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【棒】

★1.魔法の棒。

『ケルトの神話』(井村君江)「かゆ好きの神ダグザ」  ダーナ神族の一人ダグザは、魔法の棍棒と、竪琴(*→〔琴〕2)と、釜(*→〔釜〕1)を持っていた。棍棒は、八人がかりでやっと運べるほどの大きさであり、片方の端で一振りすると九人を殺した。反対の端を振ると、死んだ者を生き返らせることができた。

『ペンタメローネ』(バジーレ)第1日第1話  アントゥォーノが鬼からもらった杖は、「立て」と命ずると、そう言った当人の背中を続けざまに打ち、「座れ」と命ずるまで止まらない。この杖を用いてアントゥォーノは、かつて彼のロバを盗んだ宿の亭主をこらしめた。

『ペンタメローネ』(バジーレ)第2日第6話  化粧品売りの老婆が、王女プレツィオーサに魔法の棒を与える。棒を口に含むと熊に変身し、棒を口から出すと人間に戻る(*→〔父娘婚〕6)。プレツィオーサは熊になって、隣国の王子の庭園で飼われる。ある日、プレツィオーサが人間の姿になって金髪をくしけずっているところを、王子が見る。彼女はすぐに棒を口に入れ、熊に戻る。王子はわけがわからず、恋わずらいでベッドに臥して、「ああ、僕の熊ちゃん」と言う。熊が王子にキスをすると口から棒が落ち、美しいプレツィオーサの姿になる。

★2.如意棒。

『西遊記』百回本第3回  孫悟空は良い武器を求めて東海の底の龍宮へ行き、太さが一斗ますほど、長さが二丈余りの鉄柱を得る(これは大昔、禹が洪水を治めた時、江海の深さを測ったおもりである)。悟空が「もう少し細くて短いと使いやすい」と言うと、柱は手ごろな大きさの棒になった。両端には金の箍(たが)がはまっており、「如意金箍(きんこ)棒重さ一万三千五百斤」の文字が刻んである。この如意棒は自在に大きさが変わり、縫い針ほどになって耳の中にしまうこともできた。

★3.金の棒。

王都建設(ペルー、古代インカの神話)  獣のような暮らしの人間を憐れんで、太陽神が息子の一人と娘の一人を下界へ送り、「金の棒を地面に打ち込め」と命じる。息子は方々で金の棒を打ち込もうとするが、地面に通らない。クスコの谷まで来て打ち込むと、ただの一打で、金の棒は大地に深く入り込んだ。息子は、彼の妹であり妻でもある女に言った。「父は私たちがこの谷にとどまり、住居を定めることを望んでいるのだ」。

★4.占い棒。水脈や鉱脈の探知に用いる。

『金枝篇』(初版)第4章第5節  洗礼者ヨハネの祝日(夏至)前夜、スウェーデンの人々は、ヤドリギで(もしくはヤドリギを含む四種類の木材で)占い棒を作る。日が沈むと、宝探し人がこの棒を大地に置く。もし宝の埋まっている真上に置かれたなら、棒は、まるで生きているように動き出す。

★5.棒があれば、闇の中でも走ることができる。

『闇の絵巻』(梶井基次郎)  ある有名な強盗は、何も見えない闇の中でも、一本の棒さえあれば何里でも走ることができたという。身体の前へ棒を突き出し突き出しして、畑でもなんでも盲滅法に走るのだそうだ。「私」は新聞でこの記事を読んだ時、爽快な戦慄を感じた〔*「私」は長い間、山間の療養地(伊豆の湯ヶ島温泉)に暮らし、其処(そこ)で闇を愛することを覚えたのだ〕。

★6.男が棒に変身する。

『棒』(安部公房)  「私」はデパートの屋上で、子供二人の守(もり)をしながら街を見下ろしていた。身をのりだしたはずみに、「私」の身体は宙に浮き、「父ちゃん」という叫び声を聞きながら、「私」は一メートルほどの棒になって歩道へ落ちていった。死者を裁く役目の先生が来て、「私」をどう処罰するか、二人の学生と話し合い、「ここに置きざりにするのが一番の罰だ」と結論して歩み去った。雑踏の中で、誰かが「私」を踏んづけた。

★7.赤い棒だと思ったら、赤い夕焼けだった。

『七話集』(稲垣足穂)2「夕焼とバグダッドの酋長」  バグダッドの酋長が天幕から出たとたん、赤い棒で背中を殴られた。振り向いたが、誰もいない。目を上げると、加害者がわかった。それは赤い夕焼であった。酋長は弓を手に、白馬に飛び乗り、部下を従えて砂漠の西へ突撃した。

*太陽光線=針→〔光〕6bの太陽の光が目を刺すわけ(アルメニアの民話)。

 

※棒が訪れる→〔読み間違い〕3の棒の手紙(日本の現代伝説『幸福のEメール』)。

※火掻き棒→〔恐怖症〕3の『マーニー』(ヒッチコック)、→〔雪〕6の『雪だるま』(アンデルセン)。

※火を消す棒→〔火〕5の 食人から始まった言語(南オーストラリア、ナリニェリ族の神話)。

 

 

【放火】

 *関連項目→〔火事〕

★1.愛人に逢うために、自分の家に火をつける。

『鸚鵡七十話』第8話  某商人の妻は浮気性だったので、門番たちが彼女を外出させなかった。妻は「家が火事になれば、見張りの者たちは消火活動に夢中で、私が出かけたことにも帰ったことにも気づかないだろう」と考え、家に火をつけて、情夫に逢いに出かける。ところが情夫も火事の様子を見に行ってしまったので、妻は情夫に逢えず、家も火事で失った。

*恋しい男に逢いたさに、放火する→〔処刑〕3の『好色五人女』(井原西鶴)巻4「恋草からげし八百屋物語」。 

★2.詩作のために、火事を起こす。

『クオ・ワディス』(シェンキェーヴィチ)  皇帝ネロは、自分を天才詩人であると思っていた。彼には、「トロイア炎上を語るホメロスの『イリアス』にまさる傑作を創りたい」との野心があった。「実際に大火を見れば、詩想が湧くだろう。詩と芸術のためには、すべてを犠牲にしてよい」とネロは考え、ローマ市街に火を放った。ローマは七日間燃え続け、十四地区のうち十地区が灰燼に帰した。

*地獄変の屏風絵を描くために、自分の娘が焼き殺されるありさまを見る→〔子殺し〕8の『地獄変』(芥川龍之介)。

★3.不滅の美である金閣寺を焼いて、世界を変えようとする。

『金閣寺』(三島由紀夫)  田舎の寺の子として生れた「私(溝口)」は、金閣寺の美しさを、父からよく聞かされた。太平洋戦争末期の昭和十九年(1944)、「私」は金閣寺の徒弟となった。美しい金閣寺も、醜い「私」も、ともに空襲の火で焼け亡ぶのだ、と「私」は期待する。しかし戦争は終わり、金閣寺は焼けなかった。金閣寺と「私」の関係は絶たれた。「私」は、「金閣寺を焼かねばならぬ」と思う。昭和二十五年(1950)七月一日深夜、「私」は金閣寺に火を放った。

★4.「神は愛なり」の教えは嘘だと言って、教会に放火する。

『何が彼女をそうさせたか』(鈴木重吉)  昭和初期、すみ子(演ずるのは高津慶子)の父は、失業と病気のために自殺した。すみ子は曲馬団に売られ、女中奉公をし、恋人と心中をはかるなど、苦労を重ねた後に、更生施設である教会「天使園」に収容される。しかし教会の女園長は、愛を説きつつ、その言動は、愛とは程遠かった。すみ子は「『神は愛』なんて嘘だ」と叫び、夜、教会に放火して全焼させる〔*教会放火の場面はフィルムが残っていない。ラストシーンでは、火の粉が舞う夜空に「何が彼女をそうさせたか」の文字が現れたという〕。

★5.放火をして、その罪を他人に負わせる。

『伴大納言絵詞』  清和天皇の御代、大納言伴善男(とものよしお)は応天門に放火し、「左大臣源信(まこと)の仕業です」と奏上した。伴善男は源信に罪を負わせて、自分が大臣になろうとたくらんだのである。しかし太政大臣藤原良房が「讒言かもしれません」と帝に申し上げ、調べてみると、源信の無実が明らかになった〔*『宇治拾遺物語』巻10−1に同話〕。 

★6.放火によって寺は焼けたが、仏の画像は無事だった。

『日本霊異記』上−33  河内国石川郡に住む貧しい女が、落穂拾いをして資金を作り、絵師を招いて阿弥陀仏の画像を描いてもらった。女は画像を八多寺の金堂に納め、常に拝んでいた。盗人が寺に放火し、金堂は全焼したが、阿弥陀仏の画像だけは焼けず、無事であった。 

*火事によって家は焼けたが、聖母の絵姿は無事だった→〔火事〕4aの『キリシタン伝説百話』(谷真介)19「聖母の御絵のふしぎ」。

★7.狐の放火。

『宇治拾遺物語』巻3−20  夕暮れ時、家へ帰る途中の侍が狐を見かけ、矢で射る。狐は腰を射られて、草むらに姿を隠したが、まもなく火をくわえて現れ、侍の家に火をつけて走り去った。侍の家は焼けてしまった。こんな狐のようなものでも、たちまちに仇を返すのだから、うかつに手を出してはいけない。

 

※ともし火代わりに、家に火をつける→〔ともし火〕5の『かぶ焼き甚四郎』(日本の昔話)。

 

 

【忘却】

 *関連項目→〔記憶〕

★1.すべてを忘れる。

『オデュッセイア』第9巻  トロイアから故国イタケへ帰るオデュッセウスの船は、漂流の後、ロトパゴイ人の国に着く。様子をさぐるため三人の部下を送ると、ロトパゴイ人は彼らを歓待し、蓮の実を食べさせる。この実を食べた者は帰国の望みも何もかもすべてを忘れ、ロトパゴイ人のもとにとどまりたいという気になるのだった。オデュッセウスは三人を無理やり船に乗せ、航行を続けた。

*精神科の病棟で目覚めた「わたし」は、自分の名前をはじめとして、すべての記憶を失っていた→〔アイデンティティ〕1の『ドグラ・マグラ』(夢野久作)。

★2.自分のした行動を忘れ、それを誰か他の人間のやったことだと思う。

『天才バカボン』(赤塚不二夫)「ゆうかい犯人はオカシなのだ」  行方不明のバカボンを、パパとママが心配して捜す。パパが、空き地の土管の中に縛られているバカボンを発見して、助け出す。バカボンは「今朝パパと泥棒ごっこをして、パパが縛ったんじゃないか」と怒る。パパは「おしっこに帰って、そのまま忘れたのだ」と言う。

★3.自分の考えたアイデアを忘れ、それを他人に教えてもらおうとする。

『穴のあいた記憶』(ペロウン)  劇作家が密室殺人ミステリーの素晴らしいアイデアを思いつき、嬉しさのあまり、酒場で出会った小男にアイデアを話す。直後に劇作家は自動車にはねられ頭を打って、アイデアを忘れてしまう。劇作家が死んだと思った小男は、その夜早速、劇作家のアイデアを使って密室殺人を行なう。そうとは知らぬ劇作家は小男を捜し出し、「私が話したアイデアを覚えているだろう。それを教えてくれ」と請う。小男は劇作家を殺す。

★4.重要な言葉やことがらを忘れる。

『イスラーム神秘主義聖者列伝』「ハサン・バスリー」  コーラン朗唱の権威アブー・アムルの所へ、美少年が朗唱を習いにやって来た。アブー・アムルは、背信の眼差しで美少年を見つめると、コーランの始めの句「アル・ハムド」のアから、最後の句の終わりの言葉までを、すっかり全部忘れてしまった〔*アブー・アムルはメッカ近郊のムスクへ行き、老師に願って、記憶を取り戻すことができた〕。

『千一夜物語』「アリ・ババと四十人の盗賊の物語」マルドリュス版第854夜  アリ・ババから「胡麻よ、開け!」の呪文を教えられた兄カシムは、洞穴へ入り財宝の山を見て心を奪われ、呪文を忘れる。「大麦よ、開け!」「蚕豆(そらまめ)よ、開け!」「粟よ、開け!」などと叫んでいるうちに、四十人の盗賊が戻って来て、カシムは殺される。

『茗荷宿』(落語)  茗荷を食べると物忘れする、と言われる。安宿に泊まった客が、大金を帳場に預けた。宿の主人はこの金に目がくらみ、「預けた金を忘れて行くように」と、茗荷をたくさん客に食べさせる。しかし客は、預けた金は忘れなかった。その代わり、宿賃の支払いを忘れて行ってしまった。

*「忠度」=「只乗り」の駄洒落を忘れる→〔乗客〕9aの『薩摩守』(狂言)。

★5.長期間に渡る習慣ゆえに、その習慣が期限つきであることを忘れる。

『サザエさん』(長谷川町子)朝日文庫版第27巻139ページ  サザエが訪問した家で、皆が楽しく談笑する中、受験生の息子は腕時計を見て「じゃ、僕は失礼」と言い、今夜もまた一人勉強部屋にこもる。しかし机の前に座った時、彼は叫ぶ。「ア!そうだ。俺合格したんだった」。

『放心家組合』(バー)  詐欺師たちが、忘れっぽい顧客を選んで、家具や貴重本など高価な商品を分割払いで売る。顧客たちは毎週いくばくかの金額を集金人に払うが、数年して代金を払い終わった後も、そのことを忘れ、余分な金を払い続ける。それが詐欺師たちの収入になるのだった〔*『吾輩は猫である』(夏目漱石)11で、迷亭が「この間ある雑誌を読んだら、こういう詐欺師の小説があった」と言って、この話をする〕。

★6.願望を意識下に抑圧したために起こる忘却。

『疑惑』(江戸川乱歩)  「おれ」は庭の松の枯れ枝を切るために、斧を持って木に登る。真下の石には、父親が腰をかけて休む習慣があったので、「おれ」は、ふと「ここから斧が落ちれば父親に当るだろう」と考え、あわててその思いを打ち消す。そして「おれ」は、斧を木の股に置き忘れる→〔落下する物〕2。 

『精神分析入門』(フロイト)「間違い」第4章  技師が、弾性に関する実験を始めようとした時、同僚のF君は、家の用事のため早く帰りたがった。技師は「機械が壊れればね」と冗談を言ったが、実験最中、F君のちょっとしたミスで連結管が破裂し、実験は中止になった。後日この出来事を話し合った時、F君は、技師が言った冗談をまったく覚えていなかった。

★7.忘却の国。

『愛人ジュリエット』(カルネ)  獄中の青年ミシェル(演ずるのはジェラール・フィリップ)は愛人ジュリエット(シュザンヌ・クルーティエ)を捜して、夢の世界へ行く。そこは「忘却の国」で、住民たちは記憶というものを持たず、誰もが自分の過去を知りたがり、自分の思い出を持ちたがっていた。ジュリエットも、ミシェルのことを思い出せぬまま、貴族の「青ひげ」(*→ペロー『青ひげ』)と結婚式をあげる。ミシェルは目覚め、釈放されるが、現実の世界でもジュリエットが「青ひげ」そっくりの初老の男と結婚することを知る。

★8.異世界へ帰る人は、現世の人間への感情を忘れてしまう。

『竹取物語』  月の世界から迎えに来た天人が、かぐや姫に天の羽衣を着せる。すると、かぐや姫の心から「翁をいとおし、かなし」と思う気持ちが消え失せてしまった。天の羽衣を着た人は、すべての物思いがなくなるのであった〔*→〔記憶〕11の『時をかける少女』(大林宣彦)では、未来から来た少年は、彼に関わった人々の記憶を消し、彼自身の記憶も消して、帰って行く〕。

★9.死後の世界へ行った人は、現世に生きていた時の心を忘れてしまう。

『今昔物語集』巻4−41  七歳の子供を亡くした父親が、閻魔王の宮殿まで旅をして、死んだ子供に会わせてもらう。子供は宮殿の裏庭で、同じような童子たちに交じって遊んでいる。父は泣きながら、「お前が恋しくてならず、会いに来た。お前も同じ気持ちではないのか?」と子供に語りかける。しかし子供は嘆く様子もなく、父を無視して遊び続け、物も言わない。父はせっかく来た甲斐もなく、悲しんで帰って行った。

『私は霊界を見て来た』(スウェーデンボルグ)第1章の6  人間は死ぬと、まず精霊界に入り、続いて霊界へ進む。精霊界に来てしばらくたった人間(=精霊)が、「生きていた時に得たさまざまな知識が憶い出せない」と、嘆いていた。霊界の霊が現れ、「憶い出せないのは、人間だった時の外面的知識に過ぎない。たとえば学者の知識のようなもので、これから行く霊界では、必要がないものだ」と教える。それを聞いた精霊は、知識を忘れるのと裏腹に、友人を思えばその霊が現前するなど、新たな能力が備わりつつあることに気づく。

*精霊界から霊界でなく、地獄界へ向かう者もいる→〔地獄〕9の『私は霊界を見て来た』(スウェーデンボルグ)第2章の8。

 

※現世の忘却の川→〔川〕3の『団子婿』(日本の昔話)。

※冥界の忘却の川→〔冥界の川〕6の『国家』(プラトン)第10巻など。

※自分の名前を忘れる→〔名前〕2の『名取川』(狂言)。

※悲しみを忘れる草→〔草〕4の『俊頼髄脳』。

※忘れてこそ、奥義を極めたと言える→〔弓〕1bの『名人伝』(中島敦)。

 

