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【輪】

★1.土星の環(わ)。

『第三半球物語』(稲垣足穂)「泣き上戸」  ある晩、土星が街角のバーへ入ろうとしたが、入口に環がつかえたので、環を外して表へ立てかけておく。そのあとへ自動車がやって来て、酒壜をひいてタイアがパンクした。運転者は、目の前に立てかけてある手頃な環を、タイアの代わりに車輪にはめて、行ってしまう。バーから出て来た土星は、自動車を追いかけて、転がって行った。

★2a.茅(ち)の輪を腰につける。

『備後国風土記』逸文  武塔(むた)の神(=速須佐雄能神)が、かつて饗応された返礼として(*→〔宿を請う〕2)、蘇民将来の女児の腰に、茅の輪をつけるよう教えた。その夜、武塔の神は、蘇民将来の女児一人をのぞき、他をすべて殺し滅ぼした。そして「後世、疫気(えやみ)がある時には、『蘇民将来之子孫』と言って茅の輪を腰につけている人は無事であろう」と教えた。

★2b.大きな茅(ち)の輪をくぐる。

蘇民将来と茅の輪の伝説  ハヤスサノヲノ神が蘇民将来に、疫病を免れる方法を教えた(*→〔宿を請う〕2)。「子々孫々にいたるまで、あなたの名前(蘇民将来)を戸口に貼り、茅の輪を作ってこれをくぐれ。そうすれば、疫病を免れることができるであろう」。以来、茅の輪くぐりが、疫病よけの年中行事となった(広島県芦品郡新市町)。  

★3.巨大な環をくぐって、宇宙の彼方の惑星に到る。

『スターゲイト』(エメリッヒ)  サハラ砂漠の古代遺跡から、直径数メートルの鋼製の環が発見された。米軍のチームがその環(スターゲイト)をくぐり、宇宙の彼方の未知の惑星に到る。惑星は、独裁者ラーに支配されていた。遠い昔、ラーは地球を訪れ、人類を指導して古代エジプト文明を作り上げた後、大勢のエジプト人を奴隷として引き連れ、この惑星に移り住んだのである。しかし今、ラーは地球を攻撃しようとしていた。米軍チームは激しい戦闘の後、ラーを倒して地球へ帰還した〔*チームの一員である考古学者ダニエルは、惑星に住む娘シュリを伴侶として、そのまま惑星にとどまった〕。

*輪に「長さ」があれば、「トンネル」になる。トンネルを抜けて異郷へ行く→〔トンネル〕1aの『ギルガメシュ叙事詩』など。

★4.輪の中に立つ子供。

『コーカサスの白墨の輪』(ブレヒト)  領主夫人の子供を、召使いグルシェが我が子のようにいつくしんで育てるが、領主夫人がやって来て「子供を返せ」と要求する。村役場の書記アツダクが裁判官となり、白墨で地面に輪を描いて、その中に子供を立たせる。二人の女は輪の両脇から、子供の左右の手を引っ張る。グルシェは「子供を引き裂いてはいけない」と思って手を離し、領主夫人が子供を引き寄せる。アツダクは、「子供はグルシェのものだ」と判決を下す。

*子供の身体を二つに切り分けよ、との裁き→〔裁判〕1の『列王紀』上・第3章。

 

※金の輪を回す少年→〔死神〕5bの『金の輪』(小川未明)。

※メビウスの輪→〔地下鉄〕5の『メビウスという名の地下鉄』(A・J・ドイッチュ)。

 

 

【和解】

★1.仲のこじれた二人が、一方の病気を契機に和解する。

『暗夜行路』(志賀直哉)後篇  妻直子の過失(*→〔暴行(人妻を)〕2)以来、時任謙作の心の底にはいつまでもわだかまりが残った。彼は一人で大山(だいせん)へ行き、自然に囲まれて安らぎを得るが、疲労などから急病になる。重態の謙作の病床へ直子が駆けつけ、二人はようやく夫婦としての一体感を回復する。

『春色辰巳園』  芸者仇吉と米八は、ともに唐琴屋の丹次郎の愛人である。二人は互いを敵視し、取っ組み合いの喧嘩をするほどだった。しかし仇吉は、物思いと無理酒がたたって病の床に臥し、色と欲の借金取り・鬼九郎に苦しめられた。そこへ米八が見舞いに訪れ、仇吉の借金の肩代わりをして、鬼九郎を追い払う。米八は真心こめて仇吉の看病をし、二人は和解する。

★2.不和であった二人が、双方の子供の死を契機に和解する。

『妹背山婦女庭訓(いもせやまおんなていきん)3段目「山の段」  大判事清澄と太宰少弍後室定高は不和であるが、清澄の一人息子久我之助と定高の一人娘雛鳥は、恋し合う仲だった。天智天皇を退けて、自ら帝を僭称する蘇我入鹿が、久我之助に出仕を、雛鳥に入内を求める。久我之助は忠臣、雛鳥は貞女であるゆえに、二人は入鹿の命令を拒否して死を望む。清澄は息子久我之助を切腹させ、定高は娘雛鳥の首を討って、清澄と定高は和解する。

『ロミオとジュリエット』(シェイクスピア)  モンタギュー家とキャピュレット家は、長年敵対していた。それが、両家の一人息子ロミオと一人娘ジュリエットの死をもたらしたことを、老モンタギューと老キャピュレットは悟り、若い二人の死の翌朝に和解する。彼らは、ロミオとジュリエットの像を、両家確執の犠牲の記念として建立しようと誓い合う。

★3.父と息子の和解。

『和解』(志賀直哉)  「自分(順吉)」は小説家で、結婚して我孫子に住んでいる。十一年以前から父と不和であり、祖母や母(継母)への用で麻布の実家を訪れる時も、父に会うのは嫌だった。祖母も母も、「自分」と父の和解を願っていた。「自分」と妻の間に授かった赤ん坊が、和解の契機になるかもしれなかったが、赤ん坊はすぐ死んでしまった。幸い妻は、まもなく次の赤ん坊を産んだ。実母の二十三回忌の日、「自分」は実家に行き、父と話し合ってようやく和解した。

★4.父と娘の和解。

『黄昏』(ライデル)  引退した老教授ノーマン(演ずるのはヘンリー・フォンダ)と妻エセル(キャサリン・ヘップバーン)は、湖畔の別荘で夏を過ごしていた。そこへ、長年不和だった娘チェルシー(ジェーン・フォンダ)が、恋人ビルと彼の息子ビリーを連れてやって来る。ノーマンは辛辣な言葉で彼らを迎える。しかしノーマンの心は、ビリーと一緒に魚釣りをするうちに、しだいにほぐれてくる。エセルは「ノーマンは八十歳よ。今理解し合わなくて、この先どうするの」とチェルシーを諭(さと)す。チェルシーはノーマンに「いがみ合うのはやめたい」と言う。ノーマンは「これから時々遊びに来るということか」と応ずる。父と娘は和解する。 

★5.兄と弟の和解。

『あらし』(シェイクスピア)  ミラノ公プロスペローは魔術の研究に没頭し、国政をおろそかにしたため、弟アントーニオーとその仲間ナポリ王によって国を追われ、娘ミランダとともに孤島に逃れる。プロスペローは魔術の力で、島の怪物や妖精を支配する。十二年後、アントーニオーやナポリ王たちの乗る船が近海を航行するので、プロスペローは嵐を起こし、彼らを島に漂着させる。プロスペローは魔術を用いてアントーニオーたちをさまざまに翻弄した後、彼らを許して和解する。プロスペローはミラノ公に復位し、娘ミランダはナポリ王の息子ファーディナンドと結婚する。

