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【願い事】

★1.願いは一度口に出せば叶う。

『サザエさん』(長谷川町子)朝日文庫版38巻103頁  波平が一人で食堂に入り、調理場に向かって「カレーライス」と言う。応答がないので再び「カレーライス」と言う。さらにもう一度「カレーライス」と言うと、店の主人がカレーライスを三皿持って来て、「何、一つ? 一つなら一ぺん言やわかるんだ」と怒る。

『マハーバーラタ』第1巻「序章の巻」  昔、夫に恵まれない一人の娘が、「夫を下さい」と五回繰り返してシヴァ神に願った。シヴァ神は「お前は五人の夫を持つがよい。来世でこの祝福は叶えられるだろう」と言った。その娘の生まれ変わりが、パーンダヴァ五兄弟の妻ドラウパディーである→〔一妻多夫〕2

*客が駕籠かきに、「南鐐(二朱銀)をやる」と三度言う→〔金〕6の『浮世床』初編・巻之中。

*三度目に願いが叶う→〔三度目〕1の『イソップ寓話集』(岩波文庫版)173「木樵とヘルメス」など。

★2a.三つの願い。願い事をする前と同じ状態にもどってしまう。

『カレンダーゲシヒテン(暦話)』(ヘーベル)「三つの願い」  若い夫婦が、山の精から「三つの願いをかなえてやる」と言われる。妻が何気なく口にした一言で、ソーセージが出てくる。夫が怒って「お前の鼻につけばよい」と言うと、その通りになる。三つめの願いはソーセージを鼻から取ることに使われ、願い事をする前と同じ状態にもどる。

『千一夜物語』「三つの願いごと」マルドリュス版第502夜  信徒の願いが必ずかなう奇跡の夜、三つの願いごとをする権利を持つ夫が、壮大な陰茎を望む。それが大きすぎたので妻が恐れ、夫は「これを取って欲しい」と願う。すると何もなくなってしまい、夫は「最初にあった陰茎を戻して欲しい」と祈る。こうして三つの願いがかなえられる。

★2b.二つ目の願いを、三つ目の願いで取り消す。

『猿の手』(ジェイコブス)  干からびた猿の手が、三つの願いをかなえてくれる。老人が二百ポンドを望むと、翌日一人息子が勤め先で機械にまきこまれて死に、弔慰金二百ポンドが手に入った。何日か後の夜、老妻にせがまれて、老人は息子の蘇生を願う。やがて誰かが戸をノックする音が聞こえる。老人は、機械で引き裂かれた息子の姿を思い、あわてて三つ目の願いをする。ノックの音は止む。

★2c.三つ目にようやく賢明な願い事をする。

『寓話』(ラ・フォンテーヌ)巻7−5  モンゴルの某家のお化けが、主人夫婦の三つの願いを叶える。夫婦はまず富を得るが、泥棒がねらい、殿様が借金を申しこみ、王様が税金をかけるので閉口する。次いで貧困の安らぎを望み、最後には知恵を求める。これこそ、少しも邪魔にならぬ財宝である。

★2d.三つの願いが叶うしるし。

『今昔物語集』巻4−28  天竺の某寺に白檀(びゃくだん)の観自在菩薩像があり、霊験あらたかだった。外国から仏法を学びに来た僧が、「無事に帰国できること。兜率天に生まれて慈氏(弥勒)菩薩に会うこと。修行して無上道(究極の悟り)を得ること」の三つの願いを述べ、種々の花を紐に通して作った三つの花鬘(けまん)を、遠くから投げかけた。花鬘は僧の期待どおりに、観自在菩薩像の手と両臂と頸項(くびのうなじ)にかかり、願いが叶うことがわかった。

★3.愚かな願い事・誤った願い事をしたために、想定外の悪い状況におちいる。

『パイクロフトの真実』(H・G・ウェルズ)  パイクロフトは肥満の解消を願い、ヒンズー語の古文書の処方にしたがって薬膳を摂取する。しかし「肥満」と言わずに「体重をなくしたい」と願ったため、見かけは肥ったままで体重がゼロになり、宙に浮いてしまう。それ以来彼は、鉛板入りの下着をつけて暮らすようになった。   

『変身物語』(オヴィディウス)巻11  ミダス王は、「身体に触れるものがすべて黄金になるように」と酒神バッコス(ディオニュソス)に願い、バッコスはその願いを叶える。しかし食べ物までが黄金に変わってしまい、飢えと渇きに苦しんだミダス王は願いを取り消す〔*日本にも、これと同型の伝説がある→〔二者択一〕1の産女(うぶめ)の伝説。→〔長者没落〕1の福田の森の伝説も似た物語〕。

『変身物語』(オヴィディウス)巻14  シビュラは長寿を願ったが、その時、若さを保つことを願うのを忘れた→〔年数〕2

 

※流れ星を見て、願い事をする→〔流れ星〕1の『万華鏡』(ブラッドベリ)。

 

 

【猫】

★1.飼い主に富と地位をもたらす猫。

『長靴をはいた猫』(ペロー)  貧しい粉ひきが死に、遺産として、長男が粉ひき場、次男がろば、末子が猫を得る。猫は末子を「カラバ侯爵」と名づけ、王様に贈物を献上して、カラバ侯爵が大金持ちであるように思わせる。猫は、人食い鬼を退治して(*→〔変身〕4)その城と広大な領地を乗っ取り、末子(カラバ侯爵)を住まわせる。王様は城を訪れて感心し、末子を王女の婿にする。

『ペンタメローネ』(バジーレ)第2日第4話  乞食が死ぬ時に、長男に篩(ふるい)を、次男ガリューゾに猫を遺す。ガリューゾは猫の計略のおかげで王様の娘と結婚し、大金持ちになる。しかし、死んだふりをした猫にむかって、ガリューゾが忘恩の言葉を吐いたため、猫は彼を見捨てて去った。

*猫が高く売れたので、飼い主は金持ちの紳士になった→〔売買〕1の『ウィッティントンと猫』(イギリスの昔話)。

*貧しい飼い主のために身売りする猫→〔身売り〕5の佐渡おけさの伝説。

*飼い主の犯罪をあばく猫→〔動物教導〕2の『黒猫』(ポオ)。

★2.綱をつけて飼う猫。

『源氏物語』「若菜」上  三月、六条院の庭で蹴鞠(けまり)が行なわれ、柏木も参加した。女三の宮の部屋で小さな唐猫が飼われていたが、まだ人になついていないため、綱をつけてあった。唐猫は、大きな猫に追いかけられて外へ逃げ、綱が引っ張られて御簾(みす)がまくれ上がる。部屋の中が丸見えになったので、几帳の向こうにたたずむ女三の宮の姿を、柏木ははっきりと見た。

*「猫の綱を解け」との法令→〔猫と鼠〕4の『猫の草子』(御伽草子)。

★3.猫の教え。

豪徳寺の招き猫の伝説  井伊直孝主従が豪徳寺前を通りかかった時、門前の猫が彼らを招いた。不思議に思った直孝らは寺内に入り、住職が茶の用意をしていると、にわかに空が曇り豪雨となった。猫のおかげで雨に濡れずにすんだと直孝らは喜び、この寺を井伊家の菩提寺とした(東京都世田谷区)。

★4a.もの言う猫。

『百物語』(杉浦日向子)其ノ54  婆が庭先で白魚の干物を並べていると、日向ぼっこをしている老猫が、「それをおれに食わしや」と言う。婆は「何を言うぞ」とたしなめ、もう一言何か言わぬか待っていたが、猫は眠ったらしく、婆が猫の言葉を聞いたのはそれぎりであった。

『耳袋』巻之4「猫物を言ふ事」  寺の猫が鳩を狙うが逃げられて、「残念なり」と言う。驚く和尚に、猫は「十年余も生きれば猫は物を言い、さらに十四〜五年も過ぎれば神変を得る。ただし狐と交わって生まれた猫は、それほどの年功がなくとも物を言う」と教えて、去る。

『耳袋』巻之6「猫の怪異の事」  飼い猫が雀を狙い損ねて、「残念なり」とつぶやく。主人が猫を押さえ、「畜類の身として、物言ふ事怪しき」と咎めると、猫は「物言ひし事なきものを」と言って逃げ去る。

★4b.人間が猫に言葉を教える。

『トバモリー』(サキ)  アピン氏が、ウィルフリッド卿の飼い猫トバモリーに、人間の言葉を教える。トバモリーは、ウィルフリッド邸の客たちと自由に会話をする。しかし彼らが秘密にしておきたいことまでも、トバモリーはしゃべるので、皆は「トバモリーを殺そう」と話し合う。トバモリーは姿をくらまし、近所の猫と喧嘩して噛み殺される。アピン氏は、次に動物園の象に言葉を教える。象は暴れ出し、アピン氏を殺してしまう。アピン氏は象に、ドイツ語の不規則動詞を教え込もうとしたのだった。 

★5a.死ぬ姿を見せない猫。

『古今著聞集』巻20「魚虫禽獣」第30・通巻686話  保延の頃(1135〜41)、宰相中将の乳母が飼っていた猫は、体高一尺、つないだ綱を切ってしまうほど力が強かったので、放し飼いにしていた。十歳をこえると、夜、背中が光るようになった。乳母は猫に「死ぬ姿を見せるな」と、言い聞かせていた。猫は十七歳の年に、行方知れずになった。

★5b.飼い主の死と同時に、行方知れずになった猫。

『現代民話考』(松谷みよ子)10「狼・山犬 猫」第2章の3  弟の秀夫はメスの大きな三毛猫を大事にしていた。秀夫が兵隊に行ったあと、三毛猫は毎日秀夫の布団の上に寝て帰りを待っていたが、ある日突然、姿が見えなくなった。戦争が終わってから、秀夫がサイパン島で戦死したことを知った。昭和十九年(1944)七月十九日、秀夫は二十一歳だった。後で思うと、秀夫が死んだ日の頃に、猫がいなくなったのだ(宮城県柴田郡村田町)。

