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【一人二役】

★1.一人二役を演じて、二重の生活をする。

『ゼロの焦点』(松本清張)  東京の広告代理店に勤める鵜原憲一は、金沢出張所主任となり、一ヵ月のうち十日を東京で、二十日を金沢で暮らす二重生活をした。鵜原は金沢では「曽根益三郎」という偽名を使い、田沼久子を内縁の妻として同棲した〔*鵜原憲一は元警官であり、彼は警官時代に知っていた元売春婦室田佐知子と、金沢で偶然出会った〕→〔過去〕5

『昼顔』(ケッセル)  外科医ピエールの妻セヴリーヌは自らの情欲を満たすために、午後二時から五時までの三時間を、売春宿の娼婦「昼顔」として過ごす。その一方で彼女は夫を深く愛しており、夜は貞淑な妻となる。しかしある日、夫の友人ユッソンが、客としてセヴリーヌの前に現れる→〔身代わり(友人の)〕1

*廷臣と冥官の二重生活をする→〔冥府往還〕1の『江談抄』第3−39。

★2a.第一の人物を抹殺して、本来存在しない第二の人物になる。

『有明けの別れ』  左大臣家には、跡継ぎの男児がなかった。左大臣は一人娘(主人公)を男装させ、さらに、その下に妹がいるかのように世間をあざむく。男装の姫君は右大将となり、妊娠中の女を見出して(*→〔隠れ身〕1)、名目上の妻(対の上)とする。妻が男児を産んだので、左大臣家には、跡継ぎの孫が授かったことになる。その後、帝が右大将を女と見破って犯したため、右大将は自邸にこもり、「病死した」と公表して本来の女姿になる。彼女は「故・右大将の妹」と称して帝の女御になり、皇太子を産む〔*やがて皇太子は帝に、女御は女院になる〕。

『一人二役』(江戸川乱歩)  道楽者のTは、自分の細君が間男をする有様を見たいと考え、変装し仮想人物となって細君に接する。やがて細君が、Tよりも仮想人物の方に深い愛情を示すようになったので、Tは遠方に旅に出て、細君に絶縁状を送る。こうしてTは自分自身を葬り、以後は仮想人物になりきって細君と同棲する→〔嘘対演技〕1

★2b.第二の人物を造るが、後に抹殺する。

『あなただけ今晩は』(ワイルダー)  パリの裏町。ネスター(演ずるのはジャック・レモン)は娼婦イルマ(シャーリー・マクレーン)のヒモであるが、変装して架空の人物・英国貴族「X卿」となり、一人二役を演ずる。イルマが「X卿」に「英国へ連れて行ってほしい」と請うので、ネスターは困り、「X卿」の衣服をセーヌ川に捨てて、「X卿」の存在を消す。そのためネスターは、「X卿」殺しの犯人として追われる。ネスターはもう一度「X卿」の扮装をして現れ、殺人事件などなかったことを警察に納得させる。

★3.一人の人間が人格の分裂を起こし、無意識のうちに二役を演ずる。

『サイコ』(ブロック)  ノーマン・ベイツは二十歳の時、母親を殺した。以後、ノーマンの心の中には「母親」が住みつき、彼は無意識のうちに「母親」と「息子」の一人二役を交互に演じるようになった。ノーマンは独身のまま四十歳になり、ある夜、経営するモーテルに若い女が宿泊した。ノーマンの心の中の「母親」が目覚め、その女を殺した。

★4.一人の人物が、姿は別人に変装し、声は自分の声で話して、その場に二人いるかのように見せかける。

『オランダ靴の秘密』(クイーン)  看護婦プライスが、手術帽・マスク・白衣を用いて男性医師に変装し、左足をひきずって手術控え室に入る。病院職員たちは、足の悪いジャニー博士が、これから富豪ドーン夫人の手術をするのだ、と思う。プライスは彼女自身の声を、死角になって見えない場所にいる職員に聞かせる。そのため、ドーン夫人のベッドの傍には、ジャニーとプライスの二人がいたと見なされる。プライスはドーン夫人を針金で絞殺したが、職員たちは「ジャニー(あるいは彼に変装した何者か)の犯行だ」と解釈する。

★5a.正義の味方は、ふだんの顔と悪者と戦う時と二つの顔を持つ。

『月光仮面』(川内康範/桑田次郎)「月光仮面現るの巻」  柳木博士が開発した新型爆弾をねらって、どくろ仮面一味が暗躍する。名探偵祝十郎と、白覆面・白装束・白マントの月光仮面が交互に登場し、どくろ仮面一味と闘う。最後に月光仮面が、どくろ仮面を追いつめて捕らえる。祝探偵事務所では、五郎八助手、しげる少年、柳木博士たちが「万歳」を叫ぶ。柳木博士の娘あや子が「ところで、月光仮面の正体は誰かしら?」と言い、祝十郎が「ははは。誰だろうね」と笑う。

『スーパーマン』(ドナー)  スーパーマン(演ずるのはクリストファー・リーヴ)はデイリー・プラネット社に入社し、新聞記者クラーク・ケントとして普段は生活している。彼はクラーク・ケントの時は黒ぶちの眼鏡をかけ、スーパーマンに変身する時には眼鏡をはずす。そのため先輩記者のロイス・レーンは、ダメ男のクラーク・ケントとデートする一方で、強くたくましいスーパーマンに命を救われたりもするのだが、両者が同一人物だとは気づかない。

★5b.正義の味方が一人二役をしているように見えるが、実はそうではなかった。

『キャプテンKEN』(手塚治虫)  大勢の地球人が火星に移住して、モロ族と呼ばれる火星人たちと対立する。火星に住むマモル少年の家に、地球から水上ケンという少女がやって来る。同じ頃、キャプテンKENと名乗る少年が現れ、モロ族に襲われたマモル少年を救う。水上ケンとキャプテンKENはそっくりな顔をしているので、二人は同一人物ではないか(*→〔一人二役〕8)、と人々は疑う。実は二人は母子だった→〔時間旅行〕3a

★6a.犯人と警察官とが同一人物。

『毒もみのすきな署長さん』(宮沢賢治)  山椒の皮と木灰を混ぜて袋に入れ、川中でもみ出すと、毒が出て魚が死ぬ。この毒もみ漁法は違法なので、取り締まるために町の警察へ新任署長が来る。しかしまもなく、「署長自身が毒もみをしている」との噂が広がり、町長たちが詰問すると、署長はあっさり罪を認める。署長は処刑される時、「おれは毒もみが大好きだった。今度は地獄で毒もみをするかな」と言う。

『813』(ルブラン)  ルノルマンは長年植民地の検察官を勤め、人間嫌いで一人暮らしをしていた。五十代半ば以降、彼は能力を認められ、出世してパリの警視庁保安課長となった。総理大臣がルノルマンに怪盗ルパンの逮捕を命じ、ルノルマンの指揮の下、大勢の警官が、「セルニーヌ公爵」と名乗るルパンをつかまえる。しかしその時、皆は、ルパンとルノルマンが同一人物だったことを知る〔*「813」の意味については→〔暗号〕2の『813(続)』〕。

★6b.犯人と探偵とが同一人物。

『怪人二十面相』(江戸川乱歩)「美術城」〜「悪魔の知恵」  怪人二十面相が、伊豆の日下部老人の所持する雪舟・探幽などの名画をいただく、と予告する。日下部老人は、「田舎の警察では、二十面相にかなうまい。名探偵明智小五郎に警備を依頼しよう」と考える。二十面相はそれを見こして明智に変装し、伊豆を訪れる。日下部老人は、二十面相を明智と思いこんで屋敷内に入れ、名画をすべて奪われる。

*犯罪を裁く人とその犯人とが同一人物→〔犯人さがし〕5aの『オイディプス王』(ソポクレス)、→〔犯人さがし〕5bの『こわれがめ』(クライスト)。

*犯人と被害者が同一人物→〔自傷行為〕2の『グリーン家殺人事件』(ヴァン・ダイン)など、→〔自傷行為〕3の『銭形平次捕物控』(野村胡堂)「小唄お政」。

★7.善人・悪人の二役をする。

『ジキル博士とハイド氏』(スティーブンソン)  醜い小男ハイドは悪の権化で、路上で出会った少女を踏みつけたり、老紳士を殴り殺したりする。高名なジキル博士がハイドを保護するので、弁護士アタスンは「ジキルは、何か弱みをハイドに握られているのだろう」と推理する。実はジキルとハイドは同一人物であり、善悪の二重性格に苦しむジキルが、薬を用いて自分の中の悪を分離独立させ、ハイドに変身したのだった。

『月見座頭』(狂言)  名月の夜。野辺で虫の音を楽しむ盲目の座頭と、通りかかりの男が意気投合して、仲良く酒を飲んで別れる。その時、男はいたずら心から、戻って来て座頭を突きとばす。座頭はそれが同じ男とはわからず、「世の中には先程のような良い人もあれば、今のような悪い奴もある」と、ため息をつく。

*→〔物乞い〕7の『幻想』(ルヴェル)も、これに似た物語である。

*身体が善半身と悪半身に分かれる→〔半身〕1の『まっぷたつの子爵』(カルヴィーノ)。

★8.作者が「一人二役」の設定で物語を始めるが、途中から構想を変えて、「瓜二つの二人」とする。

『鉄腕アトム』(手塚治虫)「ZZZ総統の巻」  手塚治虫は、最初は「悪役のZZZ総統と、正義のリヨン大統領は、実は同一人物」という設定で雑誌連載を始めた。しかしそれではつまらないと思って、「双子」に変更した(*→〔双子〕3b)。『キャプテンKEN』の時も、キャプテンKENと水上ケンは一人二役のつもりで描いたが、読者がそれを見破り、「同じ人物だ」という投書がドッと来たので、シャクにさわり、二人は別人、というふうにスジを変えてしまった。

 

※一人の男が妻に対して、夫と誘惑者の二役を演ずる→〔妻〕7aの『今古奇観』第20話「荘子休鼓盆成大道」など。

※瓜二つの二人と思わせて、実は一人二役→〔瓜二つ〕4の『七賢人物語』「妃の語る第七の物語」。

 

 

【皮膚】

★1.皮膚の色の違い。

『なぜ神々は人間を作ったのか』(シッパー)第5章「アフリカの黒人と白人」  アダムとエバ(イヴ)は美しい黒人であり、美しい園に住んでいた。彼らには二人の子供、カインとアベルがいた。ある日、カインはアベルを殺して、身を隠した。神は、「カイン! 私に見えないと思っているのか!」と怒った。神の前に出て来たカインは、恐怖のあまり身体中が真っ白になった。それが最初の白人だ(シエラレオネ、ピジン族)。

『人の始まり』(日本の昔話)  火の神さんが泥の人形を作り(*→〔土〕1)、お天道さんが昇る時に息を吹き込んだ。朝から十時頃まで干したら、黒人ができた。昼から三時頃まで干したのは、黄色人種になった。晩方に干したのは白人になった(鹿児島県吉野町)。