 

※資本家の息子と労働者の娘の恋によって、富裕層と労働者が和解する→〔ロボット〕3の『メトロポリス』(ラング)。

 

 

【若返り】

★1a.草、花、果実、薬などを、飲んだり食べたりして若返る。

『ギリシア奇談集』(アイリアノス)巻3−18  オケアノスの彼方の大陸に「不帰の郷」があり、「快楽川」が流れている。そのほとりの木の実を食べた者は、もろもろの欲望を捨て、少しずつ若返る。老人が壮年、青年、少年へと回帰し、やがて胎児となって消滅するのである〔*→〔逆さまの世界〕2の『逆まわりの世界』(ディック)に類似〕。

『ギルガメシュ叙事詩』  不死を求めて旅するギルガメシュは、不死者ウトナピシュテムから、海底の若返りの草のことを教えられる。ギルガメシュは深淵にもぐって若返りの草を手に入れるが、故郷ウルクへ帰る途中、水浴をしている間に、蛇が来て、その草を食べてしまった。蛇は脱皮し(若返り)、抜け殻を残して去る。ギルガメシュは「誰のために私は骨を折ったのだ」と言って、涙を流す。

『今古奇観』第8話「灌園叟晩逢仙女」  崔玄微という老人が、広い庭に多くの草花を植えて楽しんでいたが、花の精からもらった花びらを食べて三十代に若返り、後には神仙の道を得て仙界へ去った。

『七草草紙』(御伽草子)  楚国の大しうは、百歳に及ぶ老父母に、帝釈天の教えによって春の七草を与え、二十歳ほどに若返らせた。

『ファウスト』(ゲーテ)第1部  初老の学者ファウスト〔*五十歳代と考えられる〕は、悪魔メフィストフェレスの用意した若返りの薬を飲み、三十年若返る。美しい青年の姿となったファウストは、街角で見かけた十代の処女マルガレーテ(=グレートヒェン)を誘惑して、関係を持つ。

*神々が、りんごを食べて若さを保つ→〔りんご〕1の『詩語法』(スノリ)第2〜3章。

★1b.桃を食べたり水を飲んだりして、老夫婦が若返る。

『桃太郎昔語(ももたろうむかしがたり)』  昔々のこと。爺は山へ草刈りに、婆は川へ洗濯に行った。川に流れて来た桃を食べると、爺と婆は若夫婦に変じて、二人の間に元気な赤ん坊(桃太郎)が生まれた。

*二つの桃を、夫婦が一つずつ食べる→〔桃〕3bの『燕石雑志』(曲亭馬琴)巻之4・(5)「桃太郎」。

『若返りの水』(日本の昔話)  山へ炭焼きに行った爺が、岩陰の清水を飲み、若者になって家に帰った。婆が羨んで清水へ行くが、うんと若返ろうと欲張って飲みすぎ、赤ん坊になってしまった(山梨県西八代郡)。

★2.水の中に入って若返る。

『マハーバーラタ』第3巻「森の巻」  若く美貌のアシュヴィン双神が、老チャヴァナ聖仙とともに湖水に入る。しばらくして三人は湖から出て来るが、老チャヴァナ聖仙はすっかり若返って美青年となっており、アシュヴィン双神との見分けがつかないくらいだった→〔三者択一〕4

★3.月の神は、若返りの水を持っている。

『万葉集』巻13 3259歌  「・・・・・・月読(つくよみ)の持てる変若水(をちみづ)い取り来て君にまつりて変若(をち)えてしかも〔*月の神が持っている若返りの水を取って来て、我が君に差し上げ、若返っていただきたい〕」とあるように、月の神は若返りの水を持つ、との俗信があった。

*お月様とお日様が、変若水(しじみず)を人間に与えようとする→〔死の起源〕1の『月と不死』(ネフスキー)。

★4.魔法や神通力などによって若返る。

『ギリシア神話』(アポロドロス)第1巻第9章  魔女メディアが牡羊を八つ裂きにして煮て、子羊に若返らせる。「同様にして老ペリアス王を若返らせる」とのメディアの言葉に、王の娘らは欺かれ、ペリアス王を細々に切り裂いて煮る。

『ペンタメローネ』(バジーレ)第1日第10話  王様がだまされて老婆と共寝するが、明かりをつけてその正体を見、怒って老婆を庭へ放り出す。朝、通りかかりの七人の妖精が、老婆を十五歳ほどの美女に変身させる。王様はその美女が昨夜の老婆とは知らず、花嫁にする→〔真似〕2

『ペンタメローネ』(バジーレ)第4日第1話  ミネコ老人は魔法の石を指輪にはめ、それに願って十八歳の若者になり、王女と結婚する。しかし魔術師に指輪を奪われ、ミネコは老人にもどる。二匹の鼠が魔術師の指をかじって指輪を取り返し、ミネコは前以上の美青年になる。

*老婆が若い女に変身する→〔老婆と若い男〕3の『カンタベリー物語』「バースの女房の話」など。 。 

★5.老いてはまた若返ることを繰り返す。

八百比丘尼の伝説  十八歳の娘が人魚の肉を食べ、死ねない身体になって、百歳になると十八歳に戻ることを繰り返す。娘は尼になって「白比丘尼」と呼ばれたが、後に若狭の国へ行き八百年以上も生きたので、「八百比丘尼」とも呼ばれた(石川県輪島市縄又町)。また、結婚して夫とともに老いるが、夫が死ぬと娘時代に若返ることを繰り返した、ともいう(福井県小浜市)。

★6.身近にいる人を若返らせる不思議な存在。

『竹取物語』  翁が竹中からかぐや姫を見つけ、姫は三ヵ月で成人して、多くの男が求婚に来る。その時、翁は七十歳過ぎだった。翁が二十余年かぐや姫を養った頃、姫は「私はまもなく月へ帰る」と告げるが、その年、翁は五十歳ほどだった〔*『竹取物語』の記述をそのまま読めば、翁は一年に一歳ずつ若返ったことになる〕。

『毘沙門の本地』(御伽草子)  天竺瞿婁(くる)国の千載王が九十歳、妃が六十歳の時、申し子をして天大玉姫を得た。姫が生まれると王は二十歳、妃は十七〜八歳ほどに若返った。乳母も五十歳から十七〜八歳ほどになり、その他、民百姓にいたるまで、姫を拝んだ人は皆若返った。

*薊子訓と対座した老人たちは、鬚も髪も黒くなった→〔白髪〕2bの『神仙伝』巻5「薊子訓」。

★7.若返ったと思ったら、病気だった。

『だまされた女』(マン)  五十歳の未亡人ロザーリエは閉経期を迎え、自分がもはや女でなくなったことを寂しく思う。彼女は、二十四歳の青年ケンと知り合い、胸をときめかせる。ある日、ロザーリエは思いがけず出血を見て、「再び生理が始まった。私の身体に奇蹟が起こったのだ」と歓喜する。彼女はケンと逢い引きの約束をするが、その直後に大量出血で倒れる。ロザーリエは子宮癌に侵されていたのだった〔*→〔盗作・代作〕3の『再春』(松本清張)は、女性作家がこの小説を知らなかったため、盗作問題を起こす物語〕。

*これとは逆の設定で、病気だと思ったら妊娠だった、という物語がある→〔妊娠〕5の『カズイスチカ』(森鴎外)。

★8.老人が若者から若さをもらうが、反省して再び老人にもどる。

『マハーバーラタ』第1巻「序章の巻」  ヤヤーティ王は聖仙シュクラに呪われ、老人になってしまった。王は五人の息子たちに、「わしの老年を引き受けてくれ」と頼む。四人は断るが、末子が父の老いを引き受けて、自分の若さを父に与える。若返った王は、虎のようにたくましくなり、二人の妃と愛の営みを千年以上も楽しんだ。しかしある時、王は人の欲望に限りのないことに気づき、若さを末子に返した。王は断食の行をおこない、妃たちとともに昇天した。 

