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【兵役】

 *関連項目→〔戦争〕

★1.兵役によって、夫婦や恋人が引き裂かれる。

『シェルブールの雨傘』(ドゥミ)  一九五七年、雨傘店の娘・十七歳のジュヌヴィエーヴ(演ずるのはカトリーヌ・ドヌーヴ)は、二十歳の青年ギイと恋仲だったが、彼は二年間の兵役でアルジェリア戦線へ行かねばならない。出発前夜、二人は一夜を共にして、ジュヌヴィエーヴは妊娠する。翌年、宝石商カサールが、ジュヌヴィエーヴの妊娠を承知で求婚し、彼女はこれに応じる。ギイは帰還し、幼なじみの女性と結婚する。一九六三年、ギイとジュヌヴィエーヴは、ガソリンスタンドの主人と客として、思いがけぬ再会をする。二人は互いの近況を述べ合っただけで、別れる。

『ひまわり』(デ・シーカ)  第二次大戦下のイタリア。アントニオ(演ずるのはマルチェロ・マストロヤンニ)は召集されてロシア戦線に赴き、行方不明になる。終戦後、妻ジョヴァンナ(ソフィア・ローレン)は夫の消息を知ろうとロシアへ旅するが、アントニオはロシア娘と結婚しており、子供までいた。ジョヴァンナはうちひしがれてイタリアへ帰る。数年後、アントニオがジョヴァンナを訪ねて来て「もう一度やりなおそう」と言う。しかしすでにジョヴァンナは、他の男との間に赤ん坊をもうけていた。ミラノの駅。モスクワ行きの汽車に乗るアントニオを、ジョヴァンナは泣いて見送る。

*兵役から帰ったら、妻が他の男と結婚していた→〔帰還〕3の『夫が多すぎて』(モーム)。

★2.兵役によって引き裂かれた夫婦が、再び結ばれる。

『第七天国』(ボーザージ)  パリの七階建てアパートの最上階に、貧しい若夫婦チコとディアンが住み、彼らはそこを「第七天国」と呼んでいた。第一次大戦が始まり、チコは召集される。四年後、留守を守るディアンのもとに、チコの戦死の報が届く。しかしチコは生きていた。チコは戦傷で盲目になりつつも、手探りでアパートの階段を上って来る。ディアンは「私があなたの目になるわ」と言い、二人は抱き合う。

★3.兵役を忌避して隠れる、逃げる。

『嘘』(太宰治)  昭和二十年(1945)の正月、新婚の百姓・圭吾に召集令状が来た。彼は青森の部隊の営門で姿をくらまし、嫁の入れ知恵で、家の馬小屋の屋根裏に隠れる。二人の媒酌人である男が、警察署長と一緒に圭吾の家を訪れるが、嫁は「もし夫が帰って来たら、必ずお知らせします」などと平然と嘘を言う。警察署長が馬小屋の圭吾を見つけた時でさえ、嫁は「いつ戻ったのだべ」と、空とぼけていた。

『サウンド・オブ・ミュージック』(ワイズ)  一九三八年三月、オーストリアの退役海軍大佐トラップは、新妻マリア(演ずるのはジュリー・アンドリュース)とのハネムーン旅行から帰った。亡き妻との間に生れた七人の子供たちが二人を迎え、一家の新しい生活が始まる。しかしその時、ナチス・ドイツの侵攻によって、オーストリアはドイツに併合されていた。トラップ大佐には、「北ドイツの海軍基地で軍務につけ」との召集令状が届く。大佐は「一家全員スイスへ亡命しよう」と決意する。国境は封鎖されたので、一家は徒歩で山を越え、スイスへ入る。 

『笹まくら』(丸谷才一)  浜田庄吉は、二十歳の昭和十五年(1940)から五年間、徴兵を忌避して地方に潜伏した。彼は名前を変え、年齢を偽り、ラジオ修理の渡り職人や縁日の砂絵師として暮らした。終戦後、彼は東京の私立大学の事務員になる。浜田が四十五歳の時、彼の庶務課長への昇進を同僚がねたみ、右翼の小雑誌に「浜田は徴兵忌避者」との記事を書かせた。その結果、浜田は、富山県高岡の付属高校へ左遷されることになった。 

★4.兵役を逃れるために、狂人のふりをする。

『ギリシア奇談集』(アイリアノス)巻13−12  天文学者メトンは、兵役を逃れるために狂気をよそおい、ついには自分の家に放火した。それで執政官たちも彼の兵役を免除した。

『ギリシア神話』(アポロドロス)摘要第3章  オデュッセウスはトロイアへの出征をいやがり、狂気を装った。しかしパラメデスが、オデュッセウスの息子テレマコスを奪い、殺すかのごとく剣を抜いて見せたので、オデュッセウスは偽りの狂気であると白状し、軍に従った〔*類似の状況で鎌足は、盲目のふりをし続け、息子を見殺しにした→〔盲目の人〕3の『入鹿』(幸若舞)〕。

*兵役を逃れるために、自らの身体を傷つける→〔自傷行為〕1の『新豊折臂翁』(白居易『新楽府』)など。

*兵役を逃れるために、糖尿病をよそおう→〔尿〕6の尿検査(ブレードニヒ『ヨーロッパの現代伝説 悪魔のほくろ』)。

*兵役を逃れるために、母親を殺そうとする→〔母殺し〕2の『日本霊異記』中−3。

★5.兵役を免除される。

『仮面の告白』(三島由紀夫)第3章  昭和二十年(1945)二月、ひよわな体格で第二乙種だった「私」にも、召集令状が来た。ちょうどその時、「私」は風邪をひいていた。入隊検査で軍医は、「私」の気管支のゼイゼイいう音を、肺病の兆候のラッセルと間違えた。「私」は「微熱がある。血痰も出る」と嘘を言い、血沈を測ると風邪の熱のため高い値が出た。「私」は「肺浸潤」と診断され、即日帰郷を命ぜられた。

『裸の大将』(堀川弘通)  山下清(演ずるのは小林桂樹)が二十歳を越えた頃、日本は太平洋戦争に突入していた。彼は身体をこわして兵役を逃れようと考える。夜、彼は腹を出して寝て下痢しようとするが、うまくいかない。絶食して病気になろうとしても、空腹に堪え切れず、うどんを食べてしまう。さいわい、徴兵検査の時、面接官からの問いに十分に答えることができなかったので不合格になり、彼は兵隊に行かずにすんだ。

『へたも絵のうち』(熊谷守一)「絵を志す」  「私(熊谷守一)」は本郷の共立美術学館に通っている時に徴兵検査を受けて、丙種だった。身体は丈夫だったが、歯がひどく悪くて六〜七本も抜けていたからである。今から見れば、丙種になったのは幸いだった。岐阜の中学の同級生で甲種だった者は、四年後に起きた日露戦争で、ほとんど戦死したのである。「私」も歯が抜けていなかったら、赤い夕日の満洲のどこかで果てていたことだろう。

★6a.権力者が私情から、従者に兵役を課す。

『フィガロの結婚』(モーツァルト)  アルマヴィーヴァ伯爵の小姓ケルビーノは、多感な美少年である。彼は庭師の娘を愛人にしているが、伯爵夫人を慕い、侍女スザンナを口説いたりもする。伯爵は怒って、ケルビーノに「わしの連隊の士官となって、軍務につけ」と命じる。伯爵の従僕フィガロが「もう飛ぶまいぞ、この蝶々」の歌を歌って、気落ちするケルビーノをからかいつつ励ます〔*ケルビーノは逃げたり隠れたりして、軍隊へ行かないまま物語は終わる〕。

★6b.有力者の子弟が兵役を免除され、その代わりに、別の人物が不当に徴兵されることがあった。

『遠い接近』(松本清張)  太平洋戦争当時、山尾信治は自営業で仕事に追われ、町内の軍事教練に参加しなかった。役場の兵事係長河島はこれを問題視し、山尾が第二乙種で、すでに三十二歳であるにもかかわらず、彼に召集令状を送った。山尾は衛生兵として朝鮮半島へ出征し、残された家族は生活に窮する。家族は親戚を頼って広島へ疎開し、原爆をうけて全員死んだ。戦後復員した山尾は、河島を捜し出して殺した。

★7.兵役を喜び、「ずっと軍隊にいたい」と願う。

『拝啓天皇陛下様』(野村芳太郎)  孤児として辛い生活をしてきた山田正助(演ずるのは渥美清)にとって、きちんと三度の食事にありつける軍隊は、天国のような所だった。南京が陥落し「戦争が終わる」との噂が流れ、兵たちは「もうすぐ除隊だ」と喜ぶ。しかし山田正助は、習い覚えたカタカナと僅かな漢字を用い、「軍隊に留まりたい」と願う手紙を、天皇に出そうとする。それを見た戦友が、「陛下に直訴などしたら監獄行きだ」と制止する〔*彼は戦場で生き残るが、戦後、酔ってトラックにはねられ死んでしまう〕。

★8.兵役により、野球選手としての一生を台なしにされる。

『巨人の星』(梶原一騎/川崎のぼる)「大リーグボール養成ギプス」  星一徹は巨人軍に入団し、天才的三塁手として活躍を期待されるが、徴兵されてしまい、公式戦に出ることはなかった。彼は兵役で肩をこわし、復員後は、肩の故障を補うために、ビーンボールまがいの魔送球をあみ出す。しかし僚友の川上哲治が「魔送球は邪道だ」と言い、一徹に「いさぎよく巨人軍を去りたまえ」と勧告する。

★9a.兵役による戦傷。両手を失う。

『我等の生涯の最良の年』(ワイラー)  第二次大戦が終わり、戦地からアメリカへ帰る軍用機に、三人の男が乗り合わせる。彼らは皆、生涯の最良の年月を、戦争のために奪われたのだった。三人のうちの一人、水兵のホーマーは爆撃を受けて、両手とも鉤(かぎ)状の義手になっていた。ホーマーは恋人ウィルマとの結婚をためらうが、ウィルマの彼への愛は変わらず、二人は家族や仲間たちに祝福されて、結婚式を挙げた。

★9b.兵役による戦傷。四肢を失う。

『芋虫』(江戸川乱歩)  須永中尉は戦地で砲弾を受けて四肢を失い、頭部と胴体だけの肉塊と化した。彼は耳も聞こえず口もきけず、眼だけが見える。須永の妻・三十歳の時子は、芋虫のごとき形状の夫を情欲の対象として、異様な快楽にふける。ある夜、時子は興奮して須永の両眼を傷つけ、つぶしてしまった。時子は困惑して、上官の家へ相談に行く。その間に須永は胴体をうねらせて家から這い出し、草むらの古井戸へ身を投げた。

『ジョニーは戦場へ行った』(トランボ)  第一次大戦に従軍した青年ジョーは、砲弾を受けて四肢を失った。胴体と頭部は残ったが、目も耳も鼻も口もなくなってしまった。陸軍病院は彼を貴重な研究材料と見なして、延命措置を施す。絶望したジョーは、頭を枕に打ちつけてモールス信号とし、「外に出たい。僕をカーニバルの見世物にしろ。それがだめなら殺してくれ」と訴える。軍は彼の訴えを無視し、生かし続ける。

*戦争で身体の大部分を失った男が、サイボーグになる→〔ロボット〕7の『使いきった男』(ポオ)。

★10.兵役を志願し、戦死する。

『西部戦線異状なし』(レマルク)  第一次世界大戦が始まった。ドイツのある町の高校生だった「僕(パウル)」は、カントレック先生の勧めで、クラスメイトたちと一緒に出征を志願してしまう。戦場は、学校で習った「精神」も「思想」も「自由」も、一切通用しない所だった。仲間は次々に戦死し、同じクラスの七人のうち、残っているのは「僕」だけになる。その「僕」も、一九一八年十月に、ついに戦死する。その日は大きな戦闘がなく、司令部への報告は「西部戦線異状なし。報告すべき件なし」というものだった。