★2.白色人種の美しさ。

『三四郎』(夏目漱石)  東京へ向かう汽車が浜松に止まった時(*→〔空間〕3)、窓の外に四〜五人の西洋人が見えた。一組は夫婦らしく、女は真っ白な着物でたいへん美しい。三四郎は、一生懸命に見惚(と)れていた。広田先生が「どうも西洋人は美しいですね」と言った。「お互いは憐れだなあ。こんな顔をして、こんなに弱っていては、いくら日露戦争に勝って、一等国になっても駄目ですね」。

*黄色人種のみすぼらしさを実感する→〔鏡に映る自己〕4の『倫敦消息』(夏目漱石)。

*西洋女性の肌の白さを、月光を浴びた白狐に見立てる→〔温泉〕9の『白狐の湯』(谷崎潤一郎)。

★3.黒い皮膚の父親からは、黒い皮膚の子供が生まれる。

『黄色い顔』(ドイル)  エフィの夫はアフリカ人の血を引いており、二人の間に生まれた娘は皮膚が黒色だった。やがて夫が病死し、エフィは白人男性グラントと知り合って再婚するが、黒人の娘がいることを打ち明けられず、娘に黄色い仮面をかぶせ、近所の家に隠す。グラントは遠方から異形の人物を見て驚愕し、ホームズに調査を依頼する。

*白人の容貌を隠す黄金の仮面→〔仮面〕5の『黄金仮面』(江戸川乱歩)。

『タイタス・アンドロニカス』(シェイクスピア)第4幕〜第5幕  ゴート族の女王タモーラは、ローマ帝サターナイナスの皇后になるが、彼女には秘密の愛人・ムーア人のアローンがいた。やがて皇后タモーラが産んだ王子は、黒い身体を持っていた。アローンは生き埋めの刑になった〔*皇后タモーラは、将軍タイタスに殺された〕。

『聊斎志異』巻11−431「黒鬼」  膠州(山東省)の総鎮が、黒奴を買った。これに娼妓をめあわせると子供ができたが、皮膚の色が白かった。黒奴は「私の種ではない」と思って、子供を殺した。ところが、その骨を調べてみたら黒かったので、黒奴は後悔した。

★4.皮膚病。

『皮膚と心』(太宰治)  新婚の妻である二十八歳の「私」は、左の乳房の下に、小豆粒状の吹出物を見つけた。お風呂へ行ってタオルでこすったら、たちまち広がって、翌朝には頸も胸もおなかも、身体中、トマトがつぶれたようになった。「私」は死んでしまいたい。優しい夫は「私」を、有名な皮膚科の病院へ自動車で連れて行く。お医者は「すぐ治ります。注射しましょう」と言った。注射してもらって「私」たちが病院を出た時、もう手の吹出物は治っていた。

『マルコによる福音書』第1章  重い皮膚病を患う人が、イエスの所へ来てひざまづき、「御(み)心ならば、わたしを清くすることがおできになります」と、病気の治癒を願った。イエスは深く憐れみ、手を差し伸べてその人にふれ、「よろしい。清くなれ」と言う。たちまち皮膚病は去り、その人は清くなった〔*『マタイ』第8章・『ルカ』第5章に類話〕。

 

※皮膚をはいだと思ったら、衣服を脱がせただけだった→〔宇宙人〕1の『ねらわれた星』(星新一)。

 

 

【秘密の子】

 *関連項目→〔出生〕 

★1.妻が、夫以外の男との間にもうけた子供。

『有明けの別れ』巻1  左大将が継娘を犯して、身ごもらせる。男装の右大将(主人公)が彼女に同情し、名目上の妻(対の上)とする。生まれた男児は、右大将の子として育つ。後、対の上は左大将の息子とも関係を持って、女児を産む。この女児も、右大将の子として育つ。

『苔の衣』  三条帝の息子東宮に苔衣の大将の姫君が嫁し、女御となる。しかし、やがて誕生した若宮の真の父は、東宮の弟兵部卿宮だった。

『古事談』巻2−55  待賢門院璋子は鳥羽帝の女御として入内したが、白河院が彼女と密通し、祟徳院が生まれた。鳥羽帝はこのことを知っていて、祟徳院を「叔父子」と呼んだ。

『夜の寝覚』(中間欠巻部分)  太政大臣家の中の君(女主人公。寝覚の上)は、大納言(男主人公。後に関白)の子を身ごもったまま、左大将と結婚する。左大将はそれを知りながらも何も言わず、妻(寝覚の上)をいたわり愛する。生まれた男児まさこ君を、左大将は我が子として育てる。

★2.夫が愛人に産ませた子を、妻が自分の子として育てる。

『婦系図』(泉鏡花)後篇「思ひやり」〜「お取膳」  早瀬主税は、恩師酒井俊蔵から叱責されて、愛人の芸者お蔦と別れる。酒井の一人娘妙子が、病臥するお蔦とその世話をする芸者小芳を見舞う。妙子がお蔦を励まして帰った後、小芳は「あの娘を育てたのは酒井先生の奥様だが、産んだのは私だ」と言って、お蔦とともに泣く。

『陽のあたる坂道』(石坂洋次郎)  会社社長田代玉吉は妻みどりとの間に、雄吉・くみ子の二子をもうけたが、その一方で芸者トミ子とも関係を持ち、信次が生まれる。みどりは信次を自分の子として引き取り、育てる。成長後、出生の秘密を悟った信次は、わざと粗野なふるまいをするなどして周囲を驚かせる。くみ子の家庭教師として雇われた女子大生たか子が、信次の言動にとまどいつつ、やがて彼への愛を自覚する。

*夫が小間使に産ませた子→〔出生〕2eの『彼岸過迄』(夏目漱石)。

★3.実の父母とは異なる夫婦の子とされる。

『古事談』巻2−27  在原業平が勅使となって伊勢に下った時、斎宮と密通して男児が生まれた。秘密にせねばならないことなので、摂津守高階茂範の子として、「師尚」と名づけた。

『狭衣物語』巻2  狭衣は、女二の宮(嵯峨帝の娘)をかいま見て関係を結び、彼女は懐妊する。女二の宮の母(嵯峨帝の后)は、娘の妊娠を知って驚き、これを隠さねばならないと考える。やがて娘が産んだ男児を、母は「自分が産んだ」と公表する(*→〔高齢出産〕2)。狭衣と女二宮の間に生まれた男児が、嵯峨帝と后(=女二の宮の母)の間の子、とされたのである。

 

 

【秘密を語る】

★1.口論のあげく、秘密にしておくべきことをしゃべってしまう。

『ジャータカ』第284話  木にとまった二羽の雄鶏が喧嘩をし、「お前にどのような力があるのだ」とののしりあう。下の鶏が「自分の肉を食べた者には大金が授かる」と言うと、上の鶏が「自分の肉の各部位を食べた者は、王、将軍、理財官などになる」と言う。木の下に寝ていた男がこれを聞き、上の鶏を殺して食べようとする。

『ジャータカ』第285話  世尊ゴータマの修行僧団の評判を落とそうとたくらむ外道らが、暴漢たちに依頼して、女性修行者スンダリーを殺させ、その罪を世尊の弟子たちになすりつけた。暴漢たちは外道にもらった礼金で酒を飲み、喧嘩を始める。一人が「お前がスンダリーを殺し死体を捨てた」と言い、彼らの犯行が露見する。

『伴大納言絵詞』  ある夜、右兵衛府の舎人が、大納言伴善男(とものよしお)の応天門放火の現場を目撃する。たいへんなことなので、舎人はこのことを誰にも言わなかった。後に舎人の子が伴大納言家の出納の子と喧嘩し、親どうしの口論になった。舎人は出納に、「お前の主の大納言など、わしが口をあけてしゃべれば、人並みにしてはおれまい」と言う。そこから伴大納言の応天門放火が明るみに出て、伴大納言は流罪となった〔*『宇治拾遺物語』巻10−1に同話〕。

*夫が小間使に産ませた子→〔出生〕2eの『彼岸過迄』(夏目漱石)。

*クリエムヒルトがグンテル王の恥となる秘密を暴露し、グンテル王の妃プリュンヒルトに教える→〔夫〕4の『ニーベルンゲンの歌』第14歌章。

★2.主人から叱責されたことを恨み、秘密を口外する。

『うつほ物語』「国譲」下  祐澄宰相中将、近澄蔵人少将たちが、女二の宮を盗み出そうと画策する。女二の宮の乳母越後が計画に加担するが、彼女がささいなことから下衆男を叱りつけたため、腹を立てた男が人々の前で女二の宮奪取の企てをしゃべる。

『三国志演義』第23回  国舅董承と医師吉平が、横暴のふるまい募る曹操を毒殺しようと計画を練る。吉平が帰った後、董承は、妾が下僕と物陰で語らいあっているのを見、怒って二人を棒で打ち、下僕を空き部屋に閉じこめる。下僕は逃げ出し、曹操に暗殺計画を知らせる。

『諸艶大鑑』(井原西鶴)巻5−1「恋路の内証疵」  難波木村屋の太夫越前は、十一歳になる禿(かぶろ)の少女を手引きとして、間夫に逢っていた。親方が禿を拷問しても、禿は太夫から「頼む」といわれた一言を忘れず、けっして口を割らない。後に、ささいなことから越前は、人前で禿を焼けた煙管で打った。禿はそれを恨んで、親方に密事を話した。

『飛烟伝』(唐代伝奇)  武公業の愛妾飛烟は、隣家の趙氏の息子象と見そめあい、裏庭で逢引を重ねる。一年ほど後、飛烟は女中の小さな過ちをとがめ、何度も仕置きをする。女中はそれを根に持ち、飛烟と象との情事を公業に告げ口する。

『武道伝来記』(井原西鶴)巻4−2「誰か捨子の仕合せ」  矢切団平は朋輩を後ろから斬り、その手柄を横取りした。その後、彼は若党の九市郎を「仕事ぶりが悪い」といって叱り、長屋に押しこめて打ち首を宣告する。九市郎は怨んで、主人の悪事を恋人の腰元に語る。

 

 

【百】

 *関連項目→〔九十九〕〔百夜(ももよ)通い〕

★1.百年の眠り。

『眠れる森の美女』(ペロー)  王女が紡錘で手を刺して百年間眠る。百年たって王子が訪れ、ちょうど魔法のとける時が来ていたので、王女は目覚め、王子を見つめて「あなたでしたの。ずいぶんお待ちしましたわ」と言う〔*『いばら姫』(グリム)KHM50には、この言葉はない〕。

★2.百年の死。

『コーラン』「牝牛」261  アッラーが一人の男を百年間死なせた後に、また生き返らせて、「どのくらい時間がたったか?」と訊(たず)ねる。男は「ほんの一日か、半日ほど」と答える。アッラーは「いや、百年もたっているのだぞ」と教える。「お前の食べ物も飲み物も全然腐ってはいない。だが、お前の驢馬を見よ。すっかり白骨になっておる」。そして全能のアッラーは、驢馬を起こして白骨に肉をかぶせた。