 

【忘却(妻を)】

★1.男が薬を飲まされて、妻を忘れる。

『ヴォルスンガ・サガ』21・28  英雄シグルズは、眠りのイバラにさされたブリュンヒルドを目覚めさせ、二人は結婚を誓う。ところがギューキ王の妃グリームヒルドが、忘却の飲物をシグルズに与えたために、彼はブリュンヒルドを忘れてしまう。シグルズは、グリームヒルドの娘グズルーンと結婚する。

『ニーベルングの指環』(ワーグナー)「神々の黄昏」  ジークフリートは、ハーゲンの奸計によって忘れ薬を飲まされ、妻ブリュンヒルデを忘れ、別の女と婚約する。怒ったブリュンヒルデは、ジークフリートの弱点が背中であることをハーゲンに教える。ハーゲンは、槍でジークフリートを突き殺す。

★2.男が呪いによって、妻を忘れる。

『しぐれ』(御伽草子)  中将さねあきらは故三条中納言の姫君と契りを結んだが、彼はその後、親どうしの決めた縁談で、右大臣家の婿になる。右大臣の北の方たちが、呪詛の人形を中将の衣服につけたため、中将は姫君のことをすっかり忘れてしまう。後、中将が正気に戻った時には、姫君はすでに帝の女御になっており、中将は悲嘆して出家する。

『シャクンタラー』(カーリダーサ)第4幕  ドゥフシャンタ王は狩りに出て、ヴィシュヴァーミトラ仙人と天女メーナカーの間に生まれた娘シャクンタラーに出会う。二人は愛し合い、シャクンタラーは身ごもるが、呪いによって(*→〔呪い〕10)、ドゥフシャンタ王はシャクンタラーを忘れる。後、シャクンタラーに与えた指輪を見て王は記憶を取り戻し、修行者の苦行林へ行って、シャクンタラーと息子を見出す。

*王が妃を忘れるのとは逆に、妃が王の愛を忘れる→〔指輪〕4の『ゲスタ・ノマノルム』10。

★3.帝が愛人を忘れたまま、長年月が経過する。

『古今著聞集』巻8「好色」第11・322話  後白河院の御前で、公卿や女房たちが過去の秘事を順次語る。小侍従が、生涯忘れられぬ思い出として、ある肌寒い月の夜の、高貴な人との逢瀬を語る。後白河院が「その相手の名を明かせ」と命ずると、小侍従は「院が御在位の折のことです。お忘れですか」と笑う。一座はどよめき、後白河院はその場を逃げ出した。

*玄宗皇帝と上陽人→〔処女妻〕5aの『今昔物語集』巻10−6。

*雄略天皇と赤猪子→〔処女妻〕5bの『古事記』下巻。

★4.帝が愛人を忘れ、愛人は死ぬ。

『大和物語』第150段  美しい采女が、奈良の帝を深く慕っていた。帝はただ一度だけ采女を寝所に召したが、以後は召すことがなかった。采女は悲しんで、ある夜、猿沢の池に身を投げた。後にこれを知った帝は、池のほとりに行き、歌を詠んで采女を慰霊した。

★5.王子が恋人を忘れるが、恋人が王子に自分を思い出させる。

『ペンタメローネ』(バジーレ)第3日第9話  フォンテキアーロの王子パオルッチオはトルコ大王に捕らえられるが、大王の娘ロゼッラと恋仲になり、脱出して祖国へ戻る。しかし大王妃の呪いにより、王子はロゼッラを忘れてしまう。ロゼッラが指輪を飛ばすと王子の指にはまり、王子はロゼッラを思い出す。

『ほんとうのおよめさん』(グリム)KHM186  美しい娘と結婚を約束した王子が、「父に承諾を得てくる」と言って家へ帰ったまま、娘を忘れる。娘は王子をたずねて旅をし、宮殿の舞踏会へ行って王子と三度踊り接吻をして、ようやく自分を思い出させる。

★6.男が、年月の経過につれて、しだいに恋人のことを忘れる。

『ゆく雲』(樋口一葉)  東京へ遊学中の野沢桂次は、寄宿先の娘お縫を恋する。しかし桂次は、故郷山梨へ帰って許婚お作と結婚せねばならなくなり、お縫に別れを告げる。桂次は「生涯絶えることなく手紙を送るから、十通に一度、返事を与え給え」と請う。はじめのうちは長い手紙が何度も来たが、しだいに手紙は短く、また間遠になり、ついには年始と暑中見舞いの葉書だけになった。

★7.男が、恋人と結婚したことを忘れてしまう。

『多忙な仲買人のロマンス(忙しい株式仲買人のロマンス)(O・ヘンリー)  株式仲買人マックスウェルは、多忙なために、仕事以外のことはすべて忘れてしまう。ある日、彼は昼食前に僅かな空き時間を得て、事務所内の速記者レズリーに急いで求婚する。レズリーは驚き、「私たちは昨晩、教会で結婚したのよ」と言った。

 

 

【暴行】

★1.処女が自分の純潔を犠牲にして、肉親の敵(かたき)である男を暴行犯に仕立て上げる。 

『エンマ・ツンツ』(ボルヘス)  十八歳の女工エンマ・ツンツは、無実の父を横領罪に陥れた工場主レーヴェンタールに、復讐しようと考える。エンマは街へ出、行きずりの男と関係して処女を捨て、その足で工場二階のレーヴェンタールの部屋へ行く。彼女はレーヴェンタールを射殺し、警察に「レーヴェンタールさんが私を呼びつけて、辱めました。私は彼を殺しました」と電話する。

『霧の旗』(松本清張)  柳田桐子の兄は、無実の罪で逮捕され獄死した。高名な大塚弁護士が弁護を引き受けてくれなかっために兄は死んだ、と桐子は考える(*→〔金貸し殺し〕2)。彼女は、夜、大塚を自分のアパートへ呼び寄せ、酔わせ誘惑して関係を結び、処女を捨てる。その後で桐子は、検事あてに「私は大塚弁護士に暴行され、穢(けが)されました」との手紙を書く。大塚は弁護士の職を辞さねばならなくなる。

★2.合意の上の情交であるのに、「暴行」と見なされる。

『マドモアゼル』(リチャードソン)  フランスの片田舎。「マドモアゼル」と呼ばれる独身女教師(演ずるのはジャンヌ・モロー)が、村人の家や納屋に放火し、家畜を毒殺する。村人たちは、イタリア人の木こりマヌーを犯人と見なす。マドモアゼルはマヌーのたくましい肉体に魅(ひ)かれ、彼と森で関係を持つ。朝、乱れた服装で歩いているマドモアゼルを見て、村人たちは「マヌーに暴行されたのだ」と思う。大勢の村人たちがマヌーを取囲み、撲殺する。

★3.「黒人が、白人女性を暴行した」との訴え。

『アラバマ物語』(マリガン)  一九三〇年代のアラバマ州。白人の農夫ボブが「私の娘メイエラが、黒人トムに強姦された」と訴え出る。実際は、メイエラがトムを誘惑し、トムは誘惑を退けて逃げたのだった。白人弁護士アティカス(演ずるのはグレゴリー・ペック)が裁判でトムの無実を立証するが、陪審員たちはトムを有罪とした。アティカスは「控訴すれば、勝つ可能性が高い」とトムを励ます。しかしトムは移送中に脱走し、射殺された。

『乾燥の九月』(フォークナー)  南部の町ジェファソン。白人女性ミニーが黒人のウィルに強姦された、との噂が広がる。それは事実ではなく、四十歳近くまでずっと独身だったミニーの、欲求不満に起因する妄想だった。しかし、町の人々は白人の言葉を信じ、黒人の言葉は信じなかった。九月の夜。白人の男たち数人が、「殺してしまえ」と叫んでウィルを襲った。 

★4.暴行犯との、思いがけぬ再会。

『死と処女(おとめ)(ポランスキー)  女子学生ポーリナは、反政府運動をしていて逮捕された。彼女は身体の自由を奪われ、目隠しをされて、シューベルトの『死と処女』が流れる中で、一人の男から繰り返し陵辱された。やがて彼女は解放され、心に深い傷を残して結婚し、十数年がたつ。ある夜、帰宅途中の夫の車が故障し、親切な男が彼の車に乗せて夫を家まで送ってくれた。ポーリナ(演ずるのはシガニ―・ウィーヴァー)はその男の声を聞いて、それが、かつて彼女を犯した男であることに気づく。ポーリナは男に拳銃をつきつけ、男の過去の悪行を白状させる。

*声を聞いて、強盗殺人犯であることを知る→〔声〕11aの『声』(松本清張)。

★5.法に訴えても暴行犯を処罰できなかったので、射殺する。

『リップスティック』(ジョンソン)  トップ・モデルのクリス(演ずるのはマーゴ・ヘミングウェイ)は、妹キャシーの音楽教師スチュアートによって、強姦された。クリスは裁判を起こすが、女性検事から「暴行犯で有罪になるのは百人のうち二人だ」と聞かされる。その言葉どおりスチュアートは無罪になり、彼は悪びれることなく妹キャシーをも犯してしまう。クリスは「法律ではスチュアートを裁けない」と考え、ライフル銃で彼を射殺する。法廷はクリスの行動に理解を示し、彼女を無罪とした。

*妻と娘を暴行された男の復讐→〔仇討ち(妻の)〕1の『狼よさらば』(ウィナー)。

★6.少女を輪姦から救うために、殺してしまう。

『モンテ・クリスト伯』(デュマ)33  ローマの旅宿の亭主が語る山賊の物語。「山賊の首領が、少女をさらって来て犯した。その後は手下たちがくじ引きをして、順番に少女を陵辱する、というのがならわしだった。ところがその少女は、山賊の一員カルリニの恋人だった。彼は、首領が少女を犯したことを知ると、ただちに少女を刺殺した。父親が身代金を持って少女を取り戻しに来たので、カルリニは『お嬢さんが大勢のなぐさみものにならないうちに殺しました』と言う。父親はカルリニに感謝の言葉を述べ、首を吊って死んだ」。

★7.暴行現場を見ないように、目をそむける。

『ギリシア神話』(アポロドロス)摘要第5章  ギリシア軍がトロイア城内へ攻め入った時、ロクリスのアイアス(=小アイアス)は、祭壇でアテナの木像にすがるカサンドラを見て、彼女を犯した。この木像が空の方を向いているのは、このためだと言われる。

*暴行されている現場を、暴行犯以外の別の男からも見られるというのは、女性にとって最大の辱めであろう→〔盲目になる〕3cの『月澹荘綺譚』(三島由紀夫)。

★8.異物を用いての暴行。

『野性の証明』(森村誠一)  越智朋子は暴走族によって輪姦され、さらに茄子(なす)で陵辱されて、殺された〔*彼女の恋人味沢岳史は、暴走族のリーダーをつかまえて、生の茄子を無理やりいくつも食べさせた。その時、もと自衛隊秘密部隊の工作員だった味沢に野性がよみがえり、彼は斧をふるって大勢の暴走族たちを殺傷した〕。

*不能の男が、とうもろこしの穂軸で女子学生テンプルを犯す→〔不能〕4の『サンクチュアリ』(フォークナー)。

★9.暴行できない事情。

『ラーマーヤナ』第6巻「戦争の巻」第13章  魔王ラーヴァナは、かつて天女プンジカスタラーを凌辱した時、彼女の祖父神・梵天から「今後、お前が暴力で婦女子に接したら、お前の頭は必ず百の断片に砕けるだろう」と宣告された。ラーヴァナはこの呪詛を恐れ、シーターをさらって監禁しても、暴力で彼女を犯すことができず、「わたしの妻になってくれ」と繰り返し請うだけだった。

 

 

【暴行(人妻を)】

★1a.夫の目の前で、妻が悪人に暴行される。その後の妻の言葉。

『今昔物語集』巻29−23  夫が妻を馬に乗せて、京から丹波まで旅をする。途中、大江山で出会った若い男が弓で夫を脅し、木に縛りつける。男は、夫が見ている前で妻を犯し、馬を奪って逃げ去る。その後に妻が夫の縄を解くと、夫は呆然自失の状態だった。妻は夫に向かって、「貴方は本当に頼りない人だ。そのような御心では、今後もろくなことはないだろう」と言う。夫は無言のまま、妻とともに徒歩で丹波へ向かう。

★1b.『今昔物語集』巻29−23にもとづく『藪の中』(芥川龍之介)では、若い男(盗賊多襄丸)・夫(金沢武弘)・妻(真砂)の言い分が食い違う。

『藪の中』(芥川龍之介)  盗賊多襄丸「私は金沢武弘の目の前で、その妻真砂を犯した。真砂は泣き叫んで、『二人の男に恥を見せるのは、死ぬよりつらい。あなたか夫か、どちらか一人死んでくれ。生き残った男に私は連れ添いたい』と言った」。真砂「私は夫に『一緒に死んで下さい』と言った」。死霊となった金沢武弘「妻は多襄丸に『あなたについて行くから、夫を殺して下さい』と言った」。

★1c.『藪の中』(芥川龍之介)にもとづく『羅生門』(黒澤明)では、事件を目撃した木こりが最後に「真相」を語る。

『羅生門』(黒澤明)  多襄丸(演ずるのは三船敏郎)は真砂(京マチ子)を犯した後、「俺の妻になってくれ」と請う。真砂は、多襄丸を夫(森雅之)と闘わせ、勝った男のものになろうと考える。夫は「俺はこんな女のために命をかけるのは御免だ」と多襄丸に言い、「二人の男に恥を見せて、なぜ自害せぬ」と真砂を詰(なじ)る。多襄丸も醒めた心になり、真砂を見捨てて去ろうとする。真砂は二人の男を「腰抜け」と罵り、大声で嘲笑う。夫と多襄丸は斬り合い、多襄丸が勝つ。しかし真砂は逃げてしまう〔*だが、これもどこまで本当かわからない〕。

★2.夫が不在の間に、妻が知り合いの男に犯される。

『暗夜行路』(志賀直哉)  時任謙作は直子と結婚して、京都に住む。謙作が十日ほど留守にしている間に、直子の従兄である要(かなめ)が訪ねて来て、二階の一室で直子は要に犯された。帰宅した謙作は、直子の様子が変なので問い詰め、その事実を知る。謙作はなかなか直子を許すことができず、精神の修養をしようと考えて、直子と別居し、伯耆・大山の寺にこもる。

*小学生時代の要と直子→〔鼈(すっぽん)〕3

『人間失格』(太宰治)「第三の手記」  「自分(大庭葉蔵)」は、煙草屋の娘ヨシ子を内縁の妻として、木造二階建てアパートの一階に住んだ。夏の夜、「自分」と友人の堀木がアパートの屋上で酒を飲んでいる時に、ヨシ子は自室で、出入りの商人に犯された。「自分」は階段からそのありさまを見て、立ちすくんだ。年の暮れ、「自分」は催眠剤を致死量飲んだが、死ねなかった。  

★3.夫がいる部屋の隣りで、妻が輪姦される。

『黒地の絵』(松本清張)  朝鮮戦争中の昭和二十五年(1950)七月十一日、小倉の祇園祭の夜。進駐軍の黒人兵二百五十人が兵営から脱走し、市中に散らばった。前野留吉の、六畳と四畳半だけの狭い家に、六名の黒人兵が押し入って、妻芳子を輪姦した。このことによって、前野夫婦は離婚した。黒人兵の一人は、盛り上がった黒い胸に、赤い色で描かれた女陰の刺青をしていた→〔性器(女)〕4。 

★4.暴行された人妻が、そのことを夫に知られたくないと思う。

『雨の訪問者』(クレマン)  一人で留守番する若妻メリー(演ずるのはマルレーヌ・ジョベール)が、侵入して来た男に殴られ、気絶している間に犯される。意識を取り戻したメリーは警察に電話するが、夫が夜帰って来ることを考え、何も言わずに電話を切る。男がまだ家の中に隠れていたので、メリーは「誰にも言わないから、出て行って」と訴える。男がメリーを脅すようなそぶりをしたため、彼女は銃で男を撃ち殺し、死体を海へ捨てる。メリーは何事もなかったかのように、夫を出迎える。

 

 

【帽子】

★1.権力の象徴である帽子。

『ヴィルヘルム・テル』(シラー)第1幕第3場  オーストリア統治下のスイス。代官ゲスラーが、村の中央広場に高い竿を立て、てっぺんにオーストリアの帽子を載せて、「この帽子を敬うこと、代官を仰ぎ見るがごとくにせよ。ここを通る者は、膝を曲げ帽子をぬいで、敬礼すべし」と命ずる〔*ところが、ヴィルヘルム・テルと息子ヴァルターは、帽子を無視して通り過ぎたため、捕らえられる〕→〔弓〕1a。 

『三角帽子』(アラルコン)  大きな三角帽子をかぶった初老の市長が、水車小屋の粉引きルーカスの若妻フラスキータを、手に入れたいと思う。市長は、フラスキータの甥の就職を世話することと引き換えに、彼女を口説く。しかしフラスキータは、市長の申し出をはねつける。市長夫人が夫の悪行を知り、「今後一切、私の寝室に入らないで下さい」と禁ずる。