★11.兵卒が、戦犯として処刑される。

『私は貝になりたい』(橋本忍)  太平洋戦争末期、理髪店を営む清水豊松(演ずるのはフランキー堺)の所にも赤紙が来て、彼は一兵卒として召集された。豊松は、重傷の米兵捕虜を銃剣で殺すように、上官から命令される。しかし豊松は米兵の右腕を突くのが精一杯で、しかもその時すでに、米兵は衰弱して死んでいた。それでも豊松は、戦後、戦犯として逮捕され、絞首刑になった。彼は遺書を残した。「もし生まれ変わるとしたら、もう人間なんていやだ。私は、深い海の底の貝になりたい」。

*貝が動物に転生し、さらに人間に転生する→〔貝〕2aの『沙石集』巻2−8。

★12.戦場へ行く女学生たち。

『ひめゆりの塔』(今井正)  昭和二十年(1945)春、米軍は沖縄に上陸しようとしていた。高等女学校や女子師範学校の学生たちが、野戦病院の看護婦として動員される。激しい砲撃と爆撃で、兵も女学生たちも次々に倒れる。米軍は「戦うのをやめて出て来なさい。危害はくわえません。食べ物もあります」と、降伏を呼びかける。たまりかねて壕から走り出ようとする女学生を、軍医が後ろから撃つ。壕は、戦車の砲撃で破壊される。かろうじて生き残り、壕から出て来た女学生と教師を、米軍は容赦なく射殺した。

★13.戦地から復員した将校。

『遥拝隊長』(井伏鱒二)  陸軍中尉岡崎悠一は、マレー戦線でトラックから落ちて頭を打ち、狂人となって故郷笹山に帰って来た。終戦後も、悠一の頭の中では戦争が続いていた。彼は村人たちに号令をかけ、訓辞を垂れ、東方(=皇居の方向)遥拝を命じる。ある時、悠一は墓の供え物の饅頭をもらい、「恩賜のお菓子を頂戴した」と言って感泣した。 

★14.召集令状。

『赤紙きたる』(藤子不二雄A)  昭和四十六年(1971)、平和な日本に暮らす小池青年に、出頭場所と日時を指定した召集令状が届いた。友人も会社の同僚も、「誰かのイタズラだろう」と笑う。指定された時刻が何事もなく過ぎ、小池青年は安堵して映画を見に行く。隣席の女が小池青年の手を握るので、小池青年も喜んで握り返す。女は悲鳴をあげ、警官たちが来て小池青年をパトカーへ押し込む。パトカーの向かう先は、警察署ではなかった。 

 

※戦傷によって性的不能になる男→〔不能〕1の『チャタレイ夫人の恋人』(ロレンス)など。

 

 

【へそ】

★1.神の臍の中から、五穀が生ずる。

『日本書紀』巻1・第5段一書第2  火神(ひのかみ)カグツチが、土神(つちのかみ)ハニヤマヒメを娶(めと)り、ワクムスヒ(稚産霊)を産んだ。ワクムスヒの臍の中には、五穀(いつくさのたなつもの)が生じた〔*頭の上には蚕と桑が生じた〕。

*原人プルシャの臍から空界が生じた→〔巨人〕4aの『リグ・ヴェーダ』「原人讃歌」。

★2.少童が臍から金の小粒を出す。

『火男の話』(日本の昔話)  山へ柴刈りに行った爺が、美しい女に出会い、一人の童(わらし)をもらって家へ帰る。童はみっともない顔で、臍ばかりいじくっていた。爺が火箸で童の臍をちょいと突いてみると、ぷつりと金の小粒が出た。それから日に三度ずつ出て、爺の家は富貴長者になった。欲深な婆が「もっとたくさん出したい」と、火箸でぐんと突いたら、小粒は出ずに童は死んでしまった→〔ひょっとこ〕1

★3.臍の奥。

『夢十夜』(夏目漱石)第4夜  店のおかみさんから「お爺さんの家(うち)はどこかね」と聞かれ、爺さんは「臍の奥だよ」と答えた。爺さんは、蛇になるはずの手拭いを持って(*→〔蛇に化す〕6)、河の中へ入って行く。河はどんどん深くなり、爺さんの全身は水中に没して、それきり出て来なかった〔*臍の奥が爺さんの家なら、爺さんの身体は、河に没するのではなく、爺さん自身の臍の穴へ吸い込まれ、最後にその臍の穴も消えてしまう、という結末も考えられる〕。

★4.婆の臍。

重源上人の雷封じの伝説  桑原村の西福寺で働く婆が井戸端で洗濯をしていると、虎の皮の褌をした雷が、婆の臍をねらって飛び下りて来た。婆が身をかわしたので、雷は真っ逆さまに井戸の中へ落ち、住職の俊乗房重源上人が、石で井戸に蓋をした(大阪府和泉市桑原町)〔*「雷」は「神」、「婆の臍」は本来は「若い娘の性器」で、神が「蛇」や「矢」になって若い娘の性器をねらう、というのが原型であろう〕→〔地名〕2

★5.過去の臍の緒。

『影さす牢格子(ろごうし)(ヴァン・デル・ポスト)  「わたし」の旧友ジョン・ロレンスは、東京で大使館付き陸軍武官補をしていた経験があり、第二次大戦に従軍して日本軍の捕虜となった。彼は日本および日本人に対して、深い理解を持っていた。彼は言う。「日本人は、彼らの神話上の母であり、民族の生みの親である、アマテラスという偉大な太陽の女神と、いまだに臍の緒がつながっているのだ」〔*映画『戦場のメリー・クリスマス』の原作小説〕→〔太陽と月〕8

 

 

【蛇】

 *関連項目→〔毒蛇〕

★1.蛇は英雄の片割れ。

『ユング自伝』6「無意識との対決」  「私(ユング)」は空想の中で、エリヤとサロメのそばに大きな黒蛇を見た(*→〔宇宙〕5)。神話において、蛇はしばしば英雄の片割れである。英雄が蛇のような目をしていたり、英雄が死後に蛇になったり、その逆が生じたり、英雄の母が蛇であったりする。「私」の空想において蛇が存在したことは、これが英雄神話であることの一つのしるしであった。

★2.蛇と樹木。

蛇樫の伝説  代官の子息と侍女が恋仲になるが、子息には許婚がいたので、侍女は日野川の入江・乙女が渕に身を投げる。侍女は大蛇に身を変え、渕の主(ぬし)と化した。その後の地変により、渕は田野になったため、大蛇の精霊は池のほとりの樫の老樹に乗り移り、この地方で稀に見る名木となった。この木を切れば必ず災難に遭うといい、名木は大切に保存されて今日に至っている(鳥取県日野郡江府町)。

*女が蛇になり、木になり、ろくろ首になる→〔ろくろ首〕5のろくろ首(『水木しげるの日本妖怪紀行』)。

*謎の男の衣に糸をつけ、男が蛇の化身であると知る物語(『古事記』中巻など)と、木の化身であると知る物語(『袋草紙』「雑談」など)がある→〔糸と男女〕3

★3.蛇の足。

蛇足の故事(『史記』「楚世家」第10)  大杯にいっぱいの酒を前にした数人が、「皆で飲むには足りない。地面に蛇の絵を描き、いちばん先にできた者が一人で飲もう」と決める。やがて一人が「おれがいちばんに描けた」と言って酒杯を取り、「足だって描けるぞ」と誇って、足を描き加える。すると、遅れて蛇を描き終わった者が酒を奪って飲み、「蛇に足はない。お前が描いたのは蛇ではない」と言った。

『和漢三才図会』巻第45・龍蛇部「龍類・蛇類」  ある人は「蛇に足がある」と言う。見てもよくわからないが、桑柴の火で蛇をあぶると足が現れる。また、五月五日に地を焼いて熱くし、酒をこれにそそいで、蛇を地上に置くと足が現れる。

★4a.双頭の蛇を見ると、死ぬ(*→〔神を見る〕1の変形)。

『太平広記』巻117所引『賈子』  孫叔敖は子供の頃、遊びに出て双頭の蛇を見た。彼はただちにその蛇を殺して埋めた。「双頭の蛇を見ると必ず死ぬ」との言い伝えがあったので、他の人が見ないようにと考えてのことだった。

*毛の生えた蛙が家に現れたら、誰かが死ぬ→〔蛙〕3の『蛙』(ゲーザ)。

★4b.蛇の化身の女児を見ると、死ぬ。

『半七捕物帳』(岡本綺堂)「かむろ蛇」  小石川の氷川明神の山に、胴が青くて頭が黒い「かむろ蛇」が棲む。その蛇の化身である切禿(きりかむろ)の女児を見た人は、三日以内に死ぬという。煙草商関口屋の娘お袖を殺そうとたくらむ者が、役者の子に切禿の格好をさせてお袖に見せる。お袖はおびえるが、それはお袖の死を蛇のたたりと見せかけようとして仕組まれたことだった→〔毒蛇〕2

★5.蛇が人を追う。

『宇治拾遺物語』巻4−5  川辺を歩く女が、石橋を踏み返して通り過ぎる。すると、石の下でとぐろを巻いていた蛇が這い出して来て、女の後を追い、家までついて行く。夜、上半身は女人、下半身は蛇の姿をした者が、女の夢に現れ、「私は人を恨んだために、死後、蛇の身を受け、石橋の下で長年苦しんでいました。あなたのおかげで、石の苦しみから逃れることができました」と礼を述べた。

*蛇と化した女が、男を追う→〔逃走〕2の『古事記』中巻(ヒナガヒメ)、『道成寺縁起』。

『魔笛』(モーツァルト)第1幕  狩りに出た王子タミーノは、大蛇に追われて逃げ、倒れて気を失う。夜の女王に仕える三人の侍女が、銀の投げ槍で大蛇を殺し、タミーノを救う〔*タミーノは日本の王子、という説がある〕→〔横取り〕2

★6.蛇を食べる。

『今昔物語集』巻31−31  太刀帯の陣へ女が干し魚を売りに来るが、それは実は、蛇を四寸ほどに切り、塩をつけて干したものだった。そうとは知らず、皆喜んで食べていた〔*『羅生門』(芥川龍之介)では、この女はまもなく死に、その死体の髪を老婆が引き抜く〕。

『白蛇』(グリム)KHM17  智恵者として有名な某国の王は、昼食の時、蓋つきの皿に入った秘密の食べ物を食べていた。ある日、家来がひそかに蓋を取って見ると、白蛇が一匹入っていたので一口食べた。すると家来は動物の言葉がわかるようになった。

『太平広記』巻459所引『稽神録』  蛇使いの毛(もう)という男は、酒を飲みつつ毒蛇を食べていた。多年を経て、ある人が届けて来た蒼白い蛇を受け取った時、毛は蛇に乳を噛まれて倒れ、死んだ。死骸は腐りくずれた。

『ドイツ伝説集』(グリム)132「ゼーブルク湖」  イーザング伯爵は銀白の蛇を料理して食べ、動物の言葉がわかるようになる。多くの家畜や鳥たちが伯爵の悪行を語り合い「でも、もう終わりだ。まもなく城が水に沈む」と言う。伯爵は丘まで逃げ、振り返ると城のあった場所は湖になっていた。

*蛇を食べて頭が禿げる→〔禿げ頭〕6の『吾輩は猫である』(夏目漱石)6。

★7.蛇の身を捨てて、人や天人の姿になる。

『黄金の壺』(ホフマン)  火の精ザラマンダーは人間界に放逐されて、文書管理人リントホルストとなった。彼の三人の娘は、人間の目には緑色の蛇の姿となって現れる。俗世を捨て自然の奇跡を信ずる青年三人が、三人の娘と結ばれれば、娘たちは蛇身を脱して人間の姿になる。リントホルストも、ザラマンダーとして霊界へもどることができる〔*大学生アンゼルムスが、三人娘の末娘ゼルペンティーナと結婚する。他の二人については言及がない〕→〔封印〕2

