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【ミイラ】

★1.古代のミイラが甦(よみがえ)る。

『ハムナプトラ 失われた砂漠の都』(ソマーズ)  紀元前一二九〇年のエジプト。司祭イムホテップは王の愛妾と関係を持ったため、肉食スカラベの群れに身体を喰われる極刑を受け、ミイラにされて、都ハムナプトラの墓所の棺に葬られた。それから三千年後の一九二六年。探検隊が、ハムナプトラの財宝を発掘しようと墓所へ入り、古代の書物の呪文を声に出して読んだので、イムホテップとその部下のミイラたちが甦ってしまった。探検隊はミイラたちと闘い、古代の呪文の力を借りてイムホテップを倒した。

『ミイラとの論争』(ポオ)  一八四五年頃。「僕」たちは、市立博物館の古代エジプトのミイラの調査を許可された。試みに電流を流すと、ミイラは蘇生し、「僕」たちとの対話が可能になった。ミイラと「僕」たちは、古代エジプトの文化と十九世紀の文明の優劣について、盛んに論じ合った→〔冷凍睡眠〕6

★2.ミイラを見て、「前世の自分だ」と悟る。

『木乃伊(ミイラ)(中島敦)  紀元前六世紀。ペルシアの武将パリスカスは、エジプトの地下墓室で木乃伊を見て、それが自分の前世の身体であることを悟った。同時に、「前世の自分」が、「前々世の自分」である木乃伊を見る記憶もよみがえった。こうして、「前世の自分」は「前々世の自分」の生活を思い出し、「前々世の自分」はさらに「前々々世の自分」を思い出す、というように、記憶が無限に連続しているのかもしれなかった。

*前生の自分、前々生の自分、前々々生の自分、前々々々生の自分→〔頭痛〕3の『三つの髑髏』(澁澤龍彦『唐草物語』)。

★3.豆ミイラ。

『リビアの月夜』(稲垣足穂)  月夜のサハラ砂漠で、「私」は一本の駱駝の骨を拾う。骨の中で何かがコトリと鳴ったので、折ってみたら小さな棺が出てきて、中に豆ミイラが入っていた。ハーヴァード大学の教授と一緒に拡大鏡でミイラを調べ、棺の象形文字を解読すると、クレオパトラであった。

★4.ミイラの夢を見る。

『木乃伊の口紅』(田村俊子)  文筆の道で身を立てようとするみのるは、働きのない夫義男と別れようかどうしようか、ふんぎりがつかないでいた。ある晩、みのるは不思議な夢を見た。男の木乃伊と女の木乃伊が、お精霊(しょうらい)様の茄子の馬のような格好で、上と下に重なり合っている。その色が鼠色だった。眼ばかりの女の顔が上に向き、唇が真っ赤な色である。それが大きな硝子箱に入っているのを、みのるは立って眺めていた。義男に夢の話をして「何かの暗示に違いない」と言うと、義男は「夢の話は大嫌いだ」と言った。

★5.ミイラの魂が宇宙空間を巡礼する。

『眠りと旅と夢』(小松左京)  アンデス山中で発見された千〜千二百年前の男性のミイラには、かすかな生命反応があった。ミイラの脳波を計測すると、星座や星雲がディスプレイに映し出された。調査隊の一員である「ぼく」は、疲れて眠った夢の中で、ミイラの魂と接触する。彼は千年以上に渡って、宇宙空間を超光速で航行しており、宇宙の果てへ巡礼の旅をしていた。生前の彼は修行し訓練を重ね、現実世界では不可能な夢の旅に出発したのだ。しかも彼が航行しているのは、現実の宇宙空間なのだった。

 

 

【身売り】

★1.金のない夫のため・親のために、女が遊里へ身を売る。

『仮名手本忠臣蔵』3〜6段目  早野勘平はお軽と逢い引きしていたため、主君塩冶判官の刃傷を阻止できず、武士の面目をつぶす。やむなく勘平は、京都山崎のお軽の実家に身を寄せて、猟師となる。お軽は、勘平が再び武士となり仇討ちに参加できるよう、祇園一力茶屋に身売りして、百両の金を作る。しかしその半金五十両を受け取って帰るお軽の父与市兵衛は、夜道で斧定九郎に殺され、五十両を奪われる→〔財布〕1

『ヴィヨンの妻』(太宰治)の「私」は、小料理屋・椿屋で働いて、夫の借金を返済しようと考える(→〔夫〕1)。椿屋の亭主は「奥さん、とんだお軽だね」と言い、「私」たちは声を合わせて笑う。

『文七元結』(落語)  佐官長兵衛は博打に夢中になり、家計は火の車で年が越せない。一人娘お久が見かねて、吉原の佐野槌(または角海老)へ行き、身売りを申し出る。感心した佐野槌の女将は、お久を女中として預かり、長兵衛に説教して五十両を貸す。しかし長兵衛は帰り道で、身投げする男を見て、五十両を与えてしまう→〔身投げ〕1b

『もう半分』(落語)  天秤棒をかついで野菜を売り歩く老人がいる。娘が、老父にちゃんとした八百屋の店を構えさせてやりたいと思い、その資金を作るために吉原に身売りして五十両を得る。しかし老人は、行きつけの居酒屋に五十両入りの財布を忘れ、それを居酒屋夫婦が自分たちのものにしてしまう→〔誕生〕4

『柳田格之進』(落語)  浪人柳田格之進は、碁が縁で、質両替商・萬屋源兵衛と知り合い、懇意にしていた。八月十五夜の晩、源兵衛宅で五十両が紛失し、番頭徳兵衛は柳田を疑った。柳田は、あらぬ疑いをかけられたことに憤り、切腹しようとする。柳田の娘・十九歳のお絹がそれを止め、吉原に身売りして五十両を作る→〔碁〕3a

★2.母親が娘を遊郭に売ろうとするが、思いとどまる。

『有難う』(川端康成)  晩秋。定期乗合自動車に乗って、十五里離れた町の遊郭へ、母親が娘を売りに行く。運転手は、馬車や荷車を追い越す度に「ありがとう」と声をかける、評判の良い運転手だった。娘は運転手のことが好きになり、母親は運転手に頼んで、娘と一夜を過ごしてもらう。翌朝。娘に泣かれ、運転手に叱られて、母親は娘を売るのを春まで待つことにする。

★3.身売りする娘を買い戻す。

『血槍富士』(内田吐夢)  貧しい百姓藤三郎(演ずるのは月形龍之介)は五年前、娘おしなを女郎屋へ売った。以来、藤三郎は生野の銀山で命がけで働き、身請けに必要な三十両を作って、女郎屋を訪れる。しかし「おしなは二年前に死んだ」と聞かされ、藤三郎は嘆き悲しむ。折りしも、また新たに村娘が一人、三十両で売られて来た。藤三郎は自分の三十両を女郎屋の亭主に叩きつけ、村娘を買い戻して親元へ帰してやる。

★4.亡父・亡母の追善供養のため、子供が人買いに身を売る。

『自然居士』(能)  亡父母追善のため、少女が人買いに身を売って小袖に替え、それを施物として自然居士に供養を請う。自然居士は人買いを追い、「少女を解放せよ」と要求する。人買いは、少女を返す条件に自然居士に様々な芸をさせ、なぶりものにしようとする。自然居士はそれを承知で、曲舞、ささら、羯鼓など芸を尽くして少女を救う。

『まつら長者』(説経)初段〜4段目  母と二人貧しく暮らす十六歳のさよ姫は、亡父京極殿の十三年忌の費用を作るため、奥州から上京したごんが太夫に身を売り、陸奥の安達の郡へ下る。「養子にして大名家へ奉公に出す」と、姫は聞かされたが、実は、大蛇のいけにえにされるのであった。

★5.貧しい飼い主を助けるため、猫が身売りする。

佐渡おけさの伝説  猫好きの老婆が、生活に困窮する。長年飼われていた老猫が美しい娘に変身し、「江戸から人買いが来ているから、私を売り、その身のしろ金で楽に暮らして下さい」と、老婆に言う。やがて江戸の深川に「おけさ」と名乗る遊女が現れ、彼女の歌う「おけさ節」が評判になり、流行した(新潟県両津市佐渡郡)〔*後に一人の船頭が、おけさの正体を猫と知り、それを口外したので、おけさに取り殺された〕。

★6.仏陀に布施するために、貧しい男が身を売る。

『大般涅槃経』(40巻本「光明遍照高貴徳王菩薩品」)  貧しい男が自分の身体を金五枚で売り、その金で仏陀への布施物を買って届ける。男の身体を買った人は悪性の病気で、薬として人肉百五十グラムを毎日食べねばならない。男は毎日、自分の肉を切って病人に与えるが、仏陀から教わった詩偈を念じていたので、痛みを感じなかった。病人は人肉を一ヵ月間食べて治癒した。男の身体の肉を切り取った傷も、跡形なく消えた。 

★7.女児を売る。

『吾輩は猫である』(夏目漱石)6  迷亭の話。「明治の初年頃まで静岡では、女の子を唐茄子のように籠へ入れて、天秤棒で担いで売り歩く商売があった。僕が六つくらいの時、おやじと散歩していると、人売りが『仕舞物だから安くまけておきます。買っておくんなさい』と言う。籠の中には、前に一人、後ろに一人、二歳ばかりの女の子が入れてある・・・・」。この話を聞いて寒月は、「この頃の女は、学校の行き帰りや合奏会や慈善会や園遊会で、『ちょいと買ってちょうだいな、あらおいや?』などと、自分で自分を売りに歩いています」と言った。 

 

※身売り同然の結婚→〔画家〕4の『その妹』(武者小路実篤)。

 

 

【身代わり】

★1.仏・菩薩などが、殺されるはずの人間に代わって刃や矢を受け、人間の命を救う。

『景清』(幸若舞)  斬首されたはずの景清が牢内に生きているというので、頼朝が畠山重忠に首実検を命ずる。重忠は「これは千手観音の御頭」と言う。東山清水寺では、観音像の首が切れ、血が流れていた〔*『出世景清』(近松門左衛門)5段目は小異がある〕。

『今昔物語集』巻16−5  丹波の郡司が、観音像を作ってくれた京の仏師を、郎等に命じて射殺させる。後日、「その仏師が健在である」との報告を受けた郡司は、驚き恐れて観音を拝し、像の胸に矢が立ち血が流れているのを見る〔*同・巻17−40には、普賢菩薩が矢を受けた説話がある〕。

『椿説弓張月』後篇巻之6第29〜30回  十三歳の少年朝稚(ともわか)が父為朝を尋ねる旅の途中(→〔道しるべ〕8)、従者時員(ときかず)が、盗賊・蜘手の渦丸に刀で突き殺された。朝稚は渦丸を殺して時員の敵(かたき)を討ったが、後に時員は無事な姿で朝稚の前に現れる。旅の道しるべの幣(ぬさ)が時員の身代わりになったのであり、幣の真中(ただなか)を刃で刺し通したあとがあった。

『平家物語』(延慶本)巻12−35「肥後守貞能預観音利生事」  肥後守貞能は、朝夕礼拝していた等身の千手観音像を清水に預けおき、鎌倉へ召されて刑場に臨む。しかし二度まで刀が折れる奇瑞があり、貞能は赦免される。彼が切られようとした同日同時刻に、清水の観音像の首が落ちた。

*仏像に残る証拠の傷あと→〔傷あと〕4の『古本説話集』下−53など。

*守り札が人間の身代わりになる→〔守り札〕2の『ボク東綺譚』(永井荷風)1など。

★2.仏・菩薩などが、人間に代わって苦を受ける。

『太平記』巻24「壬生地蔵の事」  敵に追われた香勾高遠が、壬生の地蔵堂に逃げこみ、身代わりに一人の法師が捕えられる。翌日、法師は牢の中から姿を消し、地蔵堂の本尊を見ると、鞭の跡があり、縄がかかっていた。

『風流志道軒伝』(平賀源内)巻之5  女護が島へ渡った浅之進(志道軒)は、女郎ならぬ男郎となって大勢の女客の相手をする。遠からず痩せ衰えて死すべきところ、浅草の観音(*→〔申し子〕1)が木の松茸と変じて、浅之進の身代わりになったので、彼は無事であった。

*地蔵菩薩や阿弥陀如来が、人間の身代わりに火傷を負う→〔火傷(やけど)〕3の『さんせう太夫』(説経)など。

★3.二重の身代わり。AとBが出会うかわりに、Aの身代わりとBの身代わりが、お互い相手を本物のBでありAであると思って出会う。

『愛と偶然とのたわむれ』(マリヴォー)  シルヴィアは、求婚者ドラントの人柄を見定めるため、侍女と服装を交換してドラントに会う。一方ドラントも同様の計画を持ち、従僕と入れかわってやって来る。侍女姿のシルヴィアと従僕姿のドラントは、お互い相手を身分低い者と思いながらも心ひかれる。それぞれの主人役を演ずる侍女と従僕も好意を抱き合う。

『大経師昔暦』「大経師内」  大経師以春が下女のお玉を口説くが、お玉は手代の茂兵衛を慕っている。以春の妻おさんがお玉の部屋に寝て、夜這いに来る夫をこらしめようとする。ところがその夜、部屋にしのんで来たのは茂兵衛であった。暗闇の中、おさんは男を夫以春と思い、茂兵衛は女をお玉と思って、肌を合わせる。

★4.Aの身代わりにBがなり、さらにBの身代わりにCがなる。

『花子』(狂言)  男が「座禅をするから」と言って妻をだまし、太郎冠者に座禅衾をかぶせ身代わりにして、愛人花子のもとへ出かける。妻はこれを知って太郎冠者とすりかわり、座禅衾をかぶって夫を待つ。帰宅した夫は、花子との一夜の情事を太郎冠者(実は妻)に語り聞かせる。

★5.身代わりの死が不可能なばあいもある。

『死神の谷』(ラング)  女が、「死んでしまった恋人を生き返らせてほしい」と、死神に請う。死神は「別の命を持って来たら、恋人を返してやる」と約束する。女は、老人や乞食に「あなたの命を下さい」と頼んでまわるが、皆から断られる。火事で燃える家があったので、そこから赤ん坊を助け出し、死神に渡そうとするが、結局思いとどまる。女はすべてをあきらめ、恋人の後を追って自分も死ぬことを願う。

 

 

【身代わり(夫の)】

★1.夫や恋人の身代わりに女が死ぬ。

『源平盛衰記』巻19「文覚発心の事」  遠藤武者盛遠(後の文覚上人)が、人妻の袈裟御前に横恋慕する。袈裟御前は「夫に髪を洗わせ、酔わせて眠らせるから、濡れた髪を手がかりに、夫を殺して下さい」と盛遠に言う。その夜、袈裟御前は自分の髪を濡らして、夫の部屋に臥す。闇の中、盛遠は濡れた髪の人物を手さぐりし、それが袈裟御前とは知らず首を斬る。

