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【追放】

★1a.実の親が、息子を追放する。

『アイヴァンホー』(スコット)第18章  ノルマンに征服されたイングランドで、老郷士セドリックは、サクソン王家の末裔ロウィーナ姫と同族のアセルスタンを結婚させることによって、サクソン王朝の再興をはかろうとする。ところが、息子のアイヴァンホーがロウィーナ姫と恋仲になってしまったので、セドリックは怒ってアイヴァンホーを勘当する。

『古事記』中巻  小碓命(後のヤマトタケル)が、兄大碓命を殺した。父景行天皇は小碓命の健く荒き心を怖れ、賊の征伐にことよせて遠方へ追いやった。ヤマトタケルは西へ東へ苦しい旅を続け、能褒野の地で没した。

『今昔物語集』巻19−9  小一条の左大臣師尹(もろまさ)の家に伝わる家宝の硯を、侍が落として割ってしまう。十三歳の若君が「この侍は重く罰せられるだろう。私が割ったことにすれば、それほどの大事にはなるまい」と考えて、侍の過ちを自分の身に引き受ける。父大臣は怒って、若君を家から追い出す。若君は乳母の家に身を寄せ、まもなく病死する。侍は大臣に真相を打ち明け、出家する〔*『撰集抄』巻6−10の類話では、父は若君の首を斬る〕→〔子殺し〕1

*父親が讒言を信じて、息子を追放する→〔再会(父子)〕2の『弱法師(よろぼし)』(能)。

*いつまでも泣いているスサノヲを、父イザナキは追放する→〔成長せず〕1の『古事記』上巻。

*宰相殿が姫君を一寸法師に与え、追放する→〔濡れ衣〕3の『一寸法師』(御伽草子)。

*小栗が大蛇を妻としたので、父は怒って小栗を追放する→〔蛇女房〕1の『小栗(をぐり)』(説経)。

★1b.実の親が、娘を追放する。

『藺草(いぐさ)ずきん』(イギリスの昔話)  父が三人の娘に、「わしのことを、どれくらい大事に思ってくれているか?」と問う。長女は「自分の命と同じくらい大事」、次女は「世界全部よりも大事」と言う。しかし末娘は、「肉に塩がなくてはならないくらい」と言ったために、父の怒りをかって追放される。末娘は藺草の頭巾と蓑で身体をおおい、大きな屋敷の女中となって働く→〔塩〕1

『リア王』(シェイクスピア)  老リア王が三人の娘に、「父をどれほど愛しているか?」と問う。長女ゴネリルと次女リーガンは、心にもない愛の言葉を並べて父を喜ばせるが、誠実な心を持った末娘コーディリアは、「子としての義務から、父上を愛します」とだけ答える。リア王は怒り、コーディリアを追放する〔*追放されたコーディリアは、フランス王と結婚し、窮状にある父を救おうとするが、できなかった〕→〔三人姉妹〕2

*継母の讒言を信じて、父が娘(鉢かづき)を追放する→〔継子いじめ〕1bの『鉢かづき』(御伽草子)。

★1c.育ての親が、娘を追放する。

『丹後国風土記』逸文「奈具社」  老夫婦が天女の衣を取り隠し、天へ帰れなくしておいて、彼女を自分たちの養女にする。天女は酒を造り、おかげで老夫婦の家は裕福になった。しかし十余年の後、老夫婦は天女に「汝はわれらの子ではない。出て行け」と言って、家から追い出す。天女は泣く泣く村々をさすらい、奈具の村へ到ってその地に留(とど)まった〔*これが、竹野の郡の奈具の社に坐(いま)すトヨウカノメノ命である〕。

*老夫婦が人魚の娘を育てるが、後に娘を香具師(やし)に売ってしまう→〔人買い〕2の『赤いろうそくと人魚』(小川未明)。

★2.伯父が甥を追放する。

『カンディード』(ヴォルテール)第1章  少年カンディードは、ウェストファリアの領主である伯父の城館で成長する。ある時伯父は、カンディードが十七歳の従妹キュネゴンド姫と、衝立の陰で抱き合っているのを見る。伯父は怒って、カンディードを城から追い出す。

★3.王が臣下を追放する。

『ヘンリー四世』(シェイクスピア)第2部  皇太子ヘンリーは老臣フォルスタッフとともに、放蕩無頼の生活をおくっていた。しかし父王の死後、即位してヘンリー五世となるやいなや、彼は別人のごとき理想的君主に変身する。栄達を求めてヘンリー五世に慕い寄るフォルスタッフは、ただちに追放された。

★4.一年間だけ王位にあって、その後、遠方へ追放されるならわし。

『ゲスタ・ロマノルム』74  ある国のならわしでは、王は一年間だけ国を治め、一年が過ぎると名誉と富を奪われて、遠方へ追放される定めだった。一人の賢明な王がいて、彼は王として権力を持っている間に、たくさんのお宝を遠方へ送り出しておいた。王は追放された後にそこへ行って、お宝のおかげで一生安楽に暮らした。

 

※神が人間を追放する→〔妻〕1の『創世記』第3章(アダムとエバ)。

※女を、あるいは母親と赤ん坊を、うつほ舟に入れて海へ流す→〔うつほ舟〕

 

 

【通訳】

★1.通訳をしつつ、他の人間にはわからないように情報の交換をする。

『ギリシャ語通訳』(ドイル)  メラスは、ロンドン一のギリシャ語通訳として知られていた。悪人たちが、ギリシャ人青年を脅迫して財産を奪おうとたくらみ、メラスに通訳をさせる。悪人たちはまったくギリシャ語を解さないので、メラスは青年を脅迫するギリシャ語の中に、「あなたは誰?」「どんな状況?」などの問いをつけ加える。青年は「アテネから来た」「何も食べさせてもらえない」と答え、悪人たちに気づかれずに情報の交換をする。

★2.正しく通訳したのに、「誤訳」と発表される。

『誤訳』(松本清張)  ペチェルク国の民族詩人プラク・ムルは、世界的文学賞スキーベ賞を受賞した。彼は受賞会見で、「副賞七万ドル全額を、福祉施設に寄付する」と母語ペチェルク語で語り、通訳者がこれを英語で記者たちに発表した。しかしプラク・ムルはまもなくそのことを後悔し、発言の撤回を通訳者に懇願する。翌日、新聞に「寄付の話は、すべて通訳者の誤訳だった」との記事が載る。 

★3.怪獣語を通訳する。

『三大怪獣 地球最大の決戦』(本多猪四郎)  宇宙怪獣キングギドラの襲来で、地球は滅亡の危機に瀕する。モスラが、ゴジラとラドンに「キングギドラと戦おう」と、呼びかける。インファント島の双子の小美人(演ずるのはザ・ピーナッツ)が、怪獣の言葉を通訳して日本人たちに伝える。ゴジラ「おれたちが人間を助ける理由はない」。ラドン「そうだ、そうだ」。モスラ「地球は人間だけのものではない。みんなのものだ。地球を守るために戦うのは、当たり前ではないか」。ゴジラとラドンはモスラの意気に感じ、力を合わせてキングギドラに立ち向かう。 

 

 

【杖】

★1a.地にさした杖が根づき、葉が生じたり花が咲いたりする。

『宇治拾遺物語』巻8−5  東大寺御堂建立の日、鯖売り翁が大仏殿東回廊前に突き立てた杖は、たちまちに枝葉をなした〔*『古事談』巻3−2に類話。『今昔物語集』巻12−7の異伝では、突き立てられた杖は丈高くもならず花咲くこともなく、常に枯れた状態で庭に立っている、と記す〕。

『黄金伝説』95「聖クリストポルス」  聖クリストポルスが子供(実はキリスト)を肩に乗せ、杖をついて川を渡る。その杖を川岸に植えると、翌朝には棕櫚の木のごとく葉をしげらせ、実をつけていた。また、彼は異教徒を改宗させるため、杖を地面にさし、即座に緑の葉をしげらせた。

『黄金伝説』122「聖サウィニアヌスと聖女サウィナ」  セカナ(セーヌ)の川の水で洗礼を受けたサウィニアヌスが、杖を地面に立てると緑の葉が生え花が咲いた。

『三国伝記』巻7−24  小野の一万大菩薩の化現である老僧が突き立てた杖は、根づいて椋木となった。

杖立木の伝説  永禄(1558〜69)の頃、伊勢神女が伊勢神宮改築の寄付金を募るために、諸国を回っていた。神女は宮原の中西へ来て、持っていた杉の木の杖七本をたばにして地にさすと、杖は生きついて芽を吹いた。枝葉はみな下を向いて伸びて行ったので、土地の人は不思議がり、「これは伊勢神女の杉だから」と言って敬った(岡山県英田郡作東町)。

*竹杖が根づき、枝葉が下を向き、竹林になる→〔あり得ぬこと〕1aの親鸞の伝説。

*杖が林になる→〔太陽〕6の『山海経(せんがいきょう)』第8「海外北経」。

*箸が木になる→〔箸〕1の三度栗の伝説など。

★1b.杖に花が咲く。

『黄金伝説』125「聖母マリアお誕生」  マリアが十四歳の時、神が、すべての独身の男に杖を持って集まるよう命じた。老齢のヨセフの杖に花が咲き、鳩の姿の聖霊が舞い降りたので、ヨセフがマリアの婚約者と定められた。

『民数記』第17章  神の命令によって、イスラエルの人々は部族ごと父祖の家ごとに、指導者一人に一本ずつ、合計十二本の杖を神の幕屋の中に置いた。翌日見ると、神が祭司職として選んだアロンの杖から芽が出て、花が咲いていた。

*法王の持つ杖に新緑が芽吹く→〔あり得ぬこと〕1aの『タンホイザー』(ワーグナー)第3幕。

★1c.杖から鳩が出る。

『ヤコブ原福音書』第8〜9章  マリアが十二歳の時、主の使いが、男やもめたちに「杖を持って集まれ」と命じた。大祭司が皆の杖を受け取り神に祈ると、年寄りヨセフの杖から鳩が出て彼の頭上に舞い降りた。ヨセフはマリアの保護者となった。

★2.杖を用いて、水を湧き出させる。

弘法清水の伝説  上野(うわの)に「田中の婆」という婆さんがいた。旅の弘法大師が喉が渇いて、「水を一杯くれ」と請うと、田中の婆は「上野の水は良うないから」と、遠くまで行って湧き水を汲んで来た。弘法大師は「それは不便なことや」と言い、杖で地面を突いたら、清水が湧いて出た。その弘法様の清水は、上野の中心、八幡様の前に湧き出ている。裏へ行くと川になって海へ流れ、「田中の川」と呼ばれている(石川県羽咋郡志賀町上野)。

『出エジプト記』第17章  荒野をさすらうイスラエルの人々は、飲み水がないために苦しみ、「我々を渇きで殺すのか」とモーセ(モーゼ)に不平を言った。モーセは神の教えに従って杖で岩を打ち、水を湧き出させた。

『播磨国風土記』揖保郡揖保の里  アシハラノシコヲが杖で地を刺すと、そこから寒泉が湧き出、南と北に流れ通った。

『民数記』第20章  イスラエルの人々はカデシュに到った時、水が得られず、モーセとアロンに迫った。神の教えにしたがい、モーセはアロンとともに人々を岩の前に集め、杖で岩を二度打つと、水がたくさん湧き出た。

*剣を用いて、泉を湧き出させる→〔泉〕2の『異苑』巻5−4など。

★3.杖が蛇に化す。

『出エジプト記』第7章  モーセ(モーゼ)と兄アロンがファラオ(パロ)の所へ行って、イスラエルの民の解放を要求する。それが神の意志であることを示すためにアロンが杖を投げると、杖は蛇に化した。ファラオの家来の魔術師らも杖を蛇にして対抗するが、アロンの杖が、魔術師らの杖を呑みこんだ。

★4a.魔法の杖で人を変身させる。

『オデュッセイア』第13巻・第16巻  故郷イタケに戻ったオデュッセウスを、女神アテナが迎える。アテナは杖でオデュッセウスに触れ、彼を老乞食の姿に変える。後、アテナはオデュッセウスを息子テレマコスと再会させ、黄金の杖でオデュッセウスに触れて、彼を本来の壮年の姿に戻す。

