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【旅】

★1.主人公たちが果てしない旅をする。

『大菩薩峠』(中里介山)  机龍之助は大菩薩峠で老巡礼を斬り、神社の奉納試合で宇津木文之丞を殺した後、故郷武蔵沢井村を捨て、江戸、京都をはじめ、十津川、白骨、高山など、旅から旅への暮らしを続ける。宇津木兵馬、お銀様、弁信なども、龍之助と巡り合ったり別れたりを繰り返しつつ、諸国を放浪する。

★2a.神が身をやつして旅をする。

『変身物語』(オヴィディウス)巻8  ユピテル(ゼウス)と息子メルクリウス(ヘルメス)が人間の姿に身を変えて旅をし、家々に宿を請う。すべての家々が門をとざす中、ピレモンとバウキスの老夫婦だけが、あばら家に彼らを迎え、もてなす。神々は二人を高い山へ導き、二人の家だけ残して、他のものをみな沼の底へ沈める。

*神様が宿を請うたが金持ちは断った。貧乏人は心をこめて神様をもてなした→〔宿を請う〕1の『貧乏人とお金持ち』(グリム)KHM87。

★2b.王族・貴族・領主などが、身分を隠して旅をする。

『漢武故事』3・6  漢の武帝は身分を隠し、簡略な服装で従者たちとともに諸地方を旅して、人民の気風・習慣などを視察した。ある時武帝は、旅宿の亭主から「泥棒ではないか?」と疑われ、捕らわれそうになった。しかし女房が、武帝を只者でないと見抜き、亭主を酔わせて縛りあげ、武帝一行を接待した。

『今古奇観』第4話「裴晋公義還原配」  唐代に晋国公であった裴度は、暇な時にはおしのびで出歩き、民情をさぐっていた。ある時、一人の男が「婚約者がさらわれ、歌姫として晋国公に差し出されてしまった」と嘆いているのに出会い、裴度はただちにその歌姫を男と会わせ、結婚させてやった。

『浄瑠璃十二段草紙』  十五歳の御曹司義経が身分を隠し、金売吉次の下人となって、京から奥州へ下る。途中、三河国矢矧(やはぎ)の宿で、義経は美女浄瑠璃御前と契りをかわす。しかし義経は矢矧にとどまることなく旅を続け、駿河国吹上に到って病臥し、一人置き去りにされた。浄瑠璃御前が駆けつけて義経を救い、義経は自らの素性を明かし、再会を約して、平泉へ向かう。

『千一夜物語』「『ほくろ』の物語」マルドリュス版第246夜  教王ハルン・アル・ラシードは、大臣、御佩刀持ち、詩人とともに、ペルシアの修道僧に身をやつして、「何か面白い事件でもないか」と、夜のバグダードの街を歩いた。

『文正草子』(御伽草子)  常陸国の長者文正には、美貌の姫君が二人いた。関白の息子である二位の中将(十八歳)が、姫君に逢おうと、供人ともども物売りの商人に身をやつして、京から常陸まで旅をする。物売りのたくみな口上を文正は面白がり、商人たちを屋敷に滞在させる。二位の中将は姉姫君の部屋へしのび入り、契りを結ぶ。

『増鏡』第9「草枕」  鎌倉幕府の執権北条時頼は、出家入道してから、おしのびで諸国を旅した。賤しい家に立ち寄っては「困りごと、訴えごとがあるなら、この手紙を持って鎌倉へ行きなさい」と教えた。人々が半信半疑で手紙を持って鎌倉へ行くと、幕府の役人は、時頼入道自筆の手紙なので驚き、人々の希望が叶うように取り計らった。こういうことが多くあったので、諸国の役人は悪政をしないよう心がけた〔*→〔雪〕2の『鉢木』(能)〕。

水戸黄門の伝説  水戸藩主の光圀公は、おしのびでしばしば領内を巡視した。ある時光圀公は、御納米倉庫の前に積んである米俵に腰をおろし、一休みして景色を眺めていた。御倉番を勤める野口家の老婆がそれを見て、「もったいなくも水戸様へ差し上げる御納米に腰をかけるとは、罰当たりめ」と怒り、天秤棒で殴りかかった。光圀公は老婆をなだめ、終身五人扶持の褒美を賜った(茨城県新治郡玉里村)。

★2c.王女が身分を隠して町に出る。

『ローマの休日』(ワイラー)  ヨーロッパ諸国歴訪中の某国王女アン(演ずるのはオードリー・ヘップバーン)は、公式行事の連続に飽き、ローマに到って、ある夜大使館を抜け出す。彼女は服装と髪型を変えて、ローマ市内を見てまわる。通信社の記者ジョー(グレゴリー・ペック)は、彼女が王女であると気づくが、それを記事にはせず、町娘姿のアンをスペイン広場や真実の口(*→〔片腕〕3b)などの名所に案内し、二人で楽しい一日を過ごす。

★3a.星界への旅。

『銀河鉄道999』(松本零士)  星野鉄郎少年は機械の体を得るために(*→〔不死〕7)、美女メーテルとともに銀河特急999に乗り、アンドロメダ星雲へ向かう。終点の機械化母星・大アンドロメダで、鉄郎は一本のネジにされそうになるが、危ういところで彼はその運命を免れる。メーテルの指示により、鉄郎は大アンドロメダ星にエネルギーを供給する「るつぼ」を破壊し、大アンドロメダ星は超重力の墓場(ブラックホール)へ引き込まれて行く。メーテルは「遠く時の輪の接する所で、まためぐりあいましょう」と別れを告げ、鉄郎は生身の体のまま、さらに旅を続ける。

『銀河鉄道の夜』(宮沢賢治)  ケンタウル祭の夜、ジョバンニは牧場の後ろの丘に寝て、星空を見上げる。「銀河ステーション、銀河ステーション」という声を聞いて、気がつくと彼は軽便鉄道の車室に座っており、前の席には親友のカムパネルラがいた。二人は、他の不思議な乗客たち(*→〔乗客〕4)とともに星界を旅するが、南十字(サウザンクロス)を越え、石炭袋が見えたところで、カムパネルラは姿を消す。ジョバンニは丘の上で目を覚ます。

『2001年宇宙の旅』(キューブリック)  二十世紀末には人類は月に基地を築いていた。月面探索中に、四百万年前のものと思われる謎の黒石板(モノリス)が、月面下深くから掘り出される。それは、知的生命体の存在を証拠づけるものだった。黒石板からは、強力な電波が木星に向けて発信されていた。十八ヵ月後、宇宙船ディスカバリー号が木星へ向かい、乗員ボーマンは、時空を超えた宇宙の彼方にまで到る→〔自己視〕1b

『星の王子さま』(サン=テグジュペリ)  星の王子さまは、家くらいしかない小さな星に住んでいた。王子さまはふるさとの星を旅立ち、王さま、うぬぼれ屋、酒飲み、実業家、点灯夫、地理学者が住む六つの星を訪れて、最後に地球の砂漠に降り立った。

『本当の話』(ルキアノス)  「私」たちは、月世界から船で地球へ帰還する途中、夕方近くに「灯明の郷(くに)」を訪れた。この郷は、昴宿(すばるぼし)と畢宿(あめふりぼし)の空の間にある。人間はおらず、町には多くの灯明たちが住んでいて、言葉をしゃべる。「私」は自分の家の燭台を見つけ、いろいろな話を聞かせてもらった。「私」たちは一晩そこへ留まり、翌朝出帆した。

*「私(ダンテ)」はベアトリーチェに導かれて、星界を昇って行く→〔昇天〕5の『神曲』(ダンテ)「天国篇」。

★3b.天界への旅。

『天路歴程』(バニヤン)第1部  滅亡の市(ほろびのまち)に住む男クリスチャンが、救いを求めて巡礼の旅に出る。彼は、落胆の泥沼、死の影の谷、虚栄の市、歓楽山などを越えて、天の都を目指す。道づれのホウプフル氏とともに橋のない川(=死)を渡る時、二人は現世の衣を脱ぎ捨てる。彼らは空中の境域を軽やかに昇り、天の都の門に入る〔*第2部では、クリスチャンの妻と子供たちも、天への巡礼の旅に出る〕。

*五人兄弟と妻と犬が、天界へ昇る→〔犬〕1の『マハーバーラタ』第17巻。

★4.旅する動物・異類。

『オズの魔法使い』(ボーム)  少女ドロシーと愛犬トトは、藁のつまったかかし、ブリキの木こり、臆病なライオンとともに、オズの魔法使いに会うためエメラルドの都へ向けて旅に出る。かかしは「脳みそが欲しい」、木こりは「心臓が欲しい」、ライオンは「勇気が欲しい」と、オズに願う。オズは、彼らに真に欠けているもの、すなわち「自信」を与える〔*ただしオズは本物の魔法使いではなく、ペテン師の老人だった〕。

『西遊記』  唐の時代。三蔵法師は経典を求め、長安の都から天竺を目指して長い旅に出る。石猿孫悟空が五行山の石の下から助け出されて、三蔵法師の第一の弟子となる。谷川の龍が白馬に変じて、三蔵法師を乗せる。もと天界の元帥で今は豚の姿になっている猪八戒が第二の弟子、もと天界の大将で流沙河の妖怪となっている沙悟浄が第三の弟子になる。一行は、白骨夫人・金角銀角などさまざまな妖怪と闘いつつ、苦難の旅を続ける〔*沙悟浄は日本では、河童の姿で描かれることが多い〕→〔旅〕6

『ブレーメンの音楽隊』(グリム)KHM27  老いて役立たなくなるなどして飼い主からうとまれたろば、犬、猫、鶏が、それぞれの家から逃げ出す。四匹はブレーメンの町へ行って音楽隊に入ろうと思い、旅に出る。途中、泥棒たちの住む家を見つけ、彼らをおどかして追い払う。動物たちは、この家がすっかり気に入り、もう外へ出ようとは考えなかった。

『桃太郎』(日本の昔話)  桃太郎が鬼退治に出かける。村はずれまで行くと犬に出会い、山の方へ行くと雉に出会い、山奥で猿に出会う。桃太郎が大将になり、犬に旛を持たせ、雉、猿とともに、鬼が島まで旅をする(青森県三戸郡)。

*藁と炭と豆が京へ出かける→〔橋を架ける〕3の『藁と炭と豆の旅』(日本の昔話)。

★5.破滅する世界の救いを求めての旅。

『宇宙戦艦ヤマト』(松本零士)  二一九九年、惑星ガミラスからの攻撃によって地球は滅亡に瀕し、放射能のために、あと一年で地球上の全生物は死に絶える。旧日本海軍の戦艦を改造した宇宙戦艦ヤマトが、放射能除去装置コスモクリーナーを求め、大マゼラン星雲の惑星イスカンダルを目指して発進する。ヤマトはガミラス艦隊を撃破し、コスモクリーナーを得て、二二〇〇年、地球に帰還する。

『はてしない物語』(エンデ)  ファンタージエン国を虚無が侵食し、女王幼なごころの君が重病に陥った。女王に新たな名が与えられれば女王は回復し、ファンタージエン国も再生する。少年アトレーユが探索の旅に出、大いなる謎の門、魔法の鏡の門、鍵なしの門を通って、ウユララから「われらは本の中だけの生きもの。われらを救うのは『外国(とつくに)』の人の子」と教えられる。アトレーユは国境を越えて人間世界へ到ろうとするが、ファンタージエンには国境がない〔*『はてしない物語』を読む少年バスチアンが本の中に入り、女王に「月の子(モンデンキント)」という名を与え、女王とファンタージエン国を救う〕。

★6.貴重な情報を求めての旅。

『古代の秘法』(星新一『おせっかいな神々』)  南方の奥地に、古代、たいへん長命な種族が住んでおり、その秘法を知るべく学術探検隊が派遣される。探検隊は危険な旅をして、ついに遺跡の壁に、長命の秘法を記した古代文字を発見する。解読すると、「早寝早起き腹八分」という意味だった〔*当たり前のことが書いてあった、という点で→〔賭け事〕6の『東坡志林』(蘇軾)と類似の発想〕。