*濡れた髪の夫を殺す→〔風呂〕6の『異苑』86「二つの戒め」。

『今昔物語集』巻29−28  乞食が女を使って男を屋敷へ誘い入れ、寝入ったところを天井から鉾で刺し殺し、財物を奪う。近衛中将某が、同様にして殺されそうになるが、女が鉾を自分の胸に当て、中将の身代わりとなって死んでいく。中将は無事屋敷を脱出する。

『修禅寺物語』(岡本綺堂)  面作師(おもてつくりし)夜叉王の娘かつらは、望み叶って将軍源頼家の側女(そばめ)となる。北条幕府の兵が、修禅寺の御座所にある頼家を夜討ちするので、かつらは父夜叉王の作った頼家似顔の面をつけて身代わりとなり、頼家を救おうとする。しかし頼家は討たれ、かつらも斬り死にする。

*娘が恋人の身代わりとなって、父親に殺される→〔子殺し〕7の『神霊矢口渡』4段目「頓兵衛住家の場」、『リゴレット』(ヴェルディ)、→〔転生する男女〕1の『貴船の本地』(御伽草子)。

*荒れる海で、夫の代わりに妻が身を沈める→〔船〕8の『古事記』中巻など。

*花嫁の身代わり→〔姉妹と一人の男〕1の『創世記』第29章、→〔処女〕4の『トリスタンとイゾルデ』(シュトラースブルク)第16〜18章。

 

 

【身代わり(主君の)】

★1.主君の身代わりになって家来が死ぬ、苦を受ける。

『アイヴァンホー』(スコット)第26章  アイヴァンホーの父セドリックがトルキストーン城に捕らえられる。道化師ウォンバが、主人セドリックを救い出すために、隠者の頭巾と衣をまとい托鉢僧となって城内に入る。ウォンバはセドリックと衣服を取り替え、セドリックを托鉢僧として城外に出し、自らは死を覚悟してセドリックの身代わりをつとめる〔*しかしロクスリーたちが城を攻撃し、ウォンバも無事救出される〕。

『王子と乞食』(トウェイン)14  エドワード王子がギリシャ語の授業を受ける時、間違えると、王子の身代わりに鞭打童(フィッピングボーイ)ハムフレイが、鞭打たれる定めであった。

『義経記』巻5〜6  鎌倉殿(源頼朝)が九郎判官(義経)追討の命令を下したので、判官主従は都を出て、吉野山中に身を隠す。佐藤忠信が判官の鎧と太刀を身につけ、吉野山の法師らと戦って大勢を殺す〔*忠信は生きて吉野を脱出し、判官の行方を尋ねて都に潜伏する。しかし愛人に密告され、討手と戦った後に腹を切る〕。

『史記』「項羽本紀」第7  項王(項羽)が漢王(劉邦)の城を包囲する。漢の将軍紀信が漢王の身代わりとなり、「城中食尽きて漢王降る」といつわって、項王の陣におもむく。その隙に、漢王は城を脱出する。項王は紀信が偽者であると知り、焼き殺した。

『太平記』巻7「吉野の城軍の事」  大塔宮護良親王のたてこもる吉野の城が、六万余騎の関東の大軍に攻められ、落城の時が近づく。村上彦四郎義光(よしてる)が大音声をあげて「我は大塔宮である」と名乗り、「ただ今自害する」と言って腹を掻き切る。寄せ手の兵たちが「宮の御首を取ろう」と、囲みを解いて一ヵ所に集まったので、その隙に大塔宮は城を脱出した。

『太平記』巻26「上山討死の事」  敵軍が高師直の陣へ押し寄せたので、上山(うへやま)六郎左衛門は「師直様の身代わりになろう」と、その場にあった師直の鎧を着る。若党が「お許しもないのに勝手に鎧を着るとは」と咎めると、師直は「私の命に代わろうという人のためには、たとえ千両・万両の鎧でも惜しくはない」と言って、若党を叱る。戦況が不利になった時、若党は真っ先に逃げ、上山は「高師直これにあり」と名乗って討死にした。

『椿説弓張月』後篇巻之2第18回〜巻之3第22回  鬼ケ嶋(男の嶋)に住む東の七郎三郎(しっちょうさぼり。後に「鬼夜叉」と名乗る)は、鎮西八郎為朝の臣下となって、伊豆の大嶋へ渡った。官軍が大嶋を攻めたので、鬼夜叉は館に火をかけ、為朝の身代わりに死んだ。

『平治物語』中「義朝奥波賀に落ち着く事」  平治の乱に敗れた源義朝は、美濃国奥波賀(青墓)の宿(しゅく)へ落ちのびた。宿の者たちが義朝を平家に引き渡そうとするので、家来の佐渡式部大夫重成が「我は左馬頭義朝」と名のって戦い、「義朝ただ今自害するぞ」と言って、自らの顔の皮をけずり捨て、腹を十文字にかき切って死んだ。

*後鳥羽院の身代わりに、後京極摂政良経が死ぬ→〔運命〕3bの『愚管抄』巻6。

*家来が主君の身代わりになるのとは逆に、若君が家来の代わりに罪を負う→〔子殺し〕1の『撰集抄』巻6−10、〔追放〕1aの『今昔物語集』巻19−9。

★2.主君や義理ある人を救うため、家族を身代わりにする。

『三人吉三廓初買(さんにんきちさくるわのはつがい)(河竹黙阿弥)「吉祥院本堂裏手墓地の場」〜「火の見櫓の場」  和尚吉三は、義兄弟のお坊吉三、お嬢吉三がお尋ね者として追われているので、彼らを逃がすために、実の弟妹である十三郎、おとせを身代わりにする。和尚吉三は十三郎・おとせを殺し(→〔双子婚〕2)、二人の首を「お坊吉三とお嬢吉三」と偽って、役人に差し出す〔*しかし、にせ首だと見破られる〕。

『義経千本桜』3段目「すし屋」  いがみの権太は、自分の妻と子を「若葉内侍と若君六代」と偽って、梶原景時に引き渡す→〔嘘対演技〕1

*若君の身代わりに我が子を殺す→〔子殺し〕2の『国姓爺合戦』初段など。

 

 

【身代わり(人体の)】

★1.頭の代わりの饅頭。

『三国志演義』第91回  南征を終え帰国する諸葛孔明の軍が瀘水まで来ると、激しい風浪で渡ることができない。「四十九の人頭を供える風習がある」と聞いた孔明は、麦粉をこねて人の頭の形にし、中に牛・羊の肉をつめて「饅頭」と名づけ、これを瀘水に投げ入れて祭りをする。風浪は治まり、軍は瀘水を渡った。

★2.首の代わりの頭髻(たぶさ)。

『南総里見八犬伝』第9輯巻之46第177回  管領扇谷定正は関八州の連合軍を率いて、安房の里見家に攻め寄せる。しかし八犬士らの活躍によって大敗し、定正は主従わずか二騎になって逃げる。追い詰められた定正は、首の代わりに頭髻を切って、里見の兵に渡す。

*敵(かたき)の首を討たずに髻をもらう→〔逃走〕4の『ひとごろし』(山本周五郎)。

★3.敵の身体の代わりの衣服。

『史記』「刺客列伝」第26  晋の予譲は、主君智伯の敵(かたき)趙襄子をつけねらった。しかし橋の下に潜んでいるところを捕らえられ、暗殺は成功しなかった。予譲は趙襄子に請うてその衣服を得、剣を抜いて三度跳躍し、衣服を斬った。予譲は「これで泉下の智伯に報告できる」と言い、自ら剣に伏して死んだ〔*予譲が剣で衣服を刺すと血が流れ、まもなく趙襄子は病死した、という伝説もある〕。

 

 

【身代わり(病者の)】

★1.病者の身代わりに、その肉親や弟子などが死のうとする。しかし、神の恵みなどによって死なずにすむ。

『アルケスティス』(エウリピデス)  アドメトスは重病であったが、誰かが死を引き受けてくれれば、彼は死なずにすむのであった。しかしアドメトスの年老いた父も母も、息子の代りに死ぬことを拒否する。妻アルケスティスが、夫アドメトスに「再婚しない。子供たちを継母の手にかけるようなことはしない」と約束させ、夫の身代わりに死んで行く。そこへ旅のヘラクレスが訪れ、死神からアルケスティスを奪い返す→〔死神〕1a

『哀れなハインリヒ』(ハルトマン)  騎士ハインリヒが癩病になり、これを治すために、処女の心臓の血が必要であった。八歳の少女が、自らの身を犠牲にすることを申し出たので、医師が彼女の心臓を切り取るべく、メスを研ぐ。その時、利己主義を恥じたハインリヒは、「少女を助けてやって下さい」と言って、手術を中止させる。心を入れかえたハインリヒは、神の恵みによって治癒し、後にその少女を妻とした。

『書経』「金縢」第34(周書第3)  周の武王(=文王の子)が病いに臥した時、弟の周公旦は祖霊を祭る壇を作り、「我をもって武王の身代わりとせよ」と祈願した。翌日武王は平癒し、周公の身も無事であった〔*『史記』「魯周公世家」第3に同話。『源氏物語』「賢木」で、光源氏が「文王の子、武王の弟」とうたうのは、自らを周公旦、兄朱雀帝を武王、亡父桐壺院を文王になぞらえてのことである〕。

『曾我物語』巻7「三井寺大師の事」  三井寺の僧智興が、重病にかかって苦しむ。弟子の証空(十八歳)が、師の身代わりとして我が身に病苦を負い、死ぬ覚悟をきめる。すると絵像の不動明王が証空の志をあわれみ、紅の涙を流して、「汝は師に代わる。我は汝に代わらん」と、病いを引き受けて仏体が炎に包まれる。智興も証空も、ともに命が助かったのは、ありがたい例(ためし)であった〔*『今昔物語集』巻19−24が原話。他に『発心集』巻6−1〕。

*重病の王の衣裳を侍医が着て王に扮し、死神を欺こうとする→〔王〕3aの『文字禍』(中島敦)。

★2.病者の命を救い、その代わりに死んでゆく。

『最後の一葉』(O・ヘンリー)  肺炎のジョンジーは「壁の蔦の最後の一葉が落ちたら、自分も死ぬのだ」と思う。激しい風雨で最後の一葉が落ちた夜、画家のベールマン老人が本物そっくりの蔦の葉を壁に描く。翌朝、壁にはりつく一葉を見たジョンジーは、生きる気力を取り戻す。しかし冷たい風雨にさらされて絵を描いたベールマン老人は、急性肺炎で死んだ。

『ユング自伝』10「幻像」  「私(ユング)」は重病で危篤に陥り、宇宙の高みから地球を見下ろす、との幻像を見た。すると地球から、主治医H博士が昇って来て、「私」が地球に引き返さねばならぬことを告げた。「私」は、H博士が身代わりに死ぬのではないか、と思った。「私」が回復してベッドの端に腰掛けることを許された日、H博士は病床に臥し、まもなく敗血症で死んだ。

*病気のお嬢様の身代わりに、乳母が死ぬ→〔桜〕3の『乳母ざくら』(小泉八雲『怪談』)。

*目を病む人の身代わりに、魚が片目になる→〔片目〕6の片目の鯉の伝説など。

★3.身代わりを志願する人も、寿命が尽きていた。

『幽明録』19「寿命の譲渡」  王子猷・子敬の兄弟は、特別に仲が良かった。弟の子敬が重病で危篤におちいった時、兄の子猷が「自分の才気は弟に及ばぬゆえ、余生を弟に与え、身代わりに死にたい」と僧に請うた。僧は「兄弟ともに寿命が尽きているので、身代わりにはなれぬ」と言う。果たして、弟の子敬が死ぬと、すぐに兄の子猷も死んだ。

 

 

【身代わり(友人の)】

★1.友人の身代わりになる。

『三宝絵詞』中−18  大安寺の僧栄好は、童に命じて毎日食事を寺外に住む母に届けさせた。ところが、ある日栄好は急死する。栄好の親友勤操が自分の食事を分けて、これまで通り栄好の母に届けるよう、童に言う。栄好の母は、息子からと信じて食事を受け、翌年まで栄好の死を知らずにすごす。

『昼顔』(ケッセル)  外科医ピエールの妻セヴリーヌは、昼間は娼婦「昼顔」として二重生活をする。夫の友人ユッソンがその秘密を知ったので、セヴリーヌは口封じのために、愛人マルセルにユッソン殺害を依頼する。しかし何も知らぬ夫ピエールが、ユッソンを助けようとして代わりに刺され、半身不随の廃人となってしまう。

*メロスが戻らなければ、親友セリヌンティウスはメロスの代わりに処刑される→〔人質〕3の『走れメロス』(太宰治)。

 

※父の身代わりに、子供たちが処刑されようとする→〔親孝行〕3の『最後の一句』(森鴎外)。

※父の身代わりに、息子が老いる→〔若返り〕8の『マハーバーラタ』第1巻「序章の巻」。

※父の身代わりに、娘が殺される→〔父と娘〕5の『敵討義女英(かたきうちぎじょのはなぶさ)』(南杣笑楚満人)。

※大勢の身代わりに、一人が死んで行く→〔犠牲〕1〜3の『グスコーブドリの伝記』(宮沢賢治)など。

※瓜二つの人を、身代わりに死なせる→〔瓜二つ〕1の『鎌倉三代記』7段目など。

※同名の人、同年齢の人などを、身代わりに冥府へ送る→〔死神〕2〔同名の人〕7a・7bに記事。

※身代わりの人形→〔人形〕4の『あきみち』(御伽草子)など、→〔人形〕5の『江談抄』第3−6など。

※身代わりのにせ首→〔にせ首〕に記事。

 

 

【水】

★1.水が多すぎて飲めない。

『百喩経』「喉を渇かした者が水を見た喩」  愚かな男がいた。喉が渇いたので、炎天下に水を求めて辛頭(インダス)河までやって来た。しかし男は、河を見つめるだけで水を飲もうとしない。傍らの人が問うた。「君は喉が渇いているのに、なぜ飲まないのか?」。愚かな男は答えた。「こんなにたくさんの水は、とても飲めない」。 

★2a.水が血に変わって、飲めなくなる。

『出エジプト記』第7章  イスラエルの民は、エジプトで奴隷状態におかれていた。モーセがイスラエルの民をエジプトから救い出そうと、ファラオに交渉し、それが神の意志であることを示すために、ナイル川を杖で打って血に変える。エジプト人は川の水が飲めなくなる。しかしファラオは、イスラエルの民がエジプトから出て行くことを許さなかった。

★2b.水が火に見えて飲めない。

『大般涅槃経』(40巻本)「梵行品」  ガンジス河の畔に、五百もの餓鬼が住んでいた。彼らには河の水が火の流れと見えるので、飲むことができず、喉の渇きに苦しんで喚いていた。仏陀が、「君たちの悪業が心を転倒させ、水を火と錯覚させているのだ」と教え、餓鬼たちは水を飲めるようになった。

★2c.血が水に変って、大勢のかわきをいやす。

『今昔物語集』巻5−11  五百人の商人が道を誤って深山に迷いこみ、三日も水が飲めず死に瀕する。同行する沙弥が「諸仏如来よ。私の脳を水に変えて商人たちを救い給え」と祈り、大岩に頭を打ちつける。流れ出る血は水に変り、商人たちの命を救う。