★3.お百度参り。祈願成就のために、社寺の境内の一定距離を百回往復する。

『江戸生艶気樺焼(えどうまれうわきのかばやき)(山東京伝)  仇気屋の艶二郎は色男の評判を立てたいために、自分から父親に願って勘当してもらう。そして芸者七〜八人を雇い、「艶二郎さんの勘当が許されますように」と、浅草の観音にお百度参りをさせる。芸者たちは、「十度参りくらいでいいのさ」などと話し合う。

『夢十夜』(夏目漱石)第9夜  明治維新の前後のこと。侍である父が、ある夜、出かけたまま帰らない。若い母が三歳の子供を背負い、父の無事を祈って弓矢の神の八幡宮へ毎夜通い、お百度を踏む。しかし、その時すでに、父は浪士によって殺されていた。こんな悲しい話を、夢の中で母から聞いた。  

★4.百日参り。

『古本説話集』下−66  比叡山の貧僧が鞍馬寺に百日参り、「清水へ行け」との夢告を得る。清水寺に百日参ると、「賀茂に行け」との夢告がある。僧は賀茂神社へ百日参り、ようやく「御幣紙と打撒(うちまき)の米を取らせよう」との夢告を得る。「打撒の米など、もらってもしかたがない」と僧は思うが、それは、いくら取っても減らぬ米だった〔*『宇治拾遺物語』巻6−6に類話〕→〔箱の中身〕1

『諸艶大鑑』(井原西鶴)巻7−4「反故尋て思ひの中宿」  遊女井筒は、自分を捨てて身を隠した男を恨み、谷中の七面(ななおもて)明神に百日参りをする。彼女は百本の針で毎日指の血をしぼり、道の芝草を赤く染めて祈った。井筒と男はいったん縒りを戻すが、男はまた逃げ出し、やがて井筒の生霊に取り殺された。

枡伏せ長者の伝説  貧しい男が「金持ちになりたい」と願い、七キロ離れた湯山横谷の毘沙門天に百日参りをする。帰りには境内の小竹を一本ずつ持ち帰り、庭に植えて満願の日を待つ。九十九日目の夜、毘沙門天が「願いを叶えよう。ただし小竹はすべて返せ」と夢告するので、男は小竹を返して詫びる。その後まもなく男は大金持ちになる(愛媛県松山市)→〔長者没落〕1

*百日詣でをして子を授かる→〔申し子〕1の『太平記』巻3「主上御夢の事」。

★5.百人の子供。

『封神演義』第10回  易の卦によれば、西伯姫昌(周の文王)には百人の子があるはずのところ、百人目がなかなか生まれない。西伯が殷都朝歌へ赴く途次、将星出現を告げる雷雨があり、古墓の傍らで泣く赤子が見つかる。「これこそ将星である」と西伯は考え、赤子を第百子として認知する。

*妃ガンダーリーは大きな肉塊を産み、そこからドゥルヨーダナ以下、百人の息子が生まれた。 →〔出産〕6の『マハーバーラタ』第1巻「序章の巻」。

*シャム王には百六人の子供がいて、さらにあと五人誕生予定だった→〔一夫多妻〕2の『王様と私』(ラング)。

★6.百枚の原稿用紙。

『十六歳の日記』(川端康成)5月5日  十六歳の「私」は、七十五歳の祖父を看病しつつ、原稿紙を百枚用意して日記を書く。日記が百枚になるまでに祖父が死にはしないかと不安を覚え、また、日記が百枚になれば祖父は助かる、という気持ちもする〔*三十枚ほど書いたところで祖父の病状は悪化し、五月二十四日に祖父は死んだ〕。

★7.完全数としての百。

『巨人の星』(梶原一騎/川崎のぼる)「あやうし! 大リーグボール」  中日ドラゴンズの打撃コーチとなった星一徹が、亡妻の遺影に語りかける(家の外に飛雄馬がたたずんでおり、一徹はそれに気づいている)。「かあさんよ。飛雄馬の背番号16に、わしの背番号84を足せば百。すなわち完全じゃ。その足し算とは、父と子、男と男の、血で血を洗う死闘じゃよ。16が百になりたくば、84を呑みこむ足し算。恐ろしい戦い抜きでは果たせぬと知れ」。 

★8.百プラス一。

『綾の鼓』(三島由紀夫)  貴婦人華子に失恋して自殺した岩吉が(*→〔太鼓〕2)、亡霊となって現れ、華子の前で綾の鼓を打つ。生前は鳴らすことができなかった鼓が、ほがらかに鳴る。しかし華子は「きこえませんわ」と言う。亡霊は「一つ、二つ、・・・・・・」と数えながら鼓を打つが、華子は「まだきこえない」と首を振る。亡霊は鼓を百まで打ち、「さようなら」と言って消える。華子は「あと一つ打てば、あたくしにもきこえたのに」と言う。

 

※百日の日照りに百人の舞い→〔雨乞い〕2の『義経記』巻6「静若宮八幡宮へ参詣の事」。

※百日待てるか、待てないか→〔待つべき期間〕2aの『仮名手本忠臣蔵』10段目「天河屋」など、→〔待つべき期間〕2bの『長谷雄草子』(御伽草子)。

※百年待つ→〔待つべき期間〕5の『夢十夜』(夏目漱石)第1夜。

※百の谷があると、龍や大蛇が住む→〔九十九〕4の九十九谷の伝説。

※百本の刀を一晩で作る→〔鶏〕2の刀鍛冶海部氏吉と山のおんばの伝説。

※百の目を持つ怪物アルゴス→〔眠る怪物〕1の『変身物語』(オヴィディウス)巻1。

※百人の女の唇紋を収集して、「百唇譜」を作る→〔唇〕2aの『百唇の譜』(野村胡堂)、→〔唇〕2bの『悪魔の百唇譜』(横溝正史)。

 

 

【百物語】

★1.何人かが集まって怪談を語り合う。最後の百話目に到れば、幽霊や妖怪が出現するなどの怪異が起こるという。

『稲生物怪録(いのうもののけろく)  寛延二年(1749)五月二十六日の夜、備後国に住む十六歳の稲生平太郎は、隣家の相撲取り権八と一緒に比熊山の頂上・千畳敷へ登り、二人で百物語をした〔*五月雨の夜に平太郎の家で百物語をした、とする伝本もある〕。その後しばらくは何事もなかったが、七月一日の夜より、さまざまな妖怪が平太郎の家を襲い、晦日まで続いた。最後の夜には「山本(「さんもと」あるいは「やまんもと」)五郎左衛門」と名乗る魔王が現れ、平太郎の胆力をほめて去って行った。 

『諸艶大鑑』(井原西鶴)巻2−5「百物語に恨が出る」  夜、女郎たちが百物語をして、人喰い婆や産女など百以上の怪談を語り合うが、何事も起こらなかった。しかし話題が、騙して捨てた男たちのことになった時、彼らの霊が現れて、女郎たちに恨み言を述べた。一人の女郎が「皆さん、揚屋の勘定の残りはどうしてくれます」と言うと、霊は消え失せた。

『百物語』(岡本綺堂)  上州の某大名の城内でのこと。雨の夜、若侍たちが百物語に興じていた時、奥勤めの島川という美女が、白装束で首を吊った。ところが当の島川は病臥中ではあったが生きており、そのうち白装束の死体は消えてしまったので、「妖怪のしわざだろう」ということになった。それから二ヵ月後、島川は自室で縊死した。あるいは彼女は、百物語の頃にはすでに縊死の覚悟をしていて、そのため生霊が現れたのかもしれなかった。

『百物語』(森鴎外)  豪商の飾磨屋が百物語の会を催し、二十人以上の客が集まる。「僕」も誘われて出かけ、三十歳ほどの飾磨屋を見て、彼も「僕」同様に傍観者であることを知る。雇われた噺家の怪談が始まる前に「僕」は帰ったが、飾磨屋も怪談の途中で芸者を連れて二階へ上がり、寝てしまった〔*飾磨屋も「僕」も怪談を最後まで聞かず、結果的に怪異を避けたことになる〕。

『武道伝来記』(井原西鶴)巻5−4「火燵もありく四足の庭」  大雪の積もった冬の夜、武士たちが百物語をする。話が進むにつれ、次第に皆緊張し顔色も変わる。最後の百話目になった時、縁側で不気味な音がするので恐る恐る見ると、炬燵の櫓が庭を走って行った→〔見間違い〕2

*→『百物語』(杉浦日向子)

★2a.百物語がだんだん進み、最後の百話目に近づくと、化け物の方でも「そろそろ出ようか」と準備をする。

『さとすずめ』「百物語」  夜、五〜六人が一室に寄り合って、百物語をする。九十九話まで終わり、あと一話になる。百話目の番の男に、皆が「もう夜が明ける。早く語れ」と、せかす。男は困って、表へ小便に行く。外では、化け物が待ちくたびれて大あくびをしていた。

★2b.百物語が終わりに近づくと、皆こわがって帰ってしまう。

『諸国百物語』第100話  米屋の十六歳の総領息子が、親の留守の夜に、近所の子供七〜八人を集めて百物語をする。話が四〜五十ほどにもなると、子供たちは一人ずつ帰り、話が八〜九十になる頃には、こわがって皆帰ってしまった。総領息子は一人で百まで語り終え、庭で女の幽霊に出会う。幽霊は「柿の木の下に百両埋めてある。それで千部経供養をしてほしい」と請う。供養をしてやった後、米屋はしだいに富貴になった。

★3.中世・近世の西欧の百物語。百は完璧数と見なされた。

『エプタメロン』(ナヴァール)  温泉地での保養の帰途、洪水で足止めされるなどした貴族や貴婦人、男女五人ずつが、十日間、毎日午後に牧場の木陰に集まって、一人一日一話、本当にあった話だけを語り合う。十日たてば百の物語ができるはずだった〔*ただし、第8日第3話の前置きまでで中断されており、未完である〕。

『サン・ヌーヴェル・ヌーヴェル』  十五世紀ブルゴーニュのフィリップ善良公殿下と廷臣三十数人が、艶笑譚など百編の物語を語り合った。それらは筆録され、書物の形になって、殿下に献上された。

『神曲』(ダンテ)  ダンテは、古代ローマの詩人ヴェルギリウスに導かれて地獄・煉獄を訪れ、永遠の恋人ベアトリーチェに導かれて天国に昇る。『神曲』は、「地獄篇」全三十四歌、「煉獄篇」全三十三歌、「天国篇」全三十三歌、合わせて百の物語から成っている。

『デカメロン』(ボッカチオ)  フィレンツェにペストが流行し、人々は町を捨てて避難する。郊外の別荘にこもった七人の若い貴婦人と三人の青年紳士が、一人一日一話、十日間に渡って合計百話の物語を語り合う。