★2a.学生の象徴である制帽。

『伊豆の踊子』(川端康成)  二十歳の秋、「私」は一人で伊豆を旅した。高等学校の制帽をかぶり、紺がすりの着物に袴をはき、学生カバンを肩にかけた姿だった。天城峠で旅芸人一行と出会い、「私」は美しい踊子に心ひかれて、彼らと道連れになる。制帽はカバンに押し込み、共同湯の横で買った鳥打帽をかぶった。彼らと数日間行動をともにして下田に着き、別れる時が来た。「私」は、踊子の兄栄吉に鳥打帽を与え、カバンから制帽を取り出してかぶった。

★2b.檀那方のかぶる帽子と労働者のかぶる帽子。

『田楽豆腐』(森鴎外)  木村が帽子屋で麦藁帽子を買おうとすると、小僧が「パナマをお召しになってはいかがです」と勧める。家で細君にもそう言われた。しかしパナマは十五円もするのだ。店の横手の腰掛に、鍔広の麦藁帽子が一山積んであったが、小僧は「それは檀那方のおかぶりなさるのではありません。労働者のかぶるのです」と言う。それでも木村はその麦藁帽子を買い、頭に載せて植物園へ行った。門番のお役人が、ぞんざいな言葉遣いで木村に応じた。

★3.帽子一つからわかること。

『青いガーネット』(ドイル)  シャーロック・ホームズのもとへ、古ぼけた山高帽子が持ち込まれた。ホームズはその帽子を見ただけで、「帽子の主は知能のすぐれた人物だ」「二〜三年前までは裕福だったが、今は落ちぶれている」「毎日ほとんど坐りきりの生活で運動不足」「年齢は中年で髪は半白」「奥さんに愛想をつかされた」「男の家にはガスが引いてなくて獣脂蝋燭(ろうそく)を使っている」、などのことを推理した。

★4.帽子の絵。

『星の王子さま』(サン=テグジュペリ)  「ぼく」は六歳の時、はじめて絵を描いた。うわばみが象を丸呑みした絵だ。ところが大人たちは皆、それを帽子の絵だと思った。それで「ぼく」は絵描きになることをあきらめ、飛行士になった。飛行機がサハラ砂漠に不時着し、「ぼく」は星の王子さまに出会う。星の王子さまは「ぼく」の描いた絵を見て、すぐ、うわばみが象を丸呑みした絵だ、とわかった。 

★5.魔法の帽子。

『たのしいムーミン一家』(ヤンソン)  ムーミンとスニフとスナフキンが、山の頂上で黒いシルクハットを見つけ、家へ持ち帰る。パパがかぶってみるが、似合わないので、くずかごとして使う。ところがそれは、飛行おにの魔法の帽子だった。ムーミンがかくれんぼ遊びをして帽子の中に隠れると、姿が変わってしまい、皆から「お前はにせものだ」と言われる。ママが蔓(つる)草を帽子の中へ捨てると、蔓はどんどん成長し、家中ジャングルになった〔*ママは帽子を、森の化け物モランばあさんに与える〕。 

★6.いろいろなものが出てくる奇術師の帽子。

『ボウシ』(星新一『きまぐれロボット』)  うらぶれた老奇術師が、帽子の中から兎や鳩や花や旗などを出す手品の練習をしていた。宇宙人がこれをのぞき見て、「何でも出てくる装置だ」と誤解し、帽子を奪い取る。商売道具を失った老奇術師がひどく嘆くので、宇宙人は少し気の毒に思い、別の星で拾った緑色の石ころを、老奇術師に与える。それは大きなエメラルドだった。 

★7.頭に冠や烏帽子をかぶらないのは、無作法・非礼である。

『大鏡』「実頼伝」  小野宮の大臣実頼は、屋敷の南面(表座敷)に出る時には、必ず冠や烏帽子をかぶった。南面からは稲荷神社の杉の神木があらわに見えるので、「稲荷明神がご覧になっているのに、どうして無作法な姿で出られようか」と言って、身を謹んでいたのである。しかしそれを忘れて南面へ出てしまうこともあり、その時には、袖を頭にかぶって、うろたえ騒いだ。 

★8.君子は冠を正しくして死ぬ。

『弟子』(中島敦)  孔子の弟子・子路は、二人の剣士を相手に激しく闘い、斬られて倒れた。子路は、落ちた冠を拾い、正しく頭に着けて、すばやく纓(えい。冠の紐)を結ぶ。彼は最後の力をふりしぼり、「見よ! 君子は、冠を、正しゅうして、死ぬものだぞ!」と絶叫して死んだ。

★9.かぶると姿が見えなくなる帽子。

『ギリシア神話』(アポロドロス)第2巻第4章  ペルセウスは、姿を隠す帽子を三老婆(グライアイ)から得て、三人のゴルゴンのうちただ一人可死の存在であるメドゥサの首を斬り取った。残る二人のゴルゴンが犯人を捕らえようとしたが、帽子ゆえにペルセウスの姿を見ることができなかった。

★10.武将の兜。

『仮名手本忠臣蔵』大序  新田義貞が討ち死にした場所には、四十七の兜が落ち散らばっていた。義貞は「これが最後の戦(いくさ)」と覚悟し、後醍醐天皇よりたまわった名香蘭奢待(らんじゃたい)を兜の内側に焚きしめていたため、その香りによって、義貞の兜を特定することができた。足利尊氏は、「敵ながらも義貞は、清和源氏の嫡流であるから」と言って、鶴岡八幡宮の宝蔵に義貞の兜を奉納した。

 

 

【放生】

★1.多くの生類を買い取って放生し、功徳を積む。

『日本霊異記』中−5  摂津国の富者が、七年間に七頭の牛を殺して漢神(からかみ)に供えた。そのたたりで富者は重病になったので、七年間、多くの生類を買い求めて放生した。富者は死んで冥府に到り、七人の牛頭人身の者ども(殺した牛の化身)に責められたが、一千万余の人々(放生した様々な生類の化身)が来て、富者を弁護した。閻羅王は「人数の多い方の意見に従おう」と言って、富者を放免した。

★2.箱の中に多くの生類がいると思って買い取ったら、中には仏の絵像があった。

『日本霊異記』上−35  河内国の尼が自ら仏の絵像を描き、拝んでいたが、盗まれてしまった。その後、尼は放生会を行なうべく、市へ生類を買いに出かける。樹の上の箱から、種々の生き物の声が聞こえるので、尼はそれを買い取ろうとする。箱の持ち主は「生き物などいない」と否定し、市の人々が「箱を開けよ」と言うと、持ち主は箱を捨てて逃げ去る。箱の中には、盗まれた仏の絵像があった。絵像が声を発して、尼を呼んだのであった。

★3.亀を買い取って放生する。

『今昔物語集』巻9−13  天竺の男が商売の資金五千両を船人に与え、五匹の亀を買い取って放生した。ところが、思いがけず船が転覆し、船人は五千両とともに水に沈んでしまった。五匹の亀は水中から五千両を拾い上げ、黒衣の人物五人の姿になって一人が千両ずつ持ち、男の家へ返しに来た〔*『宇治拾遺物語』巻13−4に類話〕。

『今昔物語集』巻19−29  山陰(やまかげ)中納言が住吉へ参詣した折、鵜飼の男に着物を与えて大亀を買い取り、海に放したことがあった。何年か後、山陰の子が継母に殺されそうになった時、亀はその子を救って、放生の恩を返した〔*類話は『十訓抄』第1−5など数多い〕→〔継子殺し〕2

『捜神記』巻20−6(通巻454話)  孔愉が、籠の中の亀を買い取って川に放す。亀は、川の左岸にいる孔愉を何度も振り返り、泳ぎ去った。後に孔愉は侯爵になり、銅の職印を鋳造させる。すると、印のつまみの亀の首が左を向いてしまうこと三度に及んだので、孔愉は「侯爵になったのは亀の恩返しだった」と気づいた。

『太平広記』巻118所引『幽明録』  一人の軍人が白い亀を買って育て、やがて長江に放す。後、戦闘で多くの兵が長江に飛びこみ溺死するが、彼だけは、白い亀が背に乗せて対岸に送り届けた。

『日本霊異記』上−7  弘済(ぐさい)禅師が、海辺で亀四匹を買って放生した。後、禅師は賊のために船から落とされるが、亀の背に乗って無事であった〔*『今昔物語集』巻19−30に類話〕→〔水死〕5

*地蔵の化身の亀を放生する→〔地蔵〕1bの『今昔物語集』巻17−26。

★4.うなぎの放生のつもりで、赤ん坊を放生してしまう。

『後生鰻(うなぎ)(落語)  鰻屋が鰻をまな板に乗せ、錐を刺し通そうとするところへ、信心深い隠居が通りかかる。隠居は鰻を憐れみ、買い取って川へ放してやる。これが何日か続く。ある時、鰻がなく休んでいた日に隠居がやって来たので、鰻屋はとっさに赤ん坊をまな板に乗せる。隠居は赤ん坊を買い取り、「さあ、放してやるぞ」と言って川に放り込んだ〔*同類の話を、悲惨な物語にしたのが、→〔人造人間〕2の映画『フランケンシュタイン』(ホエール)〕。

 

※放生されて悲しむ貝と喜ぶ貝→〔貝〕2b・2cの『古今著聞集』巻20「魚虫禽獣」第30。

 

 

【坊主頭】

★1.眠っている人の髪を剃って、坊主頭にする。

『西遊記』百回本第84〜85回  滅法国の王は、かつて僧に誹謗されたことを恨み、「一万人の僧を殺そう」と願を立て、九千九百九十六人まで殺した。孫悟空が腕の毛で百人の小悟空を作り、夜のうちに、眠る国王、皇后、文武百官らの髪を剃って、皆を坊主頭にしてしまう。国王らは、「僧形になったのは仏罰か」と恐れ、そこへ現れた三蔵、悟空、八戒、悟浄一行に帰依する。悟空は、「滅法国を改めて、『欽法国』とせよ」と教える。

『六人僧』(狂言)  男が、連れ二人と仏詣にでかける。途中、男が疲れて眠り、連れ二人がいたずら心から、男の髪を剃って坊主頭にする。目覚めた男は家へ戻り、連れ二人の女房に「お前たちの夫は川で水死した。私は二人の菩提を弔うべく坊主になった」と嘘を言う。女房たちは嘆いて剃髪し、尼姿になる。そこへ連れ二人が帰って来て、仕返しに男の妻の髪を剃る。「六人の坊主頭ができたのは、仏様の『後世(ごせ)を願え』とのお告げであろう」と彼らは考え、皆で念仏を唱える〔*『大山詣り』(落語)の原話〕。 

★2.眠っている間に坊主頭にされたため、それが自分だと認識できない人。

『笑府』巻6−296「解僧卒」  兵卒が、罪を犯した坊主を護送する。途中、坊主は酒を用いて兵卒を眠らせ、兵卒の頭髪を剃り落として逃げ去る。目覚めた兵卒は坊主を捜し、自分の頭をなでて叫ぶ。「坊主はここにいる。しかし俺はどこへ行ったのだ?」。

『坊主の遊び』(落語)  坊主頭の隠居が吉原へ行くが、女郎は「いやな坊さんだ」と言って、尻をむけて寝る。怒った隠居は、眠る女郎の髪を剃り、丸坊主にして帰る。遣り手婆が「お客様のお帰りだよ」と女郎を起こすと、寝ぼけた女郎は自分の頭をなでて、「まだ、ここにいるじゃないか」と言う。

★3.狐にだまされて坊主頭になる。

『西鶴諸国ばなし』(井原西鶴)巻1−7「狐四天王」  米屋門兵衛の屋敷に僧が訪れたので茶でもてなすと、役人たちが来て「お尋ね者の僧をかくまったな」と咎め、門兵衛と妻を丸坊主にする。また、門兵衛の家の嫁の所へ、旅先にいるはずの夫が現れ「お前は不義をした」と言って、嫁の頭を剃る。翌日、門兵衛の老親のもとへ、門兵衛死去の虚報がもたらされ、老親は嘆いて坊主になる。これらはすべて狐のしわざだった→〔石つぶて〕4

『短夜』(内田百閨j  「私」は他人の赤ん坊を、狐の化けたものだと誤って死なせてしまう。「私」は住職に連れられて山寺へ行き、頭の毛を剃ってもらい、赤ん坊の冥福を祈って念仏を唱える。夜が明けると、「私」は禿山の天辺に坐っており、髪の毛を噛みむしられた頭の地が、ぴりぴりと痛んだ→〔狐〕3。 

 

 

【ボクシング】

★1.貧しい少年や青年が、ボクサーになる。

『あしたのジョー』(高森朝雄/ちばてつや)  ボクサーくずれの丹下段平は、浮浪児・矢吹丈の腕っぷしの強さに惚れ込み、丈を一人前のボクサーに育て上げようと、世話をする。丈は鑑別所や少年院に収容されるが、段平はハガキに「あしたのために」と書き、パンチの打ち方の基本を記して、丈のもとへ送る。丈はプロボクサーになり、強烈なパンチでライバルの力石徹を殺してしまうという事故を乗り越え、やがて世界チャンピオン、ホセ・メンドーサに挑戦するまでになる。

『チャンピオン』(ロブソン)  貧しい青年ミッジ(演ずるのはカーク・ダグラス)と兄は、旅行中に暴漢に金を奪われ、無一文で歩いているところを、ボクサーのジョニーの車に乗せてもらう。やがてミッジもボクサーになり、ジョニーと対戦して彼をノックアウトする。連戦連勝のミッジは金銭と女性への欲望をむき出しにし、ジョニーの愛人と関係を持ち、マネージャーの妻に手を出し、兄の婚約者をも誘惑する。ミドル級チャンピオンとなったミッジは、ジョニーの挑戦を受け、死闘の末ふたたびジョニーをノックアウトするが、ミッジ自身も脳内出血で死ぬ。

『若者のすべて』(ヴィスコンティ)  貧しい青年にとって、プロ・ボクサーは手っ取り早く大金を稼げる魅力的な職業だった。五人兄弟の長男ヴィンツェンツォはボクサーを志すものの素質がなく、次男シモーネはボクサーとしていったんは成功を収めるが、身を持ち崩し、借金や盗みをする。心優しい三男ロッコ(演ずるのはアラン・ドロン)は、シモーネの借金や盗みの償いをし、さらに他の兄弟たちや母の生活の面倒を見るために、心ならずもボクサーとなって収入を得る。しかしロッコがチャンピオンになった日、シモーネは殺人を犯してしまう→〔五人兄弟〕1。 

★2.無名のボクサーの大抜擢。

『ロッキー』(アヴィルドセン)  ヘビー級世界チャンピオン・アポロの対戦相手が怪我をしたため、試合ができなくなった。アポロは一計を案じ、無名のボクサー、ロッキー(演ずるのはシルベスター・スタローン)を、タイトルマッチの挑戦者に指名する。「誰にでもチャンスはある」という、話題作りをしたのだ。ロッキーは猛訓練をして試合に臨む。予想を裏切り、ロッキーはKOされることなく十五ラウンドを闘い抜き、判定に持ち込む。結果はアポロの勝ちだったが、ロッキーにはもはや勝ち負けなどどうでもよく、彼はひたすら恋人エイドリアンの名を呼び続けた。

★3.引退したボクサー。

『俺は待ってるぜ』(蔵原惟繕)  島木譲次(演ずるのは石原裕次郎)は新進気鋭のボクサーだったが、酒場で喧嘩を売られ、相手を殴り殺してしまったため、引退した。譲次は「一年前にブラジルへ渡った兄の所へ行き、新しい生活を始めよう」と考える。しかし渡航していたはずの兄は、日本を発つ直前に、ヤクザに金を奪われ殺されていた。そのことを知った譲次は、ヤクザたちの経営するキャバレーへ乗り込み、ヤクザの親分と一対一の格闘をして、これを倒した。

『静かなる男』(フォード)  米国のボクサー、ショーン(演ずるのはジョン・ウェイン)は、試合で相手を殴り殺してしまったため引退し、幼少時を過ごした故郷アイルランドへ帰る。ショーンは村の娘メアリー(モーリン・オハラ)と結婚しようと思うが、彼女の兄ダナハーは、よそ者のショーンが気に入らない。腕自慢のダナハーがショーンに勝負を挑むので、ショーンは「二度と闘わない」との誓いを破り、ダナハーと殴り合いの喧嘩をする。村人たちは、どっちが勝つか賭けをして、見物する。喧嘩は引き分けで、二人は仲直りし肩を組んで、メアリーの待つ家へ戻って来る。

★4.八百長試合。

『傷だらけの栄光』(ワイズ)  世界タイトルをねらうボクサーのロッキー(演ずるのはポール・ニューマン)に、ペッポという男が、十万ドルの報酬で八百長試合をもちかける。断れば、ロッキーが刑務所で服役していたこと、軍隊から脱走したことなどを公にする、とペッポは脅す。ロッキーは「怪我をした」という名目で、試合を中止する。にもかかわらず、ロッキー自身が八百長に関わりがあるように見なされ、ボクサー資格を剥奪され、新聞に彼の犯罪者としての過去が報道されてしまう〔*しかしロッキーはこれに屈せず、後に世界チャンピオンになる〕。 

