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【禁忌(言うな)】

 *関連項目→〔無言〕

★1.一言も口をきくな。

『エーレク』(ハルトマン)第3〜9章  騎士エーレクが、妻エーニーテとともに騎行する。エーレクは妻に「前を行け」と命じ、「旅の途上、何を聞こうと何を見ようと口をきくな。守らねば命はない」と言い渡す〔*賊や敵が接近すると、エーニーテは禁を破って口をひらき、エーレクに危険を教える。おかげでエーレクは何度も命拾いするが、彼は、エーニーテが言葉を発したことを、繰り返し叱責する。しかし、エーニーテがどんな時にも固く操(みさお)を守っていたことを知って、エーレクは、これまでの冷たい仕打ちを妻に詫びる〕。

『今昔物語集』巻5−24  亀が棒をくわえ、二羽の鶴が棒の両端をくわえて、空を飛ぶ。「しゃべってはいけない」との戒めを忘れ、亀は鶴に話しかけ、墜死する。

『七賢人物語』  七歳の時から七賢人に教育されたディオクレティアーヌス王子が、十六年ぶりに父皇帝のもとへ召される。七賢人と王子は星占いをして、皇帝のもとへ行けば王子は死刑の判決を受けるが、七日間一言も発しなければ命は助かることを知る。王子は、継母にあたる妃を犯そうとしたとの嫌疑で牢獄に入れられ、七日間を無言で堪え忍ぶ→〔物語〕6a

『封神演義』第24回  自らの手で心臓を抉り出した宰相比干は(*→〔生き肝〕1)、「絶対に口をきいてはならぬ」と姜子牙から禁ぜられていた。しかし、野菜売りの老婆が「無心官(心なしの役人)」とののしったのを、比干は「無心肝(心臓がない)」と聞き取り、思わず「心臓がなければどうなる」と老婆に問いかけた。老婆は「すぐに死にます」と答え、それを聞いた比干は即座に絶命した。

『魔笛』(モーツァルト)第2幕  王子タミーノと鳥刺しパパゲーノはそれぞれの伴侶を得るために、賢者ザラストロに命ぜられて、沈黙の試練を受ける。王子タミーノは沈黙を守り、恋人パミーナに対しても口を開かず、彼女を悲しませ去らせて、試練に合格し、パミーナと結ばれる。鳥刺しパパゲーノはしゃべったためにいったん罰せられるが、最後には美しい娘パパゲーナを得る。

★2.秘密を言うな。

『黄金伝説』46「聖グレゴリウス」  聖グレゴリウスの頭には、しばしば聖霊が鳩の姿をしてとまっていた。それを見た助祭ペトルスは、「このことを公言したら死なねばならぬ」と言われた。聖グレゴリウスの死後、彼の聖性を証明するため、ペトルスは聖霊の鳩の奇跡を宣誓し、その場で死んだ。

『カンタベリー物語』「バースの女房の話」  フリジアの王ミーダ(ミダス)は、ろばのような長い耳を持っていた。王は髪を伸ばしてそれを隠し、妻にも、このことを他人に言わないよう頼んだ。しかし妻は、やがて秘密を守ることに耐えられなくなり、沼地の水に口をつけて「夫の耳はろばの耳」とささやいた〔*原話である『変身物語』(オヴィデイウス)巻11では、妻ではなく、理髪師がろばの耳に気づく(*→〔理髪師〕4)。また、「ミダス王が理髪師に、ろばの耳の秘密の口外を禁じた」というような記述はない〕。

『源平布引滝』初段  布引の滝壺へ入った難波六郎常俊は、水底で出会った女から平家滅亡の神託を聞き、「帰っても、このことを言うな。言えば命を失うであろう」と、口止めされる。しかし常俊は、滝壺から上がって、平重盛に神託の内容を報告し、その直後に雷電に撃たれて死ぬ〔*4段目で、これがすべて芝居であったことが明かされる〕。