★3.水をしりぞける。

『北野天神縁起』  亡き菅丞相の霊が雷電となって都を襲い、比叡山の尊意贈僧正が三度の勅宣をこうむって、比叡山から内裏へ参ずる。その時、鴨川の洪水が去りのいて、陸地を通るごとくに僧正の車は進んだ。

『西遊記』百回本第43回  黒水河を乗っ取った妖怪を孫悟空たちが退治し、河神を助ける。河神は礼を述べ、幅十里の黒水河を渡る三蔵一行のために、阻水の術で上流をせき止める。川下の水はたちまち干上がって一すじの大路ができ、その上を三蔵一行は歩いて西岸に着く。

『ヨシュア記』第3章  イスラエルの祭司たちが神との契約の箱をかかげ、ヨルダン川へ足を踏み入れると、川上から流れ下る水は壁のごとく立ち、海へ流れこむ水は断たれた。民は干上がった川床を渡り、エリコへ向かった。

*海の水を干上がらせる、海の水を二つに分ける→〔海〕3の『太平記』巻10「稲村崎干潟と成る事」、→〔海〕4aの『出エジプト記』第12〜14章。

★4.水の上に水を積み重ねる。

『ウェストカー・パピルスの物語』(古代エジプト)  スネフル王陛下が、美しい娘たちに池で船遊びをさせ、それを見て気晴らしとする。一人の娘が、耳飾りの宝石を水に落としてしまう。首席典礼司祭ジャジャエムアンクが呪文を唱え、池の水の半分を、他の半分の上に重ねる。彼は池の底の宝石を取って、娘に返してやる。 

★5.水上に座す。

『大智度論』巻12  仏が比丘たちとともに王舎城へ行く途中、大きな水があった。仏は水上に坐具を敷いてすわり、「禅定に入って心が自在の境地を得るならば、大きな水を地とすることができる。水の中には地の成分があるからである」と説いた。

*水上歩行→〔歩行〕2の『宝物集』(七巻本)巻4など。

*オリオンが海上を歩く→〔海〕9の『ギリシア神話』(アポロドロス)第1巻第4章。

*イエスが湖上を歩く→〔湖〕2の『マタイによる福音書』第14章。

★6a.水の力で、死者が生き返る。

『二人兄弟の物語』(古代エジプト)  弟バタの死を知った兄アヌプは、糸杉の下から弟の心臓を捜し出し、きれいな水の入った鉢に心臓を入れる。心臓が水を吸い取ると、弟バタの死体が動き出す。兄アヌプは弟バタに水を飲ませ、心臓は再びバタの身体に収まって、バタは蘇生する。

*水の力で若返る→〔若返り〕1bの『桃太郎昔語(ももたろうむかしがたり)』など、→〔若返り〕2の『マハーバーラタ』第3巻「森の巻」、→〔若返り〕3の『万葉集』巻13 3259歌。

★6b.水の力で、傷つき病む人が回復する。

『命の水』(グリム)KHM97  王が重病になり、三人兄弟の王子たちが「命の水」を取りに行く。「命の水」は、魔法にかけられた城の中庭の井戸から湧き出ている。長男と次男は失敗するが、末子が、城にいたお姫様を魔法から解放し、「命の水」を得て、王は病気から回復する〔*長男と次男は、「命の水」を海水とすりかえて、末子を罪に落とそうとする〕→〔道〕3

『古事記』中巻  ヤマトタケルは伊吹山で大氷雨に打たれ、なかば意識を失った。彼は伊吹山を下り、玉倉部(たまくらべ)の清水まで来て休み、ようやく回復した。それで、その清水を名づけて「居寤(いさめ)の清水」という〔*『日本書紀』巻7景行天皇40年是歳では、水を飲んで正気に戻ったので、その泉を「居醒泉(ゐさめがゐ)」という、と記す〕。

ヤマトタケルと毒蛇の伝説  ヤマトタケルは伊吹山に住む強盗を征伐に行った時、毒蛇に噛まれた。彼は山を下り、醒ヶ井の綺麗な湧き水で傷を冷やして、どうやらこうやら良くなった。しかし結局その傷が原因で、ヤマトタケルは伊勢の能煩野で亡くなった(滋賀県東浅井郡浅井町内保)。

*日本武(やまとたけ)の尊(みこと)が、醒が井の清水で熱気をさます→〔蛇退治〕5の『東海道名所記』巻4「宮より桑名まで七里舟渡し」。

*ルルドの泉で水浴して、病気が治る→〔泉〕6の『ルルドへの旅』(アレクシス・カレル)。

★7.水に吸い込まれる女。

『播磨国風土記』賀毛の郡条布の里  ある時、一人の乙女が井の水を汲もうとして、するすると吸われて水中に沈んで行った。それゆえ、その地は「条布(すふ)の里」と名づけられた。  

*女の身体のあった場所から泉が湧き出る→〔泉〕3の『処女の泉』(ベルイマン)など。

★8.水遁の術。

『和漢三才図会』巻第7・人倫類「游偵(しのびのもの)」  大明(たいみん)に冷謙という者があった。大倉庫に忍び入り、捕らえられた彼は、飲み水を役人に求めた。瓶に入れた水が持って来られると、彼は瓶の中に跳び入り、瓶を撲(う)ち破って、破片とともに姿をくらました。これが水遁である。  

★9.原初の水。

『ラーマーヤナ』第2巻「アヨーディヤー都城の巻」第110章  ヴァシシュタ仙が王子ラーマに、世界の出生を説く。「はじめ一切は水でした。その中に地が造られました。それから自在者梵天(創造神ブラフマン)が、天人たちとともに生まれました。梵天はヴィシュヌ神となり、野猪の姿をとって、水中から大地を引き上げました。そして、心の浄化された息子たちと、一切世界を創造しました」。  

*海中から陸地を釣り上げる→〔釣り〕7の島釣りの神話(メラネシア)など。

 

 

【水に化す】

★1.水に化す異類の男。

『今昔物語集』巻27−5  背丈三尺ほどの翁が、夜な夜な来て人の顔をなでる。捕らえると、翁は「我は水の精ぞ」と言って、盥の水の中へ落ち入る。翁は水となって溶け、盥の水かさは増して、ふちからこぼれた。

『今昔物語集』巻28−39  腹の中に寸白(サナダムシ)を持った女が、結婚して男児を産んだ。男児は成人して、信濃守となる。彼は赴任して最初の歓迎の宴席で、胡桃をすり入れた酒を飲まされた。寸白の化身である彼は、たちまち水となって流れ失せた。

*女が水を飲んで、生まれた男児→〔口に入る〕1の『捜神記』巻11−33(通巻295)。

*人造人間であることが暴露されると、溶け失せてしまう→〔人造人間〕1の『撰集抄』巻5−15。  

★2.水に化す異類の女。

『本当の話』(ルキアノス)  「驢馬の脛」と称する海の女どもが、旅人を捕らえて餌食にしていた(*→〔女護が島〕6)。「私」はかれらの正体を知り、女主人(おんなあるじ)を縛った。たちまち女主人は水と化した。「私」は試しに剣を水の中に突き刺してみる。水は血に変わった。 

*女を抱いたら、水になってしまった→〔待つべき期間〕2bの『長谷雄草子』(御伽草子)、

*女房を風呂に入れたら、消え失せた→〔雪女〕2aの『雪女房』(日本の昔話)。

★3.液体人間。

『美女と液体人間』(本多猪四郎)  南太平洋上で水爆実験の放射能を浴びた男が、皮膚を失い、体細胞が液状化してしまった。彼は東京に現れ、次々と人間を包み込んで溶解し吸収する。融合した液体は、また自在に分裂して、幾体もの液体人間になる。警察の科学班が強力な火焔放射器を用いて、液体人間たちを焼き殺す。しかし将来、人類が放射能汚染で全滅したら、次に地球を支配するのは、彼ら液体人間かもしれない。

*液体人間たちが大洪水を起こして、人類を滅ぼす→〔洪水〕4の『洪水』(安部公房)。

 

※女が懐妊し、水を産む→〔出産〕7の『異苑』56「幽霊の子」など。

※水が酒に変ずる→〔酒と水〕1の強清水(こわしみず)の伝説など。

※水の力でけがれを洗い落とし、罪を浄化する→〔けがれ〕1aの『古事記』上巻(黄泉の国)など。→〔けがれ〕1bの『唐物語』17、→〔けがれ〕1cの『祝詞』「六月の晦の大祓(みなづきのつごもりのおほはらへ)」。

 

 

【湖】

★1a.陸地が湖になる。湖の起源。

『ギュルヴィたぶらかし(ギュルヴィの惑わし)(スノリ)第1章  スウェーデン王ギュルヴィが、旅の女に「四頭の牛が一昼夜で鋤けるだけの土地を与えよう」と約束する。女はアース神族の一人であり、牛は強く、鋤は地中にくいこんで、土地を根こそぎ引っ張って行った。女は土地を西の海上に置き、地面の削り取られたあとは湖になった〔*デンマークのシェラン島と、スウェーデンのメーレル湖の形が類似するため、このような国造り神話ができたと言われる〕。

琵琶湖の始まりの伝説  近江には、なまけ者ばかり住んでいたので、天の大神が怒り、ドシンと脚を下ろして警告した。大神が脚を持ち上げると地面に大きな足跡が残り、水が流れこんで琵琶湖になった。だから琵琶湖は足の裏の形をしている(滋賀県大津市)。

*琵琶湖の起源=富士山の起源→〔山の起源〕2の『和漢三才図会』巻第56・山類「富士山」。

『ホーキング、宇宙と人間を語る』第2章  紀元前五六〇〇年頃、オレゴン州のマザマ火山が噴火した後、火山のクレーターは、降り続く雨に満たされ、現在「クレーターレイク」と呼ばれるカルデラ湖が形成された。オレゴンのクラマス・インディアンの神話によれば、下界の頭(かしら)ラオがクラマスの酋長の娘に恋して拒絶され、怒ったラオは炎でクラマスを滅ぼそうとした。天界の頭スケルがクラマスを哀れみ、ラオと戦って倒す。ラオはマザマ山に落ちて巨大な穴ができ、それが水で満たされてカルデラ湖になった。

*人間のおごりや悪行によって、町が陥没して湖になる→〔水没〕1のイスの都の伝説など。

*伯爵の領地が湖になる→〔蛇〕6の『ドイツ伝説集』(グリム)132「ゼーブルク湖」。

*長者の田が池になる→〔扇〕4の湖山長者の伝説。

★1b.湖が陸地になる。

穴切神社蹴裂明神の伝説  昔、甲府は一面の湖だった。地蔵菩薩が「この水をなくして陸地にしたら、人が住めるだろう」と、二人の神様に相談した。一人の神様が山を切り開き(=穴切神社)、もう一人の神様が山の端を蹴破り(=蹴裂明神)、水路を造って湖水を富士川に落とした。不動尊も、河瀬を造って協力した。この二神二仏のおかげで、甲府盆地は現れたのである(山梨県甲府市穴切町)。

『遠野物語』(柳田国男)1  遠野郷は陸中上閉伊郡の西半分、山々に取り囲まれた平地である。大昔、遠野郷一帯はすべて湖水だったが、その水が猿ヶ石川となって人里に流れ出て以来、現在のような陸地となり集落ができた、と伝えられる。

★2.湖上を歩く。

『マタイによる福音書』第14章  イエスが岸辺から、舟に乗る弟子たちの所へ、湖上を歩いて行く。弟子たちは湖上を歩むイエスを見て恐れ、「幽霊だ」と叫ぶ。弟子ペテロ(ペトロ)がイエスを真似て水上を歩くが怖くなり、溺れかける。イエスは「信仰薄い者よ。なぜ疑うか」と言って、ペテロを助ける〔*『マルコ』第6章・『ヨハネ』第6章では、ペテロが溺れる記事がない〕。

*オリオンが海上を歩く→〔海〕9の『ギリシア神話』(アポロドロス)第1巻第4章。

*水上歩行→〔歩行〕2の『宝物集』(七巻本)巻4など。

★3.湖が、前世・現世・来世を映す。

『子不語』巻20−553  湖南省の湘潭に鏡水という湖があって、人間の三生(前世・現世・来世)を照らし出す。駱秀才という者が行って見ると、人間ではなく一頭の猛虎が映った。老船頭が行くと、仙女のごとき美女が映った。

★4a.湖に映る月を見て、物語創作のインスピレーションを得る。

『河海抄』巻1  上東門院より「新しい物語を作れ」と命ぜられた紫式部は、石山寺で通夜をして祈る。八月十五夜の月が琵琶湖の水に映るのを見て、式部の心は澄みわたり、物語の風情が思い浮かぶ。「忘れぬうちに」と、式部は仏前にあった『大般若経』書写用の料紙に、まず「須磨」「明石」の両巻から書き始めた。これゆえ「須磨」の巻に、「今宵は十五夜なりけりとおぼしいでて」という一節があるのである。

★4b.湖に月が映るありさまを、別のものに見立てる。

『仮名手本忠臣蔵』7段目「一力茶屋」  二階にいるお軽を下へ降ろそうと、大星由良之助が梯子をかける。梯子段をまたいで降りるお軽を、由良之助が下から見上げる。お軽が「のぞかんすないな」と咎めると、由良之助は「洞庭の秋の月様を拝みたてまつるじゃ」と笑う〔*洞庭湖とそこに映る月とを、女性器に見立てたのである〕。

 

※湖に沈む鐘と人→〔鐘〕1の『沈鐘』(ハウプトマン)。

 

 

【水鏡】

 *関連項目→〔鏡〕

★1.水鏡に本性が映し出される。

茨木童子の伝説  血をなめる嗜好を持つ茨木童子は、自分でもそれを異常に思った。ある日、橋上から小川の水に映る顔を見ると、鬼の形相をしていたので、茨木童子は人間世界での生活をあきらめ、大江山の酒呑童子の配下になった(大阪府茨木市新庄町)。

『戻り橋』  月の夜、渡辺綱が一条戻り橋に来かかって、一人歩きの美女と出会う。美女が「五条まで参りたいが、夜道が怖い」と言うので、渡辺綱は彼女を送って行く。しかし川面に映るその姿は、怪しい鬼形(きぎょう)であった。美女は「我は愛宕の山奥に棲む悪鬼である」と正体を現し、渡辺綱と闘うが、片腕を斬り落とされて逃げ去る。

★2.水鏡を見て、人や鳥の所在を知る。

『俊頼髄脳』  野守の翁が、頭を地につけ余所を見ないまま、失せた鷹が松の上枝にいることを天智天皇に教える。不思議がる天皇に、翁は「芝の上にたまる水を鏡として自らの頭の雪を悟り、顔のしわを数えている。その水鏡を見て、鷹の木居を知った」と答えた。

*木の上にいる子供を見つける→〔木登り〕7aの『天道さん金ん綱』(日本の昔話)。

★3.水に映る黄金を、そこに実在するものと思う。

『カター・サリット・サーガラ』「愚者物語」第34話  樹にとまった金冠鳥の金色が池水に映り、それを見た若者が、「黄金がある」と思って池の中に入る。しかし水が動くと黄金は見えなくなり、取ることができない。父親が息子の愚行を見て、金冠鳥を追い払い、息子を家に連れ帰る。