『未来ドロボウ』(藤子・F・不二雄)  病気で余命六ヵ月の金持ち老人が、貧しさゆえ高校進学を断念した少年と、心を交換する。老人の心は、若い身体を得て生き生きと、光り輝く毎日を送る。しかしやがて老人は、「若いということは想像以上にすばらしい。すばらしすぎる。世界中の富をもってきてもつりあわないだろう。この取り引きは不公平だった」と考え直し、未来を、正当な持ち主である少年に返す。

*老富豪の脳が、貧乏青年の若い肉体を味わう→〔憑依〕8の『ぬすまれた味』(小松左京)。

★9.若返り無用論。

『這う男』(ドイル)  老学者が若返ろうとして失敗する事件があった(*→〔猿〕7)。ホームズは、若返りには否定的な考えを持っていた。彼は言う。「若返りが可能になれば、好色で世俗的な人間だけが、生命を長らえるだろう。崇高な人間は、より高いあの世へ行くことを嫌がらないからだ。この愛すべき世界は、生きる価値のない者ばかりの、汚水溜になってしまう」。

 

※性交による若返り→〔性交〕4の『列仙伝』(劉向)「女几(じょき)」。

※白髪で生まれ、その後だんだん若返る→〔白髪〕1bの『河童』(芥川龍之介)16。  

 

 

【惑星】

 *関連項目→〔星〕

★1a.木星が太陽になる。

『2010年』(ハイアムズ)  フロイド博士をはじめとする米ソの科学者たちが宇宙船に乗り組み、木星付近を探索する(*→〔旅〕3aの『2001年宇宙の旅』)。ボーマンの霊が現れ、フロイド博士に「これから、すばらしいことが起こる」と告げる。フロイド博士らが見る前で、木星は爆発して、新しい太陽になる。その頃、地球上では米ソの対立が激化し、世界大戦寸前だった。しかし空に出現した第二の太陽を見て、米ソ首脳は、超越的存在からの警告と恩恵を読み取り、戦争を回避した。

*宇宙からの脅威を訴えて、地球上の戦争をやめさせる→〔戦争〕6の『宇宙怪人』(江戸川乱歩)。

★1b.木星の太陽化中止および爆破。

『さよならジュピター』(小松左京)  二十二世紀。木星(ジュピター)を太陽化して、土星以遠に大きなエネルギーを供給し、太陽系開発を推進する計画があった。ところが、ブラックホールが太陽系に近づいて来ており、二年後に太陽と衝突する可能性が高くなる。ブラックホールは木星のそばを通過するので、地球人類は木星を爆破し、ブラックホールの進路を変えた。太陽系最大の惑星を犠牲にすることによって、人類は滅亡を免れたのである。

*→〔地球〕3の『妖星ゴラス』(本多猪四郎)では、地球の軌道を変えて、黒色矮星と地球の衝突を回避する。

★1c.歳星(=木星)の精。

『星の神話・伝説集成』(野尻抱影)「木星」  東方朔は二十二歳から十八年間、漢の武帝に仕えた。彼は死にぎわに、「私が誰であるか知っているのは、天下で大伍公だけだ」と言った。武帝が大伍公を召して東方朔のことを問うと、大伍公は「存じませぬ」と答え、「ただ、歳星は四十年ほど天から消えていましたが、また見えるようになりました」とつけ加えた。それで武帝は、「さては東方朔は歳星の精だったか」と、天を仰いで嘆息した。

★2a.火星が災いをもたらす。

『史記』「宋微子世家」第8  宋の景公の時、火星が宋の災いとなる位置に宿った。天文官が災いを宰相に移すよう景公に具申するが、景公は聞き入れない。人民に移すことも年に移すことも景公は拒否する。こうした景公の誠心のゆえであろう、火星は三たび動き、位置を変えた。

★2b.火星が人間の姿をして地上に現れる。

『捜神記』巻8−9(通巻235話)  三国時代の永安三年(260)二月、背丈四尺余、年齢六〜七歳、青い着物を着た少年が現れて、「三国は司馬氏のものになる」と予言した。少年は「自分は火星である」と告げて天へ昇り、姿を消した。それから二十一年後に、予言は実現した。

『和漢三才図会』巻第1・天部「五星総評」  敏達天皇九年(580)。土師連八島(はじのむらじやしま)は唱歌にすぐれていた。夜ごとに人が来て、八島に和して歌を競ったが、その人の音声は、この世のものと思えぬほどだった。八島が不思議に思ってあとを追うと、その人は住吉の浜へ行き、暁に海へ入って行った。聖徳太子はこのことを聴いて言った。「それは火星である。この星は降下して人となり、童子の間に入って遊ぶ。好んで謡歌(わざうた)をつくり、これから先おこることを歌うのだ」。

★2c.戦う青年が火星になる。

『火星の誕生』(ネパールの神話・伝説)  シヴァ神の怒りの汗が地面まで流れると、そこから、何千もの手と口を持つ、真っ赤な色の青年が現われた。青年は、まず、ダクシャ王(彼はシヴァ神に無礼をはたらいた)が行なう儀式の場を破壊した。青年は続いて全宇宙をも破壊しようとしたので、シヴァ神はそれを止(と)め、彼を天へ上げて赤い惑星アンガラカにした。これが現在の火星である。ネパールの人々は、強い戦(いくさ)の神として火星を崇拝している。

★3a.英雄の心臓が金星になる。

金星になったクェツアルコアトル  英雄クェツアルコアトルはトルテック人の統一国家を建設し、王として神として敬われたが、晩年、新たに侵入してきたアズテック人との戦いに敗れた。クェツアルコアトルは、丘の上に薪木を積み上げて横たわり、自らを火葬にした。しかし彼の心臓だけは、燃えることなく動き続けた。やがて心臓は空高く舞い上がり、天界にいたって金星となった(メキシコの伝説)。

★3b.金星は、「明けの明星」「宵の明星」という二つの星、と見なされることがある。

『明けの明星と宵の明星』(ベトナムの神話・伝説)  弟は兄の怒りを恐れて家を出、西の山の麓で死んだ。弟の霊は宵の明星になった。兄は弟を捜して家を出、東の山の麓で死んだ。兄の霊は明けの明星になった。兄の妻は二人(=兄と弟)を捜して走り続け、倒れて死んだ。妻の霊は流れ星になった。妻が産んだ「手」(*→〔出産〕5)は、おうし座のヒアデス星団になった。

★3c.宵の明星が懐に入る夢を見て身ごもった。

『星の神話・伝説集成』(野尻抱影)「金星」  中国では金星を「太白」と言う。初めは、宵の明星と暁の明星とを別々の星と考えて、「長庚」「啓明」と呼びわけていた。李白は、母が「長庚星が懐に入る」と夢に見て誕生したので、「太白」と名づけられた。

★4.惑星が破壊され、小惑星となる。

『地球防衛軍』(本多猪四郎)  かつて火星と木星の間には、惑星ミステロイドがあった。十万年前、ミステロイドの住民ミステリアンどうしの大原子兵器戦争(=核戦争)によって、惑星は粉砕され、現在の小惑星群になった。ミステリアンの一部は惑星滅亡の直前に脱出し、宇宙空間を放浪した後に、地球へやって来た。住むべき土地を求め、ミステリアン人口の増加を目ざしてのことだった→〔宇宙人〕6