『雪おんな』(小泉八雲『怪談』)  雪おんなに出会った巳之吉は(*→〔雪女〕1)、「今夜見たことを誰にも話してはいけない」と口どめされる。翌年、彼はお雪という美しい娘(実は雪おんな)と結婚し、十人の子を得て幸福に暮らすが、ある夜、昔の恐ろしい思い出をお雪に語ってしまう。お雪は「子供がなかったら、今すぐ貴方を殺したところだ」と言い捨てて、白い霧に化して去る。

*地獄極楽の有様を語ってはならない→〔穴〕2の『富士の人穴』(御伽草子)。

★3.問うな。

『ドイツ伝説集』(グリム)540「白鳥の騎士」  白鳥の曳く小舟に乗って現れたヘリアスは、妻クラリッサに「私の氏素性を問うな。禁を破ったら別れねばならぬ」と言い渡す。数年後、クラリッサは禁ぜられた問いを発し、ヘリアスは小舟に乗って去る〔*同・541「ライン河の白鳥の舟」も類話。同・542「ブラバントのローエングリーン」では、ローエングリーンが妻エルザムに氏素性を問うことを禁じ、妻が禁を破ると、「自分はパルツィファルの子で、神によって聖杯の城から遣わされたのだ」と告げて去る。同・543「ロートリンゲンでのローエングリーンの最期」・544「白鳥の騎士」も関連の物語〕。

『パルチヴァール』(エッシェンバハ)第3巻・第5巻  少年パルチヴァールは旅に出て、老騎士グルネマンツの城にいたる。パルチヴァールはグルネマンツのもとで騎士道を学び、「むやみにものを尋ねてはいけない」と教えられる。そのため、パルチヴァールは聖杯城を訪れた時、城主アンフォルタス王の苦しみの理由を問わずに去る→〔伯父(叔父)〕6

『ローエングリン』(ワーグナー)  騎士ローエングリンは、ブラバント公国の公女エルザを救い、彼女と結婚する。ローエングリンは「私の名前も、家柄も、どこから来たかも、問うてはならない」と禁ずる(*→〔名前〕6)。しかしエルザは、魔女オルトルートにそそのかされ、新婚初夜の床で、禁ぜられた問いを発する。騎士は、「私はパルジファルの息子ローエングリン。モンザルヴァート城の聖杯を守護する騎士である」と告げ、去って行く。

 

 

【禁忌(聞くな)】

★1.声を聞くな。

『幻獣辞典』(ボルヘス他)「マンドレイク」  マンドレイクは植物であるが、人間の形をしていて、性別もある。地面から引き抜くとマンドレイクは叫び声をあげ、この声を聞いた者は気が狂う。一説に、マンドレイクは絞首台の下に生えるという。

鮭の大助の伝説  秋の終わり頃。鮭の大助が、多くの鮭を率いて海から最上川へ入り、「鮭の大助、今上る」と言って、鮭川をさかのぼる。その声を聞いた人は、年内に死んでしまう。そこで大助の上る夜には、村人は酒を飲み騒ぎたてて、大助の声が耳に入らないようにする(山形県新庄市)。

*携帯電話で自分の断末魔の声を聞いた人は、予告された日時に死ぬ→〔電話〕7の『着信アリ』(三池崇史)。

★2.最後まで聞くと死ぬので、途中で逃げる。

『皿屋敷』(落語)  皿屋敷の古井戸から毎晩お菊の幽霊が出て、「一枚、二枚、・・・・」と皿を数える(*→〔井戸〕2aの『番町皿屋敷』)。九枚まで数えるのを聞くと死ぬ、というので、近所の連中が集まって、七枚あたりまで数えるのを聞いては、皆逃げ帰る。ある夜、お菊が皿を十八枚まで数えたので、見物人がわけを聞くと、お菊は「二日分数えておいて、明晩は休みます」と答えた。

 

 