*「月が水の中にいる」と思う→〔月〕2aの『パンチャタントラ』第3巻第1話、→〔月〕2bの『井戸の中の月』(イギリスの昔話)など。

*「男が水の中にいる」と思う→〔木登り〕7bの業平塚の伝説など。

★4.酒に映る美女を、そこに実在するものと思う。

『太平記』巻25「伊勢より宝剣を奉る事」  スサノヲノミコトは、槽の上の棚に稲田姫を置いて、ヤマタノヲロチを待つ。姫の影が酒に映るのを見たヲロチは、槽の中に姫がいるものと思い、八千石湛えた酒を飲み尽くす〔*類話は中世の諸書に見られる。覚一本系『平家物語』巻11「剣」の類話では、稲田姫をゆつ爪櫛に取りなして隠し、美女の姿を作って高い岡に立てた、と記す〕。

*八つの槽に八人の美女→〔八人・八体〕3の『源平盛衰記』巻44「三種の宝剣の事」。

『なぜ神々は人間をつくったのか』(シッパー)第7章「最初に女がいなかった場合」  ある日、何人かの男が、水に映る女の姿を見た(*→〔妊娠(男の)〕1)。女は水辺の高い木の枝に座っていたのだが、男たちは、水の中に女がいると思い、つかまえようとした。彼らは二日間がんばったが、捉えることができない。一人の男が、たまたま上を見て、女が木の枝にいるのを知った。男たちは女を木から下ろし、自分のものにしようと互いに争った(ブラジル、シェレンテ族)→〔寸断〕6

★5.他人の姿が水に映るのを、自分が映っていると誤解する。

『ペンタメローネ』(バジーレ)第5日第9話  シトロンから生まれ出た美女(妖精)が、泉のほとりの木に登る。水汲みに来た黒人の奴隷女が、泉に映る妖精を見て自分の姿だと思い、「こんな美女が奴隷でいる必要はない」と考える。奴隷女は強気になって女主人に反抗するが、ほうきの柄で打ち懲らされる。

『宝物集』(七巻本)巻6  天竺では、死者の遺体を木の上に置く慣わしがあった。長者に仕える醜い下女が池へ来て、樹上の美女の死体が水面に映るのを、自分の姿だと誤認する。下女は「私の美しさは、長者様の妻子に劣らない」と思い、長者の家へ行って、妻子と同じ所に座を占めた。長者は下女を池へ連れて行き、死者の遺体を取り除けて、下女の真の姿を水に映して見せた〔*下女はこれによって、諸法の空なることを知ったという〕。

★6.酒に映る縄や弓を、蛇だと思う。

『鳴神』  雲絶間姫が鳴神上人を誘惑して酒を飲ませるが、盃の中に蛇がいるので姫は怖がる。「それは雨封じの注連縄(しめなわ)が映っているのだ」と上人は言い、「注連縄を切れば、龍神が飛び去って大雨になる」と教える。姫は上人を酔わせ眠らせて、注連縄を懐剣で切る。

『蒙求』123所引『晋書』「楽広伝」  楽広に招かれた客が酒を飲もうとすると、盃の中に蛇が見える。それは壁にかかった漆塗りの弓が映ったのだが、客は気づかず我慢して酒を飲み、病気になった。

*酒に蛇が映る物語は、→〔蛇と酒〕の酒が蛇に変わる物語の変型、と見ることができる。

 

 

【水鏡に映る自己】

★1.動物が自分の姿を水に映す。

『イソップ寓話集』(岩波文庫版)133「肉を運ぶ犬」  犬が肉をくわえて川を渡る。水に映る自分の影を見て、別の犬がもっと大きな肉をくわえているのだと思い、それを奪おうとほえかかる。水の中には肉がないので得られず、自分のくわえていた肉も川に流される。

『カター・サリット・サーガラ』「ムリガーンカダッタ王子の物語」4・挿話4のD  愚かな鸚鵡が妻を亡くして悲しんでいるので、鸚鵡の王が彼を沼に連れて行く。愚かな鸚鵡は水に映る自分を見て、「妻だ」と思い喜ぶが、抱擁できないので、そのことを鸚鵡王に訴える。鸚鵡王は、愚かな鸚鵡と並んで沼に姿を映し、「汝の妻は、別の雄鸚鵡と仲良くなったので、汝の愛を退けたのだ」と教える。愚かな鸚鵡は水に映る自分たちの影を、「妻と雄鸚鵡だ」と思い、妻への執着を捨てる。

『水乞い鳥』(日本の昔話)  馬喰(ばくろう)の妻が、川へ水汲みに行くのを面倒がって、厩の馬たちに水を与えなかった。その罰で、妻は死後、赤い鳥に生まれ変わった。鳥が谷川で水を飲もうとすると、水面に体の赤色が映って火のように見えるので、こわくて飲めない。鳥はいつも喉がかわき、天にむかって雨を請う(山梨県西八代郡上九一色村)。

*獅子王が、水に映る自分の姿を見て、こだまする自分の声を聞く→〔こだま〕1の『パンチャタントラ』第1巻第8話。

★2a.美少年が自分の姿を泉に映す。

『変身物語』(オヴィディウス)巻3  美少年ナルキッソスは、泉の水に映る自分の姿に恋いこがれ、その場から立ち去ることもできず死んでいき、水仙の花と化した。彼は下界へ迎えられてからも、冥府の河に映る自分の姿を見つめていた。

★2b.泉を見る美少年の瞳に映る泉。

『弟子』(ワイルド)  ナルキッソスは、いつも泉の水に自分の美しさを映していた。ナルキッソスの死後、泉は、山の精たちに語った。「ナルキッソスがわたし(泉)を見下ろす時、わたしは彼の目の鏡に、いつもわたし自身の美しさが映っているのを見た」。

★3.女が、変わりはてた姿を水に映す。

『大和物語』第155段  内舎人が大納言の娘をぬすみ出し、陸奥の安積山まで連れて来る。何年かの後、女は山の井に映る変わりはてた我が姿を恥ずかしく思い「安積山かげさへ見ゆる山の井の浅くは人を思ふものかは」と詠んで死んだ〔*『今昔物語集』巻30−8に類話〕。

*女が自分を水に映して、そこに夫の面影を見る→〔男装〕7の『井筒』(能)。

*女が自分を水に映して、そこに犬頭人身の姿を見る→〔半犬半人〕1の『南総里見八犬伝』第2輯巻之1第12回。

★4.自分の顔が、水に映らない。

『高丘親王航海記』(澁澤龍彦)「鏡湖」  高丘親王が南詔国の湖を舟で渡る時、鏡のように澄んだ水面をのぞいてみた。すると、自分の顔が映らない。湖水に顔の映らぬものは、一年以内に死ぬという。数日後、南詔国の王城で親王は、合わせ鏡の間に身を置く。やはり顔は映らない。すでに親王の影(=魂)は失われていたのだ→〔虎〕5。 

 

 

【水鏡に映る未来】

★1.将来の自分の姿が、水に映る。

『古今著聞集』巻7「術道」第9・通巻297話  九条大相国伊通がまだ位の低かった時、后町の井の底をのぞいて、丞相(大臣)たるべき相を見た。しかし、鏡で間近に見るとその相はなかった。「近くには見えず、井の底のような遠いところに見えるのは、すぐに丞相になるのではなく、長年の後になるのだろう」と彼は考えた〔*伊通は六十四歳で内大臣になり、その後、右大臣・左大臣を経て、六十八歳で太政大臣になった〕。

『平治物語』上「信西出家の由来」  信西入道が、まだ日向守通憲といっていた頃。鬢(びん)の毛をなでつける折に、水に映る自分の顔を見ると、「喉笛一寸の所が剣先にかかって死ぬ」との面像が現れた。その後、熊野へ参詣した時に出会った人相見からも、同じことを言われた。信西は恐れ、この運命から逃れようと出家した。

★2.将来の夫の顔が、水に映る。

未来の夫(日本の現代伝説『走るお婆さん』)  午前〇時〇分〇秒に剃刀を口にくわえ、水を入れた洗面器をのぞくと、将来の結婚相手の顔が映る。A子さんが試してみると、本当に誰かの顔が見えてきたので、驚いて剃刀を落とし、水が血の色に染まった。数年後、A子さんは一人の男と結婚することになった。彼は顔の左半分を髪で隠し、「昔、ある人にひどく傷つけられたので、見せられない」と言う。A子さんが「誰に?」と聞くと、男は「お前にやられたんだ!」。

*将来の夫の姿が、鏡に映る→〔鏡に映る未来〕2の『草迷宮』(泉鏡花)、→〔合わせ鏡〕1の『戦争と平和』(トルストイ)第2部第4篇。

*男が、将来自分の妻となるはずの女児を襲い、顔や頸を傷つける→〔運命〕1bの『今昔物語集』巻31−3、『続玄怪録』。

★3.未来の妻の姿が、水に映る。

『雀の媒酌』(川端康成)  親戚から勧められた娘と結婚すべきかどうか、彼は迷う。彼は泉水に、「もしも自分の妻となる運命の女が他にいるなら、その顔を映して見せてくれ」と頼む。すると一羽の雀が水に映り、「来世の妻の姿を見せてあげます」と告げる。彼は「来世は雀に生まれ、この雀を妻とするのか」と悟り、「来世の運命を見た者が現世で迷うまでもない。勧められた娘と結婚しよう」と決心する。

*鏡に牛や馬、鳥や獣(来世の自分)が映る→〔転生(動物への)〕4bの『キリシタン伝説百話』(谷真介)73「三世鏡」。

※水に姿が映ったために、命を落とす→〔影〕3の影とりの池の伝説など、→〔影〕4aの『ふかと影』(昔話)、→〔影〕4bの『ラーマーヤナ』第5巻「優美の巻」第1章。

 

 

【見立て】

★1.目の前にある物を、それと形状の類似した別の物と見なす。

『仮名手本忠臣蔵』7段目「一力茶屋」  大星由良之助の動静を探るべく、斧九太夫が祇園の一力茶屋へやって来る。由良之助は「額のその皺(しわ)、のばしにおいでか」と、九太夫をからかう。酒宴になり、「何か面白いことをしよう」というので、仲居が九太夫の頭を箸ではさみ、彼の顔を梅干しに見立てて遊ぶ。

『義経記』巻1「牛若貴船詣での事」  牛若は毎夜貴船明神に参詣し、四方の草木を平家一門に見立て、二本の大木を「清盛」「重盛」と名づけて太刀で斬った。また毬打の玉のようなものを二つ、木の枝にかけ、清盛・重盛の首に見立てて晒した。

『長屋の花見』(落語)  貧乏長屋の連中が、大根をかまぼこ、たくあんを玉子焼き、番茶を酒に見立てて、花見をする。一人が「大家さん、近々長屋に良いことがありますぜ」と言う。「どうしてだ?」「湯飲みの中に酒柱が立ってます」。

『瘋癲老人日記』(谷崎潤一郎)  七十七歳の卯木督助は、息子の嫁颯子(さつこ)の足裏の拓本を取り、その形を石に刻もうと計画する。彼はこれを、仏の足跡を刻んだ仏足石に見立て、自分の墓石とし、その下に骨を埋めてもらいたいと願う〔*→〔足〕1の『富美子(ふみこ)の足』が原型〕。

『紅(べに)皿・欠(かけ)皿』(日本の昔話)  紅皿・欠皿の姉妹がいた。母は継子の紅皿を憎み、実子の欠皿をかわいがって、「欠皿を殿様の嫁にしたい」と願う。盆の上に皿を乗せ、塩を盛って松葉を一本さしたものを見て、欠皿は「盆の上に皿を乗せ、皿の上に塩を乗せ、塩の上に松をさして、おおつっかい棒あぶない」と言う。紅皿は、盛り塩を雪の山に見立て、「盆皿や皿ちゅう山に雪降りて雪を根として育つ松かな」と歌を詠む。殿様は、紅皿を嫁にした(静岡県浜松市)。

『檸檬』(梶井基次郎)  「私」は八百屋で檸檬を一個買い、幸福な気分になったが、丸善へ入るとたちまち憂鬱になった。「私」は美術書の棚から画集を何冊も引き出して積み重ね、上に檸檬を置いた。その檸檬を爆弾に見立て、「十分後にはこれが爆発するのだ」と想像して、「私」は丸善を出た。

*高額紙幣を破るわけにはいかないので、煎餅を紙幣に見立てて破る→〔にせ金〕4の『百万円煎餅』(三島由紀夫)。

*木の葉を金に見立てる→〔狸〕8の『まめだ』(落語)。

*睾丸を卵に見立てる→〔卵〕5の『セレンディッポの三人の王子』1章。

*禿げ頭を、蛍の光に見立てる→〔蛍〕5の『サザエさん』(長谷川町子)。

★2.育ちが良いために、日用の卑俗な物品を、風雅な飾り物に見立ててしまう。 

『雛鍔(ひなつば)(落語)  大名屋敷の八歳の若様が一文銭を拾って、「雛人形の刀の鍔か?」と家来に問う。植木屋がこれを見て感心し、帰宅して自分の八歳の息子に語り聞かせる。そこへ町内の隠居が訪れたので、息子は往来で拾った一文銭を示し、「お雛様の刀の鍔かなあ?」と若様の真似をする。隠居は「銭を知らぬとは、育ちの良い子だ」とほめる。息子は「これで焼き芋を買う」と言う。

『万の文反故』(井原西鶴)巻2−3「京にも思ふやうなる事なし」  仙台から京に上った九兵次は、公家の屋敷に奉公していた女を妻とした。彼女は世事にうとく、摺鉢のうつぶせにしてあるのを、富士山の姿を写した焼き物かと思って、眺めていた。

★3.無間(むげん)の鐘(*→〔鐘〕6)に見立てた、泥の鐘や石の鉢。

『鏡と鐘』(小泉八雲『怪談』)  ある百姓が、庭の泥で無間の鐘を模したものを作り、それを叩き壊して、富を得ることを祈る。すると庭前の土中から白衣の女が現れ、蓋をした甕を与える。百姓は大喜びで、妻とともに甕の蓋をこじ開ける。甕は、ふちまでいっぱいに・・・・いや、いけない。何がいっぱいつまっていたかは、「私(小泉八雲)」も口に出しかねる。

『ひらかな盛衰記』4段目「神崎揚屋」  梶原源太景季の恋人千鳥は、親から勘当された景季に苦労させぬよう、自ら神崎遊郭に身を沈め、「梅ヶ枝」と名乗る。梅ヶ枝は景季のために三百両の金を得ようと、地獄へ落ちる覚悟で、石の手水鉢を無間の鐘(*→〔交換〕2の無間の鐘の伝説)に見立てて、杓で打つ。すると二階から、三百両の小判が降ってくる。それは景季の母延寿が、若い二人を助けるためにしたことだった。

★4a.人間の一生(嬰児期、成年期、老年期)を、一日(朝、昼、晩)に見立てる。

『ギリシア神話』(アポロドロス)第3巻第5章  スフィンクスが、「一つの声を有しながら、朝は四本足、昼は二本足、夜は三本足になるものは何か?」という謎を出した。オイディプスは「それは人間である」と解いた。人間は、赤ん坊の時は四つん這い、成人して二足歩行、老年になると杖を第三の足として加えるのである。

*「はじめは足がなく、やがて二本足、最後は四本足」という謎もある→〔夫〕3の『脳味噌ちょっぴり』(イギリスの昔話)。

*人間の一生を、長編小説に見立てる→〔物語(小説)〕6の『人間個性を超えて』(カミンズ)。

★4b.仏陀は自分の現世での一生を、月の満ち欠けに見立てた。

『大般涅槃経』(40巻本)「如来性品」  仏陀は言われた。「私の誕生した時は、月の満ち始めに喩えられる。生まれてすぐ七歩あるいたのは二日月。成長して学校へ行ったのは三日月。出家したのは八日目の半月。知恵を得て生類や悪魔を教化したのは十五日目の満月。涅槃に入るのは月が欠けていく姿だ。しかし月そのものは満ちも欠けもせず、いつも満月である。私もまた常住不変だ」。

★5.人間の一生を四季に見立てると、小春(晩秋から初冬)は何歳ぐらいにあたるか?

