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【菜】

★1.菜を摘む女に、王が求婚する。

『万葉集』巻1 巻頭歌  乙女が籠と串(草を掘るための道具)を持ち、岡の菜を摘んでいた。そこへ雄略天皇がやって来て、「乙女よ。汝の家と名を、私に告げ知らせよ」と歌いかけ、求婚した。

★2.菜(あるいは桑)を摘む女が、王の后になる。

『今昔物語集』巻3−16  天竺マカダ国王の行幸を、多くの人々が見ようと、出かける。一人の娘だけが、家に待つ老母のために僅かの間も惜しみ、一心に菜を摘んだまま、王の方を見ようとしない。王は彼女の孝心に感じ、后にする〔*『三国伝記』巻10−4に類話〕。

『三国伝記』巻10−3  聖徳太子二十七歳の春、行啓途中に、沢の根芹を摘む三人の卑女を見る。二人は太子の行啓を拝するが、一人の娘は芹摘みを続ける。「養母への孝養のため芹を摘み、行啓を拝する暇なし」と答える娘を太子は迎え取り、第一の后とする。彼女を膳手の后と称する。

『列女伝』巻6−11「斉宿瘤女」  斉の閔王が東方の町に出遊した時、人々がことごとく王の姿を拝したが、一人だけ、頸に大きな瘤のある女が、顔を上げず桑を摘み続けていた。「父母から桑を採る事を教わり、王を見る事を教わらなかった」と言う女を、王は「賢女なり」とよろこび、后とする〔*『三国伝記』巻10−2に類話〕。

★3.菜を摘む女に、蛇や霊が寄って来る。

『沙石集』巻9−18  文永年中(1264〜78)のこと。尾張甚目寺辺に住む十二〜三歳の女童が菜を摘んでいると、美しい男が声をかけ、女童はその場に横たわる。ところが女童は、尊勝陀羅尼を記した紙で髪を結んでいたので、男は逃げ去った。近くで田を耕している人には、「四〜五尺の蛇が女童に巻きつこうとしたが、急に身を縮めて這い隠れた」と見えた。

『二人静』(能)  菜摘女が、正月七日の神事に供える若菜を摘む。怪しい女が現れ、「写経をして、罪業深き我が跡を弔え」と請う。女は静御前の霊であり、菜摘女に取りつく→〔双面(ふたおもて)〕1

★4.男が桑を摘む女を見て、それが自分の妻と気づかず口説く。

『列女伝』巻5−9「魯秋潔婦」  結婚後まもなく遠方に赴任した魯の秋胡は、数年後、家に戻る途中の路傍に桑を摘む女を見、心ひかれて言葉をかけるが、拒絶される。帰宅して妻を呼ぶと、それが先程の桑摘みの女だったので、秋胡は驚く。妻は、家を出て河に投身する〔*『西京雑記』巻6などに類話。*→〔妻〕8の、自分の妻と知らず口説く物語の1種〕。

★5.転生した子の口に菜っ葉。

『子不語』巻4−87  鄭家の老母が危篤に陥るが、息を吹き返し、起き上がって言った。「私の魂が戸口を出て行くと、『奴隷の細九の家の子に転生する』と言う者がいたので、そいつを打ちのめして帰って来た」。老母は青菜の湯(スープ)を一口飲んでから、また牀(とこ)に倒れて死んだ。しばらくすると奴隷の細九がやって来て、「我が家に男児が生まれ、口に菜っ葉を含んでいた」と言った。

*転生した子の掌に文字→〔掌〕6の『力(りき)ばか』(小泉八雲『怪談』)。 

*転生した子の足の裏にほくろ→〔ほくろ〕2bの『現代民話考』(松谷みよ子)5「死の知らせほか」第3章の1。

 

 

【名当て】

 *関連項目→〔同名の人〕〔名付け〕〔名前〕

★1.未知の植物(煙草)の名を当てるための計略。

『煙草と悪魔』(芥川龍之介)  天文年間(1532〜55)、日本に渡った悪魔が、畑で煙草の栽培を始めた。悪魔は牛商人に、「この植物の名を当てられなければ、あなたの身体と魂をもらう」と告げる。牛商人は一策を案じ出し、夜、牛を畑に放す。悪魔は「この畜生。何だって、おれの煙草畑を荒らすのだ」と叫ぶ。翌日、牛商人は「畑に植わっているのは『煙草』」と言い当て、畑の煙草を全部自分のものにした。

★2.立ち聞きすることによって、鬼などの秘密の名前を言い当てる。

『大工と鬼六』(日本の昔話)  「川に橋を架けた代償に、お前の目玉をよこせ」と鬼が大工に迫り、「それがいやなら俺の名を当ててみろ」と言う。鬼の子が「早く鬼六が目玉を持ってくるように」と歌うのを聞いた大工が、「鬼六」というと鬼は消える(岩手県胆沢郡)。

『トム・ティット・トット』(イギリスの昔話)  小鬼が王妃の糸つむぎを手伝い、「俺の名を当てられなければ、お前をもらって行く」と言う。王が狩りをしに森へ行き、穴の中で小鬼が「俺の名はトム・ティット・トット」と歌うのを聞いて、王妃に教える。

『ルムペルシュティルツヒェン(がたがたの竹馬小僧)』(グリム)KHM55  小人が王妃の産んだ子を要求し、「俺の名を当てたら許してやろう」と言う。山の家で小人が「俺の名が『がたがたの竹馬小僧』とは誰も知らない」と歌うのを、王妃の家来が聞いて、王妃に教える。

★3.思わず口にした言葉が、秘密の名前を偶然言い当てる。

『ジャータカ』第380話  王が一人の娘に心奪われ、彼女を得たいと願う。娘を育てた苦行者が「名前を当てることができたら与えよう」と言う。三年かかっても王は名前がわからず、「私はすべてを失った。私自身も息絶えるかと気がかりだ」と詩を唱える。娘は「その『気がかり』こそ私の名前です」と言い、王と娘は結婚する→〔誕生(植物から)〕2

★4.秘密の名前を言い当てることができない人に、正答を教える。

『トゥーランドット』(プッチーニ)  求婚者の王子カラフは、王女トゥーランドットが出した三つの謎を解いた後(*→〔難題求婚〕2)、「明日の夜明けまでに、私の名前を言い当てよ」との課題を、トゥーランドットに与える。トゥーランドットは、王子の父や女奴隷を拷問して名前を知ろうとするが、成功しない。王子はトゥーランドットに接吻して、「我が名はカラフ」と教える。トゥーランドットは「このお方の名は『愛』」と群集に告げ、二人は抱き合う。

 

 

【長い眠り】

 *関連項目→〔眠り〕

★1.数十年から数百年の眠り。

『黄金伝説』96「眠れる七聖人」  皇帝デキウスがキリスト教徒を迫害し、エペソスの信者七人がケリオン山に隠れる。神の思召しで七人は長い眠りにおち、三百七十七年後、キリスト教徒の皇帝テオドシウスの治世に目覚めた。七人は、キリスト教化された世界を見て満足し、まもなく、眠るがごとくに息を引き取った〔*七人が眠ったのは百九十六年、との説もある〕。

『ドイツ伝説集』(グリム)392「洞窟に眠る七人」  最果ての海岸の切り立った崖下に洞窟があり、七人の男が眠っている。七人の身体は腐らず衣服も朽ちない。時いたれば七人は起き上がり、異教の民に聖教を告知するのである。

『ブラック・ジャック』(手塚治虫)「浦島太郎」  炭鉱事故による一酸化炭素中毒で、十五歳の少年鉱員が五十五年眠り続ける。その間少年は老化せず、十五歳の姿を保つ。生命維持に費用がかかるので、病院はドクター・キリコに安楽死を依頼するが、その前に最後の試みとしてブラック・ジャックが手術する。少年は意識を回復するが、五十五年が経過したことを聞かされたとたん、見る間に老衰し、七十歳の老人と化して死ぬ。

*催眠状態から覚めると身体が腐敗してしまった、という物語もある→〔催眠術〕8bの『ヴァルドマアル氏の病症の真相』(ポオ)。

*千日間の眠り→〔酒〕11の『捜神記』巻19−8(通巻447話)。

★2.野山や森へ行き、二十年〜百年も眠ってしまったことに気づかず、家へ帰る。 

『ギリシア哲学者列伝』(ラエルティオス)第1巻第10章「エピメニデス」  ある日エピメニデスは、父の言いつけで羊を捜すために原へ行ったが、昼頃に洞穴の中で眠り、そのまま五十七年間眠り続けた。やがて目覚めた彼は、ほんの短時間眠っただけのつもりだった。ところが周囲はすっかり変わっており、家へ帰っても、知らない顔ばかりである。エピメニデスは、今はもう老人になっている弟を見つけ出し、五十七年が経過したことを知った。

『スケッチ・ブック』(アーヴィング)「リップ・ヴァン・ウィンクル」  合衆国がまだ英国領だった頃。恐妻家のリップ・ヴァン・ウィンクルは狩に出かけ、山奥に迷いこんで、昔風の身なりをした不思議な人々と出会う。リップは彼らとともに酒を飲み、一晩眠ると二十年が過ぎていた。家に帰ったリップは、妻がすでに死んだことを知り、娘や孫と対面する。リップは独立戦争以前を知る長老として、村人から尊敬された。

『ドイツ伝説集』(グリム)152「ハイリングの侏儒」  女が木の実を採りに森へ入り、老人の住む一軒家に泊まる。翌朝目覚めるとそこは岩陰で、老人もおらず一軒家もなくなっていた。女は驚いて帰宅するが、家にいるのは知らない人ばかりである。女は森の一軒家で百年眠り、その間まったく年をとらなかったのだった。

★3.永遠の眠り。

『青い鳥』(メーテルリンク)第2幕第3場  青い鳥を探して旅に出たチルチルとミチルは、「思い出の国」を訪れて、死んだ祖父母に会う。祖父は「私たちはいつも眠っていて、生きている人が思い出してくれると目が覚める。生涯を終えて眠るのは良いことだが、時々目覚めて、生きている人たちと会うのも楽しみなものだ」と教える。

『ギリシア神話』(アポロドロス)第1巻第7章  月の女神(セレネ)が美貌の青年エンデュミオンに恋をした。ゼウスがエンデュミオンを永久に眠らせ、不老不死とした〔*『本当の話』(ルキアノス)が「まったくの作り話である」とことわって語るところによれば、ルキアノスは月へ行ってエンデュミオンに会った。エンデュミオンは眠っているうちに地球から連れ去られて月へ運ばれ、月の王となっていた〕。

