をあげよ」と、民に命じた→〔声〕4

★6a.塔のまわりを百周する。

『旧雑譬喩経』巻下−48  毎日、仏塔のまわりを百遍巡る王がいた。ある日、王が塔を巡っている最中に、隣国が攻め寄せて来た。臣下たちは王の所へ駆けつけ、「塔を巡るのを今すぐやめて、敵を打ち払って下さい」と請う。王は「敵が攻めるにまかせよ。これをやめるわけにはいかない」と答え、平然と塔を巡り続けた。すると、周回が終わらないうちに、敵は散り散りになって退却してしまった。揺るぎない心を持てば、それを打ち砕くものは何もない。

★6b.仏のまわりを一周する。

『今昔物語集』巻1−36  一人の波羅門が、光明を放って托鉢する仏(釈尊)を見て歓喜し、仏のまわりを一周して礼拝した。仏は、「この波羅門は二十五劫の間、三悪道に堕ちず、天上界・人間界に生まれて常に楽しみを受け、その後は辟支仏(びゃくしぶつ=縁覚)になるだろう」と阿難に説いた。人が仏および塔を巡るならば、限りない功徳を得るのである。

★7.世界を一周する。

『八十日間世界一周』(ヴェルヌ)  一八七二年十月二日の夜、四十歳ほどの独身英国紳士フィリアス・フォッグが、カード仲間相手に二万ポンドを賭けて、「八十日後の十二月二十一日午後八時四十五分までに、世界一周して戻って来る」と宣言し、出発する。フォッグは世界一周の途中、インドで美女アウダを救い、彼女を連れてロンドンへ戻るが、約束の時刻を五分過ぎていた。しかし実際は、日付変更線を東に越えて旅をしたため、ロンドンの日付は一日前の十二月二十日であった。フォッグは賭けに勝ち、アウダと結婚する。

★8.北極星のまわりを、星々が回る。

『第三半球物語』(稲垣足穂)「北極星に油をさした話」  夜中に、キキキキと星空のきしる音がするので、「僕」は屋根へ登り、竿の先の筆に油をつけて、北極星の軸に塗りつけた。きしる音が止まって一安心したが、「空が速く回りすぎて暦が狂ったら、大へんだな」とも思った。屋根から下りようとした時、頭の上いっぱいにきらめく星が「サンキュー!」と言った。「僕」はコロコロとすべってストンと庭へ落ち、目をまわしてしまった。

『星座の伝説』(草下英明)8「日本の星の伝説」  長者の息子七人と貧乏人の息子一人が、一緒に寺子屋に通っていた。長者の息子たちは、何をやっても貧乏人の息子にかなわないので腹を立て、貧乏人の息子を追いかける。寺子屋の先生が、間に入って止める。貧乏人の息子も、長者の息子七人も、先生も、皆天に昇って星になった。ネノホシ(北極星)が貧乏人の息子、シチセイ(北斗七星)が長者の息子七人、両者の間にあるヤラエ(矢来)星(小熊座のβ・γの二星をさす)が先生だ(香川県佐柳島)。

 

 

【十五歳】 

★1.十五歳の娘が、死の眠りにおちいる。 

『いばら姫』(グリム)KHM50  姫の誕生祝いに招かれなかった仙女が、「姫は十五歳になると紡錘(つむ)に刺されて死ぬ」と予言する。父王は、国中の紡錘を残らず焼き捨てる。十五歳の誕生日、姫は留守番をしていて城内を見てまわり、一つの部屋にいた老婆から紡錘を見せられ、それで指を刺して倒れる〔*『眠れる森の美女』(ペロー)では「十五歳」とはせず、予言から「十五〜六年の後」に姫は紡錘で手を刺して倒れた、と記す〕。

★2.十五歳の娘が、はじめての恋をする。 

『人魚姫』(アンデルセン)  人魚の王様には六人の娘がいて、十五歳になると海上に浮かび上がることを許された。娘たちは長姉から毎年順番に海上に出、末娘(人魚姫)が十五歳になって海面に上がった時には、大きな船で誕生パーティをする王子を見た。王子に恋した人魚姫は、嵐に遭って沈む船から王子を救い出し、砂浜に寝かせて、海底の城へ帰った。

★3.十五歳の娘が、発心して寺に入る。 

『中将姫の本地』(御伽草子)  中将姫は三歳で母を失い、十三歳の時に、継母の悪巧みのために、雲雀山で斬首されそうになった。斬首役の武士の情けで、あやうい命を助かった姫は、十五歳の春に、山へ狩りに来た父(横佩右大臣)と巡り会う。姫は「私が死後に浄土に生まれ、父母を仏道へ導くことこそ、両親への真の報恩であろう」と考え、当麻寺へ入って剃髪、出家する。

 

※十五歳の少女が、自分は何者であるかを知ろうとする→〔作中人物〕1bの『ソフィーの世界』(ゴルデル)。

※十五歳で性に目覚めさせられる→〔男性遍歴〕1の『ファニー・ヒル』(クレランド)。

※十五歳の処女を捜す→〔鏡に映る真実〕2の『千一夜物語』「処女の鏡の驚くべき物語」マリュドリュス版第720〜731夜。

※父親が十五歳の娘を犯す→〔父娘婚〕4aの『魚服記』(太宰治)、→〔父娘婚〕4cの『チャイナタウン』(ポランスキー)。

 

 

【十三歳】 

★1.十三歳の少女が、旅に出る、男と出会う、死に直面するなど、人生の転機をむかえる。 

『一寸法師』(御伽草子)  宰相殿の十三歳の姫君に一寸法師が思いをよせ、はかりごとを用いて(*→〔濡れ衣〕3)、父宰相殿から姫君の身柄を託される。姫君は一寸法師とともに舟に乗り、風に吹かれて、興がる島(きょうがるしま)へ着く→〔小人〕8a

『更級日記』  東国に育った私(菅原孝標女)は、世の中には「物語」というものがあることを知り、「早く上京して、多くの物語を読みたい」と、薬師如来の等身像に額(ぬか)づき祈った。その念願が叶い、私が十三歳の時、父上総介の任期が終わり、一家は京へ上ることになった。

『人肉食用反対陳情団と三人の紳士たち』(安部公房)  人肉食に反対する一団が、人肉を食う階級の三人の紳士の所へ陳情に来る。代表の男は、「私の十三歳の娘がクジに当り、トサツ場へ出頭しました。甘いもの好きでよく油がのっています。娘はハムにされます。お助け下さい」と懇願する。しかし三人の紳士は男を追い返す→〔人肉食〕8

『鉢かづき』(御伽草子)  河内国交野に住む備中守さねたかと北の方の間には、なかなか子が授からなかったが、やがて姫君が一人生まれ、父母は大切に育てた。ところが姫君が十三歳の時、母北の方が病死し、姫君は鉢をかぶった異様な姿で(*→〔仮面〕1)、さすらい歩く身の上となった。

『夜長姫と耳男(みみお)(坂口安吾)  ヒダのタクミである「オレ(耳男)」は、長者の十三歳の一人娘・夜長ヒメの持仏とすべきミロクボサツを、三年かけて刻む。無邪気な笑顔のヒメの、残酷な心を知った「オレ」は、呪いをこめたモノノケ像を造るが、ヒメはそれを喜ぶ。疫病が村を襲った時、ヒメは、村人が皆死ぬように祈るので、「オレ」はヒメをキリで刺す。ヒメは「好きなものは、呪うか殺すか争うかしなければならないのよ」と言って死ぬ。 

*十三歳で青侍と初恋→〔男性遍歴〕1の『好色一代女』(井原西鶴)。

*十三歳の秋に天人が降下する→〔天人降下〕3の『夜の寝覚』巻1。

*十三歳で切り離される→〔シャム双生児〕2bの『半神』(萩尾望都)。

*十三歳で殺されそうになり、十五歳で出家する→〔十五歳〕3の『中将姫の本地』(御伽草子)。

*十二歳の少女に、悪霊がとりつく→〔憑依〕5の『エクソシスト』(ブラッティ)。

★2.十三歳の少女とは結婚できない。

『ファウスト』(ゲーテ)第1部「街路」  ファウストは、街角で見かけた処女マルガレーテ(グレートヒェン)に魅せられ、「あの娘を何とかしてくれ」と悪魔メフィストフェレスに頼む。メフィストフェレスが「あんな無邪気な娘は私の手におえない」と断ると、ファウストは「でも十四歳は越えている」と言い、結局マルガレーテを手に入れる〔*十三歳以下の娘との性交・結婚は、当時、禁じられていた〕。  

★3.十三歳の少年が女と出会う。

『雁の寺』(水上勉)  昭和八年(1933)秋、五十八歳の孤峯庵住職慈海は、三十二歳の桐原里子を内妻として迎え、日夜痴戯にふけった。その時、小僧の慈念は十三歳だった。翌年の初秋、里子は、慈念が乞食女の捨て子だったことを知って激情にかられ、慈念を抱いた。これを機に、慈念の心の中に師僧慈海への殺意が生まれ、三ヵ月後、慈念は慈海を刺殺して失踪した。

★4.十三歳の少年たちが大人を殺す。

『午後の曳航』(三島由紀夫)  首領および一号から五号までの六人の少年は、みな十三歳の優等生で、天才であると自覚していた。彼らは世界の空洞を充たすため、子猫を殺して解剖する。二等航海士塚崎竜二が、三号(登)の父親になろうとするので、少年たちは竜二に睡眠薬入りの紅茶を飲ませ、子猫同様に処刑する。十四歳未満なら処罰されず、「今が殺人をする最後のチャンスだ」と、首領は説いた。 

 

 

【十字架】

★1.イエス・キリストをつるした十字架。

『黄金伝説』64「聖十字架の発見」  エデンの園の善悪を知る木の一枝が、アダムの墓に植えられた。小枝は成長して大木になったが、ソロモンの代に木は切られ、一時期、ある沼に渡す小橋となった。後に木は地底深く埋められて、そこに池が掘られた。イエス受難が近づいた頃、木はひとりでに浮かび上がってきて、ユダヤ人たちがこれを拾い、主(イエス)をつるす十字架を作った。

『ヨハネによる福音書』第19章  死刑の判決を受けたイエスは、自ら十字架を背負い、ゴルゴタ(されこうべの場所)という所へ向かった〔*第20章で、イエスの復活を聞いた弟子トマスが、「あの方の手に釘の跡を見て、この指を釘跡に入れてみなければ、わたしは信じない」と言う。ここから、イエスの両手は釘で十字架に打ちつけられたことがわかる。他の福音書には、釘跡の話はない〕。 

★2a.十字架の力。

『黄金伝説』109「聖ドナトゥス」  皇帝テオドシウスの息女が悪霊にとりつかれた。聖ドナトゥスが「悪霊よ。このかたの身体から出て行け」と命ずると、悪霊は「あなたの下げている十字架から私の方へ、火が噴き出してきます。恐ろしくて、どこから出て行ったらよいのかわかりません」と言う。聖ドナトゥスが出口を作ってやると、悪霊は息女の身体から出て、教会の建物を震わせながら、逃げて行った。

『ジョニー・クロイと人魚』(イギリスの昔話)  人魚が、人間の夫ジョニーと七人の子供を連れて、海の世界へ帰ろうとする(*→〔人魚〕1b)。出発の前夜、七人の子供の末子である赤ん坊が、祖母(ジョニーの母)の家で眠っていた。祖母は針金で十字架を作り、火で熱して、赤ん坊の裸の尻に押し当てる。翌朝、人魚が赤ん坊を抱き上げると、人魚の両腕は焼けつくように痛んだ。人魚は赤ん坊をあきらめ、夫ジョニーと六人の子供とともに、去って行った。 