『小春』(国木田独歩)  十一月某日、老熟を自認する「自分」は、画家を目指す小山青年と、林を散歩した。小山青年は、「人の一生を四季にたとえると、春を私のような時として、小春は幾歳ぐらいでしょう?」と聞いた。「自分」は「僕のようなのが小春さ。今に冬が来るだろう」と答え、哀情を感じた。小山は「冬が過ぎれば、また春になりますからね」と笑った〔*この時、独歩は二十九歳。小山のモデル岡落葉は二十一歳〕。 

★6.百姓娘を貴婦人に見立てる。

『ドン・キホーテ』(セルバンテス)前篇第1章  ドン・キホーテは、「騎士である以上、愛をささげる貴婦人が必要だ」と考える。アルドンサ・ロレンソという名の美しい百姓娘が近村におり、かつてドン・キホーテは彼女に恋をしたことがあった(娘の方は、そんなことは知らなかった)。ドン・キホーテは、この百姓娘を自分の「思い姫」に見立て、勝手に「ドゥルシネア姫」と名づけた。

★7.イザナキ・イザナミの「見立て」。

『古事記』上巻  イザナキ・イザナミの二神はオノゴロ島に天降り、「天の御柱を見立て、八尋殿を見立てたまひき」。二神は天の御柱のまわりを回り、八尋殿で交わりをして、国々を産んだ。この時の「見立て」は、「実際に柱を立て、御殿を建てた」とも解釈できるし、「樹木を『天の御柱』に見立て、岩穴などを『八尋殿』に見立てた」とも解釈できる。

 

※逆さまの死体を、人の名前に見立てる→〔逆立ち〕1の『犬神家の一族』(横溝正史)。

※西洋女性の肌の白さを、月光を浴びた白狐に見立てる→〔温泉〕9の『白狐の湯』(谷崎潤一郎)。

※南十字星を、墓標の十字架に見立てる→〔十字架〕8の『日本の星 星の方言集』(野尻抱影)。

 

 

【道】

 *関連項目→〔冥界の道〕〔迷路〕

★1a.どの道を行くか選ぶ。

『巨人の星』(梶原一騎/川崎のぼる)「不死鳥」  小学五年生の二月。星飛雄馬は毎朝十キロのランニングを日課としていた。ある日、いつもの道が工事中で通れず、右に近道、左に遠回りの道があった。飛雄馬が近道を走って行くと、父一徹が立ちはだかり、飛雄馬を殴りとばし、蹴った。父は叫んだ。「なぜ遠回りを選ばん! 辛い苦しい遠回りを選んでこそ、成長がある。人生においても、行く手に障害のある時は、つねに遠回りを選べ!」。

『ソクラテスの思い出』(クセノフォン)第2巻  青年期に達したヘラクレスが静かな場所へ出かけ、「美徳」と「悪徳」の二つの道のどちらを歩もうかと迷って座りこむ。「悪徳」の婦人が現れ、私を友として愉しく楽な道を行こうと誘う。「美徳」の婦人が来て、労苦を重ねて偉大な功績を残す秀れた人物となるように説く。ヘラクレスは、美徳の道を選ぶ。

『文武二道万石通』(朋誠堂喜三二)  源頼朝の治世、文とも武ともつかぬぬらくら武士たちを箱根の湯へ送り、畠山重忠の計略でさまざまに試して、文か武か、どちらかの道を学ぶように導く。「茶・花・俳諧は文だ。碁・将棋・釣りは武にこじつけよう」などと重忠は考える。

『無門関』(慧開)31「趙州勘婆」  僧が老婆に「五台山への道はどれか?」と尋ねると、老婆はただ「真っ直ぐ行け」と答える。僧が数歩行くのを見て、老婆は「やはり同じように行く」と言う。趙州和尚が翌日同じように道を聞くと、老婆もまた同じように答える。趙州は「あの婆を見破った」と弟子たちに言う。

★1b.どの海路を行くか選ぶ。

『オデュッセイア』第12巻  海峡の片方に六つ首の怪物スキュレがひそみ、他方には海水を日に三度飲み込む渦巻きカリュブディスがあって、どちらの進路をとっても犠牲は避けられない。魔女キルケの教えに従い、オデュッセウスの船はスキュレ寄りに進む。六人の乗組員が喰われるが、船全体が渦に沈むことは免れた。

★2.人生の横道。

『笑ゥせぇるすまん』(藤子不二雄A)「駅までの道」  四十二歳のサラリーマン寄道清二は、毎日決まった道を歩いて通勤していた。ある朝、喪黒福造が「工事中 迂回して下さい」の立看板を置き、寄道清二は初めて横道へ足を踏み入れる。すると林の中に和風旅館があり、美女が彼を奥へ導いた。寄道清二の妻が夫を捜しに行くと、横道は崖崩れで通行禁止になっていた。喪黒福造は「横道へそれた彼の人生が、その後どう変わったか、私にもわかりません。ホーッホッホッホ」と笑う。

★3.道の真ん中を通る。

『命の水』(グリム)KHM97  お姫様が、魔法から解放してくれた恩人の王子(三人兄弟の末子)を(*→〔水〕6b)、花婿として迎えるために、御殿の前に黄金(こがね)造りの道をこしらえる。王子の二人の兄が、「自分が花婿になろう」と思って出かけるが、黄金の上を馬で通るのはもったいないと遠慮して、長男は道の右端を、次男は左端を通る。末子の王子は、お姫様のことをひたすら考えていたため、黄金など目に入らず、道の真ん中を歩いて行く。お姫様は「あなたこそ、この王国のお殿様」と言って、王子を迎える。

★4.道で女に出会う。

『古事記』中巻  崇神天皇の命令で、大毘古命(おほびこのみこと)が高志(=越)国を平定すべく進発する。途中、山代(=山城)の幣羅(へら)坂に腰裳を着た少女が立っており、「御眞木入日子(みまきいりびこ=崇神天皇)は命をねらわれているのに、それを知らない」という意味の歌をうたって、姿を隠した。大毘古命は都へ引き返して、天皇に報告する。天皇は「山代国の叔父・建波邇安王が逆心を起こしたのであろう」と察知して、討伐した〔*『日本書紀』巻5崇神天皇10年9月27日に類話〕。

『南総里見八犬伝』第9輯巻之6第102回  蟇田素藤が、里見義成の嫡男義通を捕らえ、反乱を起こす。上総の諏訪神社の神主たちが、安房の里見義成に変事を知らせるべく、道を急ぐ。犬を抱いた十一〜二歳の女児が現れ、「義通の災厄は天命で免れ難いが、命には別状ない」と告げて、走り去る。

『日本書紀』巻14雄略天皇7年是歳  天皇の「新羅を討て」との命令を受け、田狭臣(たさのおみ)の子・弟君(おときみ)らが軍勢を率いて百済へ渡り、新羅の地に入った。忽然として、道に老女が現れる〔*新羅の国つ神が、国を守るべく老女に変身したのである〕。弟君が「新羅まで遠いか近いか?」と尋ねると、老女は「もう一日歩けば、新羅に到着するだろう」と答えた。弟君は「まだまだ遠いのだ」と思い、新羅を討たずに帰った。

『妖怪談義』(柳田国男)「妖怪名彙(ヒヲカセ)」  三河(愛知県)の北設楽郡には、「火を貸せ」という路の怪が出る場処がある。昔、鬼久左という大力の男が夜路を行くと、先へ行くおかっぱの女童が振り返って、「火を貸せ」と言った。鬼久左は煙管を揮(ふる)って女童を打ち据えようとして、かえって自分が気絶してしまった。女童は淵の神の子であったろうという。

★5.道が違って、会うことができない。

『和漢三才図会』巻第66・大日本国「常陸」  親鸞が一向専修の法を拡めていた時、弁円という僧がこれを妬み、殺害しようと思って往来の街(ちまた)に待ち伏せした。しかし、数回、路が異なって、二人は会うことがなかった〔*弁円は親鸞に直接対面すべく寺へ赴いたが、親鸞の仏のごとき容貌を見て、弁円は廻心懺悔し親鸞の弟子となった〕。 

★6.道ばたで何かを見ても、手を出さずに通り過ぎるべきである。

『火の化け物』(沖縄の民話)  ある人が、夜、隣村から家に帰る道中で、岩が燃えているのに出会い、「これはちょうど幸いだ」と、たばこの火をつけ一服した。ところがその人は、家に帰り着くと、急に倒れて死んでしまった。化け物に精を取られたのである。だから、「道ばたにあるものは、見て通り過ぎるものだ」との言い伝えがある。 

★7.長い道のりを縮める方法。

『ゴボン・シーア』(イギリスの昔話)  ゴボン・シーアが息子ジャックと一緒に、遠方の仕事場へ出かけようとする。ゴボン・シーアはジャックに「お前、この長い道を何とか縮められんか?」と言う。ジャックは困って妻に相談し、賢い妻は「面白いお話をすれば、道のりが縮まるじゃないの」と教える。ジャックが父に面白い話を聞かせていると、いつのまにか目的地に着いて、たしかに道は縮まったのだった。 

★8.二つの散歩道。

『失われた時を求めて』(プルースト)第1篇「スワン家のほうへ」  幼年時代に「私」が過ごした田舎町コンブレーには、反対方向にのびる二つの散歩道があった。一つはブルジョアのスワン家の方へ、もう一つは大貴族ゲルマントの邸宅の方へ通ずる道だった。「私」と家族が、同じ日の同じ散歩で二つの道の両方へ出かけることはなく、そのため「私」の頭の中では、スワン家の方とゲルマントの方は遠くかけ離れ、相互に関わりのない異質なものであった→〔結婚〕4a

 

※道をふさぐ蛇→〔蛇退治〕5の『漢書』「高帝紀」第1上 など。

※道をふさぐ蚊帳→〔蚊帳〕2の『百物語』(杉浦日向子)其ノ20。

※道をふさぐ壁→〔壁〕4aの『妖怪談義』(柳田国男)「妖怪名彙(ヌリカベ)」など、→〔壁〕4bの塗り壁(水木しげる『図説日本妖怪大全』)。

※道切り(道を通れなくするためのまじない)→〔百足〕5の銭亀家の白百足の伝説。

 

 

【道しるべ】

★1.豆や石など小さなものを道すじに落として、道しるべとする。

『青いあかり』(グリム)KHM116  兵隊が、自分を解雇した王に仕返しするため、魔法を使う小人に命じ、王女を毎晩さらい出して下女奉公させ、翌朝城に返す。王女は、さらわれる道すじに多くのえんどう豆を落として行き、王の家来たちが、それを目印に犯人の居所をつきとめようとする→〔目印を消す〕2

『親指小僧』(ペロー)  貧しい木こり夫婦が七人の子を森に捨てる。末子の親指小僧が白い小石を道すじに落としておき、これをたどって七人みな家へ戻る。二度目に捨てられる時にはパン屑を落とすが、小鳥たちが全部食べてしまう。

『神道集』巻2−7「二所権現の事」  継母が、常在御前を旦特山の麓へ連れて行き、深い穴に落とし入れて殺そうとたくらむ。妹の霊鷲御前が、桧の切れ端に小刀を添えて常在御前に渡す。輿に乗った常在御前は小刀で木切れを削り、道々下へ落とす。霊鷲御前が削り屑を目当てに跡を追う。

『ヘンゼルとグレーテル』(グリム)KHM15  木こり夫婦が、二人の子ヘンゼルとグレーテルを森の奥へ捨てる。ヘンゼルは小石を道々落とし、それをたどってグレーテルとともに家へ帰る。次に森へ連れて行かれる時には、ヘンゼルはパンのかけらを少しずつ落とし、道しるべとする。しかしパンは鳥たちが食べてしまい、ヘンゼルとグレーテルは森から出られなくなる→〔森〕2

『ペンタメローネ』(バジーレ)第5日第8話  継母に責められて、父親が二人の子を森へ捨てる。父親は「何か欲しくなったら、まいておいた灰をたどっておいで」と教え、子供たちは家へ帰ることができる。二度目に捨てる時は父親は糠をまいておくが、ロバが食べてしまう→〔魚の腹〕4

★2.草花の種をまいて、道しるべとする。

『お月お星(お銀小銀)』(日本の昔話)  継母が、継子のお月を箱に入れて、山に捨てる。実子のお星が、お月に菜種を渡し、お月はそれを少しずつ道すじに落としておく。春が来て、美しく咲いた菜の花をたどり、お星はお月を救い出す。

『カター・サリット・サーガラ』「マダナ・マンチュカー姫の物語」6・挿話13  聖仙マンカナカの娘カダリーガルバーは、ドリダ・ヴァルマン王の妃として迎えられる時、天女たちの教えにしたがって、芥子の実を王宮への道すじに蒔く。後、皇后の讒言により王から疎んぜられた彼女は、生い茂る芥子を見て道を知り、父の庵へ帰って行く〔*聖仙は王の誤解を解き、カダリーガルバーは再び妃になる〕。

★3.枝を折って、道しるべとする。

『うばすて山』(日本の昔話)  息子が老母を背負って、山へ捨てに行く。山道の小枝を老母が次々に折っていくので、息子が理由を問うと、老母は「お前が帰り道で迷わないために折っておくのだ」と答える。親の慈愛にうたれた息子は、老母を家へ連れ戻る。

『和漢三才図会』巻第56・山類「栞」  息子が老母を背負って、深山へ捨てる。ところが老母は、山へ登る道すじの木の枝を折り結んで標識とし、それを目印に家へ帰って来た。老母は息子に、「もしわたしが山で死ねば、お前は不孝の罪を得るであろう。それが心配で帰って来たのだ」と言い、歌を詠んだ。「奥山にしをる枝折(しをり)は誰(た)がためぞ千代もと思ふ人の子のため」。