【禁忌(見るな)】

★1.姿を見るな。

『黄金のろば』(アプレイユス)巻の5  プシュケの夫は夜にだけやって来て、姿を見せることがない。ある時プシュケは、二人の姉を宮殿に招こうとする。夫は「お前の姉たちは、私の姿を見るようにそそのかすだろうが、けっして私を見てはならぬ」と、かたく禁じる→〔夫〕6

『オルフェ』(コクトー)  オルフェ(演ずるのはジャン・マレー)が妻ユリディスを冥府から連れ帰るに際しては、「現世へ戻っても、妻の姿を見てはならぬ」との条件がついていた。オルフェは妻を見ぬようにして暮らすが、その一方で彼は、冥府の王女(死神)を愛し始めていた。ユリディスは絶望し、自動車のバックミラーに映る自分の顔を、オルフェに見せる。瞬時にユリディスの身体は消え、冥府に運ばれる〔*その後オルフェも死ぬが、最後には王女が二人を生き返らせる〕。

*妻が「室中を見るな」と禁ずるが、夫はのぞき見る→〔のぞき見(妻を)〕2の『古事記』上巻(トヨタマビメ)など。

*妻から「外で待て」と言われるが、夫は御殿の中に入る→〔冥界行〕6の『古事記』上巻(イザナキ・イザナミ)。

*見てはならない機織(はたおり)場→〔鶴女房〕1の『鶴女房』(日本の昔話)など。

*見てはならない産室→〔蛇女房〕1の『田村の草子』(御伽草子)、『蛇の玉』(日本の昔話)。

*見てはならない四季の部屋→〔四季の部屋〕3の『鶯の浄土(鶯の里)』(日本の昔話)など。

*見てはならない死体の部屋→〔部屋〕2bの『青ひげ』(ペロー)など。

*見てはならない狐の嫁入り→〔狐〕12bの『夢』(黒澤明)第1話「日照り雨」。

★2.ふりかえるな。

『大鏡』「三条院」  斎宮が伊勢へ下る時、帝が別れの櫛を斎宮の髪にさしてからは、互いにふりかえらぬのが定めであった。しかし三条院はふりかえって、斎宮(第一皇女・当子内親王)の姿を見た。そのゆえであろうか、三条院は上皇になってから、目が見えなくなった。

『三国伝記』巻5−20  三人の旅人が、孫鏡から瓜と飯を供された礼に彼に福運を与え、「山を下る時、百歩の間ふりかえるな」と告げる。孫鏡が六十歩でふりかえると、三人は白鳥と化して天に飛び去った。

『創世記』第19章  主(しゅ)は、硫黄の火を降らせてソドムとゴモラの町を滅ぼした。ただし、ソドムの町に住むロトは正しい人だったので、前もって主の使い二人が来て、「妻と二人の娘を連れて逃げよ」と教える。そこでロトの一家は町の外へ避難した。しかし、主から「後ろを見るな」と禁じられていたにもかかわらず、ロトの妻はふりかえり、塩の柱になった〔*→〔水没〕1の『呂氏春秋』巻14「孝行覧・本味」の、女が空桑に化す物語と類似する〕。

『天国と地獄』(オッフェンバック)第2幕   「地上に出るまで後ろを振り返らぬ」との条件で、夫オルフェオは妻ユリディスを連れて、地獄から出て行く。ところがジュピテルが雷を鳴らしたために、オルフェオは驚いて振り返り、オルフェオとユリディスの離婚が成立する。ジュピテルは、ユリディスを酒神バッコスの巫女にする→〔人妻〕1

『変身物語』(オヴィディウス)巻10  冥府を訪れたオルフェウスは、死んだ妻エウリュディケを連れ帰ることを許されるが、「地上に出るまで後ろをふりかえってはならない」と禁ぜられる。しかし、あと少しという所で、不安にかられた夫は妻の姿を求めて後ろを見、エウリュディケは冥府へ引き戻される〔*『ギリシア神話』(アポロドロス)第1巻第3章に簡略な記事。*→〔禁忌(見るな)〕1の映画『オルフェ』(コクトー)では、現世に戻ってからも妻を見てはならない。*→〔憑依〕9bの映画『黒いオルフェ』(カミュ)では、振り返ると老婆がいた〕。