★2b.十字の切り傷。

『ドイツ伝説集』(グリム)533「ヴィルテンベルクの城に仕える騎士ウルリヒ」  騎士ウルリヒは、死者である婦人から「料理を食べないように」と注意されたが(*→〔冥界の食物〕2)、つい焼魚に手を伸ばしてしまう。たちまち彼の四本の指は、地獄の炎に包まれたかのごとく燃え上がる。婦人は、すばやく小刀で、ウルリヒの手に十字の切り傷をつける。血が手一面に流れ出すと炎は退き、ウルリヒは難を逃れた。

*十字の聖痕(スティグマ)→〔傷あと〕1の『黄金伝説』143「聖フランキスクス(フランチェスコ)」。  

*指で十字の印を作る→〔唾〕1bの『黄金伝説』104「聖ペテロ鎖の記念」。  

★3.聖者の口から十字架が出る。

『黄金伝説』143「聖フランキスクス(フランチェスコ)」  在俗司祭シルウェステルが、「黄金の十字架が聖フランキスクスの口から出てくる」との夢を見た。十字架の先端は天に達し、左右にのびた十字架の腕は、全世界をすっぽり抱きかかえていた。シルウェステルは感銘し、ただちに俗世を捨てて聖人の弟子となった(*聖フランキスクスの身体には、十字架型の傷あとも現れた→〔傷あと〕1)。

*「十字架の左右の腕が全世界を抱きかかえる」というのは、→〔太陽と月の夢〕1の『曽我物語』巻2「時政が女の事」「盛長が夢見の事」の「左右の袂に月と日をおさめる」や、→〔のりなおし〕4の『大鏡』「師輔伝」の「左右の足を東西に踏んばり内裏を抱く」という夢を連想させる。

★4.空に浮かぶ十字架。

『幻談』(幸田露伴)  一八六五年七月十四日午後一時四十分、ウィンパー一行八人が、アルプス・マッターホルンの世界初登頂に成功した。しかし下山する途中、午後三時に、一行のうち四人が深い谷底に滑落してしまった。残りの四人は、恐怖し悲嘆しつつ下山を続けた。夕方六時頃に、大きな十字架が二つ、空中にありありと見えた。四人全員がそれを見た。身体の影の投射かと疑って、彼らは手足を動かしてみたが、十字架の形は変わらなかった〔*山の怪異の物語をマクラとして、この後に海の怪異が語られる〕→〔釣り〕1a

★5.十字架の交換。

『白痴』(ドストエフスキー)  ムイシュキン公爵とロゴージンが、美貌のナスターシャをめぐって恋敵の関係になる。ある時ロゴージンは、自分の首にかけた黄金の十字架と、ムイシュキンがかけている錫の十字架を交換しよう、と言う。ムイシュキンは「嬉しいよ。兄弟の契りができたじゃないか」と喜ぶ(第2編)〔*後、ロゴージンは寝室でナスターシャを刺殺し、現場にムイシュキンを呼ぶ。二人は寝室の床にクッションを並べて横になり、話をしながら夜を明かす(第4編)〕。

★6.十字架にかけて誓う。

『グランド・ブルテーシュ奇譚』(バルザック)  伯爵であるメレ氏が夜遅く帰宅して、夫人の寝室のドアを開けようとした時、隣接する小部屋の扉が閉まる音がした。メレ氏が「誰かいるのか?」と聞くと、夫人は「いいえ」と答える。メレ氏は、夫人の持つ十字架にかけて「誰もいません」と誓わせ、左官を呼んで小部屋を封鎖した。それから二十日間、メレ氏は寝室にいて、夫人が何か嘆願しようとすると、「お前は十字架にかけて、誰もいないと誓ったはずだ」と言った。

★7.墓標としての十字架。

『キリシタン伝説百話』(谷真介)10「十字架を切り倒した罰」  肥前の国・有馬の海辺にある共同墓地に、大きな木の十字架が立っていた。ある時、二人の男が十字架を切り倒し、木を一本ずつ担(かつ)いで家へ持ち帰る。彼らはそれで桶を作り、残った木片は薪にして燃やした。まもなく彼らは身体に腫れ物ができ、一人は死んだ。もう一人は罪を悔いて神に救いを求めたが、神はなかなか彼を赦さなかった〔*彼らの妻たちも、井戸に落ちて死んでしまった〕(長崎・有馬)。

★8.南十字星を、南方で戦死した兵たちの墓標と見なす。

『日本の星 星の方言集』(野尻抱影)「クルス星(南十字)」  南十字といえば、今でも悪夢の中の幻影のように思い浮かべる人も少なくないだろう。「わたし(野尻抱影)」も、春の夜のホカケボシ(からす座)が南中するのを見ると、その下の地平線の彼方に、南十字も直立して、ガダルカナルの海底に艦を柩として沈んだ甥の墓標となっていることを、空想することがある。

 

※十字架を踏む→〔二者択一〕2の『尾形了斎覚え書』(芥川龍之介)。

 

 

【醜女】

★1.醜貌の女。

『吹取』(狂言)  男が清水観音に妻乞いの祈願をする。観音は男に、「月夜に五条の橋に出て笛を吹け。その音に連れて出て来る女を、妻として授けよう」と夢告する。男は笛が吹けぬので、笛の上手な知人に吹いてもらう。被衣(かづき)姿の女が現れ、喜んだ男が夫婦の対面をしようと女の被衣を取ると、それはたいへんな醜女だった〔*→〔釣り〕2a『釣針(釣女)、→〔謎〕3『二九十八』も同様に、神仏に妻乞いをして被衣姿の女を得るが、醜女だったので男は逃げる〕。

『妖虫』(江戸川乱歩)  殿村京子の母は醜婦ゆえ離縁され、縊死した。京子も醜貌であり、母から「お前は結婚するでない。この母が良い見せしめだ」と言われて育つ。周囲の嘲笑の中で成長した京子は、浮浪者と関係して不具の女児を産み落とし、その浮浪者にさえ捨てられる。京子は美しい顔の女を呪い、ミス・ニッポンの女優、ミス・トウキョウの女学生を殺す。

★2.醜貌ゆえ帰される花嫁。

『かるかや』(説経)「高野の巻」  大唐の帝の娘が、他の帝と祝言するが、三国一の醜女であったため送り返された。父帝は娘をうつほ舟に入れて、西の海へ流す。讃岐国のとうしん太夫が、筑羅が沖でうつほ舟を拾い上げ、彼女を養女(または下女)とする。あこう御前と呼ばれるこの女が、弘法大師の生母である。

『古事記』中巻  垂仁天皇は、丹波からヒバスヒメ、オトヒメ、ウタゴリヒメ、マトノヒメの四姉妹を召した。しかし妹二人は醜かったので、宮中にとどめず本国へ帰した。マトノヒメは恥じて、山代国の弟国(乙訓郡)で淵に落ちて死んだ。それでその地をオチクニと名づけ、今では、オトクニと言う。

*醜貌の姉と美貌の妹→〔姉妹〕1の『古事記』上巻(イハナガヒメとコノハナノサクヤビメ)。

*醜貌でも帰されない花嫁→〔ほくろ〕1の『武家義理物語』巻1ー2「ほくろは昔の面影」。

★3.醜貌だが財産を持つ花嫁。

『醜女(しこめ)の深情』(セネット)  億万長者が死に、姪にあたる肥って醜い田舎娘が、莫大な遺産を受け継ぐことになる。それを知った都会の悪党(演ずるのは二十代のチャールズ・チャップリン)が、美しい情婦と手を切って、田舎娘に結婚を申し込む。ところが億万長者の死は誤報で、田舎娘は財産を得られなかった。すると悪党は、あっさり田舎娘を足蹴にする。情婦は田舎娘を気の毒に思い、二人は「あの男は私たちの共通の敵なのよ」と言って抱き合う。  

★4.醜女が仏に祈って美女となる。

『今昔物語集』巻3−14  天竺舎衛(しやゑ)国の波斯匿(はしのく)王と末利夫人(まりぶにん)との間に生まれた娘は、膚は毒蛇のごとく、身は臭く、類まれな醜さだった。王は娘を「金鋼醜女」と呼んだ。父王の催す法会にも、醜さゆえ参列できぬ彼女は、釈迦牟尼仏に祈り、仏の相好にも等しい美女となった。仏は、彼女が醜く生まれた因縁を説いて聞かせた→〔因果応報〕2

『神道集』巻2−6「熊野権現の事」  天竺摩訶陀(まかだ)国の善財王には、千人の后がいた。千人のうち、源中将の娘で五衰殿の女御と呼ばれる后が、一番の醜女であった。彼女は、背丈三尺の千手観音を身近に祀(まつ)り、祈ったおかげで、三十二相八十種好の美貌を備えた金色身になる。以後、五衰殿の女御は善財王の寵愛を一身に受け、王子を身ごもった〔*類話の『熊野の御本地のさうし』(御伽草子)では、五衰殿の女御はもともと美女である〕→〔一夫多妻〕3

★5.美女の顔が醜く変わる。

『ガラスの仮面』(美内すずえ)  劇作家尾崎一蓮は、自らの作「紅天女」の主役をやれるのは月影千草以外にいない、と公言し、死ぬ時、月影千草に上演権利を与えた。月影千草は「紅天女」を演じ続けるが、舞台上のライトが落ちて彼女は顔を傷つけ、女優生命を絶たれる。月影千草は身を隠し、自分の代わりに「紅天女」を演じることのできる女優を捜す。

『東海道四谷怪談』(鶴屋南北)「浪宅」  産後の肥立ちが悪く床についたお岩のもとに、隣家の伊藤喜兵衛から「血の道の薬」が届けられる。薬を呑んだお岩は熱を発して苦しみ、やがて面体がくずれていく。

*美女の顔に火傷を負わせる→〔火傷(やけど)〕1の『春琴抄』(谷崎潤一郎)。

*美女が自ら顔に火傷を負う→〔火傷(やけど)〕2の『夏祭浪花鑑』「釣舟三ぶ内の場」など。

★6.一人の男を巡る四人の女の顔半面が、病気・火傷・怪我などで醜く変貌する。

『真景累ケ淵』(三遊亭円朝)  富本の師匠豊志賀は、若い愛人新吉(*→〔ふとん〕6)と弟子のお久との仲を嫉妬するうち、顔半面に腫物ができ、醜く爛れる。豊志賀は新吉を呪いつつ死んでゆく。新吉とお久は駆け落ちするが、お久の顔が豊志賀そっくりに見えたため、新吉はお久を殺してしまう(*→〔鎌〕1)。その後、お久の親類のお累が新吉の妻となる。彼女は薬罐の熱湯を浴びて、顔半面に紫色の火傷痕が残る。新吉は、名主の妾お賤を異母妹と知らず夫婦になって、盗みや人殺しをする。悪事の報いで、お賤は顔を石で打たれ、半面が紫色の痣になる。

★7.性格ブス。

『BU・SU』(市川準)  ひねくれた性格の森下麦子(演ずるのは富田靖子)は、母親を嫌い、東京の伯母のもとへ身を寄せて、芸者になる修行をしつつ高校へ通う。慣れない東京で、麦子は先輩芸者にも高校のクラスメートにも、心を閉ざした。しかし文化祭で八百屋お七を踊ることになり、麦子の心構えが変わった。麦子は伯母の指導を受け、真剣に稽古に取り組む。本番では、大道具の梯子が折れて麦子が転落する、というアクシデントがあったが、母親と麦子は、「東京どうだった?」「面白いと思う。いろんな人がいる」「学校は、どう?」「うん、行ってる」と、話し合えるようになった。

 

 