 

※百物語を録音する→〔録音〕1の『現代民話考』(松谷みよ子)12「写真の怪 文明開化」第2章の8。

 

 

【百鬼夜行】

★1.百鬼夜行に出会う。

『宇治拾遺物語』巻12−24  風雨の夜、一条の桟敷屋に男が傾城と臥していると、軒と等しい高さの馬頭の鬼が「諸行無常」と詠じて通った。「これが百鬼夜行というものであろうか」と男は恐れ、一条の桟敷屋には二度と泊まらなかった。

『大鏡』「師輔伝」  九条殿師輔公が夜更けに宮中から退出して大宮通りを南へ下る時、あははの辻で百鬼夜行に出会った。師輔公はただちに牛車を停めさせ、轅(ながえ)をおろし簾(すだれ)を下げる。彼は笏(しゃく)を両手に持ってうつ伏し、尊勝陀羅尼を読誦する。一時間ほどして、ようやく師輔公は牛車を出発させる。随身や前駆たちには何も見えなかったので、彼らは師輔公のふるまいを訝(いぶか)った。

『古本説話集』下−51  西三條殿の若君常行が、夜、女のもとへ通う途中、美福門の前で百鬼夜行に出会った。捕らえられそうになったが、尊勝陀羅尼の護符を身につけていたので、無事だった〔*『今昔物語集』巻14−42に類話〕。

*夜、多くの鬼たちが、橋を渡って来るのに出会う→〔唾〕1cの『今昔物語集』巻16−32。

*夜、百人ほどの鬼たちが、古寺の堂に集まる→〔空間移動〕1aの『宇治拾遺物語』巻1−17。

*夜、百人ほどの鬼たちが、山に集まって酒宴をする→〔踊り〕2の『宇治拾遺物語』巻1−3。

★2.悪事を思う人の後ろに、数十匹の鬼がついて行く。

『剪燈新話』巻1「三山福地志」  暁方、軒轅翁が庵で読経していると、一人の男が歩いて行く後ろに、ざんばら髪で裸んぼの鬼が数十匹、刀剣や槌や鑿をたずさえてついて行くのが見えた。しばらくして男は戻って来たが、今度は、金の冠をつけた福の神が百人余り、旗や幟(のぼり)を持ってつき従っている。首をかしげる軒轅翁に、男は「人を殺そうと、刀を懐にして出かけたが、そいつにも老母や妻子がいることを思い、とりやめて帰って来たのです」と言った。

*僧の後ろに、無数の餓鬼や畜生がついて来る→〔底なし〕4の『宇治拾遺物語』巻2−1。 

★3.さまざまな異形のものたちが、夜の歩道を行き交う。

『第三半球物語』(稲垣足穂)「夜店を出そうとした話」  夜店を出そうと、アセチレーンランプに火をつけるが、何遍やってもすぐ消えてしまう。連れの男が、「そろそろ変な奴らがはびこってきやした。こんな晩には、早く切り上げるのが利口ですよ」と言う。見ると、ペーヴメントの上を、尻尾をつけたレディーや紳士、犬の首のサムライ、鳥の頭をした公卿など、わけのわからぬ連中が充ちあふれて、音もなく行き交うていた。

 

 

【憑依】

 *関連項目→〔神がかり〕〔狐つき〕〔もののけ〕

★1.生者・死者の霊魂が他者にとりついて、様々な行動をする。

『屍鬼二十五話』(ソーマデーヴァ)第23話  老苦行者がヨーガの力を用いて、十六歳で病死したバラモンの身体に乗り移ろうと考える。老苦行者は、「長年のあいだ自分とともに歳をとり、自分に神通力を成就させてくれたこの身体を、今や捨てるのだ」と思い悩んで泣き、一方で、「自分は青年の身体を得て、これまで以上のことを成就するのだ」と歓喜して踊った。青年となった苦行者は、自分のもとの身体を深淵に投げこんで、立ち去った。

『椿説弓張月』続篇巻之4第40回  琉球国王の娘寧王女(ねいわんにょ)が悪少年たちに追われ、殺されそうになった時、鬼火が飛んで来て彼女の口に入った。たちまち寧王女は荒武者に変身し、剣をふるって、「私は鎮西八郎為朝の妻白縫(*→〔船〕8)の亡魂だ」と名乗る。「しばらくこの身体を借りて、琉球国の乱れを鎮めようと思う」と言って、寧王女(=白縫)は悪少年たちを切り伏せ、追い払った〔*・拾遺巻之1第46回で、彼女は為朝と再会してふたたび夫婦になり、「白縫王女(しらぬいわんにょ)」と呼ばれた〕。

*霊魂が、他者の身体から魂を追い出してしまい、完全に乗っ取る→〔乗っ取り〕2a・2bの『心学早染草(しんがくはやそめくさ)』(山東京伝)など。

★2.生者・死者の霊魂が、重要な情報を告げるために、人に憑依する。

『死霊』(小泉八雲『骨董』)  越前国の代官野本弥治右衛門が死去した時、下役たちが、遺族から金品をだましとろうとして、弥治右衛門が生前横領をしたかのような報告書を作った。すると弥治右衛門の死霊が野本家の女中に憑依し、下役たちの悪事を告発した。女中の声も態度も筆跡も、弥治右衛門そのままであった。

『日本霊異記』下−36  病気の藤原家依に、亡父永手の霊が乗り移った。霊は、「西大寺の塔を縮小するなどの罪で、閻羅王宮で火の柱を抱かされたり釘を手に打たれたりの苦を受けたが、僧の咒願の煙が冥府に到ったため、許された」と語った。

『日本霊異記』下−39  善珠禅師の臨終時、彼の霊魂が卜者に乗り移り、「私は必ず、桓武天皇の夫人丹治比嬢女(たぢひのをみな)の胎に王子として生まれるだろう」と言った。その言葉どおり、翌年、王子(大徳親王)が誕生した(*→〔ほくろ〕2a)。しかし大徳親王は三年程在世して死去した。その折、大徳親王の霊魂が卜者に乗り移り、「私は善珠である。しばらくの間、国王の子として生まれたのだ」と言った。

★3.AがBを殺す。殺されたBの霊魂が、Aにとりついて復讐する。

『閲微草堂筆記』「ラン陽消夏録」22「餅売りの魂」  盗みの嫌疑で常明(じょうめい)という男を訊問中、突然彼は少年の声になって、「この男は盗みはしません。しかし殺人者です。私は二格(にかく)という十四歳の餅売りで、この男に殺されました」と言い出す。取調官が「常明」と呼べば、夢から覚めたように常明の声で話し、「二格」と呼べば、昏睡状態になって二格の声で話す。常明と二格が何度も入れ替わって証言した後、常明は殺人を自供した。

『三国志演義』第77回  呉の孫権に仕える名将呂蒙が、計略を用いて関羽を捕らえ、斬刑に処した。孫権は勝利の祝宴を開き、呂蒙を讃えて酒をつぐ。突然呂蒙は杯を捨て、孫権の胸ぐらをつかんで罵倒し、「わしは関羽だ」と名乗る。孫権はひれ伏し、呂蒙は七穴から血を流して死んだ。

★4.婚約者を残して死んだ女が、婚約者の妻となるべき娘に憑依する。

『剪燈新話』巻1「金鳳釵記」  興哥と興娘は、子供の頃からの許婚(いいなづけ)だったが、興哥は遠方へ赴任する父とともに旅立ち、十五年間も音信不通だった。興娘は興哥を待ち焦がれて死に、それから二ヵ月ほどして、ようやく興哥が訪ねて来た。興娘の霊は妹慶娘に憑依して、「私の身代わりに、妹慶娘を興哥さまに嫁がせて下さい」と父母に訴える。身体は慶娘だが、言葉と動作は興娘に間違いないので、父母はこれを許し、興哥と慶娘は結婚した〔*『伽婢子』巻2−2「真紅撃帯」は、この物語の翻案〕。

『南総里見八犬伝』第7輯巻之4第68回  甲斐国を旅する犬塚信乃は、村長四六城木工作(よろぎむくさく)宅に滞在する。ある夜、信乃の婚約者だった亡き浜路の霊が、木工作の養女浜路に乗り移り、信乃の寝所を訪れて「この娘を我と思って縁を結べ」と告げる〔*養女浜路は里見義成の娘で、後に信乃の妻となる〕。

★5.悪魔・悪霊がとりつく。

『エクソシスト』(ブラッティ)  二十世紀のアメリカ。ワシントンに住む十二歳の少女リーガンに、悪霊がとりつく。部屋のベッドが揺れ、リーガンの顔は醜く変わり、太い声で卑猥な言葉を喚く。「リーガンが死ぬまで出て行かない」と、悪霊は宣言する。悪魔払いをするメリン老神父は、悪霊との闘いに力尽きて死んだ。カラス神父が、悪霊を挑発して自分の身体に移し入れ、二階の窓から街路へ身を投げる。彼の犠牲死によって、悪霊はリーガンから離れた。

*悪魔に憑依された男が、自殺して娘を救う→〔悪魔〕5の『エンド・オブ・デイズ』(ハイアムズ)。

『尼僧ヨアンナ』(イヴァシュキェヴィッチ)  十七世紀のポーランド。尼僧ヨアンナに九匹の悪魔が憑依する。スーリン神父が五匹を追い出すが、あと四匹がヨアンナの身体に残る。スーリン神父はヨアンナを救うため、自らの身体に四匹の悪魔を呼び入れる。悪魔が再びヨアンナの身体に戻らないように、スーリン神父は自分自身を永遠に悪魔に捧げることを誓う。悪魔の命ずるまま、スーリン神父は斧を取って、旅の供をする二人の少年を殺す。

*人に憑依した悪霊が、追われて豚の中に入る→〔豚〕4bの『マタイによる福音書』第8章。

★6a.「だり仏」「ひだる神」が人にとりついて、食物を要求する。

倦怠仏(だりぼとけ)の伝説  設楽町から東栄町へ越える峠の道ばたに、昔餓死した岩茸取りを祀ったという祠がある。これを「だり仏」とか「だり神」「ひだる神」などと呼ぶ。人がこの峠にさしかかると、にわかに空腹を感じて動けなくなる。それは「だり仏」にとりつかれたためだから、祠に何か食物を供えれば、また歩けるようになる(愛知県北設楽郡設楽町)。

ひだる神(水木しげる『図説日本妖怪大全』)  山中で急に腹がへり、歩けなくなるのは、ひだる神に憑かれたのである。そういう時には、弁当の残りを一口食べればよい。弁当がない場合は、掌に「米」という字を書いて、それを三回なめると元気になる。