★4.奇矯なふるまいをし、その痕跡を残して道しるべとする。

『青い十字架』(チェスタトン)  ブラウン神父の持つサファイアつきの十字架を、怪盗フランボウがねらい、聖職者に変装してつきまとう。神父はフランボウとともに移動しつつ、レストランの壁にスープをひっかけ、窓ガラスに大きな穴を開け、青果店に並ぶオレンジと胡桃の値札を入れ替え、りんごをひっくり返す。神父の奇妙な仕業は、警察の注意を引き、自分たちのあとを追わせる道しるべとするためなのだった。

★5.役に立たなかった道しるべ。

『剪燈新話』巻2「天台訪隠録」  明の人徐逸は、天台山の奥の隠れ里を訪れ、宋代の話を聞いて(*→〔異郷訪問〕2)帰って来る。彼は、みちみち五十歩ごとに竹の枝をさして、道しるべとする。家に戻ってから数日後、家僕たちを連れて、再び隠れ里へ行こうとしたが、山が重なり合い、草木が茂って道も絶えていたので、諦めて家へ帰らざるを得なかった。

『捜神後記』巻1−5  桃源郷から帰る漁夫は、「この村のことを世間の人に教えてはならない」と口止めされる。漁夫は帰り道の所々に目印をつけ、郡の太守に報告する。太守は人を漁夫につけて、目印を頼りに道を捜させるが、桃源郷へ再び行くことはできなかった。

★6.にせの道しるべ。

『御用金』(五社英雄)  幕府の御用船が、佐渡から金(きん)を積んで、越前鯖井藩の沖合いを通過する。鯖井藩では、男岬に篝(かがり)火を焚き、御用船はそれを道しるべとして、暗礁の多い海域を迂回する。しかし鯖井藩の家老六郷帯刀(演ずるのは丹波哲郎)は、男岬ではなく、湾をはさんで対岸にある女岬に篝火を焚いた。その火にあざむかれて御用船は進路を誤り、暗礁に乗り上げて沈没した→〔口封じ〕1

『投影』(松本清張)  地方小都市の市会議員・石井一派が、言うことを聞かない役所の南課長を殺そうとはかる。南課長は毎日、暗い夜道を自転車で帰宅する。海に近い所にある外燈を目印に、左へ曲がるのだ。ある夜、石井一派は外燈の電球を壊し、海に小汽船を浮かべ、南課長に宴会酒を飲ませる。その帰り道、酔った南課長は、小汽船のマストの明かりを外燈と思い、方向を誤って、自転車ごと海に転落した。

★7.道案内の誤り。

『尊厳』(松本清張)  大正時代末。宮様が九州R県を訪れ、県庁、農事試験場、市役所、会議所などをご覧になった。警部多田良作がサイド・カーを運転し、署長が隣りに乗って、宮のお車の先導をする。最初は「光栄だ」と喜んでいた多田だったが、当日、緊張の余り、道順を間違えてしまった。署長は責任を取って割腹した。多田は縊死した〔*多田の息子は成人後、宮に会って、「私は自殺した警部の子供だ」と言う。しかし宮は、自殺者のことなど何も聞かされていなかった〕。

★8.道案内する幣(ぬさ)。

『椿説弓張月』後篇巻之5第28回〜巻之6第30回  「父鎮西八郎為朝に会いたい」と願う少年朝稚(ともわか)は、下野(しもつけ=栃木)の八幡宮で霊夢を見た。童子が「幣を路傍に立てて指南とし、先が向く方角を尋ねよ」と告げ、朝稚が目覚めると幣が膝の上にあった。朝稚は従者時員(ときかず)と二人、旅に出る。道が二すじ三すじに分かれて迷うごとに幣を立て、幣が倒れる方へ進んで九州に到った。しかし父に会うことはできなかった〔*朝稚は足利家の養子となった。彼から数えて七代目の子孫が尊氏である〕→〔身代わり〕1

 

 

【道連れ】

★1.旅の男が、妖怪や幽霊などと道連れになる。

『古今著聞集』巻17「変化」第27・通巻611話  伊勢から上京した法師が職務を終えて帰る道で、同郷の山寺法師と出会い、一緒に伊勢へ下る。ところが、山寺法師の正体は天狗であった。山寺法師(天狗)は、伊勢法師を洛中のあちらこちらへ引回し、刀を手放させておいてから、清水寺の鐘楼の上に縛りつけて、消え失せた。

『捜神記』巻16−18(通巻393話)  宋定伯は夜道を歩いていて男と出会い、道連れになる。その男は幽霊だった。宋定伯は「自分も幽霊である」と言ってだまし、幽霊が人間の唾を嫌うことを聞き出す。幽霊は一匹の羊に化けたので、宋定伯は羊に唾をつけ、また別のものに化けないようにしておいて、売り飛ばした。

『捜神記』巻17−7(通巻406話)  男が馬に乗って夜道を行く。兎ほどの大きさで両眼の光る化け物が現れ、男は気絶する。しばらくして男は息を吹き返し、気を取り直してまた馬を進め、旅人と出会って道連れになる。男は化け物に襲われた話をし、ふと旅人を見ると、それは先程の化け物だった〔*化け物に二度遭う点で、→〔坂〕2の『むじな』(小泉八雲『怪談』)に同じ〕。

『道連』(内田百閨j  「私」が暗い峠を越し、長い道を歩くうちに道連れができる。道連れは「己(おれ)は生まれずに終わったが、お前の兄だ」と言い、「『兄さん』と呼んでくれ」と請う。「私」は頼みを聞かず、道連れは「もうお別れだ」と泣く。思わず「兄さん」と言って縋ると道連れは消え、「私」の身体は俄に重くなって動けなくなる。

*生まれなかった姉→〔腹〕5の『百物語』(杉浦日向子)其ノ60。

★2.旅の若者が、女と道連れになる。

『天城越え』(松本清張)  下田の鍛冶屋の子である十六歳の「私」は、家出して静岡まで徒歩で行こうとする。しかし天城峠を越した所で心細くなり、引き返す。修善寺から下田へ向かう酌婦ハナと道連れになるが、ハナは流れ者の土工を見つけ、彼を客に取って金を得ようと考え、「先に行きなさい」と「私」に言う。「私」は、ハナを土工に奪われたように感じ、土工を殺す。

『伊豆の踊子』(川端康成)  高等学校の学生である二十歳の「私」は、修善寺から下田へ向けて一人旅をする。旅芸人一行と道連れになり、十四歳の踊子に「私」は心引かれる。しかし踊子の母親代わりの女が、「私」と踊子が親密な仲になることを懸念し、いっしょに活動写真を見に行くことを禁ずる。「私」は旅費が尽き、旅芸人たちと別れて東京へ帰る。

★3.旅人が、道連れになった男に脅される。

『今昔物語集』巻29−23  夫が妻を馬に乗せて、京から丹波まで旅をする。途中、大江山のほとりで若い男と出会い、道連れになる。男は言葉巧みにもちかけて、自分の持つ刀と夫の持つ弓矢を交換する。男は弓に矢をつがえ、「動けば射殺す」と、夫を脅して木に縛りつける。男は夫の目の前で妻を犯し、馬を奪って逃げ去る〔*『藪の中』(芥川龍之介)では、夫=金沢武弘の死体が発見されるところから物語が始まる〕。 

『二人大名』(狂言)  上京する大名二人が、途中で出会った男を道連れにして、太刀持ち役を頼む。しかし従者扱いされた男は怒り出し、太刀を抜いて大名二人を脅す。男は大名二人に、鶏の蹴合い・犬の噛み合い・起き上がり小法師の真似をさせ、彼らの着物を奪って、逃げ去る。

*旅人が、道連れになった男に殺される→〔宿の巡り合い〕2の『今昔物語集』巻29−9。 

★4.敵を道連れにして死ぬ。

『アーサーの死』(マロリー)第21巻第4章  アーサー王とモードレッドが一騎打ちをし、アーサー王の槍がモードレッドの身体を串刺しにする。致命傷だと悟ったモードレッドは前へ進み、身体をアーサー王の槍の鍔まで押しつける。モードレッドは両手で剣を握り、アーサー王の頭部を撃ってから、地面に倒れ息絶える。アーサー王も、モードレッドの一撃が致命傷になる。

『イソップ寓話集』(岩波文庫版)216「雀蜂と蛇」  雀蜂が蛇の頭にとまり、ひっきりなしに針で刺して苦しめた。蛇は反撃することができないので、車輪の下に頭をつっこんで、雀蜂と一緒に死んだ。

『トレント最後の事件』(ベントリー)  実業家マンダースンは青年秘書マーローを憎み、「自分の命を棄てても、マーローに汚名を着せて殺したい」と考える。マンダースンはマーローに多額の現金と宝石を持たせ、遠方へ使いにやってから、マーローの拳銃を用いて自殺する。マンダースンの計算では、マーローは盗みと殺人の罪で死刑になるはずだった〔*しかし事情を知らぬ人物がマンダースンの自殺を止めようとして、はずみでマンダースンを撃ち殺してしまった〕。

★5a.死者の埋葬をした男が、死者の霊と道連れになり、恩返しされる。

『旅の道づれ』(アンデルセン)  旅の途中のヨハンネスが、死人の世話をする(*→〔死体〕5a)。森を出たところで男がヨハンネスに声をかけ、「道連れになろう」と言う。ヨハンネスと男は、美しい姫君のいる国へ行き、男の手助けでヨハンネスは姫君と結婚して王になる。男は死人の化身で、ヨハンネスに恩を返したのだった。

★5b.死者の埋葬をした男の息子が、天使と道連れになり、恩恵を受ける。

『トビト書』(旧約聖書外典)  トビトは、遺棄された死体を手厚く埋葬する、という善行をしていたが、ある時失明した(*→〔盲目になる〕4a)。その後、息子トビアが、父トビトの使いで貸金取立ての長旅に出ることになり、「同族のアザリア」と名乗る男が旅の道連れになる。アザリアは実は天使ラファエルの化身であり、旅の途中でトビアに花嫁を与え、彼に代わって貸金を受け取りに行き、旅を終えて帰ると父トビトを開眼させた。

★6a.死んだ夫が、妻も一緒に冥界へ連れて行く。

『遠野物語拾遺』168  三十年近く前。病気で若死にした男が、葬式の晩から毎夜、妻のもとを訪れ、「お前を残しておいては、行くべき処へ行けぬから、連れに来た」と言う。他の者の目には何も見えなかったが、妻は毎夜十時頃になると、「ほれ、あそこに来た」などと苦しみ悶え、七日目に死んでしまった。

★6b.死んだ主人が、侍妾も一緒に冥界へ連れて行く。

『子不語』巻17−438  「私(『子不語』の著者・袁枚)」の父上が亡くなった時、侍妾の朱氏も病気であったが、にわかに「わたし、死ぬわ」と口走った。「だって旦那様が屋根瓦の上から、わたしを呼んでいらっしゃるんですもの」。家人は、父上の死を、病中の朱氏には知らせていなかった〔*にもかかわらず、朱氏は父上の死を知ったのだ〕。朱氏はまもなく死んだ。

 

※男が女を死の道連れに、無理心中する→〔無理心中〕に記事。

 

 

【密会】

★1.男女が密会して、幼児から目を離したために、幼児が事件や事故に遭う。

『佐々木の場合』(志賀直哉)  山田家の玄関番佐々木は、幼いお嬢さんの子守り娘富(とみ)と関係を持った。ある日、二人が物置で接吻をしている時に、お嬢さんが大火傷を負った。「誰かの身体の肉を切り取って、傷口を補填せねばならぬ」と医者が言い、富は自らの肉を提供する。佐々木は山田家を逃げ出した。

『氷点』(三浦綾子)「敵」〜「灯影」  昭和二十一年(1946)七月、旭川の夏祭りの日の午後。病院長辻口啓造の留守中に、妻夏枝のもとを眼科医村井が訪れ、二人は応接室で一時を過ごす。夏枝は、三歳の娘ルリ子を外へ遊びにやり、ルリ子は家の裏口を出た所で会った行きずりの男(日雇い人夫の佐石)に連れ去られて、殺される。

★2.男女の密会中に、傷害事件が起こる。

『仮名手本忠臣蔵』3段目  殿中松の間で塩冶判官が高師直に斬りつけた時、判官に付き添っているべき家来早野勘平は、持ち場を離れ、腰元お軽と密会していた。情事にふけり、主君の一大事の場に居合わせなかった勘平は、武士の面目をなくし、お軽の実家山崎へ身を隠す。

★3.男女の密会中に、一方が死んでしまう。

『捜査圏外の条件』(松本清張)  「自分」の勤め先の同僚笠岡は、既婚者でありながら、「自分」の妹光子と愛人関係になった。「自分」は、まったくそれを知らずにいた。ある時、笠岡は光子と温泉へ出かけたが、光子は旅館で狭心症の発作を起こして死に、笠岡は遺体を置き去りにして逃げ去った。逃げた男の人相を宿の女中から聞いて、「自分」はそれが笠岡であることを確信した。「笠岡を殺さねばならぬ」と、「自分」は決意する→〔アリバイ〕6

*男女の密会中に、二人の衣服が盗まれてしまう→〔天人の衣〕3の『弱味』(松本清張)。

 

※密会の折の足跡→〔足跡からわかること〕2の『ドイツ伝説集』(グリム)457「エギンハルトとエマ」など。

 

 

【密室】

 *関連項目→〔部屋〕

★1.近代の推理小説では、人間の侵入不可能な密室の中で、殺人が行なわれる。

『まだらの紐』(ドイル)  結婚を間近にひかえた娘ジュリアは、ある夜、鍵のかかった密室で変死した。それは義父ロイロット博士が、隣室の換気穴から毒蛇をジュリアの部屋に送り込み、彼女を噛ませたのだった。ジュリアが結婚すればロイロットは財産を手放さねばならず、それを防ぐための犯行だった→〔蛇退治〕3

『モルグ街の殺人』(ポオ)  パリ、モルグ街の、四階の錠のおりた部屋で、母と娘が惨殺された。それは、オラン・ウータンが避雷針を伝って入りこみ、二人を殺したのだった。

★2.被害者が一人で部屋にこもって鍵をかけ、その後に倒れる。「出入り不可能な密室に、被害者だけがいて犯人の姿がない」、という状況ができ上がる。

『黄色い部屋の謎』(ルルー)  深夜、密室から「人殺し」という悲鳴が聞こえ、血の海の中に女性が倒れていた。犯人の姿はない。実は、彼女は夕刻に凶漢に襲われかけ、その後、施錠し就寝してから悪夢にうなされて悲鳴をあげ、大理石のテーブルに強く頭をぶつけ、失神したのだった。

『三つの棺』(カー)  グリモー教授は敵からの銃弾を受けたが、傷は浅いように見えた。グリモーは自宅まで歩き、部屋に中から鍵をかけて、室内にいろいろな細工をした。「自室にいる時に銃撃されて負傷した」と皆に思わせる必要が、彼にはあったのである。しかし動き回ったために内臓の傷が裂け、グリモーはそのまま絶命した。