『神道集』巻10−50「諏訪縁起の事」  地底の維縵国から故郷の近江国甲賀郡へ帰った甲賀三郎は、いつのまにか蛇身になっていた。釈迦堂で、僧たちが「甲賀三郎は維縵国の衣裳を着ているから、蛇に見えるだけだ」「池に身を浸し四方を拝して『蛇身脱免』などの呪文を唱えれば、蛇の皮がとれて裸の人間の姿になる」と語り合うのを聞き、甲賀三郎はもとの人間にもどることができた〔*御伽草子『諏訪の本地』に類話〕。

『道成寺縁起』  熊野詣での僧に女が恋着し、あとを追う。僧は道成寺の鐘の中に隠れるが、女は大蛇となって鐘を巻き、僧を焼き殺す。後に女と僧は二匹の蛇の姿で、ある老僧の夢に現れ『法華経』供養を請う。『法華経』の力で女も僧も蛇身を脱し、女はトウ利天に、僧は都率天に生まれる。

★8.蛇の作り物。

『堤中納言物語』「虫めづる姫君」  虫めづる姫君は、気味の悪い虫ばかり集めてかわいがった。そこで右馬佐(うまのすけ)が、「いくら虫好きでも蛇はこわがるだろう」と考え、帯の端を蛇の形にして、動く仕掛けを施し、袋に入れて贈る。女房たちは、袋の中から蛇が首をもたげたので大騒ぎする。姫君は蛇を恐れつつも、「親が転生した姿かもしれない」と言って、女房たちをたしなめる。

*剥製の蛇→〔にらみ合い〕1の『人間と蛇』(ビアス)。

 

※蛇がエバ(イヴ)を誘惑する→〔妻〕1の『創世記』第3章。 

※悪魔が蛇の体内に入ってイヴを誘惑する→〔悪魔〕1の『失楽園』(ミルトン)。

※生贄を要求する蛇→〔経〕6bの『神道集』巻8−49「那波八郎大明神の事」など、→〔蛇退治〕4の『捜神記』巻19−1(通巻440話)。

※腹中の蛇→〔腹〕6の『かげろふ日記』中巻・天禄2年4月など。

※蛇と女の髪→〔髪(女の)〕3の『百物語』(杉浦日向子)其ノ72など、→〔髪(女の)〕4の『変身物語』(オヴィディウス)巻4。

※蛇と蟹→〔蟹〕に記事。

※蛇の恩返し→〔恩返し〕1の『ギリシア奇談集』(アイリアノス)巻13−46・『今昔物語集』巻16−15。

※蛇の脱皮→〔死の起源〕1の死と脱皮の神話など。

※蛇のたたり→〔たたり〕2の『大鏡』「道兼伝」など。

 

 

【蛇と金(かね)】 

★1.財布の金が蛇に変わる。

『黄金伝説』143「聖フランキスクス(フランチェスコ)」  金の詰まった財布が道ばたに落ちていたので、修道士が拾おうとする。聖フランキスクスが止めるが、修道士は聞き入れない。聖フランキスクスが祈ると、財布の中身は一匹の大きな蛇に変わり、修道士はおじけづく。聖フランキスクスは「神のしもべにとって金銭は、悪魔か毒蛇以外の何ものでもない」と説いた。

★2.大判小判が蛇に変わり、また大判小判にもどる。

『天福地福』(日本の昔話)  正月に、正直爺は天福を授かる夢を見、隣の爺は地福を授かる夢を見た。正直爺は畑から大判小判の入った瓶を掘り出し、「これは地福だから」と言って、隣の爺に教える。隣の爺が取りに行くと、瓶の中身は蛇だったので、怒って正直爺の屋根の窓から投げこむ。蛇は大判小判に変じて降りそそぎ、正直爺は「天福が授かった」と喜ぶ(新潟県南蒲原郡)。

★3.金(かね)が蛇に入れ替わり、金にもどらない。

『金(かね)は蛇』(日本の昔話)  夫婦が金を壺に入れて地に埋め、「人が見たら蛇になれ」と言いおく。泥棒が金を盗んで、代わりに蛇を入れる。夫婦が壺を掘ると蛇が出てくるので、「おれたちだ。金になれ」と言う。

★4.金(かね)は毒蛇同然のもの。

『宝物集』(七巻本)巻1  仏が阿難を連れて歩いていた。路傍の穴にある金(かね)を見て、仏は「毒蛇」と言い、阿難は「大毒蛇」と言った。近くの人が見て「これは蛇ではなくて金だ」と言い、喜んで取った。しかしその人は、金を役人に巻き上げられ、さらに「もっとあるだろう」と責められた。その人は「なるほど、これは毒蛇同然のものだ」と悟った。

 

 

【蛇と剣】 

★1.大小二本の剣が大蛇・小蛇に化して、盗人を追い払う。

『浄瑠璃十二段草紙』第11段  都から東下りする御曹司(義経)は、旅の疲れから、駿河の国の吹上の浜に病み臥す。浦人たちが、御曹司の持つ黄金作りの太刀や刀を奪おうと、様子をうかがう。すると、太刀は二十尋の大蛇、刀は小蛇と化して、近づく者を呑もうと追いかけるので、浦人たちは逃げ去った。

★2.自ら動く剣が、盗人の目には蛇に見える。

『成上り』(狂言)  太郎冠者が主(あるじ)に、太刀が蛇になる話をする(*→〔すりかえ〕3)。「田辺の別当の持つ太刀は、『くちなわ(=蛇)太刀』という名作物です。盗人が現れると、太刀は自ら鞘を抜け出て、盗人を追います。盗人の目には太刀が蛇に見えるので、盗人は恐れて逃げ去ります」。

★3.剣が自ら動いて、大蛇を斬る。

『平治物語』中「待賢門の軍の事」  平忠盛が昼寝をしていた時、池から大蛇が上がって、忠盛を呑もうとした。すると、枕上に立ててあった刀が、鞘から抜け出て大蛇の首を斬り、また戻って来て鞘におさまった。忠盛はこれを見て、刀を「抜丸(ぬけまる)」と名づけた。

 

※大蛇ヤマタノヲロチの体内から剣が出る→〔尾〕7の『古事記』上巻。

※蛇のごとく伸び縮みする剣→〔たたり〕4の『播磨国風土記』讃容の郡中川の里。

※剣が龍に化す→〔龍に化す〕3の『太平記』巻13「干将莫耶が事」。

※紐小刀(ひもかたな)が迫った時、夢に錦色の小蛇が現れた→〔眠る男〕3の『古事記』中巻。

 

 

【蛇と酒】 

★1.酒が蛇に変わる。

『黄金伝説』48「聖ベネディクトゥス」  下男が、聖ベネディクトゥスに届ける葡萄酒を一本隠す。聖ベネディクトゥスが「隠した葡萄酒は、飲まずに棄てよ」と言うので、下男は恥じ入り、瓶の中身を棄てると蛇が出てきた。

★2.酒が蛇に変わり、また酒にもどる。

『今昔物語集』巻19−21  僧夫婦が仏事用の餅で酒を造る。ところが、酒壺をのぞくと多くの蛇が蠢いていたので、壺ごと野に棄てる。通りかかりの男たちが壺を見ると中は美酒であり、持ち帰って飲んだ。

*麦縄が蛇に変わる→〔麺〕2の『今昔物語集』巻19−22。

 

 

【蛇に化す】

★1.人が生きたまま蛇に化す。

『ヴォルスンガ・サガ』14  強欲のファーヴニルは、莫大な黄金の宝を誰にも渡さないために、荒野に伏し龍蛇に化身して、黄金の上に身を横たえている〔*『ファーヴニルの歌』(エッダ)に、瀕死のファーヴニルと彼を刺した英雄シグルズとの問答が語られる〕。

『ギリシア神話』(アポロドロス)第3巻第5章  テーバイに都を建てたカドモスは、老年になって妻ハルモニアもろとも大蛇に変身した。彼らはゼウスによって、エリュシオンの野に送りやられた。

『神道集』巻2−7「二所権現の事」  常在御前を穴に落として戻って来る継母を、娘の霊鷲御前が野中から見ると、五丈ほどの大蛇に見えた。後、夫の中将入道が継母の奥方に会いに行くと、継母は大蛇となって寝ていた。

『神道集』巻10−50「諏訪縁起の事」  地底の国々を遍歴して故郷・近江国甲賀郡へ戻った甲賀三郎は、釈迦堂に入って夜通し勤行する。翌日、御堂の講に参集した人々が「大蛇がいる」と騒ぎ、杖で打つので、甲賀三郎は、我が身が大蛇に化してしまったことを悟り、身を隠す〔*『諏訪の本地』(御伽草子)に類話〕。

八郎潟の伝説  杣(そま)の八郎太郎が、谷川の大イワナを食べて喉のかわきをおぼえ、しきりに水を飲んでいるうちに、蛇体になってしまった。谷川はたちまち広がって、湖になった。それが十和田湖の起こりである。熊野権現の行者南祖坊が、放力をもって八郎太郎を追い払い、八郎太郎は諸方をさすらった果てに、男鹿半島へ逃れ、大きな湖を作って棲んだ。それが八郎潟である(青森県十和田湖および秋田県八郎潟)。

*蛇に化して宝を守る→〔宝〕4の『ニーベルングの指環』(ワーグナー)「ジークフリート」。

*蛇に化して僧を殺す→〔言霊〕3の『道成寺縁起』。

★2.人の両肩から蛇が生え出る。

『王書』(フェルドウスィー)第1部第4章「ジャムシード王」〜第5章「ザッハーク王」  ザッハークは邪悪な王だった。悪魔がザッハーク王の肩に口づけし、王の両肩から二匹の黒い蛇が生え出る。王が蛇を切り取っても、また新たな蛇が生えてくる。蛇の餌として、毎日二人の人間の脳味噌を食べさせねばならない。ザッハークは一千年間王位にあったが、ザッハークに殺された男の息子であるフェリドゥーンが、ザッハークを倒してデマーヴァンド山に鎖で縛りつけた。

*人の指が蛇に変わる→〔指〕2の『東海道四谷怪談』「浪宅」、『発心集』巻5−3。

★3.人が死後に蛇に化す。

『今昔物語集』巻13−43  西の京に住むいやしからぬ人に一人の娘があり、紅梅を深く愛していた。いつしか彼女は病み伏すようになり、やがて死ぬが、一尺ほどの蛇に転生し、生前とりわけ愛していた紅梅の小木にまきついた。

『今昔物語集』巻14−3  熊野参詣の美僧に愛欲の思いをおこした女が、「帰り道に立ち寄る」との僧の言葉を頼みにして待つ。僧は帰途、別の道を通って逃げ、裏切られたと知った女は、悔しさと怒りのため寝屋に籠もったまま、死ぬ。やがて五尋ほどの毒蛇が寝屋から這い出し、僧を追う(*道成寺説話の祖型)。

『日本書紀』巻11仁徳天皇55年  蝦夷との戦いで敗死した田道が、墓に葬られた。後に蝦夷がその墓を掘ると、目をいからした大蛇が出てきて、多くの者を毒で殺した。時の人は、「田道は死して敵に報いた」と言った。