★6b.餓鬼が人にとりついて、水を要求する。 

『古今著聞集』巻17「変化」第27・通巻596話  背丈一尺七〜八寸ほどで一本足の餓鬼が、五の宮の御室(覚性法親王)の前に現れる。餓鬼は「私は水に飢えているが、自分では飲めないので、人にとりつく。とりつかれた人が水を飲むことによって、私は渇きを癒やすことができる」と、自分の境涯を説明する〔*御室は餓鬼を憐れみ、「自分で飲めるようにしてやろう」と言って、盥(たらい)に水を入れて与えると、餓鬼は全部がぶがぶと飲んでしまった〕→〔指〕1b

★6c.鬼が僧にとりついて、肉を食う。

『正法眼蔵随聞記』第1−3  宋の仏照禅師の門下の僧が病気になり、肉食をした。夜、仏照が見ると、一つの鬼が病僧の頭の上に乗って、その肉を食っていた。僧は自分の口に肉が入ると思っているが、実際は鬼が食っているのだ。このことがあって以後、仏照は「病僧が肉食を好むのは、鬼に支配されているからだ」と知って、病僧の肉食を許可した。

*聖(ひじり)の後ろにいる餓鬼・畜生などが、多量の食物をむさぼり食う→〔底なし〕4の『宇治拾遺物語』巻2−1。 

★7.梟(ふくろう)が人にとりつく。

『梟(ふくろ)山伏』(狂言)  弟が山へ柴刈りに行って、梟の巣を落とした。それ以来、弟は梟にとりつかれ、「ほほん、ほほん」と、鳥の鳴くような声を出す。心配した兄が、山伏に頼んで加持をしてもらうと、梟は弟から離れて兄にとりつき、兄が「ほほん」と言う。山伏がなおも懸命に祈ると、梟は今度は山伏にとりついて、山伏が「ほほん、ほほん」と言い出す。

★8.身体を持たない存在が、若い肉体にとりついて、味覚や性感を奪う。 

『ぬすまれた味』(小松左京)  老齢のため身体を失い、脳だけで生きている老富豪がいた。老人は、若く健康な肉体を利用しようと、貧乏青年の「ぼく」に特殊な発信装置を埋め込む。毎日、とびきりの美食と美女が、「ぼく」に与えられる。しかし極上の味覚と性感は、すべて「ぼく」の身体を通り抜けて老人の脳が味わい、「ぼく」は何も感じないのだ。腹を立てた「ぼく」は、ステーキに山盛りの砂糖をかけて食べる、コーヒーに塩や酢を入れて飲む、美女に頼んで全身をくすぐってもらう、などのことをして老人を苦しめる。

*金持ち老人が、貧しい少年の若い身体を得る→〔若返り〕8の『未来ドロボウ』(藤子・F・不二雄)。 

★9a.憑依による物語か、空想の物語か、区別がつかない。

『狐憑』(中島敦)  ホメロス以前の大昔。ネウリ部落のシャクという男に、鷹や狼や獺などの動物霊、さらには人間の死霊がとりついて、さまざまな物語を語った。人々は喜んで物語を聞き、シャクは聴衆の期待に応えて、男女の恋物語なども語った。それらは憑依でなく、シャクの空想による作り話かも知れなかった。しかしまもなくシャクは物語る能力を失い、人々は「シャクの憑きものが落ちた」と言った。シャクは殺され、皆に肉を食われた。

*小説の主人公が作者に憑依する→〔作中人物〕4aの『博覧会』(三島由紀夫)。 

★9b.死んだ恋人の声なのか、生者が意図的にあるいは無意識に死者の声色をつかったのか、区別がつかない。

『黒いオルフェ』(カミュ)  二十世紀のリオ・デ・ジャネイロ。オルフェは、死んだ恋人ユリディスを求めて降霊会へ行く。背後にユリディスの声が聞こえ、「あなたの近くにいる。でも振り向いてはだめ。見たら終わりよ」と言う。オルフェは「お前を見たい。抱きしめたい」と叫んで振り返る。そこには、ユリディスとは似ても似つかぬ老婆がいた。老婆はユリディスの声で「永遠のお別れよ」と言う。オルフェは「俺をだましたな」と怒って走り去る。

★9c.次の例は、蛇が人間に憑依し、人間の声帯を借りて、怒りの声を発したのであろう。

『永日小品』(夏目漱石)「蛇」  叔父さんと二人、雨で渦巻く河へ魚を獲(と)りに行った。叔父さんは手に持った網で、鰻のようなものをすくったが、蛇だったので土手へ投げる。蛇は鎌首を上げてこちらを見た。「覚えていろ」との声と同時に、蛇は草の中へ消えた。声はたしかに叔父さんの声だった。「叔父さん、今『覚えていろ』と言ったのは貴方ですか?」と問うと、叔父さんは「誰だかよくわからない」と答えた。 

 

 

【病院】

★1.異郷から帰って来た男が、精神病院に収容される。

『河童』(芥川龍之介)  河童の国から東京へ帰って来た「僕」は(*→〔異郷訪問〕3)、人間世界に違和感を覚え、一年ほどしてまた河童の国へ戻りたくなる。「僕」は中央線の汽車に乗ろうとしたところを巡査につかまって、精神病院に収容され、早発性痴呆症と診断される。「僕」の病室には、河童たちがしばしば見舞いに来る。河童の医者チャックによれば、「僕」は早発性痴呆症などではない。一般の人間たちこそ早発性痴呆症患者なのだ。

『マタンゴ』(本多猪四郎)  男五人、女二人が太平洋上の無人島に漂着し、男一人だけが島を脱出して、東京へ戻ることができた。彼は、きのこ人間マタンゴに襲われた恐怖(*→〔きのこ〕5)を語ったため、精神病院の鉄格子がはまった一室に隔離される。男は「仲間たちと同じように自分も、きのこを食べてマタンゴになってしまい、島に残れば良かった」と悔いる。そう言う彼の顔には、すでにきのこ化の兆候があらわれていた。

★2.社会の通念と異なる考えを持つ男が、精神病院に収容される。

『巨匠とマルガリータ』(ブルガーコフ)  一九二〇〜三〇年代のモスクワ。巨匠は、ピラトとヨシュア(=イエス)を描く歴史小説を執筆したため、神も悪魔も信じない批評家たちから激しい批難を受ける。巨匠は恐怖心から精神に異常をきたし、原稿を焼き捨てて精神病院に入院する。巨匠の愛人マルガリータが悪魔たちの助けを得て、巨匠を精神病院から救い出し、焼かれた原稿は魔力で復元される。巨匠とマルガリータはモスクワの町に別れを告げ、永遠の隠れ家(=死後の世界)に向かう。

『ライ麦畑でつかまえて』(サリンジャー)  「僕(ホールデン)」の父は高収入の弁護士で、兄は有名な作家である。しかし「僕」は成績不良で高校を退学になる。これで三校目だ。学寮をとび出た「僕」は、ニューヨークの街をさまよい、ポン引きの男に殴られ、ガールフレンドと喧嘩別れする。「僕」は家出の決意を妹のフィービーに告げるが、結局取りやめる。今十七歳の「僕」は病院にいて、精神分析医の治療を受けている。退院後どうするかなんて、わからない。

*狂人として隔離される男→〔狂気〕4の『人間失格』(太宰治)、『夜明け前』(島崎藤村)。

*自分が誰だかわからなくなって、精神病院に収容される→〔アイデンティティ〕1の『ドグラ・マグラ』(夢野久作)、『人間そっくり』(安部公房)。

*狂人のふりをして、精神病院に入る→〔手術〕2aの『カッコーの巣の上で』(フォアマン)。

★3.凶悪な犯罪者が、精神病院に収容される。

『怪人マブゼ博士』(ラング)  狂人となったマブゼ博士は、精神病院に収容される。八年ほどを経て、マブゼの頭脳はふたたび活動し始める。彼は、犯罪と恐怖による人類の支配を目指し、その理念と具体的な犯罪計画の長大なメモを書き記す。病院収容後、十年でマブゼは死ぬ。バウム博士が犯罪計画メモを読み、それに従って、マブゼの手下たちに破壊活動を行なわせる。しかしバウム博士は、しばしば現れるマブゼの幻影に悩まされて発狂し、マブゼ同様、精神病院の中の人となる〔*『ドクトル・マブゼ』の続編〕。

『羊たちの沈黙』(デミ)  若い娘たちを誘拐して皮をはぐ連続殺人事件が起きた。FBIの訓練生クラリス(演ずるのはジョディ・フォスター)は、犯人の心理を分析するために、精神科医レクター博士(アンソニー・ホプキンス)の助言を求める。レクターは、患者九人を殺してその肉を食ったため、八年前から精神病院に収容されていた。彼は犯人像のヒントをクラリスに与えた後、警備員たちを殺して病院から逃走する。クラリスは犯人の潜む家に乗り込んで犯人を射殺し、監禁されていた娘を救い出す〔*その後レクターは、新たな犯罪を予告するような電話をクラリスにかけて来る〕。 

★4.病状の変化とともに、患者を上階・下階に移動させる病院。

『七階』(ブッツァーティ)  七階建ての病院があった。最上階にいるのは、軽い病気の患者ばかり。六階、五階、四階と下るにつれて病状は重くなり、一階は瀕死の重病人が収容される。ジュゼッペは七階に入院したが、何日かたつうちに、ベッドの不足とか、治療のための一時的移動とか、事務手続きの間違いなどの理由で、だんだん下の階へ移される。ついに彼は一階の病室へ送り込まれ、窓のブラインドが下ろされる。それはその部屋の患者の死を意味するのだった。

★5.星を見て病気を治す病院。

『第三半球物語』(稲垣足穂)「星の病院」  「私」が入院した病院は、食事を運ぶ人がいるだけで、何日たってもドクターは来ないし、薬ももらえない。五〜六日過ぎた夕方、「私」はふと、病室の窓外にきらめく宵の明星に目をとめる。そして、ここはただ、この星をながめることによって、病気を治す所ではなかったろうか、と思い当たった。翌朝、「私」はずっと快くなっており、二〜三日後に退院することができた。

*星の光にあてると傷口が治らない→〔星〕6の『続 星と伝説』(野尻抱影)「沙漠の北極星」。

 

※過去をあばかれ強姦されて、精神病院に収容される→〔過去〕1の『欲望という名の電車』(ウィリアムズ)。

 

 

【病気】

 *関連項目→〔風邪〕〔癌〕〔結核〕〔仮病〕〔チフス〕〔破傷風〕〔白血病〕〔ハンセン病〕

★1.病気を治してくれる神や仏。

うば神様の伝説  昔あるお婆さんが、咳でたいへん苦しんだ。お婆さんは死ぬ時、「こんな苦しみは、私一人でたくさんだ。私を、うば神として祭ってほしい。咳で悩む人は真綿をひとかけら持って来て、私の首に巻いてある真綿と取り替えなさい。私の真綿を首に巻けば、咳は治るよ」と遺言した。以来、咳に苦しむ人々は、うば神様の真綿を首に巻き、咳が治れば、お礼に新しい真綿をうば神様の首に巻いた(山梨県南巨摩郡中富町宮木)。