*→〔死〕3の『ケンネル殺人事件』(ヴァン・ダイン)は、『三つの棺』よりも、さらに極端な展開をする。

★3.次の物語は、密室から死体が消えるという展開で、近代の推理小説のような印象を受ける。

『今昔物語集』巻15−20  常に『阿弥陀経』を読誦していた薬蓮は、「明日、往生する」と二人の子に告げて堂に入り、「午の刻になるまで戸を開けるな」と禁じた。子供たちは泣きながらも、一晩中、堂のそばを離れなかった。暁頃に堂内から美しい音楽が聞こえた。午の刻になって戸を開けると、薬蓮の死体は、なくなっていた。 彼が所持していた『阿弥陀経』もなかった。

*墓や棺の中の死体が消える→〔死体消失〕1の『漢武故事』16など。

★4a.密室にこもって、魂を遠方へ送る。

『三宝絵詞』中−1  聖徳太子が夢殿に七日七夜こもった。八日目に出て来ると、机の上に一巻の経があった。これは、彼が前生で唐の衡山にいた時、持っていた経である。聖徳太子は「魂を衡山へ送り、経を取って来た」と語った。衡山の僧たちは、聖徳太子が青龍の車に乗り、五百人を従えて空を飛んで来て、経を取って行くのを見た〔*『今昔物語集』巻11−1の類話では、大隋の衡山〕。

*横たわるオーディンの肉体から魂が抜け出て、瞬時に遠方の国へ行く→〔魂〕3の『ユングリンガ・サガ』。

★4b.密室にこもって、魂を霊界へ送る。

『私は霊界を見て来た』(スウェーデンボルグ)第1章の2  「私(スウェーデンボルグ)」は、他人の立ち入りを禁じて部屋にこもり、二〜三日あるいは十日間ほども食事をとらずにいることがあった。その間に「私」は霊界を訪れ、多くの霊たちと交流した→〔体外離脱〕1

★4c.スウェーデンボルグを読む人。

『こころ』(夏目漱石)下「先生と遺書」27  「先生」は、下宿の奥さんやお嬢さんのことを、Kがどう見ているか知りたかった。しかしKは、二人の女に関してよりも、専攻の学科の方に多くの注意を払っているようだった。彼は、シュエデンボルグ(=スウェーデンボルグ)がどうだとかこうだとか云って、「先生」を驚かせた。

★5.小さな密室に入って姿を消す。

消えた代議士の娘(日本の現代伝説『ピアスの白い糸』)  ある有名代議士の娘さんが、パリのブティックに行った。試着室に入ると鏡が回転して、娘さんはどこかへ消えてしまった。秘密裡に調査したところ、娘さんは香港の売春宿で、手足を切られて売春婦になっていた〔*手足を切られて見世物小屋に出され、『日本だるま』という看板がかかっていた、という話もある〕。

*小さな部屋での怪事→〔部屋〕4の『遠野物語』(柳田国男)14。  

 

※身体をガス化して、密室である銀行金庫室へ侵入する→〔人間を造る〕6の『ガス人間第一号』(本多猪四郎)。 

※エレベーターも密室の一種である→〔エレベーター〕に記事。

 

 

【密通】

★1.人妻が愛人と密通する物語は、古代エジプト、古代ギリシアの時代からある。

『ウェストカー・パピルスの物語』(古代エジプト)  首席典礼司祭ウバウネの妻が、平民の男と密通した。ウバウネは、蝋(ろう)で七指尺(十三センチほど)の小さなワニを作り、呪文を唱える。すると、それは七腕尺(三メートル半以上)の生きた大ワニとなり、水浴する平民の男をつかまえて、泉水の底に沈んだ。ウバウネは、妻の密通をネブカ王陛下に話す。ネブカ王陛下はウバウネの妻を火あぶりにし、その灰は河へ投げ棄てられた。

『オデュッセイア』第8巻  アプロディテ(アフロディーテ)は、びっこで醜男のヘパイストスを夫としたが、これに不満で、美男のアレスと密通を重ねた。ある時、ベッドの上の二人はヘパイストスが仕掛けた鎖の罠に縛られ、夫や他の神々の目にさらされて、笑われた。

★2.欧米の近代小説で名作と言われるものの中には、人妻の密通をテーマとするものが目立つ。

『赤と黒』(スタンダール)  美貌の青年ジュリアンは、田舎町の町長レナールの屋敷に家庭教師として住み込み、夫人を誘惑して関係を持つ。しかし二人の仲が人々の噂になり、ジュリアンはレナール家を去る。その後ジュリアンはパリに出て、侯爵の娘マチルダと婚約するが、そこへ彼の旧悪をあばくレナール夫人の手紙が届く。ジュリアンは怒り、レナール夫人を銃撃して負傷させ、死刑になる。

『アンナ・カレーニナ』(トルストイ)  アンナは政府高官カレーニンの妻であり、一人息子のセリョージャがいる。彼女は青年将校ウロンスキー伯爵と恋に落ち、女児をもうける。しかし夫カレーニンは離婚を承諾しない。アンナは不倫を批難され、社交界からも冷たくされて、ウロンスキーとともに田舎に引きこもる。ウロンスキーは社会的活動に意欲を示し、アンナとの間に亀裂が生ずる。アンナは絶望して鉄道自殺する。

『チャタレイ夫人の恋人』(ロレンス)  准男爵クリフォード卿は戦傷で下半身不随になり、故郷のラグビー邸に引きこもる。妻コニー(コンスタンス)は、敷地内の森番メラーズと関係を持ち、身ごもる。クリフォード卿はメラーズを解雇し、コニーからの離婚の申し出には応じない。コニーは夫のもとを去り、メラーズは田舎で働く。二人は別々に暮らし、やがて赤ん坊が生まれ、メラーズが小さな農場を持つことができる日を待つ。

『緋文字』(ホーソーン)  ヘスターは、父親のわからない女児を抱いて処刑台に立たされ、さらしものにされる。彼女は、姦通を示す緋色の「A」文字を衣服につけて暮らす。ヘスターの夫チリングワース医師は、不倫相手が牧師ディムズデールであることを察知し、病弱なディムズデールの主治医となって、彼を苦しめる。牧師ディムズデールは、公衆への演説の中で自らの罪を告白し、倒れて死ぬ。復讐の対象を失ったチリングワースも、やがて病死する。

『ボヴァリー夫人』(フロベール)  ロマンチックな愛を夢見るエンマ・ボヴァリーは、凡庸な田舎医者の夫シャルルに幻滅する。色事師ロドルフがエンマを誘惑するが、エンマが本気になり駆け落ちを迫ると、ロドルフは逃げ出す。エンマは美貌の青年レオンとも関係を持つ。しかし、彼女はロドルフやレオンとの不倫のために、夫に内緒で多額の借金をしており、裁判所が家財道具を差し押さえる。エンマは砒素を飲んで自殺する。

*密夫と共謀して夫を殺す→〔夫殺し〕1の『アガメムノン』(アイスキュロス)など。

★3a.夫が旅に出ている留守に密通する。

『捜神後記』巻9−6(通巻100話)  賦役に駆り出された夫が、数年ぶりに家に帰る。妻は下男と密通しており、食膳についた夫に向けて、下男が弓に矢をつがえる。夫は、烏龍(うりゅう)という名の飼い犬に救いを求める。烏龍は下男にとびかかり、これを倒す。

『今昔物語集』巻24−14  ある官人が東国から京へ帰る途中、同宿した陰陽師・弓削是雄から、「汝を害しようとする者が汝の家に潜んでいる」と教えられる。帰宅した官人は、隠れていた法師をひきずり出して追求し、妻が法師の師僧と密通していたことを知る。妻は「夫を殺せ」と法師に命じていたのだった〔*『古事談』巻6−50の類話では、相人の忠言に従った夫が、帰宅後、潜んでいた密夫と妻とを弓で射殺す〕。

『ジャータカ』第402話  妻が夫のバラモンを托鉢の旅に出しておいて、その間に愛人と密通する。バラモンは、旅中、木に宿る神や賢者セーナカの教えにより、袋中の黒蛇に噛まれる危険をのがれ、帰宅して妻の不貞をあばく。

*妻が間男と共謀し、夫を風呂に入れて殺そうとする→〔風呂〕6の『異苑』86「二つの戒め」など。

*王の遠征中に妃が密通し、帰って来た王を殺す→〔夫殺し〕1の『アガメムノン』(アイスキュロス)。

★3b.夫の旅中に密通する物語の変型。

『三国伝記』巻1−29  男が「前行七歩、後行七歩、思惟観察、智恵自生」の四句を五百両で買い、帰宅する。妻のそばに衣冠の男がいるので殺そうとするが、四句のおかげで思いとどまる。実は、母親が世人にあなどられぬよう男装して、留守を守っていたのだった。

『話千両』(日本の昔話)  田舎の男が江戸へ行き、土産に「急がば回れ」を二両で、「短気は損気」を五両で買って帰る。途中、橋を渡ろうとして「急がば回れ」を思い出し、遠回りをしたら、橋が流れた。家に帰ると障子に、女房と男の影が映っている。「短気は損気」を思い出して見直すと、伯父が女房の留守居の寂しさを慰めるために来ていたのだった(福島県いわき市。「泥棒よけの人形だった」「頭を剃った老母だった」などの形もある)。

★4.夫の目の前で、妻が情夫と交わる。

『黄金のろば』(アプレイユス)巻の9  妻が情人といるところへ夫が帰って来る。妻は情人を大甕に隠し、「この人が大甕を買いに来て、中を点検している」と、ごまかす。夫は大甕を高く売るため、情人に代わり自ら大甕に入って中の汚れを削る。妻は大甕の口に頭を突っこんで、削る場所を「そこ」「ここ」と指示し、それにあわせて情人が後ろから妻を犯す〔*『デカメロン』第7日第2話に類話〕。

『パンチャタントラ』第4巻第7話  妻が情夫を部屋に引き入れるが、夫が寝台の下から監視していることに気づく。そこで妻は情夫に、「私は六ヵ月以内に未亡人になる、と予言された。ただし私が夫以外の男と交わるならば、夫にとりついた『死』はその男に乗り移り、夫は二百年生きられる」と、作り話をする。夫はその話を信じ、寝台の下から出て来て、妻と情夫に感謝する。

★5.姦通を指摘された妻が、開き直る。

『右近左近(おこさこ)(狂言)  百姓の右近が「左近の牛に田を荒らされたから、訴訟をしよう」と、妻に相談する。ところが妻は左近に味方するので、右近は「お前が左近びいきなのは、左近と関係があるからだろう」と言う。妻は、「妻の恥は夫の恥じゃ。この男畜生め」と怒り出し、右近を投げ飛ばして去る。右近は「いくら怒ったとて、お前と左近は夫婦じゃ。皆、笑え笑え」と言って、自らも笑う。 

★6.妻の不貞に夫が気づかない。

『紙入れ』(落語)  新吉が親方の女房と通じている所へ、親方が帰ってくる。慌てて逃げる新吉は、女房からの手紙が入った紙入れを置き忘れる。翌日様子を見にいくと、親方は気づいていないので、新吉は「人妻と間男をして、その家へ紙入れを忘れた」と他人事のようにして言う。女房は「間男するくらいのおかみさんだもの、紙入れなど如才なく隠したでしょうよ」と言う〔*親方は女房の不貞を知っていた、という演出もある〕。

★7.「妻に裏切られたのは自分だけではない」と知って、夫の心が慰められる。

『千一夜物語』「発端」  シャハザマーン王が、妃と黒人奴隷の密通の現場を見て、彼らを殺す。王は陰鬱な気分で兄シャハリヤール王の宮殿を訪れるが、兄王の妃もまた黒人奴隷と密通していたので、弟王は「不幸は自分だけではない」と思って、心が慰められる。兄王と弟王は旅に出て、鬼神(イフリート)の妻である美女から誘惑される。美女が「鬼神に隠れて、これまでに五百七十人の男と交わった」と言うので、兄王と弟王は「これに比べれば、自分たちは、まだましだ」と考える。

『宝物集』(七巻本)巻5  天竺の大臣は美貌の妻を持っていたが、妻は密夫(みそかをとこ)と通じていた。大臣はこれを恨み嘆いて、早朝から深夜まで王宮にいた。その時、大臣は、皇女が馬飼いの男と密会している現場を見る。大臣は「我が妻だけではなかった。女人の心は、皆このようなものだ」と悟り、発心した。

★8.もののはずみ・偶発的な事故がきっかけで、男女が不義密通の関係になる。

『桂川連理柵(かつらがわれんりのしがらみ)(菅専助)  伊勢参宮を終えて帰京する信濃屋の娘お半一行が、遠州での商用から帰る隣家の帯屋長右衛門と偶然行き会い、ともに石部の宿屋に泊まる。その夜、お半は丁稚長吉に言い寄られて、長右衛門の部屋へ逃げ込むが、つい同じ布団で寝たために、お半と長右衛門は過ちを犯してしまう。

『好色五人女』巻2「情を入れし樽屋物語」  樽屋おせんが、麹屋長左衛門家の法事の手伝いに行く。二人が納戸にいる時、ふとした事故でおせんの髪の結目が解ける。長左衛門の内儀が見咎めて、「おせんと我が夫との不義の証拠」と言い立てる。おせんは濡れ衣を着せられたことを憎く思い、内儀の鼻を明かしてやろうと、実際に長左衛門と恋仲になってしまう。

『好色五人女』巻3「中段に見る暦屋物語」  京の大経師(だいきょうじ)某の店に働く手代茂右衛門が、下女りんの部屋へ夜這いをする。これを懲らしめようと、大経師の妻おさんが、りんの着物を着て部屋で待ちうける。ところが、おさんはうっかり眠り込み、知らぬまに肌身を許してしまう。間違いとはいえ、姦通を犯した以上、もはや後戻りはできない。おさんと茂右衛門は、死を覚悟して駆け落ちする〔*夜這いする男を懲らしめようとして、その男と交わってしまうところは、→〔系図〕1の『エプタメロン』(ナヴァール)第3日第10話と同様である〕。

『鑓の権三重帷子(やりのごんざかさねかたびら)上之巻  笹野権三は、茶道の師浅香市之進の留守宅を夜訪れて、師の妻おさゐから真の台子の伝授を受ける。おさゐは「権三を娘の婿にしたい」と望むが、権三が愛人から贈られた帯をしているのを見て怒る。おさゐは権三の帯を庭に投げ捨て、「代わりに私の帯を貸そう」と言い、自分の帯を解いて渡す。おさゐに恋慕して庭に潜んでいた男が、「二人が帯を解いたのは不義の証拠だ」と騒ぐ。権三とおさゐは、二人で家を出る。

★9.不義密通のでっちあげ。

『半七捕物帳』(岡本綺堂)「津の国屋」  裕福な酒屋・津の国屋をつぶして財産を横領しようと、悪人たちがたくらむ。彼らは、死霊のたたりのごとき怪現象を起こして、津の国屋の主人を隠居させ、ついで、主人の女房お藤と忠義な番頭金兵衛が不義を働いているとの噂を流す。悪人たちは、お藤と金兵衛を絞殺し、二人の死骸を土蔵の中につるして、心中のように見せかける。しかし若い岡っ引の常吉が、半七に智恵を借りつつ真相を明らかにする。