*僧が執着心によって、死後に蛇の身を受ける→〔僧〕3aの『今昔物語集』巻13−42など。

*高徳の僧が自らの意志で、死後に蛇となる→〔僧〕3cの『諸国里人談』(菊岡沾凉)巻之4・7「水辺部」桜が池。

*現世に残した物への執着により、蛇に転生する→〔転生(動物への)〕2の『今昔物語集』巻13−42など。

★4a.恨みを抱いて死んだ女が、蛇となって仏壇に現れる。

『夜窓鬼談』(石川鴻斎)上巻「蛇妖」  妹が、姉に打たれたのを怒り恨んで、井戸に身を投げて死ぬ。葬儀後、仏壇に小さな蛇が現れ、妹の位牌の前でとぐろを巻く。姉は蛇を壕に捨てるが、翌朝、仏壇の扉を開くとまた蛇がいる。墓参りに行っても、蛇が墓の上に現れる。姉は熱病になり、「蛇が頸を絞める。蛇が胸を噛む」と訴えて、妹の自殺から一年後の同月同日に死んだ。

★4b.仏壇に蛇が現れても、それは死者と関連があるとは限らない。

『蛇』(森鴎外)  明治時代、信州の豪家での出来事。嫁姑の折り合いが悪いまま十数年が過ぎて、姑は病死した。初七日の晩に嫁が仏壇をのぞくと、大きな蛇がとぐろをまいていたので、嫁は発狂する。東京の理学博士である己(おれ)が所用でその家に宿泊し、「蛇は、近くの米蔵から出て来たのだろう。死者とは関係ない」と教え、嫁を東京の専門医に診せるよう勧める。

★4c.蛇が死者の魂と見なされることを利用して、殺人を死霊の祟りのように見せかける。

『半七捕物帳』(岡本綺堂)「お化け師匠」  踊りの師匠歌女寿(かめじゅ)は、娘分にしている病弱な姪を、虐待して死なせた。その一周忌に歌女寿は、頸に黒蛇がまきついた姿で死んでいた。世間では、姪の魂が黒蛇に乗り移って歌女寿を絞め殺した、と噂した。実際は情夫が歌女寿を絞殺し、黒蛇をまきつけて、死霊の祟りのように見せかけたのだった。

★4d.死後蛇に化した、あるいは、魂が蛇の形で現れたように、人々に思わせる。

『ギリシア哲学者列伝』(ラエルティオス)第5巻第6章「ヘラクレイデス」  死が間近に迫った時、ヘラクレイデスは「私の遺骸をこっそり埋葬し、代わりに、棺台の上に蛇を置け」と、召使いに命じた。葬儀の最中に、ヘラクレイデスの経帷子から蛇が這い出て来たので、市民たちは狼狽した。しかし後に、蛇はヘラクレイデスの化身でも魂でもないことが、明らかになった。 

★5.人の臨終の前後に現れる蛇。

『斜陽』(太宰治)1  「私(かず子)」が十九歳の年に、父は死んだ。臨終の直前、父の枕元に細い黒い紐が落ちていたので、母が拾おうとすると、それは蛇だった。蛇は廊下へ逃げ、どこへ行ったかわからなくなった。父が死んだ日の夕方、庭の池のはたの木という木に蛇がのぼり、枝に巻きついているのを「私」は見た。 

★6.手拭いが蛇になる。

『夢十夜』(夏目漱石)第4夜  爺さんが、手拭いを細長く綯(よ)って地面に置き、まわりに大きな輪を描く。「今にその手拭いが蛇になる」と言って、爺さんは笛を吹くが、手拭いは動かない。爺さんは手拭いの首をつまんで、肩にかけた箱に放り込み、「こうしておくと、箱の中で蛇になる。今にみせてやる」と言って、河の方へ歩いて行く→〔へそ〕3

*縄を蛇と見る→〔水鏡〕6の『鳴神』、→〔物語(議論)〕1の『大菩薩峠』(中里介山)第32巻「弁信の巻」。

 

 

【蛇の室】

★1.多くの蛇が集まる室。

『ヴォルスンガ・サガ』39  グンナル王が、両手を縛られて蛇牢に入れられる。彼は足指を使って竪琴を巧みに弾じ、沢山の蛇どもは奏楽を聞いて皆眠りこむ。しかし一匹の大蝮が這い寄り、肉を食い破り心臓を噛んで、グンナル王を殺した。

『ギリシア神話』(アポロドロス)第1巻第9章  アドメトスはアポロンの助けを得て、アルケスティスを花嫁とした。しかし婚礼に際して神々に犠牲を捧げる時に、アルテミスへの捧げ物を忘れてしまった。そのため新婚夫婦の寝室が、とぐろを巻いた蛇でいっぱいになった。アポロンはアドメトスに、アルテミスをなだめるよう、教えた。

『古事談』巻6−11  楽人助元が罪を得て、蛇の集まる左近府の下倉に入れられた。夜半に大蛇が襲いかかろうとするので、助元は笛で「還城楽」を吹く。すると大蛇は去って行った。

『レイダース 失われた聖櫃(アーク)(スピルバーグ)  アメリカ人考古学者インディ・ジョーンズ(演ずるのはハリソン・フォード)と恋人マリオンは、ナチス・ドイツの一派に捕らわれ、数千匹の毒蛇が群がる石室へ閉じ込められる。二人は松明(たいまつ)の炎を毒蛇に突きつけ、毒蛇の攻撃から身を守る。やがて松明の炎が消えようとする時、インディ・ジョーンズは壁を壊して、マリオンとともに蛇の室から脱出することができた。 

*蛇の室へ入れられ、領巾(ひれ)を振って蛇を追い払う→〔難題求婚〕4の『古事記』上巻(オホナムヂ)。

*蛇の城にこもる→〔難題求婚〕6の『天稚彦草子』(御伽草子)。

 

 

【蛇退治】 

 *関連項目→〔怪物退治〕〔猿神退治〕

★1.神や英雄が大蛇を退治する。

『イザヤ書』第27章  預言者イザヤが幻視した、神の審判の日のありさま。「その日、主(しゅ)は厳しく大きく強い剣(つるぎ)をもって、逃げる蛇レビヤタン(リヴァイアサン)、曲がりくねる蛇レビヤタンを罰し、また海にいる龍を殺す」。

『古事記』上巻  高天原を追放されたスサノヲノミコトは、出雲国の肥の河上へ降り立った。折しも、頭が八つ尾が八つの大蛇ヤマタノヲロチが、クシナダヒメを喰おうとしてやって来るところであった。スサノヲはヤマタノヲロチを斬り殺し、クシナダヒメと結婚した〔*『日本書紀』巻1に類話〕。

*「ヤマタノヲロチの正体は、山椒魚ではなかったか」と考えた人もいる→〔山椒魚〕3の『黄村(おうそん)先生言行録』(太宰治)。

丹波の始まりの伝説  大江山の麓の池に大蛇が棲み、往来の人を取って喰った。ある時、武士とその妻が通りかかり、大蛇が妻を呑んでしまった。夫の武士は池へ飛び込み、大蛇の腹中に入って刀をふるい、内側から五臓六腑を斬りまくった。大蛇はおびただしい血を流して死に、池には赤い波が立った。ゆえに、その国を「丹波」(丹=赤)と名づけた(京都府亀岡市)。

『変身物語』(オヴィディウス)巻1  大地から生まれた大蛇ピュトンは、パルナソスの山腹をその体でふさぐほどの大きさで、人間たちの恐怖のまとであった。アポロン神が、多くの矢を浴びせかけ、この大蛇を殺した〔*『ギリシア神話』(アポロドロス)第1巻第4章に簡略な記事〕。

*ジークフリートは自らの手で新たな剣を鍛え上げ、大蛇を退治した→〔剣を得る〕2の『ニーベルングの指環』(ワーグナー)「ジークフリート」。

*ヘラクレスはヒュドラ(水蛇)の不死の頭を切断して、地中に埋めた→〔封印〕1aの『ギリシア神話』(アポロドロス)第2巻第5章。

*瓠を沈めようとする大みづち(=龍に似た動物)を、斬り殺す→〔瓢箪〕6の『日本書紀』巻11仁徳天皇67年是歳。

★2a.英雄は、赤ん坊の時でさえ、蛇を退治することがある。 

『ギリシア神話』(アポロドロス)第2巻第4章  アルクメネは双子を産んだ。その一人イピクレスは夫アムピトリュオンの胤だったが、もう一人のヘラクレスはゼウスの胤だった(*→〔双子〕6)。生後八ヵ月の時に、ゼウスの妃ヘラが、赤ん坊を殺そうと思って二匹の蛇を送った。しかしヘラクレスが立ち上がって、両手で蛇を締め殺した〔*ヘラではなく、アムピトリュオンが蛇を投げ込んだのだ、とも言われる→〔父子関係〕2〕。

★2b.蛇退治ではないが、日本の「道場法師」の説話にも、赤ん坊と蛇の組み合わせが見られる。 

『日本霊異記』上−3  雷が農夫に子を授けることを約束し、やがて男児(後の「道場法師」)が誕生する(*→〔落雷〕4)。男児の頭には蛇が二遍(めぐり)巻きつき、首(かしら)と尾が後ろに垂れた状態で生まれた。

★3.近代の英雄が蛇を退治する。

『雁』(森鴎外)  高利貸しの妾お玉が窓辺につるした鳥籠の中に、青大将が首を入れて紅雀を襲う。散歩の途中に通りかかった医学生岡田が、包丁で蛇を切断して鳥を救う。岡田が友人の「僕」にその事件を話したので、「僕」は「女のために蛇を殺すのは神話めいている」と言う〔*旅の英雄が剣で大蛇を殺すのでなく、散歩する学生が包丁で青大将を切るという形〕。

『まだらの紐』(ドイル) ジュリアは結婚を間近にして、寝室で毒蛇に殺された。二年後、妹ヘレンも結婚相手が決まり、それとともに毒蛇に狙われるようになった。シャーロック・ホームズがヘレンの身代わりに寝室にひそみ、換気口から呼び鈴の紐を伝って下りてくる毒蛇をステッキで打って、追い払った→〔密室〕1

★4.女が蛇を退治する

『捜神記』巻19−1(通巻440話)  大蛇が毎年少女一人を生贄に要求し、十年になる。寄(き)という娘が人身御供を志願し、犬を連れて出かける。団子を洞窟の前に置いて大蛇をおびき出し、寄は犬を放ち、自らも剣を奮って蛇を殺す。この功で、彼女は王妃になった。

*蛇の化身である男の着物に、女が針を刺す→〔針〕1の『蛇婿入り』(日本の昔話)「苧環型」。

*蛇が瓢箪を沈めようとしていると、女が針千本をまく→〔瓢箪〕6の『蛇婿入り』(日本の昔話)「水乞型」。

★5.蛇が道をふさぐが、英雄は恐れず通る。

『漢書』「高帝紀」第1上  漢の高祖がまだ若い頃、夜、部下とともに沢中の小道を行くと、大蛇が道をふさいでいる。高祖は一刀のもとにこれを斬り捨てる。「白帝の子(秦を暗示)が赤帝の子に斬られた」といって老婆が泣く(『史記』「高祖本紀」第8に同話)。

『東海道名所記』巻4「宮より桑名まで七里舟渡し」  日本武(やまとたけ)の尊(みこと)が伊吹山に入ると、大蛇が道の中に伏していた。尊は大蛇の上を跳び越えたが、足が少し大蛇の鰭(ひれ)に当たったために、尊は病みつき、大熱気に苦しんだ。清水に足をひたすと、熱気はさめた。このゆえに、その所を「醒(さめ)が井」と名づけた。

『日本書紀』巻7景行天皇40年(110)是歳  「胆吹山(伊吹山)に荒ぶる神がいる」と聞いて、ヤマトタケルは「徒(むなで)に(徒歩で、あるいは素手で)」、胆吹山まで出かけた。山の神が大蛇となって道をふさいだが、ヤマトタケルは「これは主神(かむざね)ではなく、神の使いだろう。相手にするまでもない」と言って、蛇をまたいで通り過ぎた。山の神は、雲を起こし雹を降らせて、ヤマトタケルを苦しめた。