『街の灯』(チャップリン)  貧しい盲目の花売り娘のために金を工面しようと、浮浪者チャーリーは、ボクシングの八百長試合を引き受ける。ところが、対戦相手が警察に追われて逃亡したため、別の屈強な男と試合をするはめになる。男は「金は勝者が全部もらうのだ」と言って、本気でパンチを浴びせるので、チャーリーはノックアウトされてしまう〔*さいわい、金持ちの紳士がチャーリーと意気投合し、彼に大金をくれた〕→〔開眼手術〕1

『罠』(ワイズ)  ストーカー(演ずるのはロバート・ライアン)は三十五歳のボクサーである。マネージャーは、対戦相手ネルソンを勝たせる八百長試合を仕組みながら、それをストーカーに知らせず、貰った金を独り占めする。「年寄りのストーカーはどっちみち負ける」と考えたからである。しかし予想に反してストーカーが健闘するので、マネージャーは「負ける約束なんだ」と教える。ストーカーは怒り、ネルソンをノックアウトする。試合後ストーカーは、ならず者たちに襲われ、レンガで右手をつぶされる。妻が彼を助け起こし、「新しい生活を始めましょう」と言う。

★5.女性ボクサー。

『ミリオンダラー・ベイビー』(イーストウッド)  貧窮な家庭に育ったマギー(演ずるのはヒラリー・スワンク)はボクシングに情熱を燃やし、名トレーナーのフランキー(クリント・イーストウッド)に頼み込んで指導を受ける。マギーはめきめきと腕を上げ、百万ドルのファイトマネーを賭けて、世界ウェルター級チャンピオン、ブルーベア・ビリーに挑戦する。試合はマギーが優勢だったが、ラウンド終了後に、ブルーベア・ビリーは背後からマギーにパンチを浴びせる。マギーは倒れて頚椎を損傷し、全身麻痺の身体になる。マギーは死を望み、フランキーは彼女の人工呼吸器を外す。

★6.古代のボクシング。

『アルゴナウティカ』(アポロニオス)第2歌  ベブリュキア人の王アミュコスは力自慢で、国を訪れる者に必ず拳闘の試合を挑んだ〔*彼が拳闘の発明者、と言われることもある〕。アルゴ船の一行が上陸し、彼らの代表としてポリュデウケス(双子座のポルックス)が、挑戦を受けて立つ。二人は牛の皮紐を腕に巻き、拳をふるって激しく闘う。ポリュデウケスがアミュコスの頭蓋を打ち砕き、アミュコスは倒れて死んだ。 

 

 

【北斗七星】

 *関連項目→〔星〕

★1.北斗七星と、その子供の小さな星。

『星女房』(日本の昔話)  北斗七星は、天女の七人姉妹だった。七つ星の一番上の長女が地上へ降り、親孝行な青年の妻になって、男の子が一人できた。ところが、北斗七星の一番上の星が消えたので、王様が「地上に降りた天女を捜して捕らえよ」と命ずる。長女は男の子を連れて天へ帰り、「私は結婚して身体がけがれたから、一番上にいる資格はない」と言って、妹と位置を交替した。長女のそばには、その子供である小さな星が見える〔*北斗七星のひしゃくの柄の真ん中の星ミザールと、傍らの小さな星アルコルのことである〕(沖縄県石垣市登野城)。 

★2a.北斗七星がすべて消える。

『星の神話・伝説』(野尻抱影)T「春の星座」大ぐま座  明の時代に、七人の大和尚がどこからともなく都へやって来て、二石もの酒を飲み歩いた。それと同時に空の北斗七星が光を消したので、「さてこそ北斗の精に違いない」と、太宗皇帝が、和尚たちを宮中に召して酒を賜ろうとする。すると和尚たちは姿を隠してしまい、その夜からふたたび北斗七星が、こうこうと輝きだした。

*南極老人星の化身の老人が、大酒を飲む→〔酒〕9の『星の神話・伝説』(野尻抱影)W「冬の星座」アルゴ座。

『酉陽雑俎』巻1−34  僧・一行(673〜727)が下僕に命じて、日暮れに廃園にやって来る豚七匹を捕らえさせ、甕に入れて封印した。すると、空の北斗七星が消えた。玄宗帝の下問に、一行は、「天の警告であるゆえ、大赦を行い囚人を釈放すべし」と進言した。これは、一行が恩人の息子を獄から救うために、したことであった。

★2b.北斗七星の一つが消える。

『七話集』(稲垣足穂)3「李白と七星」  ある晩、李白が北斗七星を数えると、一箇足りなかった。その一箇が自分の筆入れに入っている気がしたので、竹筒を振ってみたが、星は出てこない。そこで、もういっぺん北斗七星を数えたら、きっちり七箇あった。李白は「自分と星の間を、雁がさえぎったせいだろう」と、人々に語った。

★3.北斗七星が落ちて来る夢。

『水滸伝』(百二十回本)第14回  晁蓋は、北斗七星が家の屋根に向かってまっすぐ落ちて来る夢を見た。その時、柄に当たる部分の一つの星が、一条の白い光となって飛んで行った。彼は「星が家を照らすのは吉兆に違いない」と思った〔*この夢に力を得て、晁蓋と仲間たちは、蔡太師のもとへ贈られる不義の財宝を奪った〕。 

★4.北斗星を呑む夢。

『三国志演義』第34回  劉備玄徳の子劉禅は、幼名を「阿斗」といった。母の甘夫人が、北斗星を呑んだ夢を見て身ごもったからである。

★5.北斗星は、人の死をつかさどる。

『捜神記』巻3−6(通巻54話)  「若死の相だ」と言われた少年が、観相家に教えられて、桑の木蔭で碁を打つ二人の男の所へ行く。北側の男は死をつかさどる北斗星、南側の男は生をつかさどる南斗星だった。少年の差し出す酒食を、碁に夢中の二人は口にしてしまい、その返礼として、閻魔帳に記された寿命「十九歳」に上下転倒の印をつけ、「九十歳」に直してくれた。

★6.北斗七星は、北の空を一年中ぐるぐる回る。

北斗七星の追いかけ伝説(フランス西部、バスク地方の伝説)  北斗七星のひしゃくの口を形作る四つの星は、二頭の牛を盗んだ二人の泥棒だ。それを見つけて下男が追いかける。続いて奥さんが犬を連れて走り出す。最後に、でぶの主人がよたよたついて行く〔*奥さんが犬を連れているというのは、ひしゃくの柄の真ん中の星ミザールの傍らに、小さな星アルコルがくっついているから〕。

北斗七星の追いかけ伝説(韓国の伝説)  金持ちの旦那が、大工に頼んで家を建ててもらった。大工はあまり腕が良くなくて、四角い家をいびつに作ってしまった。大工は逃げる。旦那は鉈(なた)をふりかざして追いかける。息子が父をなだめて後を追う〔*ひしゃくの四つの星がいびつな家、柄の最初の星が大工、真ん中の星ミザールが旦那、鉈がアルコル、最後の星が息子〕。

 

※北斗七星の妻は、すばるの七つ星→〔すばる〕2の『クリッティカ ―― プレアデス星団』(インドの神話・伝説)。

※北斗にお辞儀をして、狐は人に化ける→〔頭〕2の『酉陽雑俎』巻15−577。

 

 

【ほくろ】

★1.同一人である証拠のほくろ。

『天衣紛上野初花(くもにまごううえののはつはな)(河竹黙阿弥)「河内山」  御数寄屋坊主河内山宗俊は、上野東叡山寛永寺法親王の御使僧・北谷の道海に化けて松江家へ乗りこむ。しかし松江家の重役北村大膳が、江戸城内で河内山を見知っており、頬のほくろを証拠として、道海が実は河内山であることを見破る。

『武家義理物語』巻1−2「ほくろは昔の面影」  明智光秀の婚約者が疱瘡にかかり醜い顔になったため、両親は相談して、容貌の似た妹娘を代わりに嫁がせる。しかし姉にあったほくろが妹にはないので、別人であると光秀は知る。光秀は妹を親里に帰し、あらためて姉を娶り睦まじく暮らす。

★2a.同一人が転生した証拠のほくろ。

『日本霊異記』下−39  善珠禅師は、あごの右に大きなほくろがあった。延暦十七年(798)、善珠は、「私は桓武天皇の夫人丹治比嬢女(たぢひのをみな)の胎に再誕する。ほくろがその証拠になる」と遺言して死んだ。翌延暦十八年(799)、丹治比の夫人が産んだ大徳親王は、善珠と同様に、あごの右に大きなほくろがあった→〔憑依〕2

『豊饒の海』(三島由紀夫)  大正の初め、松枝清顕は友人本多繁邦に「また会う」と言い残して、二十歳で病死する(『春の雪』)。昭和初期、本多は、清顕と同じく左脇腹に三つのほくろを持つ飯沼勲に出会うが、勲は二十歳で自刃する(『奔馬』)。昭和二十年代、タイの王女ジン・ジャンの左脇腹に三つのほくろがあるのを本多は確かめ、ジン・ジャンは二十歳でコブラに咬まれて死ぬ(『暁の寺』)。昭和四十年代、左脇腹に三つのほくろを持つ少年安永透を、本多は養子にするが、透は二十歳をすぎても死なず、「清顕の生まれ変わりではないのだ」と本多は思う(『天人五衰』)。

★2b.足の裏につけた墨が、転生後、ほくろとして現れる。

『現代民話考』(松谷みよ子)5「死の知らせほか」第3章の1  「私」の夫の弟は、九歳で水死した。祖父が「生まれ変わって来いよ」と言って、弟の左の足の裏に墨をつけた。それから何年かして「私」は夫と結婚し、昭和五十年(1975)に男の子が生まれた。その子の足の裏に小さなほくろがあり、しだいに大きくなって、今では七〜八ミリになっている。祖父が墨をつけたのと同じ部位なので、夫の姉たちは「この子は弟の生まれ変わりだ」と言っている(千葉県松戸市)。 

*転生した子の掌に文字→〔掌〕6の『力(りき)ばか』(小泉八雲『怪談』)。  

*転生した子の口に菜っ葉→〔菜〕5の『子不語』巻4−87。 

★3.身体の同じ部位にほくろのある二人。

『恋がたき』(星新一『妖精配給会社』)  鬼は死者を棒の前後にぶらさげ、肩にかついで冥府に運ぶ。そのため誰かが死ぬと、同じ部位にほくろのあるもう一人が頓死する定めだった。張は、恋がたきの李を直接殺せば、すぐに怪しまれるので、李と同じ部位にほくろのある人物を探して殺そうと考える。しかし、李と同じほくろを持つのは張自身だった。

★4.人妻のほくろの位置を、夫以外の男が知る。

『シンベリン』(シェイクスピア)第1幕〜第2幕  ポステュマスが愛妻イモジェンの貞節を誇るので、ヤーキモーが「奥様を口説きおとしてみせよう」と挑戦する。ヤーキモーはイモジェンの寝室へ忍び入り、眠るイモジェンの腕から腕輪を抜き取り、胸もとのほくろを見る。ポステュマスは、ヤーキモーから腕輪を見せられ、ほくろのことを聞かされて、イモジェンが不義をしたと思いこむ。

★5a.后のほくろ。

『カター・サリット・サーガラ』「『ブリハット・カター』因縁譚」  贋ナンダ王(*→〔火葬〕3)の皇后の肖像画を、宰相ヴァラルチが見て、「帯の部分にほくろがもう一つあれば、完全な瑞相になる」と考えて描き加える。皇后には実際そこにほくろがあったので、贋ナンダ王は、「衣服におおわれた個所のほくろを宰相が知っているのは、皇后を犯したゆえであろう」と思う。宰相は、王の疑いが晴れるまで身を隠す。

『平家物語』(延慶本)巻2−6「一行阿闍梨流罪事」  一行阿闍梨が楊貴妃の肖像画を描いた時、筆を落として楊貴妃の臍のあたりに墨をつけた。楊貴妃の膚のちょうどそのあたりにはほくろがあったため、肖像画を見た玄宗皇帝は、阿闍梨と楊貴妃の仲を疑った。

★5b.ほくろでなく、灸点という形もある。

『新可笑記』(井原西鶴)巻2−2「官女に人のしらぬ灸所」  武烈天皇は、寵愛の后が胸の病で死んだのを悲しみ、仏師に命じて后の木像を作らせた。ところが彩色をする時、仏師は筆を落として、木像の胸のあたりに墨がついてしまった。ちょうどそこは、后の胸痛を鎮めるための灸点の部位だったので、天皇は后と仏師の密通を疑った。

*僧の顔の痣(あざ)、という物語もある→〔痣(あざ)〕4の『古今著聞集』巻11「画図」第16・通巻386話。

★6.魅力的なほくろ。

『ケルトの神話』(井村君江)「ディルムッドとグラーニャの恋」  美貌の騎士ディルムッドの頬には、妖精が青春の愛と美の印としてつけたほくろがあった。そのほくろを見た乙女は皆、心をときめかせた。ディルムッドは帽子でほくろを隠していたが、ある時、球技をしていて帽子がずれた。王の娘グラーニャがほくろを見て、彼に心を奪われた→〔猪〕3

★7.ほくろを消す。

『双蝶々曲輪日記(ふたつちょうちょうくるわにっき)4幕目「八幡の里引窓の場」  相撲取りの濡髪長五郎は、人を殺して指名手配中の身の上である。彼の義理の兄弟である南(なん)与兵衛は、郷代官に取り立てられ、濡髪捕縛を命じられる。しかし与兵衛は濡髪を逃がそうと思い、逃走用の路銀を投げつける。金包みは濡髪の顔に当たったため、彼の人相の特徴である頬のほくろが取れる。濡髪は与兵衛の温情に感謝しつつ、落ちのびて行く。

 

 

【歩行】

★1.空中歩行。

『ヂャマイカ氏の実験』(城昌幸)  晩秋の夜、終電車を待つヂャマイカ氏は、もの思いにふけってプラットフォームを行きつ戻りつするうち、いつのまにか空中を歩行して線路を越え、向こう側のフォームへ到達してしまった。「私」はそれを見て驚愕したが、ヂャマイカ氏は「空間を大地と思い込んでいたため、歩けたのかもしれない」と言う。「私」の熱心な勧めで、氏は自宅の卓子(テーブル)に上り、もう一度空中歩行を試みる。たちまち氏は床に転落して、実験は失敗に終わった。

★2.水上歩行。

『宝物集』(七巻本)巻4  天竺に、愚直という者がいた。恒河川(=ガンジス川)に水が出て深かった時、愚直は「この川は渡れるだろうか?」と人に聞いた。聞かれた人は愚直を馬鹿にして、「水は踝(くるぶし)の所までだ」と言う。愚直はこの言葉を信じて渡ったところ、本当に川は踝の深さだった。

『法句譬喩経』巻1「篤信品」第4・第1話  世尊が大河の岸辺で説法するが、村人たちは経法を信じない。そこで世尊は一人の人を化作し、その人は水上を歩いて来て、世尊を礼拝する。驚く村人に、化人は「この河は踝ほどの深さだと聞き、それを信じて渡った」と言う。世尊は「深く信ずれば輪廻の淵すら渡れる。数里の河など奇とするに足らぬ」と説く。

*オリオンが海上を歩く→〔海〕9の『ギリシア神話』(アポロドロス)第1巻第4章。

*イエスが湖上を歩く→〔湖〕2の『マタイによる福音書』第14章。

★3a.二足歩行から四足歩行へ退化する。

『荘子』「秋水篇」第17  燕の寿陵の町の若者が、趙の大都会邯鄲まで出かけ、都会風の歩き方を学ぼうとする。しかし若者は、それを会得できないどころか、もとの歩き方をも忘れてしまった。若者は、四つん這いになって帰って行った。 

★3b.四足歩行で福を得る。

『諸国里人談』(菊岡沾凉)巻之1・1「神祇部」犬頭社  三河国碧海郡上和田村(岡崎に近い)に、「犬頭社」がある(*→〔犬の教え〕3)。深更に、青銅百疋を長くつないで口にくわえ、鳥居の辺から社まで四つん這いにはって行けば、必ず福を得ると言い伝えている。神慮に叶う人は社まで行けるが、深慮に叶わぬ人は、両足を後ろへ引っ張られるようになって、進むことができないという。

★3c.二足歩行が、人間の魂の病気の起源。

『人間の足音』(川端康成)  彼は膝の関節を病み、右足を切断した。彼は退院後、多くの健康な両足が地を踏む音を聞こうと、珈琲店の露台に座る。しかし、両足の音が健やかに揃っているものは一つもなく、皆、彼と同様のびっこの足音に聞こえる。彼は妻に「二本の足で立って歩くようになった時に、人間の魂の病気が始まった。足音が揃わないのも当然かもしれない」と語った。

★4.後ろ向きの歩行。

『大発見』(辰巳ヨシヒロ)  中年サラリーマンの諸星は、後ろ向きに歩くと時間が逆行し、若返ることを発見した。彼は五年間、後ろ向きに歩き続けて五歳若返った。普通なら五歳プラスするところが、五歳マイナスになったのだから、合わせて十歳若返った、ということもできる。諸星はあと五年後ろ向きに歩いて三十歳まで若返り、老妻と別れて若い女と一緒になるつもりだ。諸星の勤め先の禿頭の社長がそれを聞いて、早速自分も後ろ向きに歩いてみる。しかしたちまち転倒してしまった。