*杖で人を打って、動物に変える→〔変身(人から動物に)〕1の『魔術師』(谷崎潤一郎)、→〔魔女〕4の『オデュッセイア』第10巻。

*人が杖で蛇を打つと、男から女に、女から男に変わる→〔性転換〕4の『変身物語』(オヴィディウス)巻3。

★4b.魔法の杖で死体から猪を出す。

『ケルトの神話』(井村君江)「ディルムッドとグラーニャの恋」  ロクは、自分の子供がドンに殺された時(*→〔膝〕1c)、子供の死体をドゥルイドの杖で打った。すると死体から一頭の猪が跳ね出した。その猪には耳と尾がなかった。猪は子供の死体を見て、「ドンの息子ディルムッドの命を奪ってやる」と言い、森へ走り去った。何十年か後に、猪は鋭い牙でディルムッドを殺した→〔猪〕3

 

※魔法の棒→〔棒〕1の『ケルトの神話』(井村君江)「かゆ好きの神ダグザ」など、→〔棒〕2の『西遊記』百回本第3回(如意棒)。 

 

 

【月】

 *関連項目→〔月食〕〔八月十五夜〕

★1.月の異変。人間の思いが月を曇らせる。

『金色夜叉』(尾崎紅葉)  一月十七日の夜、月下の熱海海岸で間貫一は、鴫沢宮を「富山唯継の所へ嫁に行くのか」と、問い詰める。貫一は、「来年の今月今夜、再来年の今月今夜、十年後の今月今夜・・・・・・、一生僕は今月今夜を忘れぬ。来年の今月今夜の月を、僕の涙で必ず曇らせて見せる」と言い、激昂して宮を蹴り倒し、去って行く。

★2a.湖水に映る月を見て、「月が湖の中にある」と思う。

『パンチャタントラ』第3巻第1話  象の群れが湖へ水を飲みに来て、周辺の兎たちが踏みつぶされる。一匹の兎が「私は月世界から遣わされた兎だ」と称し、「月の神様の従者である兎たちが殺されたので、月の神様はお怒りである。もう湖に来てはならぬ。月の神様は今、湖水の中で瞑想をしておられる」と象の王に告げる。象の王は恐れ、湖水に映る月を拝んで去る。

*湖に映る月を見て、人はさまざまなことを思う→〔湖〕4a・4bの『河海抄』巻1など。

★2b.水に映る月を取ろうとする。

『井戸の中の月』(イギリスの昔話)  十人のアイルランド人が井戸に映る月を見て、「チーズだ」と思う。数珠つなぎになってそれを取ろうとするが、一番上の男が力を入れようと、両手に唾を吐きかけるために手を放したので、九人は井戸に落ちる。一番上の男も、「おれの分を食っちゃずるいぞ」と言って井戸に飛び込み、十人全員溺れる。

*井戸に映る業平の顔を見て、女たちが井戸に飛び込む→〔木登り〕7bの業平塚の伝説。

『ゑんがく』(御伽草子)  出家猿の「ゑんがく」が、先祖の猿たちの事績を妻に語り聞かせる。「池の面に映る月を見て、水底の月を取ろうと、千匹の猿が手に手を取り合い、古木にぶらさがる。枝が折れて猿たちは池に落ち、皆溺れ死んだ。それより、そこを『猿沢の池』と言う」。

李白の伝説  唐代の詩人李白は、自らを「酒中の仙」と称したほどの酒好きだった。彼は酔余の果て、水に映る月をとらえようとして溺死した。

*李白は月をとらえて、月に移り住んだのか?→〔月旅行〕6の『秋五話』(稲垣足穂)「詩をつくる李白」。

★3.空の月を取る。

『一千一秒物語』(稲垣足穂)「A MOONSHINE」  Aが竹竿の先に針金の輪をつけて、夜空の三日月を取った。それをサイダーの入ったコップへ放りこんだら、紫色の煙が立ち昇った。窓外を見ると、三日月はあいかわらず夜空にかかっている。コップの三日月は消え、サイダーが少し黄色くなっていた。Aはサイダーを飲み干してしまった〔*→〔星〕1aの『醒睡笑』巻之1「鈍副子」16、長い棹で星を取ろうとする物語の変型〕。 

『黄漠(こうばく)奇聞』(稲垣足穂)  ある日の宵、バブルクンドの王は、西空にかかる新月(三日月)が爽やかな光を放って、王の新月の旗じるしを見下ろしているのに気づいた。王は「空の新月を、我が旗につけよう」と、乗馬の一隊を率いて西へ向かう。岩山に沈みかけた三日月を槍の穂先にひっかけて地上へ落とし、青銅の箱に納めて、王はバブルクンドへ帰還する。王都は廃墟と化していた。箱の中から煙が立ち昇り、再び空に新月が輝いた。 

★4.空の月に追いかけられる。

『一千一秒物語』(稲垣足穂)「友だちがお月様に変った話」  ある夜「自分」は、友だちと散歩しながらお月様の悪口を言い、横を向いたら、友だちはお月様になっていた。逃げると、お月様は追っかけて来た。曲り角でお月様は「自分」を押し倒して、その上をころがって行った→〔板〕4。 

『笑う月』(安部公房)  「ぼく」は、笑う月に追いかけられる夢を繰り返し見た。小学生の頃から、半年か一年に一度、かれこれ三十年にわたって、笑う月におびやかされた。それは直径一メートル半ほどの、オレンジ色の満月で、地上三メートルばかりのところを、ふわふわと追いかけてくる。「花王石鹸」の商標を正面から見たような顔が、くっきりと掘り込まれていた。

★5.月の一部が無数の隕石となって、地球へ落下した。

『柔らかい月』(カルヴィーノ)  Qfwfq氏が、何百〜何千世紀も前を追憶して語る。「その頃も文明があり、摩天楼があった。ある夜、私は、未知の天体が近づいて来るのに気づいた。天文台に勤めるシビルは、『あれは地球の衛星(月)になるのよ』と言った。月は柔らかく、蝋の滴(したた)りのようなものが無数に発生し、地球に向かって伸びてくる。それらは柔らかい隕石となって一晩中降りそそぎ、全地球を覆いつくした。現在の地球の表面は、すべて月なのだ」。

*二つあった月のうちの一つが、地球へ落下した→〔地図〕6の『南半球の倒三角』(松本清張)。

★6.十二個の月。

『山海経(せんがいきょう)第16「大荒西経」  帝俊の妻である常羲が、十二個の月を産んだ。女がいて、十二個の月に産湯をつかわせている〔*もとは絵があって、その説明文と考えられている〕。 

*十個の月→〔太陽を射る〕3の巨人グミヤー(中国・プーラン族の神話)。

 

※月の神は、若返りの水を持つ→〔若返り〕3の『万葉集』巻13 3259歌。

※「おぼろ月夜にしく物ぞなき」→〔畳〕1の『今物語』第3話。

 

 

【月の光】

★1.月の光が、人間に大きな影響を与える。

『サテュリコン』(ペトロニウス)「トルマルキオンの饗宴」  宴席でニケロスが語る物語。「ある時、月の輝く夜明け前に、わしは知り合いの兵士を連れて、愛人宅へ出かけた。墓地を通る時、兵士はいきなり素裸になって、脱いだ着物のまわりに小便をした。すると着物は石ころに変わり、兵士は狼に変身した。彼はウォーとうなって、森の中へ逃げて行った」→〔狼男〕1

『目羅博士』(江戸川乱歩)  月の光は冷たい火のような陰気な激情を誘発し、人の心を狂わせる。目羅博士は月夜をねらい、蝋人形を用いて三人の男を首吊り自殺させる。月光のもと、ぶらさがる蝋人形を見た被害者たちは、それを美しいと思い、「自分はあそこにいるのだ」と錯覚して、首を吊るのだった。

★2.月を見ること・月の光に照らされることは、不吉であると考えられた。

『源氏物語』「宿木」  八月十六日の夜。匂宮は二条院の中の君に「一人で月を見てはいけない」と言い置き、夕霧の六の君との婚儀のため六条院に出かける。中の君は思い乱れて夜更けまで月をながめ、老女房が「月見るは忌み侍るものを」と嘆く。

『更級日記』  私(菅原孝標女)が十七歳の年の五月一日、姉が子を産んで死去した。形見の幼児を私の左右に寝かせると、板屋の隙間から月の光がさし、幼児の顔に当たるのが不吉だった〔*青白い月光のため、死顔のように見えたのであろう〕。私は一人を袖でおおい、もう一人を抱き寄せた。

『竹取物語』  ある年の春のはじめから、かぐや姫は月を見てもの思いをするようになった。家人が「月の顔見るは忌むこと」と制止したが、人のいない時に月を見ては、かぐや姫は泣いた。その年の八月十五夜に、かぐや姫は昇天した。

★3.月を長く見ていると、命が縮まる。

『絵本百物語』第42「桂男(かつらをとこ)」  月面に隈(くま)があり、俗に「桂男」という。これを長く見つめていると、桂男は手を出して、見る人を招く。招かれた人は命が縮まる、と昔から言い伝えられている(*月には桂の大木が生えている、との伝承もある→〔繰り返し〕1の『酉陽雑俎』巻1−33)。

★4.月の光に照らされた山や畑や谷が、布・海・雪などに見える。

石見国布引山(高木敏雄『日本伝説集』第21)  布引山の女神が「私は一日一夜に布を織って山を巻こう」と言い、飛騨の匠(たくみ)が「自分は一日一夜に寺を建てよう」と言って、互いのわざを競う。飛騨の匠は、夜明け近くなっても寺が出来上がらず、気を揉んで山の方を眺める。すると、早くも布が織れたらしく、山は一面に白くなっていた。飛騨の匠は「もう駄目だ」と思い、勝負を諦めた。実は、白い布と見えたのは月の光だった(石見国布引)。

『蕎麦の花をつくらないわけ』(松谷みよ子『日本の伝説』)  武田信玄に仕える三島一族が、小田原の北条勢に追われて敗走する。甲斐の国を目指して夜の山道を歩き続けたが、前方に、月光を受けて白い波をきらめかせる海がひろがった。落武者たちは、「小田原の海だ。道を間違えて、敵の本陣へ逃げ込んだのだ」と思い、もはやこれまでと、皆その場で切腹した。彼らは、月下に白々とゆれる蕎麦畑の蕎麦の花を、海と見間違えたのだった。村人たちは、あまりの痛ましさに、以後は蕎麦づくりをやめた(神奈川県)。

『なめとこ山の熊』(宮沢賢治)  淵沢小十郎は熊捕りの名人だ。長年の経験を積んだ彼は、もう熊の言葉だってわかるような気がした。春の宵、母熊と子熊が、向こうの谷をしげしげ見つめていた。「どうしても雪だよ、おっかさん。谷のこっち側だけ白くなっているんだもの」「雪でないよ。おっかさんは、あざみの芽を見に、昨日あすこを通ったばかりです」「雪でなけぁ、霜だねえ。きっとそうだ」。小十郎が谷を見ると、六日の月の光が青白く山の斜面を滑り、銀の鎧のように光っているのだった。

*月の光を浴びた白狐が、白人女性に見える→〔温泉〕9の『白狐の湯』(谷崎潤一郎)。

★5.真白い角封筒と思ったら、真四角の月かげだった。

『懶惰の歌留多』(太宰治)「に」  あの夜、「私」は死のうと思い、酔いどれて魔窟の一室にころがりこんだ。真っ暗な部屋で眼をさますと、枕もとに真白い角封筒が一通、きちんと置かれていた。手を伸ばして取ろうとすると、むなしく畳をひっかいた。それは月かげだった。カアテンの隙間から月光がしのびこんで、真四角の月かげを落としていたのだ。「私」は月から手紙をもらった。言いしれぬ恐怖であった。

 

 

【月の満ち欠け】

★1.月が痩せたり肥ったりする。

『イソップ寓話集』(岩波文庫版)468「月と母親」  月が母親に、「体にぴったり合う服を織っておくれ」と頼んだ。母親は答えた。「どうしてぴったりのが織れるのさ。お前は今は満月だが、やがて三日月になり、そしてまた両ぶくれになるじゃないか」。

『月になった男』(ロシアの民話)  昔、一人の男が湖のほとりの家々を回って、物乞いをしていた。食べ物をくれる家もあれば、くれない家もあった。男は、たらふく食べてまるまると太ったり、骨と皮に痩せ細ったりを繰り返した。そのうち男は月になり、今では、湖の周りではなく、地球の周りを回っている(ツンドラ地帯の狩猟民ユカギル族)。 