『西遊記』  西天にある大乗三蔵経典を求めて、玄奘三蔵は孫悟空らを供とし、五千四十日かけて十万八千里を旅し、天竺霊山上の雷音寺に到る。釈迦如来から、全一万五千百四十四巻の三分の一、五千四十八巻を授けられ、帰途は八大金剛が一行を長安まで送る。大宗皇帝に経典を献上した後、八大金剛が玄奘三蔵らを再び霊山へ連れ戻し、釈迦如来が彼らを仏に任ずる。この間往復八日であり、往路五千四十日と合わせて五千四十八日、経典の数と一致していた。

『パンタグリュエル物語』(ラブレー)第三之書〜第五之書  従者パニュルジュが結婚願望を持ち、その当否を王パンタグリュエルや巫女・学者などに相談し、占いをしてみるが、明確な回答が得られない。パンタグリュエルとパニュルジュは、遠国の徳利明神のお告げを聞くべく、船出する。さまざまな島巡りの後にようやく神殿に着くが、聖なる徳利が発した神託は、「飲め」という一言だった。

★7a.失われた宝を求めての旅。

『南総里見八犬伝』第2輯巻之2第13〜14回  伏姫が襟にかけていた水晶の数珠のうち、八つの珠を白気が包んで空に昇る。珠は燦然と光を放って飛び巡り入り乱れ、八方に散り失せる。金碗大輔は出家して丶大(ちゅだい)法師と号し、八つの珠の落ちた所を捜し求めるべく、諸国遍歴の旅に出る〔*二十年を経て後、彼は、珠を持つ八犬士たちと出会う〕。

★7b.宝を廃棄するための旅。

『指輪物語(ロード・オブ・ザ・リング)(トールキン)  冥王サウロンの指輪は、ゴクリ、ビルボの手を経て、今フロドのもとにあった。サウロンが再び指輪を得て強大な力を持つことを防ぐためには、指輪を、滅びの山の火口底の亀裂に捨てるほかない。フロドは仲間たちとともに指輪廃棄の旅に出るが、火口底まで来た時、彼は指輪の魔力に支配され、自らが指輪を所有しようと考える。ゴクリがフロドの指を噛み切って指輪を奪うが、そのまま亀裂に転落する。指輪はこの世から消え、サウロンの王国は滅ぶ。

★8.聖杯探求の旅。

『アーサーの死』(マロリー)  円卓の騎士百五十人が、聖杯探求の旅に出る(第13巻第8章)。半数以上が死に(第17巻第17章)、純潔の身であるガラハッドが聖杯を得る。彼は、サラスの町の霊廟に聖杯を安置する。ある日、アリマタヤのヨセフの子ヨセフェが現れ、聖杯の神秘をガラハッドに見せる。ガラハッドは「もはや俗世にとどまりたくない」と言って死に、天使たちが彼の魂を天へ運ぶ。一本の手が降りて、槍と聖杯(イエス・キリストの脇腹を刺した槍と、流れ出る血を受けた杯)を取り上げ、天へ昇る(同・第22章)。

★9.自由を求めての旅。

『イージー・ライダー』(ホッパー)  二人の青年(演ずるのはピーター・フォンダとデニス・ホッパー)が、バイクでアメリカ南部を旅する。長髪で異様な姿の彼らは、モーテルの宿泊を拒否され、ヒッピーのコミュニティに立ち寄り、留置場に入れられる。道連れになった酒浸りの弁護士が、「アメリカ人は自由を説くが、自由な奴を見ると怖いんだ」と言う。夜、彼らは南部の男たちに襲われ、弁護士は撲殺される。二人はバイクの旅を続ける。併走するトラックの男が「髪を切れ」と声をかけ、二人を銃で撃ち殺す。

★10.ロマンスを求めての旅。

『旅情』(リーン)  婚期を逸したアメリカ人秘書ジェーン(演ずるのはキャサリン・ヘップバーン)は、欧州観光の旅に出かけ、ベニスに滞在する。彼女の心の奥底には、ロマンスを求める思いがあった。ジェーンは、妻と別居中の中年男レナートに出会い、口説かれる。「僕は金持ちではないし、若くもない、美男でもない。だけど君が空腹なら、贅沢を言わず、出されたものを食べなさい」。二人は恋人同士として楽しい何日かを過ごすが、やがてジェーンがベニスを去らねばならぬ日が来る。

★11.亡き妻の生まれ変わりを探す旅。

『深い河(ディープ・リバー)(遠藤周作)  磯辺の、三十五年連れ添った妻が、癌で死んだ。妻は「この世界の何処かに、必ず生まれ変わるから探して。約束よ」と言い遺した。転生研究で知られるヴァージニア大学から、「ガンジス河近村の少女ラジニが、『前世は日本人』との記憶を持っている」という情報を得て、磯辺はインドへのツアーに参加する。転生を信じる人々がガンジス河で沐浴し、その傍を火葬の灰が流れて行く。磯辺は方々を尋ね歩くが、少女ラジニを探し出すことはできなかった。

★12.二人旅。

『竹斎』(仮名草子)  京に住む藪医師竹斎は、藪ゆえに患者が来ず、「京にいても益なし。諸国を巡って安住の地を求めよう」と、家来睨の介とともに旅に出る。京の名所を見て東海道を下り、名古屋で三年ほど開業した後、さらに東へ旅を続け、武蔵国の限りである隅田川まで到る。

『東海道中膝栗毛』(十返舎一九)「発端」  駿河府中の商家の息子・栃面屋弥次郎兵衛は、旅役者鼻之助と馴染んで多大の借金をかかえる。彼らは江戸へ逃げて、神田八丁堀の長屋に住む。鼻之助は元服して喜多八(「北八」とも表記される)と名乗り、弥次郎兵衛は妻帯する。それから十年後、弥次郎兵衛は妻を離別し、喜多八と二人で伊勢参宮の旅に出る。

*続編では弥次・喜多は、金比羅、安芸の宮島、木曽街道、善光寺、上州草津などにまで脚を伸ばす。『西洋道中膝栗毛』(仮名垣魯文)は、弥次・喜多の息子たちも旅好きで、関東の近郷近在を巡り、奥羽の途中で黄泉の長旅に赴いた、と記す。孫の弥次・北八は、さらに遠くへ出かける。彼らは、ロンドンの博覧会へ行く商人の手代となって、上海、セイロン、カイロなどに立ち寄りつつ、イギリスまで船旅をする。

『ドン・キホーテ』(セルバンテス)  騎士を夢見るドン・キホーテは、一度目は一人で旅に出かけたが、二度目・三度目は、近所の百姓サンチョ・パンサをそそのかし、「どこかの島の太守にしてやるから」と言って、供をさせる。主従二人は、諸地方を遍歴する。

★13.女の長旅。

『十六夜日記』(阿仏尼)  藤原為家の死後、遺産である播磨国細川庄の領有をめぐって、息子の為氏と為相が争う。為相の母阿仏尼は、鎌倉幕府の裁定を得ようと、老いの身で東海道を下向する。弘安二年(1279)十月十六日に彼女は京を出発し、道中の諸所で歌を詠みつつ旅を続け、十月二十九日に鎌倉に到着する。

『とはずがたり』(後深草院二条)巻4〜5  後深草院の御所を追放された二条は出家し、正応二年(1289)、三十二歳の二月に東海道の旅に出る。熱田神宮、鎌倉を経て武蔵国に到り、さらに善光寺まで足をのばす。帰途には浅草に詣で、熱田を再訪して帰京する。四十代半ば過ぎには、中国・四国の旅をし、厳島、白峰、吉備津宮などに詣でる。

 

 

【旅立ち】

★1.青年が新天地を求めて旅立つ。

『けんかえれじい』(鈴木清順)  昭和十年(1935)頃。岡山の中学生麒六(きろく。演ずるのは高橋英樹)は、有り余るエネルギーのはけ口を喧嘩に求め、男をみがく硬派の青年だった。彼は陸軍の配属将校に反抗して退学させられ、会津の中学へ転校する。そこでも麒六は派手な喧嘩を繰り広げ、校長も彼の心意気を認める。その頃、東京で二・二六事件が起こった。麒六は恋人道子(浅野順子)を失った直後であり(*→〔手相〕2)、もはや彼の人生には喧嘩しかなかった。麒六は「東京へ出て、もっと大きな喧嘩をせねばならぬ」と決意し、列車に乗った。

『破戒』(島崎藤村)  明治三十年代半ば。瀬川丑松は、信州飯山の小学校の青年教師だった。彼は、自分が部落出身であることを教室で告白し、辞職する(*→〔出生〕1a)。同じく部落出身の大日向(おおひなた)という男が、アメリカのテキサスへ渡って農業に従事しようとしており、教育のある青年を求めていた。丑松は大日向とともに、新天地へ旅立とうと考える。丑松を慕う娘志保は、彼と一生をともにする覚悟をすでに固めていた。

*広島で被爆したゲンは、恋人を失った後、絵の勉強をするために東京へ旅立つ→〔原水爆〕1の『はだしのゲン』(中沢啓治)。 

★2.一家あげての遠方への旅立ち。

『怒りの葡萄』(フォード)  オクラホマ一帯は凶作が続いた。トム・ジョード(演ずるのはヘンリー・フォンダ)が刑務所から出て帰郷した時、彼の一家は仕事を求めてカリフォルニアへ旅立つところだった。トムも加わって、総勢十三人が一台のトラックに乗り、西を目指す。途中で祖父が、続いて祖母が力尽きて死ぬ。カリフォルニアでは果実摘みの仕事をするが、低賃金、ストライキ、弾圧とトラブルが続き、一所にとどまれない。トムは保安官を殴り殺して身を隠し、他に、脱落した者や殺された者がいて、ジョード一家は七人になる。彼らはなおも職を求めて、トラックを走らせる〔*スタインベックの同名小説の映画化〕。

『家族』(山田洋次)  長崎の伊王島に住む風見精一(演ずるのは井川比佐志)は、妻民子(倍賞千恵子)・幼い二人の子供(剛と早苗)・老父源造の一家五人で、北海道へ渡って酪農に従事しようと旅立つ。東京まで来た時、列車を乗り継ぐ旅の疲れからか、早苗が体調を崩して死ぬ。葬式をすませ、一家はさらに旅を続ける。ようやく北海道の目的地へ着いた次の日の夜、源造が急死する。一週間足らずで家族二人を失い、くじけそうになる心を奮い立たせて、精一は土地を拓き、牛を放牧する。民子の胎内には新たな命が宿っていた。 

『屋根の上のバイオリン弾き』(ジュイソン)  ウクライナ地方の寒村アナテフカでは、ユダヤ人たちが先祖代々の信仰と伝統を守って暮らしていた。牛乳屋テビエの一家は、二十五年連れ添った妻と、十代の四女・五女の、四人家族になっていた(*→〔五人姉妹〕1)。ロシア政府は長年にわたってユダヤ人を迫害してきたが、ついに国外への強制退去命令が出た。アナテフカ村は消滅するのだ。村人たちは縁者を頼って、思い思いの国へ旅立つ。テビエ一家は、ニューヨークの伯父の所へ身を寄せるべく、荷車にわずかな家財を積んで出発する。

*没落地主の杉本左平太は新天地を求め、妻とともに村を出て行く→〔長者没落〕3の『小原庄助さん』(清水宏)。

 

※世界一周の旅をする→〔周回〕7の『八十日間世界一周』(ヴェルヌ)。

 

 

【玉(珠)】

★1.つねに身につけている玉(珠)。

『紅楼夢』  大貴族賈家に誕生した若君は、母の胎内から生まれおちる時、五色の透き通った美玉を口に含んでいた。それゆえ若君は「宝玉」と名づけられた。賈宝玉はその玉を組紐で頸にかけ、親族や召使など大勢の美女に取り巻かれて暮らした。十代のある時、彼は玉を紛失して痴呆状態になった。しばらくして不思議な僧が訪れて賈宝玉に玉を返し、彼は正気に戻った〔*やがて賈家は没落し、宝玉は十九歳で出家して行方知れずになった〕。

『南総里見八犬伝』  八犬士たちは、「仁」「義」「礼」「智」「忠」「信」「孝」「悌」の珠を、一つずつ身につけていた。誕生時から「仁」の珠を掌に握っていた(犬江親兵衛)、胞衣を埋めるために地を掘ると「義」の珠があった(犬川荘介)、誕生時に得た神社の小石が「礼」の珠だった(犬村大角)、流星のごとく「智」の珠が母の懐に入った(犬坂毛野)、などの経緯で、珠は犬士たちの所有となった。珠は犬士たちに危険を知らせ、傷や病気を治し、妖怪や悪人を打ち倒した。