★6a.夫と牝猫と妻の三角関係。

『牝猫』(コレット)  二十四歳のアランは十九歳のカミーユと結婚したが、アランは以前から飼っていた牝猫の「サア」を、妻よりも愛していた。カミーユは嫉妬し、「サア」を十階の窓から突き落とす。さいわい、三階の日除けが衝撃をやわらげ、「サア」は無事だった。しかしアランとカミーユは、結婚三ヵ月半で別れることになった。

★6b.夫と雌猫と二人の妻の、複雑な関係。

『猫と庄造と二人のおんな』(谷崎潤一郎)  三十歳近い庄造は、十年来の飼い猫リリーを溺愛し、前妻品子も、今の妻福子も、リリーに嫉妬を覚えるほどだった。ある時、品子から「寂しいのでリリーを譲ってほしい」との手紙が来て、庄造・福子夫婦は、リリーを品子に渡す。品子は庄造に未練があり、リリーを餌に庄造との復縁をたくらんでいるのだ。庄造には復縁の意志はなく、ただリリー恋しさに、品子の留守をねらって逢いに行く。しかしリリーは庄造に無愛想な一瞥を与えるだけで、眠そうに眼を閉じてしまった。 

★7.猫を恐れる人。

『今昔物語集』巻28−31  大蔵の大夫(たいふ)藤原清廉(きよかど)は、前世が鼠だったのであろうか、ひどく猫をこわがった。そのため彼には「猫恐(ねこおぢ)の大夫」というあだ名がついた。清廉が租税を滞納した時、大和守は清廉を逃げ場のない部屋に招き入れ、大きな猫五匹を放った。清廉は震え上がり、ただちに納税の手続きをして、帰って行った。

★8.老人と老猫。

『ハリーとトント』(マザースキー)  ハリー(演ずるのはアート・カーニー)は妻に先立たれ、子供たちは独立して、七十二歳の今、愛猫トントとマンハッタンのアパートに住んでいる。アパートが取り壊され、ハリーはトントを連れて、郊外に住む長男、シカゴの長女、ロサンゼルスの次男のもとを順次訪れるが、彼らと同居することは無理だった。ハリーはサンタモニカに腰を落ち着け、週に三回、高校生を教える。トントは十一歳の高齢で、病気になって死んでしまった。人間ならば七十七歳にあたるだろう。

*老人と愛犬→〔犬〕3の『ウンベルトD』(デ・シーカ)。

★9a.人間が猫に生まれ変わる。

『更級日記』  私(菅原孝標女)が十五歳の五月頃、ある夜、猫がどこからか入りこんで来たので、飼っていると、その猫は姉の夢に現れ、「自分は、前年病死した侍従大納言(藤原行成)の娘が転生したものだ」と告げた。しかし翌年四月、火事でその猫は焼死した。

★9b.猫が人間に生まれ変わる。

『広異記』35「三生」  六歳の家つき奴隷が、ある日、急に目を見はって奥様の顔を見つめ、「私は、奥様が子供の頃に飼っておられた野良猫です」と言い出した。「野良猫の私は死後、乞食の子に生まれ変わり、飢えと寒さに苦しんで二十歳で死んだ後、このお屋敷の奴隷の子として生まれました」と彼は語った。

★10.妖猫が人を喰い殺して、その人に化ける。

『南総里見八犬伝』第6輯巻之5下冊第60回〜第7輯巻之3第66回  下野国庚申山の妖猫が、山の奥を究めようと登り来た郷士赤岩一角を喰い殺し、一角になり代わって下山する。一角の息子角太郎(後の犬村大角)は、これをまことの父と思って仕えるが、犬飼現八が訪れて、にせ一角の正体を暴く。角太郎と現八は、協力して妖猫を倒す。

『耳袋』巻之2「猫の人に化けし事」  年を経た妖猫が、ある男の老母を喰い殺し、老母になり代わる。ある時、猫の姿を顕したので息子が切り殺すと、死体は母の姿になった。

★11.猫女房。

『イソップ寓話集』(岩波文庫・旧版)76「牝猫とアフロディーテ」  牝猫がアフロディーテに祈って美女に変身し、ある若者と結婚した。アフロディーテは、牝猫が身体とともに性質も変えたかどうか試すため、新婚夫婦の部屋に鼠を放つ。新妻は場所柄を忘れ、鼠を追いかける。アフロディーテは立腹し、新妻をもとの牝猫に戻した〔*岩波文庫・新版50では「鼬とアプロディテ」〕。

★12.猫の名前。

『浮世床』初編・巻之中  「子猫に強い名をつけよう」と言って、皆がいろいろ智恵を出す。「虎」としようとの提案があるが、虎よりも龍の方が上だから「龍」、龍も雲がなければだめなので「雲」、雲は風に吹き飛ばされるから「風」、障子をしめれば風は吹きこまないので「障子」、障子は鼠には齧られるから「鼠」、となって結局、鼠は猫にはかなわないゆえ「猫」と名づければいい、との結論になる。

『応諧録』(明・劉元卿)「猫号」  ある人が、よく鼠をつかまえる飼猫に「虎猫」という名前をつけ、自慢していた。すると客たちが「もっと良い名前を」と言って、次々に提案した。龍は虎よりも強いから「龍猫」、雲に乗らねば龍は昇天できないから「雲猫」、風は雲を吹き散らすから「風猫」、塀は風を防ぐから「塀猫」、鼠は塀に穴を開けて崩すから「鼠猫」。

*鼠の嫁入りの物語→〔円環構造〕1bの『パンチャタントラ』第4巻第8話。 

★13.猫にとってライオンは、神のごとき存在である。

『猫の事務所』(宮沢賢治)  猫の歴史と地理を調べる第六事務所に、黒猫の事務長と、白猫・虎猫・三毛猫・かま猫の四人の書記が勤めている。第四書記のかま猫は皆から嫌われ、ある日とうとう仕事を取り上げられてしまい、書類のない机を前に、しくしく泣き続ける。突然、獅子が現れて「お前たちは何をしているか」と叱り、解散を命ずる。事務所は廃止になる(*→〔デウス・エクス・マキナ〕の一種)。

 

 

【猫と鼠】

★1.猫と鼠が憎み合うようになった起源。

『十二支の由来』(中国の昔話)  昔、玉皇大帝が、十二支の動物を選ぶ大会を天上で開いた。その頃、猫と鼠は仲の良い友だちだった。大会の前日、猫は「おれは居眠りをすることが多いから、明日、声をかけて起こしてくれ」と鼠に頼む。しかし翌日、鼠は猫を起こさずに天上へ上がり、十二支の一番目になった。大会が終わってから猫は目覚め、怒って鼠を食い殺した。それ以来、猫と鼠は憎み合うようになったのだ(浙江省)。

*鼠が牛を利用する物語もある→〔競走〕1の『十二支(えと)の起こり』(日本の昔話)。

★2.猫を恐れる鼠。

『狗張子』(釈了意)巻7−5「鼠の妖怪、附・物その天を畏るること」  大商人徳田某が、古屋敷を買って山荘とした。ある夜、「屋敷の旧主」と称する男が、侍や女房など二〜三百人を率いて乗り込み、酒宴をする。翌朝見ると、屋敷内の家具・器物がすべて破損していた。その中で、眠る猫を描いた懸物だけが無傷だったので、昨夜の人々の正体は鼠であり、猫の絵を恐れて近づかなかったことがわかった。

『災難』(星新一『きまぐれロボット』)  飼っている鼠たちが危険を予知して騒いだため、飼い主の男は、地震による家の倒壊や船の沈没事故から逃れることができた。ある時、鼠たちがまた騒ぐので、男はこの家に災いが迫っていると思い、転居した。すると鼠たちは静かになったので、男は一安心した。その頃、男のもとの家の隣には、猫をたくさん飼っている人物が引っ越して来ていた。 

『ねずみ』(落語)  貧乏宿の「鼠屋」のために、左甚五郎が鼠を彫り、店先に置いて竹網をかける。その鼠が動くというので大評判になり、「鼠屋」は繁盛する。隣りの「虎屋」が対抗して、虎の彫り物を二階に置くと、虎に見下ろされた鼠は動かなくなる。これを知った左甚五郎が、「あの虎はそれほど良い出来でもないのに恐いのかい?」と鼠に聞く。鼠は驚き、「あれは虎ですか? 猫だと思った」。

★3.猫と互角に戦う鼠。

『耳袋』巻之10「猫忠死の事」  大阪河内屋惣兵衛宅で飼うぶち猫が、主人夫婦に、「妖鼠が当家の娘を狙っており、自分一匹では守り難い。河内屋市兵衛方の虎猫の協力が必要だ」と夢告する。ぶち猫・虎猫は力を合わせ、二階で妖鼠と戦う。ぶち猫と妖鼠は喰い合ってともに死に、虎猫だけがかろうじて生き残った。

★4.猫の言い分・鼠の言い分。

『猫の草子』(御伽草子)  慶長七年(1602)八月、京の町に、「猫の綱を解いて放し飼いにせよ」との法令が出た。自由の身になった猫たちは喜び、あちらこちら跳び回って鼠を取る。ある夜、某出家者の夢に鼠が現れ、生命が脅かされている苦境を訴える。翌晩には、猫が夢に現れ、鼠を取ることの正当性を主張する。鼠たちは集まって協議し、近江国へ身を隠すことになった。

 

※踊る猫→〔踊り〕3aの猫の踊りの伝説など。

※猫の尾と星の尾→〔尾〕5の『一千一秒物語』(稲垣足穂)「黒猫のしっぽを切った話」。

※チェシャ猫→〔残像・残存〕5の『不思議の国のアリス』(キャロル)。

※猫面瘡→〔人面瘡(人面疽)〕4の『現代民話考』(松谷みよ子)10「狼・山犬 猫」第2章の1。 

 

 

【寝言】

★1.寝言で正体がわかる。

『勇ましいちびの仕立屋』(グリム)KHM20  仕立屋が「戦場の勇士である」といつわって、王女と結婚する。ところが、夜中に仕立屋が「上着を作れ、ズボンを縫え」と寝言を言うので、王女は夫がただの仕立屋であると知る。家来たちが仕立屋を捕らえようとするが、翌晩、仕立屋は眠ったふりをして、自分の武勇伝を寝言のように語る。家来たちは恐れて逃げ、仕立屋は王と認められる。