*弁慶は、安徳天皇の身体をまたいで足がしびれた→〔足〕2の『義経千本桜』2段目「渡海屋」。

*→〔橋の上の出会い〕2の『俵藤太物語』(御伽草子)の俵藤太は、大蛇またぐのではなく、その背を「むずむずと踏んで」、通り過ぎる。

*→〔宿の女〕2の『高野聖』(泉鏡花)の青年僧は、山道に横たわる大蛇を、冷汗を流しながらまたぎ越え、怪しい女の住む一軒家にたどり着く。

★6.開墾の妨げをする蛇を追い払う。

『徒然草』第207段  亀山殿造営の折、地ならしをしたところ、無数の蛇が集まる塚があった。土地の神だというので処置しかねていると、大臣実基が「王土に住む虫が、皇居を建てるのに何のたたりをするものか。塚を崩し蛇を川に捨てよ」と言う。その通り行なったが、たたりはなかった。

『常陸国風土記』行方郡  継体天皇の世(507〜531)、箭括氏麻多智が田を開いた時、夜刀の神(蛇)が群れなして邪魔をした。麻多智は蛇をうち殺し追い払って、山の口に占有の指標を立て、「ここより上は神の地、ここより下は人の田」と宣言した。

 

※針が蛇をしりぞける・退治する→〔針〕1の『古今著聞集』巻7「術道」第9・通巻295話など。

 

 

【蛇女房】

 *関連項目→〔魚女房〕〔蛙女房〕〔狐女房〕〔熊女房〕〔猿女房〕〔鶴女房〕

★1.男が美しい女と結婚するが、女の正体は蛇だった。

『小栗(をぐり)(説経)  小栗は、十八歳の二月から二十一歳の秋までに七十二人の妻を迎えたが、どれも気に入らず、追い返した。やがて彼は鞍馬で十六〜七歳の美女を見出して契る。しかしその正体は、みぞろが池に棲む大蛇だったので、父大納言兼家は怒り、小栗を常陸へ追放する。

『田村の草子』(御伽草子)  藤原俊祐は十六歳の時から五十歳になるまでに、四百六十四人の妻を取り替えたが、一人も心にかなわない。ある秋、俊祐は嵯峨野で出会った美女に心ひかれ、契りを交わす。女が子を産む時、俊祐は、禁ぜられていたのぞき見をする。産屋の中では、大蛇が美童(=後の俊仁将軍)を二つの角の間に乗せ、いつくしんでいた。女は「自分は益田が池の大蛇である」と告げて去った。

『蛇の玉』(日本の昔話)  三井寺辺に住む男が、茶店で見た美女を妻とする。身ごもった妻が「産室を見るな」と禁じたにもかかわらず、男がのぞき見ると、妻は蛇の姿になって子を産んでいた。生まれた子は人間の姿をしていた。正体を知られた妻は去った(福島県平市)→〔目を抜く〕3

*男が女に傘を貸した縁で二人は親しくなるが、女の正体は蛇だった→〔雨宿り〕6の『雨月物語』巻之4「蛇性の婬」。

*蛇の正体をあらわしたヒナガヒメに追われ、ホムチワケノミコが逃げる→〔逃走〕2の『古事記』中巻。

*「帰ったぞ」と声をかけずに家に入ったら、妻は大蛇の姿だった→〔呼びかけ〕7の龍泉寺の白蛇の伝説。

★2.蛇精が蛇の身を棄てて人間の女になり、青年と結婚する。

『白蛇伝』(藪下泰司)  青年許仙(シュウセン)と白蛇の精白娘(パイニャン)が恋に落ちる(*→〔蛇息子〕4)。高僧法海(ホッカイ)は、「蛇と契っては許仙の身が危ない」と考え、白娘と術くらべをして打ち負かし、追い払う。許仙は白娘を追って崖から落ち、死んでしまう。白娘は、永遠の命を持つ蛇精の身を棄てることと引き換えに、竜王から命の花をもらって、許仙を生き返らせる。法海は、人間の女になった白娘と許仙の恋を認めて祝福し、二人は小舟に乗って幸せの国へ旅立つ。

★3.半人半蛇の女と交わる。

『歴史』(ヘロドトス)巻4−9  ヘラクレスはスキュティアで、上半身が女、下半身が蛇の怪物と交わり、三人の子をもうけた→〔三人兄弟〕1

★4.蛇が男性器をくわえる。

『今昔物語集』巻29−40  僧が昼寝して、美女と交わるとの夢を見る。目覚めて傍らを見ると、五尺ほどの蛇が口をあけて死んでいた→〔精液〕2

★5.女の身体の中に棲む蛇。

『湖畔の女』(小松左京)  「私(大杉)」は酒友の桂文都師匠と、早春の長浜へ小旅行をして、白蛇の化身ともいうべき美女と出会った。「私の中には、一匹の淫らな蛇が棲みついています」と女は言い、旅館の「私」の蒲団へもぐり込んで、強引に「私」と交わり、一晩中「私」を放さなかった。女は次に文都師匠をねらったが、師匠は弟子たちと力をあわせて女をとりおさえ、名僧の寺へ預けて尼にしてしまった〔*蛇の化身の女を僧が退治する、という結末は→〔封印〕1aの『雨月物語』巻之4「蛇性の婬」と同じ〕。

 

 

【蛇婿】

★1a.蛇が人間の男に化けて、女と交わる。

『肥前国風土記』松浦の郡褶振の峰  大伴狭手彦が船出した後、狭手彦に似た男が弟日姫子のもとに通う。弟日姫子は麻糸を男の衣の裾につけ、糸をたどって尋ねて行く。すると沼の辺に蛇が寝ており、身(下半身か?)は人間で、沼底に沈んでいた。

『平家物語』巻8「緒環」  豊後国の女が、朝帰りする男の水色の狩衣の襟首に、長い糸のついた針を刺す。女は糸をたどって姥岳の岩屋まで行き、針を喉に刺して苦しむ大蛇と語る。女の産んだ子は、「あかがり大太」(*→〔蛇婿〕6)と呼ばれる豪傑になる〔*同型の日本の昔話『蛇婿入り』「苧環型」では、女は胎の中の子を堕す〕。

★1b.蛇体の神が人間の女と交わる。

『ローマ皇帝伝』(スエトニウス)第2巻「アウグストス」  オクタウィウスの妻アティアが、アポロン神殿に臥輿を置いてまどろむと、大蛇が彼女の中に這って入り、しばらくして出て行った。目覚めた彼女の身体には、大蛇のような痣が現れ、消すことができなかった。十ヵ月たって、アティアはアウグストスを産んだ。そのため、彼はアポロンの息子と見なされた。

*蛇体のアムモン神が、人妻に添い寝する→〔のぞき見(妻を)〕3の『英雄伝』(プルタルコス)「アレクサンドロス」。 

*大物主神とイクタマヨリビメ→〔糸と男女〕3の『古事記』中巻。

*大物主神と倭迹迹日百襲姫命(やまとととびももそひめのみこと)→〔箱を開ける女〕1の『日本書紀』巻5崇神天皇10年9月。

★2.蛇に犯される夢を見て、懐妊する。

『今昔物語集』巻4−31  天竺に、心がねじれ曲がり、いつもうつらうつら眠っている国王がいた。その母后は、「大きな蛇が来て私を犯す」との夢を見て、国王を身ごもったのだった。医師が乳(にう)を国王に与えて、正常な心に戻した。この国王は龍の子であった、と語り伝えている。

★3.蛇が人間の女に巻きつく。

『沙石集』巻9−3  継母が十二〜三歳ほどの継娘を沼へ連れて行き、沼の主の蛇に、「この娘を嫁として差し上げよう」と言う。しかし父が蛇に、「母の方を取れ」と命じたので、蛇は娘を捨てて、継母の身体に巻きついた。

*蛇が女童に巻きつこうとしても、できなかった→〔菜〕3の『沙石集』巻9−18。  

『太平広記』巻456所引『続捜神記(捜神後記)』  娘が近村の大邸宅へ嫁入りした。初夜の床で、幾かかえもある柱ほどの蛇が一匹、花嫁の足先から頭までからみついた。

★4.女神が蛇と結婚する。

『江島(えのしま)(能)  昔、武蔵相模の境の湖に、五頭龍という大蛇が棲んで、多くの人を取った。弁財天(女神)が五頭龍に、「汝が悪心を翻し殺生をとどめて、国の守護神となるならば、私は汝と夫婦になろう」と誓約し、五頭龍もこれに応じた。

★5.蛇婿の本体は、美青年であった。

『ペンタメローネ』(バジーレ)第2日第5話  大蛇が王女との結婚を望む。父王が「宮殿内をすべて黄金や宝石に変えよ」などの難題を出し、大蛇はそれを簡単にやり遂げる。大蛇は王女の腰に尻尾をまきつけるが、すぐ蛇の皮を脱ぎ捨て、美しい若者の姿になる。

*爪切刀(爪切りはさみ)で大蛇の頭を斬ると、切り口から美しい男が現れた→〔変身(動物から人に)〕2の『天稚彦草子』(御伽草子)。

*夫を大蛇だと思って明りで照らすと、美しい青年だった→〔夫〕6の『黄金のろば』(アプレイウス)第4〜6巻

★6.蛇婿と人間の女との間に生まれた子供の身体的特徴。

『平家物語』巻8「緒環」  豊後国の女が姥岳の大蛇との間にもうけた男児は、成長が速く七歳で元服した。夏も冬も、手足が隙間なく大きなあかぎれで割れていたので、「あかがり(あかぎれ)大太」と呼ばれた〔*→〔犬婿〕5の『南総里見八犬伝』の、八犬士の身体に、八房の斑毛を思わせる痣がある物語と類似する発想〕。

『聊斎志異』巻12−463「青城婦」  成都の西北にある青城山の周辺では、蛇に犯される婦人がしばしばある。それによって生まれた女の子には、陰中に蛇の舌のごときものがある。性交時にその舌がのびて男の陰管に入ると、陽物が脱けて男はたちどころに死ぬ。

★7.蛇が女性器をねらう。

『日本霊異記』中−41  桑の木に登り葉を摘む娘を、大蛇が犯した。医師が、稷の藁や猪の毛などを用いて汁を作り、それを使って蛇を娘の身体から放した。しかし三年後、娘はふたたび蛇に犯されて死んだ〔*『今昔物語集』巻24−9に類話。*→〔転生する男女〕4の、『宝物集』巻5のような事情があったのであろうか〕。

*小用中の女が蛇ににらまれて、動けなくなる→〔目〕2の『今昔物語集』巻29−39。

 

 

【蛇息子】

★1.人間の女が小蛇を産み、育てる。蛇は成長後、昇天しようとして失敗する。

『常陸国風土記』那賀の郡茨城の里哺時臥(くれふし)山  ヌカビコの妹ヌカビメが、名も知らぬ男と夫婦になって小蛇を産む(*→〔夜〕1)。小蛇は急速に成長する(*→〔成長〕4)。ヌカビメは蛇にむかって「汝は神の子ゆえ、父の所へ行け」と言う。蛇は怒り、伯父にあたるヌカビコを雷撃して殺し、天に昇ろうとする。しかしヌカビメが瓮(ひらか)を投げつけたため、蛇は昇天できず、哺時臥(くれふし)山の峰に留まった。

★2a.人間の夫婦が小蛇を育てる。蛇は成長後、昇天する。

『耳袋』巻之2「蛇を養ひし人の事」  清左衛門夫婦が小蛇を箱に入れ、縁の下で育てること十一年に及んだ。蛇は大きく成長し、縁遠い娘がこの蛇に祈ると願いが叶う、などの事もあった。天明二年(1782)三月の大嵐の日、蛇は風雨に乗じて昇天した。