弘法の片腕観音の伝説  旅の弘法大師が石を刻んで、一夜のうちに観音像を造ろうとする。ところが、ほぼ全身ができてあと片腕を残すだけ、というところで一番鶏が鳴き、弘法大師はその地を去った。その観音像が、ある時「私は手が一本しかない。それで、手の病気なら何でも治してやる」と言った。村人はお堂を建て、観音像を祀った(福井県三方郡三方町)。

*足の悪い人が拝む神様→〔片足〕1の道陸神(どうろくじん)様と弁天様の伝説。

*歯痛の人が拝むお地蔵様→〔歯痛〕3の顎なし地蔵の伝説。

*病気を治す泉→〔泉〕6の『ルルドへの旅』(アレクシス・カレル)。

★2.疫病で死んだ人が、そのまま疫神になる。

『和漢三才図会』巻第10・人倫の用「疱瘡(みっちゃ)」  ある書に言う。推古天皇三十四年(626)、日本国では穀物が実らず、三韓(朝鮮半島)から米粟百七十艘分を調達した。船が浪華(なにわ)に入った時、船中に痘瘡を病む少年三人があり、その一人には老夫、一人には婦女、一人には僧が添うていた。彼らは、「我々は生前に痘瘡を病み、死んで疫神となったものである。今、この少年について渡って来た。今より後は、この国の人も痘瘡を患うようになる」と言って、姿が見えなくなった。

*疱瘡(痘瘡)の神を海へ流す→〔俵〕2の『椿説弓張月』後篇巻之2第19回。

★3.病気を、他人にうつして治す。

『イスラーム神秘主義聖者列伝』「アブル・ホセイン・ヌーリー」  聖者ヌーリーが病気になった時、導師ジュナイドが花と果物を持って見舞いに来た。しばらく後、今度はジュナイドが病床に臥したので、ヌーリーは見舞いに仲間たちを連れて行き、「皆、ジュナイドの病気を少しずつ引き受けてくれ」と頼んだ。仲間たちが承知すると、すぐにジュナイドは回復した。ヌーリーはジュナイドに「病気見舞いの時は、花や果物を持って来るのではなく、このようにするのが良いのだ」と言った。

『なめる』(落語)  うら若い美女から「お乳の下のおできをなめてほしい。なめてくれたら夫婦になりましょう」と、もちかけられて、男が美女の乳房の腫れ物の膿をなめる。ところが美女は病気が治ると逃げてしまい、おまけに、「膿をなめた人間は毒がまわって七日以内に死ぬ」と聞かされて、男は目をまわす〔*友人が気付け薬をなめさせようとすると、男が「なめるのはこりごりだ」と言うのがオチ〕。

*病気を、性交相手にうつして治す→〔性交〕3aの『サン・ヌーヴェル・ヌーヴェル』第55話など。

★4.病気は治ったが、死んでしまった。

『延命の負債』(松本清張)  零細企業の社長村野末吉が、心臓発作を起こし手術を受ける。彼は懇切な治療を望んで、執刀医に多額の礼金を渡す。また、大手企業の下請けになる話があって、入院中も系列会社の人と交渉する必要があるので、病室は大部屋でなく、最上等の個室に入る。それやこれやで村野は金融業者から借金をし、健康を回復して退院したものの、金が返せず、首をつって死んでしまった。

 *『仮名手本忠臣蔵』7段目で、大星由良之助が語るたとえ話「人参飲んで首くくる」(病気を治すために借金をして高価な朝鮮人参を買い求め、病気は治ったが借金が返せず首をくくった)の、忠実な小説化とも言うべき作品である。

★5.病気と心。

『寒山拾得』(森鴎外)  唐の貞観の頃。台州の主簿・閭丘胤が頭痛に苦しんでいた時、豊干(ぶかん)という托鉢坊主が訪れ、「病は幻です。咒(まじない)で治して進ぜます」と言う。豊干は、水を入れた鉢を胸に捧げ持ち、閭は無意識のうちに精神を水に集注させる。豊干は水を口にふくんで閭の頭にフッと吹きかけ、その瞬間に閭の頭痛は癒(なお)った。これまで気にしていた頭痛を、水に気をとられて、取り逃がしてしまったのである→〔仏〕1

『正法眼蔵随聞記』第5−15  病気は、心にしたがって転変する。「私(道元)」は、昔、宋へ渡る時、船の中で痢病にかかったが、暴風が吹いて船中が大騒ぎになったために、病気を忘れて、下痢がとまってしまった。ここから考えると、一心に仏道修行をして他事を忘れるならば、病気も起こらないのではなかろうか。 

『蒼白の兵士』(ドイル)  南アフリカの戦地へ派遣された青年ゴドフリイが、誤って癩病患者たちと接触した。ゴドフリイはイギリスへ帰ってから、皮膚が白くなるなど、癩病のような症状が表れた(*→〔ハンセン病〕1)。ホームズが皮膚科の名医サンダーズを連れて、ゴドフリイに会いに行く。サンダーズは「これは癩ではない。治療可能な魚鱗癬だ」と診断し、「『癩に感染したのでは?』と心配したことが生理的に作用して、擬似症状を起こしたのかもしれません」と、ホームズに言った。 

*蛇のたたりで魚鱗癬になった→〔たたり〕2の『ブラック・ジャック』(手塚治虫)「白葉さま」。

★6a.いつも「自分は病気である」と思っている男。

『病は気から』(モリエール)  アルガンは「自分は病気だ」と思い込んでおり、医者や薬剤師の言うままに多くの薬を飲み、浣腸をする。彼は「医者の卵トーマを娘アンジェリックの婿にして、将来面倒を見てもらおう」と考える。ところが娘アンジェリックには、クレアントという恋人がいた。アルガンはクレアントに、「君が医者になってくれるなら、娘をやろう」と言う。しかしアルガンの弟ベラルドが「兄さん自身が医者になったら良い」と提案し、アルガンもその気になる。 

*三人から「お前は病気だ」と言われ、「自分は病気だ」と思い込む→〔三人目〕3の『デカメロン』第9日第3話など。

★6b.病気は、仏道への良い導き手。

『古今著聞集』巻2「釈教」第2・通巻51話  永観律師は病弱だったが、常に、「病気は善知識(仏道への良い導き手)だ。私は苦痛があるゆえに、菩提を深く求めるのである」と言っていた。永観律師は阿弥陀仏を信仰し、七十九歳で極楽往生した。

*→〔核戦争〕4の『走れ、走りつづけよ』(大江健三郎)の、重い障害を負ったから死を受け入れやすい、というのと同様の考え方。 

★7.「重病だ」との、医師の誤診や患者の誤解。

『新しき家』(武者小路実篤)  「自分」は肩の痛みが続くので、医者に診てもらうと「肺が少し悪い」と言われる。肺病でも長生きする人はいるが、若死にの可能性も高いので、生きている間に良い仕事をせねばならぬ、と「自分」は覚悟する。しかしそれは誤診で、別の医者は「病気とは思えません」と言った〔*「自分」は幸運を感謝し、友人Sの住む安孫子に新しい家を建てて、妻とともに引っ越す〕。

『いじわるばあさん』(長谷川町子)朝日文庫版第1巻47ページ  医者が、いじわるばあさんの息子の嫁を診察して、「単なる胃炎です」と言う。いじわるばあさんは隣室で待ちうけ、雁を描いた絵を医者に見せて、「何でしょうか?」と問う。医者は「ガンですなァ」と答える。それを聞いて、息子と嫁は震え上がる。

『大誘拐』(岡本喜八)  八十歳の柳川とし子刀自(とじ)は体重が激減したため、「自分は癌で、まもなく死ぬのだ」と思う。大金持ちの彼女が死ねば、巨額の相続税を国に取られてしまう。折しも、三人組の若者がとし子刀自を誘拐し、身代金を要求したので、彼女はそれを利用して財産を隠そうと考える(*→〔誘拐〕2c)〔*体重減少はただの夏痩せで、秋になって、とし子刀自は少し肥った〕。

*「胃癌だ」と誤解した男→〔殺し屋〕1の『豚と軍艦』(今村昌平)。

★8a.伝染病のために人類が死滅する。

『復活の日』(小松左京)  一九六九年二月、生物兵器として開発されたMM88菌を運ぶ小型機が、アルプス山中に墜落した。密閉容器が壊れ、MM菌が空中に四散する。最初それは、死亡率の高い新種のインフルエンザ、と見なされた。有効なワクチンはなく、またたく間に病気は世界中に広がって、その年の夏の終わりに人類はほぼ全滅した。しかし、大洋に隔てられた冬の南極大陸には、ウィルスは侵入しなかった。各国の観測基地の約一万人(うち女性十六名)が生き残った。彼らは、新しい世界の最初の人類とならねばならないのだ。 

★8b.エイズの流行 → 若者(兵員)の大量死 → 戦争の根絶。

『赤い氷河期』(松本清張)  二〇〇五年、世界のエイズ患者は千五百万人、未発症の感染者を含めると一億五千万人に達しようとしていた。これは人為的なものであった。ヨーロッパのある組織が、エイズ・ウイルスとインフルエンザ・ウイルスを結合させ、空気感染するエイズを作り出したのだ。組織の一人は言う。「エイズの猛威で北半球の若者=兵役要員が激減し、もはや東西両陣営とも戦争はできない。世界の全員が非戦闘員となるのが、ぼくらの理想だ。地上から戦争がなくなり、エイズの流行が終息した後に、未知の偉大な文明が生まれるだろう」。 

★9.難病。

『打撃王』(ウッド)  ニューヨーク・ヤンキースのルー・ゲーリッグ(演ずるのはゲーリー・クーパー)は、ベーブ・ルースと並ぶチームの中心打者で、十数年間に渡って活躍した。しかし二千試合連続出場を達成した頃から、彼は手足の動きに異常を覚え、打撃や守備の失敗が目立つようになった。新聞は「大スランプ」と書いたが、ゲーリッグは全身が次第に麻痺して死に到る難病ALS(筋萎縮性側索硬化症)に侵されていたのだった。彼は選手生活を断念し、引退試合には六万二千人の観衆が詰めかけて、別れを惜しんだ。

『レナードの朝』(マーシャル)  一九六九年、ニューヨーク市北部のブロンクス。医師セイヤーは、脳炎・硬化症など中枢神経系の難病の専門病院に赴任する。患者の一人レナード(演ずるのはロバート・デ・ニーロ)は、もう三十年も入院しており、全身が硬直して、意識の有無も不明であった。「極度の痙攣が、硬直のように見えるのではないか」と考えたセイヤーは、パーキンソン病の治療薬「Lドーパ」を、レナードに試験投与する。その効果は劇的であった→〔もとにもどる〕1