『猿源氏草紙』(御伽草子)  賤しい鰯売りの猿源氏は「大名宇都宮弾正」といつわって、遊君螢火と契りを交わす。しかし、寝言で「阿漕が浦の猿源氏が鰯買うえい」と言ったので、正体がわかってしまう〔*猿源氏は言葉巧みに言いつくろい、螢火は猿源氏を「本物の宇都宮弾正なのだろう」と思う〕。

★2a.寝言で愛人の名前を呼ぶ。

『魂のジュリエッタ』(フェリーニ)  ジュリエッタ(演ずるのはジュリエッタ・マシーナ)と夫ジョルジョは、結婚して十五年になる。ある夜、夫は寝言で「ガブリエッラ」という女の名前を何度も呼ぶ。ジュリエッタは興信所に調査を依頼し、夫の浮気が明らかになる。思い悩むジュリエッタは、霊媒を訪ねるなどして、妄想・幻想に苦しめられる。夫は「しばらく一人になりたい」と言い残して出て行く。ジュリエッタは悲しみの中に、自由を感じる。

*寝言で「ナオミちゃん」と言う→〔同名の人〕5の『サザエさん』(長谷川町子)。

★2b.寝言で自分の情事を語る。

『アーサーの死』(マロリー)第11巻第8章  アーサー王の妃グィネヴィアが、愛人の騎士ラーンスロットを自室に呼ぶ。しかしブルーセン婦人の魔法によって、ラーンスロットはエレーン姫をグィネヴィアと思い込み、床をともにする。ラーンスロットには寝言をいう癖があり、眠ってから、自分とグィネヴィアとの愛を大声でしゃべり出す。グィネヴィアは隣室にいて寝言を聞き、怒ってラーンスロットを宮廷から追放する→〔狂気〕1

★3.「寝言を言った」という嘘。

『オセロー』(シェイクスピア)第3幕  イアーゴーの悪計により、オセローは「妃デズデモーナとキャシオーが不義をはたらいているのではないか」と、疑う。イアーゴーは、「キャシオーは寝言で、『デズデモーナよ。われわれの仲が誰にも知られぬよう、気をつけねばならない』と言い、寝ぼけて私に接吻しました」との作り話をする。オセローはそれを信じ、貞淑な妃デズデモーナを殺してしまう。

『光る海』(石坂洋次郎)  葉山和子と野坂孝雄は英文科の同級生で、互いに好意を抱いていたが、卒業後も、二人の仲はいっこうに進展しなかった。和子の妹久美子と孝雄の弟次郎が相談して、久美子は「姉が『孝雄さん、私を抱いて』と寝言を言った」と孝雄に告げ、次郎は「兄が『和子さん、キスしよう』と寝言を言った」と和子に告げる。さらに「日記を見た」「独り言を聞いた」など、さまざまな作り話をする。葉山和子と野坂孝雄は、それらが嘘だと知りつつ、妹や弟の作戦に踊らされたふりをして婚約する。

★4.眠ったふりをして、わざと寝言を言う。

『三国志演義』第45回  魏の曹操に仕える旧友ショウ幹が訪れたので、呉の智将周瑜は彼を歓待し、酒宴の後、同室に寝る。部屋には、魏の水軍の都督、蔡瑁と張允からの「曹操の首を取って献上します」と記した偽密書が置いてあり、周瑜は眠ったふりをして「ショウ幹よ。近日、曹操の首を見せてやるぞ」と、わざと寝言を言う。ショウ幹はこれを曹操に報告し、曹操は「蔡瑁と張允は裏切り者だ」と思い込んで、重要な戦力である彼らを処刑する。 

★5.子供時代の寝言。

『二廢人』(江戸川乱歩)  井原は小学生の頃、よく寝言を言った。誰かがその寝言にからかうと、井原は眠ったままハッキリと問答した。珍しいので、近所の評判になるほどだった。そういう過去があったため、後年、友人木村の悪だくみによって、井原は自分を夢遊病者だと信じ込んだ→〔夢遊病〕5

★6.いびき。

『いびき』(松本清張)  江戸時代。牢内には数十名の囚人が押し込められる。鼾(いびき)がうるさくて皆の安眠を妨げる者がいると、顔に濡れ紙をかぶせ、殺してしまうことがある。仙太は、大鼾をかく男だった。彼は島流しになり、仲間二人と島抜けをはかるが、大鼾ゆえに、隠れ場所を追っ手に知られてしまう恐れがあった。仲間は「仙太を殺そうか」と相談し、仙太はおちおち眠れない。彼は先手を打って仲間二人を撲殺し、思う存分大鼾をかいて熟睡した。

*美女の大いびき→〔眠る女〕5の寝肥(ねぶとり)(水木しげる『図説日本妖怪大全』)。

*いびきのように聞こえたが、違っていた→〔聞き違い〕1の『沈黙』(遠藤周作)。

 

※寝言で「幽霊が来た」と叫ぶ→〔夜泣き〕2の『半七捕物帳』「お文の魂」。

 

 

【鼠】

★1.変事・凶事の発端としての鼠。

『蜘蛛巣城』(黒澤明)  戦国時代。鷲津武時(演ずるのは三船敏郎)は妖婆の予言にあやつられ、妻浅茅(山田五十鈴)にそそのかされて、城主を暗殺し、自らがそのあとを襲う。しかし鷲津の悪行は武将たちに察知され、彼は孤立する。城からは多くの鼠が逃げ出し、まもなく城主の遺子を擁する軍勢によって、鷲津は滅ぼされる〔*原作の『マクベス』(シェイクスピア)には、鼠の話はない〕。

『日本書紀』巻25孝徳天皇  大化元年(645)十二月九日、孝徳天皇は都を飛鳥板蓋宮から難波長柄豊碕に移した。「春から夏にかけて鼠が難波の方に向かったのは、都遷りの前兆だった」と、老人たちは語り合った。また、白雉五年(654)正月一日夜、鼠が倭の都に向かって移動した。十月十日に孝徳天皇が崩御し、十二月八日に皇太子(中大兄皇子)は、皇極上皇を尊んで倭河辺行宮にお移しした。老人が、「鼠が倭の都に向かったのは都遷りの前兆だった」と語った。

『平家物語』巻5「物怪之沙汰」〜「早馬」  福原遷都後、平家の人々は夢見悪く、怪事が続いた。清盛の愛馬の尾に一夜のうちに鼠が巣を作って子を生み、七人の陰陽師が「重き御つつしみ」と占った。まもなく、「伊豆で源頼朝が挙兵した」との報が届いた。

『ペスト』(カミュ)  一九四×年四月十六日朝、アルジェリアのオラン市の医師リウーは、診療室から出た所で一匹の死んだ鼠につまずく。同日夕方にはアパートの廊下で、よろよろした鼠が血を吐いて倒れるのを、彼は見る。やがて市内のいたる所に多くの鼠の死骸が見られるようになり、その数は一日で数千匹にも達する。それは、恐るべき疫病ペストが市民を襲う前兆だった→〔門〕3

*町民を困らせる多くの鼠→〔笛〕1のハメルンの笛吹き男の伝説。

★2.鼠の恩返し。

『イソップ寓話集』(岩波文庫版)150「ライオンと鼠の恩返し」  ライオンが鼠を呑もうとした時、「助けてくれたら恩返しする」と鼠が命乞いするので、ライオンは笑って逃がしてやる。後、ライオンが猟師に捕らわれ、ロープで木に縛られた時、鼠がロープを齧り、ライオンを救う。

『太平広記』巻440所引『宣室志』  李家では殺生を厭い、鼠を殺さぬよう猫を飼わなかった。ある時、門外に数百の鼠が集まり、人のごとく立って楽しそうに前足をあげ、叩いた。会食中だった李家の人々と親友たちが、それを見に外へ出た途端、建物が崩れ落ちた。李家の人々は鼠に救われたのだった〔*→〔胸騒ぎ〕1の『日本霊異記』中−20、→〔鷲〕4の『イソップ寓話集』296「農夫と助けられた鷲」に類似する。*→〔山〕6の『子不語』巻8−186のように、美女のおかげで命拾いするという物語もある〕。

*鼠が豆粒一つの返礼に、爺を家に招く→〔穴〕1の『鼠の浄土』(日本の昔話)。

★3a.鼠の援助。弓の弦を喰い切る。

『今昔物語集』巻5−17  天竺クツシャナ国の王は、毘沙門天の額から生まれた。隣国の大軍に攻められ窮した時、王は三尺ほどの大きな金色の鼠を見て、助力を請うた。夜のうちに、鼠が敵軍の弓の弦をはじめ、あらゆる武具を喰いちぎって、戦闘不能にした。

『今昔物語集』巻6−9  西蕃の五国が震旦に攻め入ったため、玄宗皇帝の求めに応じて、不空三蔵が毘沙門天の加護を祈る。すると敵陣に金色の鼠が現れ、弓の弦を喰い切って使用不能にした。

『歴史』(ヘロドトス)巻2−141  アラビアおよびアッシリアの軍が、エジプトを攻めた。エジプト王である祭司セトスは、神像に祈って「援軍を送る」との夢告を得た。夜、野鼠の大群が敵陣に押し寄せ、箙・弓・盾の取っ手を齧りつぶしたので、翌日、敵軍は潰走した。

★3b.鼠の援助。矢を捜して来る。

『古事記』上巻  スサノヲが鏑矢(かぶらや)を野中に射込み、娘婿オホナムヂ(大国主命)に取りに行かせる。スサノヲは野に火をつけ、オホナムヂを焼き殺そうとする。鼠が、「穴があるからそこに隠れよ」とオホナムヂに教え、おかげでオホナムヂは難を逃れる。矢は鼠がくわえて持って来たが、その羽は鼠の子が食べてしまった。

★4.鼠婿。

『鼠の草子』(御伽草子)  百二十歳ほどになる鼠の権頭(ごんのかみ)が、清水の観音に祈ったおかげで、十七歳の人間の娘を妻として屋敷に迎えることができた。しかし妻は、権頭の外出中に、障子の隙から夫の家来たちの有様をのぞき見て、自分が鼠と結婚したことを悟る。妻は権頭の屋敷から逃げ出すが、振り返ると、古塚から這い出て来たのだった。権頭は妻との別れを嘆き、出家して高野山に上った〔*動物が人間との結婚に破れて出家する、という点で、→〔狐女房〕1の『木幡狐』と同じ〕。