【醜貌】

★1.醜貌の神。

『水経注』「渭水」3  工匠の魯班が、水神である忖留に「水中から出て来い」 と言うが、忖留は「私は姿が醜い。あなたは物の形を上手に描く人だから、出て行くわけにはいかない」と答える。そこで魯班が腕を組んで見せると、忖留は安心して顔を出した。魯班はすばやく足で地面に忖留の姿を描き、それに気づいた忖留は、すぐまた水中に没した。  

『太平記』巻39「神功皇后新羅を攻めたまふ事」  阿度部(あとべ)の磯良という神は、久しく海底に棲んでいたため、身体に貝や蟲の取りついた奇怪な容貌になり、これを恥じていた。しかし神功皇后の勅請によって、地上に姿を現した。神功皇后は阿度部の磯良を使者として龍宮城へ派遣し、干珠・満珠を借り出した→〔玉(珠)〕3

*一言主神は容姿が醜いため、昼間は隠れ、夜だけ現れた→〔橋を架ける〕1の『俊頼髄脳』。

★2.醜貌の男。

『籠釣瓶花街酔醒(かごつるべさとのえいざめ)  上州佐野の大百姓次郎左衛門は醜いあばた面だったが、吉原を見物して、花魁道中をする八ツ橋の美しさに心を奪われる。しかし八ツ橋には愛人がおり、次郎左衛門は満座の中で八ツ橋から愛想づかしをされる。恨んだ次郎左衛門は、八ツ橋以下大勢を斬り殺す。

『ノートル=ダム・ド・パリ』(ユーゴー)  醜い顔に背骨の曲がった姿のカジモドは、司祭フロロに育てられ、ノートル=ダム大聖堂の鐘つき男になった。カジモドは、美しいジプシー娘エスメラルダに思いを寄せる。しかしエスメラルダはフェビュス大尉を恋し、その恋は実らぬまま、彼女は無実の罪を着せられて絞首刑になった。カジモドは死体棄て場へ行き、エスメラルダの身体を抱いて死んで行く→〔骨〕10b

 *ディズニー・アニメ『ノートルダムの鐘』(トゥルースデイル他)では、カジモドもエスメラルダも死なない。エスメラルダはフェビュス大尉と結ばれ、カジモドは二人を祝福する。

『マーティ』(マン)  精肉店で働くマーティ(演ずるのはアーネスト・ボーグナイン)は三十四歳。醜男の彼はデートの相手もなく、結婚を半ばあきらめて、母と二人で暮していた。マーティはダンスホールで、二十九歳の高校教師クララと知り合う。彼女も不美人で、踊る相手がいない。マーティはすっかりクララを気に入るが、母は「三十五か四十くらいじゃないの?」とか「大学出の女は商売女と紙一重だ」などと言う。友人たちは「イモだ」と酷評する。しかしマーティは、敢然としてクララをデートに誘う。

*醜い顔を仮面で隠す→〔仮面〕2の『オペラ座の怪人』(ルルー)。

*醜貌の男が、闇の中でのみ妻と逢う→〔闇〕5の『今昔物語集』巻3−15。

 

 

【手術】

 *関連項目→〔開眼手術〕

★1.脳を手術して、知能を高める。

『アルジャーノンに花束を』(キイス)  白ねずみのアルジャーノンは脳手術を受けて知能が高くなり、難しい迷路もくぐり抜けられるようになった。三十二歳の「ぼく(チャーリイ・ゴードン)」はIQ70だったが、三月に手術を受け、三ヵ月足らずでIQ185の天才になる。しかし人為的に高められた知能は、短期間でまたもとの水準にまで低下してしまうのだった。アルジャーノンは知能の極点を過ぎ、異常行動を示して死んでいった。九月頃から「ぼく」も知能の衰えを自覚し、十一月には養護施設へ入る。「裏庭のアルジャーノンの墓に花束を供えてやって下さい」と、「ぼく」は書き遺す。

*鼠が一時的に高い知能を獲得する→〔鼠〕5の『星ねずみ』(ブラウン)。

★2a.ロボトミー手術。精神病患者の前頭葉白質を切除して、人格を変えてしまう。

『カッコーの巣の上で』(フォアマン)  マクマーフィー(演ずるのはジャック・ニコルソン)は刑務所の強制労働を逃れるため、狂人のふりをして精神病院に入る。彼は入院患者たちをまきこんで病院への反抗を繰り返し、看護婦長ラチェッドの首を絞めて殺そうとまでする。マクマーフィーは取り押さえられ、ロボトミー手術を施される。その結果彼は、意志の疎通のできぬ廃人になってしまった。仲間の患者は、マクマーフィーの悲惨なありさまに心を痛め、枕で彼を窒息死させた。

★2b.想像力除去手術。

『われら』(ザミャーチン)  単一国の国民の生活は、すべて数学的な秩序の上に成り立っており、「自由」は、二百年戦争(*→〔戦争〕4)以前の未開時代の遺物と見なされていた。D−503号とI−330号は、単一国に対して反乱を企てるが失敗し、D−503号は、脳内の想像力中枢をX線で焼灼する手術を施される。その結果D−503号は、かつて愛したI−330号が拷問されるありさまを見ても、まったく心を動かされることなく、平然と眺めていた。

★3a.手術の麻酔による譫言(うわごと)。

『麻酔剤』(ルヴェル)  青年医師ジャンが、ある人妻と愛人関係になる。人妻は急病で手術を受け、ジャンが麻酔を担当する。麻酔をかけられた人妻は、譫言で「ジャン、私は平気よ」と言い、「治ったら二人で散歩しましょう。また抱擁してね」などと、とんでもないことを言い出す。ジャンはあわてて麻酔剤を過剰に投与し、人妻は死んでしまった。

★3b.麻酔なしで手術する。

『外科室』(泉鏡花)  貴船伯爵夫人は胸部の病気で手術を受けるに際し、「私は心に一つ秘密がある。麻酔剤を用いると譫言(うわごと)を言うらしいから、それが恐ろしい」と言い、麻酔を拒否する。執刀する高峰医学士のメスが胸を割き、骨に達した時、夫人は「貴下(あなた)は私を知りますまい!」と言って、高峰の持つメスに手を添え、自ら乳の下を掻き切る。高峰が「忘れません」と言うと、夫人は微笑んで息絶えた→〔後追い心中〕1

『三国志演義』第75回  関羽は毒矢で射られ、右臂が青く腫れ上がった。トリカブトの毒が骨にしみわたり、このままでは腕が使えなくなるので、名医の華佗が、小刀で肉を切り裂き、骨についた毒を削り落とす手術をする。関羽はその間、酒を飲み肉を食べ、痛さを感ぜぬがごとく、まわりの者たちと談笑し、碁を打っていた。

*弾丸を噛んで、手術の痛みに耐える→〔弾丸〕1の『弾丸を噛め』(ブルックス)。

★4.自分の身体を手術する。

『ブラック・ジャック』(手塚治虫)「ディンゴ」  オーストラリア大陸。荒野を一人で移動中のブラック・ジャックが、寄生虫エヒノコックスの新種に侵され、激しい腹痛に苦しむ。彼はテントを張り、局所麻酔の注射をして、鏡を見ながら自分の腹部を手術する。エヒノコックスを媒介する野犬ディンゴたちが、血のにおいをかぎつけて集まり、鋭い爪でテントを引き裂き始める。通りかかった男が銃を撃ってディンゴたちを追い払い、ブラック・ジャックは命拾いする。

★5.手術の失敗。

口裂け女(松谷みよ子『現代民話考』7「学校ほか」第1章「怪談」の20)  ある女が整形手術に失敗して、口が裂けた。女はマスクをして道に立ち、通る男に「私はきれい?」と聞く。「ブス」と言うと、ナイフで腹を刺される。「きれい」と言うと、女はマスクをはずして「これでも?」と、口の裂けた顔を見せる。逃げると女は追いかけて来て、自分と同じように男の口を裂いてしまう(東京都東久留米市)。 

★6.手術不能。

『白い巨塔』(山崎豊子)  浪速大学医学部第一外科教授である財前五郎が、胃癌に侵される。財前の恩師・東(あずま)名誉教授が執刀するが、癌はすでに肝臓に転移しており、手術不能だった。開腹部はすぐに縫合され、十時に始まった手術はわずか三十分で終了した。東教授は手術室の時計を一時間進ませ、十一時半にするよう命ずる。麻酔から醒めた財前は時計を見て、手術が順調に行なわれたと思い、安堵する。

★7.生体実験手術。

『海と毒薬』(遠藤周作)  太平洋戦争末期、九州F市の大学病院で、米兵捕虜たちが生体実験の材料にされた。肺をどこまで切除すると死ぬか調べる手術が、結核研究の名目で行なわれ、医局員の勝呂(すぐろ)二郎はその手術に立ち会った。戦後、勝呂は懲役二年の刑を終え、東京郊外で医院を開業する。彼は「あれは仕方がなかったんだ」と考えた。「これからも、同じ境遇におかれたら、また同じようなことをやってしまうかもしれない」とも考えた。

 

※世界最初の全身麻酔手術→〔乳房〕5の『華岡青洲の妻』(有吉佐和子)。

 

 

【入水】

 *関連項目→〔水死〕〔身投げ〕

★1.複数の男から求婚された女が、入水して死ぬ。

『万葉集』巻9 1811〜1812歌  葛飾の真間の手児名は質素な身なりで働く娘だったが、たいへんな美女であったので、多くの男性から求愛された。しかし彼女は誰とも結婚することなく、入江に身を沈めた。

『万葉集』巻16 3810〜3812歌  三人の男が、縵児(かづらこ)に求婚した。縵児は思い悩んで池のほとりをさまよい、ついに水底に身を沈めた。

*生田川に入水する女→〔後追い心中〕2の『大和物語』第147段。

*長良の乙女の古伝説→〔二人夫(自死で終る)〕1の『草枕』(夏目漱石)2。

★2.夫や兄が討死したり捕らわれたりしたため、その妻や妹が入水して死ぬ。

『平家物語』巻9「小宰相身投」  平通盛は、一谷の合戦で討ち死にした。北の方の小宰相は、その時通盛の子を身ごもっており、舟中にあって夫の身を案じていたが、通盛戦死の報を聞いて、夜更けの屋島の海に入水した。

『平治物語』下「夜叉御前の事」  源頼朝は平治の乱に敗れ(この時十四歳)、美濃国奥波賀(青墓)の宿(しゅく)で、弥平兵衛宗清に捕えられた。頼朝の妹である十一歳の夜叉御前は悲嘆して、杭瀬河に投身した。

『保元物語』下「義朝幼少の弟悉く失はるる事」〜「為義の北の方身を投げたまふ事」  源為義は保元の乱に敗れ、息子義朝によって斬られた。為義の四人の息子、乙若(十三歳)・亀若(十一歳)・鶴若(九歳)・天王(七歳)も殺された。一時に夫と子供を失った北の方は、石を袂に入れて、桂川へ投身した。

★3.入水する女が、救助されてしまうこともある。

『転寝草紙』(御伽草子)  大臣家の姫君が石山寺に参籠して、恋しい左大将の姿をかいま見る。しかし女の身ゆえ、こちらから求愛することは、はばかられる。姫君は思い余り、「せめて来世での契りを」と念じて、瀬田の橋から入水する。ちょうどそこへ左大将の乗った舟が通りかかり、姫君は救助されて、二人は結ばれることとなった。

『源氏物語』「浮舟」〜「手習」  浮舟は宇治で薫の庇護を受けていたが、匂宮の熱情に負けて彼とも関係を持ってしまう。二人の男の間で苦悩する浮舟は、宇治川へ入水しようと、さまよい出て意識を失う。彼女は、宇治の院の森かげに茫然としているところを、横川の僧都に救われ、出家する。