★2.自分が宝玉を身につけていることを知らない。

『法華経』「五百弟子受記品」第8  酔って眠る貧窮な男の衣服の裏に、富裕な親友がひそかに高価な宝玉を縫いこんでおく。男は他国へ行き働くが、貧しいままであり、自分が宝玉を持っていることに気づかない〔*後に親友は男にめぐり会い、衣の裏に珠のあることを教える〕。

*握り飯の中に小判があることを知らない→〔金貨〕6の『山の神とほうき神』(日本の昔話)。

★3.二つの玉(珠)。

『古事記』上巻  ホヲリ(山幸彦)は海の神から、潮満つ珠・潮干る珠の二つの呪宝をもらった。兄ホデリ(海幸彦)が戦いを挑んで来た時、ホヲリは潮満つ珠を用いてホデリをおぼれさせ、ホデリが苦しんで許しを請うと、潮干る珠を用いて命を助けた。ホデリは降参し、ホヲリの家来になった。

『太平記』巻39「神功皇后新羅を攻めたまふ事」  神功皇后は、龍宮城から干珠・満珠の二つの宝を借りて、高麗軍との海戦に臨んだ。皇后が、まず干珠を海中に投げ入れると、潮が退いて陸地になった。すると高麗の兵は船を降り、徒歩で戦おうとした。これを見た皇后が、次に満珠を投げると、潮が十方からみなぎり来て、高麗の兵数万人は一人も残らず浪におぼれてしまった。  

『椿説弓張月』前篇巻之3第6回  鎮西八郎為朝は琉球を訪れて寧王女(ねいわんにょ)や廉夫人と出会い、琉球の宝である二つの珠の由来を聞いた。「昔、太平山の前の海にミズチがいて民を苦しめたので、先王がミズチを殺して埋めました。ミズチの顎から二つの珠が発見され、珠の一つを「琉」、もう一つを「球」と言います。それで国名を「琉球」と名づけ、代々の王がこの珠を継承するのです」。

★4.傷ついた動物が、治療してくれた人間に玉(珠)をもたらす。

『十訓抄』第1−4  漢の武帝が昆明池に遊び、釣り針を呑んで瀕死の鯉を救った。その夜、武帝の夢に鯉が現れて礼を述べた。翌日、鯉が明月の珠をくわえ、池の岸に置いて去った。以後、武帝は昆明池での釣りを禁じた。

『捜神記』巻20−5(通巻453話)  隋侯が、傷を負った大蛇に薬を塗り、包帯をして救った。一年後、大蛇は礼として、明るく光る珠をくわえて来た。珠は直径一寸で、月光のごとく部屋を照らした。

*シャチが何度も怪我をし、そのたびに真珠をくわえて来て、治療を請う→〔宝〕6の『ブラック・ジャック』(手塚治虫)「シャチの詩」。

*鮫人が、恩人に多くの宝玉をもたらす→〔龍宮〕2の『鮫人(さめびと)の恩返し』。

★5.龍が守護する玉(珠)。

『海士(あま)(能)  面向不背(めんこうふはい)の玉の中には、釈迦の像がある。どの方向から拝んでも釈迦の正面像が見え、けっして背(そむ)くことがない。面向不背の玉は、龍宮の高さ三十丈の塔に納められ、八大龍王が守護している。しかし海士(=海女)が自らを殺すことによって、八大龍王を追い払った→〔けがれ〕2

★6.玉(珠)を得る夢。

『古今著聞集』巻1「神祇」第1・通巻26話  俊乗房重源が東大寺再建を祈願して、伊勢大神宮の内宮に七日間参籠した。七日目の満願の夜、宝珠をたまわる夢を見て、翌朝、袖から白珠が出てきた。外宮にも同様に七日間参籠して夢を見て、宝珠をたまわった。 

★7.動物の体内にある玉(珠)。

『椿説弓張月』前篇巻之1第3回  鎮西八郎為朝と従者重季が、巨大なうわばみを刺し殺す(*→〔誤解による殺害〕1)。為朝は「数百年を経た蛇は、身の内に必ず珠がある」と言い、重季がうわばみの体を裂いて珠を探す。その時、龍が、うわばみの珠を取ろうとして雷公(いかづち)を送る。重季は、うわばみの腮(あぎと)の下から珠を取り出したが、雷に打たれて死んでしまった。

*大蛇(ヤマタノヲロチ)の尾の中にある太刀→〔尾〕7の『古事記』上巻。 

『日本書紀』巻6垂仁天皇87年  昔、丹波国の桑田村に甕襲(みかそ)という人がいた。甕襲の家に犬がおり、名を足往(あゆき)といった。この犬が、山の獣である牟士那(むじな)を咋(く)い殺した。牟士那の腹に八尺瓊勾玉(やさかにのまがたま)があったので、朝廷に献上した。この玉は今、石上神宮にある。

*鳥が呑み込んだ玉や宝石→〔鳥〕3の『青いガーネット』(ドイル)など。 

★8.男が女に玉を与える。

『古事記』上巻  ホヲリ(山幸彦)が、トヨタマビメの侍女に水を請う。侍女が玉器(たまもひ)に水を入れてたてまつると、ホヲリは水を飲まず、自分の首飾りの玉を緒からはずして口に含み、玉器の中に唾(つは)き入れた。玉は器について離すことができないので、侍女はそのままトヨタマビメの所へ持って行く。トヨタマビメは玉を見て、「誰か門の外に来ているのですか?」と問うた。

*『今昔物語集』巻4−25の、龍樹が箱に水を入れて与え、提婆が水に針を入れて返す場面に似ている→〔問答〕1a。 

★9.身体が一つの球になる。

『小桜姫物語』(浅野和三郎)10  幽界では精神統一の修行をする。深い統一状態に入ると、「私(小桜姫)」どもの姿は、ただ一つの球になる。人間界では、いかに本人が心で「無」と観じても、側から見れば、その身体はチャーンとそこに見えている。しかるに幽界では、真実(ほんとう)の精神統一に入れば、人間らしい姿は消え失せて、側からのぞいても、たった一つの白っぽい球の形しか見えないのだ〔*小桜姫の霊が、浅野和三郎の妻の口を借りて語った〕。

*人間界でも、水を観じて水になる、柏を観じて柏になる、「無」を観じて姿が見えなくなる、などの物語がある→〔観法〕に記事。 

*狸は精神統一して、いろいろなものに化ける→〔狸〕11の『悟浄歎異』(中島敦)。 

*火星人たちは肉体を捨てて、青い火の玉になった→〔宇宙生物〕4の『火の玉』(ブラッドベリ)。 

 

 

【卵】

★1.卵の中に魂を隠す。

『水晶の珠』(グリム)KHM197  魔法使いが、自分の魂である水晶の珠を、卵黄の代わりに卵の中に入れ、その卵を鳥の腹に入れ、その鳥を牛の腹にしまいこんで守る。若者が牛と戦い、鳥を追い、卵を見つけて、そこから水晶の珠を取り出して魔法使いにつきつける。魔法使いは、自分の術が破られたことを認める。

『火の鳥』(ストラヴィンスキー)  イワン王子は悪魔コスチェイの魔法で石にされそうになるが、火の鳥が飛来して王子を救った。火の鳥は、コスチェイが自分の魂を卵の中に入れ、その卵を鉄の箱に入れて、庭の木の根もとに隠していることを教える。王子が卵を探し出して割ると、コスチェイは消えた。

*壜(びん)の中に魂を隠す→〔瓶(びん)〕2の『子不語』巻5−125。 

*大事なものを安全な場所に隠して身を守る→〔藁人形〕3の『人形』(星新一『ノックの音が』)。 

★2.金の卵を産む。

『イソップ寓話集』(岩波文庫版)87「金の卵を生む鵞鳥」  ある男が、金の卵を産む鵞鳥を神から授かった。彼は、御利益が少しずつ現れるのが待ちきれず、「鵞鳥の中身は丸ごと金だろう」と思いこんで殺した。しかし中身は普通の肉だった。

*身体から食べ物を出す女神の体内を見ようと思って殺す→〔食物〕7の穀物の神・矮姫(サヒメ)の伝説。

*琴の中に美しい音色があるだろうと思って、琴を壊してしまう物語もある→〔琴〕7aの『大般涅槃経』。

『ジャックと豆の木(豆のつる)』(イギリスの昔話)  天上に住む人食い鬼の持つ鶏は、純金の卵を産む。天上を訪れたジャックは、人食い鬼が眠るすきに、鶏を盗んで逃げ帰る。ジャックが「産め!」と言うたびに、鶏は黄金の卵を産んだ。

★3.半熟卵を食べる。

『二百十日』(夏目漱石)3  東京から肥後へ旅をした碌さんと圭さんが、宿屋で半熟卵を注文する。下女が「半熟」を知らないので、「半分煮るんだ」と教える。すると下女は、四つの卵を二つはゆでて、二つは生のまま持って来た。

★4.卵を食べた罪。

『今昔物語集』巻9−27  周の武帝は鶏卵が好きで、食事の度ごとに多くの卵を食べた。そのため武帝は、死後、地獄で咎めを受けた。牛頭人身の獄卒が、鉄の床に伏す武帝の身体を、前後から鉄の梁で押す。武帝の身体の両脇は裂け、そこからおびただしい数の鶏卵がこぼれ出て、うず高く積み上がった。

『卵』(三島由紀夫)  毎朝生卵を呑んでいた五人の学生が、卵の化身である警官たちに逮捕され、巨大なフライパンの底にある裁判所へ連行される。裁判官も傍聴者も皆、卵だった。卵を破壊して食用にした罪で、五人は死刑を宣告される。五人は逃げ、フライパンの柄にぶら下がったので、フライパンはひっくり返る。数千の卵が地面に落ちて割れ、黄身と白身が交じり合って池になる。五人は卵の池から卵焼きを作り、毎朝食べることになった。

★5.睾丸を卵に見立てる。

『セレンディッポの三人の王子』1章  インドの女王陛下が、セレンディッポ(セイロン)の三王子の末弟に謎を出す。「五つの卵を割ることなく、私と大臣とあなたと、三人に平等に分けよ」。王子は卵三つを女王の前に置き、一つを大臣に渡し、一つを自分が取る。「大臣と私はズボンの中に卵を二つ持っておりますので、これで平等に分けたことになります」。処女である女王は顔を赤らめつつも、この答えに満足した。

★6.宇宙卵。

『あなろぐ・らう゛』(小松左京)  「前宇宙」で作成された記録の断片が、どういう経路でか「現宇宙」にまぎれこんで来た。解読すると、それは青年と娘の愛の行為の物語だった。快楽の絶頂で、娘は宇宙卵を分娩した。一滴の宇宙卵の中には、全宇宙の物質が凝縮されている。誕生一秒後までに、宇宙卵の内部温度は一兆度から百億度へ下がり、大爆発(ビッグ・バン)が起こって、直径数百億光年の現在の宇宙が創成されたのだという。

*イザナミの国産みも、産む時はごく小さなものだったのが、生まれた直後にビッグ・バンのごとく急激に巨大化して、あるいは長い年月をかけて徐々に大きくなって、現在の四国・九州・本州などになったのかもしれない→〔出産〕9の『古事記』上巻。

 

 

【魂】

 *関連項目→〔口と魂〕〔体外の魂〕〔眠りと魂〕〔反魂〕〔人魂〕

★1.瀕死の人の肉体から魂が抜け出て、平生と変わらぬ姿で現れる。

『遠野物語』(柳田国男)86  大病に伏しているはずの男が、夕方に川向こうの普請現場に現れて堂突きの仕事を手伝い、暗くなって皆とともに帰る。後で聞くと、ちょうどその頃、病人は息を引き取ったのだった。

『遠野物語』(柳田国男)87  某豪家の主人が、大病で命も危うい頃、ある日菩提寺を訪れ和尚と世間話をし、茶のもてなしを受けて帰る。主人はその晩に死去し、当然その日外出できる状態ではなかったので、寺では、主人が茶を飲んだ場所を確かめると、茶は畳の敷合わせに皆こぼしてあった〔*同88も同様の物語〕。