★4.滅尽定(完全な無念無想の禅定)。

『今昔物語集』巻4−29  天竺のある山が落雷で崩れ、滅尽定に入っている羅漢が発見された。国王が百官を引き連れて山へ行き、羅漢を覚醒させると、羅漢は「我が師迦葉如来はどこにおいでか? 釈迦牟尼仏は成道なさったか?」と問う。「迦葉も釈迦も、すでに涅槃に入られた」と教えると、羅漢は虚空に昇り、火を発して自分の身を焼き、骨髄を地に落とした。

★5.人類の睡眠時間が、しだいに長くなる。

『時の声』(バラード)  古代・中世の人間の睡眠時間は短かった。ミケランジェロは四〜五時間しか眠らなかった。時代とともに人類の睡眠時間は長くなり、二十世紀末には十時間以上も眠るようになった。麻酔性昏睡症候群(ナーコーマ・シンドローム)が、世界中に広がりつつある。これは、全生物の死、そして宇宙の終末が迫っていることを意味していた。その中に一人、脳手術の結果、まったく眠れなくなった男がいた。彼は、人類の永眠を看取ることになるのだ。

★6.長く眠る怪物。

『ラーマーヤナ』第6巻「戦争の巻」第60章  魔王ラーヴァナの弟クンバカルナは、赤ん坊の時から数千もの生類をむさぼり食った。このままでは世界から生類が絶えてしまうので、梵天(創造神ブラーフマナ)が、クンバカルナを死人同様に眠らせることにする。しかしラーヴァナの請いによって、梵天はクンバカルナを、六ヵ月眠ったら一日だけ目覚めるようにした〔*ラーマの軍が攻め入ったため、ラーヴァナはクンバカルナを起こして戦場へ出す。ラーマは、クンバカルナの両腕・両脚を切断し、口に多くの矢を射込み、首を落として殺した(第67章)〕。

 

 

【流れ星】

 *関連項目→〔隕石〕

★1.宇宙飛行士が、宇宙空間から地球の大気圏へ落下する。地上からは流れ星に見える。

『万華鏡』(ブラッドベリ)  宇宙船が破裂し、宇宙服を着けた乗員たちが、生きたまま四方八方の空間へ投げ出される。一人は地球へ向かう。彼は思う。「大気圏へ突入したら、おれは流星のように燃えるだろう。誰かにおれの姿が見えないものだろうか」。田舎道を歩く少年が叫ぶ。「あ!流れ星!」。母親が言う。「願い事をなさい」。 

★2.流れ星を見る母子。

『SR(ショート落語)(桂枝雀)  子「あっ。流れ星や」。母「さ、お願い事を言いなさい」。子「一日も早くお父さんに会えますように」。母「そんなこと言うもんじゃありません。お父様には、私たちの分も長生きしていただかなくっちゃ」。

★3.夜の闇の中を、流れ星のように光を放って飛んで行く魂。

『国家』(プラトン)第10巻  死者たちの魂は転生先を決めた後、「放念(アメレース)の河」の水を飲み、一切を忘れて、河のほとりで眠る。真夜中になると、突如としてそれぞれの者は、あたかも流星が飛んで行くように、かなたこなたへと新たな誕生のために、上方高く運び去られて行った〔*蘇生した戦士エルによる、死後の世界の報告〕→〔死体変相〕3c

 

※流れ星を見て、人の死を知る→〔星と生死〕3の『マッチ売りの少女』(アンデルセン)。

 

 

【泣き声】

★1.泣き声を聞き分ける。

『説苑』巻18「弁物」  人の泣き声を聞いた顔回が、「これは死者を嘆くだけでなく、生き別れをも嘆く声であろう。完山の鳥が四羽の雛鳥と別れた時の声と似ている」と孔子に述べる。孔子が人をやって尋ねさせると、泣いていた者は「父が死に、家が貧しいので子供を売って葬式をすませた。今その子と別れる所だ」と答える。

★2.女の泣き声の中にある嘘を聞き取る。

『今昔物語集』巻29−14  九条堀河に住む女が間男と共謀して夫を殺し、被害者をよそおって泣く。しかし醍醐天皇が、遠く離れた内裏にいながら、女の泣き声の底にある偽りの心を聞き知って、女を捕える。

『捜神記』巻11−36(通巻298話)  愛人を持つ女が、夫の脳天に鉄錐を打ちこんで殺し、夫が焼死したかのごとくよそおって泣く。巡察中の揚州長官厳遵が、女の泣き声があまり悲しそうではないことに不審を感じ、死体を調べて女の犯罪を暴く〔*→〔過去〕4bの『輟耕録』にも、同様の方法で夫を殺す妻の物語がある〕。

*蝿が、夫の頭の致命傷を教える→〔蝿〕8bの『酉陽雑俎』続集巻4−954。

★3.同じ一人の女の、嘘泣きと本泣き。

『女』(川端康成)  夫の焼死を悲しむ女のそばを禅坊主が通り、泣き声の中に喜びの心を聞く。「女は情人と共謀して夫を殺し、家に放火したのかもしれぬ」と坊主は言い、それを聞いた若侍が、女を斬りに行く。その時女は夫の死骸にすがって泣き、「夫のもとにやって下さいますか」と礼を述べて斬られる。坊主は若侍に、「わしが通った時は嘘泣き、貴殿が行った時は本泣きじゃ」と説く〔*→〔泣き声〕2の嘘泣き説話の変型〕。

★4.泣き声と思ったら風の音だった。

『現代民話考』(松谷みよ子)7「学校ほか」第1章「怪談」の17  昭和五十年(1975)頃の冬。ある学校で毎晩のように、悲しく苦しげにすすり泣く声が聞こえる。「幽霊に違いない」というので、ガードマン数人が、泣き声に向けて懐中電灯を一斉に照らす。それは、増築中の校舎の鉄骨が、吾妻颪(あずまおろし)に吹きつけられて、泣くような音をたてていたのだった(福島県)。 

*逆に、風の音と思ったら、瀕死の人の息だった→〔聞き違い〕1の『心中』(森鴎外)。

★5.だんだん大きくなる泣き声。

『あーん。あーん』(星新一『きまぐれロボット』)  小さなぼうやが、とつぜん「あーん。あーん」と泣き始める。オモチャを与えると、いったん泣きやんだが、すぐに飽きてしまい、別のオモチャをほしがって、前よりも大きな声で泣く。ぼうやは次々に新しいオモチャを要求し、泣き声はどんどん大きくなって、窓ガラスが砕け、建物の壁にひびが入る。困ったおとうさん・おかあさんは、無我夢中で歌をうたう。するとぼうやは、ぴたっと泣きやんだ。しかし今度は、ぼうやは次々に新しい歌を聞きたがって、大声で泣きはじめた。 

 

 

【謎】

★1.怪物が人間に、怪物の正体を問う謎を出す。

『蟹問答』(日本の昔話)  旅の僧が古寺に泊まる。大入道が現れて、「問答をしよう。答えられねばお前を取って食う」と言い、「小足八足、大足二足、色紅にして両眼天に輝く日月の如し、これ何人(なにびと)?」と謎をかける。僧は「蟹!」と答えて、杖で大入道の頭を打つ。大入道は悲鳴を上げて逃げる。翌朝見ると、縁の下に大きな蟹が甲羅を割られて死んでいた(埼玉県川越市)。

『東海道名所記』巻5「鈴鹿の坂の下より土山へ二里半」  昔、蟹が坂に妖怪(ばけもの)が出て、往来の人を悩ませた。通りかかりの僧が「何者か?」と問うと、妖怪は「両手空をさし、双眼天につけり。八足横行して、楽しむ者なり」と答える。僧は「汝は蟹であろう」と、正体を見抜く。蟹は姿をあらわして戒を受け、以後は災いをしなくなった。

★2.怪物が人間に、答えが「人間」である謎を出す。

『ギリシア神話』(アポロドロス)第3巻第5章  スフィンクスは女の顔、獅子の胸と足と尾、そして鳥の翼を持つ怪物だった。彼女はピーキオン山上に坐し、テーバイの人々に「一つの声を有しながら、朝は四本足、昼は二本足、夜は三本足になるものは何か?」との謎を出し、答えられぬ人を食った。オイディプスが来て謎を解き(*→〔見立て〕4a)、スフィンクスは山から身を投げた。

★3.女が住居、逢い引きの日時などを謎の形で告げる。

『恨の介』(仮名草子)  恨の介が清水寺で見そめた美女雪の前は、求愛に応えて「さね葛」「月の最中」などの語を交えた手紙を返す。意味を判じかねる恨の介に、歌道の達者が「名にし負ふ逢坂山のさね葛人に知られでくるよしもがな」「水の面に照る月なみを数ふれば今宵ぞ秋の最中なりける」の古歌を踏まえた謎であり、八月十五夜に密会しようとの心だ、と教える→〔八月十五夜〕4

『太平広記』巻194所引『伝奇』  妓女が指を三本立て、掌を三度返し、胸にかけた鏡を指さす。崔が謎の意味をはかりかねていると、家来の崑崙奴が、「指三本は三番目の部屋。掌三度は五指×三で十五。鏡は月。十五夜の満月の晩に来い、ということです」と、解き明かす。

『二九十八』(狂言)  男が清水の観音に妻乞いをし夢告にしたがって、西門で女に出会う。女は「我が宿は春の日奈良の町の内風の当たらぬ里と尋ねよ」と詠み、「二九」と言って去る。「風の当たらぬ里」は「室町」、「二九」は十八軒目の家、と男は悟り、女の家を尋ね当てるが、被衣を取るとたいへんな醜女であった。

『ものくさ太郎』(御伽草子)  ものくさ太郎が都へ上り、道行く美女を捕らえて自分の妻にしようとする。美女は、「私の住居へ尋ねていらっしゃい。私の住まいは、日暮るる里、はたちの国」などと言って、その場を逃れようとする。しかし、ものくさ太郎は「日暮るる里は暗いから鞍馬、はたちの国は若いから若狭だ」と、謎を解いてしまう。

*ホテルのルームキーの数字で、月日を伝える→〔鍵〕3の『クロスワード・パズル』(三島由紀夫)。

★4.歌の形の謎。

『曾我物語』巻8「富士野の狩場への事」  畠山重忠が「まだしきに色づく山の紅葉かなこの夕暮れをまちて見よかし」と曽我十郎・五郎に詠みかける。「巻狩りも今日限り、今宵こそ敵工藤祐経を討て」という歌の意味を、十郎は悟る。

★5.答えのない謎。解決のつかない物語。

『女か虎か』(ストックトン)  王女に恋した若者が王の怒りを買い、審判を受ける。二つの扉の一方を開くと、虎が現れ若者は喰われる。もう一方を開くと美女が現れ、若者は美女を妻とする定めである。王女はどちらの扉から虎が出るか知っているので、若者を救うことができるが、そうなれば若者は扉から出た美女と結婚することになり、それは王女には堪えられない。王女は若者に「右の扉を開け」と合図する。その扉から出るのは、女か? 虎か?