『狭衣物語』巻1〜2  飛鳥井の女君は狭衣と関係を結んでいたが、式部大夫が女君に言い寄り、連れ出して筑紫行きの船に乗せる。女君は式部大夫に身をまかせることを拒否し、虫明の瀬戸(岡山県東部沿岸)に身を投げようとする。そこへ女君の兄僧が来合わせ、彼女を救う〔*しかし女君は、狭衣に再会できぬまま、やがて病没する〕。

『鉢かづき』(御伽草子)  家を追われた鉢かづきは、絶望して川へ身を投げたが、鉢のために身体が沈みきらずに流れて行き、舟人に引き上げられる。山蔭三位中将が鉢かづきの異相に目をとめ、屋敷の湯殿に置いて働かせる。

★4.海の神への捧げ物として、女が入水する。

『太平記』巻18「一宮御息所の事」  松浦五郎という武士が、一宮(後醍醐天皇第一皇子尊良親王)の御息所に横恋慕して、船で連れ去る。随身武文はこれを阻もうとして果たさず、腹かき切って海底に沈む。船が鳴門海峡まで来ると、海が荒れ、武文の怨霊が出現して船を招く。松浦五郎は御息所に水手一人をそえて小舟に乗せ、波の中に放つ〔*小舟は淡路の武島に漂着し、後に御息所は一宮と再会することができた〕。

『筑前国風土記』逸文「うちあげの浜」  狭手彦連の船が、海にとどまったまま動かない。海神が狭手彦の妾那古若を慕っているため、と思われたので、彼女をこもの上に乗せて波に放ち浮かべた。

*夫の身代わりとなって、妻が入水する→〔船〕8の『古事記』中巻(オトタチバナヒメ)など。

★5.夫や子と別れた女が入水する。

『太平記』巻4「藤房卿の事」  中納言藤房は、後醍醐帝を補佐する重臣であったが、元弘の乱の後、後醍醐帝は隠岐島へ、藤房は常陸国へ配流された。藤房の恋人左衛門佐局(さゑもんのすけのつぼね)は(*→〔一夜妻〕1)、藤房の配流先を知らず、「この世では二度と逢えないだろう」と悲嘆して、大堰川へ身を投げた。

『春雨物語』「宮木が塚」  遊女宮木は、宿駅の長・藤太夫の横恋慕によって、恋人河守十太兵衛との仲を割かれる。十太兵衛は罪に落とされて病死し、藤太夫が強引に宮木を身請けする。宮木は、法然上人に会いに行き、念仏を授けられて入水する。

『発心集』巻3−6  娘を亡くして三年になる女房が、天王寺で二十一日間の念仏をする。七日目に、地蔵菩薩と龍樹菩薩が迎えに来る夢を見た。十四日目に、普賢菩薩と文殊菩薩が迎えに来る夢を見た。二十一日目に、阿弥陀如来が菩薩たちと一緒に迎えに来る夢を見た。女房は難波の海に入水し、往生を遂げた。

『横笛草紙』(御伽草子)  滝口時頼は恋人横笛を捨てて出家し、嵯峨の往生院に籠もる。横笛は往生院を訪ねるが、滝口に対面を拒否され、大井川に身を投げる〔*『平家物語』巻10「横笛」の類話では、横笛は剃髪して奈良の法花寺に入り、まもなく没した、と記す〕。

★6.政治的な理由による入水。

『荘子』「譲王篇」第28  舜が、友人の無択に天下を譲ろうとした。無択はそれを汚らわしいことだと言って、清レイの淵に投身した。殷の湯王が、天下を卞随に譲ろうとすると、卞随はチュウ水に投身した。次いで務光に譲ろうとすると、務光は石を背負って廬水に投身した。

*屈原の汨羅(べきら)入水→〔五月〕2の『太平広記』巻291所引『続斉諧記』。

★7.入水往生。

『平家物語』巻10「横笛」〜「維盛入水」  都落ちした平家一門は、讃岐の八島(屋島)に仮の内裏を作る。三位中将維盛は京の妻子を忘れられず、「生きる甲斐のない我が身」と観じ、寿永三年(1184)三月十五日に八島を抜け出る。彼は高野山へ登って出家し、熊野三山に参詣した後、船で海上に出て、三月二十八日、二十七歳で那智の沖に入水往生した。

★8.全国民の、あるいは全人類の集団入水。

『レミング』(マシスン)  海岸沿いのハイウェイに、幾千幾万台の自動車が押し寄せる。車から降りた人々は、次々に海に入って行く。警官二人が、「レミングの集団自殺みたいだ」と話し合う。一週間あまりたつと、車が来なくなる。もう誰も現れない。「皆、海に入ってしまったんだろう」「ほかに湖もいくつかあることだし」。警官の一人が「じゃあ、さようなら」と言って、海に入る。それを見届けて、もう一人も海に入る。

★9.バケツの水で、入水自殺を試みる。

『にんじん』(ルナール)「にんじんのアルバム」22  母親から愛されない「にんじん」は、バケツに水を入れて自殺を試みる。「にんじん」は鼻と口を水に漬け、じっとしている。母親の平手打ちが飛んで来て、バケツはひっくり返る。おかげで、「にんじん」は命拾いする。

 

 

【出産】

 *関連項目→〔高齢出産〕

★1.石を産む。

『日本霊異記』下−31  美濃国方県郡(かたかたのこおり)の女が二十歳を過ぎた頃、男との交わりがないのに懐妊した。そのまま三年がたち、延暦元年(782)二月下旬に、女は二つの石を産んだ。一つは青と白の斑(まだら)、一つは青色だった。角形で長さは五寸、年ごとにだんだん大きくなった→〔神がかり〕1

*石で出産を遅らせる→〔石〕12の『古事記』中巻(神功皇后)など。

★2.河童を産む。

『遠野物語』(柳田国男)55  松崎村の川端の家の女が、河童の子を産んだ(*→〔河童〕1)。生まれた子は手に水掻きがあり、醜怪な形だった。河童の子は切り刻まれ一升樽に入れられて、土中に埋められた。その女の母もまた、かつて河童の子を産んだことがあったという。

★3.玉を産む。

『古事記』中巻(応神天皇の条)  昔、新羅国の阿具沼の辺で女が昼寝していると、日の光が虹のごとく女の陰部を射した。これを見た男が不審に思い、女の様子をうかがう。この時から女は身ごもり、やがて赤玉を産んだ。男は女から赤玉をもらい、大切に包んで、いつも腰に着けていた〔*後、男は赤玉を国主(こにきし)の子アメノヒホコに与え、赤玉は美女に変じた〕→〔虹〕3b

*鉄丸を産む→〔鉄〕3の『太平記』巻13「干将莫耶が事」。

*黄金を産む→〔金(きん)〕4の『今昔物語集』巻17−44など。

★4.卵を産む。

『今昔物語集』巻5−6  天竺般沙羅国王の后が、五百の卵を産んだ。后はこれを恥じ、五百の卵を小さな箱に入れて、恒伽河(ガンジス河)へ流し棄てた→〔誕生(卵から)〕3

★5.手を産む。

『東海道名所記』巻5「石部より草津まで二里十二町」  昔、夫が若妻を友人に預けて、他国へ赴いた。友人は、若妻が人に盗まれぬよう、自分の手を、毎夜彼女の腹の上に置いて守る。若妻は懐妊して、十ヵ月後に一つの「手」を産んだ。以来、この村を「手孕み村」と言うようになった。今では略して「手ばら村(手原村)」と言う。

『源平布引滝』3段目「九郎助住家の場」  木曾先生(せんじょう)義賢の妻・葵御前は、出産間近い身を、百姓九郎助の家にかくまわれる。瀬尾(せのお)十郎兼氏が、葵御前の腹を裂こうとするので(*→〔妊婦〕2)、九郎助夫婦は「今、葵御前が出産なさった」と嘘を言い、錦にくるんだ片腕を示す(*→〔片腕〕3a)。斎藤別当実盛が、「葵御前は癪聚(しゃくじゅ)の愁いあり、かしづきの者が介抱する、その手先に感応して、はらんだのであろう。今より此所(ここ)を、『手孕み村』と名づくべし」と言って、瀬尾を納得させる。

『明けの明星と宵の明星』(ベトナムの神話・伝説)  仲の良い兄弟がいた。兄は妻帯しており、弟は独身だった。兄が兵役についたので、弟は、兄の妻を守るために、自分の手を毎晩彼女の腹の上に置く。ところが彼女は身ごもってしまい、弟は兄の怒りを怖れて家を出る。兄は兵役を終えて家に帰り、妻の妊娠を知って弟を疑うが、やがて妻が産んだのは「手」だった。弟に罪がないことを知った兄は、弟を捜すために家を出た→〔惑星〕3b

★6.肉塊を産む。

『日本霊異記』下−19  豊服広君の妻が、鳥の卵のごとき肉塊を産んだ。「不吉なもの」と思い、笥に入れて山の石の中に置いた。七日後に見ると女児が生まれ出ており、通常の人間とは異なる身体であったが、成長してすぐれた尼になった〔*『三宝絵詞』中−4に類話〕。

『封神演義』第12回  陳塘関総兵李靖の夫人殷氏は、妊娠三年六ヵ月になっても出産しなかった。ある夜、彼女は「老道士が霊珠を胎内に入れる」と夢に見て産気づき、直径五寸ほどの肉毬(にくきゅう)を産み落とした。肉毬は、みるみる大きさが二倍になり、三倍になる。夫李靖が刀で肉毬を切ると、金色に輝く可愛い男児が飛び出た。太乙真人が男児をナタ(ナタク)と名づけ、弟子にした→〔成長〕1c。 

『マハーバーラタ』第1巻「序章の巻」  ドリタラーシュトラの妃ガンダーリーは、身ごもって二年後に、鉄玉のごとく固い大きな肉塊を産んだ。肉塊は百個の細胞に分離し、ドゥルヨーダナ以下、百人の息子が生まれた。

雷公を捕らえる(中国・トン族の神話)  大洪水後、生き残った姜良(チャンリャン)と姜妹(チャンメイ)が兄妹婚をするが、生まれたのは肉塊だった。亀が「刀で肉塊を切り、骨と肉を分けて捨てよ。内臓もそれぞれ分けて投げ捨てよ」と教える。言われたとおりにすると、翌日、それらは人間になった。骨からできたのが漢族、肉からできたのがヤオ族である。我々は皆、一人の母親から生まれたのだ。 

★7.水を産む。

『異苑』56「幽霊の子」  晋代のこと。筍沢という男が死後、幽霊となって家に帰り、妻と仲むつまじく暮らした。妻は懐妊し、十ヵ月たって出産したが、産み落としたのはすべて水だった。

『栄花物語』巻5「浦々の別」  一条天皇に寵愛された承香殿女御(元子)は、懐妊したものの、臨月をすぎても出産の兆候がないので、太秦広隆寺に参籠した。女御は寺内で産気づき、水を産んだ。水は尽きることなく流れ出て、女御の腹は見るまにしぼみ、普通の人の腹よりもへこんでしまった。

『続古事談』巻1−35  皇嘉門院(崇徳帝の中宮)の名は「聖子」だった。王子(皇子)誕生を願っての命名だったが、ある人が「『聖』の下のつくりは『王』ではなく、『壬』だ。『壬』には『むなしい』という意味がある」と批判した。やがて聖子は懐妊し、臨月になって多量の水を産んだ。