★2.死んだ人が、その時刻に遠方で、平生と同じ姿で目撃される。

『塩狩峠』(三浦綾子)「あとがき」  長野政雄(『塩狩峠』の主人公永野信夫のモデル)が自らの命を捨てて大勢の人を救い(*→〔犠牲〕1)、その知らせが旭川の教会にもたらされた。集会中の人々は平静だった。先ほど長野政雄が遅れて来て、前方の席で祈っていたからである。しかし改めてその席を見ると、彼の姿はなかった。 

★3.横たわる肉体から、魂が抜け出て遠方へ行く。

『ユングリンガ・サガ』第7章  オーディンは変身を行なった。彼の肉体は、眠っているか死んでいるかのように横たわっている。しかしこの時、彼は鳥・獣・魚・蛇などになっており、一瞬のうちに遥か遠い国々へ行っていた〔*肉体から遊離した魂が、動物の形に見えた。もしくは、魂が動物に乗り移ったのである〕。

*肉体は部屋の中にいて、魂を外国や霊界へ送る→〔密室〕4aの『三宝絵詞』中−1、→〔密室〕4bの『私は霊界を見て来た』(スウェーデンボルグ)第1章の2。

*狐も、体を巣穴に置いて、魂だけを飛ばして人間にとりつく→〔狐つき〕2の『仙境異聞』(平田篤胤)上−3。

★4.魂を遠方へ送るために、肉体を殺す。

『雨月物語』巻之1「菊花の約(ちぎり)」  出雲の人赤穴(あかな)宗右衛門は旅の途次、播磨の丈部(はせべ)左門と意気投合して義兄弟となり、彼の家に同居する。後、赤穴は一時帰郷するが、出雲の富田城内に監禁され、丈部と約束した九月九日に播磨へ帰ることができない。「魂は一日に千里行く」というので、赤穴は自刃して肉体を捨て、魂だけの存在となって、夜更けに丈部の家へたどり着く。

『星の王子さま』(サン=テグジュペリ)  星の王子さまは、地球に降りてちょうど一年たった日、「今日、うちに帰る」と「ぼく」に告げる。夜、王子は「遠すぎるから重い身体は持って行けない」と言って毒蛇に足首を噛ませ、砂漠の砂の上に倒れる〔*しかし夜があけると、王子の身体は消えていた〕。

★5.天使などが、死者の魂を天国に運ぼうとしてもできない。

『ウィンチェスター銃’73』(マン)  奪われた銃を捜して旅をするリン・マカダムは、騎兵隊とともに、インディアンたちに包囲される。騎兵隊の隊長は、インディアンの夜襲を心配する。リンは「夜襲はないだろう」と言い、「暗闇の中で殺された者たちは、魂が見つからないので、天国へ運ぶことができないのだ」と説明する。 

*天使が、死者の魂を天国まで運ぶ→〔天使〕5の『天使考』(星新一『ようこそ地球さん』)。

★6.悪魔や死神が、死者の魂を取ろうとする。

『ファウスト』(ゲーテ)第2部第5幕「埋葬」  ファウストが「時よ止まれ」と言って死に、その身体から抜け出る魂を、メフィストフェレスと手下の悪魔たちが捕らえようとする。しかし天使たちが降りて来て、薔薇の花をまいて悪魔たちを追い払う〔*グレートヒェンの霊が、ファウストの救済を聖母マリアに願い、彼の魂を天国へ導く〕。

*悪魔が金貨をたくさん持って来て、死者の魂を買い取ろうとする→〔底なし〕2の『土(ど)まんじゅう』(グリム)KHM195。

★7.生者の魂が、肉体に先立って地獄へ堕ちる場合がある。

『神曲』(ダンテ)「地獄篇」第33歌  極悪人は、肉体は現世で生きたまま、魂だけ地獄へ堕ちることがある。「私(ダンテ)」が地獄の第九圏谷第三円で出会った修道士アルベリーゴは「俺の肉体は、まだ現世にとどまっている」と言った。「俺は仲間への裏切り行為をはたらいたため、悪魔に肉体を取られてしまった。魂は肉体から追い出され、地獄の溜池へ落ち込んだ。肉体は現世の寿命が尽きるまで、悪魔に支配されるのだ」。  

★8.何千何万という生者が、魂を悪魔に売った。

『ボンボン』(ポオ)  悪魔が、哲学者ピエール・ボンボンに教える。「死者の魂は腐敗しやすい。僕は、生者から魂を買うことにしている。それだと『持ち』がいい。魂を売っても、肉体は影響を受けない。昔から、数えきれないほど魂を買ったが、そのために相手が不自由な思いをしたことは一度もない。カイン(*→〔兄弟殺し〕1の『創世記』第4章)や、ニムロド(*→〔外国語〕1のニムロドの伝説)や、ネロ(*→〔放火〕2の『クオ・ワディス』)、そのほか何千何万という人間が、人生の後半を魂なしで過ごした。そんな連中が、世間では花形なんだ」。

★9.人間の魂と動物の魂の違い。

『フォースタス博士』(マーロー)第19場  悪魔に魂を与える契約をしたフォースタス博士は(*→〔悪魔との契約〕1)、目前に現れた地獄を見て恐怖にふるえる。「ピタゴラスの説く輪廻転生が(*→〔記憶〕8bの『ギリシア哲学者列伝』)、もし真実ならば、おれは動物に生まれ変わることもあるだろう。動物はしあわせだ。死ねば、その魂は、たちまち地水火風の四元素に溶け込むのだから。だが、おれの魂は不滅で、いつまでも生きて地獄で苦しむのだ」。

*動物は魂を持つか否か→〔前世〕4aの『ジャン・クリストフ』(ロラン)第9巻「燃ゆる荊」。

*草花にも魂がある→〔草〕6の『おきなぐさ』(宮沢賢治)。

★10.魂を持たぬ存在。

『水妖記(ウンディーネ)』(フーケー)  水の精は魂を持たず、死ねば何も残らない。地中海の水界の王の一人娘ウンディーネは、人間の騎士フルトブラントに愛され、その妻となることによって、魂を得る。しかし後にフルトブラントは漁師の娘ベルタルダに心を移したので、ウンディーネは水界に去った。

*魂を持たぬ人魚が、魂を得る→〔泡〕5の『人魚姫』(アンデルセン)。

*魂を持たぬ人魚と結婚するために、人間が自分の魂を捨てようとする→〔人魚〕1cの『漁師とその魂』(ワイルド)。

*魂を持たぬ人形に、魂が宿る→〔人形〕6bの『ペトリューシカ』(ストラヴィンスキー)。

 

※魂は、物質的基礎を持つ存在かもしれない→〔口と魂〕3の『視霊者の夢』(カント)第1部第1章。

※蝶は魂→〔蝶〕1の『朝顔の露の宮』(御伽草子)など、→〔蝶〕2の『狗張子』(釈了意)巻5−5「宥快法師、柳岡孫四郎に愛着して毛虫となること」、→〔蝶〕3の『安芸之助の夢』(小泉八雲『怪談』)など。

※蛍は魂→〔蛍〕2の『狗張子』(釈了意)巻1−5「島村蟹のこと」など、→〔蛍〕3の『古本説話集』上−6、→〔蛍〕4の『伊勢物語』第45段など。

 

 

【魂と鏡】

★1.身体から抜け出た魂が、遠方の鏡に映し出される。

『不思議な鏡』(森鴎外)  明治四十五年(1912)の新年早々、「己(おれ)」の魂は身体から抜け出た。魂の形は青い火の玉ではなく、身体そのままの影だった。魂は山の手から下町へ飛び、大勢が働く某出版社の、座敷の大鏡に吸い込まれる。鏡には「己」が、肘掛け椅子に座った姿で映し出された。田山(花袋)君が鏡の前へ来て、「己」と話をする。しばらくの会話の後、「己」の魂は鏡の面を離れ、自分の身体に戻った。 

★2.室内で鏡に映した姿が、遠方で友人たちに目撃される。

『現代民話考』(松谷みよ子)7「学校ほか」第1章「怪談」の17  昭和五十四年(1979)六月、池袋で聞いた女子大生の話。仲間のヒデ子を学内で見かけたが、帰る時になったら姿が見えない。友人たちも、それぞれ別々の時間に学内でヒデ子を目撃していた。しかし不思議なことに、各自、異なる髪型・服装のヒデ子を見ていた。翌日ヒデ子に聞くと、彼女は昨日は大学をズル休みし、一日中鏡の前で、髪型や服装をいろいろ変えて楽しんでいた、と言った(東京都)。 

★3.鏡を見すぎると、魂が遊離する。

『紅楼夢』第56回  賈宝玉は十三歳の頃、夢で自分そっくりの少年を見て、「宝玉さん」と呼びかけた。侍女の襲人(しゅうじん)が彼を起こし、「部屋の鏡に、若様が映っているのですわ」と言う。別の侍女が、「人間は年齢(とし)がゆかぬうちは、魂がしっかり身体に入っていないから、鏡に映しすぎると、おかしな夢を見たりするものです」と説明する。 

 

 

【魂の数】

★1.一人の人間の身体には、二つの魂が宿っている。

『金枝篇』(初版)第2章第2節  フィジー諸島の人々は、人間には明るい魂と暗い魂の二つがある、と考えた。明るい魂は水や鏡に映る。暗い魂は黄泉の国へ行くのである。

『今昔物語集』巻10−14  費長房が、路傍の白骨死体を埋葬した。後、費長房の夢に死者が現れ、次のように礼を述べた。「私の本当の魂は天に生まれ、無上の楽しみを享受している。その一方で、私のもう一つの魂は死体のそばにとどまって、死体が往来の人に踏まれるのを悲しんでいた。あなたが死体を埋葬して下さったので、私はたいへんありがたく思う」→〔死体〕5a

『子不語』巻1−3  人間の身体には魂(こん)と魄(はく)が宿り、魂は善で、魄は悪だ。ある男が急死し、魂魄がまだ備わっている状態で友人を訪れて、家族のことなどを頼んだ。思い残したことがなくなると魂は消散し、魄だけが死体に残った。死体は動かなくなり、顔つきが醜悪になった。友人がこわくなって逃げ出すと、死体は走って追いかけて来る。友人は倒れ、気絶してしまった。

『中陵漫録』(佐藤成裕)巻之11「魄降于地」  李時珍が『本草綱目』で説くところによれば、人は陰陽二気を受けて形体を成す。魂(陽に属する)と魄(陰に属する)が聚(あつま)れば生き、散ずれば死ぬ。人が死ぬと魂は天へ昇り、魄は地に降りる。

★2.一人の人間の身体には、三魂七魄(さんこんしちはく)がある。

『玄怪録』「呉ゼイの亡霊」  人間には三魂七魄があり、死ねばバラバラになる。李の妻が、呉ゼイという男の亡霊に殺された。しかし本来の寿命が尽きていなかったので、仙人が冥界へ行き、李の妻の三魂七魄を寄せ集める。李の妻に似た七〜八人の女を連れて来て、李の妻の身体に押しつけ、続玄膠(ぞくげんこう)を塗ると、彼女は生き返った。蘇生後、李の妻は四男三女を産んだ。

『封神演義』第44回  道士姚天君が落魂陣を用い、敵対する姜子牙(太公望)の魂を抜き取って、抹殺しようとする。姜子牙の三魂七魄のうち、二魂六魄が落魂陣内の草人(藁人形)に移し入れられる。残りの一魂一魄も姜子牙の身体から出て、風に漂う。崑崙山の仙人たちがこれを見つけ、一魂一魄を葫蘆(ひょうたん)に入れて保護する。ついで草人をも奪い取って、三魂七魄すべてを姜子牙の身体に戻す。

★3.一人の人間の身体にいくつの魂が宿るかについては、民族・部族によっていろいろな見方がある。

『金枝篇』(初版)第4章第4節  カリブ人は、頭に一つ、心臓に一つ、その他、脈打っていることが感じ取れるすべての場所に、魂があると考えた。インディアンのヒダーツァ族は、胴体に先立って四肢に最初に死が現れるような場合、四つの魂が一つずつ身体から離れて行き、四つがすべて離れて完全な死となる、と解釈した。ラオス人は、人体は三十の霊が住まう場所で、それらは両手・両足・口・両目その他に宿る、と信じている。

*神様は人間の身体に、「眠たい」「食べたい」など十二の欲の玉を入れ込んだ→〔土〕1の『コタンカラカムイの人創り』(アイヌの昔話)。

*逆に、単一の魂が複数の身体に宿っている、という考え方もある→〔人数〕8の『生命とは何か』(シュレーディンガー)「エピローグ」。 

*M78星雲・光の国のウルトラマンは自分の命を、地球人ハヤタと二人で分け合う。二つの命を持つゾフィーは、そのうちの一つをハヤタに与える→〔生命〕8a・8bの『ウルトラマン』(円谷一)。 