★5.誕生してすぐの歩行。

『今昔物語集』巻1−2  浄飯王の太子(釈迦)が誕生した時、天人が手を添えて、太子を四方(東・西・南・北)に各七歩、四隅(東北・東南・西北・西南)に各七歩、上方に七歩、下方に七歩、歩かせた。太子が足を上げると、そこに蓮花が生じて足を受けた。

 

 

【星】

 *関連項目→〔隕石〕〔彗星〕〔流れ星〕〔北斗七星〕〔惑星〕

★1a.空の星を落とそうとする。

『醒睡笑』巻之1「鈍副子」16  夜、小僧が長い棹を持ち、空の星を打ち落とそうとして庭を走り回った。和尚がそれを見て、「そこからは棹が届くまい。屋根へ上がれ」と言った〔*この物語の変型である『一千一秒物語』(稲垣足穂)「A MOONSHINE」では、竹竿で三日月を取る〕→〔月〕3。 

★1b.高い山に登れば、星を取ることができる。

『星を売る店』(稲垣足穂)  夏の夜。神戸の街を歩く「私」は、色とりどりのコンペイ糖を窓辺に陳列した店に入る。店員は「これは星です。世界中で一等天に近い、エチオピア高原の奇蹟の地で、取って来たのです」と説明する。「あちらでは、星を採りすぎたために天が淋しくなって、今では、遠方に残っている星がチラホラ光っているだけです」。「でも、候補地は続々と見つかっているのでしょう」と「私」は云う。「アンデス山、パミール台地、崑崙山、富士山というぐあいにね」。 

*高い山に登っても、星を取ることができない→〔あまのじゃく〕4の『あまんじゃくの星取り石』(松谷みよ子『日本の伝説』)。

★2.空の星が落ちる夢。

『苦しく美しき夏』(原民喜)  戦争はすでに始まっていた。「彼」の妻は肺を病み、ある夜、天上の星がことごとく墜落して行く夢を見て脅(おび)えた。妖(あや)しげな天変地異の夢が何を意味し何の予感なのか、「彼」には、ぼんやりわかるように思えた。都市が崩壊し暗黒になった図が、時々「彼」の夢に現れた〔*昭和十九年(1944)に妻は死去し、その翌年、原民喜は広島で原爆に被災した〕→〔原水爆〕1の『夏の花』。

*北斗七星が家に落ちる夢→〔北斗七星〕3の『水滸伝』第14回。 

*月が地に落ちる夢→〔夢解き〕2の『今昔物語集』巻1−4。

★3.多くの星が動いて、人々を驚かせる。

『狂った星座』(ブラウン)  一九八七年三月末のある夜、突然、多くの恒星が動き出し、地上の人々を驚かせた。これは、石鹸会社の社長スニヴェリー氏が特殊な装置を使って星の光を屈折させ、動いたように見せかけたのだった。四百六十八個の星が夜空に整列して文字を形づくり、石鹸会社の広告文となった。

『日本霊異記』下−38  延暦三年(784)十一月八日の夜、戌の刻(午後八時頃)から寅の刻(午前四時頃)まで、天の星がことごとく動き、入り乱れて飛び交った。これは、同月十一日に桓武天皇が早良皇太子とともに、奈良の宮から長岡の宮へ移ることの前兆であった。

★4.昼間に星が見える。

『故郷七十年』(柳田国男)「布川(ふかわ)時代」  「私(柳田国男)」が茨城県布川に住んでいた十四歳の時のこと。いたずら心から、小さな祠の扉を開けて御神体の珠を覗いた。「私」は妙な気持ちになり、しゃがんだまま、よく晴れた青空を見上げた。すると、昼間なのに数十の星が見える。突然、鵯(ひよどり)がピーッと鳴いて、「私」は正気に戻った。鵯が鳴かなかったら、あのまま気が変になっていただろう(*柳田国男とは対照的に、福沢諭吉は御神体の石を捨てても何事もなかった→〔禁忌を恐れず〕1の『福翁自伝』)。

★5.星は、空に輝く眼。

『星三百六十五夜 冬』(野尻抱影)12月21日「星の眼」  星を「空に輝く眼」と見るのは、未開民族の間では普通のことで、多くは、先祖以来の亡くなった人たちが天から見下ろしている、と信じている。ポリネシアでは、沖へ漁に出て夜になると、同船の女を丸裸にして仰向けに寝そべらせる。星の眼があらそってそれを覗こうとするので、曇っていた空もたちまち晴れるのだという。

*星は孔→〔宇宙〕7の『「タルホと虚空」』(稲垣足穂)。

*星は鋲→〔雲〕7cの『雲を消す話』(稲垣足穂)。 

★6.砂漠の星空。

『続 星と伝説』(野尻抱影)「沙漠の北極星」  沙漠の星は、満天にギラギラ輝く。アラビアのベドウィン族は、けがをした場合、「傷口を星の光にあてると治らぬ」と言って、急いで天幕に駆けこんで手当てをする〔*ただしアル・ゲディ(北極星)だけは特別で、目が疲れた時、しばらくアル・ゲディを見つめると痛みがとれるという。これは、常住不動の星に対する信仰からきているに違いない〕。

*星をながめて病気を治す→〔病院〕5の『第三半球物語』(稲垣足穂)「星の病院」。 

★7.星を食べる。

星を喰う神(アフリカ・ヤオ族の神話)  地上に住む神さまが、虹の弓・稲妻の矢を用いて星を射落とし、煮て食べていた。一人の酋長が神さまに頼んで弓と矢を借り、自分も星を食べようとする。しかし酋長は稲妻にうたれ、黒焦げになって死んでしまった。神さまは弓と矢を拾い上げて、どこかへ行ってしまう。神さまの姿が見えなくなった後、空に美しい虹がかかるようになった。人々は、「あそこに神さまの弓がかかっている」と、星を食べる神さまの噂をした。

 

※星々は、太陽(父)と月(母)の子供→〔太陽と月の別れ〕1の『月と太陽の離別』(中国の民話)。 

※星々は、太陽に光を供給している→〔太陽〕11のコンヴムの神話(コッテル『世界神話辞典』アフリカ)。

※星界への旅→〔旅〕3aの『銀河鉄道999』(松本零士)など。 

 

 

【星と生死】

★1.人の誕生と星。

『三国史記』巻2「新羅本紀」第2  新羅第十四代の王儒礼尼師今(じゅれいにしきん)の母は、夜歩いている時、星の光が口に入って身ごもった。

*北斗星を呑んだ夢を見て身ごもる→〔北斗七星〕4の『三国志演義』第34回。

『詩と真実』(ゲーテ)第1部第1章  一七四九年八月二十八日の正午に、「私(ゲーテ)」は誕生した。星位には恵まれていた。太陽は処女宮に位置し、その日の頂点に達していた。木星と金星は好意の眼差しで太陽を眺め、水星も反感を示してはいなかった。土星と火星は無関心の態度だった〔*月は「私」の誕生に逆らった〕。未熟な助産婦のせいで「私」は死児として生まれたが、命をとりとめたのは、めでたい星位のおかげだった。

『捜神後記』巻3−2(通巻27話)  天から流星が落ちて来て、水甕に飛び込む。三人の妓女が「吉兆だ」と言って、柄杓ですくおうとする。二人は失敗し、三人目の妓女がうまくすくい上げて、そのまま飲み込む。やがて彼女が産んだ子・桓玄は、後に東晋の帝になった。

★2a.イエス=キリスト誕生を告げる星。

『マタイによる福音書』第2章  東方の学者たちが、メシア(救世主)誕生を示す星を見て、ユダヤの地までやって来る。「メシアはベツレヘムに生まれる」との預言があったので、学者たちはベツレヘムへ向かう。星が天空を移動して、学者たちを先導する。星は、幼子(おさなご)イエス=キリストと母マリアのいる家の上にとどまった〔*他の福音書には、この物語は見られない〕。

★2b.イエス誕生の時に輝いた星の真相。

『その夜』(星新一『宇宙のあいさつ』)  核戦争が勃発し、あらゆる場所で超水爆が爆発して、すべての人が死に絶えた。炎と熱と輝きが、惑星の全部を覆い尽くした。遠く離れた地球から見ると、それは夜空でふいに輝きをました一つの星であった。星の光は、ベツレヘムの貧しい小屋の中にさしこみ、マリアを照らして、みどりごの誕生をうながしているようであった。

★3.人の死と星。

『今昔物語集』巻28−22  中納言忠輔は空を仰ぐのが癖だったので、「仰ぎ中納言」とあだ名された。忠輔がまだ右中弁だった頃、左大将済時が「今、天には何事がありますか?」と、忠輔をからかった。忠輔は不快に感じ「今、天に大将を犯す星が現れました」と言った。その後まもなく左大将済時は没したので、忠輔は「あの戯言(たわむれごと)のせいではあるまいか」と思った。

『三国志演義』第104回  重病の諸葛孔明は北斗を仰ぎ、遥かに一つの星を指さして、「あれがわしの将星だ」と言った。その星は色暗く、ゆらゆら揺れて、今にも落ちそうであった。その夜、司馬仲達は、赤色の光に角のある大きな星が東北から西南に流れ、蜀の陣地に落ちて二度三度跳ね上がるのを見て、諸葛孔明の死を知った。

『マッチ売りの少女』(アンデルセン)  大晦日の夜、マッチ売りの少女は流れ星を見て、「誰かが死ぬんだわ」とつぶやく。死んだ祖母から、「星が一つ落ちるたびに、一つの魂が神様のところへ昇って行くんだよ」と、少女は聞かされていた。マッチをすると光の中に祖母の霊が現れ、少女の魂を神様のもとへ導いた〔*→〔人魂〕1aの『曾根崎心中』に類似〕。

*死をつかさどる北斗星、生をつかさどる南斗星→〔北斗七星〕5の『捜神記』巻3−6(通巻54話)。

★4.死後の「私」と星。

『星三百六十五夜 冬』(野尻抱影)十二月十九日「星に酔うもの」  少年の頃ふと星に親しんでから、六十余年はいつの間にか過ぎてしまったが、人生行路の険しい山坂を登りつ降りつする道伴れに、いつも星がいないことはなかった。夜はもとより、眼を閉じれば昼もである。「私(野尻抱影)」は死んで独りになっても、星は見ていられそうな気がする。少なくもあちらが見ていてくれることは間違いがない。

 

 

【星に化す】

★1.地上の人間が天に昇って、星に化す。

『曾我物語』巻2「兼隆聟にとる事」  けいしゃう国の伯陽・遊子夫婦は、常に月を愛でて暮らしていた。夫伯陽は九十九歳で死に、妻遊子もやがてそのあとを追った。夫婦は天に昇って、牽牛・織女の二星となった。

『バーガヴァタ・プラーナ』  ウッターナパーダ王は、息子ドゥルヴァを可愛がらなかった(*→〔膝〕1a)。ドゥルヴァは悲しんで、五歳の時に父の都から出て行き、マドゥヴァナの森で苦行をおこなう。彼は一本足で棒のように不動に立ち、精神を集中してヴィシュヌ神を瞑想する。ヴィシュヌ神は、至高の場所、他の星々がそれを中心として回る位置を、彼に授ける。こうしてドゥルヴァは北極星となった。

『ラーマーヤナ』第1巻「少年の巻」第60章  トリシャンク王が祭祀を行なって、「生きたまま天界に赴きたい」と願う。インドラ神たちはいったん反対するものの、トリシャンク王の住む天の位置を太陽の道の外(=南方)に定め、頭を下にしてとどまるよう、はからった〔*トリシャンク王は南十字星になった〕。

*カリストとアルカスの母子は、大熊座と小熊座になった→〔母殺し〕4の『変身物語』(オヴィディウス)巻2。

*赤ん坊が天に昇って星となった→〔赤ん坊〕5の『和漢三才図会』巻第1・天部。

★2a.神あるいは聖人の魂が星になる。

『イシスとオシリスの伝説について』(プルタルコス)21  エジプトの神々は不死ではない。神々の遺体は祭司らの手で葬られ、魂は星となって空に輝いている。イシスの星はシリウス、ホロス(ホルス)の星はオリオン、テュポン(セト)の星は熊(大熊座)である。

『黄金伝説』143「聖フランキスクス(フランチェスコ)」  聖フランキスクスが死んだ時、ある人は、聖人の魂が月のように大きく、太陽のように明るい星となるのを見た。  

*カエサルの魂は箒星になり、神と見なされた→〔神になった人〕3の『変身物語』(オヴィディウス)巻15。

*親不孝の三兄弟が、死んで星になる→〔親捨て〕6の三つ星の話(中国の民話)。

★2b.英雄の無念の思いが星になる。

西郷星の伝説  西郷隆盛は西南戦争に敗れ、明治十年(1877)九月二十四日に討死した。それからまもなく、「天の一角に毎晩、西郷星が出る」との噂が広がった。西郷の無念の思いが星になって顕れたというので、大勢が戸外へ出て夜空を仰いだ。どの星が西郷星なのかは、はっきりしなかった。遠眼鏡で見ると、大礼服を着て馬に乗った西郷隆盛が星の面に見える、と言われた。

★3.鳥が星になる。

『よだかの星』(宮沢賢治)  醜いよだかは他の鳥たちから嫌われ、鷹からは「よだかという名を変えなければ殺す」と脅される。よだかは辛さのあまり空高くどこまでも飛び続け、その体は青く燃えて星になった。

*蠍(さそり)が星となって赤く燃える→〔さそり〕1の『銀河鉄道の夜』(宮沢賢治)。

★4.冠が星になる。

『変身物語』(オヴィディウス)巻8  酒神バッコス(ディオニュソス)が、ナクソス島のアリアドネの頭から冠を取って、空高く投げ上げる。虚空を飛ぶうちに、冠の宝石は燃え輝く星となり、冠の形をとどめたまま、ヘラクレス座と蛇使い座の中間に場所を占めた〔*かんむり座の由来〕。

★5.首飾りが星になる。

平将門の伝説  平将門は、愛人桔梗の前に裏切られ、怒って彼女の首を斬る。俵藤太秀郷が哀れに思い、桔梗の前の首飾りを空へ投げ上げると、高く舞い上がって「くびかざり座」の星になった〔埼玉県秩父郡吉田町。*この地方では、かんむり座を「くびかざり座」と呼ぶ〕。 

★6a.人間が一時的に天界を訪れる。地上から見ると、新しい星が現れたように見える。

『荊楚歳時記』7月  海は、天の川とつながっている。ある人が筏で海へ乗り出し、十余ヵ月を経て、機を織る婦と牛を牽く男のいる所へ到った。その人が「ここは何処か?」と、牛を牽く男に聞いたところ、「帰ってから厳君平を訪ねればわかる」と教えられた。その人は地上へ帰って、厳君平に問う。厳君平は、「某年某月に、客星が牽牛の宿(しゅく)を犯した」と言った〔*逸文に「張騫が天の河の源を尋ねた」と記す〕。

『今昔物語集』巻10−4  張騫が浮木に乗り、天の川の水源までさかのぼって、織女と牽牛に会った。その時、地上からは、天の川のほとりに見知らぬ星が現れたのが観測された。

★6b.地上の人間の動きが、天界の星の動きとなってあらわれる。

『後漢書』列伝第73「逸民伝」  後漢の厳光が光武帝と一緒に寝た時、足を帝の腹上に乗せた。その翌日、天文官が「客星が玉座の星を犯しました」と奏上した。光武帝は笑って、「旧友の厳光とともに寝ただけだ」と答えた。

 

 

【星の化身】

★1.星が人間の姿をして地上に現れる。

『子不語』巻17−441  曹能始先生は飲食のことに精通しており、その厨師・董桃媚も料理に巧みだった。ある時、董は「私は天厨星です」と、自分の正体を告げ、「曹公は前世で仙官であられた方、それゆえお仕えしていたのです。曹公の禄分は、もうすぐ尽きます。私も去らねばなりません」と言って空へ昇り、西方に去った。その年、曹先生は死んだ。

『捜神記』巻4−2(通巻72話)  漢の武帝が甘泉宮の祭りに向かう途中、渭水で水浴する女がいたが、女の乳房は七尺もあるように見えた。女は天上の星の化身で、祭主の身の清め方がまだ不十分であることを注意しに来たのだった。

*彗星が女の姿で田へ降りる→〔彗星〕1の『子不語』巻7−179。

*北斗七星の長女が地上へ降り、人間の妻になる→〔北斗七星〕1の『星女房』(日本の昔話)。 

『第三半球物語』(稲垣足穂)「冬の夜のできごと」  三十人ほどの紳士が、酒場で新年宴会を開いていた。「この中に、人間に化けた星が一つまじっている」と誰かが言い、「あいつが怪しい」「君こそ何者だ?」と、喧嘩が始まる。疑わしい者が皆にぶん殴られて、次々に外へ放り出された。最後まで勝ち残った一人が、「チビの自分が勝ち残るなんて不思議だ。ひょっとしてオレが星なのだろうか」と思う。たちまち彼は一箇の星と化し、超速度で昇天してしまった。

『星の神話・伝説』(野尻抱影)W「冬の星座」アルゴ座  中国では古くから、アルゴ座のカノープスを南極老人または老人星と呼んでいた。洛陽や長安では、冬の終わり頃、南の地平線上に低くこの星が見えると、その年は天下泰平であるといって祝った。宋の時代、カノープスの化身である老人が都に現れ、仁宗皇帝から酒を賜ったことがあった→〔酒〕9