★8.蓮花を産む。

『今昔物語集』巻5−5。  鹿の腹から生まれた鹿母夫人は、王后となり蓮花を産んだ。池に投じられた蓮花には五百の葉が生じ、葉ごとに一人ずつ童子が乗っていた。

★9.国土を産む。

『古事記』上巻  イザナキ・イザナミの二神はオノゴロ島で結婚し、国産みを行なった。最初に淡路島を産み、次いで四国、隠岐の島、九州、壱岐の島、対馬、佐渡の島、本州の順に産んでいった。こうして、まず主要な八つの島々を産んだので、我が国を「大八島国」というのである〔*この後も二神はいくつかの島を産み、次にさまざまな神々を産んだ〕。

*イザナキ・イザナミの国産みの故事を真似る→〔木〕6の『現代民話考』(松谷みよ子)9「木霊・蛇ほか」第1章。

*国土よりもさらに大きい宇宙を産む→〔卵〕6の『あなろぐ・らう゛』(小松左京)。

★10.アダムとイヴ(エヴァ)の物語を、イザナキ・イザナミ神話の訛伝と見なす。

『霊の真柱(たまのみはしら)(平田篤胤)上つ巻  西の果ての国々の古伝に云う。世の初めの時、天つ神が天地を造った後に、土塊(つちくれ)を二つ丸めて男女の神となした。男神の名を「安太牟(アダム)」、女神の名を「延波(エハ)」と言い、この二人の神が国土を産んだ。これは皇国(みくに)のイザナキ・イザナミ神話が、誤り伝えられたものと思われる。

★11.山中で出産する。

『義経記』巻7「愛発(あらち)山の事」  奥州へ下る義経一行が、近江と越前の境、「愛発(あらち)の中山」へさしかかる。その地名の由来を、弁慶が次のように語った。「加賀白山の女体の神・龍宮の宮(りゅうぐうのみや)が、志賀の都で唐崎の明神を見そめ、やがて身ごもった。龍宮の宮は『自分の国で産みたい』と言って、加賀へ帰る途中、この山で安らかに出産なさった。その時、お産のあら血をこぼしたので、『愛発の中山』と呼ぶのです」。

『義経記』巻7「亀割山にて御産の事」  義経の北の方は、羽前(山形県)の亀割山まで来て産気づき、弁慶の世話で若君を産みおとした。亀割山にあやかり、亀の万年・鶴の千年になぞらえて、「亀鶴御前」と名づけた〔*義経たちは平泉の藤原秀衡のもとへ身を寄せるが、秀衡の死後、その息子泰衡が義経を攻め、義経も北の方も亀鶴御前も死ぬ。亀鶴御前は五歳であった〕。

『熊野の御本地のさうし』(御伽草子)  善財王の后・五衰殿の女御は王子を身ごもったが、彼女を憎む他の九百九十九人の后たちのはかりごとによって、山で斬首された。首を討たれる直前に、女御は王子を産み落とす。斬首された女御は、右手で王子を抱いて膝の上に置き、左の乳房をふくませ、岩にもたれかかって静かに倒れ臥した〔*類話の『神道集』巻2−6「熊野権現の事」では、后は妊娠五ヵ月で出産したが、生まれたのは五体完全で玉のような王子だった、と記す〕。

ブルターニュの伝説  コモール伯は妻が懐妊するたびに殺し、すでに四人の妻が死んでいた。五人目の妻トリフィヌは城から逃げ出すが力尽き、森の中の草地で男児を産む。コモールの気配がしたので、彼女は子を木の洞に隠す。コモールはトリフィヌの首を斬る。

★12.自ら望んで私生児を産む。

『斜陽』(太宰治)  「私(かず子)」は貴族の家に生まれた。現在二十九歳で、離婚歴がある。六年前「私」は、妻子持ちの中年作家上原二郎に、いきなり接吻されたことがあった。それが、「私」の心のひめごとになった。日本は戦争に負け、社会は大きく変わった。貴族の特権も失われた。恋の成就と道徳革命のために、「私」は上原の子供を宿したいと願う。「私」は上原を誘って一夜の関係を結び、望みどおり妊娠する。「私」は私生児を産み、古い道徳と戦って、太陽のように生きるつもりだ。

★13.死体が出産する。

『幽明録』25「死後のお産」  十余年連れ添った妻が子供を産まずに死んだので、夫が泣き悲しむ。妻の遺体が起き上がり、「私の身体はすぐには朽ちないので、交わりをして男児を一人産みましょう」と言って、また横たわった。人が寝静まってから、夫は妻の遺体と交わり、その後、遺体を葬らず別室に安置する。十月十日(とつきとおか)たって、妻の遺体は男児を産む。男児は「霊産」と名づけられた。

★14.男女の産み分け。

『なぜ神々は人間をつくったのか』(シッパー)第10章「鍵」  多くの文化において、男児の誕生は、女児の誕生より価値があるとされてきた。古代メソポタミアでは、「男が長くて太いペニスを持っていれば、彼は息子に恵まれる」と言われた。また「男が女と荒れ地で交われば、女児が生まれる。畑や庭(開墾された肥沃な土地)で交われば、男児が生まれる」とも言われた。

『彼岸花』(小津安二郎)  会社重役の平山(演ずるのは佐分利信)と友人たちが酒席で、「男(夫)の方が強いと女の子が生まれ、女(妻)が強いと男の子だってね。本当かねぇ」「昔から『一姫二太郎(第一子が女、第二子が男)』というのは、新婚当初は男(夫)の方が盛んだというわけか」などと言って笑う。そこへ体格のいい女将が挨拶に来る。女将の子供は三人で、みな男の子だと聞いて、平山たちは「そうだろうな」「それでなくちゃおかしい」と口々に言う。

 

 

【出生】

★1a.出生を隠す。

『破戒』(島崎藤村)  信州飯山の小学校の青年教師・瀬川丑松は、部落出身者であった。父は一人息子の丑松に、「出生を隠せ」と、固く戒めた。しかし丑松は、部落解放運動の思想家・猪子蓮太郎の著作に出会い、大きな影響を受ける。丑松は、「猪子にだけは自分の素性を話そう」と思うが、その猪子は暗殺されてしまった。翌日、登校した丑松は授業を中断して、自分が部落民であることを、生徒たちに告白する。

★1b.出生をいつわり、他人になりすます。

『大岡政談』「天一坊実記」  腰元沢の井は八代将軍吉宗の子を身ごもり、認知のお墨付きと短刀を得た。しかし産後まもなく、沢の井母子は死んでしまった。後に、僧宝沢がお墨付きと短刀を手に入れ、「天一坊」と名乗り、将軍の落胤と称して、大勢の供人を率いて江戸に乗り込んだ。大岡越前守がにせ者と見破り、天一坊は獄門にかけられた。

『当世書生気質』(坪内逍遥)  明治十年代、士族守山友定は、慶応四年(1868)の上野戦争の折に行方知れずとなった娘お袖を捜し、新聞に尋ね人の広告を出す。吉原の娼妓顔鳥(本名お新)は、幼い頃生き別れ、後再会した母お秀にそそのかされて、「私がお袖だ」と名乗り出る〔*しかし本物のお袖は、守山友定の息子(友芳)の学友・小町田粲爾の妹として、成長していた〕→〔兄妹〕1

*空襲による戸籍簿焼失を利用して、他人になりすます→〔ハンセン病〕3の『砂の器』(松本清張)。

★1c.生まれ年をいつわる。 

『半七捕物帳』(岡本綺堂)「松茸」  熊谷の豪農の娘お元は、弘化三年(1846)丙午年の生まれだった。「丙午の女は男を食い殺す」との俗信があったので、お元は「弘化二年巳年生まれ」といつわって、熊谷から遠く離れた江戸の商家へ嫁いだ。ところが、将軍家へ献上する松茸を運ぶ人足の安吉が、お元の秘密を知って、強請(ゆすり)をした〔*半七が事件を解決し、お元の秘密も口外せずにおいた〕。

★2a.真の父母が別にいることを知らされる。

『オイディプス王』(ソポクレス)  オイディプスはコリントス王夫妻の子として育ち、成人後にテーバイの王となった。しかし、テーバイに蔓延する疫病の原因を探るうち、オイディプスは、老羊飼いなどから、自分の真の父はテーバイの先王ライオス、真の母はその妃イオカステであることを、知らされる。ライオスはかつてオイディプスが殺した男であり、イオカステは現在オイディプスが妻としている女であった。

『神道集』巻6−33「三島大明神の事」  阿波の国の頼藤右衛門尉の子として育った玉王は、成長して都へ上り、十五歳で蔵人に任ぜられる。十七歳の時、玉王は、四国から来た百姓たちの話を立ち聞きする。それによると玉王は、鷲が何処からかさらって来た子で、頼藤は実の親ではない、という。玉王は四国へ下り、真の父母(橘朝臣清政夫婦)を捜し求め、再会する〔*『みしま』(御伽草子)に類話〕。

『氷点』(三浦綾子)  陽子は、病院長辻口啓造と妻夏枝の娘として育った。十七歳の時、「陽子の父は殺人犯の佐石、母は彼の内妻コト」と夏枝から聞かされて、陽子は睡眠薬自殺をはかる。しかしそれは事実ではなかった。陽子の真の父は北大理学部の学生・中川光夫、母は中川の下宿先の人妻・三井恵子だった→〔手紙〕8

★2b.真の父が別にいることを知らされる。

『源氏物語』「薄雲」  冷泉帝は、桐壺帝と藤壺女御の間の子として育てられた。冷泉帝が十四歳になった年に、藤壺は三十七歳で病没する。その四十九日の法要が過ぎた夏のある暁、冷泉帝は、自分の実の父が光源氏であることを、夜居の老僧から聞かされる。冷泉帝は、父親を臣下として扱ってきたことに恐懼し、「帝位を譲りたい」と光源氏に訴える。しかし光源氏はこれを固辞する。

『源氏物語』「橋姫」  薫は、晩年の光源氏と幼な妻・女三の宮との間の子として、育てられた。しかし彼は幼少の頃より、自己の出生に疑問を持っていた。薫は二十二歳の冬十月、宇治の八の宮を訪れた折に、老女房弁の君から、柏木の臨終の模様を聞き、彼と女三の宮の間に取り交わされた古い手紙の束を渡されて、柏木が実の父であったことを知る。

『三四郎』(夏目漱石)  独身でいる理由を問われた広田先生が、譬え話をする。「父が早く死んで母一人を頼りに育った子がいる。やがて母が病気になって死ぬ時、お前の本当の父親は別にいる、と子に告げる。そんな経験をした子は結婚に信仰を置かないだろう」。三四郎が「先生の場合はそれとは違うでしょう」と言うと、先生は「ハハハハ」と笑った。

『真実一路』(山本有三)  むつ子は、恋人が病死した時、すでに子を宿していた。義平はそれを承知でむつ子と結婚し、生まれたしず子を自分の子として育てる。成人したしず子は、縁談が破談になったことから、自分の出生の秘密を知る。

★2c.祖父と母の間に生まれた子供。

『暗夜行路』(志賀直哉)  時任謙作が六歳の時、母が死に、彼はなぜか祖父の家へ引き取られた。そこには、祖父の妾のお栄という二十三〜四歳の女がいた。青年になった謙作は、さまざまな悩みをかかえ、孤独を感じ、お栄との結婚を考えて、兄信行に手紙を書く。兄からの返事には、お栄が拒否したこと、実は謙作は父のドイツ留学中に祖父と母との間にできた不義の子であることが、書かれていた。