★5.小惑星が地球に衝突する。

『アルマゲドン』(ベイ)  テキサス州ほどの大きさの小惑星が接近し、十八日後に地球に衝突する。衝突すれば全人類の滅亡は必至だ。小惑星に深い穴を掘り、内部で核爆弾を爆発させれば、軌道を変えることができる。石油採掘の専門家ハリー(演ずるのはブルース・ウィリス)と仲間たちが、シャトルに乗って小惑星まで飛ぶ。掘削は成功したが、地球からの遠隔起爆装置が破損したため、ハリー一人が小惑星に残り、自らの手で核を爆発させる。ハリーの犠牲によって小惑星は地球をそれ、人類は救われた。

*一人が爆発現場に残って命を捨て、大勢の人々を救うという結末は→〔犠牲〕1の『グスコーブドリの伝記』(宮沢賢治)と同様である。

*惑星や矮星が地球へ向かって来る→〔地球〕3の『ザ・スター』(H・G・ウェルズ)など。

★6.惑星や恒星の性交。

『妖魔伝』(バルザック)  異端糾問所長コルニーユが、悪魔の化身である美少女ヅルマと交わる。媾合の最中、ヅルマはコルニーユを宇宙空間へ導く。太陽と地球の性交が見える。その巨大なる性交からは、精液が群星となってあふれ出ていた。恒星も惑星も、雄天体は雌天体と交わり、愛の嘆声として嵐や雷鳴や稲光を発する。コルニーユはさらに上昇し、森羅万象の雌性が、宇宙運行の王子と交わっているのを見る。天の川は、交接に耽る諸世界の精液の滴りだった。

 

 

【わざくらべ】

★1a.名手どうしが、わざを競う。

『歌行燈』(泉鏡花)  若き能楽師恩地喜多八が、叔父とともに伊勢を訪れる。「古市の按摩で、宗山と名乗る謡の名人がいる」と聞き、喜多八は叔父に内緒で、宗山と芸くらべをする。喜多八は絶妙な拍子を打って宗山の謡の呼吸を崩し、宗山は声が出せなくなってしまう。喜多八は侮蔑の言葉を宗山に浴びせ、宗山は憤って縊死する。

『今昔物語集』巻24−5  絵師川成と飛騨の工(たくみ)は、互いに腕前を競う仲だった。飛騨の工は、新築の堂に絵師川成を招いたが、その堂は四面の戸が閉じたり開いたりして、どうしても中に入れないように造ってあった。絵師川成は困惑し、飛騨の工は大笑いする。その仕返しに絵師川成は、自家の襖に本物そっくりの腐乱死体を描き、飛騨の工に見せておびえさせた。

★1b.名手と女神が、わざを競う。

『変身物語』(オヴィディウス)巻6  機織り上手の娘アラクネが「女神ミネルヴァ(=アテナ)様も私とわざを競われたらよいのだ」と言い、怒ったミネルヴァとアラクネとの間に機織り競技が行なわれる。アラクネはミネルヴァに劣らぬ美しい織物を織るので、ミネルヴァは梭でアラクネの額を打つ。アラクネは縊死し、蜘蛛に化す〔*この神話にもとづく『荒絹』(志賀直哉)では、機織り競技はなく、山の女神が、機織り娘荒絹と牧童阿陀仁の恋に嫉妬して、荒絹を蜘蛛のごとき姿に変えた、とする〕。

*飛騨の匠(たくみ)と布引山の女神のわざくらべ→〔月の光〕4の石見国布引山(高木敏雄『日本伝説集』第21)。

★1c.予言者どうしが、わざを競う。

『ギリシア神話』(アポロドロス)摘要第6章  予言者カルカスが、野生の無花果(いちじく)の木を見て「実がいくつあるか?」と問い、予言者モプソスが「一万と一メディムノス」と正しく答えた。次にモプソスが、孕んでいる一頭の牝豚を見て「腹の中に何匹子豚がいるか?」と尋ねたが、カルカスは無言だった。モプソスは「十匹の子豚がおり、そのうちの一匹は雄で、明日生まれるだろう」と言い、そのとおり実現したので、カルカスは気落ちして死んだ。

★2.幻術などを競う。

『今昔物語集』巻1−9  大勢の外道と舎利弗とが、王の前で術くらべをする。外道たちは、大樹、洪水、大山、青龍、大牛、大夜叉を現じて舎利弗を攻撃するが、舎利弗は、風、大象、力士、金翅鳥、獅子、毘沙門を出し、ことごとく打ち勝つ。こうして、仏法の優れていることが広く認められた。

『西遊記』百回本第45回  虎の精の化身である虎力大仙と三蔵法師が、雨乞いの術くらべをする。虎力大仙の呪文に応じて、風が吹き雲が湧いたので、孫悟空が空中に飛び、風・雲の神や雨を司る龍王に、「妖怪に協力するな」と命ずる。虎力大仙の雨乞いは失敗し、次いで三蔵法師が経を念ずると、悟空の合図で龍王が大雨を降らせた。

『用明天王職人鑑』初段  敏達天皇の代、仏道を尊ぶ花人親王と、外道を奉ずる山彦王子が争う。それぞれの経巻に火をつけると、仏典は焼け、外道の書は焼けなかった。しかし花人親王の祈りに応じて、焼け残りの巻軸から、七千余巻の経文が浮かび、釈迦如来の姿が現れる。如来の肉髻から発する光は、外道の書を灰燼となした。

*預言者四百五十人対エリヤ一人の、雨乞いくらべ→〔雨乞い〕1の『列王紀』上・第18章。

*アロン対魔術師たちの、魔法(杖を蛇にする)くらべ→〔杖〕3の『出エジプト記』第7章。

★3.変身くらべ。二者が互いにさまざまなものに変身しつつ闘う。

『西遊記』百回本第61回  牛魔王が、こうのとり、黄鷹、白鶴、じゃこうじか、大豹、大熊と、次々に変身する。それに対抗して孫悟空も、海東青(鷲の一種)、烏鳳、丹鳳、虎、獅子、大象と姿を変えて、激しく闘う。天神たちが皆悟空に味方して牛魔王を取り囲み、牛魔王は逃げ場を失って降参する。

『泥棒の名人とその大先生』(グリム)KHM68  泥棒の大先生のもとで魔法を習った弟子が馬になり、彼の父親がその馬を百ダーレルで大先生に売る。馬は雀になって逃げ出すが、大先生も雀になって追い、戦う。負けた大先生は水に入って魚になり、弟子も魚になってまた戦う。大先生が雄鶏になると弟子は狐になり、雄鶏の頭をかみきってしまう。

★4.人間と狐の化けくらべ。

おさん狐の伝説  「おさん狐」と呼ばれる狐が美しい娘に化け、野道を歩く能役者の前に現れる。能役者は相手が狐だと気づいて、鬼の面をつける。すると、おさん狐も鬼に化ける。能役者が翁の面をつけると、おさん狐も老人になる。能役者は次々に面を付け替え、おさん狐もそれに合わせて変身するが、とうとう降参して、「化け方を教えてほしい」と頼む(広島市中区江波周辺)。 

★5.けちくらべ。

『しわい屋』(落語)  けちな男が住む家へ、ある夜、もう一人のけちが、けちくらべに訪れる。主のけちは、明かりを節約して真っ暗な中に、裸で座っている。頭上には、天井からたくあん石が細引きで吊るしてあり、「いつ石が落ちて来るかと、ハラハラして汗をかいているので寒くない。だから着物もいらない」と言う。客のけちは、「とてもかなわない」と降参して帰る。