★2.竜などが月を食べるので、欠けて行く。

『巨竜ハラ・ナ・ゴダンの物語』(インドネシアの神話・伝説)  巨竜ハラ・ナ・ゴダンが、尾でいくつかの卵を温めていた。羊飼いが来て卵を見つけ、石を投げつけて全部割ってしまう。怒った巨竜は、羊飼いを食おうと追いかけ、羊飼いは天まで逃げて月に助けを求める。月は羊飼いの身代わりとなって、自分の体を竜に与える。毎月一度(二十九日か三十日ごとに)、竜に食べられるのだ。それ以来、毎月ひと晩だけ、月は夜空から消えるようになった(北スマトラ、バタク族)。

月と妻と妹(コーカサス、オセット族の神話)  一人の男(月)を、その妹(牙のある少女)と妻とが、「私のものだ」と引っ張り合う(*→〔呪的逃走〕1)。その結果、男は一ヵ月のうち二週間は妹のもの、二週間は妻のものになることで同意をみた。以来、今日にいたるまで、男(月)が妹の手中にある時は、妹が男を食べるので月は欠けて行き、妻の手中にある時は、妻が男を完全な形に回復させるので月は満ちるのである。

★3.月は欠けて姿を消しても、まもなくまた現れる。

『月と不死』(ネフスキー)「月と不死」  毎月、月は大空から姿を消して、三日を経て再び現れて来る。この現象は、イエス=キリストが死んで三日後に復活した(*→〔蘇生〕1の『ルカによる福音書』第24章)という、キリスト教の思想を生ぜしめた。

*一生を、月の満ち欠けに見立てる→〔見立て〕4bの『大般涅槃経』(40巻本)「如来性品」。

 

 

【月の模様】

★1.月面に、兎の姿が見える。

『今昔物語集』巻5−13  兎が、自分の身を焼いて帝釈天に捧げた(*→〔兎〕2)。帝釈天は兎を哀れみ、兎が火に飛び入った形を月の中に移して、一切衆生に見せるために月面にとどめた。

*月面に、蛙の姿が見える→〔蛙〕6の『捜神記』巻14−12(通巻351話)。

★2.月面に、茨や柴を運ぶ人が見える。

『神曲』(ダンテ)「地獄篇」第20歌  「私(ダンテ)」とヴェルギリウスが地獄の第八圏谷第四壕を通過したのは、明け方近くであった。ヴェルギリウスは「『カインとその茨』(=月)が、西の水平線に沈もうとしている」と言った〔*中世のイタリア人は月面の斑点を、「茨をかつぐカインの姿」と見たのである。『幻獣辞典』(ボルヘス他)「月の兎」は、『神がカインを月へ追放し、時の終わりまで茨の束を背負う罰を与えた』というトスカナ地方の伝説を記している〕。

月の陰影の由来(フランスの神話)  欲深い男が財産を殖やそうと、日曜も祭日も休みなく働く。神が「掟を守れ」と戒めるが、男は従わなかった。柴を束ねて森から帰って来る男に、神が「罰としてお前を牢に入れるが、太陽と月と、どちらがいいか?」と尋ねる。男は「太陽に行けば焼け死ぬ」と思い、月を選んだ。だから満月の中には、働く男の姿と柴の束が見えるのだ。

月の中のハンス(ドイツの伝説)  ハンスは働き者で、日曜日にも森へ薪(まき)を採りに出かけた。山のように薪を背負って帰ろうとすると、一人の男が現れ、「日曜日は神の定めた安息日だ。仕事を休み、教会へお祈りに行くべきだ」と諭(さと)した。ハンスは「働くのはわしの勝手。罰が当たってもかまわない」と言い返す。男は「それなら、月世界で永久に薪を背負って歩くがよい」と宣告し、今でも月の中に、薪を背負うハンスの姿が見える。

★3.月面に、水桶を運ぶ人が見える。

『月と不死』(ネフスキー)「月と不死」  二つの水桶を天秤棒で運ぶ農夫が、月を泥の中から助け出してやる(*→〔太陽と月〕2)。月は謝礼として農夫を招き、今もなお農夫は月に留まっている。満月の夜には、天秤棒をかつぐ農夫の姿が、はっきり見受けられる(沖縄県宮古群島、多良間島)。

『月と不死』(ネフスキー)「月と不死」(二)  アカリヤザガマが人間に死水を浴びせたので(*→〔死の起源〕1)、お日様はたいへん怒り、「永久に桶をかついで立っておれ」と命じた。それで今もなお、アカリヤザガマはお月様の中にいて、桶をかついで立つ罰を受けている(沖縄県宮古島平良町)。

『月に住む女』(ニュージーランド、マオリ族の神話・伝説)  ある晩、ローナという女が水を汲もうとして、瓢箪で作った水入れを持って泉へ出かけた。その時、月が雲でかげったので、ローナは「暗くて見えないじゃないか。この役立たず!」と、月を罵った。怒った月は、ローナをさらって月へ連れて行った。それで月には、瓢箪の水入れを抱(かか)えたローナの姿が見えるのだ。

月の中の人の起源の伝説  怠け者の娘がいた。母親から「水を汲んでおいで」と言いつけられ、娘は腹を立てて出かける。娘は月を見て、「お月さんはいいな。何もしないで黙っていればいいんだから。私は家にいると、何だかんだと使われる」と言う。月は怠け者へのみせしめに、娘を月の中へさらって行く。母親が泣く泣く見上げると、月の中に、手桶を持った娘の姿が見えた(アイヌの伝説。北海道千歳市蘭越)。

★4.月面に、手形の跡が見える。

『星座の伝説』(草下英明)5「月の神話と伝説」  インディアンの子供が、草むらで昼寝をする月を見つけ、箱の中に閉じ込めた。月は夜までに空へ戻らないといけないので、中で大暴れする。子供が箱のふたをちょっと開けてのぞくと、月は隙間をするりと抜けて逃げる。子供は月を取り押さえるが、かすかに手にさわっただけで、月は無事に空へ戻った。その時についた子供の泥だらけの手の跡が、月面の模様である(アメリカ・インディアンの伝説)。

太陽と月(北米、エスキモーの神話)  美しい女性である太陽のもとへ、毎晩、謎の男が通って来る。男の正体を知るために、太陽は両手をランプの煤(すす)で黒くして、男の背中をなでる。夜が明けて、太陽は、謎の男が彼女の兄弟の月であることを知った。月面の黒い斑点は、この時につけられた煤である。

*月面の模様は火傷のあと→〔火傷(やけど)〕5の『月女のヤケドの跡』(アルゼンチンの民話)。

 

 

【月旅行】

★1.ロケットで月まで飛ぶ。

『月世界へ行く』(ヴェルヌ)  一八六X年十一月三十日、三人乗りの月ロケットが、フロリダから発射された。ロケットは月面に着陸せぬまま、月の周囲を永遠に回る衛星になりかかったので、月に降下するように軌道を修正した。するとロケットは、逆に地球へ向けて落下し始め、十二月十二日に太平洋に着水した。

*宇宙船で月まで飛ぶ→〔宝さがし〕2の『月世界の女』(ラング)。

★2.バネ仕掛けの器械で月まで飛ぶ。

『日月両世界旅行記』(シラノ・ド・ベルジュラック)第1部「月世界諸国諸帝国」  「私」はバネ仕掛けの器械に火力を加えて、月まで飛んだ。月世界には、かつてアダムとエヴァの住んだ楽園があり、現在はエリヤやエノクが住んでいた。「私」は楽園を追われ、太陽から移住して来た四つ足の生き物たちの間でしばらく暮らした後に、四つ足の生き物の一人に抱かれて、地球まで飛び戻った。

★3.豆のつるを攀じ登って月まで行く。

『ほらふき男爵の冒険』(ビュルガー)「ミュンヒハウゼン男爵自身の話」  「ワガハイ(ミュンヒハウゼン男爵)」は熊を追い払おうと銀の手斧を投げたが、ねらいがそれ、手斧は空高く上がって月まで飛んで行った。「ワガハイ」は、成長の速いトルコ豆の種を一粒まく。芽はみるみる高く伸び、三日月の片端に巻きついたので、「ワガハイ」は豆のつるを攀じ登って、月まで手斧を取りに行った。

*階段で月まで登る→〔八月十五夜〕8aの『十訓抄』第10−64。

★4.船が風で月まで飛ばされる。

『ほらふき男爵の冒険』(ビュルガー)「海の冒険」第10話  「ワガハイ(ミュンヒハウゼン男爵)」が太平洋を航海中、大暴風雨のために、船が空中高く吹き飛ばされた。高空で新たな風が起こり、帆がふくらんで、船は猛スピードで雲の上を六週間航行し続け、ついに月に到着する。月には巨人たちが住んでおり(*→〔死体消失〕4)、折しも、太陽と戦争しているところだった。月の王は「ワガハイ」に将校を提供したが、「ワガハイ」はこれを辞退した。

『本当の話』(ルキアノス)  「私」は五十人の若者たちとともに船に乗り、航海に出る。つむじ風が起こって船を巻き上げ、船は空を七日七晩翔(かけ)って、八日目に月に到着した。月には住民がおり、エンデュミオンが王だった(*→〔長い眠り〕3)。月は太陽と交戦中で、「私」もまきこまれて捕虜になったりしたが、やがて月と太陽の間に講和条約が結ばれる。「私」は月の住民たちの変わった生態を観察した後、船で地球へ戻った。

★5.月への逃亡。

『捜神記』巻14−12(通巻351話)  ゲイが西王母から不死の薬をもらったが、妻嫦娥はそれを盗んで月へ逃げた。

★6.李白は月をとらえて(*→〔月〕2bの李白の伝説)、月に移り住んだのか?

『秋五話』(稲垣足穂)「詩をつくる李白」  丘の木立ち隠れに昇り出した月が、そこで動かなくなってしまった。不思議に思い、登って見に行くと、それは月ではなく円窓だった。「誰のすみかだろう」と、のぞいてみたら、李白が一生懸命に詩を作っていた。

 

 

【辻占】

★1.将来の運命を知るために、辻に立つ。道行く人が、将来の予言をしてくれる。

『大鏡』「兼家伝」  藤原兼家の妻となった時姫が、まだ若い頃、二条大路に出て夕占(ゆふけ)を問うたことがあった。すると白髪の老女が立ち止まり、「あなたは何事も思うことはみな叶い、この大路よりも広く長く栄えるだろう」と告げて去った〔*時姫は兼家との間に、道隆、道兼、道長、超子、詮子を産んだ〕。

『沙石集』巻10本−1  恵心(源信)僧都が自らの往生の事を心もとなく思い、辻占を問おうと、雨の中、造り道四塚辺で立っていた。すると老翁が来て「極楽へ参りたり」と言ったので、恵心は往生に確信を得た。後、恵心は『往生要集』を著し、めでたく往生した。

★2.通りかかる人の日常の普通の会話や独り言を、当面の自分の境遇にあてはめて解釈し、吉凶を占う。

『芦屋道満大内鑑』2段目  六の君が小門から出てくるのを、悪右衛門が待ちうけて連れ去ろうとする。「双六の目が『出ぬ』」と語る二人連れが通り、また、「良く効く吸い『出し』膏薬」と声をはりあげる膏薬売りが通る。悪右衛門は、「さいさき悪し」と思ったり、「辻占良し」と気を取り直したりする。

『好色一代男』巻4「形見の水櫛」  世之介は駆け落ち相手の人妻を実家の者たちに奪い返され、彼女を捜し歩く。世之介は黄楊(つげ)の櫛を拾い、「『告げ』ならぬ辻占でも聞いて、彼女の消息を知りたい」と願う。そこへ雌雉を撃った猟師が、「もろき命。雄鳥が嘆くだろう」と独り言して通る。その言葉どおり、人妻は死に、世之介は嘆くこととなった→〔蘇生〕4b

『ドン・キホーテ』(セルバンテス)後編第73〜74章  三度目の遍歴を終えて帰村したドン・キホーテが、二人の少年の争いを見る。一方が他方から虫かごを取り上げ、絶対返さぬつもりで「お前、一生かかっても二度と見られないぞ」と言う。それを聞いたドン・キホーテは、「あの言葉をわしの考えにあてはめると、わしは今後ドルシネア姫に会えない、という意味になる」と嘆く。サンチョ・パンサがその解釈の不合理を説くが、ドン・キホーテはそれからまもなく病死する。