★2.星が銀貨や銅貨に変る。

『星の銀貨』(グリム)KHM153  貧しい孤児の女の子が、パンを一つだけ持って野原を歩く。飢えた男や寒さに震える子供たちに出会い、女の子はパンを与え、帽子を与え、上着を与え、スカートを与え、襦袢(じゅばん)を与えて、とうとう丸裸になる。その時、空から星がばらばら降ってきて、地面に落ちると銀貨になった。女の子は銀貨を拾い集め、一生涯お金持ちで暮らした〔*流星は幸運をもたらすという民間信仰の昔話、といわれる〕。

*→〔冥界行〕1の『イナンナの冥界下り』(シュメールの神話)では、女神イナンナが冥界へ下る時、装飾や衣服を次々にはぎとられて素裸になる。

『星が二銭銅貨になった話』(稲垣足穂)  歩道にカチンと落ちてきた星を拾ってポケットに入れたら、翌朝、ピカピカの二銭銅貨になっていた。驚いて先生の所へ行くと、先生は、「すべてのものはモレキュールという粒からできている。その粒をこわすと、アトムという粉になる。アトムをこわすとエレクトロンになる。これがおしまい。エレクトロンの重なり方によって、さまざまな物の区別ができる。だから星が二銭銅貨になっても、決しておかしくない」と説いた→〔硬貨〕5

*石が釘になり銃弾になる→〔弾丸〕4の『博物館』(ボルヘス)「J・F・Kを悼みて」。

 

 

【蛍】

★1.蛍の光。

『うつほ物語』「内侍のかみ」  七月の相撲の節会後の夜宴に、朱雀帝が俊蔭女を召す。俊蔭女は参内し琴を奏して、尚侍(ないしのかみ)に任ぜられる。以前から俊蔭女に心を寄せていた帝は、何とかして彼女の美しい姿を見たいと思う。帝は蛍を直衣の袖に隠し、几帳の陰にいる俊蔭女の顔を、蛍の光で照らし見る。

『源氏物語』「蛍」  五月雨の頃、兵部卿宮(光源氏の異母弟)が玉鬘を訪れ、几帳ごしに思いを訴える。夜になって、源氏が多くの蛍を几帳の中に放つ。その光で、兵部卿宮は玉鬘の姿をほのかに見る。

『蒙求』194所引『晋書』列伝53  晋の車胤の家は貧しく、いつも油を買うわけにはいかなかった。車胤は夏には絹の袋に数十の蛍を入れ、その光で書物を照らして勉強した。

★2.多数の亡魂が多数の蛍になる。

『狗張子』(釈了意)巻1−5「島村蟹のこと」  治承(1177〜81)の昔、源三位頼政が謀反を起こし、宇治川を隔てて源平両軍が戦った。討たれた武者たちの亡魂は蛍となり、今もなお四月・五月には、平等院の前に数千万の蛍が集まり、光を争って戦う。

★3.生きた女の身体から抜け出た魂かもしれぬ蛍。

『古本説話集』上−6  和泉式部は、丹後守保昌との関係が終わった頃、貴船神社に詣でた。御手洗河に蛍の飛ぶのを見て、彼女は「物思へば沢の蛍も我が身よりあくがれ出づる魂かとぞ見る」の歌を詠んだ→〔歌〕6

『細雪』(谷崎潤一郎)下巻の4  雪子(船場の蒔岡家の三女)の見合いのため、幸子(蒔岡家の次女)は娘悦子、妹妙子(蒔岡家の四女)とともに、岐阜の大垣まで出かけた。彼女たちは蛍狩りに招かれたが、その夜、床の中で幸子は、自分の魂も身体からあくがれ出て、蛍の群れに交じって飛ぶように思った。

『蛍』(小泉八雲『骨董』)  冬の夜、松江の若い士族が、自宅前の小川に蛍が一匹飛んでいるのを見る。士族は、雪の降る冬に蛍が飛ぶことを怪しみ、杖で打つ。蛍は隣屋敷の庭へ逃げこむ。翌朝、士族が隣家を訪問すると、彼の許婚である娘が、「昨夜、わたくしは夢の中で空を飛び、あなたに出会って杖で打たれました」と語った。

★4.死んだ女の身体から抜け出た魂かもしれぬ蛍。

『伊勢物語』第45段  昔、男がいた。ある家の娘がこの男に思いを寄せた。娘は告白できぬまま病気になって死ぬ間際に、男への恋心を打ち明けた。親が泣く泣く知らせたので男はやって来たが、娘は死んでしまった。男は娘の家で服喪した。時は六月(旧暦)の末日で、夜になって、蛍が高く飛んだ。男は「ゆく蛍雲の上までいぬべくは秋風吹くと雁に告げこせ」と詠歌した〔*男は蛍を、娘の魂のように思ったのであろう〕。

『うたかたの記』(森鴎外)  六月十三日の夕方、画工の巨勢(こせ)と美少女マリイが、スタルンベルヒの湖で舟遊びをする。そこへ狂王ルードヴィヒ二世が現れたのを見てマリイは失神し(*→〔母と娘〕3)、舟から落ちて水死する。折しも、芦間から岸辺へ高く飛び行く蛍があり、マリイの魂が抜け出たのか、と思われた。

『感想』(小林秀雄)1  母が死んで数日後の夕方、「私(小林秀雄)」が家の門を出ると、行く手に大きな蛍が一匹飛んでいた。おっかさんは今は蛍になっている、と「私」は思った。「私」は蛍の飛ぶ後を歩き、曲がり角の手前で蛍は見えなくなった。男の子が二人、「私」を追い越して踏切りの方へ駈けて行った。彼らは「本当だ。火の玉が飛んで行ったんだ」と、踏切番に訴えていた。

★5.禿げ頭を、蛍の光に見立てる。

『サザエさん』(長谷川町子)朝日文庫版・第36巻131ページ  ワカメもタラちゃんも「蛍を見たことがない」と言うので、マスオは、蛍がどんなものか教えようと、紙を切って大きな羽根を二枚作る。その羽根を波平が腰につけて、四つん這いになる。マスオが電灯で波平の禿げ頭を照らし、「こっちがお尻なんだ」と説明する。ワカメもタラちゃんも「わかんなーい」と言う。  

★6.星が蛍になった。

星と蛍の起源(ルーマニアの民話)  羊飼いの娘を恋した天使が空の星になったが(*→〔天使〕2)、火花を発して他の星々に迷惑をかけるので、神様はその星を地上へ投げつけた。星は砕けて火の粉になり、火の粉の一つ一つは、羊飼いの娘がいる野原に飛び散って、蛍になった。

 

 

【発心】

 *関連項目→〔心〕

★1.人の死・動物の死に接して現世の無常を観じ、発心して仏道へ入る。

『今昔物語集』巻19−2  大江定基は愛人が病死しても葬らず、抱いて共寝をしていた。何日も経て、愛人の口を吸うと異臭がしたので、定基はこの世を憂きものと思い、道心を起こした。さらに、生きながら料理される雉の苦痛を見て、彼は道心を固め、髻を切って法師となった。

『今昔物語集』巻19−6  生侍が、産後の妻に食べさせるため、美々度呂池(みぞろが池)の雄鴨を弓で射殺した。すると雌鴨が、あとを慕って生侍の家までやって来て、雄鴨の遺骸に寄り添った。これを見た生侍は道心を起こし、愛宕護山の寺へ登り、法師になった。

『西行物語』  北面の武士佐藤義清(後の西行)は、二十五歳の初冬の夕べ、二歳年長の友人憲康とともに鳥羽離宮を退出し、「翌朝も誘い合って出仕しよう」と約束して別れる。ところが、その夜のうちに憲康は急死してしまった。義清は現世の無常を観じて、発心・出家する。彼は煩悩の絆を断ち切るため、四歳の娘を縁から蹴落とすことさえした。

★2.桜花を見、稲穂を見て、無常を観ずる。

『かるかや』(説経)  重氏は筑紫六ヵ国を知行していた。花見の宴の折、山おろしの風が吹いたが、桜の枝の開いた花は散らず、つぼみの花が先に散って、杯に浮かんだ。これを見た重氏は、まざまざと老少不定を観ずる。彼は二十一歳の若さで、懐妊中の十九歳の妻と、三歳の娘を捨てて遁世する。

『発心集』巻1−6  秋八月のある朝のこと。筑紫の男が自家の田地の広さに満足しつつ、稲穂の波を見るうち、俄にこの世の無常を観じた。彼はそのまま家へも帰らず、止める娘を振り切って高野山へ登り、やがて徳高い聖人となった。

★3.仏の教えを聞く・すぐれた僧に出会うなどして、発心し仏道に入る。

『今昔物語集』巻19−14  殺生を業とする讃岐の源太夫は、鹿狩りの帰途に立ち寄った法会の講師から、「『阿弥陀仏』と唱えれば、罪人も救われる」と聞く。彼は発心してその場で剃髪し、阿弥陀仏を求めて西へ西へと歩く。源太夫は、海をのぞむ峰で木の股にまたがり、阿弥陀仏を呼びつつ息絶える。その口からは、蓮華が生え出た。

『春雨物語』「樊噌(はんかい)」  父・兄殺しの盗賊樊噌が、旅僧に有り金を要求する。僧は金一分(ぶ)を渡して去るが、まもなく戻って来て、「物惜しみの心から偽りをして、気持ちがさっぱりしない。実はもう一分あった」と言って与える。樊噌は心中に寒さを覚え、心改まって、「弟子にしてほしい」と旅僧に請う。後に樊噌は大和尚となって、八十余歳で遷化した。

盤神岩(ばんず)の伝説  盤二・盤三郎兄弟は、山道で追いはぎを働いていた。ある時、彼らは一人の坊さんを捕らえる。坊さんは「わしは殺されれば仏果を得るが、お前たちは地獄へ堕ちるぞ。因果応報の理をわきまえぬとは、気の毒な」と説く。盤二・盤三郎兄弟は非を悟り、弓矢を捨てて坊さんの弟子になった(宮城県名取郡)。

*逆に、殺人の加害者が天国へ行き、被害者が地獄へ堕ちる、という話もある→〔天国〕3の『ある抗議書』(菊池寛)。

 

※妻の欲心を見て発心する→〔妻〕10の『恩讐の彼方に』(菊池寛)、『高野物語』(御伽草子)第3話、『三人法師』(御伽草子)。

 

 

【ホテル】

 *関連項目→〔宿〕

★1.多くの客が宿泊する都会の大ホテル。

『グランド・ホテル』(グールディング)  ベルリンのグランド・ホテルに滞在する客たちの人生模様。経営危機の会社の社長が、速記係の女を愛人にしようとする。「男爵」と自称する泥棒が、バレリーナ(演ずるのはグレタ・ガルボ)と恋仲になる。病気で余命僅かの会社員が、最後の贅沢をしようと連泊する。「男爵」は、社長の部屋へ盗みに入り、見つかって殴り殺された。社長は逮捕された。バレリーナには「男爵」の死は知らされなかった。会社員は、残りの人生を速記係の女と過ごそうと考え、二人でパリへ旅立った。

*高級ホテルに滞在して休暇を楽しむ人々→〔同性愛〕1の『ヴェニスに死す』(マン)、→〔二者同想〕6の『桃源境の短期滞在客』(O・ヘンリー)。

★2.孤独を求めて都会のホテルにこもる。

『雪』(川端康成)  ここ四〜五年、野田三吉は正月元日の夕方から三日の朝まで、家族と離れ、東京高台のホテルに一人隠れて過ごす。彼はホテルを「幻ホテル」、部屋を「雪の間」と呼んでいる。今年五十四歳の三吉は、ベッドに入って目を閉じ、幻の雪が舞い始めるのを待つ。しばらくして目を開けると、部屋の壁が雪景色になっている。雪の中に父が現れ、三吉を愛してくれた女たちが現れる。三吉は自由に彼らを呼び出し、会うことができるのだ。

★3.性交のためのホテル。

『ここより他の場所』(大江健三郎)  夏の真昼、情人を連れてホテルへ入ろうとする青年に、老人が話しかけてくる。「いい船がある。それに乗って、ここより他の場所へ行かないかね?」。青年は老人を無視してホテルへ入る。青年と情人は、避妊について口論した末に、避妊具なしで交わり、婚約する。ホテルを出る時、老人の姿はなかった。青年は思う。「あの老人と仲間になっていたら、どこか遠い所へ行けたのだ。おれは一生、ここより他の場所へは行けない」。

★4.ホテルの部屋のマジック・ミラー。

『影男』(江戸川乱歩)「断末魔の牡獅子」〜「隠形術者」  四方の壁と天井が鏡張りのホテルの一室で、全裸の五十男が四つん這いになり、そこに美女が馬乗りになって、男を鞭打つ。隣室のマジック・ミラーから、速水荘吉(影男)が男の狂態をのぞき見、写真を撮影する。五十男はS県の大富豪であり、速水は彼に写真を送りつけ、大金をゆすり取るのだった。

『ロシアより愛をこめて』(ヤング)  イスタンブールのホテル。夜、ジェイムズ・ボンド(演ずるのはショーン・コネリー)が部屋に戻ると、裸の美女がベッドで待っていた。女はソ連領事館職員タチアナ(ダニエラ・ビアンキ)で、これはボンドを陥れる罠であった。壁にはめこまれた大きな鏡はマジック・ミラーであり、隣室から2人の男が、ボンドとタチアナの情事を撮影していた→〔無理心中〕3

*ホテルの部屋の盗聴器→〔立ち聞き(盗み聞き)〕4bのシャンデリア(ブレードニヒ『ヨーロッパの現代伝説 ジャンボジェットのねずみ』)。  

★5.ホテルの経営者が、自分の息子を殺す。

『誤解』(カミュ)  小さなホテルを経営する母と娘が、客の男を眠らせて殺し所持金を奪う。ところがその客は、かつて家出したこの家の息子であった。彼は二十年ぶりに母と妹に会うために、客をよそおってこのホテルへ来たのだった〔*『異邦人』第2部の2に、ムルソーが独房内で繰り返し読んだ古新聞の記事として、同様の物語が記される〕。

*イギリスにも同様の物語がある→〔宿〕5の『霊を鎮める』(イギリスの民話)。

★6.人を狂わせ、殺すホテル。

『シャイニング』(キューブリック)  冬季は雪のため閉鎖され、無人になる山上のホテル。ジャック(演ずるのはジャック・ニコルソン)は、妻ウェンディ・息子ダニーとともに、一冬の管理人として住み込む。このホテルは、インディアンの墓地跡に建てられており、訪れる人を狂気に追いやるのだった。以前の管理人は、妻と二人の娘を斧で惨殺し、猟銃自殺した。ジャックも斧をふりかざしてウェンディとダニーに襲いかかるが、二人は雪上車でホテルから脱出する。ジャックは雪に埋もれて凍死する。

★7.高級ホテルではなく、貧しい人々の寝泊りする木賃宿。

『どん底』(ゴーリキー)  底辺の労働者、犯罪者、売春婦、病人などが暮らす木賃宿の地下室。巡礼ルカがやって来て、アル中の役者に無料の病院を教え、肺病の人妻に死後の平安を説く。木賃宿の亭主の妻ワシリーサは、泥棒ペーペルを愛人とする。しかしペーペルは、ワシリーサの妹ナターシャを口説いている。ワシリーサがナターシャを折檻し、騒ぎの中でペーペルは木賃宿の亭主を殴り殺す。前科者サーチンが酔って「人間は尊敬すべきものだ」と叫ぶ。その頃、外ではアル中の役者が首を吊っている。

 

※ホテルでの伝染病騒ぎ→〔チフス〕3の『熱い空気』(松本清張)。

※ホテルと同様、長距離列車も、人々が出会い、また別れて行く舞台になる→〔乗客〕8の『夜行列車』(カワレロウィッチ)。

 

 

【仏】

★1.仏の化身。

『寒山拾得』(森鴎外)  台州の主簿・閭丘胤は、托鉢坊主の豊干(ぶかん)から(*→〔病気〕5)、「国清寺にいる拾得という僧は、実は普賢菩薩です。寺の西の石窟に住む寒山という僧は、実は文殊菩薩です」と教えられる。閭は国清寺を訪れて寒山と拾得に会い、うやうやしく礼をする。二人は閭を見ると、腹の底からこみ上げて来るような笑い声を出し、いっしょに立ち上がって逃げた。逃げしなに寒山が、「豊干がしゃべったな」と言った。

★2.「仏が訪れる」との夢告。

『宇治拾遺物語』巻6−7  信濃国筑摩(つくま)の湯のあたりに住む人が、「明日、午(うま)の時に観音が来て湯浴みをすべし」との夢告を得た。その人は、夜が明けてから、このことを近隣に知らせる。午の時を過ぎ、未(ひつじ)になる頃、上野国の武者が湯治に来たので、人々は彼を観音と信じて拝む。武者は、「それでは我が身は観音だったのか」と思い、その場で出家した〔*『古本説話集』下−69、『今昔物語集』巻19−11に類話〕。

『発心集』巻1−6  南筑紫上人が、堂供養の導師を求めかねている時、「某日某時、浄名居士が来て供養すべし」との夢告を得た。当日、雨の中、蓑笠姿の賤しげな法師が来たので、堂供養を請う。この法師は、実は天台宗の明賢阿闍梨だった。