★3.「見るな」ではなく「見せるな」。

『シャタパタ・ブラーフマナ』  天女ウルヴァシーはプルーラヴァスに、「あなたの裸身を私に見せてはならない」と禁じて、彼と結婚する。ところが半神族のガンダルヴァたちが、時ならぬ稲妻を光らせたので、ウルヴァシーは夫プルーラヴァスの裸身を見てしまう。それ以来、ウルヴァシーは姿を消した。

『マハーバーラタ』第3巻「森の巻」  パリクシット王が、森で会った美女に求婚する。「水を見せてはならない」という条件で、美女は王の妃になった。ある時、パリクシットは妃を森の隅の池へ連れて行き、水浴を勧める。妃は池に入ると姿を消してしまったので、パリクシットは池の水をかい出す。池の底には一匹の蛙がおり、パリクシットは「蛙が妃を喰べたのだ」と思う。蛙の王アーユが「汝の妃は私の娘だ」と教え、蛙をもとの妃の姿に戻してパリクシットに与えた。

 

 

【禁忌を恐れず】

★1.伝統的な物語では、禁忌は侵すべからざるもので、侵せば不幸な運命に陥る。しかし禁忌そのものが虚構で、これを侵しても無事な人間たちの物語が、やがて出てくる。

『福翁自伝』(福沢諭吉)  福沢諭吉は少年時代に、神様の名を書いた御札(おふだ)を足で踏み、さらにその御札を便所で使ったが、罰は当たらなかった。また、家のお稲荷様を開けて御神体の石を捨て、別の石を入れて置き、皆が知らずに拝むのを面白がった〔*福沢諭吉とは対照的に、柳田国男は御神体の珠を覗いて神秘体験をする〕→〔星〕4の『故郷七十年』。

『附子(ぶす)(狂言)  主人が「これは附子という毒で、近くへ寄るだけで死ぬ、そばへ寄るな」と言い置いて外出する。留守番の太郎冠者・次郎冠者は、附子(実は砂糖)を全部食べ、言い訳のために、主人秘蔵の掛け軸を破り、天目茶碗を割る。帰宅した主人に、太郎冠者・次郎冠者は「二人で相撲をとって倒れた時に、掛け軸と天目茶碗を破損しました。死んでお詫びしようと、附子を食べました」と言う〔*→〔毒〕7の、トルコの『ナスレッディン・ホジャ物語』「ホジャと餓鬼ども」は、これとよく似た話である〕。

 

※自らの前世を他人に語ることの禁忌→〔前世を語る〕5の『カター・サリット・サーガラ』「マダナ・マンチュカー姫の物語」1・挿話1。

※吉夢の内容を他人に語ることの禁忌→〔夢語り〕1の『源氏物語』「若菜」上など。

※食物の禁忌→〔異郷の食物〕1の『諏訪の本地』(御伽草子)兼家系など、→〔異郷の食物〕2の『アダパ物語』(古代アッカド)、→〔冥界の食物〕1の『古事記』上巻(イザナミのよもつへぐい)など、→〔冥界の食物〕2の『ドイツ伝説集』(グリム)533「ヴィルテンベルクの城に仕える騎士ウルリヒ」など、→〔蛸〕3の『仮名手本忠臣蔵』7段目「一力茶屋」、→〔妻〕1の『創世記』第3章(禁断の木の実)。

※眠りの禁忌→〔不眠〕4の『金枝篇』(初版)第2章第2節など。

 

 