『堀川波鼓』(近松門左衛門)  妻敵討ちに出た彦九郎一行は、豆腐屋の「きらず」の売り声や、石売り女の「馬の沓が打たれぬ。今日は打たずに帰れ」の言葉を耳にして気遅れする。しかしそこへ来た若者が「月代を剃らせたら切った切った。頭中をめちゃめちゃに切りおった」と話しているのを聞き、気を取り直す。

★3.近くにいる人の日常の普通の会話を、当面の自分の問題にあてはめて解釈し、行動の指針とする。

『天衣紛上野初花(くもにまごううえののはつはな)(河竹黙阿弥)「雪夕暮入谷畦道」  お尋ね者暗闇の丑松は、「兄貴分片岡直次郎の居所を役人へ密告すれば、自分の罪は軽くなる」と考えつつ、どうしようか迷う。その時、蕎麦屋が「隣の木戸が開いているから、知らせてやれ」と、女房に言う声が聞こえる。丑松は「役人へ知らせよう」と心を決める。

★4.拾ったものを、当面の自分の問題にあてはめて解釈し、行動の指針とする。

『南総里見八犬伝』第5輯巻之1第42回  犬塚信乃は、捕らわれの額蔵(犬川荘助)の救出をはかるが、失敗すれば死ぬゆえ、犬田小文吾には行徳へ戻るよう勧める。小文吾は道で拾った鋏を示し、「鋏は進んで物を切るが、退いては役に立たぬ。鋏の本字は剪だ。これは『進んで仇を剪(き)れ』との辻占だ」と言い、信乃に同行する。

★5.人の言葉を不吉な辻占と受け取って心配するが、取り越し苦労だった。

『琴のそら音』(夏目漱石)  「余(靖雄)」は、婚約者の露子がインフルエンザにかかったので、彼女の病状を心配しながら夜道を歩く。巡査がすれ違いざまに「悪いからお気をつけなさい」と言う。「ぬかるみで道が悪い」という意味なのだが、「病状が悪い」とも解釈でき、「余」の胸は鉛のように重くなる。しかし露子はすでに回復しており、「余」の考え過ぎだった。

 

※橋占(はしうら)。橋のほとりに立って、往来の人の言葉を聞く→〔橋の上の出会い〕3の『源平盛衰記』巻10「中宮御産の事」。

 

 

【土】

 *関連項目→〔土地〕

★1.土は人間を造る材料になる。

『コタンカラカムイの人創り』(アイヌの昔話)  国造りの神コタンカラカムイが、天と地を創造した。夜の神様が、土をこね、そこに柳の枝を通し、はこべを植え込んで、人間を造った。土は人間の肌になり、柳は背骨になり、はこべは髪になった。こうして出来上がった人体には、「眠たい」とか「食べたい」とか、十二のいろいろな欲の玉が入れられた。これらは皆、男だった。次いで昼の神様が女を造った。夜の神様が造った男の肌は浅黒い。昼の神様が造った女の肌は白い。

『人の始まり』(日本の昔話)  火の神さんが、「人間を作るための泥をくれ」と土の神さんに頼むが、断られたので、泥を五十年間借りることにした(*→〔皮膚〕1)。それで人間は、五十年たつと皆もとの泥になり、魂は火の神さんの所へ戻って行かねばならない(鹿児島県吉野町)。

『風俗通義』  天地の初めの時、女カが黄土をまるめて人間を造ったが、一体ずつ造るのは重労働であり、時間もかかる。そこで女カは、縄を泥中に浸してから引き上げ、したたる泥をそのまま人間にした。最初に黄土から造られた人間は、富貴な人となった。後に泥から造られた人間は、貧賤凡庸な人となった。

*アダムやパンドラも、土から造られた→〔息が生命を与える〕1の『創世記』第2章、→〔人間を造る〕2の『仕事と日』(ヘシオドス)。

*土で造った像に生命が宿る→〔像〕1cの『大魔神』(安田公義)。

★2.土と接触するとエネルギーが補給される。

『ギリシア神話』(アポロドロス)第2巻第5章  ポセイドンの子とも大地の子ともいわれるアンタイオスは、身体が地面に触れると強さを増す。ヘラクレスは、アンタイオスを両腕でかかえて高く差し上げ、粉砕して殺した〔*→〔土地〕11の『ギリシア神話』第1巻第6章と類想〕。

『封神演義』第55回  陽ゼンが、西岐城に侵入した土行孫を捕らえ、彼の身体が地面に触れないように脇に抱える。しかし脚の爪先が地についたために、土行孫は地行術を用いて瞬時に地面にもぐり、逃げ去った。

★3.土と接触すると、地上のルールに従うことになる。

『ケルトの神話』(井村君江)「常若の国へ行ったオシーン」  騎士オシーンは、海の彼方の常若(とこわか)の国ティル・ナ・ノグで三年を過ごした後に、白馬で海を駆けて、故郷へ帰って来る。故郷ではその間に、三百年が経過していた。オシーンは白馬から落ちて、両足を地面につけてしまう(*→〔馬〕6b)。白馬は駆け去り、それまで若さを保っていたオシーンは、たちまち白髪でしわだらけの老人と化した。

*数百年ぶりに故国の土を踏んだ人は、灰になってしまった→〔女護が島〕3aの『ケルトの神話』(井村君江)「ダーナ神族と妖精と常若の国」。

★4.土中から生まれる。

『ラーマーヤナ』第1巻「少年の巻」第66章  ジャナカ王が祭火壇をつくるために大地を掘っていて、鋤で一人の女児を掘り出した。大地を清らかにしている時に得た女児なので、ジャナカ王はこの女児をシーター(「畝の溝」の意)と名づけ、自分の娘として育てた〔*成長したシーターは王子ラーマの妃となるが、最後にはまた地下世界へ帰って行く〕→〔土〕6

★5a.大地が裂けて、極悪人が呑みこまれる。

『黄金伝説』119「洗者聖ヨハネ刎首」  ヘロディアスの娘(サロメ)は、大地が裂けて、その中に生きたまま呑みこまれた〔*足もとの氷が割れて落ち、溺れ死んだともいう〕。

『使徒行伝』第1章  イスカリオテのユダは(*→〔裏切り〕1の『マタイによる福音書』第26〜27章)、不正を働いて得た報酬で土地を買った。彼は、その地面にまっさかさまに落ちて、身体が真ん中から裂け、はらわたが皆出てしまった。その土地は「アケルダマ」、つまり「血の土地」と呼ばれるようになった。

『ドン・ジュアン』(モリエール)  ドン・ジュアンは大勢の娘を誘惑し、もてあそんでは棄てる日々を送っていた。ある日、かつて彼が殺した騎士の石像がやって来て(*→〔像〕8a)、「罪を悔い改めて神の慈悲にすがれ。天の恵みを拒絶すれば、雷が頭上に落ちるであろう」と宣告する。閃光とともに雷がドン・ジュアンの上に落ち、大地が裂けて彼を呑み込んだ。

*提婆達多の地獄堕ち→〔従兄弟・従姉妹〕6の『今昔物語集』巻1−10。

★5b.親不孝者の最期。

『曾我物語』巻7「千草の花見し事」  しやうめつ波羅門が剣を抜いて、母を殺そうとした時、大地が裂けて、彼は奈落へ落ちる。母が息子の髻をつかむと、頭は抜けて母の手に残り、身は無間地獄に沈んだ→〔九百九十九〕1

『日本霊異記』中−3  吉志の火麻呂は、「東方の山で『法華経』を七日間講義する大法会があるから、行きましょう」と言って母をだまし、連れ出す(*→〔母殺し〕2)。山中にいたり、火麻呂が刀を抜いて母の首を斬ろうとした時、突如大地が裂けて、火麻呂は中へ陥った。

*「寺で尊い法会がある」と言っておばを連れ出し、山に棄てる→〔背中の女〕4の『大和物語』第156段。

★6.地の底へ沈む。

『ギリシア神話』(アポロドロス)摘要第5章  ギリシア軍がトロイアへ攻め入り、市内に火を放って、戦利品を分配した。カッサンドラ、アンドロマケ、ヘカベなどの美女も、ギリシアの武将が分け合った。とりわけ美貌だったラオディケは、すべての者の目前で大地が開き、その中に隠された。

『ラーマーヤナ』第7巻「後続の巻」第95〜97章  妃シーターが双子の男児を産んだ時、ラーマはシーターの潔白の証明を求めた。シーターは「わたくしは、ラーマ様より他の者を知りません」と誓い、「この功徳によって、大地の女神よ、わたくしに大地への入り口を与え給え」と祈る。すると地中から玉座がせり上がり、大地の女神がシーターを抱いて玉座に座らせる。天から花の雨が降り、シーターは地下界へ沈んで行った〔*シーターは大地から生まれ出た→〔土〕4〕。

*靴をぬらさぬようパンを踏んだ娘は、沼の底へ沈んで行った→〔パン〕2bの『パンをふんだ娘』(アンデルセン)。

★7.地面から出現する。

『法華経』「見宝塔品」第11  仏(釈迦如来)が霊鷲山上で『法華経』の教えを説いていた時、地中から、高さ五百由旬・縦広(たてよこ)二百五十由旬の、七宝の塔がせり上がって来て、空中にとどまった。塔内には、東方無量千万億阿僧祇世界・宝浄国の多宝如来が座していた。仏は空中に昇って、多宝如来の隣に坐した。

『法華経』「従地湧出品」第15  仏(釈迦如来)が、「私の滅後には、無数の菩薩たちが『法華経』の教えを説くであろう」と言った時、娑婆世界の三千大千の国土が、ことごとく揺れ裂けた。大地の割れ目から、無量千万億の菩薩が湧出し、空高く昇って、宝塔の中に坐す多宝如来と釈迦牟尼仏を礼拝した→〔時間〕1

★8.土を食べる。

『聴耳草紙』(佐々木喜善)127番「土喰婆」  昔、野中の一軒家で、一人息子が老母を養っていた。ある年、大阪に戦争があって息子は召集され、何年たっても帰って来なかった。それでも老母は、村人に食物を求めなかったので、村人たちが不思議に思い、様子を見に行く。すると老母は、土を喰って生きていた〔*老母の死後、村人は御堂を建て、地神様として祀った〕。

『現代民話考』(松谷みよ子)2「軍隊ほか」第6章  中国戦線でのこと。日本軍の部隊が、食糧が乏しくなったため、残りを兵たちで分けた。しかしクーリー(中国人労働者)には、一粒の米も配給されなかった。数日たって、日本兵は身動きできなくなったが、クーリーたちは元気に働いていた。不思議に思った日本兵が、クーリーたちの食べているものを見た。それは泥土だった。

 

※土の呪力→〔文字が消える〕4の「力(りき)ばか」(小泉八雲『怪談』)。

※大地への接吻→〔接吻〕5の『罪と罰』(ドストエフスキー)第4〜6部など。

※「母」を「大地」と解釈する→〔母なるもの〕に記事。

 

 

【唾】

★1a.唾を吐いて呪う。

『日本書紀』巻2・第9段一書第2  オホヤマツミノカミが娘二人を、ニニギノミコトに奉った。ニニギノミコトは、二人のうち妹のカムアタカシツヒメ(=コノハナノサクヤビメ)を召したが、姉のイハナガヒメは醜かったので、送り帰した。イハナガヒメは唾を吐いて、「この世の青人草(=人間)は、木の花のごとく、すぐに移ろい衰えるだろう」と呪った。これが、人間の短命の原因である。  

『日本書紀』巻2・第10段一書第4  ヒコホホデミ(ホノヲリ)は、失った鉤(つりばり)を兄ホノスセリに返す時、呪いの言葉を述べた後に唾を三度吐いて、鉤を与えた。

★1b.唾を吐いて相手を倒す・傷つける。

『黄金伝説』104「聖ペテロ鎖の記念」  ギリシア地方に巨龍が現れた。司教ドナトゥスは、指で十字の印を作って龍につきつけ、さらに唾を龍の顎にはきかけてこれを殺した〔*・109「聖ドナトゥス」には、猛毒の泉に棲む龍を、聖ドナトゥスが鞭でうち、唾を吐きかけて殺した、との類話がある。ただし、司教ドナトゥスと聖ドナトゥスとは別人、といわれる〕。