★3.仏像が苦痛を訴える。

『日本霊異記』中−22  道行く人が、「痛きかな」と泣き叫ぶ声を聞く。声のする家を調べてみると、盗人が仏の銅像の手足を切り取り、鏨で首を切っていた。

『日本霊異記』中−23  夜半に奈良の都を巡回する役人たちが、尼寺の前の原で「痛きかな」と泣き叫ぶ声を聞く。馬を走らせて駆けつけると、盗人が弥勒菩薩の銅像を石で壊していた。

『日本霊異記』中−26  禅師広達が橋を渡る時、「痛く踏むなかれ」という声を聞く。怪しんで橋をよく見ると、それは仏像を彫ろうとしたが途中でやめて、棄てた木だった。

『日本霊異記』中−39  大井川の河べりの砂の中に、「我を取れ」と声がする。旅僧がこれを聞いて掘り出すと、薬師仏の木像であった。僧はそこに堂を建て、仏像を安置した。

『日本霊異記』下−17  山寺に住む沙弥信行が、「痛きかな」とうめく声を聞き、毎晩それがやまなかった。寺中を探すと、鐘つき堂にある未完成の弥勒菩薩の脇士二体のうめきであった。

『日本霊異記』下−28  優婆塞が、寺の中に毎夜「痛きかな」とうめく声を聞く。堂の中を探すと、弥勒の丈六の仏像の首が落ちてころがり、大蟻が千匹ほど集まって首を噛み摧いていた。

★4.仏像が無実を訴える、あるいは、罪を告白する。

『餅は本尊様』(日本の昔話)  小僧が和尚に、「仏さんがおはぎを食べた」と言いつける(*→〔濡れ衣〕3)。和尚が棒で金仏をたたくと、金仏は「くわんくわん」と鳴った。しかし小僧が金仏を湯で煮ると、金仏は「くたくた」と言った(広島県高田郡)。

★5.にせの仏。

『今昔物語集』巻19−4  多くの生類の命を奪った源満仲が、老年に達して、にわかに発心・出家した。彼の道心を強めるために、源信僧都たちが相談し、笛・笙を吹く者十人ほどに、菩薩のごとき金色の装束を着せる。極楽の音楽とともに、金色の菩薩たちが金蓮華をささげて、満仲に歩み寄る。満仲は声を上げて泣き、板敷から転げ落ちて拝んだ。

『今昔物語集』巻20−3  五条の道祖神のあたりに、実のならぬ柿の木があった。ある時、天狗が金色の仏に化けて木の梢に現れ、光を放ち、花を降らした。京中の人々はこぞって拝みに行ったが、右大臣源光が怪しんでにらみつけると、仏は鳶となって地に落ちた〔*『宇治拾遺物語』巻2−14に類話〕。

『十訓抄』第1−7  僧に助けられた鳶(天狗の化身)が、返礼に霊鷲山での釈迦説法の場をあらわして見せる。「幻術ゆえ、尊いと思い給うな」と注意されたにもかかわらず、その荘厳さに僧が思わず合掌礼拝すると、たちまちすべては消え失せる〔*『大会』(能)はこの説話にもとづく〕。

*にせの仏の夢告→〔妻〕8の『因幡堂』(狂言)。

★6.人間が死んで仏菩薩になる。

『宝物集』(七巻本)巻3  長那梵士(ちやうなぼんじ)は摩那斯羅女(まなしらによ)との間に早離(さうり)・速離(そくり)の二人の子をもうけた。しかし摩那斯羅女が病没したので、長那梵士は新たな妻を迎えた。新たな妻は、長那梵士が留守の間に、継子の早離・速離を船に乗せ、遠い島へ捨てた。早離・速離は泣き悲しんで、「一切衆生の苦を救おう」と誓って餓死した。早離・速離は観音・勢至の二菩薩になった。彼らの母摩那斯羅女は、阿弥陀仏となった。

*人間が死後に神となって祀(まつ)られる→〔神になった人〕1の『小桜姫物語』(浅野和三郎)、→〔神になった人〕2の『浦島太郎』(御伽草子)など。

 

 

【仏を見る】

★1.夢で阿弥陀仏を見る。

『更級日記』  天喜三年(1055)十月十三日の夜、私(菅原孝標女。この時四十八歳)は、我が家の庭に阿弥陀仏が立っていらっしゃる夢を見た。霧一重を隔てたかのような見え方で、蓮華座が土から三〜四尺の高さに浮かび、その上に六尺ほどの背丈で、金色に光り輝いてお立ちだった。私一人がそのお姿を見て、他の人は見なかった。「このたびは帰り、後日、迎えに来よう」とおっしゃったが、そのお声も、私一人だけが聞いた。目覚めると十四日だった。

*→〔夜と昼〕3の『太平記』巻3「主上御夢の事」では、朝になってから、夜見た夢をふりかえって「昨夜の夢」とは言わず、「今夜の夢」と言っている。

★2.目を閉じて普賢菩薩を見る。

『撰集抄』巻6−10  「室(兵庫県室津)の遊女の長者(娼家の女主人)は普賢菩薩である」との夢告を得て、性空上人が長者のもとを訪れる。長者と遊女たちの歌舞を前にして、性空上人は目を閉じる。すると、普賢菩薩が白象に乗って、尊い法文を説くありさまが現出する。目を開けて見れば長者、目を閉じれば普賢菩薩である。この長者は遊女として年月を送ったのだが、誰も、彼女が生身(しょうじん)の普賢菩薩とは知らなかった。性空上人が暇(いとま)を告げて娼家を出るとまもなく、長者は死んだ〔*『古事談』巻3−95の類話では、神崎(尼崎市)の長者〕。 

★3.地蔵菩薩を見る。

『宇治拾遺物語』巻1−16  「地蔵菩薩は暁ごとに歩(あり)き給ふ」と聞いた老尼が、「地蔵様を拝みたい」と願って、方々を捜しまわる。男が老尼を、「ぢざう」という名前の、十歳ほどの童(わらは)の所へ連れて行く。老尼は童を見て土にひれ伏し、童は手に持った小枝で自分の額を掻く。童の顔は裂け、その中から地蔵菩薩の顔が見えた。老尼は涙を流して拝み、そのまま極楽往生した。

★4.観音菩薩を見る。

『日本霊異記』上−20  捕らえられ朝廷に送られた僧が高貴な風貌なので、絵師たちにその肖像を描かせる。提出された絵を見ると、どの絵も皆、観音菩薩の像であった〔*『今昔物語集』巻20−20に類話〕。

★5.人によって、異なる仏の姿が見える。

『宇治拾遺物語』巻9−2  唐土に宝志和尚という聖がいた。帝の命令で三人の絵師が、宝志和尚の肖像を描く。和尚は「私の真の姿を書き写せ」と言って、親指の爪で額を切り裂き、皮を左右へ引き退ける。すると、中から金色の菩薩の顔が現れた。一人の絵師はそれを「十一面観音」と見た。一人の絵師は「聖観音」と見た。絵師たちは各自が見たとおりの仏の姿を描き、帝に奉った。

★6.人によって、男女二人とも菩薩二体とも見える。

『源平盛衰記』巻30「広嗣謀叛並玄ボウ僧正の事」  聖武帝の皇后と玄ボウ僧正が御簾の内にいるところを藤原広嗣が見ると、二人は共寝をしているので、広嗣は帝に訴える。しかし帝が見ると、皇后は十一面観音、玄ボウは千手観音と現じて、衆生済度の方便を語り合っていた。

★7.「仏の姿を見た」と思ったら、狸や天狗が化けたものだった。

『宇治拾遺物語』巻8−6  近頃毎夜、普賢菩薩が白象に乗って姿をお見せになるので、愛宕山の聖が「長年お経を読んできたおかげ」と喜び、尊んで拝む。猟師もこれを見るが、「罪深き自分にまで仏身が見えるのは怪しい」と考え、とがり矢を弓につがえて、普賢菩薩を射る。菩薩の姿は消え、何者かが谷へ逃げて行く。翌朝、血のあとをたどると、谷底で大きな狸が死んでいた〔*『今昔物語集』巻20−13の類話では大猪〕。

『宇治拾遺物語』巻13−9  伊吹山の聖が、阿弥陀如来を信仰して長年念仏修行してきた。ある夜、空から「明日の未の時(午後二時頃)に迎えに行く」との声があり、翌日、金色の光を放つ阿弥陀如来や観音菩薩が飛来して、聖を連れて西方へ去った。七〜八日後、弟子の法師たちが、奥山の木の梢に裸で縛られている聖を発見する。聖は寺まで運ばれたが、二〜三日して死んだ。天狗に化かされたのである〔*『今昔物語集』巻20−12に類話〕。

 

※仏が人を助ける→〔神仏援助〕に記事。

 

 

【骨】

 *関連項目→〔仏舎利〕

★1a.神が、男(アダム)のあばら骨から女(エバ=イヴ)を造る。

『創世記』第2章  神は土のちりで人(アダム)を造ったが、「人が一人でいるのはよくない。助ける者を造ろう」と言った。神はアダムを眠らせてあばら骨の一つを取り、そこから女(エバ=イヴ)を造った。目覚めたアダムはエバとともに暮らし、後に二人は結婚した〔*平田篤胤は、『日本のイザナキ・イザナミ神話が西洋に伝わって、アダムとエバの物語になった』と主張する〕→〔出産〕10

★1b.「僕」の肋骨からイヴを作ってほしい。

『死の素描』(堀辰雄)  「僕」は肺の病気で、肋骨を一本駄目にしてしまった。「僕」がよりよく生きるためには、その化膿した肋骨を取り除く手術が必要だという。「僕」はその凶暴な手術に堪えねばならない。「その代わり、その骨で、僕にイヴを作ってくれないかなア・・・・」。「僕」はベッドのかたわらの看護婦に向かって言った。

★2.神が男を、悪魔が女を作った。

白鳥の潜水  神は、まず一人の人間を創造した。それは男で、ひとりぼっちで地上に暮らしていた。ある時、男が寝ていると、悪魔が彼の胸にさわった。すると男の肋骨から一本の骨が生え出て地上に落ち、これがもっと長くなって、そこから女が発生した(北アジア、レベド・タタール族)。

★3.死者の骨をつないで、生前の姿に戻す。

『エゼキエル書』第37章  主なる神の霊が、「わたし(エゼキエル)」を多くの人々の骨が満ちた谷へ置く。「わたし」が主に命ぜられたように預言すると、カタカタと音をたてて骨と骨が近づき、その上に筋と皮が生じて、彼らは生き返り、ついには大集団となった。

『加賀見山再岩藤(かがみやまごにちのいわふじ)「汐入馬捨場」  局(つぼね)岩藤が、中老尾上を自殺に追い込む(*→〔仇討ち(主君の)〕1の『鏡山旧錦絵』)。尾上の召使お初が、主人の仇の岩藤を斬って二代目尾上となる。一年後、二代目尾上が先代の命日に墓参りをし、汐入堤の馬捨場まで来ると、土手に散らばった白骨が寄り集まって岩藤の姿になる。岩藤は恨みの言葉を尾上に浴びせた後、日傘をさして宙を飛んで行く。

『還城楽物語』(御伽草子)  馬頭女が、亡き父龍王の骨をつないで再び生前の姿にもどすが、おとがいの骨一つが足りなかった。そこで、代わりに納蘇利の大臣の膝のふしを取って、これを糸でつなぐ。龍王は馬にうちまたがり、還城楽の軍勢と闘う〔*『入鹿』(幸若舞)中でも、同様の話が入鹿の口から語られる〕。

*西行が死人の骨を集め、反魂の秘術を行なって、人を造った→〔人造人間〕3の『撰集抄』巻5−15。

★4.動物の骨片から、その動物を再生する。

『屍鬼二十五話』(ソーマデーヴァ)第22話  バラモンの四兄弟A、B、C、Dが、神通力を修得すべく四方へ出発する。Aは動物の骨の一片から肉を創り出す力、Bは肉から皮と毛を創り出す力、Cは肉と皮と毛から肢体を創り出す力、Dは肢体に生命を与える力を得る。4兄弟は森で骨片を拾い、Aが肉を、Bが皮と毛を、Cが肢体を創ると、それはライオンであることがわかった。Dが生命を与えると、ライオンは四兄弟に跳びかかり、彼らを殺してしまった。

★5.骨が生命力の要、という信仰。

『金枝篇』(初版)第3章第12節  骨さえ保存されていれば、人間は再び息を吹き返す、という信仰があった。こうした信仰から、骨の一部分が黄金などに置き換わる物語も、生まれたのであろう。ピュタゴラスは何度も蘇生したが(*→〔前世を語る〕1の『変身物語』巻15)、彼は「数ある復活の際に一度、片脚を折られたか置き忘れられ、代わりに黄金を置いてもらった」と言って、黄金の片脚を見せた。オシリスの遺体がばら撒かれ(*→〔性器(男)〕3の『イシスとオシリスの伝説について』)、彼の四肢を拾い集めていたイシスは、失われた部位を一本の木材で代用した。

★6.武器としての骨。

『士師記』第15章  サムソンはろばのあご骨一つを見つけ、それでペリシテ人千人を打ち殺した。彼があご骨を投げ捨てた所は「あご骨の丘」と呼ばれた。

『2001年宇宙の旅』(キューブリック)  人類の黎明期のアフリカ。ある朝ヒトザルたちは、背丈よりも大きい謎の黒石板(モノリス)を見る。それに手を触れた彼らは、「知」を獲得する。一頭のヒトザルが、動物の脚の骨をもて遊ぶうちに、骨が大きな破壊力を持つことに気づく。彼は、対立するグループの一頭を骨で打ち倒し、こうしてヒトザルは武器を使うことを覚える〔*ヒトザルは、敵を倒した骨を空高く放り投げ、その骨が、宇宙空間を進むスペースシャトルに変わる〕。

『ハムレット』(シェイクスピア)第5幕  イギリスへの旅から帰国したハムレットが墓場を通りかかると、墓堀り人夫たちが頭蓋骨を掘り出している。ハムレットは、「カインが人類最初の人殺しに使ったのは、ろばのあご骨だった」と、友人ホレイショーに語る〔*カインのアベル殺しを述べる『創世記』第4章では、凶器についての記述はない〕。

マウイの冒険譚(ニュージーランド・マオリ族の神話)  英雄マウイが、祖先である老女ムリランガのもとへ行き、「あなたの顎の骨をいただきたい」と請う。ムリランガは「持って行くがいい」と言って、その強力な武器となる宝をマウイに与える。マウイは、ムリランガの顎骨を使って、さまざまな冒険をし、難事をなしとげた→〔女神〕3

★7a.火葬後の骨が原形をとどめない。

『はだしのゲン』(中沢啓治)  中岡元(ゲン)の母は広島で被爆した(*→〔原水爆〕1)。母は被爆に起因する胃癌のため、昭和二十四年(1949)の晩秋に死んだ。火葬後、ゲンが母の骨を拾おうとすると、骨はまったく形をとどめておらず、白い粉のかたまりが残っているだけだった。「原爆の放射能は、骨まで取って行くのか」と言って、ゲンは泣いた。

★7b.火葬後の骨が、脆(もろ)く黒ずんでいる。

『水滸伝』第24〜26回  納棺を行なう役人・何九叔が、蒸し団子売り武大の毒殺死を察知し、火葬の時に骨を二〜三片拾って袋にしまっておく。四十九日が近づいた頃、武大の弟武松が遠方の出張から帰って来る。何九叔は、脆く黒ずんだ武大の遺骨を袋から出して、武松に見せる→〔夫殺し〕1

★7c.火葬後の骨が蛇に変わる。

『沙石集』巻9−2  娘が寺の稚児を恋し、焦がれ死にした。娘は死後、蛇となって稚児を悩ませ、やがて稚児が死ぬと、蛇は棺の中の稚児に巻きついた。両親は、娘の骨を箱に入れておいたが、分骨するために箱を開けて中を見た。娘の骨は、すっかり小蛇に変わってしまったものもあり、半分ほど蛇になりかかっているものもあった。

★8.人間の骨の代わりに動物の骨。

『日本書紀』巻24皇極天皇2年11月  蘇我入鹿が巨勢徳太臣らを遣わして、斑鳩宮の山背大兄王を襲った。山背大兄は、馬の骨を寝殿に投げ入れて脱出した。巨勢徳太臣らは斑鳩宮を焼き、灰の中に骨を見て、王は死んだと思い囲みを解いた。

『骨違い』(落語)  大工の熊五郎が、女房お光の所へ来た間男だと誤解して、隣家の息子を叩き殺す。困った熊五郎夫婦は、弟分の吉五郎と相談し、死体を吉五郎の家の床下に埋める。何年か後、熊五郎とお光が夫婦喧嘩をし、お光は興奮して、床下の死体のことを口走る。役人が調べに来ると、吉五郎は「埋めたのは長屋の犬の死骸だ」と言い、実際、出てきたのは犬の骨だった。吉五郎は万が一のことを考え、死体を大川に捨て、犬の死骸を埋めておいたのだった。

★9a.聖者の遺骨を見た人が死ぬ。

『黄金伝説』111「殉教者聖ラウレンティウス」  聖ラウレンティウスの墓所が偶然開かれた。この時、聖人の遺骨を見た納室係や修道士たちは、十日後に全員死んでしまった。