★2d.祖父と母の間の子供か、と疑われたが、父と母の間の子であった。

『華麗なる一族』(山崎豊子)  阪神銀行頭取・万俵大介は、長男鉄平が、自分と妻寧子(やすこ)の間にできた子供ではなく、亡父敬介と寧子の間の子ではないかと疑い、鉄平に対して父親らしい愛情が持てない。日頃の父の態度から、鉄平も「自分は祖父と母の子かもしれぬ」と考える。阪神特殊鋼の専務だった鉄平は、事業の失敗のため猟銃自殺する。その折の警察による精確な血液型鑑定の結果、鉄平は、まぎれもなく父大介と母寧子の子であったことが明らかになる。

★2e.真の母が別にいることを知らされる。

『反橋(そりはし)(川端康成)  「私(行平)」は五十年前、五歳の時、母に連れられて住吉神社の反橋を渡った。反橋の頂上で母は、「私はお前の本当の母ではない。本当の母は私の姉で、姉はこの間死んだ」と言った。「私」の生涯はこの時に狂った。「私」の出生は尋常なものではあるまい、生母の死も自然なものではあるまい、と「私」は疑うようになった。

『彼岸過迄』(夏目漱石)「須永の話」〜「松本の話」  須永市蔵は、子供の頃に父を失った。その時、母は「今までどおり御母さんがかわいがってあげるから、安心なさい」と言った。実は市蔵は、父が小間使に産ませた子だった。母は小間使に暇を出し、市蔵を自分の子として育てたのである。市蔵は、叔父松本からそのことを聞き、「母が、自分と従妹千代子(母の妹の娘)との結婚を望むのは、血統上の理由があるのだ」と悟った〔*夫が愛人に産ませた子を、妻が自分の子として育てるという点で→〔秘密の子〕2の『婦系図』(泉鏡花)や『陽のあたる坂道』(石坂洋次郎)と同様〕。

★3.身分ある人の子であることがわかる。

『アーサーの死』(マロリー)第1巻第6章  エクター卿夫妻の子供として育った少年アーサーが、教会境内の大石から剣を引き抜く。それを知ったエクター卿はアーサーに、「あなたの本当の父はユーサー・ペンドラゴン王、母は妃イグレインです」と教える〔*魔法使いマーリンの言葉にしたがって、ユーサー王はアーサーをエクター卿に預けたのである〕。アーサーはイングランドの王となり、エクター卿はアーサーに仕えた。

『一寸法師』(御伽草子)  一寸法師は背丈が伸びた後、姫君とともに参内し、帝に拝謁した。一寸法師の先祖を尋ねると、彼の父は、堀河の中納言が讒言により田舎へ流された時にもうけた息子であり、母は伏見の少将の娘であることが、わかった。一寸法師は堀河の少将となり、後に中納言になった。

『ダフニスとクロエー』(ロンゴス)  ダフニスとクロエーはともに身分ある人の子だったが、それぞれ事情があって捨てられた。ダフニスは山羊飼いの子になり、クロエーは羊飼いの子になった。二人は成長後、養父母の世話で実の両親と対面し、由緒正しい生まれであったことを知る。恋仲であった二人は、皆に祝福されて結婚する。

『トム・ジョーンズ』(フィールディング)  資産家オールワージは、ある日自室のベッドに赤ん坊を発見する。近隣の男女の私通により産み捨てられたもの、と見なされ養育されるが、この子トム・ジョーンズは、成長後、オールワージの妹の子であったことがわかる。トム・ジョーンズは伯父オールワージの跡継ぎとなり、幸福な結婚をする。

『トリスタンとイゾルデ』(シュトラースブルク)第7章  トリスタンは領主リヴァリーンを父、マルケ王の妹ブランシェフルールを母として、誕生した。父の死後、トリスタンは父の家臣ルーアル夫妻の子として育てられる。少年トリスタンは誘拐され、数年を経てルーアルと再会するが、その折に彼は、真の両親が誰であるかを聞かされる。

『ものくさ太郎』(御伽草子)  ものくさ太郎が都へ上り、御所に召されて帝と対面する。帝はものくさ太郎の先祖を尋ね、彼が身分高い人の子供であることが明らかになった。仁明天皇の第二皇子二位中将が信濃へ流され、善光寺如来に申し子して授かったのが、ものくさ太郎であった。太郎は三歳の時両親に死に別れ、その後、庶民の間で暮らしたために、卑しい身分となったのである。

*孤児オリヴァーは救貧院で生まれたが、亡父・亡母は地位ある人であった→〔遺産〕4の『オリヴァー・トゥイスト』(ディケンズ)。

*遊女屋の養子丹次郎と養女お長は、ともに立派な武家の落胤であった→〔妻妾同居〕1の『春色梅児誉美』(為永春水)。

★4.みにくいアヒルの子が、美しい白鳥の子だったことがわかる。

『みにくいアヒルの子』(アンデルセン)  ある夏の日、お母さんアヒルがいくつもの卵を孵したが、その中の一羽だけは、みにくい灰色のヒナだった。灰色のヒナは皆から嫌われ、いじめられて、とうとう親もとを逃げ出す。ヒナは諸方で苦労しながら辛い秋・冬を過ごし、翌年の春になって、自分が美しい白鳥に成長していることに気づく。

★5a.身分高い人の子として育てられたが、実はそうではなかったことがわかる。

『ドイツ伝説集』(グリム)523「ブンドゥス公、またの名はヴォルフ」  シュヴァーベンのブンドゥス公は成年に達して、自分が狩人夫婦の子であることを知る。彼は、公国も花嫁も他に譲り、教会に入って余生を神に仕えて暮らした。

★5b.母親の身分が低かったことを知らされる。

『海士(あま)(能)  藤原淡海の世継ぎ房前大臣は、臣下から「亡き母君は讃州志度の浦の人」と聞き、母が身分賤しい海士乙女だったことを知る。房前は亡母追善のため志度の浦を訪れ、母の霊と出会う。

*前世が身分賤しい者であったことを知る→〔前世を知る〕4の『魂の入れ変り』(日本の昔話)。

★6.最高権力者の出生の秘密。

『アドルフに告ぐ』(手塚治虫)  アドルフ・ヒットラーはアーリア人の優越性を説き、ユダヤ人を迫害した。しかしヒットラーの祖父は、実はユダヤ人だった。ヒットラーには、ユダヤ人の血が四分の一混じっているのだ。そのことを記す機密文書を、日本人が手に入れた。ヒットラーの出生の秘密が公けになれば、ナチス・ドイツは崩壊する。ゲシュタポが、機密文書を取り戻すべく日本へやって来る。アドルフ・カウフマンとアドルフ・カミルは幼なじみの親友だったが、機密文書をめぐって、敵味方の関係になってしまった→〔同名の人〕4。 

『平家物語』巻6「祇園女御」  平清盛は、おもてむきは平忠盛の長男だが、実際は白河院の皇子である。手柄をたてた平忠盛(*→〔雨〕3)に、白川院は自分の愛人祇園女御を与えた。その時、祇園女御は白川院の子を身ごもっており、院は「女児が生まれたら朕の子にする。男児が生まれたら忠盛の子にせよ」と仰せられた。やがて生まれたのが清盛である。昔も、天智帝が懐妊の后を大織冠鎌足に与えた例があった。

 

※神の子であることがわかる→〔最初の人〕1の『イオン』(エウリピデス)。

 

 

【呪的逃走】

 *関連項目→〔逃走〕

★1.ものを投げて逃げる。投げたものがいろいろに変化して、追っ手の追跡を妨げる。

『御曹子島渡』(御伽草子)  御曹子義経は、大日の兵法を盗んで、蝦夷が島を脱出する。鬼たちが追って来るので義経は、妻あさひ天女に教えられた「塩山の法」を行ない後ろへ投げると、海面に塩の山が七つできた。鬼たちが山を越そうとする間に、「早風の法」を行なって前へ投げると、追い風が吹いて義経の船を進めた。

『古事記』上巻  黄泉醜女に追われるイザナキが、黒御縵(くろみかづら。髪飾り)を投げ棄てると、蒲子(えびかづらのみ。葡萄の実)が生え出た。黄泉醜女がそれを拾って食べている間に、イザナキは逃げて行く。それでもなお追いかけて来るので、右の角髪(みずら)にさした櫛の歯を折って投げ棄てると、笋(たかむな。たけのこ)が生え出た。黄泉醜女がそれを抜いて食べている間に、イザナキは遠くへ逃げた〔『日本書紀』巻1・第5段一書第6の「一云(あるにいはく)」では、イザナキは尿をして川を作る(*→〔尿〕1)〕。

月と妻と妹(コーカサス、オセット族の神話)  男が、妹(牙のある少女)に追われる(*→〔歯〕9)。男は、妻からもらっていた櫛・木炭・砥石を、次々に後ろへ投げる。櫛は潅木の叢になり、木炭は出口のない暗い森になり、砥石は黒い山になる。妹は鋭い牙で、潅木の叢や暗い森を破って道をつけ、山を咬みくだいて男を追う。男は、妻の住む塔までたどり着き、妻は男に手を差し伸べる。妹が追いついて、男の足をつかむ→〔月の満ち欠け〕2

『ペンタメローネ』(バジーレ)第2日第1話  塔に幽閉されたペトロシネッラが、王子とともに逃げる。鬼女が追ってくるので三つのどんぐりを後ろへ投げると、コルシカ犬・ライオン・狼に変わって鬼女の追跡を妨げ、最後には狼が鬼女を食ってしまう。

『水の魔女』(グリム)KHM79  幼い姉と弟が魔女のもとから逃げ(*→〔泉〕4)、魔女は二人を追いかける。姉が刷毛(はけ)を後ろへ投げ、千本の千倍だけ棘が生えた山ができる。弟が櫛を後ろへ投げ、千本の千倍だけ歯のようなギザギザがある山ができる。魔女は棘の山・歯の山を越えて来るので、姉が鏡を後ろへ投げると、つるつるすべる鏡の山になる。魔女は山のガラスを斧で叩き割るが、その間に姉と弟は遠くへ逃げ去った。

*お札を投げると、山や川ができる→〔守り札〕1の『三枚のお札』(日本の昔話)。

★2.神の助け・天の助けを得て逃げる。

『二人兄弟の物語』(古代エジプト)  槍を持った兄アヌプに追われて(*→〔牛〕4)、弟バタは走って逃げる。弟バタが太陽神ラーに祈ると、ラーは弟と兄の間に広い水を置き、ワニでいっぱいにする。兄アヌプは、弟バタのいる対岸まで渡れないので、口惜しがる。弟バタは兄アヌプに別れを告げて、杉の谷へ行く。

『梵天国』(御伽草子)  羅刹国の「はくもん王」が、玉若中納言の留守にその妻(梵天国王の姫君)をさらう。玉若は舟で羅刹国へ渡り、妻を救い出して、二千里駆ける車で逃げる。「はくもん王」が三千里駆ける車で追いつくが、迦陵頻伽と孔雀が飛んで来て、中納言の車を前へ蹴やり、「はくもん王」の車を後ろへ蹴もどして、奈落へ突き落とす。玉若夫婦は無事に都へ帰り着く。

★3.大集団の呪的逃走。

『出エジプト記』第12〜14章  モーセ(モーゼ)がイスラエルの人々を率いて、エジプトの国を去る。出発した一行は、妻子を別にして、壮年男子だけでおよそ六十万人だった。ファラオの戦車部隊が後を追い、葦の海(あるいは紅海)の手前で、イスラエルの人々に追いつく。主(しゅ)がモーセに、「杖を高く上げ、手を海に向かって差し伸べて、海を二つに分けなさい」と教える。水は分かれ、イスラエルの人々は海の中の乾いた所を進んで行った→〔海〕4a

 

 