*イアーゴーがデズデモーナとキャシオーの不義密通をでっちあげ、オセローはそれを信じこむ→〔仲介者〕2の『オセロー』(シェイクスピア)。

★10.二世代にわたり繰り返される密通。

『暗夜行路』(志賀直哉)  時任謙作は、祖父と母との不義の子として生まれた。青年となった謙作は自らの出生の秘密を知らされて悩むが、立ち直って結婚する。ところが妻直子は、謙作の留守中に、従兄の要によって貞操を汚される。三十余年をへだてて、謙作の母と妻がそれぞれにあやまちを犯し、謙作は二度とも被害者の立場に立たされる。

『源氏物語』  十代の光源氏は、父桐壺帝の妻藤壺女御と密通し、生まれた子は桐壺帝の子として育てられ、後に冷泉帝となる。三十年後、源氏の幼な妻・女三の宮が柏木と密通し、生まれた薫を源氏は自分の子として育てる。光源氏は前半生では密通の加害者に、後半生では一転して被害者になる。

★11.鳥の密通。

『ゲスタ・ロマノルム』82  雌のコウノトリが、雄の留守の間に不義密通をする。雌は事後に泉で水を浴び、密通行為が雄に感づかれないようにした。一人の騎士がしばしばそれを目撃し、ある時、泉を埋めてしまった。雌は水浴びができぬまま巣へ戻ったので、雄は雌の不義を察知し、一群のコウノトリを連れて来て、皆で雌を殺した。

 

 

【三つの宝】

 *関連項目→〔宝〕〔二つの宝〕〔にせの宝〕

★1.三種の神器。

『古事記』上巻  アマテラスが岩屋戸にこもった時、イシコリドメノ命(みこと)が八咫鏡(やあたのかがみ)を作り、タマノオヤノ命が多くの勾玉(まがたま)を貫き通した緒を作った。賢木の上枝に勾玉の緒、中枝に八咫鏡をかけて、フトダマノ命が捧げ持ち、アマテラスに八咫鏡を見せて岩屋戸の外へ連れ出した。その後スサノヲが、ヤマタノヲロチの尾から見つけ出した剣を、アマテラスに献上する。この鏡・勾玉・剣が、三種の神器と言われるようになった。

*三種の神器のうち、剣は海に沈んでしまった→〔海に沈む宝〕1の『平家物語』巻11「内侍所都入」。

*三つの宝のうち、面向不背の玉は海に沈んでしまった→〔海に沈む宝〕2の『海士(あま)』(能)。

★2.根の堅州国の三つの宝。

『古事記』上巻  オホナムヂ(大国主)は、根の堅州国のスサノヲのもとから、生太刀(いくたち)・生弓矢(いくゆみや)・天詔琴(あまののりごと)を盗み出し、スサノヲの娘スセリビメを背負って逃げ去った。天詔琴が樹に触れて、大地に鳴り響いたので、それまで眠っていたスサノヲは目を覚ます。スサノヲはオホナムヂに、「生太刀・生弓矢を用いてお前の庶兄弟を追い払い、大国主神となれ。我が娘スセリビメを嫡妻とせよ」と、呼びかけた。

★3.三種の家宝。

『犬神家の一族』(横溝正史)  犬神家の三種の家宝は、斧(よき)・琴・菊(=良きこと聞く)である。犬神家の全財産を相続する者が、この家宝を得る定めだった。犬神佐兵衛の孫である佐武(すけたけ)・佐智(すけとも)・佐清(すけきよ)の三人が殺された。佐武の首は切断され、「菊」人形の上に置かれた。佐智の首には「琴」の糸が巻きついていた。佐清の死体は逆立ちで、彼の名前を逆さに読んだ「よきけす」が、「斧(よき)」との関わりを意味していた→〔逆立ち〕1

★4.莫大な秘宝のありかを明かす三つの宝石。

『豹(ジャガー)の眼』(テレビ映画版)  「フビライの矢」「オルコンの弓」「ダッタンの的」という三つの宝石をそろえれば、ジンギスカンの莫大な秘宝のありかがわかる(*→〔死体消失〕6)。「矢」はジンギスカンの子孫である黒田杜夫(モリー)が、「弓」は清朝王家の血筋をひく美少女錦華(きんか)が、「的」は怪人ジャガーが持っていた。モリーと錦華が力を合わせ、少林寺拳法の達人張爺(チャンヤ)や、謎の白覆面「笹りんどう」に助けられつつ、ジャガー一味と戦う。ジャガー一味は仲間割れで自滅する。ジンギスカンの秘宝は、奥日光の滝の奥深く、永遠に誰も手の届かぬ所にあった。

*高垣眸の原作『豹(ジャガー)の眼』では、モリーはインカ帝国の王女の子→〔入れ目〕1

★5.御伽話の三つの宝。 

『三つの宝』(芥川龍之介)  王子が自分の持ち物と引き換えに、盗人たちから「一飛びに千里飛ぶ長靴」「着れば姿の隠れるマントル」「鉄でもまっ二つに切れる剣」をもらう。しかし、それらはすべて偽物だった。本物の三つの宝を持つ黒ん坊の王がアフリカからやって来て、美しい王女に求婚する。しかし、三つの宝で王女の愛を得ることはできなかった。王子も黒ん坊も王女も、三つの宝などに頼らず、御伽話の国を出て、もっと広い世界へ一歩を踏み出そうと決意する。

★6.三つの宝を横取りして逃げる。 

『百喩経』「毘舎闍鬼(びしゃじゃき)の喩」  二匹の鬼が、「衣類や飲食物や寝台など、必要なものは何でも取り出せる箱」「怨敵を降伏させることができる杖」「空中を飛行できる履物」を、自分のものにしようと争っていた。これを見たある人が、「平等に配分してやるから、少し離れていよ」と言う。鬼たちが退くと、その人は箱をかかえ、杖をつかみ、履物をはいて空中に舞い上がり、そのまま逃げ去った。

 

※『ジャックと豆の木(豆のつる)』(イギリスの昔話)に出てくる、「金貨の袋」「純金の卵を産む鶏」「黄金の竪琴」も、三つの宝であろう→〔異郷再訪〕2。 

 

 

【三つ目】

★1.三つの目を持つ神や人。

『神曲』(ダンテ)「煉獄篇」第29歌  「私(ダンテ)」は、地上の楽園の森を歩いた。川の向こう岸を、二十四名の長老、四疋の霊獣に先導されて、グリフィン(鷲の頭部とライオンの胴体を持つ動物)の引く二輪車が進んで来る。右の輪の傍に、赤、緑、白の天女三人が舞っている。左の輪の傍には、四人の天女が舞っていたが、そのうちの一人は三つの目を有していた〔*やがて車が止まり、ベアトリーチェが姿を現す〕。

『三つ目がとおる』(手塚治虫)  写楽保介は、五〜六歳の時に突然、額に第三の目ができた。保介は現在、無邪気でいくじなしの中学二年生であり、ふだんは十字型のバンソウコウを貼って第三の目を隠している。しかしバンソウコウをはがすと、悪魔的な性格に変わり、超能力を発揮する。

『リンガ・プラーナ』  魔神ターラカを退治できるのは、シヴァから生まれる息子だけであった。そこで神々は「シヴァが息子をもうけるように」と、愛神カーマを派遣し、カーマは、苦行中のシヴァに愛の矢を放つ。シヴァは苦行の妨害に怒り、額にある第三の目から火炎を発して、カーマを灰にした〔*シヴァはパールヴァティーと恋に落ちて息子クマーラをもうけ、クマーラは魔神ターラカを殺した〕。

★2.「人間の両目」に「馬の片目」を足して三つ目。

『ギリシア神話』(アポロドロス)第2巻第8章  テーメノスは戦争に際し、「三つ目の男を案内者とせよ」との神託を得た。テーメノスは三つ目の男を捜し、片目の馬にまたがるオクシュロスという男に出会った。この男を案内者として、テーメノスは敵と戦い、勝利した〔*『死の標的』(リトル)には、凶悪犯罪組織の首領が「二つの頭」と「四つの目」を持つ、との謎が出てくる。首領は双子なのだった〕。

 

※一人が三つの目を持つのとは逆に、三人がたった一つの目しか持たない→〔一つ目〕4の『ギリシア神話』(アポロドロス)第2巻第4章 。

 

 

【身投げ】

 *関連項目→〔入水〕〔投身自殺〕 

★1a.川へ身投げする人と、それを止める人。

『三人吉三廓初買(さんにんきちさくるわのはつがい)(河竹黙阿弥)「花水橋材木河岸」  木屋の手代十三郎は、店の金百両を落としたため、大川へ身投げして責任をとろうとする。通りかかった夜鷹宿の親爺・伝吉がそれを止め、家へ連れて来る。いろいろと十三郎の身の上を聞くうちに、伝吉は、十三郎がかつて捨てた自分の息子であることを知る→〔双子(別々に育つ)〕1

『梅雨小袖昔八丈(つゆこそでむかしはちじょう)(河竹黙阿弥)  材木商・白子屋の手代忠七は、髪結いの新三(しんざ)にだまされて、恋人である主家の娘お熊を奪われる。悲観した忠七が、永代橋から身投げしようとするところへ、弥太五郎源七親分が通りかかり、忠七を抱き止める。源七親分は白子屋の依頼を受け、新三の住む裏長屋へお熊を取り戻しに行くが、失敗する〔*源七は新三を恨み、後に夜道で新三を待ち伏せして斬り殺す〕→〔理髪師〕3

★1b.川へ身投げする人と、それを救う人との縁組み。

『文七元結』(落語)  近江屋(または和泉屋)の手代文七は、店の金五十両をスラれたと思いこみ、川へ身投げしようとして佐官長兵衛に止められる。長兵衛は、娘お久が身売り覚悟で借りた大事な五十両を、咄嗟に文七に与えてしまう。実は文七は、得意先に五十両を置き忘れただけだったので、近江屋の主人がわけを知ってすべてを丸く収め、文七とお久を夫婦にして店を持たせる。

『耳袋』(根岸鎮衛)巻之1「相学奇談の事」  商家の手代が、人相見に「来年六月に死ぬだろう」と占われる。手代は、借金ゆえ両国橋から身投げしようとする娘を見、自分には最早無用の金を与えて、助ける。翌年六月を過ぎて手代はなお生きているので、人相見を訪ねると、「人命を救ったゆえ寿命がのびたのだ」と言われる。後、手代は助けた娘と夫婦になる。

*金を落とした人と拾った人の縁組み→〔金を拾う〕5の『武家義理物語』(井原西鶴)巻5−1「大工が拾ふ明ぼののかね」。

★2.身投げする女を救った男が、後にその女に命を救われる。

『輟耕録』(陶宗儀)「陰徳延寿」  「三十歳までの寿命」と易者に言われた青年が、ある時、飛雲渡の渡し場で身を投げようとする女を救う。一年後、青年は偶然に再び飛雲渡でその女と巡り合う。「先年の礼をしたい」と言う彼女に青年は引き止められて、舟に乗り遅れる。ところがその舟が転覆し、青年は命拾いした上に、三十歳をすぎても死なず天寿を全うする。

★3.愛する夫を救うために、妻が海に身を投げる。

『さまよえるオランダ人』(ワーグナー)  ゼンタは、さまよえるオランダ人と結婚することによって、彼を悪魔の呪いから救済しようとする(*→〔さすらい〕2)。しかし、青年エリックがゼンタに求愛するのを聞いたオランダ人は絶望し、幽霊船に乗って去って行く。ゼンタは「死に到るまであなたに真心を尽くします」と叫び、海に身を投げる。幽霊船は波間に沈み、朝日の光の中、オランダ人とゼンタが抱き合って昇天して行く。

*夫を救うために、妻が海に身を沈める→〔船〕8の『古事記』中巻(オトタチバナヒメ)など。

★4.大勢の身投げ者を救っていた人が、後に自分も身投げをする。

『身投げ救助業』(菊池寛)  明治時代の京都。疏水のそばに住む老婆は、身投げする人を見ると、物干し竿を差し出した。投身者は本能的に竿にしがみつくので、老婆は十数年に渡って五十人以上の命を救い、府庁からもらう人命救助の褒賞金を貯蓄した。ところが一人娘が貯金を引き出し、旅役者と駆け落ちする。老婆は絶望して、疏水に身を投げる。しかし、意に反して助けられてしまった。以後、老婆は身投げ救助をしなくなった。

★5.身投げの失敗。

『吾輩は猫である』(夏目漱石)2  冬の夜、水島寒月が吾妻橋へ来かかると、川の中から、かすかな声が訴えるごとく救いを求めるごとく、彼の名を呼ぶ。それは、寒月を恋い慕って病気になった某家の令嬢○○子さんの声だった(*→〔恋わずらい〕7)。寒月は「今すぐに行きます」と答えて、欄干から飛びこむ。しかし水の中でなく、間違えて橋の真ん中へ飛び下りてしまった。

*身投げ心中をはかって一人が生き残る→〔心中〕1の『桜姫東文章』(鶴屋南北)。

★6.身投げするふりをして、金をだまし取る。

『身投げ屋』(落語)  三吉という男が夜中に橋の上に立ち、金に困って身投げするふりをして、通りかかりの人たちから金をもらう。そのうち、みすぼらしい父子が来かかり、「死んでお母さんの所へ行こう」などと相談するので、三吉は「本物の身投げだ」と思い、父子に同情して、今夜得た金を全部与える。父子は「うまくいった」と喜んで金を分け合う。彼らも身投げ屋だった。

★7.毎晩の身投げ。

『楽牽頭(がくたいこ)「身投げ」  両国橋の番人が、役人から「毎晩、身投げがあるというではないか。よく気をつけろ」と、叱られる。その夜、番人が見張っていると、不審な者が現れ、欄干をくぐる。番人は後ろから組みつき、「毎晩身投げするのは、お前だな」〔*→〔剣〕4の『試し斬り』(落語)と似た印象のオチである〕。 

★8.集団の身投げ。

『あいごの若』(説経)4〜6段目  愛護の若は、継母の謀略ゆえに、父二条蔵人清平の怒りをかう。愛護の若は、亡母の霊の教えにしたがって比叡山の伯父阿闍梨を頼るが、「天狗の化身か」と疑われて追い返され、絶望して、きりうの滝に投身する。自分たちの間違いを知った父清平や伯父阿闍梨、さらにその弟子や縁者、合わせて百八人が、愛護の若の後を追って投身する。

*百八人どころでなく、全国民あるいは全人類が集団入水するのが→〔入水〕8の『レミング』(マシスン)。

 

※身投げする人を招く数千本の手→〔心霊写真〕2の海から手(日本の現代伝説『ピアスの白い糸』)。 

※愛人の心を試すために、「身投げ心中をしよう」と誘う→〔嘘対嘘〕1の『星野屋』(落語)、→〔冥界にあらず〕2の『辰巳の辻占』(落語)。

 

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