*「天上から吊るしたたくあん石」は、ダモクレスの剣の故事を連想させる。ダモクレスは、僭主ディオニュシオス王をうらやんでいた。ある時、王はダモクレスを宴会に招き、王の席に座らせた。その頭上には、刃を下に向けた剣が、一本の毛で吊るされていたので、ダモクレスは王の地位の危険であることを悟った。

 

※ほらふきくらべ→〔嘘対嘘〕2の『てんぽ競べ』(日本の昔話)。

 

 

【鷲】

★1.鷲が子供をさらう。

『ギリシア神話』(アポロドロス)第3巻第12章  ゼウスは鷲を用いて美少年ガニュメデスをさらい、天上で神々の酒注ぎとした〔*『変身物語』(オヴィディウス)巻10では、ユピテル(ゼウス)自身が鷲に姿を変えてガニュメデスをさらった、と記す〕。

『半七捕物帳』(岡本綺堂)「広重と河獺」  ある朝、旗本屋敷の屋根の上に三〜四歳の女児の死体が発見される。詮議を命ぜられた半七は、絵草紙屋の店先で、広重の描いた鷲の絵に偶然目をとめ、事件の真相を察する。それは前夜、母親とはぐれた女児を鷲がさらい、屋根に落としたのだった。

*巨人国の大鷲が、小人同然のガリヴァーをさらう→〔巨人〕2の『ガリヴァー旅行記』(スウィフト)第2篇。

*鷹やフクロウなど、小さな鳥が子供をさらったという嘘→〔難題問答〕4の『寓話』(ラ・フォンテーヌ)巻9−1、『ジャータカ』第218話。

*鷲などの鳥が子供をさらい、木の上に置く→〔兄妹〕4の『みつけ鳥』(グリム)KHM51。

★2.鷲にさらわれた子供が、後に親と再会する。

『南総里見八犬伝』第7輯巻之4第68回・巻之6第72回・第9輯巻之51第180回下  里見義成の娘浜路姫は幼時に鷲にさらわれ、安房から甲斐へ連れて来られて、四六城木工作(よろぎむくさく)に養われる。十四年後、犬塚信乃が木工作宅に止宿した折、信乃の許嫁浜路の亡霊が浜路姫に乗り移り、結縁を請う。後に浜路姫は父母と再会し、信乃と結婚する。

良弁(ろうべん)杉の伝説  良弁僧正は二歳の時、鷲にさらわれ、奈良の二月堂下の大杉まで運ばれた。良弁は義渕僧正に養育され、成長後は東大寺建立に力を尽くしたが、その杉を父母と思って、毎日参拝した。さらわれてから三十年後に、良弁と母は杉の樹の下で再会した(奈良市東大寺)。

『良弁(ろうべん)杉由来』「志賀の里の段」  近江国志賀の里で、水無瀬左近の未亡人渚の方と二歳の若君光丸が茶摘みに興じているところへ、大鷲が舞い降り、光丸をさらう。渚の方は悲しみに心乱れ、物狂いとなって、諸方をさまよい歩く。三十年の後に、渚の方は東大寺で我が子と再会する→〔再会(母子)〕1

*鷲にさらわれた女児が、八年後に父と再会する→〔再会(父子)〕1の『日本霊異記』上−9。

*伊予の国の長者、橘朝臣清政の若君・玉王は、幼い時鷲にさらわれ、阿波の国まで連れて行かれるが、後に父母と再会する→〔出生〕2aの『神道集』巻6−33「三島大明神の事」。

★3.鷲にさらわれた人の帰還。

『遠野物語拾遺』138  遠野の町に「宮」という家があり、土地で最も古い家だと伝えられている。昔、この家の元祖は猟に出かけて鷲にさらわれ、はるか南の国の、とある川岸の大木の枝まで連れて行かれた。元祖は鷲を刺し殺して岩上に落ち、水際まで降りた。折り良く一群の鮭が上って来たので、その鮭の背に乗って川を渡り、家に帰ることができた。 

★4.鷲の恩返し。

『イソップ寓話集』(岩波文庫版)296「農夫と助けられた鷲」  農夫が、罠にかかった鷲を放してやる。後、崩れそうな壁の下に農夫が座っていた時、鷲が農夫の帽子を奪い去る。農夫は後を追い、鷲は帽子を落とす。農夫が帽子を拾って戻ると、壁が崩れ落ちていた〔*→〔鼠〕2の『太平広記』巻440所引『宣室志』、→〔胸騒ぎ〕1の『日本霊異記』中−20に類似する。*→〔山〕6の『子不語』巻8−186のように、美女のおかげで命拾いするという物語もある〕。

『イソップ寓話集』(岩波文庫版)395「蛇と鷲」  農夫が、蛇にからめ取られた鷲を見て、蛇のとぐろをほどいて鷲を解き放った。蛇は恨んで、農夫の盃に毒を注いだ。農夫が知らずに飲もうとした時、鷲が舞い降りて、盃をはたき落した〔*→〔誤解による殺害〕1の『千一夜物語』「シンディバード王の鷹」に類似〕。

★5.自分の羽のついた矢で射られる鷲。

『イソップ寓話集』(岩波文庫版)276「射られた鷲」  ある人が、弓で鷲を射た。矢は鷲の肉に突きささった。鷲は矢筈の羽を見て、「自分の羽で殺されるとは、踏んだり蹴ったりだ」と言った。

★6.人間が鷲に転生する。

『国家』(プラトン)第10巻  死者の魂は、次にどのようなものに転生するか、自分で決めることができる。アガメムノンの魂は、自分が受けた災難(*→〔夫殺し〕1の『アガメムノン』)のゆえに、人間を忌み嫌って、かわりに鷲の生涯を選び取った。

*オーディンが鷲に変身する→〔酒〕13の『詩語法』(スノリ)第6章。 

 

※鷲が蛇に巻きつく→〔ウロボロス〕1の『ツァラトゥストラはこう言った』「序説」。

※鷲と蛇が争う→〔凶兆〕4の『イリアス』第12歌。

 

 

【わに】

★1.わにが人間の身体を食う。

『ピーター・パン』(バリ)  ピーター・パンが海賊フックの右腕を切り落として、鰐に与えた。鰐はその味が忘れられず、フックの身体全体を食べようと、彼を追いまわす。鰐は時計を呑みこんでおり、絶えずチクタク音をたてているので、フックは、鰐が近づく前に逃げることができる。しかし、やがて時計は止まる。いつのまにか鰐は、ピーター・パンとフックが剣で決闘をしている船の、すぐ下に来ていた。フックは決闘に敗れ、鰐の口の中へ落下して行った。

*蝋(ろう)で造ったワニが人を襲う→〔密通〕1の『ウェストカー・パピルスの物語』(古代エジプト)。  

★2.わにが小鹿にだまされる。

小鹿と鰐の動物寓話(大林太良『神話と神話学』)  小鹿が川の向こう岸へ渡りたいと思って、鰐たちを呼び集める。小鹿は「お前たちの数をかぞえてやろう」と言い、鰐たちを川のこちらから向こうまで横一列に並ばせる。小鹿は数をかぞえながら鰐たちの上を跳び渡り、向こう岸に着いてから礼を言う。「どうもありがとう。俺さまは、こっちに来たかったのさ」(西ボルネオ、陸(ランド)ダヤク族)。