★2b.爺婆が小蛇を育てる。蛇は成長後、海へ去る。

『蛇の息子』(日本の昔話)  富山の町に住む爺婆が蛇の子を育て、「シドー」と名づけてかわいがる。シドーはたくさんの米を食って大蛇になったので、爺婆は「もうお前を養えない」と言い聞かせる。シドーは出て行ったが、やがて神通川に姿を現し、町中大騒ぎになる。殿様が「蛇を退治した者には、大金を与える」と、お布令(ふれ)をだす。爺婆はシドーに「こんな所で人を恐がらせず、どこかへ姿を隠してくれ」と頼む。シドーは海へ去り、殿様は爺婆が一生安楽に暮らせるだけの扶持(ふち)を与えた(山梨県西八代郡九一色村)。

『蛇息子』(日本の昔話)  爺が山へ木こりに行くと、小さい蛇が寄って来たので、籠に入れて持ち帰り、婆に隠して縁の下で育てる。しかし蛇はどんどん大きくなって隠せなくなり、爺は蛇を海へ放す。その時、爺は「お前を何年も大事に飼って育てたのに、何の恩送り(恩返し)もしてくれん。どこへなりと行け」と言う。翌朝、蛇は「恩送りだ」といって、大きな荒布(あらめ)の杓子をくわえて海辺に現れ、爺にその杓子を与える(兵庫県美方郡温泉町千原)→〔無尽蔵〕3

★3.独身者が小蛇を育てる。蛇は成長後、馬や人を呑み、町を水没させる。

『捜神記』巻20−15(通巻463話)  貧乏な老婆が、頭に角のある小蛇に食物を与えていた。蛇は一丈あまりに成長して知事の馬を呑み、知事は怒って老婆を殺した。蛇は人にのりうつって「仇を討つ」と言う。四十日後の夜、町は陥没して湖となった。

『太平広記』巻458所収『広異記』  書生が小蛇を育て、毎日おぶって歩いたので「担生」と名づける。やがて大きくなったため沢に放した。四十年あまりたつと蛇は舟ほどの大きさになり、沢に行く人を呑んだ。書生は県令に捕らわれ獄につながれる。しかし夜のうちに、獄だけ残して県全体が沈んで湖になった。

★4.少年が雌の小蛇をかわいがる、という話もある。

『白蛇伝』  少年許仙(シュウセン)が白い小蛇をかわいがっていたが、大人たちに叱られて、泣く泣く小蛇を棄てた。年月が流れ、青年となった許仙は、ある日、美女白娘(パイニャン)と出会って恋に落ちる。白娘は、かつての小蛇の化身であった→〔蛇女房〕2

 

 

【部屋】

 *関連項目→〔四季の部屋〕〔密室〕

★1.開(あ)かずの間(ま)。

『閑窓自語』(柳原紀光)上−76  比叡山延暦寺の竹林院の内に、「児かや」という、開かずの間がある。宝暦七年(1757)、法華会の行事の折、権右中弁敬明が竹林院に宿泊し、家人(けにん)に命じて、開かずの間を開けさせた。中は暗くて、何もなかった。家人は冷気に襲われる心地がして、帰宅後すぐに死んだ。権右中弁も病気になり、翌年三月に死んだ。

★2a.多くの死体がある部屋。

『今昔物語集』巻5−1  僧伽羅と五百人の商人たちが上陸した島は、美女ばかりが住んでいた。しかし美女の正体は羅刹鬼で、訪れた男たちを夫として愛するが、新たな商人船がやって来ると、それまでの夫たちの脚の筋を断ち切って建物に閉じ込め、毎日の食用にした。建物の中には、まだ生きている者、すでに死体となった者など、多くの男たちがころがっていた。

★2b.見ることを禁じられた、多くの死体のある部屋。

『青ひげ』(ペロー)  青いひげの男が、新たにめとった若い妻に多くの鍵を渡し、「屋敷内のどこへ行ってもよいが、階下の奥の小部屋だけは開けるな」と禁じて、旅に出る。妻は好奇心を抑えることができず、小部屋を開ける。床は血の海で、壁際に女の死体が数体くくりつけられていた→〔妻殺し〕2a

*『青ひげ』(ペロー)の変型→〔扉〕5aの『青ひげ公の城』(バラージュ)・『扉の影の秘密』(ラング)。

『黒塚(安達が原)』(能)  安達が原で、賤の女の庵に宿を借りた東光坊祐慶らは、「見るなかれ」と禁じられたにもかかわらず、女の閨をのぞき見る。中は膿血と腐臭に満ち、死骸が数知らず積み重なっていた。祐慶らは肝をつぶして逃げ出し、女(実は黒塚に棲む鬼女)は怒って追って来る。祐慶らは、不動明王など五大尊明王に祈り、鬼女を調伏する。

『まっしろ白鳥』(グリム)KHM46  魔法使いの男が、美しい娘を森の中の家へさらい、欲しい物を何でも与える。二〜三日してから魔法使いは娘に留守番を命じ、鍵と卵を渡して、一つの部屋だけは見るなと禁ずる。娘が部屋を開けるとバラバラ死体がいくつもあり、娘は驚いて卵を落とし、卵に血がつく。

*見ることを禁じられた部屋に、美女の像がある→〔像〕3の『忠臣ヨハネス』(グリム)KHM6。

*見ることを禁じられた部屋で蛇女房が出産する→〔蛇女房〕1の『田村の草子』(御伽草子)、『蛇の玉』(日本の昔話)。

*→〔のぞき見〕に記事。

★3.人体の血や油(脂)をしぼり取る部屋。纐纈城。

『聴耳草紙』(佐々木喜善)36番「油採り」  なまけ者が或る島へ渡り、鉄門・鉄塀の館に滞在して御馳走でもてなされた。ある夜、なまけ者が隣室を覗くと、炭火の燃える上に男が逆さ吊りにされ、目・鼻・口から垂れる油を採られている。油取りの男が「隣の奴もよく油が乗ったから明晩はあいつの番にしよう」とつぶやくのを聞いて、なまけ者はあわてて逃げ出す。

『今昔物語集』巻11−11  唐土へ渡った慈覚大師が迷いこんだ屋敷は、纐纈城といい、訪れた人を肥らせて高所に吊るし、身体の所々を切って血を出し、それでしぼり染めを作るのだった〔*『宇治拾遺物語』巻13−10に類話〕。

『本朝二十不孝』(井原西鶴)巻2−3「人はしれぬ国の土仏」  船乗り藤介が漂流して異国の島に取り残される。唐人たちが来て藤介を鉄門で固めた家へ連れて行き、逆さ吊りにして人油を絞り取る。ある時通りかかった日本僧に、藤介は「ここは纐纈城という恐ろしい国ゆえ、命を取られ給うな」と教える。

*死後、冥府で身体から油を搾り取られる→〔殉死〕3の『今昔物語集』巻7−31。

★4.小さな部屋での怪事。

『遠野物語』(柳田国男)14  遠野の各集落には必ず一戸の旧家があって、「オクナイサマ」という神を祀っている。その家には畳一帖の小部屋があり、この部屋で夜寝る者は、いつも不思議な目に遭う。枕を返されるなどは、常のことである。誰かに抱き起こされたり、部屋から突き出されることもある。静かに眠ることを許さぬ部屋である。

*小さな密室で姿を消す→〔密室〕5の消えた代議士の娘(日本の現代伝説『ピアスの白い糸』)。 

★5.小さな部屋の中の大空間。

『今昔物語集』巻3−1  天竺の浄名(維摩)居士は、一丈四方の部屋に住んでいた。そこへ十方から三万二千の仏たちが無数の菩薩・聖衆とともにやって来て法を説いたが、部屋の中にはまだ余裕があった。これは、浄名居士の不思議な神通力によるものだった。

★6.子供を部屋から外にださないようにして保護する。

『大鏡』「昔物語」  朱雀院は、延長元年(923)の誕生以来三年間、御殿の格子も上げず夜も昼も火をともして、御帳台の中で養育された。延喜三年(903)に大宰府で憤死した菅原道真の霊のたたりを、恐れてのことであった〔*朱雀院の生母穏子は、時平(*→〔雷〕1)の妹である〕。

『ギリシア神話』(アポロドロス)第2巻第4章  アクリシオスは、子供の身を守るのではなく、自分の身を守るために、娘ダナエを青銅の部屋の中に閉じこめ、誰も近づけないようにする。アクリシオスは「娘の産んだ子に殺されるだろう」との神託を得ていたからである→〔予言〕1

『千一夜物語』「『ほくろ』の物語」マルドリュス版第250〜253夜  結婚後四十年たってはじめて授かった子「ほくろ」を邪視から守るため、両親は、この子が十四歳になるまで地下室で育てる。

*子供が殺されないように保護していたが、死んでしまった→〔運命〕1aの『イソップ寓話集』(岩波文庫版)363「子供と絵のライオン」、→〔予言〕1の『イソップ寓話集』(岩波文庫版)162「子供と烏」。

 

 

【変化(へんげ)】

★1.狐狸や鬼が、母に化けて訪れる。

『日本霊異記』中−40  橘奈良麻呂が奈良山で狩りをし、狐の子を捕えて木で串刺しにして狐穴の入口に立てた。狐の母はこれを恨み、奈良麻呂の母に化けて訪れ、奈良麻呂の子を抱いて行き、狐穴の入口で串刺しにして復讐した。

『本朝二十不孝』巻4−4「本にその人の面影」  兄弟が亡き母を偲んでいると、庭先に母の幽霊が現れる。兄は合掌するが、弟は矢を射かける。光を放って母の姿は消え、古狸が鼻筋を射通されてころがっていた。

『羅生門』(御伽草子)  京の羅生門や大和の宇多の森に出没する鬼の片腕を、渡辺綱が斬り落とす。源頼光がその腕を唐櫃に保管して、七日間の物忌みをする。鬼は片腕を取り戻すために、源頼光の老母の姿に変じて訪れる。源頼光は物忌みの禁を破って、老母を屋敷に入れてしまう〔*八世紀の英詩『ベーオウルフ』は、英雄が怪物と戦って片腕をもぎ取る、怪物の母が襲来し息子の片腕を奪い返して去る、などの点で、羅生門の鬼の伝説に似るといわれる。しかし『ベーオウルフ』では、怪物の母は英雄の肉親に化けたりせず、怪物の姿のままやって来る〕。

*子供たちが留守番をしていると、山姥が母親に化けて帰って来る→〔山姥〕2の『天道さん金ん綱』(日本の昔話)。

★2.狸が、伯母に化けて訪れる。

『狸腹鼓』(狂言)  猟師の喜惣太が、田畑を荒らす狸どもを射殺す。多くの若狸が射られたため、大狸が、殺生をやめさせようと、喜惣太の伯母尼に化けてやって来る。伯母尼の説諭で、喜惣太は殺生をやめると約束するが、伯母尼は犬におびえて、正体が狸であることを暴露する。大狸は腹鼓を打ちつつ、隙を見て逃げ去る。

★3.狐が、伯父に化けて訪れる。

『釣狐』(狂言)  多くの狐が、猟師のしかけた罠にかかって命を落とす。古狐が、猟師の伯父である伯蔵主という僧に化け、ある夜、猟師の家を訪れて「狐釣りをやめよ」と、意見をする。猟師は「今後は殺生はしませぬ」と約束しつつも、帰って行く伯蔵主のそぶりを怪しんで、罠をしかける。狐の姿に戻った伯蔵主は、餌につられて罠にかかるが、はずして逃げ去る。