『幽明録』2「武帝のおでき」  漢の武帝が離宮の甘泉宮にいる時、仙女がしばしば降臨して一緒に碁を打った。武帝は力ずくで仙女を意に従わせようとしたが、仙女は武帝の顔に唾を吐きかけて逃げ、唾のあとはできものになった。武帝は仙女に詫び、仙女は温水で武帝の顔を洗ってくれた。

*唾を三度吐いて難を逃れる→〔風〕2の狐の風(水木しげる『図説日本妖怪大鑑』)。

★1c.唾を吐いて相手の姿を消す。

『今昔物語集』巻16−32  十二月晦日(つごもり)の夜、生侍(なまさぶらひ)が一条堀川の橋を西へ渡る途中、向こうから多くの鬼が橋を渡って来るのに出会った。目一つの者、角の生えた者、たくさんの手を持つ者、一本足で踊る者などがいた。四〜五人の鬼が生侍に唾を吐きかけ、そのため彼の姿は見えなくなってしまった→〔最初の人〕1

★2.相手に唾を吐かせる。

『ギリシア神話』(アポロドロス)第3巻第3章  ポリュイドスは、強制されてグラウコスに占術を教える。別れ際にポリュイドスは、「私の口中に唾を吐け」とグラウコスに命ずる。言われたとおり唾を吐くと、グラウコスは占術を忘れてしまった。

★3.吐き出された唾が、黄金に化す。

『太平広記』巻400所収『述異記』  船に乗せてもらい酒食までねだった男が、皿に唾を吐き入れて去る。船頭は怒るが、皿中の唾は黄金に変わった。

★4.唾をつける。

『マルコによる福音書』第8章  イエスは盲人の両目に唾をつけ、両手をその上に当てて開眼させた。

*幽霊は人間の唾を嫌う→〔道連れ〕1の『捜神記』巻16−18(通巻393話)。

*矢先に唾をつけて、百足を射殺す→〔百足〕2の『俵藤太物語』(御伽草子)。

*眉唾(まゆつば)→〔眉毛・睫毛〕2の『狐塚』(狂言)。

 

 

【壺】

★1.壺の中の赤ん坊。

『風姿花伝』(世阿弥)第4「神儀に云はく」  欽明天皇の御代。大和国の泊瀬河に洪水があった時、河上から一つの壺が流れて来た。殿上人がこれを拾い上げると、中に赤ん坊がいる。その夜、天皇の夢に赤ん坊が現れ、「私は秦の始皇帝の再誕だ。日本に縁があって、ここに生まれ出た」と告げた。赤ん坊は殿上に召され、十五歳で大臣となり、「秦(はだ)」の姓をたまわる。この人が、秦の河勝である。 

★2.壺の中の大空間。

『後漢書』列伝第72「方術伝」  市場に薬売りの老人がいて、毎日、市が終わると、店の軒に下げた壺の中に跳び込む。市場の役人費長房が、老人に連れられて壺の中に入ると、内部は荘厳な御殿で、美酒佳肴が満ち溢れていた。老人は仙界の人で、過ちを犯して下界へ流罪になっていたのだった。

*壺の中に宇宙が入る→〔宇宙〕4の『壺』(星新一)。

『仙境異聞』(平田篤胤)上ー1  江戸、東叡山下の五条天神で、老翁が口径四寸ほどの壺から丸薬を出して売る。夕方になると、老翁は小さな壺の中へ入り、壺は大空に飛び上がって、どこかへ行ってしまう。ある日、七歳の寅吉少年が、老翁に誘われて一緒に壺の中へ入ると、いつのまにか常陸国の南台嶽(男体山)の頂に来ていた。そこは天狗の修行場だった。

★3.壺の中に閉じ込める。 

『千一夜物語』「漁師と鬼神との物語」マルドリュス版第3〜6夜  スライマーン(ソロモン)が、彼に叛逆した鬼神(イフリート)を壺の中に閉じ込め、鉛で封をして海へ投げ捨てた。千八百年の後、壺は漁師の網にかかり、漁師が鉛の封を取ったので、鬼神はその巨大な姿を現す。鬼神は壺から解放された礼として、漁師に、白・赤・青・黄の珍しい魚の獲れる漁場を教え、大地の中へ姿を消した。

★4.壺むすこ。

『壺むすこ』(インドの昔話)  一人暮らしの婆さまが、小さな素焼きの壺を四つ買う。婆さまが「息子がいれば、麦刈りに行ってくれるのだが」とつぶやくと、壺の一つが動き出して、地主の所へ麦刈りに出かける。報酬は、壺一杯分の麦である。小さな壺なのに、いくら入れてもなかなかいっぱいにならず、婆さまはたくさんの麦を得た。壺は、美しい花嫁も連れて来る。壺は昼間は壺の姿だが、夜、嫁の手が触れると、たちまち人間の姿になるのだった(インド中部、マッデャ・プラデーシュ州マールワー地方)。 

*→〔小人〕8aの『一寸法師』(御伽草子)や、→〔変身(動物から人に)〕2の『田螺長者』(日本の昔話)と同類の物語。

★5.クラインの壺。

『最後の魔術師』(ブルース・エリオット)  魔術師ダニーンが、クラインの壺からの脱出ショーに出演する。もちろん、彼が壺に入る直前に、にせものの安全な壺とすりかえるのだが、手違いが起きて、ダニーンは本物のクラインの壺の中に入ってしまった。彼は壺の中に入り、同時に外にいた。壺の内側であり外側である所、けっしてこの世に戻って来れない所にいた。彼を切断する恐れがあるので、壺を破壊することはできない。彼は生とも死ともつかぬ状態で、この世と別世界の間にとどまり続けるだろう。 

 

※壺を買う→〔売買のいかさま〕1の『壺算』(落語)。

 

 

【妻】

 *関連項目→〔二人妻〕〔夫〕

★1.妻の愚行が大勢に不幸をもたらす。

『仕事と日』(ヘシオドス)  ゼウスから、エピメテウスの妻として贈られたパンドラは、甕(かめ)の大蓋を開けて中身をまき散らし、人間世界に、病苦など多くの災厄をもたらした。ただひとりエルピス(希望)のみは、飛び出る前にパンドラが蓋を閉めたために、甕の縁の下側に残った〔*甕ではなく「箱」の蓋を開け、さまざまな災いが飛び出してこの世にひろがった、という伝えの方がよく知られている〕。

『捜神記』巻12−19(通巻318話)  代々、蠱(こ=魔物の一種)を使うことを職として財を築いた家があり、その家の息子が嫁をむかえた。ある時、嫁が一人で留守番をしていて、室内の缸(かめ)に目をとめる。開けると蛇がいたので、湯を注いで殺した。帰宅した家人は、これを知って落胆する。まもなく家族の中に伝染病が起こり、ほとんどが死に絶えた。

『創世記』第3章  神はエデンの園にアダムとその妻エバ(イヴ)を住まわせた。ところがエバは蛇にそそのかされて、神から食べることを禁ぜられた木の実を食べ、夫アダムにも勧めた。神は二人の罪をとがめ、エデンの園から追放した。それゆえ彼らの子孫である人間たちは、苦しみの生を送らねばならなくなった。

★2.妻の愚行が夫に不幸や死をもたらす。

『千一夜物語』「アラジンと魔法のランプの物語」マルドリュス版第765〜766夜  魔法使いが商人に変装し、「古いランプを、新しいランプと交換して進ぜる」と呼ばわって街を歩く。アラジンの妻ブドゥール姫は、夫の部屋にある古ランプが魔力を持つランプだとは知らず、それを魔法使いに渡す。

『変身物語』(オヴィディウス)巻9  ネッソスの血とヒュドラの毒で染められた衣を、「これは愛を燃えたたせる着物だ」と聞かされて、デイアネイラは受け取る。「夫ヘラクレスが他の女を愛した」と聞いたデイアネイラは、夫の愛を取り戻そうとして、毒の衣とは知らずにそれを夫に着せる。ヘラクレスは、全身を毒に侵されて死ぬ〔*『ギリシア神話』(アポロドロス)第2巻第7章に類話〕。

*妻が、夫の背中の急所を敵に教える→〔夫の弱点〕1の『ニーベルンゲンの歌』第15〜16歌章、〔忘却(妻を)〕1の『ニーベルングの指環』(ワーグナー)「神々の黄昏」。

*妻が箱を開けたため、夫は死ぬ→〔箱の中身〕2bの『今昔物語集』巻27−21。

*妻が、夫の愛鷹に重い物を負わせ、海に沈めてしまう→〔鷹〕4の『百合若大臣』(幸若舞)。

★3.妻が夫の宝を焼く。

『三国志演義』第78回  曹操に捕えられ、獄中の死を覚悟した名医華陀は、「せめて自らの医術を後世に伝えたい」と思い、世話をしてくれた獄卒の呉に医書『青嚢書』を与える。ところが、呉の妻がこれを焼いてしまう。叱りつける呉に、妻は「華陀の医術を学び取ったとしても、獄死するのでは何にもならないではありませんか」と言う。

*妻が夫の隠れ蓑を焼く→〔隠れ身〕2の『隠れ蓑笠』(日本の昔話)。

★4a.妻が夫を待ち続けるが夫は帰らず、悲しみのうちに妻は死ぬ。

『砧』(能)  九州芦屋の某が訴訟のため京に上り、三年が過ぎる。故郷では妻が、夫の帰りを待ち続ける。秋の夜、砧を打つ妻のもとへ、「この秋も帰国できぬ」との夫の便りがもたらされる。妻は絶望して死ぬ。

『今昔物語集』巻5−22  東城国の皇子善生人は、遠い西城国へ赴き王女アシュク女と結婚する。王女の継母が善生人を冷遇するので、彼は財宝を持って出直そうと、いったん一人で故国へ戻る。王女は双子(男児)を産むが、夫がいつまでも帰って来ないので、三歳になった二子を連れて東城国に旅立つ。しかし途中で、王女は病んで死んだ。二子は遺骸のそばを離れず、物乞いをしつつ父を待つ。

『三人法師』(御伽草子)  篠崎六郎左衛門は、妻と幼い二人の子(姉と弟)とを捨てて、出家遁世する。妻は、戻らぬ夫を思いつつ二人の子を養育するうちに、病づいて死ぬ。

『毘沙門の本地』(御伽草子)  天竺瞿婁(くる)国の天大玉姫は、強要されて摩耶国へ嫁ぐこととなったが、道中で維縵国の金色太子と出会い、契りを結んだ。太子は摩耶国の大王を討ちに出かけ、姫は瞿婁国へ戻る。太子は姫に「三年待て」と言い置く。しかし約束の時が過ぎても太子は帰らず、姫は悲しみのうちに他界する。

★4b.妻が夫を待ちつづけるが、夫は妻を忘れる・あるいは捨てる。

『ウジェニー・グランデ』(バルザック)  父親の破産で無一文になったシャルルは、インドへ渡って再起をはかる。シャルルと将来を誓い合った従妹ウジェニーは、フランスの片田舎で彼の帰りを待つ。シャルルは奴隷売買などで成功して巨富を得るが、ウジェニーへは何の連絡もなく、七年後に初めて来た手紙には、パリに帰り貴族の娘と結婚することが記してあった→〔処女妻〕2

*天皇の「宮中に召し入れよう」との言葉を頼りに、童女(をとめ)が待ち続けるが、天皇はそのことを忘れてしまった→〔処女妻〕5bの『古事記』下巻。

★5.婚約者との結婚までの一年間を待ちきれず、女が他の男に心を移す。

『戦争と平和』(トルストイ)第2部第3篇〜第5篇  アンドレイ公爵とナターシャは婚約するが、アンドレイの父が二人の結婚に難色を示し、一年間待つように言う。アンドレイは一年間の外遊をし、その間、さびしさに堪えられなくなったナターシャを、妻帯者アナトーリが誘惑する。二人は駆け落ちの計画をたてるが失敗する。ナターシャとアンドレイの婚約は破棄される。