★10.奇病。

『奇病連盟』(北杜夫)  三十七歳の独身サラリーマン山高武平は、三歩あるくと、四歩目は足の爪先でピョコリと伸び上がる、という奇病の持ち主だった。そのため彼はスカウトされて、奇病連盟の会員になった。会合では、互いの奇病の披露や、奇病についての研究発表などが行なわれた〔*武平のピョコリ症状は進行もせず治癒もせず、彼は一時(いっとき)大金を手にしたり、金持ちの娘に惚れられたりするが、結局、昔の恋人とつつましい結婚式を挙げて、物語は「大団円」ならぬ「小団円」を迎える〕。 

『倭仮名在原系図(やまとがなありわらけいず)  在原行平に仕える奴・蘭平は、白刃を見ると乱心する奇病の持ち主ゆえ、充分な働きができず、あさましい中間(ちゅうげん)奉公をしている。しかしこれは、周囲の人々を油断させるための仮病であり、蘭平は行平の命をねらっていた〔*行平が、蘭平の子供繁蔵を武士に取り立て、家名再興が可能になったので、蘭平は行平への害意を捨て、出家する〕。 

★11.病気と階級。

『大いなる幻影』(ルノワール)  第一次大戦下、捕虜となったフランス将校たちが、収容所内で病気について語り合う。貴族出身の将校が言う。「癌と通風は、労働者たちの病気ではない。しかしすぐに大衆化するだろう」。他の将校たちも口々に言う。「インテリは?」「我々は結核だな」「ブルジョアは?」「肝臓病に胃病。連中は食べ過ぎだ」「誰でも自分の病気で死ねる。戦争さえなければ」。

『のんきな患者』(梶井基次郎)  吉田は肺が悪く、母の世話を受けて自宅で療養している。彼が平常よく思い出す、ある統計の数字があった。それは、肺結核で死んだ人間百人のうち、九十人以上は極貧者であり、上流階級の人間はそのうちの一人にはまだ足りない(すなわち一パーセント以下)、という統計であった〔*『のんきな患者』脱稿の三ヵ月後、梶井基次郎は肺結核で死去した〕。

★12.看病。

『中陵漫録』(佐藤成裕)巻之4「奇話」  備中笠岡・荏原村の農家に、妻を亡くした嘉右衛門という者がいた。ある時、嘉右衛門は百日間ほど瘧(おこり)を病んだが、その病中、亡妻が毎夜来て看病した。風の夜も雨の夜も、一夜もかかすことがなかった。これは、亡妻が毎夜来るゆえに、瘧を病んだのであろう。 

★13a.病気見舞い。

『誰』(太宰治)  「私」の小説の読者である女の人から、毎日のように手紙が来る。その人は長く入院しており、「逢いたい。見舞いに来てほしい」と言う。現実の「私」を直視したら、その人の見ている綺麗な夢はこわれてしまうに違いないので、「私」は病室の戸口で「お大事に」とだけ言って、明るく笑って帰って来た。翌日、手紙が来た。「生まれて二十三年、今日ほど恥辱を受けたことはありません。私を見るなり、背を向けてお帰りになった。あなたは、悪魔です」→〔悪魔〕8。 

★13b.善意で病人の世話をするが、恩を仇で返される。

『月と六ペンス』(モーム)  ストリックランド〔*ゴーギャンがモデル〕は極貧の中で絵を描き続けるが、やがて重い病気になる。善良な男ストルーヴは、ストリックランドを天才と認めていたので、彼を自分の家へ連れて来て世話をする。ところがストルーヴの妻ブランシュは、夫の命令でストリックランドの看護をするうちに、彼と男女の関係になってしまう。ストルーヴは妻に「すべて許すから、帰って来てくれ」と訴える〔*ブランシュは夫のもとへは戻らず、服毒自殺する〕→〔画家〕1

 

※病気だと思ったら、妊娠だった→〔妊娠〕5の『カズイスチカ』(森鴎外)。

※若返ったと思ったら、病気だった→〔若返り〕7の『だまされた女』(マン)。

※壊血病→〔りんご〕3の『林檎』(林房雄)。

※コロリの原因である泡→〔洗濯〕5の『幕末百話』53。

 

 

【瓢箪】

★1.観賞用の瓢箪。

『清兵衛と瓢箪』(志賀直哉)  十二歳の小学生清兵衛は、瓢箪に熱中していた。彼は町へ行って安い瓢箪を買って来ては、上手に種を取り出し、しきりに磨いて、飽かず眺めていた。清兵衛は特別に気に入った瓢箪を学校へ持って行き、受持の教員からひどく怒られた。大工をしている父は、清兵衛をさんざんに撲りつけ、十個ほどあった瓢箪を、すべて玄能で叩き割ってしまった→〔売買〕2。 

★2.瓢箪の中身。

レザの神話(コッテル『世界神話辞典』アフリカ)  示高神レザが、三つの瓢箪を人間に与える。二つの瓢箪は開けてもよいが、第三の瓢箪は、レザが地上へ降りて中身を教示するまで開けてはならない。ところが、瓢箪を運ぶ役目のハチドリが、好奇心から途中で三つとも開けてしまう。二つの瓢箪には種が入っていたが、第三の瓢箪からは、死、病気、肉食の猛獣、危険な爬虫類などが出てきた。このため、人間は身を護るために、小屋と避難所を作らねばならなくなった(南部アフリカ。カオンデ人)。

*白米が詰まった瓢(ひさご)、虻や蜂が出てくる瓢→〔隣の爺〕2の『宇治拾遺物語』巻3−16。

★3.瓢箪の中から、いくらでもご馳走が出て来る。

『宝ふくべ』(日本の昔話)  爺が福運を願い、観音様に七日七夜のおこもりをする。帰りの坂道で、ふくべ(瓢箪)が一つ、爺のあとを追って転がってくる。中から二人の童(わらし)金七・孫七が現れ、たくさんのご馳走をふくべから出して、爺に食べさせてくれる。ご馳走はいくらでも出て来るので、爺は、町や村の慶事・法事の支度(したく)を頼まれ、たいそうな金儲けをする。爺は長者になり、金七・孫七と一緒に楽しく暮らした〔*博労(ばくろう)が爺に大金を与えてふくべを買い取り、殿様に献上するが、何も出て来ず、博労は罰せられた〕(岩手県江刺郡)。 

★4.瓢箪の中に紙をはる。

『鯉の報恩』(日本の昔話)  殿さまが「ひさご(瓢箪)の中に紙をはり、うるしを塗って金粉をまいて、持って来い」と、村の男に命ずる。男が困っていると、嫁が(*→〔魚女房〕3)、紙と糊を鍋で煮て溶かし、瓢箪の中へ流し込んで乾かす。それからうるしを入れ、金粉を吹き込んだ。殿さまが瓢箪を手にとって見るが、破(わ)ったところも接(つ)いだところもない。しかし破ってみたら、ちゃんと紙がはってあり、うるしが塗ってあり、金粉もふってあった(新潟県南魚沼郡)。

★5.瓢箪に吸い込まれる。

『西遊記』百回本第34〜35回  金角、銀角に名前を呼ばれて返事をすると、彼らの持つ瓢箪の中に吸い込まれ、身体が溶けてしまう。孫行者(=孫悟空)は「偽名を用いれば大丈夫だ」と考え、「者行孫」と名乗って金角、銀角に立ち向かう。しかし、「者行孫」と呼ばれて「オオ!」と答えたとたん、孫行者はひゅーっと瓢箪の中に吸い込まれた。瓢箪は、名前の真偽にかかわらず、返事をした息をつかまえて吸い込むのだった〔*孫行者はウンカに変身して、瓢箪の口から脱出する〕。 

★6.沈まない瓢箪。

『日本書紀』巻11仁徳天皇11年10月  茨田堤(まむたのつつみ)の工事に際して、茨田連衫子(まむたのむらじころものこ)が、河神への人身御供とされた(*→〔夢告〕1)。彼は匏(ひさご=瓢箪)二箇を水に投げ入れ、「河神が匏を沈めることができるなら、私は水の中へ入ろう。沈められなければ偽りの神だから、無駄に我が身を滅ぼすことはしない」と言った。つむじ風が起こって匏を沈めようとするが、匏は沈まず、遠くへ流れて行った。衫子は死ぬことなく、堤も無事完成した。

『日本書紀』巻11仁徳天皇67年是歳  備中国の川島河に大みづち(龍に似た動物)があり、毒気で大勢が死んだ。笠臣(かさのおみ)の祖・縣守(あがたもり)が瓠三つを水に投げ入れ、みづちに向かって「汝がこの瓠を沈めれば私は去ろう。沈められなければ汝を殺す」と言う。みづちは鹿に変身して瓠を沈めようとするが沈まない。縣守は水に入り、みづちを斬った。淵底の洞穴にも多くのみづちがいたので、ことごとく斬り、河の水が血に変わった。

『蛇婿入り』(日本の昔話)「水乞型」  蛇が、爺の田に水を引いた返礼に、「娘を嫁に欲しい」と要求する。爺の三人の娘のうち末娘が承知し、蛇について行く。蛇が、すみかである沼に一緒に入れと言うと、娘は沼に瓢箪を千個投げこんで、「これを全部沈めたら一緒に入る」と答える。蛇が瓢箪を沈めようともがいている間に、娘は小刀千丁を沼に投げ入れ、蛇は全身に小刀が刺さって死ぬ(山形県最上郡真室川町。*針千本を投げ入れて蛇を殺す、と語る形もある)。

★7.一夜ひさご。一夜のうちに天へ届くまでつるを伸ばす瓢箪(または夕顔)。

『天稚彦草子』(御伽草子)  天稚彦(天稚御子)が用事で天まで出かけるに際し、「もし私が帰らない時には」と言って、妻に、天へ昇る方法を教える。妻は教えにしたがい、西の京にいる女から「一夜ひさご」を買い取って植える。ひさごは一夜のうちにつるを長く伸ばし、妻はつるを伝わって天へ昇り、夫を捜す。

*豆の木(つる)が一晩で天まで伸びる→〔交換〕6の『ジャックと豆の木(豆のつる)』(イギリスの昔話)。

★8.瓢箪の起源。

『聴耳草紙』(佐々木喜善)16番「瓢箪の始まり」  貧しい親が、大勢の子供を育てられず、末子を縊(くび)り殺して土中に埋めた。翌春、そこから一本の草が生え、成長して多くの実を結んだ。その実は皆、中程がくびれていた。縊り殺された子供の身体から、生え出たものだからである。親はそれを「フクベ」と名づけ、町で売って生計をたてた。これが千成瓢箪の始まりだ。

★9.瓢箪に油を塗って腹を切る。

『阿部一族』(森鴎外)  阿部弥一右衛門が殉死せずにいると(*→〔殉死〕5)、「刀で腹を切るのがこわいなら、瓢箪に油でも塗って切ればよいに」という悪口が聞こえてきた〔*尖った刃の代わりに、油を塗った瓢箪を腹に当てる。その間に、後ろに立つ介錯人に首を討ち落してもらえば、苦痛も少ないだろうというのである〕。弥一右衛門は息子五人を呼び集めて、その面前で切腹し、自分で首筋を左から右へ刺し貫いて死んだ。