★4.鬼が、弟に化けて訪れる。

『今昔物語集』巻27−13  近江国安義橋で鬼におそわれた男が逃げ帰り、陰陽師の言にしたがって門を閉じ、物忌みをする。そこへ、陸奥に赴任していた弟が久しぶりに訪れたので、物忌みとはいいながら追い返すわけにもいかず、中へ入れる。弟は鬼の正体をあらわし、男の首を食い切って姿を消す。

★5.身体全体が化けるのではなく、手足だけを変える。

『狼と七匹の子山羊』(グリム)KHM5  狼が白いパン粉を足につけ、七匹の子山羊が留守番する家へ来て、「お母さんが帰って来たよ」と言う。狼は、白い前足を窓板にかけて見せたので、子山羊たちは「本当のお母さんだ」と思って、戸を開けてしまう。

『手袋を買いに』(新美南吉)  冬の夜、森の子狐が町の帽子屋まで手袋を買いに行く。母狐が、子狐の片手を人間の手に変えて、「こちらの手だけを見せるんだよ」と教える。ところが子狐は間違えて狐の手を見せてしまう。帽子屋は驚くが、子狐の持って来た白銅貨は本物だったので、手袋を売る。子狐は森へ帰って、「人間ってちっとも恐くないよ」と言う。

*狐が持って来たお金は、後で葉っぱになってしまうことが多い→〔葉と金銭〕2の『狐のお産』(日本の昔話)。

 

 

【変身】

★1.身体が大きくなったり小さくなったりする。

『不思議の国のアリス』(キャロル)  不思議の国へ行ったアリスは、「私を飲んで」と書いた札のついた、びんの飲み物を飲む。するとみるみる身体が縮んで、二十五センチくらいになる。次に、「私を食べて」という文字が干しブドウで書いてあるケーキを食べると、今度は背丈がどんどん伸びて、三メートル近くになる。アリスは泣いて、何十リットルもの涙を流す。

『ラーマーヤナ』第5巻「優美の巻」第2章  空飛ぶ猿ハヌマト(ハヌーマン)は、自由に身体の大きさを変える能力を持っていた。彼は、王子ラーマの妃シーターを救い出すべく、ランカー島へ渡り、その都城へ潜入しようとする。護衛の羅刹たちに見つからないよう、ハヌマトは身体を猫ほどに小さく縮め、夜になるのを待って都城に入った。

『ラーマーヤナ』第6巻「戦争の巻」第74章  ハヌマトはランカー島からヒマラヤのリシャバ山まで飛行して、薬草を探す(*→〔草〕1)。ところが山の薬草は、ハヌマトに取られないように、皆姿を隠してしまった。ハヌマトは怒り、山ごと薬草を持ち帰ろうと、身体を大きくして、リシャバ山の頂きをつかんで引き抜く。ハヌマトは山頂をかついで、ランカー島へ飛び帰った〔*同巻・第101章にも類似の物語がある〕。

★2.変身を重ねる。次々といろいろなものに変身する。

『オデュッセイア』第4巻  トロイア戦争を終えて帰国するメネラオスたちが、漂流してエジプトのパロス島に着く。彼らは、岩屋で昼寝する海の老人プロテウスを捕らえるが、プロテウスは獅子、蛇、豹、猪に次々に変身し、さらに、流れる水や樹葉茂る巨木にもなって逃れようとする。しかしメネラオスらが手を離さないので、プロテウスはあきらめ、彼らの要求にしたがって、帰国の方法・僚友たちの運命などを教えた。

『二人兄弟の物語』(古代エジプト)  バタの妻はファラオの愛妾となり、夫バタを死に追いやった。バタは蘇生して、妻に復讐すべく、雄牛に変身する。妻は恐れ、牛を殺すようファラオに請う。牛は殺され、その血が二滴、地に落ちる。そこから二本の木が生えて、夜のうちに大木になる。妻はファラオに願って、木を切り倒させる。木の切り屑が妻の口の中に入り、彼女は身ごもる。生まれた男児は皇太子となって、自分の母(=バタの妻)の悪事を臣下たちに語る。

『ペンタメローネ』(バジーレ)第5日第9話  シトロンの実から美女(妖精)が生まれ、王子と結婚する。黒人の奴隷女が妖精の頭にピンを突き刺したので、妖精は白鳩に変身する。料理人が白鳩をつかまえて熱湯につけ、むしった羽を地面に棄てる。地面からシトロンの木が生え、実をつける。王子(即位して王になっている)がナイフで、シトロンの実を切る。妖精が現れて、王の妃となる→〔にせ花嫁〕1

*孫悟空と牛魔王が、それぞれ何種類かの鳥や獣に変身して闘う→〔わざくらべ〕3の『西遊記』百回本第61回など。

★3.男女二人が協力して、一まとまりの物に変身する。

『みつけ鳥』(グリム)KHM51  男児「みつけ鳥」と女児レーネ(レン)は、大の仲良しだった。魔法使いの婆さんが「みつけ鳥」を殺そうとするので、レーネは「みつけ鳥」に、「二人一緒に変身しよう」と言う。一度目は「みつけ鳥」がバラの幹になり、レーネがバラの花になる。二度目は「みつけ鳥」が教会堂になり、レーネが天井のシャンデリアになる。そして三度目。「みつけ鳥」が池になり、レーネが鴨になって池に浮かぶので、婆さんが池の水を飲み干そうとする。鴨が婆さんをくわえて、池へ沈める。

★4.計略を用いて怪物を小さく変身させる。

『三枚のお札』(日本の昔話)  小僧を追って来た山姥にむかって、和尚が「化けくらべをしよう」と挑む。山姥は和尚の言うままに、大きくなったり小さくなったりする。和尚は山姥をおだてて味噌に変身させ、一口になめてしまう〔*山姥を豆粒ほどに小さくさせて呑みこむ、という形もある〕。

『千一夜物語』「漁師と鬼神との物語」マルドリュス版第3〜6夜  漁師が海から壺を引き上げ、鉛の封を取る。中から巨大な鬼神(イフリート)が現れて、「お前を殺す」と言う。漁師が「こんな巨大な身体が、壺に入っていたとは信じられぬ」と不思議がると、鬼神は煙になって壺の中へ入る。漁師は壺を鉛で封じ、海へ投げ込もうとする。鬼神は漁師に許しを請い、もう一度、壺から出してもらう→〔壺〕3

『長靴をはいた猫』(ペロー)  長靴をはいた猫が、人食い鬼の城を訪れる。猫が人食い鬼の変身能力を問うので、人食い鬼は大きなライオンに変身して見せる。猫が「小動物になるのは不可能でしょう」と言うと、人食い鬼は、たちまち小さな二十日鼠に変身する。猫は二十日鼠にとびかかり、食べてしまう。

『ニーベルングの指環』(ワーグナー)「ラインの黄金」  神々の王ヴォータンと火の神ローゲが、小人アルベリヒから指環を取り上げるために、地下の世界ニーベルハイムへ下る。アルベリヒは大蛇に変身して自分の力を誇るが、ローゲにそそのかされて小さな蛙に変身したところを、捕えられる。

*瓶から出てきた化け物に、「お前は本当に瓶の中にいた奴か?」と問うて、もう一度、瓶の中に入らせる→〔瓶(びん)〕1の『ガラス瓶(びん)の中の化け物』(グリム)KHM99。

★5.日本人が四年周期で変身し、西洋風の華やかな歓楽を享受する。しかしやがて日本の暮らしに心の落ち着きを感じるようになる。

『友田と松永の話』(谷崎潤一郎)  松永は、四年周期で変身する。彼は妻子とともに故郷の奈良にいる時は、やせた陰気な男である。「友田」と名乗って巴里や上海や東京に出ると、西洋風の歓楽にふけり、肥満体形になって若返る。しかし四年たつと彼は、古い日本に郷愁を感じ、やせ衰えて田舎に帰る。何度かこれを繰り返し、四十五歳になった。今度「松永」になったら、もう「友田」に戻らないのではないか、と彼は予感する。

★6.博士が薬を飲んで別人に変身し、薬を飲んでまたもとにもどる。しかし次第にもとの姿にもどりにくくなる。

『ジキル博士とハイド氏』(スティーブンソン)  五十歳代のジキル博士は、薬を飲んで醜悪な小男ハイドに変身し、放埓な生活を楽しんだ後に、ふたたび薬を飲んでジキル博士にもどる。しかし繰り返すうちに、次第にジキルにもどりにくくなり、朝目覚めるとハイドになっていたりする。ジキル博士は絶望して自殺する。

 

 

【変身(人から動物に)】

★1.人間が、魔法などによって動物に変身させられる。後に、もとの姿に戻れることもある。

『漁夫とその妻の話』(グリム)KHM19  王子が魔法でカレイに変えられる。カレイは漁夫に釣り上げられるが、わけを話して逃がしてもらい、返礼に、漁夫の欲深い妻の願いをいくつか叶える→〔円環構造〕1a

『魔術師』(谷崎潤一郎)  某公園の見せ物小屋で興行する美貌の魔術師は、人間を孔雀、豹の皮、燭台、蝶々など、様々なものに変身させて見せる。観客の「私」は半羊神になりたいと望み、魔法の杖で背中を打たれて、二本の角と羊の下半身を持つ姿になる。恋人も「私」のあとを追って半羊神になる。

『ローエングリン』(ワーグナー)  ブラバント公国の領主の息子ゴットフリートは、森の中で姉エルザとはぐれ、魔女オルトルートによって、白鳥にされてしまう。その白鳥の引く小舟に乗って、騎士ローエングリンがブラバントへやって来る。ローエングリンはエルザと結婚し、後に自分の素性を告げて(*→〔名前〕6)、遠い国へ去る。その時、白鳥はゴットフリートの姿に戻る。

*膏油を塗って、ろばに変身する→〔ろば〕1の『黄金のろば』(アプレイユス)第3巻。

*宿の主である魔女が、訪れた旅人を動物に変身させる→〔魔女〕4の『オデュッセイア』第10巻など。

★2.美女が動物の皮をかぶって変身する。皮を脱げばまた美しい姿にもどる。

『ろばの皮』(ペロー)  美しい王女がろばの皮をかぶって身をやつし、農家の下女となって働く。休日には部屋にこもり、ひそかに皮を脱いで美しいドレスを着る。その姿を王子がのぞき見る。

*千種類の獣物(けだもの)の毛皮を着る王女→〔毛皮〕2の『千匹皮』(グリム)KHM65。

★3.明確な理由なく、一人の人間が動物に変身する。

『変身』(カフカ)  セールスマンのグレゴール・ザムザは、父、母、十七歳の妹とともに、暮らしている。ある朝、グレゴールは巨大な毒虫に変身する。彼は自室に閉じこもり、妹が食事を運ぶ。働き手を失った一家は困窮し、下宿人を置くが、彼らは毒虫の存在を知って、下宿代の不払いを宣言する。グレゴールは、変身して数ヵ月を経た三月下旬に死ぬ。一家は安堵して、郊外へピクニックに出かける。

*明確な理由なく、一人の人間が乳房に変身する→〔乳房〕1の『乳房になった男』(ロス)。

★4.明確な理由なく、大勢の人間が動物に変身し、一人だけ人間のまま取り残される。

『犀』(イヨネスコ)  日曜日、ベランジェとジャンがカフェにいると、一頭の犀が駆けて行く。月曜日、ベランジェの事務所に、犀に変身した同僚がやって来る。ジャンも犀化し、やがて町の人々が次々に犀になり、店には「変身のため休業」という看板が出る。最後に残ったベランジェの恋人も犀化し、ベランジェ一人が犀になれず取り残される。

 

 

【変身(動物から人に)】

★1.魔法がとけて、動物が人間に変わる。

『黄金(きん)の鳥』(グリム)KHM57  黄金の鳥を捜しに出かけた王子が、途中で出会った狐に助けられて、鳥を手に入れ、美しい姫を妻とする。その後に狐が、「私を射ち殺して頭と手足をちょんぎって下さい」と頼むので、王子がそのとおりにすると、狐は人間に姿を変える。それは、王子の妻となった姫の兄であり、この時ようやく、魔法から解放されたのだった。