『機械』(横光利一)  ネームプレート製造所で働く「私」と軽部と屋敷が、やけ酒を飲む。眼がさめると、屋敷が重クロム酸アンモニアを水と間違えて飲み、死んでいる。単なる事故なのか、軽部がたくらんだのか、それとも「私」が殺したのか、「私」にはわからない。

『ドグラ・マグラ』(夢野久作)  九州大学精神病科の一室で目覚めた「わたし」は、一切の記憶を失っており、自分の名前もわからない。若林博士と正木博士が「わたし」に、大学生・呉一郎の物語を聞かせる。呉一郎は一千年前の先祖が描いた絵巻物を見て、運命を狂わされたのだという。「わたし」は、「自分が呉一郎なのであろうか?」と思う。また、大正十五年(1926)十月二十日以来、「わたし」は夢遊状態で何度も何度も数限りなく同じ体験を繰り返しているのではないか、とも思う。

『不思議の国のアリス』(キャロル)  三月兎と帽子屋とヤマネ(眠り鼠)のお茶会に、アリスが入りこむ。帽子屋が「大烏(レイヴン)が机に似ているのはなぜか」というなぞなぞを出し、アリスはいろいろ考えるが、どうしてもわからない。アリスが降参して答えを聞くと、「ぼくにはまるきりわからんよ」と帽子屋は言い、「おれもだ」と三月兎も言う。アリスは「あなたがた、答えのないなぞなぞで時間をつぶすより、もう少しましな時間の過ごしかたをしたら?」と、ため息をつく。

『藪の中』(芥川龍之介)  藪の中に、旅人金沢武弘の死骸が発見された。捕えられた盗賊多襄丸は、「わたしが武弘を殺した」と白状する。「わたしは武弘の妻真砂を犯した後、武弘と太刀打ちをして、彼を斬り倒したのだ」。しかし真砂は、「多襄丸が私を犯して去った後、私は夫を殺し、自分も死のうと思ったが、死にきれなかった」と懺悔して泣く。武弘の死霊は(巫女の口を借りて)、「多襄丸が去り、真砂がおれを棄てて逃げた後、おれは自ら小刀(さすが)を胸に刺して、自殺したのだ」と語る。誰が真実を述べているのか、わからない。

*故意の殺傷か過失か、当事者にもわからない→〔誤射〕1の『寝園』(横光利一)、→〔妻殺し〕4の『范の犯罪』(志賀直哉)。

*幽霊が実在するのか、ただの幻覚なのか、物語の最後までわからない→〔幽霊の有無〕3の『ねじの回転』(ジェイムズ)。

*聞く者が誰もいない(聴覚器官を持つ生物がまったくいない)時、音は存在するのか?→〔耳〕6の『叫べ、沈黙よ』(ブラウン)。

★6.AかBかという謎に対して、AでもBでもない第三の解答が示される。

『源氏物語』「桐壺」「藤裏葉」  光源氏が七歳の頃、高麗人が彼を見て、「帝王の相だが、そうなれば国が乱れるだろう。だからといって臣下で終わる人ではない」と占い、不思議がる。それから三十年余を経て、四十の賀を翌年にひかえた光源氏は准太上天皇となり、帝王でも臣下でもない地位につく。

『山鴫』(芥川龍之介)  トルストイとトゥルゲネフ(ツルゲーネフ)が雑木林へ山鴫を撃ちに行く。夕闇の中、トゥルゲネフは「山鴫をしとめた」と言うが、どこにも山鴫は落ちていないので、トルストイは、「山鴫は銃弾に当らず飛び去ったのだろう」と思う。翌朝、山鴫は飛び去ったのでも地面に落ちたのでもなく、木の枝にひっかかっていたことがわかり、二人は哄笑する。

★7.Aグループの人からはBグループの一員と見なされ、Bグループの人からはAグループの一員と見なされる、謎の人物。

『いじわるばあさん』(長谷川町子)朝日文庫版第4巻21ページ  いじわるばあさんは時々礼装をして、見ず知らずの人の結婚式に出かける。いじわるばあさんは、新郎側の人々からは新婦の親戚と見なされ、新婦側の人々からは新郎の親戚と見なされて、誰にも怪しまれず、新郎新婦両家親族の記念写真の中におさまる。

『奇妙な足音』(チェスタトン)  高級ホテルの晩餐会に十二人の紳士が出席し、十五人の給仕が食事を運ぶ。紳士の夜会服と給仕の服が同じ黒服であることを利用して、怪盗フランボウがその中にまぎれこむ。紳士たちは彼を給仕と思い、給仕たちは彼を紳士と思う。フランボウは紳士たちと給仕たちの間を往復しつつ、銀の食器を盗む。しかしブラウン神父に見破られる。

*AであってもBであってもならない、という難題→〔難題〕2の『千一夜物語』「法学上の難問解決」マルドリュス版第990〜991夜など。

*Aでありつつ同時にBでもあれ、という難題→〔難題〕3の『千一夜物語』「エジプト豆売りの娘」マルドリュス版第888〜889夜。

★8.ある詩句や語句が、物語の登場人物の運命を大きく変える。しかし、詩句・語句の内容そのものは物語の中で明かされず、読者にとっては謎のままに、物語が終わる。

『鏡と仮面』(ボルヘス)  宮廷詩人が、戦勝と王をたたえる頌歌を創り、褒賞として一度目は銀の鏡、二度目は黄金の仮面を得た。詩人は刻苦して、第三の頌歌を創った。それはわずか一行の詩句だったが、朗誦する詩人も、それを聞く王も、青ざめた。王は、「美を知るのは、人間には禁断の恵みだ。我らはその罪をあがなわねばならぬ」と告げ、詩人に短剣を与えた。詩人は自刃した。王は乞食となった。

『謎のカード』(モフェット)  米人バーウェルは旅行先のパリで、謎の女から、フランス語の語句が記されたカードを渡される。フランス語の読めぬバーウェルは、何人かにカードを見せて意味を尋ねる。カードを見た人々は驚愕し、バーウェルをホテルから追い出し、投獄し、国外退去を命ずる。さらに親友も妻も、バーウェルに別れを告げて去る。バーウェルは謎の女を見つけ、語句の意味を問いただそうとする。しかし女は病死し、カードは白紙に変じた。

 

※求婚者に謎を出す→〔難題求婚〕2の『旅の道づれ』(アンデルセン)、『トゥーランドット』(プッチーニ)。

※解けない謎→〔死体から食物〕2の『士師記』第14章。

 

 

【名付け】

 *関連項目→〔同名の人〕〔名当て〕〔名前〕

★1.名付け親。

『三人の名付け親』(フォード)  銀行強盗の三人組が、砂漠へ逃げ込む。馬に逃げられ、三人は水を求めて砂漠をさまよう。幌馬車があり、身重の女がいて、赤ん坊を産む。女は「この子の名付け親(洗礼式の立会人)になってほしい」と三人に頼んで、息を引き取る。三人組のうち、一人は銃創がもとで死に、一人は骨折して動けなくなり自殺する。残った一人が赤ん坊を抱いて町まで歩き、保安官夫婦に養育を託す。

『名づけ親さん』(グリム)KHM42  子だくさんの貧乏な男に、また一人子供ができた。男は、「郊外へ行き、最初に出会った人に、子供の名づけ親を頼め」との夢告を得て、それに従う。名づけ親になってくれた人は、「病人の頭の方に死神がいたら、病人は治る。足の方に死神がいたら、病人は死ぬ」と男に教える。ある時、男は名づけ親の家を訪ね、鍵穴からのぞくと、名づけ親は長い角を二本はやしていたので、男は逃げ帰る。名づけ親は悪魔だった。

*類話である『死神の名づけ親』KHM44では、三人目に出会った人を名づけ親にする→〔三人目〕1

*男にも女にも用いられる名前をつける→〔性転換〕2の『変身物語』(オヴィディウス)巻9の「イピス」、→〔両性具有〕1の『メトロポリス』(手塚治虫)の「ミッチイ」。

★2.子供の名前をつけ間違える。

『トリストラム・シャンディ』(スターン)第4巻第8章・第14章  ウォルター・シャンディは、エジプトの智恵神トトのギリシア名「ヘルメス・トリスメジスタス」にちなみ、息子に「トリスメジスタス」と命名しようとする。ところが、それを教区の副牧師に伝えに行く女中スザンナが、うろ覚えで「トリス何とか」と言ったため、トリストラム(「悲しみ」を意味する)と名づけられてしまう。

★3.子供に名前をつけない。

『王書』(フェルドウスィー)第1部第6章「フェリドゥーン王」  フェリドゥーン王には三人の王子がいた。王は彼らを可愛がるあまり、名前をつけなかった。イエメンのサルヴ王に三人の王女がいた。サルヴ王も彼女たちを可愛がるあまり、名前をつけなかった。フェリドゥーン王の三王子は、サルヴ王の三王女を妻として迎えた。フェリドゥーン王は、三王子の長男をサルム、次男をトゥール、三男をイーラジと名づけ、彼らの妻にもそれぞれ「自由」「高貴な月」「健やかな糸杉」という意味の名前を与えた。  

★4.ひ弱な子が健康に育つように、強い動物の名前をつける。

『母のない子と子のない母と』(壺井栄)1  おとらおばさんは生まれた時、ひ弱そうな赤ん坊だった。父親が「『おとら』とか『おくま』とかいう名にすると達者に育つ」と言い、おとらおばさんの名前が決まった。おとらおばさんは無事に成長し、結婚して男児を産む。小さな子だったので、丈夫に育つように「獅子雄」と名づけた。獅子雄は少年航空兵となったが、訓練中に事故死してしまった。