★5.天才鼠。

『星ねずみ』(ブラウン)  変わり者の教授が、鼠のミッキーをロケットに乗せて打ち上げ、ロケットは小惑星プルクスルに到着する。プルクスル星人がX19波をミッキーの脳に照射し、ミッキーは高度な知能を持つ天才鼠となって地球へ帰還する。ミッキーは、人間たちからオーストラリア大陸を譲り受け、鼠の国マウストラリアを作ろうと考える。Sydney市はDisney市と改名するのだ。しかしミッキーは感電して脳中枢に打撃を受け、ただの鼠に戻ってしまった。

*鼠が一時的に高い知能を獲得する→〔手術〕1の『アルジャーノンに花束を』(キイス)。

★6.人間が鼠に変身する。

『伽羅先代萩(めいぼくせんだいはぎ)「足利家奥御殿の場」〜「足利家床下の場」  悪臣仁木弾正一味が、足利家乗っ取りをたくらむ。一味の名前を記した連判状を、足利の幼主鶴喜代の乳人(めのと)政岡が、手に入れる。弾正は連判状を取り戻そうと、妖術を用いて鼠に変身し、連判状をくわえて逃げる。忠臣荒獅子男之助(おとこのすけ)が鉄扇で鼠を打つが、鼠は姿を消す。弾正は人間の姿に戻って、悠然と去って行く。

『乱菊物語』(谷崎潤一郎)「燕」  幻術師幻阿弥は鼠に変身し、京都中の美人の噂のある娘たちの寝所に忍び入る。鼠は、娘たちの乳房に喰いつき、髪を引っ張り、身体中を這い回って、品定めをした。それは、播州赤松家の太守政村の側女としてふさわしい娘を捜し出すためだった。

★7.鼠が人間に生まれ変わる。

『今昔物語集』巻4−19  僧房の天井に五百匹の老鼠がおり、長年『法華経』を聞いていた。六十匹の狸が来て五百匹の老鼠を食い、老鼠たちは死んでトウ利天に生まれ変った。天での寿命が尽きると、彼らは人間に生まれ、仏法に出会って阿羅漢果の悟りを得た。将来は、弥勒菩薩がこの世に現れる時に生まれあわせて、成仏することだろう。

『天狗の内裏』(御伽草子)  源義経の前生は、大和の社に棲む鼠だった。源頼朝、北条時政、梶原景時は前世で三人の聖であり(*→〔経〕5)、鼠は彼らの笈の中に飛び入って日本六十余州を廻った功徳により、現世で人間の身を得て源義経となった〔*浄土にいる父源義朝が、このように義経に教えた〕。

 

※鼠の絵→〔絵から抜け出る〕1の『祇園祭礼信仰記』「金閣寺」、→〔絵〕1の雪舟の伝説。

※鼠の鳴き真似→〔動物音声〕7の『水滸伝』第56回。 

※鼠の嫁入り→〔円環構造〕1bの『パンチャタントラ』第4巻第8話。 

 

 

【鼠と魂】

★1.生者あるいは死者の魂が、鼠の形となって現れる。

『諸艶大鑑』(井原西鶴)巻4−2「心玉が出て身の焼印」  島原の太夫が転寝(うたたね)をすると、彼女の着物の左袂から鼠が出て来た。鼠は、座敷に置かれた一房の葡萄に食いつき、その後、火入れに駆け込んで、また太夫の袖口に入って行った。目覚めた太夫の脇腹には、火傷の跡があった。太夫は「葡萄を食べたいと思っていたら、鼠になった夢を見ました」と語った。

『太平記』巻15「園城寺戒壇の事」  三井寺の頼豪の亡魂は、鉄の牙・石の身の四万八千の鼠と化し、比叡山の仏像・経巻を食い破った〔*延慶本『平家物語』巻3−12「白河院三井寺頼豪に皇子を被祈事」では「大なるねずみ」となったと記す〕→〔言霊〕3

『東海道四谷怪談』(鶴屋南北)「浪宅」  毒を盛られて顔がくずれたお岩は、夫伊右衛門と伊藤喜兵衛一家を恨んで死んだ。その直後に大鼠が現れ、猫をくわえて走り出、やがて心火となって消えた〔*お岩は子年生まれ。この後も、「隠亡堀」「三角屋敷」「夢」「蛇山庵室」の各場に鼠は登場する〕。

*眠る下女の口から、赤い小鼠が這い出す→〔眠りと魂〕2の『ドイツ伝説集』(グリム)248「小鼠」。

★2a.魂だと思って、鼠を呑みこむ。

『耳袋』巻之7「夢中鼠を呑事」  文化三年(1806)の夏、御番衆布施金蔵が昼寝をして、「口から魂が出る」と夢に見、あわてて魂を口に押しこんだ。実際は、それは側にいた二十日鼠であり、金蔵は魂と思って鼠を呑んだのだった〔*『百物語』(杉浦日向子)其ノ1に類話〕。

★2b.鼠を口にねじ込まれる。

『第三半球物語』(稲垣足穂)「口のなかへネヅミをねじこまれた話」  参謀本部の命令で、「自分」はお月さまの家を捜索する。ドアをあけたとたん、口の中へ生あたたかいものが押し込まれ、突き飛ばされた。煙突から、盗まれた機密地図の燃えがらが舞い上がる。ガァッと云って口へねじこまれた物をつまみ出すと、ネヅミであった。

★3a.次の物語は、「旅籠の一家の正体が鼠だった」とも解釈できるし、「旅籠の一家は人間で、彼らの魂が鼠に見えた」とも解釈できる(*→〔体外の魂〕1)。

『聊斎志異』巻9−341「澂(ちょう)俗」  澂(雲南省)の人間には、変化の類が多い。ある旅人が旅籠に泊まった時、鼠がぞろぞろ米櫃へ入って行くのを見た。旅人が米櫃にふたをして、瓢の水を中へ注ぐと、鼠はみな死んでしまった。すると旅籠の主人一家が急に亡くなり、息子一人だけが生き残った。息子は官に訴えたが、官では旅人を罪に問うことはなかった。

★3b.次の物語の鼠も、死者の魂と解釈してよいであろう。

『キリシタン伝説百話』(谷真介)69「ねずみの昇天」  寛文年間(1661〜72)のある年のこと。キリシタンたちが処刑され、木曽川の堤沿いにある松の古木のもとに、多くの死骸が埋められた。何日かすると、死者たちは小さな鼠になって生き返り、土中から現れて次々と松の古木によじ登った。そこへ、とんびの大群が飛んで来て、鼠たちを一匹ずつつかみ、天高く舞い上がって行った(岐阜・葉栗)。

 

 

【熱湯】

★1.美女の身体を熱湯に浸す。

『アーサーの死』(マロリー)第11巻第1章  ペレス王の娘エレーンは、国中でいちばん美しい姫、と言われていた。そのため、魔女モルガン・ル・フェと北ウェールズの女王がエレーンを憎み、五年間も彼女を塔に幽閉し、火傷しそうな熱湯の中に入れて苦しめた。旅の騎士ラーンスロットがこのことを聞き、塔に入ってエレーンを救い出した〔*ラーンスロットとエレーンの間には、ガラハッドが生まれる〕。

*美女の顔に熱湯をかける→〔火傷(やけど)〕1の『春琴抄』(谷崎潤一郎)。

*樽の中の娘に熱湯をそそぐ→〔樽〕2の『ペンタメローネ』(バジーレ)第3日第10話。

★2.山姥の身体に熱湯を浴びせて殺す。

『牛方と山姥』(日本の昔話)  山姥に追われた牛方が一軒家に逃げ込むが、そこは山姥の留守宅だった。牛方が天井の梁の間に隠れていると、やがて山姥が帰って来て、唐櫃(からと)に入って眠る。牛方は唐櫃に穴をあけ、熱湯を流し入れて山姥を殺す(新潟県南蒲原郡)。

*継子を熱湯の中に落として殺す→〔姉弟〕7の『継子と鳥』(日本の昔話)。

*蛇に熱湯をかけて殺す→〔たたり〕2の『古今著聞集』巻20「魚虫禽獣」第30・通巻699話。

★3.敵軍の兵士たちに熱湯を浴びせる。

『太平記』巻3「赤坂の城軍の事」  東国の北条幕府軍が楯をかざし、鎧兜に身を固め、剣や矢で傷つかぬようにして、赤坂城に攻め登る。城を守る楠正成の軍は、熱湯を長い杓に酌んで浴びせかける。熱湯は東国勢の鎧兜の隙間から身体にしみ通り、重い火傷を負って病み臥す者が、二〜三百人に及んだ。

*熱いおかゆを坂に流して、敵を遠ざけようとする物語もある→〔坂〕5の、おかゆ坂の伝説。

★4.熱湯に身体を浸すと心地よい。熱湯から出ると熱くてたまらない。

『百物語』(杉浦日向子)其ノ41  地獄谷の煮え立つ池に、旅人が指を入れてみる。それほど熱くないが、指を引き抜くと燃えるように熱いので、あわててまた手を池に入れる。池から出せば熱く、池に浸すと心地よい。やがて旅人は全身を池に沈める。

★5.身体にふれた水が、たちまち熱湯になる。

『平家物語』巻6「入道死去」  平清盛が重病にかかり、身体の内の熱いことは、火を焚くがごとくだった。石の浴槽に水を満たし、そこへ入って身体を冷やそうとしたが、水はたちまち沸き上がって湯になった。身体に水を流しかけると、焼けた石や鉄にかけた場合のように、水がほとばしって身体に寄りつかない。まれに身体に当たる水は、ほむらとなって燃えたので、黒煙が御殿に満ち、炎が渦巻いて上がった。