★3.日本の神話にあらわれる「わに」=鮫(さめ)、とする説が有力である。

『古事記』上巻  稲羽の素兎(しろうさぎ)が、「隠岐の島から気多(けた)の岬(=鳥取市付近)まで渡りたい」と思う。素兎は海の鰐をだまして、「兎と鰐、それぞれの一族の数をかぞえよう」と言い、多くの鰐を一列に並ばせる。兎は鰐たちの背を次々に踏んで海を渡って行くが、あと一歩で渡り終える時に、「鰐よ。お前たちは私にだまされたのだ」と言ったために、皮をはがれた〔*『日本書紀』には、稲羽の素兎の物語は出てこない〕。

*→〔洪水〕3bの『塵袋』第10所引『因幡ノ記』では、因幡の兎が洪水で隠岐へ流されたので、因幡へ帰ろうとしてワニをだました、と記す。

*「ワニは、実は山椒魚ではなかったか」と考えた人もいる→〔山椒魚〕3の『黄村(おうそん)先生言行録』(太宰治)。

★4.わにと女。

『日本書紀』巻1・第8段一書第6  事代主神(ことしろぬしのかみ)が八尋熊鰐(やひろくまわに)に変身して、ミシマノミゾクヒヒメ(別伝ではタマクシヒメ)のもとに通い、姫蹈鞴五十鈴姫命(ひめたたらいすずひめのみこと)が生まれた。この子は成長後、神武天皇の后となった。

★5.わにの恋。

『出雲国風土記』仁多の郡恋山(したひやま)  わにが、阿伊の村にいる神・玉日女(たまひめ)の命(みこと)を恋うて、川をさかのぼってやって来た。しかし玉日女の命は石で川を塞いだので、わには逢うことができず、慕うばかりだった。それゆえ、そのあたりの山を恋山(したひやま)という。

★6.わにが女を喰い殺す。

『出雲国風土記』意宇の郡安来の郷  天武天皇二年(674)七月十三日、語臣猪麻呂(かたりのおみゐまろ)の娘が、わにに喰い殺された。猪麻呂は娘の遺体を浜辺に葬って何日も去らず、わにへの復讐を神々に訴える。すると百匹余りのわにが、一匹のわにを囲んで静かに寄って来た。猪麻呂が鋒(ほこ)で真ん中のわにを刺し殺した後に、百匹余りのわには解散した。殺したわにの腹を割くと、娘の片脚が出てきた。これは六十年前のことである。

 

 

【笑い】

★1.「笑」という文字の起源。

(わらう)という字の伝説  弘法大師が大安寺で修業し、いろいろな文字を作ったが、「わらう」という字ができずに、考えあぐねていた。その時、旅の念仏僧に追われた犬が、逃げるはずみに竹の籠を踏んで、籠が頭にかぶさってしまった。それを見て皆が大笑いしたので、弘法大師は「竹かんむり」に「犬」と書いて、「わらう」の字とした。これが「笑」の字の原形だ(奈良市・大安寺)。

★2.古代ギリシア世界に、初めてもたらされた笑い。

『七話集』(稲垣足穂)1「笑」  ある朝、神殿の奥に、アポロがただならぬ顔をして坐っていたので、参詣の人は驚いた。市民は「不吉な前兆だ」と考えた。賢人たちが、この不可思議のわけをディオニソスに尋ねると、ディオニソスは「それは、笑いというものである」と答えた。こう言った時、ディオニソスの顔に、ただならぬ変化が起こった。彼を取り囲む賢人や市民たちの顔々の上にも、同様な変化が起こった。こうしてギリシアに明るい春が来た。  

★3.微笑。

『永日小品』(夏目漱石)「モナリサ」  役所勤めの井深が、古道具屋で額入りの西洋画を買って帰る。それは薄笑いする女の半身像で、細君は「この女は何をするかわからない人相だ」と言って気味悪がる。井深は額を欄間にかけるが、翌日、額は落ちてガラスが割れる。額の裏に紙片があり、「モナリサの唇には女性の謎がある・・・・」と書いてある。井深は役所の同僚に「モナリサとは何だ」と尋ねるが、誰も知らなかった。  

『モナ・リザとお釈迦さまが会いました』(ホルスト)  天界の廊下の向こう側から、モナ・リザが入って来る。廊下のこちら側から、お釈迦さまが入って行く。二人はふっと微笑みあった。

*迦葉尊者の微笑→〔問答〕1aの『無門関』(慧開)6「世尊拈花」。

★4.少女の謎の笑い。

『化粧』(川端康成)  「私」の家の厠は、斎場の厠と向かい合っており、喪服の若い女が化粧しに来るのがよく見える。ところが昨日は、十七〜八歳の少女がハンケチで涙を拭いていた。拭いても拭いても涙はあふれ、肩をふるわせてしゃくりあげている。彼女だけは、化粧しに来たのではなかった。隠れて泣きに来たのだ。と、その時、彼女は小さい鏡を取り出し、にいっと一つ笑いかけて、ひらりと厠を出て行った。「私」は驚きで叫びそうになった。

★5.笑いを禁圧する。

『薔薇の名前』(エーコ)  十四世紀の北イタリア。山上の僧院で、修道僧たちが謎の死をとげる。事件の解明を依頼されたフランチェスコ会修道士ウィリアムは推理を重ね、僧院の文書館の奥へと入って行く。文書館内には盲目の老修道僧ホルヘが潜み、笑いを論じたアリストテレスの『詩学』の写本を守り続けていた。「笑いは頽廃であり罪悪であって、これを禁圧するべきだ」と考えるホルヘは、写本に毒を塗り、『詩学』を読もうとする僧を殺したのだった。

★6a.笑い薬。

『生写朝顔話(しょううつしあさがおばなし)「嶋田宿笑い薬の段」  大内家の奸臣の仲間である医師祐仙が、忠臣駒沢次郎左衛門にしびれ薬を飲ませようとたくらむ。祐仙は前もって解毒剤を飲んでおき、しびれ薬入りの薄茶の毒見をして駒沢次郎左衛門をあざむき、彼に薄茶を勧める。しかしこの計略を知った宿の主徳右衛門が、しびれ薬を笑い薬とすりかえる。しびれ薬の解毒剤は笑い薬には無効なので、薄茶を飲んだ祐仙は笑いが止まらなくなり、計略は失敗する。

★6b.笑いガス。

『微笑の儀式』(松本清張)  夏、冷房代わりに多量のドライアイスを自室に置いて眠る女がいた。女の死を願う男が、麻酔作用のある笑気ガスを使って、女の睡眠を深くする。その結果女は、ドライアイスから発生した二酸化炭素で窒息死する。笑気ガスを吸ったために、女の死顔には和やかな微笑が浮かんでいた〔*その微笑が、犯人逮捕の手がかりになった〕。

『非常ベル』(星新一『おせっかいな神々』)  犯罪チームの親分が、宝石店のショーウィンドウを破ってダイヤモンドを盗む。ダイヤモンドをつかんだ親分は笑いがこみあげ、笑ったまま逃げ、そして逮捕される。ショーウィンドウの中には笑いガスが封入されており、ガラスを割った人物が大声で笑って、非常ベル代わりに盗難を知らせる仕掛けだった。

★7.笑い死に。

『バットマン』(オニール)  犯罪都市ゴッサムシティ。悪人ジョーカーが、口紅・香水・ヘアスプレーなど、さまざまな商品に笑い薬を混入する。大勢の市民が笑いの発作を起こし、笑いが止まらぬまま死んで行く。ゴッサムシティ市制二百年祭の夜。ジョーカーはパレードの車から偽札をばらまいて人々を集め、笑い死にガスを放つ。その時、蝙蝠の扮装をしたバットマンが、空飛ぶバットウィングに乗って現れ、激闘の末にジョーカーを倒す。