★4.類魂。一つであると同時に多数である魂。

『不滅への道』(カミンズ)第6章  類魂は一にして多である。一つの本霊が多数の魂(二十とか百とか千とか、その数はいろいろである)に生命を吹き込んで、一つにまとめている〔*本霊もまた多数あり、より高次の霊がそれらをまとめている〕。人間の魂は、第一界・物質界から第二界・冥府、第三界・幻想界へと進み、第四界・色彩界(形相界)にいたって類魂の存在に気づく〔*第五界は火焔界(恒星界)、第六界は光明界(白光界)、第七界は彼岸(無窮)。マイヤーズの霊からの通信を、カミンズが自動書記した〕。

*天界の階層構造→〔天〕2の『今昔物語集』巻3−24、『神曲』「天国篇」。 

 

 

【魂呼ばい】

★1.死者の名前を呼んで、生の世界へ引き戻そうとする。

『大菩薩峠』(中里介山)第30巻「畜生谷の巻」  机龍之助とお雪ちゃんは白骨を去り、平湯の温泉の一間で数日を過ごす。外から「駒さんよー」「聞こえたかえ、もう一ぺん戻って下さいよう」「早く帰らさんせよう」と、けたたましい声が聞こえる。近所の家で人が死に、この土地の習いで、三日三晩、死者の名を呼び続けるのだ。お雪ちゃんは「いやな習わしですね」と言い、「本当に人間の魂は、死んでも四十九日の間、屋の棟に留まっているものでしょうか?」と問う。龍之助は「いないとも言えないね」と答える。

『幽明録』12「死者の昇天」  隣家から魂呼ばいの声が聞こえたので、男が庭へ出て眺める。今、息を引き取った隣家の老婆が、ふわふわと天へ昇って行くのが見える。家族が一声呼ぶごとに、老婆は後ろをふり返る。三度呼ばれて三度ふり返り、老婆はしばらくためらっていた。やがて家族の呼び声が絶え、老婆の姿も見えなくなった。

★2.魂呼ばいによって、死に瀕した人が生き返った。

『遠野物語』(柳田国男)97  ある男が病んで死に瀕するが、いつのまにか人の頭ほどの高さの空中を菩提寺へ向けて飛んでおり、たいへん快い。菩提寺では、亡き父親や息子が、男を出迎える。その時、寺門の辺で騒がしく自分の名を呼ぶ者がおり、「いやいや引き返す」と思うと、男は正気づいた。

★3.魂呼ばいによって、死者が一時的に息を吹き返した。

『源平布引滝』3段目「九郎助住家の場」  小万は片腕を斎藤別当実盛に切り落とされて死に(*→〔片腕〕3a)、その遺体が、老父九郎助の百姓家へ運び込まれる。老母や、小万の息子・七歳の太郎吉が、死者を生き返らせようと、小万の名前を呼ぶ。九郎助は井戸をのぞいて名前を呼ぶ〔*井戸は霊界に通じているからである〕。小万はいったん息を吹き返し、太郎吉に言葉をかけて、また目を閉じる。

『日本書紀』巻11仁徳天皇即位(A.D.313)前紀  ウヂノワキイラツコは、異母兄オホサザキノミコト(後の仁徳天皇)に皇位を譲って、自殺した。三日後にオホサザキノミコトが駆けつけ、自らの髪を解いてウヂノワキイラツコの遺骸にまたがり、「我が弟の皇子」と三度呼ぶ。するとウヂノワキイラツコは蘇生し、起き上がった。彼はこれが天命であることをオホサザキノミコトに告げ、また棺に伏して死んだ。

★4.行方知れずの人の魂を請い求めていたら、別人の魂を(=死者を)呼び起こしてしまった。

『死者の書』(折口信夫)  藤原南家の郎女(いらつめ)が、行方知れずになった。白装束の九人の修道者が、「こう。こう。おいでなされ。藤原南家郎女の御魂(みたま)」「早く、もとの身に戻れ。こう。こう」と、魂ごいの行(ぎょう)をしつつ、大和と河内の境の二上山までやって来る。すると塚穴の奥から「おおう」と、応答の声がある。五十年前、処刑されてこの地に葬られた滋賀津彦(=大津皇子)が、息を吹き返したのだ。九人の修道者は、ちりぢりに逃げ去った。

 

 

【樽】

★1.大きな樽の中に人間が隠れる。

『宝島』(スティーブンソン)第2部第10〜11章  少年の「わたし(ジム・ホーキンス)」は、二十五人の乗組員たちとともに、ヒスパニオーラ号で宝島へ向かう。船が島に着く前日の夕方、「わたし」はりんごを食べようと、甲板に置かれた大きなりんご樽の中へ入った。そこへ片足のジョン・シルバーと仲間たちが来て、反乱を起こす相談を始める。「わたし」はいそいで彼らの陰謀を、船長たちに知らせる。

★2.樽の中に人間を閉じ込める。

『ペンタメローネ』(バジーレ)第3日第10話  継母にいじめられるチチェッラが、貴族から求婚された。継母は貴族をあざむいて、自分の醜い娘グラッニズィアをおしつけ、チチェッラを樽に閉じこめる。猫が鳴いて、貴族に「あんたの花嫁は樽の中」と教える。貴族はチチェッラを救い出し、代わりに醜いグラッニズィアを樽に入れる。継母はチチェッラを殺そうと、樽に多量の熱湯をそそぎ、グラッニズィアを茹でてしまう。

★3.樽の中に人間を入れて、海へ捨てる。

『ペンタメローネ』(バジーレ)第1日第3話  ボロ服を着た醜怪なペルオントが、呪文の力で王女に双生児を産ませる。父王が怒り、ペルオント、王女、双生児の四人を、大樽に入れて海へ流す。ペルオントの呪文で樽は船になり、陸地に着くと宮殿に変わり、ペルオント自身は美男子に変身する。彼らは父王の娘・婿・孫として認められる。

★4a.死体を樽の中に入れる。

『樽』(クロフツ)  会社専務ボワラックの結婚生活は破綻していた。彼は別の女性と結婚すべく、邪魔な妻アネットを殺しその死体を樽に詰めて、妻のかつての恋人だった画家フェリックスに送りつけた→〔アリバイ〕1a

★4b.破砕された死体が、セメント樽に詰められる。

『セメント樽の中の手紙』(葉山嘉樹)  Nセメント会社で働く二十六歳の青年が、石と一緒に破砕器の中へ落ちる。青年は骨も肉も魂も粉々になり、焼かれて幾樽かのセメントになった。青年の恋人であった女工が、手紙を書いてセメント樽の中に入れ、樽を開ける人物に訴える。「もしあなたが労働者だったら、このセメントを、いつ、どんな場所に使ったか、お知らせ下さい」。

★5.刑罰として、人間を樽の中に入れる。

『がちょう番のおんな』(グリム)KHM89  侍女が、姫を鵞鳥の番人にし、自分が姫になり代わって、王子と結婚する。父王が、にせ花嫁であることを察知して、侍女に、彼女の悪事を例え話の形で聞かせる。侍女はそれが自分のこととは気づかず、「そんな悪い女は丸裸にして、釘を打ち込んだ樽に入れ、引き回すべきだ」と言う。侍女は自分が言ったとおりの罰をうける。

『白い花嫁と黒い花嫁』(グリム)KHM135  色黒の母親と娘が、王妃となった色白の継娘を殺そうとする(*→〔にせ花嫁〕1)。後に色黒の母親は、自らの悪事をたとえ話の形で、王から聞かされる。色黒の母親はそれが自分のことを言っているとは気づかず、「そんな悪い女は丸裸にして、釘を打ち込んだ樽に入れ、引き回すべきだ」と言う。色黒の母親と娘は、その通りの罰をうける。

『ペンタメローネ』(バジーレ)第5日第8話  継母が、ニッニッロとネッネッラ兄妹を嫌って追い出す。大公が兄妹を救い、「この子たちをいじめた人間には、どんな運命がふさわしいか?」と継母に問う。継母は「樽に入れて、山の上から転がすのがよい」と答え、そのとおりの罰を受ける。

*蛇・百足の入った樽に入れる→〔針〕4のお菊と小幡の殿様の伝説。

★6.樽を住居とする。

『ギリシア哲学者列伝』(ラエルティオス)第6巻第2章「ディオゲネス」  ディオゲネスは食事・睡眠・対話などのために、どんな場所でも利用した。彼は、神殿の柱廊や祭器の保管庫を指さして「アテナイ人は私のために、住みかを用意していてくれる」と言った。「小屋を一つ欲しい」と、ある人に頼んだが、その人が手間取っていたので、ディオゲネスは公文書保管所にあった酒樽(あるいは大甕)を、住居として用いた。

 

 

【俵】

★1.米俵。

『俵藤太物語』(御伽草子)  近江国田原の里に住む藤原村雄の嫡男秀郷は、「田原藤太(太郎=長男)」と呼ばれた。後に秀郷は、いくら米を取り出しても尽きない俵(たはら)を得る(*→〔無尽蔵〕1)。そのため、「俵藤太」と言われるようになった(「田原」が「俵」に変わったのである)。 

*米俵に追われる→〔薬〕1の『いもりの黒焼』(落語)。

★2.米俵の蓋に乗せて、疱瘡の神を追い払う

『椿説弓張月』後篇巻之2第19回  鎮西八郎為朝が八丈島の西の小島にいた時、赤い幣を立てた米俵の蓋に、身の丈一尺四〜五寸の翁が乗り、海上を漂って来た。翁は疱瘡の神で、京大阪で疱瘡をはやらせたために浪速の浦へ追いやられ、大洋を漂流していたのだった。翁が「けっしてこの島には上陸しません」と誓ったので、為朝は翁を船に乗せ、伊豆の国府へ送った。それで今も、八丈島には疱瘡はない。

*痘瘡(疱瘡)の神が日本へ渡来する→〔病気〕2の『和漢三才図会』巻第10・人倫の用。

★3.俵に人間を入れることもある。

『俵薬師』(日本の昔話)  嘘吉が嘘ばかりつくものだから、旦那が怒り、嘘吉を俵に入れて縄で縛っておく。しばらくして米を運ぶ牛方が通りかかったので、嘘吉は「俵に入って薬師様を拝んだら、悪い眼が良くなった」と、でたらめを言う。牛方はだまされて、「おれも眼が悪いから治してもらおう」と、嘘吉に代わって俵の中に入る。村の若い衆が来て、俵の中は嘘吉だと思って、俵を海へ沈めてしまう(長野県上水内郡小川村稲岡東)→〔海の底〕4

★4.俵には人間でなく、米を入れるべきである。

『キリシタン伝説百話』(谷真介)32「占い師の予言」  キリスト教弾圧の時代。キリシタンたちは、俵に入れられて河原に積み上げられたり、火をつけて踊らされたり(蓑踊り)した。このことについて、京の都に住む占い師が筮竹で占ったところ、「俵は米のためのものである。米は増えていく種子(たね)だから、いくら弾圧しても、キリシタンは増えていく」と出た。「お上も馬鹿なことをするものじゃ」と占い師が言ったので、人々は彼を都から追放してしまった(京都)。

★5.米俵が空を飛ぶ。

『古本説話集』下−65  信貴山の命蓮は、麓に住む富者の蔵へ鉢を飛ばし、食を得ていた。ある時、富者がこれを厭い、鉢に食物を入れずにおいたところ、鉢は蔵全体を乗せて、信貴山へ飛び帰った。命蓮は蔵の中の米を富者に返すべく、一俵を鉢に乗せて飛ばす。すると残りの米俵も、雁などが連なって飛ぶようにこれに続いた。

 

 

【弾丸】

 *関連項目→〔銃〕〔ロシアン・ルーレット〕

★1.弾丸を噛んで痛みに耐える。

『弾丸を噛め』(ブルックス)  西部開拓時代、麻酔なしで手術を受ける男が、弾丸を噛んで手術の痛みに耐えた、という故事がある。二十世紀初頭、荒野を馬で駆けるレースに参加した男が、途中で激しい歯痛に襲われた。歯が欠けて、神経が露出していたのだ。開拓時代の故事にならい、男は弾丸を噛んで、虫歯にかぶせる歯冠の代用とし、レースを続けた。