【寿命】

 *関連項目→〔長寿〕〔余命〕

★1.寿命は生まれた時に決まっている。

『今昔物語集』巻26−19  赤ん坊が生まれた時、鬼神が「年は八歳、自害」と言うのを、その家に泊まった旅人が聞く。それから九年目、旅人は再びその家に宿り、「あの時生まれた子が、鎌が頭に突きささる事故で去年死んだ」と聞かされる。

*鑿(のみ)が落下して子供を殺す→〔落下する物〕1の『捜神記』巻19−9(通巻448話)。

★2a.死すべきはずの人の寿命が延びる。

『古事談』3−52  「性信親王の寿命は十八歳」との宿曜の勘文が奉られたため、親王十八歳の春に、尊勝の法を修した。すると、ある人が「閻魔王宮の火事により寿命を記した札の『八』の字だけが焼け残った」との夢を見た。そのゆえか、親王は八十歳まで生きた。

『今昔物語集』巻24−21  夜、表を通る男が吹く笛の音を聞いた僧登照は、その男の余命いくばくもないことを察知する。ところが翌日の夕方、同じ男が吹く笛の音からは、寿命がはるかにのびたことがわかる。男は普賢講で笛を吹き仏縁を結んだ功徳で、命がのびたのだった。

『三国伝記』巻2−1  生まれた男児が「余命二年」と予言される。父婆羅門は、薬師如来像を造って供養する。その功徳で、五十年の寿命が男児に与えられる〔*『三国伝記』には、この他、巻4−2・巻5−23・巻8−4・巻8−5・巻9−16・巻9−25・巻9−26・巻10−19など、『三宝感応要略録』を出典とする延寿の説話が多く見られる〕。

『三宝絵詞』下−9  大勢の人相見たちが牛飼う童を見て、「七日後に死ぬ」と占う。童は砂で小さな仏塔を作り、たちまち七年の命が延びた。

『マハーバーラタ』第3巻「森の巻」  サーヴィトリー姫はサティヤヴァットを婿に選ぶが、聖仙ナーラダが、「彼には今日から数えてあと一年の寿命しかない」と教える。サーヴィトリー姫はそれを承知でサティヤヴァットと結婚し、一年後に訪れた死神ヤマに懇願し議論をして、サティヤヴァットの命を守り通す。

*類似した名前の別人を身代わりにして、冥府へ送る→〔死神〕2の『広異記』17「冥土への身代わり」など。

*身投げする人を救った功徳で、短命だったはずの寿命がのびた→〔身投げ〕1bの『耳袋』巻之1「相学奇談の事」、→〔身投げ〕2の『輟耕録』(陶宗儀)「陰徳延寿」。

*経を書写したり聞いたりしたおかげで、寿命がのびた→〔経〕2の『今昔物語集』巻6−38など。

寿命「十九歳」に上下転倒の印をつけて、「九十歳」に直す→〔北斗七星〕5の『捜神記』巻3−6(通巻54話)。

*死の予言を無視して、あるいは逆に、そのまま受け入れて、命が助かる→〔予言〕4aの『捜神記』巻18−25(通巻437話)、→〔予言〕4bの『生まれ子の運』(昔話)。 

★2b.来世で授かる寿命のうちの何年かを借りて、現世の寿命を延ばす。

『閲微草堂筆記』「ラン陽消夏録」54「来世の寿命」  某家に奉公する女がいた。老後に息子に先立たれ、飢えこごえて死ぬ定めだった。ところがこの女が善行をしたので、神々が相談し、運命を変えた。まもなく死ぬはずの息子を、来世の寿命を前借りして延命させ、女(母)を養わせることにしたのである。それから九年、女は息子の世話を受けて、死んでいった。葬式がすむと、息子も死んだ。

★3a.夫が寿命の半分を妻に与える。

『パンチャタントラ』第4巻第13話  妻が死んでしまったので夫のバラモンが泣いていると、空中から「お前の生命の半分を与えるなら、妻は生き返るだろう」との声が聞こえる。バラモンは生命の半分を妻に与え、妻は蘇生する。しかしその後、妻は愛人を作り、夫のバラモンを殺そうとする。バラモンは「私の生命の半分を返せ」と要求し、妻は「与えられた生命を私は返す」と唱えて、息をひきとる。

*毒蛇に噛まれた妻に、寿命の半分を与える→〔毒蛇〕1の『マハーバーラタ』第1巻「序章の巻」。 

★3b.自分の寿命を十年縮めて、他人の命乞いをする。

『現代民話考』(松谷みよ子)5「死の知らせほか」第2章の3  禅源寺の住職の総崎さんは、村人たちによくこんなことを言っていた。「おらは七十六歳の寿命をもろうて来たが、人の命乞いをして十年縮めたから、六十六歳の何月何日の何時に死ぬ」。村人たちは、誰一人として本気で聞く者は無かった。しかし予告したとおりの日に、総崎さんは亡くなった(高知県土佐清水市上の加江村)→〔死期〕3a

★3c.釈尊は寿命を二十年縮めた。

『正法眼蔵随聞記』第6−3  釈尊は自らの寿命を二十年縮めて、その福分を、後世の仏弟子のために遺した。この善因は、いつまで受用しても尽きない。だから出家者は衣食などを求めず、専一に修行すべきである〔*釈尊は本来、百歳の寿命を有していたが、二十年を自ら用いることなく、八十歳で入滅した。これを「二十年の遺因(ゆいいん)」、または「二十年の遺恩(ゆいおん)」という〕。 

★4.動物の寿命を譲り受けて寿命を延ばす。

『イソップ寓話集』(岩波文庫版)105「人間の寿命」  ゼウスは人間を造った時、寿命を短く定めた。人間は、馬・牛・犬に宿を貸し、彼らの寿命を分けてもらった。それで人間は、はじめは純真で善良だが、馬の年になると高慢になり、牛の年に達すると厄介者になり、犬の年に入ると怒りっぽくなる。

『寿命』(グリム)KHM176  神から与えられた三十年の寿命を、ろば・犬・猿は「長すぎる」と言い、人間は「短かすぎる」と言う。神は、ろばの十八年・犬の十二年・猿の十年を人間に加える。それで人間は七十年生きるが、最初の三十年だけが健康で楽しく、後の四十年は、ろば・犬・猿のごとく辛いのである。

『年定め』(日本の昔話)  神様は、馬や犬や人間の寿命を三十歳と定めた。人間が「それは短すぎる」と文句を言ったので、神様は、馬の十年・犬の二十年を人間に与えて、寿命を六十歳とした。それで人間は、若い時の三十年は良いが、三十歳から十年は、馬のように重荷を負い、四十歳から二十年は、犬のように夏は暑苦しく冬は寒さがこたえて、難儀が続くのだ(鹿児島県)。

★5.あまりに恵まれた人は、長生きできない。

『源氏物語』「絵合」  光源氏は三十一歳の時、次のように述懐した。「昔の例を見聞きすると、若くして高位高官に達し、世に抜きんでた人は、長寿を保てない。私は身に余る地位を得たが、途中で苦境の時期(*→〔貴種流離〕1)があったから、その代償で今も生きていられるのだ。今後も栄華を望んでは命が危ないので、来世のための勤行をしつつ、寿命をのばしたい」〔*彼は五十代半ばまで生きた〕。

★6.長寿の時代、短命の時代。

『和漢三才図会』巻第4・時候類「五十六億七千万歳の事」  仏説では、釈迦の没後五十六億七千万年の後、弥勒菩薩がこの世に出現するという。その間、人間の寿命は長短増減を繰り返して、長いときは八万四千歳にいたり、短いときは十歳にまで減じる。

 

※命を縮めて名歌を詠む→〔歌〕1の『今鏡』「打聞」第10「敷島の打聞」。 

※長生き競争→〔遺産〕3の『三角館の恐怖』(江戸川乱歩)。

※桜の花や木の寿命を延ばす→〔桜〕1の『泰山府君』(能)、→〔桜〕2の『十六ざくら』(小泉八雲『怪談』)など。

 

 

【呪文】

★1.死者を復活させる呪文。

『スーフィーの物語』52「イーサーと未熟な修行者たち」  未熟な修行者たちが、マルヤム(マリア)の息子イーサー(イエス)に、「死から復活した時に用いた言葉を教えてほしい」と懇願し、教えてもらった。修行者たちは、荒涼とした土地に大量の白骨が積み重なっているのを見て、イーサーから教わった言葉を試す。すると白骨はみるみる肉で覆われ、獲物に飢えた獣のごとく修行者たちに襲いかかって、彼らの身体を喰いちぎった。 

★2.入り口を開く呪文と、その忘却。 

『ジメリの山』(グリム)KHM142  十二人の盗賊が「ゼムジの山、開け」と呪文を唱えると、はげ山がぱっくり口を開く。盗賊たちは中に入り、山は閉じる。しばらくして彼らは山から出て来て、どこかへ去って行く。これを見ていた男が、同じ呪文を唱えて山の中へ入ると、多くの金銀財宝があった。男は金貨をたくさん持ち帰る。兄が真似をするが、帰る時に呪文を忘れ、「ジメリの山、開け」と言う。山は開かず、盗賊たちが戻って来て、兄は首をはねられた。

『千一夜物語』「アリ・ババと四十人の盗賊の物語」マルドリュス版第852〜855夜  盗賊の頭が「胡麻よ、開け!」と呪文を唱えると岩の扉が開き、四十人の盗賊たちが洞窟中に入る。これを見たアリ・ババが、盗賊たちの留守に洞窟に入って財宝を盗み出す。兄カシムが真似をするが、呪文を忘れて洞窟から出られず、盗賊たちに殺される。

★3.間違った呪文でも、信じて唱えれば効果がある。

『藤棚』(森鴎外)  渡辺参事官が音楽会の聴衆について、「わかりもしないで聴いている」と批評した。五条秀麿(*→〔歴史〕4の『かのように』)は、「聴いていて良い心持ちになるなら、それでいいじゃありませんか」と言った。渡辺は、「大麦四升小豆三升」と唱えて成仏した人の話をする。「応無所住而其心生(おうむしょじゅうじきしんしょう。『金剛般若経』の一節)」と唱えろ、と教えられたのだが、その人には「大麦四升小豆三升」と聞こえたのだという。

★4.危難を逃れ、命を救う呪文。

『和漢三才図会』巻第65・大日本国「陸奥」  俗に伝えて言う。昔、源義経が蝦夷島(えぞがしま)で天寿を全うした後(*→〔影武者〕3)、土地の人は義経を祀(まつ)って神とした。現在でも、人が蝦夷へ行き、疑われて殺されそうになった時には、「南無義経」と唱えて礼をすれば、蝦夷の人はあえて害を加えない。 

★5.蛇よけの呪文。

『蕨の恩』(日本の昔話)  眠る蛇が、萌え出た茅(ちがや)の芽に体を突きさされて、動けなくなる。すると蕨が芽を出して蛇の体を持ち上げ、茅から抜いてくれた。あるいは、なめくじが周りをぐるぐる這ったために、蛇は動けなくなった。蕨が芽を出して土を割り、なめくじの跡を消してくれたので、蛇は逃げることができた。それで、人が蛇に会った時には、「蕨の恩を忘れたか」と唱えれば噛まれない。

 

※見上げ入道を追い払う呪文→〔巨人〕7の『妖怪談義』(柳田国男)「妖怪名彙(ミアゲニュウドウ)」。

※火を吹いて飛ぶ老婆の首から逃れる呪文→〔言霊〕1の『西鶴諸国ばなし』巻5−6「身を捨てて油壺」など。

  

 