『美女と野獣』(ボーモン夫人)  ベルは父の命を救うため、恐ろしい野獣の宮殿に住む。野獣とともに暮らすうち、ベルは野獣の善良さを知り、その醜さが気にならなくなる。とうとうベルは野獣の求婚に応じ、妻となることを誓う。その時、仙女のかけた魔法がとけて、野獣は美しい王子に変わった→〔三人姉妹〕1

*蛙が王子に変わる→〔蛙婿〕2の『蛙の王様』(グリム)KHM1。

★2.蛇や田螺が人間に変わる。「魔法がとけた」とは明示されない。

『天稚彦草子』(御伽草子)  長者の家の前に大蛇がやって来て、「汝の三人の娘を与えよ」と要求する。長女・次女は拒絶し、末娘が大蛇の求婚に応じる。十七間(けん)の家がいっぱいになるほどの大蛇が現れて、「刀で私の頭を切れ」と娘に言う。娘が爪切刀(=爪切りはさみ)で蛇の頭を斬ると、切り口から、直衣を着た美しい男(=天稚彦)が走り出る。男と娘は夫婦になる。

『田螺長者』(日本の昔話)  子のない夫婦が水神様に祈願し、妻が田螺を産む。田螺は二十年たっても田螺のままだったが、長者の娘を嫁にもらう。四月八日の薬師様のお祭りの日に嫁が薬師様に参詣すると、そのおかげで田螺は立派な若者に変身する。夫婦は商売も繁盛して、長者となる(岩手県上閉伊郡。*田螺が「私を杵で叩きつぶせ」と言い、嫁が杵を打ちおろして田螺をつぶすと人間になる、という形もある)。

*→〔壺〕4の『壺むすこ』(インドの昔話)も同類の物語。

 

 

【変身(醜から美に)】

★1.醜貌・奇形から美貌に変身する。

『今昔物語集』巻3−15  燼杭太子は鬼神のごとき醜貌で、妻も故国へ逃げ帰るほどだった。帝釈天が太子に玉を授け、そのおかげで太子は端麗な容姿になった。

『鉢かづき』(御伽草子)  鉢をかぶってさすらい、里人たちから「化け物」とあざけられる姫君は、中将家の御子宰相殿に愛され妻となる。嫁くらべの日、鉢が頭から落ちて姫君は美貌をあらわす。

『花世の姫』(御伽草子)  花世の姫は姥衣を着て老婆の姿になり、中納言邸の火焚き女として雇われる。正月十五日の夜、中納言家の若君宰相殿が、姥衣をぬいだ美しい姫君の姿をたまたまのぞき見て驚く。宰相殿は花世の姫と契りを結ぶ〔*『姥皮』(御伽草子)に類話〕。

*ろばの皮をぬいだ美女→〔のぞき見〕1の『ろばの皮』(ペロー)。

『ものくさ太郎』(御伽草子)  ものくさ太郎は、髪に塵・埃・虱がつくなど、人と思えぬ姿だったが、女房の指図によって七日湯風呂に入り身をつくろうと、美しい玉のごとき美男となった。

*醜女が仏に祈って美女となる→〔醜女〕4の『今昔物語集』巻3−14など。

★2.いったん醜い姿にされ、後に本来の端正な容姿に戻る。

『マハーバーラタ』第3巻「森の巻」  賽子(さいころ)賭博に負けて森をさまようナラ王が、蛇王カルコータカを救う。蛇王は返礼にナラ王を噛み、ナラ王の身体に取りついているカリ魔王を毒で苦しめるとともに、ナラ王を醜い姿に変えてその正体を隠す。ナラ王はリトゥパルナ王の御者となり、賽子の奥義を授かって、妃ダマヤンティと再会する。ナラ王は蛇王から得た衣を着て、本来の端正な容姿に戻る。

*美貌から醜貌に変化したかのごとくよそおう男→〔顔〕7の『宇治拾遺物語』巻9−8。

 

 

【返答】

★1.魔や霊などの問いかけに、返事をしてはいけない。

『杜子春』(芥川龍之介)  夜、峨眉山の岩上に一人すわる杜子春に、さまざまな魔性のものが「お前は何物だ。返事をせよ」と迫る。しかし杜子春は、仙人鉄冠子(てっかんし)の言いつけを守り、一言も口をきかない。杜子春は殺されて、地獄に落とされる。閻魔大王に脅されても、鬼たちに拷問されても、彼は沈黙を守る。

『耳なし芳一のはなし』(小泉八雲『怪談』)  和尚が、平家の亡霊から芳一を守るため、芳一の全身に経文を書きつけて、「呼ばれても返事をするな」と教える。夜、平家武者の亡霊が呼びに来るが、芳一は沈黙を守る。亡霊は芳一を捜すが、経文の力で芳一の姿は見えず、耳だけが二つ、宙に浮かんでいた→〔耳を切る〕5

*神や霊の問いかけに、返事をしてはいけない→〔言挙げ〕5aの遣(や)ろか水(水木しげる『図説日本妖怪大全』)、→〔言挙げ〕5bの赤いはんてん(松谷みよ子『現代民話考』7「学校ほか」第1章「怪談」の6)。

*妖怪や幽霊などの呼びかけに、返事をしてはいけない→〔呼びかけ〕2の『太平広記』巻352所引『北夢瑣言』など。

*幽霊と話をしてはいけない→〔無言〕4の『無言』(川端康成)。

*死の予言に対して返事をしなかったので、命が助かる→〔予言〕4aの『捜神記』巻18−25(通巻437話)。

★2a.返事をしないと、罰せられることがある。

『古事記』上巻  アメノウズメが大小の魚類を集め、「天つ神の御子にお仕えするか?」と問うた。皆「お仕えします」と答えたが、海鼠だけは返事をしなかった。アメノウズメは「この口は答えない口か」と言って、小刀でその口を裂いた。それで、今でも海鼠の口は裂けているのである。

★2b.返事をして、福運を授かることもある。

『とり付くひっ付く』(日本の昔話)  爺が山へ薪を切りに行くと、「とーり付こうか、ひっ付こうか」と声がする。爺は何が何だかわからぬままに、「とーり付け」と返事をする。小判がいっぱい落ちて来て、身体中にくっつく(*隣りの爺が真似をすると鳥の糞がつく。広島県庄原市)。

★3a.返答するはずのない杭が返答する。

『杭か人か』(狂言)  夜、一人で留守番する太郎冠者の肝を試そうと、主が物陰に立つ。太郎冠者はおびえ、「人であろうか? 杭かも知れぬ。そこなは人か杭か?」と問う。主が「杭じゃ」と答えると、太郎冠者は「杭なら物を言わぬはずじゃが」と首をかしげる〔*臆病な太郎冠者が「杭でよかった」と安心する、という演出もある〕。

『杭盗人(ぬすっと)(落語)  泥棒が大きな屋敷に忍び込み、「ニャオ」「ワンワン」と、猫や犬の鳴き真似をしてごまかそうとする。しかし怪しまれて、泥棒は庭の池に飛び込み、頭だけを出す。家人が「池にあるのは盗人か杭か?」と問うと、泥棒は「くいくい」と答える。

『湊(みなと)の杭』(日本の昔話)  狸が杭に化け、つないだ舟を遠くへ持って行く悪戯をする。狸をこらしめようと人々が舟に乗り、「どこにも杭がないなあ」と大声で言って、狸の化けた杭に気づかぬふりをすると、杭が「くいっ」と言う。人々は「ああ、ここに杭があった」と笑って杭を縛り、棒で打つ(愛知県幡豆郡)。

★3b.返答するはずのない鴛鴦が返答する。

『百喩経』「鴛鴦の鳴き声を真似た貧しい男の喩」  男がウトパラの華(優鉢羅華)を盗んで女に与えようとして、鴛鴦の鳴き真似をしつつ王の庭園の池に忍び込む。番人が「誰だ?」と問うので、男はうっかり「私は鴛鴦だ」と返事をしてしまう。捕らえられてから、男はあらためて鴛鴦の鳴き真似をするが、もう遅かった。

★3c.返答するはずのない死体が返答する。

『千一夜物語』「眼を覚ました永眠の男の物語」マルドリュス版第647〜653夜  アブール・ハサンと妻が死んだふりをして、教王ハルン・アル・ラシードと妃から莫大な葬儀費用をせしめる。教王と妃がハサン夫婦の死体を見て、「どちらが先に死に、どちらがあとを追ったのか、教えてくれた者に一万ディナールを与える」と召使たちに言う。すると死んだはずのハサンが、「まず妻が死に、次に私が悲しみの余り死んだのです」と答える。 

★3d.返答するはずのない米が返答する。

『笑府』巻11−592「米」  女房が情夫を引き入れているところへ、亭主が帰宅する。女房は情夫を布袋に入れ、「米だ」と言ってごまかそうと考える。しかし亭主から「その袋は何だ」と問われると、女房は動転して返事ができない。すると袋の中の情夫が「米です」と答える。

★4a.鸚鵡返しの返答。

『変身物語』(オヴィディウス)巻3  妖精エコーはおしゃべりだったため、女神ユノー(ヘラ)によって、舌の使用範囲を制限された。エコーは自分から言葉を発することができなくなり、他人が発した言葉の終わりの部分を、そのまま繰り返して言い返すことだけが許された。

『ボッコちゃん』(星新一『ボッコちゃん』)  バーのカウンター内に置かれた美人ロボットは、名前と年齢を聞かれた時だけは、ちゃんと答えた。「名前は」「ボッコちゃん」「としは」「まだ若いのよ」。しかしそのほかは、客の言葉を繰り返すことしかできなかった。「きれいな服だね」「きれいな服でしょ」「なにが好きなんだい」「なにが好きかしら」。それでも、ロボットと気づくものはいなかった→〔ロボット〕5

★4b.鸚鵡返しの返歌。

『十訓抄』第1−26  藤原成範は流罪になり、後に赦免されて参内したが、以前のように女房の詰所へ立ち入ることは、できなくなった。一人の女房が「雲の上はありし昔にかはらねど見し玉垂れのうちや恋しき」と歌を書いて差し出した時、成範は「や」の文字を消し、傍らに「ぞ」と書いて返した。ただ一文字で返歌をしたのは見事なことであった。

★5.返歌すべきところを、せずにすます。

『続古事談』巻1−25  藤原道長の三女威子が後一条帝の后になった日。宴席で道長は、「即興の歌を詠むので、必ず返歌してほしい」と右大将実資に告げ、「この世をば我が世とぞ思ふ望月のかけたることもなしと思へば」と詠じた。実資は「すばらしい歌で、とても返歌などできません。この歌を皆で唱和すべきです」と言い、人々は繰り返し「この世をば・・・・」の歌を詠じた。道長は満足して、返歌の請求をしなかった。

★6.無心の返答。

『大岡政談』「直助権兵衛一件」  殺人犯直助は「権兵衛」と変名し、白州へ呼び出されても、「直助など知らぬ。自分は権兵衛だ」と主張する。やがて放免されて白州を出る直助の後ろ姿に、大岡越前守が「直助」と呼びかける。直助は思わず「へい」と答え、振り向いてしまう。

『世説新語』「文学」第4  著名な学者服虔が自分の名前を隠し、崔烈の『春秋伝』講義を聴いていた。崔烈は「あの男はひょっとしたら、名高い服虔ではないか?」と思い、朝、まだ目覚めていない服虔に、「子慎(=服虔のあざな)」と呼びかけた。服虔は驚いて、思わず返事をしてしまった。こうして二人は親友になった。

 

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