*赤ん坊に良い名前をつけようと、くじを引く→〔くじ〕7の『われから』(樋口一葉)。 

★5.親から与えられた名前に、ふさわしくありたいと思う。

『三国史記』巻47「列伝」第7・竹竹  竹竹(ちくちく)は、新羅の善徳王時代の武将である。彼が守る大耶城は百済の大軍に攻められ、落城は必至だった。仲間は「生きて降伏し、後の策を図る方が良いだろう」と勧めた。竹竹は、「君の言うとおりだ。しかし、父が私を『竹竹』と名づけたのは、大寒にも枯れず、折られても屈するな、という思いを込めてのことだ」と言い、最後まで戦って、戦死した。

★6a.妻が、夫との間にできた子供に、かつて夫が愛した女性の名前をつける。

『巴里に死す』(芹沢光治良)  医学者宮村は独身時代に、鞠子(まりこ)という女性にプラトニックな愛を捧げた。その恋は実らず、宮村は伸子(しんこ)と結婚し、パリで研究生活を送る。伸子は「鞠子さんと同等の存在になりたい」と願うが、なりきれなかった。やがて伸子は、肺結核に侵されながらも女児を出産する。伸子は「わが娘を鞠子さんにしよう」と考え、「万里子(まりこ)」と名づける。その後、伸子は病勢が進み、万里子が三歳の時に死去する。

★6b.人妻が、愛人との間にできた子供に、愛人と同じ名前をつける。

『肉体の悪魔』(ラディゲ)  少年の「僕」は、年上の人妻マルトと愛人関係になる。マルトは「僕」の子供を産み、その子に「僕」と同じ名前をつける。マルトの夫ジャックは、妻の不義を知らない。産後しばらくして、マルトは病死する。ジャックは、「妻はあの子の名前を呼びながら死んで行きました」と言って嘆く。そうではない。マルトは「僕」の名前を呼びつつ死んだのだ。

★7.自分の名前を敵に与えて死んでゆくのは、生まれてくる子供に愛する人の名前をつける物語と、関連があるであろう。

『古事記』中巻  ヤマトヲグナノミコ(ヲウスノ命)がクマソタケル兄を殺し、逃げるクマソタケル弟の尻に剣を突き刺す。クマソタケル弟は「西の国では、我らクマソ兄弟が最強だった。しかし大倭の国に、もっと強い人がいたのだ。それゆえ私の名前を献上します。今後は『ヤマトタケルノミコ』と申し上げたい」と言って死んだ。以来、御名をたたえて「倭建命(やまとたけるのみこと)」というのである〔*『日本書紀』巻7景行天皇27年(A.D.97)12月では、川上梟帥(たける)が名前を献上する〕。 

★8.死者に戒名をつける。

『大菩薩峠』(中里介山)第15巻「慢心和尚の巻」  甲州八幡村・小泉家のお浜は、夫を殺した机龍之助と駆け落ちし(*→〔決闘〕2)、一子郁太郎を産んだ後に、龍之助に斬殺された。小泉家の主人が恵林寺を訪れ、「悪い女のために、戒名を一つ附けてやって下さい」と、慢心和尚に請う。慢心和尚は「よしよし、悪い女ならば『悪女大姉』とつけてやろう」と言い、それがお浜の戒名になった。

*酔って眠る人に法名をつける→〔酒〕7の『悪太郎』(狂言)。

★9.たまたま目にしたものと、自分の年齢とから、適当な名前をつける。

『椿三十郎』(黒澤明)  藩政を私する悪人どもを倒そうと、若侍たちが集まって相談する。旅の浪人(演ずるのは三船敏郎)が、たよりない若侍たちを見かねて、「力を貸そう」と言う。城代家老の奥方が浪人に名前を問い、浪人は隣家に咲き誇る椿の花を見て、「私の名は椿三十郎。もうそろそろ四十郎ですが」と答える。

*「桑畑三十郎」と名乗ることもある→〔さすらい〕3の『用心棒』(黒澤明)。

★10.災いを避けるために、名前を変える。

『神仙伝』巻1「老子」  老子は、たびたび名や字(あざな)を変えた。人間には「厄会(災いに遭う時期)」があり、その時に名字を変えて天地の気の変化に順応するならば、寿命を延ばし、災いを逃れることができる。老子は周に三百余年いたから、その間に何度か厄会があっただろう。それゆえ、老子はいくつもの名前を持っているのである。

★11.良くないことが起こったために、名前を変える。

『八幡愚童訓』上  道鏡は帝位につこうとしたが、宇佐八幡の許しを得られなかった。道鏡は「これは勅使和気清丸(清麻呂)が悪く申したからだ」と怒り、彼を「ワカレノキタナ丸」と名づけて罰した〔*『続日本紀』巻30神護景雲3年9月己丑の宣命に、和気清丸の名を変える旨が記されている〕→〔うつほ舟〕3

『播磨国風土記』神前の郡  荒ぶる神が往来の人の半数を取り殺したので、そこを「死野」と呼んだ。後に品太天皇(応神天皇)が、「悪い名である」と仰せられ、「生野」と改められた。

*「塩」の呼び名を変え、「堅塩(きたし)」とする→〔塩〕4の『日本書紀』巻25孝徳天皇大化5年3月。

★12.次々に新たな呼び名がつけられる。

『徒然草』第45段  良覚僧正の坊の傍に榎の木があったので、人々は彼を「榎の木の僧正」と呼んだ。良覚はこれを嫌い、榎の木を切った。すると根が残り、「きりくひ(切り株)の僧正」と呼ばれるようになった。良覚はいよいよ腹を立て、切り株を掘り捨てた。その跡が大きな堀になり、良覚は「堀池の僧正」と呼ばれた。

『袋草紙』(藤原清輔)「雑談」  丹後掾曽根好忠(たんごのじょう・そねのよしただ)は、初め「曽丹後掾(そたんごのじょう)」と呼ばれ、後に「曽丹後(そたんご)」と呼ばれ、末には「曽丹(そたん)」と呼ばれた。だんだん呼び名が短くなるので、好忠は「いつ『ソタ』と言われるようになるだろうか」と、心配した。

★13.命名の起源。

『今昔物語集』巻17−44  女が子を産み(*→〔金(きん)〕4)、衣でくるんで僧に渡す。僧が見ると、それは大きな枕ほどの黄金だった。もとは「黄金(きがね)」と言っていたのだが、この時から、「子金(こがね)」と言うようになった。

『つる』(落語)  横町の甚兵衛さんが、「昔は、鶴は『首長鳥』と言った。ある時、唐土から首長鳥の雄(おん)がツーッと飛んで来て、浜辺の松へ、ポイととまった。次に雌(めん)がルーッと飛んで来たので、ツルだ」と、でたらめを男に教える。男は他所でその話をするが、「首長鳥の雄がツーッと飛んで来て、浜辺の松へ、ルッととまった」と言ってしまう。「次に雌が・・・・・・」と言いかけてあとが続かず、「雌が・・・・・・黙って飛んで来た」。

『薬罐』(落語)  博識を自慢する隠居が、薬罐の語源を聞かれる。隠居は「昔、あれは『水わかし』といった。川中島の戦の時、夜討ちをかけられ、一人の武者が兜代わりに『水わかし』をかぶって戦った。これに敵の矢がカーンと当たった。矢がカーンで『薬罐』だ」と答える。

*来つつ寝たから「狐」→〔狐女房〕1の『日本霊異記』上−2。

★14.誤解によって名前がつく。

ナンジャモンジャの木の伝説  村人が、珍しい木の名前を弘法大師に聞く。弘法大師も木の名がわからず、「何じゃろうか? どんなもんじゃろうか?」と呟く。村人はそれを木の名前と思い、その木は「ナンジャモンジャの木」と呼ばれるようになった(埼玉県飯能市)。

 

※赤ん坊を捨てる代わりに、「捨」の字の名前をつける→〔厄年〕3の『母のない子と子のない母と』(壺井栄)。

 

 

【名前】

 *関連項目→〔偽名〕〔同名の人〕〔名当て〕〔名付け〕〔地名〕

★1a.威力ある名前(イエス=キリスト)。

『黄金伝説』110「聖キュリアクスとその同勢」  ペルシアの王女が悪霊にとりつかれた。聖キュリアクスが悪霊に向かって、「主イエス=キリストが『ここから出て行け』と命じておられるぞ」と言う。そのとたん、悪霊は「なんと恐ろしい名前だ」と悲鳴を上げて王女の体内から飛び出し、王女は健康を回復した。

*「神」という言葉を聞いただけでも、悪魔は滅ぶ →〔悪魔〕2の『イワンのばか』(トルストイ)。

★1b.威力ある名前(聖母マリア)。

『黄金伝説』50「主のお告げ」  ある騎士が街道ぞいに城を構え、往来する人々から金品を巻きあげた。彼は悪事を重ねながらも、毎日「アヴェ・マリア」を唱え、聖母を讃えるという習慣をもっていた。悪魔が従者に化けて、騎士の魂をねらうこと十四年に及んだが、騎士が一日もかかさずマリアに祝詞をささげるので、悪魔は手を出せなかった。

『黄金伝説』113「聖母マリア被昇天」  朝、数人の修道士が川辺にいた時、激しく櫂(かい)を漕ぐ音が聞こえてきた。それは悪魔たちが、死者の魂を舟で地獄へ運んで行くのであった。修道士たちは肝をつぶし、「聖母マリア様!」と叫ぶ。悪魔たちは「マリアの名前なんぞ呼びやがって。お前らを引き裂いて、川に投げこんでやろうと思っていたのに」と言い捨てて、地獄へくだって行った。

『タンホイザー』(ワーグナー)第1幕  ヴェヌスブルク(ビーナスの丘)で歓楽の生活を送るタンホイザーは(*→〔洞穴(ほらあな)〕2)、愛の女神ヴェヌスと別れて人間世界へ帰ろうと決意する。ヴェヌスは甘い言葉でタンホイザーを引き止めるが、彼が「私の救いは聖母マリアのもとにある」と言うと、忽然としてヴェヌスもヴェヌスブルクも消え失せる。