【銀行】

★1.銀行強盗。

『狼たちの午後』(ルメット)  二人の青年、ソニー(演ずるのはアル・パチーノ)とサルが銀行強盗を試みるが、手際が悪く、ぐずぐずしているうちに警官隊に包囲されてしまう。ソニーたちは「外国へ逃げるから飛行機を用意しろ」と要求し、銀行員の人質を引き連れて、空港行きのバスに乗り込む。運転役の警官が、銃をかまえるサルに、「事故があるといけないから、銃口を上へ向けてくれ」と繰り返し注意する。バスが空港に到着すると、一瞬の隙をついて、運転役の警官がサルの額を撃ち抜き、別の警官たちがソニーを取り押さえる。

★2.銀行強盗を決行する前に、銀行の警備態勢を調査する。

『野獣死すべし』(村川透)  伊達邦彦(演ずるのは松田優作)は、宝石店・銀座ジュエルの社員長友を、商談と称して銀行ロビーへ呼び出し、待たせておく。伊達は預金カウンターの女子行員に電話をして、「ロビーにいる男は、ピストルとダイナマイトを持っている。『銀座ジュエルの長友様』と言って呼び、金を渡せ」と命じる。銀行側はすぐに非常ボタンを押し、警備員たちが、何も知らぬ長友を取り押さえ、まもなくパトカー数台が到着する。伊達はそれまでの時間を計り、銀行の警備態勢を把握した→〔ロシアン・ルーレット〕4

★3.銀行員の横領。

『黒革の手帖』(松本清張)  高額所得者は税金逃れのために、架空名義の預金口座をいくつか持つことが多かった。銀行員・原口元子は三年間にわたって、二十三名の架空名義口座から、合計七千五百六十八万円を横領した。このことが公けになれば、預金者たちの脱税が明るみに出て、銀行も信用を失う。銀行は元子を警察に突き出すことができず、そのまま元子の退職を認める。元子は横領した金で、銀座に小さなバー「カルネ」を開店する→〔ゆすり〕2

★4.血液銀行。

『墓場の鬼太郎』(水木しげる)  日本血液銀行の製品を輸血された病人が、幽霊的症状を呈した。すなわち、心臓が止まり、体温が冷たく、何も食べない状態で、生き続けているのだ。人を幽霊にする血を、いったい誰が血液銀行に持ち込んだのか、社員の水木が調べる。すると、幽霊族の女が金に困り(*→〔幽霊族〕1)、妊娠三ヵ月の身重な体でありながら無理をして、銀行に血を売ったことがわかった。

 

 

【禁制】

 *関連項目→〔女人禁制〕

★1.禁漁。

『阿漕』(能)  伊勢国阿漕が浦は、大神宮に奉る魚を取る所ゆえ禁漁であるが、阿漕という漁師がたびたび密猟をし、捕らえられて沖に沈められた。彼の亡魂は旅人に救いを請い、密猟のさまと地獄の苦とを見せた。

『鵜飼』(能)  甲斐国石和川は殺生禁断だったが、夜、老人が鵜を使って漁をし、捕らわれてふしづけにされた。老人の亡魂は旅僧に供養を請い、『法華経』の効力で成仏できた。

『十訓抄』第6−19  白河院の時、天下に殺生禁断の令が出たが、貧僧が老母を養うために、桂川で魚をとって捕らえられた。白河院は、僧の孝養の志を哀れんで罪を許し、褒美を与えた。

『半七捕物帳』(岡本綺堂)「むらさき鯉」  草履屋の藤吉は、殺生禁断の川で紫鯉を釣り、隠していた。役人の囲い者の女がそれを知って藤吉の留守宅へ行き、「昨晩の夢に、紫衣の人が命乞いに現れた。目覚めると、枕元に紫の鱗があった」と告げて女房を気味悪がらせ、紫鯉を持ち去る。女は紫鯉を、食道楽の悪役人たちに振舞う〔*→〔命乞い〕1bの「私を殺すな」と言う魚の物語の変型〕。