『大和物語』第149段  男が愛人のもとへ出かけるのを、妻は静かに見送る。妻は、男の身を案じる歌を詠んで(*→〔のぞき見(妻を)〕4)泣き伏し、金鋺(かなまり)に水を入れて、胸に当てる。するとその水がたぎって熱湯になる。妻は熱湯を捨て、また水を入れる。この様子を隠れて見ていた男は、愛人の所へ行くのをやめ、妻をかき抱いて寝た。 

★6.熱湯を身体に浴びて、神託を得る。

『和漢三才図会』巻第7・人倫類「巫(かんなぎ・みこ)」  巫女が神託を得ようとする時には、竹葉を束ねて極熱の湯に探り入れ、幾度もそれを我が身にふりかける。心身ともに疲れ、意識朦朧となった巫女に、神明(=神。天照大神のことも指す)がかかり、禍福吉凶を告げる。これを湯立(ゆだて)という。

★7.熱した油を用いて、妖怪や盗賊を殺す。

『西遊記』百回本第46回  羊の精の化身である羊力大仙と孫悟空が、術くらべのために、油の煮えたぎる釜に順番に入る。羊力大仙が入った時、悟空が見ると、冷龍が釜の底にいて油を冷やしていた。悟空は龍王に命じて冷龍を取り除かせ、羊力大仙はたちまち煮殺される。

『千一夜物語』「アリ・ババと四十人の盗賊の物語」マルドリュス版第858夜  盗賊の首領が油商人のふりをして、アリ・ババの屋敷に泊まる。部下たちが身を隠した多くの油甕が、中庭に運びこまれる。アリ・ババの侍女マルジャーナがこれに気づき、煮えたぎる油を一つ一つの甕に注いで、盗賊を皆殺しにする。

*油で釜ゆでにする→〔釜〕5の『本朝二十不孝』(井原西鶴)巻2−1「我と身を焦がす釜が淵」。

*女の写真を油で煮る→〔写真〕1の『油地獄』(斎藤緑雨)。

★8.熱して溶かした鉛を注ぐこともある。

『ノートル=ダム・ド・パリ』(ユーゴー)第10編4  カジモドは、無実の罪で処刑されるエスメラルダを助け出し、ノートル=ダム大聖堂の塔の中の小部屋にかくまう。群集が押し寄せて来るので、カジモドは塔の最上階から、丸太や石を落とし、沸騰した鉛を注いで、彼らを傷つけ、殺した。群集が高い梯子を壁に立てかけると、カジモドは梯子を突き放し、大勢が地上にたたきつけられて死んだ。 

★9a.現世で犯した悪業の罰として、死後、熱湯・熱銅を飲まされる。

『今昔物語集』巻7−32  僧玄渚(げんしょ)が道を行くと、見知らぬ寺の門前に、先頃死んだ僧道明が立っていた。道明は、生前借りた物を返さなかった罪で、毎夜、熱銅の湯を飲まされていた。道明の願いで、玄渚は法華経を書写して供養する。すると玄渚の夢に道明が現れ、「おかげで、熱銅を飲む苦を免れることができた」と礼を述べた。

*僧たちが死後に毎日一度、熱銅を飲む→〔繰り返し〕2の『今昔物語集』巻19−19。

*天狗道成就のため一日に三度、熱鉄を飲む→〔天狗〕3の『浮世床』二編・巻之上。 

『コーラン』56「恐ろしい出来事」1〜56  死んで土と骨になった人間たちは、天地の終末の時に、昔の人も今の人も残らず喚(よ)び起こされる。生前、邪道に走り、神兆を嘘よばわりした者は、地獄の底に生えているザックームの木の実を腹いっぱい喰わされてから、ぐらぐら煮えた熱湯を飲まされる。これが審きの日の、彼らにふさわしいもてなしだ。

★9b.「死者が熱銅を飲む」のとは異なり、「生者が熱銅を飲む夢」を見る物語がある。夢の世界は冥界と同じ、ということであろうか。

『今昔物語集』巻19−20  蔵人某が、妻の家で昼寝をして夢を見る。「妻、舅の僧、姑の尼をはじめ、家中の者が熱銅の湯を飲まされて苦しむ」という夢で、蔵人某もそれを飲まされそうになったところで目が覚めた。この一家は寺の物品や食物を盗用しており、その罪の報いが夢に見えたのである。蔵人某は妻をうとましく思い、関係を絶った。

★10.地獄で、煮えたぎる血・瀝青の中に入れられる。

『神曲』(ダンテ)「地獄篇」第12歌・第21歌  地獄の第七圏谷第一円では、アレクサンドロス大王など生前の暴君たちが、煮えたぎる血の川で茹でられている。また第八圏谷第五濠では、汚職贈賄の徒たちが、煮えたぎる瀝青の中に漬けられている。 

★11.三途の川の水が湯となって、身体を焼く。

『檜垣』(能)  檜垣の女(庵に檜垣を巡らせて住んでいた美貌の白拍子)が、白髪の老年に達して死んだ。女は生前の罪が深かったので、死後は、熱鉄の桶をかつぎ、猛火(みゃうくわ)の釣瓶をさげて、三瀬川(みつせがは=三途の川)の水を汲まねばならない。その水は湯となって、女の身体を絶えず焼くのである〔*女の霊は山居の僧のもとへ閼伽(あか)の水を毎日汲んで届け、仏縁を結んだため、猛火の苦はなくなった〕。

★12.地獄の釜の熱湯。

『閻魔の失敗』(日本の昔話)  神主と軽業師と医者が、地獄の閻魔さんの所へ呼ばれた。三人は、熱湯がぐらぐら煮える大釜の中へ入れられる。神主が御幣を振って、「天や地の神々さま、釜の湯をちょうどええ加減にして下され」と祈る。すると湯加減が良い具合になり、三人は気持ち良く入浴した(石川県小松市布橋町)→〔針〕8〔腹〕1

『大唐西域記』巻8・2・2  無憂(アショーカ)王は地獄(=牢獄)を作り、人々を殺害した。聖果を證した沙門が捕らえられ、釜の湯に入れられた。しかし沙門の心は生死に動揺することがなかったので、あたかも清池にいて、大きな蓮の花が沙門の座となっているようであった。

 

 

【眠り】

 *関連項目→〔長い眠り〕〔不眠〕〔本と眠り〕〔冷凍睡眠〕

★1.神の眠りと人間世界。

『モモ』(エンデ)  時間の国のマイスター・ホラは、本来なら絶対に眠らない。しかし、灰色の男たちが人間から時間を盗むのを防ぐため、ホラは眠りにつく。その結果、時間が止まって世界は静止する。少女モモだけが時間の花を手にして活動でき、灰色の男たちが時間貯蔵庫に蓄えた、何百万人もの命の時間を、モモは解放する。人々は、ゆっくりした時間を取り戻す。

*神が目を閉じると夜になる→〔太陽〕9aの『山海経(せんがいきょう)』第8「海外北経」。

★2.眠っている人を起こしてはいけない。

『金枝篇』(初版)第2章第2節  古代の人々の間では、眠っている者を起こさないのが決まりとなっている。身体を離れている魂が、戻る機会を逃してしまうといけないからである。魂のいない時に起こされれば、人は病気になる。どうしても起こす必要がある場合には、魂が身体に戻る時間を与えるために、少しずつゆっくりと起こさねばならない。

*急に起こされたので、魂が戻るべき身体を間違える→〔入れ替わり〕4bの『和漢三才図会』巻第71・大日本国「伊勢」。

★3.眠くなる町。

『眠い町』(小川未明)  「眠い町」を通る人は皆、身体が疲れて眠くなる。「眠い町」の主(ぬし)である老人が、旅の少年ケーに「疲労の砂を世界中にまいてほしい」と依頼する。「人間は疲れを知らず働いて、工場を作り鉄道を敷く。このままでは地球上に木も花もなくなってしまう」と、老人は心配していた。ケーは世界を旅して砂をまき、人々を休ませる。そして久しぶりに「眠い町」に戻ると、そこには大きな建物が並び、市電が縦横に走っていた。

★4.眠くてたまらない少女。

『ねむい』(チェーホフ)  十三歳のワーリカは、靴屋の旦那の家に奉公している。毎日、朝早くから煖炉(ペチカ)を焚き、サモワールを立て、掃除をし、食事を作り、給仕をして、洗濯、縫い物、お使いと、次々に仕事を言いつけられる。主人夫婦が寝た後も、一晩中、揺りかごの赤んぼを揺すってやらねばならない。眠くてたまらないワーリカは、赤んぼを見てふと気づく。「こんな簡単なことが、どうして今までわからなかったんだろう」。彼女は赤んぼを絞め殺し、笑いながらぐっすりと眠った。

★5.睡眠時間。

『シャボン玉物語』(稲垣足穂)「ジエキル博士とハイド氏」  ジエキル博士は、毎日きっちり十二時間起き、十二時間眠った。睡眠中の夢で、彼はハイド氏となってさまざまな悪事をはたらいた。ジエキル博士はハイド氏の活動を抑制すべく、睡眠時間を短縮する。ところがハイド氏は、活動時間が短縮された分、いっそう悪辣な犯罪を行なった。ジエキル博士は一日に二十三時間起きて善をなしたが、博士が眠る一時間のうちに、ハイド氏はそれ以上の悪をなした→〔分身〕7

★6.睡眠時には、身体から魂が抜け出て浮遊するといわれるが、身体そのものが宙に浮く物語もある。

『第三半球物語』(稲垣足穂)「何もすることのない男の話」  男が「何もすることがない」と云って、かけ声もろとも空中にとびあがり、二メートルばかりの高さのところで、昼寝を始めた。

★7.臨終時の眠り。

『小桜姫物語』(浅野和三郎)5  臨終が近づき、魂が肉体を出たり入ったりするようになると、枕辺で誰かが泣いたりする時には意識がちょっと戻りかけるが、やがて何もわからない深い無意識の雲霧(もや)の中へ潜(くぐ)りこんでしまう。「私(小桜姫)」の場合は、無意識の期間が二〜三日続いたと、後で神さまから教えられた。二〜三日というのは短い部類で、幾年、幾十年と眠り続ける者も、稀にはいる。この無意識から眼をさました時が、霊界の生活の始まりである〔*小桜姫の霊が、浅野和三郎の妻の口を借りて語った〕。