★1c.威力ある名前(仏)。

『今昔物語集』巻1−37  天竺の財徳長者の幼な児は、父の教えにしたがい、つねに「南無仏」と唱える。ある日、鬼神がこの小児を食おうとした時も、小児は「南無仏」と唱える。すると仏が瞬時に来て小児を守り、執金剛神が鬼神を退治した。

★1d.威力ある名前(獏)。

『夢を食うもの』(小泉八雲『骨董』)  悪鬼が現れた時に「獏」の名を呼べば、悪鬼は地下三尺の下へ沈んでしまう。また、王侯の枕には「獏」という字が金で書いてあり、この枕で眠る者は、文字の効力によって悪夢に悩まされることがない。

*柴田勝家の名前→〔首のない人〕4の首のない白馬の伝説。

★2.自分の名前を忘れる。

『名取川』(狂言)  遠国の僧が比叡山で受戒し、「希代坊」「不祥坊」という二つの名前をもらって帰るが、川を渡って足を踏み外した時に、名前を忘れる。土地の男が「ここは名取川。我は名取の某」と言うので、僧は「汝が名前を取ったのであろう」と怒る。しかし男が「希代なことを言う。不祥な所へ来た」と言ったことから、僧は名前を思い出す。

*目覚めたら名前を忘れていた→〔目の左右〕1の『S・カルマ氏の犯罪』(安部公房)。

★3.名前の呼び方の不審。

『半七捕物帳』(岡本綺堂)「三つの声」  待ち合わせの場所に庄五郎が来ないので、藤次郎が家まで呼びに行き、戸を叩いて「おかみさん。庄さんはどうしました?」と尋ねる。その時すでに庄五郎は、待ち合わせ場所の近くで殺されていた。庄五郎を呼びに行くのなら、まず庄五郎の名を呼ぶはずなのに、「おかみさん」と呼んだのは、庄五郎の不在を知っていたからだ、と半七は推理し、藤次郎を殺人犯と見抜く〔*『新可笑記』(井原西鶴)巻3−2「国の掟はちえの海山」に類話〕。 

★4.怪物などから名前を呼ばれる。

『今昔物語集』巻27−34  夜、狩りに出た男の名を、何者かが呼ぶ。その弟が代わりに出かけても、兄の名を呼ぶ。「弟と兄の区別もつかないのなら、本当の鬼ではあるまい」と弟は考え、弓で射殺すと野猪であった。

『封神演義』第36回  張桂芳は戦場で叫名落馬の妖術を使い、彼に名前を呼ばれた者は必ず落馬・落車する。ナタ(ナタク)が風火輪に乗って張桂芳に挑戦し、張桂芳がナタの名を呼ぶが、ナタは蓮華から造られた身体ゆえ、術がきかない。張桂芳はナタの投げた乾坤圏で負傷し、退く。

*名前を呼ばれても無事なように、偽名を用いる→〔瓢箪〕5の『西遊記』百回本第34〜35回。

★5.怪物などから名前を問われても教えない。

『オデュッセイア』第9巻  一つ目の巨人族キュクロプスの一人ポリュペモスがオデュッセウスと部下たちを捕え、名前を問う。オデュッセウスは「ウーティス(誰でもない)」というでたらめの名前を教える。オデュッセウスはポリュペモスの目をつぶして逃げ、苦しむポリュペモスに仲間のキュクロプスたちが「誰にやられたのか?」と聞く。ポリュペモスは「誰でもない」と答え、仲間たちは「それならしかたがない」と言って去る。

『述異記』(祖冲之)41「山操」  山操は、人の顔、猿の体、手が一本、足が一本の怪物である。山操は、人の姓名を知るとその人を傷つけるといわれる。ある時、王という男が、籠中に捕えた山操からしつこく名を問われたが、決して教えなかった。山操はもはや逃げられぬと諦めて、死を覚悟する。王は籠ごと山操を焼いた。

★6.秘密の名前を知られたら、もはやその場にとどまれない。

『金枝篇』(フレイザー)第22章  エジプトの太陽神ラーは、老いて口から涎(よだれ)をたらすようになった。イシスが、ラーの涎と土とをこねて蛇を作り、ラーは蛇に噛まれて苦しむ。イシスはラーに「あなたの真の名を教えれば、蛇の毒は消える」と言う。ラーはいくつか偽りの名を述べた後に、本当の名を告げる。ラーは身を隠し、イシスが大女神の座につく。

『ローエングリン』(ワーグナー)第3幕  ローエングリンはパルジファルの息子で、モンザルヴァート城の聖杯を守護する騎士の一人である。騎士たちには超自然の力が備わり、遠くの国へ派遣されても、名前を知られなければ、その聖なる力が失われることはない。しかし名前が明かされたら、騎士はその国を去らねばならない→〔禁忌(言うな)〕3

★7a.名前と命。誰が名前をつけるかによって、生まれた子供の生死が左右される。

『神道集』巻8−46「釜神の事」  甲賀郡由良の里の百姓が、山中の大木の下で野宿する。光る物が大木に飛来し、「由良の里で今夜お産が二件あった。早速名づけをして、七歳以前に命をもらうつもりだったが、子供が胎内にいるうちに、親たちが名前をつけてしまったので、どうにもならなかった」と言った。すると木の根の下から、「それでは別の村へ行き、いそいで名前をつけ、幼子をたくさん集めて下さい」と声がした。  

★7b.名前と命。長い名前を唱えている間に、子供が死んでしまう。

『軽口御前男』巻之2−9「欲から沈む淵」  母親が寺へ行き、憎い継子に「如是我聞」という短い名、大事な実子に「阿耨多羅三藐三菩提」という長い名をつけてもらう。継子が川へ落ち、すぐに助け上げられるが、実子が落ちた時には、母親が救いを求めて「阿耨多羅三藐三菩提が流れます」と言っているうちに、実子は行方知れずになる。

『寿限無』(落語)  生まれた子に、長生きするように「寿限無寿限無五劫の摺りきれ・・・・・・」という、長い名前をつける。この子が近所の子の頭をぶって泣かし、瘤ができた近所の子が言いつけに来るが、「お前の家の、寿限無寿限無五劫の摺りきれ・・・・・・」と言っているうちに、瘤がひっこんでしまう〔*この子が水に溺れた時、長い名前ゆえ、友達が危急を伝えているうちに死んでしまう、というのが古型〕。

★8.名前と形。

『椿説弓張月』続篇巻之6第44回  尚寧王が蒙雲国師に問う。「名あれば必ず形あり。名があって形がないのは、禍(わざはひ)と福(さいはひ)だ。国師の神術で、その形を見ることができないだろうか?」。蒙雲は「福は来(きた)し難く、禍は招き易し」と説いて、体は牛に似て頭は虎のごとき獣(禍)を出現させる。「禍福に門なし。人の招く所に来(きた)る。王が暗君ならばその国を滅ぼすのが、この獣だ」と蒙雲が言うやいなや、獣(禍)は尚寧王に飛びかかって、王を殺した。

*「患」という怪物→〔酒〕1の『捜神記』巻11−8(通巻270話)。

★9.名は体をあらわす。

『赤胴鈴之助』(武内つなよし)  火京物太夫(ひきょうものだゆう)は、真空斬りの達人大鳥赤心斎(*→〔風〕4)を、背後から鉄砲で撃ち殺した。彼はまた、門弟の松之助に、「赤胴鈴之助をだまし討ちせよ」と命じる。松之助が「鈴之助さんは僕の命の恩人です。そんなことはできません」と断ると、火京物太夫は、松之助を落とし穴に落とす。松之助は「卑怯者め!」と憤(いきどお)る。火京物太夫は「ハハハ。わしは名前からして卑怯者だよ」と笑う〔*その後、火京物太夫は赤胴鈴之助に討たれる〕。

『まじめ(Being Earnest)が肝心』(ワイルド)  グウェンドレンの理想は、「アーネスト」という名前の男を愛することだった。その名前には、何か絶対的な信頼感を起こさせるものがあるのだ。ジャックは「アーネスト」と名乗っていたので(*→〔架空の人物〕1)、グウェンドレンはジャックに「アーネストさん、あなたを愛しています」と言う。ジャックは「彼女と結婚するために、洗礼を受けて改名せねばならない」と思うが、実はジャックは捨て子であり、調べて見ると、彼の本名は「アーネスト」なのだった。

★10.珍しい姓。

『三人のガリデブ氏』(ドイル)  アメリカに「ガリデブ」という非常に珍しい姓の富豪がいた。彼は自分の姓を誇りに思い、「もし同姓の人が三人揃ったら、私の全財産を三分の一ずつ与える」と遺言した。ロンドンに住む老ガリデブ氏は、悪人から「すでに二人のガリデブが揃っている。あなたは三人目だ」と聞かされ、「大金持ちになれる」と喜んで、指定された場所へ出かける。しかしそれは、まったくのでたらめだった→〔留守〕5

 

※名前の逆綴り。

 アシモフ( Asimov )⇒ ヴォミーサ( Vomisa ) →〔ロボット〕4cの『ヴォミーサ』(小松左京)。

 オルデブ( Oldeb )⇒ ベドロウ( Bedlo ) →〔記憶〕4の『鋸山奇談』(ポオ)。

 「すけきよ」⇒「よきけす」 →〔逆立ち〕1の『犬神家の一族』(横溝正史)。

 

 

【波】

★1.大波が、陸地の奥にまで到る。

筑波山(高木敏雄『日本伝説集』第1)  天地開闢の初め。天照大御神が常陸国筑波山の上に天降りましまして、琴を弾ぜられると、東の海の波がその音に感じ、山の麓まで押し寄せた。その波が、地面の凹んだ所に残ったのが、霞ヶ浦である。波のつく山という意味で、筑波山という名はできたのである。

『日本書紀』巻9神功皇后摂政前紀(仲哀天皇9年10月3日)  神功皇后が新羅を討とうと、軍船を率いて対馬から出発した。風神は風を起こし、海神は波を挙げ、大魚はすべて浮かんで船を助けた。船はたちまち新羅に着き、船を載せた波は、遠く新羅の国の中にまで到った。新羅の王は「建国以来、海水が国の中にまで上がって来たなど、聞いたことがない。国が海になってしまうのではないか」と恐れ、降伏した。