【順送り】

★1.老親が息子に捨てられ、息子は孫に捨てられる。

親捨ての伝説  息子が、老親をモッコ(背負い梯子)に乗せて、山の洞窟へ捨てに行く。息子がモッコを捨てて帰ろうとするので、老親は「この次、お前が来る時に(年老いて捨てられる時に)、モッコがいるだろう」と言う。息子は深く反省し、老親をまたモッコに乗せて、家に連れ戻る。それ以来、老親を捨てる風習がなくなったという(千葉県長生郡一宮町高藤山)。

『今昔物語集』巻9−45  震旦の人厚谷の父は、たいへん親不孝であった。父は厚谷に手伝わせて、年老いた祖父を輿に乗せ、山へ棄てに行った。その時、厚谷が輿を家に持ち帰ったので、父は理由を問う。厚谷は「子は老父を山へ棄てるものだ、と知りました。将来、私がお父さんを棄てる時に、この輿を使います」と答える。父はあわてて山から祖父を連れ帰り、以後は孝養を尽くした。

『ジャータカ』第446話  男が妻にそそのかされて、年老いた父親を墓場へ連れて行き、穴を掘って埋めようとする。すると七歳の息子がもう一つ穴を掘り始め、「お父さんが年を取ったら、この穴に埋める」と言う。男は自らの非を悔い、老父を家へ連れ帰る。この賢い七歳の息子は、ボーディサッタ(釈迦)の前世であった。

『としよりのお祖父さんと孫』(グリム)KHM78  身体の弱った老父が、食事の時に、せとものの皿を落として割った。息子夫婦は老父を厭い、安い木皿を買って、老父の食器とする。そのありさまを見ていた四歳の孫が、床(ゆか)の上の木切れを集めて木鉢を作る。孫は「大きくなったらこの木鉢で、お父さん・お母さんに食べさせてあげる」と言う。夫婦は悔い改め、老父を大事にするようになった。

*老親を捨てる物語→〔親捨て〕に記事。

★2.老親を死に追いやった男が、「やがて自分も、娘によって殺されるのではないか」と心配する。

『ブレッシントン計画』(エリン)  ブレッシントン氏が創立した老齢学協会は、不要な老人をあの世へ送る事業を行なっていた。四十七歳のトリードウェル氏は、同居する七十二歳の義父のことを協会に依頼し、協会は義父を、魚釣り中に溺死させた。その後トリードウェル氏は、「将来、自分も娘夫婦から『不要な老人』と見なされるのではないか」と不安を抱く。協会の係員は「娘さん夫婦を信頼なさることです」と、アドバイスを与える。「信頼の心は、本当の終わりが来るまで、十分な慰藉となりますから」。

★3.旧世代は新世代に追われ、新世代は新々世代に追われる。

『イヴの総て』(マンキーウィッツ)  田舎娘イヴ(演ずるのはアン・バクスター)は、憧れの大女優マーゴに会い、嘘の身上話をして気に入られ、付き人になる。イヴは若き日のマーゴと同じく、すぐれた演劇的才能の持ち主であり、たくみに立ち回ってマーゴを追い落とし、主役の座に着く。付き人となってからわずか八ヵ月後に、イヴは演劇界最高の賞を得る。授賞式の夜、イヴがアパートに帰ると、かつての彼女のように、大女優を憧れの眼で見つめる美しい少女が、訪ねて来ていた。 

★4.組織のトップの座が空くと、下の者が一段ずつ順々に昇進して行く。

『失踪の果て』(松本清張)  地質学講座の白木講師は、はやく助教授になりたかった。しかし平田助教授がいる限り、それは不可能だ。どうすればよいか考えた末に、白木は、講座主任の渡部教授を殺す。その結果、平田が教授に昇進して助教授のポストが空き、白木は念願の助教授になることができた。渡部教授殺人事件を捜査する藤村警部補は、自分も類似の経緯で警部になった(警視が退職したため、下の者が一段階ずつ昇格した)ことから、白木の犯行を察知した。

  

 

【殉死】

★1a.明治天皇の死と乃木大将の殉死。

『こころ』(夏目漱石)下「先生と遺書」55〜56  明治四十五年(1912)、夏の盛りに明治天皇が崩御された。「先生」は、「明治の精神は天皇とともに終わり、その後に生き残っているのは時勢遅れだ」と奥さんに言う。奥さんは笑って、「では殉死でもなさったら」とからかう。一ヵ月余り後、御大葬の夜に乃木大将夫妻が殉死し、それから二〜三日して、「先生」は自殺の決心をする〔*「先生」の奥さんの名は「静」、乃木大将の妻の名は「静子」である〕。

『将軍』(芥川龍之介)4「父と子と」  大正七年(1918)十月の或る夜、中村少将と大学生の息子が、N将軍の殉死について語り合う。N将軍が自殺の前に写真をとった心理に、息子は疑問を呈する。「まさか死後その写真が、どこの店頭にも飾られることを、――」。「閣下はそんな俗人じゃない」と中村少将は反駁する。しばらく気まずい沈黙が続いた後、少将は「時代の違いだね」と言う。

★1b.天皇や王のあとを追って、多くの人々が殉死する。あるいは殉死させられる。

『老いたる素戔嗚尊』(芥川龍之介)  素戔嗚(すさのを)が、何人かの妻の中で最も愛した櫛名田姫が病死した。素戔嗚は黄泉路の妻を慰めるべく、妻に仕えていた十一人の女たちを、埋め殺した。部落の老人たちは、ひそかに素戔嗚の暴挙を非難した。「十一人! 第一の妃が亡くなられたのに、十一人しか殉死させないという法があろうか? たった皆で十一人!」〔*『古事記』『日本書紀』には、櫛名田姫の病死や女たちの殉死の記事はない〕。

『魏志倭人伝』(『三国志』巻30・『魏書』30「烏丸鮮卑東夷伝」)  正始八年(247)前後に、卑弥呼(「ひみこ」あるいは「ひめこ」)が死んだ。直径百余歩(150メートルほどか)の大きな塚が作られ、男女の奴隷百余人が殉葬された〔*卑弥呼の死後、倭国は内乱状態になった。卑弥呼の同族の娘・十三歳の臺與(とよ)を王に立てると、ようやく国は治まった〕。

『三国史記』巻17「高句麗国本紀」第5・第11代東川王22年  九月に東川王が薨去した。多くの近臣が「殉死したい」と願ったが、次王(第十二代中川王)がこれを禁じた。葬儀の日に、東川王の墓所に来て殉死する者がはなはだ多かったので、柴を伐って彼らの死体を覆った。そこでこの地を柴原(さいげん)と名づけた。 

『日本書紀』巻6垂仁天皇28年11月  垂仁天皇の母の弟・倭彦命が没した時、近習の者全員を生きたまま陵墓の周りに埋めた。日を経ても彼らは死なず、昼夜泣きうめいたが、やがて死んで腐敗し、犬や鳥が集まって喰った。天皇は心を痛め、「以後は殉死を止めよ」と群卿に詔した。

『火の鳥』(手塚治虫)「ヤマト編」  ヤマトの大王が死に、女官・兵士・労役者あわせて八十人が、アミダクジで殉死者に選定された。大王の息子タケルも、殉死に反対したため、八十人とともに生き埋めにされる。しかし彼らは、火の鳥の生き血を少しなめたので、すぐには死なず、地面の中で「殉死反対」の歌を一年にも渡って歌い続けた。

*殉死者の身代わりの人形→〔人形〕5の『江談抄』第3−6など。

★1c.王のあとを追って多数の人や動物が殉死し、皆天国へ到る。

『ラーマーヤナ』第7巻「後続の巻」第109〜110章  自らの死期を知ったラーマは、アヨーディヤーの都を旅出ち、半ヨージャナ以上の距離を進んで、天国へ昇る場所サラユー川へ行く。大勢の民衆、動物、羅刹たちがラーマの後につき従い、アヨーディヤーの都には生類の姿が見られなくなった。彼らは皆喜びにあふれ、サラユー川で沐浴し、呼吸を放棄し肉体を棄てて、天国へ赴いた。

★2.インディアンの首長が死ぬと、黒人奴隷が一人殉死させられる。

『赤い葉』(フォークナー)  大勢の黒人奴隷を所有するインディアン部族があった。首長が死ぬと、身の回りの世話をしていた黒人奴隷が一人、殉死する慣わしだった。先代の首長が死んだ時、奴隷は逃げた(「三週間逃げ続けた」とも「三日でつかまった」とも言われる)。このたび当代の首長が死に、先代の時同様、奴隷は逃亡した。彼は六日後に捕らえられ、追手のインディアンは「お前はよく逃げた。恥じることはないよ」と言った。 

★3.主人の死後、従者と馬を殉死させる。

『今昔物語集』巻7−31  北斉の時代(550〜557)、ある男が「私が死んだら、従者一人と馬一頭を殺せ」と遺言して死んだ。家族は、まず男の従者一人を殺し、馬はしばらく生かしておいた。四日後に従者は生き返り、「私は罪がなかったので、赦免されました。ご主人は、身体から油を搾り取る苦を受けておられます。『法華経』を書写し仏像を造って、ご主人の苦をお救い下さい」と家族に告げた。   

★4.妻への殉死。夫への殉死。

『千一夜物語』(マルドリュス版)「船乗りシンドバードの冒険・第4の航海」第302〜304話  シンドバードは漂着した島で美しい妻を得るが、やがて妻は病死した。その国では、夫婦の一方が死ぬと、もう一方も一緒に墓に入って殉死するならわしだったので、シンドバードも七個のパンとともに、地下の穴に閉じ込められた。シンドバードは新たに穴に入れられる人々を殺し、食糧を奪って生き延び、抜け穴を見つけて脱出する。

『八十日間世界一周』(ヴェルヌ)  インドの美女アウダは老人王に嫁ぐが、三ヵ月後に夫王が死んだ。ならわしにしたがい、アウダは夫に殉じてともに火に焼かれることになる。世界一周旅行中のイギリス紳士フォッグが、捕らわれのアウダを見て救い出し、彼女を伴って旅を続ける。イギリスへ帰国後、フォッグはアウダと結婚する。

*夫が死ぬと、妻は山に棄てられる→〔親捨て〕1aの『列子』「湯問」第5。

*夫のあとを追って殉死しようとした妻が、別の男と関係を持ち、殉死をとりやめる→〔死体〕8の『サテュリコン』(ペトロニウス)。

*死んだ夫の妻でなく愛妾が、夫と一緒に葬られる→〔土葬〕1aの『太平広記』巻375所引『五行記』。

★5.殉死を許可されなかった人。

『阿部一族』(森鴎外)  藩主細川忠利は死去に際し、家臣十八人に殉死を許すが、以前から気の合わぬ側近の阿部弥一右衛門には、これを許可しなかった。やむなく生き残った弥一右衛門は、「臆病者」と噂されているのを知って、腹を切る。しかし無許可の切腹ゆえ、家俸禄分割の処分を受ける。長男権兵衛がこれに抗議して、忠利一周忌の場で髻を切り、縛り首になる。次男以下の阿部一族は屋敷に立てこもり、討手と闘って全滅する。

★6.殉教。キリスト教の信仰をつらぬいて命を捨てる。

『聖衣』(コスタ)  ローマの護民官マーセラス(演ずるのはリチャード・バートン)は、イエス=キリストの処刑を執行した。処刑後、彼はキリストがまとっていた聖衣に触れて、心身を病む。それは聖衣のたたりではなく、彼自身の良心の呵責による病いであった。マーセラスはキリストの教えに帰依し、ローマ帝国への反逆者として裁判にかけられる。彼は殉教を決意し、恋人ダイアナ姫とともに処刑された。

*キリスト教の最初の殉教者ステパノは、石つぶてで殺された→〔石つぶて〕6の『使徒行伝』第7章。

 

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