*毒を用いて魚をとることの禁制→〔一人二役〕6aの『毒もみのすきな署長さん』(宮沢賢治)。

★2.鹿の殺生禁断。

『妹背山婦女庭訓(いもせやまおんなていきん)2段目「芝六住家」  猟師芝六(実は忠臣・玄上太郎利綱)と息子三作が、春日の爪黒の神鹿を弓で射殺す。その血が、逆臣・蘇我入鹿を倒すのに必要なのだった(*→〔血の力〕5)。三作は、神鹿殺しの罪を一人で引き受け、死んだ鹿とともに石子詰めにされる。しかし三作を埋めるための土中から、盗まれた神璽と内侍所(鏡)が発見され、三作は赦免された〔*十三鐘の伝説をもとに作られた物語〕。

『鹿政談』(落語)  奈良では鹿を殺すと死罪になった。ある朝、豆腐屋の六兵衛が、きらず(おから)を食べている鹿を犬と間違え、割り木を投げつけて殺してしまう。しかし、町奉行・根岸肥前守が「これは鹿に似ているが、犬だ」と慈悲深い裁きをし(*→〔鹿〕5b)、六兵衛の命を助ける。奉行「そのほうは豆腐屋じゃな。斬らずにやるぞ」。六兵衛「はい。まめで帰ります」。

十三鐘の伝説  子供たちが手習いをするところへ春日社の神鹿が来て、習字の紙を食べる。少年三作が筆(あるいは文鎮)を投げて追い払おうとするが、運悪く当たって鹿は死んだ。三作は掟どおり、死んだ鹿とともに石子詰めにされる。石子詰めになったのが、夕方の七つの鐘と六つの鐘の間の時間帯だったため、十三鐘という〔*三作が十三歳だったので、母が明け七つと暮れ六つに鐘をついて供養した、ともいう〕(奈良市興福寺)。

★3.花見の禁制。

『西行桜』(能)  西山に住む西行法師が、一人静かに桜を楽しむため、庵室の花見を禁制とする。そこへ下京辺から花見の一行が訪れ、西行も良い機嫌の折だったので、彼らを招き入れる。しかしやはり花見客は迷惑ゆえ、西行は「花見んと群れつつ人の来るのみぞあたら桜の咎にはありける」と詠ずる→〔花の精〕1

『花折』(狂言)  毎年、花見客が寺庭を荒らすので、住持が「今年は花見禁制」と、新発意(弟子)に言いつけて外出する。花見客たちが来るが、寺内に入れず、やむなく門前で塀越しの花見をする。酒をふるまわれた新発意は、客たちを寺庭に招き、花の枝を折って土産に渡す。住持が帰って来て、新発意をさんざんに叱る。

★4.帯剣の禁制。

『平家物語』巻1「殿上闇討」  帯剣して殿上の間に昇ることは、禁じられていた。しかし豊明(とよのあかり)の節会の夜、平忠盛は短剣を持って昇殿した(*→〔にせもの〕3)。後日これが問題になることを忠盛は見こして、主殿司(とのもづかさ)に短剣を預けて退出する。案の定、殿上人たちが忠盛を咎めたが、短剣を調べると、木刀に銀箔をおしたものだったので、処罰できなかった。鳥羽上皇は、かえって忠盛を褒めた。

★5.無断立ち入り禁止の部屋へ、剣を持って入る。

『水滸伝』第7〜8回  林冲が手に入れた名刀を、高大尉が「見せてほしい」と言って呼びつける。林冲は剣を持って高大尉の屋敷へ行き、奥の間で待たされているうちに、「白虎節堂」の額(がく)がかかった部屋に足を踏み入れてしまう。ここは軍機の大事を評議する所で、無断立ち入りは禁ぜられている。高大尉が現れ、「帯剣して白虎節堂に入るとは、本官を殺すつもりであろう」と決めつけ、林冲を捕らえる〔*すべて、林冲を罪に落とすために仕組んだ罠であった〕。