★8.半醒半睡の境。

『過酸化マンガン水の夢』(谷崎潤一郎)  眠れぬ夜、「予」は睡眠剤を飲んで、半醒半睡の朦朧状態を楽しむ癖がある。さまざまな幻想が泡のように結ぼれては消えるうちに、いつしかそれが本当の夢につながって行く。春川ますみが入浴するヌードショー、映画『悪魔のような女』の浴槽の場面(*→〔不倫〕5)、「予」の使っている洋式水洗便器に浮遊する排泄物、厠の中に置かれて「人豚」と呼ばれた戚夫人(*→〔厠〕4)、などが次々に現れて来る。ふと目覚めると午前四時半である。「予」が本当の夢に這入ったのは、どの辺からであったろうか。

 

 

【眠りと魂】

★1.眠っている間に、動物の形をした魂が、身体から出たり入ったりする。

『だんぶり長者』(日本の昔話)  夫が畑で昼寝していると、向かいの山から一匹のだんぶり(とんぼ)が二度も三度も飛んで来て、夫の顔の上や口のあたりを飛びまわる。夫は目を覚まして「今、とても良い酒を飲んだ夢を見た」と女房に語る。夫婦は、「どういうわけだろう」と思って山のかげまで行き、酒泉と黄金を発見して、長者になった(秋田県鹿角郡)。

『ドイツ伝説集』(グリム)433「眠る王」  狩猟に出たフランク王グントラムが、疲れて木の下で眠る。その口から、小動物が蛇のように身をくねらせて出て来るのを、従者が見る。小動物は近くの山の穴に入り、再び出て来てグントラムの口中へ戻る。彼は「山の洞穴に財宝を見出す夢を見た」と、語る。

『ドイツ伝説集』(グリム)461「眠る歩兵」  眠る歩兵の口から小さな鼬に似た動物が出て、小川の方へ行く。仲間が剣を橋のように川に渡すと、鼬はその上を渡り、しばらくして戻って来て歩兵の口に入る。目覚めた歩兵は「鉄の橋を二度渡った」と言う。

*眠る女の袂から鼠が出て来る→〔鼠と魂〕1の『諸艶大鑑』(井原西鶴)巻4−2「心玉が出て身の焼印」。

★2.魂が体外に出ているうちに身体を動かすと、魂はもとの身体に戻れない。

『ドイツ伝説集』(グリム)248「小鼠」  部屋で眠る下女の口から赤い小鼠が這い出し、窓の外へ出て行く。侍女が、魂の抜けた下女の身体を少し動かす。帰って来た鼠は、先ほど下女の口のあった所へ行き、あたりをぐるぐる廻るが口に戻れず、姿を消す。下女は死ぬ。

*枕を動かしたために、死者の魂がもとの身体に戻れなくなる→〔枕〕3の『大鏡』「伊尹伝」など。

*死者の魂が自分の遺体を見つつ、なかなかその中に戻れない→〔自己視〕2bの『今昔物語集』巻9−32。

*→〔ろくろ首〕4aの、身体に戻れない首の物語と関連があろう。

★3.眠る人の身体を半回転させて、頭と足の向きを逆にする。

『金枝篇』(初版)第2章第2節  セルビア人は、眠る魔女の魂がしばしば蝶の姿で身体を離れる、と考えている。魂がいない間に、頭と足の向きを逆にすれば、蝶(=魂)は体内への入り口である口を探し出すことができず、魔女は死んでしまう。

*病臥する人の身体を半回転させる→〔生命指標〕4の『死神の名づけ親』(グリム)KHM44。

★4.眠る人の外見を変えても、魂は身体に戻れなくなる。

『金枝篇』(初版)第2章第2節  ボンベイ(ムンバイ)では、眠る男の顔に色で模様を描いたり、眠る女の顔に口髭を描くなど、眠る人の外見を変えるのは、殺すことと同じ、と考えられている。魂が戻って来た時に、自分の身体がどれなのかわからなくなり、その人は死んでしまうからである。

 

 

【眠る男】

★1.男が目覚めて女を見出し、結婚する。

『丹後国風土記』逸文  水の江の浦の嶼子(浦島)が、釣り上げた五色の亀を舟中に置いて眠る。目覚めると、亀は美女に化しており、嶼子を蓬山(とこよのくに)へ誘う→〔釣り〕2a

*アダムは眠りから目覚めて、エバ(イヴ)の存在を知る→〔骨〕1aの『創世記』第2章。

★2.英雄は長い時間眠ることがある。

『オデュッセイア』第6巻・第13巻  トロイアから故国イタケ島へ帰還するオデュッセウスは、船の難破でパイエケス人の国に漂着する。疲労して川辺で熟睡する彼を、王女ナウシカアが見つける(*→〔洗濯〕1b)。オデュッセウスは国王の宮殿で歓待され、それまでの冒険譚を語る。パイエケス人は、オデュッセウスを船に乗せてイタケまで送る。オデュッセウスは船中で熟睡し、目覚めた時にはイタケの浜辺にいた。

『ギルガメシュ叙事詩』  ギルガメシュは永遠の生命を求めて、死の海の彼方、ウトナピシュティムの住む地へ行く。しかし、「六日六夜眠らずにおれるか」とのウトナピシュティムの言葉を聞いた途端、ギルガメシュは長い眠りにおちる。目覚めて、すでに六日たったことを知らされたギルガメシュは、死を間近に感じて恐れた。

『百合若大臣』(幸若舞)  唐と日本の潮境・ちくらが沖で、蒙古の大船団と百合若大臣の軍が戦う。百合若大臣は敵を撃破した後、疲労して、玄海が島で三日三晩眠る。家来の別府兄弟が、眠る百合若大臣を島に置き去りにして、軍兵ともども筑紫の博多へ帰還する〔*三年後、百合若大臣は釣り人に救われて筑紫へ戻り、別府兄弟に復讐する〕。

*カムヤマトイハレビコ=神武天皇は剣を得て覚醒し、「長く寝つるかも」と言った→〔熊〕1の『古事記』中巻。

*三年三ヵ月寝て暮らした男→〔交換〕7bの厚狭の寝太郎の伝説。

★3.眠る夫を殺そうとする妻。

『黄金のろば』(アプレイユス)巻の5  姉たちから「お前の夫の正体は大蛇だから殺せ」と言われたプシュケは、剃刀を握り、暗闇の中、眠る夫を燭台の明かりで照らし出す。彼女はそこに美しいエロス(クピード)の姿を見出して驚き、夫の顔をさらにのぞきこもうとして、燭台の油を彼の肩に落とす。エロスは目をさまし、怒って飛び去る。

『古事記』中巻  兄サホビコが、妹サホビメに「汝の夫垂仁天皇を殺せ」と命ずる。サホビメは、眠る垂仁天皇に紐小刀(ひもかたな)を三度ふりあげるが果たさず、彼女の涙が天皇の顔に落ちる。垂仁天皇は目覚めて、「不思議な夢を見た。沙本(さほ)の方から俄雨が降って来て、私の顔を濡らした。そして、錦色の小蛇が私の首に巻きついた」と語る〔*『日本書紀』巻6垂仁天皇5年10月に同記事〕。

『人魚姫』(アンデルセン)  人魚姫は、沈む船から王子を救い出すが、王子は後に人魚姫に会っても、彼女が命の恩人と気づかない。王子は隣国の王女を恩人と思い込んで結婚し、人魚姫の恋は報われない。姉たちが人魚姫に短刀を渡し、「王子を殺して人魚の世界へ戻って来なさい」と言う。しかし人魚姫には王子を殺すことができず、彼女は短刀を投げ捨て海にとびこんで、泡と化す。

★4.眠る夫を、眠る妻が殺す。

『旧雑譬喩経』巻上−33  大臣が、占い師から「武器で命を落とすでしょう」と宣告された。大臣は兵士に護衛を命ずるとともに、自らも手に剣をかまえて警戒する。夜が来て眠くなった大臣は、妻に「これを持っておれ」と言って剣を渡し、横になる。しかし妻も眠り込んでしまって剣を落とし、大臣の首を切断した。

 

 

【眠る女】

★1.眠る女が目覚めると、そこに夫となるべき男がいる。

『いばら姫』(グリム)KHM50  いばら姫の百年の眠りがちょうど終わろうとする時、一人の王子が森へやって来る。王子が姫に接吻して、姫は目を見開く〔*『眠れる森の美女』(ペロー)では、接吻なしで王女は目覚める〕。

『黄金のろば』(アプレイユス)巻の6  冥王の妃プロセルピナ(ペルセポネ)の美を封じこめた小箱を、プシュケが好奇心から開く。幽冥界の眠りが立ちのぼり、プシュケはその場に倒れる。夫クピード(エロス)が駆けつけ、眠りをもとの小箱に返し蔵(おさ)め、背負った矢の尖端(さき)でプシュケを呼び醒ます。

『シグルドリーヴァの歌』(エッダ)  オーディンにいばらで刺された乙女(ワルキューレのシグルドリーヴァ)が、鎧兜で武装した姿のまま山の上に眠り、そのまわりには火が燃えさかる。英雄シグルズが、横たわる乙女の所へ行って、彼女の鎧兜をはずす。乙女は目覚め、シグルズに名を問う〔*『ヴォルスンガ・サガ』21の類話では、眠るブリュンヒルドをシグルズが目覚めさせる〕。

『ニーベルングの指環』(ワーグナー)「ジークフリート」  ヴォータンは、娘ブリュンヒルデを岩山に眠らせて炎で包み、「真の勇者だけが彼女を目覚めさせる」と宣言する。ジークフリートが炎を乗り越えてブリュンヒルデに接吻し、目覚めさせて、二人は愛を誓い合う〔*しかし悪人ハーゲンのたくらみにより、二人の仲は裂かれる〕。