*妻が「夫はもう帰らないと」思って、他の男と結婚する→〔帰還〕3・4の『伊勢物語』第24段など。

★6a.妻の貞節を試す。

『グリゼリディス』(ペロー)  大公が妃グリゼリディスの貞淑さを試すため、さまざまに虐待し、生まれた王女を取り上げて修道院へ預け、「王女は死んだ」と偽る。さらに、年月を経て成長した王女を呼び寄せ、「新しい花嫁だ」と称して、グリゼリディスに離別を宣告する。これらのすべてを、グリゼリディスは悲しみをこらえて受け入れる。最後に大公は真実を明かし、試練に堪え抜いたグリゼリディスは皆から賞賛される。

『行人』(夏目漱石)「兄」18〜24  「自分(長野二郎)」の兄一郎は、学識豊かな大学教授で紳士だったが、妻直(なお)の心を疑い、「直はお前に惚れてるんじゃないか」と、弟である「自分」に聞く。家族で関西方面へ旅行に出かけた時、一郎は「直の節操を試すため、二人で和歌山まで行って一泊してくれ」と、「自分」に頼む。兄の頼みを断り切れず、「自分」は食事だけして昼間のうちに帰って来るつもりで出かける→〔兄嫁〕2

『ドン・キホーテ』(セルバンテス)前編第33〜35章  アンセルモは、最愛の妻カミーラの貞操を試すよう、親友ロターリオに依頼して、一週間家を留守にする。ロターリオは美しいカミーラと毎日食事を共にするうちに、本気で彼女を恋するようになり、彼女もこれに応じる。やがて二人の関係がアンセルモに知られ、二人は駆け落ちして、カミーラは修道院に、ロターリオは軍に入る。アンセルモは悲嘆して死に、ロターリオは戦死し、カミーラもまもなく死ぬ〔*ドン・キホーテの友人の住職たちが読む小説の中の物語〕。

★6b.愛人の貞節を試すために心中を迫る。

『諸艶大鑑』(井原西鶴)巻5−3  半留という男が、馴染みの太夫若山の心を試そうと、「財産を失った」といつわって心中を迫る。しかし最後の瞬間に若山が「悲しや」と声をあげたことに半留は怒り、彼女を身請けしたものの、以後二度と逢わなかった。

*身投げ心中の約束をするが、男も女も死なない→〔嘘対嘘〕1の『星野屋』(落語)、→〔冥界にあらず〕2の『辰巳の辻占』(落語)。

★7a.夫が別人に変身して、妻を試す・誘惑する。

『今古奇観』第20話「荘子休鼓盆成大道」  荘子は妻・田氏の心を試すために、仙術を用い死んだふりをして棺に横たわる。その上で荘子は分身の術で美青年となり、田氏の前に現れる。田氏は美青年を恋慕し、美青年の持病を治す薬だというので、荘子の棺をこわして遺骸から脳味噌を取り出そうとする。その時荘子は棺から立ち上がり、美青年の姿を消す。田氏は恥じて縊死する。

『英草紙』第4篇「黒川源太主山に入ツて道を得たる話」  黒川源太主は、妻深谷(みたに)の心を試すため、仙術をもって死体と化し、分身の術で弟子二万道龍の姿になって、深谷を訪れる。深谷は道龍を新たな夫にしたいと願い、道龍の急病を治す薬にするため、源太主の遺骸から脳髄を取り出そうとする。源太主は棺から起き上がり、道龍の姿を消す。深谷は恥じて縊死する。

『変身物語』巻7  ケパロスは新妻プロクリスの貞操を疑い、別人に姿を変え、贈り物をたずさえて我が家へ戻る。プロクリスは初めのうちは見知らぬ男の誘惑の言葉をしりぞけていたが、最後には多くの贈り物の力に負けてしまう。その時ケパロスは「私はお前の夫だ」と正体を現し、プロクリスは恥じて出て行く。しかしケパロスが後悔して許しを請うたので、プロクリスは戻って来て、ふたたび睦まじく暮らした。

*男二人が別人に変装して、恋人である姉妹に求愛する→〔姉妹と二人の男〕1の『コジ・ファン・トゥッテ』(モーツァルト)。 

★7b.夫が別人に変装して、強引に妻を犯す。

『変装狂』(金子光晴)  「僕(金子光晴)」が知り合った永尾先生は、素性も職業もよくわからない人で、妙な変装癖があった。ある時、永尾先生は泥棒姿で自宅の二階から侵入し、寝室の永尾夫人を犯した。必死の抵抗を押さえつけて一件を終わった後、「俺だよ」と、ほおかぶりをぬいだ。さすがの老妻も、三人の子供を連れて里へ帰り、三ヵ月も帰って来なかったという。 

★7c.妻が、誘惑者の正体が夫だと見抜きながら、気づかぬふりをする。

『他人の顔』(安部公房)  「ぼく」は仮面をつけ別人に変装して、妻を誘惑する。妻はすぐ「ぼく」を夫と見抜くが、「夫は見抜かれていることを承知の上で、ともに芝居をしようというのだろう」と考えて、「ぼく」とホテルへ行く。しかし、「ぼく」があくまでも妻をだまし、試すつもりだったことを知り、妻は「ぼく」のもとを去る→〔仮面〕2

*夫はもとの姿にもどることなく、ずっと変装したまま、妻と仲良く暮らす→〔一人二役〕2aの『一人二役』(江戸川乱歩)。

★8.自分の妻と知らずに口説く。

『因幡堂』(狂言)  大酒飲みの妻を離縁した夫が、新たな妻を授かろうと因幡堂の薬師に祈り、通夜をする。妻がこれを知り、薬師の夢告のごとくよそおって、「西門の一の階に立つ女を妻とせよ」と命ずる。夫は西門に立つ被衣(かづき)姿の女を家へ連れ帰り、固めの盃をして対面すると、それはもとの妻だった。

『今昔物語集』巻28−1  舎人(とねり)茨田重方は稲荷詣でに出かけ、美しく着飾り笠を被った女を、自分の若妻と気づかずに口説く。若妻は重方の頬を思い切りひっぱたき、「この浮気者」とののしる〔*重方は若妻の機嫌を取り結び、二人は夫婦関係を続ける。後に重方は死去し、その時、若妻は女盛りの年頃になっていたので、別の男と再婚した〕。

『東海道四谷怪談』(鶴屋南北)「地獄宿」  塩冶判官が切腹し、家臣四谷左門は浪人となった。左門の娘お袖(お岩の妹)は、昼は楊枝店に勤め、夜は「おもん」と名を変え私娼窟で働いて、一家の生計を支える。そこへ、仇討ちのため小間物屋となっている夫佐藤与茂七が訪れ、自分の妻と知らずにおもんを口説く。行燈の明かりで、与茂七とおもんは、互いを夫であり妻であると知って驚く。

『フィガロの結婚』(モーツァルト)第4幕  アルマヴィーヴァ伯爵の従僕フィガロと、伯爵夫人の侍女スザンナの結婚式当日。浮気者のアルマヴィーヴァ伯爵がスザンナを口説くので(*→〔初夜〕6)、夫人は伯爵をこらしめるため、スザンナの衣装を着て夜の庭園に立ち、手紙で伯爵をおびきよせる。暗闇の中、伯爵は夫人をスザンナと思い込んで愛の言葉をささやくが、後にそれが夫人であったことを知って、平謝りに謝る。

*数年ぶりに逢った妻を、妻と気づかず口説く→〔菜〕4の『列女伝』巻5−9「魯秋潔婦」。

*仮面をつけた女を、妻と気づかず口説く→〔仮面〕6の『こうもり』(J.シュトラウス2世)。

*愛人との情事のありさまを、妻に語り聞かせる→〔身代わり〕4の『花子』(狂言)。 

★9.恐妻家たち。

『笑府』巻8J「正夫綱」  恐妻家の夫たちが集まって、「妻を恐れず、夫としてのすじを正そう」と相談する。そこへ、「彼らの妻たちがこれを知り、殴り込みにやって来る」との報がもたらされ、夫たちは蜘蛛の子を散らすように逃げ去った。その中に、一人だけが泰然と坐しているので、「この人は妻を恐れない人だ」と感心して見ると、ショック死していたのだった。

★10.妻の欲心。

『恩讐の彼方に』(菊池寛)  市九郎は、主人中川三郎兵衛の寵妾お弓と関係を持ち、主人を斬り殺してお弓とともに出奔する。二人は強盗などをしつつ江戸から西へ向かい、やがて鳥居峠で茶店を開く。彼らは、金のありそうな旅人を殺しては金品を奪ったが、ある時、殺した女の死体から櫛まで奪おうとするお弓を見て、市九郎は彼女の欲心に愛想をつかす〔*彼は出家し、後に青の洞門を掘る〕。

『漁夫とその妻の話』(グリム)KHM19  漁夫の妻イルゼビルは、魔法をかけられた王子の化身であるカレイに願って、小さな家を得る。次いで大御殿、王、天子、ローマ法王、神と、次々に望みを大きくする→〔円環構造〕1a

『高野物語』(御伽草子)第3話  結城のかう阿弥陀仏は、歳末をむかえながら年を越すべき方策もたたず、強盗に入り女を殺して、宿直物を持ち帰る。女の切り落とされた手が宿直物を強くつかんだまま離れないので、妻がもぐさを指にすえて焼き、手を開かせる。かう阿弥陀仏は妻の欲心をうとんで、出家する。

『三人法師』(御伽草子)  盗賊三条の荒五郎が、ある年の暮、辻取りに出て美女を殺し衣装を奪う。帰宅して妻に首尾を語ると、妻は自らも現場へ行き死体の髪を切り取って、「良いかづらができる」と喜ぶ。荒五郎はそのあさましさにあきれ、その夜のうちに家を出て僧になる。

『遠野物語』(柳田国男)27  男が、米を一粒入れて回せば下から黄金が出る石臼を沼の主からもらい、金持ちになる。欲の深い妻が一度にたくさんの米を入れると、石臼は回り続けてついに水たまりに落ち、見えなくなる。その水たまりは後に小さな池になった。

 

※冥界の妻に会いに行く→〔冥界行〕6の『古事記』上巻(イザナキ・イザナミ)など。

 

 

【妻争い】

★1.複数の男が、一人の女を得ようとして争う。女は男たちの内の一人と結婚する。

『うつほ物語』「藤原の君」〜「あて宮」  源正頼の九女あて宮は絶世の美女で、十二歳で成人すると、仲忠、忠こそ、涼をはじめとする数多くの男たちから求婚される。しかし彼女は東宮に嫁したため、求婚者たちは悲嘆し、中でも同母兄の仲澄は悶死、源仲頼は出家、滋野真菅は発狂して流罪、三春高基は自邸に放火して遁世、という結果に終わった。

『ギリシア神話』(アポロドロス)第3巻第10章  絶世の美女ヘレネに求婚すべく、ギリシアの王たち三十人ほどがスパルタに赴く。父王テュンダレオスは、「一人を選べば、他の者たちが争いを起こしはせぬか?」と心配する。オデュッセウスの案で、求婚者たちは「選ばれた婿が何か害をこうむったら、皆で婿を助ける」と誓言をし、テュンダレオスはメネラオスを婿に選ぶ。

『古事記』上巻  出雲国の八十神(やそかみ)たちが、ヤガミヒメを妻にしたいと望んで、因幡国まで出かける。彼らの兄弟であるオホナムヂ(大国主命)が袋を負い、従者となってついて行く。ヤガミヒメは八十神たちの求婚を退け、オホナムヂを夫とする。

『古事記』中巻  八十神たちがイヅシヲトメを得ようとして、皆失敗する。秋山の下氷壯夫・春山の霞壯夫兄弟が求婚するが、兄の下氷壯夫は失敗する。弟の霞壯夫が母の援助を得て、イヅシヲトメと結婚する。

『日本書紀』巻16武烈天皇即位前紀  武烈天皇が皇太子時代のこと。太子が海柘榴市(つばきち)の歌垣で、影媛の袖をとらえて誘いかける。そこへ大臣平群真鳥の子・鮪(しび)が来て、太子と影媛の間をおしのける。太子と鮪が影媛を争って歌をうたい合ううち、太子は、鮪がすでに影媛と通じていたことを知る。太子は怒り、その夜、多くの兵を集めて鮪を殺す〔*『古事記』下巻では、袁祁命と志毘臣が、菟田の長の娘大魚を争う〕。