★2.銃弾を防ぐ盾。 

『荒野の用心棒』(レオーネ)  ニュー・メキシコのある町を二分し、ロホ兄弟一家とバクスター一家が争っていた。旅の男ジョー(演ずるのはクリント・イーストウッド)が両家の対立をあおり、ロホ兄弟一家はバクスター一家に殴りこみをかけて全滅させる。ジョーは、ロホ兄弟一家と対決する。ロホの弟ラモンがライフルで何度もジョーを撃つが、ジョーは撃たれても撃たれても起き上がる。ジョーは胸に鉄板の盾を入れていたのだ。ジョーは拳銃の早撃ちでロホ一家を皆殺しにして、町を去る。

*銃弾を防ぐ一枚の銀貨→〔硬貨〕2aの『荒野の1ドル銀貨』(パジェット)。

*銃弾を防ぐ多くのバラ銭→〔硬貨〕2bの『一発』(つげ義春)。

★3.警官隊や軍隊が、無数の銃弾を浴びせてアウトロー二人を殺す。

『明日に向かって撃て!』(ロイ・ヒル)  西部の強盗団の首領ブッチ(演ずるのはポール・ニューマン)とサンダンス(ロバート・レッドフォード)は、保安官たちに追われて南米ボリビアへ渡る。二人は、よくわからないスペイン語に苦労しつつ、ボリビアで銀行強盗を続け、そののち山賊になる。しかし警官隊に追い詰められ、二人は負傷して納屋に逃げ込む。「今度はオーストラリアへ行こう。あそこは英語が通じる」と二人は話し合う。軍隊が納屋を包囲し、一斉射撃して、無数の銃弾を二人に浴びせる。

『俺たちに明日はない』(ペン)  ウェイトレスをしていたボニー(演ずるのはフェイ・ダナウェイ)と、刑務所帰りのクライド(ウォーレン・ベイティ)は、出会ってすぐ意気投合した。二人は車を盗み、拳銃をかまえてマーケットに押し入る。やがてC・Wという少年や、クライドの兄夫婦も仲間に加わり、皆で銀行強盗を繰り返して、警官を何人も殺す。しかしボニーとクライドは、州の警備隊の罠にかかり、彼らが待ち伏せている道で車を止める。警備隊は一斉射撃して、ボニーとクライドの身体を蜂の巣にする。

★4.銃弾の転生。

『博物館』(ボルヘス)「J・F・Kを悼みて」  ジョン・F・ケネディを撃った銃弾は、かつてリンカーンを殺した銃弾だった。それ以前にも銃弾は、他のさまざまなものであった。ピュタゴラス流の転生(*→〔前世を語る〕1の『変身物語』巻15)は、人間だけのことではない。それは救世主イエスを十字架に打ちつけた黒い釘であり、ソクラテスがあおった毒杯であった。この世の始まりにカインがアベルに投げた石であったそれは、この先、今のわれわれが想像もしない、多くの物になるにちがいない。

*すべてはエレクトロンでできているのだから、星が銅貨になっても不思議はない→〔星の化身〕2の『星が二銭銅貨になった話』(稲垣足穂)。

*秦の始皇帝を襲った剣は、かつて楚王の首を切り落とした剣だった→〔剣〕1の『太平記』巻13「干将莫耶が事」。

★5.特別の弾丸。

汗かき鉄砲の伝説  村の猟師営造が、普通の鉛の弾丸三十個に加え、「隠し弾丸(だま)」一個を持って山へ入る。それは表面に六字の名号「南無阿弥陀仏」を刻んだ弾丸で、どんな下手な者でも撃てば必ず命中する。その代わり、一生にただ一回だけ使えるものであり、使ったらその日かぎり鉄砲撃ちをやめなければならない。営造は山で化け猫に襲われ、鉛の弾丸三十発はことごとくはずれたので、最後に「隠し弾丸」を撃ち、ようやくしとめることができた(奈良県吉野郡川上村柏木)→〔銃〕8

 

※空砲を撃つ→〔一夫多妻〕5の『黒い十人の女』(市川昆)。

※空砲を撃つはずのところ、実弾が発射される→〔横恋慕〕6の『トスカ』(プッチーニ)。

 

 

【誕生】

★1.誕生時の奇瑞。

『古今著聞集』巻6「管絃歌舞」第7・通巻244話  博雅三位は管弦の名人であった。彼が生まれた時、天から音楽が聞こえた。東山の聖心上人が天の音楽〔*笛二、笙二、筝・琵琶各一、鼓一から成っていた〕を聞いて不思議に思い、楽の声を追って、博雅の生まれる場所まで行った。生まれ終わると、楽の音も止んだ。

『三宝絵詞』下−30  天台大師(智)が生まれた時、光が室に満ちた。また、二人の僧が来て「必ず出家すべし」と言い、消え失せた。

★2.火の中で誕生する。

『今昔物語集』巻1−15  提何長者の妻は男児を身ごもっていたが、六師外道によって毒殺された。彼女を火葬する炎の中から十三歳ほどの童が現れ、「自然太子」と名づけられる。母無くして生まれたからである〔*→〔火〕7の『大般涅槃経』(40巻本「師子吼菩薩品」)に類話〕。

*火の中で子を産み、身の潔白を証明する→〔火〕6の『古事記』上巻・『日本書紀』巻2。

★3.同日に生まれた二人は、強い運命の絆で結ばれる。

『イリアス』第18歌  トロイアの英雄ヘクトルと、その友プリュダマス(ポリュダマス)とは同じ夜に誕生し、互いに親しい間柄だった。ヘクトルは勇将、プリュダマスは知将として、二人は力を合わせアカイア軍と闘った。

『日本書紀』巻7成務天皇3年正月  成務天皇と大臣武内宿禰とは同日に誕生した。そのため、天皇は特に武内宿禰を寵愛した。

*同日に誕生した王子と乞食が入れ替わる→〔同日の誕生〕1の『王子と乞食』(トウェイン)など。

★4.仇敵の子に生まれ変わる。

『三国伝記』巻7−7「阿闍世王事」  頻婆裟羅王が、召しに応ぜぬ仙人を殺した。仙人はやがて、頻婆裟羅王の太子として生まれる。これが阿闍世王である。阿闍世王は父頻婆裟羅王を殺して、王位を奪った。

『太平記』巻25「宮方の怨霊六本杉に会する事」  後醍醐帝の皇子・大塔宮護良親王は、足利直義の命によって殺された。死後、天狗道に入った大塔宮は天下騒乱を企て、十余年後に、足利直義の内室の腹に男子となって生まれた〔*巻30「将軍御兄弟和睦の事」で、「この子は四歳で死去した」と記される〕。

『二人兄弟の物語』(古代エジプト)  妻の裏切りによって、バタは命を落とした。バタは牛や木に変身し、ついには、切り倒された木の切り屑となって妻の口中にとびこみ、妻は身ごもる。やがて男子(バタの化身)が誕生し、彼は成長後、自分の母(=バタの妻)の悪行を人々に語る→〔体外の魂〕2

『本朝二十不孝』(井原西鶴)巻3−4「当社の案内申す程をかし」  幼い頃から油を飲む奇癖のある子がいた。この子が五歳の着袴の祝いの席上、大勢の人達の前で「私の親は、五年前に油売りの商人を切り殺し、八十両を奪い取って以来、裕福になった」と暴露した。

『もう半分』(落語)  老人が居酒屋で、いつも茶碗酒を「もう半分、もう半分」と注文して飲む。ある夜、居酒屋夫婦が老人の持つ五十両入りの財布を奪い(→〔身売り〕1)、老人は居酒屋を恨んで川に身を投げる。翌年、居酒屋夫婦に老人そっくりの赤ん坊が生まれ、毎晩、行燈の油を茶碗にそそいで、なめる。見咎める居酒屋亭主に、赤ん坊は茶碗を差し出して、「もう半分」。

*殺された男が、殺した男の子供となって生まれる→〔背中〕1の『夢十夜』(夏目漱石)第3夜。

*前世で貸した物を取り戻そうと、借り手の子供となって生まれる→〔貸し借り〕1の『日本霊異記』中−30。

★5.誕生を拒否する子供。

『河童』(芥川龍之介)4  河童の国では、お産の時、父親が母親の生殖器に口をつけ、腹の中の子供に「お前はこの世界へ生まれて来るかどうか?」と問う。子供が「生まれたくない」と答えると、産婆が生殖器に注射をし、母親の腹はへこむ。

★6.誕生以前の子供たち。

『青い鳥』(メーテルリンク)第5幕第10場  チルチルとミチルは青い鳥を探して旅に出、いろいろな所を巡って、最後に「未来の王国」を訪れる。そこには、この世の終わりまでに地上に誕生すべき大勢の子供たちがいて、生まれる順番を待っている。彼らは発明の才、技術、あるいは病気など、必ず何かを持って生まれることになっていた。

★7.誕生と同時に、人間には守護霊がつけられる。

『小桜姫物語』(浅野和三郎)78  一人の人間が現世に生まれると、産土(うぶすな)の神様から上の神様にお届けがあり、神界からの指図で、必ず一人の守護霊が附けられる。人間が歿(なく)なる場合にも、まず産土の神様が受けつけた後に、大国主命様が死者の行くべき所を見定め、それぞれ適当な指導役を附けて下さる。つまり現世では主として守護霊、幽界(霊界)では主として指導霊、のお世話になるものと思えばよい〔*小桜姫の霊が、浅野和三郎の妻の口を借りて語った〕。

 

 

【誕生(鉱物から)】

★1.石から男児が生まれる。

『淮南子』逸文  禹の妻は石に化した。その石の北側が破れて、啓が誕生した。

『西遊記』百回本第1回  東勝神州傲来国の花果山の頂に、高さ三丈六尺五寸の仙石があった。ある日、仙石は裂け割れて、まりほどの石の卵が生まれ、卵から一匹の石猿が誕生した。石猿は猿たちの王となり、「美猴王」と名乗った。後、石猿は西牛貨州(さいごかしゅう)へ渡り、須菩提祖師から「孫悟空」という名を与えられた。

 

 

【誕生(植物から)】

★1.木から男児が誕生する。

『変身物語』(オヴィディウス)巻10  父親キニュラスと交わり身ごもったミュラは、曠野を九ヵ月間さすらった後、神に祈って没薬の木に姿を変える。やがてその木に割れ目が生じ、中からアドニスが生まれ出る〔*『ギリシア神話』(アポロドロス)第3巻第14章では、娘の名はスミュルナ、父の名はテイアース。スミュルナが没薬の木に姿を変えてから十ヵ月後に、アドニスが誕生したと記す〕。

『呂氏春秋』巻14「孝行覧・本味」  妊娠中の女が、水没する村を脱出した後に、空桑(うつろのある桑の木か?)と化した。桑を摘む娘が、空桑の中に嬰児が誕生しているのを見つけた。嬰児は伊尹と名づけられ、成長後、殷の湯王に仕えた。

*竹から男児が誕生する→〔洗濯〕1aの『異苑』巻5−4。

*桃から男児が誕生する→〔洗濯〕2の『桃太郎』(日本の昔話)。

★2.花・実・種などから女児が誕生する。

『瓜姫物語』(御伽草子)  子のない翁媼が、畑で美しい瓜を一つ取り、「これを我らの子としよう」と戯れて、塗桶に入れて置く。その後、翁媼は、ともに子を授かる夢を見て、塗桶を取り出して見ると、瓜は美しい姫君になっていた。

『親指姫』(アンデルセン)  子を望む女が、魔法使いからもらった大麦の粒一つを鉢に植える。チューリップのような花が生え出、めしべの上に親指ほどの女の子が見出された。

『ジャータカ』第380話  一つだけ大きくふくらんだ蓮を、苦行者が気がかりに思い、池に入って蓮の花を押し開き、少女を見つける。苦行者は少女に「気がかり」という名前をつけて、育てる→〔名当て〕3

ハイヌウェレの神話  アメタが夢告に従って、拾った椰子の実を土に埋めると、数日で木となり花が咲く。アメタは花から酒を造ろうとするが、指に怪我をして血が花に滴る。血と花の汁が混じり合ったところから人間の形ができはじめ、九日後には五体完全な少女になった(インドネシア・ウェマーレ族の神話)。