*毒りんごを食べて仮死状態になる→〔仮死〕5の『白雪姫』(グリム)KHM53。

*象牙で造った乙女の像→〔像〕1aの『変身物語』(オヴィディウス)巻10。

*魔法使いに眠らされる花嫁→〔指輪〕3の『ルスランとリュドミラ』(プーシキン)。

★2.女が目覚めるのが遅いと悲劇になる。

『ロミオとジュリエット』(シェイクスピア)第5幕  ロミオはジュリエットの死の報を聞き、彼女が仮死状態で横たわる霊廟へ駆けつける。絶望したロミオは毒薬を飲み、ジュリエットに最後の接吻をして息絶える。その直後に、ジュリエットは四十二時間の眠りから覚める。ジュリエットはロミオの死体を見て事情を察し、彼の持っていた短剣を自らの胸に突きたてて死ぬ。

★3.眠る女を捨てて去る。

『マハーバーラタ』第3巻「森の巻」  ナラ王は賭に負けてすべてを失い、妃ダマヤンティとともに森をさまよう。魔王カリがナラ王の心を乱し、ナラ王は「妃は一人になれば、どこかでまた幸せを見いだすかもしれぬ」と思い、眠るダマヤンティを置き去りにする。目覚めたダマヤンティは夫を捜して森を出、叔母にあたる某国の皇太后に保護される。

★4.眠る女を犯す。

『断崖』(松本清張)  晩秋の北海道、エシキ岬。滝下邦子は投身自殺しようとして死にきれず、近くの町営宿泊センターに一夜の宿を請う。心身ともに疲れ果てた邦子は、暖かい風呂と食事を得て、昏々と眠る。センターの管理人・六十二歳の谷口彦太郎は、眠る邦子を犯すが、彼女はまったくそれを知らなかった。翌朝、元気を取り戻した邦子は、谷口に礼を述べて、東京へ帰って行った。半年後、邦子から「新婚の夫と一緒に、エシキ岬を再訪したい」との手紙が届く。彼女が訪れる三日前、谷口は良心の呵責にたえかねて自殺した。

『ペンタメローネ』(バジーレ)第5日第5話  ターリア姫は、亜麻に混じっていたトゲで指を刺して倒れ、森の館に放置された。他国の王が狩りをしに森へやって来て、眠る姫を犯して去る。姫は眠ったまま、男女の双子を産む〔*双子が乳房の代わりに姫の指を吸った時に、ささったトゲが抜けて、姫は目覚める。後、王が森を再訪してターリア姫と双子を発見し、国へ連れ帰る〕→〔子食い〕4

★5.眠る女の醜い姿。

『過去現在因果経』巻2  悉達太子は十九歳の二月七日の夜、城内で、妃耶輸陀羅(やしゅだら)や侍女たちの眠る姿を見る。皆ぐったりとだらしない格好で寝ており、鼻水・涙・涎(よだれ)などを垂らしていた。太子は「美しい肉体と見えるのは表面だけである。淫欲におぼれるのは愚かなことだ」と考え、明け方近くに城を出て、かねて念願の出家を遂げた〔*『今昔物語集』巻1−4では、女たちの寝姿は死体のごとくであり、大小便を垂れ流している者もいた、と記す〕。

『日本書紀』巻1・第5段一書第6  イザナキは妻イザナミを追って、黄泉(よもつくに)に入った。イザナミは「私は今から寝ようとするところです。どうか(寝姿を)見ないで下さい」と請うた。イザナキはそれを聞き入れず、爪櫛に火をともして見ると、イザナミの身体には膿が流れ、蛆(うじ)がたかっていた〔*→〔冥界行〕6の『古事記』上巻では、「黄泉神と相談するから私を見るな」と禁じ、「寝る」とは言わない〕。

寝肥(ねぶとり)(水木しげる『図説日本妖怪大全』)  昔、美女がいたが、寝ると身体が部屋中いっぱいにひろがったようになり、車がとどろくようないびきをかいた。あまりものすごいありさまなので、夫も逃げ出してしまった。「これが世に言う『寝肥』なるものだろう」と、夫は友人に語った。 

★6a.老人は娘を目覚めさせられない。

『眠れる美女』(川端康成)  老人たちが客として通うある家には、全裸の処女たちが薬で眠らされている。性能力を失った老人たちは、ただ処女と添い寝するだけで、処女はけっして目覚めることはない。六十七歳の江口は処女に添い寝して、過去に関係した女たちを想う〔*江口が四度目にその家に行った後、一人の老人がその家で頓死する。五度目に行った時には、江口の傍らに眠る処女が死んだ〕。

★6b.娘が目覚めたとしても、相手が老人では、娘は逃げ出す。 

『真理先生』(武者小路実篤)43〜44  六十余歳の素人画家馬鹿一は、ふだん石ばかり描いている。ある時、有名画家白雲のはからいで、馬鹿一は若いモデル杉子の裸体画を描く。杉子はうたた寝し、馬鹿一はその可憐な姿に、杉子を我が子のように錯覚して、額に接吻しようとする。杉子は驚いて逃げ出す〔*杉子は馬鹿一の謝罪の手紙を読み、白雲に説得されて、ふたたび馬鹿一のモデルになる〕。

★6c.目覚めた娘に、老人が「これは夢なのだ」と言う。 

『山羊またはろくでなし』(チェーホフ)  十八歳ほどの若い娘が、ソファベッドでうたた寝をする。老人が入って来て、娘の手に口づけする。娘は眼を開けて老人を見る。「ああ。公爵様。ごめんなさい。眠ってしまって・・・・・・」。公爵は言う。「今も寝ていて、夢の中にわしがいるのです。あなたは夢にわしを見てるんですよ」。娘は真に受けて眼をつぶる。「なんて私は不幸なの。夢に出て来るのは、いつも山羊かろくでなし・・・・・・」。この独り言に公爵は心くじけて、そっと歩み去る。

 

 

【眠る怪物】

★1.眠る怪物を退治する。

『ギリシア記』(パウサニアス)巻9−2−2  半人半魚の海神トリトンが、家畜を奪ったり小舟を襲ったりするので、タナグラの市民が酒がめを海辺に置く。トリトンは酒の香につられてやって来て、酒を飲み浜に寝こむ。一人の男が斧でトリトンの頭をはねる。

『古事記』上巻  ヤマタノヲロチは、八塩折の酒を飲んで眠りこんだところを、スサノヲノミコトの剣で、ずたずたに斬られる〔*『日本書紀』巻1に類話。もっとも後年スサノヲ自身も、眠っている間に、娘スセリビメ及び刀・弓・琴などの宝を、オホナムヂに奪われる〕。

『酒呑童子』(御伽草子)  源頼光たち六人の武将が、酒呑童子に神便鬼毒酒(*→〔毒酒〕2)を飲ませる。酔って眠る酒呑童子は、起きていた時とは姿が異なり、背丈は二丈余、赤髪が逆立ち、角が生え、手足は熊のようであった。八幡・住吉・熊野の三神が、酒呑童子の手足を四方の柱に鎖で縛りつけて、身動きできなくする。頼光は名刀「ちすい」で、酒呑童子の首を斬る。

『変身物語』(オヴィディウス)巻1  牝牛に変身した乙女イオを、百の眼を持つアルゴスが昼も夜も見張る。ユピテル(ゼウス)が息子メルクリウス(ヘルメス)に、「アルゴスを殺せ」と命ずる。メルクリウスは羊飼いの姿となり、葦笛を吹いてアルゴスの百の眼を眠らせ、その首を斬り落とす。ユピテルは、イオをもとの美しい姿に戻す。

*メドゥサ退治→〔鏡〕1aの『変身物語』(オヴィディウス)巻4。

*山姥退治→〔熱湯〕2の『牛方と山姥』(日本の昔話)。

★2.眠る怪物の宝物を盗んで逃げる。

『アルゴナウティカ』(アポロニオス)第4歌  コルキス国の聖なる森の巨大な樫の木に、金羊皮が懸かっており、眠りを知らぬ大蛇(あるいは龍)が、これを守っている。アルゴ船に乗ったイアソン一行が、金羊皮を求めてやって来る。コルキス王の娘メディアはイアソンに恋心を抱き、父王を裏切って、金羊皮をイアソンに与えたいと思う。メディアは魔法の薬と呪文を用いて大蛇を眠らせ、イアソンは金羊皮を得る。メディアはイアソンとともに、コルキスを去る。

『ジャックと豆の木(豆のつる)』(イギリスの昔話)  ジャックは天上の人食い鬼の家を、三度訪れる。人食い鬼は、朝食後に居眠りをする。ジャックはそのすきに、一度目は金貨のつまった袋、二度目は純金の卵を産む鶏、三度目は黄金の弦の竪琴を盗んで、地上へ逃げ帰る。

*→〔背中の女〕1の『古事記』上巻の、眠るスサノヲから刀・弓矢・琴・娘を奪って逃げる物語も、同類のものであろう。

★3.眠る敵を討つ。

『伊吹童子』(御伽草子)  大野木殿は、伊吹の弥三郎を娘婿にする。ところが弥三郎は、商人の運ぶ酒を奪い、他人の家の牛馬を喰らう大悪人だった。大野木殿は弥三郎を酔わせ眠らせて、刀で突き殺した〔*弥三郎は、すぐには死ななかった。三日後に酔いから醒め、自分の身体が刀で突き通されていることを知り、口惜しがって死んでいった〕。

『古事記』下巻  七歳の目弱の王は、父大日下の王が安康天皇に殺されたことを知る。目弱の王は、安康天皇が眠っているのを伺い、傍らの大刀を取って父の仇の頸を斬る→〔立ち聞き(盗み聞き)〕2

『今昔物語集』巻25−4  上総守兼忠から、父の仇太郎介の顔を教えられた小侍は、その夜太郎介の寝所へしのび入り、眠る太郎介の喉笛を掻き切った。

『曾我物語』巻9「祐経、屋形をかへし事」  曾我の十郎・五郎が、父の敵(かたき)工藤祐経を討つべく、彼の寝所を襲う。五郎が、ただ一太刀に祐経を殺そうとするので、十郎が「眠る者を斬るのは、死人を斬るのと同じだ」と言って、祐経を呼び起こす。祐経が枕元の太刀を取ろうとするところを、十郎・五郎は幾度も斬りつけて、とどめをさす。