★2.高波を幻視する。 

『今昔物語集』巻26−12  能登国の「鳳至の孫(ふけしのそん)」という男が従者一人とともに浜辺にいると、沖から高さ百丈(約三百メートル)ほどの浪が押し寄せて来た。従者には、その浪は見えなかった。浪は近づくにつれて低くなり、最後には二〜三丈の高さで浜辺に打ち寄せ、引いた後には、小桶に入った石帯(袍を留める帯)があった。「鳳至の孫」の家は、その石帯を得てから、にわかに裕福になった。 

★3.浪の音で天候を予知する。

浪小僧(『水木しげるの日本妖怪紀行』)  少年に救われた浪小僧は(*→〔小人〕7)、そのお礼に、少年の住む曳馬野(ひくまの。現・浜松市)一帯が旱魃の時、雨を降らせた。また「今後は、雨の降る時には東南で、雨がやむ時には西南で、前もって浪を鳴らして、お知らせしましょう」と約束した。以来この地方では、遠州灘の浪の音で、天候を予知できるようになった。   

★4.波を数える。

『イソップ寓話集』(岩波文庫版)429「波を数える男」  男が浜辺にすわり、打ち寄せる波を数えようとする。しかし、数えそこなって落胆し、悲しむ。狐がやって来て言う。「どうして、過ぎたもののために悲しむのか。そんなものは忘れて、今ここから数え始めるべきだ」。 

★5.光り輝く波。

『伊勢国風土記』逸文  伊勢の国の神である伊勢津彦は、国を神武天皇に譲り与えた。伊勢津彦は真夜中に退去したが、その時、大風が四方から起こり、波しぶきを打ち上げた。波は太陽のように光り輝き、陸も海もみな明るくなった。伊勢津彦はその波に乗って、東国へ去った。「神風の伊勢の国、常世浪寄する国」というのは、このことを言ったのである。

★6.津波よけの酒かす。

「津波の神さま」(松谷みよ子『日本の伝説』)  ある晴れた日、日高の染退(シベチャリ)川の川口に近い村に、津波が迫って来た。村人たちは急いで、酒かすを部落のまわりに撒き散らした。昔、津波があった時、酒を造って歌い騒いでいた家だけが残ったので、津波の神様は酒かすが嫌いであることがわかり、どの家にも酒かすが蓄えてあったのだ。津波は、酒かすのおかげだろうか、この部落だけよけて通り、七里も奥の染退川の支流メナシベツ川まで押し寄せ、人も家も呑みこみながら沖へ引いて行った(北海道)。

★7.津波を予知する。

『耳袋』(根岸鎮衛)巻之5「道三神脈の事」  曲直瀬(まなせ)道三(室町末の名医)が諸国遍歴の時、ある浦の漁家へ立ち寄る。家内の者が皆、血色枯衰しているので、道三が彼らの脈を取ったら、すべて死脈だった。道三自身の脈を見ると、これも死脈である。「全員死脈というのは、津波などが来るのかもしれぬ」と道三は考え、漁家の者たちを連れて山へ避難する。果たしてその夜、津波が押し寄せて、浦の家々は流れ失せ、多くの人が溺死した。

*多くの人の目前に迫った危難を、人相や手相から読み取る→〔占い〕2の『今昔物語集』巻24−21など。 

★8.巨大な津波。

『大洪水時代』(手塚治虫)  近未来。北極海上に建設中の日本の原子力要塞が、突如、大爆発した。秒速二十メートルの大津波が起こり、日本列島は山地を残してほとんどが水中へ沈む。北極海の氷が溶けて、海面が何十メートルも上昇し、世界の陸地の三分の一が海没する。しかし島へ逃れた人たちがおり、動物とともに箱船に乗った人もいた。偵察機からそれらを見た女性パイロットは、心が明るくなり、人類の未来に希望を持った。

 

※津波で死んだ少女の霊→〔成長〕3の『ジェニーの肖像』(ディターレ)。 

※夜叉ケ池から津浪が起こり、村が水没する→〔水没〕1の『夜叉ケ池』(泉鏡花)。 

※大海嘯(つなみ)で死んだ男女が、霊界で夫婦になっている→〔二人夫〕5の『遠野物語』(柳田国男)99。

※絵から出てくる大津波→〔絵から抜け出る〕4の『奇妙な死』(アルフォンス・アレ)。

※人類への警告としての大津波→〔海の底〕5の『アビス』(キャメロン)。

※波と粒子→〔分身〕2の『光子の裁判』(朝永振一郎)。

 

 

【涙】

★1.涙の力で開眼する。

『お月お星(お銀小銀)』(日本の昔話)  継母に虐待されるお月と彼女をかばうお星の姉妹は、苦難をきりぬけ、殿様の家に保護される。盲目の乞食となった父と再会し、姉妹がよりすがって泣くと、お月の涙が父の左目に、お星の涙が父の右目に入って、父は開眼する。

『今昔物語集』巻4−4  クナラ太子は、継母の悪だくみのため、自らの両眼をえぐり捨てる。後、事情を知った父王の願いにより、高徳の羅漢が人々に説法をし、聴聞者たちが流した感激の涙を集めて太子の眼を洗うと、もとどおり回復した。

★2.涙の力で蘇生する。

『浄瑠璃十二段草紙』第12段  奥州へ下る御曹司義経が、駿河国吹上の浦で病いに倒れ、浜辺の砂の下に埋もれる。恋人浄瑠璃御前が御曹司を探し、彼の身体を掘り出して、諸神諸仏に蘇生を祈る。彼女の涙が御曹司の口の中へ流れ入ると、御曹司は息をふき返す。

*后サホヒメの涙が垂仁天皇の顔に落ちると、天皇は目覚める→〔眠る男〕3の『古事記』中巻。 

『ペンタメローネ』(バジーレ)「序話」  美しいタッデオ王子は妖精の呪いで死に、墓に葬られている。墓にある十リットル入りの壺を、三日かけて涙でいっぱいにした女が、王子をよみがえらせ夫にすることができる。タッデオ王子を捜して旅をして来た王女ゾーザが、二日間さめざめと涙を流して壺を満たすが、泣き疲れて、あと少しのところで眠り込んでしまう→〔横取り〕2

★3.涙の力で本来の心を取り戻す。

『雪の女王』(アンデルセン)  少女ゲルダが、仲良しの少年カイを捜して雪の女王の城へ行き、冷たくなったカイを抱いて泣くと、熱い涙がカイの心臓にしみこむ。カイも泣き、悪魔の鏡のかけらが目からころがり出て、カイは優しい心をとりもどす。

★4.涙が毒となって死をもたらす。

安寿塚の伝説  安寿姫が佐渡へ渡り、鹿野浦にいた母を尋ねるが、盲目の母は、杖で安寿姫を打ち殺してしまう(*→〔盲目の人〕1)。安寿姫の遺骸は、中の川の上流に埋められ、以後、安寿姫の涙が毒となって中の川を流れるようになった。古い民謡には「片辺鹿野浦、中の水は飲むな。毒が流れる、日に三度」と唄われている(新潟県佐渡郡相川町)。

『水妖記(ウンディーネ)』(フーケー)  不実な夫フルトブラント(*→〔妬婦〕1d)を、水の精ウンディーネが抱きしめて泣くと、その涙が夫の眼に入り、彼は息絶える。ウンディーネは「あの人を涙で殺しました」と召使いらに言い残して去る。

★5.紅玉の涙。真珠の涙。

『鮫人(さめびと)の恩返し』(小泉八雲『影』)  俵屋藤太郎が恋わずらいで死に瀕し、彼の家の池に棲む鮫人が悲しんで血の涙を流す。涙は床に落ちると固まり、紅玉(ルビー)になった。鮫人はまた、故郷の龍宮を懐かしみ、雨のごとく涙を流して多大の宝玉を藤太郎にもたらす。そのおかげで藤太郎の恋は成就する→〔恋わずらい〕1

『捜神記』巻12−12(通巻311話)  南海の果てに鮫人がいる。水中に住み、魚の形をして、機を織る。泣くと、眼から真珠がこぼれ落ちる。

★6.涙の海。

『不思議の国のアリス』(キャロル)  兎穴に飛びこんで不思議な家の広間に到ったアリスは、身体が小さくなったり大きくなったりする。身長が三メートル近くになった時、外へ出られないので、アリスは涙を流して泣く。その後アリスは六十センチ以下に縮み、自分の流した涙の海に溺れそうになる→〔競走〕7

★7.涙が枯れるまで泣き続ける。 

『古事記』上巻  スサノヲは誕生してから、顎ひげが胸元にとどくようになるまでの長い間、「妣の国へ行きたい」と言って泣き続け、涙がすっかり枯れてしまった。それに呼応して、地上の青山は枯山(からやま)になり、河も海も乾(ひ)上った。

*「神であるスサノヲが泣くと、山川が乾上る」というのは、「皇帝であるナポレオンの田虫が拡がるにつれて、領土も拡がる」という物語(*→〔地図〕3の『ナポレオンと田虫』)と、類似する発想である。 

★8.いつまでも止まらない涙。

『雨のなかの噴水』(三島由紀夫)  混み合った喫茶店で、明男は雅子に「別れよう」と言った。雅子の眼から涙があふれ、いつまでも止まらないので、明男は雅子を雨の降る街へ連れ出す。「雅子の涙を、雨のなかの噴水と対抗させてやろう。いくら雅子だって、あれには負けちゃうはずだ」と考えたのである。ところが雅子には、「別れよう」という言葉が聞こえていなかった。彼女はただ、何となく涙が出て止まらなかったのだ。

★9.血の涙を流す。

『唐物語』13  尭(ぎょう)帝には二人の后、娥皇と女英がいた。尭帝が崩御された後、二人の后は紅(くれなひ)の涙を流して、尭帝を追慕した。籬(まがき)の呉竹は二人の涙に染まり、まだらになってしまった。 

★10.うその涙 

『茶汲み』(落語)  吉原の女郎が客に、「貴方は死んだ恋人に瓜二つだ。これからも通っておくれ」と言って泣く。客が見ると、女郎は湯飲みの茶を目につけていた。その話を聞いた友人が翌晩同じ店へ行き、女郎に「お前は死んだ恋人に瓜二つだ。年期があけたら女房になってくれ」と、泣くふりをする。女郎は「お待ちよ。今お茶を汲んであげるから」と言う。

*Aが水を目につけて泣くふりをする。Bが水を墨と入れ替える→〔すりかえ〕5の『古本説話集』上−19など。

 