★9b.聖者の遺骨に触れた死者が生き返る。

『列王紀』下・第13章  神の人エリシャが死んで葬られた後のこと。人々が一人の死者を葬ろうとした時、モアブの部隊が侵入して来た。そのため人々は、死者をエリシャの墓に投げ込んで立ち去った。死者はエリシャの骨に触れると生き返り、自分の足で立ち上がった。

★10a.親友二人の骨を混ぜる。

『ギリシア神話』(アポロドロス)摘要第5章  アキレウスとパトロクロスは親友だった。トロイア戦争でパトロクロスは戦死し、アキレウスがその敵(かたき)を討つが、彼もまた戦死してしまった。ギリシア軍は、二人の骨を混合して「白島」に葬った。 

★10b.骸骨を抱きしめる骸骨。

『ノートル=ダム・ド・パリ』(ユーゴー)第11編4  絞首刑になった人々の死体を棄てた穴の中に、奇妙な二体の骸骨があった。背骨の曲がった男の骸骨が、女の骸骨をしっかりと抱きしめているのだった(*→〔醜貌〕2)。男の骸骨を女の骸骨から引き離そうとすると、男の骨はこなごなに砕け散ってしまった。

 

※骨で作った笛→〔笛〕6の『唄をうたう骨』(グリム)KHM28。

※望みのものが得られる骨→〔靴(履・沓・鞋)〕3の『酉陽雑俎』続集巻1−875。

 

 

【洞穴(ほらあな)】

 *関連項目→〔穴〕

★1.洞穴に住む母子。

『うつほ物語』「俊蔭」  仲忠は三条京極の廃邸で生まれ、幼い頃から山や川へ行って食料を求め、母(俊蔭女)の世話をした。仲忠は六歳の時、母とともに北山の奥に入り、四本の杉が合わさって根もとが大きな空洞になっている所に、移り住んだ。猿たちが木の実や芋や果物などを持って来て、養ってくれた〔*仲忠が十二歳の時、父兼雅がたまたま山を訪れ、父子ははじめて対面した〕。

★2.洞穴に住む男女。

『タンホイザー』(ワーグナー)第1幕  騎士であり歌人でもあるタンホイザーは、愛の女神ヴェヌスに誘惑されて、ヴェヌスブルク(ビーナスの丘)の洞窟で性愛の歓楽に耽る。そこは、太陽も月も星も見えない世界である。バラ色の靄(もや)の中にいてタンホイザーは、澄んだ青空、緑の野、小鳥の歌、鐘の響きをなつかしむ。彼は自由を求め、ヴェヌスに別れを告げて(*→〔名前〕1b)、人間世界へ戻る→〔歌合戦〕1

『トリスタンとイゾルデ』(シュトラースブルク)第27章  マルケ王によって追放されたトリスタンとイゾルデは、荒涼たる山中に向かう。そこには「愛の洞窟」があった。それは、大昔に巨人たちが愛の営みをする時の隠れ家として、作られたものであった。トリスタンとイゾルデは洞窟に隠れ住むが、やがてマルケ王が二人の居場所を知る→〔閨〕4a

*砂の穴の底にある家→〔宿の女〕1の『砂の女』(安部公房)。

★3.洞穴に住む犬と娘。

『南総里見八犬伝』第2輯巻之1第12回  長禄元年(1457)の秋、八房は伏姫を背に乗せて、富山に入った。川を越えた所に南向きの洞(ほら)があり、八房はそこにとどまって前足を折り、伏した。伏姫は八房の心を悟って、背から下りた。伏姫は八房とともにその洞に住んだ〔*一年後、金碗大輔が富山に登り、八房と伏姫を銃で撃った〕。

★4.洞穴に住む怪物。

『オデュッセイア』第9巻  オデュッセウスと部下たちは航海の途中、一つ目巨人キュクロプス族の国に漂着する。オデュッセウスは部下の中から十二人を選び、キュクロプス族の一人ポリュペモスが住む洞窟の一つを、訪れる。ところがポリュペモスは洞窟に彼らを閉じこめて、毎日朝夕二人ずつ、オデュッセウスの部下を喰う。

 

 

【本】

 *関連項目→〔焚書〕

★1.読書に熱中して、何も目に入らず、音も聞こえない。

『読書論』(小泉信三)第10章  「中央公論」掲載の谷崎潤一郎『盲目物語』を、「私」は汽車の中で読んだ。朝、仙台を出てから読み始め、読み終わって我に返ると、汽車は停まっている。茫然として窓外を見る目に入った駅名は、黒沢尻だった。後で調べたら、仙台と黒沢尻の間には二十二の駅があって、急行で二時間四十分かかる。この二時間数十分の間、「私」は沿線の景色も目に入らず、停車駅の呼び声も耳に入らなかったのだ。

*地下鉄内でいろいろなことを考えたが、気づくと二分しかたっていなかった→〔地下鉄〕4の『追い求める男』(コルタサル)

★2.書物を食べる。

『鳥の物語』(タゴール)  礼儀も作法も知らず、好き勝手に空を舞って歌をうたう鸚鵡がいた。王様が「こういう鳥は、ものの役に立たぬ」と言い、「あの鸚鵡に学問を授けよ」と、大臣に命じた。学者たちが多くの書物を積み重ね、ページをちぎって鸚鵡の口の中に押し込んだ。鸚鵡は歌うことをやめ、死んでしまった。 

★3.本のページに毒を塗る。

『金瓶梅』の伝説  『金瓶梅』の著者・笑笑生とは、明代の文豪・王世貞のことである。王世貞の父はある人物に殺され、王世貞は父の仇(かたき)を討つため、淫書『金瓶梅』を書いた。父の仇は、指をなめて本のページをめくる癖があったので、王世貞は『金瓶梅』のページに毒を塗って贈った。しかし塗った毒が薄く、仇を殺すことはできなかったという。 

『千一夜物語』「イウナン王の大臣と医師ルイアンの物語」マルドリュス版第4〜5夜  イウナン王は医師ルイアンに病気を治してもらったが、悪人の讒言にまどわされて、医師を斬首しようとする。医師は王に秘密の本を贈り、「この本を三枚めくって左ページの第三行を読めば、私の斬られた首が、王様のあらゆる質問に答えます」と言う。王は本の内容をはやく知りたいと思い、医師の処刑前にページをめくる。ページには毒が塗ってあり、王は死ぬ。

*「笑いは罪悪」との思想から、笑いを論じた書物のページに毒を塗る→〔笑い〕5の『薔薇の名前』(エーコ)。

★4.不思議な本。

『聴耳草紙』(佐々木喜善)1番「聴耳草紙」  年の暮れに貧乏な爺が、死馬に群がる犬を追い払い、痩せたびっこの狐に馬肉を投げ与える。返礼に爺は、聴耳草紙という、古暦のような冊子をもらう。これを耳に当てると、鳥・獣・虫の声が人間の言葉に聞こえるのだった。

*呪いの本を開いた人が神隠しにあう→〔一人三役〕3の『古書の呪い』(チェスタトン)。

★5.無限のページを有する本。

『砂の本』(ボルヘス)  「わたし」が手に入れた、未知の言語で書かれた聖書は、無限のページを有しており、初めも終わりもない本だった。表紙のすぐ次のページを開こうと試みても、開いたページと表紙の間に、何枚ものページがはさまってしまう。まるで本からページがどんどん湧き出てくるようだった。最後のページも同様であった。一度見たページは、いったん本を閉じると、二度と捜し出すことができなかった。

★6.莫大な数の本。

『ヨハネによる福音書』第21章  イエスのなさったことは、たくさんある。その一つ一つを書くならば、世界も、その書物を収めきれないであろう。

*『華厳経』上本の分量は、世界全体よりも広大である→〔龍宮〕5の『八宗綱要』(凝然)「華厳宗」。

★7a.本の中に入る。

『ドラえもん』(藤子・F・不二雄)「のび太シンデレラ」  『浦島太郎』の絵本を読むたびに悲しくなる、とのび太が言うので、ドラえもんはのび太と一緒に「絵本入りこみ靴」をはいて、本の中に入り、タイムフロシキを浦島にかぶせて若返らせる。次にのび太が一人で『シンデレラ』の絵本に入るが、誤ってガラスの靴を割り、その上、自分の靴を片方落とす。王子は「この靴の主と結婚する」と言い、のび太は王子の花嫁になる。

『はてしない物語』(エンデ)  少年バスチアンは、古本屋で見た本『はてしない物語』に心引かれ、それを盗んで、学校の屋根裏の物置で読みふける。物語の中ではファンタージエン国が危機に陥り、作中人物たちが、外部世界の人の子の救いを求める。バスチアンは「今ゆきます」と叫び、本の中の世界であるファンタージエン国に入りこむ〔*ファンタージエンを救ったバスチアンは、高慢になり自分を見失うが、「愛」こそ最も重要なものであることを知り、人間世界へ戻る〕。

★7b.本の世界に入り込んで、現実に戻れない。

『処方』(星新一『ボンボンと悪夢』)  物語を読むと夢中になり、作中人物になりきってしまう女性がいた。読み終わって本を閉じると、われにかえるのである。ある時、女性は乱丁のある本を読み始めた。本の終わりの所に、初めの方のページがまぎれこんでいた。女性はそこまで読んでくると、また本の初めに戻り、作中人物になったまま、いつまでたっても本を閉じることができなかった。

*本の世界に入り込み、作中人物に殺される→〔作中人物〕8aの『続いている公園』(コルタサル)。

★8a.本を開くと、美女の姿が栞(しおり)になっていた。

『聊斎志異』巻11−415「書癡」  三十男の玉桂は毎日、読書にふけっていた。ある夜彼は、読みかけの本の中に、紗を切り抜いた美女の姿が、栞としてはさまれているのを発見する。栞の背面には、細字で「織女」と書かれていた。何日かの後、栞の美女は動き出し、人間と同じ大きさになる。玉桂は美女と結婚し、子供も生まれる。しかし県知事が美女の噂を聞き、拘引しようとしたので、彼女はどこかへ身を隠してしまった。

★8b.本を開くと、蛇の抜け殻が栞(しおり)になっていた。

『なぜ「星図」が開いていたか』(松本清張)  高校教諭の藤井は、蛇が大の苦手で、しかも心臓があまり丈夫でなかった。藤井の死を願う人物が、部厚い百科事典の中ほど(そこは「星図」の項目のページだった)に、蛇の脱皮殻を栞としてはさんでおく。そして、藤井が百科事典を開いて調べものをするように仕向ける。藤井は蛇の抜け殻を見て心臓麻痺を起こし、即死した。

*蛇の脱皮と人間の死→〔死の起源〕1の死と脱皮の神話など。

★8c.本の中に遺書を挟んでおく。

『悪魔が来りて笛を吹く』(横溝正史)  椿英輔子爵は自殺するに際し、「屈辱・不名誉に耐えられない」との遺書を、娘美禰子の持つ本『ウィルヘルム・マイステル』の中に挟んでおいた。「屈辱・不名誉」とは、子爵の妻秋子が犯している兄妹婚を意味し、そのことを美禰子に悟らせようとして、兄妹婚の悲劇を描く『ウィルヘルム・マイステル』(*→〔兄妹婚〕5の『ヴィルヘルム・マイスターの修業時代』)を利用したのだった。

*本の中に遺言状が挟まれていることを知らない→〔遺言〕3の『失った遺産』(H・G・ウェルズ)。

★9a.本の冊数が減って行く。

『サミング・アップ』(モーム)66  東方の若い王が、「世界の知恵の書物を集めよ」と、賢者たちに命ずる。三十年後、賢者たちは五千冊の本を届ける。しかし王は国事に忙しく、それだけの本を読む暇がなかった。本は十五年後に五百冊に要約され、その十年後には五十冊に要約されたが、この頃には王は年をとり疲れていて、読めなかった。さらに五年が過ぎ、賢者たちは、世界の知恵を一冊に凝縮した本を持って来た。王は老齢で瀕死の状態にあり、その一冊さえ読む時間がなかった。 

★9b.冊数が減っても、本の値段が変わらない。

『吾輩は猫である』(夏目漱石)3  古代ローマ七代目の王の所へ、女が九冊の本を売りに来る。その本には、ローマの運命が記してあった。たいへん高価だったので王が値切ると、女は三冊を火にくべて焼き、「残りの六冊を前と同じ値段で買え」と言う。王が「それは乱暴だ」と言うと、女はまた三冊を焼き、「残りの三冊を、九冊分の値段で買え」と要求する。値切ればその三冊も焼いてしまうかもしれないので、とうとう王は、高い金を出して三冊の本を買った〔*苦沙弥が細君に話した物語〕。

★9c.売った時の倍の値段で、本を買い戻す。

『大導寺信輔の半生』(芥川龍之介)5「本」  学生の「彼(大導寺信輔)」は古本屋で、「彼」自身が二ヵ月前に売った『ツァラトストラ』を発見し、懐かしさを感じた。「彼」はその本を一円四十銭で買い戻した。それは、売った時の値段七十銭の倍額だった。

 

 

【本と眠り】

★1.眠るための本。 

『ペルシア人の手紙』(モンテスキュー)第143信  三十五日間眠れぬ病人が、主治医の勧める阿片剤を断り、不眠症の特効薬として本屋に信仰書を注文する。コーサン神父の著書『聖廷』が届けられ、病人の息子が朗読するが、息子自身、早くも二ページ目で呂律が回らなくなり、周囲の人はいびきをかきはじめ、ついに病人もぐっすり眠りこむ。

★2.本を読んで眠り、その本の影響を受けた夢を見る。

『不思議な島』(芥川龍之介)  船の甲板にいる「僕」は、彼方に見えるサッサンラップ島について、英国の老人から説明を聞く。島では皆が野菜を作り、文芸作品の論評のごとくに、野菜についてのさまざまな品評が行なわれるという。老人の名刺に「ガリヴァー」とあったので「僕」は驚き、昼寝から目覚めると、読みかけの『ガリヴァー旅行記』が置炬燵の上にあった。

『光子の裁判』(朝永振一郎)  夢で「私(朝永振一郎)」は、波乃光子(なみのみつこ)という被告をさばく裁判を傍聴していた(*→〔分身〕2)。「被告の弁護人はどこかで見た顔だ」と思ったら、それはイギリスの物理学者ディラックだった。目覚めると、「私」はディラックの『量子力学』の十ページあたりを読みながら、本に顔をおしつけてうたた寝をしていたのだった。

★3.本を読んで眠ったが、本の内容とは全然関係のない夢を見る。

『小説の面白さ』(太宰治)  「私」は眠れぬ夜に、島崎藤村の『夜明け前』を、朝までかかって全部読み通したことがあった。そうしたら眠くなってきたので、その部厚な本を枕元に投げ出し、うとうと眠って夢を見た。その夢は、『夜明け前』とはまったく何の関係もない夢だった。あとで聞いたら、藤村は『夜明け前』完成までに十年間かけたということだった。

 

 

【本占い】

★1.本を開き、そのページに書いてある言葉を読んで、吉凶を判断し行動の指針とする。

『悪霊』(ドストエフスキー)  知事レンプケは、時たま当てずっぽうに本をあけ、右のページを上から三行読んでみて、占いをすることがあった(第2部第10章)。老学者ステパンは、『聖書』売りのソフィヤに、偶然に目に入った一節を読んで欲しいと請い、「僕は『聖書』で僕らの未来を占っているんです」と言った(第3部第7章)。

『月長石』(コリンズ)「物語」第1期「ベタレッジの手記」・第2期第8話「ベタレッジの寄稿」  七十歳を越した「私(執事ベタレッジ)」は、窮境に立った時、忠告が欲しい時には、いつも愛読書『ロビンソン・クルーソー』の適当なページを開き、そこに書かれてある文章から、行動の指針と将来の予言を読み取った。あまり熱心に読んだので、「私」はこれまでに、堅牢な『ロビンソン・クルーソー』を六冊も駄目にしてしまった。このあいだ、奥さまは七冊目を下さった。

『パンタグリュエル物語』第三之書(ラブレー)第12章  家臣パニュルジュが結婚の希望を持ちながらも迷っているので、パンタグリュエルはウェルギリウスの書物を三度開き、そこに現れる詩句をもとに結婚の吉凶を占う〔*しかし詩句の解釈がパンタグリュエルとパニュルジュで異なり、結局彼らは徳利明神の神託を求めて船出する〕。  

★2.本を開き、そのページに書いてある言葉をもとに、小説の題を決める。

『門』(夏目漱石)の題名の由来  朝日新聞社から「次回の連載小説の題を知らせよ」との催促があり、漱石は、「何でもいいから名前を考えて、社に報告してくれ」と森田草平に頼んだ。草平は小宮豊隆の所へ相談に行き、豊隆も困って、机上の『ツァラトゥストラ』を、おみくじでも引くようにパッと開いた。そうして出てきたのが『門』という言葉である。翌日の新聞に「『門』近日連載開始」の予告が載り、漱石はそれを見て、自分がこれから書く小説の題が『門』であることを知った。  

★3.本を読んで目についた言葉が、翌日の運命を暗示していた。

『オリヴァー・トゥイスト』(ディケンズ)第3巻第44〜45章  悪漢サイクスの情婦ナンシーが、ある夜本を読んでいると、どのページにも「棺桶」という字が書いてあるので不吉に思う。翌日の早朝、ナンシーはサイクスに殴り殺された。

 

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