『吾輩は猫である』(夏目漱石)8  苦沙弥先生が陰気な顔をしているので、旧友の鈴木藤十郎が「世の中は笑って面白く暮らすのが得だよ」と忠告する。苦沙弥先生は「笑うのも毒だからな。むやみに笑うと死ぬことがある」と言って、ギリシアの哲学者クリシッパスの故事を語る。「ロバが銀の丼からイチジクを食うのを見て、クリシッパスはおかしくてたまらず、むやみに笑った。ところがどうしても笑いが止まらない。とうとう笑い死にに死んだんだ」。

★8.作り笑い。

『散り行く花』(グリフィス)  スラム街に住むボクサーのバロウズは、十代半ばの一人娘ルーシー(演ずるのはリリアン・ギッシュ)を虐待しつつ、「笑え」と命ずる。ルーシーは二本の指で唇の両端を引き上げ、無理に笑顔を作る。近所の中国人青年がルーシーを救おうとするが、結局バロウズは、ルーシーを殴り殺してしまう。死ぬ時もルーシーは指を唇に当て、笑顔を作った〔*中国人青年はバロウズを射殺して、自刃する〕。

★9.家族の死に際しての、日本人の不可解な笑い。

『日本人の微笑』(小泉八雲『知られざる日本の面影』)  横浜に住むイギリス婦人が、私(小泉八雲)に語った。「我家の日本人家政婦が、にこにこ笑いながら『夫が死んだので葬式に行かせてほしい』と言いました。夕方、家政婦は帰って来て骨壺を見せ、『これが夫です』と言いつつ、声を出して笑うのです。こんないやらしい人間のことを聞いたことがありますか?」。

『手巾』(芥川龍之介)  帝国大学教授・長谷川謹造先生の家を、学生の母親が訪れて、「息子が病死しました」と報告する。母親は微笑を浮かべていたが、両手に握った手巾は激しく震えていた。「顔は笑いつつ、全身で泣いているのだ」と先生は考え、感動する。しかし、母親が帰った後で先生は、西洋の作劇術の「微笑しながら手巾を二つに裂く二重の演技」という記述を読み、複雑な気持ちになった。

 

※トランプの絵札が笑う→〔賭け事〕5の『スペードの女王』(プーシキン)など。

※チェシャ猫の笑い→〔残像・残存〕5の『不思議の国のアリス』(キャロル)。

※Aが笑い、それにつられてBも笑い出す→〔真似〕4cの『ダイ・ハード』(マクティアナン)。

 

 

【笑いの力】

★1.笑いの力で、神を招き魔を払う。

『古事記』上巻  高天原の八百万(やほよろづ)の神々は、天の岩屋戸にこもったアマテラスを連れ出すため、大声で笑った。アマテラスは「私が岩屋戸にこもっているので、高天原も葦原中国も真っ暗なはずなのに、なぜ皆笑うのだろう」と不思議に思い、岩屋戸を開けた。

『処女の祈り』(川端康成)  小山の上の墓場から石塔が一つ転がり落ちる。村人たちは、何かの祟りがあるに違いないと恐れ、処女十六〜七人を集め一斉に笑わせて、魔を払おうとする。娘たちは髪振り乱して笑い躍り、村人が墓場の枯草に火をつける。

『日本書紀』巻2・第9段一書第1  天孫ニニギノミコトが地上に降臨しようとした時、その道すじに一人の神が立ちふさがった。アメノウズメがその神を服従させるべく立ち向かい、裸身をあらわして大いに笑った。神は「猿田彦」と名乗り、天孫の先導をした。

★2.笑って金を招き寄せる。

『笑い茸』(落語)  生まれて四十五年間笑ったことがない「仏頂」という男に、妻が笑い茸を酒に浸して飲ませる。たちまち仏頂は大笑いを始め、「笑う門には福来る」の諺どおり、宇宙の金が全部仏頂の所へ集まって来る。そのため天国では金がなくなり、月も星も貧乏になる。星々が対抗して大声で笑い、それを聞いた金が天国へ戻ろうとするので、仏頂は「あれはそら笑いだ」と言ってとめる。

★3.鬼や魔物を笑わせることによって、その力を失わせる・追い払う。

『鬼が笑う』(日本の昔話)  川向こうの鬼屋敷の鬼が、村の娘をさらう。母親が、野中の石塔の化身である庵女の援助を得て、娘を捜し出し、いっしょに舟で逃げる。大勢の鬼が追って来て川の水を飲むので、舟が後戻りする。母と娘と庵女が着物をまくって性器を見せると、鬼たちは大笑いして水を吐き出したため、舟は前進し、三人は無事逃げ帰る(新潟県南蒲原郡。*女が鬼の子を産む、という形で語られることもある)。

*鬼を笑わせるもう一つの方法→〔鬼〕7の『地獄八景亡者戯(じごくばっけいもうじゃのたわむれ)』(落語)。

『魔法を使う一寸法師』(グリム)KHM39「3番目の話」  一寸法師たちが赤ん坊をさらい、代わりに鬼子を押しつける。鬼子を追い払うには笑わせれば良いので、母親が卵の殻に水を入れて火にかけると、鬼子は「卵の殻で湯を沸かすやつなど見たことがない」と言って笑う。たちまち一寸法師たちが来て、赤ん坊を返し、鬼子を連れてどこかへ行ってしまう→〔取り替え子〕6

 

 

【笑わぬ女】

★1.笑わぬ女が、こっけいなものを見たり、自分の気に入るものを見たりして、笑う。

『黄金(きん)のがちょう』(グリム)KHM64  気むずかしい王女を笑わせた者を婿にする、と父王が定める。若者が金のがちょうを抱き、そのがちょうに七人の男女が数珠つなぎにくっついて歩いてくるのを見て、王女は笑い出す。

『史記』「周本紀」第4  周の幽王は后褒ジ(*→〔子捨て〕1)を寵愛したが、彼女は笑うことを好まなかった。ある時、敵軍も来ないのに諸侯召集の烽火(のろし)を上げてしまい、馳せ参じた諸侯が茫然としているのを見て、褒ジは大いに笑った。幽王は喜んで、以後、しばしば烽火を上げた。やがて本当に敵軍が襲来するが、烽火を上げても一兵も集まらず、幽王は敵軍に殺されてしまった〔*『平家物語』巻2「烽火之沙汰」などに引かれる〕。

『春秋左氏伝』昭公28年  醜貌の賈の大夫が、美人の妻をめとった。妻は三年間、口もきかず笑いもしなかった。大夫が沢辺で雉を射当てた時、妻はじめて笑い、ものを言った。大夫は、「人は何か取り得がなくてはならぬものだ。もし弓ができなかったら、お前は生涯、私に口もきかず笑いもしなかったろう」と言った〔*→〔無言〕2bの『杜子春伝』では、女に転生した杜子春に、夫がこの故事を語り聞かせ、杜子春の産んだ男児を石にたたきつける〕。

『諸艶大鑑』巻2−3「髪は嶋田の車僧」  「生まれつき笑うのが嫌い」という三人の女郎に、いろいろ滑稽なことをして見せるが、笑わない。一人の男が思案して、小石を紙に包んで投げ出すと、三人の女郎は金かと思ってにっこり笑った。

『パルチヴァール』(エッシェンバハ)第3巻  クンネヴァーレ夫人は、「最高の栄誉を勝ち得べき勇士を見ぬうちは決して笑わない」という誓いをたてていた。少年パルチヴァールが道化の着るような服装でアルトゥース(アーサー)王の宮廷へやって来たのを見て、彼女ははじめて笑った。