『ペンタメローネ』(バジーレ)第5日第9話  王子が老婆からもらったシトロンを切ると、そこから美女(妖精)が生まれ出た。王子はこの妖精と結婚した→〔三度目〕1

*竹から女児が誕生する→〔竹〕1aの『竹取物語』。

 

 

【誕生(卵から)】

★1.卵から創造神が生まれる。

『シャタパタ・ブラーフマナ』  太初、宇宙はすべて水であった。そこから黄金の卵が出現し、一年後に黄金の卵から創造神プラジャーパティが生まれ、彼が天と地、季節、神々や阿修羅などを造った。

*卵から天地が生まれる→〔天地〕2aの『カレワラ』(リョンロット編)第1章。

★2a.卵から男児が生まれる。

『三国史記』巻1「新羅本紀」第1・第1代始祖赫居世居西干前紀  楊山の麓の林の中に大きな卵があり、割ると幼児が出てきた。この子は十三歳で即位して、新羅の始祖赫居世となった。

*石の卵から石猿が生まれる→〔誕生(鉱物から)〕1の『西遊記』百回本第1回。

★2b.卵から女児が生まれる。

『海道記』  昔、採竹(たけとり)の翁という者がいた。翁宅の竹林で鶯の卵から女児が生まれて、巣の中にいた。女児は翁に育てられ美しく成人して、「かぐや姫」とも「鶯姫」とも言われた。彼女は前世に人間として翁に養われ、天上界に生まれ変ってから、前世の恩を返すために竹林中に化生したのだった。

★3.女が卵を産む。その卵から一人あるいは多数の子供が生まれる。

『今昔物語集』巻2−15  天竺舎衛国の須達長者の末娘蘇曼女は、叉利国の王子に略奪され、その妻となって十の卵を産んだ。卵からは十人の立派な男子が生まれた。蘇曼女と十人の子は、前世においても母子だった。

『今昔物語集』巻2−30  波斯匿王の后毘舎離は三十二の卵を産み、そこから三十二人の立派な男子が生まれた。しかし彼らは成長後、大臣の讒言のために、父王の手で殺された。三十二人の首は一箱に入れ、封をして母毘舎離のもとへ送られた。

『今昔物語集』巻5−6  般沙羅国王の后が産んだ五百の卵が、箱に入れて河へ棄てられた。隣国の王が箱を見つけ、王宮に持ち帰ると、五百の卵から五百人の男児が生まれた。王は喜んでこれを養育し、彼らは成長して五百人の武士となる。この国と般沙羅国は敵どうしだったため、王の命令で、五百人の武士は般沙羅国へ攻め入った→〔乳房〕8

『三国遺事』巻1「紀異」第1・高句麗  河伯の娘柳花が、五升ほどの大きな卵を産んだ。その卵の殻を破って、高句麗の始祖東明王朱蒙は誕生した。また、楊山のふもとに卵があり、白馬が跪いていた。人々が卵を割ると、端正な男児が出てきた。これが新羅の始祖王赫居世である。

『三国史記』巻1「新羅本紀」第1・第4代脱解尼師今前紀  多婆那国王の妃は、妊娠して七年たって、大きな卵を産んだ。妃は絹の布で卵を包み、宝物とともに箱に入れて海へ流した。その卵から、新羅王脱解尼師今が生まれた→〔箱船(方舟)〕3

『捜神記』巻14−4(通巻343話)  昔、徐国の後宮の婦人が卵を産み、河原へ捨てたが、犬が卵をくわえて戻って来た。卵から子供が生まれ、その子は徐国の後継ぎになった。

 

 

【誕生(血から)】

★1.血から神や人間が誕生する。

『エヌマ・エリシュ』(古代アッカド)  マルドゥークをはじめとする神々たちが悪神キングの血管を切り、流れる血から人間を造り出した。

『古事記』上巻  イザナキが長い剣を抜いて、火神カグツチの頸を斬った。その時、剣から岩に飛び散る血、手指の間から漏れ落ちる血から、イハサクノ神をはじめ八柱の神が生まれた〔*『日本書紀』巻1神代・第5段一書に類話〕。

『神統記』(ヘシオドス)  ウラノス(天)の性器を、息子クロノスが鎌で切り取った。そこからほとばしり出た血を大地が受け止め、歳月を経て、復讐の女神(エリニュス)、巨人(ギガス)、女精メリアたちが生まれた。  

*メドゥサの血から天馬ペガサスが生まれた→〔馬〕7の『変身物語』(オヴィディウス)巻4。

★2.血から稲や木が生ずる。

『播磨国風土記』讃容の郡  玉津日女命が鹿の腹を割き、その血に稲をひたして蒔いた。一夜で苗が生じたので、ただちにこれを取って植えさせた。

『二人兄弟の物語』(古代エジプト)  妻の裏切りゆえ命を落としたバタは、復讐すべく牡牛に生まれ変わった。妻はファラオの愛妾になっており、ファラオに請うて牡牛を殺させる。牡牛の喉が切られると、二滴の血が飛び出て王宮の門前に落ち、二本の大きなペルセア樹になる。

*人の血を吸った地面から花が咲く→〔花〕1の虞美人草の伝説など。

 

 

【誕生(動物から)】

★1a.鹿から男児が生まれる。

『大智度論』巻17  仙人が、澡盤(沐浴用の盥)の中へ小便をしようとした。その時、雌雄の鹿が交尾するのを見て、仙人は淫心を起こし、精液を流した。雌鹿がこれを飲んで身ごもり、人間の男児を産んだ。男児は頭に一本の角があり、足は鹿に似ていた。仙人は、男児が自分の子であることを知って養育した。男児は成長後、「一角仙人」と呼ばれた。 

『マハーバーラタ』第3巻「森の巻」  聖仙ヴィバーンダカが湖で身体を洗っている時、天女ウルヴァシーを見て欲情を覚え、水中に射精した。牝鹿がその水を飲んで妊娠し、人間の男児を産んだ。男児の額には小さな角があったので、「リシュヤシュリンガ(=鹿の角を持つ者)」と呼ばれた〔*梵天ブラフマーの命令で天女ウルヴァシーが牝鹿になり、渇きを癒そうと水を飲んだ、とも言われる〕。

★1b.鹿から女児が生まれる。

大宮姫の伝説  大宮姫は鹿から生まれた〔*鹿が仙人の水を飲んで姫を産んだ、閼伽の水を飲んで姫を産んだ、などの伝えがある〕。そのため足先が鹿同様二つに割れていた。姫は都に出て天子様の奥方になったが、鹿の足であることがばれ、故郷へ戻った。「鹿児島」は、もとは、この大宮姫の生まれた土地の名だった。「鹿の子の国」という意味である(鹿児島県揖宿郡開聞町)。

『今昔物語集』巻5−5  仙人が身体を洗った水や小便のあとをなめた鹿が懐妊して、女児を産んだ。女児は成人して王妃となり、「鹿母夫人」と呼ばれた。

*光明皇后は鹿から生まれた→〔尿〕4の光明皇后の誕生と女鹿の伝説。

『述異記』(任ム)巻下−275  梁の時代、鹿が女児を地面に産み落としたのを、ある人が見て、女児を拾い育てた。女児は非凡な性質で、長じて道士となり、「鹿娘(ろくじょう)」と名乗った。鹿娘の死後、武帝が祭りをするために棺を開くと、異香があり、遺骨はなくなっていた。

★2.山犬から悪魔の子が生まれる。

『オーメン』(ドナー)  悪魔の子ダミアンは、外交官ロバート(演ずるのはグレゴリー・ペック)夫婦の子として育てられた。ダミアンの出産に立ち会った神父が、ロバートに「ダミアンの母親は山犬だった」と教える。ロバートがカメラマンのジェニングスとともに、ダミアンの母親の墓をあばくと、山犬の白骨死体があった。

★3.魚から男女が生まれる。

『マハーバーラタ』第1巻「序章の巻」  アプサラス(水の精)のアドリカーは、バラモンの呪いで魚にされた。魚は、ウパリチャラ王が河に落とした精液を飲んで、妊娠する。魚は漁師の網にかかり、岸に打ち上げられると、腹から人間の男女の赤ん坊が誕生した。男児はマツヤ、女児はサティヤヴァティーと呼ばれた。

 

 

【誕生(母体から)】

★1.赤ん坊が、母親の脇腹から誕生する。

『イシスとオシリスの伝説について』(プルタルコス)12  父神クロノス(ゲブ)と母神レイア(ヌト)との間に、テュポン(セト)が誕生した。その誕生は異常で、胎内にあった日数も長く、産道から生まれたのでもなかった。テュポンは、轟音とともに母神レイアの脇腹を突き破って、跳び出した。

『過去現在因果経』巻1  産み月が近づいた摩耶夫人(まやぶにん)は(*→〔象〕7)、藍毘尼園(らんびにえん。ルンビニ園)へ出かけた。二月八日、日の出の頃、摩耶夫人は、「無憂」という大樹が色鮮やかな花をつけているのを見た。夫人が右手をあげ、一枝を引いて取ろうとした時、釈迦がゆっくりと彼女の右脇(腋)から生まれ出た〔*釈迦の誕生日を四月八日とする伝本もある。『今昔物語集』巻1−2に類話〕。

*文殊菩薩も母親の右脇(腋)から生まれた→〔二人の仏〕2の『今昔物語集』巻3−2。

陸地と動植物などの起源譚(北アメリカ・ヒューロン族の神話)  天上から落ちてきた女神は、双子を身ごもっていた。双子の一方は善良で、通常の生まれ方をした。もう一方は邪悪で、母女神の脇腹を破って生まれ、母女神を殺してしまった。

*赤ん坊が、母親の耳から生まれ出る→〔耳〕1の『ガルガンチュア物語』第一之書(ラブレー)第6章。

*「母神の指の間から子供がこぼれ落ちた」というのは、指の股から誕生したということであろう→〔手〕7

★2.母親の腹を刃物で切り裂き、赤ん坊を取り出す。

『王書』(フェルドウスィー)第2部第3章「英雄ロスタム」  王女ルーダーベはザールの子を身ごもったが、難産で苦しんだ。霊鳥スィーモルグが来て、「ルーダーベを酒で眠らせよ。短剣で彼女の腹を割いて子供を取り出せ。生まれたら、傷口を縫い合わせて薬を塗れ」とザールに教え、無事に男児が誕生した。ルーダーベは「私は楽になりました(ロスタム)」と言ったので、男児は「ロスタム」と名づけられた。

シーザー(カエサル)の伝説  ジュリアス・シーザー(ユリウス・カエサル)は生まれる時、母親の腹部を切り開いて取り出された。シーザーはローマの初代皇帝アウグストゥスの父で、帝王ともいうべき地位にあったので、以後この方法による出産・誕生を、「帝王切開」と呼ぶようになった。

『東海道名所記』巻3「金谷より西坂(にっさか)へ一里廿四町」  臨月の女が親里へ行く途中、盗人に殺された。法師が憐れんで女の腹を割き、子を取り出して育てる。子は十五歳の時に出生の事情を知り、母親の敵を討ってから出家した〔*→〔白髪〕1aの頭白上人の伝説に似る〕。

*マクダフも、母親の腹を裂いて取り出された→〔あり得ぬこと〕2の『マクベス』(シェイクスピア)第4〜5幕。

 

※誕生時に掌に物を握っている・掌に文字がある→〔掌〕1〜6の『今昔物語集』巻2−10、『南総里見八犬伝』第4輯巻之4第37回、『史記』「晋世家」第9など。

※白髪で誕生する→〔白髪〕1aの『王書』(フェルドウスィー)第2部第1章「ナリーマン家のサーム」など、→〔白髪〕1bの『河童』(芥川龍之介)16。

※光とともに誕生する→〔光と生死〕1の『十八史略』巻6「宋」など。

※額から誕生する→〔額の傷〕6の『ギリシア神話』(アポロドロス)第1巻第3章など。

※土中から誕生する→〔土〕4の『ラーマーヤナ』第1巻「少年の巻」。

 

 