『太平記』巻2「阿新(くまわか)殿の事」  日野資朝は謀反の嫌疑で佐渡へ流され、守護職・本間山城入道の館で斬首された。資朝の息子十三歳の阿新が、父の仇を討とうと、資朝処刑の時の斬手(きりて)本間三郎の寝所へ忍び入る。眠る者を殺すのは死人を殺すも同然なので、枕を蹴って本間を起こし、太刀で腹を突き、喉笛を切って殺した〔*阿新は本間の館を脱出し、商人舟に乗り込んで越後へ逃げた〕。

*父が殺されそうなことを知った子供たちが、先回りして父の敵を討つ→〔仇討ち(父の)〕3の『沙石集』巻7−6。

*女が男装して、父と夫の仇を討つ→〔仇討ち(父の)〕6の『謝小娥伝』(唐代伝奇)。

*寡婦が敵将を酔わせ眠らせて、首を取る→〔首〕1の『ユディト書』(旧約聖書外典)。

 

 

【閨】

★1.閨の怪。

『江談抄』第3−32  寛平法皇(=宇多院)が京極御息所を河原院へともない、房事を行なう。すると、河原院の主であった左大臣源融の霊が、殿中の塗籠(ぬりごめ)の戸を開いて現れた。霊は「御息所をいただきたい」と言って、法皇の腰に抱きつく。御息所は失神状態になり、法皇は御息所を車に乗せ、御所に帰った。

『古今著聞集』巻20「魚虫禽獣」第30・通巻720話  僧が白拍子と共寝するが、不思議なことに、妻と寝ているような気がしてならない。恐ろしく思っていると、五〜六尺ほどの蛇が現れて、僧の男根に食いつく。なかなか離れないので、僧は刀で蛇の口を裂いて殺し、堀川に流し棄てた。その夜から僧の妻は病気になり、やがて死んだ。僧は男根が腫れ、半死半生になった。

『今昔物語集』巻27−16  正親大夫が愛人と無人の古堂に泊る。夜中に怪しい女が現れて「我はこの堂の主」と言う。大夫は恐れて愛人とともに堂を出るが、大夫は床につき愛人は死ぬ。

*光源氏の枕上に女が現れて恨み言を述べ、夕顔を取り殺す→〔八月十五夜〕9の『源氏物語』「夕顔」。

★2.愛人と寝ている閨へ、配偶者が乗り込む。

『今昔物語集』巻31−9  常澄安永は、妻と見知らぬ童が同衾する現場を見、怒ってそこへ躍りこむ、という夢を見る。妻も同様に、童と寝ていた所に夫が現れる、との夢を見ていた。

『今昔物語集』巻31−10  勾経方は愛人と共寝した夜の夢に、本妻が走り入り、二人臥している間に割りこんでののしり騒ぎ立てる、と見る。本妻も同様の夢を見る。

★3.天皇と后の閨へ、家臣が参入する。

『日本霊異記』上−1  雄略天皇と后が大安殿(おほあむどの)において媾合中に、少子部栖軽(ちひさこべのすがる)がそれと知らずに参入した。天皇は恥じて后から離れた〔*ちょうどその時、空には雷が鳴っており、天皇は栖軽に、雷を捕らえて来るよう命じた〕→〔落雷〕3a

★4a.閨の隔て。剣。

『ヴォルスンガ・サガ』29  グンナル王がブリュンヒルドに求婚するが、彼には火の試練を乗り越える勇気がない。そこで英雄シグルズが、グンナル王に姿を変えて火を乗り越え、ブリュンヒルドのもとへ行く。シグルズは「グンナル」と名乗って三夜滞在し、ブリュンヒルドと一つ床で寝る時には、彼女との間に、抜き身の名剣グラムを置いた〔*シグルズはブリュンヒルドを抱くことなく去り、入れ代わりにグンナル王が来てブリュンヒルドと結婚する〕。

『千一夜物語』「アラジンと魔法のランプの物語」マルドリュス版第751夜  アラジンは魔神の力を借りて、ブドゥール姫を寝床ごと自分の部屋へ連れてくる。彼は「父君の許しが出るまで御身に触れません」と言い、ブドゥール姫との間に、抜き身の剣を置いて眠る。

『トリスタンとイゾルデ』(シュトラースブルク)第28章  騎士トリスタンとマルケ王の妃イゾルデとは、愛し合う関係であった。二人は国を追放されて、山中の洞窟で暮らす。マルケ王が乗り込んで来るかもしれないので、二人は抜き身の剣を間に置き、離れて寝る。猟に出たマルケ王が洞窟まで来るが、眠るトリスタンとイゾルデを剣が隔てているのを見て、二人の潔白を信じる。

『二人兄弟』(グリム)KHM60  双子の弟(魔女によって石にされた)の安否を気づかう兄が、弟の治めていた国へ行く。兄は弟とまちがえられて、弟の妃とベッドをともにすることとなったので、両刃の剣を妃との間に置く。

★4b.閨の隔て。毛布や帯。

『或る夜の出来事』(キャプラ)  富豪の娘エレンが家出し、婚約者の住む街に向かって、長旅をする。新聞記者ピーター(演ずるのはクラーク・ゲーブル)がそのことを記事にしようと、エレンに同行する。豪雨の夜、二人はモーテルの一室に泊まらねばならなくなる。ピーターは二人のベッドの間にロープを張り、毛布をかけて仕切りとする〔*エレンはしだいにピーターに心ひかれ、婚約を解消してピーターと結婚する〕。

『宮戸川』(落語)  夜遊びをして家を閉め出された半七と、同様に夜遅くなって家に入れてもらえぬ隣家のお花とが、やむなく半七の伯父の家に宿を請う。伯父は二人を恋人どうしと早合点して、一つ蒲団に寝かせる。半七は蒲団の真中に帯を長くして仕切りを作るが、結局、その夜若い二人は結ばれる〔*『ヰタ・セクスアリス』(森鴎外)に、哲学者・金井湛が寄席でこの話を聞いたことが記され、「樺太を両分したようにして二人は寝る」との形容がある〕。

*敷布で女との間を隔てる→〔蚊帳〕1の『三四郎』(夏目漱石)。 

★4c.閨の隔てを取り除く。

『襖』(志賀直哉)  友が「私」に語った話。「僕が十九歳の夏、温泉宿でのことだ。僕たち一家の隣室に滞在する弁護士一家の、子守の十六歳くらいの娘が、僕に好意を持った。ある夜、皆が就寝してから、隣室との隔ての襖がすーっと開いて、またすーっと閉まったので、僕は驚いた。娘が、みだらな思いからではなく、ただ僕の顔を見ることで、愛情を表そうとしたらしかった」。

★5.他人の閨を遠方から盗み見る。

『ある崖上の感情』(梶井基次郎)  夏の夜、青年が崖の上に立って町を見下ろす。ある家の窓の中に、男女の性交が見える。それは、青年がひそかに期待していた情景だった。彼はじっと見ていられず、目をそらす。産婦人科の病院の窓が見え、今まさに誰かが死んだところらしい。先ほどの窓へ目を戻すと、性交が続いている。青年は、人間の喜びや悲しみを絶した厳粛な感情、意力のある無常感を感じた。

*屋根の上から、隣家の情事を見てしまう→〔屋根〕2aの『屋根を歩む』(三島由紀夫)、→〔屋根〕2bの『寝敷き』(松本清張)。 

*木に登って、隣家の性交を見てしまう→〔木登り〕3cの『武道伝来記』巻4−3「無分別は見越の木登」。 

 

 

【年数】

★1.壺の破片数=結婚生活の年数。

『ノートル=ダム・ド・パリ』(ユーゴー)第2編6「壺を割る」  詩人グランゴワールは、街のならず者たちに捕まって絞首刑を宣告される。しかし、美しいジプシー娘エスメラルダが「グランゴワールを亭主にする」と言うので、彼は釈放される。結婚期間を定めるために、グランゴワールが壺を地面に投げつけると、四つに割れる。彼はこれから四年間、エスメラルダの亭主になることが決まった。 

★2.砂粒の数=生きられる年数。

『変身物語』(オヴィディウス)巻14  巫女シビュラは、手にすくった砂粒の数と同じだけの年数を生きられるよう、アポロン神に願う。しかし若さを保つという願いを忘れ、また、アポロン神の求愛をしりぞけたため、しだいに老衰する。ローマ建国の祖アイネイアスが冥界訪問をする折、巫女シビュラに道案内を頼んだが、その時点で彼女は七百歳の老婆になっており、さらにこのあと三百年生きなければならなかった。

★3.牛の数と穂の数=豊作の年数と飢饉の年数。

『創世記』第41章  「よく肥えた七頭の雌牛を、痩せた七頭の雌牛が食い尽くす。よく実った七つの穂を、干からびた七つの穂がのみこむ」という夢を、エジプトのファラオ(パロ)が見る。ヨセフが「七年の大豊作の後に、七年の飢饉が来る」と夢解きをする。ヨセフのおかげで、エジプトは豊作の間に食糧を蓄えて飢饉に備えることができた。

★4.歩いた歩数=王朝の存続年数。

『封神演義』第27回  姜子牙(太公望)は渭水で釣りをしていたが、釣り糸の先の餌は水面から三寸も上にあった。西伯侯姫昌(周の文王)が来て姜子牙と問答し、彼を軍師として迎える。姫昌は姜子牙を車に乗せて曳き、二百八十歩あるいて梶棒を落とし、四百四十九歩あるいて尻餅をついた。これは、周王朝が二百八十年続いて一旦挫折し、すぐ再興してその後四百四十九年続くことを示していた。

★5.食われた鳥の数=戦争継続の年数。

『イリアス』第2歌  アカイア(ギリシア)の水軍がトロイアへ出撃すべく集結した時、大蛇が現れて鈴懸の樹に登り、梢にいた雀の母鳥と八羽の雛を食ってしまった。皆が驚いていると、予言者カルカスが「大蛇が、母鳥と雛、あわせて九羽を食ったごとく、われわれも九年の歳月を戦い、十年目にトロイアを攻め落とすであろう」と占った。

 

※食べた桃の数=経過した年数→〔桃〕2の『酉陽雑俎』巻2−68。 

※授かった経典の数=旅に要した日数→〔旅〕6の『西遊記』。 

 

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