 

※川を流れる瓢箪→〔異郷訪問〕2の『剪燈新話』巻2「天台訪隠録」。

※匏(ひさご)形の宇宙→〔宇宙〕6の『弥勒』(稲垣足穂)第1部。

 

 

【ひょっとこ】

★1.ひょっとこの面の起源。

『火男の話』(日本の昔話)  山の女から爺がもらった童(わらし)が、死んでしまった(*→〔へそ〕2)。童は爺の夢に現れ、「おれの顔に似た面を作って、竃(かまど)の前の柱にかけろ。そうすれば家は栄える」と教える。童の名前は「ひょうとく」と言った。それで、村々では今でも、ひょうとく(火男=ひょっとこ)の面を木や土で作って、かけておくそうだ(岩手県江刺郡)。 

★2.ひょっとこの面で、泣き顔を隠す。

『銭形平次捕物控』(野村胡堂)「赤い紐」  荒物屋市五郎の一人娘お雪は、お針友達のお春とお勢から侮辱されて自殺した。市五郎はお春とお勢を恨み、翌年の神田祭の前夜、手古舞(てこまい)姿のお春を花笠の赤い紐で絞め殺し、お勢をその犯人に仕立て上げる。祭の当日、市五郎はひょっとこの面をつけて踊り狂い、見物たちを笑わせる。彼を真犯人とにらんだ銭形平次が近づいて、面をはぎ取る。市五郎の顔は涙に濡れていた。

★3.ひょっとこの面を取っても、自分の本当の顔が現れるとは限らない。

『ひょっとこ』(芥川龍之介)  日本橋の絵具屋の主人平吉は、酒を飲むと気が大きくなって、馬鹿踊りをし、博打をし、女を買う。普段は、つまらぬ嘘ばかりついて暮らしている。酔った自分と、しらふの自分と、どっちが本当か、平吉自身にもわからない。平吉は四十五歳の春、花見の船の中で、ひょっとこの面をつけて踊っている最中に、脳溢血で倒れる。彼の最後の言葉は、「面を取ってくれ」というものであった。 

 

 

【瓶(びん)】

★1.不思議な生き物の入った瓶(びん)。

『ガラス瓶(びん)の中の化け物』(グリム)KHM99  蛙そっくりの化け物が「瓶から出してくれ」と請い、学生が栓を抜いてやる。化け物は大入道となって襲いかかるので、学生は「お前は本当に瓶の中にいた奴か?」と問うて化け物をだまし、再び瓶に入らせて閉じこめる。学生はあらためて化け物と取り引きし、瓶から出す代償に、あらゆる傷を治し・鉄鋼を銀に変える、不思議な布切れをもらう。

『瓶(びん)の小鬼』(スティーヴンソン)  地獄の炎で煉られたガラス瓶の中に小鬼がおり、どんな願いでも叶えてくれる。ただし死ぬまでに瓶を誰かに売り渡さないと、持ち主は永久に地獄の火で焼かれる。しかも買った時よりも安い値段で売らねばならない。

『ファウスト』(ゲーテ)第2部第2幕  ファウスト博士の失踪後、弟子ワグネルが教授になる。ワグネルは、「人間は動物と同じ生殖法で生まれるのでなく、もっと高尚な発生源を持つべきだ」と考え、ガラス瓶の中に人造人間ホムンクルスを生成する。ホムンクルスは瓶に入ったまま活動するが、海のニンフであるガラテアに魅せられ、瓶が割れて、ホムンクルスの生命は火となって海に流れる〔*火と水の合体=ホムンクルスとガラテアの結婚を意味する〕。

★2.壜(びん)の中に魂を隠す。

『子不語』巻5−125  ならず者が、自分の魂を壜の中に蔵(かく)していた。そのため、官府が彼を処刑しても、三日ほどすると生き返ってしまうのだった。ある時、ならず者は老母を殴った。老母は怒り、壜を官府に持参して訴える。「この蔵魂壜を壊し、風輪扇で魂を吹き散らしてから処刑すれば、息子は本当に死ぬでしょう」。老母の言葉どおりに行なうと、まもなく死体は腐爛した。

*卵の中に魂を隠す→〔卵〕1の『水晶の珠』(グリム)KHM197など。

★3.罎(びん)に映る顔。

『凶』(芥川龍之介)  大正十四年(1925)の夏。「僕」は築地の待合で食事をしていた時、麦酒罎(ビイルびん)に「僕」の顔が映っているのを見た。その顔は目をつぶっており、やや仰向いていた。傍らの芸者や、菊池寛、久米正雄たちも、「見える」と言った。それは、麦酒罎の向こう側の杯洗や何かの反射らしかったが、「僕」は「凶」を感ぜずにはいられなかった。

★4.瓶(びん)の中の手紙。

『瓶詰の地獄』(夢野久作)  ある島の岸辺に、樹脂封蝋つきのビール瓶三本が発見された。それらは数年の間隔をおいて、一本ずつ流れ着いたものであり、中にはノートの切れ端が入っていた。年月の古いノートから順に並べると、十一歳の兄と七歳の妹が難船して孤島に漂着し、年月とともに成長するうちに肉の誘惑に抗しきれず、ついに関係を結ぶまでの経緯が書かれていた。

『メッセージ・イン・ア・ボトル』(マンドーキ)  ギャレット(演ずるのはケヴィン・コスナー)は、二年前に病死した妻キャサリンを忘れられず、彼女への愛を綴った手紙をビンに入れて海へ流す。女性記者テリーサがビンを拾い、ギャレットに会いに行って、二人は互いに心惹かれる。亡妻と新しい女性との間で、ギャレットの心は揺れ動く。彼は意を決し、キャサリン宛てに、テリーサとの愛に生きることを告げる手紙を書き、これを海に投じようと小舟で沖へ出る。しかし嵐に遭ってギャレットは水死する。

★5.瓶(びん)から手が抜けない。

『スーフィーの物語』7「猿の捕まえ方」  ガラス瓶の中にサクランボがあるのを猿が見つけ、手を入れてサクランボをつかむ。猿の握りこぶしよりも瓶の口は狭いので、猿は手を引き抜くことができない。これは猟師が仕掛けた罠であり、猟師は猿を押さえつけて肘を強く打つ。猿はサクランボを放して瓶から手を抜き、そのまま猟師に捕らえられた。

*腕が岩穴から抜けない→〔穴〕6の『ブラック・ジャック』(手塚治虫)「昭和新山」。 

★6.空き瓶(びん)の中に入って、異郷へ行く。

『蘇迷盧』(稲垣足穂)  謎の紳士がシャンパンの空瓶を指さし、「この中に入って、別世界への間道を抜けることができる」と言う。とたんに紳士と「私」は瓶に閉じ込められて、ダージリンのホテルから飛び出し、閻浮提(えんぶだい)を離れて、円筒状世界の外輪まで行った。上空を見ると、赤いピラミッド状のものがあり、そこから虹色の光が、扇をひろげたように天をつらぬいている。紳士は「SOMEIRO(須弥山)!」と叫び、そこで「私」はうたた寝から覚めた。

 

 

【貧乏神】

★1.貧乏神を祀る。

『日本永代蔵』(井原西鶴)巻4−1「祈る印の神の折敷」  貧しい染物屋が「いっそ貧乏神を祀ろう」と考え、藁人形に頭巾、帷子(かたびら)を着せて、供え物をする。貧乏神は恩義を感じ、貧運を他家へ移し、「柳は緑、花は紅(くれない)」と唱えて染物の工夫を夢告する。染物屋は新たな紅(もみ)染めの方法を案出し、分限(ぶげん)者となった。

★2a.貧乏神を追い出す。

『沙石集』巻9−22  十二月晦日の夜、五十歳ほどの円浄房が、「長年の貧乏暮らしが辛いので、この際、貧乏を追い払おう」と決意する。彼は呪文を唱え、桃の枝で家中を打ちつつ、「貧窮殿、出ておわせ」と言って、貧乏神を追い出す。その夜の夢に、やせ細った法師(貧乏神)が現れ、「長年おそばにいたが、お別れします」と言って泣いた。その後、円浄房は暮らしに困ることがなくなった。

★2b.凶夢を転じて、貧乏神を追い出すめでたい歌にする。

『鹿の巻筆』第3「夢想の読み損ひ」  大黒屋の主人が正月元日の夜、「奥よりわつと泣いて出(いで)ける」という句を夢に見て、「不吉なことだ」と、悩んで寝こむ。歌学をたしなむ和泉屋が「これはめでたき夢」と判じ、大黒屋が見た句に上の句をつけ、「大黒に貧乏神がたたかれて奥よりわつと泣いて出ける」と書いて示す。歌のとおり、その年から大黒屋は幸運が続き、大いに栄えた。

★2c.貧乏神を追い出すことに失敗する。

『貧乏神』(落語)  商売に失敗し、女房にも逃げられた男が、「我が家には、貧乏神が五〜六人も住んでいるに違いない。これも家が陰気なためだ。大勢でにぎやかに騒げば、貧乏神は出て行くだろう」と考える。男は友人たちを集め、歌や踊りや隠し芸の大宴会を催す。真っ黒で痩せこけた餓鬼のような貧乏神が十人ほど、戸棚から出て行くので、男は「とうとう貧乏神を追い出した」と喜ぶ。すると貧乏神は、「あんまり面白いから、もっと仲間を連れて来る」と言った。 

★2d.一定期間いた後に、自ら退去する貧乏神。

『譚海』(津村淙庵)巻の12(貧乏神)  男が昼寝をして、「乞食老人が座敷に入り、二階へ上がる」との夢を見た。以来、万事不如意なことが多くなった。四年後、男は昼寝の夢に再び老人を見る。老人は「ここから出て行く」と言って、「我は貧乏神なり」と名乗り、「我が出て行ったあと、焼き飯に焼き味噌を少しこしらえ、折敷に載せて川へ流せ」と教えた。教えのとおりにすると、以後、生活が窮迫することはなくなった。 

★3.貧乏神から逃れられない。

『発心集』巻7−7  三井寺の貧僧が、余所へ行って運命を開こうと旅支度をする。夢に、自分と同様に旅支度する痩せた若者を見て問うと、「常に御身を離れぬ貧報の冠者」と答えるので、僧はどこへ行っても貧から逃れ得ぬと悟り、もとの寺にとどまる。

★4.母は恋の女神、父は貧乏神。

『ポケットの妖精』(星新一『どこかの事件』)  女性にもてない青年がいた。ある日、恋の女神の娘である妖精が、青年の洋服のポケットに入ってくれたおかげで、青年は多くの女性から愛されるようになる。しかし、どの女性も金に困っており、青年自身も、大金を落としたり、強盗にあったりして、生活は苦しくなる一方だった。それもそのはず、妖精の父は貧乏神なのだ。

*星新一は、福の神の物語も書いている→〔福の神〕2の『福の神』。 

 

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