【男性遍歴】

★1.数名あるいはそれ以上の男たちと関係を持ち、成長する、または破滅する女。

『あらくれ』(徳田秋声)  農家の娘お島は、養父母の決めた結婚相手を嫌い、祝言の晩に家を飛び出す。お島は神田の缶詰屋の後妻になり、山国の温泉宿浜屋の愛人になり、再び東京へ戻って裁縫師小野田と結婚し、商売を始めて職人を雇うまでになる。しかし夫婦仲はうまくいかず、お島は浜屋を思い出して温泉宿を訪れるが、浜屋は先頃事故死していた。お島は、気に入りの職人を宿へ呼び寄せ、「この男と一緒に店をやろうか」と考える。

『好色一代女』(井原西鶴)  好色庵に住む老女は、十三歳の時に青侍と初恋を経験した。十六歳で親の負債五十両のため遊女になり、十三年勤めた。その後も諸所へ奉公し、多くの男と関係を持って、六十五歳に達した。ある時、過去に堕胎した水子九十五〜六体を幻視し、また、大雲寺の五百羅漢像が皆、かつて馴染んだ男たちの顔に見えたりした。老女は、生涯に一万余の男と関わったことを恥じ、以後、仏の道に入った。

『とはずがたり』(後深草院二条)  二条は十四歳の春から、十五歳年上の後深草院の寵愛を受けるようになるが、院の胤を懐妊中に、「雪の曙(西園寺実兼)」との交情が始まり、二条は相次いで、院の子と「雪の曙」の子を産む。さらに、院の了解のもと、近衛大殿(鷹司兼平)や亀山院(後深草院の同母弟)とも関係を持ち、高僧「有明の月(院の異母弟性助法親王か?)」との間には二子をもうける〔*二条は二十六歳で院の御所を退き、三十一歳頃に出家して、三十二歳から諸国を旅する〕。

『ナナ』(ゾラ)  十八歳でデビューした女優ナナは、美貌と豊満な肉体とを武器に、銀行家・軍人・伯爵など十指に余る男たちと次々に関係を持ち、さらには街娼までする。ナナは大邸宅に住んで贅沢な生活をし、男たちは、ある者は破産し、ある者は公金を盗んで投獄され、ある者は自殺する〔*後、ナナは二十代初めに天然痘で死ぬ〕。

『南総里見八犬伝』第6輯巻之1第52回〜第8輯巻之8下套第90回  三十代後半の船虫は、鴎尻の並四郎と夫婦になって悪事を働くが、並四郎は犬田小文吾に殺される。次いで船虫は、妖猫の化身である贋赤岩一角の後妻になるが、贋一角は犬村大角に討たれる。次の夫酒テン二は犬川荘助に殺され、最後の夫媼内(おばない)と船虫は、犬士たちによって木に縛られ、牛の角で突き殺される。

『ファニー・ヒル』(クレランド)  十五歳で孤児になった「私(ファニー・ヒル)」は、ロンドンへ出て、だまされて売春宿へ引き入れられる。そこで見た美青年チャールズに恋し、処女を捧げるが、チャールズは父の手で外国へやられる。「私」はH氏の囲われ者になり、彼の従僕と関係を持ち、その他さまざまな性愛を体験した後に、六十歳の紳士と同棲する。紳士の死後、多額の遺産を得た十九歳たらずの「私」は、故郷へ帰る途中、チャールズと再会する。

 

 

【男装】

★1.男たちから身を守るために、男装する。

『お気に召すまま』(シェイクスピア)  ロザリンド姫は、叔父フレデリックの館から追放されたため、「アーデンの森にいる父公爵のもとへ身を寄せよう」と考える。美貌は黄金よりも盗人を引き寄せるものであるから、彼女は自分の美貌を隠し、男装して「ギャニミード」と名乗り、旅に出る〔*ロザリンドを恋する青年オーランドーがギャニミードに出会うが、その正体に気づかない。後にギャニミードはロザリンドの姿に戻って、オーランドーと結婚する〕。

『サザエさん』(長谷川町子)朝日文庫版・第1巻10〜11ページ  満州からの引揚(ひきあげ)者を接待する会場。幼い子供が父親を「カアチャン」と呼ぶので、接待係りをしていたサザエは驚く。父親と見えたのは若い母親で、引揚の途中、危険な目に遭わないように、髪を切り、眼鏡をかけ、ズボンをはいて、男の姿で日本へ帰って来たのだった。

『十二夜』(シェイクスピア)第1幕  セバスチァンは双子の兄、ヴァイオラはその妹だった。二人の乗った船が難波して、兄妹は離れ離れになる。イリリアの海岸に流れ着いたヴァイオラは、身を守るために「シザーリオ」と名乗って男装し、領主オーシーノウ公爵の小姓として仕える→〔仲介者〕3

★2.立身のために男装する。

『富士額男女繁山(ふじびたいつくばのしげやま)(河竹黙阿弥)  妻木右膳は娘お繁の無事成長を願い、男の子として育てた。時は明治開化の時世、学がなければ立身できないので、お繁は書生妻木繁(しげる)と名乗り、塾に入って勉強し、実力をつけて江湖(こうこ)へ名を売ろう、と考える〔*お繁は、人力車夫御家直(ごけなお)に女と見破られ枕を交わすが、後に彼が父の仇(かたき)であることを知る〕→〔風呂〕9

★3.男色の男に近づくために男装する。

『好色五人女』(井原西鶴)巻5「恋の山源五兵衛物語」  薩摩源五兵衛は衆道の相手に死なれて世をはかなみ、出家する。琉球屋の娘おまんが、男盛りの源五兵衛に惚れこみ、若衆姿に変装して近づく。源五兵衛は若衆を抱こうとして、着物をぬがせると女だったので驚くが、そのまま二人は交わる。源五兵衛は還俗し、おまんと夫婦になる。彼らは、おまんの両親から莫大な財産を受け継ぐ。

★4a.男装して、苦境にある夫や恋人などを救う。

『デカメロン』第2日第9話  かつて密通の濡れ衣を着せられたジィネヴラ夫人は、夫のもとを逃れ、今は男装して皇帝の重臣となっている。彼女は、夫と自分を陥れた悪人とを皇帝の前に召還して悪人の陰謀をあばき、自らの着物を裂いて女であることを示す〔*『シンベリン』(シェイクスピア)の材源〕。

『ドイツ伝説集』(グリム)537「犂に繋がれた男」  騎士が聖地巡礼の旅に出て、異教徒に捕らえられる。騎士の妻が男装の巡礼となって異教の国へ出かけ、王の心を竪琴と歌で魅了し、夫である騎士の身柄を請いうける。

『フィデリオ』(ベートーベン)  フロレスタンは、政敵ピツァロによって、政治犯として刑務所に収監される。フロレスタンの妻レオノーレが、夫を救うために「フィデリオ」と名乗って男装し、看守となって潜入する。ピツァロがフロレスタンを殺そうと短剣を抜くので、レオノーレはフロレスタンをかばい、拳銃をかまえる。その時、大臣フェルナンドが査察に訪れ、ピツァロを逮捕する。

*ポーシャが男装して法学博士となり、難題を裁く→〔契約〕2の『ヴェニスの商人』(シェイクスピア)第4幕。

★4b.男装して夫や恋人に会い、後に正体を明かす。

『オーカッサンとニコレット』  ニコレット姫は草汁で顔を黒くし、男装して旅芸人の姿となって恋人オーカッサンのもとを訪れる。旅芸人は「ニコレットを連れて来よう」と言ってひきさがり、沐浴をして化粧をして後、本来の美しい乙女に戻ってオーカッサンと対面する。

『千一夜物語』マルドリュス版第170夜〜236夜「カマラルザマーンとあらゆる月のうち最も美わしい月ブドゥール姫との物語」  夫カマラルザマーンと別れ別れになったブドゥール姫は男装し、ある国の王となる。やがてブドゥールは、庭作り師となっているカマラルザマーンを見出し、「余の身体に触れよ」と命じて、自分がブドゥールであることを教える〔*第316夜〜331夜「美しきズームルッドと『栄光』の息子アリシャールとの物語」・第943夜〜945夜「第五の警察隊長の語った物語」も類話〕。

★5.男装しているために、女に子を産ませた・女を犯そうとした、との濡れ衣を着せられる。

『黄金伝説』87「聖女テオドラ」  人妻テオドラは、悪魔のたくらみによって貞操を破ってしまい、贖罪のため家を出て男装し、修道士となる。後に彼女は、「女中に子を産ませた」との濡れ衣を着せられるが抗弁せず、子を引き取って育て、生涯を終える。

『黄金伝説』145「聖女マルガリタ」  マルガリタは、純潔を守るべく結婚式の夜に家を出て男装し、修道院長ペラギウスとなる。ペラギウスは、「修道女に子を産ませた」との濡れ衣で追放され、やがて、自分が女であることを書き残して死ぬ。

『ペンタメローネ』(バジーレ)第4日第6話  男装して王の小姓になったマルケッタに、王妃が言い寄る。マルケッタが拒否するので、王妃は「マルケッタに犯されそうになった」と王に訴える。マルケッタは死刑を宣告されるが、魔法の指輪が「この人は女だ」と告げる。王は事情を知って王妃を海に沈め、マルケッタと結婚する。

*女に子を産ませた、との濡れ衣を否定しない→〔濡れ衣〕8の『黄金伝説』79「聖女マリナ」、『奉教人の死』(芥川龍之介)。

★6.親しい男に女性であると見破られ、犯される。

『有明の別れ』巻1  左大臣家の一人娘である姫君(主人公)は、神の啓示により男装姿で育てられ右大将となっている。八月十五夜の観月宴の翌日の夕方、帝は、右大将の優美な姿を見て心が惑い、思わずそばに引き寄せる。帝は右大将が実は女であると知り、犯してしまう。右大将は思い悩み、病気と称して自邸にこもる。

『とりかへばや物語』  権大納言家の姫君は、生来きわめて活発な性格で、男装して内裏に出仕し、中納言となっている。中納言(姫君)十八歳の、残暑きびしいある日、友人の宰相中将が戯れて身体をよせ、中納言が実は女であることを知る。中納言は宰相中将の子を身ごもり、宇治に身を隠して出産する→〔処女〕4

★7.恋しい男の形見の衣を着る。

『井筒』(能)  遠い昔、紀有常の娘は、隣家に住む在原業平と幼なじみで、ともに井のもとで遊び、やがて二人は結婚した。それから長い年月がたったが、娘は死んで霊となった後も、なお業平を慕い続け、業平の形見の直衣(なほし)を着、冠をつけて舞った。彼女は井の水に自分の姿を映し、「我が姿ながら業平のごとく見えて、なつかしい」と言い、涙をおさえた。

*逆に、恋しい女の形見の服を着る→〔女装〕4の『ムーンライト・シャドウ』(吉本ばなな)。

★8.近衛士官姿の美女。

『ベルサイユのばら』(池田理代子)  一七五五年十二月二十五日、ベルサイユ近くのジャルジェ将軍の館で、六女となる女児が誕生した。男児誕生を願っていた将軍は、生まれた女児に「オスカル」という男性名をつけ、軍人として育てる。オスカルは、王妃マリー・アントワネットの寵愛を受け、近衛士官となって、准将にまで昇進する。しかしフランス革命が勃発すると、オスカルは民衆側につく。一七八九年七月十四日、バスティーユ攻撃を指揮するオスカルは、狙撃されて死んだ。満三十三歳と六ヵ月であった。

★9.姫宮を男宮として育てる。

『義経千本桜』2段目「渡海屋」  平清盛は天皇の外戚となることを望み、娘徳子を高倉天皇に入内させた。やがて姫宮が生まれたが、清盛はこれを「男宮である」と言いふらし、帝位につけ安徳天皇とした〔*安徳天皇は壇の浦で入水せず、船問屋・渡海屋銀平(実は平知盛)の一人娘お安としてかくまわれた〕→〔足〕2

*母親が、生まれた女児を「男子だ」といつわって育てる→〔性転換〕2の『変身物語』(オヴィディウス)巻9。

★10.集団の男装。

『女の議会』(アリストパネス)  邪な男が国家を動かしていることに憤るプラクサゴラと仲間の女たちは、それぞれの夫たちが寝ている間にその上衣を借用し、髭をつけ、男装して民会に乗りこむ。彼女らは、政治を女の手にゆだねることを決議して、各人の財産と配偶者を皆共有にする新政策を実施する。

 

※仇討ちのために、男装の下男となる→〔仇討ち(父の)〕6の『謝小娥伝』(唐代伝奇)。

※アマテラスの男装→〔女神〕4aの『古事記』上巻。

 

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