★2.複数の男が、一人の女を得ようとして争う。女は誰とも結婚せずに、遠い世界へ去る。

『竹取物語』  多くの男がかぐや姫を得ようと昼も夜も訪れ、石作の皇子ら五人がとりわけ熱心であったが、かぐや姫は難題を出して彼らをすべて退けた。かぐや姫は帝の求愛にも応ぜず、地上の男の誰とも関係を持たぬまま月世界へ去った。

★3.大勢の男が、一人の女に求婚して争う。女は誰とも結婚せずに死に、男たちは諦める。

寅御石(高木敏雄『日本伝説集』第14)  弘安(1278〜88)の頃。長者の娘お寅は絶世の美女だったので、近郷近在の大勢の男が求婚した。誰を婿に選んでも、他の求婚者たちから恨まれる。長者は思い悩み、ある決心をして、求婚者たちを家へ招く。酒宴の席で、血の滴る生肉を盛り上げた大皿が出る。それはお寅の腿肉だった。求婚者たちはお寅の死を知り、生肉を食べ尽くして涙ながらに引き上げた。彼らが申し合わせて供養塔を建立したのが、今の寅御石の起こりである(埼玉県南埼玉郡河合村馬込)。

*夫が、死んだ愛妻の肉を食べる→〔妻食い〕2の『遠野物語拾遺』296。   

 

※大勢の男たちが、夫の留守を守る一人の人妻を得ようとして争う。人妻は男たちをすべてしりぞけ、帰還した夫と再び結ばれる→〔帰還〕1の『オデッュセイア』。

※大勢の男たちが、大富豪の一人娘を得ようと、さまざまな試験を受ける。試験を受けず求婚競争に加わらなかった青年が、その娘と結婚する→〔婿選び〕1の『露団々(つゆだんだん)』(幸田露伴)。

 

 

【妻食い】

 *関連項目→〔子食い〕〔人肉食〕

★1.夫(爺)が、知らずに妻(婆)の肉を食う。

『かちかち山』(日本の昔話)  狸が婆を殺して婆に化け、畑から帰ってきた爺に「狸汁を」とすすめる。何も知らぬ爺が舌鼓を打って食べおわると、狸は正体をあらわし、「婆汁食った爺やい。流しの下の骨を見ろ」と言って逃げる。

★2.夫が愛妻の死を悲しみ、妻の肉を食べる。

『遠野物語拾遺』296  昔ある所に、たいそう仲の良い夫婦がいた。夫が長旅に出ている間、妻は、近所の若者たちの悪戯に悩まされ、川へ身を投げた。そこへ夫が帰って来て、妻の屍に取りすがって夜昼泣き悲しんだ。夫は、妻の肉を薄(すすき)の葉に包んで持ち帰り、餅にして食べた。これが、五月五日の節句に薄餅(薄の新しい葉に、搗きたての水切り餅を包んだもの)を作って食べるようになった始めである。

*佐々木喜善が野尻抱影に語った異伝→〔麺〕1bの『星の神話・伝説集成』(野尻抱影)。

*美女に求婚した男たちが、その美女の肉を食べる→〔妻争い〕3の寅御石(高木敏雄『日本伝説集』第14)。

*愛する人の肉を食べる物語の変型として、血のしみこんだビスケットを食べる→〔血の味〕2の『湖南の扇』(芥川龍之介)、火葬した灰を呑む→〔灰〕2の『孤島の鬼』(江戸川乱歩)がある。

*逆に、妻(狐に転生)が、夫(鳥に転生)を食う→〔転生先〕6の『転生』(志賀直哉)。

★3.夫が妻の肉を、客に食べさせる。

『三国志演義』第19回  呂布に追われた劉備は、部下と二騎で間道を逃げ、狩人劉安の家に一夜の宿を請う。劉安は、折悪しく獲物がなかったので、自分の妻を殺し、「狼の肉です」と言って劉備をもてなす。翌朝、劉備は厨(くりや)に女の死体がころがっているのを見て、昨夜食べたのが劉安の妻の肉だったことを知った。

 

【妻殺し】

★1.男が自分の妻を殺す。

『ヴォイツェク』(ビューヒナー)  貧しい兵卒ヴォイツェクは、大尉の髭剃りをしたり、医者の実験台になったりして、生活費を得ている。彼はしばしば幻覚や幻聴に襲われ、医者から「お前は精神錯乱だ」と言われる。内妻マリーが鼓手長と関係を持ったことを知り、ヴォイツェクは彼女をナイフで刺し殺す。彼はナイフを池に捨て、返り血を洗おうと水の中に入って行き、溺死する〔*ヴォイツェクは死なずに逮捕される、という版もある〕。

『押絵の奇蹟』(夢野久作)  博多の士族井ノ口某は、妻が作った押絵中の人物の顔が歌舞伎役者中村半太夫に生き写しであったため、妻と半太夫が不義を働いたものと思う(*→〔性交〕9)。「幼い娘トシ子も半太夫の胤であろう」と井ノ口某は考え、妻と娘をともに刀にかけてから、切腹する〔*妻は死ぬが、娘は助かった〕。

『お艶殺し』(谷崎潤一郎)  貧家の一人息子新助は質屋駿河屋に奉公し、駿河屋の一人娘お艶と恋仲になって、ある雪の夜に駆け落ちをする。しかし悪人たちが、新助をだまして殺し、お艶を奪おうと企むので、新助は争いの末に数人を殺す。芸者となったお艶は毒婦としての素質を開花させ、新助以外の男にも肌身を許し、さらに旗本芹沢を愛人とするので、新助はついにお艶を殺す。

『カルメン』(ビゼー)  伍長ドン・ホセは、たばこ工場の女工カルメンと恋仲になった。彼はカルメンと一緒に暮らすために、軍隊から脱走して、密輸業者たちの仲間になる。しかしカルメンは、まもなく闘牛士エスカミリオに心を移す。カルメンは、ドン・ホセに「もう愛していない」と言って、彼が与えた指輪を投げ捨てる。ドン・ホセは短刀でカルメンを刺し殺す。

『黒猫』(ポオ)  「わたし」は、かつて殺した猫プルートーそっくりの猫を見つけて、飼う。しかし猫がなつくのに反比例して、「わたし」は猫を憎悪するようになる。「わたし」は手斧で猫を殺そうとするが、妻がそれを妨げたので、「わたし」は怒って妻の脳天に斧を打ち下ろす。

*妻が不貞をはたらいたので殺す→〔芝居〕1の『パリアッチ(道化師)』(レオンカヴァルロ)、→〔乗客〕1の『クロイツェル・ソナタ』(トルストイ)。

*妻が不貞をはたらいたと誤解して殺す→〔仲介者〕2の『オセロー』(シェイクスピア)。

*妻が処女でなかったので殺す→〔初夜〕3の『本陣殺人事件』(横溝正史)。

*妻が邪魔になったので殺す→〔樽〕4aの『樽』(クロフツ)。

*妻が夫の愛情を試そうとしたので殺す→〔夫〕8の『番町皿屋敷』(岡本綺堂)。

*遊女殺し→〔遊女〕2の『五大力恋緘(ごだいりきこいのふうじめ)』(並木五瓶)第2〜3幕など。

★2a.男が何人もの女と結婚し、次々に殺す。

『青ひげ』(ペロー)  青いひげの生えた男が数回結婚し、そのたびに妻の喉を切って殺す。青ひげは、屋敷内の一部屋の壁際に妻たちの死体をくくりつけ、床一面が凝固した血でおおわれる。青ひげの新しい妻がその部屋を見たので、青ひげは、ただちに妻を殺そうとする。そこへ彼女の二人の兄(一人は龍騎兵、もう一人は近衛騎兵)が駆けつけ、剣で青ひげを刺し殺す。

『殺人狂時代』(チャップリン)  失職した初老の銀行員ヴェルドゥは、病妻と息子を養うため、重婚をする。彼は中年女性たちを誘惑し結婚して十人以上を殺し、その金を奪った。やがてヴェルドゥは逮捕され、処刑される。彼は、「一人殺せば殺人犯だが、戦争で百万人殺せば英雄だ」と言い残した。

*一艘の船で略奪すれば海賊だが、無数の船で制圧すれば大王だ→〔王〕4の『ゲスタ・ロマノルム』146。

★2b.王が、大勢の妻を殺す。

『今昔物語集』巻4−3  阿育王には八万四千人の后があった。その中の第二の后が王子を産んだが、第一の后がその王子を殺してしまった。王は怒り、第二の后以外の八万四千人の后を、罪の有無にかかわらず全員殺した。後に王は、后たちの供養のために八万四千の仏塔を建てた〔*殺した女の数と同数の花を育てる『牡丹』(三島由紀夫)と、類似の発想〕→〔花〕4

『千一夜物語』「発端」  シャハリヤール王は、奴隷と密通した妃を処刑する。女性不信に陥った王は、大臣に命じて、毎夜一人ずつ処女を寝所に連れて来させる。王は処女の純潔を奪って翌朝殺すことを、三年間続ける。ついに都には若い娘がいなくなり、大臣の娘シャハラザードが、自らシャハリヤール王のもとへ行くことを志願するにいたる。

★3.夫が直接手を下すのではないが、妻を死に追い込む。

『雨月物語』巻之3「吉備津の釜」  浮気者の正太郎は貞淑な妻磯良をかえりみず、遊女袖と馴染みを重ねる。正太郎は「袖を故郷に送り届けて、きっぱり縁を切る」と偽って、旅用の金子を磯良から騙し取り、袖と駆け落ちする。磯良は恨み嘆いて病に臥し、死ぬ→〔妬婦〕1c

『東海道四谷怪談』(鶴屋南北)「浪宅」  伊藤喜兵衛の孫娘お梅が、美男の民谷伊右衛門を恋慕する。伊右衛門は妻お岩を捨てて、富裕な伊藤家の婿になろうと考える。喜兵衛が与えた毒薬でお岩の顔はくずれ、お岩は恨みを言いに伊藤家へ乗りこもうとする。按摩宅悦がそれを止めようとして争ううちに、お岩は誤って刃物で喉を貫き、死ぬ。

*妻が伝染病にかかるように仕向ける→〔死因〕4の『途上』(谷崎潤一郎)。

*意図せざる妻殺し。夫が眠っていたことが、妻の死の原因になる→〔雨〕2の『雨の朝パリに死す』(ブルックス)。

★4.意図的に妻を殺したのか事故なのか、夫自身にもわからない。

『范の犯罪』(志賀直哉)  奇術師范の妻は、結婚前から従兄と関係を持っており、生まれた子を乳房で圧死させた。范は「妻を殺そうか」と思うが、決心できない。ある日、范がナイフ投げを演じていた時、ナイフが妻の頸動脈を切断し、妻は死んだ。それが過失だったのか、故意だったのか、范自身にもわからない。

★5.妻殺しの真の動機が、夫自身にもわからない。

『疑惑』(芥川龍之介)  明治二十四年(1891)の濃尾大地震の時、小学校教員中村玄道の家は倒壊し、妻が梁の下敷きになって動けなくなった。火事が起こったので、妻が生きたまま火に焼かれるのは悲惨だと思い、中村は瓦で妻の頭を打って殺す。しかし、やがて中村は、「自分は、肉体的欠陥があった妻を内心憎んでおり、大地震に乗じて妻を殺したのではないか?」との疑惑にとらわれるようになる。

 

※妻殺しの濡れ衣→〔アリバイ〕2の『幻の女』(アイリッシュ)、→〔濡れ衣〕4の『逃亡者』(デイヴィス)。

 

 

【爪】

★1.爪が、抜いても切ってもまた生えて来るわけ。

『月と不死』(ネフスキー)「月と不死」(二)  昔々、節祭(シツ)の夕べに、天から若返りの水が、人間のために下された。しかし、人間より先に蛇が水を浴びてしまったので、人間はしかたなく、残り水で手と足を洗った。その結果、蛇は脱皮して若返り、人間は爪だけが、いくら抜いても次から次へと生えて来るのだ(沖縄県宮古群島、多良間島)。