★2.笑わぬ女が、女性器を見て笑う。

『デメテルへの讃歌』  女神デメテルの娘ペルセポネを、冥王ハデスがさらって行った。女神デメテルは心を痛ませ、口を開かず、食物もとらなくなった。イアンベという女が滑稽な言葉を述べて、デメテルはようやく笑みを浮かべ、心をなごませた〔*バウボという女が裸になり、性器を見せてデメテルを笑わせた、という伝説もある〕。

『ペンタメローネ』(バジーレ)「序話」  笑わぬ王女ゾーザのために父王が、芸人を呼んだり笑い草を与えたりするが、ゾーザはにこりともしない。ある時、老婆と小僧が喧嘩をし、怒った老婆は興奮してスカートをまくり上げ、茂みをさらけ出す。ゾーザはこれを見てぷっと吹き出し、大笑いに笑いころげる〔*老婆はゾーザを睨み、『お前はタッデオ王子を婿にできなかったら、一生結婚できぬと覚悟しろ』と怒鳴る。ゾーザはタッデオ王子を捜して旅に出る〕→〔涙〕2

*→〔入れ替わり〕2bの『絵姿女房』(日本の昔話)の女房は、城に連れて来られて以来、まったく笑わなかった。ところが、もとの夫が桃を売りに来たのを見て、はじめてにっこり笑う。桃の形状は女性器を連想させるので、これは女性器を見せて女を笑わせる物語と関係があるであろう。

★3.気鬱症の娘が、男性器を見て笑う。

『金玉医者』(落語)  伊勢屋という大店(おおだな)の娘が気鬱の病だというので、医者が往診する。毎日診ているうちに、娘の病気が良くなってきた。伊勢屋が「どうやって治しました?」と問うと、医者は「実は、娘さんをおかしがらせるために、立て膝をして、ふんどしの脇から睾丸を半分見せました」と言う。伊勢屋は「それなら、私もやってみよう」と睾丸を出す。娘は大笑いして、あごをはずしてしまった。

 

 

【藁人形】

★1.呪いの藁人形。

『現代民話考』(松谷みよ子)9「木霊・蛇ほか」第1章「木霊」その1の10  昭和二十三年(1948)頃。ある男が、中山法華経寺門前の泣き銀杏(いちょう)に藁人形を打ちつけて、恋敵(がたき)の男を呪った。呪われた男の身体は、藁人形に釘を打たれた所と同じ部位が痛み、医者にかかっても治らず、死んでしまった。呪った男も、その後、病気で死んだ。「人を呪わば穴二つ」というとおりだ(千葉県)。

『月と不死』(ネフスキー)「遠野のまじなひ人形」  遠野辺では、泥棒が入った時には、二尺ほどの藁人形の両手を縛り、両足に釘を打ち、棒につけて村境に立てる。すると、このまじないの威力で、泥棒はきっと捕縛されるか、歩くに困る病気にかかる、と信じられている。

『封神演義』第48〜49回  姜子牙(太公望)が陸圧の教えにしたがって、西岐山に霊壇を築き、草人(=藁人形)を編んで「趙公明」の名を書く。姜子牙は三日かけて「釘頭七箭書」を読み上げ、七本の桃枝矢を草人の両眼・両耳・咽喉・眉間に射かけ、最後の一本を拳で脳天に打ちこむ。殷の陣地で趙公明は死ぬ。

『藁人形』(落語)  乞食坊主の西念が、女郎に三十両をだまし取られた。西念は怒り、女郎を呪い殺そうと、藁人形を油で煮る。普通は藁人形に釘を打つのである。しかし女郎は、もと糠屋の娘だった。「糠に釘」ではきかないのだ〔*藁人形でなく写真を煮る物語もある→〔写真〕1の『油地獄』(斎藤緑雨)〕。

*かつらの毛を藁人形に入れる→〔かつら〕4の『悪を呪おう』(星新一『ようこそ地球さん』)。

*敵の魂を藁人形に入れる→〔魂の数〕2の『封神演義』第44回。

*藁人形に釘を打つ→〔妻妾同居〕4の『悋気の火の玉』(落語)。

*藁人形で貧乏神を作る→〔貧乏神〕1の『日本永代蔵』(井原西鶴)巻4−1「祈る印の神の折敷」。

*呪いの人形→〔仕返し〕3の『考え方』(スタージョン)、→〔呪い〕2の『異苑』巻9−15。 

★2.呪いを転じ変える藁人形。

『鉄輪(かなわ)(能)  女が、自分を捨てた夫とその新たな妻を呪って、鬼になる。陰陽師清明(晴明)が、茅の人形を等身大に作り夫婦の名字を内にこめて、女の呪いを人形に転じ変える。女が恨みを述べに現れるが、守護の神々に追い立てられて退散する。

★3.藁人形に釘を打って人を呪うのとは逆の形で、藁人形を安全な所におけば、人も危難を逃れることができる、という物語。

『人形』(星新一『ノックの音が』)  殺人を犯して、組織と警察の両方から追われる男が、わら人形に自分の毛髪を入れ、金庫におさめる。わら人形が安全に保管されている限り、毛髪の主である男も無事なのだ。金庫を地下に埋めて万全を期すべく、男は金庫をかかえて、隠れ家から出ようとする。ところがドアも窓も開かず、屋根も壁も床もびくともしない。ちょうど、金庫の中にでも閉じ込められたかのようだった。

*→〔卵〕1の『水晶の珠』(グリム)KHM197などのような、魂を安全な場所に隠して身を守る物語の変型である。

★4.人間に見せかけた藁人形。

『太平記』巻7「千剣破の城軍の事」  千剣破(千早)城にたてこもる楠正成は、等身大の藁人形二〜三十に甲冑を着せ武器を持たせて、城の麓に置く。北条幕府軍がこれを本物の兵と思って攻め登るところへ、大石を四〜五十落とす。幕府軍は三百余人が即死し、半死半生の者は五百余人に及んだ。

『南総里見八犬伝』第9輯巻之35下第161回  犬川荘介・犬田小文吾の策により、里見の軍は藁人形一千余を船四〜五十艘に載せ、夜、敵軍・扇谷定正配下の陣に寄せる。敵陣からは、矢・弾丸が雨あられと放たれるが、藁人形は外を硬くして矢を受け、内を空洞にして弾丸を納めるように作ってあったので、二〜三万本の矢、二〜三斗の弾丸が手に入る〔*類話である→〔矢〕9の『三国志演義』第46回では、十万本の矢を得る〕。

火呑山(ひのみやま)七ッ池の大蛇の伝説  火呑山の七ッ池に棲む大蛇が、しばしば青目寺(しょうもくじ)にやって来て、寺の小僧を呑んだ。そこで和尚が、藁人形の腹中に火薬を入れ、小僧の法衣を着せて、ふとんをかけておく。夜中に大蛇が現れ、藁人形を一呑みに呑み込んで、七ッ池へ帰って行った。やがて山上で大音響がして、火柱が見えた。和尚が村人たちとともに七ッ池へ登ると、大蛇が腹をズタズタに裂かれ、血まみれで死んでいた(広島県府中市)→〔たたり〕5

★5.藁人形のかかし。

『和漢三才図会』巻第78・大日本国「備中」  言い伝えによれば、玄賓は草偶(わらにんぎょう)を作って秋の田圃に置き、鳥が穂を啄(ついば)まないようにした。これを鳥威(とりおどし)という。後人は「僧都」といった。玄賓僧都から肇(はじ)まったからである。

*「僧都(そうづ)」は、本来は「そほど」であった→〔片足〕1の『古事記』上巻(クエビコ)。

 

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