※涙の起源→〔人間を造る〕1の『イソップ寓話集』430「人類の創造」。 

 

 

【難題】

★1.主が従者の智恵を試すために難題を出す。

『三本の柱』(狂言)  屋敷を普請する大果報の者が、家来三人の智恵を試すため、「山にある三本の柱木を、三人が二本ずつ持って参れ」と命ずる。太郎冠者、次郎冠者、三郎冠者は三角形状に向かい合い、一人が左右の肩にそれぞれ柱の端を乗せて、「三本の柱を三人の者どもが二本ずつ持ったり」と、歌い踊りつつ帰って来る。

★2.AであってもBであってもならない、という難題。

『千一夜物語』「法学上の難問解決」マルドリュス版第990〜991夜  侍従イッサは、美しい女奴隷に「お前を他人に売りもしないし、与えもしない」と誓言していた。したがって、教王ハールーン・アル・ラシードが「女奴隷を妃にしたい」と望んだ時も、イッサは、女奴隷の身柄を教王に渡すことができなかった。法官ヤアクーブが「女奴隷のすべてではなく半分だけを教王に差し上げ、残りの半分を教王にお売りなさい。これなら、女奴隷を売ったことにもならず、与えたことにもなりません」と言って、難題を解決した。

『知恵のある百姓娘』(グリム)KHM94  王が百姓の娘に、「着物を着ず裸にならず、馬に乗らず車に乗らず、道を通らず道の外へ出ずに、私の所へ来い」との難題を出す。娘は裸体に網をまきつけ、網をろばの尾に結んで引きずらせる。ろばは車のつけた輪の跡の中を歩き、娘は足の親指だけで地面を踏んで行く。王は感心して娘を妃にする。

『マハーバーラタ』第5巻「挙兵の巻」  魔神ヴリトラがインドラと和解する時、「乾いたもの、湿ったもの、石、木、遠距離から狙える武器、手で用いる武器のいずれによっても、また昼にも夜にも、私を殺してはならない」という条件を出した。インドラは昼でも夜でもない夕暮れ時に、乾いても湿ってもいない泡を多量にヴリトラに投げつけて、殺した。

★3.Aでありつつ同時にBでもあれ、という難題。

『千一夜物語』「エジプト豆売りの娘」マルドリュス版第888〜889夜  サルタンの王子が、豆売りの男に「衣服を着るとともに裸体で、笑うと同時に泣き、獣に乗りつつ歩いて来い。さもなくば命はないぞ」と命ずる。豆売り男の娘が「裸体の上に網をまとい、玉葱で目をこすり、小さなロバの子にまたがって行けばよい」と教える。

*帯剣の禁制を遵守しつつ、剣を持って昇殿せねばならぬ、という難題→〔禁制〕4の『平家物語』巻1「殿上闇討」。

★4.最強の物どうしがぶつかり合い、競い合ったらどうなるか、という難題。

『韓非子』「難一」第36  楚の人で、盾と矛を売る者がおり、「吾が盾は堅く、なにものにも突き通されない。吾が矛は鋭く、どんなものでも突き抜く」と自慢した。ある人が、「お前の矛でお前の盾を突いたら、どうなるか?」と問うた。商人は答えることができなかった〔*「難勢」第40にも同記事〕。

*最強の攻撃兵器と最強の防御装置の激突→〔力くらべ〕4の『信用ある製品』(星新一)。

『ギリシア神話』(アポロドロス)第2巻第4章  誰にも捕らえられぬよう定められた雌狐が、テーバイの土地を荒らして、人々を苦しめた。すべてのものをつかまえる力を持つ犬が、雌狐を追いかけた。ゼウスが両方を石に化して、この難題にけりをつけた。

*負けて死ぬことはあり得ない最強の二人が、一対一の決闘をする→〔決闘〕6の『座頭市と用心棒』(岡本喜八)。

★5.からまり合ったものを解け、との難題。

『英雄伝』(プルタルコス)「アレクサンドロス」18  アレクサンドロスがゴルディオンを占領して、クラニアという樹の皮の紐で縛った車を見る。何本もの紐を縒り合わせた結び目(ゴルディアスの結び目)を解く者が全世界の王となる定めだ、との言い伝えを住民から聞き、アレクサンドロスは剣で結び目を切る〔*『虞美人草』(夏目漱石)3、京都の旅宿で宗近一と甲野欽吾がこの物語を語り合う〕。

『蒙求』135「斉后破環」  秦の昭王(始皇帝)が斉の襄王の后の知恵を試すべく、鎖のように連なって解けない玉連環を贈り、「この連環が解きほぐせるか?」と問う。后は槌で連環を打ち砕き、「解けました」と答える。

★6.天の助けによって、難題が解決する。

『二十四孝』(落語)  唐土の孟宗は、母が寒中に「筍が食べたい」と言うので、竹薮へ捜しに行くが見つからない。「これでは孝行ができぬ」と孟宗が天を仰いで泣くと、たちまち雪の中から筍が出る。また、王祥は、母が「鯉が食べたい」と言うので、池の氷の上に腹ばいになり、氷を溶かそうとする。天の助けで、そこから鯉が飛び出る。

*「馬に角が生え、烏の頭が白くなる」という、あり得ぬことが起こる→〔あり得ぬこと〕1cの『平家物語』巻5「咸陽宮」。

★7.難題を、解かないことによって解く。

『呂氏春秋』巻17「審分覧・君守」  魯の庶人が、難しい「閉(知恵の輪)」を二つ作った。ある人が一つを解いたが、もう一つは解けなかった。その人は「これは、もともと解けない知恵の輪なのだ」と言った。庶人は「そのとおりです。私は作った本人だから、解けないことを知っているが、作った当事者でもないのに解けないことがわかったとは、私以上の巧者ですな」と言った。これすなわち、解かないことによって解いたわけである。

 

 

【難題求婚】

★1.娘が難題を出して、求婚者たちを退ける。

『竹取物語』  かぐや姫は、五人の求婚者にそれぞれ、「仏の石の鉢」「蓬莱の玉の枝」「火鼠の皮衣」「龍の頸の珠」「燕の子安貝」を持ち来たれ、という五つの難題を出して、ことごとく彼らをしりぞけた〔*一般的な難題求婚譚では、娘が複数の求婚者に同じ難題を課し、求婚者のうちの一人が難題を成し遂げて、娘と結婚する。『竹取物語』のように、姫が各求婚者に別々の難題を課し、誰とも結婚しない、というのは異例の展開である。『今昔物語集』巻31−33の類話では、諸上達部や殿上人に、「空に鳴る雷」「優曇花」「打たぬに鳴る鼓」を要求する〕。

★2.娘が難題を出して、求婚者たちを殺す。

『旅の道づれ』(アンデルセン)  王女が、自分の考えていることを求婚者たちに当てさせる。皆当てられず殺される。ヨハンネスと旅の途中で道連れになった男(*実は死者→〔死体〕5a)が、王女と魔物の相談を盗み聞き、王女が考える内容(靴・手袋・魔物の顔)を、ヨハンネスに教える。ヨハンネスは王女と結婚し、王になる。

『トゥーランドット』(プッチーニ)  中国の王女トゥーランドットは、求婚者たちに三つの謎を出し、解けない時はその首をはねる。大勢の求婚者たちが死んだ後、ダッタンの王子カラフが、「夜毎に生まれ暁とともに消える虹色の幻は何か?」「それは『希望』」、「炎のごとく跳ね飛ぶが人が死ねば冷たくなるものは何か?」「それは『血潮』」、「人に火を与える冷たい氷とは何か?」「それは『王女トゥーランドット』」と、謎をすべて解き、王女と結ばれる〔*→〔九十九〕3の『千一夜物語』「九十九の晒首の下での問答」に類似する〕→〔名当て〕4

『ニーベルンゲンの歌』第6〜7歌章  イースラント(アイスランド)の女王プリュンヒルトに求婚する者は、彼女と槍投げ・石投げ・幅跳びの三種競技をして勝たねばならない。その結果、多くの男が敗れ、首を失った。しかしグンテル王がプリュンヒルトに求婚した時には、ジーフリト(ジークフリート)が隠れ蓑で姿を消し、グンテル王につきそって力を貸した。グンテル王は、槍投げ・石投げ・幅跳びのすべてでプリュンヒルトに勝ち、彼女を妻とした。

*俊足の娘アタランタが、求婚者たちに競走を挑む→〔競走〕2の『変身物語』(オヴィディウス)巻10。

★3.娘が、求婚者である父親から逃れようと、難題を出す。

『ろばの皮』(ペロー)  王が自分の娘である王女を恋し、結婚を迫る。王女は空の色・月の色・太陽の色のドレス、金貨を産むろばの皮、などを望んで、王の求婚を拒否しようとするが、王はすべてを王女に与える。王女はやむなく他国へ逃げる〔*『千匹皮』(グリム)KHM65では、太陽・月・星のごとく輝く衣装と、千種類の毛皮を集めた外套を、娘が父王に要求する〕→〔父娘婚〕6

★4.娘の父親が、婿に難題を出す。

『古事記』上巻  スサノヲが、娘スセリビメの夫オホナムヂ(大国主命)を蛇の室に寝かせる。スセリビメが蛇の領巾(ひれ)をオホナムヂに与え、オホナムヂは領巾を三度振って、蛇を追い払う。翌晩は、呉公(むかで)と蜂の室に入れられるが、同様に呉公(むかで)と蜂の領巾を用いて、危難を逃れる。次にスサノヲは、野に火を放ってオホナムヂを焼き殺そうとする。鼠がオホナムヂを救う→〔鼠〕3b

『天人女房』(日本の昔話)  天女のあとを追って天に昇った婿に、天女の親が「籠で水を汲め」「田へまいた粟を拾って来い」などの難題を出す。天女が、籠に油紙を敷いたり、鳥を放って粟粒を拾わせたりして、婿を助ける(香川県三豊郡)→〔異郷訪問〕4

★5.娘の父親が、求婚者に難題を出す。

『タキポンプ』(エドワード・ペイジ・ミッチェル)  「私」は、数学者サード教授の娘アブシッサに恋をした。教授は、「君が『無限の速度の原理』を発見したら、娘との結婚を認めよう」と、難題を出す。「私」は友人の科学者リバロールに頼んで、この難問の答えを教えてもらう(*→〔無限〕9)。しかしそれは、「私」がサード教授の書斎で、教授を待っている間に見た夢だった。目覚めた「私」に、サード教授は言った。「いろいろ調べてみたが、君がアブシッサの良い夫にならない理由もなさそうだ」。