★2.爪と同様に、鬚や髪も、抜いても切ってもまた生えて来る。

『古事記』上巻  アマテラスの岩戸隠れの原因を作ったスサノヲに対し、八百万の神々は、罪・穢(けが)れを払うための多くの品物を要求した。神々はスサノヲの鬚を切り、手足の爪を抜いて、高天原から追放した〔*『日本書紀』巻1、第7段本文では、髪を抜き、手足の爪を抜いて、罪をつぐなわせたと記す。一書第2・第3では、吉棄物(よしきらひもの。吉を招くための祓具)として手の爪を取り、凶棄物(あしきらひもの。悪を除くための祓具)として足の爪を取った、と記す〕。

★3.生爪を抜く。

『日本書紀』巻16武烈天皇3年(A.D.501)10月  武烈天皇は、人の生爪を抜いて山芋を掘らせた。

★4.はがれた爪。

『爪』(アイリッシュ)  レストランの給仕が骨董店主を殺し、紙幣の入った箱を強引にこじあけようとして、右手人差し指の爪をはがしてしまった。殺人現場に爪が落ちていたので、警察は、人差し指に爪のない人物を捜す。警察が来る前に、給仕はナイフで自分の人差し指を切り落とし、兎肉のシチューに混ぜて、レストランの客に食べさせる。警察は給仕を犯人と確信しつつ、証拠の「爪無し指」がないために、逮捕できなかった。

*指紋を隠すために、自分の指や手首を切断する→〔指紋〕3の『悪魔の紋章』(江戸川乱歩)など。 

*蚊帳を引っ張り合って、爪をはがしてしまう→〔蚊帳〕6の『東海道四谷怪談』(鶴屋南北)「浪宅」。 

 

 

【釣り】

★1a.釣りをする男が怪異に遭う。

置いてけ堀の伝説  魚を釣った人が夕方になって帰ろうとすると、堀の中から「置いてけ、置いてけ」と声がする。無視して行くと、必ず途中で魚籠の中の魚を失ってしまう(*東京都墨田区・本所七不思議の一つ。足立区などにも同様の伝説があり、魚を置いていかないと葦原に迷いこんで、夜中になっても帰れない、ともいう)。

『幻談』(幸田露伴)  夕暮れ時、海釣りから帰る侍が、水面に一本の竿(さお)が突き出ては没するのを見る。舟を近づけると、六十歳近い肥った溺死者が、釣り竿を握って漂っているのだった。見事な竿ゆえ、侍はそれを死者の手からもぎ放して、家へ持ち帰る。翌日、侍がこの竿を持って海釣りに出ると、竿は舟中にあるのに、昨日同様に水上に竿が見える。船頭もそれを見た。侍は「南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏」と唱えて、竿を海へ返した〔*海の怪異の物語の前に、マクラとして山の怪異が語られる→〔十字架〕4〕。

『東海道四谷怪談』(鶴屋南北)「砂村隠亡堀」  民谷伊右衛門は隠亡堀へ釣りに来て、悪事仲間の直助権兵衛と出会う。日が暮れて伊右衛門が帰ろうとすると、戸板が流れて来る。戸板の片面には伊右衛門の妻お岩の死骸が、もう片面には奉公人小仏小平の死骸が、打ちつけてある。二人の死霊はそれぞれ、伊右衛門に恨みを言う。伊右衛門は小平の死骸に切りつける。死骸はたちまち骨となって、バラバラと水中へ落ちる。

*釣りをする男の足指に、蜘蛛が糸を巻きつける→〔蜘蛛〕1の『耳袋』巻之7「河怪の事」。

*釣りをする男が、髑髏に句を手向け、酒をかけて冥福を祈る→〔髑髏〕2bの『野ざらし』(落語)。

★1b.鰻釣りの名人が、鰻にされてしまう。

『夜釣』(泉鏡花)  鰻釣りの名人岩次が、霜月の末のある夜、出かけたきり帰らない。女房が心配していると、翌日の夜、二人の子供(四歳の女児と五歳の男児)が、「台所の手桶に大きな鰻がいる」と言う。誰が持って来たのか、わからない。女房はふるえる足で、台所へ向かう。手桶の中の鰻は、尖った頭をあげて、女房の蒼白(あおじろ)い顔を熟(じっ)と視(み)た。

★2a.男が配偶者を釣り上げる。

『丹後国風土記』逸文  水の江の浦の嶼子(浦島)が一人小舟に乗り、海に出て釣りをするが、三日三夜を経て一つの魚も得ることができず、五色の亀を釣り上げた。亀は舟の中で美女に変じ、嶼子を仙境蓬山(とこよのくに)へ誘う。嶼子はそこで美女と結婚し、三年を過ごした。

『釣針(釣女)(狂言)  主と太郎冠者が、西宮の戎(えびす)神社に参籠し、「望みの物を釣れ」との夢告を得て、釣竿と釣針を授かる。二人とも独身なので妻を釣ろうと相談して、太郎冠者が釣針を投げ、奥方・腰元・下女たちを、次々に釣り寄せる。主は奥方を連れ帰り、太郎冠者は、腰元・下女たちの中から自分の妻を選ぼうとするが、被衣(かづき)を取ると、皆とんでもない醜女たちであった〔*奥方が醜女だった、という演出もある〕。

*男が釣った蛤の中から、美女が現れる→〔貝〕1aの『蛤の草子』(御伽草子)。

★2b.男が釣針を捜して異郷へ行き、配偶者を得る。

『古事記』上巻  ホヲリ(山幸彦)は、兄ホデリ(海幸彦)から借りた釣針で海釣りをするが、一つの魚も得ることができず、釣針を海に失う。ホヲリは失った釣針を捜しに海辺へ行き、そこで出会った塩椎神に教えられて、无間勝間の小舟に乗り海神の宮を訪れる。ホヲリは海神の娘トヨタマビメの婿になり、三年間、幸福な結婚生活を送る。

★2c.女が釣りに行って人間の目をつかまえ、それが男に変わる。

『なぜ神々は人間をつくったのか』(シッパー)第7章「最初に男がいなかった場合」  始まりの時、地上には女ばかりが住んでおり、男はいなかった。ある日、一人の女が釣りに出かけ、人間の目をつかまえて籠に入れる。家に帰って籠を開けると、目は男に変わっていた。ほかの女たちが集まって来て、男を食べたがったので、男は逃げ出した(インド北東部、モクルム族)→〔逃走〕3b

★3.釣り人と王。

『十八史略』巻1「周」  東海の人・呂尚は貧乏なまま年老い、釣りをしつつ周の国に到る。西伯(文王)が狩りに出て、渭水の北で釣りする呂尚に会う。西伯は「聖人が来て周の国は大いに興る、と先君太公が言われたが、貴方はまさしく太公の待ち望まれた人(太公望)だ」と喜び、彼と同車して帰り、師として尊ぶ。

『荘子』「秋水篇」第17  荘子が濮水で釣りをしている時、楚王が大夫二人を遣わし「国をすべてお任せしたい」と言って招聘する。荘子は釣竿を持ったまま、振り返りもせず、「泥中に尾を引いて遊ぶ亀のごとく、自由に暮らしたい」と言って断る。

『荘子』「田子方篇」第21  釣針をつけずに釣りをする老人がおり、周の文王が彼に国政をゆだねる。老人は従来の法律を改めることも、新しい政令を出すこともしないが、国はよく治まる。文王が「このすぐれた政治を世界中に及ぼせるか?」と問うと、老人ははかばかしい返事をせず、その夜逃げ去る。

*姜子牙(太公望)と西伯侯姫昌(周の文王)の出会い→〔年数〕4の『封神演義』第27回。

★4.釣り人と仏。

『白鬚』(能)  ウガヤフキアヘズノミコト(神武天皇の父)の代。志賀の浦(琵琶湖畔)で、老翁が釣りをしていた。釈迦が、天竺で入滅後に身を変えて志賀へ渡り、老翁に「仏道修行の場として、この地を我に与えよ」と請う。老翁が「それでは釣りをする所がなくなる」と言って断ると、東方から薬師如来が現れ、「この地で仏法を開くべきだ」と老翁に説く。老翁は承知し、志賀は仏法開闢の地となる。老翁は、白鬚明神として祀られる。 

*ウガヤフキアヘズの代の終わり頃に、釈迦は誕生し、入滅した→〔伯母(叔母)〕1の『和漢三才図会』巻第19・神祭付仏供器。

★5.幻術師の釣り。

『捜神記』巻1−21  曹操が宴席で、「珍しい料理をたくさん揃えたが、足りないのは松江(しょうこう)の鱸(すずき)だ」と言う。神通力を持つ左慈が「すぐ手に入ります」と言い、銅盤に水を入れ、竹竿に糸と鉤(はり)をつけて、盤の中で釣りをする。まもなく左慈は二匹の鱸を釣り上げた〔*『三国志演義』第68回では、左慈は、王宮の庭の池に釣り糸を垂れ、千里離れた松江の鱸を数十匹釣り上げた、とする〕。

★6.西洋人の釣り。

『老人と海』(ヘミングウェイ)  サンチャゴ老人は連続八十四日の不漁にもめげず、小舟で一人沖に出て釣り糸を垂らし、八十五日目の正午に巨大なマカジキを針にかける。老人は三日間マカジキと格闘し、ついに銛で仕留めるが、舟舷につないだ獲物は、港へ戻るまでに鮫の群れに喰い尽くされる。

★7.島を釣る。

島釣りの神話(メラネシア)  至高神ヌゲラインが海で釣りをしている時、異様に重い物が網にかかっているのに気づいた。あげてみると、それは魚ではなく、アネイティム島であった。

マウイの冒険譚(ニュージーランド・マオリ族の神話)  英雄マウイが、ムリランガの顎骨を釣り針として、海底から巨大な魚を釣り上げた。マウイは、「この魚の名は、ハハウ・ホエヌア(=探し求めた陸地)だ」と言った。魚は尾とひれで海を叩き、もがいたので、背中に多くのしわがより、うねができた。ニュージーランドの島に山や谷ができたのは、このためである。魚が静かにしていれば、平坦な陸地のままであるはずだった。

★8.釣りによる占い。

『日本書紀』巻9神功皇后摂政前紀(仲哀天皇9年4月3日)  神功皇后が針を曲げて鉤(つりばり)を作り、飯粒を餌、裳の糸を釣糸として、肥前国の小河で釣りをする。「私は西方の宝の国(新羅)を得たいと思う。この事が成就するならば、河魚よ、鉤を呑め」と言って竿を上げると、たちまち鮎がかかった〔*神功皇后は軍船を率いて新羅を攻め、降伏させた〕→〔波〕1

 

 

【鶴女房】

 *関連項目→〔魚女房〕〔蛙女房〕〔狐女房〕〔熊女房〕〔猿女房〕〔蛇女房〕

★1.鶴が人間の男の妻になるが、のぞき見され、正体を知られたので、去って行く。

『鶴女房』(日本の昔話)  男が、矢傷を負った鶴を助ける。その夜、美しい女が男の家に来て、「嫁にしてくれ」と言う。女は機(はた)を織り、織物は百両で売れる。女は「機織場(はたおりば)を見て下さるな」と禁ずるが、男はのぞき見る。すると、鶴が白い羽毛を抜いて機を織っていた。女は「正体を知られたので、もうここにはいられない」と言い残して、飛び去る(岩手県北上市)。

『夕鶴』(木下順二)  鶴の化身である「つう」は、百姓「与ひょう」の妻となり、自分の羽根を抜いて美しい布を織る。「機屋(はたや)をのぞいてはいけない」との「つう」の言いつけを、「与ひょう」は固く守り、決して見ようとはしない。しかし、「布を都で高く売ろう」とたくらむ欲張りの「惣ど」「運ず」が、機屋をのぞき見て、「鶴がいる」と「与ひょう」に教える。「与ひょう」は不思議に思い、ためらいながらも機屋をのぞいてしまう。鶴の姿にもどった「つう」は、空の彼方へ飛んで行く。

★2.のぞき見しなくても、時期がくれば鶴女房は去って行く。

『鶴の草子』(御伽草子)三冊本系  宰相兼右兵衛督である男が、猟師に捕らわれた鶴を買い取って、放してやった。翌日、鶴の化身の美女が来訪し、男の妻となる。妻は、土地の守護宮崎から横恋慕されたが、不思議な力でこれを撃退する。また、実家である隠れ里に夫を招き、歓待して不老不死の薬酒を飲ませる。夫婦になって二年が過ぎた頃、妻は「かつて助けられた鶴である」と、正体を明かして飛び去る→〔転生する男女〕2

 

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