★6.禁酒法。

『アンタッチャブル』(デ・パルマ)  禁酒法下のシカゴ。酒の密造や売買によって、アル・カポネ(演ずるのはロバート・デ・ニーロ)は莫大な利益を得ていた。財務省の捜査官エリオット・ネス(ケヴィン・コスナー)は三人の部下とともに、アル・カポネ逮捕に向けて彼らに闘いを挑む。ネスたちは、カポネからの賄賂を突き返したために、「アンタッチャブル」という異名をとる。カポネの雇った殺し屋がネスの部下二人の命を奪ったが、ネスはカポネの脱税の証拠をつかみ、裁判で彼を有罪にした。

『お熱いのがお好き』(ワイルダー)  禁酒法時代。ギャングたちが、見せかけの葬儀場を営む。霊柩車の棺に酒瓶を入れて運び、葬儀場の奥に秘密の酒場を開く。飲み物はコーヒーだけ、というたてまえで、客は「コーヒーのスコッチをデミタスで」などと言って注文する〔*酒場の楽団員ジョーとジェリーは、ギャングたちに追われ、女装して逃げる。ジェリーは金持ち男に求婚され、ジョーは男姿に戻って恋人シュガーを得る〕。

★7.切支丹の禁制。

『青銅の基督』(長与善郎)  奉行所における踏み絵の儀式が、萩原裕佐の作った青銅のピエタを用いて行なわれる。切支丹信者の一人モニカは、ピエタの前にひざまづき、それを胸に押し当てて接吻し、また台上に置くと、手を合わせて拝んだ。彼女は、ピエタを踏めなかった他の信者たちとともに、火あぶりの刑になった〔*ピエタの見事な出来栄えゆえに、モニカも奉行所の役人も、萩原裕佐を「切支丹だ」と誤解した〕。

『沈黙』(遠藤周作)  司祭ロドリゴは、信徒たちを拷問の苦しみから救うため(*→〔聞き違い〕1)、銅版の踏絵の前に立つ。踏もうとして、彼は足に鈍い重い痛みを感じる。その時、銅版のあの人は「踏むがいい」と言った。「お前の足の痛さを、この私が一番よく知っている。私はお前たちに踏まれるため、この世に生まれ、お前たちの痛さを分かつため、十字架を背負ったのだ」。ロドリゴが踏絵に足をかけた時、朝が来て鶏が鳴いた。

*ペテロがイエスを裏切った時も、鶏が鳴いた→〔三度目〕5の『マタイによる福音書』第26章。

★8.敵性音楽の禁制。

『現代民話考』(松谷みよ子)6「銃後ほか」第1章の4  太平洋戦争末期。空襲警報が出たが、敵機がこちらへ来ないので、ベートーベンの第九交響曲のレコードを大音量で聴いた。防空団のおじさんが飛んで来て、「敵国の音楽を鳴らすとは何事か」と怒鳴った。「ベートーベンはドイツ人です」と説明すると、「ああ、そうか」といったん納得したが、「大きな音で、敵機に聞こえるじゃないか」と、また怒鳴った(東京都)。

★9.神父は、罪を犯した人の懺悔を聞いても、その内容を他言してはならない。

『私は告白する』(ヒッチコック)  ローガン神父(演ずるのはモンゴメリー・クリフト)は、教会の雑役夫ケラーから「強盗殺人を犯した」との懺悔を聞く。神父には守秘義務があるので、ローガンはケラーに自首を勧めることしかできない。しかしケラーは自首するどころか、ローガン神父に殺人の濡れ衣を着せる。ケラーの妻がたまりかねて「神父様は無実です」と叫ぶと、ケラーは妻を射殺してしまう。警察はケラーが真犯人であると知り、追いつめて射殺する。

 

※過差(贅沢)の禁制→〔共謀〕1の『大鏡』「時平伝」。

 

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