*算術のできる男を、娘の聟にする→〔さいころ〕4の『賽の目』(狂言)。

『怪鳥(ばけどり)グライフ』(グリム)KHM165  百姓のハンスが王女の婿になろうとするが、父王がそれをいやがる。父王はハンスに、「陸上を走る船を造れ」「百羽の兎の番をせよ」「怪鳥グライフの羽を一枚持って来い」という難題を出す。ハンスは小人の助けなどを得て、これをやり遂げる→〔りんご〕1

『大和物語』第147段  津の国に住む女に、同国の「むばら姓」の男と、和泉国の「ちぬ姓」の男が求婚した。二人は年齢・容貌・身分に甲乙つけがたく、女を愛する思いの深さも同程度であった。女の親が「生田川に浮かぶ水鳥を射給え。射当てた人に娘を奉ろう」と言うと、一人の男は水鳥の頭に射当て、もう一人は尾に射当てた。女はどちらを選ぶこともできなかった→〔後追い心中〕2

★6.息子の父親や母親が、嫁に難題を出す。

『天稚彦草子』(御伽草子)  天稚彦(天稚御子)の父親である鬼が、息子の嫁に、牛数千の世話をする、米千石を運ぶ、百足の倉や蛇の城にこもる、という難題を出す。嫁は天稚彦からもらった袖の呪力で、これらをなし遂げる。父親の鬼は、天稚彦と嫁との仲を認めるが、彼らの逢瀬に制限をつける→〔天の川〕1

『黄金のろば』(アプレイユス)巻の6  女神ヴェヌスは息子エロスの嫁プシュケに、穀物の山を種類別に選り分ける、金色の羊の毛を取る、冥府のペルセポネから美の小箱をもらって来る、などの難題を出す。蟻や葦の援助などを得て、プシュケはこれらをやり遂げる。

★7.娘の親が、求婚する動物に難題を課す。

黒姫の伝説  信州中野の城主高梨政盛の娘・黒姫に、大沼池の主(ぬし)である大蛇が求婚する。高梨は「明日、私が乗馬して、城の周囲を二十一回まわる。ついて来れたら姫を与えよう」と言う。高梨は城の周囲に何本もの刀を逆植えにしておいたので、大蛇は全身に深い傷を負ったが、それでも二十一回まわり終える。しかし高梨は「大蛇に姫はやれぬ」と拒絶し、大蛇は怒って、洪水と山崩れで城下を滅ぼす(長野県中野市東南方・大沼池)。

佐久の生駒姫の伝説  佐久地方の領主望月氏の娘・生駒姫に月毛の馬が恋し、姫は帝への入内を断って「月毛とともに暮らしたい」と言う。望月は月毛に「四つ(午前十時)から九つ(正午)までに、領内の御牧七郷を三度駆け巡ったら、姫を与えよう」と言う。月毛は懸命に駆け、三周しそうになるので、望月はまだ時間内なのに九つの鐘を鳴らす。月毛は絶望し、断崖から落ちて死ぬ。その時から生駒姫も行方知れずになる(長野県北佐久郡望月町望月)。

*娘が蛇に「瓢箪千個を沼に沈めよ」と、難題を課す→〔瓢箪〕6の『蛇婿入り』(日本の昔話)「水乞型」。

★8.后が、恋する老人に難題を出す。

『綾鼓』(能)  筑前国・木の丸の御所の庭を掃く老人が、女御を一目見て恋心を抱く。女御は「池のほとりの桂の木の枝に鼓をかけ、それを老人に打たせて、音が皇居まで聞こえたら、もう一度姿を見せよう」と言う。老人は懸命に鼓を打つが、皮の代わりに綾を張った鼓なので、いくら打っても鳴らない。絶望した老人は、池に身を投げる。老人は魔境の鬼(怨霊)となり、「綾の鼓が鳴るものか。打ちて見給へ」と、女御を責める。

『恋重荷』(能)  菊の下葉を取る老人が、白河の女御の姿を見て恋心を抱く。女御は、重い巌(いわお)を美しい綾羅錦紗で包み、軽そうに見せて、「この荷を持って、庭を千度百度往復するならば、もう一度、我が姿を拝ませよう」と告げる。しかし荷は重くて上がらず、老人は嘆いて死んでしまう。老人は霊となり、「巌の重荷、持たるるものか」と怒りつつ、「女御が私の後世(ごせ)を弔って下さるならば、恨みを捨てて、守り神となりましょう」と約束する。

★9.賢者が、求婚者に難題を出す。

『魔笛』(モーツァルト)第2幕  王子タミーノは、恋人パミーナを得るに際して、賢者ザラストロから三つの試練を課せられる。第一は「沈黙」の試練である。王子タミーノは、パミーナにさえ口をきかずに、これをなし遂げる。第二は「火の道」、第三は「水の道」を行く試練である。王子タミーノは、魔法の笛を吹いて身を守り、パミーナとともに火の中、水の中を通り抜ける。

 

 

【難題問答】

★1.難題に対して難題を返す。

『伊曾保物語』(仮名草子)上−7  ある人が学者「しゃんと」に、「大海の潮を飲み尽くせるか?」と問うた。奴隷・伊曾保(イソップ)の入れ知恵で、「しゃんと」は「飲み尽くすから、大海に流れこむ河をすべて堰き止めてくれ」と言い返した。  

『一休と虎』(日本の昔話)  ある時、和尚が一休に「ふすまに描いた虎を縄で縛れ」と命じた。一休は「では、虎をふすまから追い出してくれ」と言い返した。

『佐々木政談』(落語)  南町奉行佐々木信濃守が、桶屋の子供四郎吉の智恵を試そうと、奉行所へ呼ぶ。信濃守が「天の星の数を答えよ」と言うと、四郎吉は「お白洲の砂利の数がいくつあるか、ご存知ですか?」と言い返す。また、信濃守が「父と母のどちらが好きか?」と問うと、四郎吉は饅頭を半分に割って示し、「どちらがおいしいでしょう?」と問い返す。

『牧童』(グリム)KHM152  「賢い」と評判の牧童に、王が「大海の中に水が何滴あるか?」と問う。牧童は「川の水が一滴も流れ込まないようにしていただければ、海に何滴あるか数えましょう」と答える。次に王は「空に星がいくつあるか?」と問う。牧童は大きな紙一面に、ペン先で無数の細かな点を打ち、「空にはこの点と同数の星があるので、数えて下さい」と答える。

*「胸の肉一ポンドを切り取れ」に対して「血を一滴も流すな」→〔契約〕2の『ヴェニスの商人』(シェイクスピア)。

★2.難題に対して直接答えず、反問する。

『マタイによる福音書』第22章  パリサイ人たちが、神の道を説くイエスの言葉尻を捕らえて罠にかけようと、「カイザルに税金を納めてよいかどうか?」と問う。イエスは「税に納める貨幣には、誰の肖像がついているのか?」と問い返す。パリサイ人たちが「カイザルのだ」と答えると、イエスは「カイザルのものはカイザルに、神のものは神に返せ」と言う〔*『マルコ』第12章・『ルカ』第20章に類話〕。

『ヨハネによる福音書』第8章  律法学者やパリサイ人が、姦淫した女を捕らえ、「モーセは律法の中で、こういう女は石で打ち殺せと命じたが、あなたはどう思うか?」とイエスに問う。愛を説くイエスを試して、訴える口実を得ようとしたのである。それに対してイエスは、「あなたがたの中で罪のない者が、最初にこの女に石を投げつけよ」と答えた。

★3.鳥の生死を問う。

『イソップ寓話集』(岩波文庫版)36「罰あたり」  男が小雀を隠し持ち、「私が手に持つものは、命有りや? 無しや?」と、デルポイの神殿で問う。「生きたもの」との神託があれば雀を締め殺し、「死んだもの」との神託があれば生かしたままで、見せようとしたのである。神は男のずるい考えを知り、叱った〔*『寓話』(ラ・フォンテーヌ)巻4−19に類話〕。

『京鹿子娘道成寺』  道成寺の鐘供養を拝みに来た白拍子が、握りこぶしを僧たちに見せ、「この手の中の雀の生死を当てよ」と問う。僧たちは「生きていると答えたら手の内でしめつけ殺し、死んでいると答えたら放して逃がす気であろう」と言う。白拍子が手を開くと、中には何もなかった。

★4.不可能問答。 

『寓話』(ラ・フォンテーヌ)巻9−1  ペルシャの商人が隣人に百ポンドの鉄を預けて旅に出る。帰って来ると、隣人は「一匹の鼠が鉄を食べてしまった」と嘘をつく。そこで商人は、隣人の子供を隠して「フクロウが息子さんをさらった」と言う。隣人が「そんなことは不可能だ」と言うと、商人は「鼠が百ポンドの鉄を食うなら、フクロウが体重五十ポンドの男児をさらっても不思議はない」と言い返す。

『ジャータカ』第218話  村の商人が町の商人に鋤五百丁を預けるが、町の商人はそれを売って儲け、「鼠たちが鋤を食べてしまった」と嘘をつく。村の商人は、町の商人の息子を隠し、「鷹が息子さんをさらった」と言う。町の商人が「そんなことはあり得ない」と言うと、「それなら鼠も鉄製の鋤を食べないだろう」と言い返す〔*『鸚鵡七十話』第48話の類話では、鼠が食べたのは鉄の秤〕。

『知恵のある百姓娘』(グリム)KHM94  百姓A所有の子馬が駆け出て、百姓B所有の牡牛のそばにすわる。百姓Bは「私の牡牛が子馬を産んだ」と言って子馬を奪い、王も百姓Bの言い分を認める。翌日、百姓Aは王妃の教えに従い、往来に網を打って魚を取ろうとする。王が「水のない所で魚は取れぬ」と言うと、百姓Bは「牡牛に子馬が産めるなら、往来でも魚が取れるはずだ」と言い返す。

*「屋根の上で駱駝を捜しても、いるはずがない」「貴方だって、王位にありながら神を求めているではないか」→〔屋根〕5の『イスラーム神秘主義聖者列伝』「イブラーヒーム・アドハム」。

 

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